古の聖人が復活しようと、宗教家共が互いのエゴやイデオロギーをぶつけ合おうと、地底に引き篭もる自分には何の関係も無い――古明地さとりはそう考えていた。
彼女の妹である古明地こいしが、そういった連中の仲間入りを果たすまでは。
「お姉ちゃん! わたし仏教徒になっちゃった!」
書斎で物書きに耽っていたさとりは、妹の堂々たる宣言を受け、思わず手にした細筆をへし折ってしまった。
彼女は心を落ち着けるため、卓上でおもむろに三点倒立を試みる。しかし思ったほど腕に力が入らず、バランスを崩して床に転げ落ちてしまう。
妹の心配そうな視線に気付くや否や、今度は本棚から一冊の詩集を取り出し、その場でクルクルと回りながら朗読を始めた。
「お姉ちゃん……」
こいしが何か言いたそうにしているが、さとりはあえて気にしない。
喉が渇いたのでインクでうがいをする。むせる。姉の鼻からドス黒い液体が流れ出してきたのを見て、こいしは逃げるように書斎を後にした。
「勝った……」
一体何に勝利したというのか。それは彼女自身にしか分からない。
ともあれ祝杯の時間だ。戸棚から秘蔵のウォッカを取り出したさとりは、手刀で瓶の口を切り落とし、自らの頭に中身を注ぎかけた。
酒は彼女の癖っ毛を一時的に直毛へと変え、インクで汚れた顔を洗い清める。今度はスピリタスでやってみよう。さとりは決意を新たにした。
「何やってんスかさとり様……」
ふと気付くと、彼女のペットである火焔猫燐が、呆れ返った表情でさとりを見つめていた。
主のプライベート・エリアに勝手に入り込むとは、よくよく躾がなっていないとみえる。さとりの心中荒波の如し。
瓶に残った酒を口に含み、可愛いペットに吹きかけようとして――ビンタをくらった。この火焔猫燐容赦せん。
「しっかりしてください。そんなだからお空に逃げられてしまうんですよ」
「えっ、何それ。私聞いてない」
「先程神様たちが来て連れて行っちゃいましたよ? 参道の整備に必要だとかなんとか言って」
参道の整備(核物理)。八坂神奈子は尋常ではない。
天狗たちの運命を悟ったさとりは心の中で十字を切り、心の外で中指を立てる。それが燐の誤解を生み、さとりの頬に再びビンタ。
「みんな……みんな私の許から居なくなってしまうのね……」
「あたいがついてますから。お気をたしかに」
「ありがとうお燐。もう頼れるのはあなただけ……?」
さとりの第三の眼が、燐の心を暴いてゆく……。
(言えない……実はあたいも命蓮寺に入門しようとしたなんて、言えるはずがない……)
しばしの沈黙。しばしの硬直。
燐は己の失敗を悟ったが、時既に遅し。
「Et tu, Brute?」
「は?」
「お前もかって聞いてんのよこの泥棒猫がぁ!」
「いや、泥棒されそうになったのはむしろあたいの方で……あれ? ああもう、わけわからん!」
さとりが燐に掴みかかり、馬乗りになって服を引き裂こうとする――しかし、腕力が足りない。
そうこうしている間に両者の立場は逆転し、今度は燐がさとりの服を脱がしにかかる。
「やめて……私に乱暴する気でしょう? 東方茨歌仙第十二話の霊夢みたいに」
「さとり様がモブ河童役ですか? まあいいですけど。とりあえずシャワーでも浴びませんか?」
「どうして?」
「……言わせないで下さいよ。恥ずかしい」
そう言って燐は顔を背ける。心を読め、ということだろう。
ペットの欲求不満に対処するのも、立派な主人の務めである。やれやれ、さとりは読心した。
(単刀直入に申します。さとり様、酒臭い)
「oh……」
酒臭いなら仕方が無い。
燐に両脇を抱えられ、引きずられるようにしてさとりは浴室へと運ばれていった。
地霊殿のシャワーは温水完備。焦熱地獄さまさまである。
さとりは燐に髪を洗ってもらっていた。地下の顔役にシャンプーハットなど不要。
「ふんっ! ……見てお燐、鼻の中にまだインクが残ってるみたい」
「いちいち見せないでください。ああそれと、鼻の奥に入ったインクの汚れって一生残りますよ」
「そう言われてもねえ……確認のしようが無いじゃない」
「数年後、ふと鼻をかんだ時に思い出すんですよ。ティッシュに黒いものがベッタリと付着しているのを見てね……」
「アナタの所為で、この先一生鼻がかめなくなったじゃないの。どうしてくれるのよ」
「自業自得です。じゃあ流しますね」
さとりの頭を覆う泡が、熱めのシャワーによって洗い流されてゆく。
お次は顔と、そして身体だ。燐は両手に石鹸を泡立て、後ろからさとりに手を伸ばす。
「このコード、邪魔でしょうがないですねえ。引き千切ってもよろしいでしょうか?」
「いいと答えると思っているなら、あなたの正気を疑うわ」
泡の着いた手で顔面を撫で回され、さとりは思わず目を閉じる。
やがて燐の手は首から肩、そして胴体を這い回ってゆく。
視界を封じられたまま、ペットに身体を弄られる背徳的な喜び。興奮するなと言う方に無理がある。
「お燐」
「なんですか?」
「何かエロい事を考えなさい」
返ってきたのは、沈黙。
さとりはそれを承認の証ととらえ、第三の眼をギンギンにおっぴろげた。
この時、燐が汚物を見るような目で己を見つめていた事など、今の彼女には知る由もない。
(いきなりエロい事って言われてもなあ……)
「ハリー! ハリー! ハリー!」
(ああもう、わかりましたって。ええっと……)
燐は思案に耽りながら、その手をさとりの内股へと伸ばす。
さとりの興奮はレッドゾーンに達し、燐の妄想を今か今かと待ち望む。
(そういえば、お空は今頃どうしているのだろうか。山の連中にマワされてなきゃいいけれど)
「……えっ?」
(ああ、あたいの可愛いお空。もしもアンタに何かあったら、あたいは刺し違えてでもヤツらを殺す……)
「あのー、お燐さん?」
(ズタボロに陵辱されて泣きじゃくるお空を、あたいの素肌で優しく慰めてあげたい……)
「スタァァァップ! お燐スタァァァップ!」
燐が抱える心の闇に、さとりは危うくノックアウトされそうになる。
試合の継続は不可能と判断した彼女は、慌ててタオルを投げ入れた。
「もういいんですか? これからがエロくなるところだったのに」
「アナタなんなの? いわゆるひとつのヤンデレなの? っていうかお空じゃなくて私の事を考えなさいよ! 意味ないじゃないの!」
「ないわー。飼い主に欲情するペットとかマジないわー」
「……あなたひょっとして、私のこと嫌いだったりする?」
嫌われるのには慣れっこだけど、流石に身内から嫌われるのはダメージがでかい。
古明地さとり、複雑な乙女心である。
(嫌いなわけないじゃないですか。さとり様のことはそれなりに尊敬していますし、これからも側でお仕えさせていただきたいと思ってます)
「それなりにって……まあ本心だからよしとしましょう。でも、それならもっと私に甘えてきてもいいのよ? より具体的に言うと」
「言わなくていいです。別にあたいは、さとり様に魅力が無いと言っているわけではないんですよ。ただ……」
「ただ?」
燐が口ごもる。言葉にするのも憚られるというのだろうか。そんな彼女の乙女心を、さとりは土足で覗きにかかる。
(お空は……魔性ですよ、あれは……)
「オーケー、その辺にしておきなさい。あなたの性的嗜好はよーく理解できました」
素早い制止。先程の経験が早くも生きた。
ここで止めないと、燐は止め処なく空に対する妄想を垂れ流すであろう。
そんな事はさとりの望むところではないし、何よりこの場に相応しくない。クーリエは健全なサイトです。念のため。
「もうアレやコレやらする気分ではなくなってしまったわ。これからの事を考えないと」
「そうですね。こいし様の事も気になりますし」
「こいし! そうよこいしよ! あの子ったら一体全体何を考えて仏門に帰依したというのかしら!」
「何も考えてないのでは?」
シャワーで全身を洗い流されながら、さとりは燐の言葉を反芻する。
「それもそうね」
会話にそれ以上の進展も無く、二人は浴室を後にした。
舞台は再び書斎に戻る。
バスローブ一枚で机に向かうさとりの髪を、バスタオルを巻いただけの燐が熱心に拭いてやっている。
身だしなみに無頓着な主を持つ苦労。幻想郷の従者たちならきっと理解してくれる筈だ。
「お燐、私はいいから自分の髪をなんとかしなさい。三つ編みナシでは可愛さ半減、セクシーさ四倍増で最早別人よ」
「大きなお世話です。大体さとり様ときたら、ろくに身体も拭かず脱衣所を出てしまうんですから」
「古明地さとりチョメチョメ歳、水も滴るイイ女。お望みとあらば、とても大声では言えないような液体を滴らせてあげるけど?」
「じゃあやってみてください。あたいは然るべき機関に通報してきますから」
「御免なさい嘘です許して」
机の上にひらりと飛び乗り、三つ指をついての半土下座。
是非曲直庁の査察があっても、これさえあれば一安心。
嘘です。世の中そんなに甘くはない。地霊殿の予算は今年もマイナス。燐じゃないけど火の車。
「まあ穀潰しが二人減った事だし、当分はどうにかやり繰り出来そうだけどね」
(……………………)
「いけない。お燐にまで心を閉ざされてしまったら、私は正真正銘のアルティメット・サブタレイニアン・ボッチになってしまう」
「略してUSBですか。サードアイの構造が少しだけ理解できた気がします」
明日から使えない無駄知識。トリビアならぬガセビアの泉ポイポイのポイ。
「そんな事より、二人を連れ戻す算段を考えましょうよ。お空様とこいしが居なくなったら、地霊殿の存在価値は地に墜ちますよ」
「落ち着いて。様をつける相手を間違ってるし、そもそも地霊殿は私一人居ればエニシンオッケーよ」
「そんな! それじゃあさとりは、お空とこいし様が居なくなっても構わないと仰るのですか!?」
「なんなの? 一度に様を一つしか使えないとかいうルールでもあるの? 深刻な様不足なの?」
「さとり様がどうお考えなのかは存じませんが、お空様もこいし様も居ない地霊殿様なんて、あたい様イヤですよ……」
真面目に答えても馬鹿を見るだけ。世の中そんな事ばかりだ。いい加減、慣れてきただろう?
さとりは気分を変えるため、紙と筆を取り出し、何やら筆記し始めた。
「手紙ですか」
「ノン、ノン。アイムストーリーライター」
引きこもり生活で培った妄想、もとい想像力を燃料に、彼女は筆を走らせる。
こいしが如何にして命蓮寺の一員となり、どのような仏門ライフを送るのか。現実との剥離具合は兎も角として、さとりの中では既におおまかな青写真が描かれていた。
「キーワードは……愛と欲望の日々」
「不穏すぎる!」
「白蓮のしなやかな指先が、こいしの未成熟な双丘へと降り立った。心を閉ざした少女を舞台に、愛撫という名の遊行聖……」
「やめろォ! セルフ口述筆記やめろォ! つーかアンタ、ご自分の妹になんてことを!」
「妹だからデキるんでしょうがッッッ」
「どういう理屈ですか!」
リアル妹持ちの約九割は『妹萌えとかマジ勘弁』と言っているらしいが、どうやらさとりは残り一割の側に居るらしい。
妹の居ない燐(平成二十四年度現在)にとっては、理解し難い領域である。
「こいしの話を書くとなると、避けては通れない問題があるわね……」
「倫理的若しくは道徳的理由の他に何かあるんですか?」
「私の大好きな心理描写よ! こいしの心情を書くとかマジ無理ゲー!」
「何も考えていませんからね。よかったじゃないですか、これ以上道を踏み外さずに済んで」
「そこでさとりん考えました。受け側のこいしが無理なら、攻め側の心情を描写すればいいのよ! これぞまさしくコルペニスク的転回ね!」
「コペルニクスでしょう。何ですか凝るペニ」
「お燐スタァァァップ! それ以上いけない」
(理不尽な……)
「凝る……ペニス! イエー! イエー!」
(マジ理不尽なッ)
憤るペットを余所に、使い古された下ネタで浮かれるさとりであった。
余談になるが、彼女の中ではこいしは受けと相場が決まっているらしい。
「ふう……で、何の話だっけ?」
「二人を! 連れ! 戻すんですよ! これ以上脱線を続けるおつもりなら、あたいも地霊殿を出て、博麗神社の飼い猫にでもなっちゃいますからね!」
「それよ!」
「何ですか!」
「お燐、どうせペットになるなら霊夢ではなく、豊聡耳神子のペットになりなさい。さすれば幻想郷の三大宗教勢力に対し、我が地霊殿が絶大なる影響力を持つことができるわ」
「持ってどうなさるおつもりで?」
「どうするって……そりゃ支配するに決まってるでしょう。宗教戦争を陰でコントロールする美少女フィクサー……イケる、この設定で一本イケるわッ!」
妹ひとりコントロール出来ない引きこもりが何を……などと燐は考えない。考えたそばからバレちゃうからね。
「叙勲に値する活躍を期待してるわ。それじゃあお燐、レッツゴー!」
「聖人どもの仲間入りなんて無理ですって。あいつら妖怪を敵視しているんですよ? 見つかった瞬間退治されるに決まってます」
「のし上がっていく為には、その程度のリスクを恐れては駄目よ。上手い事ヤツらに取り入って、ナンバー2の座をモノにしなさい」
「クリアしなければならない条件が多すぎますし、そもそも最終的にのし上がれるのはさとり様だけじゃないですか」
「オーケー、アナタも甘い汁が吸いたいってワケね。それなら私の第三の眼から分泌される、甘くとろける液体を……」
「リスクと全く吊り合ってません。っていうかさとり様、それって何かの病気なのでは……?」
「アイス食べたい。あと、ねこ大好き」
猫はオマエが大嫌いだがな! と、危うく考えそうになる燐であった。
何事も自重が肝要哉。自重を知らない存在に対し、世間の風当たりは強い。服が脱げそうになるくらい強い。
「いい加減、馬鹿な考えは捨ててくださいよ。お空とこいし様さえ戻ってきてくれれば、あたいはそれで満足なんです」
「呆れた! 幻想郷を牛耳る絶好の機会だというのに、そんな優等生的意見が許されるとでも思ってるの?」
「どうしてもと仰るのなら、さとり様が神子とやらのペットにでもなればいいんですよ。あたいは博麗神社に向かいますので、これで四大宗教制覇ですね」
「そして誰もいなくなったin地霊殿……本末転倒ここに極まれりね」
この日、幻想郷から一つの勢力が姿を消した。
飼い主を失った地霊殿のペット達は旧地獄へと姿を消し、そこには誰もいなくなった。
地霊殿は地下世界における新たな廃墟となり、そしてそこを時折訪れるのは、残り物にありつこうとする欲深い考古学者たちだった。
「何このバッドエンド。死ぬの? いやむしろ死んだの?」
「全然終わってません。始まってすらいません。ちょっとくらい長いプロローグで絶望してちゃ駄目です」
「手を伸ばせば届くってか。お前アレか、イヤミか。イヤミなのか」
「求聞口授のイラストでは割と普通の長さでしたよね。絵師さんに幾ら払ったんですか?」
「腕の話は……やめろォ!」
腕の長さだけではなくて、その……ルックスとかも。いや、やめようこの話は。
もっと大事な話がある筈だ。さとりがまたしても燐に飛び掛かったとか、組んず解れつしている内に二人とも生まれたままの姿になってしまったとか。
あとそれから、そんな二人の姿を、一人の少女が遠巻きに眺めている事とか。
「お姉ちゃん……? お燐……? なにしてるの……?」
「……こいし!? 出家した筈じゃ……?」
「いや、してないよ? 私はあくまで在家だし……って、話を逸らさないでよ」
そう言って、頬を染めながら視線を逸らすこいし。
さとりが上で燐が下。言い訳無用のシチュエーション。
さて、どう戦い抜くかな?
「よ、よかったですねーさとり様。どうやらこいし様は、地霊殿魂を捨ててしまったわけでは無さそうですよ?」
「そ、そうねお燐。まったくこいしったら、要らぬ心配ばかりかけるんだから……」
「お姉ちゃんたちも命蓮寺に入ったらどう? 少しは煩悩が取り除けるかもしれないよ」
棒読みで切り抜けようとする二人に対し、感情の篭らぬ冷え切った声でこいしが応じる。
地霊殿分裂の危機、未だ回避ならず。こいしの出家も最早時間の問題か。
と、その時。
「ただいま帰りましたぁってうわああああああぁ!? さっ、さとり様とお燐がフュージョンしてるううぅっ!?」
「おっ、お空!? よりによってアンタまでこんな時に……!」
霊烏路空、帰宅早々主と友の核融合を目撃するの図。
何はともあれ、これで四人そろったわけだ。今度も地獄の底で一緒……とはいくまい。
そのためには力が必要だ。話をまとめるに足る絶対的な切札(オチ)が。
それが霊烏路空。そしてヤタガラス。
「どうしよう……私は一体どうしたらいいの……?」
「お空……ストナーサンシャインよ。ストナーサンシャインを出すのよ」
「何吹き込んでるんですかこいし様! そんな事よりお空、アンタよく無事に帰ってきてくれたねえ……ううっ!」
「無事も何も、危ない事なんて何も無かったよ? 山道の草むしりをしたり、崖みたいになってるとこに柵を立てたり……」
「お燐、どうやらアナタの早とちりだったみたいね」
「コソコソとこちらを窺う天狗に向かって、中性子線を照射してみたりとか……」
「それはどうかと思うわ」
目の良さで慣らした天狗といえども、流石に不可視光線までは目視出来まい。
幻想郷でそれが出来そうなのは……いや、関係ない人物の名前を挙げるのは控えよう。
地霊殿の四人さえ居れば、我々は無事にエンドロールまで辿り着けるのだから。多分。
「そんな事よりお空、アナタも服を脱いでこっちにいらっしゃい。私たちと共にエアガイツにリユニオンしましょう」
「やめてよお姉ちゃん! お空まで変な事に巻き込まないで!」
「部外者は黙っていて下さらない? 古明地“ブディスト”こいしさん?」
「えっ……」
いそいそと服を脱ぎ始める空の横で、こいしは姉に投げ掛けられた言葉を反芻する。
部外者、とさとりは言った。嫌味ったらしく名前にさんまで付けて。
「命蓮寺なり何処へなりと行ってしまうがいいわ。新興宗教にドハマリしてしまうような子なんて、もう妹でも何でもありません」
「さとり様、それは流石に言い過ぎなのでは……」
「いいのよお燐。そこの仏教徒サンは家族の絆ではなく、薄っぺらな信仰心に人生を捧げるつもりのようだからね」
裸のペット二匹を侍らせながら、こいしに対しネチネチと厭味を浴びせるさとり。
こんな筈ではなかったのに。本当は、いつまでも仲の良い美しい姉妹でありたかったのに。
しかし彼女は止まらない。生まれながらのひねくれ者に、自重の二文字など存在しないのだ。
「ホラ、いつまでもこんなところに居ないで、セクスィーな尼さんの観音様でも拝みに行きなさい。アナタにはそれがお似合いよ」
(こういう時だけ妙にイキイキとしてるんだよなあ、さとり様って)
(観音様って何だろう……後でお燐に聞いてみよっと)
「どうあってもトリプルスレットマッチの邪魔をするというのなら、いくら我が妹といえども容赦はしな……って、こいし!?」
姉の悪態に触発されたか、突如として衣服を脱ぎ始めるこいし。
上着を脱ぎ、スカートも脱ぎ、そして下着に手をかけたところで、さとりが思わず声を上げる。
「何してるのっ!? あなたどういう――」
「私も……加わればいいんでしょ? そうすれば私は、地霊殿を出て行かなくて済むんでしょう?」
(いけませんこいし様! それではさとり様の思う壺……ムギャア!)
「うにゅ?」
何か言いたげな燐を空に押し付け、さとりは妹の裸体を凝視する。
上半身は帽子と閉じた第三の眼のみ。下半身は靴下と腰の一枚を残すのみとなっている。
その一枚に両手の親指を引っ掛け、彼女は葛藤に打ち震えていた。無意識といえども、越えてはならないラインが存在するというのだろうか。
「あはは……あとちょっと、あとちょっとでお姉ちゃんに認めてもらえるのに、駄目だなあ私は……」
「こいし……それじゃアナタは、私の為にそんな無茶を……?」
(二人とも何を話してるんだろう? っていうかお燐、くすぐったいよ)
(おくうぺろぺろぺろ、おくうぺろぺろぺろ、おくうぺろぺろぺろ、おくうぺろぺろぺろ、おくうぺろぺろぺろ、おくうぺろぺろぺろ、おくうぺろぺろぺろ、やめるはひるのつき、おくうぺろぺろぺろ)
山村暮鳥さんに申し訳ないと思わないの? などと燐に対して突っ込む余裕は、今のさとりには無い。
彼女は内なる衝動と戦っていた。今すぐ妹を押し倒したい。そして、身体中のいたるところにキスの嵐を浴びせたい。
だがしかし、それこそが越えてはならない一線というものではないのか?
「ああそれでもっ、帽子と靴下を脱がなかった事については高く評価したい! 叙勲に値すると言えるわっ!」
「お姉ちゃん……こんな私を、認めてくれるというの……?」
「フッ……愚問ね。アナタはいつだって私の大切な妹。地霊殿にとって欠かす事のできない存在よ」
一線を、越えた先には修羅の道。迷わず行けよ、行けばわかるさ。
さとりは腕を大きく広げ、こいしに向かって歩み始める。マッパで。
「こいし……」
「お姉ちゃん……」
見つめ合う二人。
最早言葉は不要か。
お互いの肩に腕を回し、そのまま熱い接吻を……。
「ちょっ、ちょっと待って!」
「なによ、往生際が悪いわね」
「やっぱり……やっぱり間違ってるよ。姉妹でこんなことするなんて……」
「姉妹だからデキるんでしょうがッッッ」
「どういう理屈!?」
古明地こいし、ここへきてまさかの抵抗開始。
当然、さとりは止まらない。故に始まる姉妹のケンカ。
こいしが振り回した腕が、さとりの頬にクリーンヒット。
「こ……こいしアナタ……アナタよくもお姉さまの顔を……わたしは許しませんよーっ!」
「嫌あっ! お燐、お空! お姉ちゃんを止めてえっ!」
主の妹の救援要請を受け、二匹は顔を見合わせる。
夫婦喧嘩は犬も食わないとはよく言ったものだが、姉妹喧嘩の場合はどうだろうか?
少なくとも、この場に居る猫と鴉にその気はない。
「お空、どうやらあたいたちはお邪魔みたいだから、一緒にお風呂でも入りに行こうか」
「別にいいけど……さっきみたいなくすぐったいのはイヤだからね?」
「なーに、直に気持ち良くなるから安心しなって……フヒヒ」
取っ組み合いを続ける姉妹を背に、二匹は書斎を後にした。
「お燐のバカー! って、お姉ちゃんどこ触ってるの!」
「どこを触られているのか、クチに出してイッてみなさい?」
「サイテー過ぎる! もうやだ私出て行く! 出家して命蓮寺に保護してもらうんだからあっ!」
「まだそんな事を……! かくなる上は、アナタの身体から仏教エキスを搾り出すしかないみたいね!」
「意味わかんない! どうやって!?」
「言わせんじゃないわよ恥ずかしい!」
宗教は悪、歯止めを欠いた信仰はあらゆる災厄と不幸の根源、と断じるのはたやすい。
こいしが仏の道を正しく歩んで行くためには、肉親であるさとりの梶取りが必要不可欠となるだろう。
信仰と愛情、両者のバランスを保ち続ける事によって、古明地姉妹の絆は守られてゆくのだから。
「やめてお姉ちゃん! 最後の一枚を脱がそうとしないでよっ!」
「私個人の意見としては、穿かせたままでも十分イケるのだけど……でも、せっかくだから脱いじゃいましょう! せっかくだから!」
「いやあああああああああああああぁっ!?」
もっと語ることもできるが、地霊殿での物語に説明は不要だ。
こいしが穿いている最後の一枚は、果たしてドロワーズなのか否か。
それを皆様のご想像に委ねたところで、今回は筆を置かせてもらうとしよう。
彼女の妹である古明地こいしが、そういった連中の仲間入りを果たすまでは。
「お姉ちゃん! わたし仏教徒になっちゃった!」
書斎で物書きに耽っていたさとりは、妹の堂々たる宣言を受け、思わず手にした細筆をへし折ってしまった。
彼女は心を落ち着けるため、卓上でおもむろに三点倒立を試みる。しかし思ったほど腕に力が入らず、バランスを崩して床に転げ落ちてしまう。
妹の心配そうな視線に気付くや否や、今度は本棚から一冊の詩集を取り出し、その場でクルクルと回りながら朗読を始めた。
「お姉ちゃん……」
こいしが何か言いたそうにしているが、さとりはあえて気にしない。
喉が渇いたのでインクでうがいをする。むせる。姉の鼻からドス黒い液体が流れ出してきたのを見て、こいしは逃げるように書斎を後にした。
「勝った……」
一体何に勝利したというのか。それは彼女自身にしか分からない。
ともあれ祝杯の時間だ。戸棚から秘蔵のウォッカを取り出したさとりは、手刀で瓶の口を切り落とし、自らの頭に中身を注ぎかけた。
酒は彼女の癖っ毛を一時的に直毛へと変え、インクで汚れた顔を洗い清める。今度はスピリタスでやってみよう。さとりは決意を新たにした。
「何やってんスかさとり様……」
ふと気付くと、彼女のペットである火焔猫燐が、呆れ返った表情でさとりを見つめていた。
主のプライベート・エリアに勝手に入り込むとは、よくよく躾がなっていないとみえる。さとりの心中荒波の如し。
瓶に残った酒を口に含み、可愛いペットに吹きかけようとして――ビンタをくらった。この火焔猫燐容赦せん。
「しっかりしてください。そんなだからお空に逃げられてしまうんですよ」
「えっ、何それ。私聞いてない」
「先程神様たちが来て連れて行っちゃいましたよ? 参道の整備に必要だとかなんとか言って」
参道の整備(核物理)。八坂神奈子は尋常ではない。
天狗たちの運命を悟ったさとりは心の中で十字を切り、心の外で中指を立てる。それが燐の誤解を生み、さとりの頬に再びビンタ。
「みんな……みんな私の許から居なくなってしまうのね……」
「あたいがついてますから。お気をたしかに」
「ありがとうお燐。もう頼れるのはあなただけ……?」
さとりの第三の眼が、燐の心を暴いてゆく……。
(言えない……実はあたいも命蓮寺に入門しようとしたなんて、言えるはずがない……)
しばしの沈黙。しばしの硬直。
燐は己の失敗を悟ったが、時既に遅し。
「Et tu, Brute?」
「は?」
「お前もかって聞いてんのよこの泥棒猫がぁ!」
「いや、泥棒されそうになったのはむしろあたいの方で……あれ? ああもう、わけわからん!」
さとりが燐に掴みかかり、馬乗りになって服を引き裂こうとする――しかし、腕力が足りない。
そうこうしている間に両者の立場は逆転し、今度は燐がさとりの服を脱がしにかかる。
「やめて……私に乱暴する気でしょう? 東方茨歌仙第十二話の霊夢みたいに」
「さとり様がモブ河童役ですか? まあいいですけど。とりあえずシャワーでも浴びませんか?」
「どうして?」
「……言わせないで下さいよ。恥ずかしい」
そう言って燐は顔を背ける。心を読め、ということだろう。
ペットの欲求不満に対処するのも、立派な主人の務めである。やれやれ、さとりは読心した。
(単刀直入に申します。さとり様、酒臭い)
「oh……」
酒臭いなら仕方が無い。
燐に両脇を抱えられ、引きずられるようにしてさとりは浴室へと運ばれていった。
地霊殿のシャワーは温水完備。焦熱地獄さまさまである。
さとりは燐に髪を洗ってもらっていた。地下の顔役にシャンプーハットなど不要。
「ふんっ! ……見てお燐、鼻の中にまだインクが残ってるみたい」
「いちいち見せないでください。ああそれと、鼻の奥に入ったインクの汚れって一生残りますよ」
「そう言われてもねえ……確認のしようが無いじゃない」
「数年後、ふと鼻をかんだ時に思い出すんですよ。ティッシュに黒いものがベッタリと付着しているのを見てね……」
「アナタの所為で、この先一生鼻がかめなくなったじゃないの。どうしてくれるのよ」
「自業自得です。じゃあ流しますね」
さとりの頭を覆う泡が、熱めのシャワーによって洗い流されてゆく。
お次は顔と、そして身体だ。燐は両手に石鹸を泡立て、後ろからさとりに手を伸ばす。
「このコード、邪魔でしょうがないですねえ。引き千切ってもよろしいでしょうか?」
「いいと答えると思っているなら、あなたの正気を疑うわ」
泡の着いた手で顔面を撫で回され、さとりは思わず目を閉じる。
やがて燐の手は首から肩、そして胴体を這い回ってゆく。
視界を封じられたまま、ペットに身体を弄られる背徳的な喜び。興奮するなと言う方に無理がある。
「お燐」
「なんですか?」
「何かエロい事を考えなさい」
返ってきたのは、沈黙。
さとりはそれを承認の証ととらえ、第三の眼をギンギンにおっぴろげた。
この時、燐が汚物を見るような目で己を見つめていた事など、今の彼女には知る由もない。
(いきなりエロい事って言われてもなあ……)
「ハリー! ハリー! ハリー!」
(ああもう、わかりましたって。ええっと……)
燐は思案に耽りながら、その手をさとりの内股へと伸ばす。
さとりの興奮はレッドゾーンに達し、燐の妄想を今か今かと待ち望む。
(そういえば、お空は今頃どうしているのだろうか。山の連中にマワされてなきゃいいけれど)
「……えっ?」
(ああ、あたいの可愛いお空。もしもアンタに何かあったら、あたいは刺し違えてでもヤツらを殺す……)
「あのー、お燐さん?」
(ズタボロに陵辱されて泣きじゃくるお空を、あたいの素肌で優しく慰めてあげたい……)
「スタァァァップ! お燐スタァァァップ!」
燐が抱える心の闇に、さとりは危うくノックアウトされそうになる。
試合の継続は不可能と判断した彼女は、慌ててタオルを投げ入れた。
「もういいんですか? これからがエロくなるところだったのに」
「アナタなんなの? いわゆるひとつのヤンデレなの? っていうかお空じゃなくて私の事を考えなさいよ! 意味ないじゃないの!」
「ないわー。飼い主に欲情するペットとかマジないわー」
「……あなたひょっとして、私のこと嫌いだったりする?」
嫌われるのには慣れっこだけど、流石に身内から嫌われるのはダメージがでかい。
古明地さとり、複雑な乙女心である。
(嫌いなわけないじゃないですか。さとり様のことはそれなりに尊敬していますし、これからも側でお仕えさせていただきたいと思ってます)
「それなりにって……まあ本心だからよしとしましょう。でも、それならもっと私に甘えてきてもいいのよ? より具体的に言うと」
「言わなくていいです。別にあたいは、さとり様に魅力が無いと言っているわけではないんですよ。ただ……」
「ただ?」
燐が口ごもる。言葉にするのも憚られるというのだろうか。そんな彼女の乙女心を、さとりは土足で覗きにかかる。
(お空は……魔性ですよ、あれは……)
「オーケー、その辺にしておきなさい。あなたの性的嗜好はよーく理解できました」
素早い制止。先程の経験が早くも生きた。
ここで止めないと、燐は止め処なく空に対する妄想を垂れ流すであろう。
そんな事はさとりの望むところではないし、何よりこの場に相応しくない。クーリエは健全なサイトです。念のため。
「もうアレやコレやらする気分ではなくなってしまったわ。これからの事を考えないと」
「そうですね。こいし様の事も気になりますし」
「こいし! そうよこいしよ! あの子ったら一体全体何を考えて仏門に帰依したというのかしら!」
「何も考えてないのでは?」
シャワーで全身を洗い流されながら、さとりは燐の言葉を反芻する。
「それもそうね」
会話にそれ以上の進展も無く、二人は浴室を後にした。
舞台は再び書斎に戻る。
バスローブ一枚で机に向かうさとりの髪を、バスタオルを巻いただけの燐が熱心に拭いてやっている。
身だしなみに無頓着な主を持つ苦労。幻想郷の従者たちならきっと理解してくれる筈だ。
「お燐、私はいいから自分の髪をなんとかしなさい。三つ編みナシでは可愛さ半減、セクシーさ四倍増で最早別人よ」
「大きなお世話です。大体さとり様ときたら、ろくに身体も拭かず脱衣所を出てしまうんですから」
「古明地さとりチョメチョメ歳、水も滴るイイ女。お望みとあらば、とても大声では言えないような液体を滴らせてあげるけど?」
「じゃあやってみてください。あたいは然るべき機関に通報してきますから」
「御免なさい嘘です許して」
机の上にひらりと飛び乗り、三つ指をついての半土下座。
是非曲直庁の査察があっても、これさえあれば一安心。
嘘です。世の中そんなに甘くはない。地霊殿の予算は今年もマイナス。燐じゃないけど火の車。
「まあ穀潰しが二人減った事だし、当分はどうにかやり繰り出来そうだけどね」
(……………………)
「いけない。お燐にまで心を閉ざされてしまったら、私は正真正銘のアルティメット・サブタレイニアン・ボッチになってしまう」
「略してUSBですか。サードアイの構造が少しだけ理解できた気がします」
明日から使えない無駄知識。トリビアならぬガセビアの泉ポイポイのポイ。
「そんな事より、二人を連れ戻す算段を考えましょうよ。お空様とこいしが居なくなったら、地霊殿の存在価値は地に墜ちますよ」
「落ち着いて。様をつける相手を間違ってるし、そもそも地霊殿は私一人居ればエニシンオッケーよ」
「そんな! それじゃあさとりは、お空とこいし様が居なくなっても構わないと仰るのですか!?」
「なんなの? 一度に様を一つしか使えないとかいうルールでもあるの? 深刻な様不足なの?」
「さとり様がどうお考えなのかは存じませんが、お空様もこいし様も居ない地霊殿様なんて、あたい様イヤですよ……」
真面目に答えても馬鹿を見るだけ。世の中そんな事ばかりだ。いい加減、慣れてきただろう?
さとりは気分を変えるため、紙と筆を取り出し、何やら筆記し始めた。
「手紙ですか」
「ノン、ノン。アイムストーリーライター」
引きこもり生活で培った妄想、もとい想像力を燃料に、彼女は筆を走らせる。
こいしが如何にして命蓮寺の一員となり、どのような仏門ライフを送るのか。現実との剥離具合は兎も角として、さとりの中では既におおまかな青写真が描かれていた。
「キーワードは……愛と欲望の日々」
「不穏すぎる!」
「白蓮のしなやかな指先が、こいしの未成熟な双丘へと降り立った。心を閉ざした少女を舞台に、愛撫という名の遊行聖……」
「やめろォ! セルフ口述筆記やめろォ! つーかアンタ、ご自分の妹になんてことを!」
「妹だからデキるんでしょうがッッッ」
「どういう理屈ですか!」
リアル妹持ちの約九割は『妹萌えとかマジ勘弁』と言っているらしいが、どうやらさとりは残り一割の側に居るらしい。
妹の居ない燐(平成二十四年度現在)にとっては、理解し難い領域である。
「こいしの話を書くとなると、避けては通れない問題があるわね……」
「倫理的若しくは道徳的理由の他に何かあるんですか?」
「私の大好きな心理描写よ! こいしの心情を書くとかマジ無理ゲー!」
「何も考えていませんからね。よかったじゃないですか、これ以上道を踏み外さずに済んで」
「そこでさとりん考えました。受け側のこいしが無理なら、攻め側の心情を描写すればいいのよ! これぞまさしくコルペニスク的転回ね!」
「コペルニクスでしょう。何ですか凝るペニ」
「お燐スタァァァップ! それ以上いけない」
(理不尽な……)
「凝る……ペニス! イエー! イエー!」
(マジ理不尽なッ)
憤るペットを余所に、使い古された下ネタで浮かれるさとりであった。
余談になるが、彼女の中ではこいしは受けと相場が決まっているらしい。
「ふう……で、何の話だっけ?」
「二人を! 連れ! 戻すんですよ! これ以上脱線を続けるおつもりなら、あたいも地霊殿を出て、博麗神社の飼い猫にでもなっちゃいますからね!」
「それよ!」
「何ですか!」
「お燐、どうせペットになるなら霊夢ではなく、豊聡耳神子のペットになりなさい。さすれば幻想郷の三大宗教勢力に対し、我が地霊殿が絶大なる影響力を持つことができるわ」
「持ってどうなさるおつもりで?」
「どうするって……そりゃ支配するに決まってるでしょう。宗教戦争を陰でコントロールする美少女フィクサー……イケる、この設定で一本イケるわッ!」
妹ひとりコントロール出来ない引きこもりが何を……などと燐は考えない。考えたそばからバレちゃうからね。
「叙勲に値する活躍を期待してるわ。それじゃあお燐、レッツゴー!」
「聖人どもの仲間入りなんて無理ですって。あいつら妖怪を敵視しているんですよ? 見つかった瞬間退治されるに決まってます」
「のし上がっていく為には、その程度のリスクを恐れては駄目よ。上手い事ヤツらに取り入って、ナンバー2の座をモノにしなさい」
「クリアしなければならない条件が多すぎますし、そもそも最終的にのし上がれるのはさとり様だけじゃないですか」
「オーケー、アナタも甘い汁が吸いたいってワケね。それなら私の第三の眼から分泌される、甘くとろける液体を……」
「リスクと全く吊り合ってません。っていうかさとり様、それって何かの病気なのでは……?」
「アイス食べたい。あと、ねこ大好き」
猫はオマエが大嫌いだがな! と、危うく考えそうになる燐であった。
何事も自重が肝要哉。自重を知らない存在に対し、世間の風当たりは強い。服が脱げそうになるくらい強い。
「いい加減、馬鹿な考えは捨ててくださいよ。お空とこいし様さえ戻ってきてくれれば、あたいはそれで満足なんです」
「呆れた! 幻想郷を牛耳る絶好の機会だというのに、そんな優等生的意見が許されるとでも思ってるの?」
「どうしてもと仰るのなら、さとり様が神子とやらのペットにでもなればいいんですよ。あたいは博麗神社に向かいますので、これで四大宗教制覇ですね」
「そして誰もいなくなったin地霊殿……本末転倒ここに極まれりね」
この日、幻想郷から一つの勢力が姿を消した。
飼い主を失った地霊殿のペット達は旧地獄へと姿を消し、そこには誰もいなくなった。
地霊殿は地下世界における新たな廃墟となり、そしてそこを時折訪れるのは、残り物にありつこうとする欲深い考古学者たちだった。
「何このバッドエンド。死ぬの? いやむしろ死んだの?」
「全然終わってません。始まってすらいません。ちょっとくらい長いプロローグで絶望してちゃ駄目です」
「手を伸ばせば届くってか。お前アレか、イヤミか。イヤミなのか」
「求聞口授のイラストでは割と普通の長さでしたよね。絵師さんに幾ら払ったんですか?」
「腕の話は……やめろォ!」
腕の長さだけではなくて、その……ルックスとかも。いや、やめようこの話は。
もっと大事な話がある筈だ。さとりがまたしても燐に飛び掛かったとか、組んず解れつしている内に二人とも生まれたままの姿になってしまったとか。
あとそれから、そんな二人の姿を、一人の少女が遠巻きに眺めている事とか。
「お姉ちゃん……? お燐……? なにしてるの……?」
「……こいし!? 出家した筈じゃ……?」
「いや、してないよ? 私はあくまで在家だし……って、話を逸らさないでよ」
そう言って、頬を染めながら視線を逸らすこいし。
さとりが上で燐が下。言い訳無用のシチュエーション。
さて、どう戦い抜くかな?
「よ、よかったですねーさとり様。どうやらこいし様は、地霊殿魂を捨ててしまったわけでは無さそうですよ?」
「そ、そうねお燐。まったくこいしったら、要らぬ心配ばかりかけるんだから……」
「お姉ちゃんたちも命蓮寺に入ったらどう? 少しは煩悩が取り除けるかもしれないよ」
棒読みで切り抜けようとする二人に対し、感情の篭らぬ冷え切った声でこいしが応じる。
地霊殿分裂の危機、未だ回避ならず。こいしの出家も最早時間の問題か。
と、その時。
「ただいま帰りましたぁってうわああああああぁ!? さっ、さとり様とお燐がフュージョンしてるううぅっ!?」
「おっ、お空!? よりによってアンタまでこんな時に……!」
霊烏路空、帰宅早々主と友の核融合を目撃するの図。
何はともあれ、これで四人そろったわけだ。今度も地獄の底で一緒……とはいくまい。
そのためには力が必要だ。話をまとめるに足る絶対的な切札(オチ)が。
それが霊烏路空。そしてヤタガラス。
「どうしよう……私は一体どうしたらいいの……?」
「お空……ストナーサンシャインよ。ストナーサンシャインを出すのよ」
「何吹き込んでるんですかこいし様! そんな事よりお空、アンタよく無事に帰ってきてくれたねえ……ううっ!」
「無事も何も、危ない事なんて何も無かったよ? 山道の草むしりをしたり、崖みたいになってるとこに柵を立てたり……」
「お燐、どうやらアナタの早とちりだったみたいね」
「コソコソとこちらを窺う天狗に向かって、中性子線を照射してみたりとか……」
「それはどうかと思うわ」
目の良さで慣らした天狗といえども、流石に不可視光線までは目視出来まい。
幻想郷でそれが出来そうなのは……いや、関係ない人物の名前を挙げるのは控えよう。
地霊殿の四人さえ居れば、我々は無事にエンドロールまで辿り着けるのだから。多分。
「そんな事よりお空、アナタも服を脱いでこっちにいらっしゃい。私たちと共にエアガイツにリユニオンしましょう」
「やめてよお姉ちゃん! お空まで変な事に巻き込まないで!」
「部外者は黙っていて下さらない? 古明地“ブディスト”こいしさん?」
「えっ……」
いそいそと服を脱ぎ始める空の横で、こいしは姉に投げ掛けられた言葉を反芻する。
部外者、とさとりは言った。嫌味ったらしく名前にさんまで付けて。
「命蓮寺なり何処へなりと行ってしまうがいいわ。新興宗教にドハマリしてしまうような子なんて、もう妹でも何でもありません」
「さとり様、それは流石に言い過ぎなのでは……」
「いいのよお燐。そこの仏教徒サンは家族の絆ではなく、薄っぺらな信仰心に人生を捧げるつもりのようだからね」
裸のペット二匹を侍らせながら、こいしに対しネチネチと厭味を浴びせるさとり。
こんな筈ではなかったのに。本当は、いつまでも仲の良い美しい姉妹でありたかったのに。
しかし彼女は止まらない。生まれながらのひねくれ者に、自重の二文字など存在しないのだ。
「ホラ、いつまでもこんなところに居ないで、セクスィーな尼さんの観音様でも拝みに行きなさい。アナタにはそれがお似合いよ」
(こういう時だけ妙にイキイキとしてるんだよなあ、さとり様って)
(観音様って何だろう……後でお燐に聞いてみよっと)
「どうあってもトリプルスレットマッチの邪魔をするというのなら、いくら我が妹といえども容赦はしな……って、こいし!?」
姉の悪態に触発されたか、突如として衣服を脱ぎ始めるこいし。
上着を脱ぎ、スカートも脱ぎ、そして下着に手をかけたところで、さとりが思わず声を上げる。
「何してるのっ!? あなたどういう――」
「私も……加わればいいんでしょ? そうすれば私は、地霊殿を出て行かなくて済むんでしょう?」
(いけませんこいし様! それではさとり様の思う壺……ムギャア!)
「うにゅ?」
何か言いたげな燐を空に押し付け、さとりは妹の裸体を凝視する。
上半身は帽子と閉じた第三の眼のみ。下半身は靴下と腰の一枚を残すのみとなっている。
その一枚に両手の親指を引っ掛け、彼女は葛藤に打ち震えていた。無意識といえども、越えてはならないラインが存在するというのだろうか。
「あはは……あとちょっと、あとちょっとでお姉ちゃんに認めてもらえるのに、駄目だなあ私は……」
「こいし……それじゃアナタは、私の為にそんな無茶を……?」
(二人とも何を話してるんだろう? っていうかお燐、くすぐったいよ)
(おくうぺろぺろぺろ、おくうぺろぺろぺろ、おくうぺろぺろぺろ、おくうぺろぺろぺろ、おくうぺろぺろぺろ、おくうぺろぺろぺろ、おくうぺろぺろぺろ、やめるはひるのつき、おくうぺろぺろぺろ)
山村暮鳥さんに申し訳ないと思わないの? などと燐に対して突っ込む余裕は、今のさとりには無い。
彼女は内なる衝動と戦っていた。今すぐ妹を押し倒したい。そして、身体中のいたるところにキスの嵐を浴びせたい。
だがしかし、それこそが越えてはならない一線というものではないのか?
「ああそれでもっ、帽子と靴下を脱がなかった事については高く評価したい! 叙勲に値すると言えるわっ!」
「お姉ちゃん……こんな私を、認めてくれるというの……?」
「フッ……愚問ね。アナタはいつだって私の大切な妹。地霊殿にとって欠かす事のできない存在よ」
一線を、越えた先には修羅の道。迷わず行けよ、行けばわかるさ。
さとりは腕を大きく広げ、こいしに向かって歩み始める。マッパで。
「こいし……」
「お姉ちゃん……」
見つめ合う二人。
最早言葉は不要か。
お互いの肩に腕を回し、そのまま熱い接吻を……。
「ちょっ、ちょっと待って!」
「なによ、往生際が悪いわね」
「やっぱり……やっぱり間違ってるよ。姉妹でこんなことするなんて……」
「姉妹だからデキるんでしょうがッッッ」
「どういう理屈!?」
古明地こいし、ここへきてまさかの抵抗開始。
当然、さとりは止まらない。故に始まる姉妹のケンカ。
こいしが振り回した腕が、さとりの頬にクリーンヒット。
「こ……こいしアナタ……アナタよくもお姉さまの顔を……わたしは許しませんよーっ!」
「嫌あっ! お燐、お空! お姉ちゃんを止めてえっ!」
主の妹の救援要請を受け、二匹は顔を見合わせる。
夫婦喧嘩は犬も食わないとはよく言ったものだが、姉妹喧嘩の場合はどうだろうか?
少なくとも、この場に居る猫と鴉にその気はない。
「お空、どうやらあたいたちはお邪魔みたいだから、一緒にお風呂でも入りに行こうか」
「別にいいけど……さっきみたいなくすぐったいのはイヤだからね?」
「なーに、直に気持ち良くなるから安心しなって……フヒヒ」
取っ組み合いを続ける姉妹を背に、二匹は書斎を後にした。
「お燐のバカー! って、お姉ちゃんどこ触ってるの!」
「どこを触られているのか、クチに出してイッてみなさい?」
「サイテー過ぎる! もうやだ私出て行く! 出家して命蓮寺に保護してもらうんだからあっ!」
「まだそんな事を……! かくなる上は、アナタの身体から仏教エキスを搾り出すしかないみたいね!」
「意味わかんない! どうやって!?」
「言わせんじゃないわよ恥ずかしい!」
宗教は悪、歯止めを欠いた信仰はあらゆる災厄と不幸の根源、と断じるのはたやすい。
こいしが仏の道を正しく歩んで行くためには、肉親であるさとりの梶取りが必要不可欠となるだろう。
信仰と愛情、両者のバランスを保ち続ける事によって、古明地姉妹の絆は守られてゆくのだから。
「やめてお姉ちゃん! 最後の一枚を脱がそうとしないでよっ!」
「私個人の意見としては、穿かせたままでも十分イケるのだけど……でも、せっかくだから脱いじゃいましょう! せっかくだから!」
「いやあああああああああああああぁっ!?」
もっと語ることもできるが、地霊殿での物語に説明は不要だ。
こいしが穿いている最後の一枚は、果たしてドロワーズなのか否か。
それを皆様のご想像に委ねたところで、今回は筆を置かせてもらうとしよう。
こういうハイテンションな文大好物です。
さとりがこいしをののしった場面はドキリとした、ギャグとは言えそこに言及したSSって今まで無かったから
口授のさとりちゃんは腕どころか胸もマシマシなんですが、一体幾ら払ったというんだ…クソッ、夜も眠れないぜ!
こんな愉快すぎる作品を読めたことに心から感謝したい。
何気にまとめが上手い
ある種の天才
後書きのひじりんに…その…ぼk 弟になりてー!
続きは裏で!
あなたの作品は、一見すると東方の設定なんかガン無視しているようだが、よく読むと設定を詳細にチェックしている。そのギャップが良い!!
あなたの作品はいつもエッチで、ファッキンで、無茶苦茶だ。東方の幻想的な世界観なんてどこにもない!
あなたの作品を初めて読んだとき、私はあなたが「東方」という名前の看板だけを借り、中で東方とまったく関係ない事を言っているように見えた。
でも、それは誤解だった。あなたの作品を読むと、小ネタのそこかしこから、「俺はちゃんと東方の設定知ってるんだぜ!」、「俺は東方茨歌仙読んでるんだぜ!」みたいなことが伝わってくる。平安座さんが東方の設定をちゃんと大切にしてる印象を受けました。
このギャップが最高なんだ!
また、あなたの作品はいつもリズムが良い。各文章の文字数が短すぎず、長すぎずでとても読みやすい。
難解で抽象的な表現を多用しないし、小ネタを差し込む間隔もちょうど良いため、スラスラ読める。
だから、小説なのにギャグ漫画を読むような爽快感を覚えます。
きっとあなたの作品は、とても音読しやすいだろうし、もしあなたの作品が音読されたら、とても聞き易いだろう!
あなたの作品は無茶苦茶な猥談を垂れ流しているように見えて、実はとても整っている。(ように見える。)
さらに、作品内で使われるネタがニコニコ動画(VIP?)で使い古されているメジャーなギャグネタの改変じゃないことが、
私にとっては好印象でした。ネタ元がアニメやゲームからだけじゃないことに、私は平安座さんの上品さをちょっぴり感じるよ。
そう…あなたの作品を人に例えるならね、いつも女子とくだらない話ばっかしててチャラチャラヘラヘラしてるんだけど、
有事には、混乱してる俺たちに次々と指示を出して的確にタスクを処理する俺の同僚みたいな人だ!馬鹿っぽく見えるんだけど実はすごいんだ!
「大真面目に馬鹿をやる」という点で、東方二次創作サークルの「火鳥でできるもん」の火鳥さんと平安座さんは似ていると思う。
だから、私はあなたの作品を読めたことがとても嬉しいし、また読めるといいなと強く思ってる。
テンポが素晴らしくよかったです。
さとこいとおりんくうはいいよね!