秋、だから。
ちょっとした事件はこの一言で片付くことを、ナズーリンはよく知っている。
ちょっと人恋しくなったり。
ちょっとお洒落してみたくなったり。
なんとなくいつもと違う行動を取ってみたくなるのも、景色が鮮やかに移り変わるこの季節の風物詩だ。
春も似たようなものだが、それよりは幾分か情緒があるのが特徴的であろう。
「がおぉぉぉぉおおおおぉぉぉぉおおお!」
だから、これもまた、秋、だから。
ナズーリンがお使いから帰ってきたら、なんか灰色の頭巾をかぶった犬耳少女が、門の上で雄叫びをあげているのも。
『はぁろうぃぃぃん』
と、達筆の文字がでかでかと門の壁に貼り付けられているのも。
きっとその一言で片付けられるはずだ。
「がおぉぉぉぉ?」
うん、秋だ。
命蓮寺の門の上からでも見える、庭木の葉も段々と色づき始めて。
いずれは役割を失い、散っていくのだろう。
「がおぉぉぉぉおおおお!」
わずかなことに哀愁を感じてしまうのも、秋ゆえか。
ナズーリンは自嘲気味に笑って、何事もなかったかのように門をくぐりぬけ、
「がおぉぉぉぉおおおおおおおおおっ!!」
くぐり、抜け……
ぐさり、と。
「がおぉぉ……、お、おおぉぉぉぉおおおおっ!?」
くぐり抜けた直後、ナズーリンのダウジングロッドがその灰色頭巾ちゃん、つまり、響子の背後から臀部に突き刺さり。
大声をあげる近所迷惑な物体が、ぽとりと可愛い音を立てながら落ちてきたのだった。
「酷いよー! 横暴だよー!」
あっさりと復活した響子は、灰色の頭巾がついた外套を引きずりながらナズーリンに抗議する。
ぽこぽこと左手でナズーリンの頭を叩きながら、何故か反対の手でお尻を押さえていたり、若干涙目になっていたりするが、それは置いておくとして。
ナズーリンは、ごめんごめんっと謝りながら一歩身を引くと、ダウジングロッドを背中に片付けて、響子を指差した。
「私も悪かったかもしれないが、響子にも問題があると思うよ。命蓮寺は人里に近い。それゆえ君があんな大声を出し続けては迷惑になりかねない。それになんだいその格好は? いつもの服の上にそんな灰色の布地を重ねるなんて、あまりいい趣味には思えないよ?」
「え? 似合って、ない? 星さんには好評だったんだけどなー」
「ご主人に好評って……」
その時点で悪い予感しかしないのだが、ナズーリンは聞いてみることにした。事務的に優秀ではあるが、寺の外以外の知識があまりない、箱入りご主人が評価した何かを。
すると、響子は見せた方が早い。と言って、もう一度ナズーリンを門の外に連れて行って。
『はぁろうぃぃぃぃん』
の看板をばんばんっと三回ほど叩き、門の屋根の上にジャンプ。
そして下を見下ろすように四つん這いになると、外套の切れ目からしっぽを出し、誇らしげにぴんっと立ててから。
ふふん、と鼻を鳴らすように、余裕たっぷりの笑みさえ浮かべて。
「どうよ!!」
だからナズーリンからかける言葉は、一つしかない。
「……響子? 永遠亭、行く?」
「なんでそんな哀れんだ目で見てるのっ!?」
「ほら、私の指、何本に見える?」
「3本」
「君の名前と、種族は?」
「幽谷響子、可愛らしい山彦さん」
「よし、まだ間に合う! 永遠亭に急ぐんだ響子!」
「だからなんで、異常者扱いなのっ!? だからほら! そこの文字見てよ! 文字! それでわかるでしょう?」
そこでナズーリンは、仕方ないといった様子で文字を見る振りだけをする。
もちろん毘沙門天の部下として生活していたことのあるナズーリンはそれなりに外の知識もあるし、ある程度の語学力もある。そもそも、それに関係した用事で外に出たのだから、わからないはずもない。
だからこそ、ハロウィンがどんな行事かはもちろん知っているし、その楽しみ方も知っている。仮装パーティをしたり、子供は仮装したまま家々を周ってお菓子をもらったりと。なかなか遊び心をくすぐられるお祭りの一つだ。
そこから推測して、きっと響子は仮装をしていると判断できるのだが……
「ふむ、難題だ……」
まるっきりわからない。
ナズーリンの持っている知識に掠りもしない。
腕を組むだけで答えのコの字すら出せないナズーリンに業を煮やしたのか、とうとう響子は待ちきれないといった様子で自分を指差した。
「建物を守る入口で待ち構える魔物! そしてこの灰色!」
ばさっと、外套をはためかせ、くるりと一回転して華麗にナズーリンの前に着地すると。ふふんっと胸を張って、
「私は、命蓮寺を侵入者から守る! ガーゴイルなのよ!」
「……もう一回」
「ガーゴイル、なのよ!」
「狛犬じゃなく?」
「ガーゴイル!!」
石像という意味での灰色は理解した。
しかし、である。
その頭巾と外套から覗く愛らしい尻尾が、ガーゴイルというアイデンティティを真っ向から否定しまくっていた。
全国のガーゴイルの人が訴訟を起こすレベルである。
やはり、百歩譲ったとしても狛犬にしか見えず。
さらに、万歩譲って横文字を入れるとしても……
「……琉球名物シーサー」
「だから! ガーゴイルなのぉ!」
しーさーやいびーみ?
そんな感じの、南方妖怪である。
南方妖怪が、可哀想な感じで幻想入りしちゃった風である。
それでも響子が妥協しなかったので。
ナズーリンは尻尾のバスケットに入っている同胞に小物入れを取り出させて、
『幽谷・G・響子』
という名札を作成し響子に貼り付けることで、不穏な雰囲気の漂う命蓮寺の第一の難関を突破したのだった。
入口であれだったのだから、中とか軒先は大変なことになっているに違いない。
そう意識した時点で、ナズーリンの勝ちである。
なんの勝負かはナズーリンもわからないが、とにかく精神的に勝てるはずだった。
廊下にかぼちゃが山積みされていようが、聖が年齢というものを超越して魔法少女風になっていようが、迷わずスルーして、何事もなかったように日常業務に励んでやると。
絶対にツッコミなんてしない。
そう誓って、庭に入り、その顔を上げたとき。
「……くそぅ」
ナズーリンは、負けた。
思わずもう一度顔を伏せ、肩を震わせることしかできない。
だってそうだろう。
屋根からぶらさがった干し柿の群れが、まるでオレンジ色のカーテンのように廊下を埋め尽くす中で、わずかに空いた空間の中で、廊下から庭に向けて腰掛ける一輪が一人。
秋の昼間、庭を見ながら風流を噛み締める尼さん、というものであればまさしく秋の風物詩として美人画にも描かれそうでもあるが……
「一人~寂しくぅ~佇むぅ~、ゆう~ぐれぇ~♪
でも、いまでも、あなたのこと……忘れられない私がいるの……」
アコースティックギターを抱き、弾き、歌う。
干し柿の間で、弾き語りとか、異質とかそういう問題じゃない。
危ない。
こんなもの、人里の人間に見せたら一輪のイメージが危ない。
特に稗田に見せたら一輪の妖怪的な一生がアウトなほどのインパクトであった。
もう、空いた空間に座っているのではなく。
干し柿すらも不穏な空気を感じとり、敢えて避けているようにも見えるのだから。
「ナズーリン。お使いご苦労様です」
そんな光景を眺めていたら、ナズーリンの横から聞き覚えのある声が飛んでくる。それで星が来たのだと確信したナズーリンは、こんな馬鹿げたことをやめさせるために星の方を仰ぎ見て。
「あら、ナズーリン。どうしたのですか? 体を捻ったまま固まるなどと」
その言葉通りナズーリンは、動きを止めていた。
てくてくと、草履を履いて歩いてくる、星ともう一人。
黄色と黒の縞々に彩られた虎耳と尻尾を付けた、星、聖ペアを見て。絶句した。
「どうです! 怖い虎ですよ~、がおがおー!」
「……くそぅ、あざとい……さすがご主人あざとい……」
普段は耳も尻尾もない星が、虎の妖怪と主張するように出した耳と尻尾、それが動くたびにナズーリンの怒りメーターが急激に削られ、可愛いという感情に埋め尽くされていく。
そして、その横でにこにこと笑う。同じく虎耳虎尻尾の聖とセットだと、もうナズーリンを殺すための手段にしか思えない。
さあ、お父さん虎役はどっちだ。どっちが夜をリードするのか。
などという、妄想の世界にまで行き着こうとしたところで、サビらしきものに入った一輪の声が、溶けそうになったナズーリンの意識を現実に引き戻す。
「はっ!? ご、ご主人! その虎の仮装というものはわかったから、早く一輪を止めるんだ!」
「え? 何故です?」
「わからないのかい? ハロウィンというものを命蓮寺でやろうとしていることはわかった。となると、それを目当てにお客が来るかもしれないわけだ!」
「はい、みんないつもと違う雰囲気にびっくりするでしょうね!」
「びっくりは、いいとしてだね! あの一輪の奇妙な行動が稗田の耳にでも入ったら、妙な誤解をされかねな――」
「違います、ナズーリン」
ナズーリンが慌ててまくし立てる中、そこまで黙っていた聖が重い口を開いた。
「あれは、一輪が望んでいることなのですよ……」
「な、そんな、馬鹿な!」
「いいえ、本当なのです。あれは、昨日、人里に買い物に行った時のことでした」
聖は、秋空を見上げながら辛い表情で語り始めた。
「いつも人里のためを思って活動してくれてありがとう、と。干し柿用の柿を大量にいただきまして、でも誰も作り方をしらなかったのでどうしたものかと悩んでいたら、一輪が言ったのです。
『私がみんなのために美味しい干し柿を作ってみせましょう!』と」
大量に貰いすぎだろうと、そこを突っ込んでいいものかとナズーリンが悩んでいるうちに聖の話はさらに続き。
「一輪は干し柿職人の門を叩き、勤勉にその技術を習得しました。けれど、彼女は考えたと言います。
もう少し自分なりになにか出来ないか、と。そこで植物のことに詳しい花の妖怪の所へ出向いたそうです。そして、一つの境地にたどり着きました」
おそらく風見幽香であろう。彼女は花の妖怪だけあって、その道に関してスペシャリストと言って良い。その妖怪の神髄の知識というのであれば、花に特別な興味もないナズーリンですら興味が湧くというもので――
「植物は、音楽を聴かせると美味しくなる、と」
「あ、ああ、うん……」
「それで、花の妖怪お手製のアコースティックギターを貰い受けたとか」
「まあ、ギターとかもいろいろと問題はあるんだが……、しかし……」
だがそれは手遅れではないだろうか、と。
もぎ取った後の果実に対してすることではない気がするのは、ナズーリンだけだろうか。またナズーリンが迷っている間に、聖は言葉を続けた。
「そして、その後。その理論を確かめるために、医学的な観点からも意見を聴いてみようとしたそうです。それで丁度人里にやってきていた永遠亭の関係者に直撃してみたところ……」
永遠亭って植物の病気まで取り扱っていただろうか、とナズーリンは純粋な疑問を感じながらもそれを指摘するのを止めた。もしかしたら植物型の妖怪もいるかも知れないし、それに関する知識から植物のことを良く知っている可能性もあるからだ。
「その妖怪兎から『わずかですが違いが出ます。でも意識しないとわからないくらいの差ですが、こだわる人はそう言った工夫をするかもしれません』と。そういったアドバイスを受けたようです」
おそらく人里に来ていたというのだから鈴仙という薬売りの妖怪兎によるものだろう。聖からの話ではそれなりに知識もあるようなので、その師匠となれば、なお詳しい。植物から薬を作ったりもするのだから、言われてみれば当然か。
などと、ナズーリンは自分の中で意見をまとめ始めた。けれどもまだ聖の話は止まらず。
「しかし、目的によって曲を替える必要があるようです。早く育って欲しいときは曲調が早めのものを、ゆっくり育って欲しいときは穏やかな音楽を。あとは植物の好み次第で多少の変化があるそうで」
「ふむふむ」
しかしながら、なんとなく胡散臭くなってきたのは気のせいだろうか。
「ですから、妖怪兎さんは最後にこう締めくくったそうです。
干し柿に適している音楽は、やはり独り身の女性が年齢を重ねて、恋もできずに引きこもりがちになって、一生を終えるような。そんな干される感じのバラードが良いと思うウサ♪ と」
聖、それ、薬売りじゃない。
信じちゃ駄目な方のイナバだ。
ナズーリンは泣いた。
聖の大らかすぎる感性に泣いた。
「そこまで報告を受けた私もなるほどと返しまして。そういった歌ならば一輪の雰囲気にぴったりなのでやってみてはどうでしょうかと、一輪を励まして」
「……えっと、聖?」
人はそれを励ましとか、背中を押すとはいわない。
駄目押しである。
人によっては、とどめを刺すとも言う。
「そうしたら、何故か一輪はちょっとだけ悲しそうな顔をしたんですが、それからすぐああやって、何かふっきれた様子で歌っているわけです」
「一輪も聖や寺のために役立つことをしていると自覚しているのでしょう、ほら、あんなに活き活きと悲しさを表現しています」
「ええ、あの歌声を聞いて干されない柿などありません。誠に感動的で、才色兼備である! といったところでしょうか」
「もう、聖ったら……」
「うふふ……」
ナズーリンは恐怖した。
世間話をするように微笑みあう聖たちに心から恐怖した。
命蓮寺を利用したことのないものはナズーリンが怯えている意味がわからないかもしれないが、この二人は今、一輪を貶しているのではない。
おもいっきり褒めているつもりなのである。
ベタ褒めなのである。
これ以上ないくらいに、
『一輪って立派でしょう?』
と、ナズーリンにアピールしているのである。
「尼として一生を神仏に捧げ、そこから妖怪化した一輪であるからこそ。人間の幸せな家庭を持った女性との線引きが明確であり。それゆえ独身女性の悲しみの本質を歌に乗せられるというものですよ」
「聖、やめるんだ……もう、やめるんだ……これ以上命蓮寺に悲しみを生むんじゃない!」
「あら?」
「おや?」
ナズーリンは天然モノの怖さをその身で味わいながら。
自分で言い出したため引くに引けなくなった一輪の代役として、必死で二人に訴え。
ナイアガラの干し柿だけを残すことで決着したのだった。
ご案内
命蓮寺ハロウィンイベントが始まります。
可愛いお化けや妖怪が一杯、みんな遊びに来てね!
「うーん、誘い文句は簡潔でわかりやすいはず……」
「そうだね、私もそう思うよ」
「ナズーリンに朝から配って貰いましたし、村紗やぬえにはそれ以外の場所に連絡を出してもらいましたし」
一輪騒動の後、星とナズーリンは並んで歩きながら、命蓮寺のまわりをゆっくりと歩いていた。案内のはがきを持つ星の考えでは昼にはひっきりなしに子供が遊びにきて大変になるから、皆にもがんばってもらわないと。という意気込みだったらしい。
「やはり、中秋の名月。美しい秋空と同じ日というのが、最大の失敗でしょうか。皆さん相応の準備で忙しいかもしれないですしね」
命蓮寺にお参りに来た外来人から、秋には外でこんなイベントがあると聞かされて、その説明通りに簡単な仮装をして出迎える。
『トリック・オア・トリート!』
いたずらか、お菓子か!
の掛け声を出す子供達にはお菓子と、遊び場を提供。
そして大人や妖怪達には簡単な説法を。
遊びと教えの普及という二枚看板で毘沙門天様も大喜び。というのが星の狙いであったのに。
「しかし、まさか1人もいらっしゃらないとは……」
部下であるナズーリンが横にいるにもかかわらず、あからさまに肩を落とすと言うことは、それなりに落ち込んでいると言うことなのだろう。
聖に怒られたときも、何気なくナズーリンの側にやってくるのでその内心が手に取るようにわかるというもの。
「そうかい? 私はこうなった理由について心当たりがあるんだけどね」
さらに、ナズーリンは今回の失敗の原因まで見抜いているという。
星は表情をわずかに明るくし、身を屈めてナズーリンの肩を掴んだ。
「本当ですか! 是非教えて下さいナズーリン!」
「ふふ、それは私だけじゃなくて、村紗やぬえも、配達から帰ったらすぐに失敗に気付くだろう」
ナズーリンと村紗とぬえ。
案内文書の作成と配達に係わった者だけの名前が出てきたことで、星は、はっと目を見開く。
「やはり、当日に案内文書を送るというのが間違いだったと」
「それもあるだろうけど、それも的はずれなんだ」
「な、なんとっ!? これ以上の何があるというのですか!」
星は、信じられないといった様子で首を左右に振る。
それ以上にどんな失敗をしているのかなど、思いもつかないのだろう。
仮装が失敗しているとしても、最低1人は来ないと口コミで広がりようもない。宣伝不足以外に、何があるのか。
「むむむ……」
星は、だらだらと脂汗を流しながら首を捻り続ける。
そんな星の前にナズーリンは二つの白い四角形を取り出した。
「それは、居間の?」
ナズーリンが左手に持っているのは今日の日付、9月30日、備考欄には中秋の名月と書いてある日めくりカレンダーだった。
そして、もう一つは。
昨日ほとんど徹夜で作った、言わずと知れた案内はがき。
日付までは書いてないが、ハロウィンがあるとだけ明記してある。その二つをずいっと、星に突き出す。
「これで、わかるだろう?」
ナズーリンが差し出した大きすぎるヒント。
しょうがないご主人だと言いたげに細められた瞳からは、馬鹿にした意味合いは見えず。困った子供を見るような、慈しみだけがあった。
「あ、ああっ! 私としたことがなんということを!」
そして、星は……打ちひしがれたように、四つん這いとなった。
ああ、やっとわかってくれたんだなとナズーリンも胸を撫で下ろし。
「……あ、ああ、今日は、ナズーリンと一緒に月を見ながら団子を食べようと約束していたのに!
団子を買ってくるのを忘れてくるなんてっ!!」
そうやって心から、
内蔵から絞り出すような声で嘆く星、
「ご主人……、違うよ……」
「ナズーリン、すみません。今から買ってきますので! 待っていて下さいね!」
「だから、ハロウィンの日程がだね……」
「大丈夫です。私が本気を出せば10分で戻って来れます! ですから、安心して一緒に夜を過ごしましょう!」
「だから別に、私とか、団子とかそう言うのは今、関係なく……」
「いってきます! ナズーリン! 少しだけ、ほんの少しだけ留守を頼みます!!」
「あ、こら! ご主人、待たないかっ!! ああ、もう……」
勘違いをしたまま猛ダッシュで門へと向かう星の背中。
ハロウィンイベントを無視して、ナズーリンの団子を買いに走るその背中を、ナズーリンはいつものように微笑みながら眺めて、
「だからハロウィンは10月31日だというのに……
……ああもう、本当に馬鹿だな、君は」
目を細めつつ、いつもの言葉を告げたのだった。
いつもより、ちょっとだけ頬を熱くしながら。
その後――
ナズーリンは星とは別の主人、毘沙門天から頼まれた用事を思い出し、団子を買って戻ってきた星に聞いたのだった。
「トリック・オア・タワー?」
来週、毘沙門天様と打合せがあるから一端宝塔の状態をチェックする。
そのために、貸して欲しい。
そんなニュアンスを含めて。
いたずらか、宝塔か?
と尋ねた。
すると星が、急にそわそわし始める。
右袖、左袖に始まり、胸元、お腹、腰まわり。そして背中っと順番に星自身の両手で服の中を探り始めた後……
「と、トリックで!!」
青い顔のまま、力一杯宣言したので。
ナズーリンはその夜、自室を埋め尽くすほどの量のネズミたちを呼び寄せてから。
星が泣いて謝るまで体中をこちょこちょしたのであった。
ちょっとした事件はこの一言で片付くことを、ナズーリンはよく知っている。
ちょっと人恋しくなったり。
ちょっとお洒落してみたくなったり。
なんとなくいつもと違う行動を取ってみたくなるのも、景色が鮮やかに移り変わるこの季節の風物詩だ。
春も似たようなものだが、それよりは幾分か情緒があるのが特徴的であろう。
「がおぉぉぉぉおおおおぉぉぉぉおおお!」
だから、これもまた、秋、だから。
ナズーリンがお使いから帰ってきたら、なんか灰色の頭巾をかぶった犬耳少女が、門の上で雄叫びをあげているのも。
『はぁろうぃぃぃん』
と、達筆の文字がでかでかと門の壁に貼り付けられているのも。
きっとその一言で片付けられるはずだ。
「がおぉぉぉぉ?」
うん、秋だ。
命蓮寺の門の上からでも見える、庭木の葉も段々と色づき始めて。
いずれは役割を失い、散っていくのだろう。
「がおぉぉぉぉおおおお!」
わずかなことに哀愁を感じてしまうのも、秋ゆえか。
ナズーリンは自嘲気味に笑って、何事もなかったかのように門をくぐりぬけ、
「がおぉぉぉぉおおおおおおおおおっ!!」
くぐり、抜け……
ぐさり、と。
「がおぉぉ……、お、おおぉぉぉぉおおおおっ!?」
くぐり抜けた直後、ナズーリンのダウジングロッドがその灰色頭巾ちゃん、つまり、響子の背後から臀部に突き刺さり。
大声をあげる近所迷惑な物体が、ぽとりと可愛い音を立てながら落ちてきたのだった。
「酷いよー! 横暴だよー!」
あっさりと復活した響子は、灰色の頭巾がついた外套を引きずりながらナズーリンに抗議する。
ぽこぽこと左手でナズーリンの頭を叩きながら、何故か反対の手でお尻を押さえていたり、若干涙目になっていたりするが、それは置いておくとして。
ナズーリンは、ごめんごめんっと謝りながら一歩身を引くと、ダウジングロッドを背中に片付けて、響子を指差した。
「私も悪かったかもしれないが、響子にも問題があると思うよ。命蓮寺は人里に近い。それゆえ君があんな大声を出し続けては迷惑になりかねない。それになんだいその格好は? いつもの服の上にそんな灰色の布地を重ねるなんて、あまりいい趣味には思えないよ?」
「え? 似合って、ない? 星さんには好評だったんだけどなー」
「ご主人に好評って……」
その時点で悪い予感しかしないのだが、ナズーリンは聞いてみることにした。事務的に優秀ではあるが、寺の外以外の知識があまりない、箱入りご主人が評価した何かを。
すると、響子は見せた方が早い。と言って、もう一度ナズーリンを門の外に連れて行って。
『はぁろうぃぃぃぃん』
の看板をばんばんっと三回ほど叩き、門の屋根の上にジャンプ。
そして下を見下ろすように四つん這いになると、外套の切れ目からしっぽを出し、誇らしげにぴんっと立ててから。
ふふん、と鼻を鳴らすように、余裕たっぷりの笑みさえ浮かべて。
「どうよ!!」
だからナズーリンからかける言葉は、一つしかない。
「……響子? 永遠亭、行く?」
「なんでそんな哀れんだ目で見てるのっ!?」
「ほら、私の指、何本に見える?」
「3本」
「君の名前と、種族は?」
「幽谷響子、可愛らしい山彦さん」
「よし、まだ間に合う! 永遠亭に急ぐんだ響子!」
「だからなんで、異常者扱いなのっ!? だからほら! そこの文字見てよ! 文字! それでわかるでしょう?」
そこでナズーリンは、仕方ないといった様子で文字を見る振りだけをする。
もちろん毘沙門天の部下として生活していたことのあるナズーリンはそれなりに外の知識もあるし、ある程度の語学力もある。そもそも、それに関係した用事で外に出たのだから、わからないはずもない。
だからこそ、ハロウィンがどんな行事かはもちろん知っているし、その楽しみ方も知っている。仮装パーティをしたり、子供は仮装したまま家々を周ってお菓子をもらったりと。なかなか遊び心をくすぐられるお祭りの一つだ。
そこから推測して、きっと響子は仮装をしていると判断できるのだが……
「ふむ、難題だ……」
まるっきりわからない。
ナズーリンの持っている知識に掠りもしない。
腕を組むだけで答えのコの字すら出せないナズーリンに業を煮やしたのか、とうとう響子は待ちきれないといった様子で自分を指差した。
「建物を守る入口で待ち構える魔物! そしてこの灰色!」
ばさっと、外套をはためかせ、くるりと一回転して華麗にナズーリンの前に着地すると。ふふんっと胸を張って、
「私は、命蓮寺を侵入者から守る! ガーゴイルなのよ!」
「……もう一回」
「ガーゴイル、なのよ!」
「狛犬じゃなく?」
「ガーゴイル!!」
石像という意味での灰色は理解した。
しかし、である。
その頭巾と外套から覗く愛らしい尻尾が、ガーゴイルというアイデンティティを真っ向から否定しまくっていた。
全国のガーゴイルの人が訴訟を起こすレベルである。
やはり、百歩譲ったとしても狛犬にしか見えず。
さらに、万歩譲って横文字を入れるとしても……
「……琉球名物シーサー」
「だから! ガーゴイルなのぉ!」
しーさーやいびーみ?
そんな感じの、南方妖怪である。
南方妖怪が、可哀想な感じで幻想入りしちゃった風である。
それでも響子が妥協しなかったので。
ナズーリンは尻尾のバスケットに入っている同胞に小物入れを取り出させて、
『幽谷・G・響子』
という名札を作成し響子に貼り付けることで、不穏な雰囲気の漂う命蓮寺の第一の難関を突破したのだった。
入口であれだったのだから、中とか軒先は大変なことになっているに違いない。
そう意識した時点で、ナズーリンの勝ちである。
なんの勝負かはナズーリンもわからないが、とにかく精神的に勝てるはずだった。
廊下にかぼちゃが山積みされていようが、聖が年齢というものを超越して魔法少女風になっていようが、迷わずスルーして、何事もなかったように日常業務に励んでやると。
絶対にツッコミなんてしない。
そう誓って、庭に入り、その顔を上げたとき。
「……くそぅ」
ナズーリンは、負けた。
思わずもう一度顔を伏せ、肩を震わせることしかできない。
だってそうだろう。
屋根からぶらさがった干し柿の群れが、まるでオレンジ色のカーテンのように廊下を埋め尽くす中で、わずかに空いた空間の中で、廊下から庭に向けて腰掛ける一輪が一人。
秋の昼間、庭を見ながら風流を噛み締める尼さん、というものであればまさしく秋の風物詩として美人画にも描かれそうでもあるが……
「一人~寂しくぅ~佇むぅ~、ゆう~ぐれぇ~♪
でも、いまでも、あなたのこと……忘れられない私がいるの……」
アコースティックギターを抱き、弾き、歌う。
干し柿の間で、弾き語りとか、異質とかそういう問題じゃない。
危ない。
こんなもの、人里の人間に見せたら一輪のイメージが危ない。
特に稗田に見せたら一輪の妖怪的な一生がアウトなほどのインパクトであった。
もう、空いた空間に座っているのではなく。
干し柿すらも不穏な空気を感じとり、敢えて避けているようにも見えるのだから。
「ナズーリン。お使いご苦労様です」
そんな光景を眺めていたら、ナズーリンの横から聞き覚えのある声が飛んでくる。それで星が来たのだと確信したナズーリンは、こんな馬鹿げたことをやめさせるために星の方を仰ぎ見て。
「あら、ナズーリン。どうしたのですか? 体を捻ったまま固まるなどと」
その言葉通りナズーリンは、動きを止めていた。
てくてくと、草履を履いて歩いてくる、星ともう一人。
黄色と黒の縞々に彩られた虎耳と尻尾を付けた、星、聖ペアを見て。絶句した。
「どうです! 怖い虎ですよ~、がおがおー!」
「……くそぅ、あざとい……さすがご主人あざとい……」
普段は耳も尻尾もない星が、虎の妖怪と主張するように出した耳と尻尾、それが動くたびにナズーリンの怒りメーターが急激に削られ、可愛いという感情に埋め尽くされていく。
そして、その横でにこにこと笑う。同じく虎耳虎尻尾の聖とセットだと、もうナズーリンを殺すための手段にしか思えない。
さあ、お父さん虎役はどっちだ。どっちが夜をリードするのか。
などという、妄想の世界にまで行き着こうとしたところで、サビらしきものに入った一輪の声が、溶けそうになったナズーリンの意識を現実に引き戻す。
「はっ!? ご、ご主人! その虎の仮装というものはわかったから、早く一輪を止めるんだ!」
「え? 何故です?」
「わからないのかい? ハロウィンというものを命蓮寺でやろうとしていることはわかった。となると、それを目当てにお客が来るかもしれないわけだ!」
「はい、みんないつもと違う雰囲気にびっくりするでしょうね!」
「びっくりは、いいとしてだね! あの一輪の奇妙な行動が稗田の耳にでも入ったら、妙な誤解をされかねな――」
「違います、ナズーリン」
ナズーリンが慌ててまくし立てる中、そこまで黙っていた聖が重い口を開いた。
「あれは、一輪が望んでいることなのですよ……」
「な、そんな、馬鹿な!」
「いいえ、本当なのです。あれは、昨日、人里に買い物に行った時のことでした」
聖は、秋空を見上げながら辛い表情で語り始めた。
「いつも人里のためを思って活動してくれてありがとう、と。干し柿用の柿を大量にいただきまして、でも誰も作り方をしらなかったのでどうしたものかと悩んでいたら、一輪が言ったのです。
『私がみんなのために美味しい干し柿を作ってみせましょう!』と」
大量に貰いすぎだろうと、そこを突っ込んでいいものかとナズーリンが悩んでいるうちに聖の話はさらに続き。
「一輪は干し柿職人の門を叩き、勤勉にその技術を習得しました。けれど、彼女は考えたと言います。
もう少し自分なりになにか出来ないか、と。そこで植物のことに詳しい花の妖怪の所へ出向いたそうです。そして、一つの境地にたどり着きました」
おそらく風見幽香であろう。彼女は花の妖怪だけあって、その道に関してスペシャリストと言って良い。その妖怪の神髄の知識というのであれば、花に特別な興味もないナズーリンですら興味が湧くというもので――
「植物は、音楽を聴かせると美味しくなる、と」
「あ、ああ、うん……」
「それで、花の妖怪お手製のアコースティックギターを貰い受けたとか」
「まあ、ギターとかもいろいろと問題はあるんだが……、しかし……」
だがそれは手遅れではないだろうか、と。
もぎ取った後の果実に対してすることではない気がするのは、ナズーリンだけだろうか。またナズーリンが迷っている間に、聖は言葉を続けた。
「そして、その後。その理論を確かめるために、医学的な観点からも意見を聴いてみようとしたそうです。それで丁度人里にやってきていた永遠亭の関係者に直撃してみたところ……」
永遠亭って植物の病気まで取り扱っていただろうか、とナズーリンは純粋な疑問を感じながらもそれを指摘するのを止めた。もしかしたら植物型の妖怪もいるかも知れないし、それに関する知識から植物のことを良く知っている可能性もあるからだ。
「その妖怪兎から『わずかですが違いが出ます。でも意識しないとわからないくらいの差ですが、こだわる人はそう言った工夫をするかもしれません』と。そういったアドバイスを受けたようです」
おそらく人里に来ていたというのだから鈴仙という薬売りの妖怪兎によるものだろう。聖からの話ではそれなりに知識もあるようなので、その師匠となれば、なお詳しい。植物から薬を作ったりもするのだから、言われてみれば当然か。
などと、ナズーリンは自分の中で意見をまとめ始めた。けれどもまだ聖の話は止まらず。
「しかし、目的によって曲を替える必要があるようです。早く育って欲しいときは曲調が早めのものを、ゆっくり育って欲しいときは穏やかな音楽を。あとは植物の好み次第で多少の変化があるそうで」
「ふむふむ」
しかしながら、なんとなく胡散臭くなってきたのは気のせいだろうか。
「ですから、妖怪兎さんは最後にこう締めくくったそうです。
干し柿に適している音楽は、やはり独り身の女性が年齢を重ねて、恋もできずに引きこもりがちになって、一生を終えるような。そんな干される感じのバラードが良いと思うウサ♪ と」
聖、それ、薬売りじゃない。
信じちゃ駄目な方のイナバだ。
ナズーリンは泣いた。
聖の大らかすぎる感性に泣いた。
「そこまで報告を受けた私もなるほどと返しまして。そういった歌ならば一輪の雰囲気にぴったりなのでやってみてはどうでしょうかと、一輪を励まして」
「……えっと、聖?」
人はそれを励ましとか、背中を押すとはいわない。
駄目押しである。
人によっては、とどめを刺すとも言う。
「そうしたら、何故か一輪はちょっとだけ悲しそうな顔をしたんですが、それからすぐああやって、何かふっきれた様子で歌っているわけです」
「一輪も聖や寺のために役立つことをしていると自覚しているのでしょう、ほら、あんなに活き活きと悲しさを表現しています」
「ええ、あの歌声を聞いて干されない柿などありません。誠に感動的で、才色兼備である! といったところでしょうか」
「もう、聖ったら……」
「うふふ……」
ナズーリンは恐怖した。
世間話をするように微笑みあう聖たちに心から恐怖した。
命蓮寺を利用したことのないものはナズーリンが怯えている意味がわからないかもしれないが、この二人は今、一輪を貶しているのではない。
おもいっきり褒めているつもりなのである。
ベタ褒めなのである。
これ以上ないくらいに、
『一輪って立派でしょう?』
と、ナズーリンにアピールしているのである。
「尼として一生を神仏に捧げ、そこから妖怪化した一輪であるからこそ。人間の幸せな家庭を持った女性との線引きが明確であり。それゆえ独身女性の悲しみの本質を歌に乗せられるというものですよ」
「聖、やめるんだ……もう、やめるんだ……これ以上命蓮寺に悲しみを生むんじゃない!」
「あら?」
「おや?」
ナズーリンは天然モノの怖さをその身で味わいながら。
自分で言い出したため引くに引けなくなった一輪の代役として、必死で二人に訴え。
ナイアガラの干し柿だけを残すことで決着したのだった。
ご案内
命蓮寺ハロウィンイベントが始まります。
可愛いお化けや妖怪が一杯、みんな遊びに来てね!
「うーん、誘い文句は簡潔でわかりやすいはず……」
「そうだね、私もそう思うよ」
「ナズーリンに朝から配って貰いましたし、村紗やぬえにはそれ以外の場所に連絡を出してもらいましたし」
一輪騒動の後、星とナズーリンは並んで歩きながら、命蓮寺のまわりをゆっくりと歩いていた。案内のはがきを持つ星の考えでは昼にはひっきりなしに子供が遊びにきて大変になるから、皆にもがんばってもらわないと。という意気込みだったらしい。
「やはり、中秋の名月。美しい秋空と同じ日というのが、最大の失敗でしょうか。皆さん相応の準備で忙しいかもしれないですしね」
命蓮寺にお参りに来た外来人から、秋には外でこんなイベントがあると聞かされて、その説明通りに簡単な仮装をして出迎える。
『トリック・オア・トリート!』
いたずらか、お菓子か!
の掛け声を出す子供達にはお菓子と、遊び場を提供。
そして大人や妖怪達には簡単な説法を。
遊びと教えの普及という二枚看板で毘沙門天様も大喜び。というのが星の狙いであったのに。
「しかし、まさか1人もいらっしゃらないとは……」
部下であるナズーリンが横にいるにもかかわらず、あからさまに肩を落とすと言うことは、それなりに落ち込んでいると言うことなのだろう。
聖に怒られたときも、何気なくナズーリンの側にやってくるのでその内心が手に取るようにわかるというもの。
「そうかい? 私はこうなった理由について心当たりがあるんだけどね」
さらに、ナズーリンは今回の失敗の原因まで見抜いているという。
星は表情をわずかに明るくし、身を屈めてナズーリンの肩を掴んだ。
「本当ですか! 是非教えて下さいナズーリン!」
「ふふ、それは私だけじゃなくて、村紗やぬえも、配達から帰ったらすぐに失敗に気付くだろう」
ナズーリンと村紗とぬえ。
案内文書の作成と配達に係わった者だけの名前が出てきたことで、星は、はっと目を見開く。
「やはり、当日に案内文書を送るというのが間違いだったと」
「それもあるだろうけど、それも的はずれなんだ」
「な、なんとっ!? これ以上の何があるというのですか!」
星は、信じられないといった様子で首を左右に振る。
それ以上にどんな失敗をしているのかなど、思いもつかないのだろう。
仮装が失敗しているとしても、最低1人は来ないと口コミで広がりようもない。宣伝不足以外に、何があるのか。
「むむむ……」
星は、だらだらと脂汗を流しながら首を捻り続ける。
そんな星の前にナズーリンは二つの白い四角形を取り出した。
「それは、居間の?」
ナズーリンが左手に持っているのは今日の日付、9月30日、備考欄には中秋の名月と書いてある日めくりカレンダーだった。
そして、もう一つは。
昨日ほとんど徹夜で作った、言わずと知れた案内はがき。
日付までは書いてないが、ハロウィンがあるとだけ明記してある。その二つをずいっと、星に突き出す。
「これで、わかるだろう?」
ナズーリンが差し出した大きすぎるヒント。
しょうがないご主人だと言いたげに細められた瞳からは、馬鹿にした意味合いは見えず。困った子供を見るような、慈しみだけがあった。
「あ、ああっ! 私としたことがなんということを!」
そして、星は……打ちひしがれたように、四つん這いとなった。
ああ、やっとわかってくれたんだなとナズーリンも胸を撫で下ろし。
「……あ、ああ、今日は、ナズーリンと一緒に月を見ながら団子を食べようと約束していたのに!
団子を買ってくるのを忘れてくるなんてっ!!」
そうやって心から、
内蔵から絞り出すような声で嘆く星、
「ご主人……、違うよ……」
「ナズーリン、すみません。今から買ってきますので! 待っていて下さいね!」
「だから、ハロウィンの日程がだね……」
「大丈夫です。私が本気を出せば10分で戻って来れます! ですから、安心して一緒に夜を過ごしましょう!」
「だから別に、私とか、団子とかそう言うのは今、関係なく……」
「いってきます! ナズーリン! 少しだけ、ほんの少しだけ留守を頼みます!!」
「あ、こら! ご主人、待たないかっ!! ああ、もう……」
勘違いをしたまま猛ダッシュで門へと向かう星の背中。
ハロウィンイベントを無視して、ナズーリンの団子を買いに走るその背中を、ナズーリンはいつものように微笑みながら眺めて、
「だからハロウィンは10月31日だというのに……
……ああもう、本当に馬鹿だな、君は」
目を細めつつ、いつもの言葉を告げたのだった。
いつもより、ちょっとだけ頬を熱くしながら。
その後――
ナズーリンは星とは別の主人、毘沙門天から頼まれた用事を思い出し、団子を買って戻ってきた星に聞いたのだった。
「トリック・オア・タワー?」
来週、毘沙門天様と打合せがあるから一端宝塔の状態をチェックする。
そのために、貸して欲しい。
そんなニュアンスを含めて。
いたずらか、宝塔か?
と尋ねた。
すると星が、急にそわそわし始める。
右袖、左袖に始まり、胸元、お腹、腰まわり。そして背中っと順番に星自身の両手で服の中を探り始めた後……
「と、トリックで!!」
青い顔のまま、力一杯宣言したので。
ナズーリンはその夜、自室を埋め尽くすほどの量のネズミたちを呼び寄せてから。
星が泣いて謝るまで体中をこちょこちょしたのであった。
幽香さん何やってんすか
普段から植物に弾き語りやってんすか
歌に合わせて向日葵がシャカシャカ踊り出しそう
天然で殺しにかかってくる聖と星が恐ろし過ぎます
水木通りの先生な漢字で椰子落しとかランスブイルとかアササボンサンとかならともかく
『チ○ポ』
が出てこなくて本当に良かったと思った