星熊勇儀の視線の先、巨大なステージの上で、ひとりの土蜘蛛が舞い歌う。BGMに押されているようなすこし拙いそのステップと、それよりは格段に見事な歌声は、いまや地底でトップの人気を誇るアイドルのものだった。今宵彼女の元に詰め掛けた聴衆は、会場のキャパシティを考えると一万の大台をクリアしたということになる。その大歓声を一身に受け、土蜘蛛の少女――黒谷ヤマメが舞い歌う……
(こうして見ると、子供には見えんなぁ。大したもんだが)
土蜘蛛という種族そのもののことを考えてみると、目の前のそれは古くから生きている妖怪ほど違和感が先に立つ光景だ。かつては鬼とも同一視されたかの妖怪は、他者から見てなにもかもを持っていた。
巻きつけた糸で巨木をへし折る剛力を。
その見えるか見えないかの糸を自在に張り巡らせる抜群の器用さを。
危険な疾病と邪気を撒きちらす毒性を。
戦乱に明け暮れた昔時において、『全て』とはそんなものでしかないが。それらが狡知なる頭脳と激しい気性のままに振るわれれば――命が目に見えた危険に晒されれば、全てとはそんなもので事足りるのだとわかる。
だから、誰もが土蜘蛛を恐れていた。人間も、妖怪も、そして認めたくは無いが、鬼もそうだ。
――が、しょせんは昔の話だ。それと意識しなければ思い出せないような記憶の領域に、在りし日の土蜘蛛の姿はある。
(これじゃあ年寄りだと認めるようなものだな。こんなことをぐだぐだ考えてんのは)
自嘲を口の端に刻み、改めてステージを見下ろす。二階席から見ていても、その少女の奮闘ぶりははっきりとわかるほどだった。光を浴びた珠の汗をキラキラと輝かせ、やり遂げた達成感もあらわに客席へ手を振っている。それを受けた観客はさらなる熱狂の渦に追いやられる。ライブ中に失神したファンがスタッフに運ばれるのを見たと言う怪情報すら存在するのだ。
地底随一の歌姫、黒谷ヤマメの定例ライブではそんな馬鹿らしい噂さえもあり得るのではないかと思わせる空気があった。
そんな空気に混ざりきれていないのを良くも悪くも自覚する。他の観客と一緒に騒げれば楽しいだろうと思いもするが、一方で年甲斐もなく、などと思わなくもない。自分を少女と呼べた時代が懐かしくさえ感じる。
それと――むしろこちらのほうが主だった理由なのだが。
自分にお供を命じた、傍らの妖怪の意図が読めなかった。おかげでこの場でどんな態度をとるのが正しいのかさっぱりわからない。こいつときたら、一緒に会場まで来て隣同士の席に座っているというのに、ライブが始まってからは完全に勇儀を置き去りにしてサイリウムを振り回してばかりいるのだ……
「ああ、なるほど。静かだと思ったら、そんなことを気にしていたのですね。すいませんでした」
傍らの妖怪、つまり、勝手に勇儀の心を読んだ古明地さとりは、口調の上には一切の謝意を含ませないまま言った。
「おい」
そのくせこちらが呼びかけてもまるで聞こえなかったかのようにステージを注視するのみのさとりである。勇儀は背の低い彼女の脇を肘で突き、注意をこちらへ向けさせなければならなかった。
「おい聞いていいか。なんでわたしを連れてきたんだ?」
「ぐふげほ、おうう……」
せき込む地底の主をひとまず放置し、勇儀は席に座りなおした。座席の用意はあれどほぼ全員がオールスタンディングの構えでいる会場内では控えるべきかとも思ったが、周囲の観客どもの目はステージに釘付けだ。勇儀がその拳でさとりを爆散させたとしても気づかないかもしれなかった。
当のさとりは勇儀の適当な空想に怯えてか、呼吸が十分に整わないまま、少し苦しそうに弁明する。
「本当はパルスィとデートのつもりだったんですが、彼女が急用で来られなくなりまして……」
「普段会わない地底の主が、突然押しかけてきたと思ったら催眠術で誘拐されて、事情は追い追い説明すると言われながら、三時間もライブ鑑賞させられてるんだぞわたしは! さっさと用件を話してくれよ」
「せっかちですね。ヤマメちゃんのライブが終わるまで待ってくださいよ」
「なにがせっかちだ、三時間だぞ三時間」
傍若無人というのはこいつのことか。近頃はずいぶんマシになったものだが、自分がどうして嫌われるのかまだまだよくわかっていないらしい。
ため息をついた。どうせろくでもない話なのは間違いないのだ。面倒なことを先送りにしておきたい気持ちが、勇儀に口を開かせる。
「大体、連れが必要なら、燐でも呼んでやりゃふたつ返事でほいほい来るだろが」
「星熊童子、普段から地霊殿でふんぞり返ってるわたしが、ペットたちにこんな姿を見せられるとお思いで?」
「自覚あんのかよ。むしろ意外だわ」
さとりは薄い胸を張るでもなく、ただ事実を語ったまでと淡々としている。サイリウムを振り回しているときとは大違いの姿だ。あの騒ぎぶりを見ては、普段さとりの側にいる者ほどショックを受けてしまうだろう。
昔馴染みの仕事仲間である勇儀はといえば、ギャップに対する頭痛程度で済んでいた。
「……まぁ、見せられんよな。合いの手もふりつけも完璧だったもんな。どこで練習したんだ?」
「もちろん鍵をかけた自分の部屋でです……歌はお風呂で」
想像してみる。自室で独りで跳んだり跳ねたり回ったりする地底の盟主。あるいは、風呂場で裸でお腹に手などあてて歌を吟じるさとり様。普段は高潔そうにしているだけに、ゴシップ屋にでも売りつけてやれば抱腹絶倒ものの記事を書いてくれるかもしれなかった。地底に駄文書きの天狗はいないが、あの手の職種には天狗と同じくらいの下衆が揃ってしまうものだ。
その思考が伝わったのか、さとりが肩を掴んできた。意外と力強く。
「くれぐれもやめてください。よからぬことを企まないでくださいお願いします」
「自分で考えておいてなんだが、信じてもらえんと思うよ」
むしろ勇儀こそ虚言を吐く鬼として不名誉を吹聴されかねない。そんなことになれば部下に顔向けできなくなる。
「実はそのために日々を清廉に生きている、という側面もあります。必要なのは外面を取り繕うことでして……」
「カモフラージュのため、だと……? いよいよ聞かせられなくなってきたな。おまえもう少し真面目に生きろ」
「あなたこそわたしの裸を想像しないでくれますか。いやらしい」
「そんなつもりは欠片もねえよ」
勇儀はにべもなく答えつつ、思わず周囲を見回してしまった。もちろん観客どもはステージ上のヤマメがゲストの何者かと談笑する姿に魅入られており、こちらを気にかける様子など一切見せない。だがこれ以上の暴露話は勇儀が辛いので、多少強引にでも話を切り上げることにした。
「……すまんやっぱ本題にいこう。わたしになにをさせたい?」
「困ったことが起きましてね」
さとりは案外渋らずに応じた。
「覚えていますか。かつて『妖怪の山』にいた頃、わたしたちが子供の頃におとなたちが騒いでいた……」
「わたしたち、でくくるなよ。微妙に世代が違うだろ」
「いきなり話の腰を折らないでください」
ちなみに人間で換算すると、一〇歳ほど勇儀が年かさということになる。
「……おとなたちが騒いでいた、天狗殺しの久我ミカサ」
「……ああ」
ちょうど、さっきそれに近いものを思い出していた。確か勇儀の初陣よりも前に捕まった奴だ。しかしまさかそんなことのためにこのライブに誘ってきたのか、こいつは? 軽くにらむと、さとりは口元だけで笑う。やっと気づきましたかとでも言いたげな様子だ。
「彼女が、脱獄を」
その表情を、まばたきもせぬ間に消して。地底の主は焦燥の気配を漂わせた。
久我ミカサ。脱獄。たしかにさとりが焦るだけのことはある事態だ。だが。
勇儀にとっては、事の大小は関係ない。さとりが助けを求めている。ならば応じる――何度も繰り返してきたことだった。これまでも。おそらくこれからも。
「詳しく聞かせろ」
さとりがこくりと小さくうなずく。楽しい話には、ならなさそうだ。
階下では、黒谷ヤマメのライブがエンディングを迎えようとしている――らしかった。どこか遠くさえ感じる、アイドルの声。
『来週の地底地上間交流……えーと……あれ? ど忘れしちゃいました、あはは……は。えへ、とにかく来週の式典でもがんばります! 地上まで見に来てくれたら、わたしとってもうれしいな!』
土蜘蛛にサングラス
冗談では、なかった。
だっていつもは、ライブが終わったら三日はお休みをくれたのだ。あのくそ石頭のスケジュールをスケジュール通りに進めることしか脳の無いマネージャーだって、そこは斟酌してくれていた。苦痛そのもののレッスンに耐え、つまらないおとなたちへのあいさつ回りに耐え、ステージ上で誰かが書いたお芝居を演じるのに耐え、その合間にあるほんの少しの休みだけがあたしの自由な時間、だったのに。
(もう知るもんか! 今日は絶対帰らない! こんなのロウキ違反っ!)
鼻息荒く足音を蹴立てて、どこへともなく進んでいく。事務所からもレッスンスクールからも遠い場所へ、一歩でも遠くへ。それだけが目的だ。足元の石畳を踏み割ることができるならそうしてやりたいところだ!
(おっと……)
ふと向けた視線の先、ショーウインドウのガラスが鏡代わりに、少女の姿を映し出していた。黒とか茶とか地味な色でまとめた私服に、高く結った金髪のポニーテイル。遮るものがなければ大いに周囲の目を惹くだろう美しく整った小顔(今さら謙遜は無駄だと思っている)。その丸い目元が半ばほど露わになっているのが、問題だった。ちょんと指を伸ばして、顔の半分をゆうに覆うサングラスの位置がずれかけていたのをなおす。
今をときめく地底アイドルの頂点たる自分が怒って顔を真っ赤にしながらのしのし歩いているところなど見られたら、ゴシップのいい的だ――黒谷ヤマメはそこまで考えて、はっとした。事務所に迷惑がかかることなんて、今くらい気にしなくたっていいんじゃないの? ちょっとくらい三流ゴシップ誌にネタを提供してやって、会社だか事務所だかになんか――なんでもいい――ダメージを与えてやれば憂さ晴らしになるかも。
ヤマメは嘆息をひとつ漏らす。周囲の目を気にして、小さく控えめに。
そんなことできない。身に染み付いた習性とも言える思考にうんざりしてしまう。
(調教されるってこういうことだあ……こういうのみんな知ってたの? あたし以外のみんなはさ)
おとなの社会に適応することが、こんな詐欺にも等しいことだと知っていれば。
恨めしく、道行く妖怪たちに偏光グラス越しの視線を投げかける。地底の中心地に近いここらは身なりのいい妖怪が多いが、その誰もがヤマメに気づかず通り過ぎていく。とりあえず変装は機能してくれていることに安堵もしたが、同時になぜ気づかないのと思ったりもする。乙女心は複雑だ。例えるなら、絡まった靴紐程度には。
どうにもトーンダウンした感は否めないが、ヤマメはさりとて帰る気にもなれず、また目的地もないまま歩き出した。
「こんなときに、あの縦穴が残ってたらなー」
ついつい独り言が出てしまった。すれ違った鹿かなにかの妖怪が一瞬怪訝そうにこちらを振り向いたが、ヤマメが慌てて口を押さえていたらさっさとどこかへ去っていった。まあ声だけでは気づくまい。ライブ中、というか仕事中はだいぶ声を高くつくっているから。ヤマメの地声はむしろ低いほうだ。
縦穴とは、この地底と地上とを結ぶ唯一の通路のことだ。大昔に崩落したきり数百年はほったらかしにされていたのを、ヤマメは遊び場にしていた。間抜けな見張りの目をあざむくことは容易かったし、よく声も響くところだったから自主練だってそこでしていた。こうしてみると、自分はひとりでいる時間を大切にしていたのだと思う。なにせ、歴史の授業(普段は睡眠時間にあてているが、たまたま起きていた)で知ったことだが、地底から地上へ干渉することは明確にタブーとされており、形骸化してはいたが罰則も重いものが科せられていたのだ。
縦穴は地上に限りなく近い場所で、門番がいるんだからもちろん立ち入り禁止だ。
そんなところへ好き好んで通っていたのだから、我ながら変な奴だと思う。
もっともあたしは地上になんて興味もなにもないんだけどね――また、胸の中で怒りが再燃する。あの縦穴が失われたのは、間もなく地底と地上の交流が復活するという歴史的快挙のためだ。
少し前に、地上からとある人間が現れたことが大きなきっかけとなった。
地底地上間の行き来を円滑に行うために縦穴は徹底的に整備され、巨大な馬車が余裕をもってすれ違えるように上り三車線、下り三車線の広く広い螺旋道路が造られた。その音頭をとった例のまぬけな門番、なんとかいう地霊殿の官吏はその道路を地底と地上の架け橋などと呼び、自身は『橋姫』などとのたまっているらしい。噴飯モノの逸話である。
とにかく、そんな最大公約数的快挙のために、ヤマメの小さな秘密の場所は粉砕されたわけだ。地底生まれの世代であるヤマメは、一度も行ったことのない地上とかいう『異世界』のことなど興味も無かった。おかげでこんなときに逃げ込む場所もなく、旧都をふらふらうろつく羽目になっているのだから、むしろ印象はマイナスもいいところだ。
(なんか知らないとこに出ちゃったしね!)
今度は声に出さず独りごち、ヤマメは皮肉に唇を歪める。元より自由の少ない身、地理には明るくないのだが。それでもこれほど裏ぶれた路地を選んでしまうとは、土地勘がないにもほどがある。
縦穴以外にもたまに気晴らしに行く場所はあるのだが、ここからではどう行ったらいいものか全然わからない。根本的に、ひとりで外出することに慣れていないのだ。
(……帰ろ)
怒りが風化してしまった。自宅に戻るのは見つかる危険も高いが、チェーンロックをかけて篭城してしまえば、その後は居留守でもなんでもすれば良い。踵を返す。
返しかけたその足が、なにかに引っかかった。
引っかかっているのは、小さな手だった。よくよく見ると足元になにかゴミが落ちているなと思っていた箇所から、腕が伸びている。
「ちょっ、な、なに!?」
ぎょっとしてその場から飛び退いて逃れようとするも、腕はしっかりとヤマメの足首を掴んだままでそれを許さなかった。
「あ……う、う」
「なんかうめいてる! なんなのこれ! たた、助け――」
「君、土蜘蛛……?」
「しゃべった!?」
「いや、しゃべるけどさ……」
ごそっとゴミ(?)が身じろぎをする。と、汚れた毛布をマントのように巻きつけた妖怪が顔をのぞかせた。くすんだ灰色の短いざんばら髪のせいで幼く見えるが、声からすればヤマメとは同年代ほどの少女だ。きらびやかな衣装を着ることも多いヤマメからすれば、一目で憐れを催すようなボロを身にまとっている。
総じて最初の印象が大して薄れたわけでもなかったが、わかったこともあった。
こいつは、ヤマメと同じ、土蜘蛛だ。
同属のよしみと思い、ヤマメはその手を振りほどこうとするのを一旦やめた。同じ土蜘蛛ならばいきなり凶行には及ぶまい。
「あの……なにか用なの……? 誘拐目当てなら、もっとガタイがいいやつを連れてきたほうがいいと思うけど」
「ちがうそんなんじゃない……もう限界で動けないから、こうして誰かが掴める位置に来るまで待っていた」
「限界って、ずいぶん元気に掴んでくれてるじゃないさ」
「最後の力を振り絞っている。この手を離したらわたしは遠からず死ぬだろう……」
「これ脅迫だったか……」
途方もない事実に行き着いてしまった。自分の喉元にナイフを突きつけているタイプ。ヤマメは引いたが、少女はさして気にした様子を見せず、淡々と続ける。
「とても単純なことを頼みたい。いいだろうか」
「あ、はい。どうぞ。いやなんで乗せられてるのあたし」
「おなかがすきました」
本当に、単純なことでよかった。ヤマメはそう思った。
少女に頼まれたことをヤマメは二つ返事で請け負った。そして当然、そのまま反故にして帰ろうとした。
それをやめたのは、通りかかった公園ですきっ腹には酷なソーセージの焼ける匂いを嗅いで、『ついでに』などと思ってしまったからだ。
露店で購入したホットドッグをふたつ抱えて先ほどの路地に戻ると、その先ほどと全く変わらぬ位置に謎の土蜘蛛の少女が倒れている。最後の力を使い果たしたというのはどうやら本当らしかった。
「ちょっと。死んでないよね」
つまさきでつついてみる。また掴まれるかと思ったのですぐ引っ込めたが、少女はやはり限界らしく、うっそりと首をめぐらしただけだった。
「君か。いいにおいがすると思った」
後ろ手に隠している食べ物の匂いを嗅ぎつけ、ふんふんと鼻を鳴らすと、次には期待に満ちた視線がヤマメに注がれる。
ヤマメはそれを受けて、ホットドッグを渡して――やろうとして寸前で引っ込めた。困っている者に施しを、と教わったことがあるから善意で食べ物を持ってきてやったが、いいことを思いついた。
「まだあげるとは言ってないんだけど」
まだ、ね。一方的におあずけを課す優越感がそわそわとヤマメの神経を撫でる。
「生殺しかい……君はひどいね」
「なんか余裕ありそうだから……で、これが欲しかったらあたしの頼みも聞いて欲しいんだけど」
「なんでも聞くよ、本当だ」
「じゃ、食べていいよ」
伸ばされたまま地に横たわる手のひらに、ホットドッグをのせてやる。すると、ホットドッグは勢いよく毛布の中に引き込まれていき、激しい咀嚼音があたりに響く。
「落ち着いて食べなよね」
「まともな食べ物はひさしぶり……な気がしてね。おいしい。ありがとう」
少女は泣いているようだった。子供の小遣いで買えるようなものでそこまで、と思わなくはないが、もちろん悪い気だってしない。ヤマメは自分の空腹も忘れて、もうひとつのホットドッグも少女に渡してやった。注意の甲斐なく、やはり少女はむさぼるようにそれを食べて、喉につまらせて咳き込んでいた。
「ふう。ああ、ひとごこちついた。まだ生きられそう」
「あっそう……食べ物だけでそんなに回復するものかね?」
きりっとした顔で立ち上がった少女はヤマメよりわずかに背が低く、頼りなげな細身だが、それでもふらつくようなことはなくしっかりと地に足がついていた。さきほどまでは死相すら浮かんでいたように見えたのだが。
「それで、頼みというのは?」
「え? ああ」
うっかり忘れていた。しかし無償で助けてやるほどぬるい世界でヤマメは生きていないのだ。
「あたしの暇つぶしにつきあってくんない? これは重大なミッションなの」
「喜んで」
「話がはやいなあ! なかなか見所ありそうね、あんた」
「君には命を救ってもらったからね。まあ、それに、なんだかやることも思いつかないし」
「ふうん? あ、そういえば名前は?」
「ミカサ、かな。たぶんあってると思うけど」
「なんで自信ないのさ」
「なんだか……わからないんだ。思い出せない。どうしてだろう」
おや、とヤマメは話の先行きが不安になった。飄々としてよくわからない奴だけど、もしかしてその理由は。
「住所は?」
「ううん、ちょっと、出てこないな」
「お仕事は……」
「状況や身なりを考えると、物乞いなのではないかと思う」
「それは、ええと、身分を誤魔化したくて言ってるの?」
「いや違う。すまないわからないから推測で」
「じゃあ、今日の日付は?」
「ああ、それなら……」
少女が今日だと思っている年月日を告げる。
ヤマメは思わず天を仰いだ。
「それ千年前の日付だから」
「ええっ!?」
「あんた、あれでしょ。記憶喪失」
「フィクションでよくある、全生活史健忘のことだね」
「これはリアルだから」
なんでそんな単語ばかりすらすら出てくるのか、と釈然としないものを感じながら、ヤマメはうめいた。記憶喪失なんていうものを、初めてお目にかかってしまった。話した通りのすっとぼけ野郎なのかもしれないが、どうにも嘘をついているようには見えないし、その理由もちょっと思いつかない。奇抜すぎる嘘は逆に真実味を抱かせると言うが、これは、いくらなんでも。いや、そう思うことこそこいつの術中なのかもしれない?
じろじろと少女――ミカサとやら――を穴が開くほど眺め回してから、ヤマメはあることに気づいた。その間、なにを思ったかにこにこしたままこちらを見つめていたミカサにデコピンして視線を逸らさせ、適当に手を振った。お手上げ。
「よく考えたらあんたが記憶喪失でも関係ないかも。あとで病院連れてってあげるから、とにかく暇つぶしに付き合ってよ」
「何度でも言うけど、喜んで。病院まで連れて行ってくれるとは、君は天使かなにかかな」
「そーだよ」
これまた適当に肯定すると、ミカサはちょっと驚いた顔をした。してやったりとほのかな満足感にそわそわと神経を撫でられながら、ヤマメは笑った。
「この寒々しい地底に笑顔を届ける仕事をしてる、天使なの」
「天使様、お名前は?」
「あー……」
この大アイドルの名前を教えていいものか少し迷う。が、どうせ記憶喪失のこの娘には、こんな逡巡は大して意味はあるまい。ヤマメはサングラスを外し、胸に手を当てて己を示した。
「黒谷ヤマメ、だよ。よろしくね、えーと、ミカサ?」
勇儀は自身の職場である地霊殿の地底警衛兵詰め所に着くと、まずは荷物を置いて喫煙所へ向かう。ここではかなりの古株である勇儀ともなると、新米だったころよりデスクワークの比重が増え、ストレスの溜まりやすい環境で一日中缶詰めということも珍しくない。おかげで朝一に煙草に逃避する癖がついた。一番いいのは、もちろん書類仕事などほっぽって帰宅し、酒の類を気ままにかっ喰らうことなのだろうが――まさか勤務中にそんなことは許されまい。いかに勇儀が星熊童子として畏れられていても、ルールは守らなければならないのだ。
(守ったところで肩身は狭いけどな)
今もフリント式ライターと悪戦苦闘する勇儀を、経理のうるさ型のお局が親の敵を見るような目でこちらを睨みながら通り過ぎていく。喫煙所は透明なパーティションで区切られていて、まるで晒し台のような趣きがあった。嫌煙者たちの無遠慮な視線を浴びるのに事欠かない場所である。
「星熊童子? 吸わないんすか?」
なかなか火の点かないライターに見切りをつけるべきか悩んでいると、ほとんど少女といえる年頃の鬼が勇儀に声をかけてきた。喫煙所まで来てライターを見つめるのみの勇儀が奇異に映ったのだろう。もっとも勇儀には、悪ぶって煙草を吸いに来る彼女の慣れない仕草こそがおかしく見えたものだが。
「いや、今日はライターに見放されているらしくてね」
「あ、これは気がつきませんで」
子鬼が愛想笑いを浮かべながらマッチを擦り、点いた火を差し出してくる。勇儀はその火で煙草をふかし、曖昧に浮かぶ紫煙をぼけっと見つめた。子鬼も自分の紙巻煙草を取り出していた。
「来年度から全館禁煙って、どうすればいいんでしょうね」
子鬼がぽつりとそんなことを言う。さあな、と勇儀は肩をすくめた。
「禁煙でもして健康になりゃいいんじゃないの」
「煙草代がかからなくてお金持ちになっちゃいますよ」
「まーわたしはそこまでヘビースモーカーなわけじゃないし。朝の一服ぐらい、隠れて吸うさ」
「お局に殺されますよ」
「内密に頼む」
冗談めかして言うが、お局にばれたときのことを考えると、頭が痛くなるような事態が発生するのは間違いない。面倒を避けるためにはやはり禁煙か……ぞっとしない話だ。
「さて、そろそろ出るかな」
昨晩さとりに頼まれたことをやらなければならない。地底で一番えらいやつのご下命なので、気分だけは大手を振って外に行ける。だが、周囲には勇儀が仕事を放棄してどこかへ消えたように映るだろうからひんしゅくを買うことになる。それこそどこか飲み屋にでも行ったと思われるかも。一応、勇儀がいなくても問題なく職場は回るようにはなっているが……
要はこれは、密命なのだ。清廉な為政者さとりが、けして清廉そのものではないという証左。
(千年前の、大妖怪か)
勇儀は灰吹きに灰を落とし、さとりとの会話を思い起こす。その肩書きが本当なら、間違いなく厄介な相手だ。
鋭さと硬さとを増した勇儀の気配にも気づかず、子鬼はのほほんとあいづちを打った。
「今日は外回りなんですか?」
「ん……ああ。おまえもたしか、事務方ではなかったよな。どんくさいのに、ちゃんとやれてるのか?」
「し、失礼な。マニュアル通りやってますって。来週の式典のアレで今は縦穴の方に」
「『橋』なんだろ、あれは。じゃなくて実際に対応できるかって話だよ。たとえば……」
片手に煙管を持ったまま、勇儀は反対の手を閃かせた。
「――え、うわっ、え!?」
眉間にぴたりと指を突きつけられ、子鬼は遅れてわたわたと勇儀の手を払った。やはり反応できていない。
「も、もう! 星熊童子の技を簡単にかわせるわけないじゃないですか!」
「そりゃまあそうだが……」
わたしがこいつと同じくらいの歳のときは、どうだっただろうか。昨日見たアイドルよりは少し歳上、おとなと子供の境くらいのとき。もうちょっとマシだったと思うのは自分贔屓の甘い判定だろうか。
ただ直向ではあったはず、だ。そこは違ったはずがない。
「わけない、とか言ってないで訓練を怠るな、とは言っておくよ。がんばんな」
「は、はい! ありがとうございますっ」
激励に感極まったように、子鬼はぴしっと居住まいを正してお辞儀をした。少し低くなったその頭をぽんと撫でてやり、勇儀はその場を離れた。
とりあえずは、土蜘蛛たちのコミュニティを当たってみるべきだろう。
「ヤマメ様、あれはなんですか?」
土蜘蛛ふたりで連れ立って歩き始めていくらもしないうちに、ミカサがヤマメのスカートの裾を引っ張ってきた。
あれと言って指しているのは地霊殿だ。どうせふたりで遊ぶのだからと栄えている辺りを目指したのだが、ちょっと『遊ぶ』という雰囲気ではないオフィス街まで来てしまった。つくづく遊びに慣れていないことを痛感する。
するが……
「ずいぶん立派な建物に見えます。周りのものと比べても頭ひとつ……おやヤマメ様? どうしましたか?」
頭痛のようなものがひどくなってきて、ヤマメは頭を抱えていた。
「あのさ」
「はいヤマメ様」
「……様づけやめて」
「ははは。天使様を呼び捨てるなど、できません」
「真に受けないでよ! どう見てもただのかわいい土蜘蛛でしょ!」
「ああ確かに。最初にわたしがそう言ったのでした」
ミカサは朗らかに笑った。無駄にさわやかなその笑顔に再度デコピンを喰らわせてから、ヤマメは指をつきつける。
「変だからやめて。普通に話しなさいよ。あんたの普通はちょっと気障だけど」
大声で様づけで呼ばれて恥ずかしい思いをするよりは、変なやつが超美少女にまとわりついてるのだな、と思われたほうがいいだろう。そこまで考えて、ヤマメはサングラスを外したままだったことに気づく。改めて身につけると、黒っぽい視界の中からヤマメが興味深そうにこちらを覗きこんでくる。
「それ、見えてるの?」
どうやら態度は普通に改めてくれるらしい。まさか、こんなボケた奴にからかわれたわけではないと思いたいが。
「見えるよ。慣れた」
「慣れる前は、転んだりしてたんじゃ……」
「うるさいなー。必要だからつけてるの」
「必要って、そんなにまぶしくないと思うんだけど、と、おや?」
ミカサが怪訝そうな顔をして立ち止まった。突然周囲をきょろきょろ見回し、やがてその視線を中空高い一点に固定させる。
「ヤマメ、あれは?」
さっきとほとんど同じ事を言ってる――ヤマメは苦笑しながらその視線を辿った。
「あれ? ……って、人工太陽のこと?」
おいおい、と内心呆れる。記憶喪失というのはいったいどの程度覚えていることを忘れてしまうのだろう。ここまでくると、赤ん坊のような状態にまで退行していないだけマシなのかもしれない。今すぐ病院へ行ったほうがいい気もするが、せっかく暇つぶしの相手ができたのだから逃がしたくはなかった。仕事漬けの生活を送るヤマメには、友達などという存在も稀有なものだし。
人工太陽について説明するため、ヤマメは苦心して記憶の片隅から知識を引っ張り出そうとする……ほとんど通えていないハイスクールの授業は大体寝ているのだが、たまたま聞いているときもある。
地底天蓋スレスレに浮かんでいる、いくつかの発光体を眺めながら、どうにか授業の内容を思い出せた。いざ説明しようとすると難しいものだ。
「あれは人工太陽っていって、んー、わたしたちの親世代が地底に封じられたとき、真っ先につくられた地底最大の光源……とかって言うんだっけ」
あまりにもしどろもどろだったが、ミカサはいちいちうなずいて聞いていることをアピールしてくる。問題ないなら、続けるか。
「地底拡張工事のたびに新しく一基ずつ増やしてるらしいけど、その技術は部外秘で、地霊殿が独占してる……んだよ、うん。先生が言ってた」
「地底……」
「なんでも地上にあるっていう、『本物の』太陽を模したものらしいんだけど、聞いててもよくわかんなかったかな。青い天井の遥か向こうで勝手に燃えてるって……燃料はどうしてんのっていう」
「地上……」
なにが気になるのか、ミカサは腕組みなどしてうんうん唸り始めた。なにか思い出そうとしているのかもしれないが、医者ならぬ身のヤマメには協力することはできそうになかった。
なんともうやむやに話が終わり、ミカサがおぼつかない足取りで歩き出す。考え事をしてると周囲が見えないタイプのようだ。
「ちょっとちょっと、待ってよ」
「あ。これは、失礼」
呼び止めると、もうミカサは平常に戻っていた。
「なんの話をしてたかな」
「……サングラスでしょ」
「ああ、そうそう。まぶしくもないのに、何故そんなものが必要なのか」
「天使とか言っちゃったせいかな……説明めんどい……うーん。自分で言うとすごくアレだけど、あたしって地底ではちょっと有名なの。だからいちいち騒がれないように変装してんの」
「犯罪者?」
「んなわけないでしょ……」
もしそうだとしたら、地霊殿の目の前である。即座にしょっぴかれて獄に入れられ、『地の底の底』と恐れられる地霊殿刑務棟へ押し込められて出てくることはできない。刑務棟の看守である鬼たちは賄賂を懐に納めることと虜囚をいたぶることを生業にしていて、手垢にまみれた金に返り血をかけて食らうのが趣味――というのはヤマメが勝手に抱いている妄想だが。
「ま、これ最初にかけたときは、ちょっと楽しくなっちゃったもんだけどね。ごっこ遊びみたいでさ。ミカサもかけてみる?」
「いいのかい?」
ちょっと周囲を見回してから、ヤマメはサングラスを渡してやった。ミカサも嬉々として受け取り、そっと髪をかきあげてからつるを耳にかける。
くしゃくしゃの髪、ぼろぼろの身なりに、でかいサングラスをかけたミカサが誕生した。
不審者にも見えかねないが、一方で別の雰囲気が形成されて妙に似合ってしまっている。ヤマメは思わず吹き出し、声をあげて笑った。
「あは! なんかヒッピーぽい」
「ヒッピー? はは、似合ってるのかな」
ミカサもつられて笑った。ちょっと目立っているが、少しくらい問題ないだろう……と思ったそばから、誰かにぶつかってしまう。はしゃいでいて後方不注意だった。
「あ、すいませ」
謝りかけて、はっと口を押さえた。こちらとぶつかってよろめきもしなかったそいつは、赤い一本角の鬼だった。図案化された地霊殿のロゴマークが左胸に入ったジャケット。かなり着崩してはいるものの、地底警衛兵の制服である。地底の警察機構と呼べる地霊殿の下部組織で、ライブで騒いだ暴徒(まれに現れる)の処理などでヤマメもお世話になっているのだが、それでもお近づきにはなりたくない連中だ。
そんな鬼が、驚いてか口をぽかんと開けている。
「ん……あんた、もしかして」
(やべ)
サングラスをかけていない厄介なタイミングで顔を覗きこまれ、ヤマメは焦った。あのマネージャーどもが警衛兵を使ってまであたしを捕獲しようとしている? 考えすぎか。でなければ、ただのあたしのファン? 嬉しいけれど、それはそれでまずい。
「お、お、おーっと、こんなとこではしゃいじゃってごめんなさーい! ちょっと金色のカブトムシが連れに激突しまして! それではレッスンがあるので失礼――ほらそこのヒッピー! 行くよ!」
勢いにまかせた謎の言い訳が口からすっとんでいく。鬼はきょとんと目をしばたたき、声にしかけた言葉を吞み込んだ。その隙にヤマメはミカサの手を掴んで走り出した。サングラスをかけたままのミカサが何度も足を躓かせるので、逃走は困難を極めた。
が、鬼は別に追ってきたりはしなかった。これ幸いとヤマメは距離を稼ぎ、昼前で誰もいない公園にたどり着いたところで一息ついた。
「サングラス、返して」
息が整ったところで、ミカサに言った。彼女は結構な距離を走ったにも関わらず、平気な顔をしてヤマメを見つめていた。
「顔を隠すことにこだわっているように見えるね」
「さっき、言ったでしょ……隠さないと、騒ぎになるの」
「そうじゃないな」
ミカサからサングラスを受け取る。ミカサは無視できないことを言っているが、ヤマメはまず顔を隠すことを優先した。これではミカサの言うことを肯定したのと同じだと後から気づいた。
「普段以上にこだわっている。違うかな」
「……そうよ……悪いの? あたし、普段は馬車馬みたいに働かされてるか、ねちねちうっさいババアのレッスン受けさせられてるか、なのよ。事務所には拾ってもらった恩があるから、いつもは我慢してる……でも、たまのお休みまで取り上げられてたんじゃ、たまらないでしょ。だから、あたしは、今日のお休みを自分で取り返してるのよ」
一息で言い切って、ヤマメは整った呼吸をまた乱してしまっていた。
舞台に立つことは代えがたい高揚感をもたらすとともに、漠然とした、しかし巨大な恐怖を連れてくる。歌を、ダンスを、セリフをどこかひとつでも失敗すればどうなるのか、悪い想像ばかりが心を埋め尽くす。成功の喜びは慣れてしまったのに、そちらはどうしても心で御すことができなかった。ライブの日が近づくにつれて夜も眠れぬようになり、体重を落としすぎることもある。ひどい顔色を化粧とライトで誤魔化してステージに出たこともだ。
(くそ、なんでこんなこと言ってんの……会ったばっかの奴に)
衝動としか言いようもない。自己嫌悪の波が来る。ただ、聞いて欲しかったのは確かで、多分それ以上に誰かに同意して欲しかった。こんなふうに喧嘩腰で言っては、それも厳しいだろうが。
取り乱した羞恥に赤くなった顔を伏せて、ちらと視線だけを上げる。
「もちろん、悪くないさ……君は正しい」
「え」
ミカサは、その気障ったらしい態度を微塵も変えていなかった。
「わたしは君の味方だよ」
その晩。
「へえ、君って学徒だったんだ」
「ガクト? ……ああ学徒か。うん、あんまし真面目じゃないけどね。それ、地底史の教科書」
ヤマメのマンションで教科書を広げながら、ミカサは感心したように言った。部屋の隅にほっぽり出してあったもので、ほとんど新品も同然の綺麗さを保っている。これはヤマメが『あんまし真面目じゃない』以上に、仕事にかまけて学校へあまり通えていないことをも意味していた。
なんにしても、お客をもてなすような用意もない自宅で、ミカサは存外退屈していないようだった。誘ったヤマメとしても一安心である。
(でも、あんなん面白いのかね)
表紙を見ては唸り、ページを捲ってはふむふむ頷いたりと、とにかく忙しない。今は序文を読んで、その教科書が書かれた理念のようなものにいたく共感したらしく、著者の名前を褒め称えていた。
昼間、病院に連れていったときも思ったが、こいつはきっと記憶喪失とか関係なく変な奴なのだろう。
病院では記憶喪失についてはほとんど解決しなかった。有効な治療法も処方する薬も特にないらしく、ただ栄養失調気味だから食事をしっかり摂るようにとだけ言われていた。これで治療費をとられるのだから医者というのもいい商売をしている……おまけにミカサは保険証を持っていなかったから、立て替えるのがやけに高くついたし。
そんなものを払ってやる気になったのは。
あまつさえ、行くあてのないミカサを部屋に招くような真似をしたのは。
君の味方だ、なんていう簡単な言葉に心動かされたからなのかもしれない。
(そんなに悪いことするような奴じゃ、なさそうだし……)
「それにしても知らないことばかり書いてある。地底というのはどうやらこの世界のことらしいが……」
「記憶ないんだから当たり前でしょ」
とんちんかんなことを言うのにも慣れてきた。適当にあしらいながら、ミカサが脱衣所に脱ぎ捨てたボロをつまみあげる。
端的に言って、汚い。
「ミカサー? これ捨てていい?」
「えっ!? 明日はなにを着ろと言うの?」
「あたしの貸してあげる。これ洗濯したら多分、水中分解しちゃうよ。洗うなと言われたら、まあ、どうしようもないけど……」
洗濯機をちらりと見る。金銭的な余裕だけはそれなりにあるヤマメなので、最新のものを導入していた。昨年さまざまな問題がクリアされてついに実現した電気駆動洗濯機は、従来のものと比べて何から何までも違う。当然、洗濯槽の中で衣類を振り回すパワーはその最たる違いと言えた。
「ううん……君が着るようなかわいい服が似合うとは思えないが、そう、そうだな。ヤマメがどうしてもと言うなら……」
ボロに対する愛着は、それほどのものでもなかったらしい。今もヤマメのパジャマを着たミカサはちょっと赤面しながらまんざらでもなさそうだ。ヤマメはボロをそっとゴミ箱に入れた。
「おやこれ、は」
「どしたの?」
風呂掃除を適当に終えて居間に帰ってくると、ミカサはやはり教科書を抱えていた。先ほどとは違う一冊を開いて、幽霊でも見たような顔で固まっている。
「――地上史なんて、興味あるの?」
ヤマメにとっては地底史に輪をかけて興味のない教科である。『千年以上前の異世界の歴史など、知って得になることなどない』というのがヤマメ他、地底の今時の学生の共通認識だ。これは世代を越えて繰り返されてきた若者の叫びであるため、教育委員会でも授業としての地上史の廃止は何度も議題に上がっている。が、地上史末期に起こったある事件だけは重要視され、後世に残すべきと廃止を免れるというのが毎度のことであるらしい。
その事件のことを、確か……
「地底追放紛争。これはいったい?」
「地上史でテストに出るとこって言ったらそこだよね」
「うん?」
「あ、ごめんなんでもない。うーん、あたしが説明するよりそれ読んだほうがはやいと思うけど」
要はその事件が、ヤマメをはじめとする地底生まれの先代たちが、地底にフロンティアを求めることになった――求めなければならなくなった――理由である。
当時の為政者たちが仲違いをして、上層部が粛清に遭う。負けた側は、それまで住み慣れた土地を追われ、地底へやってきた。そこで体勢を立て直そうとするも、先代たちはそれだけに何百年かを費やすことになった。それほど、地底開拓黎明期は過酷な時代だったと伝えられている。
そこから、地上奪回を諦めて地底拡張へと大きく転舵したのが、時の実験を握っていた先代古明地家の当主。名と地位を継いだその娘が、今度は地上との友好的な交流を打ち出し、内外から批判と賞賛を浴びた。
その政策は今、大きな結実を見ようとしている。尾を喰いあう蛇のごとく、お互いを憎しみあった妖怪たちが苦難を経てその手を取り合おうとしている。
地底地上間交流正常化記念式典。
そのイベントの名を噛み締めるように、口の中の唾液を飲み込む。少しだけ、震えながら。
(今度は、ど忘れなんてしなかったか)
この式典を境に、地底の妖怪たちは条件付きではあるが地上へ戻ることができるようになるという。その先、地上での永住権を得られるか否かが目下の課題とされる……
ふと気づくと、ミカサがぽかんと口を開けてこちらを見ていた。
「真面目じゃないって言ってたのに、すごく詳しいじゃないか」
「……あー」
ぺらぺらと勝手に動いていた舌を噛んで止める。こんな詮索されても仕方ないことを、と自嘲しながら、ヤマメは笑って誤魔化した。
「最近、勉強させられたんだよね……ていうか、話ずれたね。まあ、地底追放紛争なんてのは今のあたしたちにとっては、それくらいのものっていうか……」
「……そうなのか……?」
話を逸らすのに成功したようで、ヤマメはほっと胸をなでおろした。
(ん?)
一瞬、ミカサの顔が曇っていたように見えた。が、どうやらあくびをしていただけだったらしい。眠そうに目をこすりながら、口元を隠している。
「……もう寝よっか。あんたには明日もつきあってもらうんだからね」
「ふああ……うん、そうだね。眠いや」
寝ないにしても、こんな勉強の延長みたいな話を続けるのは嫌だった。せっかく、ふたりでいるのだから。
ふたり。
(もう少し、適切な……ちょうどいい言葉がある気がするけど)
もやりとした思いが頭をもたげる。が、ヤマメも自分の睡魔に気づくと、今日はこれ以上の考え事はできそうにない、と観念した。
ひと組しかない布団の中にどうにかふたり分の体を押し込んで、ヤマメとミカサは眠った。こんな状態で眠れるだろうかと思ったが、疲れていたからか睡魔は案外はやくやってきてくれた。
真夜中の追いかけっこにも、飽きてきた。勇儀は強く地を蹴って一瞬だけ加速し、前をひた走る土蜘蛛に接近する。
(届く――)
距離を見定めて腕を伸ばし、その襟首に指先を引っ掛ける。
瞬間、勇儀の腕にぐんと力がこもり、土蜘蛛の体が跳ね上がった。
「ぐぁ!」
短く絶息したような悲鳴とともに壁に強く打ち付けられ、土蜘蛛はずるずると地にくずれ落ちる。その懐から、偶数個がパッキングされた錠剤の束がこぼれた。
地底拡張工事の従事者たちの間に蔓延する、違法薬物だ。土蜘蛛はその種族としての特性上、毒――つまり薬に詳しい。ゆえにこうして検挙されるバイヤーも若い土蜘蛛が多い。勇儀は錠剤に靴底を押し付けながら、土蜘蛛の胸ぐらをねじり上げた。
「逃げるからには、こんなこともあると思っていたよ」
「ひ、う、ひぃぃい」
土蜘蛛はかわいそうにも、歯の根すらあわないほど恐怖していた。鬼と相対した妖怪の平均的な反応の範疇だった。
「もちろん、そんなやつを狙って声をかけているんだが。さて、ちょっと聞かせてもらおうか? おい、いいか?」
念を押すと、土蜘蛛はぶんぶんと首を縦に振った。
「おまえたちの組織に目立つ新入りなんて、いるんじゃないのか」
「しっ、しし、新入……り……? いい、い、い、いな、いない」
勇儀は隠しもせずに嘆息した。土蜘蛛の真っ当なコミュニティはなしのつぶてで、いくらか怪しい組織の末端に――たまには本幹にも――聞いてみたが、同じ反応だ。到底嘘をついているようには思えない。また、鬼相手に嘘をつくのも得策ではない。どうやら、『奴』はなんらかの組織を頼って身を隠しているわけではないらしい。
いや……
必要以上に情報を広めることになるかもしれないが。
勇儀はなんとなく、勘に従って、言った。千年もの間、特別牢に閉じ込めらていたのが、今になって突然姿を消した妖怪の名。
「……久我ミカサ、だ。わかるか?」
「な……久我ミ――ッ」
土蜘蛛は、オウム返しをしかけて、慌てて口を閉ざした。思わぬ反応に勇儀はさらに土蜘蛛を締め上げる。
「知ってることがあるなら、はやく言いな」
「ぐっあっああ、はなじ……で」
「っとと」
加減が大雑把すぎるというのは自覚していた。少し緩めてやると、土蜘蛛は激しく咳き込んだ。咳き込みながらも必死に答えようとしているが、酸欠でうまく喋れないようだった。
今更逃げまい。勇儀は土蜘蛛を完全に解放した。まあ逃げたところで、今と同じことは何千何万回でもできる。土蜘蛛というのはそれがわからないほど、頭の悪い手合いではなかったはずだ。
「その、名前、は」
顔を赤くしたり青くしたりしながら、土蜘蛛は言う。
「あん、たが、追ってる土蜘蛛が、名乗っている、のか?」
「いや名乗ってるというか……」
「だったら、そいつは、狂ってる。それは土蜘蛛の忌名だ。その名を持つ者を我々が受け入れることは……ない!」
呼吸が整うと、今度は興奮し出した。熱に浮かされたように、目の焦点すら怪しい。
「我々の言い伝えにこうある。その者は我ら種族の誇りをとこしえに傷つけし者、火薬の庭に生まれた悪魔だと。地底追放紛争で数々のテロを成功させた時代の屑……物心ついた土蜘蛛が、母親から最初に教えられることさ。そんな名前の土蜘蛛、いるわけがない……あんたの勘違いだよ」
「言い伝えを、なぜそこまで恐れる? たかが言い伝えだ」
「普段優しい周りのおとなが、あの悪魔のことを話すときだけ、豹変するんだ……なにかあるって思うだろ……それで、そのうち、こうなるんだ」
笑みさえ浮かべ、土蜘蛛は己を指し示した。
紙のように白くなった顔で、小刻みに震えている。勇儀の戒めからはとうに解かれているのに、それ以上の苦悶を味わってでもいるかのような。その様は、土蜘蛛にとって、目の前の鬼よりも恐るべきものがあるのだと――
そう思わせるには十分だった。
「あれの存在を呪いだと言う奴だっている。種族全体に根付いた、恐怖の原体験だって、ははは――若い奴は誰も、ほんとに会ったことなんてないってのに」
がくりと力を失い、土蜘蛛はうなだれた。
これ以上、聞けることは無さそうだった。土蜘蛛をしょっぴく気も、失せていた。勇儀はその場に虚脱した土蜘蛛を残し、夜闇の中に踵を返す。
一旦さとりと相談すべき、だろうか。
「もし、あれを恐れない土蜘蛛がいるとしたら」
もう顧みない背後から、うつろな土蜘蛛の呟きが耳に届く。
「そいつはよっぽどの世間知らずか、親なし子さ……」
悪い夢は、どうやら見なかったみたいだ。早鐘のような鼓動、汗に沈んだ肌、頭痛。そのどれもが今朝はなかった。
(変なやつが部屋にいるから、逆にいい方に緊張したんかな)
ヤマメはむっくりと体を起こし、明かりをつけた。隣を見ると、既にミカサは抜け出した後のようだった。昨日は道端にぶっ倒れていたのに、もう大分回復しているらしい。時刻は、人工太陽の点灯時刻を少し過ぎたあたり。早起きというほど早起きでもないが。
ヤマメが普段起きる時間よりはかなり早い。なにか物音でも聞いて、それで目が覚めてしまったのではないか。
原因を探してみることにした。
「はぁあ……ねむ。ちょっと、ミカサぁ……どこ?」
リビングに見当たらなかったので、玄関まで出てみる。
ミカサは小さく身をかがめ、扉にぴたりと張り付いていた。妙に鬼気迫る雰囲気だった。
「あんたなにしてんの」
「しっ」
話しかけると、ミカサが唇に指を添えた。なおも厳めしい様子で、扉の先を見通そうとしている。
「……誰かこの部屋に近づいてきている」
「誰かって~?」
ぼんやりと思い浮かべたのは新聞配達員。だがヤマメは新聞などとっていないし、他の部屋の配達にしても時間が遅すぎる。
では、いったい誰が。
「あっ」
「心当たりが? 参考までに、近づいてきている女はハイヒールを履いている。高圧的な足音の持ち主」
「あああ……」
おそらく昨日は撒いたマネージャーだ。世俗を知らないヤマメのこと、自宅に帰っていると踏んで、出張ってきたのだろう。悔しいがその通りだった。
「いや、ていうか、あんたなんでそんなことわかるの?」
「気配かな。耳がいいのかもね。どっちだろ……」
なんだか眼光が鋭い。ヤマメが少したじろぐと、ミカサはそれに気づいてか、ふっと冗談めかして笑った。
「昨日も君は、姿を隠そうとしていたからね。協力しようかと思って」
「……わたしの、味方だってこと?」
「その通り。さて、どうするのかな」
「なんとか見つからずに脱出したいんだけど、どうにかできる?」
もうすぐそこまで来ているらしいのを、どうできるとも思えないが、一応聞いてみる。
ミカサは多少もったいつけながら不敵な笑みを見せた。
「できるさ。火事場から逃げ出すのは、得意中の得意なんだ」
と、言ってから決め顔を崩す。
「……だった気がする」
「決まらない奴ね……」
気障な態度もどこか抜けていると、それは愛嬌のようなものかもしれない。まだ実際にどうするかも聞いていないのに、思わず笑ってしまった。
ミカサは扉から離れ、居間を突っ切り、ベランダに出ていく。
ヤマメの部屋は旧都を一望できる十三階建てマンションの最上階。飛び降りるのに現実的な高さではない。ミカサは素早く視線を上下左右へ走らせている。向かいには広い道を挟んで同じような高層マンションが並んでいた。
ヤマメが追いつくと、ミカサは親指でベランダを指してこともなげに言った。
「ここから行けそうだ」
「やっぱり聞いておきたいんだけど、ここからどう行くって?」
「――こうさ!」
瞬間、足をすくわれる。落下感がミカサに受け止められ、自分が彼女に抱きあげられたのだと認識するころには――
「っきゃあああああ!?」
もう一度、圧倒的なまでの落下感に身を包まれていた。
理解が追いつく。全身を叩く風、縦に流れていく視界と自分の悲鳴、ミカサの意外なまでに力強い腕の感触。ミカサが、ヤマメを抱えたままベランダの縁から高く跳躍したのだ。
重力に引きずられて落下しながら感じているのは、恐怖と、何故だか紛れもない歓喜のようだった。もっともその下敷きには、おそらく翼持たぬ身には逆らい難い強引さに対する諦念があるのだが。今ある苦悩をこれっきりにしてしまえるなら、墜落というのもそんなに悪いものではないのかもしれない。
(んなわけあるか――)
ヤマメは無我夢中でミカサの首にしがみつき、声を張り上げた。
「このバカ! はやくなんとかして!」
無言のまま。
ミカサは腕を閃かせた。一直線に純白の蜘蛛糸が射出され、斜向かいのマンションのベランダに鋭く引っかかる。ちょうどそこで洗濯物を干していた妖怪が、蜘蛛糸がコンクリートをえぐって突き立つ(!)物音に悲鳴を上げた。ミカサが蜘蛛糸をぐんと引っ張ると、ヤマメたちはそこを支点に大きく振り子運動、地面に代わって今度はマンションの壁が迫る。
ミカサはその壁を難なく蹴り返し、再び斜めに跳躍する。反対側、つまり元いた側へ跳び、同じようにまた蜘蛛糸を射ち込む。道路を挟んでジグザグに移動しながら、段々と高さも下がっていることにヤマメは気づいた。
「おい、なんだあれは――」
「映画の撮影かなにか?――」
通行している周囲の妖怪たちが口々に騒いでいるのもわかるほど地表に近づくと、ミカサは飽くまでも軽い身のこなしで地に降り立った。間髪入れずに駆け出し、戸惑う群衆を置き去りに、かなりの速さでその場を離脱する。
今頃――ヤマメの部屋のインターホンを連打しているであろうマネージャーのことを、もうすっかり忘れてしまっていた。ただただ、ミカサの顔を見上げている。その視線が固定されたまま、逸らせなかった。
逃げ込んだ先は、偶然だろうか、昨日ヤマメがホットドッグを買ったあの公園だった。今日は屋台は出てきていない。いや、まだ早朝とも言えるような時間だから、営業時間外なのだろう。
「あんた……さ」
ふたり並んでベンチに腰かけ、一休みしながら。夢でも見ていたかのような感覚を拭えないまま、ヤマメはぽつりと言った。
「もしかしてすごい奴なの?」
昨日と同じで息一つ切らしていないミカサである。
一般に土蜘蛛は、平和に馴染んだが故に種族としての力を衰えさせたと言われている。もちろん地霊殿で働くようなエリート土蜘蛛だっているにはいるが、そんな連中だって糸でコンクリートを破壊するようなパワーを持っているわけではない。ヤマメもそうした戦闘面での成績はからっきしだった。種族固有の毒だの蜘蛛糸だのを操る術から、弾幕術や浮遊術に至るまで、ほどほどにもこなせない。
ミカサはというと、自慢げに胸を張っていた。謙遜はしないらしい。
「はっはっは、こうやって君の役に立つために、鍛えておいたんだ」
「真面目に答えろっつの」
記憶喪失というのはもっと深刻になるものなのではないのだろうか。帰る場所がどうとか、本当の自分がどうとか……それこそフィクションの世界では、そんな感じのはずなのだが。ミカサの場合は多分、そういった心配をする機能をも失った状態なのかもしれない。
この様子を見ていると、運がいいんだか悪いんだか。ヤマメは呆れて、笑った。ミカサも意味はわかっていないだろうが、一緒に笑い出した。
「……ね、も少し時間潰したら、着替えに帰ろうよ。んで、どっか遊びに行こう!」
「いいアイデアだと思う」
とりとめのないことを話しながら、時が過ぎていく。こんな時間の使い方をするのはいつ以来だろう。思考を巡らせてみると、事務所に拾われてアイドルになる前、ヤマメがまだ施設で暮らしていた時分まで遡ってしまう。
(……あれ? いやいや。さすがに休みのときくらいはこんなふうにしてたじゃん)
違和感を覚えた。無為にだらだらしているだけの時間は確かにあったのに、それを今とても久しく感じている。これは、何故だ。今ここにいるのと、普段の休日との差異は、一体なんだ。あるいは、施設にいたころとの差違は。
答えはすぐ目の前にあった。ヤマメは適当な相槌をうちながら、ミカサの顔をぼんやりと見つめる。
(誰かと一緒、てことかな……)
案外自分は寂しがり屋なのかもしれないな、と思った。ミカサには悪いが、もう少しつきあってもらおう。
改めて出直すころには、もうお昼時と言っていい時間になっていた。自分はいつものお忍び服として、ミカサの方はどうせならとコーディネイトに気を使ってみたのがまずかった。マネージャーがいないか確認しながらの帰路に予想以上に時間をとられた上の話だから、なおのことだ。そのときの様子を思い返し、ヤマメはこっそりと含み笑いを漏らした。
部屋中の衣類という衣類をひっくり返し、最初はにこやかだったミカサもなんとなく表情に翳りが見えてきたころ、ようやく今日着ていく服が決定した。
「い……やあ、君はさすがにセンスが、いいね……さて! そろそろ出かけ――」
「は? 次はメイクだけど?」
この掴みどころのないミカサという妖怪の、笑顔以外の顔を、このとき初めて見た。
「君がかわいい理由がわかったよ。これだけの努力の裏打ちがあったんだね」
「まぁねー。自分でやったのは久しぶりだけど」
ミカサの我慢の甲斐あって、彼女はボロをまとった浮浪者然としたあの格好から随分と生まれ変わっていた。汚れていた髪はふわりと風になびき、ヤマメのお古に身を包んだ今のミカサは存外爽やかそうな少女に見える。体つきが細いせいでどうにも中性的だが、連れ歩いていて違和感もないし恥ずかしくもない。お忍びアイドルのお供としては十分に及第点である。
「うふふ。まぁ、面倒かけたぶん、最初に行きたいとこはあんたに任せてもいーよ」
「と言われても、右も左もわからないんだけど……」
「んー、じゃあ、そうだ。いいこと思いついた。ちょっとついてきて」
ミカサの手を引いて、歩き出す。数少ない外出レパートリーの中の貴重なひとつの披露となって、心が踊る。お気に入りの場所を誰かに教えるというのは、考えてみれば初めてのことだ。雑誌のインタビューでだって答えたことがない。どんな反応をしてくれるのか、期待と不安とを半分ずつ混ぜて、少し鼓動がはやくなる。
文句もなくただついてくるミカサの手を、ヤマメは少し強く握った。
「君には手を引かれてばかりだな」
「なによ、嫌なの?」
独り言のような呟きに返事をしてみる。
「いいや。助かってる。ただ、今の子はみんな君みたいに親切なのかな、と思ったんだ」
「さあ? あんたとあたしは、まぁ同じ土蜘蛛だしね」
でなくとも、記憶をなくして困ってる奴を病院に連れて行くくらいは、するのではないか。ヤマメの場合、その代わりに暇つぶしに付き合わせるという取り引きを持ちかけたのは非道だったかもしれない。ミカサの弁によれば本当に死にかけていたらしいから、こんなところをほっつき歩いている場合じゃないのでは。
今更の罪悪感に駆られてそれを言ってみると、彼女は声をあげて笑った。
「な、なんで笑うの!?」
「だってどう考えても、わたしが一方的にお世話になりっぱなしだからさ。まさか連れ回して悪いと思いながら、いろいろしてくれてたなんて」
「ええ……? だって入院とかしたほうがいいんじゃないの?」
「そうかもしれないね。けど、君とこうしてあちこちお出かけしてる方がよっぽどなにかを思い出せそうな気がするよ」
つまりは――
楽しいと、昨日から感じていたこの暖かさを、ふたりは共有していたのだろうか?
思わず振り返って、ミカサの顔をまじまじと覗き込む。いつもへらへらしている奴だが、今も確かに笑っている。優しく目元をゆるめて、ヤマメを見ている。
「……そー、なんだ」
顔を進行方向へ戻し、なんとかそれだけを返した。言いたい言葉が喉につかえてうまく出てこなかった。もしかしてあたしとあんたって、もう友達かな? ――なんて聞いていいのか、悪いのか。想像してみて我ながら馬鹿げた問いかけになるだろうと思えた。その程度の思慮はヤマメにもあった。
でも、ヤマメにはミカサの返答も予想できた。にこりと微笑んで気障なセリフ、『もちろんだよ天使様、君といられてわたしは地底一の幸せ者さ』といった具合か。
もう一度、振り返ってミカサを見る。ヤマメの挙動不審ぶりにさすがに不思議そうな顔をしていたが。
「おや、ヤマメ、顔が赤いよ。どうした?」
「う、うるさいな! なんでもないよ!」
ぷいと顔を背け、思い切りミカサの手を握りしめてやると、背後で悲鳴が上がった。
「あ、見えてきた。あれあれ」
わけもわからないまま謝り続けるミカサをしばらく無視し続けたあと、目的地に着いた。
ぐっと首を反らし、ようやく頂上が見えるほどのそれは、旧都タワーと名付けられた電波塔である。展望台として一般にも解放されており、昔は観光名所として賑わっていたという。が、竣工から一〇〇年も二〇〇年も経つうちに自然と客足は遠のき、派手派手しく真っ赤に塗られていた支柱も塗料が錆び付いて、全体的に赤茶けたみすぼらしい様相を呈していた。そこへ旧都の端にあったスラムの再開発が終了し、似たような電波塔(格段にきれいで新しく、高さもこちらが上)が建てられて以降はまさに閑古鳥が鳴いている。電波塔としての機能を失ったわけではないので、早々に取り壊されたりはしないと思うが……
「これは……なかなか趣のある……うん……」
ミカサもコメントに苦しんでいる。まぁここまでは予想通りだ。
「いいから登るよ。こういうのを穴場っていうんだから」
腰が引けているミカサの背中をぐいぐい押して、旧都タワーに入る。ともに年老いた職員と馴染みの客(もはやどちらも顔見知りだ)に軽く会釈し、さっさとエレベーターに乗り込むと、ミカサがどこか不安そうな声で言った。
「この箱に乗っていると、上に行けるって?」
「……? 行けるけど」
「外から飛んでいくんじゃ駄目なのかな。わたしたちだったら、糸で登ったり……」
「ダメダメ、電波塔の周囲じゃ危ないって飛行禁止されてるんだから。つか、あたしそんなにうまく飛べないしね」
「糸は……」
「同じだっての」
ふたつの意味で同じだった。土蜘蛛としては情けないが。
「なんだか……こういう狭いところは嫌だな」
「ミカサも苦手なものってあるんだね」
ガコン、と音がしてエレベーターが動き出す。タワー同様、この箱も相当タイプの古いものだから、上昇している最中はかなりうるさい。震動もなかなかのもので、ミカサが青い顔になってヤマメの服の裾を掴んでくるほどだった。
「あんたびびりすぎ」
「そ、そうかな? 結構その、いろいろ凄いような……それにこんなのに乗ったのはたぶん初めてで」
「え、なに? もうちょっと大きい声で――あ、着いた」
ゴォン! と一際ひどい衝突音の後、エレベーターは停止した。扉が開くと同時、いよいよ涙目になったミカサを置き去りに、ぱっと箱の中から飛び出す。
「ほら、はやく出ないと下に行っちゃうよ! ちなみに下る方がスピード感すごい」
「うわー!」
泡を食った様子で転がり出てくる。ヤマメはお腹を抱えて大笑いした。
ここまで上がってくる客はほとんどいない。ヤマメもそう足繁く通えているわけではないが、半年の間にひとり見るか見ないかだ。だから気軽にサングラスを外すことができる。
「ほら見てよ! すごいでしょ!」
窓に張り付いてミカサを手招きする。おっかなびっくりやってきた彼女は、窓の外をそろりと覗き込んだ。
「おお……」
言葉を失った様子で、眼下九〇メートルの視界を見下ろしている。
少し霞んでさえ見えるミニチュアの旧都だ。千年の間、少しずつ少しずつ計画され続けて大きくなった妖怪の都。そのままの姿で残っているものはないが、それ故に見るものに歴史を想起させずにはいられない。そんな街並みの中を行き交う妖怪たちは爪の先ほどのサイズもなく、蠢くようにめいめいの目的地を目指している。市街地から目を離すと連綿と続く農地があり、そこでは季節が合えば黄金の稲穂が風にそよぐ光景を見ることができた。近くで見るまで、あれは金色の花が咲いているのだと勘違いしていた。
このあたりまで来ると民家は目立たなくなり、代わりに育ち過ぎの巨木が立ち並ぶ人工林が現れる。その合間を縫うように用水が張り巡らされ、これを辿っていくと地底湖まで行き着くことができる。その先は少し荒涼とした土地を挟んで、縦穴が存在する。
ここから見る地底の、いつもの概ね平和な景色だ。のどかすぎて、ちょっと退屈に映るかもしれない。だがそれでも、ここがヤマメたち地底妖怪の生きてきた土地だ。
ミカサと一緒になって地底中を眺め回していると、見覚えのある豪奢な建物を見つけた。
「ほらあれ、覚えてる? 昨日鬼とぶつかった地霊殿!」
「ほんとだ。さすがに大きいな」
「あっちがあたしんちでー、とすると学校があのあたりかな? グラウンドも見えるしきっとそうだ!」
周囲にはばからず、はしゃいでしまう。案の定というべきか、この展望台にはヤマメとミカサの他は誰もいない。だから気を遣うこともないのだが、ふと気づくとミカサがこちらをじっと見つめていた。
「な、なによ。いいでしょ。高いとこ、好きなんだから。落ちるのはもうこりごりだけど」
「今更だけどごめんなさい……」
「ほんと二度とやらないでね。おかげで逃げられたから、いーけどさー」
ちょっと落ち込んだミカサの頭をぽんぽん叩いて慰める。落ちるのは本当にもう勘弁してほしいが、ほんの少しだけ楽しかったのも否定しがたい。
「しかし……あれだ。高いところが好きっていうとむぎゅぎ」
「あーもうその先は言わなくていい」
頭を窓に押しつけて黙らせた。
「こういうところで歌うのが、好きだったんだ。ちっちゃいころから」
ヤマメは幼い日のことを思い出す。施設を抜け出して小高い丘まで登り、そこでいつ聴いたかもわからないような歌を歌っていた。
「そうしてれば親に見つけてもらえるとか思ってたんだろな」
子供の浅知恵だ。より高いところを目指して、できもしない木登りをしたこと。日が暮れても、雨が降っても歌い続けたこと。施設のおとなたちから何度怒られてもやめなかった。哀れな子供であればあるほど、自分の元からいなくなった親が迎えに来てくれるのではないかと思っていたのだ。
そんなときだった。今の事務所に拾われたのは。
「顔も見たことないし、なんであたしが施設にいたかもわからないんだ。でも、一目くらいは……見たかったかもしんなくて」
「それで、『天使様』に?」
「そこの理由は別かな」
吹き出すのをこらえるのは、難しい作業だったがなんとかやりおおせた。だとしたら、あまりにもベタすぎるだろう。
「子供だもん。才能があるなんて言われちゃ、舞い上がってそんなこと忘れたよ」
「ふむ。そういうものか。ところでそろそろ首が痛い」
言われてミカサの顔を解放する。つい語ってしまって、すっかり忘れていた。
ミカサがこきこきと首の調子を確かめている間、また窓から地底を眺める。思い出の中のあの丘は、当然だがここまで高くない。こんなタワーに登れば逆に誰からも見つけてもらえないし、ヤマメの方から誰を見つけることもできない。
この目に映る視界の中に、ヤマメの親はまだいるのだろうか。それとも、もう……どこにもいないのか。
今となってはもう親に会いたいかという根本的な気持ちさえ曖昧だった。だからヤマメは、こうして探すふりをしているのかもしれない。そうするのが、誰かの子として生まれた妖怪の『普通』なんじゃないかと、そんな気がして。
「……っておいなんか言えよ」
黙ったままでいるミカサの肩をどつく。まさかのノーリアクションだった。
「いや、ちょっと気の利いたことでも言おうかと考え中で」
「そういうのはスパッとタイミングよく出すもんなの!」
「いつか会えるさ」
「適当すぎ!」
ふたりでぎゃあぎゃあと騒いでいると、階下から警備員が現れてぎょっとした顔を見せた。ヤマメは一瞬、外したままのサングラスのことが気にかかったが、羽交い絞めしたミカサが抜け出そうともがくのを押さえつけるのに必死ですぐに忘れた。
友達とじゃれているときくらい、そんなのはどうだっていい。たぶん、そのはずだ。
朝の一服の後、勇儀は地霊殿の最奥、さとりの執務室に入る。いるかどうかは確証がなかったものの、今回は果たして、いた。
執務机にだらりと突っ伏しているさとりと目があった。
「よ、ちょっと聞きたいことが――」
「ののの、ノックをしてくださいよ……!」
書類の山をいくらか崩すほど慌てながら、さとりは起き上がった。確かにノックを忘れていた。
この程度でばれてしまうようなカモフラージュとやらが通用しているあたり、やはり地底のゴシップ記者たちは地上の天狗どもに叶わないのだろう。少し安心する。
書類の整理を手伝ってやってから、勇儀はさとりの気を紛らわすつもりで雑談をしかけてみた。
「まだ朝もはやいのに、大丈夫か?」
「ええまあ……さすがにちょっと疲れ気味ですかね。式典についての詰めは手を抜けませんから」
げっそりとやつれた様子でさとりが応える。地底の最高権力者である彼女は、五日後に迫ったあの名前の長ったらしい式典でも当然、議長として重大な役割がいくつもある。最たるものとしては、式典で採択される『妖怪の山』講和宣言に、天狗たちの長である天魔と共に同意することか。
これが滞りなく済めば、地底と地上との冷戦は終わる(少なくとも表面上は)ことになる。その長きに渡る歴史の重責を思えば過労死したとて無理はない。
本当に、頭が下がる思いである。勇儀は誰からも隠れて頑張っているさとりの頭を撫でてやった。
「やめてください。気が抜けてしまいます」
「パルスィに操を立ててるのか? こんなことくらいで」
「だって、悪いですよ……」
なんにせよ拒否は言葉だけだったので、しばらくはその柔らかい髪を撫でていた。勇儀にできることといえば、仕事をこなすこと以外にはこれだけだ。あとは、愚痴に付き合ってやることもか。一昨日の誘拐のような真似をせずとも、昔馴染みのためにそれくらいはしてやろうと、思っているのだけど。
こいつが少しでも仕事のことを忘れられればそれでいい。
勇儀は直感で話題を選択する。
「そういえば昨日、黒谷ヤマメを見たぞ」
「え! プライベートの!?」
びくんと勇儀の手を跳ねのけるほど大きく体を反応させ、さとりは勇儀の肩を掴んできた。常ならぬ握力で肩を絞られる。さとりはデビューした当初からヤマメのファンであったと言い張っていて、その動向を常にチェックしているほど熱心にのめり込んでいる。ちなみにだが、今回の式典にヤマメを引っ張り出したのもさとりの犯行である。
「どこで! なんで! 呼んでくれなかったんですか!」
「いやあ、そうする間もなく行っちゃったんだ。なんか友達と遊んでるみたいだったぞ」
「んん? そうなんですか?」
「ああ。ま、地霊殿の前で遊んでるってのもなんかわけわからんけど」
丸一日前で少し記憶が曖昧だが、でかいサングラスをかけた土蜘蛛と一緒にいた。ちょっと変わった友達がいるのもなんとなくアイドルらしいエピソードに思える。
「いやーサインでももらっといてやろうかと思ったんだけどな、後から。パパラッチから逃げるので慣れてんのかな? 意外と足はやくって……あれ。どうした?」
気分を盛り上げてやろうと、さとり好みの話にしたつもりだが。
さとりはいつの間にか軽く握った拳を口元にあてて、その明晰な頭脳を働かせるときの仕草をしていた。
この話題は失敗だった……か?
「それは、おかしいですね」
「なんでだよ」
「ヤマメちゃん、昨日はレッスンがあったはずなんですよ。こないだ式典のヤマメちゃんの出番について詰めに行ったとき、そう言ってました」
「ああそうなのか?」
「ついでに言えば式典の前日までは休みないらしいですけど」
「前日ってそれは地上に移動する日だろ。休みなしじゃん」
「さすがにそこについては思うところがあったみたいですけどー」
「見たのかお前。幻滅とか怖くないのか」
「彼女は裏表のない努力の子ですよ。ただちょっと、事務所に振り回されてる感がありますね」
「あっそう……え、でも……」
そのハードスケジュールの原因をつくったのはお前なのでは。口には出さないまでも思考が伝わり、さとりがぎくりと表情を歪ませた。そこには気づいていなかったらしく、しばらく眉間に皺を寄せて葛藤していた。
もちろん初対面で仕事を申し込んだその瞬間に『やっぱ取りやめです』とはさすがに言えないから、どうしようもなかったのだろう。
「ま、アイドルだってたまには練習さぼって休みたいんだろ。わたしだって仕事も訓練もさぼることあるぞ?」
「それは普通に問題発言ですけど……」
勇儀は舌打ちをした。さらりと流してくれればいいものを。
話が途切れると、それを見越したかのようなタイミングで控えめなノックの音が聞こえ、黒猫のような姿の妖怪が小さなカートを押しながら執務室に入ってきた。
火焔猫燐という名のさとりのペットだ。人参色のおさげ髪に、暗緑色のドレス。いつもの格好で現れた彼女は黙っていればおとなしそうな少女に見える。しかしその実態はさとりの懐刀とさえ呼ばれている妖怪で、訓練では勇儀とだってある程度は渡り合う。
これくらいのセンスを持った妖怪が部下に欲しい、と勇儀をして思わせる逸材である。
近頃はさとりの下で秘書見習いをしているらしい。
「失礼しまー……あら、星熊童子。いらっしゃってたんですね」
燐は勇儀を見るなり、犬歯を見せるような攻撃的な笑みを浮かべた。渡り合うといっても、もちろん最後にやり込められる(勇儀の主義として、徹底的に)のは燐の方だから、勇儀は彼女によく思われていないのだと推測している。かくして哀れ片思いの身というわけだ。
「ちょっとおまえの飼い主に用事でね」
「へええ。そーれはそれは。もしかすると昨日訓練所にいなかったのもそんなところですか?」
「あー……」
なかなか勘が鋭かった。敵意を込めた視線をひしひしと感じながら、勇儀は一旦さとりの傍から離れた。
さとりが燐の運んできたお茶の給仕を受けながら、思い出したかのように言う。
「そういえば星熊童子、聞きたいこと、でしたっけ?」
「ああ、例の久我ミカサの」
「おおっとぉ!? しまったカップを落としてしまいました! お燐! お茶の代えをお願いします! あと誰か染み抜きができる子を連れてきてください!」
「は……えっ? は、はい?」
勇儀が答えかけた瞬間、さとりはノックなしで部屋に入られたとき以上に動揺して紅茶のカップを引っ繰り返した。その余りのわざとらしさに燐も目を白黒させながら、しかし一応は指示に従って執務室を飛び出していく。
勇儀もぽかんと大口をあけたまま、さとりだけが『ふう危なかった』となにか重大な危機を脱したかのように冷や汗を拭っていた。
「おい、なんだったんだ今のは?」
「例の件について、ですよね。あの子にはまだ、こんなこと知られたくなくて……」
こんなこと、というのはさとりが勇儀を私的な暗殺者として使っていることだろう。治安を乱す狼藉者に過激な政敵、縁切りしたい情報通等々、さとりの敵は枚挙に暇がない。今までそれらのうちのいくらかは勇儀がその手を下し、闇に葬ってきた。燐たちペットを公にさとりを守る盾とするなら、さしずめ勇儀はさとりの見えざる剣といったところか。
勇儀はため息混じりに言った。
「じゃあなんで秘書なんてやらせてるんだ」
「それは、あの子が言い出したことですから……でも、こんな地底の暗部を知るのはもっとあの子がおとなになってからでも――」
「えーとな……わたしに子供はいないから、よくわからないが……」
ため息とも微笑みとも、自分でも判別のつかない呼息が漏れる。
「子離れしろよ、さとりママ」
「む……」
仏頂面をさらに憮然とさせてさとりは黙り込んだ。部下を甘やかしているという自覚があるのだろう。さとりには必要とあらば手段を選ばない冷徹さを持った面がある。が、そうでない面も当然ある。孤独な為政者であるさとりと、決して孤独ではない母としてのさとり。旧友である勇儀から見たさとり、公然の秘密を共にするパルスィから見たさとり。様々な面から見られる、いろいろな立場のさとりがいる。つまりは、地底社会で恐れられているさとりも普通の妖怪だということだ。
「い、今はいいでしょう、こんな話。それで、ミカサについてなにを聞きたいんですか」
さとりは動揺を見せながらも、先を促してくる。
「千年前に奴がしたことを、詳しく知りたいんだけど」
「ふむ? 今までの手口を探ろうということですか」
「ちょっと聞いてみたが、奴はかなり同族に恐れられてるみたいじゃないか」
昨日逮捕し損ねたあの土蜘蛛の様子を脳裏に映し出す。さとりはそのイメージを共有すると、腕組みをして唸った。
「記録によるとミカサが地上で起こしたテロ事件は、そのどれもが大量の犠牲者を出しているそうですよ。文字通りに桁違いの人妖を殺したサイコパスだとされています」
「それくらい規模のでかい弾幕を編むってことか?」
「……そうなりますね。それと、土蜘蛛が地底に封じられた原因のひとつが、彼女の存在だということです。久我ミカサのような異常者を輩出した種族を、なぜ地上に置いておけようか? そんな調子で種族全体がとばっちりを食った形ですね」
地底開拓黎明期の苦境からすれば、悪魔のなんのと罵られるだけの理由には足ると思えた。犠牲者の具体的な数値を突っ込んで聞いてみると、さらに陰鬱な気分になった。
「なんでそんなのをさっさと処刑しなかったんだ」
「厳密には、処刑は行われた――正確には『行われていた』のですよ」
さとりがわかりやすくはっきりと嘆息する。
「逮捕された時点で土蜘蛛としてかなりの老齢だったミカサです。直接殺しはせず、死ぬまで牢に閉じ込めたほうが罰になる……当時の司法はそう考えたようです」
「ふうん。そうかもな、確かに」
「実際に入れられていたのは、わたしが身じろぎもできないような石の棺なんですけどね。で、そんな劣悪な環境で実に千年間、生き延びてしまって」
「おいおい」
そんなことがありえるのか、と問おうとしたがやめた。既に起こってしまったことを疑うのは今でなくともよい。
「しかし……そんなのがどうやって、牢獄から忽然と姿を消せるか、についてはさすがにはっきりさせときたいもんだ」
「その件については結構な数の鬼の首が飛びましたよ」
刑務所の管理も、地底警衛兵である勇儀とは管轄は違うが、鬼の任務である。ミカサほどのテロリストならば、相当厳重な警備が敷かれた先に投獄されていたはず。ミカサはそれら全てをかいくぐって逃げおおせた――誰にも気づかれずに、だ。幽霊でもなければこんな芸当はできないのではないか。あるいは、壁抜けに瞬間移動といった飛び道具の持ち主か。しかしミカサの記録にそうした能力を使ったという記述はない。大体、千年待ってから脱獄する理由はなんだ?
やはり厄介そうな相手だ。大昔のロートルのくせに、謎を持っている。
「……さて、これくらいが限界かな。そろそろ燐が帰ってくる」
「身内の恥ずかしい話はスルーですか」
「この件がらみっぽい訳わからん目撃談も聞いたし、今日はそっちを当たることにするよ」
「おーい」
さとりの呼び声を聞き流し、執務室の扉を開ける。と、外には本当に再びカートを運んできた燐がいた。後ろにはもう一匹のさとりのペット(染み抜きができるのだろう)がいて、勇儀に会釈をしてくる。
「あ、すいません開けてもらっちゃって。ありがとうございます」
聞き耳を立てていたわけではないらしく、礼まで言われた。燐が素直だと勇儀はむずがゆさを感じてしまう。
そのまますれ違って出ていこうとすると、燐が鼻をひくつかせた。
「なんかあたいの好きそうな匂いがしますね」
「え、わたしからか?」
「なんだろこれ、さっきは気づかなかったな……微かすぎてわからない……」
「今朝は白飯に味噌汁なんてかけてないはずだがな」
「童子……喧嘩売ってます?」
燐が拳を打ち合わせてファイティングポーズをとった。『星熊童子』にこういう反応をしてくれる奴は少ないから、ついついからかってしまうのがやめられない。だから嫌われているのだろうか、と薄々気付いてはいるのだが。
なんにしてもまずは仕事が優先である。勇儀はさっさと逃げ出して、燐の罵声を背中で聞いた。
今日ほど一日遊び倒した、と思った日はなかった。旧都タワーの後、地底の端から端までとはいかないが、少なくともヤマメの行動圏内を越えて歩き回ったのは確かである。もう足がくたくたで、帰りは寄り合い馬車の時間を考えて行動しなければならないだろう。人工太陽の光量が大分落ちてきていた。
小さな湖に浮かべられたボートの上に寝そべり、ヤマメはそんなことを考えながらあくびを噛み殺す。岸から離れたこの場所なら隠すこともないのだが、サングラスを外さないのと同様、ついくせでやってしまう。
ボートは水面で静止しているように見えて、実際は小さな波に揺られている。背中で感じるその揺らめきが楽しいが、しばらく起き上がれないような気もしていた。
「はー……今日は疲れたー」
「そうだねー」
ミカサは文句のひとつもなくオールを漕ぎ続ける。病み上がり(?)ということもあるしはやめに帰ろうかと思ったが、彼女があまりに疲れた様子を見せないので、ヤマメはいつの間にか気にするのをやめていた。
よくわからないけど頑丈にできている。世の中にはたぶん、そんな奴もいるのだろう。
「ねえ、そういえばさ。なんか思い出した?」
「なにも。ただ……」
肩をすくめつつ、ミカサは遠くどこかへ目をやった。その先にはなにが見えているわけでもない。ただ、自分のあるべき場所を幻視しているだけだ。まだ輪郭さえ見えていないはずの、彼女の記憶の形。
「今日、あちこち歩き回って――わたしが生きていたのは、ここじゃないと感じたよ」
「ここ……って?」
漠然とした物言いに、ヤマメは横になったまま曖昧に聞き返す。
「地底と呼ばれてる、ここだよ。きっとわたしは、ここじゃないどこかで生きていたんだろう……」
地底ではない、どこか。少し前のヤマメなら、そんな場所ありはしないと答えただろう。だが、今はもう知っている。おとぎ話としか思っていなかった、かつて妖怪たちが暮らしていた異世界のことを。
それは、地底と地続きの場所にちゃんと存在していて。
そこにはたくさんの妖怪と人間がいる。はるか過去に分かたれた双子の種族とでも呼ぶべき者たちが今も暮らしている。
「あんた、地上の妖怪だったの? 地上の……土蜘蛛?」
半信半疑、聞いてみる。だが正直な話、ありえないことではない、と思った。地霊殿主催のお祭りで、地上から客を招いたことが何度かあった。そのときにここに留まり、なんらかの事故で記憶を失ってしまった。そんなところなのではないか。
ヤマメが上体を起こすと、当のミカサは渋面をつくりオールを漕ぐ手を止めていた。
「わからないな。これを確かめるには、地上に行ってみるべきかと思うけれども」
「あ、今のままじゃ、難しいかも……身元がはっきりしてないと、出底許可が下りないと思う」
前に地霊殿の外務課へパスポート申請に行ったが、戸籍だの住民票だのを用意してあれこれ書類をやっつけた覚えがある。どれもがミカサには『持ってる?』と聞くのが馬鹿らしくなるレベルの代物である。
せめて住んでいるところだけでもわかれば、なんとかなりそうなものなのに。
「記憶を取り戻すには地上へ行かねばならず、地上へ行くには記憶を取り戻さなければならない……か。これはひどいパラドックス、くっ、ハハハ」
「笑ってる場合か。自分のこと思い出したくないのあんた」
爽やかに破顔するミカサの頭をどついて黙らせ、ヤマメはため息をついた。真面目な空気を読めない相手と話すのは本当疲れる。
少し考えて、言葉をひねり出す。ちょっとは考えるきっかけでも与えてやるべきだ。
「……待ってるひととか、いるんじゃないの」
「いたとして、今は思い出せないよ。もしそうなら、そうだね。帰りたいかもなぁ」
「はっきりしないなぁ……」
暖簾に腕押しだった。のらりくらりと避わされると、それ以上の追求をする気が失せた。
どうやら今すぐ帰りたいとか、そういう気はないらしい。とりあえず今はそれだけでいいのかもしれない。
「そろそろ岸に戻ろ。寒くなってきちゃった」
「了解」
オールが水をかき回す音がして、ボートがゆっくりと動き出す。釣り用に養殖されている魚が周囲から慌てて逃げ出していくのを想像しながら、ヤマメは水面に手を触れさせた。ボート遊びをする季節ではなかったか、と指先を浸した水の温度にひやりとする。遊びというものがよくわからないから、今日は目についたものは片っ端から当たってきた。おそらく方針自体はそれほど間違っていないのだろうが、取捨選択がどうにもうまくない。
明日はどうしてやろうか。
(明日、は……)
ふと、事務所のことが頭をよぎる。明日もさぼるとなれば三日連続で無断欠勤していることになる。このまま遊んでいていいわけがない――結局それは自分の首を絞める行為でさえあった。
昨日今日と逃避してきたレッスンは、四日後に迫った交流正常化記念式典のためのものなのだから。
(先生怒ってるだろなぁ……マネージャーは、言わずもがなでしょ……)
マネージャーは大声をあげて怒ったりはしない。ただねちねちと、言い返せないようなところを突いて責め立ててくる。正論ばかり並べる鼻持ちならない奴だが、今回ばかりは彼女の気持ちがわからないでもなかった。
ただの一企業の社長秘書でしかなかったはずが、反りの合わない小娘の世話を押し付けられた。と思っていたら、その小娘が地底と地上の今後を占う重要な式典で、地底の文化を伝える重要な役目をも仰せつかってしまった。小娘は折り悪しく反抗期に突入しており、レッスンをボイコットして逐電中……
(そりゃキレるわ)
本当、無理はないと思う。
明日といえば、もうひとつ問題がある。
「ねえ、ミカサは明日からどうする?」
「当然、君の味方を続ける!」
「居座る気、満々ね……」
行くあてのない馬鹿のことが少し気にかかっていたけど、そういうつもりなら別に構わなかった。あの部屋には盗られて困るものもない。そんなことを……思いつくような奴でもないと思う。
「好きにしなよ。明日はちょっとつきあえないけどさ」
「うん?」
「明日、事務所に行って、謝ってくる。気が済んだ……ってわけでもないんだけど、なんかガス抜きはできたっていうかー」
あんたのおかげで、と付け足すかどうか迷っているうちにボートは岸に着いた。ミカサに手を貸してもらって陸に上がると、もう機を逸してしまった気がして口をつぐんでしまう。
仕方なく、別のことを言った。
「……ちゃんと話し合ってみようかなって。一方的に怒るんじゃなくて」
「ほう、それはいいね。話し合いで済むならそれが一番いい。君は意地っ張りだが、賢いな」
「え……」
「君が強がっていたのは見ればわかるさ。君は本当はマネージャーさんのこと、悪く思っていないんだろ?」
それを認めるのはさすがにしゃくに障るので、ヤマメは口を噤んだ。すると、ミカサはより一層、生ぬるい笑みを浮かべる。
「我を通す前に、相手のことを考えることができるんだ。それは意外と忘れられがちな、思いやりっていうものだよ」
「急に説教みたいなこと言い出しやがって」
ヤマメはサングラスごしの暗い視界にミカサを収める。人工太陽の光量が落ちて夜が訪れ、ほとんど全部が黒でなにも見えない。が、勘が働けば予想はできるようになる。躓きそうな段差、予想しえない小石、ぶつかりそうな通行者。揺らめく黒の中、ヤマメはそういったものを判別しうる。
ミカサは、笑っているのだろう。口調からはそう判じられる。見た目は同い年くらいのはずなのに、今は妙におとなっぽく思えた。案外年上なのかもしれない。背はヤマメよりも低いけれど。
「話し合いで済むなら、それが……一番、なんだろうね……」
「まーそんなおとなしい話し合いにはならんと思うけど。あ、ちょっと、そっちは逆方向だよ。帰り道はこっち」
なにごとか呟きながらふらふら歩き出したミカサの肩を掴み、方向転換させる。
「そっちは縦穴がある方……地上に近いんだから、あんたみたいな怪しいのがふらついてたら逮捕されるよ」
ヤマメの服で着飾っていても依然として身元不明の謎妖怪である。いつ官憲からお声がかかってもおかしくない。
「ふうん。あっちが縦穴……? 向こうから来たと思ったが、わたしもさすがに疲れているのかな」
ミカサはそう言って、少しの間、周囲をきょろきょろと忙しなく見回していた。きりがないので襟首を掴んで連行する。
「ほーら! 帰るよ。今日はあたしがごはんつくってあげるからー」
「おお、意外なスキルをお持ちで……?」
「なんだとー。まぁたしかにやったことないけど」
「なんでそんなこと言い出したの!?」
なんでと言われれば、ミカサのこういう顔が見たくなったからだが。あの部屋は事務所の方で用意してくれたものなので、器具だけは揃っている。どこかで材料を揃えて帰ればなんとでもなるだろう。米を洗うのに洗剤がいらないことくらいは、ちゃんと知っている。だがヤマメが食べる量に対してあの洗濯機は大きすぎるから、今までは自炊に踏み切れなかったのだ。ふたりでも大して変わらないかもしれないが、幾分ましにはなるだろう。
ヤマメは鼻歌交じりに帰路を急いだ。
翌朝。
「まだ具合悪い……?」
「うん。まぁ、気にしないでくれないか」
君を信じたわたしが悪いんだから、とはさすがに言えないが。包み隠さずに言えばそこに尽きる。一昨日洗濯に使っていたあの妙な機械に米を放り込んでいるときに止めるべきだったのだ。もしや特大家族用の飯盒なのではないかと乏しい想像力を働かせたのもいけない。それでこの体たらくなのだから……
付け加えると、ご飯以外についても一事が万事であった。
「うーん。なにがいけなかったかなぁ。唐辛子入れすぎたかな。でもそれは、辛いものが好きかどうかだと思うし」
「いやあの量は……」
「卵の殻は、ちょーっと混ざったかもだけどカルシウム入ってるから無害なはずだし」
「それってかなり食中毒の原因じゃ……あとカルシウム入ってると無害ってなに?」
「ていうかあたしは無事なんだから、やっぱりミカサ、病み上がりで体力が落ちてるんだね。いい? 今日はゆっくり休むこと!」
「……うんそうする」
よくわからないけど頑丈にできている。ヤマメはたぶん、そんな感じなのだろう。お腹にうずくまる強烈な違和感と鈍い頭痛とを抱えた身からすれば、羨ましい体質である。
毛布にくるまって冷や汗をかいているミカサをよそに、彼女は身支度を進めていた。事務所に顔を出して、謝りついでにいろいろと話し合ってくるつもりらしい。喧嘩になりやしないかと思うと心配だが、部外者のミカサが行っても事態が好転するようなことはないだろう。出かけられる体調でもないので、どの道ヤマメの帰りを待つしかないのだ。
今日は退屈を我慢するしかない。何故か旧来の友のように感じられるそれを我慢などと、不義理ではあったが。
「あたしそろそろ出ちゃうけど、ミカサ平気?」
「兵器かもね? 大抵の妖怪は指先ひとつでダウンさ」
軽くとぼけてみると、ヤマメは無言になって部屋を出ていった。世にもくだらない戯言を聞かされたかのような顔をしていた。
「どうもセンスが違うな」
毛布の中で肩をすくめていると、扉がそろりと開く音がした。
「夜になったら、なんか買ってくるからー」
小さく開いたその隙間からヤマメが言う。了解、と返すと彼女は小さく手を振って今度こそ出かけていった。
本当に優しい、いい子だ。生い立ちからすれば、歪む機会などいくらでもあったはずだろうに。
(周囲のおとなに恵まれたのだな。この地底は、平和な世界だ)
まるで見知らぬ土地に思えても、それでもここに住めばいいのではないか。自然にそんな考えが浮かんできた。おそらく、わたしは地上の妖怪だ。脳に残ったかすかな記憶がそう告げている。だが、同じ土蜘蛛たちの社会で暮らす分には地上も地底もあるまい。旧都にはその程度の度量は備わっているように見えた。
一方で、その前に考えなければならないこともある。
「待ってるひと、か」
声に出してみても思い出がなにかしらの像を結ぶことはなかった。我ながら薄情者だ、とミカサは皮肉に忍び笑いを漏らした。地上には、なにがあるというのだろう。
本当はずっと、帰らなければならないような気がしている。あの薄暗い路地で目覚めてからずっとだ。それより前のことをなにも思い出せないのに、ここではないどこかへ戻らねばならぬと心のなにかが急き立てていた。それが地上という場所らしいのは、この部屋に置いてあった歴史書を読んで理解した。だが、何故だ。
なんのために、帰るのだ。
(なん……のため……に)
考えているうちに、いつの間にか眠っていた。夢枕に得た閃きは夢の中に置き去りになり、その残滓だけを頭の片隅に残す。取っかかりの消えたそれを手に取ろうと、しばらく布団の中でもがいていたが無駄だった。
ミカサは諦め、布団を押しのけた。体調はまだ十全ではないが、このままでは気持ち悪すぎる。独りでじっとしているだけではどうにかなってしまいそうだ。
時計の針は、正午を指していた。まだヤマメが帰ってくるには遠すぎる時刻だ。
ミカサは起きだして、簡単に身支度を整えた。どうがんばっても昨日のようにはならないから、本当に適当に。今度、ヤマメに化粧のやり方を教えてもらうのもいいかもしれない。
部屋を出て、旧都方面へ向かう。昨日の道をなんとか思い出しながら、とにかく歩く。記憶喪失のわたしが、記憶を頼りに? くだらない冗談だ。まさしく当然と言うべきか、目的地に着くまでに何度も道を間違えた。ヤマメとふたりでどうでもいいようなお喋りをしながらというわけではないから、それでも昨日より格段にはやくそこへ到達する。
ボート遊びをした湖だ。
(たしか、地上が近いとか言ってたな)
なにかしようと思ってここまで来たわけではない。ただ、少しでも地上に近づいてみれば、なにか別のことを思いつくかもしれない。それだけのことだった。
昨日より明るい時間ゆえか、湖面の反射する光も少し眩しく思える。数秒ほどそれを眺めてから、ミカサは湖を離れた。一応確かめておいた縦穴の方向へ進んでいく。
(この先に、なにがあるんだ)
言うまでもなくそれは、帰らねばならぬ場所。ミカサ自身がそう認識している。なのにその理由だけがモザイクでもかけられたかのように不鮮明だ。そこが生まれた場所だからか? 残してきた何者かが気になっているのか? ミカサが戻らなければ邪教の悪魔が復活して呪われた地上を滅ぼすのか? 馬鹿げた妄想にまで思考が及ぶも、帰る理由はおろか苦笑いさえ出てこない。ただ、少し足がふらついた。昨日の毒めいた手料理がまだ効いているのか。こんなことを言ったら、あの子は烈火のごとく怒るだろうな。
その姿を思い浮かべると、ようやく口元が緩んだ。
縦穴が見えてきたのも同時くらいだった。どんなものかと想像していたが、地上との出入りを監督する場所というだけあって、好意的に言えば検問所のようだ。
忌憚なく表現して、まるで要塞だと言ってしまうのが最もその威容に沿うだろうが。
厚い石塀と有刺鉄線に囲まれた敷地と、その周囲を行き来する警備たち。いろんな種族の妖怪が揃えられているようだが、比較的鬼が多い。遠目からでも皆動きがきびきびとしていて、よく鍛えられているのがわかる。多くはさすまたや金棒を携えており、概ね厳重な警戒が敷かれていた。
ヤマメが言っていた、なんとかいう式典のためと思われる。地上のどこだかで行われるそれに出席する地底の権力者が通るのだろうから、この物々しさも当然といったところか。
ミカサは『縦穴付近での飛行は禁止されています』と書かれた看板を蹴って、手近な樹木の枝に飛び乗った。俯瞰に近い視点から、警備の隙を探るためだ。
(……まっとうに地上に出るのは難しいと聞いて、強攻策をこうもあっさり考えつく……わたしはたぶん、ろくでもない妖怪なんだろうな)
石塀の中を覗き込みながら、そう思った。
別の木に飛び移る。様々な角度から検分する。わかったのは、この要塞はまだ新しいもので、構造的な欠陥は外観から見て取れるものはないということ。そして、新しいゆえに、兵の配置に隙はなくともその動きには淀みがあるということ。練度の高さからかく乱は難しいが、不可能ではない。
不可能ではない……
「うっ!?」
目が霞んだ、と認識した瞬間、足を滑らせた。枝から転落する最中、ミカサは蜘蛛糸を閃かせた。元いた枝にひっかけ、姿勢を制御する。
体の勢いは完全には止まらず、ミカサは体を木の幹に激しく打ちつけることになった。
「おい貴様、なにしてる?」
痛みにか細くうめいていると、硬質な声がかかった。その攻撃的な色に、あの要塞の警備の者だと見ずともわかってしまった。連絡係かなにかが、ちょうど通りかかったのだろう。どうにも運が悪かった。
そう、運が悪い。
(…………)
としか、言いようがないが。
(……本当にそれだけか?)
「おい! なにをしてるんだ。答えないか」
意図せずその声を無視したことになったため、少し苛立たせてしまったようだ。ミカサは敵意がないことを示すように両手を降参の形に掲げ、ゆっくりと立ち上がった。
「失礼。木登りをしていたところ……カブトムシを見かけてね。捕まえようと深追いしすぎまして。金色の珍しい奴」
「そんなカブトムシがいるか」
「え? いないのか?」
うっかり素に戻って聞き返すが、警備の者はすでに警戒心を固めたようだった。
往々にして悪いことは重なって起こるものだ。犬みたいな名前の法則で証明されている。
「木の上でなにをしていた?」
質問は声のトーンを下げ、詰問へと転じていた。どう誤魔化したものか考えながら、顔を伏せたまま相手を見る。さすまたを携えた鬼だった。ミカサの知る限りでは、最悪のパターンだ。一昨日のニアミスもなんとか素知らぬ風を装ったが、できることなら関わり合いになりたくない種族である。ミカサはあのときと違い、通りすがりでもなければサングラスをかけてもいないのだ。
「なにを黙っている。やましいことがあるんだな」
(あ、しまった)
存外気の短い鬼だったようで、その目には既に敵意が宿っていた。
思考に、時間をかけ過ぎてしまった。
「話はあとだ。捕縛する」
顔色よりは平静な声で、鬼が宣言すると同時。
低く構えられたさすまたが真っ直ぐに、瞬間移動でもしたかのような速度で突き出された。予測はできていたが、それでも回避は紙一重だった。衣服の端をかすめて、布が裂けるときの嫌な音を聞いた。
大きく横に飛んだ姿勢を立て直すと、初手を避けられた鬼は驚いた顔を晒していた。
そうだ。鬼という種族は概して油断している。鬼の一撃を避けられるわけはないと。それは確かに、ひとつの真実だ。鬼に勝てる妖怪は存在しないのだから。
しかしミカサにとっては――
「……見慣れてるんだよ、そんなのは……!」
嘲りを残して、今度は後ろに飛んだ。鬼の素早さには到底及ばないものの、十分なはやさで雑木林に滑り込む。逃げるのは、視界の開けていない狭いところがいい。
怒り狂った鬼が、さすまたを捨てて追ってきた。長物は樹木が林立するようなところでは使えない。まずまず正しい判断だ。が、その時点で唯一の正解を捨ててもいる。林に侵入してきた鬼は、首にかすかな違和感を覚えたはず。ミカサはその違和感を増幅させてやるように、手にした糸の一端をぐんと引いた。
木々の合間に一本だけ仕掛けておいた蜘蛛糸が弾けるように鬼の首に巻きつき、その体を中空高く跳ね上げた。衝撃を中継する枝が激しく軋んでしなり、鬼の体重を受け止める。鬼の強度でなければその場で首がねじ切れていてもおかしくない一撃だ。
逃げるのは、狭いところがいい。なにを隠すにも容易になる。
「っぐ――いつの間に、こんな」
血とともに、怨嗟の声が降ってくる。
驚いた(まったくひとのことを笑えない)ことに、鬼はまだ意識があった。糸が巻きつくとき、とっさに腕を差し込んで首を守ったようだ。見上げてみると、まだ若い鬼だ。器用で感心すると同時、うらやましくもなった。あの年頃の鬼がその体の性能だけで、土蜘蛛の天性のセンスに対抗できるのだから。
さておき、この場はひとまず収めた。勝ち名乗りの時間だ。
「得意なんだ。こういう」
なんと言ったら格好がつくか、考える。いや、ヤマメはこういうものは『スパッと』出すものだと言っていた。思いつきを、勘案しないまま言った。
「あやとりが」
「なん――だ、それ、は?」
息も絶え絶えになりながら、子鬼が冷たい目線を浴びせてくる。
「……わたしは喋らないほうがいいかもしれないな」
どうにも決めきれない。頭を抱えたまま、ミカサは宙吊りの鬼を蜘蛛糸でぐるぐる巻きにする。ついでに地面に下ろしてやった。
「命まで取りはしない。糸は二、三日もすれば溶ける」
子鬼はまだなにかうめいているようだった。粘着質な糸で口も塞いでいるからよく聞き取れないものの、『離せ!』とか『解け!』のニュアンスが伝わってくる。
しかし、面倒を避けるつもりだったが、これではかえって騒ぎになってしまうか。誰にも見られていないとはいえ、鬼がひとり少なくとも数日は行方不明になるのだ。かといって、身元不明のミカサがこんなところで捕まれば、もっと面倒なことになっただろう。なによりヤマメにも迷惑がかかる。
ため息をついた。良くはない流れだ。これしきのことで疲労も感じていた。全盛期に比べると、とてもではないがこんな無様は目も当てられ……
「あれ?」
その場を去りかけて。違和感に足をとられた。よろめき、木に手をついて体を支える。
すぐ後ろでは、まだ子鬼が無駄な抵抗を続けてうめき声をあげている。
そんな見慣れた姿の鬼と、自身が衰えたという認識。これはなにを意味している?
歯車が、ひとつ、カチリと音を立てた。
胸の奥、記憶の彼方で。あるいは、神のみぞ知る領域で。
「ええ、昨日の朝ですね。けっこうはやい時間で」
「ふうん。奥さん災難でしたねえ」
「そうなのよーおかげで洗濯物ひっくり返しちゃってえ」
なんとか差し込んだ一言がすぐに洪水のようなおしゃべりに呑み込まれ、勇儀は閉口した。うんざりしている――ああうんざりだ。この年代のこういうタイプは本当にうんざりだ。だが態度には出さない。公僕が守るべき市民に当たり散らしてどうする。煙管をくわえた勇儀に聞こえるくらいの空咳をするあのお局と混同してはいけない。
「あらおまわりさん、聞いてます?」
「もちろんですクソババア」
「は?」
「いえなんでもありません。それで、ベランダに入れてもらってもよろしいですか?」
「ええまあ構いませんけれど――」
一瞬澱んだその隙をついて、勇儀は窓をがらりと強めに開けた。その物音で主婦がおしゃべりをやめてくれないかと願いながら。
ベランダに出ると、さすがに高級マンションの最上階だけあって眺めはいい。勇儀も育ちはいい方だが、こういういかにもセレブが住んでいるような住宅にはさすがに縁がなかった。むしろこちらの認識が揺らいでくる。ここに比べれば間違いなく中流育ちではないか?
旧都方面でようやく情報を掴み、そこから延々とその情報を追ってきた。背後では依然として、この部屋の主である主婦が、意味があるんだかないんだかわからないことをぺらぺらしゃべくり続けている。ここらの界隈の有閑マダムたちは皆一様にこうだった。
暇、なのだろう。自己実現に習い事を始めるような、そういうタイプはいないらしい。
謎の妖怪の目撃談を辿ると、このマンションが立ち並ぶ大通りをジグザグに、蜘蛛糸を駆使したロープアクションを交えて飛行していたとのこと。
斜向かいには、今まで辿ってきたものより頭ひとつ高い、十三階建てのマンションが見えた。
「あー奥さん? あそこの……」
「あらやだやっぱり若いひとはみんなあれに注目するわねえ。あそこ芸能界の入居者多いからねー」
話がはやくて助かるが、どうにもいらいらが募る。深呼吸をしながら、主婦の話に耳を傾けた。気をつけないと有益な情報を聞き逃す。
「傍から見てて派手な生活してるわねでも華やかな世界に生きてても変わんないのよね根本的なとこは。日が暮れてから洗濯物干し出したりカーテンあけっぱなしだったりだらしないのがいーっぱいいるんだから」
「あのーいいですか。ちょっと聞いていいですか」
「玄関口で夜中までぎゃーぎゃー騒いでたりするしほんと騒音よねーああいうのっておまわりさんは取り締まってくれないのかしら? ああいえあなたのことを遠回しに批判しているわけではないのよ念のため」
「おい聞けババア」
「え?」
「ん?」
「いまなんと?」
「なんでもありませんよクソババア。それで、あのマンションの入居者に土蜘蛛っていませんかね」
さすがに不審げな顔をしながら、その主婦は答えた。
勇儀は必要な情報を得て、主婦に礼を言ってその部屋を後にする。
脱獄した土蜘蛛、天狗殺しの久我ミカサ。目撃された謎の妖怪は、ふたり組の土蜘蛛。どういうわけか時を同じくして、地上への道が解放されようとしている。それは、もう間もなくだ。
準備のために、一度戻らねばならない。可能な限りはやく、あのマンションに張り込みをする必要がある。
入居者の中に土蜘蛛は、ただひとり。
地底で最も有名なアイドル――黒谷ヤマメ。
憔悴。おそらくそらでは書けないそんな言葉の重みを感じながら、ヤマメは家路を歩いていた。
人工太陽が消灯し、真っ暗になった中をひとりというのは無用心だが、今回ばかりは事務所もなあなあでは済ませてくれなかった。予想通りに、話し合いが熾烈を極めたということだ。
喧々諤々の口論の末、マネージャーと社長(会社ごと未曾有の大惨事になりかねないので出張ってきていた)を引っ張ってレッスンスクールまで出向き、式典本番での曲目を完璧に歌い上げることで日程の詰めすぎをなんとか認めさせることができた。今回は厳かな催しということで派手に踊ったりしないので、すこし助かる。ヤマメは高いところで歌うのが好きなのであって、踊りやお芝居はあまり得意ではないのだから。
もっとも本番で自分をうまくコントロールできるかどうかは別問題だが。
(……元は、練習漬けにするのもソレ対策だったっけね)
いつだったか、『普段は十分以上にできるんだから、なにも考えずにやれる状態にしてみたら?』などとマネージャーが言いだしたのをなんとなく思い出した。そのときは藁にもすがる思いだったから、一も二もなく賛成した。
問題は、そんなことでへこたれるようなヤマメではなかったということだ。結果として大きなステージの前だけは練習量が増やされることになって、今回のようなことになった。
(考えてみればあのマネージャーもそういう、間抜けなとこがあるんだよな)
でもちゃんと思い出して、理解した。
あたしは、無意味にいじめられていたわけではないんだ。
今度ビンタしたことを謝ろう。つい手が出てしまった。うっかりの過失だ。しっかり頭を下げれば見逃してもらえると思う。
「およ?」
マンションまで帰り着くと、不審な影が共同玄関あたりをうろうろしていた。サングラスごしにも見覚えのある背格好だったが、一応はずして確認してみると確かにミカサである。もう体調はいいのだろうか?
「ミーカサー。おーい」
少し距離があったが、呼びかけてみた。彼女は驚いたのかびくりと肩を震わせてから、こちらを向いた。迎えに出てきたということなら、感心な理由である。
「もー今日はつかれたー。これお土産。荷物持ってー」
「あ、ああ……」
抱えていた軽食の包みとスポーツバッグをミカサに押し付け、ヤマメはマンションに入っていく。
「うわー階段登りたくねえー……ってあんたなにやってんの? はやくうちに入ろうよ。もう今日はあたしいろいろムリ」
「うん……」
何故か突っ立ったまま動こうとしなかったミカサの手を引っ張る。とくに抵抗なく、されるがままのミカサを連れてなんとか部屋まで戻ると、ヤマメはたたまれたままの布団に突っ伏した。
ちらと背後をうかがう。ミカサと目が合いそうになって、さっと逸らした。
「あのさー言うの忘れてたんだけどさー」
面と向かっては言えそうにないので、さも本当に忘れていたかのように切り出す。後ろで所在なくたたずむミカサへ、口火を切った。
「……なにを?」
「た、ただいま」
早口で。言い切って、布団をぎゅうと抱きしめる。言った途端になに言ってるんだろうという違和感が噴出した。状況はともかく、こんなことを言う自分が、なにかとてもおかしく思えた。顔が熱いのを感じる。見えないけれど、絶対赤くなっている。ああ時間よ、どうか二十秒ほど巻き戻って。
「ってだからなんか言えよぉー! おかえりでしょここはぁ!」
「う、うわああ!」
またしてもノーリアクションを貫かれ、ヤマメは激高した。抱きしめていた布団を持ち上げてミカサに投げつけ、その上にのしかかる。逃れようとするミカサに枕をばしばし叩きつけて本格的に調伏にかかると悲鳴が上がった。
「うるさい! 近所迷惑!」
「えっ君が言うかそれ? いたた、ちょ、ヤマ」
「黙れ! ただいま!」
布団から顔だけ抜け出したミカサに詰め寄る。精一杯顔をしかめて凄むと、ミカサはしばらくぽかんとしていた。なにを呆けているのか知らないが、こちらから目を逸らしたら負けだと思って、強い視線を注ぎ込み続ける。
「……フ」
いい加減こちらの顔も真っ赤で限界に陥りかけた頃、ミカサが吹き出した。
「ふははは!」
「なんなの、その笑い方はー」
気に食わない態度だった。睨みつけるも、ミカサは気づかずになおも声をあげて笑い続け、その目尻には涙さえ浮かんでいるようだ。
彼女はひとしきり笑い終えると、憮然としているヤマメに言った。
いつもの、朗らかな笑顔だ。
「おかえり、ヤマメ」
自分でただいまと言ったとき以上に、大きく胸が弾んだ。この三日で目に馴染んだその笑顔に、ヤマメは枕を押しつける。隠しようもないほど緩んだ口元を見せないための最適手だ。ミカサのタップを無視して、しばらくそのままでいた。
この部屋に、ふたりでいる。今までなかったこと。ひとりで住むには若干広いこの空間を、もうひとりのぬくもりがほんの少しだけ埋めている。
それはきっと、得難くて、楽しくて、嬉しいこと。
ヤマメは枕をどけてミカサを解放してやった。
「ふう。あんたもおかえり。どっか行ってたの?」
「うん、ただいま。昼になって体調がよくなったから、散歩に」
「このへんマンションばっかでつまらないよね。なんもなかったでしょ」
「そうでもないさ。何度も迷子になったのには辟易としたがね」
「そりゃーあんたの記憶力が悪いのよ」
「返す言葉もない」
ミカサは一本とられた、と大げさな仕草で肩をすくめた。
その後ふたりは遅い食事を済ませて、昨日や一昨日と同じように、一緒の布団に入った。カーテンの隙間から街灯の光が漏れ出ていて、少し明るい。サングラスをかけて夜道を歩いているときのほうがよほど暗かった。睡魔に襲われているときには不都合だが、わざわざ閉めなおすのも面倒くさい。
ミカサに閉めさせるか……などと半ば寝かけながら考えていると。
「……ちょっと、寝れないでしょそんなガン見されたら」
明るいから隣のミカサにじっと顔を覗き込まれているのもよくわかるのだった。
「そうか?」
「そーなの。もう寝ようよ……明日も休みにしてもらったから、また明日どこか……」
「ああ、そうだね……」
そろそろ行く場所も尽きかけてきているが、年々拡張されているだけあって地底はまだまだ広い。ヤマメが知らない場所など腐るほどある。それに、逃げ回っている最中は近寄れなかったあたりに行ってみるのもいいと思った。レッスンスクールに顔を出して自主練でもすればミカサに真面目な一面を見せることもできるし、帰り際まだ怒っていたっぽい先生の気を鎮めることができるかもしれない。
明後日には地上へ出るのだから、その準備をするのもいい。またミカサは嫌な顔をするかもしれないが、着ていく服とか合わせる小物を選ばなければならないと思っていたのを忘れていた。ここのところミカサにかまけてそれを忘れてしまっていたのだから、その埋め合わせにでも思ってもらおう。
そういえば、明後日はミカサを地底へ置いていくことになる。そのときのことをちゃんと話しておかなければ。
……でもそれは、明日でいいだろう。今はもう、眠りたい……
「ヤマメ」
遠くから、声が聞こえる。
「もしわたしが、狂った殺戮者だとしたら……たくさんの妖怪や人間を殺した化け物だとしたら……それでも君は」
音が遠い。ミカサがなにか言っている、という理解はある。だが、言葉の意味が胸に落ちてこない。
「……いいや、なんでもない。おやすみ、ヤマメ」
そこだけは、なにを言われたか不思議と理解した。
うん。おやすみ、ミカサ。
また明日。
夜半にこっそりと布団を抜け出し、この部屋の主に向けた手紙を書き終えて。
難航を極めたその作業を終えて、ミカサは重荷を下ろした心地だった。なるべく平易に言葉を重ねようとしても、どうしてかくだらない修辞をつけ加えようとしてしまう。
飾れば飾るほど、本心は文面から離れていくのに。言葉を弄する者の悪癖だ。
(……また、よくわからない感じだな)
ふと、古い記憶が脳裏を過ぎる。薄汚れた部屋の中、大勢の妖怪の前で拳を振り上げて号令する己の姿。ミカサが立っているのは壁一面に貼られた大きな山の地図の前で、足元には雑多に武器が散らばっている。
その場にいる誰もが、狂信の色に染まった瞳をしていた。
一体なんの思い出なのか、あまりにも断片的すぎてわからないが、あの子鬼と戦ってから頻繁に記憶が浮かんでくる。
(ろくでもない妖怪なのだろうとは、思っていたが)
その裏付けには十分なほど、示唆に溢れた昔時の欠片だった。
ミカサは音を立てないように気をつけながら、深く静かな寝息を立てるヤマメの枕元に立った。その寝顔には疲労が色濃く浮かんでいた。まぶたにかかる髪の毛をはらってやろうと手を伸ばしかけて、やめた。この手はヤマメのような無垢な存在に触れていいものではないかもしれなかったから。
「許されようとしたのか、わたしは」
あのとき飲み込んだ言葉は今なお形にならないまま、ミカサの中で渦を巻いていた。だが、喉につかえて出てこないほどのそれを吐き出すには、この地底は平和すぎる……
どうやらこの地底には、ミカサの居場所はない。
(それに……どうやら猶予もあまりない)
こみあげてきた咳をこらえていると、視界が二重にぶれた。これも子鬼と戦ってから、いやよくよく思い返してみればその直前から現れた兆候だった。口の端から垂れた血か唾液か、とにかく体温以上に熱い液体を拭う。
こうしていられるあと少しの間で、なにをすべきか。
ミカサはもう決めていた。
決心がついたのは、ヤマメがおかえりと言ってくれたからだ。
わずかに開いたカーテンから、人工太陽にうっすらと光が宿るのが見えた。
そろそろ時間だ。ゴミ箱から回収したボロを身にまとい、ミカサはヤマメの傍を離れる。
その枕元に手紙を残して。
「なにも、伝えずに……行こうかと思ったけど」
最後にと、玄関から居間の方を見た。布団からはみ出したヤマメの足だけが見えた。
「君に救われたわたしなのだから、君の流儀に従おう。さようなら」
勇儀が警衛兵詰め所に戻って装備を整えていると、なにやら入口あたりがざわざわと騒ぎ始めた。それはさておき、デスクの奥にしまいこんでいた双眼鏡をやっとの思いで引っ張り出す。ほこりまみれで汚い。レンズは割れていないが、こんなものを何時間と顔にくっつけるのは少し遠慮したかった。が、一分一秒が惜しいのでやむなく懐に突っ込む。
「星熊童子!」
「うーい、なんすかクソバ……じゃないや、お局さま……でもなくて。行かず後家。あれ? とにかくなんすか」
いつも通りのきりきりした甲高い声で、お局が怒鳴り込んできた。昨日一昨日と連続で書類仕事を溜め込んだのを怒っているのだろうと思われる。勇儀はいなすようにひらひらと手を振りながら、
「すいませんがー、今からちょい出なきゃならないんで、お話はまた後日に」
「さ、さとり様がお見えです! いいからさっさとこちらへ!」
「……はっ?」
立場上、一応は丁寧なお局の話し方が若干怪しくなっていた。もちろん気をとられたのはそんなどうでもいいことではなく、さとりがこの詰め所までやってきたことだ。
珍しいことがあるものだと思いつつ、式典まで間もないこのタイミングでわざわざ顔を見せに来ただけであるわけがない。十中八九、ミカサがらみだ。
会議室に着くと、お局はさとりにお辞儀をして慌ただしく去っていった。なにか心にやましいことでもあるのだろうか。まあそのあたりはプライベートだから詮索はしないが、焦れば焦るほどさとりの前ではまずいということを今度教えてやるべきだろう。
「んで?」
目だけで挨拶を交わし、本題に入る。さとりも勇儀が武装しているのを見てとって枕詞もなく切り出してきた。
「例の妖怪を入れていた牢から、妙なものが発見されました」
「なんで今まで出て来なかったんだよ、そんなもん」
正確にはミカサが入っていたのは牢ではなく、石の棺だ。なにかが入っているとしたら探すも探さないもない。一目瞭然のはずだ。
「見回りの者は、突然棺の中でなにかが落ちる音がしたと言っていました。それで開けてみたら……妖怪ひとり分の、白骨があったそうです」
「……なんだそりゃ」
順当に考えたら、久我ミカサの骨ということになるが。この肌寒い季節に怪談を聞かされたかのような、たちの悪い冗談かと思ってしまうような、不可解な事態である。
一体、なにが起きているのだ。
「わたしはもう、奴の足取りを掴んだんだぞ。本当に脱獄したのか、奴は?」
「それは、確かですよ。獄吏の者がいくらか手傷は負わせたはずと報告を受けています」
「とすると、えーっと、どういうことなんだ?」
「結論を慌てないでくださいね、星熊童子。あの骨は、まだ誰のものかもわからないんです。混乱させて悪いとは思っていますが、なにか少しでも捜査の役に立たないか、と」
言葉を探すように、さとりは会議室を見回した。が、その思考を助けるなにがあったわけでもない。結局は焦れた眼差しをまっすぐ勇儀に向けた。
勇儀は笑って肩をすくめて見せた。
「いいや、そんなに混乱はしてない。その骨については、わたしがミカサに会えばわかることがあるかもしれんし」
安心させるようにそう言って、勇儀はかけていたソファから立ち上がった。
「悪いが骨の推理はまかせるよ。わたしはおまえの手足代わりで、頭の代わりにゃならないからな」
「勝てますか?」
「おまえのためなら、勝つさ」
くすと微笑んださとりを残して会議室を、そして文句をつけに来たお局を無視して詰め所を出る。
暗い夜道を足早に、さっき行ったばかりの高級住宅地へと戻っていく。普段は持ち歩かない金棒が、剣帯に収まってカチャカチャと金属音を立てている。相手は謎の妖怪なので準備をし過ぎるということはないが、張り込みからしなければならないのでこれくらいしか持ち込みようがなかった。ひとりで張り込みというのも大概無茶な気もするが、千年妖怪の相手には猫の手では足らない。
(猫……)
なんとなく燐の生意気な顔を思い出した。あいつなら連れてきても足手まといにはならないだろうな、と思う。
(……そういえば、あいつはなにが言いたかったんだ?)
匂いがどうとか。たしか言っていた。茶化してしまってほとんど聞いていなかったが。
いや、今さら気にしてもしかたない。覚えていたら明日にでも聞いてみよう。それに、ミカサと対峙するうちにわかることもあるかもしれない。
ほどなく、勇儀はヤマメのマンション前に到着する。そして、飛行術を使ってその向かいのマンションの屋上へ降り立つ。向かいといっても、互いにポーチを備えた高級集合住宅で、挟んでいる道路もかなり太く、相応の距離があった。ちょうどよく街灯から影になる給水塔を備え、かつヤマメのマンションの入口を見るのに邪魔になるものがない。そちらを伺うと、十三階のある一室には明かりが灯されていた。
昼間にマンションの管理者を脅して手に入れた情報どおりなら、あの部屋がヤマメの住処ということになる。
(一昨日、あれに気づかなかったのはわたしの落ち度だな)
地霊殿の前で遭遇したヤマメと、サングラスをかけていたもうひとりの土蜘蛛。ようやく今にして、怪しい風体だったと思った。あのときは前日に見たアイドル、黒谷ヤマメの印象が強すぎて、その周囲にまったく気を向けられなかった。
(さとりに連れてかれたあのライブのせいでもあるか。あのボケめ)
責任転嫁を済ませ、勇儀はヤマメの部屋を注視する。明かりはまだついていたが、ほどなく消えた。しばらくはつまらない時間を過ごすことになる。勇儀は懐から双眼鏡を取り出した。一応汚れを落としてから、覗き込む。
そして、ただじっと……心体を平静に保ち、気配を抑える。野生の獣のように、意識を研ぎ澄ませていく。
刻々と、時間がただ過ぎる。もう日付が変わって、今日は式典の前々日だ。明日にはさとりや燐、パルスィといった地霊殿の内政に関わるメンバーは地上へ出立することになる。その前に何事もなければ、の話だが。こんな水際に、地上でも広く恐れられた久我ミカサなどという大物を取り逃せばどうなるか。
益体もない想像を頭から追い払う。にぎやかな笑い声が、下から聞こえてきた。双眼鏡越しの視線を走らせる。身なりのいい妙齢の妖怪(付喪神かなにか。詳しくはわからない)と、その愛妾といったところか? 雰囲気からはそうと判断できた。久我ミカサとの関わりは無さそうだった。
だいぶ夜も遅い時間だが、出入りの激しいマンションだ。あのセレブが派手な暮らしをしていると言うだけのことはある。これはこれで取り越し苦労は多いものの、退屈はしない張り込みだと言えた。が……その中で三角関係の相当な愁嘆場を演じる者たちもいた。それでも監視だけは続けなければいけないため、ちょっとげんなりする。退屈していた方がましかもしれなかった。
(わたしが新聞記者なら大手柄なんだろうがな)
この嘆息を止められなかったことは、誰にも責められまい。
夜明け前ほどになるとさすがに出入りは止んで、ようやく静けさが戻ってきた。人工太陽が薄明を灯す中、勇儀は冷え込んだ空気を白い吐息に変えて吐き出す。地底の明け方は夏でも冷え込むのだ。冬が近いこの季節では、毛布をかぶっていても寒いの一言である。
まだ、ヤマメの部屋に動きはなかった。地上へのゲートが開かれるのは明日の昼。余裕を持って、今日の暮れまでに動きがなければ踏み込むべきだ。あと半日は張り込みを続けなければならないか。
と、覚悟を固めかけたところで、エントランスに動きがあった。ガラス戸を開けて、まだ薄暗い早朝に繰り出す妖怪がひとり。
努めて冷静に、双眼鏡を覗き込んだ。
三日前に見たときそのままの、あの土蜘蛛がいた。いや、今日はサングラスをかけていなかった。顔を確認すると、さとりに見せられた大昔の手配書と似通った点がいくつも見受けられる。
間違いなく久我ミカサだ。
奴が地上へ帰ろうとしているのは間違いない。千年前の経緯から、地底と地上の交流が始まる今になって脱獄したことを併せて考えればそうなる。勇儀は明日の式典に参加する一団に紛れ込んで地上へ出るつもりだと踏んでいたが、こんな時間に出るということは……朝駆けをしかけて、強行突破するつもりなのだろうか。
(いや、待て)
マンションを次々に飛び移るようにしてミカサを追いながら、さとりの忠告を思い出す。結論を急ぐな。慎重に、監視を続けるべきだ。縦穴に近づくようなら、その時点で捕らえる。もし協力者がいるなら、そいつもろともだ。
ミカサは迷いなく、旧都を進んでいる。中心地を経由して、人工林や農地が広がるエリアへ。間違いなく縦穴へ向かっていた。が、尾行するうちに、こうも直感していた。
気づかれている。おそらく周囲に誰もいないところまで誘導されているのだ。さすがは大妖怪か、と相手を誉めるべきか。勇儀は気配と足音を消すのをやめ、堂々とミカサのあとをついていった。
疎らな木立の森のすぐ傍ら、小さな湖のほとりに着くと、ミカサは足を止めた。
「できれば……見逃してもらえないか」
背を向けたまま、そう呼びかけてきた。朝日を受けた湖面は妙な清々しさを感じさせ、うっかりすればうなずいてしまいそうな空気ではあった。まさかそんなことのために、ここまで連れてきたわけではないだろう。仮にそうだとすれば、とんだ間抜けのロマンチストだ。笑えもしない大馬鹿だ。
「見逃すわけがあるか。久我ミカサ、どこへ行くつもりだったんだ?」
「地上さ。わたしが住んでいた世界に」
「なんのために?」
「……さあ、なんのためなのだろう。強いて言うならば、その理由を知りたいからだ」
わけのわからんことを、と凄もうとすると、ミカサはくるりと振り返って機先を制してきた。実物を見てみると意外なほど幼い顔で、妙なことを言った。
「君は、わたしのことを知っているのか?」
「それは脅しか? 天狗殺しのミカサ」
鼻で笑ってやった。意表を突かれた様子のミカサへ、さらに続ける。
「千年前の戦果を後生大事に誇っているようだが、あの鳥もどきをいくら毟ったところで、地底じゃなんの自慢にもなりゃしないぞ」
「それがわたしか? 千年前の戦果とは、なんだ?」
心底それが聞きたくてしかたがない、とでもいうようなその態度に、勇儀は苛立った。一体こいつはなにを言っているのだ。
「君は、あの砦の鬼を襲った咎でわたしを追っているのではないのだろう?」
話にならない。勇儀は腰に下げた金棒をゆっくりと取り出してみせた。するとミカサは、降参するように両手を掲げた。が、別段焦っているような気配は感じない。それどころか、余裕めいた仕草で一歩踏み込んできた。
「失礼、説明を忘れていた……わたしは記憶がないんだ。よかったら、君が知るわたしのことを教えて欲しいのだが」
「……おとなしく捕まれば、教えてやるさ」
逆の手で、手錠をちらつかせる。
抵抗なく、ミカサが両手を差し出して、もう一歩近づいてくる。勇儀は手錠を――
「ところでわたしには時間もなくてね」
――ミカサの右手首にかける。もう片方の輪をかけようとしたところで。
ミカサが金棒の有効な間合いよりも内側に入っていることに気づいた。
差し出された手と手の間から、鋭い前蹴りが繰り出された。手錠を放り出して身を翻すも、その爪先が顎をかすめるのを避けることができなかった。
大したダメージではない。が、先手を見事に取られた。
「騙し討ちとは、やってくれるな」
「そうでもしないと勝てなさそうでね」
改めて両手で金棒を構えて、勇儀はミカサと対峙する。勝てなさそう、か。ひとまずは勝てると思っていたわけだ。この星熊童子を相手に。勇儀はにやりとした。襲いかかってくるときの躊躇のなさ。一撃で倒さんとする、その技のきれ。
明確な殺意を感じることはままあれど、それがこの首に届くかもしれないと思ったのは、本当に久しぶりだった。
勇儀は飛び退いて空いた分の間合いを自分で詰め、大上段から金棒を振り下ろした。生半の妖怪なら風圧だけで吹き飛ぶそれを、ミカサが紙一重で避ける――のを狙って、金棒の軌道を腕力で無理やり変える。横凪ぎに急旋回した金棒は、それでも確かな威力とともに炸裂する!
乾いた轟音とともに、巨木が真っ二つにへし折れた。高く跳躍して逃れたミカサは、倒れゆく巨木の影から幾条もの蜘蛛糸を鋭く投げつけてくる。下手に避わすよりはと自身に迫る一本だけを金棒で撃ち落とし、その重さに驚いた。相当な威力と、そしてまるで刃物のような鋭さ。その一撃だけで金棒の棘がいくらか削ぎ落とされていた。
同じ蜘蛛糸が次から次へと飛んでくる。どうやら有効な手だと判断したようだ。
「鬼符――『怪力乱神』!」
蜘蛛糸を避けつつ、符術を発動させる。勇儀の持つ鬼の力が、ひとつの形に練り上げられていく。たくさんの緩い螺旋を描く弾幕が発動して蜘蛛糸と相殺される中、勇儀は金棒をくるりと逆手に持ち替えた。半身になってステップし、そして全身のバネを弾けさせるように、顔の横で構えたそれをぶん投げる。木々の合間を縫って一直線で飛んだ金棒は、ミカサの編んだ蜘蛛糸の網を突き破った。まるで金属の板を貫いたような、耳障りな音がした。
金棒は逸らされてどこかへ飛んでいったが、ミカサの余裕ぶっていた顔つきが変わった。
鋭くなった眼差しが、勇儀を射抜く。
「君、名前を聞いていいかな?」
「……山の四天王、力の勇儀だ」
それでもとぼけた口調に変化はなく、戸惑いつつも勇儀は名乗った。問われれば応えるのは、鬼のルールのひとつだ。
そして、小手調べはもう終わりだ。ミカサもそのつもりだろう。なにがしかの拳法の構えを取った。
勇儀は空になった両手を拳に固め、ミカサへ打ちかかっていく。強敵に立ち向かう、歓喜の快哉をあげながら。
ヤマメにとってその朝は、待ち遠しいものだった。昨日、初めて自分からつくった友達と一緒に眠ったときは、間違いなくそのはずだった。
なにがきっかけだったかはわからない。が、とにかくはやい時間に目が覚めた。
起床して、隣にミカサがいなかったときは、また玄関に張り付いているのかと思った。もうその必要はない、というかマネージャーが来るわけはないのだから勘違いだと告げてやりに寝ぼけ眼で居間を出ると、果たしてそこには誰もいなかった。不審に思って洗面所やバスルームを覗いてみてもいない。
混乱しながら居間に戻ったところで、ヤマメはそれを発見した。
手紙だ。便箋に書かれてもいなければ、作法に則って書かれているわけでもないが、そうとしか表現できない。枕元に置かれていたそれを手に取り、広げてみる。学校で配布された印刷物の裏紙を使ったようだとわかった。
「大恩あり、また親愛なるヤマメへ……」
手紙はそんな一文から、始まっていた。
『お別れのあいさつに代えて、わたしはこの手紙を書いています。直接言えば、あなたはわたしを引き止めてくれるだろうと、勝手な想像ですが、そう思ったから。それに、おそらくわたしはあなたに引き止められたら、そうしてしまうだろうと思ったからです。
わたしがただの土蜘蛛だったら、そうしてもよかった。
地上にいたころのことを、少しですが思い出しました。記憶の中のわたしは兵士の格好をしていて、たくさんの妖怪や人間を殺戮しているようでした。なにかの間違いであったら、そう願わずにはいられませんが、どうやらわたしの所業であると認めざるをえないようです。
こんなわたしが、無垢なるあなたのそばにどうしていられましょうか。この地底という平和な世界に、わたしのような者を置いておく場所もまた、あらぬことでしょう。わたしはおそらく、もともと地霊殿に捕らえられた虜囚の身であったはずです。官憲の手があなたにまで伸びる前に、わたしは生まれた地へ戻ることにしました。
どうやら遥かな過去から記憶を失っているらしいわたしの、知っているままの地上が残っているとは到底思えません。また、この身に残された時間でそれが叶うかどうかもわかりません。それでも、わたしは地上を目指してみることにしました。あなたが旧都タワーで誰かから生まれた者としての普通なるものがあると語っていたように、わたしにも地上で生きた者としての普通なるものがあるとすれば、それに殉じたい。
あなたがわたしにしてくれたことになに一つ報いぬまま去ることを、どうかお許しください。
あなたはわたしを救ってくれたのです。
あなたがくれたホットドッグの味。見ず知らずのわたしを病院へ連れて行ってくれたこと、浮浪者同然のわたしを家にまねいてくれたこと。共に飛んだ空。あなたが着せてくれた、きれいな服。お化粧。手料理のようなもの。そして、わたしをおかえりと迎えてくれたこと。汚れた血にまみれた、どうしようもない漂白者のわたしを。
たった三日ほどで、こんなにも大切な思い出ができました。本当に、ありがとう。
この生の末期をあなたとともに過ごせたことが、わたしのなによりの宝です。
どうかお体に気をつけて。これからのあなたの生活が健やかなることを祈るとともに、ここで筆を置かせていただきます。
さようなら――』
読み終えて、ヤマメはその手紙を握りつぶした。
「――あなたの友、ミカサより……」
いや、握りつぶせなかった。うまく力が入らず、手紙を取り落とす。
理解できないことのほうが多い手紙だった。一体、一体なにが書いてあったのか、全然わからなかった。ヤマメははやくなってきた鼓動に胸を押さえながら、布団をめくった。誰もいない。
カーテンの影を伺い、なにもないことを確認する。ベランダも。居間に戻り、部屋の隅々を調べまわる。一度は探した洗面所やバスルームにも同様のことをした。
最後に、手紙の元に戻ってきた。
さようなら。さようならと、そう書いてあった。ようやく、そうとわかった。
ミカサは。あのよくわからない妖怪は。最後まで謎のまま、行ってしまったのか。
勝手に救われて、勝手に思い出になって、勝手に感謝されて、勝手にさようならだ。挙げ句に友達扱いだ。まだヤマメからも、ミカサからもそんなことを認め合ったわけではなかったのに。
でも、ヤマメだって、そう思っていたことは確かで。
そんなふたりで過ごすはずの今日が。
あたしは楽しみだったのに……
感情が胸を覆い尽くす。膝をついて、顔を覆った。爆発しかけている。体の中に押し込めておけないそれが溢れ始めて、肩が震えた。
ガン! と拳で床を叩いた。カーペットごしにも建材の硬さが骨に伝わってきて、痛い。
だが、涙はそのせいで滲んだのだ。一度だけ目元をぬぐって、ヤマメは新たに湧いてきた感情をそのままに叫ぶ。
「ふざっ……けんな! あの、クソバカ!」
口汚く罵り、ミカサは寝巻きの上からコートだけ羽織って、起き抜けのみっともない姿のまま、部屋を飛び出した。ポケットからサングラスを取り出し、それを装着しようとしたところで足がもつれて転んだ。
「った! もう、あたしの間抜け、うすのろ! なんであいつみたいに動けないの。なんで、あ……」
サングラスのつるがひしゃげていた。体の下敷きになってしまったようで、どうがんばっても顔にひっかかりそうになかった。
これでは顔を隠せない。
本当はあがり症の自分に、絶対必要なもの。
部屋にスペアを取りに行かないと。
――こうしている間にも、あいつはあたしから遠ざかっていっているのにか?
「こんなもの……」
もう用を為すことはないサングラスを手に取る。重さなどないと言っていいほど軽い。
こんな軽いものの有無がなんだというんだ。顔を見られたからなんだ。
そんなの、どうだっていいはずだろう!
「こんなものぉー!」
ヤマメは勢いにまかせて、踊り場からサングラスを全力で投げた。その軌道をもう見もせずに、ヤマメは走った。
壊れたサングラスは誰も見ていないところで、かしゃんと音を立てて地に落ちた。
もう、用を為すことはない。
いくらか戦ってみてわかったことがある。
この鬼、勇儀の強さは計り知れないということだ。何枚もの切り札を既に消費してしまっている。昨日戦った鬼がどれだけ束になってもこの勇儀にはかなわない。無論それはミカサが束になったところで同じだ。
山の四天王というだけのことはある。その冠名は地上にいた頃、散々ミカサを悩ませたものだった。この若者に見覚えはないから、代替わりはしているはずだが。
不思議なことに戦えば戦うほど、どんどん新たな記憶が掘り起こされてくる。どうあっても戦争や暴力を切り離せない生活をしてきたのだろう。
そんなくだらないものにばかり、思い出が宿っている。
理想に燃えていたことも。飽くなき闘争に明け暮れたことも。その果てに、千年の刑を受けたことも。虜囚の中、なにを願ったかも。全てを拳足に込めて、勇儀にぶつける。胴を打たれて上半身が揺らいだ勇儀の、わずかな気の淀みにミカサは目突きを繰り出した。自分で動くにはどう反応するにも遅いその体勢に勇儀は逆らわなかった。自ら膝の力を抜いて尻もちをつき、目突きはそれで外された。
続く勇儀の足払いをまともに受けて、ミカサは体を縦に半回転させられた。その頭を狙って勇儀は地に着いた腕を軸に回転、二周目の足払いが炸裂する。
ガードした腕ごしに頭を蹴り飛ばされて、ミカサは吹き飛んだ。地に投げ出され、なんとか立ち上がる。勇儀は用心深く追い打ちはせず、じっくりと構えている。
おかげで生き延びている。かつてのミカサの戦いぶりを警戒して、踏み込んでこないのだ。ただの猪武者ではない、クレバーな戦士。その完成形と言っていい。こうも完全な戦士が、千年前のミカサを評価してくれているのが誇らしいほどだ。全くわたしは、こんなときになにを馬鹿なことを考えているのだろう。
こんな相手にどう勝つか。重要なのはそれだ。
「ふう、ふう、はぁ……」
とにかく勇儀が寄ってこないうちに呼吸を整える。戦っているとむしろ調子は良くなってきている(その上でなお、かなわない)が、内側の老いた体にガタが来ているのは間違いない。あとどれだけ戦えるか。
じりじりと、勇儀が距離を詰めてくる。弾幕を使うには、もうお互いに中途半端な位置だ。ミカサからは単発の蜘蛛糸なら撃てるかもしれないが、雨霰と降らせるのでもなければあっさりと避けられてお終いだろう。それに、もう撃ちすぎてもいた。その気配をさとられた瞬間、その刹那に腕を蹴り砕かれてしまう恐れさえある。
そして接近戦に分があるのは、明らかに向こうだ……
詰みだ。あとは勇儀が踏み込んでくるだけで全てが終わる。
「君の勝ちだな」
「そうか? あんた、なんか隠してるんだろ」
「ここまで戦術や弾幕が進化しているとは、ね。わたしが逮捕されてから、何年と言ったかな」
「千年だ。あんたがピークだったら本当にやばかったかもな」
話に、乗ってきた。勝ちつつある戦いを惜しんでいるのか。強い闘争本能が生み出す、戦闘への拘泥が透けて見えた。
理想の戦士も、ミカサからすればまだ若い。蜘蛛糸を這わせながら、内心ほくそ笑む。
「まさか。ただの人間にも敗れるわたしだ。岩西日子坐を知っているか? 蜘蛛狩りヒコイマスだ」
「しゃべり続けるのは時間稼ぎか? 往生際が悪いな。そういう相手も悪くはないが」
「そのヒコイマスにも破られなかった弾幕で、正々堂々、最後の勝負をしないか?」
「…………」
出会えた強敵の奥の手。正々堂々。これを無視できる鬼は少ない。できたとして必ず迷いが生じる。天狗戦に秀でたミカサだが、鬼とも互角以上に戦ってきたという自負がある。
この最強の鬼に勝てば、もう地底で恐れるものはない。勇儀の背後、森の奥深くへ。極細の蜘蛛糸が這っていく。
「どうだ? この久我ミカサ最後の決闘だ。介錯をお願いできないか、力の勇儀」
さらに煽り立てるようなことを言いながら、もうその回答はどうでもよかった。あとはタイミングだけだ。
「……いいや」
勇儀が、前進を再開した。顔つきが冷えきっている。それこそ介錯を務める処刑者のような無表情で、なおも警戒したまま近づいてくる。
「普段なら乗ってやってもよかったんだが、これは仕事だ。確かめたいこともある。終わらせてもらうぞ」
「そうか。ならば」
勇儀が間合いに入った――瞬間、ミカサは含み針を吹いた。それが見えなかったわけではないだろうが、勇儀は構わず最後の一歩を踏み込んだ。針は勇儀の胸に突き立ったがそれで致命に至るわけもなく、そしてその大きく振りかぶられた拳は真っ直ぐに――
突き出すことは、かなわず。
勇儀が体を激しく軋ませながら停止させられた。驚愕するその目の端に、人工太陽の光を受けてきらめきを返すそれが捉えられた。
「これは……糸か!」
詰みだ。これで全て終わり。
勝ち名乗りの時間、だった。
「赤苔、『真紅凍て蝶』――」
宣言と同時、森全体に張り巡らされた蜘蛛糸が持ち上がった。既に勇儀の胴と四肢に隈なく絡みつき、鍛えられたその肉体が大の字に縛り上げられる。この強度なら、もう成す術などない。
確信とともに、嗜虐の笑みに牙を剥く。
緩く結ばれているうちは透明で目には見えないが、寄り集まって固まれば、純白の糸が強靭な縄となって敵の動きを封じる。そのまま身体をばらばらに引き裂くことも可能だ。弾幕の名は、そのときの凄惨なる様相から名づけた。そして、ミカサの領域に達した術者が作り出す糸が切られることはまずない。つまり支柱が多ければ多いほど、その捕縛の力は強度を増す。
このような森の中でこそ最大の威力を発揮する、天狗殺しの久我ミカサが極大弾幕。
「ぐっ、ごぶっ――」
勇儀の全身を斬り裂かんとその蜘蛛糸を引き絞ろうとしたところで、こちらにも限界が訪れた。血の塊を吐いて、ミカサはくずおれる。それでも蜘蛛縄だけは離さなかったのは、もはや執念のなす業だ。
地上へ――帰る。おそらく無意味だ。かつてとなにもかもが変わった世界のはずだ。ミカサの理想も、覇権を争った相手の理想さえもない、自分とは全く関わりのないものに変貌した絶望の世界だ。
だが、いくら変わったところで、そこが故郷だ。ならばそこに帰る。
それが、地上で生きた者としての普通、なのだから。
「どうだ! 山の四天王、力の勇儀! わたしは君に勝つ! 押し通る!」
歯を食いしばり、力を入れ直す。勇儀の体がみしみしと悲鳴をあげているのが、蜘蛛縄を通して聞こえてくる。
その苦悶に満ちた顔を見るべくミカサは視線をなんとか持ち上げて、驚愕した。
笑っている。凄絶な形相ではあるが、確かにそうとしか。何故だ。この手応えなら、今にも腕や足の一本くらいちぎれてもおかしくないほどなのに。
あまつさえ、勇儀はミカサと同じく血を吐きながら、それでも平然と言った。
「へ。いい気合いだな。びりびり肌に伝わってきやがる。あんたみたいのがどんだけいたんだ? 地底追放紛争の全盛期にはよ」
「なん、だと」
「こういう気合いを持った奴が、今の世の土台を作ったんだろうな。千年経ってようやく実感したよ。だが、もう引退して……もらうぜ。狂い咲きの花はッ、風情がねえ」
死の運命と同義語の蜘蛛縄に繋がれているはずの勇儀の四肢がぐぐ、と引き寄せられた。
「……まさか」
いや、そんなはずはない。糸は、森に自生する全ての樹木に絡みついている。勇儀がいかな怪力を誇ったとして、これだけ育った巨木の根を全て引きずって動けるわけがない。一本を抱えて引っこ抜くのとはわけが違う。そもそも、その時点でさえ常識離れした所業なのだ。
だが事実として、勇儀は蜘蛛縄に拮抗しているようにしか見えない。
こんな、馬鹿な。
「君……は、鬼じゃ、ないのか?」
「鬼さ」
「そんな馬鹿な! ありえない、ありえるか、こんな――こんなことができるのは鬼じゃない。なんだ。どんな化物ならできるんだ!」
「ありえないこと――怪力乱神。そいつはたしかに、わたしの力だ」
宙に浮いていた勇儀の足が地を捉えた。蜘蛛縄に巻き付かれたまま、確かに一歩目を踏み出した。今や縄に引っ張られているのはミカサの方だった。この手を離せば縄は解け、目の前の怪物を解き放ってしまう。離せるわけがない。断じて離せるわけが。だが、離さない分だけ、怪物が近づいてくる!
「けど、あんたの心得違いも……ある。あんた、最初よりずいぶん様子が違うな。たぶん、大方の記憶を取り戻してるんだろうが、言わせてもらえば戻ってるのはそれだけだ。千年身動きの取れなかった奴が、ベストの弾幕を撃てるかよ」
「ぐっ……ぐうう……!」
この蜘蛛縄までもが、衰えていたと、いうのか。かつて地上で必殺を誇った技が。
勇儀が二歩目を踏んだ。ごきん、と異音が辺りに響いた。見ると勇儀の左腕が折れて、あらぬ方向へと曲がっていた。
「ふん。限界は、お互い様だな」
「なら、その余裕はなんだ!」
もはや悲鳴にも等しい声をあげ、ミカサは蜘蛛縄を離せぬまま目を固くつむってしまった。原始的なまでに圧倒的な力の差。戦況は今、たしかにこちらに傾いたはずなのに、勇儀はそれを痛くも痒くも感じていない。恐ろしい。恐ろしい。恐ろしい。
ミカサの知らない千年の間に、ただの捕食対象に過ぎなかった鬼が、化物に成り代わっていた。胃を食い荒らすどころではなく、こちらが丸呑みにされるような巨大な怪獣そのものに――
「四天王奥義」
ざん! と強く足音が響き、勇儀が叫んだ。
「――『三歩必殺』!」
真っ白な光が、溢れた。光は視界を焼き、とてつもない熱風が吹きつけてきた。物理的に全てを根こそぎもぎとっていくかのような力に突き飛ばされ、ミカサは地を転がる。上も下も、前も後ろも右も左もわからなくなるほど力の奔流に押し流され、のたうちまわらされながら、悟った。
悟るしかなかった。
勝てるわけがない、と。
とにかく、必死に走った。ダンスのためにちょっとは体力づくりだってしているが、目的地もわからないまま走り続けるのは単純につらい。地上を目指す、ということは縦穴を目指すのと同じ意味だとは思われたが。果たして追いつけるのか。追いついたとしてなにから言えばいいのか……言葉の前に手が出てしまいそうだ。
考えているだけでむかむかしてきた。走る元気もちょっとは湧いてくるというものだ。
まずはなにも言わずにいなくなったこと。次に手紙の最後にさようならなどとふざけた文言をくっつけたことだ。あとは。
(目立たないように書いてあったけど)
気になっていることがある。残された時間で地上へ行けるかわからない、とあった。
そんなのは、どう解釈したって意味はひとつしかないのではないか?
もうひとつ。ミカサが殺戮者であるとか、書いていた。そんなことはおよそ信じられそうになかった。が、ミカサの妙な身体能力のことを思うと、その思いも揺らぐ。
(……あたしは、自分で見たミカサ以外のこと、わからない。でも)
ならばなおさら、なにも知らないまま、別れたくない。
こんなお別れは――寂しすぎる……
ぜえぜえと息を荒らげながら、ヤマメは足を止めた。ようやくミカサとボート遊びをした湖までやってきた。ここまで来ればもう一息、縦穴は目と鼻の先である。
湖の方から耳をつんざく爆発音が聞こえてきたのは、そんなときだった。
力の爆心地で、勇儀は血の混じった痰をべっ! と吐き出した。全身に巻きついた蜘蛛縄を焼くために、いつもより強い威力で奥義を放ったおかげで、なんだか焦げ臭い。なんにしても、ようやく体は自由になった。
いや、自由になった、とは言い難い。左腕は折れているし、そうでなくとも無理に力をいれ続けたためか全身の関節に鈍い痛みが残っている。それにミカサに吹きつけられた含み針は確実に毒針だ。満足な動きはできそうにない。
勇儀は足を引きずりながら、歩き出した。まだ、やらなければならないことがある。
数十メートルに渡って消し飛ばした森の向こうで、久我ミカサはうずくまっていた。多少這ったような跡があり、どこかへ逃げ出そうとしているのがわかった。
「おいミカサ!」
「くっ!」
呼びかけると、ミカサは素早く飛び出した。まだ力を残していたらしい。森の中へ逃げていく。勇儀は既に追いかけっこは飽きているので、全身の鈍痛を我慢しながら加速して、あっさりと追いつく。ミカサの肩をがしと掴み――力を入れてそのまま引き倒し、ミカサにかかっている手錠の空いている方に右手を突っ込んだ。
カチリと鍵のかかる音がする。
「これで、逃げられないな。ようやく捕まえた」
「くそ……」
諦意を滲ませ、ミカサはがっくりと膝を着いた。
「苦戦させてくれたな。さて、じゃあどうするか――」
「駄目ぇぇぇぇ!」
「うん? ――がっ」
甲高い悲鳴が聞こえてそちらを振り向くと、一抱えはありそうな岩を振りかぶった少女が目の前に迫っていて――勇儀はその岩に殴られて成す術もなく倒れた。目の奥に星が散って見えた。
「ミカサを、殺さないで!」
「く、くろたに、ヤマメ……!」
凶行に及んだ少女を見て、勇儀はさらに驚いた。地底では知らぬ者のない超アイドル、黒谷ヤマメだ。寝巻きの上にコートを羽織って、連れ戻された家出少女みたいな格好で両手を広げ、ミカサをかばうように立っている。
今の今まで忘れていたが、そういえばミカサはヤマメの部屋に潜伏していたのだ。この様子では、ミカサに脅されていたわけではないらしい。もちろんミカサの境遇に同情しているのでないなら、という前提ではあるが。
「や、ヤマメ……」
「馬鹿!」
かばわれたミカサが困惑したように呼びかけると、ヤマメは素早く振り返ってミカサに平手打ちをした。スナップの効いた、小気味いい音がした。
「黙って行くなんてひどいよ! と……友達なら、そんなの、違うだろ! と、とも、友達だったら!」
激しくしゃくりあげながら、ヤマメはミカサを殴打し続けた。既にぼろぼろなミカサになんとも無体な仕打ちだが、どんな関係があるのかミカサは黙ってされるがままになっていた。勇儀の目にさえ間違いようもなく、後悔した顔で。
ひとしきり殴り終えると、ヤマメは今度はミカサに抱きつき、大声をあげて泣き出した。
「一瞬で蚊帳の外に追いやられた気がする」
「……あの、勇儀……」
「いいからそうされてろ」
「恩に着る……」
少し離れた場所で、勇儀はため息をついた。
「さよならなんて、言うなよ……」
泣き声の中、途切れ途切れにそんな言葉が聞こえた。
しばらくしてヤマメは泣き止むと、もう一発ミカサに平手打ちをしてから勇儀に向き直った。不退転、と背後に書き文字が見えるようだ。
「あなた、ミカサを追ってるカンケンの者ですよね」
「カンケン? ――官憲、か? ならそうだが」
やけに古びた表現を使うものだ。流行っているのだろうか。
「ミカサを殺さないでください」
「ああ? あのなぁ……」
「み、ミカサは、生まれたところに帰りたい、だ、だけなんです」
ヤマメの声が震えだした。向き合っているのが鬼であることをようやく思い出したらしい。あるいは火事場根性の種切れか。
「そ、そんなのって、みんな一緒ですよね。みみ、みんな、地上に帰りたいから、さとりさんを支持してるんだ。じゃあ、ミカサだけダメってことないですよね!」
「子供の考え方だな」
「子供にわかることが、なんであなたたちはわからないんですか!?」
「そいつはテロリストの久我ミカサだぞ」
「嘘だ!」
「そう思うなら、そいつ自身に聞いてみろ」
ぐっと息を呑んだのは、意外と言うべきか、ヤマメだった。おとなの立場で話そうとしてはいるが、そのやり方がわからないから子供じみた言い分になる。それでも、大体のところはわかってしまっているのだろう。勇儀は初めてヤマメを聡い少女だ、と思った。
ヤマメはなおも擁護の文句を必死に考えていた。震えながらも山の四天王、力の勇儀と真っ向から視線を合わせ、射殺さんばかりの目でにらみつけている。
「ヤマメ」
「ミカサは黙ってて!」
「もういいんだ」
「いやだ!」
ミカサがヤマメの肩を叩くと、再びヤマメの涙腺が決壊した。ぼろぼろと大粒の涙がこぼれ、そのやわらかな頬に跡を残す。
「わたしのことは、もういいんだ、ヤマメ――ありがとう。だが、わたしは地上で……許されないことをしたんだ。だから、牢に入れられていた。捕まったとして、そこに戻るだけなんだ」
「だって、ミカサ、もう死んじゃうんでしょ!? そう書いてた!」
睨み合いを放棄して、ヤマメはミカサの肩を掴んだ。それは初めて聞いたが、驚くには値しないことだ。戦っている間も具合が悪そうだったし、元々が老齢だったミカサが千年も閉じ込められていたというのだから、むしろ無理からぬ話ではある。
それにしても子供に睨まれるというのは、思ったよりも生きた心地がしないものだ。
「誰もが死ぬんだ。わたしだけ免れるわけにはいかないよ」
「死ぬ場所くら……い……え、選んだって、自分で選んだっていいじゃない……ふうッ……うわあああああん」
また、泣き出してしまった。ステージで見せる、一種凛々しい姿とはまるで違う。
ただの少女、黒谷ヤマメの姿。
こんな子供に思想もなにもない。偏りがあるなら式典に参加させるべきでないとさとりに忠告するつもりだったが……ヤマメはただ友達とやらを助けたい一心で、この大騒ぎをしているだけだ。勇儀はお手上げとばかりに手のひらを天に向けた。
「あー、ヤマメ? って呼んでいいかな。ヤマメ、おまえがあまりに食ってかかってくるから反射的に言い返してしまったことを、まずは詫びよう」
「…………?」
ぐすぐすとしゃくりあげながら、ヤマメが大きな目をこちらに向けた。涙と泥に汚れてひどい様相だが、その上でさすがというべき美少女ぶりである。
「次にミカサ。あんたは釈放だよ」
ミカサもぎょっとして目を剥いた。困惑しきって、眉をひそめた。
「それは、願ってもないことだが……何故?」
「これだよ、これ」
勇儀は右手を掲げて見せた。左と違って折れていない無事な方の腕だが、その手首には手錠がかかっていた。もう片方の輪が――きっちりと閉じられたまま、宙ぶらりんになって揺れている。
ミカサが己の腕を慌てて持ち上げた。そこには、なにもなかった。
「これは、どうして……!?」
「さっきヤマメに殴られたとき、すり抜けていたんだ。じゃなきゃ、わたしだけ吹っ飛ばないだろ。わたしは専門家じゃないから確証はないが」
専門家、とは燐のことだ。彼女が言っていたことが、ようやくわかった。
「おまえはたぶん、幽体化している」
「つまり?」
「なんでわからないんだ。もう死んで、幽霊になってるってことだ」
「ええっ!?」
ひとつ、燐に『好きそうな匂いがする』と言われたこと。あの猫は確実に優秀な秘書で優秀な戦士だが、困った奇癖を持っている。それは死体収集だ。ある程度鑑賞した後、ちゃんと燃やしているようだが、そうしたレジャーが高じて死霊術に精通したところがあると自分で言っていた。つまり、勇儀から死体とか死霊の匂いがしたのだろう。
ふたつ、勇儀の打撃に対してあまりにもミカサの反応が薄いこと。妖怪の体くらいなら爆散させられるほどの勇儀の一撃を受けて『痛い』で済むわけがない。こちらの手応えも水を打つような感覚で、そういう防御術かなにかかと思ってしまった。
そして、ヤマメのマンションに張り込む直前、ミカサの石棺から謎の白骨が見つかったこと。それがまさに、ミカサの死体なのだと思われた。何故今頃になって発見されたかはわからないが。
「この手錠がすりぬけたことが、一応の証拠か。たぶん、牢屋からもそうやって抜けてきたんだろうよ。無意識とか、そういうので」
「そんないい加減な……いや、それより、それで釈放とはどういう?」
「死んだ奴を裁く法律はない、てことかな。元から悪霊ってやつが犯罪をしたら話は別だが、あんたの死刑はこれで完了したってことになっちまうよな。死んだんだから。千年前に、人間社会を参考にしたが故の、法の不備……というわけさな」
ミカサはぽかんと間抜けに大口を開けていた。
ヤマメは、話についてこれなかったらしい。うろんげな眼差しで『で?』と冷たく言った。嫌われている。くそ。
「つまり、お咎めなしだよ。どこでも好きなところに行きな」
ヤマメはまだしばらく疑問符を頭の上に浮かべていたが、やがて歓声をあげた。まだ呆然としているミカサに抱きついて、また泣き出した。涙の枯れない子供である。
さて、これで仕事は完了した。報告は疲れたから明日に回すとして、家にでも帰るとしよう。本当はまだまだ勤務時間だから、帰るのは詰め所でなければならないのだが、もう知ったことではない。
「ま、待ってくれ!」
「なんだよ……」
ミカサがヤマメを引きずりながら、呼び止めてきた。
「それは君の勝手な判断で……この地底の司法が実際どうするかは――」
「知らんよ。さっきは逃げようとしたくせに今度は死にたがりか。どうせいつ消滅するかわからんような悪霊を、わざわざ殺すのは手間だろう」
「鬼が不正に目をつぶるのか?」
「だから死にたがりか。たしかにわたしらは嘘つきは嫌いだよ。けど、あんたは千年もの間を石棺の中で過ごした末に死んで、罪を十分つぐなったと思う。それに」
いい加減ため息にも疲れてくる。勇儀はヤマメを見やった。再び繰り返される議論に、また心配そうな色を浮かべていた。いつ騒ぎ出すともわからない爆発物のようなこの子供に、また泣かれるのはもう嫌だった。
だから勇儀は、なるべく素直に今の心情を伝えた。
「それにな。ここであんたを殺すほうが、よっぽど自分に嘘つきだ。そんな気分なんだ」
今度こそ、反論を許さずにふたりの前から去っていく。
その背中に。
「あ、あの!」
少女の声がかかった。
「ありがとう――ございますっ!」
勇儀は振り向かぬまま、片手を上げて応えた。
残していったふたりから、確実に見えない距離まで離れてから、勇儀はため息――今日はこれを最後に絶対ため息をつかないぞ、絶対に――をついた。
不安の種がないわけではない。
ミカサが地上へ行って、もし暴れだしたら地底はとんでもないバッシングを受けるかもしれない。ミカサは地底で死刑を受けたことになっているのだから。
しかし実際のところ、あそこまで痛めつけられた妖怪が力を取り戻すことはまれだ。ミカサは二度とは戦えまいし、戦う気も起きないだろう。こと戦闘においては、心折れたはずである。そのために勇儀は必要以上に『星熊童子』を演じてみせた。
それに、ヤマメは明後日の式典に参加することになっている。友達を殺されてへそを曲げられては、式典の進行が滞ることになってしまう。代わりのアイドルを探す時間もない。
法律の上でも、一応の筋は通っている。
よって、さとりの任務との兼ね合いはとれている。
とれていると、いいのだが。
(クビになったらどうしよう……)
義理と情けの板挟み。任務と感情。
ときに境界を曖昧にするそれらふたつの狭間で、勇儀は今日も生きている。
エピローグ
「どうしたんすか、しょぼくれた顔して」
「減俸くらった」
「うげぇ……どれくらいですか?」
「めちゃくちゃ長い間」
「そっすか……その吊ってる腕は?」
「……転んで折れた。お前こそなんだ。その白濁まみれみたいな格好は」
「あ、これは! 昨日妙な土蜘蛛にやられまして、ですね! 今ようやくひいこら言いながら帰ってきたとこなんですよ!」
「……ああ、そう。ふうん。あー駄目だ。このライターはもう捨てよう」
「あ、火、おつけしますよ! つーか折れた腕でなにやってんですか!」
ある日の地底警衛兵詰め所での一幕である。
黒谷ヤマメはひとりの部屋で目を覚ます。ぐっと伸びをして調子を確かめると、少し足の筋が突っ張る感じがする。昨日の定例ライブで、ダンスを失敗しかけたのだ。なんとかリカバリーできていたのに敏感なファンたちはそれを察して、我先にと『ヤマメちゃんがんばってー!』などと呼びかけてくるのだから侮れない。それは、自分がアイドルとしてまだまだということなのかもしれなかった。
今日はもちろんお休みの日だが、自主練に励んでもいいかもしれない。足のことも、先生に調子を見てもらったほうがいい。いや、一番いいのはさっさと病院に行くことなのだろうけど。
寝間着から着替えていると、伏せられたスタンドが目に入った。一年前の地底地上間交流正常化式典のとき、地上でこっそり撮ってもらったものだ。しばらくは事あるごとに眺めていたが、埃がたまることに気づいたので見ないときは伏せるようにしていたら、いつの間にか伏せっぱなしになってしまっていた。
「休みなんだし、出がけに顔でも見といてやるかな」
そんなことを聞えよがしにつぶやいてみることもある。返答はない。それに腹を立てることさえあった。が、ヤマメの方も朝食を食べたり顔を洗ったりしている間にそんなことはきれいさっぱり忘れて外出してしまうのだから、どっちもどっちという気がする。
ただ、毎朝必ず忘れない習慣もできた。
それはポストを覗くことだ。ふんふんと軽く鼻歌を歌いながら、階段を駆け下りていく。
余談だが、ヤマメはあれからまた新しいサングラスを購入していた。あがり症は克服しつつあるにせよ、やはり無用な騒ぎを避けるために必要になってしまうのだ。ただ、色は前に使っていたもの(さらに余談だが、これはあとで探して供養してやった)よりずっと薄い。それで大丈夫な程度には、成長したのだ。
もう、必要以上につまずく心配をすることもない。
「うお! 届いてたっ!」
エントランスでうっかりはしゃいだ声をあげてしまい、周囲をそっと見回す。誰もいない、と思いきや、このマンションを管理している大家が通りがかっていた。ほうきとちりとりを抱えたその老妖怪は、年経て柔らかくなった顔つきで笑顔を浮かべた。
「なにか嬉しいことでも?」
「え、ええ、それはもう。ちょっと手紙が」
「あら、いいわね。わたしもたまには書いてみようかねぇ。フフ、地上に友達がいてね。とっても昔の。まだ生きてるかしらね」
「……微妙に笑えませんけど、いい考えだと思いますよ。あの、それでは失礼します」
ぺこりと頭を下げて、ヤマメは駆け出した。
朝の人工太陽は明度が強めに設定されているおかげで、通りは今日も晴れやかだ。一度は鎮まった心が、また浮き浮きと歌いだす。ダンスの練習はできなくとも、歌の方だけでもレッスンしてもらいたいな、と思った。
ヤマメは近場で新たに開拓した、お気に入りの喫茶店に入って注文を済ませると、さっそく手紙の封を切った。
「おお、写真入ってる! わー変わってないなー。誰に撮ってもらってるんだろ、これ」
なにか雄大な山をバックに、旅装に身を包んだ土蜘蛛――ミカサが斜めにピースサインを向けている。相変わらず格好つけしいなやつで、キメ顔で写っていた。部屋の写真立てを伏せた理由のひとつに、キメ顔がうざかったからという理由があったのを思い出してしまった。
ミカサは今、古い自分の名を隠して旅をしている。地上で己のよすがを見つけるための、あてのない旅だ。けれどそれは、いつ帰ってきてもいい気楽なものでもあった。
だから、さようならの別れじゃない。
いってらっしゃい――また会おうね。
そう言って、送り出してやった。
「カメラは河童からもらいました……か。河童って土蜘蛛と仲悪いんじゃなかったっけか。まあ、いがみあってたのは、もう古い話なのかもね」
なんにしても、元気そうだ。幽霊になったことを自覚したミカサはそれによって縦穴の検問所をあっさりと突破したが、その自覚ゆえに消滅する危険性も大きくなっているはず、と勇儀が言っていた。ひとまずは安心していいのだろう――輪郭もぼやけていないようだし、半透明になったりもしていなかった。
あの騒動以来、勇儀には度々相談に乗ってもらっている。何故かそのことで上司の当たりが強くなったらしい。嫉妬されているとかなんとか言っていたが、よくわからない。まあ立場とかなにかそういうものがあるのだろう。おとなの世界に一定の理解を示してやるのも、子供の役割である。
でも、会いにこればいいのに、と思う。
たとえ地上の誰かにだって、会いたければ会いに行けるのだ。地底と地上は、ようやくそんな世界になれたのだから。その壁を取り去ることができた今、同じ地底同士なら障害はないも同然のはずだ。
それはきっと、ほんの少しの決心の問題だ。
穴の空いた靴下を捨てるとか。
嫌いな野菜を口に放り込むときとか。
あとは、薄い色のサングラスを選ぶといったような――
そんな程度の。
読了感謝します。
前作より間が空いてしまいましたが、今回も同じシリーズの作品となります(本作も単体で読んで問題ないかと思います)。
今回からシリーズ名を『はたらく地霊殿』とさせていただきました。
感想をいただいた中にあった『お役所地霊殿』もこのシリーズによく似合っていると思ったのですが、地霊殿勤務ではないヤマメを主人公に据えるにあたって、泣く泣く取り下げることにしてしまいました。申し訳ありません。
本シリーズでは原作よりも少し堅苦しい地底+幻想郷で、うまくいっていない妖怪たちの悲喜交々を描いていくことに重きを置いています。
今後も続くかどうかはまだわかりませんが、もし新作を見かけた場合は是非またご一読ください。
ご意見ご感想をお待ちしています。
エムアンドエム(M&M)前作より間が空いてしまいましたが、今回も同じシリーズの作品となります(本作も単体で読んで問題ないかと思います)。
今回からシリーズ名を『はたらく地霊殿』とさせていただきました。
感想をいただいた中にあった『お役所地霊殿』もこのシリーズによく似合っていると思ったのですが、地霊殿勤務ではないヤマメを主人公に据えるにあたって、泣く泣く取り下げることにしてしまいました。申し訳ありません。
本シリーズでは原作よりも少し堅苦しい地底+幻想郷で、うまくいっていない妖怪たちの悲喜交々を描いていくことに重きを置いています。
今後も続くかどうかはまだわかりませんが、もし新作を見かけた場合は是非またご一読ください。
ご意見ご感想をお待ちしています。
自分は無法こそが地底の法だ!みたいな感じだと思ってましたが、あぶれならあぶれなりに法が要るんですね
そんな事より部屋とかお風呂で一人踊ったり歌ったりするさとりん可愛いです
ただやはりキーになっているので、オリキャラタグをつけないのでしょうか?
独特な世界観、伏線の回収、細かいキャラづけなどお手本とも言えるレベルでまとまっていて
長さを全く気にせず読み切れました
面白かったです
>軽くとぼけてみると、ヤマメは無言になって部屋を出ていった。
全体的にシリアスでかっこいい感じでしたがここだけ吹きました
ちょっと過去作読んでくる
エムアンドエム様の作品は前作からの拝読ですが、同じ世界観の物だったのか…
ちょっとイメージの違う地底世界のキャラたちが生き生きしていて良いですね。
アイドルヤマメちゃんやその大ファンであるさとりんカワユスw
パルスィが出てこなかったのがちょっと残念ですが…
オリキャラであるはずのミカサもしっかり世界観にとけ込んでいてとても良かったです。
結末もほろりとさせられてグッド。エンディングまで泣くんじゃない、ですね!
これからも作品期待してます!!
出てくるキャラがことごとく魅力的。
面白かったです。
話も広がりすぎず小さすぎずで畳んであってちょうどいい。
堅苦しい世界なので、こんな感じになっています。
気に入っていただけたようでなによりです。
>2さん
ご指摘ありがとうございます。
現在編集キーを失念してしまい、管理人様に問い合わせ中ですので、なんとかなり次第修正させていただきます。
オリキャラはいつもいるのですが、確かにいつもと扱いが違うのを失念していました。
>3さん
過分にお褒めいただいて、嬉しい限りです。ありがとうございます。
>4さん
これだけの分量をそう言っていただけると嬉しいです。
>5さん
ありがとうございます。『地の文でさらっと流される』というのが自分的なツボです。
>8さん
『はたらく地霊殿』と言うからにはヤマメにも働いてもらわなければならなかったのでアイドルになってもらいましたが、
若干他のキャラたちと距離が空いてしまっていたのが今回うまく作用したと思います。
過去作も楽しんでいただければ幸いです。
>9さん
物語をザッピングさせるのはやってみたいと思っていました。ありがとうございます。
>11さん
とても楽しんでいただけたようで、こちらも感無量です。
ミカサの生死は頭を悩ませましたが、東方ならではのグレーゾーンに収まったと思います。
パルスィは…シリーズ設定的に地上送りになっているので、出てくるのが難しい状態になっています。
近いうちに、こいしの出番ともどもなんとかしたいとは思っています。
>13さん
今作でもアイドルアイドルした場面はあまり出せませんでしたが、
晴れやかな舞台の裏側で必死にがんばってるのもアイドルですよね。
>16さん
ありがとうございます。地底キャラ大好きです。
>17さん
今のところ、もう少しこのシリーズを引っ張りたいと思っています。応援よろしくお願いします。
>20さん
いい塩梅だったようで一安心です。
>匿名評価の皆さん
たくさんの評価ありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。
すごい読みごたえある、お話でした。
ヤマメちゃんかわいいね
ミカサの記憶が戻ったらどうなってしまうのか、
ミカサが無事に地上にたどり着けるのか、
刑務所にあった骨は誰のものか、
といった謎にわくわくしながら読ませてもらいました。
謙虚でもの知らずだけど、実はすごいミカサのキャラクターも気に入りました。
あぁん!良いSS読めて幸せだ!
今回も面白かったです。
次回作も期待してます
誤字を見つけたので一応、ご報告を・・・
時の実験を握っていた→時の実権を握っていた
チェックしてたつもりだけど
なぜかこの話未読だったみたい