白沢(はくたく)もすなる日記といふものを、御阿礼の子もしてみむとてするなり。
などと古臭い書き出しを試してみたが、私こと稗田阿求はまだ若いのでやめておくことにする。
そもそも、今こうして紙の上に滑らせている小筆は、日記をつけるために手に取ったわけではなかった。
里の歴史を書き記そうとしているのでも、ただ今執筆中である求問口授の挿絵を描こうとしているのでもない。
そういった御阿礼の子としての仕事ではなく、強いて言うなら余興ということになるだろうか。
訳を記そう。今思えば一昨年、里に来ていた天狗とした世間話が、此度の執筆の発端であった。
私は生まれつき体が弱い。そのため、頻繁に里の外を歩き回ったりすることができない。
だから妖怪に関する情報の多くは、日々の新聞や里を訪れる妖怪などから仕入れているのだが、その時天狗と話していたのも、そういったものを得るためであった。
もちろん、私がもらうばかりでは不公平なので、近所で起こった出来事、つまり人里の情報をいくつか、その天狗に伝えることもした。
しかし、いずれも事件に目の肥えた新聞記者には物足りなかったのであろう。
私が作り笑顔で懸命に話す間、向こうはあくびをこらえているのがわかった。今思い出してもかなり腹が立つ。
ところが、私の話に妖怪が絡んだ途端、相手は瞳を一回り大きくして前かがみになり「もっと他にないか」とせがんできたのだ。ずいぶんはっきりとした変わり様であったため、少々驚いた。
しかしその後も他の妖怪と話す機会があった際、よく似た反応をもらったことにより、私の中にある確信が芽生えることとなったのである。
妖怪は口で言うほど、人との接し方を知らないのではないだろうか。
お気づきの方もいるかもしれないが、最近里に訪れる妖怪の数が一時期に比べて安定してきた。
それは、『人を襲う』というわかりやすい選択肢がないために、里でどのように振舞っていいのかよくわからず、人間に対して遠慮してしまう、あるいは人間を敬遠してしまう者が多いためであると考えられる。
別の言い方をするなら、妖怪が人間を畏れる時代が到来したということもできるだろう。
日頃から妖怪と会話する私の印象であり、人を食い物にする魑魅魍魎のイメージと違って、なかなか可愛いところだとも思っている。
勿論その一方で、この里に住む人間が皆、妖怪と接することに慣れているというわけでもない。
できれば自警団に全て任せて自分は関わりたくないと考えている者も多いはずだ。
やはり人間は本能的に妖怪を恐がるのが普通であり、その心の根っこは百年前も今も、もしかすると百年後も変わりはしないのかもしれない。
では、この里において人間と妖怪の結びつきは弱くなる一方なのかと問われれば、少なくとも私は自信を持って首を横に振ることができる。
ようやく本題となるが、私がこれから書き記そうとしているのは、そのことを証明し得る、人里の中で起こった二つの種族間の出来事なのである。
可笑しくもあり、学ぶべきことも多いそうした話を世に広めることで、人里を訪れる妖怪と住人の交流の助けに繋がるのではないか、ということを思ったのだ。
何ぶん、私も全てをこの目で確かめたわけではないため、話にする上で足りない部分は想像で補っている。
したがって事実と詳細が異なる部分があるかもしれぬものの、実話を元にした小噺ということで、どうかご容赦願いたい。
決して目下の仕事が煮詰まっていて、別の何かに逃避したかったわけではない。念のため。
では始めに、とある天ぷら屋のことを記そうと思う。
なぜこの話を選んだのかと言えば――ひどいことに私は今晩、その天ぷらを『食べられない』からである。
私だけではなく、月に一度、この里にいる者の多くがその店の極上天ぷらを食すことができずに、なんとなく物狂おしい思いをする日があるのだ。
そんな奇妙な日が生まれたのは、昨年の夏に起こった、ある事件がきっかけであった。
これからその事件について、筆をもって語らせていただく。
さしあたって、題名は……
~頑固おやじと悪戯蟲~
~天ぷら源さんの妖怪退治~
~テンプラウォーズ―蟲帝国の逆襲~
~オヤジと天ぷら、時々むし~
うん、こんな感じで。
さて、ことの始まりは里の中心街にある、明神横丁のとある民家の軒下に、大きな蜂の巣が現れたことにある。
現れたといっても、夜が明けて家人が目を覚ましてみれば、干した野菜のかわりにそれがぶら下がっていたわけではない。
件の場所は元々人通りが少ない塀の間であり、ちょうど通りからは見えにくい所だったうえに、最後にその辺りが掃除されたのは二月以上前のことだったそうな。
ともかく、寺子屋帰りのわんぱくな童達が刺された、いや逃げる途中でぬかるみで転んだ、お魚咥えて裸足で駆けてった。
そんな無節操な噂が広まった頃には、誰もその通りに近づけぬほど、黄色くて素早い礫が飛び交うようになっていた。
無論、近所に住む者達は、たまったものではない。
通りは広くはないが、商店やちょっとした小料理屋が並ぶ人気の道である。このまま放っておけば、秋の終わりまで客足が途絶えてしまう。
とはいえ、蜂とくればへたな妖怪よりもタチが悪く、うっかり近づいて刺されようものならば、ポックリあの世行きということもあろう。
それにその巣は、手鞠サイズの可愛いものではなく、猪の胴ほどもある立派な巣であり、飛び回る蜂の数は快晴の空がまだら色に映るほどだったのである。
誰かが退治せにゃ。お前がやれ。何、そう言うお前はどうなんだ。
なんだい、だらしのない男達だね。いつもは威張ってるくせに、こういうときに役に立たないんじゃ。
バカぬかせ。ありゃあきっと大層悪い毒を持つやつだぜ。誰だって命が惜しいわい。
とまぁ付近の住人がなんとかしようと往来に集まってみても、遠巻きに巣を眺めるだけで、完全に烏合の衆であった。
ようやく話が進みだしたのは、里の守護者である上白沢女史が来てからだった。
「ふむ。キイロスズメバチ、だな」
顎に手をあて、いかにもといった顔で呟く彼女に、里人は「ほぅ」「さすがは」と感心したそうな。
「慧音様。あれをいかがいたしましょう」
「無理に巣を壊そうとすれば面倒なことになるかもしれん。それに一寸の虫にも五分の魂という。私につてがあるので、助力を求めてみよう。彼女ならば傷つけることなくあれを取り除き、里の外に新しい巣の場所を見つけてくれるはず」
「もしや、その御仁は妖怪でしょうか」
「うむ」
と、上白沢慧音が頷いた直後である。
「何ぃ!? 冗談じゃねぇぞ!!」
という、蛮声が往来に響き渡った。
「この横丁に妖怪なんざ一匹も入れさせるもんか!! それが里の決まりだろうが!!」
その場にいた面々が、一様にうるさそうな顔となる。事実、そのだみ声は大層うるさかった。
人垣を分けて前に現れたのは、ねじりはち巻をした中年の丈夫である。
背はさほど高くないが、がっしりとした体つきであり、半袖からは日焼けした太い腕が見えている。
角刈りの頭には白いものが混じっているが、無精ひげは黒々としており、老いた気配など微塵もにおわせない。
何よりその眼光がただならぬ。鼻筋を両側から刺すような、直角三角形の眼つきは、凄味を感じさせるほどである。
加えて、ねぐらに爆竹を放り込まれたような、激しい怒りっぷり。
この界隈では知らぬ者はいない名物親父、源さんこと武者小路源蔵(46)である。
上白沢慧音は、釡の底にこびりついたおこげを見るように眉根を寄せて言った。
「源蔵、こらえてくれんか」
「いいや許さねぇ! 慧音様がなんと言おうとお断りでぃ!」
「別にこの横丁に住まわせたり、お前の店に連れて行くという話ではないのだぞ。おそらく作業は半日もかかるまい」
「てやんでぃ! 寺子屋じゃ、慧音様は三分だろうが居眠りを許さなかったじゃねぇか!」
慧音女史は嘆息する。
里の守護者である彼女を相手にして、このような物言いができる人間はあまりいない。
ただの礼儀知らずで粗暴な無頼漢であれば、慧音とて黙ってはおらず、公衆の面前で厳しく叱りつけることだろう。
しかしこの武者小路源蔵、この通りで天ぷら屋の『武蔵屋』を営んでいるのだが、一本気で曲がったところがなく、義にも厚く、腕もよいと評判である。
一方で妖怪を蛇蝎のごとく嫌っているというのも有名であった。
もっともこの場合は、源蔵の言い分にも一理ある。
人間の里には妖怪の立ち入りを禁じている区域がいくつかあるが、この明神横丁もその一つなのである。
「うちの前の通りは、代々妖怪を受け入れてねぇことが自慢なんだ。もうすぐお盆だぜ。俺っちが約束を破っちまったら、ご先祖様が枕元に総出で立っちまう」
「そうなの源さん? 源さんのおじいちゃんも守ってたの?」
「あたぼうよ。爺様の爺様からでぃ」
「じゃあ爺様の爺様の爺様は?」
「あはははは! おかしい! ジージージー様!」
人垣の中の童二人はそう笑ったが、ぎょろりと怖い眼で睨まれ、慌てて親の後ろに隠れた。
とにかく源蔵は頑として引く様子がない。幻想郷は頑固オヤジも受け入れるのだ。残酷なり。
妖怪と人間の間に立ち、里の治安の責任を預かる賢者は言った。
「しかし妖怪の手を借りんとなると、これは里の者で駆除を考えねばならぬ。さしあたっては自警団が対処することになるのであろうが……」
「そいつには及ばねぇ。俺っちが何とかしてやる」
胸を叩く頑固親父に、それまで面倒くさそうな顔をしていた里人達は、ちょっと見直したようであった。
少なくとも、この場に集まっていた口だけは回る弱腰な面々よりも、よほど男らしい。
だが、上白沢慧音は難色を示した。
「正直嫌な予感しかしないが……任せて大丈夫なのか?」
「はん。蜂とはガキの頃に散々付き合ったことがありまさぁ」
源蔵は五間離れた場所にある、件の蜂の巣を睨んで言う。
よくできたとっくりのような形をしているが、大きさが大きさだけに、遠目にもかなりの迫力があった。
こちらの不穏な空気を察したのか、先程よりも蜂の羽音が幾分騒々しくなったようである。ますます近づけそうにない。
源蔵は三角の目をきりりと細めて、何やら思案していたが、
「ちょいと準備してくらぁ」
と言い残して、すぐ側にある自分の店の中に入っていった。
里人達は当に野次馬となっており、頑固オヤジが一体何をしだすのか、成り行きを見定めようとしていた。
源蔵はすぐに店から戻ってきた。
何やら藁の束のようなものをたくさん抱えている。
ざわめく観衆をよそに、源蔵は指を湿らせて風向きを確かめた後、一度うなずいて、その藁に火をつけ始めた。
間もなく煙がもうもうと起こり始める。
「源蔵。何をしている」
「煙で奴らを燻すんでさぁ」
「確かに蜂は煙が苦手と聞くが、あまり刺激をしてしまえば……」
と慧音が言い終わらないうちに、事態は急変した。
なんと、異常に気付いた小さな衛兵達が、激しい羽音と共に、こちらに向かって飛んできたのである。
里人達は「うわぁ」「ひゃー」と悲鳴をあげて、通りを走り出した。
玄関前でたむろしていた野良猫が、水を撒かれて逃げていくようであった。
なんとか踏みとどまっていた慧音も、上ずった声で警告する。
「源蔵! 引け! 危険だぞ!」
「そいつぁ御免でぃ!」
気丈に叫び返す源蔵は、なんと前進しながら、火のついた藁をバサバサと振り回していた。
数百匹、ひょっとすると数千匹はいる凶悪な群れに八方を脅かされながらも、オヤジは勇ましく立ち向かい、地面へと蜂を叩き落としていく。
煙が効くのが先か、源蔵が刺されて死ぬのが先か……というところであったが。
「源さん頑張れ! 死ぬんじゃねぇぞ!」
「叩っ殺しちまえ! 今だ! そこだ!」
そんな声援が飛ぶうちに、形勢は次第に源蔵の方に傾いてきた。
先の煙の仕掛けが効いてきたのだ。蜂達は火事か何かと勘違いしたらしく、熊の親戚のような迷惑オヤジに構うよりも、巣から別の場所へ避難することを優先し始めたようであった。
その隙を見逃す源蔵ではない。
「ほいきた、これでおしめぇだ!」
頑固オヤジは十分に間合いを詰めて、握りこぶし大の石を拾い、えいや、と投げつける。
巣は鈍い音を立てて形を歪ませ、振り子のように揺れてから、ぼとんと下に落ちた。
どれだけ危険な砦であろうと、所詮は昆虫の巣である。地面に落ちてしまえば、料理するのは容易い。
源蔵は抱えていた藁の束を落ちた巣に叩きつけ、下駄で上から念入りに押さえ込んだ。
濛々とたちこめる煙の中で蜂達は散り散りとなり、次第に勢いを失っていった。
間もなく自警団員が駆けつけ、巣の残骸にずだ袋をかぶせた頃には、もう辺りに羽音が聞こえなくなっていた。
結局、十分と少々の時間で、源蔵は怪我一つせず見事にスズメバチを片づけてしまったということである。
「どんなもんでぃ! この横丁を虫だの妖怪だのに好き勝手されてたまるかってんだ!」
往来の真ん中で歌舞伎よろしく大見得を切った頑固オヤジに、里人達から、やんややんやと喝采が送られたのは言うまでもない。
ただ、洗濯物を燻製にされてしまったご近所さんからは、多少の文句があったそうな。
◆◇◆
その後、煙で燻され、ずだ袋にくるまれた蜂の巣は、自警団の手によってきちんと里の外に遺棄された。
明神横丁には平和が戻り、この一件は『源さんの蜂退治』ということで、しばし世間の口に上ることとなった。
めでたしめでたし……。
というだけの話であるならば、わざわざこうして私が紙に綴るまでもない。
源蔵が蜂を退治したその晩に、奇妙なことが起こったのである。
◆◇◆
六畳一間。部屋の真ん中に如かれた布団の横で、源蔵は寝間着に着替えていた。
掛け軸も床の間も花もない。押入れを除けば秘密らしい秘密もなさそうな殺風景な和室。
それが武者小路源蔵の寝床である。男やもめの一人暮らし。飾りっけなどありはしない。
少し酒が入っていて、源蔵はいい気分だった。今日の武蔵屋は、いつもよりもだいぶ賑わったのだ。
近所の馴染みの客から、遠方の御無沙汰していた客までやってきて、店内の席は全て埋まり、新しく椅子を用意しなければいけなかった。
理由は他でもなく、昼間の蜂退治の噂が午後の間に広まったことにある。皆は本日のオヤジの武勇譚を語りながら、天ぷらに舌鼓をうっていた。
お客が多ければ、源蔵に休む暇などない。いつも以上に忙しく、気の抜けない一日であった。
とはいえ、悪い気はしない。自分が明神横丁の平和を守ったことに、寝る前の今になって自然と笑みが浮かんできた。
「これでご先祖様にも顔向けできらぁ……妖怪の世話になんざ、死んでもなるかってんだ」
独り言を述べてから、源蔵はぴしゃりと額を叩き、
「いけねぇな。独り身が長ぇと、ついこぼしやがる」
枕元に置いたランプのコックをひねった。
闇一色に塗り替わった部屋の真ん中で、源蔵は麻の布団にくるまり、瞼を閉じる。
明日はどんなタネを仕入れてこようか、今日ほど忙しくはならないとは思うが……。
そんなとりとめのないことを考えているうちに、意識がぼんやりしてきて、源蔵はまどろみの中へと落ちていった。
ブーン
眠ってから何時間が経っただろう。
ふと、妙な音が部屋の中でして、源蔵は唸った。
布団にもぐった酔虎の眠りも覚ます不快な音である。
ブーン、ヴォン、ブン
――なんだ、蚊や耳鳴りにしちゃ、やけにうるせぇな。
ひょっとすると、外からカナブンが迷い込んだのかもしれない。
源蔵は仕方なく瞼を開き、ランプを灯した。
「ぬぁあああああああああああああああああ!!!?」
オヤジ絶叫。
染みの浮かんだ天井に酒樽ほどもある大きな蜂の巣がぶら下がっていたのである。
表面は渦巻き模様で彩られ、不気味な音を奏でながら振動している。
まさしく、昼間に彼が叩き落としたブツとそっくりであった。
「な、なんでぇこりゃあ!?」
という狼狽の声か、あるいは突然のランプの明かりに反応したらしく、蜂が次々と巣から出陣する。
「わぁっ」と源蔵は布団をかぶって、死にもの狂いで寝室から飛び出した。
襖を後ろ手に、しっかりと閉じ、
「はぁ……はぁ……えらいこっちゃ……」
廊下に座り込んで息を整える。
夢ではない。掌に冷たい床の感触がはっきりと伝わっているし、幻覚を見るほど飲んでもいない。
それに、頭から水をぶっかけられたように目が一気に覚め、全身が総毛だっていた。
大粒の汗を顔に浮かべて、源蔵は襖に耳を当てる。
ぶん、ぶん、という耳障りな羽音がやはり聞こえてくる。
襖の向こう側で暴れている、獰猛な生きた注射針の殺気まで感じ取ることができた。
とにかく、原因はわからないが、蜂の巣が寝室に出現した、ということだけははっきりしていた。
あんな場所で眠れるはずもない。そして、放置するわけにもいかぬ。
「やらいでかっ!」
源蔵は頬を叩いて気合を入れ、廊下を走った。
それから、ほっかむりをして藁の束とマッチ、それに麺棒を手に戻ってきた。
昼間と同じ要領で、蜂共を燻してくれよう。その後、この棒で無茶苦茶に叩いてやる。
源蔵は狼煙に火をつけるなり、中に踊り入って……
「あやややや?」
失礼。筆が先走った。
しかし、その時の源蔵が阿形像よろしく呆気に取られて口をポカンと広げていたのは、想像に難くない。
蜂の姿はどこにもなく、大きな巣の影も消えており、寝室は見慣れた六畳間に戻っていたのである。
◆◇◆
次の日の昼下がり、幻想郷は快晴であり、人里を横切る中央街道には活気が満ちていた。
この地で取れた食物が、河童の発明品が、あるいは外からやってきた様々な品が、主にここの市場で取引されている。
人界にとって良いものも悪いものも流れていくこの通りは、里の大動脈と表現できようか。
自由気ままに暮らせる妖怪と違って、この流れの恵みがなくては、里の者達は生きていけないのだ。
明神横丁の武蔵屋は、よいタネに困ったことがない。
といっても、決して店主の源蔵が魚屋や八百屋の主人を怒鳴りつけて、恐喝まがいの仕入れを行っているわけではない。向こうがぜひ源さんに腕をふるってもらいたいと頼んでくるのであり、源蔵はその心意気に全身全霊で応えているだけである。
武蔵屋の天ぷらの味は里の隅々まで知れ渡っていた。まずここの天ぷらを食べてみなければ、どの店が美味いだの不味いだのを語る資格はない、と言い切る食通までいるほどだった。
だが、この日の源蔵が中通りをぶらついていたのは、食材の仕入れのためではない。
沼の底をたゆたう鯰のような顔で道を歩いていると、自警団の詰め所の近くまで来た。
ちょうど昼休みから戻ってきたのか、顔なじみが威勢の良い声をかけてくる。
「よう源さん。今晩飲みにいってもいいかい?」
「ああ」
と源蔵は、齢の近い自警団の男に向かって、短く答えた。
向こうは少し怪訝な顔をして、
「なんだか顔色がよくねぇみたいだけど、大丈夫かい?」
「いや……」
適当に返事して歩き去りかけた源蔵は、立ち止まって、彼の方を見た。
「……なぁ、八つぁん。ちょいと聞きてぇんだが」
「なんだい改まって」
「祟りってあると思うか?」
「祟り?」
八つぁんは、きょとんと瞬きしてから、「がっはっは」と豪快に笑って肯定する。
「そりゃあ、あるともさ。寺子屋で昔、蛇に煙管を押し付けて遊んだら、背中に鱗のようなあざができたって悪ガキの話を聞かされたが、ありゃ本当にあったというぜ」
「そうかぁ」
思わず身震いしそうになった源蔵は、腕をさすって誤魔化した。
真夏の日差しが、今日はやけに弱く感じる。
「なんだい源さん。何かに憑かれたか」
「てやんでぇ。ただ俺っちも天ぷらに命をかけちゃいるけど、それ以上に命を奪ってやがるんだ。年に一度くれぇは、心と体を清めるべきかと思ってな」
「ははは、殊勝だなぁどうも。それなら俺が紹介してやるよ。お清めにお祓いとなると、さぁてどこがいいかな」
と腕組みして顎を撫でる八つぁん。
「博麗神社はあまりおすすめしねぇな。遠いし色々と源さんには……。命蓮寺もなかなかの評判だけど、やっぱり源さんには向かねぇな。その点、守矢神社は塩梅がいい。里に分社があるから、頼めばすぐに巫女さんが来てくれるぜ」
「なんでもいいさ。自分で言うのもなんだが信心深い方じゃねぇし、清めてくれるんならありがてぇこった」
「そんなら、守矢神社に頼むことにするか。分社の場所はわかるか? 行ったことないなら、今から若いのに案内させよう」
「すまねぇな」
源蔵は彼の心遣いに、素直に礼を述べた。
「そういや源さん。蜂に刺されたりしてないかい」
冷えたトンカチで殴られたかのように、源蔵は一瞬息を詰まらせる。
しっかりと二本足で立ってはいたが、軽い立ちくらみで視界は霞んでいた。
深呼吸して血の巡りを落ち着かせ、源蔵は油断なく訊ねる。
「そいつぁ、昨日の蜂退治の件でか?」
「と言っていいんだか……」
八つぁんはいったん口ごもり、首の後ろをぼりぼりと掻いてから、
「あの時源さん大活躍だったろう。自警団でもその話でちょいと盛り上がったんだが、どうもそれが蟲の妖怪の耳に入ったらしくてなぁ」
「蟲の妖怪だと?」
源蔵の眉が、毛虫がつつかれたように、ぴくりと角度を変えた。
揺れていた頭の芯も、真っ直ぐになった。
「んだ。慧音様はそもそも、その妖怪に蜂の巣の撤去を依頼しようとしていたらしいんだが。源さんの退治の話を聞いて、えらく憤慨してたらしい。あまりに乱暴なやり方だ、懲らしめなくては気が済まない、ってな。いや、俺達は源さんに感謝してるよ。蜂なんざ里のもんには迷惑でしかなかったわけだし」
「………………」
「何もなけりゃいいんだ。それに考えてみりゃ、里にいる限り妖怪に襲われはしないだろうから、心配することはない。あの横丁には平和が戻ったことだし、源さんも安心して、商売を続けな」
源蔵は黙って頷く。
が、両脇に垂らした腕の先は、固い握り拳を作っていた。
「おっと、それよりお清めだったな。今からでいいかい? おーい」
「いや、いい。今日はやめにした」
「あ、おい源さん」
うろたえる声を背に、源蔵はその場から歩き去った。
中通りを逆方向へと行く頑固オヤジに、すでに祟りへの怖れなどみじんもない。
沸々とした何かが、頭を押さえつけている蓋を持ち上げ、今にも外に飛び出そうとしていた。
妖怪は人間の里で人を襲うべからず。
それは幻想郷の決まり事であり、源蔵が生まれる前から続いているしきたりである。
だからどんな妖怪であっても、自分がこの里に住んでいる限り、こっちの生活をおびやかすということは考えられない。
しかし源蔵の立場としては、昨日の晩の怪現象は『襲われた』というほど大げさな話ではなく、むしろ単に『おどかされた』という方が近い。
そして人間の悪戯にしては手が込んでいる。あれだけ大きな蜂の巣を、一瞬にして寝室に仕掛け、そして一瞬にして隠し去ってしまったのだ。
ならばやはり相手は妖怪。蜂の親玉が仕返しに来たのだと考えると合点がいった。
ここにきて、自分の眠りを妨げたのが祟りではなく、虫けら妖怪だったと思うと、源蔵は恐怖よりも怒りの方が強くなったのである。
「べらんめぇ!! 妖怪ごときに兜を脱いでたまるかってんだ!!」
宙に向かって大声を張り上げる。
近くにいた人間が残らずギョッとしてこちらを向くが、気にしてなどいられなかった。
源蔵は明神横丁ではなく、近くにある適当な雑貨屋へと足を向けた。
妖怪は里で人間を襲えない。
だが、人間が里にいる妖怪を襲った例が、過去にないわけではなかった。
◆◇◆
その夜、亥の刻を過ぎたあたりのことである。
源蔵の寝室は昨晩と同じく殺風景な有様――ではなく、全くといっていいほど様変わりしていた。
布団の上には蚊帳がつるされ、その周りには大量に買い込んだ殺虫剤が結界よろしく並べられていたのである。
いずれも中通りの雑貨屋で購入したものだ。もし前回の様に蜂の巣が現れたのなら、これらで痛い目に遭わせてやろうという腹積もりである。
親玉の妖怪と鉢合わせした時のために、お札を巻いた棍棒も布団の中に忍ばせてあった。準備は万端だ。いつでも一戦交えられる。
「さぁ、来るなら来やがれってんだ」
ランプのコックをひねり、部屋の照明を落とす。
障子は閉め切ってあり、この時間の明神横丁は通る者も少ないために、自分の呼吸まで聞こえてきそうな静けさである。
源蔵は暗闇の中で目を開けたまま、神経をぴんと張りつめさせた状態で、敵の襲来を待った。
「……………………」
ところが、布団の中で息をひそめていても、一向に太い羽音の類は聞こえない。
前はすぐに蜂の巣が現れたのだが。それともあれはもしや、昨晩だけの仕返しだったのか。
「ふん、つまらねぇな」
恐るるに足らず、と源蔵は鼻で笑ってから、灯りをつけ直した。
就寝前に一度厠に行こうと、蚊帳の外に這い出て、廊下へと通じる襖を開ける。
「どわああああああああああああああああ!!」
二晩続けてオヤジ絶叫。
廊下に昨日遭遇したものと同様の大きさの蜂の巣が出現していたのだ。
それも一つではなく、廊下の端から端まで、行燈行列のごとくぶら下がっていたのである。
さすがの源蔵も血相を変えて、襖を閉めるのも忘れ、身を翻しつつ逃げ出す。
いや、逃げたのではない。布団の側まで舞い戻ったのだ。両手に殺虫剤の入った噴霧器を持ち、反撃に移ろうと、もう一度振り向く。
ブブブブブブブブブ、と数千匹の蜂が、視界を埋め尽くそうとしているところであった。
「ぬおっ!」
取るものも取りあえず、蚊帳の中に飛び込む源蔵。
騒々しい羽音が八方を取り囲む。網を突き破りかねない程の軍勢である。
源蔵は目を閉じて、左右に腕を伸ばし、
「うおおおおおおおお!!」
噴霧器の引き金を指で動かしながら、布団の上で回転を始めた。
中年オヤジによる白鳥の舞。いやいや、殺虫剤をまき散らす恐怖の人間独楽と喩えられようか。
四十年を越える人生の中で初めてのポーズ。追い詰められた心境が、自然とさせた動きであった。
やがて騒々しい羽音が小さくなって、源蔵は回転するのを止め、目を回して布団の上に倒れた。
大の字になった状態で、ぐらぐらと揺れる頭の中が落ち着いてから、恐る恐る瞼を開けてみたが、
「なぬっ!?」
源蔵は体を起こし、三角の目を吊り上げて、周囲を確認した。
なんとあれだけの数の蜂が、死骸一つ残さず消えていたのである。
バカな、と思い、慌てて源蔵は蚊帳の外へと這い出た。
畳の上に一匹くらい落ちていやしないかと、血眼になって痕跡を探してみるが、せいぜい自分の髪の毛が落ちているくらいであった。
そして源蔵をさらに驚かせたのは、廊下に一列に並んでいた蜂の巣もやはり、影も形もなくなっていたことである。
昨日に引き続き、まさしく妖術としか思えぬ、巧みな雲隠れだ。
やはり相手は人間ではない。化け物である。
だが……
「野郎、腰抜けが!!」
誰もいない廊下で、源蔵は怒鳴った。
「今日も脅かすだけか! こんなもん怖かねぇや! 男らしくかかってきやがれ、こんちきしょうめ!!」
特製の棍棒を振り回しながら、あちらこちらに向かってがなり立てる。
しかし相手はかなり慎重な性格をしているらしく、こちらの煽りに乗って姿を現す気配は全くなかった。
源蔵は念のため、灯りを片手に武蔵屋にある部屋をあらかた回ってみた。
気が立っているために、静かな探索というわけにはいかない。どら声で薄闇を脅しつけながら、何かが出てくれば、妖怪だろうと泥棒だろうと貧乏神だろうとぶっ叩いて成敗するつもりであった。
だが悔しいことに、ネズミ一匹出て来ない。
「けっ」
源蔵は棍棒を肩に担いで、一旦布団に戻ることにした。
おそらく妖怪は自分の剣幕に驚き、尻尾を巻いて逃げたのだろう。相手がいなければ喧嘩のしようがなかった。
とりあえず寝室に帰って、襖を開けて……。
「んなぁああああああああっ!?」
またもや源蔵は、腰を抜かすほど驚いた。
自分が寝ていた布団の上で、八尺はある巨大なカブトムシが、こちらに角を向けて待ち構えていたのである。
はっけよーい、のこった!
「どぉおおおおおおお!!」
カブトムシがのっそりと歩き出し、角で源蔵を押し始めた。
スピードはないが、馬力が半端ではない。
腕っぷしが自慢の源蔵も、全く歯が立たずに押され続け、ついには跳ね上げられる。
「うわぁ!」
空中を舞った源蔵は、しかし何とか体をひねり、布団の上で受身を取った。
背中に走る痛みをこらえて、急いで起き上がってみると、
「ぬぬっ!?」
またもや蟲は消えてしまっていた。蜂の巣を消してしまったのと同じ――いや、今回はそれ以上の業だ。
あれだけ大きなカブトムシが煙のように消えてしまうとは、何かのまやかしとしか思えない。
いや、まやかしに違いない。相手は妖怪なのだから。
「くそっ!」
源蔵は両の頬を叩いて、目を覚まそうとした。
動揺しては勝てる勝負も勝てない。相手はこちらを脅かすだけで、怪我をさせることすらできないのだ。
次こそは攻勢に出て、やっつけてやる。もう何が来ても驚きはしない覚悟を決めて、源蔵は布団の上にどっかと座った。
棍棒を膝の上に置いた状態で、油断なく気配を窺う。
五分ほど経ち、何かが視界の端を横切った気がした。
源蔵はすぐにハッとなり、腰を浮かせる。部屋の隅に親指ほどの褐色の何かがうずくまっているのが見える。
まさか……飲食店の大敵、黒い稲妻の異名を持つアレであろうか。
棍棒を振りかぶった状態で、すり足で近づいて確かめてみると――
――ただのセミであった。
「なーんだセミか」
源蔵は安心して布団の方へと戻り……
慌てて振り返った。
「セミだとぉ――!?」
次の瞬間、部屋の中に蝉時雨が吹き荒れた。
ミーン ミーン ミーン
ジジジジジジジジジジジジ
チー チー ジー
ツクツクツクッ ボーシ ツクツク ボーシ
ミンミンゼミにアブラゼミ。ニィニィゼミにツクツクボウシ。
ありとあらゆる蝉の声が四方八方から襲い掛かる。
まるでこの寝室の音声だけが、昼下がりの原生林に変わったかのようである。
源蔵は眩暈を覚えた。こんな状況で安眠できるはずもない。
「なめやがってぇえええええ!!」
殺虫剤を抱えて、蝉の声が聞こえてくる方へと、源蔵は家の中をひたすら駆け回った。
結局、蝉達の音波攻撃が終わったのは、隣家の雄鶏が鳴きだす時間になってからであった。
◆◇◆
さて、各々方のお察しの通り、この晩の騒ぎで源蔵の家の怪奇現象が止んだということはなかった。
次の日も、また次の日も、お天道様が沈んでから、妖怪はあの手この手で源蔵の安眠を妨害しにかかったのである。
その全てを詳細に記しても、きりがないのでやめておくことにする。
わざわざ読みたがる者もいないだろう。何、読みたい? 私が書きたくないのだ。蟲好きじゃないし。
とにかく、妖怪の嫌がらせは執拗だったが、源蔵はそれからも耐えた。
常人なら一晩で神経が参る攻撃に、七日も付き合ったのである。普通なら気が変になってもおかしくはない。
稗田の家がそんなことになったら引っ越すか、博麗の巫女に速やかに退治してもらおうと思うが。
あるいは早々に負けを認めて、妖怪にお引き取り願うだろう。
だが頑固な天ぷらオヤジは一言も「参った!」や「降参だ!」などと言わなかった。
「虫けらめ!」や「ごく潰しが!」などは言った。
するとなおさら、次の夜の安眠妨害が激しくなるのだから、終わりの見えない泥沼の闘いといってよかった。
源蔵とてやられっぱなしだったわけではない。
何しろ、やられればやられるほど、なにくそと燃える性格である。
とにかく蟲、そして妖怪の苦手な物についての情報を日中に仕入れ、夜に今度こそ捕まえてぶち殺してやろうと待ち構え、蟲が現れ次第追い回しているのであった。
彼の人生においては珍しいことに、天ぷらの新ダネを考えるよりも妖怪との対決に熱心だったのだから、これもまた蟲の祟り、あるいは、あやかしに憑かれたといえるのかもしれない。
そんな粘り強い頑固オヤジであっても、さすがに疲労の色は日増しに濃くなっていた。
蜂の巣を落としてから、八日目の午後のことだ。
◆◇◆
「それで、左京が屋根に登って無事にその猿を下に追い払ったはいいんだが、今度はエテ公のやつ、はしごを蹴倒していきやがってなぁ。左京を屋根の上に放っておいて、猿を里の外まで追っ払っていったせいで、あいつカンカンに怒っちまって」
「なぁるほど。奴が晩に酒を奢られたっていうのはそのことだったわけだ。猿のおかげで儲けたんだからいいじゃねぇか、なぁ」
「いやいや、あれは狒々の妖怪の生成りに違いねぇ。ああいうのは最近幻想郷じゃ見なくなったが、山にはまだいるのかもしれねぇぞ」
「へぇー、そんなもんが。もしかしたら、おめぇんとこのかかぁも猪か何かの生成りじゃねぇのか」
「ばっきゃろぃ!!」
油の香ばしい匂いが漂う武蔵屋の店の中、男衆たちの笑い声が上がる。
今日の客は自警団や工人などの力仕事を営む者達が多く、昼間のうだるような熱気から解放されたばかりのところで、ここに疲れを癒しに来ていた。
いい具合に酔っている者もいるが、一升瓶を片手に暴れるような輩はおらず、どこか温かい空気が流れている。
ここの主人の噂を聞いている者は、初めて入る店の雰囲気を、意外に思うかもしれぬ。
板場に立つ源蔵は、いつものように禅行のごとく黙って調理を続け、口ではなく手を動かして、客の注文に応えていた。
客に対して怒鳴りつけることもない。
荒い気にさらされれば、材料がまずくなる、包丁が汚れるという師匠の教えがあるからである。
だから揚げたての天ぷらを脇に置いて、ぺちゃくちゃ喋る者がいても、源蔵は文句を言わなかった。
そのかわり、物凄い形相になる。
悪鬼羅刹のような顔で歯を食いしばり、しまいには悔し涙まで流す。逆らえる客がいるはずもない。
年に数回、かつての恩師である上白沢慧音が暖簾をくぐることがあるが、源蔵はどんな客が相手でも態度を変えることはなかった。
という心構えだから、料理に媚を売るようなところがない。手抜きなぞもっての外であり、どんな時でも細心の注意を払ってタネを揚げていく。
この性格で客足が途絶えないというのは、そういうことなのである。
そんなわけで、今日の店主がぶすっとした顔をしているのは、いつも通り調理に真剣だからだろうと、客は信じて疑わなかった。
「にしても、源さんの腕は一品だ」
「全くだ。酒が進んでしょうがねぇや」
「秋が来ても冬が来ても、楽しめるのがいいところだよなぁ」
話題の合間に、店の天ぷらを褒めちぎる声が板場まで届く。
彼らの食べ具合を見計らって、源蔵は次の天ぷらのタネの下ごしらえを始めた。
これから取りかかるのは若鮎。人気の一品であり、昼間に釣られたのを締めたばかりのものである。
まずは塩水でぬめりを取り、布巾で水分を払って、包丁でさばいていく。
これを卵水と小麦粉を混ぜたもので衣をつけ、熱した油で揚げていくのだが、食材やその日の天気によって勝手が変わってくるため、常に最高の天ぷらを客の前に出すのは容易なことではない。
その点、源蔵は自分の腕に絶対な自信を持っていた。
しかし、
ぴたり、と源蔵が動きを止めた。
危うく包丁の刃が、左手の指に食い込むところであった。
鮎をさばいている間に、何かがまな板の横で動いた気がしたのである。
が、錯覚だったらしい。手を止めて、目をこすってみると、ただ野菜のくずが残っていただけであった。
「源さん、鮎が揚がったら、酒のお代わりも頼みます」
源蔵は「ああ」とうなずき、軽く頭を振って気合を入れ直した。
鍋に新しく琥珀色の油を引き、いい具合に煮立たせてから、下ごしらえを終えた鮎を差し入れる。
じゅわっ、と小気味よい音が鳴り、無数の泡粒が油の上に輪を描いた。
源蔵は雑念を消し、耳を澄ませた。
調理するだけなら、天ぷらは家庭でもできる料理である。一流と三流の差を分けるのは、揚げる際の集中力と感性といえよう。
見るだけでは天ぷらはわからない。揚がり具合を確かめるためには、きちんと音で聞き分けなくてはいけない。
――まだだ……まだ……。
脇に油を切るための金網を置いて、源蔵は菜箸を手に、その瞬間を待ち続けた。
ぷ~ん
耳元に大きな『羽音』が飛び込んできた。
「わあっ!!」
源蔵は大きく悲鳴を上げて、のけぞった。
床に落ちた金網が、カラカラと音を立てて滑っていく。
そちらには目もくれずに、源蔵は左右に首を振って音の原因を探ってみるが、何も飛んでいる様子はなかった。
「ははは、どうした源さん。珍しいな」
と客の一人が笑ったのは、短い時間であった。
しん、と場が静かになる。
板場に立つ源蔵は、額に青筋を浮かべて、一点を睨みつけていた。
相手は客ではない。鍋の中でつい今しがた泳いでいた天ぷらを凝視していたのである。
菜箸で咄嗟に鍋から取り出されたそれは、キツネというよりタヌキの毛色に近くなっていた。
源蔵は喉の奥から声を絞り出す。
「……すまねぇ……揚げ過ぎた。こいつはもう客にだせねぇ」
「い、いいよ源さん、そいつをもらうよ」
「だせねぇもんはだせねぇんだっ!!」
源蔵はついに掟を破り、店に怒鳴り声を響かせた。
数日間ため込んでいたものが、一気に腹の底で爆発したようであった。
食材を無駄にしてしまったことに、心が泣いていた。
さらに客の前で声を荒げてしまったことを自覚し、源蔵は恥ずかしさで顔をそちらに向けられなかった。
火山の灰が舞い落ちるがごとく、自分を中心にして世界が昏くなってく。
やがて、源蔵は鍋の火を止め、厨房から客席の方へと出ていった。
そして固唾を飲んで視線を向けてくる客人達に、しっかりと頭を下げて言う。
「みんな、悪いが今日のところは帰ってくれ。この埋め合わせは、きっとする」
◆◇◆
客がいなくなり、いよいよ静かになった武蔵屋。
厨房に立つ源蔵は、手に持った大根の表面に包丁の刃を当て、黙々と動かしていた。
かつら剥きである。大根やニンジンなどの根野菜を、紙のように薄く剥いていく技術だ。
修業時代は、これをみっちりやらされた。これがきちんとできるまでは、板場に立たせてもらえなかった。
今でも朝と晩、欠かさず続けている。
包丁も腕も心も、日々研ぎ澄まさなくては、板前はできないのである。
だが、今日の源蔵は青二才に戻ったような心情を抱えこんでいた。
いつもなら大根一本で一丈の白帯を作ることもできるものの、今日は十寸ほどで切れ目が入ってしまう。
集中しようと思えば思うほど肩が強張ってしまうという、悪循環にはまり込んでいた。
――俺もついに焼きが回ったか。
という思いが源蔵の頭をかすめた。
手を休め、溜息をついて店内を見渡す。
寝室での決闘であれば、何べんだろうと耐え抜いて見せる。
だが先代より受け継いだ、客をもてなすこの場所は、何事も恐れぬ源蔵にとって唯一といってよい泣き所といえる。
もし仕事中に妖怪に土足で踏み荒らされるようなことがあれば、客に迷惑がかかる。それは絶対に避けたい。故にこの決闘が終わるまで、営業はできなかった。
しかし先程の己の体たらくは、なんとしたことだろう。
蟲の影に怯えるばかりか、天ぷらが揚がる瞬間を見逃してしまうとは。
源蔵は少し首を回して、ツケ場に置いてある皿の上に放置された、鮎の天ぷらに目をやった。
冷めたタヌキ色のそれは、錆びた自分の腕を嘲笑っているかのようにも見える。
ひとまず、この失敗作は客に出すことができないため、明日のまかないに使うつもりであった。
かつてはよく反省の意味をこめて、失敗作を食べたものだが、まさかこの年になって味わう羽目になるとは思わなかった。
――銀之助が十二になりゃあ、修行をつけてやるつもりだったんだが……。
後を継がせようと秘かに決めている、甥っ子の顔が頭に浮かぶ。
まだ七つになったばかりだが、彼はこんな頑固者の自分を誰よりも尊敬してくれている。
かつての自分が、自警団の叔父貴に憧れたように。
今の情けない姿を見て、甥はどんな気持ちになるだろうか。出来そこないの天ぷらを揚げてしまう半端な料理人の姿を……。
うなだれる源蔵が、次の大根を手に取ろうとした時であった。
とんとん、と店の戸を軽く叩く音がした。
「あいてねぇよ」
ぞんざいに声をかけるものの、もう一度、戸が震える。
『源さん、源さん』という高い声がしたので、源蔵はちらりと玄関の方を見て、向こうにいる人影を確認した。
「……なんでぇ。お前さんかい」
『こんばんは。その声だと、源さんは風邪で店を閉めてるっていうわけでもなさそうですね』
「ほっとけ。今日は休みだ。しばらく休業だ。飯はだせねぇ」
会話をそれっきりにして、源蔵は新しい大根に手を伸ばし、精神修養を続けようとする。
すると戸の方から、すすり泣きのような声が届けられた。
『うう……一か月間、この日を楽しみにしてたんですよ。源さんの天ぷらが食べたくて食べたくて……』
「ふん」
『からっと揚がってるのを、さくっと噛むと、中からじゅわっと旨味が沁みだしてきて、それが噛むたびに続いて』
「………………」
はらり……と、大根の皮がざるに落ち、源蔵の眉間にしわが寄った。
『幻想郷の旬の味や、外界の珍味。それらを新鮮な油で黄金に変えていく、あの名人芸……』
「………………」
『ピリッと辛いしし唐、甘みたっぷりのカボチャ、踊りたくなるマイタケ、香ばしくてほろ苦い鮎……そのことばっかり考えてここまで歩いてきたのに、食べられないなんてぇ』
「ああうざってぇ!! んなとこでメソメソしやがるくれぇなら、さっさと入ってきて座りやがれ!! 頓痴気が!!」
『さすが源さん! じゃあ鍵を開けてくださいなー』
源蔵は舌打ちして、厨房から玄関へと向かい、戸の鍵を開けてやった。
「あらためまして、こんばんは。外はいい月ですよ」
入ってきたのは、若い女だった。
かんざしを差した長く黒い髪に、人懐っこそうな快活な笑み。普通の町娘の格好だが、背は高めであり、姿勢がよいために尚更すらっと縦に伸びて見える。だが出るところは出ていて、豊満な柳が歩いているような印象があった。
彼女一人が店に入ってくるだけで、じめっとした中の雰囲気が明るくなったようである。
が、源蔵はわざわざその客のために、不景気な面を変えてやるつもりはなかった。
とんがった目付きのままで厨房へと戻り、席の方へと顎をしゃくる。
町娘の方も慣れた調子で、
「おじゃましまーす。注文はいつもので。今日はぬる燗……いや、お冷がいいかな」
「ちょいと待ってな」
源蔵は断りを入れて、酒の支度を始めた。
いつもと変わらぬ無駄のない手際であったが、内心では心の臓が焦りに高鳴っている。
――今のおいらに、天ぷらが揚げられるか。
初めて板場に立ち、客を前にした時のことを思い出す。
いつも修行している場所が、全然別の場所に見えて、高台の上に命綱なしで立たされているような心地がしたものだ。
その時から二十五年あまり。これほど追い詰められた心境になったこともなかった。
体調がよいとは言えない。夕方のような失態を犯すことも十分に考えられる。
おまけに夜とはいえ、季節は夏である。高い気温の中で油を扱うのは難しい。
ほんのわずかな油断で、天ぷらの衣ががちがちとなる職人泣かせの季節であり、たとえ源蔵の腕をもってしても、万全の準備で事に当たらなくては失敗しかねない。
だがもう客の方は、祭りで綿飴ができあがるのを待つ童女のような表情で、付け台の椅子についていた。
前回来た時と同じく、源蔵が美味い天ぷらを揚げてくれることを一つも疑っていない様子である。
彼女の前に冷たいおしぼり、そして冷酒と簡単なつまみを出してやり、源蔵はまな板と鉄鍋の側に立った。
追い詰められた時、もうだめだと思った時、その時こそ自分の真価を試すことができる。
がけっぷちに立つ人間には、過去を嘆く時間も未来を憂う時間も必要ない。
その時に何ができるか、目の前の課題に、一心不乱に取り組むべし。
――いつだって勝負だ、それが俺っちの人生だ!
源蔵は腹をくくって、調理に取り掛かった。
まずは床下の小さな保冷室にしまっておいた卵と粉、そして夕方に汲んで冷やしておいた井戸水を取り出す。
卵を二つ割り、木の椀で小麦粉、水と一緒に箸でかきまぜる。
念入りにする必要はない。必要な時に必要な時間だけ手を加えるのが調理人の心得である。
タネの下ごしらえを始める前に、鍋に油を取り、火をつける。
よい油であることはもちろん大事だが、配合の加減によっても風味がまるで違ってくるのが天ぷらの奥深いところだ。
人里には名店、あるいは天ぷら四天王と呼ばれる店が点在しているが、それぞれ自慢の天ぷら油を持っており、その分量は門外不出の秘伝なのである。
武蔵屋ではタネによって使う油を変えていた。椿油を少量混ぜて風味を軽くする場合もある。
先代より店を継いだ後も、研究を怠った日はない。
タネに下粉をうってなじませてから、卵水につける。もちろんつけすぎては台無しだ。
『タネ七分に腕三分』という天ぷらの格言があるが、これにはタネが天ぷらの美味さを決定づけるという意味ではなく、食材の本来の味をどれだけ損なわずに揚げるかが大事であり、材料を尊べという戒めがこめられている。
あくまで客に味わってもらうのは、衣に華の咲いた錦の美人であり、ゴテゴテに固まった鎧武者ではないのである。
いよいよ舞台が整い、揚げる番が来た。
無言の念をこめて、煮立った鍋の中の油に、新鮮な具材を投入する。
光を帯びた泡粒が鍋全体に広がって、一時身が見えなくなった。
大胆な火力で食材の水分を飛ばしていき、旨味をギュッと衣の中に閉じ込める。それが天ぷらである。
「いい音……」
娘がお猪口を片手に、うっとりとした様子で呟く。
源蔵は眉ひとつ動かさずに、鍋の様子を睨みつけ、感覚を研ぎ澄ます。
「いい匂い……」
娘は今にも涎を垂らしそうな、だらしのない顔をしていた。
ただし源蔵の視界にも頭にも、その様子は毛ほども入り込まない。
筆を墨で濡らした書の達人。刀の柄に手をかけた居合の達人。滝壺に身を躍らせようとする泳ぎの達人。
それらに劣らぬ気迫。油の鬼になったつもりで、針が床に落ちるほどの猶予もない時間を探り当て、ついに。
――今だ!
鍋に菜箸を突っ込み、金と朱の溶け合った天ぷらを鉄網の上へと引き上げる。
一品目は川海老。舌を目覚めさせ、食欲に点火するにはもってこいの品である。
ここから、山菜をいくつか。茄子。舞茸。南瓜。隠しダネの梅干し。雷魚。鱸。若鮎などを、食べ具合を見つつ順序を変えて出し、最後はさっぱりとミョウガで締めるつもりであった。
十分に油を切って、紙を載せた皿に盛りつけ、湯気が立ちのぼっている間に客の前に出す。
耳、鼻、目の順で楽しんでもらうことができた。
しかし、舌にのせて呑み込んでもらわなくては、天ぷらが完成したとはいえない。
「いただきます」
食前の挨拶をして、町娘は天ぷらに箸をつけた。
源蔵は次のタネの準備をしながら、彼女の反応を盗み見る。
行儀よく箸で川海老をつまんで持ち上げ、特製の天つゆにつけてから、ふー、ふー、と息を吹きかけ、口の中に運び……
「んー……………………」
咀嚼していた娘の額が、徐々に前髪で隠れていった。下げた頭のかんざしが震えている。
ごくりと呑み込む音が、ここまで届いた気がした。
彼女は溌剌とした笑みを見せ、親指を立てる。
「最高!!」
うむ! とうなずき、源蔵は次の天ぷらを皿に盛った。
娘は小躍りしそうな勢いで、それを平らげていく。さらに一つ呑み込むたびに、冗長なまでに派手な反応をしてみせた。
「美味い! 天下一品! 大将! ジャパニーズミラクル!」
天ぷらとなった食材たちが、彼女の口を借りて唄っているようでさえある。
「黙って食いな。油の音が聞こえなくなっちまう」
源蔵は鮎の下ごしらえをしながら、無愛想に言葉を返す。
がしかし、普段の自分、そして店の雰囲気が戻っていることに、心の中ではいくら彼女に感謝してもしたりなかった。
◆◇◆
「生きててよかった~」
付け台の前に座る娘は、満足そうに息を吐いた。
決して軽い料理ではない天ぷらを、大の男二、三人前はたっぷり平らげたのだから、大した胃袋である。
彼女はこの店の常連には違いなかったが、一風変わった客であった。
一ヶ月に一度、暖簾を下ろそうかという時間帯に、独りでふらりとやってきて、天ぷらを食べて帰っていくのである。
何やら怪しげな来訪の仕方だが、食べっぷりは間が抜けているといっていいほど豪快であるし、性格も明るいことこの上ない。
金払いも悪くないので、大方里のどこかにある屋敷の放蕩娘だろうと、源蔵は見当をつけていた。
「他でも天ぷらは食べたことはあるんですけどねぇ。いまいちだったんですよ。どうしてここのはこんなに美味しくてホッとするんだろう」
「世辞はいらねぇよ」
ぶっきらぼうに言って、源蔵は彼女の前に皿をコトリと置く。
半分に切られた茶色い固形の卵が載っている。
「あれ? これは?」
「奢りだ。どうせしばらく、まともに客の相手はできねぇからな」
卵の燻製である。
酒のつまみであるが、家庭のお惣菜の域からちゃんとした一品料理に引き上げるために、少し工夫が加えてある。
思えば、あの日の事件をヒントにして、これを思いついたのだったが……。
娘は新作に箸をつける前に、どこか心配そうに言った。
「源さん、何かあったんですか? 少し寝不足なように見えますし」
「何もねぇさ」
「台所の奥に見えてるの、あれ天ぷらですよね。揚げるのに失敗したんですか?」
「たまにはそういうこともあらぁ」
「そういえば今夜食べた天ぷらの味も、いつも通り抜群だったけど、正直に言うと、心なしか湿った感じがしたような」
「………………」
「あ、でも漬物は前と同じくらい美味しかったです」
「そいつは俺の手柄じゃねぇ。妹のやつが漬けたもんだからな」
「ごめんなさい」
彼女は頭を下げ、付け台にごちんと額を打ちつけた。
酔っているのかもしれない。
「よかったら話してください。誰かに悩みを話すことで気が紛れるというじゃないですか」
「てやんでぇ。こちとら女に愚痴垂れるほど落ちぶれちゃいねぇよ」
「む、聞き捨てなりませんね源さん。いつ私を女扱いしたんですか。前にここに友達を連れて来た時なんて、『お前さんに、こんなお淑やかで女らしい知り合いがいるとはね』とか言ってたくせに」
「知らねぇな」
「絶対言いましたよ。あれ結構傷ついたんですよ」
源蔵はいよいよ苦い顔になった。
傷ついた、と言いながら、ニタニタと口の端で笑う小娘は、こちらの反応をからかって楽しんでいるようにしか見えない。
聞くまで帰らない、などとごねられても面倒である。
「……外で言いふらすんじゃねぇぞ」
しっかり釘を刺してから、源蔵は今日までの出来事を語ってやった。
ご近所の迷惑になっていた蜂の巣を、妖怪の手を借りずに退治したこと。
その晩に、寝室で蜂の大群に脅かされたということ。
以来、寝る時間もほとんどなくなるほど、蟲の親玉らしき妖怪の嫌がらせがひっきりなしに続いているということ。
食事中に聞いていて楽しい話でもないだろうに、娘は燻製をつまみながら愉快そうに相槌を打つ。
「なるほどねぇ。源さんが店を開けてなかった理由はそれだったんだ。蟲の妖怪と意地の張り合いとは珍しい話ですね」
「べらんめぇ。こいつは決闘だ。向こうが根をあげるまで、俺は参ったなんざ言わねぇぞ」
源蔵は拳骨を掌に押し付け、バキバキと骨を鳴らす。
あれから一週間経っているが、まだこの娘以外、自警団の知り合いにも妖怪のことは話していない。
妖怪退治の専門家の手を借りれば、そちらでかたを付けられてしまう可能性がある。源蔵はなんとしてでも、自分の手で敵をふん捕まえて、叩きのめしてやりたいのである。
だが敵は大胆かつ慎重な性格をしているようであり、源蔵はこれまでの七晩、まだ件の妖怪と顔を合わせたことさえ一度もなかった。
したがって姿はわからないものの、大体想像はついている。醜悪で汚らしくて、図体はでかいわりに素早く動く、棘か針のような毛で覆われた目の膨らんだ蟲の化け物。
薄闇の向こうでそんな妖怪が嗤っているのかと思うと、嫌悪感と闘志の両方が湧き出てくる。
今までは、いつもあと一歩のところで逃げられてしまっていた。だが今夜こそは……。
「見てやがれ……ぐうの音も出ないくらいやっつけてやる」
「あ、妖怪を退治したいならいい方法がありますよ」
彼女は皿に残っていた、鮎の尻尾を持ち上げる。
「この天ぷらですって」
「ああ?」
「『北風と太陽』の、太陽方式。この店の天ぷらを食べさせたら、どんな妖怪だって降参しますよ、きっと」
「ざけんな!! この店に妖怪に食わせる天ぷらはねぇよ!! 天かすだってやるもんかい!」
「はいはい。そう言うと思ってました」
「ならわざわざ聞くんじゃねぇ!」
「店も今よりずっと賑やかになるだろうし、名案だと思うんだけどなぁ」
源蔵は舌打ちをして、かぶりを振った。世間知らずのお嬢さんはこれだから参る。
「いいか姉ちゃん。頭から説明してやる。うちの前の通りはな。明神横丁といって、人里が大体今の形になって以来ある、由緒正しい往来なんだ」
「はぁ、初耳でした」
「そうか。まあとにかく、この横丁は里の中でも妖怪の出入りを制限している場所なんだ。人間の人間による人間のための場所ってこった。これは隠居した親父の受け売りだがな」
半分納得、半分承服しかねるような顔つきで娘は訊ねる。
「だから、妖怪をお客として招けない、と?」
「まぁそうだ」
「でも最近人間の里も、妖怪が増えましたよね」
「違ぇねぇ。仲良しこよしが増えてやがる」
「だったら……」
「じゃあそれが全部、本当に正しいことだとお前さんは思うか?」
付け台の客は口をつぐむ。
頑固の一点張りが性分なはずの源蔵にしては、珍しい物言いだったからかもしれない。
「確かに妖怪が人を襲うことは少なくなったかもしれねぇけどな。やつらと俺らは、土台違ぇ存在なんだ。ご時世がご時世だから、仕方なく付き合ってやってる。もちろん中には心底妖怪が好きなやつもいるかもしれねぇ。だがな。多くの人間にとっちゃあ、妖怪抜きで、人間同士で休める憩いの場も必要なんだよ。妖怪が妖怪だけで過ごす時間が必要なようにな」
源蔵は消毒の水に浸けておいた包丁を取り、丁寧に水気を切って、拭い始めた。
「年中妖怪と関わってる自警団の奴らが、この店の人間だけの空気にいつもホッとしてやがる。無理もねぇ。いつだって妖怪の顔色窺わにゃならねぇんだからな。だから! この店じゃ絶対に妖怪のよの字も入れさせねぇ。俺があいつらだけの憩いの場を作ってやろうってんだ。それがこの里での俺っちなりの志ってもんよ」
何も妖怪に真正面から立ち向かうことだけが、里を守ることに繋がるわけではない。
心身ともに休める場所を用意し、食べ物で活力を与え、明日へと気持ちよく送り出してやるのも、大事な仕事であろう。
決して派手ではない裏方役ともいえるこの職業に、源蔵は誇りを持っていた。
椅子に座る娘は苦笑しつつ話を聞いている。
なんだか嬉しいような寂しいような、ある種の憧憬を抱いた表情だった。
静かに目を伏せ、彼女は財布から銭を取り出す。
「ご馳走さまでした。また来月に来させていただきます」
「おう、あばよ。今度はあの銀髪の姉ちゃんもまた連れてきな。店は開けといてやる」
「そうですねぇ。いつかもっと大勢で来たいんですが……」
勘定を終えた娘は、店の戸を開けながら、そっと振り返った。
表は満月。彼女の顔を白い光が撫でる。
その表情は、調子のよい道楽娘のものではなく、艶めいていて妖しくもある笑みであった。
「源さん、さっきの話、もう一度考えてくれませんか?」
「なんだ。天ぷらで妖怪を退治しろってか。それでどっかに消えちまうんなら考えねぇでもねぇけどな」
「そうじゃなくて、このお店に妖怪を招いてあげるって話です。月に一度とかでも」
「ざけたことぬかしてねぇで、とっとと帰れ。おめぇの方が妖怪に襲われても知らねぇぞ」
くすっ、と彼女は笑って、「おやすみなさい」と出て行った。
ため息をついて、源蔵は頭を掻いた。
どうもあの娘が来ると、調子が狂ってしまう。死んだ女房に少し似ているからかもしれない。
◆◇◆
夜風に髪をなびかせて、町娘は提灯もつけずに、明神横丁を真っ直ぐ南へと歩いていく。
人里の中心部で、望月が空に見えているとはいえ、若い娘が一人で歩く時間帯ではない。
なのに彼女は、まるで闇に手を引かれるように、ごく自然に歩を進めていた。
やがて中心街から里の端側まで来て、周囲の家々が少なくなった辺りで、彼女は立ち止まった。
軽く首を動かして四方の様子を窺ってから、長い黒髪を撫でる。
するとどうだろう。夜闇の中に月光を浴びて揺らめく炎のごとき、赤い髪が浮かび上がったではないか。
さらに身にまとう『気』も、人間のものから、妖怪のそれへと変貌していた。
「武蔵屋の天ぷらの味は、人情の味……つまり『人の味』か。どうりで何度も食べに行きたくなるわけね」
ん、と体を伸ばし、彼女は振り返る。
「咲夜さんは気に入ってくれたけど、髪の色を変えずにあの通りに入れるようになるまでは、お嬢様を招待することはできないだろうなぁ」
妖怪は残念そうに呟き、天ぷらの油の香りを漂わせて、霧の湖にある館へと帰って行った。
◆◇◆
「妖怪を店に招けだと? ふん。背筋が寒くならぁ」
就寝の時間。床間にて着替えながら、源蔵はぼやいた。
周囲は殺虫剤の缶や蚊取り線香の燃えカス、悪霊退散の御札などが散らかったままになっている。
これらの道具を仕入れるために、この一週間で三度、里の方々の店に足を運んだが、いくらあっても足りないような気がしていた。
あの日以来、ここは寝床ではなく化け物部屋と化してしまっているといってよい。あるいは古今東西びっくり昆虫館だ。
蜂の祟り、いや、卑怯な妖怪のせいである。姿を隠しっきりで、影からこそこそと嫌がらせを企む陰険なへちま野郎のせいである。
そんな性悪を店の座敷に招いて、天ぷらを揚げてやる? 冗談ではない。
「妖怪なんざにうちの店の天ぷらの味が分かってたまるかってんだ」
源蔵はここにいない正体不明の相手に悪態をつくだけついて、ようやく灯りを消し、布団にもぐった。
最近は横になると、逆に目が冴えてくるから始末が悪い。それもこれも、薄のろで低俗な虫けら妖怪が原因だった。
だが今宵の源蔵は一味違う。妖怪退治のため、この戦いに終止符を打つために、今までで最も期待が持てる装備を手に入れたといってよい。
たとえかの藤原秀郷が退治したという大百足が出てきても、討ち取ってみせる備えだという自負があった。
――さぁ……とっとと面を見せやがれ。
源蔵が布団の中で待ち構えていると、妖しい気配が漂いだした。
人間とも獣ともいえぬ、うなじに注がれる炭酸水のような独特の気配である。
――来やがったな。
悪夢の時間の始まりだ。
先手を打って飛び出してやろうと、瞼を薄く開いた源蔵は……瞠目した。
――こりゃあ……。
心が一瞬で奪われる。その光景に、布団の中で金縛りにあってしまう。
天井でほのかな緑の光が、緩やかに踊っていたのである。
それも一つではない。たくさんいる。いずれも源蔵にとって特別な虫である、蛍であった。
夢は夢でも、悪夢ではなかった。それは幻想的で……六畳の薄汚い寝室を、小人の舞踏会のための劇場に変えてしまうほどの美しさがあった。
…… 源、よく頑張ったな。もう少しで着くぞ。 ……
懐かしい声がした。
…… あそこだ。見えるか。ようし、もう少し近づいてみるか。 ……
叔父貴の声だ。いやそれだけではない。他にも逞しい声がいくつか。
そして眼前には、
…… どうだ。里じゃこんな光景、滅多に見られないだろう ……
光が。無数の光で覆われた木々が。
――ああ……蛍の森だ……。
感嘆する源蔵の心は、過去へと旅立っていた。
◆◇◆
あれは腕白なガキ大将だった夏の日のことである。
自警団の一人だった叔父貴の特別な計らいで、源蔵は里の外へと出かけることになった。
叔父貴はまだ若かったが、腕っぷしは里で一番であり、源蔵にとって最も尊敬すべき兄貴分であった。
それが里の外の見回りに連れて行ってくれるというのだから、断るはずもない。源蔵はためらうことなく、意気揚々とお供させてもらった。
怖いもの知らずで、いつも威張っていて、毎日のように蛮勇を振りかざしていた頃のことだから、里の外なんざへっちゃらだとしか思っていなかった。
だが日が沈む時間になってから、里で積み上げてきた意気地が鉛筆の芯の様に細くなってきた。
口ではなんと言っていても、まだ源蔵は小さかったし、妖怪が怖かったのだ。
早く家に帰りたいというのに、その後ちょっと寄り道しようなどと叔父貴達が言い出したのだから、心底恨めしく思った覚えがある。
だが彼らにその蛍の森に案内された途端、源蔵の心は一瞬でひっくり返された。
この世にこんな綺麗な場所があるのかと、我が目を疑った。今まで里の中だけで世界を知った気になっていた自分が、どれだけ小さい存在だったのかを、子供ながらに痛感したのである。
そして、叔父貴達が里の外のことに詳しく、日常的に出かけていることについても、尊敬の念を覚えて止まなかった。
いつか自分も大人になったら、彼らの様に里の外を探索するのだと、その時は夢見ていた。
だが結局、源蔵は天ぷら屋になった。別に面白い話などない。自然と親父の後を継いだというだけである。
やりがいのある仕事だったし、好きでなければ続けられなかっただろう。幻想郷一の天ぷら屋を目指して、今日まで骨身を削って精進してきたのは間違いない。
ただ残念だったのは、自警団と掛け持ちできるような商売ではなかったため、叔父貴の歩んだ道を歩くのは諦める他なかったことである。里の外への憧れは、それから三十年以上、封印せざるを得なかった。
ただし今は、あの頃の気持ちが蘇っている。天井いっぱいの蛍を見上げることで……。
「……なかなか綺麗じゃねぇか」
つい、源蔵はそう呟いてしまった。
妖怪に対する、ある種の敗北といえよう。だが、それほど悪い気分にはならなかった。
今晩のところはしばらく、この変わった出し物を楽しませてもらおうと思っていた。
とそこで、蛍のダンスが変化しだす。
一つ一つの星が、列を作ったり点をこしらえたりして、変わった図形を描き始める。
源蔵は目でその光をなぞってみた。
○ ○ ○ ○
○ ○ ○ ○
○ ○
○ ○
○
○
○ ○ ○ ○ ○ ○
○ ○
○ ○
○ ○
○ ○ ○
「……………………」
瞬間、源蔵の美しい思い出は粉々となった。
おそらく、これから蛍を見る度に、そしてあの少年時代の情景を思い出す度に、自分の心に「バカ」の二文字が横入りしてくることであろう。
なんという所業。なんという屈辱。蟲が飛びかかってくるよりも、よっぽどこたえた。
「こんちきしょうがぁあああ……」
源蔵の地獄の呻き声に合わせて、蛍達の隊列が崩れた。
すぐに布団から飛び起きて、この部屋を殺虫の粉まみれにしてやろうかと思ったが――
その時である。源蔵の耳に、ほんの微かな物音が届いたのは。
この部屋ではなく、別の場所――店の厨房の方から聞こえた気がした。
――まさか……?
源蔵はすぐに機転を利かせて、布団の中で眠ったふりをした。
一定の呼吸を続けていると、天井にいた蛍は、わずかに開いた襖の向こうへと飛んで去っていった。
もう一度、源蔵は聴覚に集中する。天ぷらで鍛えた耳は伊達ではない。
いる。確かに、この店に何者かが入り込んでいる。
ここ数日間、だいぶ妖気にあてられたからだろうか。人ならぬ者が、店の奥で何かしている気配が伝わってきた。
間違いなく厨房の辺りだ。奴は今、客と自分以外は許さぬあの場所で、悪さをしようとしてるのだ。
そう思った瞬間、源蔵の中の炎が真っ直ぐ一本の線になって、脳天から股下までを貫いた。
獣並の素早さで布団から這い出て、今まで準備していたものを全て装備し終える。
寝室から廊下に出た時、源蔵は天ぷら屋のオヤジではなく、全く異なる魔物へと変貌していた。
右手には馬の首を切り落とせそうなほどごつい鉈。しかも刃には殺虫剤が塗られている凶悪な代物を携えている。
そして左手には提灯。灯りは極限まで抑えられており、退魔のまじないが表面に書かれていた。
だがその二つを手に持った姿は、まさしくナマハゲであった。
もし目の当たりにした人間がいたとすれば、自警団に源蔵の退治を依頼したに違いない。
里の頑固親父は消えた。今、廊下を歩いているのは、自らの誇りと日常と思い出を粉みじんにされ、復讐に燃える手負いの桃太郎である。
きび団子ではなく、天ぷらに人生を賭けてきた男の憎念をとくと見よ。はたして妖怪の命運やいかに。
源蔵は武蔵屋の店内に入った。座敷や付け台の席には何もいない。
だが厨房の中から、さくりさくり、と何かを咀嚼するような音が聞こえてきた。
そこまできて、ついに我慢の収まりがきかなくなり、
「そこにいたかぁあああああ!!!」
どら声と共に、鉈を構えて源蔵は突進する。
「きゃああああ――!!」
影は悲鳴をあげた。
子供のように甲高い声だったが、殺気だった源蔵の意識に引っかかりはしない。
完全に腰を抜かし、仰向けになるそいつの前に仁王立ちして、提灯の光を突きつける。
いた。
「こ……こんばんは……」
源蔵の鉈が、振りかぶられた状態で止まった。
犯人らしき妖怪は、すぐ目の前にいる。鉈を振り下ろせば、今すぐにでも退治できる。
そうするべきだった。そのために今夜まで闘い続けてきたのであり、ようやく借りを返す絶好の機会に恵まれたのだから。
しかし、そいつは源蔵が想像していたほどでかくなかった。体躯は華奢であり、棘で体を覆っているわけでもない。
それに人間の少女か少年のような、ずいぶん気弱な顔立ちをしている。
服装も仄かに光る外套を羽織ってはいるが、白いシャツに短パンという軽装であり、散切りの緑色の髪と額から生やした触角のようなものがなければ、近所の鼻たれ小僧が迷い込んだようにしか見えなかっただろう。
なので、その妖怪が犯人だとは信じられなかった。源蔵の思い描いていた怪物とは、何もかもが異なっていたからだ。
「………………」
ばつが悪いのか、こちらの姿を恐れているのか、妖怪の方は床に座り込んだままで、神妙に身体を小さくしている。
あまり強そうには見えず、凶暴そうにも見えない。
源蔵は腑に落ちなかった。何故こいつは今自分に見つかったのか。そして何故こんな小妖怪が、今日まで自分の殺気を受けながら、あのような大胆不敵な嫌がらせを続けられたのだろうか。
妖怪と目が合った。
思ったより、強い光が返ってきた。屈したくはないという意志を秘めているが、状況が極めて不利であることを認めてもいる。そんな、罠にかかった獣のような緊迫感を醸し出している。いい面構えだ。
源蔵は今になって気付く。
土台違う存在だと、そう信じ切っていたが、実はそうではなかったのか。
妖怪の矜持はわからないが、そもそもこの決闘は、自分が蟲や妖怪の存在を頑なまでに認めなかったがために起こった闘いだったともいえる。
そしてこいつも同じくこれまでずっと、譲りたくないものを抱えて挑んできたのだとすれば……。
ますます振りかぶっている鉈が動かなくなってしまった。
ただ、唸る。
「てめぇ…………」
対する蛍の妖怪は無言のまま、観念したように目を伏せる。
源蔵はしばらく、その縞のない小玉スイカのような頭を睨みつけていた。
何かが引っかかっている。
これまで散々苦しめられた怒りを思い出したからか。いや違う。土足で厨房に入られたことか。間違っていないが、それだけではない。妖怪に対する嫌悪感か。いやこの際、それはすでに後付けである。
やがて源蔵は、その答えを見つけた。
その妖怪は、指の間と口の周りに油かすがついていた。
夕べに失敗して置いておいた天ぷらの残り物を味見していたのだろう。食べるのに夢中で、こちらの接近に気が付いていなかったのだ。
断じて許すまじ。源蔵は手にした大鉈の先を、付け台の席の方に移して怒鳴った。
「んな冷めた出来そこない美味そうに食うな!! そっちに座れっ!! 天ぷらは揚げたてに限る!!」
◆◇◆
武者小路源蔵が筋金入りの妖怪嫌いだったというのは間違いない。だが骨の髄まで料理人だった頑固オヤジは、何よりも、出来そこないの天ぷらで満足している好敵手に我慢がならなかった。
というわけで結局源蔵は、揚げたての天ぷらを食べさせることで、妖怪に参ったを言わせたのであった。
もっとも、それから一年が経つが、武蔵屋の主人は怒りのあまり件の妖怪を見るなり鉈を振るって真っ二つにしたのだ、という噂も耳にすることもいまだある。
が、そうではない。なぜなら先日、その蟲妖怪から直接話を聞く機会に恵まれたからだ。
彼女はすでに源蔵を憎んではいないらしい。七日間嫌がらせを続けたことによって気が晴れた、というより、互いに誇るべき業を見せあうことで、認め合い、通じ合うものがあったのではなかろうか。あるいは天ぷらの味にころりとやられただけかもしれないが。
何にせよ特筆すべきは、この事件が反対派の態度が軟化する一つのきっかけとなり、後に明神横丁が月に一度だけ人間でなくても通れるようになったということである。
そして武蔵屋もその日の晩だけ、天ぷらを食べにやってくる妖怪達のために店を開けるようになったのだ。
冒頭で私が今晩、その天ぷらを食べられないと書いたのは、そういった次第であった。
長らく妖怪の立ち入りを禁じてきたあの横丁が開かれているというのは、人間の立場としては何となく心が落ち着かず、また腹も空いてくる。
しかしながら私は、あの頑固オヤジがむっつり顔で、あれほど嫌っていたはずの妖怪達に料理してやっている光景を思うと、何となく可笑しみがこみあげてくるのである。
などと古臭い書き出しを試してみたが、私こと稗田阿求はまだ若いのでやめておくことにする。
そもそも、今こうして紙の上に滑らせている小筆は、日記をつけるために手に取ったわけではなかった。
里の歴史を書き記そうとしているのでも、ただ今執筆中である求問口授の挿絵を描こうとしているのでもない。
そういった御阿礼の子としての仕事ではなく、強いて言うなら余興ということになるだろうか。
訳を記そう。今思えば一昨年、里に来ていた天狗とした世間話が、此度の執筆の発端であった。
私は生まれつき体が弱い。そのため、頻繁に里の外を歩き回ったりすることができない。
だから妖怪に関する情報の多くは、日々の新聞や里を訪れる妖怪などから仕入れているのだが、その時天狗と話していたのも、そういったものを得るためであった。
もちろん、私がもらうばかりでは不公平なので、近所で起こった出来事、つまり人里の情報をいくつか、その天狗に伝えることもした。
しかし、いずれも事件に目の肥えた新聞記者には物足りなかったのであろう。
私が作り笑顔で懸命に話す間、向こうはあくびをこらえているのがわかった。今思い出してもかなり腹が立つ。
ところが、私の話に妖怪が絡んだ途端、相手は瞳を一回り大きくして前かがみになり「もっと他にないか」とせがんできたのだ。ずいぶんはっきりとした変わり様であったため、少々驚いた。
しかしその後も他の妖怪と話す機会があった際、よく似た反応をもらったことにより、私の中にある確信が芽生えることとなったのである。
妖怪は口で言うほど、人との接し方を知らないのではないだろうか。
お気づきの方もいるかもしれないが、最近里に訪れる妖怪の数が一時期に比べて安定してきた。
それは、『人を襲う』というわかりやすい選択肢がないために、里でどのように振舞っていいのかよくわからず、人間に対して遠慮してしまう、あるいは人間を敬遠してしまう者が多いためであると考えられる。
別の言い方をするなら、妖怪が人間を畏れる時代が到来したということもできるだろう。
日頃から妖怪と会話する私の印象であり、人を食い物にする魑魅魍魎のイメージと違って、なかなか可愛いところだとも思っている。
勿論その一方で、この里に住む人間が皆、妖怪と接することに慣れているというわけでもない。
できれば自警団に全て任せて自分は関わりたくないと考えている者も多いはずだ。
やはり人間は本能的に妖怪を恐がるのが普通であり、その心の根っこは百年前も今も、もしかすると百年後も変わりはしないのかもしれない。
では、この里において人間と妖怪の結びつきは弱くなる一方なのかと問われれば、少なくとも私は自信を持って首を横に振ることができる。
ようやく本題となるが、私がこれから書き記そうとしているのは、そのことを証明し得る、人里の中で起こった二つの種族間の出来事なのである。
可笑しくもあり、学ぶべきことも多いそうした話を世に広めることで、人里を訪れる妖怪と住人の交流の助けに繋がるのではないか、ということを思ったのだ。
何ぶん、私も全てをこの目で確かめたわけではないため、話にする上で足りない部分は想像で補っている。
したがって事実と詳細が異なる部分があるかもしれぬものの、実話を元にした小噺ということで、どうかご容赦願いたい。
決して目下の仕事が煮詰まっていて、別の何かに逃避したかったわけではない。念のため。
では始めに、とある天ぷら屋のことを記そうと思う。
なぜこの話を選んだのかと言えば――ひどいことに私は今晩、その天ぷらを『食べられない』からである。
私だけではなく、月に一度、この里にいる者の多くがその店の極上天ぷらを食すことができずに、なんとなく物狂おしい思いをする日があるのだ。
そんな奇妙な日が生まれたのは、昨年の夏に起こった、ある事件がきっかけであった。
これからその事件について、筆をもって語らせていただく。
さしあたって、題名は……
~
~
~
~オヤジと天ぷら、時々むし~
うん、こんな感じで。
さて、ことの始まりは里の中心街にある、明神横丁のとある民家の軒下に、大きな蜂の巣が現れたことにある。
現れたといっても、夜が明けて家人が目を覚ましてみれば、干した野菜のかわりにそれがぶら下がっていたわけではない。
件の場所は元々人通りが少ない塀の間であり、ちょうど通りからは見えにくい所だったうえに、最後にその辺りが掃除されたのは二月以上前のことだったそうな。
ともかく、寺子屋帰りのわんぱくな童達が刺された、いや逃げる途中でぬかるみで転んだ、お魚咥えて裸足で駆けてった。
そんな無節操な噂が広まった頃には、誰もその通りに近づけぬほど、黄色くて素早い礫が飛び交うようになっていた。
無論、近所に住む者達は、たまったものではない。
通りは広くはないが、商店やちょっとした小料理屋が並ぶ人気の道である。このまま放っておけば、秋の終わりまで客足が途絶えてしまう。
とはいえ、蜂とくればへたな妖怪よりもタチが悪く、うっかり近づいて刺されようものならば、ポックリあの世行きということもあろう。
それにその巣は、手鞠サイズの可愛いものではなく、猪の胴ほどもある立派な巣であり、飛び回る蜂の数は快晴の空がまだら色に映るほどだったのである。
誰かが退治せにゃ。お前がやれ。何、そう言うお前はどうなんだ。
なんだい、だらしのない男達だね。いつもは威張ってるくせに、こういうときに役に立たないんじゃ。
バカぬかせ。ありゃあきっと大層悪い毒を持つやつだぜ。誰だって命が惜しいわい。
とまぁ付近の住人がなんとかしようと往来に集まってみても、遠巻きに巣を眺めるだけで、完全に烏合の衆であった。
ようやく話が進みだしたのは、里の守護者である上白沢女史が来てからだった。
「ふむ。キイロスズメバチ、だな」
顎に手をあて、いかにもといった顔で呟く彼女に、里人は「ほぅ」「さすがは」と感心したそうな。
「慧音様。あれをいかがいたしましょう」
「無理に巣を壊そうとすれば面倒なことになるかもしれん。それに一寸の虫にも五分の魂という。私につてがあるので、助力を求めてみよう。彼女ならば傷つけることなくあれを取り除き、里の外に新しい巣の場所を見つけてくれるはず」
「もしや、その御仁は妖怪でしょうか」
「うむ」
と、上白沢慧音が頷いた直後である。
「何ぃ!? 冗談じゃねぇぞ!!」
という、蛮声が往来に響き渡った。
「この横丁に妖怪なんざ一匹も入れさせるもんか!! それが里の決まりだろうが!!」
その場にいた面々が、一様にうるさそうな顔となる。事実、そのだみ声は大層うるさかった。
人垣を分けて前に現れたのは、ねじりはち巻をした中年の丈夫である。
背はさほど高くないが、がっしりとした体つきであり、半袖からは日焼けした太い腕が見えている。
角刈りの頭には白いものが混じっているが、無精ひげは黒々としており、老いた気配など微塵もにおわせない。
何よりその眼光がただならぬ。鼻筋を両側から刺すような、直角三角形の眼つきは、凄味を感じさせるほどである。
加えて、ねぐらに爆竹を放り込まれたような、激しい怒りっぷり。
この界隈では知らぬ者はいない名物親父、源さんこと武者小路源蔵(46)である。
上白沢慧音は、釡の底にこびりついたおこげを見るように眉根を寄せて言った。
「源蔵、こらえてくれんか」
「いいや許さねぇ! 慧音様がなんと言おうとお断りでぃ!」
「別にこの横丁に住まわせたり、お前の店に連れて行くという話ではないのだぞ。おそらく作業は半日もかかるまい」
「てやんでぃ! 寺子屋じゃ、慧音様は三分だろうが居眠りを許さなかったじゃねぇか!」
慧音女史は嘆息する。
里の守護者である彼女を相手にして、このような物言いができる人間はあまりいない。
ただの礼儀知らずで粗暴な無頼漢であれば、慧音とて黙ってはおらず、公衆の面前で厳しく叱りつけることだろう。
しかしこの武者小路源蔵、この通りで天ぷら屋の『武蔵屋』を営んでいるのだが、一本気で曲がったところがなく、義にも厚く、腕もよいと評判である。
一方で妖怪を蛇蝎のごとく嫌っているというのも有名であった。
もっともこの場合は、源蔵の言い分にも一理ある。
人間の里には妖怪の立ち入りを禁じている区域がいくつかあるが、この明神横丁もその一つなのである。
「うちの前の通りは、代々妖怪を受け入れてねぇことが自慢なんだ。もうすぐお盆だぜ。俺っちが約束を破っちまったら、ご先祖様が枕元に総出で立っちまう」
「そうなの源さん? 源さんのおじいちゃんも守ってたの?」
「あたぼうよ。爺様の爺様からでぃ」
「じゃあ爺様の爺様の爺様は?」
「あはははは! おかしい! ジージージー様!」
人垣の中の童二人はそう笑ったが、ぎょろりと怖い眼で睨まれ、慌てて親の後ろに隠れた。
とにかく源蔵は頑として引く様子がない。幻想郷は頑固オヤジも受け入れるのだ。残酷なり。
妖怪と人間の間に立ち、里の治安の責任を預かる賢者は言った。
「しかし妖怪の手を借りんとなると、これは里の者で駆除を考えねばならぬ。さしあたっては自警団が対処することになるのであろうが……」
「そいつには及ばねぇ。俺っちが何とかしてやる」
胸を叩く頑固親父に、それまで面倒くさそうな顔をしていた里人達は、ちょっと見直したようであった。
少なくとも、この場に集まっていた口だけは回る弱腰な面々よりも、よほど男らしい。
だが、上白沢慧音は難色を示した。
「正直嫌な予感しかしないが……任せて大丈夫なのか?」
「はん。蜂とはガキの頃に散々付き合ったことがありまさぁ」
源蔵は五間離れた場所にある、件の蜂の巣を睨んで言う。
よくできたとっくりのような形をしているが、大きさが大きさだけに、遠目にもかなりの迫力があった。
こちらの不穏な空気を察したのか、先程よりも蜂の羽音が幾分騒々しくなったようである。ますます近づけそうにない。
源蔵は三角の目をきりりと細めて、何やら思案していたが、
「ちょいと準備してくらぁ」
と言い残して、すぐ側にある自分の店の中に入っていった。
里人達は当に野次馬となっており、頑固オヤジが一体何をしだすのか、成り行きを見定めようとしていた。
源蔵はすぐに店から戻ってきた。
何やら藁の束のようなものをたくさん抱えている。
ざわめく観衆をよそに、源蔵は指を湿らせて風向きを確かめた後、一度うなずいて、その藁に火をつけ始めた。
間もなく煙がもうもうと起こり始める。
「源蔵。何をしている」
「煙で奴らを燻すんでさぁ」
「確かに蜂は煙が苦手と聞くが、あまり刺激をしてしまえば……」
と慧音が言い終わらないうちに、事態は急変した。
なんと、異常に気付いた小さな衛兵達が、激しい羽音と共に、こちらに向かって飛んできたのである。
里人達は「うわぁ」「ひゃー」と悲鳴をあげて、通りを走り出した。
玄関前でたむろしていた野良猫が、水を撒かれて逃げていくようであった。
なんとか踏みとどまっていた慧音も、上ずった声で警告する。
「源蔵! 引け! 危険だぞ!」
「そいつぁ御免でぃ!」
気丈に叫び返す源蔵は、なんと前進しながら、火のついた藁をバサバサと振り回していた。
数百匹、ひょっとすると数千匹はいる凶悪な群れに八方を脅かされながらも、オヤジは勇ましく立ち向かい、地面へと蜂を叩き落としていく。
煙が効くのが先か、源蔵が刺されて死ぬのが先か……というところであったが。
「源さん頑張れ! 死ぬんじゃねぇぞ!」
「叩っ殺しちまえ! 今だ! そこだ!」
そんな声援が飛ぶうちに、形勢は次第に源蔵の方に傾いてきた。
先の煙の仕掛けが効いてきたのだ。蜂達は火事か何かと勘違いしたらしく、熊の親戚のような迷惑オヤジに構うよりも、巣から別の場所へ避難することを優先し始めたようであった。
その隙を見逃す源蔵ではない。
「ほいきた、これでおしめぇだ!」
頑固オヤジは十分に間合いを詰めて、握りこぶし大の石を拾い、えいや、と投げつける。
巣は鈍い音を立てて形を歪ませ、振り子のように揺れてから、ぼとんと下に落ちた。
どれだけ危険な砦であろうと、所詮は昆虫の巣である。地面に落ちてしまえば、料理するのは容易い。
源蔵は抱えていた藁の束を落ちた巣に叩きつけ、下駄で上から念入りに押さえ込んだ。
濛々とたちこめる煙の中で蜂達は散り散りとなり、次第に勢いを失っていった。
間もなく自警団員が駆けつけ、巣の残骸にずだ袋をかぶせた頃には、もう辺りに羽音が聞こえなくなっていた。
結局、十分と少々の時間で、源蔵は怪我一つせず見事にスズメバチを片づけてしまったということである。
「どんなもんでぃ! この横丁を虫だの妖怪だのに好き勝手されてたまるかってんだ!」
往来の真ん中で歌舞伎よろしく大見得を切った頑固オヤジに、里人達から、やんややんやと喝采が送られたのは言うまでもない。
ただ、洗濯物を燻製にされてしまったご近所さんからは、多少の文句があったそうな。
◆◇◆
その後、煙で燻され、ずだ袋にくるまれた蜂の巣は、自警団の手によってきちんと里の外に遺棄された。
明神横丁には平和が戻り、この一件は『源さんの蜂退治』ということで、しばし世間の口に上ることとなった。
めでたしめでたし……。
というだけの話であるならば、わざわざこうして私が紙に綴るまでもない。
源蔵が蜂を退治したその晩に、奇妙なことが起こったのである。
◆◇◆
六畳一間。部屋の真ん中に如かれた布団の横で、源蔵は寝間着に着替えていた。
掛け軸も床の間も花もない。押入れを除けば秘密らしい秘密もなさそうな殺風景な和室。
それが武者小路源蔵の寝床である。男やもめの一人暮らし。飾りっけなどありはしない。
少し酒が入っていて、源蔵はいい気分だった。今日の武蔵屋は、いつもよりもだいぶ賑わったのだ。
近所の馴染みの客から、遠方の御無沙汰していた客までやってきて、店内の席は全て埋まり、新しく椅子を用意しなければいけなかった。
理由は他でもなく、昼間の蜂退治の噂が午後の間に広まったことにある。皆は本日のオヤジの武勇譚を語りながら、天ぷらに舌鼓をうっていた。
お客が多ければ、源蔵に休む暇などない。いつも以上に忙しく、気の抜けない一日であった。
とはいえ、悪い気はしない。自分が明神横丁の平和を守ったことに、寝る前の今になって自然と笑みが浮かんできた。
「これでご先祖様にも顔向けできらぁ……妖怪の世話になんざ、死んでもなるかってんだ」
独り言を述べてから、源蔵はぴしゃりと額を叩き、
「いけねぇな。独り身が長ぇと、ついこぼしやがる」
枕元に置いたランプのコックをひねった。
闇一色に塗り替わった部屋の真ん中で、源蔵は麻の布団にくるまり、瞼を閉じる。
明日はどんなタネを仕入れてこようか、今日ほど忙しくはならないとは思うが……。
そんなとりとめのないことを考えているうちに、意識がぼんやりしてきて、源蔵はまどろみの中へと落ちていった。
ブーン
眠ってから何時間が経っただろう。
ふと、妙な音が部屋の中でして、源蔵は唸った。
布団にもぐった酔虎の眠りも覚ます不快な音である。
ブーン、ヴォン、ブン
――なんだ、蚊や耳鳴りにしちゃ、やけにうるせぇな。
ひょっとすると、外からカナブンが迷い込んだのかもしれない。
源蔵は仕方なく瞼を開き、ランプを灯した。
「ぬぁあああああああああああああああああ!!!?」
オヤジ絶叫。
染みの浮かんだ天井に酒樽ほどもある大きな蜂の巣がぶら下がっていたのである。
表面は渦巻き模様で彩られ、不気味な音を奏でながら振動している。
まさしく、昼間に彼が叩き落としたブツとそっくりであった。
「な、なんでぇこりゃあ!?」
という狼狽の声か、あるいは突然のランプの明かりに反応したらしく、蜂が次々と巣から出陣する。
「わぁっ」と源蔵は布団をかぶって、死にもの狂いで寝室から飛び出した。
襖を後ろ手に、しっかりと閉じ、
「はぁ……はぁ……えらいこっちゃ……」
廊下に座り込んで息を整える。
夢ではない。掌に冷たい床の感触がはっきりと伝わっているし、幻覚を見るほど飲んでもいない。
それに、頭から水をぶっかけられたように目が一気に覚め、全身が総毛だっていた。
大粒の汗を顔に浮かべて、源蔵は襖に耳を当てる。
ぶん、ぶん、という耳障りな羽音がやはり聞こえてくる。
襖の向こう側で暴れている、獰猛な生きた注射針の殺気まで感じ取ることができた。
とにかく、原因はわからないが、蜂の巣が寝室に出現した、ということだけははっきりしていた。
あんな場所で眠れるはずもない。そして、放置するわけにもいかぬ。
「やらいでかっ!」
源蔵は頬を叩いて気合を入れ、廊下を走った。
それから、ほっかむりをして藁の束とマッチ、それに麺棒を手に戻ってきた。
昼間と同じ要領で、蜂共を燻してくれよう。その後、この棒で無茶苦茶に叩いてやる。
源蔵は狼煙に火をつけるなり、中に踊り入って……
「あやややや?」
失礼。筆が先走った。
しかし、その時の源蔵が阿形像よろしく呆気に取られて口をポカンと広げていたのは、想像に難くない。
蜂の姿はどこにもなく、大きな巣の影も消えており、寝室は見慣れた六畳間に戻っていたのである。
◆◇◆
次の日の昼下がり、幻想郷は快晴であり、人里を横切る中央街道には活気が満ちていた。
この地で取れた食物が、河童の発明品が、あるいは外からやってきた様々な品が、主にここの市場で取引されている。
人界にとって良いものも悪いものも流れていくこの通りは、里の大動脈と表現できようか。
自由気ままに暮らせる妖怪と違って、この流れの恵みがなくては、里の者達は生きていけないのだ。
明神横丁の武蔵屋は、よいタネに困ったことがない。
といっても、決して店主の源蔵が魚屋や八百屋の主人を怒鳴りつけて、恐喝まがいの仕入れを行っているわけではない。向こうがぜひ源さんに腕をふるってもらいたいと頼んでくるのであり、源蔵はその心意気に全身全霊で応えているだけである。
武蔵屋の天ぷらの味は里の隅々まで知れ渡っていた。まずここの天ぷらを食べてみなければ、どの店が美味いだの不味いだのを語る資格はない、と言い切る食通までいるほどだった。
だが、この日の源蔵が中通りをぶらついていたのは、食材の仕入れのためではない。
沼の底をたゆたう鯰のような顔で道を歩いていると、自警団の詰め所の近くまで来た。
ちょうど昼休みから戻ってきたのか、顔なじみが威勢の良い声をかけてくる。
「よう源さん。今晩飲みにいってもいいかい?」
「ああ」
と源蔵は、齢の近い自警団の男に向かって、短く答えた。
向こうは少し怪訝な顔をして、
「なんだか顔色がよくねぇみたいだけど、大丈夫かい?」
「いや……」
適当に返事して歩き去りかけた源蔵は、立ち止まって、彼の方を見た。
「……なぁ、八つぁん。ちょいと聞きてぇんだが」
「なんだい改まって」
「祟りってあると思うか?」
「祟り?」
八つぁんは、きょとんと瞬きしてから、「がっはっは」と豪快に笑って肯定する。
「そりゃあ、あるともさ。寺子屋で昔、蛇に煙管を押し付けて遊んだら、背中に鱗のようなあざができたって悪ガキの話を聞かされたが、ありゃ本当にあったというぜ」
「そうかぁ」
思わず身震いしそうになった源蔵は、腕をさすって誤魔化した。
真夏の日差しが、今日はやけに弱く感じる。
「なんだい源さん。何かに憑かれたか」
「てやんでぇ。ただ俺っちも天ぷらに命をかけちゃいるけど、それ以上に命を奪ってやがるんだ。年に一度くれぇは、心と体を清めるべきかと思ってな」
「ははは、殊勝だなぁどうも。それなら俺が紹介してやるよ。お清めにお祓いとなると、さぁてどこがいいかな」
と腕組みして顎を撫でる八つぁん。
「博麗神社はあまりおすすめしねぇな。遠いし色々と源さんには……。命蓮寺もなかなかの評判だけど、やっぱり源さんには向かねぇな。その点、守矢神社は塩梅がいい。里に分社があるから、頼めばすぐに巫女さんが来てくれるぜ」
「なんでもいいさ。自分で言うのもなんだが信心深い方じゃねぇし、清めてくれるんならありがてぇこった」
「そんなら、守矢神社に頼むことにするか。分社の場所はわかるか? 行ったことないなら、今から若いのに案内させよう」
「すまねぇな」
源蔵は彼の心遣いに、素直に礼を述べた。
「そういや源さん。蜂に刺されたりしてないかい」
冷えたトンカチで殴られたかのように、源蔵は一瞬息を詰まらせる。
しっかりと二本足で立ってはいたが、軽い立ちくらみで視界は霞んでいた。
深呼吸して血の巡りを落ち着かせ、源蔵は油断なく訊ねる。
「そいつぁ、昨日の蜂退治の件でか?」
「と言っていいんだか……」
八つぁんはいったん口ごもり、首の後ろをぼりぼりと掻いてから、
「あの時源さん大活躍だったろう。自警団でもその話でちょいと盛り上がったんだが、どうもそれが蟲の妖怪の耳に入ったらしくてなぁ」
「蟲の妖怪だと?」
源蔵の眉が、毛虫がつつかれたように、ぴくりと角度を変えた。
揺れていた頭の芯も、真っ直ぐになった。
「んだ。慧音様はそもそも、その妖怪に蜂の巣の撤去を依頼しようとしていたらしいんだが。源さんの退治の話を聞いて、えらく憤慨してたらしい。あまりに乱暴なやり方だ、懲らしめなくては気が済まない、ってな。いや、俺達は源さんに感謝してるよ。蜂なんざ里のもんには迷惑でしかなかったわけだし」
「………………」
「何もなけりゃいいんだ。それに考えてみりゃ、里にいる限り妖怪に襲われはしないだろうから、心配することはない。あの横丁には平和が戻ったことだし、源さんも安心して、商売を続けな」
源蔵は黙って頷く。
が、両脇に垂らした腕の先は、固い握り拳を作っていた。
「おっと、それよりお清めだったな。今からでいいかい? おーい」
「いや、いい。今日はやめにした」
「あ、おい源さん」
うろたえる声を背に、源蔵はその場から歩き去った。
中通りを逆方向へと行く頑固オヤジに、すでに祟りへの怖れなどみじんもない。
沸々とした何かが、頭を押さえつけている蓋を持ち上げ、今にも外に飛び出そうとしていた。
妖怪は人間の里で人を襲うべからず。
それは幻想郷の決まり事であり、源蔵が生まれる前から続いているしきたりである。
だからどんな妖怪であっても、自分がこの里に住んでいる限り、こっちの生活をおびやかすということは考えられない。
しかし源蔵の立場としては、昨日の晩の怪現象は『襲われた』というほど大げさな話ではなく、むしろ単に『おどかされた』という方が近い。
そして人間の悪戯にしては手が込んでいる。あれだけ大きな蜂の巣を、一瞬にして寝室に仕掛け、そして一瞬にして隠し去ってしまったのだ。
ならばやはり相手は妖怪。蜂の親玉が仕返しに来たのだと考えると合点がいった。
ここにきて、自分の眠りを妨げたのが祟りではなく、虫けら妖怪だったと思うと、源蔵は恐怖よりも怒りの方が強くなったのである。
「べらんめぇ!! 妖怪ごときに兜を脱いでたまるかってんだ!!」
宙に向かって大声を張り上げる。
近くにいた人間が残らずギョッとしてこちらを向くが、気にしてなどいられなかった。
源蔵は明神横丁ではなく、近くにある適当な雑貨屋へと足を向けた。
妖怪は里で人間を襲えない。
だが、人間が里にいる妖怪を襲った例が、過去にないわけではなかった。
◆◇◆
その夜、亥の刻を過ぎたあたりのことである。
源蔵の寝室は昨晩と同じく殺風景な有様――ではなく、全くといっていいほど様変わりしていた。
布団の上には蚊帳がつるされ、その周りには大量に買い込んだ殺虫剤が結界よろしく並べられていたのである。
いずれも中通りの雑貨屋で購入したものだ。もし前回の様に蜂の巣が現れたのなら、これらで痛い目に遭わせてやろうという腹積もりである。
親玉の妖怪と鉢合わせした時のために、お札を巻いた棍棒も布団の中に忍ばせてあった。準備は万端だ。いつでも一戦交えられる。
「さぁ、来るなら来やがれってんだ」
ランプのコックをひねり、部屋の照明を落とす。
障子は閉め切ってあり、この時間の明神横丁は通る者も少ないために、自分の呼吸まで聞こえてきそうな静けさである。
源蔵は暗闇の中で目を開けたまま、神経をぴんと張りつめさせた状態で、敵の襲来を待った。
「……………………」
ところが、布団の中で息をひそめていても、一向に太い羽音の類は聞こえない。
前はすぐに蜂の巣が現れたのだが。それともあれはもしや、昨晩だけの仕返しだったのか。
「ふん、つまらねぇな」
恐るるに足らず、と源蔵は鼻で笑ってから、灯りをつけ直した。
就寝前に一度厠に行こうと、蚊帳の外に這い出て、廊下へと通じる襖を開ける。
「どわああああああああああああああああ!!」
二晩続けてオヤジ絶叫。
廊下に昨日遭遇したものと同様の大きさの蜂の巣が出現していたのだ。
それも一つではなく、廊下の端から端まで、行燈行列のごとくぶら下がっていたのである。
さすがの源蔵も血相を変えて、襖を閉めるのも忘れ、身を翻しつつ逃げ出す。
いや、逃げたのではない。布団の側まで舞い戻ったのだ。両手に殺虫剤の入った噴霧器を持ち、反撃に移ろうと、もう一度振り向く。
ブブブブブブブブブ、と数千匹の蜂が、視界を埋め尽くそうとしているところであった。
「ぬおっ!」
取るものも取りあえず、蚊帳の中に飛び込む源蔵。
騒々しい羽音が八方を取り囲む。網を突き破りかねない程の軍勢である。
源蔵は目を閉じて、左右に腕を伸ばし、
「うおおおおおおおお!!」
噴霧器の引き金を指で動かしながら、布団の上で回転を始めた。
中年オヤジによる白鳥の舞。いやいや、殺虫剤をまき散らす恐怖の人間独楽と喩えられようか。
四十年を越える人生の中で初めてのポーズ。追い詰められた心境が、自然とさせた動きであった。
やがて騒々しい羽音が小さくなって、源蔵は回転するのを止め、目を回して布団の上に倒れた。
大の字になった状態で、ぐらぐらと揺れる頭の中が落ち着いてから、恐る恐る瞼を開けてみたが、
「なぬっ!?」
源蔵は体を起こし、三角の目を吊り上げて、周囲を確認した。
なんとあれだけの数の蜂が、死骸一つ残さず消えていたのである。
バカな、と思い、慌てて源蔵は蚊帳の外へと這い出た。
畳の上に一匹くらい落ちていやしないかと、血眼になって痕跡を探してみるが、せいぜい自分の髪の毛が落ちているくらいであった。
そして源蔵をさらに驚かせたのは、廊下に一列に並んでいた蜂の巣もやはり、影も形もなくなっていたことである。
昨日に引き続き、まさしく妖術としか思えぬ、巧みな雲隠れだ。
やはり相手は人間ではない。化け物である。
だが……
「野郎、腰抜けが!!」
誰もいない廊下で、源蔵は怒鳴った。
「今日も脅かすだけか! こんなもん怖かねぇや! 男らしくかかってきやがれ、こんちきしょうめ!!」
特製の棍棒を振り回しながら、あちらこちらに向かってがなり立てる。
しかし相手はかなり慎重な性格をしているらしく、こちらの煽りに乗って姿を現す気配は全くなかった。
源蔵は念のため、灯りを片手に武蔵屋にある部屋をあらかた回ってみた。
気が立っているために、静かな探索というわけにはいかない。どら声で薄闇を脅しつけながら、何かが出てくれば、妖怪だろうと泥棒だろうと貧乏神だろうとぶっ叩いて成敗するつもりであった。
だが悔しいことに、ネズミ一匹出て来ない。
「けっ」
源蔵は棍棒を肩に担いで、一旦布団に戻ることにした。
おそらく妖怪は自分の剣幕に驚き、尻尾を巻いて逃げたのだろう。相手がいなければ喧嘩のしようがなかった。
とりあえず寝室に帰って、襖を開けて……。
「んなぁああああああああっ!?」
またもや源蔵は、腰を抜かすほど驚いた。
自分が寝ていた布団の上で、八尺はある巨大なカブトムシが、こちらに角を向けて待ち構えていたのである。
はっけよーい、のこった!
「どぉおおおおおおお!!」
カブトムシがのっそりと歩き出し、角で源蔵を押し始めた。
スピードはないが、馬力が半端ではない。
腕っぷしが自慢の源蔵も、全く歯が立たずに押され続け、ついには跳ね上げられる。
「うわぁ!」
空中を舞った源蔵は、しかし何とか体をひねり、布団の上で受身を取った。
背中に走る痛みをこらえて、急いで起き上がってみると、
「ぬぬっ!?」
またもや蟲は消えてしまっていた。蜂の巣を消してしまったのと同じ――いや、今回はそれ以上の業だ。
あれだけ大きなカブトムシが煙のように消えてしまうとは、何かのまやかしとしか思えない。
いや、まやかしに違いない。相手は妖怪なのだから。
「くそっ!」
源蔵は両の頬を叩いて、目を覚まそうとした。
動揺しては勝てる勝負も勝てない。相手はこちらを脅かすだけで、怪我をさせることすらできないのだ。
次こそは攻勢に出て、やっつけてやる。もう何が来ても驚きはしない覚悟を決めて、源蔵は布団の上にどっかと座った。
棍棒を膝の上に置いた状態で、油断なく気配を窺う。
五分ほど経ち、何かが視界の端を横切った気がした。
源蔵はすぐにハッとなり、腰を浮かせる。部屋の隅に親指ほどの褐色の何かがうずくまっているのが見える。
まさか……飲食店の大敵、黒い稲妻の異名を持つアレであろうか。
棍棒を振りかぶった状態で、すり足で近づいて確かめてみると――
――ただのセミであった。
「なーんだセミか」
源蔵は安心して布団の方へと戻り……
慌てて振り返った。
「セミだとぉ――!?」
次の瞬間、部屋の中に蝉時雨が吹き荒れた。
ミーン ミーン ミーン
ジジジジジジジジジジジジ
チー チー ジー
ツクツクツクッ ボーシ ツクツク ボーシ
ミンミンゼミにアブラゼミ。ニィニィゼミにツクツクボウシ。
ありとあらゆる蝉の声が四方八方から襲い掛かる。
まるでこの寝室の音声だけが、昼下がりの原生林に変わったかのようである。
源蔵は眩暈を覚えた。こんな状況で安眠できるはずもない。
「なめやがってぇえええええ!!」
殺虫剤を抱えて、蝉の声が聞こえてくる方へと、源蔵は家の中をひたすら駆け回った。
結局、蝉達の音波攻撃が終わったのは、隣家の雄鶏が鳴きだす時間になってからであった。
◆◇◆
さて、各々方のお察しの通り、この晩の騒ぎで源蔵の家の怪奇現象が止んだということはなかった。
次の日も、また次の日も、お天道様が沈んでから、妖怪はあの手この手で源蔵の安眠を妨害しにかかったのである。
その全てを詳細に記しても、きりがないのでやめておくことにする。
わざわざ読みたがる者もいないだろう。何、読みたい? 私が書きたくないのだ。蟲好きじゃないし。
とにかく、妖怪の嫌がらせは執拗だったが、源蔵はそれからも耐えた。
常人なら一晩で神経が参る攻撃に、七日も付き合ったのである。普通なら気が変になってもおかしくはない。
稗田の家がそんなことになったら引っ越すか、博麗の巫女に速やかに退治してもらおうと思うが。
あるいは早々に負けを認めて、妖怪にお引き取り願うだろう。
だが頑固な天ぷらオヤジは一言も「参った!」や「降参だ!」などと言わなかった。
「虫けらめ!」や「ごく潰しが!」などは言った。
するとなおさら、次の夜の安眠妨害が激しくなるのだから、終わりの見えない泥沼の闘いといってよかった。
源蔵とてやられっぱなしだったわけではない。
何しろ、やられればやられるほど、なにくそと燃える性格である。
とにかく蟲、そして妖怪の苦手な物についての情報を日中に仕入れ、夜に今度こそ捕まえてぶち殺してやろうと待ち構え、蟲が現れ次第追い回しているのであった。
彼の人生においては珍しいことに、天ぷらの新ダネを考えるよりも妖怪との対決に熱心だったのだから、これもまた蟲の祟り、あるいは、あやかしに憑かれたといえるのかもしれない。
そんな粘り強い頑固オヤジであっても、さすがに疲労の色は日増しに濃くなっていた。
蜂の巣を落としてから、八日目の午後のことだ。
◆◇◆
「それで、左京が屋根に登って無事にその猿を下に追い払ったはいいんだが、今度はエテ公のやつ、はしごを蹴倒していきやがってなぁ。左京を屋根の上に放っておいて、猿を里の外まで追っ払っていったせいで、あいつカンカンに怒っちまって」
「なぁるほど。奴が晩に酒を奢られたっていうのはそのことだったわけだ。猿のおかげで儲けたんだからいいじゃねぇか、なぁ」
「いやいや、あれは狒々の妖怪の生成りに違いねぇ。ああいうのは最近幻想郷じゃ見なくなったが、山にはまだいるのかもしれねぇぞ」
「へぇー、そんなもんが。もしかしたら、おめぇんとこのかかぁも猪か何かの生成りじゃねぇのか」
「ばっきゃろぃ!!」
油の香ばしい匂いが漂う武蔵屋の店の中、男衆たちの笑い声が上がる。
今日の客は自警団や工人などの力仕事を営む者達が多く、昼間のうだるような熱気から解放されたばかりのところで、ここに疲れを癒しに来ていた。
いい具合に酔っている者もいるが、一升瓶を片手に暴れるような輩はおらず、どこか温かい空気が流れている。
ここの主人の噂を聞いている者は、初めて入る店の雰囲気を、意外に思うかもしれぬ。
板場に立つ源蔵は、いつものように禅行のごとく黙って調理を続け、口ではなく手を動かして、客の注文に応えていた。
客に対して怒鳴りつけることもない。
荒い気にさらされれば、材料がまずくなる、包丁が汚れるという師匠の教えがあるからである。
だから揚げたての天ぷらを脇に置いて、ぺちゃくちゃ喋る者がいても、源蔵は文句を言わなかった。
そのかわり、物凄い形相になる。
悪鬼羅刹のような顔で歯を食いしばり、しまいには悔し涙まで流す。逆らえる客がいるはずもない。
年に数回、かつての恩師である上白沢慧音が暖簾をくぐることがあるが、源蔵はどんな客が相手でも態度を変えることはなかった。
という心構えだから、料理に媚を売るようなところがない。手抜きなぞもっての外であり、どんな時でも細心の注意を払ってタネを揚げていく。
この性格で客足が途絶えないというのは、そういうことなのである。
そんなわけで、今日の店主がぶすっとした顔をしているのは、いつも通り調理に真剣だからだろうと、客は信じて疑わなかった。
「にしても、源さんの腕は一品だ」
「全くだ。酒が進んでしょうがねぇや」
「秋が来ても冬が来ても、楽しめるのがいいところだよなぁ」
話題の合間に、店の天ぷらを褒めちぎる声が板場まで届く。
彼らの食べ具合を見計らって、源蔵は次の天ぷらのタネの下ごしらえを始めた。
これから取りかかるのは若鮎。人気の一品であり、昼間に釣られたのを締めたばかりのものである。
まずは塩水でぬめりを取り、布巾で水分を払って、包丁でさばいていく。
これを卵水と小麦粉を混ぜたもので衣をつけ、熱した油で揚げていくのだが、食材やその日の天気によって勝手が変わってくるため、常に最高の天ぷらを客の前に出すのは容易なことではない。
その点、源蔵は自分の腕に絶対な自信を持っていた。
しかし、
ぴたり、と源蔵が動きを止めた。
危うく包丁の刃が、左手の指に食い込むところであった。
鮎をさばいている間に、何かがまな板の横で動いた気がしたのである。
が、錯覚だったらしい。手を止めて、目をこすってみると、ただ野菜のくずが残っていただけであった。
「源さん、鮎が揚がったら、酒のお代わりも頼みます」
源蔵は「ああ」とうなずき、軽く頭を振って気合を入れ直した。
鍋に新しく琥珀色の油を引き、いい具合に煮立たせてから、下ごしらえを終えた鮎を差し入れる。
じゅわっ、と小気味よい音が鳴り、無数の泡粒が油の上に輪を描いた。
源蔵は雑念を消し、耳を澄ませた。
調理するだけなら、天ぷらは家庭でもできる料理である。一流と三流の差を分けるのは、揚げる際の集中力と感性といえよう。
見るだけでは天ぷらはわからない。揚がり具合を確かめるためには、きちんと音で聞き分けなくてはいけない。
――まだだ……まだ……。
脇に油を切るための金網を置いて、源蔵は菜箸を手に、その瞬間を待ち続けた。
ぷ~ん
耳元に大きな『羽音』が飛び込んできた。
「わあっ!!」
源蔵は大きく悲鳴を上げて、のけぞった。
床に落ちた金網が、カラカラと音を立てて滑っていく。
そちらには目もくれずに、源蔵は左右に首を振って音の原因を探ってみるが、何も飛んでいる様子はなかった。
「ははは、どうした源さん。珍しいな」
と客の一人が笑ったのは、短い時間であった。
しん、と場が静かになる。
板場に立つ源蔵は、額に青筋を浮かべて、一点を睨みつけていた。
相手は客ではない。鍋の中でつい今しがた泳いでいた天ぷらを凝視していたのである。
菜箸で咄嗟に鍋から取り出されたそれは、キツネというよりタヌキの毛色に近くなっていた。
源蔵は喉の奥から声を絞り出す。
「……すまねぇ……揚げ過ぎた。こいつはもう客にだせねぇ」
「い、いいよ源さん、そいつをもらうよ」
「だせねぇもんはだせねぇんだっ!!」
源蔵はついに掟を破り、店に怒鳴り声を響かせた。
数日間ため込んでいたものが、一気に腹の底で爆発したようであった。
食材を無駄にしてしまったことに、心が泣いていた。
さらに客の前で声を荒げてしまったことを自覚し、源蔵は恥ずかしさで顔をそちらに向けられなかった。
火山の灰が舞い落ちるがごとく、自分を中心にして世界が昏くなってく。
やがて、源蔵は鍋の火を止め、厨房から客席の方へと出ていった。
そして固唾を飲んで視線を向けてくる客人達に、しっかりと頭を下げて言う。
「みんな、悪いが今日のところは帰ってくれ。この埋め合わせは、きっとする」
◆◇◆
客がいなくなり、いよいよ静かになった武蔵屋。
厨房に立つ源蔵は、手に持った大根の表面に包丁の刃を当て、黙々と動かしていた。
かつら剥きである。大根やニンジンなどの根野菜を、紙のように薄く剥いていく技術だ。
修業時代は、これをみっちりやらされた。これがきちんとできるまでは、板場に立たせてもらえなかった。
今でも朝と晩、欠かさず続けている。
包丁も腕も心も、日々研ぎ澄まさなくては、板前はできないのである。
だが、今日の源蔵は青二才に戻ったような心情を抱えこんでいた。
いつもなら大根一本で一丈の白帯を作ることもできるものの、今日は十寸ほどで切れ目が入ってしまう。
集中しようと思えば思うほど肩が強張ってしまうという、悪循環にはまり込んでいた。
――俺もついに焼きが回ったか。
という思いが源蔵の頭をかすめた。
手を休め、溜息をついて店内を見渡す。
寝室での決闘であれば、何べんだろうと耐え抜いて見せる。
だが先代より受け継いだ、客をもてなすこの場所は、何事も恐れぬ源蔵にとって唯一といってよい泣き所といえる。
もし仕事中に妖怪に土足で踏み荒らされるようなことがあれば、客に迷惑がかかる。それは絶対に避けたい。故にこの決闘が終わるまで、営業はできなかった。
しかし先程の己の体たらくは、なんとしたことだろう。
蟲の影に怯えるばかりか、天ぷらが揚がる瞬間を見逃してしまうとは。
源蔵は少し首を回して、ツケ場に置いてある皿の上に放置された、鮎の天ぷらに目をやった。
冷めたタヌキ色のそれは、錆びた自分の腕を嘲笑っているかのようにも見える。
ひとまず、この失敗作は客に出すことができないため、明日のまかないに使うつもりであった。
かつてはよく反省の意味をこめて、失敗作を食べたものだが、まさかこの年になって味わう羽目になるとは思わなかった。
――銀之助が十二になりゃあ、修行をつけてやるつもりだったんだが……。
後を継がせようと秘かに決めている、甥っ子の顔が頭に浮かぶ。
まだ七つになったばかりだが、彼はこんな頑固者の自分を誰よりも尊敬してくれている。
かつての自分が、自警団の叔父貴に憧れたように。
今の情けない姿を見て、甥はどんな気持ちになるだろうか。出来そこないの天ぷらを揚げてしまう半端な料理人の姿を……。
うなだれる源蔵が、次の大根を手に取ろうとした時であった。
とんとん、と店の戸を軽く叩く音がした。
「あいてねぇよ」
ぞんざいに声をかけるものの、もう一度、戸が震える。
『源さん、源さん』という高い声がしたので、源蔵はちらりと玄関の方を見て、向こうにいる人影を確認した。
「……なんでぇ。お前さんかい」
『こんばんは。その声だと、源さんは風邪で店を閉めてるっていうわけでもなさそうですね』
「ほっとけ。今日は休みだ。しばらく休業だ。飯はだせねぇ」
会話をそれっきりにして、源蔵は新しい大根に手を伸ばし、精神修養を続けようとする。
すると戸の方から、すすり泣きのような声が届けられた。
『うう……一か月間、この日を楽しみにしてたんですよ。源さんの天ぷらが食べたくて食べたくて……』
「ふん」
『からっと揚がってるのを、さくっと噛むと、中からじゅわっと旨味が沁みだしてきて、それが噛むたびに続いて』
「………………」
はらり……と、大根の皮がざるに落ち、源蔵の眉間にしわが寄った。
『幻想郷の旬の味や、外界の珍味。それらを新鮮な油で黄金に変えていく、あの名人芸……』
「………………」
『ピリッと辛いしし唐、甘みたっぷりのカボチャ、踊りたくなるマイタケ、香ばしくてほろ苦い鮎……そのことばっかり考えてここまで歩いてきたのに、食べられないなんてぇ』
「ああうざってぇ!! んなとこでメソメソしやがるくれぇなら、さっさと入ってきて座りやがれ!! 頓痴気が!!」
『さすが源さん! じゃあ鍵を開けてくださいなー』
源蔵は舌打ちして、厨房から玄関へと向かい、戸の鍵を開けてやった。
「あらためまして、こんばんは。外はいい月ですよ」
入ってきたのは、若い女だった。
かんざしを差した長く黒い髪に、人懐っこそうな快活な笑み。普通の町娘の格好だが、背は高めであり、姿勢がよいために尚更すらっと縦に伸びて見える。だが出るところは出ていて、豊満な柳が歩いているような印象があった。
彼女一人が店に入ってくるだけで、じめっとした中の雰囲気が明るくなったようである。
が、源蔵はわざわざその客のために、不景気な面を変えてやるつもりはなかった。
とんがった目付きのままで厨房へと戻り、席の方へと顎をしゃくる。
町娘の方も慣れた調子で、
「おじゃましまーす。注文はいつもので。今日はぬる燗……いや、お冷がいいかな」
「ちょいと待ってな」
源蔵は断りを入れて、酒の支度を始めた。
いつもと変わらぬ無駄のない手際であったが、内心では心の臓が焦りに高鳴っている。
――今のおいらに、天ぷらが揚げられるか。
初めて板場に立ち、客を前にした時のことを思い出す。
いつも修行している場所が、全然別の場所に見えて、高台の上に命綱なしで立たされているような心地がしたものだ。
その時から二十五年あまり。これほど追い詰められた心境になったこともなかった。
体調がよいとは言えない。夕方のような失態を犯すことも十分に考えられる。
おまけに夜とはいえ、季節は夏である。高い気温の中で油を扱うのは難しい。
ほんのわずかな油断で、天ぷらの衣ががちがちとなる職人泣かせの季節であり、たとえ源蔵の腕をもってしても、万全の準備で事に当たらなくては失敗しかねない。
だがもう客の方は、祭りで綿飴ができあがるのを待つ童女のような表情で、付け台の椅子についていた。
前回来た時と同じく、源蔵が美味い天ぷらを揚げてくれることを一つも疑っていない様子である。
彼女の前に冷たいおしぼり、そして冷酒と簡単なつまみを出してやり、源蔵はまな板と鉄鍋の側に立った。
追い詰められた時、もうだめだと思った時、その時こそ自分の真価を試すことができる。
がけっぷちに立つ人間には、過去を嘆く時間も未来を憂う時間も必要ない。
その時に何ができるか、目の前の課題に、一心不乱に取り組むべし。
――いつだって勝負だ、それが俺っちの人生だ!
源蔵は腹をくくって、調理に取り掛かった。
まずは床下の小さな保冷室にしまっておいた卵と粉、そして夕方に汲んで冷やしておいた井戸水を取り出す。
卵を二つ割り、木の椀で小麦粉、水と一緒に箸でかきまぜる。
念入りにする必要はない。必要な時に必要な時間だけ手を加えるのが調理人の心得である。
タネの下ごしらえを始める前に、鍋に油を取り、火をつける。
よい油であることはもちろん大事だが、配合の加減によっても風味がまるで違ってくるのが天ぷらの奥深いところだ。
人里には名店、あるいは天ぷら四天王と呼ばれる店が点在しているが、それぞれ自慢の天ぷら油を持っており、その分量は門外不出の秘伝なのである。
武蔵屋ではタネによって使う油を変えていた。椿油を少量混ぜて風味を軽くする場合もある。
先代より店を継いだ後も、研究を怠った日はない。
タネに下粉をうってなじませてから、卵水につける。もちろんつけすぎては台無しだ。
『タネ七分に腕三分』という天ぷらの格言があるが、これにはタネが天ぷらの美味さを決定づけるという意味ではなく、食材の本来の味をどれだけ損なわずに揚げるかが大事であり、材料を尊べという戒めがこめられている。
あくまで客に味わってもらうのは、衣に華の咲いた錦の美人であり、ゴテゴテに固まった鎧武者ではないのである。
いよいよ舞台が整い、揚げる番が来た。
無言の念をこめて、煮立った鍋の中の油に、新鮮な具材を投入する。
光を帯びた泡粒が鍋全体に広がって、一時身が見えなくなった。
大胆な火力で食材の水分を飛ばしていき、旨味をギュッと衣の中に閉じ込める。それが天ぷらである。
「いい音……」
娘がお猪口を片手に、うっとりとした様子で呟く。
源蔵は眉ひとつ動かさずに、鍋の様子を睨みつけ、感覚を研ぎ澄ます。
「いい匂い……」
娘は今にも涎を垂らしそうな、だらしのない顔をしていた。
ただし源蔵の視界にも頭にも、その様子は毛ほども入り込まない。
筆を墨で濡らした書の達人。刀の柄に手をかけた居合の達人。滝壺に身を躍らせようとする泳ぎの達人。
それらに劣らぬ気迫。油の鬼になったつもりで、針が床に落ちるほどの猶予もない時間を探り当て、ついに。
――今だ!
鍋に菜箸を突っ込み、金と朱の溶け合った天ぷらを鉄網の上へと引き上げる。
一品目は川海老。舌を目覚めさせ、食欲に点火するにはもってこいの品である。
ここから、山菜をいくつか。茄子。舞茸。南瓜。隠しダネの梅干し。雷魚。鱸。若鮎などを、食べ具合を見つつ順序を変えて出し、最後はさっぱりとミョウガで締めるつもりであった。
十分に油を切って、紙を載せた皿に盛りつけ、湯気が立ちのぼっている間に客の前に出す。
耳、鼻、目の順で楽しんでもらうことができた。
しかし、舌にのせて呑み込んでもらわなくては、天ぷらが完成したとはいえない。
「いただきます」
食前の挨拶をして、町娘は天ぷらに箸をつけた。
源蔵は次のタネの準備をしながら、彼女の反応を盗み見る。
行儀よく箸で川海老をつまんで持ち上げ、特製の天つゆにつけてから、ふー、ふー、と息を吹きかけ、口の中に運び……
「んー……………………」
咀嚼していた娘の額が、徐々に前髪で隠れていった。下げた頭のかんざしが震えている。
ごくりと呑み込む音が、ここまで届いた気がした。
彼女は溌剌とした笑みを見せ、親指を立てる。
「最高!!」
うむ! とうなずき、源蔵は次の天ぷらを皿に盛った。
娘は小躍りしそうな勢いで、それを平らげていく。さらに一つ呑み込むたびに、冗長なまでに派手な反応をしてみせた。
「美味い! 天下一品! 大将! ジャパニーズミラクル!」
天ぷらとなった食材たちが、彼女の口を借りて唄っているようでさえある。
「黙って食いな。油の音が聞こえなくなっちまう」
源蔵は鮎の下ごしらえをしながら、無愛想に言葉を返す。
がしかし、普段の自分、そして店の雰囲気が戻っていることに、心の中ではいくら彼女に感謝してもしたりなかった。
◆◇◆
「生きててよかった~」
付け台の前に座る娘は、満足そうに息を吐いた。
決して軽い料理ではない天ぷらを、大の男二、三人前はたっぷり平らげたのだから、大した胃袋である。
彼女はこの店の常連には違いなかったが、一風変わった客であった。
一ヶ月に一度、暖簾を下ろそうかという時間帯に、独りでふらりとやってきて、天ぷらを食べて帰っていくのである。
何やら怪しげな来訪の仕方だが、食べっぷりは間が抜けているといっていいほど豪快であるし、性格も明るいことこの上ない。
金払いも悪くないので、大方里のどこかにある屋敷の放蕩娘だろうと、源蔵は見当をつけていた。
「他でも天ぷらは食べたことはあるんですけどねぇ。いまいちだったんですよ。どうしてここのはこんなに美味しくてホッとするんだろう」
「世辞はいらねぇよ」
ぶっきらぼうに言って、源蔵は彼女の前に皿をコトリと置く。
半分に切られた茶色い固形の卵が載っている。
「あれ? これは?」
「奢りだ。どうせしばらく、まともに客の相手はできねぇからな」
卵の燻製である。
酒のつまみであるが、家庭のお惣菜の域からちゃんとした一品料理に引き上げるために、少し工夫が加えてある。
思えば、あの日の事件をヒントにして、これを思いついたのだったが……。
娘は新作に箸をつける前に、どこか心配そうに言った。
「源さん、何かあったんですか? 少し寝不足なように見えますし」
「何もねぇさ」
「台所の奥に見えてるの、あれ天ぷらですよね。揚げるのに失敗したんですか?」
「たまにはそういうこともあらぁ」
「そういえば今夜食べた天ぷらの味も、いつも通り抜群だったけど、正直に言うと、心なしか湿った感じがしたような」
「………………」
「あ、でも漬物は前と同じくらい美味しかったです」
「そいつは俺の手柄じゃねぇ。妹のやつが漬けたもんだからな」
「ごめんなさい」
彼女は頭を下げ、付け台にごちんと額を打ちつけた。
酔っているのかもしれない。
「よかったら話してください。誰かに悩みを話すことで気が紛れるというじゃないですか」
「てやんでぇ。こちとら女に愚痴垂れるほど落ちぶれちゃいねぇよ」
「む、聞き捨てなりませんね源さん。いつ私を女扱いしたんですか。前にここに友達を連れて来た時なんて、『お前さんに、こんなお淑やかで女らしい知り合いがいるとはね』とか言ってたくせに」
「知らねぇな」
「絶対言いましたよ。あれ結構傷ついたんですよ」
源蔵はいよいよ苦い顔になった。
傷ついた、と言いながら、ニタニタと口の端で笑う小娘は、こちらの反応をからかって楽しんでいるようにしか見えない。
聞くまで帰らない、などとごねられても面倒である。
「……外で言いふらすんじゃねぇぞ」
しっかり釘を刺してから、源蔵は今日までの出来事を語ってやった。
ご近所の迷惑になっていた蜂の巣を、妖怪の手を借りずに退治したこと。
その晩に、寝室で蜂の大群に脅かされたということ。
以来、寝る時間もほとんどなくなるほど、蟲の親玉らしき妖怪の嫌がらせがひっきりなしに続いているということ。
食事中に聞いていて楽しい話でもないだろうに、娘は燻製をつまみながら愉快そうに相槌を打つ。
「なるほどねぇ。源さんが店を開けてなかった理由はそれだったんだ。蟲の妖怪と意地の張り合いとは珍しい話ですね」
「べらんめぇ。こいつは決闘だ。向こうが根をあげるまで、俺は参ったなんざ言わねぇぞ」
源蔵は拳骨を掌に押し付け、バキバキと骨を鳴らす。
あれから一週間経っているが、まだこの娘以外、自警団の知り合いにも妖怪のことは話していない。
妖怪退治の専門家の手を借りれば、そちらでかたを付けられてしまう可能性がある。源蔵はなんとしてでも、自分の手で敵をふん捕まえて、叩きのめしてやりたいのである。
だが敵は大胆かつ慎重な性格をしているようであり、源蔵はこれまでの七晩、まだ件の妖怪と顔を合わせたことさえ一度もなかった。
したがって姿はわからないものの、大体想像はついている。醜悪で汚らしくて、図体はでかいわりに素早く動く、棘か針のような毛で覆われた目の膨らんだ蟲の化け物。
薄闇の向こうでそんな妖怪が嗤っているのかと思うと、嫌悪感と闘志の両方が湧き出てくる。
今までは、いつもあと一歩のところで逃げられてしまっていた。だが今夜こそは……。
「見てやがれ……ぐうの音も出ないくらいやっつけてやる」
「あ、妖怪を退治したいならいい方法がありますよ」
彼女は皿に残っていた、鮎の尻尾を持ち上げる。
「この天ぷらですって」
「ああ?」
「『北風と太陽』の、太陽方式。この店の天ぷらを食べさせたら、どんな妖怪だって降参しますよ、きっと」
「ざけんな!! この店に妖怪に食わせる天ぷらはねぇよ!! 天かすだってやるもんかい!」
「はいはい。そう言うと思ってました」
「ならわざわざ聞くんじゃねぇ!」
「店も今よりずっと賑やかになるだろうし、名案だと思うんだけどなぁ」
源蔵は舌打ちをして、かぶりを振った。世間知らずのお嬢さんはこれだから参る。
「いいか姉ちゃん。頭から説明してやる。うちの前の通りはな。明神横丁といって、人里が大体今の形になって以来ある、由緒正しい往来なんだ」
「はぁ、初耳でした」
「そうか。まあとにかく、この横丁は里の中でも妖怪の出入りを制限している場所なんだ。人間の人間による人間のための場所ってこった。これは隠居した親父の受け売りだがな」
半分納得、半分承服しかねるような顔つきで娘は訊ねる。
「だから、妖怪をお客として招けない、と?」
「まぁそうだ」
「でも最近人間の里も、妖怪が増えましたよね」
「違ぇねぇ。仲良しこよしが増えてやがる」
「だったら……」
「じゃあそれが全部、本当に正しいことだとお前さんは思うか?」
付け台の客は口をつぐむ。
頑固の一点張りが性分なはずの源蔵にしては、珍しい物言いだったからかもしれない。
「確かに妖怪が人を襲うことは少なくなったかもしれねぇけどな。やつらと俺らは、土台違ぇ存在なんだ。ご時世がご時世だから、仕方なく付き合ってやってる。もちろん中には心底妖怪が好きなやつもいるかもしれねぇ。だがな。多くの人間にとっちゃあ、妖怪抜きで、人間同士で休める憩いの場も必要なんだよ。妖怪が妖怪だけで過ごす時間が必要なようにな」
源蔵は消毒の水に浸けておいた包丁を取り、丁寧に水気を切って、拭い始めた。
「年中妖怪と関わってる自警団の奴らが、この店の人間だけの空気にいつもホッとしてやがる。無理もねぇ。いつだって妖怪の顔色窺わにゃならねぇんだからな。だから! この店じゃ絶対に妖怪のよの字も入れさせねぇ。俺があいつらだけの憩いの場を作ってやろうってんだ。それがこの里での俺っちなりの志ってもんよ」
何も妖怪に真正面から立ち向かうことだけが、里を守ることに繋がるわけではない。
心身ともに休める場所を用意し、食べ物で活力を与え、明日へと気持ちよく送り出してやるのも、大事な仕事であろう。
決して派手ではない裏方役ともいえるこの職業に、源蔵は誇りを持っていた。
椅子に座る娘は苦笑しつつ話を聞いている。
なんだか嬉しいような寂しいような、ある種の憧憬を抱いた表情だった。
静かに目を伏せ、彼女は財布から銭を取り出す。
「ご馳走さまでした。また来月に来させていただきます」
「おう、あばよ。今度はあの銀髪の姉ちゃんもまた連れてきな。店は開けといてやる」
「そうですねぇ。いつかもっと大勢で来たいんですが……」
勘定を終えた娘は、店の戸を開けながら、そっと振り返った。
表は満月。彼女の顔を白い光が撫でる。
その表情は、調子のよい道楽娘のものではなく、艶めいていて妖しくもある笑みであった。
「源さん、さっきの話、もう一度考えてくれませんか?」
「なんだ。天ぷらで妖怪を退治しろってか。それでどっかに消えちまうんなら考えねぇでもねぇけどな」
「そうじゃなくて、このお店に妖怪を招いてあげるって話です。月に一度とかでも」
「ざけたことぬかしてねぇで、とっとと帰れ。おめぇの方が妖怪に襲われても知らねぇぞ」
くすっ、と彼女は笑って、「おやすみなさい」と出て行った。
ため息をついて、源蔵は頭を掻いた。
どうもあの娘が来ると、調子が狂ってしまう。死んだ女房に少し似ているからかもしれない。
◆◇◆
夜風に髪をなびかせて、町娘は提灯もつけずに、明神横丁を真っ直ぐ南へと歩いていく。
人里の中心部で、望月が空に見えているとはいえ、若い娘が一人で歩く時間帯ではない。
なのに彼女は、まるで闇に手を引かれるように、ごく自然に歩を進めていた。
やがて中心街から里の端側まで来て、周囲の家々が少なくなった辺りで、彼女は立ち止まった。
軽く首を動かして四方の様子を窺ってから、長い黒髪を撫でる。
するとどうだろう。夜闇の中に月光を浴びて揺らめく炎のごとき、赤い髪が浮かび上がったではないか。
さらに身にまとう『気』も、人間のものから、妖怪のそれへと変貌していた。
「武蔵屋の天ぷらの味は、人情の味……つまり『人の味』か。どうりで何度も食べに行きたくなるわけね」
ん、と体を伸ばし、彼女は振り返る。
「咲夜さんは気に入ってくれたけど、髪の色を変えずにあの通りに入れるようになるまでは、お嬢様を招待することはできないだろうなぁ」
妖怪は残念そうに呟き、天ぷらの油の香りを漂わせて、霧の湖にある館へと帰って行った。
◆◇◆
「妖怪を店に招けだと? ふん。背筋が寒くならぁ」
就寝の時間。床間にて着替えながら、源蔵はぼやいた。
周囲は殺虫剤の缶や蚊取り線香の燃えカス、悪霊退散の御札などが散らかったままになっている。
これらの道具を仕入れるために、この一週間で三度、里の方々の店に足を運んだが、いくらあっても足りないような気がしていた。
あの日以来、ここは寝床ではなく化け物部屋と化してしまっているといってよい。あるいは古今東西びっくり昆虫館だ。
蜂の祟り、いや、卑怯な妖怪のせいである。姿を隠しっきりで、影からこそこそと嫌がらせを企む陰険なへちま野郎のせいである。
そんな性悪を店の座敷に招いて、天ぷらを揚げてやる? 冗談ではない。
「妖怪なんざにうちの店の天ぷらの味が分かってたまるかってんだ」
源蔵はここにいない正体不明の相手に悪態をつくだけついて、ようやく灯りを消し、布団にもぐった。
最近は横になると、逆に目が冴えてくるから始末が悪い。それもこれも、薄のろで低俗な虫けら妖怪が原因だった。
だが今宵の源蔵は一味違う。妖怪退治のため、この戦いに終止符を打つために、今までで最も期待が持てる装備を手に入れたといってよい。
たとえかの藤原秀郷が退治したという大百足が出てきても、討ち取ってみせる備えだという自負があった。
――さぁ……とっとと面を見せやがれ。
源蔵が布団の中で待ち構えていると、妖しい気配が漂いだした。
人間とも獣ともいえぬ、うなじに注がれる炭酸水のような独特の気配である。
――来やがったな。
悪夢の時間の始まりだ。
先手を打って飛び出してやろうと、瞼を薄く開いた源蔵は……瞠目した。
――こりゃあ……。
心が一瞬で奪われる。その光景に、布団の中で金縛りにあってしまう。
天井でほのかな緑の光が、緩やかに踊っていたのである。
それも一つではない。たくさんいる。いずれも源蔵にとって特別な虫である、蛍であった。
夢は夢でも、悪夢ではなかった。それは幻想的で……六畳の薄汚い寝室を、小人の舞踏会のための劇場に変えてしまうほどの美しさがあった。
…… 源、よく頑張ったな。もう少しで着くぞ。 ……
懐かしい声がした。
…… あそこだ。見えるか。ようし、もう少し近づいてみるか。 ……
叔父貴の声だ。いやそれだけではない。他にも逞しい声がいくつか。
そして眼前には、
…… どうだ。里じゃこんな光景、滅多に見られないだろう ……
光が。無数の光で覆われた木々が。
――ああ……蛍の森だ……。
感嘆する源蔵の心は、過去へと旅立っていた。
◆◇◆
あれは腕白なガキ大将だった夏の日のことである。
自警団の一人だった叔父貴の特別な計らいで、源蔵は里の外へと出かけることになった。
叔父貴はまだ若かったが、腕っぷしは里で一番であり、源蔵にとって最も尊敬すべき兄貴分であった。
それが里の外の見回りに連れて行ってくれるというのだから、断るはずもない。源蔵はためらうことなく、意気揚々とお供させてもらった。
怖いもの知らずで、いつも威張っていて、毎日のように蛮勇を振りかざしていた頃のことだから、里の外なんざへっちゃらだとしか思っていなかった。
だが日が沈む時間になってから、里で積み上げてきた意気地が鉛筆の芯の様に細くなってきた。
口ではなんと言っていても、まだ源蔵は小さかったし、妖怪が怖かったのだ。
早く家に帰りたいというのに、その後ちょっと寄り道しようなどと叔父貴達が言い出したのだから、心底恨めしく思った覚えがある。
だが彼らにその蛍の森に案内された途端、源蔵の心は一瞬でひっくり返された。
この世にこんな綺麗な場所があるのかと、我が目を疑った。今まで里の中だけで世界を知った気になっていた自分が、どれだけ小さい存在だったのかを、子供ながらに痛感したのである。
そして、叔父貴達が里の外のことに詳しく、日常的に出かけていることについても、尊敬の念を覚えて止まなかった。
いつか自分も大人になったら、彼らの様に里の外を探索するのだと、その時は夢見ていた。
だが結局、源蔵は天ぷら屋になった。別に面白い話などない。自然と親父の後を継いだというだけである。
やりがいのある仕事だったし、好きでなければ続けられなかっただろう。幻想郷一の天ぷら屋を目指して、今日まで骨身を削って精進してきたのは間違いない。
ただ残念だったのは、自警団と掛け持ちできるような商売ではなかったため、叔父貴の歩んだ道を歩くのは諦める他なかったことである。里の外への憧れは、それから三十年以上、封印せざるを得なかった。
ただし今は、あの頃の気持ちが蘇っている。天井いっぱいの蛍を見上げることで……。
「……なかなか綺麗じゃねぇか」
つい、源蔵はそう呟いてしまった。
妖怪に対する、ある種の敗北といえよう。だが、それほど悪い気分にはならなかった。
今晩のところはしばらく、この変わった出し物を楽しませてもらおうと思っていた。
とそこで、蛍のダンスが変化しだす。
一つ一つの星が、列を作ったり点をこしらえたりして、変わった図形を描き始める。
源蔵は目でその光をなぞってみた。
○ ○ ○ ○
○ ○ ○ ○
○ ○
○ ○
○
○
○ ○ ○ ○ ○ ○
○ ○
○ ○
○ ○
○ ○ ○
「……………………」
瞬間、源蔵の美しい思い出は粉々となった。
おそらく、これから蛍を見る度に、そしてあの少年時代の情景を思い出す度に、自分の心に「バカ」の二文字が横入りしてくることであろう。
なんという所業。なんという屈辱。蟲が飛びかかってくるよりも、よっぽどこたえた。
「こんちきしょうがぁあああ……」
源蔵の地獄の呻き声に合わせて、蛍達の隊列が崩れた。
すぐに布団から飛び起きて、この部屋を殺虫の粉まみれにしてやろうかと思ったが――
その時である。源蔵の耳に、ほんの微かな物音が届いたのは。
この部屋ではなく、別の場所――店の厨房の方から聞こえた気がした。
――まさか……?
源蔵はすぐに機転を利かせて、布団の中で眠ったふりをした。
一定の呼吸を続けていると、天井にいた蛍は、わずかに開いた襖の向こうへと飛んで去っていった。
もう一度、源蔵は聴覚に集中する。天ぷらで鍛えた耳は伊達ではない。
いる。確かに、この店に何者かが入り込んでいる。
ここ数日間、だいぶ妖気にあてられたからだろうか。人ならぬ者が、店の奥で何かしている気配が伝わってきた。
間違いなく厨房の辺りだ。奴は今、客と自分以外は許さぬあの場所で、悪さをしようとしてるのだ。
そう思った瞬間、源蔵の中の炎が真っ直ぐ一本の線になって、脳天から股下までを貫いた。
獣並の素早さで布団から這い出て、今まで準備していたものを全て装備し終える。
寝室から廊下に出た時、源蔵は天ぷら屋のオヤジではなく、全く異なる魔物へと変貌していた。
右手には馬の首を切り落とせそうなほどごつい鉈。しかも刃には殺虫剤が塗られている凶悪な代物を携えている。
そして左手には提灯。灯りは極限まで抑えられており、退魔のまじないが表面に書かれていた。
だがその二つを手に持った姿は、まさしくナマハゲであった。
もし目の当たりにした人間がいたとすれば、自警団に源蔵の退治を依頼したに違いない。
里の頑固親父は消えた。今、廊下を歩いているのは、自らの誇りと日常と思い出を粉みじんにされ、復讐に燃える手負いの桃太郎である。
きび団子ではなく、天ぷらに人生を賭けてきた男の憎念をとくと見よ。はたして妖怪の命運やいかに。
源蔵は武蔵屋の店内に入った。座敷や付け台の席には何もいない。
だが厨房の中から、さくりさくり、と何かを咀嚼するような音が聞こえてきた。
そこまできて、ついに我慢の収まりがきかなくなり、
「そこにいたかぁあああああ!!!」
どら声と共に、鉈を構えて源蔵は突進する。
「きゃああああ――!!」
影は悲鳴をあげた。
子供のように甲高い声だったが、殺気だった源蔵の意識に引っかかりはしない。
完全に腰を抜かし、仰向けになるそいつの前に仁王立ちして、提灯の光を突きつける。
いた。
「こ……こんばんは……」
源蔵の鉈が、振りかぶられた状態で止まった。
犯人らしき妖怪は、すぐ目の前にいる。鉈を振り下ろせば、今すぐにでも退治できる。
そうするべきだった。そのために今夜まで闘い続けてきたのであり、ようやく借りを返す絶好の機会に恵まれたのだから。
しかし、そいつは源蔵が想像していたほどでかくなかった。体躯は華奢であり、棘で体を覆っているわけでもない。
それに人間の少女か少年のような、ずいぶん気弱な顔立ちをしている。
服装も仄かに光る外套を羽織ってはいるが、白いシャツに短パンという軽装であり、散切りの緑色の髪と額から生やした触角のようなものがなければ、近所の鼻たれ小僧が迷い込んだようにしか見えなかっただろう。
なので、その妖怪が犯人だとは信じられなかった。源蔵の思い描いていた怪物とは、何もかもが異なっていたからだ。
「………………」
ばつが悪いのか、こちらの姿を恐れているのか、妖怪の方は床に座り込んだままで、神妙に身体を小さくしている。
あまり強そうには見えず、凶暴そうにも見えない。
源蔵は腑に落ちなかった。何故こいつは今自分に見つかったのか。そして何故こんな小妖怪が、今日まで自分の殺気を受けながら、あのような大胆不敵な嫌がらせを続けられたのだろうか。
妖怪と目が合った。
思ったより、強い光が返ってきた。屈したくはないという意志を秘めているが、状況が極めて不利であることを認めてもいる。そんな、罠にかかった獣のような緊迫感を醸し出している。いい面構えだ。
源蔵は今になって気付く。
土台違う存在だと、そう信じ切っていたが、実はそうではなかったのか。
妖怪の矜持はわからないが、そもそもこの決闘は、自分が蟲や妖怪の存在を頑なまでに認めなかったがために起こった闘いだったともいえる。
そしてこいつも同じくこれまでずっと、譲りたくないものを抱えて挑んできたのだとすれば……。
ますます振りかぶっている鉈が動かなくなってしまった。
ただ、唸る。
「てめぇ…………」
対する蛍の妖怪は無言のまま、観念したように目を伏せる。
源蔵はしばらく、その縞のない小玉スイカのような頭を睨みつけていた。
何かが引っかかっている。
これまで散々苦しめられた怒りを思い出したからか。いや違う。土足で厨房に入られたことか。間違っていないが、それだけではない。妖怪に対する嫌悪感か。いやこの際、それはすでに後付けである。
やがて源蔵は、その答えを見つけた。
その妖怪は、指の間と口の周りに油かすがついていた。
夕べに失敗して置いておいた天ぷらの残り物を味見していたのだろう。食べるのに夢中で、こちらの接近に気が付いていなかったのだ。
断じて許すまじ。源蔵は手にした大鉈の先を、付け台の席の方に移して怒鳴った。
「んな冷めた出来そこない美味そうに食うな!! そっちに座れっ!! 天ぷらは揚げたてに限る!!」
◆◇◆
武者小路源蔵が筋金入りの妖怪嫌いだったというのは間違いない。だが骨の髄まで料理人だった頑固オヤジは、何よりも、出来そこないの天ぷらで満足している好敵手に我慢がならなかった。
というわけで結局源蔵は、揚げたての天ぷらを食べさせることで、妖怪に参ったを言わせたのであった。
もっとも、それから一年が経つが、武蔵屋の主人は怒りのあまり件の妖怪を見るなり鉈を振るって真っ二つにしたのだ、という噂も耳にすることもいまだある。
が、そうではない。なぜなら先日、その蟲妖怪から直接話を聞く機会に恵まれたからだ。
彼女はすでに源蔵を憎んではいないらしい。七日間嫌がらせを続けたことによって気が晴れた、というより、互いに誇るべき業を見せあうことで、認め合い、通じ合うものがあったのではなかろうか。あるいは天ぷらの味にころりとやられただけかもしれないが。
何にせよ特筆すべきは、この事件が反対派の態度が軟化する一つのきっかけとなり、後に明神横丁が月に一度だけ人間でなくても通れるようになったということである。
そして武蔵屋もその日の晩だけ、天ぷらを食べにやってくる妖怪達のために店を開けるようになったのだ。
冒頭で私が今晩、その天ぷらを食べられないと書いたのは、そういった次第であった。
長らく妖怪の立ち入りを禁じてきたあの横丁が開かれているというのは、人間の立場としては何となく心が落ち着かず、また腹も空いてくる。
しかしながら私は、あの頑固オヤジがむっつり顔で、あれほど嫌っていたはずの妖怪達に料理してやっている光景を思うと、何となく可笑しみがこみあげてくるのである。
貴方の人里の人間はいつも情にあふれていて素敵です
職人気質な頑固オヤジ、なのに可愛いところもある。
虫との戦い(?)ではコミカルな一面も。
美鈴との会話も格好いいなと思いました。
…源さんのことばかりですが、それだけ彼が魅力的だったということで。
阿求がまるで語りかけるような文体だったり、タイトルを推敲したような跡があったり、AAまで出てきて、すごく面白かったです。
あと、やっぱりリグルは妖怪しててもかわいい。
源さんの頑固っぷりと料理人としての意地に惚れる。
源さんにひたすら逆襲するリグルまじ可愛い。
オリキャラも良い味出してました
原さんがとてもいいキャラしてました。
コミカルながらも必死さが伝わってきて面白かったです
欲を言えば和解シーンをもうちょっと書きこんで欲しかったかな
納得がいく極上の一品でした。
それにしても嫁がめーりんに似てたとか美人で巨乳だったんだな
それはともかく厨房で残り物を盗み食いしちゃうグル可愛いです
と源さんに感情移入してるところに『 バ カ 』
腹抱えて笑いました
相手のことを知らなければ何も進まない。そうした意味ではこの終わり方はとても大切なのではないでしょうか
里に住む人間の気概を見せ付けられた思いです
楽しいお話をありがとうございました
妖怪がやってくるようになった店の風景も気になります。
面白い話をありがとうございました。
考えればすぐ分かる事ではあるんですが、携帯で初めて読まれる方のためにタグに『PCでの閲覧推奨』等入れといた方がよりこの作品は楽しめると思います。
それにしても源さんが魅力的すぎるw
源さんの天麩羅は美味しそうだし・・・
作品への愛を感じるいいお話でした
面白かったです。あと何気に阿求がらしくていい。
源さんもリグルも魅力的
欲を言うとやっぱり和解シーンをもっと見たかったです
この親父は美鈴似の嫁がいただと・・・・・・?
なんと羨ま
7日間の蟲攻めに屈しないとか源さん男前すぎるww
しかし腕っ節が里で一番だった『叔父貴』はやっぱり彼だったんでしょうかね
あえて明かすべき部分でもなかったとは思いますが
くっそ、完敗です
源さんかっこいいねぇ
文句なしの百点ですよ
くそう腹減った……
嫌みの無いオリキャラが素晴らしかった。
次回作も待ってます。
最高の仕事をしている人って見てて気持ちいい。
直接対面した源蔵氏がなんだか一人勝手に色々と悟っていくあたりに妙な違和感が。
多分実際には、後で天ぷらを振舞っていた際に互いの主張をぶつけ合ったんだろうとは
思うのですが。
しかし源蔵氏の職人気質、人里に対する心構えは素晴らしい。その彼が、「妖怪のことを
知ろうともせず悪く言うばかりの人間」のままで終わらずにすんで良かったと思います。
ですが、オリジナルのキャラクターから描かれるあなたの幻想郷。毎度のことながら見事でした。
読み終えた後のこの充実感はPNSさんの作品でしか味わえません。満腹です。
天ぷらが食べたくなるいい作品ですね!
人里を書いたSSはもっと増えるべき
あとバカの文字の所で、こち亀の両津対ゴキブリの話しを思い出して吹きました。
この後、美鈴のネタばらしを食らってなんとも言い難い表情を浮かべたりするのでしょうかね。想像が膨らみます。