「やっぱり、人生は楽園だわ」
笑いながらそう言って、霊夢は死んだ。
一瞬だったから、苦しむこともなかったと思う。
本当にこれで良かったのかは、まだ分からないけど。
―――三日間ほど前の話になる。
何の前触れもなく、私に霊夢の死期が視えた。
視ようと思って視たわけではない。
そもそも、自分の意思に反して他人の死期が視えた経験など、今までなかった。
これはひとえに、博麗霊夢という人間が特殊な存在であったからか。
あるいは、今までで他に例をみないほど、彼女が私にとって特別な人間であったからか。
いぜれにせよ、今となっては分からない。
ただ一つだけ確かなことは、博麗霊夢は、今からおよそ三日後に死を迎えるということだった。
私には、運命を操る程度の能力がある。
しかしだからといって、何でもかんでも思いのままに運命を操作できるというわけではない。
たとえば人の死期、寿命といったものを、恣意的に動かすなんてことはできないのだ。
それができたら、私は神になってしまう。
私は悪魔であって、神にはなりえない。
―――それから二日間、私は様々な葛藤に苛まれていた。
もうすぐ霊夢が死ぬという現実、それを納得して受け容れるのはこの短い時間では難しいと思った。
だから、それはもう後回しにした。
受け容れるとか、悲しむとか、泣くとか、叫ぶとか、そういった諸々の衝動は全て後回しにした。
私が今すべきことは、そんなことではない。
そんなことをしていたら、何もできないまま霊夢が死んでしまう。
もっとも、それはそれで一つの選択肢なのかもしれない。
霊夢に何も告げなければ、普段通りの日常を謳歌したまま、何も知らないまま霊夢は死ぬ。
それも一つの幸せな死に方なのかもしれない。
でも、もし可能性があるなら。
霊夢がもっと幸せに死ねる未来があるなら。
私は、その可能性に賭けてみたかった。
―――それから半日、私は可能な限りで自分の能力を行使した。
先にも述べたが、私は何でもかんでも思いのままに運命を操作できるというわけではない。
しかし、『本来ならこういう行動は取らなかった』という者の運命を、『そういう行動を取るように』さりげなく別の運命に変えてやることくらいなら、できる。
といっても、そう大層な運命改変を行ったわけではない。
そも、運命を無闇に変えることは、世界のバランスに歪みを来しかねず、好ましい事ではないからだ。
よって、私が行った運命操作とは、
―――霊夢が、私に『自分の寿命はどれくらいなのか』と訊いてくるようにする。
―――霊夢に関わりを持つ人妖達の、『この日の夜』の予定が暇になるようにする。
という、たったこれだけのことであった。
これだけで必要十分だった。
―――その後、私は何気ない顔をして神社へと向かった。
いつものように霊夢と肩を並べてお茶を飲み、他愛の無い話をする。
やがてふと会話が止み、沈黙となった後、霊夢がなんとはなしに訊いてきた。
「ねえレミリア。私の寿命ってあとどんくらいなの」
それは本当に何の気も無い口調だった。
いくら勘の鋭い霊夢といえど、まさかそれが自身の運命を操作された結果だったとは思いもしなかっただろう。
単なる思いつきか気まぐれでの発問としか、認識していないはずだ。
私はなるべく平坦な声で答えた。
「もって後二十二分ってとこかしらね」
この数字に深い意味は無い。
単に、この時点から数えて、霊夢の本当の余命が十二時間二十二分だったので、その分数だけ告げたという次第だ。
「えっ」
予想通り、霊夢は目を丸くしていた。
その後、私に色々尋ねてきたり、一人で顔を青くしたり、動揺してお茶をこぼしたりと色々やっていたようだが、私にとっては別にどうでもよかった。
というより、私はあまり意識を向けないようにしていたのかもしれない。
たとえ結果が分かっていても、死を前に動揺する霊夢とか、混乱する霊夢とか、発狂する霊夢なんかを、私はきっと見たくはなかったから。
しかしそれでも、それでも私は、霊夢に一度、『死』を体感してほしかった。
死んだことのない(というかそもそも死ぬことがあるのかどうかすらよく分からない)私が言うのもおかしな話だが、死があるからこそ、人は生きていけるのだと思うから。
その身をもって『死』を識ればこそ、今ある『生』に感謝できる。
それがこの二日間、無い頭をこねくり回して導き出した、私なりの答えだった。
今でもそれが、本当に正しかったのかどうかは分からない。
もしかしたら、もっと良いやり方だって、あったのかもしれない。
でもこれが、このとき私が考えついた、霊夢にとって最も幸せな死に方だった。
―――二十二分はあっという間に過ぎ去った。
霊夢にとっては別論、私にとっては既定事項でしかなかったのだから、ただ機械的に時間の経過を待っていただけだった。
ああそういえば、偶然にも、この間に魔理沙が霊夢に会いに来たのにはちょっと驚いた。
別に私が運命を操ったわけでもないのに。
虫の知らせ、というやつだったのかもしれない。
とにかく、二十二分が経過しても死ななかった霊夢は、そこでようやく私のネタばらしを聞き(もちろん本当の寿命については黙秘)、怒り心頭で思いっきり私の顔をぶん殴った。
正直、もっとひどい攻撃をも覚悟していたのだが、存外にも霊夢は優しかった。
今思えば、私への怒りよりも、生への感謝が勝ったのかもしれない。
それを思うと、やはり胸がちくりと痛んだ。
このおよそ十二時間後に、霊夢には本当の死が待っているのだから。
そんなことは露知らず、霊夢は喜色半分、怒色半分といった顔色で私に言った。
「あーもう馬鹿馬鹿しい。こうなったら今から飲むわよ。あんた、責任とって暇そうなやつ片っ端から連れて来なさい!」
言われなくてもそのつもりだった。
既に下準備を済ませていたことは、先に述べたとおりである。
それから間もなく、博麗神社の境内で大宴会が催された。
霊夢に関わるありとあらゆる人妖が集結し、特に何の目的も無いただの宴会で、これだけの賑わいを見せたのはおそらく初めてのことだったと思う。
「おらおら、何ちーたら飲んでんのよ! もっとガンガンいきなさい!」
普段の宴会ではそこまで騒ぐ方でもない霊夢が、この日は他の誰よりも騒いでいた。
その様子に少々面食らった者もいたようだが、時間が経ち酒が回るにつれ、次第に誰も気にしなくなっていた。
もっとも魔理沙だけは、夕方の件もあったためか、逆に普段よりも大人しい様子だった。
騒ぐ霊夢を嗜めつつ、常に優しい微笑みを浮かべていたのを、今でもよく覚えている。
「あはははは。あー楽しい」
霊夢は笑っていた。
幸せそうに笑っていた。
この日、霊夢は一度『死んだ』。
『殺した』のは紛れもないこの私で、だからこそ霊夢は『生』の有難みを噛み締めていたのだと思う。
霊夢の底抜けの笑顔を見ながら、でもそれがもう後数時間で失われるという現実を認識しながら、私はずっと考えていた。
―――本当にこれで良かったのだろうか。
こんなぬか喜びのようなことをさせるくらいなら、いっそ何も告げない方が良かったのではないか。
あるいはすぐに運命を告知し、最後の三日間を、本人の悔いの無いように過ごさせた方が良かったのではないか。
今でも、その答えは出ていないままだ。
―――霊夢が一度『死んで』から、十二時間後。
「やっぱり、人生は楽園だわ」
笑いながらそう言って、霊夢は死んだ。
今度こそ本当に、死んだ。
一瞬だったから、苦しむこともなかったと思う。
その証拠に、霊夢の死に顔はきれいな笑顔のままだった。
それから私は、後回しにしていた仕事を一気に片づけた。
つまり、悲しんで、泣いて、叫んだ。
受け容れることは、今でもまだできていないような気がする。
本当にこれで良かったのかは、まだ分からない。
もしかすると、これは私のエゴでしかなかったのかもしれない。
もっとちゃんと、皆にお別れをさせてあげるべきだったのかもしれない。
でも、最期の瞬間、皆に囲まれ笑っていた霊夢は、きっと幸せだったんだと思う。
少なくとも私は、そう思っている。
了
笑いながらそう言って、霊夢は死んだ。
一瞬だったから、苦しむこともなかったと思う。
本当にこれで良かったのかは、まだ分からないけど。
―――三日間ほど前の話になる。
何の前触れもなく、私に霊夢の死期が視えた。
視ようと思って視たわけではない。
そもそも、自分の意思に反して他人の死期が視えた経験など、今までなかった。
これはひとえに、博麗霊夢という人間が特殊な存在であったからか。
あるいは、今までで他に例をみないほど、彼女が私にとって特別な人間であったからか。
いぜれにせよ、今となっては分からない。
ただ一つだけ確かなことは、博麗霊夢は、今からおよそ三日後に死を迎えるということだった。
私には、運命を操る程度の能力がある。
しかしだからといって、何でもかんでも思いのままに運命を操作できるというわけではない。
たとえば人の死期、寿命といったものを、恣意的に動かすなんてことはできないのだ。
それができたら、私は神になってしまう。
私は悪魔であって、神にはなりえない。
―――それから二日間、私は様々な葛藤に苛まれていた。
もうすぐ霊夢が死ぬという現実、それを納得して受け容れるのはこの短い時間では難しいと思った。
だから、それはもう後回しにした。
受け容れるとか、悲しむとか、泣くとか、叫ぶとか、そういった諸々の衝動は全て後回しにした。
私が今すべきことは、そんなことではない。
そんなことをしていたら、何もできないまま霊夢が死んでしまう。
もっとも、それはそれで一つの選択肢なのかもしれない。
霊夢に何も告げなければ、普段通りの日常を謳歌したまま、何も知らないまま霊夢は死ぬ。
それも一つの幸せな死に方なのかもしれない。
でも、もし可能性があるなら。
霊夢がもっと幸せに死ねる未来があるなら。
私は、その可能性に賭けてみたかった。
―――それから半日、私は可能な限りで自分の能力を行使した。
先にも述べたが、私は何でもかんでも思いのままに運命を操作できるというわけではない。
しかし、『本来ならこういう行動は取らなかった』という者の運命を、『そういう行動を取るように』さりげなく別の運命に変えてやることくらいなら、できる。
といっても、そう大層な運命改変を行ったわけではない。
そも、運命を無闇に変えることは、世界のバランスに歪みを来しかねず、好ましい事ではないからだ。
よって、私が行った運命操作とは、
―――霊夢が、私に『自分の寿命はどれくらいなのか』と訊いてくるようにする。
―――霊夢に関わりを持つ人妖達の、『この日の夜』の予定が暇になるようにする。
という、たったこれだけのことであった。
これだけで必要十分だった。
―――その後、私は何気ない顔をして神社へと向かった。
いつものように霊夢と肩を並べてお茶を飲み、他愛の無い話をする。
やがてふと会話が止み、沈黙となった後、霊夢がなんとはなしに訊いてきた。
「ねえレミリア。私の寿命ってあとどんくらいなの」
それは本当に何の気も無い口調だった。
いくら勘の鋭い霊夢といえど、まさかそれが自身の運命を操作された結果だったとは思いもしなかっただろう。
単なる思いつきか気まぐれでの発問としか、認識していないはずだ。
私はなるべく平坦な声で答えた。
「もって後二十二分ってとこかしらね」
この数字に深い意味は無い。
単に、この時点から数えて、霊夢の本当の余命が十二時間二十二分だったので、その分数だけ告げたという次第だ。
「えっ」
予想通り、霊夢は目を丸くしていた。
その後、私に色々尋ねてきたり、一人で顔を青くしたり、動揺してお茶をこぼしたりと色々やっていたようだが、私にとっては別にどうでもよかった。
というより、私はあまり意識を向けないようにしていたのかもしれない。
たとえ結果が分かっていても、死を前に動揺する霊夢とか、混乱する霊夢とか、発狂する霊夢なんかを、私はきっと見たくはなかったから。
しかしそれでも、それでも私は、霊夢に一度、『死』を体感してほしかった。
死んだことのない(というかそもそも死ぬことがあるのかどうかすらよく分からない)私が言うのもおかしな話だが、死があるからこそ、人は生きていけるのだと思うから。
その身をもって『死』を識ればこそ、今ある『生』に感謝できる。
それがこの二日間、無い頭をこねくり回して導き出した、私なりの答えだった。
今でもそれが、本当に正しかったのかどうかは分からない。
もしかしたら、もっと良いやり方だって、あったのかもしれない。
でもこれが、このとき私が考えついた、霊夢にとって最も幸せな死に方だった。
―――二十二分はあっという間に過ぎ去った。
霊夢にとっては別論、私にとっては既定事項でしかなかったのだから、ただ機械的に時間の経過を待っていただけだった。
ああそういえば、偶然にも、この間に魔理沙が霊夢に会いに来たのにはちょっと驚いた。
別に私が運命を操ったわけでもないのに。
虫の知らせ、というやつだったのかもしれない。
とにかく、二十二分が経過しても死ななかった霊夢は、そこでようやく私のネタばらしを聞き(もちろん本当の寿命については黙秘)、怒り心頭で思いっきり私の顔をぶん殴った。
正直、もっとひどい攻撃をも覚悟していたのだが、存外にも霊夢は優しかった。
今思えば、私への怒りよりも、生への感謝が勝ったのかもしれない。
それを思うと、やはり胸がちくりと痛んだ。
このおよそ十二時間後に、霊夢には本当の死が待っているのだから。
そんなことは露知らず、霊夢は喜色半分、怒色半分といった顔色で私に言った。
「あーもう馬鹿馬鹿しい。こうなったら今から飲むわよ。あんた、責任とって暇そうなやつ片っ端から連れて来なさい!」
言われなくてもそのつもりだった。
既に下準備を済ませていたことは、先に述べたとおりである。
それから間もなく、博麗神社の境内で大宴会が催された。
霊夢に関わるありとあらゆる人妖が集結し、特に何の目的も無いただの宴会で、これだけの賑わいを見せたのはおそらく初めてのことだったと思う。
「おらおら、何ちーたら飲んでんのよ! もっとガンガンいきなさい!」
普段の宴会ではそこまで騒ぐ方でもない霊夢が、この日は他の誰よりも騒いでいた。
その様子に少々面食らった者もいたようだが、時間が経ち酒が回るにつれ、次第に誰も気にしなくなっていた。
もっとも魔理沙だけは、夕方の件もあったためか、逆に普段よりも大人しい様子だった。
騒ぐ霊夢を嗜めつつ、常に優しい微笑みを浮かべていたのを、今でもよく覚えている。
「あはははは。あー楽しい」
霊夢は笑っていた。
幸せそうに笑っていた。
この日、霊夢は一度『死んだ』。
『殺した』のは紛れもないこの私で、だからこそ霊夢は『生』の有難みを噛み締めていたのだと思う。
霊夢の底抜けの笑顔を見ながら、でもそれがもう後数時間で失われるという現実を認識しながら、私はずっと考えていた。
―――本当にこれで良かったのだろうか。
こんなぬか喜びのようなことをさせるくらいなら、いっそ何も告げない方が良かったのではないか。
あるいはすぐに運命を告知し、最後の三日間を、本人の悔いの無いように過ごさせた方が良かったのではないか。
今でも、その答えは出ていないままだ。
―――霊夢が一度『死んで』から、十二時間後。
「やっぱり、人生は楽園だわ」
笑いながらそう言って、霊夢は死んだ。
今度こそ本当に、死んだ。
一瞬だったから、苦しむこともなかったと思う。
その証拠に、霊夢の死に顔はきれいな笑顔のままだった。
それから私は、後回しにしていた仕事を一気に片づけた。
つまり、悲しんで、泣いて、叫んだ。
受け容れることは、今でもまだできていないような気がする。
本当にこれで良かったのかは、まだ分からない。
もしかすると、これは私のエゴでしかなかったのかもしれない。
もっとちゃんと、皆にお別れをさせてあげるべきだったのかもしれない。
でも、最期の瞬間、皆に囲まれ笑っていた霊夢は、きっと幸せだったんだと思う。
少なくとも私は、そう思っている。
了
お嬢様が受け身すぎて話に起伏がないし、もっとあらがって欲しかったです。
どうせならページ機能を使って先の霊夢視点と一緒に投稿して、お嬢様が結果がどうであれ最期まであらがうさまを濃密に書ききればもっと化けたかな、と思います。
それでもここまで持って行く力量は流石。次回に期待します
まあ、悪いことじゃないし、むしろここまで形にできたのはすごい。
0点という意味での無評価つけさせてもらいますね
できれば一緒に読みたかったですね
モヤモヤしちゃいますねぇ
一ヶ月後、そこには自分の死に気付かず亡霊巫女となって茶をすする霊夢の姿が!
という未来しか浮かばず不完全燃焼を感じたので50点で。
二作合わせて一作品と感じたのと
こちらのほうが好きだったのでこちらに点数を。