「なあ、アリス。さっきからその後ろにくっつくように付いていってるのはなんなんだ?」
もうすぐお昼という時、居間に配置されたソファーに寝転がり、その物体を指差しながら魔理沙はこの家の住人に問う。
「何って人形よ」
魔道書を読み寛いでいる魔理沙の方を向いて答えるアリス。
「そりゃあ見ればわかる」
人形の方に顔を向けると、人形もいつの間にか魔理沙の方を向いていたらしく視線が交差した。
魔理沙が指差した人形は一切の手抜きが見られない精巧な作りで、アリスが持つ他の人形と比べても遜色がない。
金色でちょっと長めな髪も他の人形と同じだ。
違うといえばそのサイズで、普段アリスが愛用している人形はちょっと大きめな小動物くらいのサイズの物が大半だが、今魔理沙と見つめ合っている人形は人間の少女、ちょうど魔理沙くらいの背丈があるものだった。
色は違うがアリスの着ているのと同じような服も着せられており、アリスの後ろに付いていく歩行動作もアリスのように優雅で遠目で見ると本物の人間に見える。
魔理沙自身見ればわかるとは言ったものの最初家を訪れた時、他に客が来ていると勘違いしたくらいだ。
その勘違いもあってなんだか聞くのが恥ずかしくなってしまい、無視してソファーで寛ぎはじめたのが30分前。
それから現在に至るまでアリスは居間を行ったりきたりしていた。
当然その後ろには例の人形。
無視を決め込んでいたのに、まるで『私の人形はこんなに優雅に歩けるのよ、あなたはどうなのかしら?』と見せ付けられているようでとうとう我慢出来なくなって問いかけてしまったのだ。
ちなみに悔しいが魔理沙にはあれほど優雅な動作を出来る自信はなかった。
「そういうことじゃなくて」
「これはね、トレース人形」
「トレース人形?」
「そう、対象の人物の動きをそのまま真似する人形」
アリスはくるっと回り、スカートの裾をつまみお辞儀をする。
その一連の動作がいちいち洗練されていて、魔理沙は軽い敗北感に襲われる。
そうしていると隣の人形も同じように回り、アリスと同じポーズを取る。
こちらも洗練された動きでアリスのものと甲乙付けがたい。
「なるほど、アリスの動きを真似しているのか」
「そういうこと」
道理で動作の一つ一つが上品なわけだ。
魔理沙は人形に負けたわけではなかったんだと安心したようにうんうん言っていた。
「で、なんで作ったんだ?」
「なんとなく思いついたからだけど、強いて言うなら自立人形のためね。人間が出来る動作は全部出来るようにしたいし、それには操ってるだけじゃわからないかなと思って」
身振り手振りを交えて話すアリスとその隣で同じ動作をする人形。
声を発しない以外はそっくりで、動きの間違い探しをしろと言われても答えられる人はいないのではないだろうか。
「なあなあ、この人形はアリス以外の動きも真似できるのか?」
「出来るわよ、あなたの動きも」
「ほんとか!? じゃあ」
「ダメ」
「……って言っても聞かないんでしょうね」
「やたっ!」
「まだ貸すとは言ってないけど、はぁ、仕方ないわね」
これもいつものことかと呆れ顔でアリスが言う。
「いいだろ、アリスの動きだけ真似できても人間の動きが真似出来たことにはならないんだぜ、本物の人間を使わないとな」
魔理沙とて人間であって人間で無いようなものだとアリスは思ったが、それを言うと本人は猛反発するので黙っておいた。
それに魔理沙の言うことも一理ある、自分一人の動きだけ真似出来ても完全ではない。
自分で試したいことは大体試し終えていたので、もし魔理沙が人形を壊してしまっても問題はない。
アリスは魔理沙に貸してデータを集めることに決めた。
「但しこれだけは守って。トレースさせてる間、魔法や弾幕を使うのはダメ」
「どうして?」
「魔力を介した動作は想定していないから」
要するに普通の人間にはない動きはダメということだ。
「あと、私の魔力供給がないと動かないから明日までには魔力切れになると思うわ。そうなったら返して頂戴」
「はいはい」
「はい、それじゃあもう魔理沙の動きをトレースするようにしたから」
その言葉を聞いてすぐさま魔理沙はジャンプしてみる。
すると隣にいた人形も同じ高さにジャンプする。
「おおっ、おおお?」
「そんなに楽しい?」
「だって、まるで人形遣いになったみたいじゃないか。一度なってみたかったんだよ人形遣い」
「あら意外、魔理沙がそんなに人形遣いに興味あると思ってなかったわ」
「だって人形遣いって楽そうじゃないか、人形が身の回りの世話とかしてくれたり、前から使い魔とかそういうのに興味あったんだ」
「でも人形連れるなら地底に行ったときやったじゃない」
「あれはアリスが遠隔操作してただろ。違うんだよ、自分で動かしてこそ人形遣いって感じがするだろ」
「ただ魔理沙の真似をするだけだし、操作してるのとは違う気がするんだけど」
「自分の動きに対応するんだからそれはもう操作してるのと同じだって」
そう言うと魔理沙は人形に付いて来いと言わんばかりに堂々と歩き出していた。
後ろには、先ほどまでの上品な動きはどこへやら、正真正銘魔理沙の動きそのもの真似た人形が付いていた。
「それじゃあ行ってくる」
「ええ、行ってらっしゃい」
こうしてトレース人形を借りた魔理沙はひとまず自分の家を目指すことにした。
アリスの家も魔理沙の家も魔法の森にある。
基本的に人が入らない場所なので道は一切舗装などされていない。
アリスの家を発ち、すぐに立ちはだかった障害がこの道だ。
一人ならいざ知らず後ろについてくるのは自分の動きを真似る人形。
同じ動作をするといっても、自分の少し後ろでその動作を行うため、ただ歩いているだけでは人形がその険しい道につまずいて倒れてしまう。
倒れた後もこれまた大変で、起き上がらせようにも同じ動作をしようとするため、なかなか上手くいかない。
飛ぶことが出来れば問題にならないのだが、トレース中は魔法を禁じられているし、抱きかかえて走ろうにも、人形も走ろうとじたばたするので断念した。
「アリスはこうなることがわかっていたから部屋の中をうろうろするだけだったのか」
あの決して広くはない部屋を行き来するのも簡単ではないのだが。
魔理沙はここで引き返しては負けだと気を引き締め直して、自分の家への道を一歩、また一歩と踏み出した。
普段ならば飛んで3分、歩いていても15分程度で辿り着くはずの家に到着したのは、アリスの家を発ってから1時間以上経過した後だった。
途中何度転んだかは両の手では数え切れない。
それでも後半は扱いに多少慣れてなんとか転ばない術を身に付けていた。
「あーこりゃアリスに怒られるな」
何度も転んだことによって服がすっかり泥だらけになってしまった人形を見る。
服には汚れだけではなく傷も目立ち、どうやら洗う程度ではどうにもならなそうだ。
人形の方は大した傷も無く、問題なく動いているのが幸いか。
服の方は嘆いていても仕方ないので着替えることにした。
魔理沙自身も人形に負けず劣らず汚れていたので着替えることにし、服を取り出す。
数分後、白茶黒服からキレイな白黒服に変わった魔理沙の姿があった。
基本的に魔理沙の外出用の服は白黒服である。
自分の着替えが終わったので服を持ち、人形の着替えを始める魔理沙だったが、まともに着させようとしてもうまく行かない。
「なんというか、人形遣いも楽じゃないんだな」
楽をするどころか普段の数十倍苦労している。
アリスはよく人形に紅茶を入れさせているが、その動作も一体どれくらいの労力がかかっているというのか。
そんなことを考えつつ、魔理沙は人形を見ながら服を着替える動作をする。
人形に同じ動作をさせて自分から着替えさせるためだ。
このあたりの動作は森を歩いているときに身に付いたものだった。
「これじゃどっちが人形かわからんな」
着替えているのは人形で、魔理沙は着替えるフリをしている、先ほど魔理沙が着替えていた時とは逆の光景が広がっていた。
そして、着替え終わった人形を見てより一層そう思った。
人形の体型は魔理沙に近いものであったため、家にあった服がぴったり。
その服ももちろん白黒。加えて人形は金髪で長さも魔理沙に比べて少し長いくらい。
だからこれにいつもの帽子を被せれば……
「私の出来上がりってわけだ」
せっかくなのでみつあみを作って髪形まで同じにしてみた。
「ははっ、こりゃいいや、これで出かけよう」
ここまでに苦労もしたし疲労もあったが、借りられる期間は長く見積もっても一日。
最初は自分の家で色々と試そうと考えていたが、それはもったいないと感じていた。
出かけると決めたら即行動、魔理沙は人形と共に幻想郷の散歩をはじめた。
もうすっかり扱いに慣れたため、転ぶことはなかった。
道を歩き、すれ違った人妖は二人になった魔理沙を見て興味津々に話しかけてくる。
「うわっ、うるさいのが増えたわね。うーん、でも人形だからこっちはうるさくないのか、なんか不思議な感じ」
と言うのは霊夢。そんなにうるさいかな私。
「魔理沙さんが二人? まさか幽明求聞持聡明の法!? 魔理沙さんも半人半霊になったんですね」
と言うのは妖夢。勝手に人を半分殺さないで欲しい。
「あー! 魔理沙さんの妹さんですか?」
と言うのは早苗。残念ながら私は一人っ子だ。
もし自分に妹がいたのならこんな風に一緒に歩いていたのだろうか。
鴉天狗の文とも会った。
「あやや、魔理沙さんが二人に、こっちの魔理沙さんは静かですねぇ。おしとやかでこっちの方がかわいらしいのでは?」
人形だと知った上でにやにやと言う文、からかわれているのは承知の上で殴った。が、避けられてしまった。
でも、人形の方がかわいいと言われるのは悪い気はしなかった。
そしていつしか魔理沙はこの自分そっくりな人形と手をつないで歩くようになっていた。
その後も様々な人妖とやり取りをし、日も傾き始めてそろそろ家に戻ろうとしたその時。
「やいやい! そこの人間まてー!」
非常に聞き覚えのある高い声が響く。
辺りを見回すとどうやらいつの間にか霧の湖まで来ていたらしい、ということは声の主はあの寒いヤツ、チルノだ。
「おお? 魔理沙双子になったのか!」
「大体そんなところだ」
「ふーん、まぁいいやアタイは最強だからそれくらいのハンデは背負うよ、二人まとめて倒してやるからかかってこーい!」
普段1対1でも全く相手になってないのにどうして二人に勝てると思うのか、理解に苦しみながら魔理沙は迎撃しようと弾幕を形成しようとする。
しかし、アリスの声が脳内に響く
『但しこれだけは守って。トレースさせてる間魔法や弾幕を使うのはだめ』
「……そうだった」
使うとどうなるかは聞かなかったが、人間にはない動きをすることで壊れてしまうか、アリスの持つ人形の中には爆発するものもあるので魔力的なものに反応してしまう。
そのような可能性は十分にあった。
いずれにしても人形を無視すれば魔法を使うことは出来る。
壊してしまった場合、アリスに怒られるだろうが、身を守るのに必要だったと説明すれば判ってくれるだろう。
爆発してしまったとしても防護魔法を発動すれば大事には至らない。
しかし、魔理沙の頭の中には人形を犠牲にするような選択肢は最初から存在していなかった。
このため今の魔理沙は弾幕ごっこが出来る状態ではない。
もちろんそんな事情はチルノは知らないので、氷弾を形成して投げつけてくる。
もう勝負は始まっているらしい、たまらず二人の魔理沙は走り出す。
「逃げようたってそうはいかないぞー!」
しかし、魔理沙達は飛ぶこともできないため、追いかけてくるチルノを引き離すことが出来ない。
「やるしかないか」
弾幕が使えなくても弾幕ごっこに勝つ方法はある。
相手のスペルカードを全て避けきってしまえばいい。
「いくぞー! アイシクルフォール-easy-」
チルノがバカで助かった、この時魔理沙はそう思った。
このスペルカードはチルノの正面が安全だと知り尽くしていたからだ。
セオリー通り、チルノの正面に位置取りをする。
ここで反撃と意気込みたいところだが弾幕は使えない。
「あ、あれ? どこだ?」
魔理沙の探しているのは弾幕を使えない理由。
先ほどまで隣を歩いていた人形。
チルノに会うまでは隣を歩いていた、ということは。
「まずい……!」
そう、魔理沙はチルノと同じX座標に位置していたが、人形はそうではなくさらにX座標正の方向……チルノが放っている氷弾に当たる位置にいた。
人形は目の前に弾幕が迫っているにもかかわらず動く気配はない。
ドーン!!!
弾幕の炸裂音がしたが、結果から言うと人形は無事であった。
「痛つっ」
腰のあたりを抑えながら魔理沙が姿を現す。
魔理沙がとっさに取った行動は自身が移動を行うことで人形を回避させる行動。
そのおかげで無事人形は弾幕の軌道から外れたが、魔理沙は正面安置から外れてしまい、弾幕に突っ込む形になり被弾してしまった。
「アリスが見たら『人形遣いが人形庇ってどうするのよ』とか言うかな。どうやら私は人形遣い失格みたいだぜ、へへ」
人形を回避させたのはアリスから借りているからという理由だけではない、魔理沙はもう人形のことをただの人形と見ることは出来なかった。
チルノには何が起こったかよくわかっていなかったが、一人撃墜したのを見てまだまだ攻撃のチャンスだと第二符を宣言する。
「くらえ! パーフェクトフリーズ-easy-」
この弾幕も魔理沙にとっては見慣れたものだ。
無造作にばらまかれた弾が一旦空中で静止し、その後向きを変えてばらばらに飛ぶ規則性がない弾幕だ。
アイシクルフォールのように安置はないが、静止している間に弾の配置を把握しておくことでその後の展開を有利に運べる、これも普段なら恐れるに足らないスペルカード。
しかし今の状況においてはその規則性のなさが驚異的であった。
反撃の術を持たず、二人分避けなければならないため簡単には避けられない。
間一髪のところで直撃は防いだが、人形の右頬に弾が掠ってしまっていた。
こうしてなんとか第一波は凌いだものの、時間切れにはまだ遠い。
息つく暇もなく第二波が放たれる。
万全な体制で挑む第一波と違い、避けるので精一杯で体制を整えることが出来ていない状態で挑む第二波では難易度が違う。
あっという間に追い詰められ、魔理沙の目の前に弾が迫る――
ドーン!!!
またしても炸裂音。
人形を守るためならば自分が被弾するのは悪くないと覚悟を決め、顔を伏せて身構えていたが、迫っていた弾が魔理沙に到達することは無かった。
「この感覚は……魔法!?」
いつかの地底での弾幕ごっこで使ったものと似たような感覚。
顔を上げて見ると、人形からレーザーが放出されてチルノに直撃していた。
魔理沙に迫っていた弾幕が消えたのもこのおかげだ。
自分の行動とは違う動作にどうしてという疑問はあったが、この機を逃すわけには行かない。
「ふっふっふ、引っかかったなチルノ。今までのはフリだ。これから二人の魔理沙さんによる大反撃がはじまるぜ」
そう言いながらポケットからミニ八卦炉を取り出して構える。
ミニ八卦炉を持たない人形は、構えない。
「く、くそー、おぼえてろよー!」
状況が不利になったと判断したのか、チルノは捨て台詞を吐きながら一目散に去っていった。
「ふぅ……助かった」
もちろんさっきのはお得意のハッタリである。
「お前に助けられちまったな」
魔理沙は人形の頭をなでる。
人形は魔理沙の頭をなでない。
「……お、おい、大丈夫か?」
魔理沙と同じ動作を行うはずの人形は動かない。
「うそだろ、おいっ! おい!」
いくら必死に呼びかけてもどんな動作をしても全く動かなかった。
動かなくなってしまった原因は考えられた。
レーザーを放つ挙動をしていた時点で魔理沙の動作とは別の行動だったし、右頬には弾幕が掠った跡がある。
もしかしたらチルノの弾幕に反応しておかしくなってしまったのかもしれない。
「……アリスに見せなくちゃ、今すぐ助けるからな」
魔理沙は自分と同じくらいの体格の動かなくなった人形を抱きかかえ、走り出す。
今回はじたばたされることはない。
しかし、動かなくなった人形からは見た目以上の重みを感じた。
「もう少しの辛抱だ」
それでも魔理沙は走り続ける。
息が切れようとも休むことはしなかった。
早くしないと助からないかもしれない、その想いが身体を突き動かしていた。
バタン!
日が暮れ、アリスの家に戻ってきた魔理沙は出来る限りの大声で呼ぶ。
「アリス、アリス! 大変だ、こいつ動かなくなっちゃったんだ。アリス!」
「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ、今見るから」
興奮状態の魔理沙を落ち着かせてアリスは人形を部屋に運ぶ。
そのままベッドに寝かせて状態を見る。
「どうだ、大丈夫そうか……?」
魔理沙は恐る恐ると言った様子で問いかける。
その表情には不安の色が見える。
「大丈夫よ、ちょっと傷はついてるけど、ただの魔力切れ」
「よかったぁ……」
魔理沙はほっと胸をなでおろした。
「それじゃあ」
「ダメ」
「なんでだよ」
「もともと魔力が切れたら返してもらう約束だったでしょう?」
「でも!」
「でも、じゃなくてこの子も休ませてあげなくちゃ。激しい動きをしたんだもの」
「あ、そっか……」
今日だけで魔法の森の険しい道を歩き、幻想郷を歩き、チルノに追い掛け回されたりしている。
いくら精巧に作られた人形とはいえ激しい動きをしたり、無理な動きを繰り返せば負荷もかかるし、メンテナンスが必要となる。
これを怠ると故障の元となるのだ。
「治るんだよな?」
「ええ、でも」
「もう私には貸せないって言うんだろ、わかってるよ。こいつにもずいぶん無理させちゃったしな」
ベッドで眠る人形の頭をなでながら魔理沙は言う。
「頼むアリス、貸してくれなくてもいい。こいつを治して元気な姿をまた見せてくれ。お前の腕を疑ってるわけでもないし、治ると言ったら治るんだろうけど、私はやっぱりもう一度動く姿を見たい。それに私はこいつにまだ助けてもらった礼を言ってない」
「わかったわ、約束する」
魔理沙の真剣な様子を見て、アリスも魔理沙に貸して良かったかもしれないと感じていた。
「とりあえず今日は帰るよ」
頭をなでるのをやめ、帰る準備をする。
「そういえば、もう気づいてると思うけど人形の服のことなんだが」
「ああ、最初に着ていた服のこと? それなら別にいいわよ。どうせ返せと言っても返せる状態じゃないんでしょ」
「よくわかったな、ごめん」
「それより今着ているのはどうすればいいのかしら」
「それはやるよ、返せなかった服の代わりになればいいんだが。それにもうこいつの服みたいなもんだしな」
「ありがたく受け取っておくわ」
「それじゃあ、またな!」
今日一日行動を共にした相棒とアリスに声をかけて魔理沙は家を後にした。
「んんーやっぱり空は気持ちいいぜ」
大きく伸びをしながら星空を飛ぶ一人の魔法使い。
一日空を飛べなかった分、気持ちよさは格別だ。
「あいつも空を飛べたら良かったんだが」
手をつないで幻想郷を歩くのもよかったが、空からの景色を見せてやりたかったし、空を飛ぶ気持ちよさも共有したかった。
別に人形が空を飛べたっていいと思うし、今度空も飛べるようにアリスに提案してみよう。
そう決めた魔理沙であった。
「全くもう危なっかしくて見てられないわ。人形遣いが人形庇ってどうするのよ」
魔理沙が帰り、一人になったアリスは部屋の片づけをしながら呟く。
人形を貸した後、データを取るためにアリスは魔理沙の行動を見ていたのだ。
もっともデータを取るとは建前で、本当は魔理沙が心配だったのだが。
危機的状況に陥った魔理沙を助けるため、たまらずトレース人形に攻撃させた時は気づかれるかヒヤヒヤした。
そう、トレース人形は対象の動きを真似する機能を持っていたが、もう一つ機能を持っていたのだ。
それは他のアリスの人形にも備わっている、術者の魔力を使用して攻撃する機能。
魔力を送り発動させることが多いが、外部から魔力注入が起こると、同じ魔法使いである魔理沙に気づかれるかもしれないと考えたため、人形内部の動力にしていたものを使用した。
このため、攻撃後魔力が足りなくなり、人形が停止してしまったのだ。
魔理沙にあの時のことを聞かれたらどう答えようか迷っていたが、礼がしたいとも言っていたし気づいてないようでよかった。
「それにしても、魔理沙がああいう行動に出るなんて意外だったわ」
普段、物を集めるだけ集めてぞんざいに扱っているので、今回も同じように扱うものだと思っていた。
しかも道行く人に笑って紹介したり、手をつないだり、庇ったり。
まるで人形ではなく、一人の生物として見ている行動。
それは昔の私にはあったが、長く人形遣いをやっているうちに失くしてしまっていたものだった。
いつの間にか人形は物であると割り切ってしまっていた。
今回だってもしも魔理沙が壊してしまったら、また直すか作るかすればいいと思っていたくらいだ。
自分の意思を持つ人形を作るにはそれではいけない。
意思を持つということは感情、想いを受け取るのだ。
今のままでは仮に作れたとしても人形に見放されてしまう人形遣いとなっていたかもしれない。
「ありがとう魔理沙。貴方は立派な人形遣いだったわよ」
目標に向かって、次の人形の設計を始めるアリスだった。
もうすぐお昼という時、居間に配置されたソファーに寝転がり、その物体を指差しながら魔理沙はこの家の住人に問う。
「何って人形よ」
魔道書を読み寛いでいる魔理沙の方を向いて答えるアリス。
「そりゃあ見ればわかる」
人形の方に顔を向けると、人形もいつの間にか魔理沙の方を向いていたらしく視線が交差した。
魔理沙が指差した人形は一切の手抜きが見られない精巧な作りで、アリスが持つ他の人形と比べても遜色がない。
金色でちょっと長めな髪も他の人形と同じだ。
違うといえばそのサイズで、普段アリスが愛用している人形はちょっと大きめな小動物くらいのサイズの物が大半だが、今魔理沙と見つめ合っている人形は人間の少女、ちょうど魔理沙くらいの背丈があるものだった。
色は違うがアリスの着ているのと同じような服も着せられており、アリスの後ろに付いていく歩行動作もアリスのように優雅で遠目で見ると本物の人間に見える。
魔理沙自身見ればわかるとは言ったものの最初家を訪れた時、他に客が来ていると勘違いしたくらいだ。
その勘違いもあってなんだか聞くのが恥ずかしくなってしまい、無視してソファーで寛ぎはじめたのが30分前。
それから現在に至るまでアリスは居間を行ったりきたりしていた。
当然その後ろには例の人形。
無視を決め込んでいたのに、まるで『私の人形はこんなに優雅に歩けるのよ、あなたはどうなのかしら?』と見せ付けられているようでとうとう我慢出来なくなって問いかけてしまったのだ。
ちなみに悔しいが魔理沙にはあれほど優雅な動作を出来る自信はなかった。
「そういうことじゃなくて」
「これはね、トレース人形」
「トレース人形?」
「そう、対象の人物の動きをそのまま真似する人形」
アリスはくるっと回り、スカートの裾をつまみお辞儀をする。
その一連の動作がいちいち洗練されていて、魔理沙は軽い敗北感に襲われる。
そうしていると隣の人形も同じように回り、アリスと同じポーズを取る。
こちらも洗練された動きでアリスのものと甲乙付けがたい。
「なるほど、アリスの動きを真似しているのか」
「そういうこと」
道理で動作の一つ一つが上品なわけだ。
魔理沙は人形に負けたわけではなかったんだと安心したようにうんうん言っていた。
「で、なんで作ったんだ?」
「なんとなく思いついたからだけど、強いて言うなら自立人形のためね。人間が出来る動作は全部出来るようにしたいし、それには操ってるだけじゃわからないかなと思って」
身振り手振りを交えて話すアリスとその隣で同じ動作をする人形。
声を発しない以外はそっくりで、動きの間違い探しをしろと言われても答えられる人はいないのではないだろうか。
「なあなあ、この人形はアリス以外の動きも真似できるのか?」
「出来るわよ、あなたの動きも」
「ほんとか!? じゃあ」
「ダメ」
「……って言っても聞かないんでしょうね」
「やたっ!」
「まだ貸すとは言ってないけど、はぁ、仕方ないわね」
これもいつものことかと呆れ顔でアリスが言う。
「いいだろ、アリスの動きだけ真似できても人間の動きが真似出来たことにはならないんだぜ、本物の人間を使わないとな」
魔理沙とて人間であって人間で無いようなものだとアリスは思ったが、それを言うと本人は猛反発するので黙っておいた。
それに魔理沙の言うことも一理ある、自分一人の動きだけ真似出来ても完全ではない。
自分で試したいことは大体試し終えていたので、もし魔理沙が人形を壊してしまっても問題はない。
アリスは魔理沙に貸してデータを集めることに決めた。
「但しこれだけは守って。トレースさせてる間、魔法や弾幕を使うのはダメ」
「どうして?」
「魔力を介した動作は想定していないから」
要するに普通の人間にはない動きはダメということだ。
「あと、私の魔力供給がないと動かないから明日までには魔力切れになると思うわ。そうなったら返して頂戴」
「はいはい」
「はい、それじゃあもう魔理沙の動きをトレースするようにしたから」
その言葉を聞いてすぐさま魔理沙はジャンプしてみる。
すると隣にいた人形も同じ高さにジャンプする。
「おおっ、おおお?」
「そんなに楽しい?」
「だって、まるで人形遣いになったみたいじゃないか。一度なってみたかったんだよ人形遣い」
「あら意外、魔理沙がそんなに人形遣いに興味あると思ってなかったわ」
「だって人形遣いって楽そうじゃないか、人形が身の回りの世話とかしてくれたり、前から使い魔とかそういうのに興味あったんだ」
「でも人形連れるなら地底に行ったときやったじゃない」
「あれはアリスが遠隔操作してただろ。違うんだよ、自分で動かしてこそ人形遣いって感じがするだろ」
「ただ魔理沙の真似をするだけだし、操作してるのとは違う気がするんだけど」
「自分の動きに対応するんだからそれはもう操作してるのと同じだって」
そう言うと魔理沙は人形に付いて来いと言わんばかりに堂々と歩き出していた。
後ろには、先ほどまでの上品な動きはどこへやら、正真正銘魔理沙の動きそのもの真似た人形が付いていた。
「それじゃあ行ってくる」
「ええ、行ってらっしゃい」
こうしてトレース人形を借りた魔理沙はひとまず自分の家を目指すことにした。
アリスの家も魔理沙の家も魔法の森にある。
基本的に人が入らない場所なので道は一切舗装などされていない。
アリスの家を発ち、すぐに立ちはだかった障害がこの道だ。
一人ならいざ知らず後ろについてくるのは自分の動きを真似る人形。
同じ動作をするといっても、自分の少し後ろでその動作を行うため、ただ歩いているだけでは人形がその険しい道につまずいて倒れてしまう。
倒れた後もこれまた大変で、起き上がらせようにも同じ動作をしようとするため、なかなか上手くいかない。
飛ぶことが出来れば問題にならないのだが、トレース中は魔法を禁じられているし、抱きかかえて走ろうにも、人形も走ろうとじたばたするので断念した。
「アリスはこうなることがわかっていたから部屋の中をうろうろするだけだったのか」
あの決して広くはない部屋を行き来するのも簡単ではないのだが。
魔理沙はここで引き返しては負けだと気を引き締め直して、自分の家への道を一歩、また一歩と踏み出した。
普段ならば飛んで3分、歩いていても15分程度で辿り着くはずの家に到着したのは、アリスの家を発ってから1時間以上経過した後だった。
途中何度転んだかは両の手では数え切れない。
それでも後半は扱いに多少慣れてなんとか転ばない術を身に付けていた。
「あーこりゃアリスに怒られるな」
何度も転んだことによって服がすっかり泥だらけになってしまった人形を見る。
服には汚れだけではなく傷も目立ち、どうやら洗う程度ではどうにもならなそうだ。
人形の方は大した傷も無く、問題なく動いているのが幸いか。
服の方は嘆いていても仕方ないので着替えることにした。
魔理沙自身も人形に負けず劣らず汚れていたので着替えることにし、服を取り出す。
数分後、白茶黒服からキレイな白黒服に変わった魔理沙の姿があった。
基本的に魔理沙の外出用の服は白黒服である。
自分の着替えが終わったので服を持ち、人形の着替えを始める魔理沙だったが、まともに着させようとしてもうまく行かない。
「なんというか、人形遣いも楽じゃないんだな」
楽をするどころか普段の数十倍苦労している。
アリスはよく人形に紅茶を入れさせているが、その動作も一体どれくらいの労力がかかっているというのか。
そんなことを考えつつ、魔理沙は人形を見ながら服を着替える動作をする。
人形に同じ動作をさせて自分から着替えさせるためだ。
このあたりの動作は森を歩いているときに身に付いたものだった。
「これじゃどっちが人形かわからんな」
着替えているのは人形で、魔理沙は着替えるフリをしている、先ほど魔理沙が着替えていた時とは逆の光景が広がっていた。
そして、着替え終わった人形を見てより一層そう思った。
人形の体型は魔理沙に近いものであったため、家にあった服がぴったり。
その服ももちろん白黒。加えて人形は金髪で長さも魔理沙に比べて少し長いくらい。
だからこれにいつもの帽子を被せれば……
「私の出来上がりってわけだ」
せっかくなのでみつあみを作って髪形まで同じにしてみた。
「ははっ、こりゃいいや、これで出かけよう」
ここまでに苦労もしたし疲労もあったが、借りられる期間は長く見積もっても一日。
最初は自分の家で色々と試そうと考えていたが、それはもったいないと感じていた。
出かけると決めたら即行動、魔理沙は人形と共に幻想郷の散歩をはじめた。
もうすっかり扱いに慣れたため、転ぶことはなかった。
道を歩き、すれ違った人妖は二人になった魔理沙を見て興味津々に話しかけてくる。
「うわっ、うるさいのが増えたわね。うーん、でも人形だからこっちはうるさくないのか、なんか不思議な感じ」
と言うのは霊夢。そんなにうるさいかな私。
「魔理沙さんが二人? まさか幽明求聞持聡明の法!? 魔理沙さんも半人半霊になったんですね」
と言うのは妖夢。勝手に人を半分殺さないで欲しい。
「あー! 魔理沙さんの妹さんですか?」
と言うのは早苗。残念ながら私は一人っ子だ。
もし自分に妹がいたのならこんな風に一緒に歩いていたのだろうか。
鴉天狗の文とも会った。
「あやや、魔理沙さんが二人に、こっちの魔理沙さんは静かですねぇ。おしとやかでこっちの方がかわいらしいのでは?」
人形だと知った上でにやにやと言う文、からかわれているのは承知の上で殴った。が、避けられてしまった。
でも、人形の方がかわいいと言われるのは悪い気はしなかった。
そしていつしか魔理沙はこの自分そっくりな人形と手をつないで歩くようになっていた。
その後も様々な人妖とやり取りをし、日も傾き始めてそろそろ家に戻ろうとしたその時。
「やいやい! そこの人間まてー!」
非常に聞き覚えのある高い声が響く。
辺りを見回すとどうやらいつの間にか霧の湖まで来ていたらしい、ということは声の主はあの寒いヤツ、チルノだ。
「おお? 魔理沙双子になったのか!」
「大体そんなところだ」
「ふーん、まぁいいやアタイは最強だからそれくらいのハンデは背負うよ、二人まとめて倒してやるからかかってこーい!」
普段1対1でも全く相手になってないのにどうして二人に勝てると思うのか、理解に苦しみながら魔理沙は迎撃しようと弾幕を形成しようとする。
しかし、アリスの声が脳内に響く
『但しこれだけは守って。トレースさせてる間魔法や弾幕を使うのはだめ』
「……そうだった」
使うとどうなるかは聞かなかったが、人間にはない動きをすることで壊れてしまうか、アリスの持つ人形の中には爆発するものもあるので魔力的なものに反応してしまう。
そのような可能性は十分にあった。
いずれにしても人形を無視すれば魔法を使うことは出来る。
壊してしまった場合、アリスに怒られるだろうが、身を守るのに必要だったと説明すれば判ってくれるだろう。
爆発してしまったとしても防護魔法を発動すれば大事には至らない。
しかし、魔理沙の頭の中には人形を犠牲にするような選択肢は最初から存在していなかった。
このため今の魔理沙は弾幕ごっこが出来る状態ではない。
もちろんそんな事情はチルノは知らないので、氷弾を形成して投げつけてくる。
もう勝負は始まっているらしい、たまらず二人の魔理沙は走り出す。
「逃げようたってそうはいかないぞー!」
しかし、魔理沙達は飛ぶこともできないため、追いかけてくるチルノを引き離すことが出来ない。
「やるしかないか」
弾幕が使えなくても弾幕ごっこに勝つ方法はある。
相手のスペルカードを全て避けきってしまえばいい。
「いくぞー! アイシクルフォール-easy-」
チルノがバカで助かった、この時魔理沙はそう思った。
このスペルカードはチルノの正面が安全だと知り尽くしていたからだ。
セオリー通り、チルノの正面に位置取りをする。
ここで反撃と意気込みたいところだが弾幕は使えない。
「あ、あれ? どこだ?」
魔理沙の探しているのは弾幕を使えない理由。
先ほどまで隣を歩いていた人形。
チルノに会うまでは隣を歩いていた、ということは。
「まずい……!」
そう、魔理沙はチルノと同じX座標に位置していたが、人形はそうではなくさらにX座標正の方向……チルノが放っている氷弾に当たる位置にいた。
人形は目の前に弾幕が迫っているにもかかわらず動く気配はない。
ドーン!!!
弾幕の炸裂音がしたが、結果から言うと人形は無事であった。
「痛つっ」
腰のあたりを抑えながら魔理沙が姿を現す。
魔理沙がとっさに取った行動は自身が移動を行うことで人形を回避させる行動。
そのおかげで無事人形は弾幕の軌道から外れたが、魔理沙は正面安置から外れてしまい、弾幕に突っ込む形になり被弾してしまった。
「アリスが見たら『人形遣いが人形庇ってどうするのよ』とか言うかな。どうやら私は人形遣い失格みたいだぜ、へへ」
人形を回避させたのはアリスから借りているからという理由だけではない、魔理沙はもう人形のことをただの人形と見ることは出来なかった。
チルノには何が起こったかよくわかっていなかったが、一人撃墜したのを見てまだまだ攻撃のチャンスだと第二符を宣言する。
「くらえ! パーフェクトフリーズ-easy-」
この弾幕も魔理沙にとっては見慣れたものだ。
無造作にばらまかれた弾が一旦空中で静止し、その後向きを変えてばらばらに飛ぶ規則性がない弾幕だ。
アイシクルフォールのように安置はないが、静止している間に弾の配置を把握しておくことでその後の展開を有利に運べる、これも普段なら恐れるに足らないスペルカード。
しかし今の状況においてはその規則性のなさが驚異的であった。
反撃の術を持たず、二人分避けなければならないため簡単には避けられない。
間一髪のところで直撃は防いだが、人形の右頬に弾が掠ってしまっていた。
こうしてなんとか第一波は凌いだものの、時間切れにはまだ遠い。
息つく暇もなく第二波が放たれる。
万全な体制で挑む第一波と違い、避けるので精一杯で体制を整えることが出来ていない状態で挑む第二波では難易度が違う。
あっという間に追い詰められ、魔理沙の目の前に弾が迫る――
ドーン!!!
またしても炸裂音。
人形を守るためならば自分が被弾するのは悪くないと覚悟を決め、顔を伏せて身構えていたが、迫っていた弾が魔理沙に到達することは無かった。
「この感覚は……魔法!?」
いつかの地底での弾幕ごっこで使ったものと似たような感覚。
顔を上げて見ると、人形からレーザーが放出されてチルノに直撃していた。
魔理沙に迫っていた弾幕が消えたのもこのおかげだ。
自分の行動とは違う動作にどうしてという疑問はあったが、この機を逃すわけには行かない。
「ふっふっふ、引っかかったなチルノ。今までのはフリだ。これから二人の魔理沙さんによる大反撃がはじまるぜ」
そう言いながらポケットからミニ八卦炉を取り出して構える。
ミニ八卦炉を持たない人形は、構えない。
「く、くそー、おぼえてろよー!」
状況が不利になったと判断したのか、チルノは捨て台詞を吐きながら一目散に去っていった。
「ふぅ……助かった」
もちろんさっきのはお得意のハッタリである。
「お前に助けられちまったな」
魔理沙は人形の頭をなでる。
人形は魔理沙の頭をなでない。
「……お、おい、大丈夫か?」
魔理沙と同じ動作を行うはずの人形は動かない。
「うそだろ、おいっ! おい!」
いくら必死に呼びかけてもどんな動作をしても全く動かなかった。
動かなくなってしまった原因は考えられた。
レーザーを放つ挙動をしていた時点で魔理沙の動作とは別の行動だったし、右頬には弾幕が掠った跡がある。
もしかしたらチルノの弾幕に反応しておかしくなってしまったのかもしれない。
「……アリスに見せなくちゃ、今すぐ助けるからな」
魔理沙は自分と同じくらいの体格の動かなくなった人形を抱きかかえ、走り出す。
今回はじたばたされることはない。
しかし、動かなくなった人形からは見た目以上の重みを感じた。
「もう少しの辛抱だ」
それでも魔理沙は走り続ける。
息が切れようとも休むことはしなかった。
早くしないと助からないかもしれない、その想いが身体を突き動かしていた。
バタン!
日が暮れ、アリスの家に戻ってきた魔理沙は出来る限りの大声で呼ぶ。
「アリス、アリス! 大変だ、こいつ動かなくなっちゃったんだ。アリス!」
「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ、今見るから」
興奮状態の魔理沙を落ち着かせてアリスは人形を部屋に運ぶ。
そのままベッドに寝かせて状態を見る。
「どうだ、大丈夫そうか……?」
魔理沙は恐る恐ると言った様子で問いかける。
その表情には不安の色が見える。
「大丈夫よ、ちょっと傷はついてるけど、ただの魔力切れ」
「よかったぁ……」
魔理沙はほっと胸をなでおろした。
「それじゃあ」
「ダメ」
「なんでだよ」
「もともと魔力が切れたら返してもらう約束だったでしょう?」
「でも!」
「でも、じゃなくてこの子も休ませてあげなくちゃ。激しい動きをしたんだもの」
「あ、そっか……」
今日だけで魔法の森の険しい道を歩き、幻想郷を歩き、チルノに追い掛け回されたりしている。
いくら精巧に作られた人形とはいえ激しい動きをしたり、無理な動きを繰り返せば負荷もかかるし、メンテナンスが必要となる。
これを怠ると故障の元となるのだ。
「治るんだよな?」
「ええ、でも」
「もう私には貸せないって言うんだろ、わかってるよ。こいつにもずいぶん無理させちゃったしな」
ベッドで眠る人形の頭をなでながら魔理沙は言う。
「頼むアリス、貸してくれなくてもいい。こいつを治して元気な姿をまた見せてくれ。お前の腕を疑ってるわけでもないし、治ると言ったら治るんだろうけど、私はやっぱりもう一度動く姿を見たい。それに私はこいつにまだ助けてもらった礼を言ってない」
「わかったわ、約束する」
魔理沙の真剣な様子を見て、アリスも魔理沙に貸して良かったかもしれないと感じていた。
「とりあえず今日は帰るよ」
頭をなでるのをやめ、帰る準備をする。
「そういえば、もう気づいてると思うけど人形の服のことなんだが」
「ああ、最初に着ていた服のこと? それなら別にいいわよ。どうせ返せと言っても返せる状態じゃないんでしょ」
「よくわかったな、ごめん」
「それより今着ているのはどうすればいいのかしら」
「それはやるよ、返せなかった服の代わりになればいいんだが。それにもうこいつの服みたいなもんだしな」
「ありがたく受け取っておくわ」
「それじゃあ、またな!」
今日一日行動を共にした相棒とアリスに声をかけて魔理沙は家を後にした。
「んんーやっぱり空は気持ちいいぜ」
大きく伸びをしながら星空を飛ぶ一人の魔法使い。
一日空を飛べなかった分、気持ちよさは格別だ。
「あいつも空を飛べたら良かったんだが」
手をつないで幻想郷を歩くのもよかったが、空からの景色を見せてやりたかったし、空を飛ぶ気持ちよさも共有したかった。
別に人形が空を飛べたっていいと思うし、今度空も飛べるようにアリスに提案してみよう。
そう決めた魔理沙であった。
「全くもう危なっかしくて見てられないわ。人形遣いが人形庇ってどうするのよ」
魔理沙が帰り、一人になったアリスは部屋の片づけをしながら呟く。
人形を貸した後、データを取るためにアリスは魔理沙の行動を見ていたのだ。
もっともデータを取るとは建前で、本当は魔理沙が心配だったのだが。
危機的状況に陥った魔理沙を助けるため、たまらずトレース人形に攻撃させた時は気づかれるかヒヤヒヤした。
そう、トレース人形は対象の動きを真似する機能を持っていたが、もう一つ機能を持っていたのだ。
それは他のアリスの人形にも備わっている、術者の魔力を使用して攻撃する機能。
魔力を送り発動させることが多いが、外部から魔力注入が起こると、同じ魔法使いである魔理沙に気づかれるかもしれないと考えたため、人形内部の動力にしていたものを使用した。
このため、攻撃後魔力が足りなくなり、人形が停止してしまったのだ。
魔理沙にあの時のことを聞かれたらどう答えようか迷っていたが、礼がしたいとも言っていたし気づいてないようでよかった。
「それにしても、魔理沙がああいう行動に出るなんて意外だったわ」
普段、物を集めるだけ集めてぞんざいに扱っているので、今回も同じように扱うものだと思っていた。
しかも道行く人に笑って紹介したり、手をつないだり、庇ったり。
まるで人形ではなく、一人の生物として見ている行動。
それは昔の私にはあったが、長く人形遣いをやっているうちに失くしてしまっていたものだった。
いつの間にか人形は物であると割り切ってしまっていた。
今回だってもしも魔理沙が壊してしまったら、また直すか作るかすればいいと思っていたくらいだ。
自分の意思を持つ人形を作るにはそれではいけない。
意思を持つということは感情、想いを受け取るのだ。
今のままでは仮に作れたとしても人形に見放されてしまう人形遣いとなっていたかもしれない。
「ありがとう魔理沙。貴方は立派な人形遣いだったわよ」
目標に向かって、次の人形の設計を始めるアリスだった。
魔理沙はしゃべらない方が可愛いに納得してしまった。
無口魔理沙は可愛いでしょうねー。
良かったです
頭を抱えるアリスであった。
面白かったです。
面白かったです。
そりゃ大変そうだ。
人形を導き、服をケアするうちに面倒見の良さが出てきたのが良かったです。
発想が良かったですね。
また書いてください