茨木華扇が人里へ出向くことはあまり多くは無い。
大抵の買い物は鳥に任せているし、食料の貯蓄は常に余裕を持たせている。
仙人を自称する華扇ではあるが、生きている以上は腹は減る。霞を食べて生きるとか耳にするが、あれと一緒にするな。自分はあの高みを目指すとかそれ以前の問題であり、とにもかくにも実際に腹は減る。
いつもは鳥に物資の調達を任せてはいるが、最近は自分の足で赴くことが多くなった。博霊神社の様子を伺うことが主な目的ではあるのだが、それで半分。
「この間言った甘味処はまずまずだったけど、金額がちょっとね。あれならいつだかの売れない団子屋の方がまだマシだったわ。雰囲気で言うならあそこだけど、それこそ値段がネックよね。じゃあ、行ってみたいとかだったらあそこだけど……」
華扇は茨華仙である。仙人である。
しかし、生きているのだ。修行の一巻として禁欲を己に課している華扇でも、行き過ぎた欲求でもない限りは許すことにしている。
そう、買い食い程度なんぼのもんじゃい。
「おや、茨華仙じゃないか。なにやってんだい」
「あ」
通りすがった死神が、足を止めてにこやかに手を振ってきた。
対する華扇は、今か今かと待ちわびた特盛り甘味が届いて匙を差込み頬張る二秒前。口をあけて間抜けな表情のまま、小町を見て固まった。
ふーむ、と。
小町は華扇の顔と、目の前に聳える特盛り甘味。そして店の看板と周囲を取り巻く大勢の若い女性客の黄色の歓声。
その全てを統括し、結論。
「やれやれ、こーゆーのが趣味とはね」
落胆したよ、仙人様。
そんな台詞が聞こえてきそうな、小町の憐憫の眼差しが痛い痛い。
「べ、別に趣味などでは……たまたま、ここに寄っただけで……」
「まあ、気にしないよ。ちなみにここのお勧めはなんだい?」
「こ、ここのはですねっ! やはり私が今食べるこれでしょうか『ぱふぇ』という甘味だそうですねこの白い『くりぃむ』がまたなんとも小倉とはまた違った味わいで果実と合いましていいえ白玉にも合うんですよこれああしかし最初に頼むならもっと素朴な」
「しょうもない知識を蓄えたね。ドン引きだよ」
「つぶす」
「まあまて」
そう言って小町も華扇の対面席に着く。新たな客に店員が近寄るが、小町はそれをひらひらと手を返して断った。
こーゆう店に小慣れているのか、手馴れた対応が妙に癪に障る。
「別に悪いとは言ってない。ただ興味がないだけさね」
「その割には手馴れていますね。興味が無いとは弁解にもなりません」
「こんなん勝手はどこも一緒だよ。小間使いにお使いさせてばっかの仙人様は、ロクに外食もしなかったのかい?」
「……悪かったですね」
「くくっ、責めちゃあいない」
「ふん」
減らない口相手に付き合うだけ無駄か。つまり無駄口。なによりも、せっかくの楽しみがこんなことで台無しにされてはたまらない。
すっかりタイミングを失って置いていた匙を改めて口に含む。求めていたどおり、甘い。しかし、素直にその美味しさを喜べない時点でもはや手遅れだ。
「なんでここにいるのです」
「有給だよ、サボっちゃいない」
「へぇ」
「せっかくの休みだ。中有の道は仕事帰りに十分ぶらつけるし、たまにはこっちに足を延ばそうと思ってね」
「てっきり休日は寝てばかりだと思ってたわ」
「いつも思うが、毎度えらい言いぐさだよホント。もうちょっとあたいを見くびらないでもらえないかね」
「善処しましょう」
「どうやら期待できないね」
華扇の声はどこか固い。機嫌が悪いのだから当然。
華扇は黙々と匙を動かす。最低限の会話以外を自分から投げてやる義理はない。ちらりと横目で小町を見やるが、何をするまでも無くこちらを眺めるだけだ。そんな態度では許す気にもなれない。
何か喋れ、と念じたら。
「なあ、仙人様。世の中にゃ猫車ぶん回して死体収集が趣味の輩もいるんだ。それに比べたら甘味巡りくらい、可愛いもんだよ」
「……ふん、フォローのつもりですか」
「おや、ご自分を可愛い趣味と思ってかい」
口を開いたと思ったらコレか。
「…………」
甘味を無心でがっつく。今のやり取りはなかったことにした。
しばらくして匙から乾いた音が響く。見やると器はすっかり空っぽで、底の木目までありありと見える。
何時の間に平らげてしまったのか。至福の甘味を体感できたのはほとんど最初だけで、後はロクに味わってもいなかった。
突きつけられた現実に溜息がこぼれ、ようやく冷静になる。
「相変わらず、人をおちょくるのが好きね……」
「冗談はよしておくれ。あたいは常に真面目だよ。それはそうと仙人様」
「なんですか……」
「美味しかったかい?」
「きっと誰かさんのせいね。ロクに味わえもしなかったわ」
「そうかそうか。じゃあ、あたいの分をお願いしようか」
「…………は?」
華扇が呆気に取られている間に、小町は華扇と同じものを店員に頼む。了承した店員は速やかに注文を承り、すぐさま品を運んできた。
華扇の目の前に、先ほど自分が平らげたモノと同様の器が置かれる。小町は匙を拾い、聳えた白い山から一掬いして一口。
「これまた、甘ったるいねぇ。ほれ」
苦笑して口元をふき取り、その器を華扇の目の前に押しやった。
同時に匙を放り投げて渡される。気付けば自分の匙は空の器と共に速やかに下げられていた。仕事が速い。
「……なんのつもりです」
と、そんなことはどうもでいい。
「別に。あたいは甘いものが苦手なだけだよ」
理由になるものか。
「ついでにダイエット中だ」
素敵な長身ですね。
「ついでに給料減った」
ざまあみろ。
「それと」
もういい。これ以上、戯言に付き合うつもりは――。
「今度はちゃんと味わうといい」
「…………」
本当に、いらぬ世話だ。
「誰のせいですか」
「仙人様は冗談が通じるから面白い」
「……お代」
「奢るよ」
「よろしい」
華扇は改めて、一口掬って含んだ。
「……ふん」
甘いわ、馬鹿者。
大抵の買い物は鳥に任せているし、食料の貯蓄は常に余裕を持たせている。
仙人を自称する華扇ではあるが、生きている以上は腹は減る。霞を食べて生きるとか耳にするが、あれと一緒にするな。自分はあの高みを目指すとかそれ以前の問題であり、とにもかくにも実際に腹は減る。
いつもは鳥に物資の調達を任せてはいるが、最近は自分の足で赴くことが多くなった。博霊神社の様子を伺うことが主な目的ではあるのだが、それで半分。
「この間言った甘味処はまずまずだったけど、金額がちょっとね。あれならいつだかの売れない団子屋の方がまだマシだったわ。雰囲気で言うならあそこだけど、それこそ値段がネックよね。じゃあ、行ってみたいとかだったらあそこだけど……」
華扇は茨華仙である。仙人である。
しかし、生きているのだ。修行の一巻として禁欲を己に課している華扇でも、行き過ぎた欲求でもない限りは許すことにしている。
そう、買い食い程度なんぼのもんじゃい。
「おや、茨華仙じゃないか。なにやってんだい」
「あ」
通りすがった死神が、足を止めてにこやかに手を振ってきた。
対する華扇は、今か今かと待ちわびた特盛り甘味が届いて匙を差込み頬張る二秒前。口をあけて間抜けな表情のまま、小町を見て固まった。
ふーむ、と。
小町は華扇の顔と、目の前に聳える特盛り甘味。そして店の看板と周囲を取り巻く大勢の若い女性客の黄色の歓声。
その全てを統括し、結論。
「やれやれ、こーゆーのが趣味とはね」
落胆したよ、仙人様。
そんな台詞が聞こえてきそうな、小町の憐憫の眼差しが痛い痛い。
「べ、別に趣味などでは……たまたま、ここに寄っただけで……」
「まあ、気にしないよ。ちなみにここのお勧めはなんだい?」
「こ、ここのはですねっ! やはり私が今食べるこれでしょうか『ぱふぇ』という甘味だそうですねこの白い『くりぃむ』がまたなんとも小倉とはまた違った味わいで果実と合いましていいえ白玉にも合うんですよこれああしかし最初に頼むならもっと素朴な」
「しょうもない知識を蓄えたね。ドン引きだよ」
「つぶす」
「まあまて」
そう言って小町も華扇の対面席に着く。新たな客に店員が近寄るが、小町はそれをひらひらと手を返して断った。
こーゆう店に小慣れているのか、手馴れた対応が妙に癪に障る。
「別に悪いとは言ってない。ただ興味がないだけさね」
「その割には手馴れていますね。興味が無いとは弁解にもなりません」
「こんなん勝手はどこも一緒だよ。小間使いにお使いさせてばっかの仙人様は、ロクに外食もしなかったのかい?」
「……悪かったですね」
「くくっ、責めちゃあいない」
「ふん」
減らない口相手に付き合うだけ無駄か。つまり無駄口。なによりも、せっかくの楽しみがこんなことで台無しにされてはたまらない。
すっかりタイミングを失って置いていた匙を改めて口に含む。求めていたどおり、甘い。しかし、素直にその美味しさを喜べない時点でもはや手遅れだ。
「なんでここにいるのです」
「有給だよ、サボっちゃいない」
「へぇ」
「せっかくの休みだ。中有の道は仕事帰りに十分ぶらつけるし、たまにはこっちに足を延ばそうと思ってね」
「てっきり休日は寝てばかりだと思ってたわ」
「いつも思うが、毎度えらい言いぐさだよホント。もうちょっとあたいを見くびらないでもらえないかね」
「善処しましょう」
「どうやら期待できないね」
華扇の声はどこか固い。機嫌が悪いのだから当然。
華扇は黙々と匙を動かす。最低限の会話以外を自分から投げてやる義理はない。ちらりと横目で小町を見やるが、何をするまでも無くこちらを眺めるだけだ。そんな態度では許す気にもなれない。
何か喋れ、と念じたら。
「なあ、仙人様。世の中にゃ猫車ぶん回して死体収集が趣味の輩もいるんだ。それに比べたら甘味巡りくらい、可愛いもんだよ」
「……ふん、フォローのつもりですか」
「おや、ご自分を可愛い趣味と思ってかい」
口を開いたと思ったらコレか。
「…………」
甘味を無心でがっつく。今のやり取りはなかったことにした。
しばらくして匙から乾いた音が響く。見やると器はすっかり空っぽで、底の木目までありありと見える。
何時の間に平らげてしまったのか。至福の甘味を体感できたのはほとんど最初だけで、後はロクに味わってもいなかった。
突きつけられた現実に溜息がこぼれ、ようやく冷静になる。
「相変わらず、人をおちょくるのが好きね……」
「冗談はよしておくれ。あたいは常に真面目だよ。それはそうと仙人様」
「なんですか……」
「美味しかったかい?」
「きっと誰かさんのせいね。ロクに味わえもしなかったわ」
「そうかそうか。じゃあ、あたいの分をお願いしようか」
「…………は?」
華扇が呆気に取られている間に、小町は華扇と同じものを店員に頼む。了承した店員は速やかに注文を承り、すぐさま品を運んできた。
華扇の目の前に、先ほど自分が平らげたモノと同様の器が置かれる。小町は匙を拾い、聳えた白い山から一掬いして一口。
「これまた、甘ったるいねぇ。ほれ」
苦笑して口元をふき取り、その器を華扇の目の前に押しやった。
同時に匙を放り投げて渡される。気付けば自分の匙は空の器と共に速やかに下げられていた。仕事が速い。
「……なんのつもりです」
と、そんなことはどうもでいい。
「別に。あたいは甘いものが苦手なだけだよ」
理由になるものか。
「ついでにダイエット中だ」
素敵な長身ですね。
「ついでに給料減った」
ざまあみろ。
「それと」
もういい。これ以上、戯言に付き合うつもりは――。
「今度はちゃんと味わうといい」
「…………」
本当に、いらぬ世話だ。
「誰のせいですか」
「仙人様は冗談が通じるから面白い」
「……お代」
「奢るよ」
「よろしい」
華扇は改めて、一口掬って含んだ。
「……ふん」
甘いわ、馬鹿者。
甘~いものは女の子のジャスティス! 華扇ちゃん可愛いですね
小町との距離感がいい感じだと思いました
組み合わせも良かったです
たまらん