「さとり様さとり様さとり様っ! さぁ~とぉぅ~りぃ~さぁ~まぁ~!!」
地霊殿の扉を開けるが早いか、あたいは声を張り上げた。
悔しくて、悲しくて、どうしようもなくてさ。もう、顔の横のおさげがほっぺにペシペシって何度も当たるくらい、大急ぎでさとり様の部屋に飛び込んだ。
そしたら、あたいの傷心をわかってくれたんだね。
部屋の真ん中に置かれたテーブルでくつろいでいたさとり様は、入り口で息を荒くしているあたいに優しく微笑んでくれて。
「うるさい」
「にゃ、にゃんですとぅ」
あり得るかい。
こんなことがあっていいのかい。
あたいが心で泣き、身体で泣き、今にも崩れ落ちそうだって言うのに。もう、しっしって手で追い払う勢いだよこの人!
笑顔の仮面の裏はきっとどす黒いんだよ、お腹真っ黒だよ!
「人聞きの悪いこと考えないように、こちらはこちらで忙しいのですから。個人で解決出来ることは、そっちで解決するようにして欲しいだけです」
「できないから困ってるんじゃないですか! ほら、さとり様って閻魔の四季様にちょっと顔が利くわけですし、ほらぁ」
話は終わりっていう風に、机の書類に目を落とそうとするから。あたいはその丸いテーブルの反対側に顎を乗せて、お願いっと上目遣いで。
「幻想郷の死体収集はお燐にまかせておけって、言っといて下さいよ~」
「そうねぇ~」
「悪人だけでいいですよ、あたいそれで我慢してますから」
「ふーん」
「それでも駄目なら、そうですね。あ、ほら、お燐特区みたいなのを作ってもらって、そこの地域だけは死神でもさとり様の許可がいるとかにして。名付けておりんりんランド。あ、これいいんじゃないですか! これでいきましょうよ~」
「なるほどねぇ~」
コンコン……ガチャ……
『あ、さとり様起きてます?』
『あら、どうしたのお空?』
『えへへ、寝る前にお茶を飲みたくなったんで友達のペットの子に作ってもらったんですが、ちょっと多いので、さとり様もどうかなぁ~って、思って』
『あら、ありがとう。せっかくだからいただこうかしら』
『ほんとですか! すぐ、準備してきますっ!』
ばたんっ たったったっ……
「……で、お茶請けの話だった?」
「どこでどう次元を間違ったんですか!! 違いますよっ! っていうか聞いてないでしょさとり様!」
「うん、途中から聞く価値ないかと思って」
なんかこう、嫌味っぽいから地上追い払われるんだよねぇ、この人。
自覚がないのって嫌だね、まったく。
「今、何か考えたかしら?」
「なんでそういうのはしっかり聞こえてるんですか!」
さとり様があたいにきついことを言うからついつい考えちゃっただけなのにね。
あ~、もう、どんどんふくれっ面になっちゃってるよ。
「お燐なんて、もう知らない」
「あ~、も~、謝りますから、今のはあたいが悪かったですから。とにかくですよ、あたいが言いたいのは!」
「死神に死体と一緒に怨霊用の魂を持って行かれるのを何とかして欲しい」
「そう、それです! ざっつらいと!」
なんだぁ、ちゃんとわかってるじゃないですか。いやだなぁ、さとり様ったら。それでもってあたいを焦らすなんて、罪なお人だよ。
「じゃあ、じゃあ! あたいがちょっとでも動きやすいように! あっちと交渉とかをですよ? ね? ね?」
「うふふ、可愛らしいですね。お燐は……、はい、どうぞ」
腕に抱きついて、顔を擦りつけて甘えてみると。
さとり様が封筒を私に渡してくる。
差出人は、四季映姫――
「ま、まさか、さとり様っ!」
もしかして、最近死体集めを死神に邪魔されているあたいのために、もうすでに動いていたとか。
ああ、あたいってばなんて幸せものなんだろう。
わかっています、そんな悲しそうな顔で見なくてもわかっていますともさとり様!
あたいはその封筒を素早く受け取ると、期待に胸膨らませながら部屋の隅っこでゆっくり開いて。
『古明地さとり様へ
最近、地上にある魂の数と。冥界の魂の数に誤差が生じ始めています。
こちらもいろいろと調査をしておりますが、まだ確信が持てない状況です。
さて、未だ憶測の域を出ませんが、地霊殿の火車が創る怨霊がその原因である場合。そちらから自粛させるよう、指示をお願い致します。
もし、それでも効果がない場合は、火車『火焔猫燐』をこちらで保護、あるいは処分対象とすることも考えられますので、事前にお伝えしておきます』
「えと、さとり様? これって……」
ちょ、ちょっと待っておくれよ!
あたいだって、どれだけ死体を運べばそう言うバランスが崩れるか知ってる。こちとら素人じゃないんだ、人間の死体は多くても1日に2体しか運んでないよ。しかも、ここ最近は死神に邪魔されてほとんど地底産ばっかなのに。なんで、こんな手紙がきてるのさ!
寒気どころか、背筋に直接氷を差し込まれた気がしたあたいは、壊れたオモチャみたいに身体を揺らしながら振り返った。
そしたら、さとり様はテーブルの上で肘をついて。
「あら、美味しいじゃいですか。お空」
「でしょう? そうでしょう! あの子そういうの上手なんですよ。あ、お燐も飲む~?」
戻ってきたお空と、楽しいお茶会の準備中だった。
あたいと境界を分かつように、おもいっきり平和な世界が背中越しに展開されていて。
「うん、飲む……」
「あれ? なんで泣いてるの?」
なんか悔しかったから、とりあえずお空のお茶を貰うことにした。
落ち着いてから考えようと、憩いの一時を過ごし――
その次の日。
「過ごしてる場合かっ!」
あたいの悲痛な叫びは雲ひとつない青い空に吸い込まれた。
「な~んて叫んでみても、そうそう自由にもならないんだよね、あたいってば」
澄み切った青をわずかに隠し、日陰を作ってくれる木々の深緑の腕。加えて、暑さを忘れさせてくれる爽やかな風の流れと、鼻腔をくすぐる地底にはない地上独特の香り。
神社の階段前で背伸びしてから振り返り、心地よかった林道とはお別れを告げてから、また視線を前に戻す。すると熱々に焼かれた階段が待ち構えて、ちょっとげんなり。
でもまあ、まだ日もそんな昇ってないし、どうせ飛んでくかぴょんぴょん跳ねて行くからね。今日は連れもいるから、ゆっくり歩いて上がってもいいかもしれ――
「ねー、お燐~。早く遊びに行こうよ」
「……えっと、お空? あたいが神社に行く目的、話したよね?」
まったくこの子ってば、今朝になっていきなり付いていくって言った癖にすぐ忘れちゃうんだから。あれほど遊びじゃないって言ったのに、あの地底の異変で怨霊出したお詫びで、何日かに1回掃除とか手伝いに来てるって言うのにさ。台車だって今日は地底で待機ってとこ。
昨日の今日だから、自由時間にはあたいに掛けられた濡れ衣を晴らしたいところだけど。お空はそういうのわかってるのかねぇ。
「うん、さっきの話でしょ?」
おや? 珍しく覚えてる?
「えーっと、なんて言ってた? あたい」
期待半分、諦め半分で問いかけてみたら。お空はあたいがびっくりするほど明るい感じで、はきはきと話すんだよ。
もう、だいたい当たりの内容を。
「お燐がすっごい悪いことして、その反省のために神社にお手伝いしにいく♪
だから私は遊んでていいんだよね?」
「……」
だいたい、当たりの……内容……
「あれ? 遊んでていいんだよね?」
「……うん、いいよ。おもいっきり遊んでていいからねぇ~!」
「んにゅ? お燐なんで怒ってるの?」
どうしようこのやり場のない憤り感。
悔し涙さんこんにちは。
でもまあ、これだけ明るいお空が戻ってきたから良いんだけどさ。でも地上を滅ぼそうとしたととか、自分が悪いことやりかけたのもちゃんと頭に入れて行動をだね。
ついでに、私の濡れ衣晴らしを手伝うとかね!
「……まあ、無理なんだろうけどねぇ。その方がお空らしいし」
「え? 何々?」
「早く行かないと巫女に怒られるって話だよ」
「あー、やだやだ! 怒った霊夢怖い!」
さて、本当に油を売ってる場合じゃないからね。
とんっと地面を蹴って、あたいが先頭に立つ感じでゆっくり飛ぶ。そしたらお空は大きく羽を動かしてあたいの後を付いてきた。
あ、お空の羽が作る風が結構気持ちいいね、これ。
と、あたいが目を細めながら飛んでたら。
「あ、そうだ。そういえばさ、化け猫のペットの子に、お燐に聞いてって頼まれたことあるんだけど、今いい?」
何かを急に思い出したみたいで、お空が声を掛けてくる。
駄目って言っても不満げにもう一回問いかけてくるから、あたいができることは頷くだけなんだけどね。
「いいよ~、止まって話す?」
「このまま進みながらでいいんじゃない? だって、あの子。『ちょっと興味があるから、聞いてみて欲しい』って言ってただけだし」
「ん、わかったー」
地底の化け猫か、あの子か。あの子かな?
あたいは毛並みに結構自身があるから、どうやって整えてるかとかそういう感じかな?
人型になれる子って女の子しかいなかったからそんなとこだろう。
なーんて、あたいが考えてたら、爽やかな笑顔でお空が問いかけてくる。
青空みたいに、透き通った声で。
「お燐って、交尾したことある?」
……あはははははっ
おくうったらー、おませさんって、
えと、あの違うよね?
絶対に、間違ってるよね?
それって野外でおもむろに話すことじゃないよね?
「ほらほら、こうなって、こうなるやつ」
うん、白昼堂々その手の動きは不味い。
本気でやばい。
え、あの、お空、その、なんで言ってやったみたいな満足さをアピールしてるんだい? 違うだろう? えーっと、なんていうか、お世辞抜きで美人なあんたがやると、破壊力が段違いなんだよ。
せめて神社に着く前にやめさせないと。
あー、もう、だからその動き――
「お空、わかった! わかったから止まって」
「そう?」
「うん、十分すぎるくらい、痛いくらいわかった。別の意味でも痛かったけど!」
「ふーん、でも、お燐?」
「今度はなんだい?」
「お燐が止まらないと危ない気がする」
「え?」
あたいが、その言葉で反応して視線を前に戻したとき。
もう視界が赤に埋まっていた。
何の赤かって?
そりゃあ当然鳥居ってもんさ。
あっはっはっは。
ごちゅ
「にゃああああああっ!」
「おりぃぃぃぃぃんっ!」
直後、あたいと鳥居が豪快なキスをしたのは言うまでもない。
◇ ◇ ◇
「……で、なんでお燐がお手伝い前にぼろぼろになってるわけ?」
「えっとね、私がね、化け猫のペットに頼まれたコウ――むぐぅっ!?」
「あははは、ちょーっとね。ちょぉぉぉぉっと、ぼーっとして飛んでたら鳥居にぶつかっちゃってね。その反動で階段を転がっちゃってさ。途中で止まれたからこんな感じで汚れただけですんだけど」
「怪我してないならいいわ。着替えるなら早くね」
境内に入ったらちょうど霊夢が出てきたところだった。
とりあえずお空の口をブロックして、いつもどおりお手伝い用の巫女服に着替えようと神社の中へと歩いていく。
けどね?
なんかお空がすっごく抵抗するんだよ。
口を押さえてるからじゃなくて、もっとこう、神社から離れようとする感じで。だからさっきのことを話さないように耳元で注意してから口とか身体を開放してみたら。
むんずってね。
「あ、こ、こら! お空なにするんだい」
いきなりあたいの服を掴んで、神社とは逆方向に引っ張り始めるんだよ。
もうね、お空の馬鹿力に抵抗できるはずなんてないから、もう成すがままにね。でも、神社のお手伝いをしないと駄目だってさっきも言ったのにこの子は。
「さとり様が、言ってたの。
今日は神社に入っちゃ駄目だって!」
「……またそんな嘘ついちゃって」
「嘘じゃないって! ちゃんとさとり様から直接言われたんだもん! 地霊殿の外で遊んでもいいけど、神社に入るなって!」
ああもう、聞き分けないの子だね。
さとり様も地上でのお手伝いは了承してるっていうのにさ。何が嫌なのか知らないけど、我侭を言われても困っちゃうよ。
やっぱりここは厳しくびしって言うべきかねぇ。
ほら、霊夢も困って、
「……お空? 本当にさとりが?」
「言ってた。だから外で遊べばいいかなって」
「ふーん」
困って、ない。
むしろ何か納得しちゃった感じだよ。
腕を組んじゃって何か考えた後、お空とあたい。順番に指を差してくる。
「急いで動物の姿になって、縁の下」
その後、指を神社の床下に。
急に言われて何のことかわかんなかったけど、もう一回霊夢が同じ動作をしたからさ。何かあるのかと思って、素直に猫の姿になって縁の下に隠れた。お空もちゃんと鴉の姿になってる。
それから数分経ってお空が退屈し始めた頃だったかな。
「今度こそ、協力を約束してもらおうか!」
なんか大声が聞こえた。
びっくりして霊夢の方見てみたら、霊夢とは別の法衣みたいのを着た誰かの膝下くらいが見えた。
顔とか全体像が見えないから妖怪か人間かはわかんないけど、声が低いからね男に間違いない。
その最初の声だけが大声で、後はひそひそって感じだったからね良くは聞き取れなかったけど。
『妖怪退治』
男から出た声の中、この単語だけは間違いなく聞き取った。
ということは、このお兄さんはあたいたちに敵対する可能性があるってことかな。じゃあ顔ぐらい拝んでいってもいいかもしれない。
幸いあたいの姿は今、猫そのものだしね。
さーって、抜き足、差し足っと。
「お燐、隠れてろって霊夢が……」
お空が小声で注意するけど、探究心に火がついた猫は止められないんだよ。ほら、もう二、三歩も歩けばやっこさんの顔を拝めるってもんで――
「と・に・か・くっ!」
ざすっ
あたいが声を出さなかったのは奇跡かもしれない。
なにせいきなりだ。
いきなり霊夢のお払い棒があたいの目の前の地面に突き刺さったんだから。
気付かれたかと思ったけど、霊夢はまだお兄さんと話を続けてるみたいで。
「博麗の巫女は、人間のためだけの巫女ではありません。
その程度の常識は持っていただきたいものです」
普段の霊夢からは想像できない硬い言葉使いだった。
「それが妖怪に組するとみなされても?」
「妖怪退治も日常業務として行ってはおりますが、異変時以外の無用な手出しそのものを制限しています。
そもそも、異変を引き起こすのは妖怪とは限りませんので、あまり不毛な争いを生む行為は自重していただけると助かります。こちらの手間が省けますので」
「……平行線だな」
「ご理解いただけて光栄です」
人間と妖怪との難しい立場にいる。
霊夢のところに手伝いに来てから、胡散臭い大妖怪のおば……、お姉さんとも知り合いになったけど、そんなことを言ってたきがする。
幻想郷を存続させるためのシステムとかなんとか。
「では、失礼する」
あたいがそんなことを考えてたら、ちょうど話し合いが終わったみたいだ。
それでもお払い棒そのまま置きっぱなしだから、すっごく出て行きにくくてね。
「出てきていいわよ」
霊夢の声で、やっとあたいとお空は縁の下から抜け出して人型を取った。
「あのね、怪我したいの?」
「えっと、そんなやばいお兄さんだったのかい?」
「そんなとこよ。外の世界の妖怪がいなくなったせいか、最近はその妖怪に対抗できる力を持った奴の居場所もなくなって流れてきてる。
あいつはその中でも才能に恵まれた部類よ。努力を加えた秀才ってやつ」
「お姉さんみたいな感じかねぇ」
「私は天才の部類よ」
「……そうだね、妖怪に取っちゃ天災だよ」
異変が起きたら、『邪魔』の一言で進行方向を塞ぐ奴を退治していく部類だからね。まあ、退治っていっても1回休み程度の甘さだけどさ。弾幕勝負だし。
「まだ幻想郷に来て間もない感じだから弾幕勝負抜きで消しにくるかもよ。特に、妖獣とか獣っぽいのが得意分野みたいだし」
「うへぇ……、可愛いあたい大ピンチ」
「そうね、お空は綺麗だしね」
「えへへ♪ お燐、私綺麗だって。
ああ、そっか、私が襲われたらきっとお燐が守ってくれるから、お燐も大ピンチってことだね!」
「うん、あたいはすっごい複雑な気分」
可愛いがスルーされたことを突っ込むべきか。
お空があたいのことを頼りにしているのを喜ぶべきか。
まあ、その辺のことは置いておくとして。
「もしかして、今のがさとり様が神社に入るなって言った理由かな?」
「ああ、それはちょっと違うかしら」
「え? どういう意味だい?」
術者が最近増え始めて、神社に寄り付くから危ない。
そう思ったんだけど……
あたいがそうやって悩んでいたら、霊夢があたいに何気なく視線を飛ばしてきた。
「人里付近で、人間がいなくなってる。死体だけじゃなくて、生きてるやつも多少いなくなってるみたい。だから人里の術者たちは、最近ここに寄り付く妖怪にも目をつけてるの。
犯人が私に接触して情報を集めてるんじゃないかってね。それで私も協力者として嫌な目でみられてるわけ」
「ふーん……って、え? あたいも候補?」
「ご名答、むしろ容疑者」
「え、えええええっ!?」
「だから少し前のあなたの物言いはある意味では当たりだったってこと」
ちょ、ちょ、ちょっと、待っておくれよ!
あたいがそんなことするわけないじゃないか。
「なんであたいが、連れてっても何の面白みもない生きた人間を持っていかないといけないのさ!」
「本当に?」
「もちろんだよ!」
「じゃあ、ここ一週間の間に、地上で死体は運んだ?」
「……」
「死体、運んだ?」
「え、えっと……」
い、いやだねぇ、お姉さん。
あたいが、そんな、ねぇ?
「も、もちろん運んだこと……なんて……」
「嘘ついたら尻尾で蝶々結び」
「5体! 悪人の死体5人分だよ! 本当だよ! でも人里じゃなくてあっちの結界ゆるんでる丘からだから、生きてるやつは本当に連れてってないんだよぅ」
「はいはい、それくらい私もわかってるわよ。だから今はあいつを追い返してあげたんじゃない。掴まったら半分黒っぽいあんたがどういう扱いを受けるかわかんないし、こっちとしても寝覚めが悪いし」
「お姉さん……」
ああ、異変のときは妖怪を容赦なくぶち倒してたから話通じない相手かとも思ったけど、やっぱり霊夢は妖怪も人間も平等に考えてくれる。
そんな素敵なお姉さんで……
「気にしなくていいわよ。お礼はさとりに請求しとくから」
前言撤回。
ただ、おもしろい情報が入ったのは大きなプラスかも知れない。
「こほん、とにかく。そうなってくると、閻魔様が魂の数も当たりかもしれないね。でも、それならもうちょっと言い方がある気が」
「なんのこと?」
「ん、いやぁ、こっちの話。それにしても、さとり様も屋敷の中に入るななんて、ちょっと的はずれな言い方して」
「そう? さとり言い方でいいと思うわよ? 外に出るなって言い方でもいい気がするけど。何か理由があるのかも知れないし」
「え、でも、神社に入っちゃ駄目、みたいなことだけを言ったってお空……」
そこであたいは気がついた。
霊夢もにこにこしているから、それで正しいんだろうね。
本当は『神社に、入っちゃ駄目』じゃなくて。
「お空、神社には、行っちゃ駄目って言われなかったかい?」
「うん、神社に、入っちゃ駄目って言われた!」
「ああ~もぅ~、この子はぁ」
「うにゅ?」
なんでだろう。
大変な間違いなのに、お空だと許せちゃうのは。
でも、それをお空に伝えたってことはさとり様も何か掴んでるってことか。でも、さとり様、全然外出してなかった気がするし。
「ところでさ。神社が危ないって情報をさとり様に教えてくれたのは霊夢?」
「全然」
「ふーん、じゃあ紫お姉さん?」
「紫はそんな面倒なことしない。今もたぶんグータラ中よ」
「それじゃあ、天狗のお姉さんでも覗き見してたとか? 目のいい奴もいたしさ」
「そっちかもしれないけど……まあいっか。とにかく、気をつけなさいよ。それとあいつ、ここから出たら大体あっちの方いくから、人里方向に飛んで大回りで帰ったほうがいいわね」
「りょうかーい、さあ帰るよ。お空」
「えー、遊ばないの?」
「遊ばないの!」
あたいはお空の腕をおもいっきり引っ張って空に上がって、霊夢にぺこりと頭を下げた。
でもまあ、さとり様に持っていく情報はできたから大手柄だね。
鼻歌を鳴らしながら、あたいは地霊殿へ向かって飛び上がった。
ちょっとだけ残念そうな顔をするお空を気にしながら。
◇ ◇ ◇
『お燐、どうして神社にいったのですか!』
「……だってさ、ならあたいにその内容を直接教えてくれればいいのに。
なーんてことを、心の中で思ったら、なんかもっと怒っちゃうし。あたいってば怒られ損。しかもしばらく地上で死体運び禁止だなんてさ~」
「せ、先輩、大丈夫です?」
「あー、大丈夫大丈夫。さとり様とは付き合い長いし、ああ見えていろいろ脆い人だしね。あたいでストレス発散しないと」
「やっぱり信頼されてるだけはありますね、よっ、ペットの鏡」
昨日、地霊殿に戻った後で、神社でのことを報告したら、案の定こっぴどく怒られた。
とりあえずあたいも誰かに愚痴を言おうと、日が変わってからこの部屋に足を運んでみたって訳だ。あたいよりも遅く化け猫化した三毛のやつと茶色のやつのね。そしたらベッドに案内されて、なんだか急に肩や足を揉んできた。
だからあたいも笑顔を作り、二人の笑顔を誘ってから、
「で? お空に馬鹿なことを仕込んだのはどっちカナー?」
地獄に叩き落す。
すると、一度揉むのを止めた二人の視線がちょうど真ん中でぶつかり合って、ぷるぷる震えさせながらお互いを指差す。
「……両方?」
「あ、だって! だって! 仕方ないじゃないですか! お燐先輩って恋の季節にも何の噂もないし、堂々と地上出ちゃってるし、そういうところでロマンスがあるんじゃないかって思っちゃうじゃないですか」
「で、ひと夏の過ちとかないかなーって、ほら、こんな」
ええい、その動作を仕込んだのはお前か三毛。
あたいたちペットはどうしても動物的な欲求に弱いからね、仕方ないとは思うんだけど。お空みたいな天然属性の子にストレートなことを言ったら、別次元にかっ飛びかねないっていうのにね。
「あー、わかった、わかった。あんたたちの頭の中がまだ春なのはよくわかったから。今後は気をつけるように」
「お咎め無しですか! やったー」
まあ、猫の時代にはそういうこともあったかもしれないけど。人型になってからはいろいろ不安なんだろうね。この子達も。
そんな喜び合う化け猫の声を背中に聞いて、お燐はそそくさと部屋から出ようとして、
「あ、ちなみに、その、そちらの経験のほうはぁぅっ!?」
調子に乗って擦り寄ってきた茶色の鼻を鋭い爪で突いてあっさり撃退したのだった。
あの子達の言葉の裏にある不満、それはあたいもよくわかってる。
さとり様が地熱を利用した温泉なんて作っちゃったもんだから、ペットの仕事が格段に増えた。
特に、人型になったばかりの子なんかは社会勉強を兼ねて接客とかしてるしね。
たぶんそのせいで自由時間が少なくなって、恋を見つけにくくなったって愚痴ってたら、あたいの話題になったってところか。
「忙しいって言うのは、幸せなことだってさとり様は言ってたけど。そういう難しいことはあたいたち考えないからね」
でもそういうのを通して、異変後の地底と地上の距離はだいぶ縮まったって思ってた。
あたいも多少は地上の人間と親しくなったんじゃないかって、楽観的に思ってるところはあったんだけどね。
やっぱり、地底妖怪は地底妖怪ってことかい。
なーんて、柄にもなくたそがれちゃうのは、あたいのキャラじゃないかもしれない。嫌なことは忘れて次の瞬間には笑ってる。それがあたいってもんなのにね。
けど、たまには、いいかな。
「ほんと、あたいらしくない」
旧都と地獄の入り口、その間を地下水が通ってるんだけど。
そのきらきらした水の流れを橋の上から眺めたら、いろんなことがどうでもよくなるっていうか、落ち着くって言うか。
「あら、またさとりから怒られて、落ち込んでるのかしら」
「それくらい素直だったら、こんな性格になってないよ」
「そうね、意外と元気そう」
橋姫っていう妖怪の性からかもしれないけど、この橋にはパルスィお姉さんがよくやってくる。
散歩してる最中にあたいをみつけて、声を掛けてみたってところかもしれないね。
「お邪魔だったかな、パルスィお姉さんは勇儀お姉さんと待ち合わせとか?」
「……そういう冗談は、嫌いよ?」
しまった、地雷踏んだ。
さっきまで優しそうだった顔が、いますぐにでも包丁もって襲い掛かってきそうな悪鬼羅刹となる。
ということは、喧嘩して頭冷やしにここにやってきたタイプか!
「お燐ちゃんはお空ちゃんと仲良くていいわよねぇ~?
だから私がどうなろうといいのよね? 私を捨てたあの人みたいに……」
「ああ、うん、落ち着こう。まだ間に合う。まだこっちの世界に戻ってこれるっ!」
「っていうのは冗談にして」
「うわぁお」
前はこんな冗談言う人じゃなかった。
でも、最近はあたいが怖がるってわかってて、よくこんな騙しをしてくるんだよ。酷いお人だよまったく。
それだけ心に余裕が出来たってところかもしれないけどさ。
あたいの心境なんてお構いなしっていうのが困る話。で、悪戯が成功して大満足って顔をしてるから文句の一つくらい返してやろうかって思うんだけど。
「さとりに死体運び禁止って言われたんだって?」
あたいの横に立って、あたいと同じように手すりに肘を置きながら、いつもより優しい声音で話し掛けてくれる。
そんなお姉さんに、反抗的な言葉なんて言えるわけがないじゃないか。
とっさに返せたのは、純粋な疑問だけだったよ。
「なんでお姉さんが知ってるんだい?」
「さっき一人で外に行こうとするお空と会ったから」
そっか、それで何するのかって尋ねたってことだね。
お空にはあんまり言いふらさないでって釘刺したんだけどなぁ。
「誰にも言わないから詳しいこと教えてってお願いしたら」
「しゃべっちゃったと」
「ええ、パルスィには特別だからって言って。すらすら話が出てきてたから、誰かに言いたくてしょうがなかったのかもね」
お空らしいと言えば、らしい。
あの子、ちょっと親しくなった相手のことすぐ友達だと思って、信用しちゃうからね。パルスィお姉さんのお願いを断りきれなかったのも、お姉さんを友達だと思ってるからに違いない。
「きっとお姉さんのことが好きだからだよ」
「馬鹿なこと言わないで、お空とは単なる知り合い」
「別に、赤くならなくても」
「なってません!」
あたいを慰めに来たつもりなんだろうけどね。
パルスィお姉さんもまだまだ。
ちょっと褒めたり、好きとか言うと、あからさまに動揺する。
ふふん、さっきの仕返しは成功ってところかな。
「じゃあ、あたいは行くよ。ありがとね、パルスィお姉さん」
「はいはい、気をつけてね」
台車を持たないで手ぶらのまま、あたいは地上へと向かった。
霊のバランスを崩したのがあたいじゃないって証明するためにね。
お空が1人で出かけたことに、多少不安を感じながら。
◇ ◇ ◇
『火焔猫、お断り』
うん、えとね。
わかっちゃいるんだよ?
たぶんここに来たら警戒されるだろうな~って、わかってたよ?
ここにはいろんな人のお墓がいっぱいあるからね。
死霊使いは嫌われるだろうとは思ってたけどさ。
でもね。
『火焔猫、お断り 命蓮寺一同』
傷つくよね、これ。
あたいの硝子のハートがブロークンだよね?
しかも、燐じゃなくて火焔猫だけ書くとか、もう悪意しかないよね?
あたいがこっそり地霊殿の温泉からおみやげの温泉饅頭をかっぱらっ――貰ってきたっていうのに。
でもまあ、あたいは大人だからね。そんなことじゃ怒らない。
ほらね、こうやっておみやげを入り口の門の死角に置いて、その後で猫の姿になって、優雅ににゃーんって鳴いてやる。
そしたら入り口で掃除をしていた山彦がやってくるから、
「あ、猫と、お饅頭?」
とっとっと、て、暢気に近づいて、あたいからお土産に視線を移した。
その瞬間に、元の人型へと変化して、
「にゃおー! 食べちゃうぞーっ!!」
爪を伸ばして、目をつり上げて飛び掛かった。
なんて冷静な大人の対応だろう。
「うわぁぁ、ば、化け物ぉぉ!!」
「あー、こらこら、あんたも同じようなもんでって、あ、行っちゃったか」
ひとまずこれで成功だ。
ん? 逃がしただけで何がいいのかって? 簡単なことだよ。
お寺側が入るなって言ってるんだから、あたいは入らない。
でもね。
「火焔猫燐! いきなり響子を襲うなど、何が目的だ」
「やあやあ、鼠さん。こんにちは」
ちゃーんと援軍を連れてきてくれるんだよ。
お寺の代表者に近い相手をね。
だからあたいはダウジングロッドの先端を向けられながらも、にこって笑ってね。
「ちょ~っと、だけ話を聞きたいんだよ。絶対暴れないからさ」
お饅頭を持ち上げてナズーリンに差し出した。
あたいの顔と、そのお土産を何度か繰り返して眺めていたナズーリンは、その背中に隠れていた響子の名を呼んだ。
「すまないが、ご主人か聖を客間に連れてきてくれ、大急ぎで。それと見張り役にぬえを!」
「ぬえも?」
「ああ、ぬえはこっちの門だ。門から客間までの護衛に使う」
ほら、こうするとあっちから入れてくれる。
そういうわけだね。
まあ、人によっちゃあこんな言い方をするかも知れない。
ここの代理さんの種族がアレだから。
虎穴に入らずんば虎児を得ずってね。
「火焔猫燐! よくおめおめと顔を見せられたものですねっ!」
「にゃぃっ!?」
で、寅さんを甘く見てたらこれだよ。
もう、なんて言うか。殺気っていうのかな、正面の毘沙門天代理さんから伝わってくる覇気だけで、もう、尻尾がぴんってなっちゃっうくらい。
今にも正座から立ち上がって、胸ぐらを掴んできそうな。そんな剣幕だった。
お空から聞いた話じゃ。聖っていう人間も、寅の妖怪も、人間と妖怪に分け隔てなく接してくれる優しいヤツだって聞いてたのにっ!
話が違うじゃないか、お空~~っ!
「だ、だから、あたいは話を聞きにきただけであって」
「ほぅ」
「お近づきになりたいとも、思ってるわけだよぉ」
「そうですか」
「ね? ね? だから、あたいの知りたいことちょっと教えてくれるとありがたいかなーって。絶対お墓荒らしたりしないからさ」
「わかりました」
おお! あたいの誠心誠意の気持ちが伝わったんだね。
正面のあたいをまっすぐ見つめていた寅のお姉さんが短く息を吐いてから、横に座る鼠の妖怪の方を向いて。
「ナズーリン、槍を」
「わかってなぁぁぁい! 信じておくれよお姉さんっ!」
「何を信じろと言うのですか! すでに墓を荒らしておいてから、絶対に荒らさないなどと、よく言えたものです! そこまで侮辱されるとは、我慢にも限度がありますよ!」
いや、ちょっと!
なんで本気で壁に掛けてある槍を準備しようとしてるんだい!
あたい、本当に墓を荒らすつもりなんてな……、ん?
「……あたいが、荒らした?」
「ああ、私がこの目で確かめた!」
「いつ?」
「丁度昨日の深夜、明け方に掛けてだ。」
「……は?」
あー、昨日の夜かー。
昨日はそういえば、お空と一緒に帰って夕ご飯食べてー。
そのあとさとり様のありがたいお言葉を聞いて、気が付いたら朝ごはん……
「さて、念仏はこちらで準備するので、心置きなく滅んでください」
「ちょ、ちょっと! あたいにはアリバイがっ! すごくはっきりくっきりばっちりぴったりなアリバイが! さとり様に聞けばわかるはずだよっ!」
「……ふふ、家族の証言はアリバイにはならないと相場が決まっているんです! それに証拠だってある! さあ、正義の前に打ち滅びるがいい!」
正義って、なんだろう。
そんな真理を考えている間に、あたい死を告げる鋭い刃が顔面に迫る。
ああ、美猫薄命ってこのことなんだね、さとり様、先立つ不孝をお許しください……
なーんてね。
実は会話で時間稼ぎしてる間に、ゾンビフェアリーを畳の下に準備したから逃げようと思えば逃げられるんだけどさ。
こんな美味しい情報を逃がすなんてバカのすること。
それに地上のお寺に敵対行動を取るのは、本当に最後の手段にしておかねいとね。さとり様にも迷惑がかかるし。
「ねえ、最後にあたいが犯人だっていう証拠を見せてくれないかねぇ……」
脚を崩して袖をかみながら。うるうると、瞳を潤ませて上目づかいで見上げる。
あたいはか弱い猫ですよー、何もできませんよーってね。
もしかしたら断られるかもと思ったけど、思わぬところから援軍が現れた。
「うん、ご主人。言い難かったから今まで放置していたんだが、私もその証拠というものをみせてもらっていない気がするよ。今朝になって現場を見せられ、看板を立ててと言われただけだからね」
「ナズーリンまでそのような……」
「ご主人のことは信用しているが、聖が出かけている今、もし間違ったことをして命蓮寺に泥を塗るようなことは得策じゃない。それはご主人もわかるだろう?」
「う、聖…ですか。まあ、確かに、念には念をという言葉もありますから」
さっきまでいきり立っていた星って妖怪がいきなりしおらしくなって、自分の座布団の上まで戻っていく。
槍もナズーリンが片づけてくれたから、一歩前進ってところかね。
まさしく地獄に仏。
いやいや、地上にネズミとでも――
「だから君も、少しだけ物騒なものをしまってくれると助かるんだが?」
「……うわぁ」
なるほど、場を準備してやるからあたいの方も誠意を見せろってことか。
畳の下をちょいちょいって指差して告げられたので、あたいも仕方なく下のゾンビフェアリーたち土の中に戻していく。
切れ者ってのはこれだから油断ならないんだよね。まったくネズミの癖に。
「それでは、そちらが犯人だと思った根拠について証拠と共に簡単にご説明させていただきます」
落ち着きを取り戻した空気の中で、星っていうお姉さんが穏やかな口調で話し始める。
「寺の皆がまだ起きていない。まだ周囲が暗い時間帯でした。人里付近で生きた人間や死体が消えるとの情報があったので、心配になり、日が昇る前に裏の墓地へと出かけようとしたところ……、そこで物音が聞こえたのです。ごそ、ごそっと、重いものを運んでいるような音や、何かが移動している音を」
ふむふむ、なるほど。どうやら星お姉さんは現場に居合わせたってことか。それでどうしてあたいが犯人だと思ったのかが余計に疑問だけどね。
「そこで私は、急いで裏に走りながら叫びました! 誰だ! と」
「ふんふん、それで?」
「そしたら、犯人は、はっきりとこう言ったのです!」
そのときの状況を思い出したのか、星お姉さんは少しだけ声を荒げて、あたいをびしっと右手で指差して。
「あたいは、火焔猫燐だにゃ~。あやしくなんてないにゃ~、と!」
何? なにこの……何?
「にゃ~ん、お姉さんったらせっかちにゃんだからぁ……
そんな艶めかしい、化け猫特有のいやらしい声を出しながら、私をバカにしてきたのです。あなたは!」
とりあえず謝れ、私と猫の妖怪関係全般に謝れ。
「そして、私が駆け付けた時にはお墓はすべて荒らされ、骨までなくなっていて! 現場にはこんな紙まで落ちている始末!」
そしてあたいに突きつけられる、土の付いた紙。
『火炎廟鈴、三錠!』
と、書かれた、謎の紙。
「自分の名前すら間違え、慌てて帰った証拠! まあ、猫の妖怪特有のうっかりミスから考えれば、間違いなくあなたが犯人です!」
よし、さとり様。
あたいちょっとこの寅退治してから帰ります。
そう強く心に決意するよりも早く。
スパァンっとスリッパが一閃。
「何をするんですか! ナズっ――」
「ご主人? ちょっと、私の部屋まで行こうか?」
「あ……え、えと、な、ナズーリンあなたは何を怒って……」
「いいやぁ~? 私は怒ってなどいないよ? ご主人の配慮に感動すら覚えているところさ。うん、さすがはご主人。だからね? ほら? 私の部屋に行こう? ちょっと毘沙門天様の教えについてもう一度認識しなおす必要があると思ってね?」
「え、いや、あの、その黒ずんだ眼は、私が失せモノをしたときと同じ……あ、待って! 待ってくださいナズーりーーーん!」
首根っこをむんずと掴まれて、ずりずりと引きずられていく星。
その姿を見てなるほど、とあたいは悟った。
これが窮鼠でっかい猫を噛むということなんだなと。
『悪かったね。聖にはうまく言っておくから、墓地を調べてくると良い。初めからそのつもりだったのだろう?』
と、星お姉さんを運ぶナズーリンに許しを得たから、あたいは寺の裏の神社まで来てみたよ。そしたらさ、結構酷いもんなんだよ。これがさ。
お墓の前や横に深ぁい穴が開けられててね。どうやらそこから死体とか骨とかが運び出されたらしい。
「穴を掘った……? というよりこれは……」
なーるほど。
あたいが犯人って思うのもわかるね。こいつはあれだ。あたいみたいな死霊使いか、それに似た能力者の仕業だろう。
だって、地上から取り出す場合、大きめに掘ってそこから手や体を入れて出さないといけないのに、ほら見てごらんよ。地上の土はあんまりなくて、柔らかく、良くかきまぜられた感じの土が穴の中に多く残ってる。
ってことは、誰かが上から掘ったんじゃなくて。
下から、何かが這い出した。そう考えた方が自然ってわけだ。
「それにしても、酷いことするねぇ」
ほとんど、全滅。
そんな凄惨な状況を見て、ため息を吐きながらあたいはゆっくりと現場の中を歩いてみる。ちょっとだけ、気まずい感じで。
だって、あたいの知ってる仲間の火車は、悪人しか運びたがらない。そういうポリシーがあるんだよ。もちろんあたいも含めてね。魂が抜けきった後の死体なんて地底の燃料くらいの興味しかないし、善人のものならもう、死んだ直後でもスルーする感じさ。だから、あたいが地底に来る前に別れた火車たちが幻想郷に流れて悪さしてるって感じでもない。
どっちかというと、死体収集が趣味のはぐれ火車とかのほうが、怪しいんだけどね。そんなやつが本当にいるかどうかって、
「ん? おっと?」
あたいの鼻が何かに反応した。
悪人ってわけでもない、死んだ直後の死体ってわけでもない。
けど、なんだろう。
この、チーズが腐ったような、甘ったるい……素敵なフレグランスは……
あたいは思わず、そこに足を運んだよ。
良い匂いに誘われるまま、本能のままにね。
そしたらどうだい!
「ああ、なんて可愛らしい……」
きっと、運ばれずに偶然残っちゃったんだろうね。
一人の女の子の死体が、大きめの穴の中で横になってた。それがね、もう、あたいの心をくすぐってくるんだよ!
あたいの鑑定眼からして、死後長い時間経っていることは明らか。
それなのに、きつい腐敗臭なんてどこにもない。あくまでも、甘い。そう、癖になる甘さ。芳醇な香りが、あたいの鼻孔をくすぐってくる。
ほら、あの肌なんて、血が通っていないのは確かなのに綺麗なまま。まさに芸術品だよこれは。
それになんだい! 幻想郷で土葬してる人は、裸のままが多かったりするんだけど、この死体は綺麗な衣装に身を包んで、今にも動き出しそうじゃないか!
愛好者としての真実の姿、それがこの一つの死体に詰め込まれてるなんて……
「ああ、あたいのものにしてしまいたい……
いやいやいやいや、だめ! ダメだよあたい! あれはきっと、すっごく大切にされてる死体だ……、あたいみたいな火車が手を出しちゃいけない存在なんだっ!
静まれっ! あたいのアンデッドソウル!」
なんとか自分に言い聞かせ、その綺麗な死体から逃げることができた。
もし後数十秒あそこにいたら、魔性の力で虜になっていたかもしれない。
なんて、個人の趣向はここまでにしておいて、だ。
とにかく、このお墓を荒らした能力者がいるということに間違いない。それに、あたいのこともしっかり調べてるやつ、か。
「あー、結構前に、阿求って人の取材受けたからなぁ、あたいのことも地上で知られてるんだろうし……絞り込みも難しいかね、こりゃ」
墓地の入口まで戻って、ぽんぽんっと尻尾を地面につけて足を止める。
別に、何をしたかったわけでもない。ただ、止まってみただけ。
で、ちょっと腕を組んで、また歩こうとして、ぴたってね。
そしたら、何か余計なところで。
空気の流れが動くのがはっきりわかった。
だから、後ろを振り返ってやったら……
また、後ろで気配が動いたんだ。
「やぁやぁ、お姉さん? 閻魔様から言われなかったかい? 火車の風上に立つなってさ」
「おや? あたいとしたことがこりゃ一本とられたね」
なーるほど、あんたかい。小野塚小町おねーさん?
さっきから変な感じがしてたけど。
あたいの後ろで一定距離を取る。そういう能力の使い方で隠れてたわけかい。
「ちゃんと、距離は測ってたつもりなんだけど。朝食の後の一杯が余計だったかな?」
「あっはっは、仕事がら死臭ってのが強いからねぇ、お互いさ。墓地の外に出たら嫌でも目立つってもんだよ。
ところで、お姉さんは朝の散歩か何かかい?」
「ああ、散歩だよ。散歩中に可愛らしい猫を見かけてついつい追いかけちゃう。年頃の乙女っぽいじゃないか」
「あっはっは、あたいみたいな可愛い猫を見つけたのが運のつきだったねぇ。じゃあ、あたいはこれで地底に帰るから、お姉さんも帰った方がいいんじゃないかい? 閻魔様に叱られる前にさ」
会話の間も、あたいの後ろにいて、離れようともしない。
近づこうともしない。
距離でいえばきっと、10メートルくらいはあるんだろう。
でも、小町ってやつの能力は、そんな間合いなんて関係ないのさ。あのお姉さんが斬ろうと思えば、視界の中すべてが攻撃範囲になっちゃうんだからね。
「でもまあ、このまま帰られたらあたいが仕事が成立しなくなるんだよねぇ?」
「ははは、そいつはこまったねぇ。ほんとに、困ったよ……」
ふふん、そうかい。
今さらそんな殺気を向けてくるんだ。お姉さんは。
見えてなくても、雰囲気でまるわかりだよ。
閻魔様の手紙通り、あたいが動きすぎたから……捕獲か、処分するって、ことかい?
ああ、わかってるさ。死神との戦いで先手を取られたら、その時点で終わりってことくらいね。
わかってるけどね! あたいだって火車としての意地がっ!
そうやってスペルカードを取り出して振り返ろうとしたら、
ギュッて。
「にゃぃ?」
なんか、もう、お空と同じくらいの弾力のある物体がね?
あたいの後頭部に押しつけられてるっていうかね?
「さて、忠告はしたから。今日はお仕事終わり~♪」
あの、お姉さん?
「いやー、久しぶりに余計な力使うと肩こるよねー? 特に、船頭に必要な力以外をつかったりしたらもう、カッチカチでさぁ」
いや、だからね?
「とりあえず、一緒に飯でも食いに行く?」
「もう、なんなんだよぉ! あの寅といい! お姉さんといい~~!」
「おお、お姉さんと、『いい』。ってことはおっけーだね? 決まり決まり!」
「……もう、どうにでもしておくれよ」
「じゃ、昼食にいこー、いますぐだー」
「うわ、酒臭い……」
せっかく手がかりを掴めて、これから調べようと思ったのに!
もう、いいよ今日は、諦めるよ!
あたいは、お姉さんに後ろから抱き抱えられてそのまま能力で瞬間移動。
気づけば、人里の料理屋の前まで連れてこられたわけだよ。
ただね。
「ん? おねーさん?」
「移動する前に、あたいの名前よんだかい?」
「いや、何も?」
「そっか、変だねぇ……」
その移動する直前、あたいの名前を呼ぶような声が確かに聞こえた気がしたんだけど。
なんかのんびりとした感じの声だったのに。
気のせいだったかねぇ……
「……えっと、ただいま帰りましたよぉ~?」
あたいは、すっかり暗くなった玄関の中に入り、抜き足、差し足でとりあえず自分の部屋に向かった。
ちょっぴりいやーな寒気を感じながら。
きっと、今は日付が変わったころだと思うから、みんな寝てるだろうしね。
「あたいは悪くない、あたいは悪くない……」
とりあえず、なんだろうね。
最初は、うん、全然ダメだったんだよ。
死神と火車って昔から馬が合わなくてね、お姉さんが何を言っても気のない返事で返してたんだけどね。
なんていうか、こう。中間管理職の弱味っていうのかな? 部下なりのストレスっていうのかな? そういうのでほんのちょっと意気投合しちゃって……、ついつい気持ちよーくいろいろしゃべりあっちゃって。
その結果が朝帰り寸前ってところだよ、うん。確か、さとり様には夕食前には帰るとか言って出かけたような気がするけど、気のせいだと思う。いや、気のせいであって欲しい。気のせいじゃないと後が怖い。
「よし、今日は大人しく寝て、明日の朝全力で謝る。うん、それがいい、あたいって天才だね」
不安を消すために口の中で呟きながら、廊下を歩いて。やっと自分の部屋まで着いた。昨日も説教でほとんど寝られなかったから、今日くらいはと思って部屋に飛び込み。
いつもの感覚ででベッドに向かってダイブ。
そしたら、ふかふかの布団があたいを待っていてくれた。
あーきもちいい、このすべすべ感がほろ酔いの身体にしみるねぇ。
おっといけないいけない。最近夜は寒いから毛布も寝る前に綺麗にしておかないとね。
って、おや? おやおやおや?
あたいの毛布ってこんなに厚みあったっけ、それに、こんなに固く丸まっちゃって。
でもまあ、あたいの力をちょちょいって込めれば綺麗に広がって――
「あら、お帰り……お燐」
広がった薄い毛布を広げたら、すっごく優しい笑みのさとり様が、あたいの帰りを迎えてくれた。
ああ、さとり様。
あたいの布団で直接待っていてくれるなんて、なんてペット思いのお方!
こりゃあ仕方ないね!
でも、さとり様と狭いベッドの中で一緒にいるのは気が引けるからあたいはさとり様の部屋に行きますね!
「待ちなさい……、ちょっとだけ、お話があります」
あ、お話とかいいですよ! さとり様もおつかれでしょうから!
だからそうやって第三の目を近づけなくてもね? ね?
あたいやましいことなんて一つも!!
「へぇ~、そうですか、死神と一緒にね~? 私がせっかく作った料理が台無しになってもお構いなしに」
「は、はい……」
「それに、あらあら、なんということかしら。ねえ? お燐? 根暗のひきこもりって? 誰のこと? ねぇ? 死神さんにそう伝えてるみたいだけど?」
「……は、はは、だれでしょーねー、はははははっ」
「ふーん、悪かったわね? 陰湿すぎて、心の中にヘドロでも溜まってる主人で」
「いや、落ち着きましょう! ね? ね? さとり様! 違うんですってあれは、お酒が入ったからであって、あたいはさとり様を心底慕って――」
「えいっ♪」
「そ、そこは尻尾ぉぉぉぉおおおおっ!!」
そんなこんなで、あたいはさとり様といろんな意味で熱い一夜を過ごしたのでした。
ただ……、酔いと長いお説教の中、ぼんやりとした意識のままで……
「まったく、お空といいあなたといい」
そんな一言があたいの頭にこびりついた。
「生きてるって、素晴らしいですね、さとり様」
「何馬鹿なことを言っているのかしらね」
あたいは二日連続説教という地獄の夜を超えて、また新しい朝を迎えることができた。
もふもふと、力なくテーブルに顔を置いてパンをかじっていると、心無い主人の声が聞こえてくるが気にしない。一日を迎えられた喜びを感じるのは、神に許された自由なのだから。
なーんて妖怪が神様っていうのは不自然かな?
まいっか、お山の神様ってよくわかんないのもいるし。
「さとり様が悪いんですよ。二日間もあたいを貶し続けて……、さどり様に改名したらどうですかもう……」
「お燐が約束を破るのが悪いんです」
「さとり様だって、死神と繋がってることあたいに隠してたくせに……」
「火車と死神があまり良い仲ではないことを知っていたから、黙っていただけですよ。他意はありません」
あたいが昨日、小町お姉さんから聞き出した話、その中にはびっくりしたけどさとり様のもあった。
神社に近づいたら危ないっていう情報も閻魔様発、小町お姉さん経由でさとり様に届いたらしい。
って、余計なことしたら酷いことするぞって手紙で脅しといて、逆に危ないぞって注意するとかどういうことかと思うけどね。
まったく、わけかんないにもほどが――
「えっと、あの、さとり様?」
「何?」
「あたいの性格は、どんなだと思います?」
「世話焼きで、へそ曲がりで、変わり者」
「……く、はっきり言っちゃってくれますね。まあいいですけど。で、そんなあたいにああやって、脅し文句をぶつけた場合どうなるって思います?」
「意地でも地上に出ていく」
……で、あたいという容疑者が地底から外に出たっていう情報を知って。
さらに命蓮寺での情報も加えたりしたら、さとり様の目的も見えてくる。
あたいが地上で活動するのを見計らって動くやつがいたら、そいつはあたいに罪を着せようとしている犯人かもしくは犯人に近い人物の可能性が高いわけだよね
だからさとり様が地上に行くなって命令じゃなくて、危険度の高い博麗神社には行くなって命令を出したのは……
「あら、お燐。なかなか賢くなりましたね」
「……あたいを餌に使ったと?」
「そんな酷いものじゃないわ、囮よ」
「一緒じゃないですか!」
「まあまあ、こちらもお燐を疑われ続けるのは我慢なりませんし、黒幕を探し終わればそれだけお燐の地上の活動もやりやすくなるということです。
それとも、長期間地上に出られない頃に戻りたいですか?」
「……そういう二択のぶつけ方するから、嫌われるんですよ? 心が読めるからって」
「こういうの好きって言ってくれる人も世の中にはいるの!」
でもそういう嗜好持ってる人ってだいたい一般的な人間から変態とか言われてなかったっけ? まあ、いっかそういうのは。
とりあえず疑問が段々解決してきて、落ち着いたせいだろうか。テーブルクロスの上で顔を擦ってたら、ふわぁって大あくびがでちゃった。
いくら妖獣兼妖怪でも、睡眠ゼロで二日間も動き回れば疲れるんだよね。
その大半の原因がさとり様のお説教にあるんだからそのあたりは自覚して欲しいものだよ。
「お燐、漏れてますよ?」
「漏らしてるんです、わざと」
さとり様はいいよねー、精神的な妖怪だからあたいの苦痛からとか精神とかでも吸ったりできるもんねー。
だから寝なくても元気だもんねー。
「それで、閻魔様側も多少は相手の尻尾つかめたんでしょうか?」
「そのようね。だからあなたに死神が接触してきたんでしょう。これ以上は動かなくていいと、私に伝えるために」
「あちらといい、こちらといい、お互い遠まわしが好きな上司で実に結構です」
で、あたいを昨日寝かせなかったのも、今日は動かなくてもいいようにっていうのが含まれてたり、
「ああ、それはその場の勢いです」
できれば作戦であって欲しかった。
「とにかく、あたいはもう一眠りしますからね! 絶対に起こさないで下さいよ!」
「ああ、そう、それじゃあ仕方ないわね」
あたいが、肩を落としながら椅子から降りたのをじーっと眺めてる。
紅茶を片手に持ったまま、平然とね。
「お空が昨日遅くに帰ってきて、また朝早くにはりきって出て行ったから。
その件をお燐に任せようと思ったのですが」
……あー、そうですか。
そうきますか。
昨日のつぶやきはそういうことですか。
「あたいは、今から寝るんですよ?」
「そうですね。それじゃあ仕方ないですよね」
あたいが世話焼きで、変わり者で、へそ曲がりで……
ついでにお空のことだと放っておけないことをわかっていて、今のタイミングで言うわけですか、さとり様は。
「いきますよっ! いけばいいんでしょう、もぉぅ~!」
さとり様のバカ、外道、サディスト!!
あたいがお空のことで行かないはずがないじゃないですか!
「……すみませんね、まだ私は人里付近には近づけませんから。
あの子と一緒に行動することもできません。
遊ぶだけだと言って出ていくあの子を、無理やりにでも止めればよかったのかもしれませんが……」
だからわかってますってば。
そういうのも含めてバカって言ってるんですよ、あたいは。
ペットはペット、主人は主人、そうやって境界引いてどうどうとしてればいいんです。あたいが安心して愚痴を言えるように。
だから、あたいから返せるのはこれくらいです。
「お空を自由にしてくれて、ありがとうございます。さとり様」
さとり様に頭を下げて、いってきますと地霊殿を出た。
お空には、あたいの口からちゃーんと教えてあげないといけないからね。
もう、あたいのことで頑張らなくていいって。
あたいのために、慣れないことしてくれて、ありがとうって。
その事件は、一軒の茶屋の前で起きた。
人の流れを楽しみながらお茶と甘味を楽しめる、外に設置された長椅子。そこで若い男女が団子を手に笑顔を交わしている。
「あ~ん♪」
「はい、あ~ん♪」
「ん~、美味しい~。ねえねえ、このお団子もっと貰っていい?」
「いいけど、どうするの?」
「お燐とか、さとり様に持って行ってあげるの!」
「そうなんだ、お空ちゃんは優しいね~、あ、そうだ。お兄さんの部屋にもっと美味しいお菓子があるから、一緒に取りに行こうか」
「え、いいの!」
「もちろんだよ、さあ、お空ちゃん一緒に行こ――」
そのときだった、空に輝く太陽に向かって一つの影が屋根を蹴ったのは。
しかし、空中で螺旋を描く華麗な姿を見た人間はおらず、
「必殺! アルティメットお燐キーック!!」
お空の手を掴もうとしていた男の顔面に、急降下したあたいの右足が突き刺さった。
直撃した瞬間に、つま先をぐりっとするのがアルティメットだ!
その衝撃というものは一言でいうなら!
「よし、やり過ぎた!」
ばいん、ばいん、っと。
吹っ飛びながら二回ほど地面でバウンドしたお兄さんの身体が、ピクリとも動かなくなる。
うん、あたい大ピンチ。
人里で人間殺しはご法度なのに勢いに、お空がいけないお兄さんに攫われそうだったから怒りに任せて蹴っちゃった。うん。
良いこのみんなは真似しちゃいけないよ!
屋根のくだりから全部!
「えっと、お、お兄さん~、へ、平気かい~?」
そうやって慌ててお兄さんに声を掛けて、近寄ってみたけど、まあ、あれだよね。
無事であるはずが……
「う、く、いたたたたたたっ!」
生きてたぁぁぁああ!
やった、生きてたよ! お空! あたいはまだ助かるよ!
顔を押さえて、鼻血を袖で拭いてるけど、うん、大丈夫っぽい。
そうやってあたいが胸を撫で下ろしていたら、
「あー、もう! お燐、なんでこんな酷いことするの!」
予想外のお空の怒声に、尻尾がびくんってなっちゃったよ。
「なんでって、お空! あんたこの悪い人間に攫われそうになってたんだよ!」
「え? そうなの?」
「攫われたあとで、あんたにあーんなことやこーんなことをやろうとしてる! そんなニャーンなお兄さんなんだよ!」
「あ、そうだったんだ。あのお兄さんは、変態」
「誰が変態か!」
そしたら、往生際の悪いお兄さんが反論してくるんだよ。
その角刈りの頭を揺らしながら、上半身だけ起こしてね。
「あんたが変態」
「だから違うって言ってるだろう! 俺は昨日、そこのお空って子に人里の行方不明事件聞かれたから答えただけだ!」
「え? そうなのお空?」
「……そうだっけ?」
「そうだよ! だから今日はもっと詳しい話をしようって言ったんじゃないか!」
「……言われたような、言われてないような」
「昨日、団子10本あげただろう?」
「あっ! 言われた! すっごい言われた! だから、お燐に内緒で私だけ活躍しちゃおうかなーっておもったの!」
忘れてたね、この子。
たぶん、このお兄さんと明日も団子屋で待ち合わせとかそういう挨拶をしたんだろうけど……
なるほどね、だから団子の約束の方が上に来ちゃって。
さとり様も何のために外に行くかわかんなかったってことだろう。
「……人間の行方不明事件、そっちは確かに全然調べてなかったね、あたい。
生きてる人間よりも死体の方が魅力的だし」
「お燐はそういうの大好きだもんね♪」
「おい、それでよく人のこと変態って言えるな!」
重要な事件のもう一方を調べてたと少しでも感づけば、さとり様も止めてただろうけど。調べてたこと自体を忘れることで、第三の目をすり抜けて地上に脱出。
まったく、悟り妖怪の裏をかくとは、凄いんだか凄くないんだか……
「あはは、すまなかったねお兄さん」
それと、このお兄さんも凄いね。
あたいの不意打ちを受けて打撲程度で済んでるんだから。
「ああ、俺は外の世界から流れた妖怪退治屋だからね。妖怪の攻撃には耐性があるんだ。とくに妖獣とかそういう部類に強くてね」
「あ~、そうなのかい……」
妖獣系に強い、妖怪退治。
それとこの声、なーんか聞き覚えがあると思ったらそうか、博麗神社に来てた人かい、もしかして。しゃべり方が柔らかかったから、気が付かなかったよ。
「おおっと、心配しないでくれ。ここ数日間でこの世界の常識もある程度覚えた。すぐ退治しようなんて思わないよ。そもそも、協力してもいいって考えてる。それにこんな可愛い妖獣だけなら退治するのも勿体ない気がしてきた」
あたいが難しい顔してたから警戒してると思われたかな。何より、霊夢お姉さんが言うような危険はこのお兄さんから今のとこ感じない。
あたいの鼻が悪人臭を嗅ぎとれないってことは、そんな警戒する必要もないかもね。
ただ、若干始末しといたほうがいい気がするのは気のせいかねぇ?
身の危険というか、お空の危険というか。
「それに、今回の事件は俺の知り合いも巻き込まれたみたいだから。そういうのを含めてこっちの世界に詳しい奴の協力が不可欠だと思ってる」
「巻き込まれた、ってことはお兄さんの知り合いが生きたまま攫われたってところかい?」
「ああ、そういうことだ。話を聞きたくなっただろう?」
お兄さんの知り合い、ねえ。
お兄さんが何か妙な能力者なんだから、その友達も何か能力を持ってるかもしれないっていうのが自然か。
「で? お兄さんはそいつを探したい」
「そうだ」
「そのお兄さんも何か使える?」
「……聞きたいか?」
「ああ、もちろん。居場所見つけて助けた瞬間退治とかだと笑えないからねぇ」
「詳しい話は別なところで、って言いたいところだけど。能力だけは教えておいても、問題ないか。そいつが変な事件に巻き込まれてないか心配だったからな」
あたいは、人間には聞き取れない高さの音で、お空にいつでも攻撃できるようにしといてとお願いしてから、立ち上がった男を見上げた。
その男がついて来いって言ってるみたいに進むのを油断なく眺めてたわけだけど。
でもね、次の一言で一瞬だけ思考が止まっちゃってね。
「俺の知り合いは、ネクロマンサーだ」
あたいの中で引っかかっていた何かが、カチャリと組み上がった気がした。
「誘拐された人間は、5人、その全員が魔法使いっぽい技術を持った奴で、そのうち8割が外の人間、か」
「で、そのうちの一人がお燐と一緒なんだっけ?」
「一緒かどうかはわかんないけどね」
人間ならあたいみたいに種族としての能力の強化版ってわけじゃないだろうからねぇ。技術で手に入れた技法ってどんなんだろーって興味はあるけど。
なーんか引っかかるんだよね~。
人間だけであたいの行動を監視したり、命蓮寺の墓地を短時間で荒らしたりできるかなー、なんてね。
「やっぱり、その行方不明になった人間って! 地上を支配してやるーっとかそんな感じで、ヒミツケッシャってやつを作ってるのかな! 悪の組織とか!」
「えー、5人で支配とか、……お空じゃあるまいし」
「なんでそこで私が出てくるの!」
なんかお空がお山の神様っぽい人間の悪影響を受けてる気がしないでもないけど、まあ、確かに、外から来た人間が狭い世界を牛耳ろうっていう感情を持つのはありかもしれないけどさ。
さっき、お兄さんの隠れ家で話を聞いたわけだけど。お兄さんの知り合いの死霊使いは、お兄さんと同じくらいの強さらしい。
ってことは霊夢お姉さんが、秀才どまりって言う人間のレベルだ。
そんなんで、幻想郷支配とか夢のまた夢な気がするけどねぇ。
「でも、地上支配か~、おもしろそうだよね!」
「うん、お空? そういうのあの紫色のおねーさんとかの前で言っちゃだめだからね? 絶対だめだからね?」
実際にやっちゃいそうなこの子レベルだと、冗談にすらならないんだけど。
支配じゃなくて、焦土とかそういう感じだろうけど……
残りの4人に霊夢お姉さんかそれ以上の化け物が居たら別かもね。
そんなやついたらお目にかかりたいもんだよ、ホントにさ。
「でも、そのネクロマンサーが悪いことしてるなら、ちょっと迷惑な感じだよね」
「そりゃあ、迷惑だよ。そいつが犯人ってわかれば、あたいも明日から大手を振ってのんびりできるからね」
実は、人里のあたいの見る目って結構厳しいんだよね。
こう、ちくちくって、陰湿な感じ。だからさっさと外に出ようってお空に言ってるんだけど、
『歩いて帰りたい』
なんて呑気なことを言うもんだから、仕方なく付き合ってるってわけ。
でもね、ちょっとは意味あったかもしれない。
あたいを冷たく見る視線のほかに、ちょっとだけ不穏なのが混ざってるんだよね。
敵意っていうのかね、対抗心っていうのかね。
殺気とまではいかないんだけど、なんか不穏な奴。
噂をすればなんとやらって、奴だねきっと。
「お燐、どうかした?」
「いーや、ちょっと気になるお店があってね」
「寄ってく?」
「いいよ、欲しいものも特にないし」
あたいは苦笑して、横に並んで歩く親友を見上げた。
こんな大きい釣り針が、昨日遅くまであたいのために調べ物をしてたんだから、二日目もやってくればそりゃあ釣れるだろうさ。
お空が全然警戒してないから、あたいの方も甘く見てくれてるってところかね。
そいつは助かるよ。
だから、あたいは楽しそうにお空と会話する素振りを見せて、人通りが少なくなったところを見計らって。
「お空! かけっこしよっか!」
「え? ……うん! いいよ!」
「よーし、あの角まで!」
いきなり、よーいドンで走ってみた。
あたいが地上で本気出したら、お空が追いつけるわけないから。ちゃんと手加減しながら。
それでもちゃ~んと、調整したよ。
普通の人間の全力と同じ速さになるように、ね。
それで、お空より少し早く角を曲がって……
「え、ちょっと、お燐っ!」
「し、静かに」
完全に今走ってきた通りから見えないところで、とんっと、跳ねる。
驚くお空を抱えて、屋根の上にぴょんってね。
そうやって待ってたら、どうだい。
「はぁっ……はぁっ……」
息を切らした人間が一人だけやってきて、きょろきょろと周囲を見渡し始めたんだよ。
しかも、そんなに寒くないのにフードつきのコートを被るっていうご丁寧さ。
笑えるじゃないか。
「その不格好な姿は、何かい? 『私が黒幕です』って言いたいのかい?」
「なっ!?」
そこでやっと、二軒ほど先の屋根の上から見下ろすあたいを見つけて、身を引いた。でも、それじゃあ遅い。いつも台車押しで鍛えてるあたいの脚から逃げるのには、圧倒的に足りてない。
あたいは、お空を屋根の上に置いて、獲物の10歩ほど前にわざと降りてやる。
いきなり捕まえてやってもよかったんだけどさ。こう、あたいたちを追いかけた根性に免じて、ちょっとだけチャンスをあげようってあたいの優しさだよ。
うふふ、さあ? どうやって逃げ――
「おっとっ!」
あたいが正面に降りた瞬間、そいつは口の中で何か呪文みたいのを唱えて、握り拳と同じくらいの真っ白な光玉を生み出してきたんだ。
そうかい、弾幕で来るか。
しかも、スペルカードバトルの宣言もなしに広範囲にばら撒くなんて、理に反することをどうどうとしてくれるよ、このお人は。
でも、不意を打てばあたいに当たるとでも思ったのかね?
そいつは、甘い。
砂糖たっぷりのミルクココアよりも甘いっ!
あたいは一気に間合いを詰める。向かってきたやつをしゃがんで避けて、地面すれすれを駆け出す。
そうやって身を屈めてる時だったよ。そいつが撃った玉が近くの家の壁にぶつかって。
「なっ!?」
目が霞むくらいの光を生み出したのは。
慌てて目を閉じたけど、間に合わない。
視界を完全に殺されちゃったから、後は耳を頼るしかない。
前につんのめりそうになったけど、何とか体勢を立て直し周囲の音を探って……
「お燐! 逃げた!」
届いたお空の声で、緊張を解く。
良い判断だね。
あたいは音だけでもだいたいの場所を探れるし、お空は光に強いから今の目くらましなんて何の意味もない。それを知ってる訳じゃないだろうけど、引き際を間違えないのは良いことだ。
あたいにとっちゃ悪いことだけど。
「あれ? もしかして、今のがお燐の探してるヤツ?」
「ああ、そうだろうね。もしくはそのお仲間ってところかな」
「じゃあ、すぐ捕まえちゃえば良かったのに」
「あはは、耳が痛いよ」
そのあたりに遊び心が出ちゃうから駄目なんだよね、あたい。
さて、これだと人里でも警戒されるだろうし、後は全部閻魔様陣営に任せた方が良さそうだ。なんて考えながら、視界の回復を待って棒立ちになっていると。
「あれ? お燐、なんか手紙落ちてる」
「手紙?」
「お燐宛の」
ぼんやりとする視界の中で、あたいはそれを受け取った。
十中八九さっきのヤツが置いていったものだろうけど。
そしたら裏側に『火焔猫燐へ』って確かに書いてあって。
ひっくり返してみたら。
『果たし状』
妙に物騒な文字を見つけて、あたいとお空は顔を見合わせたのだった。
◇ ◇ ◇
『火焔猫燐へ
死霊使いとして、数々の悪行! 許すわけにはいかない!
己に正義があるというのなら、正々堂々と勝負しろ!
子の刻、北東、人里の外れの広場にて待つ!』
正直びっくりした。
地霊殿に戻ってさとり様の前で手紙を開いたらこんなことが書いてあった。何故かあたいが悪者になってるみたいじゃないか。
それに、てっきりお空狙いだと思ってたからね。人里で調査してたのこの子だしね。
「悪行って、まったくあたいを馬鹿にするにも程がありますよねぇ? さとり様」
「お燐は毎日地上でそんな酷いことをしていたのね……」
「お燐……」
「あれ? 味方が居ない」
あたいのすぐ横に座ってるお空まで疑惑の視線を向けてくとは。
悪のりするさとり様の前で、あたいは口元を歪めて笑う。
「ふふ~、そんな態度でもいいよ~。こ~んな果たし状を出してくれるってことは、大チャンス! これを閻魔様に流して、小町ってお姉さんに捕まえて貰えば、あっという間に解決ですってば!
きっと今日お空から聞いた人里で姿を消した5人が絡んでますよ」
「え? お燐勝負しないの?」
「あっはっは、何馬鹿なこと言ってるのさお空。場所指定して待ってるってことは絶対罠があるってことだろう? そんなところに素直に行ってやる義理なんてあるはずもなし。
騙されたって知らないままに、間抜け面で死神につかまっちゃえばいいよ、んっふっふ」
「うわー、ずるーい……」
「ちっちっち、計略と言って欲しいね。これで、事件も解決! あたいの自由の日々おかえりなさーい! というわけでさとり様!」
「はいはい、わかってますよ。連絡を取ってみればいいのでしょう?」
と、言って、さとり様は陰陽玉式遠距離通信機を手にとって、指先で操作をはじめ、おもむろに耳に当てた。
「もしもし、こちらは地霊殿のさとりですが。幻想郷担当の部署へと繋いでいただきたいのですが……」
と、しゃべりながら立ち上がって、あたいたちに聞こえないよう奧へと部屋の隅に行っちゃった。
自分の部屋なんだからそんなこそこそしなくて良いと思うんだけどね。
「……はい、そうですか。わかりました」
それにほら、それに簡単な伝言だからすぐ終わっちゃった。
やっぱり移動しなくても良かったんじゃないかと、あたいが苦笑して待っていたら。
「お燐、よかったわね」
その笑顔がすべてを語っていた。
ああ、これであたいは地上で死体集め解禁、はれて自由の身。
やっと寝られる。
今夜は安心して寝られるんだーーって。
「ふははははっ! 待ちかねたぞ火焔猫燐!」
……どうしてこうなった。
肌寒いくらいの夜風が流れる、月の浮かんでいない夜空の下。
あたいは、あの待ち合わせの場所。
人里の少し外にある草原にやってきていた。
きっと満月の夜の争いにも使われてるんだろうね、弾幕勝負なら余裕でできるくらいの広さがあるよ。
ただ、そんな広さが人里の中にあるはずもなく。もちろん、ここは里を守る塀の外。妖怪の領域であって、人間がでかい顔をできる場所じゃない。
にもかかわらず、目の前の人間は目深にフードを被ったまま余裕綽々と言った様子。あたいに挑戦的な態度を向けてくるんだよ。
「ふふ、わかるぞ! この俺の身体に流れる魔力に怯え、言葉を発することもできないのだろう! そう震えなくてもわか――」
「……あぁん?」
眠い、うるさい、悲しい、辛い、さとり様の馬鹿、アホ、引きこもり。
抑えきれない不満でわなわな身体を震わせて、その黒い感情を短い声に乗せてみた。
獣っぽく、紅く光る瞳で睨みをきかせ、半身になって。
そしたら、フードを被った男の声が止まった。
「誰が、怯えてるって?」
「ふ、ふふ、そうか! 武者震いだったか! これはすまなかったな!」
なんで逆にあんたの声が震えてるのかねぇ、もう。
怖いんなら最初からケンカ売って来なきゃ良いのに、面倒なお人だねぇ……
それに比べて……
「おりーん! やっちゃえー!」
「あっはっは、良いじゃないか。舌戦も華だからね」
立会人、という名札を胸につけて横手で楽しそうに待機してるのは、言わずと知れたお空と。
この事態引き起こした犯人であり、地底の実力者の一本角の勇儀お姉さん。
なんで、犯人かって言うとね。
さとり様とまともに勝負をしないことにしたあのとき、ね。
偶然部屋の前にいたんだよね……、勇儀お姉さんが。
さとり様と久しぶりに飲もうとしてたらしいんだ。
でさ……、鬼って、勝負事、大好きだろう? だからさ……
『勝負を断るなんて、もってのほか!!
地底の妖怪の恥さらしっ!!』
って感じで、割と本気で暴れ出してね。
それを沈めるためにさとり様が勝負を引き受けるつもりだったなんて、言っちゃったもんだから。
「おりーん! 負けても骨くらいはひろってやるぞー!」
「もう、放っておいておくれよぉ……」
この状況なわけさ。
広場の横でゴザを引いてお空と大盛り上がり。すでにお酒も入っちゃってる。
しまいには、なんかあっちの人間のお兄さんの方の立会人? みたいな4人組にまで絡んじゃう始末。まあ、それでも勇儀お姉さんがこのまま押さえ込んでおいてくれれば、一気に5人を一網打尽にできるってわけだ。不意打ちも防げるしね。
お空たちがいる観客席から視線を外して改めてフードのお兄さんと向き合った。
「さあ、お兄さん勝負方法は?」
コートと一体型の、なんだか怪しいスタイルで、袖も長め。でもフードのせいで口元しか見えないから何者かなんてわからない。
幻想郷ではあまり見ない服装だから、このお兄さんが外来人だってことがよくわかるよ。
「死霊使いなら死霊使いらしく、己の魔法技術で勝負に決まっている!」
「魔法? 技術……?」
よくわかんない単語が出てきた。
んー、あたい結構勉強してるから、魔法とかそういう意味合いはわかるんだけどね。
「えーっと、なんだい? 魔法技術って……、弾幕勝負のことかねぇ」
「遠距離魔法も近距離魔法でも、種類は問わない」
「まあ、そういうことなら」
ああ、なるほどね。
そういう、不思議な力を扱う勝負ってことか。
「スペルカードは何枚?」
「カードなどという玩具は必要ない! 命を削る勝負こそが果たし合いにふさわしい!」
ふーん、そっか。いらないんだ、スペルカード。
あーあー、ほんとに外来人だ、こりゃ。
下手に知識を持っちゃっただけで、なんであたいたち妖怪がスペルカードを使ってるのかわかっちゃいない。
「それで、あたいと果たし合い……、命のやり取りをしたいっていうのかい?」
「ああ、そうだ。雇い主からは手段を選ぶなとは言われたが、やはりこそこそと命を狙うのは俺の精神に反するからな。
正々堂々と勝負した上で命をいただくとする!」
そう言うが早いか、フードの男が何か唱え始める。
魔法使い独特の呪文ってヤツだね。なんて言ってるかわかんないけど、声に力が乗ってるのが離れてても伝わってくるよ。
でもね、そんなのんびりな詠唱に付き合ってやると思ってるわけ?
あたいは弾幕すら使わずに、地面を蹴って飛び掛かろうと脚に力を溜めたとき
ぼこっ
何か足下で、音がした。
そう思った途端、右脚が急に重くなる。
それと、ぐちゃりっていう、何かどろっとした感覚があたいの服の中。丁度曲げてた膝の裏あたりに生まれたんだよ。
まるでねっとりとした重りをつけられたみたいで、いくら地面をつま先で引っ掻いても動いてくれない。
そして、空気に乗って漂ってくるのは……
微かな、腐敗臭と。
割と大きな力の流れ。
「にゃに!?」
気づけば、正面の男があたいに一抱えはありそうな紅い魔力球を撃ったところだった。
とっさに逃げようとしたけど、
「い゛っ!?」
ぎぢ、っと。さっきまで柔らかかった何かがあたいの脚に巻き付いたまま固まって、逃げるどころか動くのさえ許さない。
無理に動かせば、足首や膝がいかれちまう。
でも、このままじっとしてても得体の知れない大きな魔力球を受けることになる。
本能が叫んでる、あの魔法を受けちゃ駄目だって。
理性でだってわかってるよ。命のやり取りをするって堂々と言ってきたヤツの攻撃だ。そんなやつが、様子見で優しい攻撃なんてするはずがない。
ゾンビフェアリーなんかを呼び出すのも間に合いそうにないね、こりゃ。
だから、あたいはもう迷わなかった。
カチャって爪を伸ばしてさ。
服の上から、あたいの脚に捕まってるヤツの形を探って、
ざく、ってね。
「っ! お、お燐!!」
あたいが負けるはずない。
そんな軽い気持ちで眺めてたお空の悲鳴からしても、きっとあたいは相当やばく見えたんだろう。
だって、あたいもびっくりした。
爪で脚の皮膚ごと重りを切り裂いてやったらさ、結構、ぱぁってね。あたいの血が宙を舞ったんだよ。
俗に言う、鮮血の華っていうのかね。これ。
「ほぅ……やるな」
あたいは右足が自由になった瞬間、左足でおもいっきり地面を蹴って横に飛び、ごろごろと地面を転がった。
ちょうどそのときだったよ、あたいの殺気までいた場所を紅い魔力球が過ぎていったのはさ。
ほんとうに、ゆっくりな。
普段の弾幕バトルじゃあたいが当たるはずのない速度でね……
「しかし、初撃でもうそれでは。勝負あったかな?」
「ん? なんのことだい?」
「はははっ、強がらなくても良いぞ! そんな右足でどうやって私の術を避け続けるつもりだ?」
「ふんふん、なーるほどね、そういうことか」
あたいはとっくに立ち上がってたけど、男からの追撃はない。
それどころか、あたいの右脚を指差して笑ってる。脚をやられた猫の妖怪、そいつがどれだけやばい状況かわかっちゃってるっぽいね。
確かにね、自分でもすっごい油断してたと思うよ。
のんびりとした人間の動きなんて押さえるの簡単だって。
で、その結果がこれだ。
自分の爪で切り裂いたんだけど、腰から下あたりの布地はぼろぼろ。それでほとんど隠すもののなくなったあたいの右脚はっていうと、自分のひっかき傷で血がだらだら出てる状態。
もちろん痛みはあるよ。泣きたいくらい。
でもね、収穫はあった。急にあたいの右脚が重くなったカラクリは、理解した。
「なーるほど、お兄さん。正々堂々なんてよく言えたもんだよ。あたいの脚や爪に残ったこのぬめぬめといい、地面の変な雰囲気といい。
あんた、あたいがくるまえに……命蓮寺の死体の一部をここに埋めただろ? 盗み出したヤツ」
「…………」
「はっはーん。図星かい? それでさっきの変なのは、それを使った簡易な不死者。いわゆるゾンビの応用ってやつだね。地獄にいく魂の数が少なくなってるのも、あんたが死者を操るための媒体に魂が必要だから」
「……さすがは、同属と言ったところか」
同属?
あんたと、あたいが?
ふふ、あははははっ!
「……何がおかしい」
「はは、何がおかしいって、あんた。笑わせるんじゃないよ。あたいはね、あたいに従う怨霊だけしか操らない。
重い罪を背負い過ぎて、どうがんばっても地獄から抜け出せない。そんなどうしようもない魂を、輪廻から外して、あたいの道具として使ってる。死んだヤツを無理矢理起こすなんて流儀も何もない真似はしたくもないね」
最初の攻撃だけで手の内を読んでやったからかな。
男から油断が消えて、またなんか詠唱し始める。
また、さっきのみたいに、あたいの脚とかを捕まえたりしてくるんだろう?
あたいは、そんな男の姿を眺めながら、爪に残った甘い滑りをゆっくり、ねっとりと舐め取る。
そんなあたいの余裕面が気に入らなかったのかな?
ぼこっ
今度は右脚と左足の真下、両方に上半身だけ形を持ったゾンビが生まれた。そしてあたいの脚を掴んだ瞬間、まるでレンガか何かみたいに固まったんだ。
「……おや? さっきみたいに服の下からやればいいのに、やらしいお兄さんにぴったりの方法で」
皮肉を言ってみたけど、お兄さんは何も言わない。
あたいの動きを止めてからも、あの魔法球を生み出す気配がない。
ぼこ、ぼこぼこ……
でもね、あたいもだいたいわかったよ。
お兄さんのやりたいことがね。
だってさ、どんどん土の中から出てくるんだ。骨だけでカタカタと動く骨のお化け、西洋風に言うとスケルトンってやつと、全身を持ったゾンビがね。
どんどんあたいの周囲で生まれ始めてる。
「お燐! 逃げて、お燐!!」
横目で観客席の方を眺めたら、お空が暴れるのを勇儀お姉さんが止めてた。
うんうん、そうだろうねぇ。
お空が心配してるとおり、このままじゃあ。
たこ殴りされるのが良いところ、悪くて、死人の餌……
生きたまま囓り尽くされて、はい、さようならだ。
動きの速いはずの、化け猫ベースのあたいが。
子供が歩くよりも遅い速度で近寄ってくる死人に殺される。
はは、いい冗談じゃないか。
「はははっ! 死霊使いが最も忌むべき死に方で、逝くが良い!」
死霊使いが、本来使役するべき者に殺される。
そうだね、ほんと、このままじゃ恥さらしもいいところだ。
「ああ、そうだね……うん、そうだ……」
でもね、あんた。根本から理解してないんだよ。
死霊使いってやつの一番大事なことをさ。
「わかってるよ、あんたたちは静かにしてたいだけ……」
確かに、あたいは油断して、傷を負った。
でもね。あんたはあたいにこう言ったよね?
スペルカードは、いらないって。
「……そう、そうやって穏やかにね」
だからあたいは感覚を研ぎ澄ませた。
死者があたいを覆い尽くそうと迫ってくる中で、一番近くにいたスケルトンの頭に、片手を触れさせて。
つぶやいてやる。
「……おやすみ」
瞬間、骨はぼろぼろと砕けて。欠片だけを残す。
まるで、骨壺に入っていた遺骨のように。
それだけじゃない、あたいに向かってきていた全部の死者がその動きを止めちゃったんだから。
「なっ……」
男は言葉を失ってた。
そりゃあ、そうか。
自慢の術式だったんだろうけどね。きっと、元の世界じゃそれなりに名の知れた使い手だったのかも知れない。
でもそれじゃあ、足りないんだよ。
「わかってるのかい? こいつらはね、ちゃ~んと見送られた、本来何の未練もない死体だ。そんなやつらを無理矢理働かせて、お山の大将気取りとは……
それにね、あんたが地上に止めてる魂も、早く自由になりたいって泣いてるよ……
あんたはその程度のことも……わかんないのかい?」
そして、あたいは感覚を拡げる。
近く、遠く、隅々まで。
眠りたいと訴え続ける可愛そうな奴らに、ちゃあんと言ってやらないといけないからね。
ほらほら、あんたたち。そんなところに突っ立ってないでさ。
「さあ、土におかえり」
たった、一言。
あたいがそうつぶやいただけで。
男の魔法は意味を失い……
「馬鹿、な」
ただ、平坦な草原の上で安らかに眠るだけの、優しい死者の姿があった。
ぱんぱんっと。
誰かが手を叩く音が、一瞬の静寂を打ち破った。
「はいはい、おしまい。この勝負、お燐の勝ちで文句ないかい?」
勇儀お姉さんだった。
手を叩きながらあたいとその男の間に入り込むようにゆっくりと歩いてくる。
「まだだ! まだ!」
「えーっとね、お燐の力はわかっただろ? そして、もう一つ教えてやるけど。あたいたち鬼は嘘が嫌い」
そして、お手上げといった様子で、あたいと男を見比べて。
「あんたじゃ、もう勝ち目無しだ」
「……」
「ああ、こらこら呪文を唱えないでゆっくり話をきけって。この場所では、満月になると必ず争いが起こる。人食いの妖怪って定義された奴らがその存在を維持するために、形だけでも人間を襲いにやってくる。
そして、人間側も形だけ応戦する。でもね、そんななかでもやっぱり悲しい事故っておきちゃうものでさ。命を落とすヤツがいるんだよ。死にたくないって叫びながら、この世を妬み、恨んでるヤツがね。
で、このお燐ってヤツの一番得意なヤツが、怨霊を操ること……」
「っ!?」
「はは、気づいたかい? あんたはお燐をこの場所に誘い込んだと思ってたみたいだが、実際は違う。お燐にスペルカード無しで戦いを挑んだ時点で、あんたは負けてんのさ。
それに、だ。お燐がやる気になっち待った今。こいつは詠唱無しでその怨霊ってヤツにあんたを襲わせることができるんだ」
どさり、と。
重い音を立てて男の身体が沈み、地面に座り込んだ。
それを眺めて満足げにする勇儀おねーさんだけど……
納得出来るかい? うん、できるはずもない!
「あたいの決め台詞はっ!?
……あたいの見せ場はっ!?」
もうすでに治りかけてる右脚をひょこひょこ引きずって、間に入ったお姉さんに抗議してみたけど。
酒臭い息を吐きながら、気持ちよさそうに吐息を漏らして。
「なにいってんだい、早い者勝ちだよ」
「ひどいよぉ~! 勝手に戦い引き受けさせといて、美味しいとこ取りとか! 鬼! 悪魔!」
「はっはっは、鬼で結構~」
死体の声を聞き取れないお兄さんが、あたいに勝てるはずないとか!
そういう台詞もちゃんと準備してたって言うのに!
「……動くな」
そーんな軽い態度であたいと勇儀お姉さんが騒いでたら。
なんかね。カチャリってね。
刃物を抜く音っぽいのが、観客席から聞こえてきてね。
「……動くなと言った」
座ったまま、微動だにしないお空の後ろから、男の4人の仲間の1人がナイフをお空の首筋にぴったりくっつけてた。
「勇儀お姉さん……」
「あはは、悪かったって」
もう、勝負事になると目立ちたがるからこういうことになるんだよ!
せっかく戦意を失ったお兄さん含めて、人里の自警団か閻魔様に突き出せると思ったのに……なんでお空を1人にしておくのさ。
しかも人質に取られちゃうなんて、最悪にもほどが……
なんて、考えながらあたいはお空の状況を観察して。
「あ」
「この娘を傷つけられたくなかったら、化け猫は無条件でこちらに投降しろ」
お空が、地面の上で座っているのに気づいた。
人間の声も頭には入ってたけどさ、何かそっちの方が気になったんだよ。
さっきまでゴザの上にいたのに。
動いている様子なんてなかったのに。
ゴザだけが、綺麗さっぱり消え――
「……ねぇ、お姉さん」
「なんだい、お燐」
「ゴザって片づけた?」
「いいや、まだお空が座ってるはず――、あー、やばいね」
「何をこそこそとしている! 早くしろ! この娘を死なせたいのか!」
うん、そっちのお兄さん。
勇儀お姉さんの言うとおり、やばいんだよ。
そっちからじゃお空の顔見えないと思うけどさ、
その子、今、瞳孔おもいっきり開いてるんだよね……
「おにーさん、えと、ちょっと聞くけど……熱に強かったりする?」
「炎の術なら得意分野だ。私が今人質にしている娘も熱に強いと聞いたが、それがなんだ?」
「あー、それでかー、ねえ、後ろ振り返ってみな」
「なに?」
そして、男はほんの一瞬だけ目を後ろに向けた。
その隙に襲われるのを警戒した行動だろう。
だが、それで十分だった。
男1人を残して、他の3人全員が5歩以上離れた場所に移動していたから。
そこでやっと、お空が反応を見せる。
「スペルカード、なしだよね?」
低く、冷たい声音でたった一言だけ、伝えて。
おもむろに手を伸ばすと。
「なにっ!」
男が首に当てていたナイフの刃の部分を手で掴んで、そのまま立ち上がった。
恐怖している様子などなく、ただ淡々と手足を動かす。
そんなお空の変容ぶりに何かを感じ取ったのか。
男はナイフを諦めて後ろに下がった。
直後――
どろり、と。
白銀の色をした液体が、お空の手からこぼれ落ち。
地面で湯気を立てる。
「お燐に怪我させたんだから、私もスペルカードなしでいいんだよね?」
お空の手から流れた液体は、まだその足下でぐつぐつと泡立っていたが、それがもともと何を形作っていたかなど、語るまでもない。
燃えるような深紅の瞳は闇の中で輝きを増し。
それを振り返りながら、人間達に見せつける。
さらに、ばさりと威嚇するように羽を大きく広げた。
ニガサナイ。
その漆黒の翼の羽音はもしかしたらそんな風に聞こえたかも知れないね。
ただ、今のお空をほっとくと不味い。
だって、あれだよ……、触られただけで人生コンティニューできなくなっちゃうんだよ。
それにね、普段はスペルカードで威力抑えてる、もし今の状態でメガとかギガとか、ましてやペタとか撃とうもんなら、どうなるか
本気で『人里さんさようなら』になりかねない。
「まったく、あたいもあの熱さは嫌いなんだけどねぇ……」
仕方ないからあたいは脚の状態を確認してから、本気モードに入りかけてるお空の前にぴょんっと飛んだ。
そして、なんのためらいもなくね。
右手を、お空の胸の間に触れさせる。
「はい、すとーっぷ」
じゅ、って。
なんかもの凄い音があたいの右の手のひらから聞こえてくるけど、仕方ない。
例え熱に強いあたいでもね、お空のこの規格外の熱に耐えられるわけがない。だから、こうやって触れてると、しばらく腕が丸ごと使えなくなるけど。
「あ、わ、あぅあ!? お、お燐! ごめ、下げる! 今下げるから!」
馬鹿の頭を冷やすにはこれが一番手っ取り早いからね。
とりあえず引き戻した右腕は回復するまで見ないようにして、もう一方の手でお空のおでこをぽんっと叩く。
「うー、ごめんね。お燐~、熱い? 熱かったよね~?」
「いつものことだよ。気にしない気にしない」
目の状態も元に戻って、勇儀お姉さんのところに行こうとするあたいの背中を追いかけてくる。
やっといつもの調子に戻って、一安心ってところかね。
「さぁて、あとは……、なんであたいを亡き者にしようとしたのか。それだけは閻魔様に差し出す前に聞きたいけど」
「じゃあさとりのところに全員つれてくかい。一応縄は持ってきたけど」
「勇儀お姉さんお願いしてもいい?」
「ああ、任せときな」
きびきびと勇儀お姉さんが動くたび、1人、また1人と。ぐるぐる巻の人間が山になっていく。
さすが人攫いのスペシャリストで名を馳せた鬼さんだねぇ。
あとはあたいの回復を待って、隠してある台車と勇儀お姉さんで運ぶって感じで。
その後さとり様に心を読んで貰えば、さっきあたいと戦ってたお兄さんが口を滑らせた、黒幕っぽいヤツの情報についても知ることできるかな。
「さーって、後は帰るだけだけど」
「ねえ、お燐?」
「ん?」
「お燐ってさ、人里に知り合いっている?」
「稗田さんちの阿求って人くらいかね。あと、寺子屋の先生と」
「じゃあ、あの子は?」
「え、なんだいなんだい?」
お空が指差した人里の方角を見ると、確かに誰かがこっちに近づいてくる。
しかも走ってる訳じゃない。ぴょん、ぴょんって両足揃えた奇妙な飛び方でだ。そんな知り合いなんていた覚えがない。
知り合いじゃあない、けど。
「あー、あれは大陸の技術で蘇ったやつだね。死者を操るっていうのなら、お燐と同じ感覚だけど、って、うわぁ!? なんかお燐が子猫を見るような顔に!」
ああ~、やっぱりあの可愛らしさは……あのとき神社裏にいた死体の子じゃないか!
地面の上で横になってるだけであんなに魅力的だったのに、それが、動くなんて。
あたいのアンデッドラバーズソウルにドッキューンだよ!
さあ、おいで~、おいで~。
あたいが手招きしてみたら、その子も気づいて慌てて飛んできてくれたよ!
「おお、見つけたぞー。おりんってやつだー」
おお、おおおおおおおおっ!?
しかも、しゃべってる。死人なのにしゃべれるのかいこの子っ!
凄いじゃないか~、この~この~。
もう、ほおずりしたいくらい可愛いよぉ! もう、してるけど!
そしたらなんか、カクカクってピンと伸ばした手とかを揺らしてね。なんか喜んでくれてるみたい。
って、表情も変わるんだ、この子。
あたいがすりすりしてると、気持ちよさそうに目を細めるんだよ。ああ、本当にあたいの所有物じゃないのが悔しくてたまんないねぇ。
「おりんはー、よしかのこと可愛いっていってくれたー。
自分のモノにしたいって、言ってたぞー」
おお、すごいねー、いいこだねー。
こういう死体っていうのは命令以外のことできないのが普通なのにさ。
「へぇ、よしかっていうのかい? あたいのこと覚えててくれたのか」
「うん、だってよしかは~、おりんのおよめさんなのだー」
あー、そっかー。
お嫁さんかー。
あたいはうんうんと感慨深く頷いた。
そうだよね、あたいってば可愛いもんね。だから死体から求婚されるのもあるよねー。うんうん、しかたな――
「まてぇい!」
「えー、よしかがお嫁さんじゃ嫌なのかー!」
「うん、落ち着こう。まず、落ち着こう。
ぐいぐいあたいに詰め寄るのやめて、まず、一旦離れようか」
「愛し合っているものはー、くっついてないといけなぁいって青娥が言ってた~!」
「ええい、せーがーか何かは知らないけど! あたいは! まだ身を固めるつもりなんてなーいーんーだーよー」
痛っ、何この馬鹿力。
死んでるからって、胸で強引にぶつかって来すぎだろう。
ホント一難去ってまた一難って何さ! ねえ、お空?
って、なんでお空そんな冷めた目で見てるの、助けてってば!
「ふーん、やっぱりお燐って地上でそういうことしてるんだぁ」
え、あの、ナンデスカ?
あたいってそんな地上で遊んでる感じなの?
違うじゃん、真面目じゃん! すっごい真面目に死体集めてるじゃん!
こうなったら勇儀お姉さんになんとかしてもらうしかないって思って、おもいっきり後ろにとぼうとして。
がしって。
なんかね、足首掴まれたんだよ。
さっきの術と死体とかそういうのじゃなくて、なんかね、何もない地面にぽっかり穴があいてね。
「……」
「……」
やばい、目が合った。
穴の中から物凄い睨んでくる頭に輪っか二つ付けた人と、がっつり目が合った。
「……この、泥棒猫」
え、ちょ、まっ!?
こわ! この人こわっ!
って、何? 泥棒猫って何?
あたい猫だけど、猫だけどさ!
痛い痛い、足首めっちゃ痛い!
「おー、青娥~! わたし、おむこさんとやっとあえたぞぅ!」
「……ええ、よかったわね。芳香」
「いやいやいや、優しい言葉とは裏腹に綺麗に足首キメてるんですけど、この人!
って、誰でもいいから助けてよぉぉっ!」
そんなあたいの悲鳴は、奇妙な修羅場になった宵闇の中で掻き消えたのだった。
ある人里の貸家の一室。
入念に人払いされたその部屋であたいたち一同は正座しながら、耳みたいな髪型の人の言葉を待った。
「……この度は、こちらの陣営の者が多大なるご迷惑をお掛けした事を心からお詫びもうしげます」
正座し、膝の前で静かに左の手の平を置いたと思ったら。
豊聡耳神子って、舌を噛みそうな名前の人が、あたいとさとり様とお空の前で、見事な土下座をしてみせた。
「私は、何も悪いことはしておりません! ただ、愛ゆえにぃぃぃ」
その右に同じく正座していた青娥の頭を、力任せに下げさせながら。
「せっかく復活できたというのに、仙人が欲を抑えられないでどうするのですか!」
「邪仙だからいいんです! 邪結構! ぐぬぬぬぬ!」
「だから抵抗するなとっ! うぬぬぬぬ!」
右手と、後頭部。
畳の上で、すごくどうでもいい争いを繰り広げてる二人の横で、あの芳香っていうゾンビ。あ、キョンシーっていうんだっけ。そいつは突っ立ったまま、もう、あたいがいるだけでにこにこしちゃってね。
どうしてか、お空の視線が痛い。
「と、こちらの方は一部反省を見せていますが? どう判断します?」
あたいたち地霊組と、この神子っていう人の組で向かい合って座ってる中。
この場を設定した閻魔の四季様が二つの組を見据えるように、中心から少し下がった位置で声を上げる。
もちろん、あたいとお空の前に座るさとり様に向けて。
「どちらも心の底を覗くまでもありませんので、言葉通りに受け取ってもいいかと思います。間違いなく、あちらの仙人の仕業でしょうから」
「あっはっは、あたいは好きですけどね。そういう自分に正直な奴、って」
「小町」
「わかってますって、もう余計なことは言いませんよ」
さとり様と小町お姉さんの言ったとおり。
今回の地上で起きた事件ってやつは、みんなこの青娥って人が仕組んだらしい。でも、地上の支配とかそういうのが目的ってわけじゃないみたいで……
「では、さきほど神子さんから聞いた話どおり、そちらの青娥という邪仙が、魔法技術を持った人間を攫い、墓を始めとして死者や死人の魂を収集したのは……
己のキョンシーをより完全なものにするため」
「違います! もっと愛らしく、素敵なキョンシーにするためです!
そこを間違えないでいただきたいものですね!」
大事なんだ、そこ。
確かに可愛らしいキョンシーは素敵だと思うけどさ。
ほら、四季様も困惑してるよ。
「だからと言って、幻想郷に来たばかりの人間をたぶらかすとは……」
「あら、こちらの世界は人間より妖怪の立場のほうが強いと教えてあげたのは、嘘にならないのではありませんか? 能力を持つ人間やそれに近いものは警戒され、下手をすると命を落とすことになる。
そういった点では騙した覚えはありません。
なにせこちらにいらっしゃる神子も、一度は聖という人間に復活を妨害されそうになったわけですし? つまり、それは別な観点からして死というものに違いないはずです」
「……まったく、これだから下手に知のあるものは厄介ですね。
という甘言で人間を誘って、脅迫観念で協力させたんだろうね。自分が守ってやるから、ちゃんと命令に従えみたいな感じで。
でも、さとり様はその理屈じゃ納得しなかったみたい。
「しかし、お燐を悪人に仕立て上げた上、命を狙った件について、その理由をその口から語っていただきたいものですが?」
きっとさとり様は心を読めるからわかってるんだろう、
青娥って仙人がなんのために、あたいを狙ったか。
まあ、命が助かったから罰するとかは別にいいから、知りたいって思ってるあたいの本音も汲み取ってくれてるんだろう。
「そんなものは決まっています!」
そしたら青娥って人はいきなり大声を出して立ち上がった。
暴れるのかなと思って身構えたけど、なんか後ろに下がっちゃってさ。キョンシーの子にぎゅっと抱きついた。
「あれは……私が、芳香と楽しい午後のひとときを過ごしているときのことでした。
たまには芳香が人間を齧ってみたいというので、人間の死体がありそうなところに穴を開いて移動、そこで私と芳香は楽しくデートをしていたのです」
……デートとして成り立つんだ。それ。
「そしたら、そしたらですよ! その泥棒猫が、私と、私と芳香の前に現れたのです!!」
あ、そういうことか。
あたいが先回りして死体とか集めたからそれを逆恨みしてたわけだね!
芳香に抱きつきながらヒートアップしていく青娥お姉さんを眺めて、あたいは諦めたようにため息をついた。
「そして、芳香は……芳香は……、楽しみにしていた人間の死体を前に、嬉々とするあなたを見て……、素敵な死体だねーっとかつぶやきながら死体を回収するあなたに!」
そんな厄介な相手に逆恨みされたなら、仕方がないかって――
「一目惚れしたのです!」
「するなっ!」
「てへへぇ~!」
「照れるなっ!」
「……もう、お燐ったら照れちゃって!」
「嘘つくなぁっ!!」
って、なんであたいが死体に一目惚れされないといけないんだよ!
常識的に考えておかしいでしょう!
「幻想郷で常識にとらわれるなんて……」
「さとり様、絶対楽しんでるでしょ?
あたいでおもいっきり日々のストレス発散してるでしょ?」
くそぅ、地霊殿帰ったら絶対に別の働き口探してやる。
「ただ、その一目惚れだけならまだよかったのです! 墓地を荒らした犯人に仕立て上げるだけで済ませてあげるつもりでした!」
うん、あのね。あたい、虎の妖怪にやられかけたよ。
そうやって仕立て上げられただだけで。
「ですが、あなたは……、のんびりと朝寝を楽しんでいた芳香に近寄り、自分のものにしたいなどという、トチ狂った愛の告白をする始末!!」
「そうだぞぅ! お燐は~、私のことそういってたぞぅ!」
わかった。
自分の体質のだから、だいたいわかったよ。
あたいの火車の、死者とか怨霊を操る部分がこの芳香ってのに厄介なふうに作用したっていうのが、よくわかった。
「私は……愛しい娘のように育ててきた芳香を奪われたくなかった!
だから、殺すしかなかった!
それに何の問題があるというのですか!」
「問題だらけだよっ!!」
泣きながら崩れ落ちる青娥お姉さん。
そこに無言でさとり様が近づいていって。
「辛かったでしょうね。そんなに心を痛めて……」
「わかって、くださるのですか?」
「ええ、もちろんです。お燐だってもうあなたのことを許していますから……」
いやいやいや、そんな馬鹿な。
「芳香、でしたか。あなたは、今の主人の姿を見て、何か感じるものはないのですか」
「……青娥、私は、わたしまちがっていたのだぞー!
やっぱり青娥が笑顔のほうがいいのだぞぅ!
青娥に泣いて欲しくないんだぞー!」
「芳香……!」
「青娥……!」
うん、あの。ねえ?
これ、えっと、何? ねえ?
「……本当によろしいのですか?」
「いいのです、四季様。憎しみは、憎しみしか生みません。それはさとりである私が一番よくわかっています。怨霊という負の感情を背負ったものを操るお燐も、それはしっかり理解しております」
え、何? なんでさとり様綺麗にまとめようとしてるの?
あたい、ほら、あたいの感情。
ね? ね? さとり様っ!
「青娥のことを許していただき、なんとお礼を言っていいか……」
「いいのです、それでもそちらが何かしてくださるというのなら、地上で遊びたがっているお燐やお空、それと地底のものたちををむやみに退治しないとしてくださるのなら」
「ええ、約束いたしましょう」
「そう言ってくださると助かります。お燐も、お空も、私の大切な家族ですから」
……うわぁ、最悪だ。
本当に最悪だよ、さとり様って。
「お燐も、それでいいわね?」
そういうこと言われたらあたいが何もできないって知ってるくせに。
あたいの心、しっかり読んじゃってるくせに。
だからあたいは
「さとり様の、卑怯者……」
それだけ返すのが、精一杯だった。
後日――
「あのー、四季様? 最近、船で渡す魂の数、またちょっと少ない気がするんですけど」
「それは、バランスを崩すほどですか?」
「そういったわけじゃないですけどね」
「なら、問題ないでしょう」
「え?」
「問題ない、それ以上の回答が必要ですか?」
と、そこで小町は上司の机の上に、封筒を見つけた。
差出人のところに、さとり、という名前が書かれたものだ。
加えて、封筒の中身らしきものも冒頭部分だけがわずかに小町から確認できるようになっていた。
そこには確かに『お燐のことについて』とあって……
「……はははっ、四季様がそう言うならあたいはなんも文句ないですよ」
まるで、わざと見せつけているかのような。
そんな文字を見つけて、小町はあっさりと引き下がる。
それを横目で見送りながら、彼女もつぶやくのだ。
「火焔猫燐に疑惑が持ち上がったとき。しばらく死体運びできないよう、妨害していた者が何を言いますか」
くすくすと微笑みながら、地底についての報告書を作成し始めたのだった。
その事件の後。
「あれ?」
と、お燐が首をかしげるくらい。
地上の死体運びが楽になったのだった。
主語が欠落してたり、場面がごろごろ変わって読みにくかった。
まぁ、燐芳見れたから大満足なんですけどね!
お燐もだけどよしかわいい
さとり様の外道!卑怯者!かわいい!
お燐は愛されてますねぇ~
あと題名はあれですか、悪人を隠れて成敗するあのドラマからきてますか?