Coolier - 新生・東方創想話

ナズーリンは溺れない

2012/09/10 01:59:49
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1000年は長いよ、君たちが思っているよりもずっと、ずっとさ。





ゴリゴリゴリゴリ……

少女は上機嫌にミルを回していた。
愛おしむように丁寧に、ゆっくりゆっくりと豆を挽く。

「~♪」

コーヒーは味わう物ではない。
それが彼女の主張だった。

味わうだけならわざわざこんな苦いものを飲む必要はない。

ならばなんなのだと問うと、彼女はこう答えた。

コーヒーとはコーヒーを飲む時間を楽しむものだ、と。
豆を選び、削り方を調整し、蒸らす時間を変え、温度を学び、お湯の入れ方を知る。
その絶妙な違いを楽しむのだと。

少しでも狂えば台無しになる。
だからコーヒー好きは研究する。
こんなにも素晴らしいものが、文化として存在することに感謝して。

そして、と彼女は締めくくる。
練習に練習を重ねた自慢のコーヒーを友に奮うという贅沢は、他では決して味わえないと。

目の前でドリップされるコーヒーを見ながら、私はなるほどと納得した。

『自慢の一品』。
確かにそれは、自慢なのだろう。
自慢したくてしょうがないのだろう。

「はいどうぞ、ナズーリン」
「ああ、ありがとう橙」

そう思うと、少し面白かった。


「ナズちゃん最近明るくなったよねー」
「おかげさまでね」

今日、私は友人の家に招かれていた。
といっても、私1人では彼女の住むマヨヒガを越えられないため、山のふもとまで迎えに来てもらう必要があるのだが。
ダウザーとしてそれはどうなのかとも思ったが、私にも探せるものと探せないものがある。
なんとも恰好のつかない話だ。

「最初会った時はすごかったよ、半分死んでた」
「ああ、だろうね、心配かけたよ」
「ふふ、なつかしいねー、もう何年経つのかな?」
「あの頃は我ながら酷かったよ、何もする気が起きないんだ」

聖が封印されてから1000年近くも過ぎようとしていたのに、私とご主人はいつまでもそれを引きずっていた。
水蜜が行こうと言ってくれなかったら、きっと今でも1人寂しく布教活動でもしていただろう。
船幽霊に『引き上げられた』あたり、洒落も効いている。

「なんて言うか、時間の感覚なんてなかったんだよ」
「でも今はへーきなんでしょ?」
「ああ、おかげさまで」

淹れてもらったコーヒーを味わいながら思う。
あまりにも多くの人たちに支えられてきた。
私が正気を保っていられたのは、断じて私1人の力ではない。

「夕飯食べてくでしょ? 今日はいい肉が手に入ったんだよ」
「おいおい尼に肉勧める奴があるかい」
「脂ののった牛肉だよん」
「いや、せっかくの厚意を無下にするのも忍びないな」
「じゃあ決まりだね」

まあ、お釈迦様でもマヨヒガは越えられまい。

2人してクスクス笑いながらコーヒーを楽しんだ。
茶菓子はおろか砂糖もミルクも無かったが、なるほど、これはいいものだ。





結局その日、夕飯はどころかお泊りになってしまった。

昼行性の私と夜行性の橙では生活のサイクルが半日違うが、それはまあ、なんとかなる。
そんなことよりもあそこはあまりにも居心地がよすぎる。

程よく涼しい部屋にやわらかい絨毯、近すぎず遠すぎず心地よい距離を保つ橙。
夜の2時とか3時とかになると私は眠くなってしまうのに、向こうにとってはおやつの時間だ。

優しいまなざしを向けられながら『寝ちゃってもいいよ』だなんて言われたら誰だって寝る。
実に私のツボを心得ている。
無防備な姿だって晒しちゃうさ。


といったことを懇切丁寧に説明したが、お許しは得られなかった。

「南無三」

ゴスッ

「あぐぅ」

まあ無断外泊なんてしたら怒られるに決まっている。
それはいい、私が悪い。
でも木魚のバチで叩くことはないじゃないか。

「あら、あんまりいい音しませんね」
「中身が詰まってるからな」
「誰ならいい音がするでしょうか」
「そりゃ響子だろう、いい感じに鳴くさ」
「そう来ましたか」

うんうんと感心したように聖が唸る。
まさか試す気じゃないだろうな。

「それはそうと、皆はすでに今日の修業を終え、信仰獲得のために里へ行っています、あなたもすぐに支度するように」
「……わかったよ、聖」

命蓮寺の修業は基本的に午前中だけで終わってしまう。
午前中と言っても始まるのは5時とかだが。

掃除や写経、座禅などに加え、なぜか体操やストレッチまでこなす。
健全なる精神は健全なる肉体に宿るという考え方が聖らしいが、どうせなら格闘技でもやればいいのにと思う。

命蓮寺拳法。
語呂は悪くない気がした。


遅まきながら、寺の愉快な仲間たちのもとに飛んで行く。
今日の布教活動はよその里で行うらしい。

魔法の森の脇を通り、ちょっとした丘を越えれば東の里が見えてくる。
ここは幻想郷の中でも最大の里で、歴史的にも古い部類に入るだろう。
大きな川の分流地点を内包するため、上空から見ると3つの里が川を隔てて隣接しているように見えるのだが、この3つを合わせて1つの里となっている。

活気に満ちたその里は人類のたくましさの象徴のようで、来るたびにその図太さに感心してしまう。
もともと商業の盛んな地域だったが、比較的近い場所に紅魔館が登場したことで外来品の売買も盛んになった。

そのせいか、最近では幻想郷の伝統と外来の輸入品が生き残りをかけて泥沼の戦いを強いられているところをよく見かける。
老舗のお茶屋とミルクティー専門店の値下げ合戦など、この里でしか見ることはできなかっただろう。





里に入り少し歩くと、一輪がサボっているところを見つけた。
民家の屋根に寝そべって、夏の空を泳ぐ雲の行く末を見守っている。

「おい、何やってんだ一輪」
「お? なんだ朝帰り君じゃないか」

くっ、こいつ……
そう言えば強く出られないと踏んだな?

「遅くなったね、待っててくれたんだろ? すぐ布教を始めよう」
「ああいいよ、でもちょっと待ってくれ、今あそこで雲山が女を口説いている、これを見逃すわけにはいかない」
「ああ一輪よ、私には雲の性別はおろかどれが雲山なのかすらわからないよ、だからぶつくさ言ってないで早く立て」
「まあまあナズーリンも寝っ転がりなよ、どうせ昨夜は彼氏とお楽しみだったんだろ?」
「馬鹿言うな、女友達だ」
「あーお」

一輪はペチンと額に手を当てると、やれやれといった風にため息をついた。

「なんてことだ同志ナズーリン、お前も女に走るとは、水蜜と同類か」
「いや私はそんなんじゃないよ……あいつ『そう』なのか?」
「『そう』だよー、気付かんかった? バリバリのタチだしね、いつも姐さんの尻を狙っている」

……あんまり倒錯的になる前に釘を刺しておこう、そうしよう。

「そんな水蜜はさっき星と一緒に向こうで遊んでましたー、手ぇー繋いでー」
「ぐっ……君もすぐ来るんだ!」
「あー、雲山振られたわー、慰めてやんないとー」

こいつ、あくまで動く気はないか。
しかしこのままではご主人の貞操が。
お船大好き沈め子ちゃんの毒牙が……

「……ちっ、サボるのもほどほどにしとくんだぞ!」
「はーい」

やむを得ずその場を離れ、空からご主人と水蜜を探すことにした。
ちらりと後ろを振り返ってみても、一輪が起き上がるような気配は全く感じられない。
あのなまぐさの頭を木魚のバチで叩いたらどんなにいい音がするだろうか。





しばらくキョロキョロと辺りを見渡していたら、水蜜がサボっているところを見つけた。
白昼堂々柳の木の下で猫と戯れている。
夜にやれ。

私はサボっていたことを嘆くより先に、ご主人が一緒じゃないことに安堵した。

「水蜜」
「うおっと、どうした朝帰り、彼女はもういいのか?」

こ、こいつら、セリフを合わせてやがるな?
しかもその『彼女』は三人称単数の『彼女』じゃないな?

「だれが彼女だ馬鹿か君は」
「いいかいナズーリン、人を愛することは素晴らしいこと、真にその気持ちが本気ならば男女の垣根すら越えたっていい、でも私はそういうのはちょっと、って聖も言ってたぞ」
「それお前の告白断ってんだよ! 現実から目を逸らすなよ!」
「お前って言うな君って言え!!」
「なに逆切れしてるんだ君は!」
「そうだ! ナズーリンにはその方が似合ってる!」

謎の力説を放つ船長の頬をつねりあげ、上へ下へと振り回す。
声にならない声を上げながら、水蜜はペちぺちと私の手を叩いた。
降参らしい。

「いへーよ」
「まったく、少しは真面目にやってくれよ」
「マジメ過ぎても疲れるだけだよナズーリン」
「『少しは』って言っただろう?」

もう1つでいいからギアを上げておくれ。

「……むぅ」

水蜜は頬を膨らませて唸るが、私が黙っていると再び視線をこちらに向けた。

「……わかった、私の負けだよナズーリン、せめて今日だけでもマジメに取り組むことにするよ」

今日だけかよ。

「ああ水蜜、まずはできる範囲でやっていこう」
「お、見てよナズーリン、あっちに集団がいるぞ、さっそく勧誘だ!」
「お、おお、行こうか!」

水蜜が走り出す。
急なテンションの切り替えに若干面食らったが、せっかくやる気を出したんだ、乗っかってやろうじゃないか。
水蜜の後を追うように、私も走り出した。

走り出した方向に、老若男女合わせて10人ほどの集団が見えた。
たしかに集団ではあるが、彼らからすれば集団という意識はないだろう。
たまたま行く先が同じで、一時的に同行しているだけなのだから。

すなわち、川渡しによる船の定期便。

壮絶なる嫌な予感を全力で押さえつけながら、この川に橋を架けない愚かな施政者どもを呪った。
仕事しろ。

「ヒャア! 我慢できねぇ! 勧誘だぁ!!」
「ヘイ船長! 勧誘だぞ! わかってるんだろうな!」
「わかってるさナズ―――――リン!! 誘って誘って、いざないまくるぜ!!」
「どこにいざなう気だ馬鹿野郎!」

走りながら叫ぶ、まずい、ギアを上げるどころじゃない、変なスイッチが入っている。
外の世界の陸上選手もかくやと思われる理想的なフォームで水蜜は疾走していき、そのままの勢いで河川敷に飛び出す。
水蜜の靴が砂利を噛む音が聞こえると同時に、定期便の船頭の大声が響いた。

「奴だぁ!!」

船頭はこちらを指差し、あらん限りの声量で叫ぶ。
彼らの反応は早かった。

水蜜の姿を確認した乗員乗客らは躊躇うことなく積み荷を放棄、間髪入れずに川へと飛び込む。
そして示し合わせたかのようにバラバラの方向へと泳ぎだした。
狙いを分散させて1人当たりのリスクを減らす作戦か。
1人でも多く生き残るように、全員の心はひとつとなっている。
素晴らしい連携だ。

しかもよく見ると、その泳ぎ方は従来の犬かきに毛が生えたような泳ぎ方ではなかった。
片腕ずつ規則正しく前へ伸ばし、足はひたすらバシャバシャと水面を蹴る。

クロール。

いつの間にか衣服までパージして、彼らは恐ろしいまでの速さで散開していく。
私ですら橙のところで見せてもらったドラマでしか知らないのに、いったい彼らはどこでそんな近代泳法を習ったのか。

私は諦念を知らない人類の生きざまに深く感動し、同時にこの状況を防げなかった自分の無力を恥じ、事ここに至って未だに橋の1つもかけられない施政者を再度呪い、最後にどうやら常習らしい沈没大好きチーズ野郎の処遇をどうしようかと頭を悩ませた。

「お船は沈没だぁ!」
「……おい」

水蜜の肩に手をかけ、あらん限りの力で握りしめる。
そして痛がる水蜜を無理やり振り向かせると、その鼻の頭に噛みついた。


偶然近くに居合わせた雲山と数名の有志に協力してもらい、川に飛び込んだ人たちを救助した。
水中で脱ぎ捨てられていた衣服と無人の船を手繰り寄せ、岸へと泊める。

そのすぐ近くに水蜜を正座させた。
ちなみに下は砂利だ。

「お前この業界舐めてるだろ」
「お前って言わないで」
「あ?」
「……すみません」

正座する水蜜の太ももに足を乗せ、グリグリと踏みつける。
脛に砂利が食い込んでさぞ痛かろう。

「君がいると命蓮寺の評判ダダ下がりなんだよ、反省する気ないんなら早く成仏してくれないか?」
「ううぅ……すみません」

マジ泣きしている船長に次なる暴言を突き刺してやろうと考えていたところ、私と水蜜の間を大きな手が遮った。

「……雲山」

雲山は黙って首を振る。
それ以上言うな、と言いたいらしい。

「うぅぅ……」

水蜜を見る。
確かに少し言い過ぎたようだ。
いや、里の人間襲うとか普通に破門だろうよ、と悪魔の羽を生やした内なる私がささやいていたが、黙殺した。
でも君は間違ってない。

「……」

雲山は何も言わずに軽く私を押した。
なんだろうと思い顔を覗くと、雲山はただ黙ってうなずいた。
ここは任せろ、と言いたいのだろうか。

「……わかった、頼むよ雲山」

私は雲山に水蜜を任せ、ついでに一輪が向こうでサボっていることを伝えると、その場を後にすることにした。
ああ見えて彼は紳士的な人格者だ。
任せておけば間違いはないだろう。





私の容姿は小さな子供に受けるらしく、親子連れを狙うと高確率で話を聞いてもらえる。
ただ私1人で勧誘を行うよりも、私が子供の相手をして、聖かご主人あたりが親の方と話をする、といった形の方が成功率が高い。
私はあの2人のように人とペラペラ話すことが苦手だ。
営業向いてないのかもしれない。
やっぱり事務だよ、私は。

と、苦手なピンでの布教に四苦八苦していると、響子がサボっているところを見つけた。
一輪がよく行く骨董品屋の裏手でタバコをふかしている。
いや、いいんだけどさ。

「休憩かい?」
「うひゃあ!?」

私の接近に気付かなかったのだろう、響子が奇声をあげる。
そして咥えていたタバコをグシャリと握りつぶした。

「……熱くないのかい?」
「な、なんのことですかぁ?」

誤魔化す気らしい。
なんと愛らしい作り笑いだろうか。

「いや、別に隠さなくても」
「やだなー、タバコなんて吸う訳ないじゃないですかー、もー」

もー、じゃないよ。

「そうか、じゃあタバコ吸ってる人がいたら注意しておいてくれ」
「はい?」

私は響子の足元を指して言った。

「灰をその辺に落とすなってな」
【……ちっ】

なんか、聞こえたな。

「はーい、わかりましたぁ」
「ああ、頼むよ」
【っせーんだよ朝帰り野郎が】
「……」

響子がボソッと口にする。
その可愛らしい唇からは想像もできない暴言だったが、このミスマッチが芸術的である。
ちなみに独り言らしい。

だが、響子の独り言は声が大きくて丸聞こえだ。
今のも本人は周りに聞こえてないと思っているのだろう。
当然私も聞こえないふりをする。
いやぁ、山彦って大変だなぁ。
こういうところが響子の可愛いところだと思うだが、他の連中には理解できないらしい。

「先輩がこの辺やられるんでしたら、私は向こうで布教してきますねー」
「いや、せっかくだし一緒にやろう、2人の方が効率がいい」
「え? いえいえ、私もそろそろ1人で頑張れるよう修業したいのですよ」
【つーかこいつキモイしー】

「ふーん」
「というわけで、私はこれで……」
「いや待つんだ」

そそくさと立ち去ろうとする妹弟子を呼び止め、その肩を掴む。
どうでもいいが『いもうとでし』って不思議な言葉だ。

【……っ、触んなよ】
「響子、私1人じゃ心もとないんだ、助けると思ってさ」
「い、いえいえ先輩に対してそんな恐れ多い……」
「まあまあ、さあ行こう」
【く……匂いが移んだろネズ公】
「ハハッ、なんかタバコ臭くない?」
「えっ? い、いえそんな事ないと思いますよ?」

口ではそうは言うが、響子は自分の匂いが気になるらしく、私の後についてきながら時折服の袖を嗅いでは渋い顔をしていた。
この子やっぱり可愛いな。
何で誰も気づかないんだろう。





響子とともに7、8組の親子に命蓮寺の教えと御利益と将来性を説いて回った。
そのうち何組かは週末の集まりに来てくれると約束してくれた。
まあまあ収穫のあった方だ。
私が耳をピョコピョコ動かすたびに子供たちはとても喜ぶ。
ちょろいものだ。

今回は里での布教ということで、人間ばっかりに声をかけて回ったが、私はどちらかというと妖怪の信者を増やしたい。
もともと命蓮寺ってそういう趣旨だし。

それに楽だし。
うちの船長みたいに絶望してるやつ見つけて優しくしてやれば一発だし。

あれ? これ私が絶望の淵に叩きこんで聖に救ってもらえばそれで済むんじゃないか?
などと悪魔の羽を生やした内なる私もドン引きの物騒なマッチポンプを考えていたところ、ご主人と一輪に出くわした。
ちょうど布教を終えて、里の人たちと別れたところのようだ。

「なんだ、ちゃんとやってるじゃないか一輪」
「ういーっす、さっきぶり、そりゃ私だって1日に数分くらい本気だすさ」
「それは重畳、明日は今日より1分多く本気出してくれ、そのうちずっと本気を出せるようになる」
「……ナズってなんか聖に似てきたよね」

これ毘沙門天様の請け売りなんだがな。

「逆だ一輪、聖が毘沙門天様に近づいてるんだ、正直代理よりよっぽどまともなこと言っている、なあご主人」
「うえ!? あの、そうですね、それは否定した方がいいのか肯定した方がいいのか」
「少なくとも姐さんはそのタイミングでどもらないわね」
「う、うへへへ」

ご主人はハニカミながら照れたように頬をかく。
分かってると思うが誰も褒めてはいないぞ?

そんな調子で一輪と寺のご本尊を苛めていると、鼻の頭に冷たいものが降ってきた。
ちなみにご本尊と書いてマスコットと読む。

「あれ? 降ってきましたか?」
「あ、響子いたんだ、全然気づかなかった」
「あうぅー、一輪先輩酷いですよー」
「あはは、ゴメンゴメン」
【自分の方が影薄いくせに】
「……」

ははは、言われてるぞ一輪。

「おいナズ公、何笑ってんのよ」
「い、いや? なんのことだか、わからないな」
「あんたもよ星」
「……」

ご主人はニコニコと笑うだけで返事をしない。
ただ、口は閉じたままだ。
たぶん今口を開いたら吹き出すだろう。
こういう禁句をさらっと言うところが素晴らしい。

「おや、結構降ってきたな、どっかで雨宿りでもするかね」
「そうですねナズーリン、早く行きましょう」
「ちくしょーお前ら覚えてろよ、おら響子行くぞこんにゃろー」
「あ、え? はいな!」

近くの雑貨屋に緊急避難した我々は、雨脚が弱まるまでそこに居させてもらうことにした。
幸いなことにそこの店主は夫婦そろって命蓮寺所属の仏教徒であり、突然のお願いにも関わらず快く許可をくださった。

いやー、ラッキーラッキー。





「……いかん、本格的にやまないな」

全然ラッキーじゃない。
数十分たっても雨はやまない。
雷とか鳴りださないだろうな。

まあ、私は響子の尻尾を撫でていられればなんら文句はないのだが、他のクルーのことも気になる。
みんなどこかで雨宿り中だろうか。

考えても詮無いと思い、響子の尻尾を梳かす作業に戻る。
私もこういう尻尾がよかった。

湿度が高いためか、いつもよりしっとりしている。
これはこれでとても良いものだ。
でもそれはそれとして、やっぱり気になるな。

「一輪、今日布教に来てるのは何人だい?」
「んー? ここにいるとの水蜜と雲山かな、ぬえとマミは留守番」
「そうか、ありがとう」
「どうする? このまま止まなかったら強行突破しちゃうか?」
「風邪ひくだろ」
「姐さんに看病してもらえるじゃん」
「その手があったか」

HAHAHAHA! と2人して笑った。
何が面白いのかは私にも分からない、一輪にも分からない、ご主人は聞いてない。
そして響子は笑ってない。

【よくねーよクソが】

暇だった。


そこからさらに数十分後。
雨は止むどころか勢いを増すばかりだった。

「風が出てきたな一輪、台風かもしれない」
「ナズ、埒が明かない、強行突破しよう」
「おいおい」
【マジかよデコ助】
「雲山とさえ合流できればある程度雨風しのげる」
「どうやって合流する気だい?」
「そこはダウザーに頼む」

デコピン。

「あいたっ」
「響子は何かいい案ないかい?」
「うーん、おとなしくやむまで待つのはどうでしょう」
【てゆーか髪濡れるし】
「うーん、ご主人は?」
「……」
「? ご主人?」
「…………zzz」

「こいつ! 立ったまま寝ているだと!?」
「起きろ馬鹿虎」
「おぶぅ、あ、おはよーございます」
「ご主人、雨脚が弱まらない、ご主人の力で雲を割れ」
「ふえ? 無理でふゃー……」
「……」

あくび交じりに答える馬鹿虎はあてにならない、ほんとに雲山探すか?

「一輪、自分の運に自信はあるかい?」
「うん? あんまりだけど」
【……つまんねーギャグ】
「え? ギャ、ギャグじゃないよ!」
「ま、ご主人居るし試してみるか」
「ギャグじゃないからね!」

ホントだからね! としつこく念を押す一輪を無視して、商品棚に置いてあった地図を手に取った。
ちゃんとご店主に許可を取り、その場に広げさせてもらう。
そして地図の上に首から下げていたペンデュラムをかざし、人に迷惑をかける事しかできないはた迷惑な船長の顔をイメージした。

目をつぶり、妖力を開放。
体力とは違うもう一つのエネルギーを流し込むと、それに呼応するようにペンデュラムは淡く発光しだす。

一輪と響子に覗き込まれながら、地図の上をふらふらとペンデュラムが揺れる。
そのままペンデュラムは吸い込まれるようにとある場所を指した後、ピコンピコンと点滅した。

「……ねえナズ」
「なんだ一輪」
「これあれだよね、ペンダント反応してるよね」
「ああ、してるな」

「先輩のダウジングって命中率どれくらいでしたっけ」
「対人だと4割くらいだよ」
「こんなにも外れて欲しいと思ったのは初めてです」
「そうかい、私もだ」

ペンデュラムは地図の中央付近を指していた。
繰り返すがこの東の里は幻想郷最大の里で、大きな川の分流点を内包している。
ペンデュラムが指しているのはまさにその分流点のど真ん中。
流れは緩やかだが広くて深く、霧の湖の次ぐらいに海っぽい場所だった。

「……マジかよみっちゃん」
【うげぇ】
「見なければよかったな」
「zzz」

四者四様の反応を示し、うち3名がため息をつく。
最悪だった。

「響子、ご主人を見ててくれ」
「そんな! ナズ、1人で!?」
「もちろん君も来るんだ一輪」
「ですよねー」

「い、行ってらっしゃいましー」
「響子この野郎、なにホッとしてんだ」
「私たちが帰らなかったら命蓮寺を頼むぞ」
「え? それはちょっと」

引きつる響子にこの場を任せ、薄暗い豪雨の中へと身を躍らせた。


雨の中を2人で飛ぶ。
一輪などはあまりにも愛らしい響子と言う名の堕天使と別れる事を最後まで惜しんでいたが、ほとんど無理やり引きずってきた。
いいから早く来い。


程なくして現場に到着する。
風は弱まるばかりか徐々にその強さを増していき、水蜜を発見した時にはすでに嵐とも呼べる状況になっていた。

普段は緩やかなその川は水かさを限界まで増しており、あと少しで決壊しそうだ。
分岐点の先端に立てられているヴァルキリーを象った銅像を見てみると、ひざ下くらいにまで水に浸かってしまっている。
彼女が風邪をひく前に、止んでくれることを祈るばかりだ。

そして誰もがまともに目も開けられないような嵐の中、水蜜は暴風雨を全身に浴びながら柄杓を片手に佇んでいた。

空を飛んでいるのだろう、激しい流れの水面に足先をつけるその姿は、不謹慎ながら1枚の絵画のように思えてしまった。
その瞳には何が映っているのだろうか。

「おーい! 水蜜ー!!」

一輪が叫ぶ。
聞こえているのかいないのか、水蜜は顔にまとわりつく髪を気にもせずにただ俯くばかりだ。
雨が邪魔でその表情までは読めないが、果たして正気か否か。

「一輪! 雲山はいないか!!」

雨と風と川の音がすごい、隣にいる一輪にですら叫ばないと声が届かないほどだ。

「……居た! 流されかけてる!」
「風にか!? 川にか!?」
「風! 近くにいる!!」
「よし、強行するぞ!! 言葉が通るとは限らない!!」
「合点!!」

風が弱まったタイミングを見計らい、3人で突貫した。
突然一輪に組み付かれて面食らったようで、水蜜は驚いたような顔をする。

その表情を見る限り、どうやら正気だったようだが、いつひっくり返るかわからない。
雲山にもがっしり拿捕してもらいながら、4人揃って川岸まで移動した。

「ど、どったの一輪」
「うるせー! お前こそあんなとこで何やってたんだよ!」
「……気が付いたらあそこにいた」
「それまずくない?」
「さあ」

さあ、じゃねーよ。
こっちは心臓が縮み上がったんだよ。





一旦さっきの雑貨屋に戻った私たちはご主人と響子に合流し、雨の中を帰ることとなった。
雲山にガードしてもらってはいたが、私と一輪、そして水蜜はすでに水も滴るいい女。
ご主人に至っては派手に転んで水たまりにダイブしたため、意味があったのは響子くらいなものだった。

結局びしょ濡れになってしまったため、全員まとめてお風呂タイムとなった。
この展開を読んでいた聖が湯を沸かしてくれていたようで、芯まで冷え切った体にはありがたかった。
雲山も来ればいい、と冗談で誘ったが彼はこれを苦笑交じりに辞す。
うーむ、面白くないな。

「ねえナズ」
「どうした一輪」
「……せまい」
「そうか、私もだ」

命蓮寺の風呂はそんなに大きいものではない。
まあ一般家庭にあるような五右衛門風呂に比べればましな部類に入るのだが、5人も6人も入ればやっぱり狭い。
2人浸かれば肩がぶつかるような湯船に3人も入り、1人ですら狭いと感じる洗い場を2人で使う。
今大事なことは冷えた体を温めることだ。
そんな天使の羽を生やした内なる私の甘言に、今日は身をゆだねることにした。

「あれ? ナズーリン、私シャンプーしましたっけ」
「私に聞くな」
「たぶんしてたと思う」
「あ、そうでしたか一輪、ありがとうございます」
「ご主人、念のためもっかい洗っとくんだ」
「えー?」
「頭ジャリジャリだろ」
「うー」

途中、ぬえが乱入して来たり、ご主人が足を滑らせたり、そのまま響子に頭突きしたり、水蜜がご主人の肢体を眺めて舌なめずりしたりといろいろあったが、それでもお湯は温かかった。
風呂という文化を開発した人は天才に違いない。





「お疲れ様でした」

私室に招かれた私と一輪を、聖はそう言って出迎えた。
今日の結果を報告するためだ。
でも別に急がなくてもいいと思う、風呂上がりの牛乳くらい楽しませてほしい。

「ういっす姐さん」
「結果は上々だったよ」
「そうでしたか」

突然の雨に邪魔されもしたが、十数人の人々が週末の説法会への参加を約束してくれた。

「雲居、集会場は予約できましたか?」
「はい、いつもの所ばっちりです」
「ふふ、ありがとうございます」

命蓮寺では週に1度里の集会場を借りて説法をするのだが、これがなかなかに好評なのだ。
もともと娯楽の少ない幻想郷。
仏門の説法を落語調に面白おかしくアレンジしたものは、あまり仏教に興味のないライト層にも受けがよかった。
それプラス子供たちにはお菓子まで配るという徹底ぶり。
しかも小さな集会場なので料金もお手頃ときている。

娯楽扱いされることに難色を示していた聖たちも実際の効果を見て考えが変わったらしく、今ではアレンジ作業を手伝ってくれるようになっていた。
考案した私も鼻が高い。
しかし。

「なあ聖」
「なんですか? ナズーリン」
「例の集会なんだが、少し頻度を落とさないか?」
「あ、私もそれ思ってたんですよ」

私の提案に一輪が便乗する。
そうだよな、君はめんどくさいこと大嫌いだもんな。

「あら、そうなんですか?」
「とりあえず月に1度、将来的には半年に1度くらいで行こうと思う」
「え、いやいやそれじゃ今度は少ないでしょ、月1くらいがいいよ」
「……ナズーリン、もしかして説法のネタ切れでしょうか、それでしたら私も手伝えることは手伝いますが」
「いやいや姐さん、あれはナズのセンスじゃないと」

まあ、確かに他の者たちが作ったアレンジはみな酷いものばかりだったが。

「そうじゃない、ただ負け戦にこれ以上投資するのは効率が悪いってだけさ」
「……負け戦、ですか」
「どういう意味よ」
「ハハッ、そのままの意味さ、幻想郷内の宗教戦争、信者の取り合いはもう守矢の勝ちに決まったからな」
「……ナズーリン、確かに守矢の手腕は脅威と言えます、大勢も決まり、我々も苦しいところにいるかもしれません」
「フッ」
「ですが、だからこそここで踏ん張らなければなりません、あきらめたらそこで試合終了だとマミゾウさんも言っていました」
「聖、君は何か勘違いしているよ」
「何をでしょう」

聖の顔から笑みは消え、軽い苛立ちさえうかがえる。
仏門の輩がそんな体でどうする、この未熟者め。

「君はもしかして命蓮寺は不利な状況に立たされていると思ってるんじゃないかい?」
「……思っています、思っていますとも、それを誤魔化したりは――」
「馬鹿が、もう詰んでるんだよ、ウチは」
「な、何言ってんだよナズ! まだまだ挽回できるって」

一輪が声を荒げる。
ガキが、希望的観測で物を言うな。

「待ちなさい雲居、ナズーリンがここまで断言するのです、根拠あってのことでしょう、そうですよね、参謀」
「そうだとも、総司令」
「……」

「ところで一輪、今日は何曜日だったかな?」
「え? た、たしか火曜日ね」

話を振られた一輪はどもりながらも答える。

「じゃあ今日だな、すまないが一輪、私の部屋からラジオをとってきてはくれないか?」
「は? 居間の奴じゃなくて?」
「私物だよ、自分でも買ったんだ、ついでにカセットテープも頼む、新品のがあったはずだ」
「……わかったよ」

そう言って一輪は部屋から出て行った。
後には私と聖だけが残される。

「ナズーリン、どういうことですか? 我々はすでに負けていると?」
「そうだよ」
「そして私は負けたことにも気づかない愚か者だと?」
「そうだ」
「そして貴女は勝負が決まる前に対策を講じられなかったと?」
「そうだ」
「……詳しく説明なさい」

身を乗り出す聖に対し、私は了解と答えた。





『やーやー皆さんこんばんは、火曜日9時はこの番組! 射命丸お姉さんの“ぶらり人里散歩道”第2回始まりまーっす』

「先週始まった番組だ」
「……」

半年前に守矢神社が作り上げたラジオ塔。
初めこそたどたどしい番組ばかりで聞いている方がこそばゆくなることも多かったが、今ではコンテンツも充実し、さまざまなジャンルの番組がスタートしている。
里でもどこでも気が付けばラジオの話題ばかり、何度も言うようだが娯楽が少ないのだ、幻想郷には。

「2人とも先週のは聞いたか?」
「いえ」
「いいや」
「……そうか」

トーク番組、音楽番組、人生相談に天気予報、そして深夜に卑猥な番組まで。
当然命蓮寺でも番組をチェックしている。
響子などパンクロック専門の音楽番組を説法以上の集中力で聞き入るし、ご主人と一輪は料理番組を毎週欠かさず聞いている。
残りのクルーも似たようなものだし、聖も『微熱な日々』とかいう猥談番組の大ファンだった。

そして私は今まで放送された番組すべてを聴取し、また録音している。
一言だって、聞き逃しはしない。

そして先週、とうとう始まった。
今までの『撒き餌』とは一線を画す、守矢神社からの攻撃を。

『えー、先週に引き続き天狗の一押し料理店特集、行ってみましょう!』
『まず初めはこちら、北の里の行列のできるラーメン店“北海一番”! バター入り塩ラーメンの専門店という一風変わったお店で――』
『続きましては東の里、知る人ぞ知る激辛中華のお店“虎の字”、いやー私も口から火を噴くと思いましたよー、激辛マニアのみなさんもきっと――』
『まだまだ行きますよー、ふもとの里のロイヤルブランド、超有名店“セブンセンシズ”です、煮物のおいしい洋風バーというのが有名ですが、氷入りのグラスが出せることもこのお店の特徴で――』
『もう1つふもとの里、海鮮料理のメッカ“深淵の底 –The end of woald-”、ワールドのスペルが間違ってるのはご愛嬌、ところでどうしてふもとの里はこんな名前の店ばっかりなんでしょうか、ん? いえ、まさかこれもしかして、“間違った世界が終わる”とかそんな意味なのでしょうか、そこまで考えての店名なら、素直にシャッポを脱ぎますわ――』

などなど、天狗のお姉さんこと射命丸は人里の飲食店を次々と紹介していった。
まず定型文的な紹介から入り、店長の話と居合わせた客の感想も合わせて流している。
使っている道具の問題か、里で収録したと思しき部分だけ妙なノイズが入ったいた。

「……普通の番組に思えますが」
「聞いてれば分かるよ」
「あ、ここのハニートーストおいしいんですよ、今度姐さんも行きましょう?」
「え、ええ、いいですね」

その後、さらに何軒かの紹介がなされ幾ばくかの時間が経ったころ、番組は終盤へと差し掛かった。

『えー、そんなわけで“ぶらり人里散歩道”お別れの時間がやってまいりました、いやー、今週紹介したお店もいい所ばかりですよ? そして私も取材の経費でおいしいものが食べられて最高です……なんちゃってー』

「……そろそろだ」
「……」
「……」

『――なお、今日紹介したお店では現在特別サービスを実施しております、店頭で守矢神社の信者であることを伝えていただければ、どのお店でも3割引きでご提供させていただきます!』

「……っ」
「……え?」
「な? 最悪だろ?」

これだ。
これが奴らのやり方だ。

ちなみに、守矢神社の信者であることを証明するには連中が発行しているお守りを見せればいいのだが、これがなかなか巧妙なのだ。

このお守りは守矢神社に直接赴くか、奴らが毎月行っている講演会で購入することができる。
1個100円とお手軽価格だったため2、3個買ってきて解析したが、これ自体は普通のお守りで、安産祈願やら妖怪除けなどよくあるものだった。
しかし、このお守りは月ごとにカラーリングが異なり、1月なら白、2月なら黄色、などと決まった色となっている、おまけに裏面には西暦が書かれている。

つまりあれだ、3割引きの恩恵を受けるには毎月行われる講演会に出席せねばならず、その度に神奈子か諏訪子の話を聞くこととなる。

神奈子、そう神奈子だ。
奴の求心力は幻想郷屈指、聖なんかとはキャリアが違う、奴の話を何度も聞いていたら割引き目当てだった輩もいずれは転ぶだろう。
それだけのパワーが、奴にはある。
対抗できるのは八雲様と吸血鬼くらいなものだ。

「こ、こんなやり方」
「反則だよ! 物で釣って勧誘しようなんて!」

またも一輪が声を荒げる。
気持ちは分かるが、少しは落ち着いてほしい。

「おいおい、ウチだってお菓子配ったりしてるだろうに」
「き、規模が全然違うでしょう!」
「だからどうした、何の関係もないさ」
「で、でも、こんなの!」
「雲居よしなさい、で、ナズーリン、これは成功しますか?」
「そうだな、次の連中の講演会には、人が殺到するだろう」

里の集会所では収まりきらないほどにな。

「だがそれは一過性だ、3か月もせずに飽きられるさ、毎月通うのも面倒だしな」
「そ、そうですか」

聖と一輪がほっとしたように胸をなでおろした。
安心できるような要素は皆無なはずなんだが。

「だが収支で言えば大幅なプラスだろう、飽きるまでの数回の公演で、神奈子に惚れる奴は山ほどいるさ」
「い、いやいやそんな簡単にいくわけないって……」
「いくでしょうね」
「ああ、それほどに奴は魅力的さ」
「……そんな」

「そして飽きられ始めた辺りでこういうのさ『その年度内のお守りならOK』ってね」
「……? なぜでしょう、せっかく毎月来ていた人たちが……」
「信者は来るさ、割引きがなくてもね、だが残りの人たちはどう動く?」
「『なんだ毎月来なくていいのかー』って減る人と、『年1回なら行こうかな』って増える人がいるってことかな」
「正解だ一輪、その2種はどっちが多い?」
「……タイミングによるね」
「それを連中が間違えると思うかい?」
「……うわぁ、姐さんやっぱりこれ詰んでますよ、不利とかじゃなくて負けてます」

「ナズーリン、『年1回なら行こうかな』の方たちは1年のうちのどの月に行くでしょうか」
「決まってるだろ、1月1日、元旦だ」
「やはりそうですか」
「げぇ」

そう、奴らは根こそぎぶんどる気だ。
何もかもを。
ここまでやってなびかない人だって相当数いるだろうが、そんな人たちはもともと宗教に興味がない。
仏教を信仰する可能性は絶望的だ。

「棚に上げて言うけど、やっぱり汚いよ、こういうのは」
「雲居、集め方は確かに賛否のあることだとは思いますが、そこから信者にするのは神奈子さんたちの実力です、最終的には教義の内容勝負となるでしょう」
「……」
「ただその勝負の機会が、尋常ではないというだけで」
「……なんてこった」

一輪はガクリとうなだれた。
無理もない。
聖ですら沈黙しているのだ。
私だって寝っころがりたいさ。

『えーこの放送は、FRR、ファンタジック・ラジオ・ラインがお送りいたしました、来週も聞いてくださいね、ではまたまたー』

聖の部屋に、ラジオの音だけがむなしくこだましていた。





翌日、水曜日。
寺での修業を終えた私たちは、昨日に引き続き東の里での勧誘を行った。
今日はぬえとマミゾウがいる代わりに一輪と雲山が留守番だ。

あいにくの曇り空だったが、雨にはならないだろう。
たぶん。

しかしまあ、昨日の今日ではやる気も起きない。
里に着くなり解散すると、大通りをぐるりと回ってご主人と落ち合った。

「やあ、ご主人」
「ふふふ、珍しいですね、ナズーリンの方からサボろうだなんて」
「堅いこと言うな、私もみんなを見習うことにしたのだよ」
「それはよいことです」

クスクスと笑うご主人の手を引き、近くの喫茶店へと入ることにする。
カランカランとおしゃれなベルの音が店内に響くと同時に、香ばしい豆の香りが私たちを迎えてくれた。

遮光カーテンに遮られた日光が店内を薄暗く演出し、装飾の少ないクラシックな内装が私の乙女心をくすぐってくれる。
そして天井にはくるくる回るアレ。
初めて入る店だったが、なるほど、いい雰囲気だ。
こういう落ち着く色合いでこそ、コーヒーも楽しめるというものだ。

「な、なんかちょっと不気味じゃありません? ここ」
「ご主人、君にはがっかりだよ」

ノーセンスな虎にはこの良さがわからないらしい、おしゃれなファミレスでココアでも飲んでるがいい。

「む? これは」
「どうしました?」

コーヒーミルだ。
会計の近くのお土産コーナーらしき場所に、豆と一緒にミルやポットが置いてある。
どうしよう、ちょっと欲しいな。
いや、橙に影響されたわけじゃないけれど、こういうのが部屋にあったらかっこいいかもしれない。

慣れた手つきでカップを用意し、客人を迎える私。
……うん、いいね、そういうのすごくいいよ。

これは買いだ、と思いミルを手に取り、値札を見てそっと棚に戻した。

「……」
「ナズーリン、それが欲しいんですか?」
「0が1個少なかったらな」
「うわ、6000円ですか」

ミルだけでこれだ、一式そろえると……
うん、5桁だな。

「短い夢だった」
「まあまあ、気を落とさずに」

橙のすごさがよく分かった。
流石は公務員。
いつも忙しなく飛び回っているだけはある。


店員に2人だと告げ、窓際のテーブルへと案内してもらう。
メニューを見ても豆の種類なんてさっぱりわからないので、私もご主人も一番安い奴にした。

「ブレンド2つで」
「All right! Ma'am」

なんともテンションの高い返事をしながら、金髪碧眼の店員は奥の方へと消えて行った。
異人さんだろうか。

しかしまあ、分かってはいたがこういう店はやっぱり値が張る。
輸入品はどうしても高いのだ。

「ケーキの1つでも頼みたいねえ」
「むー、そういうこと言わないでくださいよぅ」

やってきたコーヒーを飲みながら思わずつぶやいていた。
ご主人は砂糖をガバガバ入れるが、私はブラックだ。
前に『不純物を入れるんじゃねえ!!』と橙にマジ切れされてから入れないようにしている。
豆の味がわからなくなるからだそうだ。

「貧乏人は辛いよ」
「コーヒーだけでもいいじゃないですか、ナズーリンと一緒なら」
「……クッキーくらいならいいかな」
「あれ? 頼んじゃいます? 頼んじゃいます?」

期待に胸を膨らませるご主人の顔を見ていると『おあずけ』をしたくなってしまうが、そこをぐっと我慢して店員を呼ぶことにした。
我々のお小遣いも元をたどれば檀家さんからのお布施や賽銭だ、無駄遣いはできない。
でもまあ、尼にだって息抜きは必要さ。

「すいませーん」

と、私が呼ぶより1瞬早く、通路を挟んだ向かい側から声が上がった。
私たちが来た時にはいなかったはずだが、いつからそこに居たのか。

薄暗くてよく分からなかったが、客はどうやら少年のようだ。
頭から触角を生やし、僅かに妖力を帯びている。
随分若い妖怪に見えるが、彼にもこういう店の良さが分かるのだろうか。

しかしなぜだろう、店員を待つ彼はせわしなく足を組み替え、テーブルを指で叩き、何かこう、非常にイライラしているようにも見て取れた。

待ち合わせをすっぽかされたとかだろうか。

「ご注文は、お決まり、ですか、Sir?」
「……これと、これとこれとこれと、これを」
「OK. I'll be right back」

店員はメモを取って店の奥へと戻ろうとする。
日本語と外国語の入り混じるやり取りはなんだか新鮮だ、幻想郷にも国際化の波が押し寄せて来ているのだろうか。
まあ、悪い事とは言わないけども。

「あ、こっちも頼む」

去って行こうとする店員を慌てて呼び止め追加を頼もうとするも、店員は私の声に気付かず戻って行ってしまった。
この絶妙な気恥ずかしさをどこにぶつければいいのだろう。
よし、帰ったら響子に八つ当たりしよう。

「ナズーリン、首ゴキゴキ鳴らすのやめた方がいいですよ」
「おっと」

いけないいけない、つい気合が入ってしまった。

「お待たせネ」

しばらくしてお向かいさんに注文の品が届く、さっきとは違う人だが今度こそ捕まえなくては。

「残りもスグに持てくるヨー」
「はい、あの、あちらの方たちが呼んでましたよ」
「哦?」

と言って少年はこちらの方に手を向けてくれた。
店員さんもこちらに気付いてくれる。
少年、かたじけない。

「ハーイ、ネズミさん、ご注文デスカー?」
「あ、ああ、このクッキーを1皿頼む」
「カシコマーリ!」

なんだそれは。
この方自身は大陸系なんだろうが、ずいぶんと外国人労働者の雇用に積極的な店だ。
豆と一緒に店員まで輸入してきたんじゃないだろうな。


「……うん、うまい」

ほどなくして届けられた市松模様の甘味を存分に楽しんだ。
口内でほろほろと儚くほどける絶妙な焼き加減に、舌を狂わす砂糖の残響。
ここのパテシエはいい仕事をするじゃないか、今までの流れからしてフランス人とみた。
砂糖の甘みがコーヒーの苦みを、そしてコーヒーの苦みが砂糖の甘みを引き立てる。
なるほど、確かにコーヒーはブラックに限る。

「……」

ふと見ると、ご主人が口を半開きにしてあらぬ方向を向いていた。
おや珍しい、笑顔以外のご主人を見るのは久しぶりだ。

しかしまったく、この贅沢を享受しようという気はないのか。
せっかくの雰囲気が台無しである。

「どうしたご主人、アホみたいだぞ」

実際中身もアホの子なんだから、せめて見てくれぐらい繕うといい。

「ナズーリン、あ、あれを……」
「うん?」

ご主人の見ている方向を覗いてみる。
さっきの少年がケーキを食べてるのが見えるだけで、特に面白いものは見当たらない。
たぶんご主人にだけ見える妖精でもいるのだろう。
明日、病院に行こう。
大丈夫、私も付いて行ってやるから。

「あのケーキ」
「ああ、おいしそうだな」
「あんなにいっぱい」
「ああ、いっぱいだな……いっぱい?」

思わずお向かいさんを凝視してしまった。
よく見ればテーブルには所狭しとカラフルなケーキが並べられ、薄暗い照明を反射してキラキラと輝いていた。
実際はどうだか知らないが、私には輝いて見えた。

「……馬鹿な、こんなことが」

慌ててメニューを開く。
そこには実物よりも若干豪華に描かれたケーキ類と、私の煩悩を打ち砕くには十分なほどの値段が記載されていた。
うん、さっき見たときと変わってない。

ちらりとまた向かいを覗くと、一際割高なチョコレートケーキが豪快に口の中に押し込まれようとしているところだった。
私なんぞはフォークで小さく切ってちびちび食べてしまうのだが、この少年はそんなけち臭さとは無縁らしい。

僅か2口でチョコレートケーキを食べ終えた彼は、続けてブルーベリーのタルトに向かう。
これまた大胆にも手づかみで食すと、隣に置いていたコーヒーでグイッと流し込んだ。

信じられない。
どんだけ羽振りがいいんだ。

しかしそのような常軌を逸した贅沢に浸りつつも、なぜか少年の顔は浮かばれない。
濃い紫色の果実を親の仇かのように貪っては、ぶちぶちと愚痴を言い放っている。
響子と違ってその声は他人に届くほどではないが、クラシックな喫茶店ではちょいと迷惑なレベルだった。

「どうしてあんなにおいしくなさそうに食べてるんでしょうか」
「……ちょっと文句言ってくる」
「え? ちょ、ナズーリン?」

ご主人の制止を振り切り、向かいの席に向かう。
袖振り合うのも多生の縁。
布教活動と洒落込もう。

「やあ兄弟、なんか嫌なことでもあったかい?」

そう言って私は少年の正面の椅子に腰かけた。
少年は手を止め、突然の闖入者である私を警戒しつつも覗き込んできた。
まあ、そういうのは職業柄慣れてる。

「……はい?」
「いや、隣に聞こえるほどの愚痴なら相当溜まってるんだろうってね」
「……ああ、悪かったよ、すぐ出るから」
「ケーキ残ってるぞ?」
「奢りだよ」

と、少年は私の意図を勘違いしたようで伝票をもって出て行こうとしてしまう。

「あ、いやいやそんなつもりじゃないんだ、ただ、君も約束をすっぽかされた風じゃないか、こっちも3人のはずだったんだけどね、最後の一人が来ないんだよ、よかったらどうだい? 一緒に」
「……もしかして、ナズーリンさん?」

おや? 私も有名になったものだ。
それともどこかで会ってたかな? 檀家さんじゃないようだが……

「失礼、リグル・ナイトバグです、害虫回収サービスの」
「あ、ああ、蟲屋さんじゃないか」
「蟲屋?」

害虫回収サービス。
蟲を使役するという彼の特技を生かしたサービスで、敷地中のノミ、ダニ、ゴキブリを持参した餌箱に回収していってくれる。

おまけにシロアリの調査からアシダカグモの設置までそのサービスは幅広い。
値段もお手頃価格なので命蓮寺でも何度かお願いしたことがあった。
ちなみに蟲屋というのは命蓮寺内での愛称だ、一輪が勝手に付けた。

しかし、魔界から取り寄せたというアシダカグモは存外に気性が荒いらしく、命蓮寺の縁の下では今日も私の子ネズミたちとの生き残りをかけた陣取り合戦が繰り広げられているのだが、それはまた別の話。

「どうした蟲屋さん、売り上げが芳しくないのかい?」
「……いえ、おかげさまで商売は繁盛していますよ」

照明で薄暗かったとはいえ今まで気づかなかったとは不覚だ、リグル・ナイトバグこと蟲屋さんは……逆か、蟲屋さんことリグル・ナイトバグはよく私に気が付いたものだ。

「なんだ堅苦しい、ナズちゃんと呼んでくれ」
「いえいえ、お得意さんにそんな呼び方は」
「客の要望には応えるものだと思うがね」
「……まいりましたねぇ」

苦笑交じりに椅子に座りなおすと、食べかけだったケーキにフォークを入れた。
付き合ってくれるという意思表示だろう。

「いやしかし、ご明察と言うか何と言いますか、約束をすっぽかされちゃいましてね、まあ時計の文字盤を読めるかどうかも怪しい奴なんで慣れっこなんですが、あ、よかったらどうぞ」

ご主人も呼んで3人でテーブルに着く。
近くのテーブルを引きずってきて作った即席の4人掛けテーブルだ。
そして来るや否やチラチラと甘味の誘惑に悩まされているハングリータイガーに、大きな栗の乗ったモンブランが進呈された、仏かこの人は。

「え? い、いえいえ…………いいんですか?」

断れよ。
お前が施しを受けてどうする。

「どうぞ」
「えへへへ、すいませんいただきます」

店員に新しいフォークをもらい、幸せそうにケーキにかじりつく。
そして鼻にクリームが付くのはお約束、なんという馬鹿面、蟲屋さんも苦笑いだ。

「不出来な虎で申し訳ない」
「いえいえ、可愛らしくていいじゃないですか」
「うへ? 可愛い? 私可愛いですってナズーリン、うへへへ」
「あまりうちの子をたぶらかさないでくれ、免疫がないんだ」

それは失礼、と蟲屋さんはコーヒーを口にした。
橙といいこの人といい、地に足を付けて頑張ってる人は何をやっても様になる。
端的に言うとかっこいい。
一輪が黄色い悲鳴を上げるのも分かる気がした。





「ええ、その番組は僕も聞きましたよ、いよいよ守矢も本気ですよね」
「ああ、うちもそろそろ潮時かもしれないな」
「もぐもぐ、いえナズーリン、もぐ、まだまだこれからですよ、もぐもぐ」
「そうですよ、いざとなったら新しい宗教興しちゃえばいいんです」
「……その発想はなかったな」
「もぐもぐ、それちょっと私困るんですが、たぶん怒られちゃいます、もぐもぐ、ごくん」

まあ、雷が落ちるだろうな。

「僕としても大口の顧客がいなくなってしまうのはよろしくないですからね、できる限りの協力はしますよ」

それはありがたい。
命蓮寺の今後の方針としてはそうだな、ライト層の新規開拓はあきらめて、先祖代々仏教一筋の人たちに行き届いたサービスを提供していきたい。

守矢のやり方ではどうしても細部が雑になる。
狭く深く、細く長く。
固定客を大事に、決して逃さぬよう丁重で親身な寺でありたいと思う。
幸い人里内の名家と言われる家の人たちはほとんどが仏教だ。
そういう人たちはそんなに簡単に改宗なんてしないだろうし。

「なるほど、理にかなってると思います、そんなナズーリンさんに」
「なにかな?」

と言ってカバンから取り出したのは一枚のチラシ。
彼の商売のものだという。
普段から持ち歩いているのか。

「蟲の知らせサービス?」
「ええ、害虫回収サービスの前からやってたものでして、遠くにいる知人に何かあったり、身近な人に不幸があったりしたときにそれを知らせるサービスです」

「……基本的に訃報なのかい?」
「ええ、以前はいろいろ知らせてたのですが、今はこれ1本です、幻想郷では訃報に事欠きませんから」
「君自身はどうやって知るんだ、蟲で調べるのかい?」
「はい、20年かけて作り上げたネットワークです、もっとも、僕が食べた人の分も届けますがね」
「もぐもぐ、なんか話がきな臭くなってきたのですが……あ、これごちそう様です」
「お望みとあらば幻想郷中の訃報をお届けしますよ、あなたになら使いこなせると思います……よろしければこれもどうぞ」

ご主人にチーズケーキを差し出す蟲屋さんの顔は、イラつきながらケーキにかぶりついていた時とは明らかに違った。
時々こんな顔の人間を見かける。
自分以外すべてを食い物としか見ていない、商売人の顔だ。

頼もしさと薄ら寒さを併せ持つ若き事業家を前に、私は考える。
訃報か。

普段命蓮寺で葬式をするときは、向こうから連絡が入る。
誰々がいついつに亡くなったから枕経と葬式を頼む、と。

正直、準備はかなり慌ただしい。
曜日によっては連絡が来てから式が執り行われるまで24時間を切ることすらある。
もちろんこちらも普段からそれなりの準備はしているが、布教活動中などで外出しているとどうしても対応が遅くなる。

これをもっと早い段階で始められたらどうだろう。
1時間でも2時間でもいい、その分少しだけ式場を整えられる、少しだけ長くミーティングができる、少しだけ上等な精進料理が作れる。
それこそが、私たちの目指すべき狭く深い――――

「……」

ふと気づくと、蟲屋さんに凝視されていた。
まるで値踏みでもするかのように、私をじっと見つめてくる。
はてさていくらの値が付いたのか。

「でも、お高いんだろう?」
「勉強させていただきますよ」

そう言って2人して笑った。
何が面白いのか私にも分からない、彼にも分からない。
ご主人はやっぱり聞いてない。


「今度、2人で会えませんか」
「喜んで」

具体的な見積りや『知らせ』の内容はまた後日吟味するとして、今日は解散となった。
まだ寺に帰るには早かったが、まあいい。

『たまたま喫茶店で知り合った』
こういうちょっとした縁を大切に信者を増やすのが宗教で、顧客を増やすのが商売だ。
私はこの少年がそんなに嫌いでもなかった。

「なんだか、ナズーリンさんとはうまくやっていける気がしますよ」

命蓮寺ではなく私を名指しかい。
別にいいけども。
宗教と金、いいコンビになれるかもしれない。

「君だって、若く見えるのに自分で仕事を見繕うなんて大したものじゃないか」
「ひとり親方みたいなものですよ、言うほどのものではありません」
「できる奴は少ないさ、君は素晴らしいよ、ウチに欲しいくらいだ」
「ははは、ありがとうございます」

ご主人そっちのけで盛り上がっていた私達だったが、楽しい蜜月の時は思ったよりもあっけなく終わってしまう。
例えばこういうちょっとした外乱要素とかで、だ。

「……うげっ」
「……?」

不意に蟲屋さんが変な声を上げたと思ったら、いつの間にいたのか鳥のような羽を生やした妖怪が死んだような目をしてこちらを睨みつけていた。
怖えーよ。

「お、遅かったじゃないかミスちー」
「……浮気者」

ぼそりとつぶやいたかと思うと、その鳥の妖怪は絶妙に首をかしげながらゆっくりと歩いてきた。
だから怖いって。
うちの船長も時々こんな顔しているが、その時は絶対に近付いてはいけない。
沈められる。

「うぅうーわきーものぉーー!!」
「ったああ! 声が大きいんだよ駄雀!!」
「信じらんねー! 私というものがありながらこんな、こんな……おっとり系美人さんとー!」
「そのタイミングで褒めてどーする!」
「うっせー!」

鳥の妖怪はご主人を指差してギャーギャーと喚きだす。
それに釣られて、なんだなんだとこちらを覗いてくる者も現れだした。
そして妖怪同士のいざこざだと気づくや否や、何人かの若人の号令のもと数人ずつのグループとなって避難を始める。
なんでこの里の人間はこんなに訓練されてるんだ。

「うー! うぅぅ……浮気、者ぉ……」
「あー、泣かない泣かない、僕が悪かったから」
「やっぱり浮気してたんだー、あー!」
「いや浮気とかじゃないから、商談だから」
「デートすっぽかして仕事かよ! 仕事と私とどっちが大事なんだよ!」
「お前が遅刻するから先に店入って待ってたんだよ!」

痴話喧嘩を始める蟲屋さんたちをどうしたものかと思案していると、悪魔の羽を生やした内なる私が『放っといて帰ろうぜ』と言い、天使の羽を生やした内なる私が『いけません、ひと声かけてから帰りましょう』と言う、2人とも早く帰りたいらしい。
そして隣でご主人が『おっとり系かぁ』などとつぶやいていた。

とりあえず全員黙ってろ。

「前に時計あげただろ」
「なんかネジ巻いても動かなくって」
「あれは電池式で、それは時刻を合わせるネジだ」
「しかもほら、今日曇ってるから時間よく分かんなくって」
「は?」
「だって太陽見えないと時間わかんねーじゃん」
「まさかお前いまだに日時計常用してるんじゃないだろうな、何時代の妖怪だ」
「しつれーな! ちゃんと昭和だよ!」
「昭和は20年以上前に終わっただろ」
「う、嘘つけー! 知ってたよそんくらい!」
「どっちかにしろ馬鹿雀」

この夫婦漫才は放っておいたらいつまで続くのだろうか。
実に興味深いテーゼだったが、あいにく私の時間は有限だ。
本当はいつまででも聞いていたいところだったが、致し方ない。
笑いが、堪えられない。
今度の落語説法のネタにしよう。

「なんか立て込んでるみたいだね、今日はこれで」
「あ! す、すいません、御見苦しいところを」
「いや、いいんだ、また今度」
「あ、はい! 今後ともご贔屓に」

「ああ、今度はゆっくり、2人で、な」
「いや、あの、そういう言い方は……」

ザワリ、と異様な気配を察知して振り返ると、ミスちーなる鳥の妖怪が無表情のまま妖力を開放していた。
辺りに独特の熱波と殺気がまき散らされる。
能面のような表情がいい感じに恐怖を増長させていた。
小さい子が見たら泣くな。

「わー! やめろミスちー! 里っ! ここ里だから!」
「浮気者」
「ち、違うってば!」
「じゃあ私らはこれで、行くぞご主人」
「え!? あ、はい! また!」
「リグルの浮気者」
「わかったから! わかったから妖力引っ込めて! 人来るから!」

ハハッ、若いっていいね。
なあご主人。

「……あれが、ヤンデレ?」

さあ、どうだろうか。


2人から十分離れたところで振り返ってみると、里の自警団の方々が圧倒的な物量と連携で蟲屋さんたちを取り囲んでいた。
前線に盾と槍、後方に弓と実にバランス良く配備されている。
危ない危ない、もう少しで巻き込まれる所だった。
ていうか本当に荒事に慣れすぎだろう。

『ギャー! すいませんー!!』などという叫び声を遠くに聞きながら、他のクルーと合流すべく散策を開始した。

しかしながら今日はもう布教をする気にはなれず、だらだらと散歩しただけで終わってしまった。

まあ、たまにはこんな日があってもいいじゃなか。





翌日、今日も今日とて寺での修業をこなした私は、午後休をもらって出かけることにした。
今日は座禅でいい感じに集中できたし、きっといいことがあるだろう。

目指すは妖怪の山。
途中、北の里に寄ってお土産を購入してから目的地へと向かう。
いつもはすぐ売り切れてしまう羊羹の最後1つ。
値は張るが、相手が相手だ、ケチるわけにはいかない。

厳しい山道だが、空を飛べる私には関係がない。
しかし飛べるがゆえに余計なものまで見えてくる。
妖怪の山の頂上付近にそびえ立つラジオ塔。
高周波という目に見えない毒をまき散らし、ばく大なエネルギーを浪費しながらこの鉄塔は稼働している。

せっかくなので近くで見てみようとしたら、哨戒中と思しき白狼天狗の2人組に呼び止められてしまった。
なんでも近辺の飛行空域と高度が制限されているという。
理由は聞くまでもなかったが、本当に大丈夫なんだろうか、これ。

ちゃんと管理できるのか?
逆に失くした物はないか?
本当にこれは、みんなを幸せにできるものなのか?


今はまだ、わからなかった。


「よく来た、相も変わらず時間通りだな、たまには遅刻して来い」
「わけのわからないことを言わないでくれたまえ」

ここは守矢神社の居住スペース。
本殿のすぐ裏手に存在する、こいつらの住居だ。

神々の住まう場所、なんて言ったら大げさだろうか。

「で? そっちの様子はどうだナズーリンよ、うまくいっておるか?」
「当然だ神奈子、うちの住職と経理はもうやる気なくして満身創痍さ」
「ふふふ、そうか」

その住居の一角、有り体に言えば居間で、私と神奈子はちゃぶ台を挟んでいた。
嬉しそうに話を聞く神奈子に、さらに続ける。

「うちの檀家さんもいくつか離れて行ってしまったよ、この流れは止まるまい」
「そうかそうか、我も頑張った甲斐があったぞ」
「そっちこそどうなんだ、次の講演会は私も出席するぞ?」
「はははは、欠かさず来るくせによく言うわ、よろしい、最前席を空けておこう」
「そりゃどうも」

「今後もイケイケドンドンで進めていくぞ、我の未来はいつも明るい」
「その未来を自分自身で照らしているのがお前の怖いところだよ」
「ははは、褒めたって茶菓子しか出んぞ、早苗ー! いるかー!?」
「お構いなく」

障子戸に向かって叫ぶ神奈子に、一応遠慮の言葉を投げかける。
まあ、そんなのに耳を貸すこいつじゃないが。

「こっちは逆に規模縮小だよ、食いつなぐのに精いっぱいさ」
「ふむ、量より質を取って最低限の信者を確保する気か、まあ確かに我らのやり方では細部まではどうにもならんからな」
「お見通しか」
「我が貴様ならそうするだろう」
「嘘こけ」
「ばれたか」

こいつなら打って出るに決まってる。
信者獲得こそが、こいつの存在意義なのだから。

「……寺の連中に無茶はさせないさ」
「ああ、ちゃんと押さえつけておけ」
「そっちこそ、最後の一線は越えるなよ」
「ふん、百里を行く者は九十を半ばとす、『追いつめるまで』と『追いつめてから仕留めるまで』は同じだけの労力がいるのだ」
「……」
「労力をリスクと言い換えてもいい、我は完璧主義の綺麗好きだが、それに固執して滅び去った愚かな先人たちとは違う」
「どう違うんだい?」
「我は天秤にかける、仕留めるリスクと放置するリスクをな」
「『すみっこで黙ってろ』か、わかりやすいな」
「分相応とは言わん、貴様らの、いや、貴様の器があんなところでは収まらんのは百も承知だ」
「……褒めたって茶菓子しか出ないぞ」
「茶化すな、本当にそう思っとる、だが『収まらなさ加減』では我の方が圧倒しておるだけの話だ」
「なんだ自慢か」
「商品をアピールしておるのだ、我の魅力が我の資本だ」
「……言い切るねぇ」

神奈子の瞳には一点の曇りもない。
本気でそう思っているのだ。
そしてそれで、成功しつつある。

……勝てるわけないだろ、こんなのに。

「失礼します」
「お、来たな早苗」

と、話も一段落したところで守矢の巫女が入ってきた。
いや、この人はもう巫女というよりラジオの司会者と言った方が伝わりやすいかもしれない。
星蓮船に襲撃してきたときは誰かと思ったが。

「む、羊羹か、ちょうど食いたいと思っていたところだ」
「ナズーリンさんからのお土産です」
「そうだったか、すまんなわざわざ」
「いや、たまたま寄った所で買えたんだ、最後の1本、運が良かった」
「えーっと、これ北の里のやつですよね、行列ができるとか言うチーズ羊羹」

北の里名物チーズ羊羹。
チーズ味の羊羹というふれこみの羊羹の形をしたチーズだ。
つまりチーズだ。

「ああそうだよ巫女さん、“人里散歩道”第1回の3番目に紹介された奴さ、これだけ仲間外れだ」
「仲間外れ?」
「ははは……流石、貴様なら気付くと思っておった」
「当たり前だ、伊達に毎日飛び回ってないさ」

番組で紹介されていた他の所はすべて紅魔館の輸入品を取り扱っている店なのに、ここだけ違うのだから嫌でも目立つさ。

「え? なんですか? この羊羹なにかあるんですか?」
「ああ、後で教えてやる、しかしまあ、あれだ、数合わせというかスポンサーの意向というか奴の好物だったというか」
「適当だな吸血鬼」
「……あの辺のブレが好きになれん」
「そうか、言いつけておこう」
「ははは、勘弁してくれ」
「うー、なんなんですかもー」

戸惑う巫女さんは置いておいて、話を本題に戻す。
といっても、近況の報告と情報のすり合わせが大半で、特に面白いものもない。
強いてあげるとすれば守矢の今後の戦略が私の予想とドンピシャだったことくらいか。

「まあ、誰でも思いつくことだ、我でも思いつくさ」
「……なあ、それ本当にうまくいくと思うか?」

寺で一輪がした質問を、神奈子にぶつけてみた。
ある程度は、うまくいくだろう。
だが実際、どの程度だろうか。
神奈子の見解が聞きたかった。

「うまくいくさ、完璧に」
「……まさか」
「我の予想では来月の講演会は人であふれるだろう」

それは私の予想でもそうだ。

「次も、その次も、そのまた次も満席だろう」
「……それは」
「そして回を増すにつれ人は増えてゆき、その大半が守矢の信者となるだろう」
「……は?」
「幻想郷は我らの信者にあふれ、すべての番組は人妖問わず受け入れられ、我が名声は不動の地位を得るだろう」

うっとりとした表情で夢物語をさえずる神奈子に、思わず口を挟んでしまった。

「……馬鹿かお前は、そんな都合よく行くわけないだろ」
「はははは、我にそんな口をきくのは八雲と紅魔館と地霊殿を除けば貴様くらいなものだ」

結構いるじゃないか。

「ナズーリンよ、貴様はよく尽くしてくれた、こっちに来たての我に情報をくれ、博麗の仕組みも教えてくれた、そして里の情勢や動向、各勢力の分布まで、まさしく値千金の活躍ぶりよ」
「別に、尽くしたつもりはないさ」

逃げに徹しただけだ。
この規格外の怪物が幻想入りしたその時から。
危機を察知したネズミは、生き残るためなら手段を選ばないのだから。

長いものには巻かれろ、だ。

「その手腕に敬意を表し、貴様にとっておきの情報を与えてやろう」
「なにかな?」
「紅魔館の吸血鬼の能力だ」
「……霧化と魅了だろ?」
「奴は運命を操る」

断言する神奈子に、馬鹿な、と言おうとした。

「人の意志が強く働くものはどうにもならんが、例えば今日の夕餉を鍋物に変える、だとかな、だがもっと大きな括り、集団の行動や行く末、数十年単位の長期的な方向性を問答無用で変更できる」
「……獲得する信者を2割から3割に変えるとかか」
「話が早いな、しかもそれを同時多発的に行える」
「つくならもっとましな嘘をつけ」
「我もこの目で見た、奴の前ではあらゆる確率統計が用をなさない」
「そんな力、一個の生物が持てるわけないだろう」

「ならばなぜいまだに事故が起きない」
「……事故?」
「放送事故ではないぞ? 弾幕飛び交う妖怪の山、外来人の捕縛や妖怪同士の小競り合い、果ては外乱勢力との潰しあいに至るまで、内々に処理されたものも含めて何件起きたと思う」
「……おい、まさか」
「あの塔は建設中は言うに及ばず、完成してからもただの一度も壊れたことがない」
「……」
「どんなに大規模な戦闘が行われても、なぜか関係施設周辺だけを避けるように被害にあうのだ」
「おいおい」

思わず肩をすくめた。
くだらないはったりだ。
別に私は塔周辺をくまなく調べたわけではないし、それ以前に関係者以外立ち入り禁止だ。
空から近づいても天狗に止められてしまう。
それを見越して、無茶を言っているのだろう。

安く見られたものだ。

「む、信じてないな?」
「信じる者は足元をすくわれるだけさ」
「……いいなそのネタ、それいただきだ」
「いつ使う気だ、お前が」
「それもそうか」

しょぼくれる神奈子は羊羹を一切れ口に放り込むと、不機嫌そうにそっぽを向いてしまう。
子供か。

「ナズーリンよ」
「なにかな?」

そっぽを向いたまま、神奈子は言う。

「貴様はあんな小さなところで埋もれる器ではない」
「お断りだ」
「どこでならふさわしいと思う?」
「2度も言わせるな」
「……そうか」

はぁーあ、とつまらなそうにため息をつき、神奈子は懐から何かを取り出した。

「やる」

と言って手渡されたのは小さなお守り。
色は群青、来月の色だ。

「……うん?」
「来月からそれを20個にひとつ混ぜて売る」
「……?」
「貴様にならわかるさ」

それきり神奈子は黙ってしまう。
釈然としなかったが、とりあえず持って帰ることにした。

今日の神奈子との会合はこれで終わった。
夕飯の誘いを断り、日が暮れる前に家路につく。
得るものはあったし、今後の予定も確認できた。
目指すは軟着陸。
潰れさえしなければ、それでいいさ。





「おろ、ナズお帰りー」
「ああ、ただいま」

寺に着いた私を、一輪が出迎えてくれた。
ちょうど出かける所だったらしい。

「どこ行ってたんだよー……彼氏? ねえ彼氏でしょ?」
「さぁて、どうだかね」
「むはー、ムカつく! その余裕!」

別に私はモテるわけでもなんでもないのだが、一輪は何を憤っているのか。
他人の乙女心はよく分からん。

「その余裕が許せないのよ! 『あ、私恋愛とか興味ありませんから』みーたーいーなー」
「みーたーいーなー、じゃないよ」

子供か。

「あー、私に春は来ないのだろうか」
「……恋人で思い出したが、昨日蟲屋さんにあったぞ」
「な、なにぃぃ!? なんで私呼ばなかったのよ!!」

掴みかからんばかりに詰め寄ってくる一輪をなんとかいなす。
言っちゃ悪いが君にどうこうできる相手ではなさそうだぞ?

まあ、客相手に思わずカッコつけちゃう辺りまだまだ未熟者だがな。
あんな獰猛そうな顔を見せちゃだめさ、そういうのはぐっと心の中にしまって人畜無害な顔をつくろうのがプロというものだ。

「いや君は寺にいたし」
「ムッキー!」

ムッキーって。

「……実際に口にするやつ初めて見たぞ」
「うるさいうるさい! あんたにはわかんないわよ!」
「でも彼女いるみたいだったぞ?」
「…………きっと妹よ!!」
「無駄に前向きだな君は」
「お約束でしょう!?」
「知らんがな」

もう何を言っても無駄だろう。
というか出かけるんじゃなかったのか君は。

「ちっくしょー!」
「……」

誰に向けられたのかもわからない叫び声をあげつつ、一輪はどこぞへと走り去ってしまう。
夕日をバックに背中で語るその姿を、私はいつまでも見守っていた。

ドップラー効果で僅かずつ低くなる遠吠えを耳に残しながら靴を脱ぐ。
本物の馬鹿かあいつは。
神奈子と居るより疲れる。





夕食をいただき風呂の順番待ちをする間、暇だったので神奈子にもらったお守りを調べてみることにした。

私にならわかる、と神奈子は言った。
あれはどういう意味か。

お守りの封を解き、中身を取り出す。
封入されていた紙に触れた瞬間、ジュウ、と焚火に水をかけたような音が聞こえた。

「……これは」

その独特の音は聞く者が聞けば一発でそれとわかる。
神通力と妖力が相殺されて対消滅するときの音だった。

慌てて中の紙を広げる。
記述されていたのは見紛う事なき神道の術式。
乏しい資料を頼りに何とか解析を試み、それがお金や幸運を呼ぶようなちゃちな代物ではなく、持ち主の不安を拭い去り行動力を高める機能を持つことを突き止めた。

ここまでやるか。

世の人々は勘違いしているが、願いというものは現実的な行動さえすれば大抵は叶うものなのだ。
仕事然り、勉学然り。
愛の告白なんて成功することの方が多いかもしれない。
仲直りなんて一瞬だ。

これで失敗を恐れて尻込みしている連中を奮い立たせる気か。
そしてそれを守矢の功績にする気なのか。
守矢を信仰したら彼女ができました。
なんて安いインチキ占い師の戯言を実現させる気なのか。

神頼みに来た連中をある意味門前払いするようなやり方だが、背中を押すのが神の仕事だ、と言われれば私には反論できない。

それもわざわざこんな高度な術式で。
効果は目に見えて強力だろうが、そのぶん量産は効かないだろう。
だからダミーに混ぜて配るのだ。
20個に1個だったか。
毎月5%の人間が神の恩恵に預かり、何割が実際に行動を起こし、その内の何人が成功するのか。
わからない。
わからないが、ゼロではない。

最悪1人でもいいのだ。
成功者の首から、このお守りが下がっていれば。

運命、大局操作。
奴の戯言が、脳裏をよぎった。

まさか、な……





翌週の水曜日、作戦会議と称して朝から聖の部屋に呼ばれた。
一輪も一緒だ。

「おはようございます2人とも、この1週間私なりにいろいろと調べてみました」
「おはよう、聖」
「おはようございます、姐さん……模様替えしました?」
「ええ、気分転換と現実逃避を兼ねて」

言われてみれば確かに、家具の配置が変更されていた。
ま、気持ちは分かるがほどほどにな。

「そこでいくつかわかったことがあるのですが、その前にナズーリン」
「なにかな?」
「最近あなたが頻繁に守矢神社に出入りしているという話を聞いたのですが、本当でしょうか」
「ええ? 嘘でしょ?」
「……」

む、まずい、ばれた。
それともカマをかけられているのか?

まあいい、適当に誤魔化そう。

「よく知ってるな、守矢だけじゃないぞ? 博麗や豊穣神とかもだ、私は幻想郷すべての神社仏閣に出入りしている、この地に私を知らない神はいないのだよ」

さも当然のように私は言う。
まあ実際いろいろ回ってるしな。

「そうでしたか、いえ、理由は聞きませんよ、ナズーリン」
「含みのある言い方だな、代わりにやってくれるか? 私はその方が楽なのだが」
「……いえ、すいません、少しピリピリしていたもので」
「むしろ一輪が半分くらい受け持つべきだ、商売敵の動向くらい把握しろ」
「え? あー、いや、そういうのはナズに任せるよ、私は金勘定で精いっぱいだし」
「まったく君は」
「へへっ」

ふっ、と聖が少し胸を撫で下ろしたのが見えた。
そういうのを隠せないから君は未熟者なんだ。
未熟者は簡単に騙される。
ちょろいもんだ。


「気を取り直して、2人ともわかっているとは思いますが、この度の守矢神社の策略に私たちは対抗するすべがありません」
「……でも、姐さん」
「ですが、黙って見ているわけにもいきません、宣伝合戦では見込みがなくともこちらには地の利があります、命蓮寺を支持してくださっているの方々の流出を防ぐため、地域密着型の寺を目指していきます」

…………。

「つまり新たな仏教徒獲得よりも、既存の檀家さん方に対しての対応を充実させていくわけだな?」
「概ねその方向で行こうと思います、なんだかんだ言いつつ命蓮寺はこの地では新参、ナズーリンが1000年もの間地道な活動を続けていてくれたからこそ、その後釜としてすんなり軌道に乗れたのです、その功績を無にすることだけはしたくありません」
「え? 1000年? なにそれ初耳なんですが」
「雲居はちょっといい加減にしましょうか」
「あれ? 思いの他怒ってらっしゃる」

「なぜこの地の仏教徒の方々が簡単にうちに鞍替えしてくれたと思っているのですか、幻想郷の寺はここだけではないのですよ?」
「考えたことなかったです」
「この頼りになる賢将が他のお寺さんから引っ張ってきてくれたのです」
「……それってまずいんじゃ」
「心配ないさ一輪、もともと私が付けた客だ」

聖に出会うずっと前から、私はそんな事ばっかりしていたのだから。
それでもいまだに人と話すのが苦手な私は、きっと向いていないのだろう。
1000年やってもダメなものはダメなのだ。

「で、でも、だからって」
「……どこの寺でも需要と供給ってものがある、檀家さんの数と寺の処理能力が釣り合っていないところとか、跡取りのいないところとか、探してきてぶんどればいい」

もちろん寺ごとに宗派や細かい風習は異なるが、同じ仏教という大きな括りで考えればよっぽど信仰深い人でなければ気になるほどではない。

「だからな一輪、そういう零細所は今回の騒ぎであらかた滅亡の危機に瀕している」
「ですので雲居、あなたには今後他の寺との連携をお願いします」
「だけどな一輪、今は説明のためにこんな言い方をしているが檀家さんは別に天然資源でもなければ寺の所有物でもないんだぞ」
「そうです雲居、私たちに非があってはなりません、言動には十分注意するように」
「そしてな一輪、別に全部うちが吸収合併するわけでも仏教連合を作るわけでもないんだ、多様性を失う訳にはいかない」
「いいですか雲居、場合によっては他のお寺さんに人を貸すことも視野に入れて検討中です、出張尼さんと言えば理解しやすいでしょうか」
「いい考えだ一輪……じゃない聖、関係は密に、対守矢を合言葉に寺同志で連携をとるぞ」
「わかりますか雲居、寺に頼られる寺、それが今後の命蓮寺の方針です」

「おおう」

機関銃のようにまくしたてられ、一輪は額を抑えてそっぽを向く。
そして私と聖を交互に見比べ、申し訳なさそうににつぶやいた。

「…………ゴメンもう一回言って」

「……チッ」
「聖、ひかえろ」
「失礼いたしました、他のお寺さんと共存、協力、共闘です、よろしいですね」
「うげ、マジですか」

心底嫌そうな顔をする一輪を、汚いものを見るかのように聖が睨みつける。
落ち着け。
気持ちはすごくよく分かるが落ち着け。

「雲居、生き残ることがそんなに面倒ですか」
「聖、言葉を選べ、お前が余裕をなくしてどうする、一輪もだ、真剣にやれないなら出て行くといい」
「……むーい」
「……返す言葉もありません、大変失礼いたしました」

まずいな、一輪がやる気ないのはいつものことだが、聖は相当参っているようだ。
未熟者めが。
苦境においても自らを失わず冷静たるのが仏教徒だろうに。
般若心境を読み直せ。

「あのさ、2人とも」
「なんだい?」
「なんですか?」

一輪がこちらの顔色を窺うようにチラチラと覗いてくる。
なんだろうか。

「私、考えたんだけどさ、最悪このまま寺が潰れちゃったとしても、別にいっかなーって」
「……は?」
「おい」
「いやさ、怒んないで聞いてほしいんだけどさ、姐さんの目的ってあれじゃないですか、人々の救済とかそういうの、だったら別に宗教施設じゃなくても、できる事ってあると思うんですよ」

一輪は続ける。
得意げに、誇らしげに。
素晴らしいアイディアだと言わんばかりに。

「資金繰りさえ何とかできれば、例えばほらみんなで喫茶店やるとか、いや簡単だとは言いませんけど、その上で空いた時間を使えば……」

ビギッと、私の中で何かが砕ける音がした。

……主に右腕からだ。
追いかけるように鈍い痛みも駆け上がってくる。

「「……え?」」

2人の声が前後から重なって聞こえる。
聖の拳が交差した私の腕に突き刺さっていた。
とっさに飛びださなかったら、一輪の顔面に直撃していただろう。
おお痛ぇ、折れたなこりゃ。

「……っ」

一輪をかばうように立ちはだかる私と目が合い、聖が蒼白になる。
やってくれたな聖人。
まあ、この期に及んであんなことを言われたら、誰だってキレるさ。
来ると思っていなければ防げなかった。

恐らく本気で殴ったのだろう、妖力の防御が貫かれ腕が変形してしまっている。
魔法なしでこれか、馬鹿力め。

「あ、な、ナズーリン、これは」
「黙れ、お前には失望した」

腰を抜かした一輪を無視して聖に詰め寄る、腕の治療よりこっちが先だ。
痛みに歪む思考の中で、脳みそをフル回転させる。

言葉を選ぶ。
この場を収め、大丈夫だと伝えるために。
簡単そうで難しいんだよ、これが。

「聖、今日は休むんだ、君は今追いつめられている、自覚はあるだろう?」
「あ、あの、私は」
「わかってるさ、大丈夫だ、何も言うな」
「……」

死ぬ気で笑顔を作った。
歪んでいようとどうだろうと構うことはなかった。

「いいかい聖、君が今からやるべきことは後悔でも反省でも謝罪でもない」

折れた方の手で聖を撫でる。
激痛を噛み殺しながらの作業は難航したが、何とかやりきった。
見ろ、お前のパンチなんか私には効かないんだぞ。

「君がしなければならないことは平常心を取り戻すことだ、これから命蓮寺は今まで以上の重圧にさらされることになる、君ですらこれだ、他の連中はもっとひどいだろう」

コクコクとうなずく聖に違和感を覚える。
ああ、私が何も言うなって言ったから黙ってるのか。
なんだ、可愛いところもあるじゃないか。

「そんなギリギリの状況で連中がすがるのは君だ、君は万全でなければならない、幸いしばらくの猶予はあるからな、一度落ち着いて背筋を伸ばせ……もうしゃべっていいぞ」
「…………すみません、とても言葉になりません」
「そうかい」

うつむく聖をもう一度撫で、今度は一輪の方に向き直る。

「一輪、今すぐ出て行け」
「え?」

一輪は絶望的な顔をする。
何か言おうとしているようだったが、焦って声にならないようだった。
もうちょっと眺めていたかったが、私もそろそろ限界だ。

「聖がなぜ怒ったのかわかるまで帰ってくるな」
「……あ、う」
「ほら早くしろ、何日かけてもいいから」
「う、うん」

わかるか一輪。
私の言ってることがわかるか?
しばらく聖に会うな、だぞ? わかってるか?
わかってないだろうなぁ。

「じゃ、じゃあ」
「ああ、すぐ行け」

脂汗を隠しきれない私を見て何かを察したのか、一輪は逃げるように部屋を後にした。
続いて私も部屋を出る。

「ふー、ちょっと出かけてくるよ」
「……はい、気をつけて」
「ああ」

さりげなく右手をかばいながら寺を後にする、さて、医者はどこだったか。
普段あまり利用しないから、よく思い出せない。

それにしても危なかった。
今までの努力がパーになるところだった。
2人はまあ、大丈夫だろう。
時間さえかければなんとかなるさ。
なんだったら守矢に行って復縁祈願のお守りでももらってこよう。
まったく、それにしても、何というか、ああ……

いってえええええええええよ!!
痛い痛い痛い痛い!!
絶対折れた! ぜっっったいおーれーたー!!

服の袖に噛みつきながら地べたにうずくまる。
そこ行く人間たちがじろじろ見てくるのがわかったが、いちいち反応する気にもなれない。

うおおお! 痛ったいいいぃぃぃ……

「……ぅぅ……ぅぐぅ」

込み上げる嗚咽と涙と激痛を我慢しきれない。
当たり前だ、折れるくらいの強さで殴られたのだ。
賢将だとかどうだとかそういう問題じゃない。
痛いものは、痛いのだ。

「……畜生」

たっぷり10分は悶えた後、震える身体に鞭を打ち、命蓮寺のかかりつけの医者のもとへ歩く。
そこでぬらりひょんそっくりな人間の医者に診てもらうと、その医者は呆れたように首を振った。

「パーペキに折れちょる、天狗さんとガチンコでもしたかえ?」
「ちょっと転んだだけさ」
「おめー、ハードラックとダンスっちまったなー」
「それは何語だい?」
「八坂様がよくゆうちょるよ、若モンの言葉だけえ」
「……君だってまだまだ若いさ」
「そうよー、わすの青春はこれからよー」

なりそこないの即身仏みたいな医者にケラケラ笑われながら全治1か月だと告げられた、そして同時に幻想郷にギプスが存在することを知った。
あの馬鹿力め。

今日は厄日だ。





修業? 集中? 無理ムリ。
という訳で私はここ何日か座禅と読経以外の修業をしていない。
痛みは引いたがギプスは取れず、ひたすら痒くて仕方がなかった。
こんなもの早く取りたいものだ。

一輪もなんだかんだですぐ戻ってきた。
聖ともきちんと話をしたらしく、元のようないい関係に戻れたらしい。
ついでにほんの数分だけ、1日に本気を出す時間が増えた。

聖も何とか平静を取り戻したようで、今では表情に余裕が見られる。
組織の長として、住職としての務めを果たさんと意欲に燃えているようだ。
ただ模様替えだけはいまだに続いており、聖の部屋に限らず気が付くと物の位置が変わっていたりする。
なにやらマイブームらしい。
でも和室にカラフルな時計は似合わないと思う。

やりきった顔でいい汗かいているのが不愉快だったので、私が当番の家事を聖に全部押し付けることにした。

「あの、箒くらい掛けられると思うのですが」
「ぐっ、右手が……右手が疼く……!」
「わかりました! わかりましたから!」
「ハハッ、よろしく頼むよ」
「……」

ダメだ面白すぎる。
雨降って地固まると言うには私1人だけずぶ濡れになった感があったが、これならもう少し楽しめそうだ。

ここからだ。

順風満帆というにはいささか沈没寸前だが、峠は越えたさ。
明日に控えた守矢の講演会、何人来るかは知らないが、こっちのやることは変わらない。

上等だよ、やってやる。





人という字は2人の人間が支え合っている姿だという。
ならばこの状況を漢字で表すとしたらどうなるだろうか。

「傘、かな?」
「どうしましたナズーリン、雨の心配はないと思いますが」
「いや、なんでもないよ」

右見ても左見ても人、人、人。
100人以上を収容できる東の里最大の集会場が、今日は立見席まで満杯だ。
そんな守矢の講演会の最前席に、私と聖は陣取っていた。
別に変装なんかしない、実に堂々とふるまわせてもらっている。

このうち7割は3割引きに釣られてきた馬鹿どもだろう。
先月の講演会では半数以上の席が空いていたというのに。

「あ、ナズーリン、後ろの方の席にウチの檀家さんが」
「ハハッ、後で挨拶に行こう」
「やめてあげてください」

それにしても蒸し暑い。
ただでさえ今日は気温も湿度も高いのに、この人口密度だ。
熱中症で倒れる人が出るかもしれない。

まあ、私は水筒持参だがな。


『お待たせいたしました』


と、突然会場に澄んだ声が響き渡った。

なんだ? あっちこっちから同時に声が聞こえるぞ?

『本日はお暑い中お越しいただき、まことにありがとうございます』

そう言いながらどこからともなく現れたのは守矢の巫女さん、東風谷早苗。
集会所に設置された壇上に立ち、集まった人たちの視線を一身に受けていた。

いつもは天狗が前口上を述べるのだが、今日はこの子らしい。
まあ、『今日は』ではなく『今日からは』かもしれないが。

しかしこれだけの人たちに注目されても、彼女は視線1つ乱す様子はない。
なるほど、あの神奈子の巫女というだけはある。
見上げた肝の据わり方だ。

『途中で気分がすぐれなくなった方がおられましたら、お近くの関係者まで遠慮なく申し出てください』

巫女の手には妙な棒が握られており、その棒に向かってしゃべっているように見える。
なんだっけ、学園ドラマで見たな、あれ。
あれを通してしゃべると、声が反響するのだ。

『……ふーむ、しかし今日は本当に暑いですね、仕方ありません、今日は八坂神奈子様の前座として、不肖この東風谷早苗が守矢の奇跡の一端をお見せいたしましょう』

そう言うと壇上に棒を置き、懐からいつもの御幣を取り出す。
そして短く祝詞を唱えて天を仰ぐと、辺りに涼しげな風が舞い起こった。
鬱陶しかった湿気が消え去り、止まらなかった汗が引いていく。

急激に快適になってく会場にざわざわとざわめきがあふれだした。
うまいことやりやがる。
今度うちの説法会でもやろう。

『あは、これで集中してお聞きになることができますね』

笑顔で言う早苗に、惜しみない拍手が送られた。

「……すごいですね、守矢の巫術」

横で聖が拍手しながら感心したように言う。

「はったりだよ、今の呪文と彼女の巫力じゃここまでの出力は出ない」
「……あなたは守矢の術式がわかるのですね」
「当然だ、おおかた今のも何人かで分担してやったんだろう」
「そうですか」

案外神奈子本人かもな。
ま、ばれなきゃいいのさ。

『それでは只今より守矢神社主催の講演会を開催いたします』

そして神奈子のワンマンライブが始まった。





『幻想郷は今、大きな変動の分岐点にある』

満を持して現れた軍神は、挨拶もそこそこに本題に入った。

『今日は、軍神たる我の根幹とも言える分野、戦いについて話そうと思う』

戦い、か。
幻想郷じゃ、一番需要のある話題の1つかもしれない。

……おっと、悪い癖が出た。
今日くらい余計なこと考えず、素直に話を聞くことにしよう。

『こんなことを言うのは心苦しいが、諸君らは今までなすすべなくやられていただけだった』
『夜に怯え、闇に怯え、次の獲物が自分でないことを祈るばかりだった』
『里では紳士たれ、という妖怪側の都合で作られたあいまいな不文律にすがり、同胞を守ることさえ許されなかった』

『吸血鬼異変』
『13年前のその異変を覚えているものは多いだろう』
『奴らの登場は良くも悪くも幻想郷を変えた』
『全てはそこから始まったのだ』

『均衡は崩れ、人食いたちのタガは外れた』
『禁忌は破られ、安全だったはずの人里は戦場と化した』
『その時の悲鳴が、今でも東の里の石碑に刻まれている』

『しかし黙ってやられる人間ではなかった』
『その恐るべき怪物たちに、向かっていった者がいたのだ』

『異変から僅か1年後、自警団は発足された』
『同胞を守るため、家族を守るため、自らが傷つくことを選んだ者たちだ』
『誰よりも勇敢な彼らのおかげで、弱い妖怪は退けられ、強い妖怪は自重するようになった』
『自分たちの力で、また以前のような均衡を取り戻したのだ』

『しかし今、その均衡がまたも崩れつつある』

『博麗大結界が、弱まってきているのだ』

…………え?

『知っての通り博麗大結界とは常識と非常識を―――』

あ? は? こいつなんて言った?
大結界が?

慌てて聖の方を見た。
聖もこちらを見ていた。

黙って首を振ると、向こうも同じように首を振った。

なんだそれは、そんな兆候、なかったぞ。

『つまり、大結界が弱まれば、大して忘れられていない存在が幻想入りしやすくなるということだ』

『吸血鬼の時もそうだった』
『吸血鬼というのは外の世界では知らぬものがいないほど有名な存在、本来ならば幻想になるような奴ではないのだ』

『忘れられた存在は弱い、皮肉にも我自身がそうだ』
『そんな規模の小さくなった存在だけが、大結界の穴をくぐることができる』
『だが本来ならば小さいものしか通れないはずの穴が緩んだとき、規格外の大物が入ってくる』

……ああ、それを聞いて安心した。
吸血鬼は魔法で大結界を突破してきたのだ。
力ずくで、喧嘩を売りに来たのだ。

ちゃんと証拠も出そろってるし、これは間違いのない情報。
隠れるための結界なんて、存在することさえわかってしまえば抜けるのはそんなに難しくない。

つまり大結界の不調は嘘。
不安を煽りたいだけだ。
あーびっくりした。
八雲様に怒られても知らないぞ。

『このままではあの悲劇がまた繰り返される』
『だから我は、諸君らに我の力を使って欲しいのだ』
『我は軍神、いくさの作法なら辞書より詳しいぞ』

『諸君らを戦えるようにしたい』

『先人が残した偉大な軌跡に、我の奇跡を上乗せしよう』
『追う戦い、逃げる戦い、集団戦での人の配置、籠城戦での補給の方法、戦地での応急処置、伝えたいことは山ほどある』

『諸君らを戦えるようにしたい』

『人間にとって妖怪とはなんだ?』
『恐るべき怪物か? 正体不明の災害か?』

『否、奴らは敵だ』
『立ち向かうべき天敵だ』

『諸君らを戦えるようにしたい』

『襲われないよう怯えて祈ることしかできなかった昔とは違う』
『誰にはばかることはない、自分の身を、家族を、仲間を守れるよう』
『そして、無事に帰ってこれるよう』

『我の力を使ってくれ』
『神とは、都合よく利用するものなのだから』





神奈子の話は続いた。
幻想郷の今までを、これからを。
生き残るためにどうすればいいかを、身を守るためにどうすればいいかを。
そして最後は、割れんばかりの拍手によって幕を閉じた。

その説法は長すぎず短すぎず、わかりやすく奥が深く、情緒的で即物的で、それでいて扇動的だった。
お手本のような演説。
神業のようなプレゼン。

人間たちに戦う力を。
実に軍神らしい、内容だった。

だがひとつだけ言わせてくれ。
お前、13年前はいなかっただろ。


水筒のお茶を飲みながら、興奮の冷めない会場を見渡した。
同業の住職や自警団の幹部とその出資者。
知ってる顔もちらほら見える。
後ろの方では紅魔館の門番妖怪が不満そうに腕を組んでおり、その隣では橙がケラケラと笑っていた。
そしてさらに後ろの立見席では、名前は知らないが最近命蓮寺の説法会によく来てくれる女性がいた。
やばい、寝取られる。

「あら、ナズーリン水筒持ってきてたのですか」
「ほらよ」
「あ、すいません」

皆まで言わせず水筒ごと渡し、席を立った。
ちょっと挨拶してこよう。


「あ、やっぱりいた」
「やあ橙と、紅魔館の」
「紅美鈴だ」
「失礼、命蓮寺のナズーリンだ、今日はまいったね」

美鈴と名乗った長身の女性は、呆れるほど美しい紅い髪をなびかせて、誰もいない壇上を見つめていた。

ま、完全に悪者だったからな、吸血鬼。

「ねえナズリン、どうしたの? それ」
「うん?」

橙は私の右手を指差して言う。
世界を滅ぼす魔物を封じてるのさ、と言ってみたかったが、紅魔館の人がいたからやめておいた。
別に初対面という訳ではないが、まともに話すのはこれが初めてだ。

ていうか誰がナズリンか。

「ああ、ちょっと転んだだけさ」
「ふーん、教えてくんないんだ」
「いやいや、まいったねこりゃ」
「ふーんだ」

あらら、そっぽを向かれてしまった。

「……美鈴だったか、なんだか今日は悪役だったね」
「んー? うんにゃ、里からしたらそんなもんだろ」
「その割には納得してなさそうに見えるが」

苦虫でも噛み潰してるように見えたが、違ったかな?

「いやどっちかっつーと、そんな連中と当たり前のように貿易してるこいつらの神経がわからねーってとこだ」

ああ、それは私も思っていた。

「それが人間のすごいところさ」
「ああ、信じらんねえよ、いくつになっても人間はわからねえ」
「……私もだ、だが人間だって我々のことはわからないさ」

あるいは、人間にだって人間のことがわからないのかもしれない。
だから知ろうとするし、近づこうとする。
たとえそれが、人外の化け物であっても。

「……面白い解釈だ、今度同僚に披露してくる」
「そりゃどうも」
「今度神様に聞いてみっか、あいつらの方が専門だろ?」

そう言ってクスクスと笑った。
この人、紅魔館に行くたびに見かけていたが結構話せる人だったのか。
話し方もやわらかいし、その上で気取りもしない。
誰とでもすぐ仲良くなるタイプに思えた。

「……橙の方はどうなんだい? 神奈子がどうというかラジオ塔関連について、八雲様は静観しているようだが」
「まーねー、ぶっちゃけ個人的には反対だったんだけどねー、私の子孫が住処を追われちゃってさ、猫業界は今大変よ」

およよ、と橙はハンカチを目元に当てる。
泣きまねのうまい奴だ。

うーむ、それにしても幻想郷で環境破壊の話題が出るとは思わなかった。
調子に乗ってロープウェイとか作り始めないか心配でしょうがない。

「ま、どの道なるようにしかならないよ、そこまで無茶はしないでしょ」

と言って肩をすくめる橙に、美鈴が突っかかった。

「思考停止か、いかにも八雲らしいな」

ビシリ、と空間に亀裂でも走ったかのように思えた。
おいおい、やめてくれよこんなところで。

「……なんか言ったかなおばさん」
「やだなー、そんなこと言われたらおばさん傷ついちゃうな」
「試されてるってのがわからないのかな?」
「口の悪い奴だな、お前もいい大人なら慎みってのを覚えたらどうだ」
「あはははは! 紅魔館がそれ言っちゃう? 紫様の靴まで舐めた奴がボスのくせに?」
「舐めたのは辛酸だけだ、お前らのパフォーマンスに付き合ってやっただけありがたいと思え」

気が付くと辺りから人がいなくなっている。
そして向こうで自警団と思しき人たちが避難誘導を始めているのが見えた。
だから対応早えーよ。

よし、私も逃げよう。
絶対やばい。
和解したって聞いてたのに。

「あ、ナズリンどこ行くのさ」

襟首を掴まれた。
しまった、捕まった。

「そりゃ猫のそばになんか居たくないだろ、人の気持ちも考えろ」
「お前の口臭を我慢しているこっちの気持ちも考えてほしいね、気付いてる? 息臭いよ?」
「おいよせ、紫が聞いてたらどうする、あいつ気にしてるんだぞ」
「……自殺願望があるのかな?」

「く、苦しい、橙」

首が締まる。
離しておくれ。

「おっと、ゴメンゴメン」
「……君らは和解したんじゃなかったのかい?」
「うん、したよ、ねー美鈴」
「ああ、もちろんだとも橙」

もうやだこいつら。
割かし誰相手でも地を貫く私だったが、やっぱり八雲と紅魔館だけはダメだ。
こいつらだけは怖い。

私みたいな弱小妖怪にとって、うまく世渡りすることは死活問題だ。
生き延びるためなら靴でも尻でも喜んで舐める。

だがこいつらは違う。
こいつらにとってこんな舌戦はただの遊びなのだ。
その内に秘めた肉体の暴力こそが、彼女らの拠り所。
媚びへつらうという選択肢がない。
気に入らなければ滅ぼせばいい。
そんな価値観が、私には恐ろしくてたまらない。

「ほら、交流は下の者からって言うじゃない、八雲の末席を汚す私ごときにはメイド妖精にも劣るカス妖怪のこの人がふさわしいと思うんだ」
「ああ、同感だな、私のすぐ上の妖精が藍の相手を務めるのにふさわしい」
「あー、わかってないなー、やっぱりお前じゃ話にならないよ、レミリア連れてきてよ、相手してあげるからさ」
「勘弁してくれ、あいつは今老人用のおむつを入荷するのに忙しいんだ、なぁに、お前らのためなら安いもんよ」
「まったくだね、今度はちゃんと履いてくるんだよ美鈴」
「そうだなー、私もそろそろ危ないかもしれないな、ところで藍の時はいつぐらいだった? たまに尻尾の付け根が汚れてるぞ?」
「……お前死んだぞ? クソ猿」
「猿を悪く言うな、あいつらはあれでなかなか愛嬌がある、そして何より」
「……」

「猫よりは賢い」

衝撃音が鳴ったと思ったら、いきなり橙が床に組み伏せられていた。
後頭部を鷲掴みにされ、橙は床の埃にまみれている。
何が起こったのか全く分からなかった。
橙の方が仕掛けたのだろうか。

「ダメだよお嬢ちゃん、ケンカ売るなら相手を選ばなきゃ」
「きはははは、負けた奴らが言うのかい」

押さえつけられたまま、橙が言う。
その眼は私と居る時とは全く違う。
敵意に満ちた、妖怪の眼だった。

「そうだな、紫が言うならいい、藍が言っても文句はない、だがお前が言うと滑稽だ」
「個人の勝ち負けじゃないんだよ、お馬鹿さんにはその辺がわからないのかな?」
「それをお前が言うのか? 八雲の、足手まといが」
「……貴様」

美鈴は橙の耳元に口を近づける。
まるでベッドの上で恋人に囁くかのように、あまりにも軽々しくタブーに触れた。

「うん? 知ってるぞ? あの大戦のとき、お前をかばって撃たれた奴がいたよな、あいつどうなった? 死んじゃったか?」
「……っ」
「お前さえいなければよかったのにな」
「……やめろ、やめて」

美鈴は甘く、とろけるような声色で蔑みの言葉を口にする。
橙は抵抗したくとも手足を完全に極められているようで、耳元で紡がれる紅色の毒に抗うすべがなかった。

どこかに都合よくこの状況を打破してくれるヒーローはいないだろうか。
こんな時のための聖ではないのか。
私はやだぞ。
そんな思いで辺りを見回してみると、いい感じの人物を発見した。
いつもの御幣を手に、憮然とした顔で歩み寄ってくる。

「ちょっとちょっとストーップ!! 何やってるんですか!」

東風谷早苗。
関係者オブ関係者、当事者オブ当事者。
もう君に全部任せた。
私は帰る。

「あ、わりーわりー、何もしてないのにこの猫が蹴ってくるからさ」
「……ちっ」

悪びれる様子もなく橙を開放し、美鈴はポリポリと頭をかく。
本当に何事もなかったかのようだ。

「そんなわけないでしょう! ちょっと2人とも事務所まで来なさい!」
「げっ、おいおい、勘弁してくれよ」
「あー、私すぐ帰らないといけないんだよ」
「うっせー! 早く来なさい! うちの講演会で暴れといて何言ってるんですか!」
「あ、おい」
「うわっと」

そう言い放つと、早苗は2人の手を掴んでどこかへと引っ張っていってしまった。
連れ去られた妖怪2人も流石に引きはがすわけにはいかないと判断したのか、諦めたようにため息をついていた。

すごいなあの子。





翌日、私は守矢神社に赴き昨日の講演会の結果についていろいろと聞かせてもらった。
後々面倒だったので聖に話は通してある。
それはもう上機嫌な神奈子を千の言葉でおだてあげ、守矢神社の信者が倍増したことと、自警団の本部から戦術指南役としてのオファーが来ていることを聞き出した。
例の大結界に関する大嘘がよほど効いたらしく、団長が講演会のその場で頼みに来たらしい。
まだ内々の話だというが、近いうちに公表されることだろう。

それにしても何が戦術指南役だ。
人間に肩入れする気なんて豪ほどもないくせに。
神奈子の目的は信仰の拡大と維持。
戦いが終わってしまっては都合が悪いのだ。

当然人間側だってすべてを承知の上で出し抜くつもりなのだろう。

破壊を望む妖怪と、全力で抵抗する人間と、すべてを手の内に収めたがる神様と。
奇しくもその構図は、遥か昔に外の世界で繰り広げられていた構図だった。

「……」


今日こそは陽が沈む前に家路につくことにする。
そのままどこにも寄らず少し早めに帰宅すると、玄関で聖と鉢合わせした。
最近なんだか玄関で誰かと会うこと多くないだろうか。

「ただいま、聖」
「お帰りなさいナズーリン、早かったですね」
「ああ、ちょっとしゃべりつかれた」
「あらあら」

どうやら玄関に花を飾ろうとしていたらしい、見覚えのある黄色い虎柄の花瓶が靴箱の上に載っていた。

「お、それご主人が失くしたとか言ってたやつじゃないか」
「あら、そうなのですか? 前から倉庫にあった物でして」
「ノミの市で買ってきたやつだ、ぬえがそれにみかんの皮を乗せて『毘沙門天の代理の代理』などとほざいていた」
「……あの子は言っていいことと悪いことの区別がつかないのでしょうか」
「その辺は雲山に頼むといいかもしれない、ところでその花はどうした、庭にカミツレなんて咲いていたかな?」
「え、ああ、これは買ってきたものですよ、カミツレに似ていますがマーガレットという花でして、季節がずれたものなので安かったのです、これで少しでもみんなの心が安らげばと思いまして」
「なるほどな、花はいいものだ」
「ええ、可愛らしいですよね」

そう言って聖は優しげな視線で花を見つめた。
花びらをちょんと突っつく姿が愛おしい。
幸せそうに微笑む口元が、隣に置かれた小さな鏡に映っていた。

そんな聖の背中に、後ろから抱き着いた。
未だ取れないギプスが邪魔で、思ったよりも不恰好だったが。

「へ? ナズーリン?」
「……よかった」

水蜜じゃあるまいし、私がこんなことをするとは思わなかったのだろう。
見えないところから素っ頓狂な声が聞こえた。

「あ、あの、どうしたんですかナズーリン」
「君は、ここ最近本当に辛そうだった」
「……」
「心配したぞ、馬鹿野郎」

胴に回した手をポンポンと叩かれたので、一旦腕をほどく。

「……ご心配を、おかけしました」
「まったくだ、未熟者め」
「ええ、これからもご指導のほどをよろしくお願いします」
「仕方のない奴だ」

私の修業は厳しぞ。
そう言って今度は正面から抱きしめ合った。
別に変な気持ちじゃないさ。

玄関口で何をやってるのかと天使の羽を生やした内なる私が笑う。
これは信頼だ。
お互いがお互いを、頼りにしているのだ。
そう天使に言い返した。

悪魔の羽を生やした内なる私が『クリンチ!』と叫んだ。
つまらないギャグを放つ悪魔は黙殺した。
空気を読め。

「……」

しかし世界とは残酷なものだ。
いつか橙が言っていた言葉を思い出す。

食パンを咥えて走れば曲がり角で異性にぶつかる。
この戦争が終わったら結婚する人は死ぬ。
片思いの男性が女と歩いていたと思ったら実妹。
2時間ドラマの犯人はいつだって羽場裕一。

そんな拭い去れない『お約束』というものが、いつだって死神の如く付きまとってくる。
そうは思わないかい? 船長。

「……村紗、いつから」
「またおいしい時に現れるな君は」

「う、嘘だ」

ああ、泣くなこりゃ。

「嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だ!! うそだあああああ!!」

冗談でもなんでも無さそうな悲痛な叫びをあげながら、水蜜は入ってきた玄関をUターンして走り去ってしまった。

ドップラー効果でだんだん低くなる雄たけびをあげつつ、水蜜は夕日に向かってダッシュしていく。
コイツも一輪と同レベルだ。
まぶしいから戸を閉めて行って欲しい。

「聖、どっちが狙われると思う?」
「……7:3で私じゃないでしょうか」
「そうか、ちなみに君は何分くらい息を止めていられる?」
「魔法を使えば、5分くらいは」
「わかった、それまでに何とか救助する」
「……」

里襲うなよ?
めんどくせえから





翌週、命蓮寺の説法会の頻度が月に1度と正式に決まった。

同時に今後の方針がクルー全員に周知され、命蓮寺は顧客を大事にする地域密着型の寺へと方向転換をすることとなった。
言うほど転換もしていない気もするが。

ご主人などはやや難色を示したものの、聖の説得により2分で納得した。
推進派の私が言うのも変だがもうちょっと粘れ。

「それでは定例会を終了します、解散」

進行係である一輪の言葉で会議は終わり、クルーは皆広間を出て行く。
さて私もひとっぷろ浴びてこようかと席を立つと、聖に呼び止められた。

「ナズーリン、一緒に入りませんか?」
「……ああ、わかったよ」

どうせまた何か悪巧みでも思いついたのだろう。
一緒に入るのは構わないのだが水蜜のいないところで誘って欲しい。
さっきからすごい睨んでくる。
沈められやしないだろうか。
それだけが問題だ。


命蓮寺の風呂は狭い。
湯船に2人も入れば肩がぶつかる。

「いいお湯ですね、ナズーリン」
「そうだな、後頭部に脂肪の塊がぶつかってなければもっといいのだがな」
「ふふふ、狭いから仕方ありません」

まさかこの年で誰かの膝の上に座ることになるとは思わなかった。
せめて相手は男がよかった。
願わくばイケメンがよかった。
そして贅沢が許されるのなら白狼天狗のお兄さんとかがいい。
がっしりしつつも引き締まった筋肉に切れ長の瞳。
鍛え上げられた戦士の身体と乱雑に切りそろえられた白髪。
そんな彼らのお世話がしたい。
時代はマッチョだ。

「……? どうしましたナズーリン」
「いや、なんでもない」

煩悩をもって苛立ちを制するという高等技術を駆使し、やわらかくも温かい『枕と座布団』の感触を頭から追い出した。

これか、これが男を惑わすのか。

「それより聖、用があったんじゃなかったのか?」
「ええ、実はそうなんですよ」

聖は語る。

「今度ですね、とある組織と合併しようかと思いまして」
「ふうん」

合併と聞いて瞬時にいくつかの寺が脳内にリストアップされる。
あそこかな? あっちかな?

「なんと、かの聖徳太子の御一行だそうです」
「詐欺師だ、手を切れ」
「……まあ、そう言うと思いました、私も半信半疑、いえ零信全疑くらいだったのですが、どうやら本物らしいのです」
「太子太子詐欺か、新しいな」
「信じませんね」
「私が疑わないで誰が疑うんだ」
「それもそうでした」

たとえ証拠が出そろおうとも、私は疑い続けよう。
だから聖、君は安心して信じるがいい。

しかし聖徳太子か、何時代の人だったか。
安土桃山だっけ? もっと前か? ある意味昭和と言えなくもないが。

聖が言うには、聖徳太子(仮)は説法会で命蓮寺のことを知り、神奈子の脅威に押される形で合併を申し入れてきたらしい。

彼ら自体はまだ拠点となるような寺を所有しておらず、場合によっては住み込みになるかもしれないということだった。

「要するに神奈子さんたちに出鼻を挫かれたということです」
「……ふうん」
「そういう訳で、今度数名同士で会えないかと打診があったのですが、ナズーリンにも来てほしいのです」
「そうかい、わかった」
「ええ、ありがとうございます」

「一輪はどうする?」
「一応連れて行こうかと、向こうの主要な人員は4名と聞いていますので、できればこちらももう1人連れて行きたいのですが」
「消去法でご主人か雲山だな」
「ですかね」
「船長がもう少し大人になってくれていたらと思うと」
「……村紗と言えばあれ以来目立った動きがないのですが、逆に不安です」

さっきめちゃくちゃ睨まれたがな。

「聖、その連中との会合は来週まで延ばせないか?」
「……? ええ、できると思いますが」
「来週には石膏が取れる、できればそれからがいい」
「……そうですね、わかりました」

コン、コン、と風呂の縁にギプスをぶつけると、聖は申し訳なさそうに言う。

「ナズーリン、その件は本当に申し訳ありませんでした」
「いいってことさ、気にするな」
「……不自由をお掛けします」
「ハハッ、おかげで自涜もままならんよ」
「…………お手伝いしましょうか?」
「やめんか馬鹿者」

妙になれた手つきで触ってくる聖を引っぺがし、体を洗うべく湯船を出た。
何すんだこのやろう。
お返しに湯船の外から尻尾でペチペチ叩いてやった。

「あううう」

思ったよりいい音がした。





里を歩けば守矢にあたる。

それくらい道行く人間たちの守矢率は高くなった。
例の群青色のお守りをある者は首から下げ、ある者はカバンに付け、またある者はミサンガの如く手首の巻きつけていた。

そして目を凝らして霊視してみると、いくつかのお守りが鈍く発光しているのが見てとれる。
当たりを引いた者たちだ。

「……」

……神奈子よ、全部取ってくれるなよ?
本気で追いつめられたなら、私は猫どころか神だって噛むぞ?


散歩から帰った私は手早く正装に着替えると、聖たちの待つ広間へと向かった。
今日、これから聖徳太子たちが命蓮寺に来るのだ。

聖は料亭の1つでもとるつもりだったらしいが、うちと向こうさんの経理担当による猛反発を食らい敢え無く中止となった。
料亭で密会というシチュエーションに憧れていた私は何とかならないかと一輪に食い下がってみたが、交渉の余地なくNOだと言われてしぶしぶ引き下がる羽目になった。
お互い資金繰りの苦しい折、恰好はつかないが仕方がない。

「あ、どこ行ってたんですか? ナズーリン」
「ああ、ちょっと散歩に」

ニコニコ笑うご主人にそう答え、空いていた席に着いた。
聖と私とご主人と一輪の4人が、一列に並ぶ形になる。

「散歩ですか、今日のことを忘れていた訳ではないのでしょう?」
「どんな心臓してるんだよナズ」
「ハハッ、たかが聖徳太子だろ?」

毘沙門天様ほどじゃないさ、と笑う私に聖と一輪があきれ顔になる。
ご主人はニコニコしたままだ。
ニコニコしたまま寝ているのかもしれない。

「聖、豊郷耳様が見えられました」
「通してください」
「はい」

水蜜が客人の来訪を告げる。
さあ、聖徳太子ご一行と対面だ。

「皆様お初にお目にかかります、豊郷耳神子と申します、聖徳太子と言った方が通りはいいでしょうか」
「お暑いところをようこそおいで下さいました」
「お久しぶりです白蓮さん……本日は私どものためにこのような席を設けていただき恐縮の限りです」
「大したもてなしもできずに申し訳ありません、狭いところですがどうぞお掛け下さい」
「失礼します」

豊郷耳神子と名乗った人物と聖が定型文のような挨拶を交わしているが、私は大して真剣に聞いてはいなかった。
私の視線は先ほどから対面に腰かける亡霊に釘づけだ。
聖徳太子も青髪の女性も眼中にない。
まさかこんな偶然があるとは。
向こうは知っていたのだろうか。

「一介の仏教徒として、太子様と同席できることを光栄に思います、ところで、本日は4人でいらっしゃると伺っていたのですが」
「……あー、それは、ですね」
「?」

と、言葉に詰まる聖徳太子に代わり、横の亡霊が返事をした。

「布都のクソ阿呆が寝過ごしやがってよぉ、今頃髪でも梳いてんじゃねーの?」
「こ、こら屠自古、慎みなさい」
「ぁあ?」
「……」

屠自古はまるで悪びれる素振りもなく、つまらなそうにあさっての方向を向くばかりだ。
このテンションは嫌いじゃない。
響子が大人になったらこんな風になるかもしれないと思うと胸が熱くなる。

「あの、こちらの方は」
「あ、い、いきなり申し訳ありません、ほら屠自古、自己紹介なさい」
「蘇我屠自古だ、ところでここ禁煙?」
「……屠自古さん、申しわけありませんが敷地内は禁煙となっております、どうしてもの時は縁側でお吸いになられるようお願いします」
「気安く名前で呼ぶんじゃねーよ」
「……」

横目に一輪の顔が引きつるのが見えた。
聖と聖徳太子は頭を抱え、青髪の女性はヘラヘラ笑い、ご主人はニコニコ笑っていた。
料亭でやらなくてよかった。
店員に通報される。

「さっさと終わらせろよジャリ餓鬼ども、別に急いじゃいねーけど、やることがないわけじゃねーだろ、なあドブネズミ」

と、屠自古は私に笑いかける。
まったく、見飽きたツラだ。

「まったくだよ屠自古、誰かの復活を待っているとは聞いていたが、まさか聖徳太子だったとは」
「ウハハハハ! テメーこそどーなんだよ、このおっぱいがお前の言ってた聖ってのか?」
「そうだ、そこのおっぱいだ」

何食ったらこうなんだ? と聖の胸部を無遠慮に見つめながら、屠自古はまたゲラゲラと笑いだす。
聖が苦々しげに胸元を正すしぐさが笑いを誘った。

「ナ、ナズーリン、彼女とお知り合いで?」
「まあな、数百年の付き合いになる」

出会ったのがいつかなんてもはや覚えてはいない。
お互い誰かを待つ身、長い長い留守番の果てに巡り合ったのだ。

私が正気を保っていられたのも、ちょくちょくこいつと遊べたからだろう。
そうでなければ、ご主人同様私もネジが飛んでいただろうし、屠自古も横の青髪同様気がふれていただろう。

会うことなんて数十年に1度とかそんなだったが、なるほど、合併相手が君だというのなら、喜んで受け入れようじゃないか。

「なあに、見た目よりいい奴だよ、心配するな」
「……そうですか」

とてもそうは思えないのだろう。
聖はまたしても頭を抱えてしまった。

「で? とっとと話進めろよ、なんだっけ、あちしら何しに来たんだっけ」

なんか聖がチラチラ見てくるのはなんだ、私に何とかしろと言うのか。
ハハッ、いいとも。

「同感だ屠自古、不毛なことやってないでさっさと本題に入れ、うちと合併だろ? 住み込みって聞いてたがどうなんだ、部屋は余ってるぞ?」
「おいドブネズミ、もったいなくも聖徳太子様がお住まいあらせられるんだ、跪いて泣いて喜べ」
「ぬかせ三下、君らが泣いて頼むから仕方なく住まわせてやるんだ、その辺はっきり自覚しろ」
「なにマジになっちゃってんだよコイツ、心配しなくったってその辺がわからねーほどトチ狂っちゃいねーよ、お世話ンなります」
「よろしい、決まりだ」
「ほら太子! お前も言え!」

と、聖徳太子の頭をぐしゃぐしゃと撫でつける。
されるがままになりながらも、『お、お世話になります』とかすれるような声が返ってきた。

「じゃあ次だ、この寺のスタンスをお前が説明しろ、そっちのガキは建前ばっかりで要領を得ねー」

そう言って屠自古は顎で聖を指す。
まあ、もったいぶった言いかた好きだしな。

「守矢には勝てない、顧客を手放さない、他の寺と喧嘩しない、だ」
「OK大体分かった、具体的には?」
「神奈子のやることに干渉しない、檀家さんの顔と名前を全員が把握する、月に数回よその寺との連絡会を開催する、それが第1段階だ」
「長期的には?」
「時代が進むにつれ宗教を必要とする人間は減っている、いずれ0になるだろう、そうなったら勝ちだ、神奈子を潰す、信仰のない神など雨に震える子犬も同然だ」
「寺はどうすんだよ」
「火葬場にでもするさ、宗教とは別口に必要になる」
「……上等」

屠自古は口の端を吊り上げながら言う。
そして『じゃあそういうことで』と2人で立ち上がり、部屋を後にしようとした。

「え? ちょ、ちょっと、どこ行くのさナズ」
「どこって、夕飯の買い出しだよ、今日は私が当番だろ?」
「い、いやいやいやいや」

「屠自古、待ちなさい、どこに行くのです」
「は? 家帰るんだよ、荷物まとめねーと」
「な、なにを」

なんだ、話なら終わっただろ。
なあ屠自古。
お、目が合った。

「ナズーリン、まだ話は終わってません」
「ああ、寺の修業の内容は追って伝えるさ」
「そうではありません、大事なことが1つ抜けているのです」
「うん?」
「座りなさい」

聖が珍しく強い口調で言う。
せっかく話がまとまったのに、まだ何かあるのだろうか。

「くだらねー話だったらちびるまで感電さすぞガキ」
「屠自古さんもお座りください」
「気安く呼ぶなっつってんだろ、おいドブネズミ、こいつ何とかならねーのか」
「ならんよ」
「チッ」

ま、もう5、600年もすれば大人になるさ。
私みたいに悟りの境地に達せられる。

「ナズーリンには言っていませんでしたが、とても大事なことなのです」
「それはこいつらが仏教徒でもなんでもない事か?」
「へ?」

私の言葉に聖と聖徳太子が目を丸くする。
お前らいいコンビだよ。

「と、屠自古! 喋ったのですか!?」
「寝言は寝て言え太子、あちしがテメーに不利益なことしたことがあったかよ」
「し、しかし!」
「あーあー、めんどくせぇ、いちいち驚くんじゃねーよこんなことで」

「何を驚いているんだ、どう見ても違うだろ、陰陽道か道教か迷ったが道教だろ?」
「な、なぜ」
「馬鹿か君は、仏教徒が六道輪廻をぶっちする訳ないだろう、なんて言ったかな、シカイセンだったか?」

目に力を込める。
霊視、妖力を媒介に聖徳太子の姿を覗き見れば、その実態が剣のような物体であることがわかる。

シカイセン。
漢字は忘れたが、物に自らの魂を宿す、という人工的な付喪神だ。
しかも憑依する対象を次々乗り換えることで理論上半永久的に活動できるという代物。
実物の前で説明するのも馬鹿馬鹿しかったが、一輪はわかってないだろうから一応言葉にしておいた。

そして硬直する聖徳太子のアホ面が面白かったのか、屠自古が笑い声をあげた。

「あっはっはっはっは、マジ? お前気づかれないと思ってたの? ぱっぱらぱーかお前」
「気にするな聖徳太子、こっちには沈没大好き船酔い野郎やら首切り大好き似非紳士やら、いまだに1人で風呂に入れない正体不明やらの曲者ぞろいだ、今更異教徒の1人や2人、どうってことはない」
「……そうでしたか、ご理解いただきありがとうございます」
「あっはっはっはっは」

屠自古が机をバンバンと叩いて笑う。
品のない奴め。

そうだ。
ついでにこれも言っておかないと。

「ああそうだ、君の信仰なんてどうでもいいが、命蓮寺にいる以上は命蓮寺の方針に従ってもらう、さしあたって聖に妙なことを吹き込むのはやめてもらおうか」
「こ、こらナズーリン! 失礼な言い方をするんじゃありません!」
「……いえ、いいのです白蓮さん、ナズーリンさんでしたか、おっしゃることはごもっともですが、はて、特に何かを吹き込むようなことをした覚えはないのですが」
「はあ? 風水教えてたじゃん」

とぼける聖徳太子を指差し、さあチクチクと突っついてやろうと思った矢先。
屠自古があまりにも軽くネタバレしてくれた。
ふざけるな、これからがいいところなのに。

「と、屠自古っ!」
「うるっせーな、誤魔化せるわけないだろっつの」

聖徳太子が叱責するが、当の亡霊はどこ吹く風だ。

せっかく犯人を追いつめる探偵の如く、高らかに謎解きをしてやろうと思ったのに。
屠自古め、私の見せ場を奪いおって。
自白するにしてももう少し粘れ、2時間持たせろ、崖の上に案内してやるから。

「……ナズーリン」
「なんだい?」
「黙ってやっていたことは謝ります、ですが、その、参考までに、いつ辺りから気づいていましたでしょうか」
「君が『外』製の黄色い時計を買ってきた時かな、あんなものが和室に合うものか」
「だいぶ初期……ナズーリン、やはり、あなたは」

眉間に手を当て何やら考え込んでいる聖を尻目に、屠自古がまたも帰り支度をはじめていた。
まあ、確かに退屈だった。
当たり前のことでいちいち驚かれるのも、いい加減不愉快だ。
自分の未熟を棚に上げて、いったい何様のつもりなのだ。
見ればわかることがばれるのは、当然ではないか。

「……ナズーリン」
「なんだい?」

聖は額に手を当てたまま、こちらを見ずに私を呼んだ。
それは何かを覚悟したような、人を牽制するかのような。
聞いたことのない、声色だった。

「彼女たちとの合併にあたって、命蓮寺の教義を一部変更したいと思います」

その言葉に、屠自古の動きが止まる。
私も同様に、硬直していただろう。
ご主人と一輪は、まあ、見なくても分かる。

しかし聖徳太子だけが、澄ました顔をしていた。

「おい、それは」
「あなたの御慧眼通り、太子様たちは道教を信仰しておられます、どうせすぐばれてしまうと思うので言いますが、表向きは仏教徒として、です」
「……」
「このやり方はあまり褒められてことではありません、しかし、結果だけ見ればどうでしょう、太子様は指導者としても優れており、民は末永くその恩恵に預かれるのです」
「……」

「大げさに考える必要はありません、命蓮寺の活動は今までと変わらず、人々の救済を第1とし、御仏に身を委ねることで心の安寧を得ることを説いて行きます」
「君は、諦めたんじゃなかったのかい?」
「……我々は学ばねばなりません、余所様の良いところを、積極的に」
「不老不死を、諦めたんじゃなかったのかい?」
「そうしなければ、生き残れないのです」

「わかってくださいますね? ナズーリン」

聖はやっとこちらを見た。
優しく、温かく、何を見ても変わることのなかったその瞳が、悪意と殺意に満ちていた。

目が据わっている。
そんな顔が、できたのか。

「毘沙門天様になんて言う気だ」
「そうですね、代わりに謝っておいてもらえますか?」
「……お前」
「お前と言わないでくださいませんか? それに」

ニィ、と聖の口の端が吊り上った。

「代理の許可は得ております」

ご主人の方を見る。
相変わらず上機嫌そうにニコニコしているだけで、何の反応もない。
恐らく状況も把握していないだろう。

「ご理解くださいナズーリン、これは決定事項です」
「黙れ」
「何の相談もなかったことは謝ります、しかし」
「黙れと言ったんだ」

一輪の方に向き直る。

「一輪、君は?」
「……え? いや、私は」
「ああ、聞くまでもなかったか」

聖は聞いての通り、一輪は寺であることにすらこだわらない。
他のクルーは?

雲山は一輪の保護者、村紗は聖に付いてきただけ、ぬえは面白半分、マミゾウは成り行き。
響子は聖に拾われた家なき子。

そうだ、結局純粋な仏教徒なんて私とご主人しかいないのだ。
そのご主人はきっとお菓子にでも釣られたんだろう。

1000年という時は我々妖怪にですら長かった。
聖をその手で封印した自責の念もあったのだろう。
私が疲れ切っているように。
ご主人はネジが飛んでいるのだ。

もう、まともに判断なんて付いていないのだろう。

聖が白と言えば、黒でも白となるのだろう。

「…………」

……どうしてくれようか。
ホントにこいつら、どうしてくれようか。

「馬鹿が」

と、屠自古がつぶやいた。

「ああ、申し訳ありません屠自古さん、御見苦しいところをお見せいたしました」
「そいつをなんだと思ってんだ、死ぬぞお前」
「……そうですね、客観的に見て正しいのはナズーリンだと思います」
「チッ、わかってねーか」
「今のままの命蓮寺では遠からず行き詰まってしまうでしょう、私はその時になって後悔したくないのです」

聖の並べる綺麗事など、私には言い訳にしか聞こえない。
要するに死ぬのが嫌なんだろ? お前は。

「申し訳ありません、こうなってしまったのはすべて私の力不足が原因です、それでも私は潔く散ることよりも見苦しくあがくことを選びたい、それが今まで支えてくれた人たちへの報恩になると信じているのです」

懐を探る。
そこにある感触を確かめ、いつでも取り出せるようにした。

「それなのに、あなたはわかってくれないのですね?」

なら仕方ありません、と、聖が言うのを合図に部屋のふすまが開け放たれた。

その瞬間、私の第6感が警鐘を鳴らした。
とっさに隣に座っていたご主人を突き飛ばす。
変な声あげながら一輪に衝突するのを確認した途端、床が抜けるような感覚に襲われた。

ザボン、という水に落ちた様な感触。
慌てて水面に顔を出すと、視界の端に水蜜が見えた。

「水蜜! お前!」
「あははははははは!!」

空を飛ぼうと力を込めるが、足を何かに掴まれて浮き上がれない。
液状化した畳が、無数の手となって絡みついていた。
それは誰、と言う訳でもない手だけの存在。
誰かを引きずり込もうとする、水蜜の抱える殺意そのもの。

「お前が悪いんだぞナズーリン、聖の邪魔をするからこうなるんだ」
「クソッ」

そのまま水中に引きずり込まれる。
どれだけあがいても沈む速度は変わらない、水蜜の力はそれほどまでに強かった。
あいつ、本気か。

「……っちゃん! やめて!」
「うる……い! じゃま、んな!」
「……んざん!」
「……! ……!」

……声が遠くなる。
届く光が弱まっていく。
液状化して半透明になったの畳越しに、聖と目が合った気がした。

笑っていた。





沈む。
水中で空を飛ぼうと浮力を働かせ、同時に掴まれてない手足でもがいてみるも、水蜜の引きずり込む力の方が強い。

ふと、まとわりつく液体の温度が冷たくなった。
きっと私の身体が寺を貫き、地面にまで達したのだろう。

このまま沈み切ったらどこに行くのか、暗く冷たい土の中で骸となるのか。
遠くなっていく光を見ながら、生まれて初めて走馬灯と言うものを見た。

長い、走馬灯だった。
毘沙門天様に拾われ、教養を授かり、ご主人に出会い、聖に出会い、監査役として抜擢された。
こそこそと妖怪を助ける聖を隠し、結局ばれ、人間サイドだったご主人によって封印された。

それから1000年。
務めを全うしようとがむしゃらだった。
ふさぎ込むご主人を蹴飛ばし、コツコツと人脈やノウハウを溜め、この地で少しずつ少しずついろんなものを積み上げてきた。
出会っては別れ、出会っては別れ、何度繰り返したかわからない。

ある時、似た境遇の屠自古に出会った。
お互い素性なんか話さなかったが、別れずに済む友人、と言うのは貴重だった。
実は過ちを犯したこともある。
なに、500年も生きれば同性への嫌悪感など吹き飛ぶものだ。

そういえばどっちの待ち人が先に復活するか賭けていたのを忘れていた。

ある時、大結界が張られ、外の世界と隔絶された。
不便ではあったが、好都合なこともあった。

そしてつい最近、吸血鬼の来襲。
全てをひっくり返すような戦争だったが、運よく私もご主人も巻き込まれずに済んだ。

そのすぐ後に神奈子たちが幻想入りを果たす。
すわ第2の紅魔館かと妖怪一同震えあがったが、説得の甲斐あってか特に荒事は起きなかった。

そいつらの影響で、地下に封じられていた水蜜たちが復活した。
あの時は驚いた。
騒ぎを聞きつけて覗いてみたら、1000年前の仲間たちがそこに居たのだ。
我ながらよく顔を覚えていたものだ。

そして―――

「…………」

ごぼあ、と息を吐いた。

冗談じゃないぞ、馬鹿野郎。
何1人でエンディングに入ってるんだ。

まだやることが、残ってるんだよ。

私は懐からお守りを取り出す。
神奈子にもらった、あのお守りだ。
しかし、中に入っているのは神奈子特製バッテリー内臓型やる気スイッチではない。
それを改造して作った妖力のアンプ、術者の妖力を倍加させるものだ。
これにありったけの妖力を注ぎ込む。

お守りが周囲に満ちた水蜜の妖力を吸い上げ、増幅されたエネルギーが砲撃となって射出される。
ガソリンはしょぼくともエンジンは優秀だ。
爆発的な推進力がこの身を襲い、私の身体を上へ上へと押し上げて行く。
足を掴んでいた手を軽々と引きちぎり、私は地面から飛び出した。

「げほっ、げほっ、ごほっ」

勢いを殺しきれず無様に地面を転がり、息も絶え絶えに天井を見上げた。
狭い。
暗くてよく見えなかったが、どうやらここは命蓮寺の縁の下らしい。

しかも私の子ネズミと蟲屋さんのアシダカグモが冷戦を繰り広げているまさにそのど真ん中だったようで、突然の闖入者に驚いたのか、みな蜘蛛の子を散らすように逃げていってしまった。
まだやってたのか。

「うげぇぇぇぇぇ……!!」

水蜜の力の及ぶ範囲から脱したためか、胃や肺に侵入していた液体が、元の土やい草に戻る。
耳や鼻ばかりではない、身体中の穴と言う穴からジャリジャリとした汚泥が出てくる。
最悪だ。

「げほっ、えほっ……はぁー」

もういやだ、やってられるか。
自らの吐しゃ物の横に寝転がりながら、天井を仰いでため息をつく。
縁の下の力持ち、みたいなことをよく言われるが、物理的な意味だとは思わなかった。
危うく人柱だ。

「……」

聖と聖徳太子の間にどんなやり取りがあったのかは知らない。
雰囲気から言って、知っていたのは当人たちだけなのだろう。

何で相談してくれなかった。
反対すると思ったからか。
妖怪だろうがなんだろうが、ちゃんと話せばわかってもらえる。
昔お前が自分で言った言葉だろうに、忘れてしまったのか。

「……」

でも、もう遅い。
どんな事情があったって、お前は一線を越えたんだ。
どう繕ったって、もう取り戻せないぞ。

聖、覚悟しておけよ。
ご主人、お前は解雇だ。
水蜜、馬鹿は死んでも治らないらしいな。
一輪、お前は……どうでもいいか。
聖徳太子、よくもたぶらかしてくれたな。
あと屠自古、助けてくれたっていいじゃないか。

心の中で悪態をつきながら、私は体力の回復を待つ。
どいつもこいつも、ただで済むと思うな。

私は無意識に、ゴキリと首を鳴らした。

ネズミを甘く見ると、死ぬよ?





いくらか持ち直したはずだったのに、強い日差しに照らされてあっという間に体力を持って行かれる。
なんで今日に限って快晴なんだ、と理不尽な文句を呟くも、意味はない。

「こんな時」

こんな時、ドラマだったら知り合いが通りかかって助けてくれたりするのだが、あいにくとそんな安易なご都合主義は、私の人生に相応しくない。
お約束と言うのはマイナス方向にだけ働くのだ。

だから自分で会いに行くことにした。

こんな時、助けてくれそうな人は何人かいる。
屠自古同様、無駄に付き合いの長い友人たちだ。
だが、今回はその人たちの所へは行かない。
今の私に必要なのは、休息ではないのだから。


泥まみれの身体で道なき道を歩む。
体力も妖力もすっからかんで、空を飛ぶこともできない。
だから歩く。
1歩1歩、ふらつきながらも着実に。

そんな者にこそ、マヨヒガは心を開くのかもしれない。
何度試してもダメだった事が、今日1発で成功した。

「あれ? ナズーリン? どしたのその恰好、ていうかなんで入れたの?」
「……ちょっと転んでな」
「……えー?」
「ちょっと、上がってもいいかい? 橙」
「んー」

眠そうに目をこする橙は、それでも快く私を受け入れてくれた。


橙の家は幻想郷ではかなり裕福な部類に入る。
シャワーはもちろん冷暖房まで完備と言う充実っぷり。
私らのような木っ端妖怪では、手に入れることも維持することもできはしないだろう。
流石は公務員。

「うわぁ、服ジャリジャリだよー、汚れ落ちるかなー」
「すまない橙、急に押しかけてしまって」
「ううん、それはいいんだけどさ、事情は聴かせてくれるのかな?」
「……聞いてくれるかい?」

昼から湯を沸かしてもらい、肩までゆっくりと浸かる。
なんだかいい香りがすると思ったら、湯船の中にプクプクと小さな泡を出す石鹸のようなものを見つけた。
いや、石鹸にしては堅いが、なんだろうこれは。

「あ、それ? バブだよバブ」
「ばぶ?」
「温泉の元」
「うん? これを入れると温泉になるのかい?」
「温泉みたくなるの」
「なるのか」
「なるの」

なんとも不思議なマジックアイテムだったが、この香りは心地いい。
これで耳の中に土や砂が詰まっていなければ最高なのだが。


背中を流してくれるという橙の厚意を頂戴し、一緒に入ることとなった。
2人とも体は小さい。
足は延ばせないが、それほど窮屈でもなかった。

「私はもう、あの寺にはいられないよ」
「……」

私は橙に今回の経緯を話した。
命蓮寺が方向転換したこと、聖徳太子一行と合併したこと、そこの連中が1人を除いて馬鹿ばかりなこと、うちの住職がその馬鹿の口車に乗せられたこと。
伏せるべきところは伏せ、誇張するところは誇張して。

この子が好むような、胸糞悪い話に仕立て上げた。

「クソッ、なんで、どうしてだ……今までの努力はなんだったんだ!」
「ナズーリン……」
「……すまない、愚痴みたいになってしまって……でも、こんなのないだろ、あんまりだ……!」
「……」

半泣きになりながら頭を抱える。
珍しく感情を露わにする私に動揺しつつも、橙は最後まで聞いてくれた。

「橙、頼む、手伝ってくれ」
「……」

そう締めくくった私の肩に、橙は頭を預けてきた。

「……ナズーリンはさ」
「うん?」
「ちょっと気ぃ張りすぎなんだと思うよ」
「……そうかな」
「うん」

目頭を押さえて語る私を、橙は優しく諭してくれる。
たどたどしい言葉だったが、その気持ちは伝わってきた。
親の教育が良かったのだろう。
なんていい子なんだ。

「ナズーリン」
「うん?」
「疲れちゃった?」
「……ああ、疲れた、もう、疲れたよ」

そこは本心だった。
答えるまでもないくらいに、疲れ切っていた。

「何歳だっけ」
「……1400くらい」
「すごいね、私の10倍以上だよ、藍様と同じくらい」
「私と比べたら失礼だよ」
「そんな事ないよ、藍様は確かに生きたまま伝説になるような妖怪だけどさ、ナズーリンだって十分すぎるよ、私からしたらね」

橙は不意に、私の尻尾を手に取った。
ネズミのそれは表面が妙につるつるしていて、自分でもあんまり好きではない。
手入れが楽なのは助かるのだが。

「長いね、尻尾」
「そうかい?」
「尻尾の数は、強さの証」

と言って橙は自らの尻尾で私の尻尾を挟んだ。
水に濡れた尻尾はごわごわしていて、不思議な感触が尻尾から伝わってくる。

「そして長さは、賢さの証」

橙は私の尻尾を持ち上げ、ピンと真上に伸ばした。
その先端は私の頭をゆうに越える。

「自分の頭を越えるのは、尋常じゃない証拠なんだよ」
「……」

そんなことはないさ。
どんな賢くても結果を出さなければ意味がない。
実績だけが、その人の値段となるのだから。

「でも結局、何もできなかった」
「泣くといいよナズーリン、本気で疲れて、どうにもならなくなった時は、泣くと楽になれる」
「泣けないんだよ、とっくに枯れてしまった」
「涙は枯れないんだよ、どれだけ生きても、どれほどの目にあっても」
「……若いからそう言えるんだ」
「そう、紫様が言ってたんだよ」
「……そうかい」

「ナズーリン、私は知ってるよ、ナズーリンがとんでもないレベルの大妖怪だって」
「……よしてくれ」
「フィジカルじゃともかく技術って点じゃさ、私の式の解析も手伝ってくれたし」
「結局は解けなかったろ」
「いいんだよ、求めてるのはクラックじゃなくて技術をものにすることなんだから、ってそんな話じゃなくってさ」

橙は私の肩を掴むと、湯船の縁に押し付けてくる。
至近距離から私の顔を覗きこみ、にんまりと意地の悪い顔になった。

「そん時の借り、返すよ」
「……橙、いや、でもやっぱり」
「手伝ってくれって言ったじゃん」
「あ、あれは、つい勢いでな、やっぱり、自分のことだし」
「もう遅いよ、決めたもん」
「……すまない」
「きははは」
「……ハハッ」

額を押し付けながら笑い合う。
橙は優しい。
そしてプライドが高くて理不尽を嫌う。

悪魔の羽を生やした内なる私は、今日も絶好調だ。


「ナズーリン、君はとってもついてるよ、ラッキーだね」
「……どこら辺がだい?」

風呂をあがり、橙の服を貸してもらう。
サイズはほとんど一緒だったが、尻尾穴が大きすぎるのが気になった。
伊達に2本も生えてない。

「聞く限りじゃさ、その白蓮とか言うのが寝返るのは防げない事だったと思うの」

そんなことはない。
もっと屠自古と連絡を密にし、模様替えをしていた段階で風水を吹き込んだ馬鹿を探し出し、聖との間に割って入ればよかったんだ。
神奈子に気を取られて、身内を疎かにしてしまっただけだ。

「そう、かもしれないな」
「うん」

私の尻尾をさすりながら、橙が牛乳を注いでくれる。
この家には当たり前のように冷蔵庫もあるのだ。

「でもね、それが今日だったのは偶然」
「……ああ」
「おとといでも昨日でも、明日でも明後日でもなく今日だったの」
「今日は何かの日なのかい?」

私の尻尾からスルリと手を離し、橙は向こうを向く。

「今日来てるんだよ、八雲の屋敷に」
「……?」
「13年ぶりに、地下からさ」
「……!」

思わず立ち上がる。
そう言われて、ピンとこない私ではなかった。





「あ、もしもし燐ねえ? 橙だよー」
「えへへ、うんうん、元気元気」
「うんとね、ナズーリンって覚えてる?」
「あ、ほんと? よかった」
「うん、うん、ちょっとね、ゴタゴタ」
「……んふふ、わかっちゃう? そうなんだよねー」
「え、OK? やった」
「うん、それじゃあ、マヨヒガで待ってるよん」
「じゃあねー、バイビー」





猫が惚れる猫。
赤き火車。
地下最強の大罪人。
もと、八雲。

地獄の輪禍。
火焔猫燐。

橙の言葉はいちいち大げさだ。
だが、きっと実際はそんな言葉でも足りないのだろう。

かつて地底で水蜜たちが復活した際、住居や仕事をその日のうちに用意してくれた恩人だ。
共に復活した都合数十人分を難なくさばくその姿は、思わず見とれてしまいそうになるほど精悍だったのを覚えている。

星蓮船の造船だって、彼女の協力なしではありえなかった。
部下の河童が狂喜乱舞していた姿も昨日の事のように思い出せる。

「電話という物の実物を初めて見たよ」
「ふふん?」
「ふふんじゃないよ」

胸を張る橙の頭をクシャクシャと撫でる。
ついでに燐の到着を待つ間、橙の部屋にあったものをいくつか拝借することにした。

「……? いいけど、そんなの何に使うのさ」
「見てのお楽しみさ」
「ふーん」

やはりここに来て正解だった。





聖、ご主人、一輪、雲山、水蜜、響子、聖徳太子、屠自古、青髪、それと知らない人が2人。
勢ぞろいで里を歩いているところを発見した。
ぬえとマミゾウは留守番だろう。

「ナズーリン?」

ご主人、いや、寅丸が真っ先に私に気付いた。
ちょうどいい、先に野暮用を済ませてしまおう。

「無事だったのですね!」

駆け寄ろうとする寅丸の足元に、妖力の弾丸を撃ち放った。
たたらを踏む寅丸に、勤めて冷静に言い放つ。

「寅丸星、貴様を毘沙門天の代理として不適格とみなす、これは監査役としての評価だ」
「え? 監査? あの、ナズーリンなにを……」

もういい、言うだけ言った。
所詮は野暮用だ。

「まあ、そうですよね」

白蓮がつまらなそうに言う。
ゴミでも見るかのような目だ。

まあいい、本題を、片付けよう。

「……ナズーリン、そちらの方はもしや八雲様では? いつもお世話になっております」
「うん? ああどもども、今日は八雲じゃなくて個人だから気にしなくていいよ」
「はあ、左様でございますか、それとそちらの方はいつぞやの」
「うんうん、火焔猫燐だよ久しぶり」
「え? 燐ねえ地上来てたの!?」

あれ? ああ、そうか、1度寺に来たことあるんだったか。
でもすまない橙、ちょっと後にさせてもらうよ。

「白蓮、前の時は言い忘れていたが、燐は星蓮船の造船に多大な協力をしてくれていたんだ、地下では我々一同随分とお世話になった」
「まあ、本当ですか? そうとは知らずとんだ失礼を、心から御礼申し上げます」
「いいっていいって、困った時はお互い様だよん」
「ありがとうございます、燐さんこそ何かございましたら遠慮なくお尋ねください、できる限りの協力をさせていただきます、ご遺体は差し上げられませんが」
「うんうん、そんときゃ頼むよ」

「……それで? ナズーリン、燐さんに会わせてくれたということですか?」
「いいや? そんなわけないだろう?」

白蓮はちらりと聖徳太子を見やり、視線だけ交わしてまたこちらに向き直る。

「申し訳ないのですが、私たちはこれから行かねばならないところがありまして」

そうだな、前口上も飽きた。

「それに正直言いますと、あなたを2度も手にかける根性は無いのです」
「白蓮、お前が改宗したことはいい、道仏習合でもなんでも好きにしろ」
「ですから」
「他の連中も別にいいさ、もともとお前の取り巻きみたいなもんだ」

「……なにが言いたいのです」
「寅丸は問題だが、お前には関係のないことだ」
「要点を言いなさいナズーリン、お前の話は冗長です」
「お前にだけは言われたくなかったが、いいよ、私の用はたった一言」



「ムカついたから、ぶっ飛ばしにきた」


その言葉に白蓮は眉をひそめたが、すぐに呆れたようにため息をついた。

「……ナズーリン、がっかりです」

ざり、と土を噛む音。
不穏な空気を察した連中が、静かに臨戦態勢に入っていく。

「今のあなたはとても賢将とは呼べません、他人の威を狩るネズミなど、見たくはなかった」
「聖、来ますよ」
「村紗、相手は八雲と恩人、できる限り怪我をさせぬよう」
「了解です」

「ドブネズミ」
「よお、屠自古」
「抜け駆けしたかと思ったぞ」
「ハハッ、まだ死ねんよ」
「ったく…………んでもなあ、太子に手ぇ出すってんなら、やってやんよ!」

恐らく正確に状況を把握しているのは屠自古だけだろう。
把握してなお、虚勢を張っているのだ。
お前そんな殊勝だったのか。

「よしなさい屠自古、白蓮さんの言うとおりです、あなたは控えてなさい」
「……んでだよ」
「あなたは少し加減と言うものを知りなさい」
「……うわぁ」
「青娥、あなたも芳香を下がらせなさい、布都、いけますね」
「お任せあれ!」

と、やけに元気に返事をした人物を、私は見たことがあった。
命蓮寺の説法会に何度か来てくれていた人だ。
こいつらの仲間だったのか。
それになんだあれは、キョンシーか?

「ぷっ」
「きははは」

両隣りから失笑が聞こえる。
そりゃそうだろう。
それも、向こうの耳には届いていないようだったが。


「さて八雲様、燐さん、真に心苦しいですが、向かってくるというのなら迎え撃たねばなりません、どうかお怪我をなさらぬよう、お気を付けください」

その言葉と同時に、一輪が真上に飛び上がった。

飛び上がったようにしか、見えなかった。

それが燐に蹴り上げられたのだと気付くころには、橙によって屠自古とキョンシーが地面に叩きつけられていた。

「お気になさらず」
「できるものなら」

真夏の昼の、抜けるような空の下。
化け猫2頭が、その牙を剥いていた。

「……は?」

白蓮が素っ頓狂な声を上げる。

馬鹿めが。
その2人を誰だと思っている。

吸血鬼異変の生き残り。
正真正銘、人知を超えた化け物だぞ。

「んだこらぁ!!」
「おっと」

何とか起き上がった屠自古が紫電を散らして咆哮するが、燐は体をひねるだけでそれを躱す。
そして躱した体勢のまま放った掌底が、吸い込まれるように屠自古の顎に突き刺さる。
霊体にも効く掌底とはいかなるものか。
脳を揺らされた屠自古は糸の切れた人形のように崩れ落ちると、そのまま動かなくなった。

「ハァ!!」
「ぐべっ!」

続けて橙が起き上がったキョンシーを蹴り飛ばした。
本人より重そうな相手が数メートルほど宙を飛ぶ。
そして着地地点にいた燐が、まだ滞空しているままのその首に、綺麗な踵落としを決めた。

「橙、ゾンビ系は首を狙うんだよ」
「あざっす」

答えてる間に橙が飛び跳ねる。
目にも止まらぬ速さで近づいたかと思うと、背後から聖徳太子の首をグキリと回した。
両の眼球がぐるりと裏返ると、これまたストンと崩れ落ちる。
恐らく本人は自分が何をされたかすらも分かっていないだろう。

「こ、この……!!」

白蓮が巻物を取り出した。
ただの巻物ではない、振っただけで読経が完了するマジックアイテムだ。
しかし、中に書かれているのは経典ではなく。

「南無三―――!!」

呪文の詠唱をショートカットした魔法の発動。
膨大な魔力と引き換えに、強化魔法が咆哮を上げた。

「あほかお前」

しかし白蓮が放った拳は、燐に軽々と受け止められてしまう。

「なっ!?」
「そんな古くさいモンが現代で通用するわけないだろ」

驚愕に染まる白蓮を無視して、なんでもないように燐はその拳を握りつぶした。

白蓮の悲鳴が響いたのもつかの間、青髪の顔面にヒザを突き刺した橙が次の獲物を求めて走り出していた。

「燃えろ」

手にした札を投げ放つと、札は巨大な火の玉となる。
火柱を上げながら進む火球が一輪を受け止めていた雲山を襲い、その身体の何割かを1瞬にして蒸発させた。

その爆炎が晴れる前に、寅丸と知らない人が燐に吹き飛ばされて地面を転がった。

そして橙が響子を、燐が水蜜をそれぞれ蹴り放つ。
お互いの後頭部をぶつけ合い、2人は空中で絡まって落ちた。


まさしくワンサイドゲーム。
あまりに一方的すぎる戦場に、立っているのは白蓮だけだ。
潰された右手を押さえ、震えながらも膝はついていない。

その泣きそうな顔を見た瞬間、不意に熱いものが込み上げてきた。
なんだその面は。

「楽しそうだな白蓮」
「……っぐ、ぅぅ」

額に脂汗をにじませながら白蓮が唸る。
訓練された兵士がどの程度の負傷まで戦闘可能なのかは知らないが、こいつは兵士でもなければ戦闘要員ですらない。
馬鹿力だけで、喧嘩慣れすらしていない。

「あなたは……なんてことをしたのです」
「……はぁ?」

震える声で白蓮が言う。
喋れるだけでも十分すごいと思った。

「せっかくまとまりかけた寺を、台無しにしたのですよ?」
「知るかそんな事、私は怒っているんだよ」

お前が蒔いた種に、水蜜が水をやったのだ。
後のことなど知りはしない、罪悪感などかけらもない。

「ほとほと愛想が尽きたよ、お前は復活させるべきではなかった」
「……っ、そこまで、言いますか」
「もう十分生きたろう? いい加減御仏に身を委ねろ」

そう言って私は懐から割り箸を取り出す。
橙の家から拝借したものだ。
袋付きのやつがあって助かった。

そういえば橙はどこだろうかと見回してみると、後ろの方で燐と一緒にニヤニヤしながら行く末を見守っていた。
空気の読める連中だ。
それだけでもう、命蓮寺のクルーとは大違いだな。

「……行くぞ白蓮、喧嘩をしよう」
「くっ」

私としてもまだ回復しきってはいないのだが、こいつを躾けるには十分だ。
白蓮も残った左手で巻物を握る、まだ戦闘意欲はあるらしい。
だが無駄だ、そんなへっぴり腰じゃ魔法は言うことを聞いてはくれない。

手にしていた割り箸を袋から取り出し、箸の割れている部分で挟むように紙の袋を差し入れた。
ちょうどそう、東風谷早苗が持っている御幣に似ている。

「……?」
「風よ」

いや、似ているという表現は適切ではない。
これは即席で作ったとはいえ、まぎれもなく御幣なのだから。

これで素早く五芒星を描く。
その軌道がチリチリと光り、空中に星形が浮かび上がった。

こちらの意図を悟った白蓮が慌てて魔法を発動させるが、もう遅い。
馬鹿が、そんなコンディションで魔法が使えるものか。

「揺れろ」

五芒星の中心を御幣で叩く。

術式起動。
瞬間、轟音と共に大気が揺れ、射出された亜音速の衝撃波が白蓮へと襲い掛かった。

慌てて飛びのいた白蓮だったが、この衝撃波は術者が操作できるタイプのものだ。
御幣をくるくると回して方向を変えてやれば、いともたやすく標的をとらえることができる。

「ごぶっ……」

空中で叩き落された白蓮が地面を転がる。
血を吐いて苦しむ姿は何とも見苦しい。

「立て」
「ゴホッ、これは……守矢の」
「よくわかったな、もともと城の外壁を壊すためのものだが、加減をすれば対人にも使える」
「……くっ」

白蓮は起き上がる。
内臓がシェイクされたにもかかわらず、やられるために立ち上がるとはなかなか健気なものだ。

「やはり……ごほっ、守矢と、繋がって……」
「……」

やれやれ、そんな風にしか捉えられないとは。
所詮は未熟者か。

「誤解だ白蓮、今証拠を見せてやる」

御幣を捨て、懐からマッチを取り出した。
さらにポケットの底に詰まっていた埃を摘まみだし、丸めて玉状にする。
丸めた埃を唇で挟み、火をつけたマッチに向かって吹き出した。
ちょうど、マッチで投げキッスするかのようにやるのがコツだ。

術式起動。
燃え上がった火柱が、蛇のように蛇行しながら白蓮に近づいていく。

「……っ!」

膝をつく白蓮は足腰が立たないのか、めちゃくちゃに腕を振って炎の蛇を振り払おうとする。
もう避ける気力もないらしい。
なんだ、せっかくホーミング機能も付いているというのに、もっと気合を入れろ。

「あっ、あつっ……!」
「ゾロアスター教の火炎術式だ、守矢だけじゃない、私は様々な宗派の奇跡を使える」

1000年かけて、勉強したのだ。
大変だったんだぞ。

「……くっ、やめ、なさい……!」
「拝火思想の浄化の火だから妖怪には効果抜群だが、お前にはあんまり効かないだろう」
「うぅ……っ!」
「聞いてないか、つまらんな」

やはり浄化の火を妖怪がやっても出力は低いか。
このまま蛇と戯れる白蓮を眺めているのも一興だったが、今は2人のギャラリーもいる。
あんまりマンネリでも申し訳ない。

「まあ、そろそろとどめを刺してやろう、おい白蓮、何教がいい? 道教か?」

地面に靴で太極図を描き、踏みつける。

術式起動。
キツネを象った紫電が獲物を襲う。

「それともマニ教か?」

これまた橙の家から拝借したガラス玉を空にかざし、日光を透過させる。

術式起動。
エネルギーが何十倍にも膨れあがった熱線が、触れるものすべてを焦がしていく。

「ブードゥーは勘弁してくれ、あれは準備が大変なんだ、ヒンドゥーとか面白いぞ? 空から牛が降ってくるんだ」
「……」

息も絶え絶えの白蓮は返事をしない。
まったく、マナーのなっていない奴め。

「仏像の1つでもあれば仏教のやつで叩き潰してやるんだが、それをやると私が御仏を代行しているようで恐れ多い、因果応報っぽくて絵面は映えそうなんだがな」

力尽きたかのようにうずくまる白蓮は、弱々しくおえつを漏らすだけでなんのリアクションも返しては来ない。
私の修業は厳しいと言ってあっただろうに。

まあいい、そろそろこっちも打ち止めだ。
最後くらい、ド派手に行こう。

「やはり最後はこれだな、世界最大の宗教」

さっき捨てた割り箸製の御幣を拾い、紙の袋を外す。
さらに割り箸を2つに割って、外した袋で乱暴に固定した。

即席にもほどがあるが、十字架の完成だ。

「灰は灰に、塵は塵に―――」

十字架に口づけ、空へと放る。
そして思い切り振りかぶり、落ちてきた十字架に拳を当てた。
十字架を殴りつける、その行為が引き金となる。

術式起動。
先ほど白蓮の肌を焼いていた火とは比べ物にならないほどの大きさの火球が、弧を描いて飛んでいく。

狙い通りのコースで白蓮に直撃したそれは、着弾点で火柱となり空へと伸びて行った。
上の方で3つに枝分かれし、遠くから見れば十字架に見えることだろう。

白蓮はゴロゴロと転がりながら火柱から逃れたものの、そこで力尽きたのかピクリとも動かなくなった。

すぐそばに一輪、その隣に屠自古、辺りに散らばるその他もろもろ。
ゴミ箱を蹴飛ばしたかのようにまき散らされた馬鹿どもを確認し、私の溜飲もいくらか下がった。
ざまあみろ。

「……ふぅ」

いやー、暴れた暴れた。
私は優しいからな、今日の所はこれくらいで勘弁してやろう。

「……アーメン、ってな」

胸の前で十字を切る。
絶望的に似合っていなかった。





命蓮寺に戻るなり、留守番をしていたぬえとマミゾウを不意打ちで沈めた。
事情は白蓮に聞け。

それより、外で連中が伸びている間に荷物をまとめなければならない。
加減するよう頼んでいたため、一応全員無事だ。
もしかしたら白蓮が一番重傷かもしれない。
……いや、確実に一番重傷だろう、火傷は治りにくいしな。


もう、ここに私の居場所はない。
そして居場所のなくなった妖怪が行くところは1つしかない。

「燐、地下は今でも忙しいのかい?」
「……ああ、まったく、猫の手も借りたいね」
「そうかい、なら、ネズミを1匹、貸してやろう」
「助かるよ」

いろいろと必要なものはたくさんあったが、結局トランク1つに収まった。
詰めれば結構入るものだ。

子ネズミたちは置いて行くことにした、あんまり喧嘩ばっかりするなよ?

燐もちょうど用事が終わって帰るところだというので、3人で並んで歩くことにした。
空を飛ぶほど、急いじゃいない。

「ナズーリン」
「ああ橙、すまないな、巻き込んでしまって」
「ううん、気にしないでよ」
「……あたいは?」

「それに、ナズーリンにカッコ悪いところ見せちゃったし、汚名返上かな?」
「カッコ悪いところ?」
「あー、覚えてないんならいいんだよ、うん」
「……守矢の講演会?」
「思い出さなくていいのに」

がっくりと橙が肩を落とす。
私は別に、あれをカッコ悪いとは思わなかったのだが。

「いや、それより橙、あの時はすまなかった」
「……ん? なにが?」
「助けに入ってやれなくてさ」
「……ブフッ」

受けたようだ。

「た、助けるって、ふくくく、助けるって」

どうやらツボに入ったらしい。
おなかを抱えて笑う橙に状況が理解できない燐。
心配するな、道中で話してやる。

「うんうん、まったく、酷い奴だよ、ナズーリン」
「ああ、悪かったよ、次は2人がかりだ」
「うん、約束だからね」

そんなことを話しているうちに、地下への大空洞が見えてきた。
橙の見送りはここまでだ。

「それじゃあ、橙、お別れだ」

騙すようなことになってしまって本当に申し訳ない。
今度折を見て埋め合わせをしよう。

「んふふふ、ありえないほど頻繁に遊びに行くよ」
「やめとくれ、あたいが怒られちまうよ」
「あはははは、燐ねえもまたね」

屈託なく笑う橙と握手を交わす。
小さい手だが、マメだらけだった。

「橙、次会った時は」
「うん?」
「私がコーヒーを淹れてやる」
「ふふふ、まずかったら怒るよ?」
「ああ、ちゃんと練習しておくよ」

「……ナズーリン」
「なんだい?」

橙はなんともよく分からない、いたずらっぽい笑みを浮かべた。


「次は、新世界で会おうね」


「…………ああ、そうだな」

まったく、旧地獄を新世界とは、なかなか洒落が効いている。





地の底へと続く道を進む。
日の光が届かなくなるにつれ、私の未練も消えていった。
日光か。
思えば彼とも1000年来の付き合いだったが、もう会うことはないと思うと名残惜しい。

地下特有の生ぬるい風が頬をなでる頃、旧都を照らす街灯の光が見えてきた。
まさかもう1度ここの地面を踏むことになろうとは。

ギシギシと軋む古びた橋を渡りながら、考える。

きっとこれから今までとは違う人生が待っているだろう。
それはそれは辛い道のりが待っているのだろう。
旧、とはいえここは地獄なのだから。

先を歩く燐の背中を眺めながら、僅かに残っていた不安を打ち消す。
大丈夫。
どこへ行こうと誰が相手だろうと、私は私のままでいい。
今までそうやって生きてきた。
そうやって、生き残ってきた。

何も心配はない。


『殴り返した』あの時の、胸の熱さがある限り。
五体に流れる怪異の血、万年経とうが枯れはしない。

感度良好意気揚々、航行システムオールグリーン。
ほとほと飽きてはきたけれど、私の旅はまだ続く。



13度目ましてこんにちは。
128kBは長いよ、君たちが思っているよりもずっと、ずっとさ。

仏の顔も3度まで、そりゃナズさんだって怒ります。

でも聖はね、ナズーリンが怖かったんだよ。
誰よりも死にたくないと願う彼女は、誰かを手放しで信じることができなかったのです。
だから仲間だって疑うし、知ろうとするし、無害だとわかって初めて安心できる。
でもナズーリンだけは理解できませんでした。
手に余る知性が好き勝手に飛び回る姿が、聖にはとても恐ろしいものに見えたのです。
本編でも地味に警戒してるし、その辺に付け込まれちゃったのさ。
ちなみにナズーリンが守矢に出入りしてることチクッたのも豪族の連中だよ。

いつだって我が道を行く私ですが、今回ちょっと長距離過ぎました、皆さんお疲れ様でした。
ナズーリンの長い旅路に付き合ってくれてありがとうございます。
宗教関係者は人と会ってなんぼです。
賢将さんがちょろちょろ動き回るからシーンが増える増える。
……なんで入浴シーンが3回もあるのだろう、全く意識してなかった、気が付いたらあった。
そしてまさかの青娥さんのセリフ全カット、ゴメン娘々。

妖力とか魔力とか神通力とか巫力とか、地味に使い分けてます。
あんま気にしなくてもいいです。

ナズーリン本当は別居らしいね。
もう遅いけど。
次こそは短編です。
博麗さんよろしくお願いします。

なんていうかその、本当にお疲れ様でした。
それではまた。

挿絵は自分で書いたよ\(^q^)/

追伸:挿絵が表示されたりされなかったりするのはなんで?
南条
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コメント



0.1250簡易評価
4.10名前が無い程度の能力削除
とりあえず一輪が嫌いなのは分かった
7.100名前が無い程度の能力削除
128kbとは思えないほどおそろしく読みやすい。
設定なんてクソくらえだと言わんばかりの作者さん色に染まった癖のあるキャラクターが相変わらず面白い。そして、書き込むべきところの描写不足も変わりないので、嬉しいやら残念やら。作者さんの中ではおそらく完全につながっているであろうストーリーだと思うのですが、こちらには伝わりきらず距離を感じます。だから、ナズーリンに共感しづらい。
ついでに若干のメアリー臭も感じます。周囲をけなすことで、持ち上げたいキャラを魅せるやり方があまりにも明け透けで。
作者さんは読ませる工夫をするのは得意だと思えますので、もういっそ200、300くらいのサイズで書いてしまえばいいのでは。多分、作者さんは長編なら長ければ長いほど力を発揮できるタイプ。一度完成した話をその倍のサイズに書き足す感じ。
ですが、なんだかんだ言って最後まで楽しく読めました。この話が面白いというのもありますが、作者さん自身にも魅力を感じたのでこの評価とします。
10.90名前が無い程度の能力削除
このシリーズ大好きです。
地底の宰相お燐の存在感がすごい
11.80奇声を発する程度の能力削除
かなりの量でしたが色々面白かったです
13.100名前が無い程度の能力削除
とても読み易かったです。
賢将、カッコイイです
14.90名前が無い程度の能力削除
あー。なんだろうなー。
久々に胸糞の悪くなる作品に出会いました。ただムカつくだけならすぐに忘却しておしまいなんだけど、この作品は、胸糞が悪いのに面白くて、手放しにけなすことができないから始末が悪い。
この作品中の命蓮寺の連中は、おそらく誰も彼もが、最初から間違えている前提なのでしょう(響子、ぬえ、マミゾウといった話にあまり絡まない新参連中は除く)。私の好きな命蓮寺とは正反対で、だけどもしかしたらありえたかも知れないIFの世界。
ひっでぇバッドエンドで受け入れたくないけど、これはこれでしょうがないのかもなぁ、という感情も沸いてしまって、どうにも心に残ってしまう。

二つほど気になったところがあります。
まず一つは、説明すべき点を上手く説明できていないということでしょうか。あとがきの聖についての説明もそうなんですけど、本当は作中で書くべきなんですよね。
作者さん本人が説明すべきだと意識できていないのか、それとも説明すべきではないと判断したのか、または力不足で説明できなかったか。
いずれかはわかりませんが、私は勿体無いと思いました。
もう一つは、世界観がやや退廃的というか、ところどころ、東方本来の世界観からずれているところ。
これが「原作の設定を十分わかっていて、わかった上で改変している」というのならまだわかります。今回の命蓮寺勢と同じように、他の幻想郷の神や妖怪たちもどこかしら最初から間違えているなら、この世界観もありかも知れない。
そうではなく、「原作を尊重した上で、その延長線上の世界観を書いている」つもりであるとするなら、おそらく原作の世界観を飲み込めていないか、あるいは、世界観についても説明不足な側面があるということだと思います。
(まあ、ナズーリンという斜に構えたキャラの一人称で今回の話は構成されていましたし、このナズーリン自身もかなり問題のあるキャラだったと思いますので、この説明不足はしょうがなかった、というのもあるのかも知れない……あるいは単に私の読解不足かも知れませんが。もしそうだったらすいません)

>追伸
私の環境でも表示されたりされなかったりです。
19.70名前が無い程度の能力削除
言いたいことは2と6の方が言ってくださいました
でもやっぱりキャラの下げ方が露骨すぎて感じるので
この点数です
21.100名前が無い程度の能力削除
生々しく、悍ましい世界を垣間見ました。
えげつないですねこれ。好きですよ、血反吐が出るほどに。
現実とは斯くも如何ともし難き物なりや?
幻想郷なのに現実というのも皮肉な物ですが。
22.80詐欺猫正体不明。削除
やっぱりこのシリーズはわからない。
めぐるナズ気の持ちがいまいち読み取れなかった。残念。
「ろくでなし」…この一言に尽きるような。
23.70きつねぇ削除
読みやすく、設定もちゃんとしてて作者さんの中で、世界観がちゃんと確立されてる印象をうけました。上手いです。読ませ方もテンポも絶妙でした。
ただ、やっぱり……貶めすぎとも感じました。私は特別に命蓮寺が好きという者じゃないので、首を傾げる程度ですが、命蓮寺好きな人には受け入れられないほどに無能揃いすぎるかと。ただの無能ならリカバリーが効きますが、愚かで無知蒙昧なクズとなると……やりすぎかなぁと思います。未熟で、まだまだ世俗な聖をナズがエスコートしてる内は良いんですが、捨虫の魔法を習得して種族魔法使いとして半永遠を約束されてる筈の聖が、死の恐怖から自身の信念や信仰を簡単に捨てて、あまつさえ妖怪を守ると謳っておきながら仲間を誅殺する。これじゃあ弁護の余地のないゲスです。
こうなると、そもそも原作の星蓮船自体を否定になってしまうかなぁと。

ただ、6の方が言うように、だから駄作だと一蹴するには作者さんの文章は魅力的すぎます。すばらしいです。
26.100名前が無い程度の能力削除
ため息が出るほど素晴らしいSSだ!128KBで終わってしまったのが、とても名残惜しい。

 このSSの一番好きな所は、私たちの現実の世界との接点の多さだ。
 自分たちと同じように仕事をして、金の算段や顧客獲得に苦労したり、誰かを信頼したり、軽蔑する登場人物達は、とても自分の経験に引き付けて感じやすかった。
 そのため、他の幻想的な「みんななかよし平和ラブラブ」な作品と比べ、とても共感しやすく、楽しめました。最高だった。
ナズの気持ちはよくわかる。彼女の心情が手に取るようにわかるから、このSSはスリル満点だった。

 東方のキャラが憎しみ合う二次創作や、独自設定だらけの二次創作は山ほどあります。
しかし、このSSがそれらに埋もれず個性的に魅力的に輝いているのは、上記のリアリティだと感じました。

 ただ、重箱の隅をつつくとすれば、なぜ一輪の「寺なんてなくなっていい」という言葉に、聖がブチ切れたのかよくわからなかった。
聖の心情や考えを後書きではなく、SSの中でもっと描写してくれたら、もっと読みやすかったかな。

あーもう、次回作が待ち遠しいよ。お疲れ様でした。
31.100名前が無い程度の能力削除
サイコー。私もこの世界観が好きです。
集団というのは素晴らしいものをもたらしてくれる一方で、成員の能力差や考えの違いは絶対にあって、時としてとてもめんどくさい事態も引き起こすもの。


32.100名前が無い程度の能力削除
やはり妖怪と人間と神様が別のモノとして描写されているという作品は個人的に惹かれます。ほのぼのとした幻想郷も良いですが、あんまり異種族がベタベタ仲良しこよししていると、食べる側と食べられる側の価値観のすり合わせってそんなに簡単にできんの?と感じてしまうので。彼岸や永遠亭やら他の勢力のお話も読んでみたいものです。
36.80名前が無い程度の能力削除
最新のリグルを読んで、「これに匹敵する魔王のナズーリンとは如何程のものか」と過去作に辿り着いてみれば、なるほどこいつぁ傑物だ。頭のいい奴は悪い奴の脳内を読みきった気になって読みきれていない。頭の悪い奴はそもそも何も考えないか、考えすぎて転落する、か。
何より、最新作での八坂様をも呆れさせる成長を見せた一輪さんは、この事件を経て成長を見せたんですね。過去はノータリンでも、生きてられる内は将来有望である。
40.10名前が無い程度の能力削除
いいぞー独自路線w
46.100名前が無い程度の能力削除
ナズーリン格好良すぎる!