※このお話は続き物です。
太陽と真紅の友情物語Act1、ACT0を読まれていない方はどうか先に、そちらをお読みください。
彗星ブレイジングスター。
神槍スピア・ザ・グングニル。
互いに初手からの必殺であった。
躊躇いもなく、容赦もなく、殺すつもりで放った一撃。
弾幕勝負でありながら、あまりにも過ぎた破壊力。
飛び出せば目の前の敵だけを意識し、その加速を止められる者等いる筈がない。
魔理沙もレミリアも、そのつもりで戦いの火蓋を切り―――後戻りが出来ない、白黒付ける勝負を望んだ。
「―――なん、で……」
だが、笑みを浮かべていたレミリアは、目の前で起きた光景に破顔する。
それは魔理沙も同様であった。驚きを隠せないまま目を見開き、レミリアと同じように、こう思った事だろう。
何故、幽香がこの勝負を止めるのだと。
止められる筈のない一撃。
両者の手札の中でも最強の一手。
それを―――フラワーマスター、風見幽香は割って入り、見事受け止めて見せた。
それは、実行するには余りにも過ぎた代償だ。
神槍の異名を取る紅き魔槍は幽香の脇腹を抉り貫通し、破壊の星となった弾丸は、肩に直撃してその骨を粉砕した。
夜空に舞う血風は鮮やかで、返り血を顔に浴びたレミリアは、そこでようやく我に返った。
「幽香!!」
我に返り名を呼ぶも、言葉は返ってこない。
空を飛ぶ身体は傾き、地上へと堕ちていこうとする。
「ッ!!」
背に生やす蝙蝠羽根を羽ばたかせ、直ぐに堕ちるその身体をレミリアは空中で抱き留める。
抱き留めながらも、腕に抱えるその重みに戸惑い、もう一度名を呼んだ。
「幽香ッ! オイ!! しっかりしろッ!!」
幽香の脇腹を抉った魔槍は既に消滅しているものの、溢れだす鮮血は瞬く間に幽香が着る服を紅色に染めていく。
その色があまりにも見慣れていて―――それが全て溢れ出せばどうなるか、理解しているからこそゾッとする。
歯を食いしばり、まだ動揺したままの魔理沙へと顔を向けた。
「魔理沙!」
「ッ、あっ……?」
「呆けてないで手伝いなさい! このままだと幽香がッ……!」
レミリアにそう言われ、我に返った魔理沙は一度頷くと、慌てて幽香を抱き留めるレミリアの傍に箒を寄せて自身の懐を漁り始めた。
「一度地上に降ろさないとロクな治療も出来ないぜ!? 幽香の家には他に誰かいるのか!?」
「文屋の天狗がいるわ! 治す方法は一応あるのね!?」
「あるにはあるが……くそっ、何で幽香が割り込んで来んだよ!?」
予想外の事態に勝負所ではなくなり、ゆっくりとレミリアと魔理沙は幽香を抱えながら地上へと降りていく。
どうして幽香が割り込んで来たか―――そもそも、どうやって必殺のあの一撃の間に割り込む事が出来たのか。
「……大丈夫……」
レミリアは、血に塗れる幽香を抱きしめながら、口にする。
「大丈夫よ…………大丈夫」
レミリアは、それを“理解していた”。
あらゆる法則を捻じ曲げ、誰もが幸せになれるような未来を掴みとれる筈の能力。
禁忌と謳われる妹のありとあらゆる物を破壊する能力以上に―――例外を除き、運命に大きく干渉する悲劇/喜劇のトリガー。
「………」
抱きしめる腕に力が籠る。
変わる事を願った。
もっと強く在りたいと。
妹を守って行く為に、もっと強く。
「……その願いの果てが、これなのか……?」
魔理沙にも聞こえない程か細い声で、レミリアは力なく呟き、瞳を閉じる。
暗雲に閉ざされた運命をもう見まいと、堅く瞳を閉じるように。
□⑫
―――何が起きても日は昇る。美しくも残酷なこの世界は私を中心に回っていないからだ。
「…………………」
パチリ、パチリと瞬きを繰り返す。
繋がった意識で視界に先ず入ってきたのは、見慣れた我が家の寝室の天井。
ここは何処? 私は誰? という状態にはなっていない。私は風見幽香で、ここは私の家で間違いない。
「……………」
いつもなら微睡む意識も今日ばかりは鮮明だ。
身じろぎすれば、脇腹に走った痛みに顔が引き攣るものの、寝ていたベッドから身体を起き上がらせる。
「……、」
着替えさせられたのか。向日葵模様が入るパジャマをおへそが見えるまで捲り上げ脇腹を確認すれば、真新しい包帯が巻かれていた。
傷は残念ながら完治しているとは言い難い。むしろあれほど強烈な一撃をまともに喰らってこの程度で済んだ自分の身体に感謝するべきだろう。
そのままベッドから這い出る為に身体を横にずらし、動く度に鈍い痛みが走る脇腹を手で抑えながら立ち上がった。
立ち上がらせた身体を引き摺るようにして寝室の出入り口である扉を開いて居間へと向かえば、誰かの気配がある事に気づき、自然と足取りは早くなる。
居間に足を踏み入れれば―――テーブルに突っ伏す形で寝息を立てる者が二人。
一人は白黒の魔法使い。
もう一人は文屋の天狗。
そこに吸血鬼、レミリア・スカーレットの姿はない。
「………はぁ」
思わず溜息を吐いてしまった、が。わき腹を抑えたまま容赦なくテーブルを蹴り上げると、悲鳴染みた声が居間に響き、テーブルに突っ伏していた魔理沙と射命丸は仲良く床へと後頭部をぶつけた。
「い、ってぇ!? な、なんだ? 何が起きたんだぜ!?」
「いたたた……! うぅ……何ですか一体……折角椛の尻尾をもふもふしていたというのに……」
二者の台詞に構わず、見下すような視線を向ける。
向けた視線は怒気に満ちており、私が怒っている理由は察しなくてもわかるだろう。
魔理沙も射命丸も、見上げながら息を呑むと、私の言葉を待つように自然と正座の体勢になっていた。
「……言いたい事は山ほどあるし、聞きたい事も山ほどあるわ」
それでも先にしなければならない事がある。
出来るのか、出来ないのか、そこは問題ではない。
「だけどその前に―――貴女達、わかってるわよね?」
問題なのは、胸中に広がるこの怒りをぶつけなければ、私の気が収まらないという点だけだ。
「あ、あやややや!? ちょ、ちょっと待って下さい!? 私は関係な―――」
理不尽な暴力が襲い掛かる前の抗議も一興。
それすら呑み込み残るのは、魔法使いと文屋の悲鳴だけであった―――。
「……で? レミリアは何処に行ったのかしら?」
蹴り上げたテーブルを直し、魔理沙と射命丸を対面に座らせ、肘を付きながら睨むようにそう聞けば、頬を腫れ上がらせた射命丸の方が背筋を伸ばしながらも私から視線を逸らしつつ言葉を返した。
「その、幽香さんの容態が安定し始めた頃には何処かに行ってしまわれたようで……」
「行き先も告げずに? なら、屋敷に戻ったのかしら?」
「それはないと思うぜ」
同じく、しこたまド突かれて顔に青痣を作った魔理沙が私の言葉を否定するように話に割り込んだ。
魔理沙の方に視線を向けながら何故? と促すと、溜息を吐きつつも、魔理沙は言葉を続ける。
「アイツは答えが見つかるまで帰る気は無いって言ってたからな。……フランを見捨てたつもりはないのはわかったが、思う所があって屋敷をフランに任せたんだぜ? 答えをちゃんと見つけるまでは戻らないだろ」
魔理沙の言葉に、あの時に交わした言葉を思い出すようにしながら瞳を伏せた。
妹の為に変わる事を願った吸血鬼。
全ては、変わろうとしている妹の為に答えを得ようとしている。
その答えを探す為に幻想郷中を巡り、その切っ掛けを太陽の畑―――いや、向日葵達を育てた私に見出したようだった。
何故私に見出したのかは不明なままだが、レミリアの言葉通りならば、未だ私はレミリアの能力に悩まされている状況にある。
運命を操る能力という、あまりにも漠然とした異常な能力に。
「……妹さんの為に変わりたいと願った、ね。魔理沙、屋敷に足を運んだって言っていたけれど」
「ああ。……フランだけじゃないんだぜ? レミリアに帰ってきて欲しいって思ってる奴は。ポーカーフェイスが得意な咲夜でもレミリアの名前を出した途端に動揺したぐらいだしな」
無理やり連れ戻そうとしたのはその為だぜと付け加えられるも、私としてはそこは“どうでもいい”。
「レミリアが変わりたいと願っている事を、知らないのよね?」
「ああ。というか私も初耳だったんだぜ? レミリアはどっちかっていうと快楽主義な所もあったし、面白ければなんにでも首を突っ込んでくるタイプだからな」
「それは私も同意しておきますよ。でなければ紅魔異変の原因となる“紅い霧”も撒かなかったでしょうし、霊夢さんを面白い人だと思ったからこそ、博麗神社に顔を出すようになったのでしょうし」
「……なら、答えを得ても意味がないと思うのだけれど。そもそも今までやっていけてたのなら、どうして変わる必要があるのでしょうね?」
レミリアが変わりたいと願った起因は、妹であるフランドールが外に興味を持つようになり、それに対して努力を怠らず、変わろうとしている事にある。
けれど、それが本当に必要な事なのか?
「……まぁ、確かにフランドールさんが屋敷の外に出られたのは何度か確認されてますけど、それも限界があったのでは?」
尤もらしい射命丸の言葉であったが、私はそれに賛同しかねた。
限界なんて物は、自分で決め付けた代物だ。
レミリアがそう思っているのならば、幾ら答えを探しても得られるものなど何もないだろう。
「………………あっ」
射命丸の言葉に、傍と気づく。
だから“能力”を使ったのかと。
「………」
しかし、気づいてしまえば私は溜息を吐かざる得ない。
運命を操る能力。確かに絶大な効果を持つ能力だが、割り込んだ私を見てレミリアが驚いた様を見る限りでは、細かな所までは操る事が出来ないのだろう。
それでも状況の“変化”を願うという意味では、今回の件に関しては適しており。
「馬鹿ね。それじゃあ一生見つかりっこないっていうのに」
それでは一生、変わる事を願う自分の在り方には届かない。
「? 幽香さん?」
「……こっちの話よ。それにしても困ったわね。本気で怒ってたつもりだけれど、貴女達の手足の一つもへし折れなかったし」
私の言葉に射命丸と魔理沙は顔をしかめたが、私にとっては重要な事だ。
最早優しくなったの一言では済まされない。危うく命を落としかねた自分の状況は一分一秒でも治しておかねば些細な事でも致命傷になりかねない。
(レミリアは、自分を倒せば能力は解除されると言っていたけれど、私が勝手に動いて驚いたのを見る限りじゃそれも確かではないわよねぇ……)
そもそもレミリアが何処に行ったのかわからないのと、今のこの状態でレミリアに拳を向けられるとも思えなかった。
レミリアの運命の為に私に影響が出たのならば、根本的に今回の件を解決する必要がある。
その為には、レミリアが屋敷へと戻る切っ掛けを作る必要があると思うのだが。
「……………魔理沙」
「ん? 何だぜ?」
「レミリアが何処に居るのかは、特定出来ないのよね?」
念の為もう一度確認しておく。
最悪なのは、レミリアが紅魔館に戻っている場合だ。
その場合は打つ手がない。
今後吐き気を催すような人生をレミリアを打倒するまで続けなければならないだろう。
魔理沙は唸るような声を上げたが、直ぐに首を横にふってお手上げのポーズを取って見せた。
「ああ。いなくなってから“二日”も経ってるしな。幽香の所で見つけられたのは文が嗅ぎ回ってたのを霊夢から聞いたからだし……」
「……んん? ちょっと待ちなさい」
魔理沙の口から出てきた言葉に違和感を感じる。
何だ、“二日”って。
「二日も経ってるって、どういう事かしら?」
「え? ……何だ、気づいてなかったのか? 幽香が割り込んできたあの夜から、もうかれこれ“三日”経ってるんだぜ?」
幽香の容態が回復するまでは付き添っていたんだがなぁとぼやく魔理沙の言葉が聞こえてきたが、私は自身の容態を再度確認してしまった。
魔理沙から受けた一撃で破壊された腕は普段通りに動くが、レミリアから受けた一撃は、未だに痛みを訴えている。
それは受けた場所のせいでもあるが―――改めて吸血鬼のスペックにゾッとしてしまう。
五体満足とは言い難いこの身体で、果たして幻想種最強の一角に立ち向かえるのかと。
「……ふっ、ふふふ」
「……幽香さん?」
急に笑い出した私を怪訝な表情で射命丸と魔理沙は見るが、含んだような笑いは止まらず、むしろ凄惨に笑みを象った。
圧倒的な“強者”を前に、今までの私がどういう行動を取ってきたか。
悪寒すら感じながらも気持ちが高揚していくこの感情ばかりは、いくら運命を捻じ曲げられようとも変わりはしない。
「面白いじゃない。……いいわレミリア。私が貴女に気づかせてあげるわ」
能力に縋ってまで変わろうと願った吸血鬼を相手に。
何が一番大切なのかを気づかせてやる為に行動を開始する。
それは暴力の化身である風見幽香にしか出来ない方法であり。
それは―――“能力に頼る事も出来なかった花の妖怪”だからこその決断であった。
行間 Ⅲ
「……ふ、あぁ……」
昼下がりのぽかぽかとした真夏の陽気。
一昨日小雨が降る程度でずっと夏らしい青空が広がり、太陽が燦々と地上を照らす今の時間は木陰にでも腰を下ろして昼寝をするには多少暑くはあるが、絶好の空気なのは間違いなかった。
しかし美鈴は欠伸を噛み殺しながらも、格子で出来た門の前に仁王立ちするように、両腕を組みながら門番としての勤めを続行する。
紅魔館の中はいつも通りとは言い難い。
メイド長である咲夜はレミリアがいなくなってからもいつも通り紅魔館を切り盛りしているが、目に隈が出来ている顔を見ると、ちゃんと睡眠を取れていないのは明らかだった。
七曜の魔女事レミリアの盟友、パチュリーも同様だ。
図書室に引き篭もっているのは変わりないが、突然の友人の失踪に幻想郷中に使い魔を放って捜索を行い、喘息の発作に耐えながらも魔術を行使し続けている。
そして、レミリアの妹であるフランドールの泣き腫らした顔を思い浮かべれば、美鈴は胸中に苦い物を感じて肩を落とさざる得ない。
屋敷の中ではフランドールの話し相手を良くしていた美鈴は、レミリアがフランドールに留守を任せていなくなった後でも変わらずに暇を見つけては話掛けに行っている。
話す内容は取りとめのない内容ばかりであった。今日は良く晴れていますとか、花壇に育てている花がようやく芽を出したとか、そんなものばかり。
それでも、ふと会話が途切れるとフランドールの瞳には涙が一杯に溜まり、零れ落ちるのを止めてやる事が出来ない。
どうしてお姉様は急にいなくなってしまったの?
どうしてお姉様は私に当主を任せたの?
―――お姉様は、私を見捨てたの?
何度も何度も、泣き出す度に弱音を口にするフランドールに対し、美鈴は華奢なその身体を抱きしめながら違いますと言い続けた。
見捨てたなんて事は絶対にないと。お嬢様は決してそんな事はしませんと。
目的も理由も分からず、何故レミリアが誰にも言わずにいなくなったのかすら美鈴には分からなかったが、レミリアがフランドールを見捨てる何て事は百%あり得ないと言い続けた。
私が守るこの屋敷の主は、そんな主ではないと。
だからこそ、帰ってきた時におかえりなさいと一番に言う為に―――美鈴は黙々と門番の仕事に勤め続ける。
「………」
彼方に見えるは相変わらずの霧の湖畔が広がっており、“気”を感じ取れば湖畔周辺を徘徊する妖怪達や、妖精達の行動が手に取るように感じられる。
その中にいつか吸血鬼特有の大きな気が近づくのを願う美鈴だが。
「…………ん?」
遥か彼方に、見知った気の塊がこちらに近づいてくるのを感じた。
向かってくる速度からして、到達まで一分も掛からない。
「……また妹様の為に来てくれたのかしら」
その気を感じながら、美鈴は自然と強張らせていた表情に笑みを象っていた。
感じ取った気は紅魔館に近寄る者としては珍しい人間の気であり、屋敷の者以外ではフランドールの一番の仲良しとも言える白黒の魔法使いの気だ。
数日前に顔を出し、フランドールの為に会いに来てくれた時の事を思い返していた美鈴は、両腕を解いて魔法使いの気の塊が近づいてくる事を歓迎するように待った。
「………?」
だが、陽炎に揺らめく彼方に魔法使い、霧雨魔理沙の姿が映れば、何故か高速で移動していた気の塊はピタリと止まる。
「なに……?」
視界に映っていた事もあり、目を凝らすようにして、空で制止した魔理沙を良く見ようと美鈴は瞳を細めたが。
瞳を細めたや否や―――感じていた気の塊が膨れ上がる。
「!?」
それが何を意味するのか。
美鈴はそんな馬鹿なと頭の中で思いながらも、身体は動いていた。
身体は門から離れ、横っ飛びに“回避行動”を取る。
肉眼で捉えた距離は魔理沙の射程距離であり―――閃光が回避行動を取った直後に紅魔館の門を蹂躙すれば、轟音と土煙が巻き上がっていた。
「くっ……! ごほっ、ごほっ! な、なんでっ……!」
直撃を免れた美鈴は巻き上がる土煙に咳き込みつつも、門に居た美鈴を狙ってきた極光魔法に叫ばざる得ない。
強行突破はこれが初めてというわけでもない。むしろレミリアが健在の時はパチュリーの機嫌次第で止めに入る場合も多く、それを見過ごす為に昼寝をしていた事すらあったぐらいだ。
しかし、美鈴は理解出来ない。どうして今、この状況でそんな事をするのかを。
「なんで、こんな事をするんですかっ!!」
理解出来ないからこそ、次に取った行動は早かった。
侮るなかれ、今ここに立つ門番はいつもの門番ではあらず。
主の帰りを待つ門番であり―――主の根城を死守する門番也。
美鈴を狙うようにして放たれた魔法使いのマジックミサイルを腰を落として息を短く吸い込んだ時には手で払うようにして叩き落し、次々と向かってくる弾幕を最小限の動きで叩き潰していく。
後ろに逸らす事すらない。スペルカードの砲撃でもない弾道が数百発来ようと叩き落してのける。
「はぁぁぁッッ!!」
二合目のマジックミサイルが到達する前には、美鈴は弾幕の間隙を縫うようにして地面を蹴った。
地面に着弾して爆風を上げるミサイル群を異に解さず、踏み込んだ足の一足は何メートルもの距離を滑るようにして移動しながら跳躍する。
飛翔した美鈴に対してミサイルが追尾するように追ってくるも、美鈴は構わずに空を両足で蹴るようにして加速した。
蹴ったのは己の体内で練っていた気であり、蹴った拍子に後ろに虹色に輝くクナイの弾幕が飛び散りマジックミサイルとぶつかって相殺すれば、眼前に魔理沙の姿を捉える事が出来る。
その表情を見る前には拳を作っており、怒気に満ちた身体は舐めた真似をしてくれた魔法使いを叩き落すべく更なる加速を行うべく、練った気を身体の外側に噴出させた。
「―――星符!!」
だが、握った拳が到達する前に魔理沙の宣言が美鈴の耳を打つ。
「エスケープベロシティッ!」
跨っていた箒から降りるようにして片手で握り、箒の角度は上に向けられロケットが噴射するように空へと昇っていく。
「に、がしませんッ!!」
急浮上した加速に拳が空ぶるも、美鈴は魔理沙の後を追うように先程行ったように空を蹴るようにして気を爆発させて加速する。
「く、うぅぅッ……!」
それでも尚、魔理沙の加速の方が僅かに早くて距離が狭まない。
歯を食いしばりながら風を切り裂くようにして魔理沙の後を追う美鈴は、追いつけないと理解すると直ぐ様その身体を一回転させるようにして虚空へと蹴りを放った。
「彩、符ッ!!」
撃ちだされるは虹の弾幕。魔理沙の気を追うようにして放たれた弾幕は、螺旋を描くようにして魔理沙へと肉薄する。
「魔空ッ!」
撃ちだされた弾幕に対し、魔理沙の行動も早かった。
加速する箒を制止させ、八卦炉を持つ手で弧を描けば瞬く間に星を象る魔法陣が展開される。
展開された魔法陣から放たれる星の雨は彩光乱舞による弾幕とぶつかり相殺し合うと、白煙を広げながら美鈴と魔理沙との視界を遮断した。
「破ァァァッ!!」
白煙を見ながらも、美鈴は止まらない。
距離を取られてしまえば必殺になるものがなく、逆に遠距離は魔理沙の独壇場になってしまう。
故に距離を狭め、直接の打撃によって行動不能にさせる必要がある。
行動不能にしてからでもどうして攻撃してきたのか問い質せば何も問題はない。
白煙の中を突っ切り、アステロイドベルトの魔法陣を展開する前に制止した場所目掛け拳を振り上げれば―――上を取る形で魔理沙を見下ろす位置へと飛び出せた。
「―――光符」
「ッ!?」
しかし、拳を振り下ろすよりも早く。
「ルミネスストライクッッ!!」
箒に跨り、空の上でバク宙するような体勢に入っていた魔理沙から、自分よりも二回り程はある大きさの星の弾丸が放たれる。
「お、おおおおおッッ!!」
行動が読まれていたとしか思えないその弾丸に対し、回避するのは無理と悟るや振り上げたままの拳に気を練って向かってくる弾丸に叩き込んだ。
途端、弾丸にぶつけた拳から衝撃が走り、肩まで後方に弾け飛ぶが、半身を捻るようにしながら魔理沙の横顔目掛けてもう片方の拳を放つ。
「っと!?」
バク宙した体制でありながら魔理沙は顔だけどうにか仰け反らせ拳をかわすが―――その表情に笑みが張り付いているのを見て美鈴の怒りは更に膨れ上がった。
「何を―――」
身体毎一回転させて後方に弾けとんだ半身の衝撃と立て続けに放った拳の衝撃を緩和しながら魔理沙の眼前に飛べば、チャイナドレスの裾から伸びるように上げられていた片足が魔理沙の頭蓋を捉え、振り下ろされる。
「笑っているんですか!!」
鮮やかな踵落としの先にも気は練り上げられ、爆発的に加速したその一撃は今度こそ魔理沙を捉えた。
避ける事は無理だと、勝利を確信した自身の必殺に美鈴は激昂したまま決まるのを見ていた、が。
「ッ!?」
直撃する直前、美鈴は目を見開くようにして魔理沙を見る羽目になった。
魔理沙の手には八卦炉が握られており―――既に収束を終えていた光は、解放されるのを待つように輝いていた。
零距離によるマスタースパーク。
最初からそれが狙いだったのか、美鈴はどう足掻いても間に合わないのを感じながら、宣言すら無かった極光を浴びる羽目になる。
「―――」
咄嗟に両腕を交差させ、硬く目を瞑るようにして弾けた閃光による魔法の衝撃が身体に直撃するのを歯を食いしばって美鈴は待つが。
「―――?」
衝撃がいつまでも来ない事に違和感を感じ、閉じた目を恐る恐る開けた。
「―――美鈴、説明して貰えるかしら。どうして魔理沙と弾幕勝負を行っているの?」
目を開けると、広がった視界の横から馴染み深い声が聞こえてきて、バッと振り向いてしまう。
横にいたのは紅魔館のメイド長、十六夜咲夜であり―――その横顔が、いつになく険しい表情を象り、両手の指には挟むようにして幾重もの銀のナイフが握られていた。
咲夜の視線の先には再び距離を開けた魔理沙が箒に跨って空に佇んでおり、咲夜が出てきた為か、魔理沙の周囲には一人手に浮かぶ玉が六つ漂っている。
首根っこを咲夜に掴まれていた体勢から美鈴は姿勢を正しつつも、油断無く魔理沙を見据えながら再び拳を作り、構えを取った。
「……私にも良くわかりません。ただ、有無を言わさず弾いてきたのは事実です」
「……そう。つまりこちらの事情を知っていながら、喧嘩を売ってきたわけね? あの白黒は」
確認するように言葉を紡ぎ、咲夜は魔理沙を見据えていた瞳を閉じた。
「結構信頼していたのだけど、残念ね」
それが何を意味するか。
咲夜と対峙した者ならば誰もが知る能力だが、知った所で大抵どうにもならない。
「魔理沙―――貴女の時間を頂くわよッ!!」
瞳を開ければ、蒼く輝いていた瞳は鮮やかな鮮血を連想させる朱色に変化し、能力が行使される。
零距離で放たれたマスタースパークから美鈴を救出したように、自分以外の“時”を止め、魔理沙へと接近する。
両手に握る銀のナイフを上下左右、あらゆる方角から“零距離”で設置すれば、逃げる事も受け止める事も困難な弾幕へと変貌する。
時間が停止した世界を渡りながら設置し終えた咲夜は、魔理沙の横を通過しながら後ろへと回り、宣言するように時を動かした。
「そして、時は動き出す―――」
直後、咲夜はあり得ない物を見る羽目になる。
魔理沙の周囲に浮かんでいた玉が同時に輝き、コンマ1秒も与えず上下左右に設置した銀色に輝くナイフ全てを光線によって破壊する。
それは何処に設置してくるか、全て予想していたかのように放たれ。
「!? 咲夜さん!」
魔理沙の後ろを取った咲夜の頬を、一筋の光が掠めていった。
「!?」
「……チッ、“読みきれなかったぜ”」
薄皮一枚持っていかれた頬から血が零れるも、咲夜は拭う事もせずに魔理沙から発せられた言葉に耳を疑う。
魔理沙は、跨っていた箒に手を添えると、咲夜と美鈴から再び距離を取るようにして対峙する。
「何を驚いてるんだぜ? 咲夜。私がお前等を相手に何の対策も立てないまま勝負を仕掛けると思ったか?」
被る黒帽子を深く被り直し、いつものように陽気な口調で喋る魔理沙。
その態度に、咲夜は険しい表情のまま言葉を返した。
「……目的は、何かしら?」
「さぁ? 何だと思う?」
惚けた口調で笑う魔理沙に、新たに取り出したナイフを握る手は自然と力が篭る。
「妹様がどんな思いでお嬢様を待っているか……パチュリー様が、美鈴がどんな思いで紅魔館にいるか、知らないとは言わせないわよ?」
ドスの効いた低い声は、紛れも無く殺意が込められたものだった。
そんな咲夜の言葉に、魔理沙は困った顔をするように八卦炉を握る手で頭を掻けば、何処かネタ晴らしをするように言葉を返す。
「目的は単純だぜ。私は私なりの方法で、今回の件を解決する事にしただけだ。その為に咲夜と美鈴、お前等二人は私が“食い止める”って約束しちまったからな」
「……? 食い止める……?」
返された言葉に違和感を感じ、咲夜は首を傾げたが。
「……!! 咲夜さん! 反対側から屋敷に向かって何か来ます!」
美鈴が何かに気づいたように言葉を発したときには―――霧の湖畔に建つ屋敷に対して、何かが風を纏って突撃していた。
その風は屋敷の屋根へと直撃し、二階の大広間から白煙を上がらせる。
「……魔理沙、貴女……!!」
「事情を説明しても納得しないだろうから、向かってくるといいぜ? だけど覚悟しろよ」
いつの間にか、紅魔館を背にする形で咲夜と美鈴の二人と対峙する魔理沙は、空に漂う六つの玉に指示を飛ばし、周囲を高速で回転させながら八卦炉を持つ手で自身の懐を漁り、何かを取り出して口の中にほおりこんだ。
「お前等じゃ、今の私には絶対に勝てないぜ?」
口にほおりこんだ物が何か、咲夜は知る由もなかったが。
飲み込んだ直後、身体に這い寄った威圧に咲夜は驚きを隠せなかった。
「これって……!」
それは、美鈴も同様であった。
魔理沙から感じ取った物は、魔力の類ではない。
明らかに霊力の類であり―――高速に回転する六つの玉と、跨っていた箒から降り、肩に担ぐようにして空に制止するその様に、幻想郷で異変を起こした者ならばある人物を連想してしまう。
咲夜は驚きを隠せないまま魔理沙を見つめていたが、やがて覚悟を決めるように歯を食いしばり、吠えるように美鈴に指示を出した。
「美鈴! どうにかして魔理沙を墜として妹様の元に向かうわよ!!」
「は……はいッ! 了解です!!」
魔理沙のその姿に、撃ち落とせるイメージが湧かないまま咲夜は構えた銀のナイフを魔理沙に向ける。
「真似事もそこまで来れば大したものね……だけど“霊夢”のようにはいかないわよ、魔理沙ッ!!」
紅魔館を預かる身として、退くわけにはいかないと。
魔理沙を突破してフランドールの元に駆けつける為に、咲夜と美鈴は決して勝てない相手へと挑む。
□⑬
「けほっ、けほっ! ちょっと、もう少し丁寧に突撃出来なったのかしら?」
白煙に咳き込みながらも文句を言う私に対し、先陣切って紅魔館へと突撃を行った射命丸は周囲を警戒するように見渡しながらそんな無理を言わないで下さいと言った感じの顔をしながら言葉を発した。
「出来れば音も立てずに忍び込みたかったのが本音ですよ……というか、未だに何で私が一緒になって協力しているか、理解に苦しむ状態なのですが」
「真相を掴むまでは協力を惜しまないって言ったじゃないの」
「そんな事一言も言ってませんからね!? あぁ、もう……やっぱりはたても連れてくるべきだったわ……あの引き篭りにも働かせないと合同記事なんて割りに合わないわよ……」
ブツブツとこめかみを指で抑えながら首を横に振って独り言を呟く射命丸だが、私は気にせずに周囲を見渡した。
天井に穴を開ける形で侵入した場所は、パーティにでも使用するような大広間だ。
紅い絨毯が床に敷かれ、昼間の為か、テラスへと続く窓には大きな紅いカーテンが敷かれており、支える柱も、四方を囲む壁も赤いのを見れば、ここが紅魔館と呼ばれる所以が分かるというものだ。
「……外観だけかと思ったら中も真っ赤で目に毒ね。レミリアの妹は何処にいるのだったかしら?」
「普段ならこの屋敷の地下だと思いますが、魔理沙さんから聞いた話では今はレミリアさんの私室に居るって話ですから、この大広間から出れば廊下に出るので、その奥に―――」
と、急に言葉を切った射命丸が気になり、そちらへと顔を向ければ、ある方向を見て顔を青ざめさせていた。
「……? どうしたのよ―――」
射命丸が見る方向へと視線を移せば、穴を開けた天井から差し込む光に照らされるようにして、そこには誰かが立っていた。
「………こほっ。白黒の鼠だけかと思ったら、鴉と花の妖怪も出てくるなんて思わなかったわ」
陽光に照らされながら姿を現した者は、博麗神社で行われる宴会で見覚えのある容姿だった。
長い紫色の髪をリボンで纏め、薄紫の縦縞が入った服の上に更に着込むように薄紫のケープを羽織った出で立ち。
頭にはレミリアと同様のナイトキャップを被っていたが、デザインが若干違うのか。
こちらには三日月を象った飾りが付属していた。
背丈は魔理沙と同じぐらいで、傍から見れば不思議な少女の一言で済まされるような外見をしていたが。
「な、何でこんなに早く、貴女がここに……!?」
射命丸が慌てた声を上げている通り、普通の人間ではない。
七曜の魔女の異名を持つレミリアの友人、動かない大図書館事パチュリー・ノーレッジが、胡乱気な瞳と精気のない表情でこちらを睨む。
「……念の為魔理沙の迎撃を美鈴が始めた時点で地下から移動しておいたのよ。さっさと露払いする為に咲夜も行かせたのは失敗だったけど」
「悪いけれど、退いてもらえないかしら? 生憎魔女には用がないわ」
「目的は何よ」
「レミリアの妹、フランドール・スカーレットに言伝よ」
私の言葉にピクリと眉を上げたパチュリーだったが、懐から使い古した印象を見せる一冊の本を取り出すと、片手で握りしめながら構えを取った。
「レミィに会ったの?」
「ええ。妹の事で困っているようだったから、相談役になってあげたわ」
すらすらと事実と違う事を口にするが、まぁ間違ってはいない。
間違っているとすれば、これからフランドールに言おうとしている“言伝”だけだ。
「……レミィが妹様に何の言伝よ」
「貴女に言う必要があるとは思わないわね」
それを聞こうとしたパチュリーの言葉をばっさりと切り捨てれば、私は凄惨な笑みを象った。
「だってそうでしょう? レミリアが困っている時に何の助けにもならないような友人が聞く権利なんてあるのかしら?」
「………、」
「魔理沙から聞いたわ。貴女がレミリアの傍に居るのは盟友だからだって。……その盟友さんは、今まで何をしてたのかしら? 地下の図書室に引き篭もって本を漁る毎日を続けていたのかしら?」
クスクスクスクスと嘲笑うように笑ってやれば―――パチュリーの視線には、明らかに殺意が宿っていた。
勿論、目の前のパチュリーもレミリアが居なくなってから何をしていたか魔理沙から聞いているが、今回は私らしく、“悪役に徹してやらねば気が済まない”。
「……レミィの言伝を言いなさい」
「嫌だと言ったらどうするつもり?」
凄みのある声色で、脅すように口にするパチュリーをからかうように、私が答える気がない態度を取れば、魔女が取った行動は迅速だった。
「無理やり吐かせて殺してあげるわ、花の妖怪」
開いた本が一人手にページを捲り、パチュリーを中心に魔法陣が浮かぶ。
それを目にした時にはむんずと近くにいた射命丸の首根っこを掴み、パチュリーの前に突き出すように移動させた。
「へ?」
「さっきも言ったけれど、私は貴女に用がないの。代わりにこの天狗が相手をするわ」
にこりと笑って突入前に交わした作戦にない事を呟く私。
勿論そんな話を聞いていなかった射命丸は慌ててこちらへと首を振り向かせる。
「ゆ、幽香さん!? そんな話聞いてませんよ!?」
「ええ、言わなかったもの。というか貴女が言ったんじゃない。魔理沙が囮になって門番とメイド長を引き離せば、妹さんと一騎打ちにする事が出来るって」
「た、確かに言いましたが……! まさかこんなに早くパチュリーさんが出てくるのは私も想定外で!」
「ならその想定外を、突入の際に作戦を立案した貴女が対処するのは当然じゃなくて?」
いいから死んで来いと、にこやかな笑みを浮かべながら言う私に対し、射命丸はそれでも尚首をブンブンと横に振りながら私に言い返そうとするも。
「……そこの天狗には私にも用がないわ」
痺れを切らしたパチュリーの方が、口火を切る形で魔法を発動させる。
「ちょっ!?」
「大丈夫よ。痛くしないから」
「それって即死って事ですよねー!?」
発動した魔法は火球かと思ったが、そんな生易しいものではなかった。
射命丸が危惧した通り、パチュリーが展開する魔法陣を中心に火柱が何本も上がっていく。
上がる火柱は回転するように螺旋を描けば、大広間一帯に炎の雨を降らせた。
それがタダの雨ならばよかったのだが、生憎降りかかる火の粉の速度は全て魔力の付加が備わっているのか、音速を超えていた。
「あ、あやややややややーーーッッ!?」
「もう、これぐらいの事で喚いてないでさっさと反撃しなさいよ」
「出来ると思いますか!?」
バックステップを踏むように私はさっさと大広間の出入り口まで逃げたが、射命丸はその場で避けながら奇声を上げる。
しかし、まぁなんだ。
「出来るでしょうに。―――というか、いい加減弱いフリを続けたら、ゆうかりん怒っちゃうわよ♪」
迫る火の粉をすべてかわしながら会話をする余裕がある時点で、此奴が真面目にやってないのは明白なので見捨ててしまおう。
音速の弾丸となって地面を溶解させていく火の雨の中、私の言葉が聞こえたのか、ギョッとした表情をする射命丸が見えた気がするが、パタンと扉を閉めた。
「さて、と」
踵を返し、紅いカーテンで日光を遮られた薄闇の廊下を歩く足取りはそれなりに軽快だ。
脇腹に抱える痛みは消えていない。
服はいつもの物を着込み、日傘を持って来なかった代わりに色々と用意はしてきたが、何処まで通用するかも未知数だ。
「ようやく本番ね。レミリアに似てるって言っていたけれど、どんな感じかしら?」
それでもさっきから笑みが止まらなくなってきてるのが、楽しみにしている証拠だ。
これぐらいの役得がなければつまらない。“筋書き通り”だとしても、役を演じるならば楽しまなければ。
それが悲劇になろうと、喜劇になろうと、物語というのはそういう物だ。
「うふ。うふふふふふふ」
優雅な足取りは晩餐会に赴く淑女の如く。
歪な笑みは悪魔の如く。
大事な大事なお姫様を蹂躙する為に、悪い狼が馳せ参じよう。
「早く来なさい王子様―――」
じゃないと、バットエンドになってしまうわよ―――。
行間 Ⅳ
―――別に弱いフリをしてたわけじゃないんだけどなぁ。
廊下に消えて行った幽香を見送りつつ、苦笑いを浮かべながら射命丸は弾幕を弾くパチュリ―に言葉を投げかける。
「パチュリ―さん、パチュリ―さん! 私と貴女で争う理由は何もないと思うのですが!?」
もちろん、降りかかる炎の雨を“全弾”躱しながら。
伊達に記者として弾幕を掻い潜ってきたわけではない。
当たらない時はどれだけやっても当たらないし、当たる時はあっけなく被弾する。
混乱も焦燥も二の次だ。いちいち弾幕にビビッていたら、幻想郷の記者なんてやってられない。
それでも今パチュリ―と弾幕勝負をするのは誠に不本意だ。
そもそも射命丸の推測では、パチュリ―が地上に上がってくるのは全て事が終えてからだと判断していたのだが。
「……コホッ。残念だけど、退く理由もないわよ。さっさと焼き鳥になって頂戴。そうすればあの目障りな花も焼きに行けるから」
予想以上にさっきの煽りが効いているのか、じと目で睨んでくるパチュリ―の表情は可愛げ2割、怖さ8割と言った所だ。
(……うーん。図星だったかな? いつもなら目の前の魔女に相談してそうだし、肝心な所で頼られなくて、いじけてるのもあるのかしら?)
言葉には出さずそう推測するも、この状態から宥めるにはどうするべきか、うーむと悩みつつも射命丸は考えていると。
「……貴女は知っているの? レミィが屋敷から出て行った理由を」
「……! ええ、それは勿論。メイド長に頼まれましたからね。ここの所ずっと調査はしていましたよ?」
弾幕を弾きながらも、はっきりとこちらに聞こえる声でパチュリ―が問いかけてきたのに対し、射命丸はこれだと言わんばかりに思わせぶりな口調で返していた。
このままパチュリ―と勝負を続ければ、決定的なシャッターチャンスを逃してしまう。
ここまで来てそれだけは避けたい。最後の最後ではたてに実権を握られるなんてまっぴら御免だ。
理由を知りたいのか、パチュリ―はそう言うや否や、雨のように降らせていた炎をピタリと止めた。
動き続けていた射命丸は、高下駄を鳴らすように弾幕が止んだと同時に止まると、慎重に言葉を選びながら喋り始める。
「レミリアさんは御自身の在り方について悩んでおりました。以前記事にさせて頂いた時はフランドールさんの能力はお世辞にも制御出来ていたとは言い難かったですが、努力をなされたのでしょう。外へと興味を持つようになり、それに向けて努力なされているお姿を見て、レミリアさんはこのままではいけないと思われたようです」
悩んでいたという言葉にパチュリ―は眉を顰めるが、思い当たる節はあったのだろう。
黙ったまま耳を傾ける仕草を見て、饒舌に更に言葉を重ねていく。
「パチュリ―さんや咲夜さんに今回相談なされなかったのは、変わる事を願ったからでしょう。内側による変化だけでは最早足りません。幸い幻想郷には変わる事については幾多の可能性があります。レミリアさんは御自身の能力を駆使しながらそれを探し、フラワーマスターにその可能性を見出したわけです」
「……あの花の妖怪に、ですって?」
「はい。実際に幽香さんはレミリアさんの能力の影響を受けています。フランドールさんの元に向かわれましたが、傷つける事は出来たとしても殺す事は難しいでしょう」
むしろ、殺されるかもしれませんがねと、付け足すように口にする。
風見幽香は確かに強い。花の妖怪というカテゴリーにありながら、存在そのものがイレギュラーに思える程の強さを内包している。
それは能力によるものではなく、あの妖怪自身が持つ意志の強さ。
確固たる意志を以て能力を超える。そんなお伽噺のような物を内包していたからこそ、レミリアは風見幽香という存在に惹かれたのだ。
だが、そんな幽香でも今の状態では満足に戦えるかどうかも怪しい。
「幽香さんは現在、心に思った事を実行に移す事が出来ずにいます。殺したくても殺せない。そんな風に仰られていましたよ」
嘘は言っていない。危うく殺されかけたが、苛立ちを覚えるぐらいに幽香は虫も殺せないような優しさに縛られている。
「………そんな状態で何をする気なの? あの花の妖怪は」
「簡単な事です。“レミリアさんをヒーローに仕立てあげるのですよ”」
にっこりと。
端的にそう口にすれば、パチュリ―は一瞬間の抜けた顔をしたが。
「そして幽香さんはこうも言っていましたよ。姉というものは、傍に居てやって、肝心な所で妹を助けてやれる存在であればそれでいいじゃないと」
幽香が口にした事を言葉にすれば―――全てを察したように、パチュリーは瞳を閉じた。
「……成程。つまり貴女達は“悪役”になりにきたわけね」
「ええ。そうです」
「貴女はそれでいいの?」
「私は一向に構いません。勿論記事の見出しでネタ晴らしはさせて頂きますけどね」
それまでの辛抱ですよと、笑って口にしながら懐からカメラを取り出し、構えを取った。会心の出来で、言い包めたつもりだが。
「……そう」
残念ながら何か琴線に触れたのか―――魔女から立ち昇る魔力は先ほどよりも増大している。
三重に結ばれた魔法陣はパチュリ―を中心に描かれ、それが虚空にも浮かび上がるのを見て、冷や汗まで流れ始めた。
弱いフリをした覚えは全くない。
目の前の魔女は、まともに立ち向かってはならない相手である事は明らかなのだから。
「やっぱり許せないわ。それならそうと、もっと他にやり方があるでしょうに」
「それに関しては同意しますが、幽香さんですからね」
「賛同した時点で極刑よ」
「あやややや。容赦ないですね!?」
自分が出来る事はこのくらいと、射命丸はパチュリ―から放たれる魔法に身構える。
描かれる魔法陣は最早炎の雨だけでは済まされない。
「貴女を捉えるのには骨が折れそうだから、全力で行くわよ。今日は喘息の調子も良いし」
「あ、あははは……お手柔らかに頼みますよ……!!」
涙目で応える心情に嘘偽り無し。
嘆くのは、最高のシャッターチャンスがこれで撮れなくなるのが確定した事。
それだけが、射命丸にとって誠に不本意な事だった。
□⑭
確認しよう。
フランドール・スカーレットなる吸血鬼は、レミリア・スカーレットの妹であり、四百九十五年間もの間、屋敷の地下深くに幽閉されていた禁忌なる吸血鬼だ。
禁忌と呼ばれる所以は所有する能力にある。
生まれ持った吸血鬼としての性能に加え、森羅万象、あらゆる物を破壊できるその能力。
破壊を強いる能力でありながら、自身がそれを上手く制御出来ていない事から危険と判断された代物である。
実際に何度か弾幕戦闘を行った魔理沙や射命丸曰く、フランドールと弾く時は命懸けのお遊びである事を意識させられるというぐらいだ。
「御機嫌よう、初めまして。偉大なる吸血鬼の妹さん」
奥まった廊下の先の扉を開き、その先の部屋に入り軽い口上を述べるも、反応は鈍かった。
薄暗い闇の膜に包まれた一室。
天井には豪華なシャンデリアが釣る下げており、床は金の刺繍が施された紅い絨毯が敷かれている。
調度品の数々は絢爛豪華の名に相応しく、クローゼットからテーブルに至るまで高級品である事が窺える。
そんな部屋の一室に設置された天蓋付きのベッドに、彼女はいた。
「……誰?」
レミリアに似ていると、魔理沙や射命丸が口にした事に対して成程と頷く他ない。
金の髪をサイドテールに纏めたその頭にはレミリアと似たようなナイトキャップを被っている。
瞳の色は紅。服装は真紅を基調とした半袖とミニスカート。
暗闇の中で輝くその背に生やした虹色の結晶のような翼だけ姉であるレミリアの印象とかなり違うが、それ以外は双子かと思える程の瓜二つな容姿をしていた。
「私は風見幽香。花の妖怪であり、レミリアの“友人”よ」
友好的な笑みを浮かべ、そう答える私の瞳は油断なくフランドールを見ていた。
精神状態は良好とは言えない。身体を起き上がらせたフランドールの顔には泣き腫らした跡が残っており、それが何度も何度も涙を流した事により跡を残したものなのは明白だ。
私がレミリアの友人である事を名乗ると、フランドールは驚いた様子で声を上げた。
「お姉さまの友達……? お姉さまと会ったの!?」
ベッドから這い出ると、脱いであった紅い靴を履いて私の傍へと近寄ってくる。
あまりにも無防備に。疑いようもなく藁にも縋る思いで。
「ええ―――」
それに対し、私が取った行動は単純であり―――暴力の塊だ。
片腕を伸ばすように天井に向け、掌に瞬く間に魔力を掻き集める。
矛先がフランドールでないのならば。
「私は貴女に、レミリアからの言伝を伝えに来たのよ」
放つ一撃は、最大出力で天井を破壊してのける。
塵芥も残さず蒸発する絢爛豪華な一室の天井。
轟音と閃光が響く中、流石と言うべきか。
太陽の日差しに曝されるよりも早くフランドールは天蓋付きのベッドへと再び飛び込み、シーツを無理やりベッドから引き剥がしながら全身を包み込むように纏っていた。
「……………、」
薄暗い闇は燦々と照らされる太陽の下に霧消し、日の元に照らされる羽目になったフランドールは、瞬く間に私へと敵意を剥き出しにした。
私は向けられる敵意すら心地良いかのように笑みを絶やさず、ふくよかな自身の胸の中心に片手を添えるようにしながら言葉を続ける。
「レミリアは悩んでいたわ。貴女の“処遇”に。自分を悩ませる妹に」
「悩み、苦しみ、足掻き、もがき……どうするのが正しいのか、ずっとずっと、悩んでいたわ」
虚実を混ぜ込んだ、フランドールを追い詰める言葉を。
「……お姉さまが……悩んでいた……?」
「ええ。でもそれも今日でお終い。心優しいレミリアには、自分の妹を殺す事なんてきっと出来ないでしょう」
それが一番楽なのにと。
目を見開くフランドールに、私は高らかに宣言する。
「私は貴女を殺しに来たのよ。“レミリアがいらないと判断した、フランドール・スカーレットをね”」
「……!!」
「抵抗は御自由にお任せするわ。……尤も」
レミリアの代わりに、お前を殺しに来たと。
懐から取り出したるは向日葵の種。
両手一杯に持ち、ばら蒔くように両手を交差し、薙ぎ払えば。
「抵抗してくれないと私が楽しめないわッ!!」
容赦の欠片もない、“向日葵群による弾幕がフランドールへと襲い掛かる”。
濁流のように瞬く間に広がる鮮やかな黄色い花畑。
マスタースパークが十八番ならば、花の能力を駆使した弾幕は切り札の一つ。
床を破壊し、四方を囲んでいた紅い壁すら豆腐のように粉々にする濁流の中。
「…………」
フランドールは、何も抵抗しなかった。
飲み込まれる。呑みこまれる。
津波のように襲い掛かった向日葵の弾幕を見るも、反応は怠慢に等しい程に、何も出来ずに呑み込まれた。
ベッドも破壊し、フランドールを飲み込んだ向日葵の弾幕は部屋を粉々にしながら太陽の下空を駆けていく。
「………んん?」
その様子を、私は拍子抜けした顔で見送ってしまった。
花による弾幕は発動した。発動しない可能性も多少考えたが、それはないだろうとここに来る前に結論を出している。
何故ならば、私の今の状態は、“レミリアが変わろうとする運命によって影響を受けているのだ”。
強引で乱暴な方法だが、私がその運命を手助けする為にここに訪れ、力を解放出来ない理屈はないと踏んでいた。
(……それでもこれは予想外すぎるわ。まさか、防御も取ろうとしないだなんて)
綺麗さっぱり原型を最早留めていない部屋から津波のように広がった向日葵群の彼方を見るも、ようやく止まった時には、先端から白い煙が上がっていた。
太陽は吸血鬼の天敵。日の下に曝されてしまえば灰になって消えてしまうのも時間の問題だ。
「……まずいわね」
それは拙い。筋書き通りとはいかなくなる。
腰に手を当てて見守っていたが、床を蹴って跳躍し空へと昇りながら白い煙を上げ始める向日葵群の先端へと飛んでいく。
先端に辿りつくまで、一分も掛からない距離だった。
―――アハハハハハハ―――。
その一分の距離を詰める前に、笑い声が耳を打った。
―――アハハハハハハ―――。
それは楽しげに笑っているようであり。
―――アハハハハハハ―――。
悲しげに、鳴いているようにも聞こえた。
気怠い夏の空気が凍てついていく。
底知れぬ悪寒は、紛れもない強者を前に感じるもの。
徐々に大きくなっていく笑い声に、私は堪らなく、笑みを象ってしまう。
「……酷い嘘を吐くのねお姉さん」
笑い声がピタリと止まれば、空を駆けていた向日葵群は爆散し、白煙を立ち昇らせながらも愉快気にフランドールは姿を見せた。
纏ったシーツは破けて散り散りになり、陽光に曝し、全身を焦がしながらも私を捉える紅い瞳はギラギラと輝いている。
「お姉様がそんな事を言う筈ないじゃない。お姉様は必ず帰ってくるわ」
淀みなく発する言葉は信じるように紡がれ、その手には、曲線を描く黒い杖が握られていた。
「……あら、どうしてそう言い切れるのかしら?」
太陽に曝されながらも痛がる素振りすら見せないフランドールにゾクゾクしながらも言葉を返す。
予想外と思ったが、これは“予想以上”だ。
フランドールは躊躇いなくレミリアが帰ってくる理由を口にした。
「だって美鈴が私が泣き出す度に言ってくれたわ。お姉様はそんな人じゃないって。私を見捨てるような酷い人じゃないって。咲夜もパチュリ―も魔理沙もみんなみんな、言ってくれたもの」
根拠も何もない言葉を盲信するその様子は、それだけは真実であってほしいと願っているようで。
「だから私はお姉さんの言う事なんて信じない。お姉様の友達だろうと、私は、私の為に傍に居てくれた人の言葉を裏切ったりなんてしてやらない!!」
狂ったようにそう叫ぶ様に―――不覚にも、慈愛に満ちた笑みを向けてしまった。
その通りよと。
貴女が信じるお姉様は、誇り高き吸血鬼として私の前に立ち、変わろうとする妹に向き合う為に、変わる事を願ったのよと。
そう口にしてやれば、この娘はきっとそれを信じるだろう。
「……そう。なら足掻いてみなさい!!」
だが、そうはしてやらない。それは“風見幽香ではない”。
両掌から放たれる極光魔法。閃光は空を薙ぎ払い、真っ直ぐにフランドールへと向かっていく。
「禁忌ッ!!」
向かってくる閃光に、フランドールは焼き焦がれながらも握る黒い杖を横薙ぎに払って見せた。
杖の先端には魔力が集い、紅蓮の炎を形成しながら瞬く間に伸びていく。
「レーヴァテインッ!!」
紅蓮の炎はその呼び名の通り魔剣と化し、たやすく私から放たれた閃光を切り払って見せた。
「……!」
「いっけえええええ!!」
相殺も、拮抗すら発生しない。
払った魔剣の軌道はそのまま一回転すると、肩に担ぐようにして大上段に振り下ろされる。
(まともに受けるのは流石にないわね)
空を焼く一撃を避けるべく横っ飛びに回避すれば、触れたわけでもないのにじりじりと競り上がる魔力が全身を焼いていくような感触を覚えた。
触れればタダでは済まない。動く度に痛みを訴える脇腹に歯を食いしばりつつも、フランドールの視界から自分を隠すようにして再び周囲に向日葵群を形成していく。
「そんな、ものでぇッ!!」
だが、そんなものはフランドールの前では数秒の盾にもなりはしない。
前触れもなく弾け飛ぶ向日葵群。フランドールから立ち昇る魔力の痕跡はなく、まるで自ら暴発したような現象。
「……、」
再びフランドールの姿を視界に入れた時には、懐にまで入り込まれている。
「破ァァァァッ!!」
両腕で握られる横薙ぎからの魔剣の一撃。
焼かれながらも放たれたその一撃に首を飛ばされる事無く回避出来たのは日々の賜物であり。
「……なるほど」
あらゆるものを破壊する能力がどんな代物か―――看破すれば淀みなく、近づいてきていたフランドールの羽根を掴んでいた。
「!?」
「恐ろしいわね。知らなければ初見でほぼ即死じゃない」
虹色に輝くその羽根を、根本から躊躇いもなくへし折る。
痛覚あんのかしらこれ? と、へし折った瞬間にフランドールの様子を窺おうとするも―――私に向かって伸ばすように掌が広げられていた。
「おっと」
その掌が閉じる前にフランドールと私の間に小さな向日葵の弾幕を作り出せば、私の頭が弾け飛ぶ事はなく、代わりに向日葵が弾け飛んだ。
「え!?」
「やっぱり」
驚くフランドールを見ながらも攻撃の手は緩めない。
膝蹴りを腹部に放ち、九の字に曲がった背中にそっと手を添えて零距離によるマスタースパークを放つ。
防御をする事なんて出来ず、閃光によって空から叩き落されたフランドールは、屋敷の外周に作られた花壇まで派手に吹き飛んで行った。
「……制御が出来てない前はどうだったか知らないけれど、あらゆるものを破壊する能力だなんて御大層な名前付けてもそれじゃあね」
一手でも見誤れば致命傷だが、私はあくまで余裕気な態度で土煙を上げる地面の前に降り立つと、見えないフランドールに指摘するように言葉を投げかける。
「レミリアに比べて圧倒的に経験不足ね。どれだけ力が強くても、胡坐を掻いてるような戦い方をしていればたかが知れているわ。それで通用するのはお遊びの範疇よ?」
指摘しながらも地面にしゃがみ込むと、掌を地面に押し当てるようにして能力を行使。
途端、今度は向日葵ではなく、大きな茨が土煙をあげる地面を吹き飛ばすように何本もの蔓を形成しながら空に打ち上がった。
「が、あッ!?」
「霧となって逃れる事も出来ないのかしら? それとも太陽の下では力が出せない?」
打ち上げれば、ようやく悲鳴染みた苦渋の声が上がり、効いている事を認識する。
茨の蔓はフランドールを容赦なく取り込み、引き裂き、動く度に鮮血を溢れ出させ、その血が零れる前には太陽によって蒸発される。
「ぐ、ぅ……」
「残念ね。この程度? まだ一枚目よ? 妹さん」
「……!! カゴメカゴメェッ!!」
小馬鹿にするように鼻で笑ってやれば、ようやく新たな攻撃が私とフランドールを四方八方から取り囲んだ。
囲まれるよりも早く上に逃げるように飛翔するも、上からも同様の弾幕が近づいてきている事に気づけば再び向日葵の弾幕を形成して相殺を行う。
広がる爆風に紛れ込むように逃げ込むと、茨の蔓に捕まっていたフランドールの元に残りの弾幕は殺到し、戒めを爆散させた。
「禁忌ッ!」
攻撃の手は止まらない。戒めから解き放たれれば片手で虚空を引き裂くような挙動を行い、煙に逃げ込んだ私を捉えんと、青空に紅い果実を彩らせるような球体の弾幕をフランドールは出現させる。
「クランベリートラップ!」
三度目の宣言と共に、球体の弾幕は自ら弾け飛んだ。
「…ッ!
弾け飛べば、炸裂弾のように更に小さな球体となって周囲を覆い尽くすような弾幕に変化する。
十や二十所ではなかった。視界に入っただけでも、百以上はこちらに殺到してくる。
「ようやく、本気かしら!」
笑みを浮かべながらそれを見つつも、掌から再びマスタースパークを放てば、殺到してくる弾幕に穴を開けてフランドールに肉薄する。
「禁忌! レーヴァ―――」
「デュアルスパークッッ!!」
肉薄する私を見るや否や、再び片手に握る黒い杖に紅蓮の炎を形成しようとするが、先んじて私はマスタースパークを更に放った。
フランドールは折れた翼が再生出来ずにいるのか、そのまま動かず、先程同様魔剣による一撃で迫る閃光を薙ぎ払ったが。
「が、あッ!?」
薙ぎ払った直後、別の方角から数秒置いて放たれた分身の閃光に反応出来ずに焼かれていく。
着る服は最早見る影もない。血に塗れた先から蒸発し、太陽に焦がされ続ける身体は服ごと黒ずんでいき、閃光の衝撃に逆らえず、地面へと再び叩きつけられた時には泥だらけの有様だった。
「……ふぅ」
額から零れる汗を腕で拭いながら、地面へと叩き付けたフランドールの近くに私も再び降りる。
圧倒的に優位を保っているものの、まだフランドールのスペルカードを三つしか見ていない事に、精神的に神経が磨り減らされているのを感じていた。
(……デュアルスパークも無事放てたって事は、少なくともレミリアと同等か、それ以上の性能はあると判断しているって事よね。私の身体は)
未だ心と体の乖離は続いているものの、これじゃあきっと死なないだろうという私の判断に、今のところ影響なく弾幕を弾けるのは身体が納得している証拠でもある。
そう、これじゃあきっと死なない。
うつ伏せに倒れ、容赦なく浴びる陽光によって肉を焦がし、体力を奪われ続けるフランドールだが、それでも起き上がろうと腕に力を込め、荒い息を吐きながらこちらを睨む瞳は全く死んでいなかった。
「……ふふ。まだまだ戦れそうね?」
起き上がるのを待つように、両腕を組むようにしてフランドールの様子を見ていた私は、磨り減らされた神経を回復させる為に動こうとはしない。
勝負はここからだ。ここに来る前に魔理沙からいくつかフランドールの特徴を聞いたが、魔理沙の視点から、一つ重要な事を聞いていた。
「……禁、忌ッ」
それは恐らく、本人も気が付いていないと。
何処か羨望するように、魔理沙がフランドールとのこれまでの弾幕戦で掴んだ特徴。
―――“フランドールは戦うにつれ、尻上がりに魔力が増大する”―――。
「フォーオブアカインドッ!」
ボロボロになりながら、黒い杖を棒代わりに立ち上がったフランドールは、荒い息を吐きながらもまだ見ぬ四枚目のスペルカードを切った。
立ち上らせる魔力が分裂するように、陽炎に揺らめき、フランドールの周囲がぼやければ、四散した魔力は燃え上がるように分身を形成する。
「………へぇ?」
形成した分身は三体。泥に汚れず太陽に焼かれてもいない分身達は、八重歯を覗かせ私をみながら怒り、悲しみ、楽しむように手にする黒い杖を構えた。
一人辺りの魔力の密度は先程対峙してた時と同様かそれ以上。単純に四倍に膨れ上がった計算になる。
「四人に増えれば、どうにかなるとでも思ったのかしら?」
嫌な汗が背筋を伝っていくも、挑発するような笑みは変わらず、かかってきなさいと手招きする私。
幸い本体はどれなのか判断が付く。肩で息をしながら焦がされ続けるフランドールは頼りない足取りでありながらも、しっかりと私を睨みつけ、分身達と同様に構えを取っている。
(狙うのは分身の方ね。本当なら、本体を狙うべきなんでしょうけど)
何処でセーフティが勝手に働いてしまうかわからない今の状況では、動けなくなった所を分身に狙われる方のが致命傷に……?
「は?」
「「「「禁、弾ッ!!」」」」
手招きして、向かってきた所を仕留めようと思っていた私はフランドールの宣言に虚を突かれた。
四つに増えた魔力が一つずつ更に膨れ上がり、手にしていた黒い杖を水平に構えるフランドールの様子は、弓を引くような構えだった。
弦を魔力で形成し、煌く矢は虹色に光り、照らされる陽光の下輝きを強くしていく。
「~~~~~ッッ!!」
頭の中で警報が鳴り響く。
“アレ”はマズイと。防ぐ事は恐らく不可能だと。
尻上がり所か天井知らずの上昇を続けるフランドールの魔力で編まれた弾幕は、私が明確な行動に出る前に一斉に放たれた。
「「「「スターボウブレイク!!」」」」
四重奏からなる虹の弾幕。
放たれれば瞬く間に拡散し、辺り一帯を虹の濁流で飲み込もうとするその力は、触れるものすべてを破壊しようとする。
「ッ、のぉッ!!」
放たれた虹の弾幕に対抗するように、とっさに地面を蹴り上げれば土砂が舞い上がる。まともな回避では駄目だ。グレイズ出来る自信もなければ、私の速度では今から空に昇っても間に合わない。
土砂が舞い上がり、大きな穴を開けた地面へと頭から飛び込むように逃げ込めば―――虹の濁流は頭の上を通り過ぎていき、衝撃で大地が震え上がった。
「……はぁ……はぁ………はは……」
心臓の鼓動がいつもより高く鳴り響く。
泥に汚れながらも、命の危険に晒されながらも笑みを浮かべてしまうこの気持ちを理解出来るのはきっと誰一人としていやしないだろう。
「ハハハハ……アハハハハハハハッッ!! 本当に姉妹揃って楽しいわね! アンタ達は!!」
虹の弾幕が通り過ぎ、穴の中で高笑いをする私は蹴るように跳躍し地上へと飛び出ると、辺り一帯が白煙に包まれる中次弾に備える。
これで終わりではないだろう。あの魔力の高まりからして、ピークには至っていない筈だ。
無様な避け方で凌いだが、今度は真っ向から迎え撃つ。
さっきまではレミリアの事が頭にあったが、今の一撃を見てしまったら綺麗さっぱり消し飛んでしまった。
「さぁ、早く来なさいフランドール・スカーレット! まだまだ勝負は……」
ヒートアップしていく心と身体。
いつになく燃え上がり、白煙の中でも見逃すまいと鋭敏になっていく思考はフランドールを捉える為に集中していく。
「………?」
しかし、それまでだった。
白煙が広がるのを止め、気だるい夏の風が周囲を洗い流していけば―――地面にうつ伏せに倒れるフランドールを見つけてしまう。
「………はぁ………はぁ……」
うつ伏せに倒れたフランドールからは、先程までの天井知らずな魔力は感じられなかった。
それ所か、魔力は風前の灯の如く小さな物になり、容赦なく降り注ぐ太陽がフランドールの身体を蝕むようにその身体を灰燼に変えようとしていた。
「…………」
さっきのが、今放てる全力だったのだろう。
尻上がりに跳ね上がっていく魔力と魔理沙は口にしていたが、それはあくまで太陽に曝されていない時の話だ。
(……むしろ、太陽の下で良く戦った方、かしらね)
急激に気持ちが萎えていくのを感じながらも、浮かべていた笑みを引っ込め、ゆっくりとフランドールの下に歩み寄っていく。
「……は、ぁ……」
足音は、聞こえているのだろう。
だが立ち上がろうとする度に力を入れる腕は震え、身体を焼く痛みが立ち上がろうとする事を拒絶する。
「……く……ぅぅ……」
それでも立ち上がろうとする事を止め様としないフランドールに、私は冷めた表情で言葉を投げかけていた。
「きっと、貴女の信じるお姉様なら、ピンチに陥った妹の為に駆けつけに来てくれるのでしょうね」
「……、」
「でも、現実はこんなものよ。貴女はこのままだと太陽に焼かれて死ぬ。それでも貴女は、お姉様がまだ見捨てたわけじゃないって信じるのかしら?」
妹がこんな事になっているのに現れない薄情な姉。
このままでは、フランドールは太陽に焼かれて死んでしまうだろう。
それでも、まだ信じられるのかと。
投げかけた言葉に答えるように、フランドールはうつ伏せに倒れながらも顔をこちらに向けた。
「……ええ、信じるわ」
その瞳は諦めておらず、呼吸すらか細い物へと変わる中、フランドールは、泣き笑いを浮かべるような表情で私にはっきりと答えた。
「お姉様は、絶対に、私を見捨てたりはしない……」
冷めた表情でそれを聞けば、それ以上は近寄る事もしなかった。
―――否、近寄る必要がなくなったのだ。
役者は揃う。運命という言葉に手繰り寄せられて。
フランドールと私との間に、空から舞い降りるように“ソレ”は来た。
行間 Ⅴ ☆
「―――ようやく来たか」
フランドールと幽香の弾幕勝負の行く末を見守っていた魔理沙は、浮かぶ箒に腰掛けながら呟いた。
弾幕勝負はフランドールの自爆で決着が着いていた。
いつもならばあの状況から更に魔力が上昇し回避が難しくなるスペルカードを立て続けに使用してくる所だが、太陽の中あれだけの大技を放てば動けなくなるのは当然だろう。
来ないようならフランドールを助けに行くかと考えていた所だが、幽香の思惑通り、丁度良いタイミングで“ヒーロー”が駆けつけた。
「あとはこのままネタ晴らしして、めでたくハッピーエンドになるかどうかだがなぁ」
魔理沙はそうぼやきながらも、これで終わりにはならないだろうとも予想している。
経緯はどうあれ、フランドールを傷つけられたレミリアは矛を収める理由がなく。
フランドールと対峙し、不完全燃焼のまま決着を迎えた幽香がそれで納得する筈がない。となれば第二ラウンドの始まりだ。
損耗率はどっちもどっちだろう。幽香はフランドールとの戦闘で消耗し、レミリアはこの太陽の中急いで駆けつけた事で消耗している。
お互いに退けぬが勝負も長引く事はない。
それが魔理沙の見解であり―――珍しい好カードを見る分には、楽しめる行く末だ。
「お前はどう思う? 咲夜……」
先程まで、弾幕勝負を挑んでいた相手に気軽に魔理沙は問いかける。
だが、言葉は返って来ない。
魔理沙が居る場所は、紅魔館の門であった場所だった。
今は原型すらなくクレーターがいくつも出来ているような状態だが、地面に転がるように、意識を無くした咲夜と美鈴が倒れていた。
死んではいない。流石に霊夢のように全てが上手くはいかなかったが、空での攻防から地上まで押されながらもここでようやく倒す事が出来た。
先程まで身体は動けそうになかったが、意識はあった為事の成り行きを説明していたのだが、どうやらレミリアが現れたのを見て緊張の糸が切れ、意識を投げ出してしまったようだ。
「……ま、いいか」
魔理沙は眠る咲夜と美鈴を一瞥しながらも、鼻歌混じりに最後の成り行きに視線を戻す。能力に定められた幻想種最強の一角と、意思によって能力を開花させた幻想種最強の一角。
そのぶつかり合いを今か今かと楽しみにする魔法使いもまた―――人でありながら、人ならざる者を越えようとする者であった。
□⑮
“ソレ”は、地上へ舞い降りたかと思えば、私へと背を向け、うつ伏せに倒れるフランドールの前まで歩くと、しゃがみ込んで倒れるフランドールを抱き上げながら立ち上がった。
「……お姉様?」
「ごめんなさい、フラン。今、帰ったわ」
気高き夜の王。幼き紅い月。
心の底から謝るように、レミリアは短くも言葉に乗せれば、フランドールの瞳からはじわりと涙が浮かんでいた。
「ひぐっ……ぐすっ……お、お帰りなさいっ。ちゃ、ちゃんとお姉様が、お姉様が留守の間、屋敷を……」
「ええ、ええ……わかっているわ。本当に、ごめんなさい。もう二度と貴女の傍から離れないから……だまっていなくなったりしないから、後は私に任せてゆっくり休みなさい」
「うん……」
太陽に焼かれながらレミリアにそう言われれば、先程まで必死に繋ぎ止めていた意識をフランドールは簡単に手放し、その身体をレミリアに預けた。
重みが増した身体をレミリアはぎゅっと確かめるように抱きしめると、地面へと再び仰向けに降ろしながらいつぞやの日に見せた紅い鎖を、フランドールの頭上に展開する。
「………三日振りね。傷の具合はどう? 幽香」
鎖が塒を巻くようにして日陰を作るも、フランドールを日陰に置いて、レミリアは踵を返すようにしてこちらへと歩み寄った。
ここまで太陽の中を急いで飛んできたのだろう。
着るドレスはフランドールと同様に身体毎焼け焦げて黒ずんでおり、白煙を上げながら再生と破壊を繰り返している。
「おかげ様でまだ痛むわ。完治までもう何日か必要でしょうね」
「そう」
「アンタは、何処に行ってたのよ?」
「私は天界にちょっとね。あそこの桃は健康に良いから。貴女に持っていってやれば治りも早くなるかと思って」
でも、必要無かったわねと小さくレミリアが笑うと、私も釣られて笑みを象った。
何でこんな事をしたのかレミリアの事だ。察してはついてるだろう。
私はフランドールに対してレミリアが謝った言葉を聞いて、それを察したつもりだ。
「……ねぇ、レミリア」
「なにかしら?」
「わかってるでしょうけど。これで終わる筈がないわよね?」
だからこそ、これで終われる筈がない事もわかっている筈だ。
「私は一つの明確な“答え”を提示してあげたわ。その答えに貴女は辿り着いた。けれど……“それはそれ、これはこれよ”」
「……、」
「私を想って矛を収めてくれるのならそれはお門違いも良い所。……ねぇ、レミリア。アンタはきっと“良い奴”よ。私が保証してあげるわ」
月を見上げながら言ったレミリアの言葉を、私はにこやかな笑みを浮かべて返してやる。
拳を作り、魔力を立ち昇らせ―――今度こそ、殺すつもりで全力の魔力を形成していく。
「だからこそ! ちゃんとお姉さんとして向かってきなさい! 妹がこんな目に遭わせられて貴女は許せるかしら!? “自分の大切な者を傷つけられて貴女は許せるのかしら”!?」
高揚していく身体と心はようやく一致してくれる。
これならば、目の前のレミリアだけを意識し、強者を打倒せんが為に心血全てを注ぎ込める。
「……ええ、そうね」
牙を向ける私に対して、レミリアはゆっくりと瞳を閉じれば。
「許せないわ。何があっても。でも、これは単なる八つ当たりよ。一番許せないのは、他ならぬ私自身に違いないのだから」
紅き魔力は、太陽の下身体を焦がすレミリアの身体を再生させたまま、維持し始める。
それは夜の王に相応しい、太陽への反逆だった。
「あはッ! 八つ当たりでも結構よ!!」
大地を蹴り、飛翔を開始する。
二撃目を用意するつもりはない。
レミリアも同様に飛翔し、視線が交錯した時には、その両手には禍々しき紅き魔槍が二本、握られていた。
「“花符ッッ”!!」
私が取った行動は単純なものだ。
拳を作り、振りかぶるといった動きのみ。
立ち昇る魔力が、宣言を為すスペルカードが、私という存在を肥大化させる。
「幻想郷の開花ァッ!!」
虚空に咲き誇る花の群れ。向日葵であり、紫陽花であり、桔梗、不如帰、鈴蘭と、様々な花を空に咲き誇らせる。
腕から蔦が伸びるように、花という花達が魔力を灯らせ、私と連動するように目の前のレミリアを打倒せんと集い、大きな拳となって放たれた。
「神、槍ッッ!!」
対して、奇しくも同じ挙動でレミリアも振りかぶれば、その手に握られた魔槍を投擲するように、迫る拳へと宣言をしながら撃ち放った。
「スピア・ザ・グングニルッッ!!」
迫る拳の中心をたやすく貫き、紅き魔力は花の魔力を焼くように爆散した。
二撃目はない。放った時点で、私の“攻撃”からは逃れられない。
「……ッ!?」
拳を象る咲き誇った花が散れば、風に乗って更に虚空を浸食する。
苗床が何であろうとそれは関係ない。例え吸血鬼の身体だろうと、彼等彼女等は養分として花を咲かせる。
放った時点で私の攻撃は届いている。そのまま枯れ果てるまで養分を吸出し、吸血鬼を苗床にした花を咲かせれば、如何にレミリアだろうと耐えられない。
「………………ハッ」
だが、拳を振りぬいた体勢のまま、私は見た。
花に侵されながらも、今にも落ちそうな程魔力を花達に持っていかれながらも―――もう一つ、握られた魔槍を振りかぶるレミリアの姿を。
笑ってしまう。どうしようもなく、笑みを作ってしまう。
それが、負けると分かっていても。
「スピア・ザ………グングニルッッッ!!!」
振りぬかれた紅き魔槍の一撃は、立ちはだかる花達全てを焼き払いながら、今度こそ私を貫いた。
「―――」
不思議と痛みはない。貫かれたのは、胸の中心だというのに。
唯闇だけが、あっという間に私という存在を呑み込んでいく。
(……敵わない、か)
堕ちていく。何処までも、闇に引きずり込まれるように。
(………ま、しょうがないわね)
引きずり込まれながらも、私は最後まで笑って見せた。
何故ならば。
(“悪役”が“ヒーロー”に負けるのは、誰が演じても変わらないものね)
私の目的はレミリアがここに来た時点で、達成出来ていたのだから。
□ 後日談 Ⅰ
―――今日も今日とて日は昇る。
世界は素晴らしくも残酷に、私を中心に回ってはくれないからだ。
「――――ふむふむ。いやー、つまりは最後の最後で欲張った結果こうなったと」
そう話を締めくくってくれた天狗の頭を掴もうとしたが、二度も同じ手は通じないとでもいうのか。
身を捻り、紙一重でかわせばドヤ顔で手帳にペンを走らせる射命丸が一人。
「……アンタに改めて言われると、やっぱり納得出来なくなってきたわ。傷が治ったら先ずはリベンジかしら」
「あややや。その時は是非とも私を立ち会わせて下さいよ? 結局シャッターチャンスを逃してしまって、記事にするのが遅れに遅れてるのですから」
新鮮なネタの鮮度が落ちてしまいますよと、心底残念がる射命丸だが、傍らに立つ魔理沙は苦笑すると、また戦るのかとぼやく。
「パチュリ―がいなかったら流石に幽香でも死んでたぜ? 私の手持ちの薬と魔術じゃあ胸に大穴開けた奴の治療なんて出来なかったからな」
苦笑混じりなのは、多少は心配してくれている部分もあるからだろう。
それに対してにっこりと笑い、当然よと返しておく。
射命丸を捉えようと立ち上がった身体をベッドに戻し、着ていたパジャマの上から胸の中心をなぞるように手を添えた。
意識を失った後、どうやら私はあの魔女に助けられたらしい。
方法も、理由もまだ聞いていない。唯魔理沙曰く、友人を呼び戻してくれたお礼じゃないか? という話だった。
知らない所で借りは作りたくないので、この件についてはいつかちゃんと返そうと心の中に留めておく。
「ま、もう何日かはじっとしてた方がいいぜ。その間、向日葵畑の世話ぐらいは私がしてやるさ」
「悪いわね。今度何か手伝うわ」
「お、それなら今度宴会の幹事手伝ってくれると嬉しいぜ。人が増えて大変でさ」
見知った相手でも、あまり借りは作りたくなかったが、これもしょうがない。
何せ私は胸に大穴を開けてそれが完治するまで、どうしてか紅魔館に厄介になる事になったのだから。
(……ロクに動けないから厄介になるのはしょうがないのだけど)
私が今くつろいでいる場所も、屋敷で用意された客間の一つ。
レミリアとは、意識を取り戻した際に色々話もした。
内容はまぁ、終始謝るような、改めて決意するような告白ばかりで、私や他の連中の気持ちなんてまるで考えていないかのような、傲慢な内容だった。
傷が治るまで私を屋敷で預かる、なんて言いだしたのもそのせいだ。包帯を取り換えてくれるメイド長の刺々しい視線にも、三回も見れば慣れてしまったが。
(……まぁ、だからあんな風に言えるのでしょうけど)
ふと、レミリアが改めて言った台詞に、私はクスりと笑ってしまう。
「……? どうしましたか?」
「ん。ちょっと思い出した事があったのよ」
射命丸が目敏く私が急に笑うのを見て首を傾げるも、流石にこれは記事にされたくないので言ってはやらない。
(まさか……今度こそちゃんとした友人になりなさい、なんてね)
顔を真っ赤にして言うレミリアがあまりにも健気だったのを思い出し、私は暫くの間クスクスと射命丸には分からない笑みを浮かべ続けた―――。
■ 行間 Next
大義は、何処に在ろうか。
尸解仙と成ったのは何の為か。
多くの嘆きを喰ろうてきたのは何の為か。
民等の血を啜りながらも不老になる事を誓ったのは何の為か。
忘れてはならぬ。
違えてはならぬ。
太子の妨げになる者は全て焼き払え。
どれだけの血で汚泥を這うことになろうと。
どれだけの涙で嘆きを耳にしようと。
太子が世を正せば民等にとって幸せである事は間違いないのだから。
それだけが我の大義であり、大義の礎になる事に、迷い等ある筈もなし―――。
太陽と真紅の友情物語Act1、ACT0を読まれていない方はどうか先に、そちらをお読みください。
彗星ブレイジングスター。
神槍スピア・ザ・グングニル。
互いに初手からの必殺であった。
躊躇いもなく、容赦もなく、殺すつもりで放った一撃。
弾幕勝負でありながら、あまりにも過ぎた破壊力。
飛び出せば目の前の敵だけを意識し、その加速を止められる者等いる筈がない。
魔理沙もレミリアも、そのつもりで戦いの火蓋を切り―――後戻りが出来ない、白黒付ける勝負を望んだ。
「―――なん、で……」
だが、笑みを浮かべていたレミリアは、目の前で起きた光景に破顔する。
それは魔理沙も同様であった。驚きを隠せないまま目を見開き、レミリアと同じように、こう思った事だろう。
何故、幽香がこの勝負を止めるのだと。
止められる筈のない一撃。
両者の手札の中でも最強の一手。
それを―――フラワーマスター、風見幽香は割って入り、見事受け止めて見せた。
それは、実行するには余りにも過ぎた代償だ。
神槍の異名を取る紅き魔槍は幽香の脇腹を抉り貫通し、破壊の星となった弾丸は、肩に直撃してその骨を粉砕した。
夜空に舞う血風は鮮やかで、返り血を顔に浴びたレミリアは、そこでようやく我に返った。
「幽香!!」
我に返り名を呼ぶも、言葉は返ってこない。
空を飛ぶ身体は傾き、地上へと堕ちていこうとする。
「ッ!!」
背に生やす蝙蝠羽根を羽ばたかせ、直ぐに堕ちるその身体をレミリアは空中で抱き留める。
抱き留めながらも、腕に抱えるその重みに戸惑い、もう一度名を呼んだ。
「幽香ッ! オイ!! しっかりしろッ!!」
幽香の脇腹を抉った魔槍は既に消滅しているものの、溢れだす鮮血は瞬く間に幽香が着る服を紅色に染めていく。
その色があまりにも見慣れていて―――それが全て溢れ出せばどうなるか、理解しているからこそゾッとする。
歯を食いしばり、まだ動揺したままの魔理沙へと顔を向けた。
「魔理沙!」
「ッ、あっ……?」
「呆けてないで手伝いなさい! このままだと幽香がッ……!」
レミリアにそう言われ、我に返った魔理沙は一度頷くと、慌てて幽香を抱き留めるレミリアの傍に箒を寄せて自身の懐を漁り始めた。
「一度地上に降ろさないとロクな治療も出来ないぜ!? 幽香の家には他に誰かいるのか!?」
「文屋の天狗がいるわ! 治す方法は一応あるのね!?」
「あるにはあるが……くそっ、何で幽香が割り込んで来んだよ!?」
予想外の事態に勝負所ではなくなり、ゆっくりとレミリアと魔理沙は幽香を抱えながら地上へと降りていく。
どうして幽香が割り込んで来たか―――そもそも、どうやって必殺のあの一撃の間に割り込む事が出来たのか。
「……大丈夫……」
レミリアは、血に塗れる幽香を抱きしめながら、口にする。
「大丈夫よ…………大丈夫」
レミリアは、それを“理解していた”。
あらゆる法則を捻じ曲げ、誰もが幸せになれるような未来を掴みとれる筈の能力。
禁忌と謳われる妹のありとあらゆる物を破壊する能力以上に―――例外を除き、運命に大きく干渉する悲劇/喜劇のトリガー。
「………」
抱きしめる腕に力が籠る。
変わる事を願った。
もっと強く在りたいと。
妹を守って行く為に、もっと強く。
「……その願いの果てが、これなのか……?」
魔理沙にも聞こえない程か細い声で、レミリアは力なく呟き、瞳を閉じる。
暗雲に閉ざされた運命をもう見まいと、堅く瞳を閉じるように。
□⑫
―――何が起きても日は昇る。美しくも残酷なこの世界は私を中心に回っていないからだ。
「…………………」
パチリ、パチリと瞬きを繰り返す。
繋がった意識で視界に先ず入ってきたのは、見慣れた我が家の寝室の天井。
ここは何処? 私は誰? という状態にはなっていない。私は風見幽香で、ここは私の家で間違いない。
「……………」
いつもなら微睡む意識も今日ばかりは鮮明だ。
身じろぎすれば、脇腹に走った痛みに顔が引き攣るものの、寝ていたベッドから身体を起き上がらせる。
「……、」
着替えさせられたのか。向日葵模様が入るパジャマをおへそが見えるまで捲り上げ脇腹を確認すれば、真新しい包帯が巻かれていた。
傷は残念ながら完治しているとは言い難い。むしろあれほど強烈な一撃をまともに喰らってこの程度で済んだ自分の身体に感謝するべきだろう。
そのままベッドから這い出る為に身体を横にずらし、動く度に鈍い痛みが走る脇腹を手で抑えながら立ち上がった。
立ち上がらせた身体を引き摺るようにして寝室の出入り口である扉を開いて居間へと向かえば、誰かの気配がある事に気づき、自然と足取りは早くなる。
居間に足を踏み入れれば―――テーブルに突っ伏す形で寝息を立てる者が二人。
一人は白黒の魔法使い。
もう一人は文屋の天狗。
そこに吸血鬼、レミリア・スカーレットの姿はない。
「………はぁ」
思わず溜息を吐いてしまった、が。わき腹を抑えたまま容赦なくテーブルを蹴り上げると、悲鳴染みた声が居間に響き、テーブルに突っ伏していた魔理沙と射命丸は仲良く床へと後頭部をぶつけた。
「い、ってぇ!? な、なんだ? 何が起きたんだぜ!?」
「いたたた……! うぅ……何ですか一体……折角椛の尻尾をもふもふしていたというのに……」
二者の台詞に構わず、見下すような視線を向ける。
向けた視線は怒気に満ちており、私が怒っている理由は察しなくてもわかるだろう。
魔理沙も射命丸も、見上げながら息を呑むと、私の言葉を待つように自然と正座の体勢になっていた。
「……言いたい事は山ほどあるし、聞きたい事も山ほどあるわ」
それでも先にしなければならない事がある。
出来るのか、出来ないのか、そこは問題ではない。
「だけどその前に―――貴女達、わかってるわよね?」
問題なのは、胸中に広がるこの怒りをぶつけなければ、私の気が収まらないという点だけだ。
「あ、あやややや!? ちょ、ちょっと待って下さい!? 私は関係な―――」
理不尽な暴力が襲い掛かる前の抗議も一興。
それすら呑み込み残るのは、魔法使いと文屋の悲鳴だけであった―――。
「……で? レミリアは何処に行ったのかしら?」
蹴り上げたテーブルを直し、魔理沙と射命丸を対面に座らせ、肘を付きながら睨むようにそう聞けば、頬を腫れ上がらせた射命丸の方が背筋を伸ばしながらも私から視線を逸らしつつ言葉を返した。
「その、幽香さんの容態が安定し始めた頃には何処かに行ってしまわれたようで……」
「行き先も告げずに? なら、屋敷に戻ったのかしら?」
「それはないと思うぜ」
同じく、しこたまド突かれて顔に青痣を作った魔理沙が私の言葉を否定するように話に割り込んだ。
魔理沙の方に視線を向けながら何故? と促すと、溜息を吐きつつも、魔理沙は言葉を続ける。
「アイツは答えが見つかるまで帰る気は無いって言ってたからな。……フランを見捨てたつもりはないのはわかったが、思う所があって屋敷をフランに任せたんだぜ? 答えをちゃんと見つけるまでは戻らないだろ」
魔理沙の言葉に、あの時に交わした言葉を思い出すようにしながら瞳を伏せた。
妹の為に変わる事を願った吸血鬼。
全ては、変わろうとしている妹の為に答えを得ようとしている。
その答えを探す為に幻想郷中を巡り、その切っ掛けを太陽の畑―――いや、向日葵達を育てた私に見出したようだった。
何故私に見出したのかは不明なままだが、レミリアの言葉通りならば、未だ私はレミリアの能力に悩まされている状況にある。
運命を操る能力という、あまりにも漠然とした異常な能力に。
「……妹さんの為に変わりたいと願った、ね。魔理沙、屋敷に足を運んだって言っていたけれど」
「ああ。……フランだけじゃないんだぜ? レミリアに帰ってきて欲しいって思ってる奴は。ポーカーフェイスが得意な咲夜でもレミリアの名前を出した途端に動揺したぐらいだしな」
無理やり連れ戻そうとしたのはその為だぜと付け加えられるも、私としてはそこは“どうでもいい”。
「レミリアが変わりたいと願っている事を、知らないのよね?」
「ああ。というか私も初耳だったんだぜ? レミリアはどっちかっていうと快楽主義な所もあったし、面白ければなんにでも首を突っ込んでくるタイプだからな」
「それは私も同意しておきますよ。でなければ紅魔異変の原因となる“紅い霧”も撒かなかったでしょうし、霊夢さんを面白い人だと思ったからこそ、博麗神社に顔を出すようになったのでしょうし」
「……なら、答えを得ても意味がないと思うのだけれど。そもそも今までやっていけてたのなら、どうして変わる必要があるのでしょうね?」
レミリアが変わりたいと願った起因は、妹であるフランドールが外に興味を持つようになり、それに対して努力を怠らず、変わろうとしている事にある。
けれど、それが本当に必要な事なのか?
「……まぁ、確かにフランドールさんが屋敷の外に出られたのは何度か確認されてますけど、それも限界があったのでは?」
尤もらしい射命丸の言葉であったが、私はそれに賛同しかねた。
限界なんて物は、自分で決め付けた代物だ。
レミリアがそう思っているのならば、幾ら答えを探しても得られるものなど何もないだろう。
「………………あっ」
射命丸の言葉に、傍と気づく。
だから“能力”を使ったのかと。
「………」
しかし、気づいてしまえば私は溜息を吐かざる得ない。
運命を操る能力。確かに絶大な効果を持つ能力だが、割り込んだ私を見てレミリアが驚いた様を見る限りでは、細かな所までは操る事が出来ないのだろう。
それでも状況の“変化”を願うという意味では、今回の件に関しては適しており。
「馬鹿ね。それじゃあ一生見つかりっこないっていうのに」
それでは一生、変わる事を願う自分の在り方には届かない。
「? 幽香さん?」
「……こっちの話よ。それにしても困ったわね。本気で怒ってたつもりだけれど、貴女達の手足の一つもへし折れなかったし」
私の言葉に射命丸と魔理沙は顔をしかめたが、私にとっては重要な事だ。
最早優しくなったの一言では済まされない。危うく命を落としかねた自分の状況は一分一秒でも治しておかねば些細な事でも致命傷になりかねない。
(レミリアは、自分を倒せば能力は解除されると言っていたけれど、私が勝手に動いて驚いたのを見る限りじゃそれも確かではないわよねぇ……)
そもそもレミリアが何処に行ったのかわからないのと、今のこの状態でレミリアに拳を向けられるとも思えなかった。
レミリアの運命の為に私に影響が出たのならば、根本的に今回の件を解決する必要がある。
その為には、レミリアが屋敷へと戻る切っ掛けを作る必要があると思うのだが。
「……………魔理沙」
「ん? 何だぜ?」
「レミリアが何処に居るのかは、特定出来ないのよね?」
念の為もう一度確認しておく。
最悪なのは、レミリアが紅魔館に戻っている場合だ。
その場合は打つ手がない。
今後吐き気を催すような人生をレミリアを打倒するまで続けなければならないだろう。
魔理沙は唸るような声を上げたが、直ぐに首を横にふってお手上げのポーズを取って見せた。
「ああ。いなくなってから“二日”も経ってるしな。幽香の所で見つけられたのは文が嗅ぎ回ってたのを霊夢から聞いたからだし……」
「……んん? ちょっと待ちなさい」
魔理沙の口から出てきた言葉に違和感を感じる。
何だ、“二日”って。
「二日も経ってるって、どういう事かしら?」
「え? ……何だ、気づいてなかったのか? 幽香が割り込んできたあの夜から、もうかれこれ“三日”経ってるんだぜ?」
幽香の容態が回復するまでは付き添っていたんだがなぁとぼやく魔理沙の言葉が聞こえてきたが、私は自身の容態を再度確認してしまった。
魔理沙から受けた一撃で破壊された腕は普段通りに動くが、レミリアから受けた一撃は、未だに痛みを訴えている。
それは受けた場所のせいでもあるが―――改めて吸血鬼のスペックにゾッとしてしまう。
五体満足とは言い難いこの身体で、果たして幻想種最強の一角に立ち向かえるのかと。
「……ふっ、ふふふ」
「……幽香さん?」
急に笑い出した私を怪訝な表情で射命丸と魔理沙は見るが、含んだような笑いは止まらず、むしろ凄惨に笑みを象った。
圧倒的な“強者”を前に、今までの私がどういう行動を取ってきたか。
悪寒すら感じながらも気持ちが高揚していくこの感情ばかりは、いくら運命を捻じ曲げられようとも変わりはしない。
「面白いじゃない。……いいわレミリア。私が貴女に気づかせてあげるわ」
能力に縋ってまで変わろうと願った吸血鬼を相手に。
何が一番大切なのかを気づかせてやる為に行動を開始する。
それは暴力の化身である風見幽香にしか出来ない方法であり。
それは―――“能力に頼る事も出来なかった花の妖怪”だからこその決断であった。
行間 Ⅲ
「……ふ、あぁ……」
昼下がりのぽかぽかとした真夏の陽気。
一昨日小雨が降る程度でずっと夏らしい青空が広がり、太陽が燦々と地上を照らす今の時間は木陰にでも腰を下ろして昼寝をするには多少暑くはあるが、絶好の空気なのは間違いなかった。
しかし美鈴は欠伸を噛み殺しながらも、格子で出来た門の前に仁王立ちするように、両腕を組みながら門番としての勤めを続行する。
紅魔館の中はいつも通りとは言い難い。
メイド長である咲夜はレミリアがいなくなってからもいつも通り紅魔館を切り盛りしているが、目に隈が出来ている顔を見ると、ちゃんと睡眠を取れていないのは明らかだった。
七曜の魔女事レミリアの盟友、パチュリーも同様だ。
図書室に引き篭もっているのは変わりないが、突然の友人の失踪に幻想郷中に使い魔を放って捜索を行い、喘息の発作に耐えながらも魔術を行使し続けている。
そして、レミリアの妹であるフランドールの泣き腫らした顔を思い浮かべれば、美鈴は胸中に苦い物を感じて肩を落とさざる得ない。
屋敷の中ではフランドールの話し相手を良くしていた美鈴は、レミリアがフランドールに留守を任せていなくなった後でも変わらずに暇を見つけては話掛けに行っている。
話す内容は取りとめのない内容ばかりであった。今日は良く晴れていますとか、花壇に育てている花がようやく芽を出したとか、そんなものばかり。
それでも、ふと会話が途切れるとフランドールの瞳には涙が一杯に溜まり、零れ落ちるのを止めてやる事が出来ない。
どうしてお姉様は急にいなくなってしまったの?
どうしてお姉様は私に当主を任せたの?
―――お姉様は、私を見捨てたの?
何度も何度も、泣き出す度に弱音を口にするフランドールに対し、美鈴は華奢なその身体を抱きしめながら違いますと言い続けた。
見捨てたなんて事は絶対にないと。お嬢様は決してそんな事はしませんと。
目的も理由も分からず、何故レミリアが誰にも言わずにいなくなったのかすら美鈴には分からなかったが、レミリアがフランドールを見捨てる何て事は百%あり得ないと言い続けた。
私が守るこの屋敷の主は、そんな主ではないと。
だからこそ、帰ってきた時におかえりなさいと一番に言う為に―――美鈴は黙々と門番の仕事に勤め続ける。
「………」
彼方に見えるは相変わらずの霧の湖畔が広がっており、“気”を感じ取れば湖畔周辺を徘徊する妖怪達や、妖精達の行動が手に取るように感じられる。
その中にいつか吸血鬼特有の大きな気が近づくのを願う美鈴だが。
「…………ん?」
遥か彼方に、見知った気の塊がこちらに近づいてくるのを感じた。
向かってくる速度からして、到達まで一分も掛からない。
「……また妹様の為に来てくれたのかしら」
その気を感じながら、美鈴は自然と強張らせていた表情に笑みを象っていた。
感じ取った気は紅魔館に近寄る者としては珍しい人間の気であり、屋敷の者以外ではフランドールの一番の仲良しとも言える白黒の魔法使いの気だ。
数日前に顔を出し、フランドールの為に会いに来てくれた時の事を思い返していた美鈴は、両腕を解いて魔法使いの気の塊が近づいてくる事を歓迎するように待った。
「………?」
だが、陽炎に揺らめく彼方に魔法使い、霧雨魔理沙の姿が映れば、何故か高速で移動していた気の塊はピタリと止まる。
「なに……?」
視界に映っていた事もあり、目を凝らすようにして、空で制止した魔理沙を良く見ようと美鈴は瞳を細めたが。
瞳を細めたや否や―――感じていた気の塊が膨れ上がる。
「!?」
それが何を意味するのか。
美鈴はそんな馬鹿なと頭の中で思いながらも、身体は動いていた。
身体は門から離れ、横っ飛びに“回避行動”を取る。
肉眼で捉えた距離は魔理沙の射程距離であり―――閃光が回避行動を取った直後に紅魔館の門を蹂躙すれば、轟音と土煙が巻き上がっていた。
「くっ……! ごほっ、ごほっ! な、なんでっ……!」
直撃を免れた美鈴は巻き上がる土煙に咳き込みつつも、門に居た美鈴を狙ってきた極光魔法に叫ばざる得ない。
強行突破はこれが初めてというわけでもない。むしろレミリアが健在の時はパチュリーの機嫌次第で止めに入る場合も多く、それを見過ごす為に昼寝をしていた事すらあったぐらいだ。
しかし、美鈴は理解出来ない。どうして今、この状況でそんな事をするのかを。
「なんで、こんな事をするんですかっ!!」
理解出来ないからこそ、次に取った行動は早かった。
侮るなかれ、今ここに立つ門番はいつもの門番ではあらず。
主の帰りを待つ門番であり―――主の根城を死守する門番也。
美鈴を狙うようにして放たれた魔法使いのマジックミサイルを腰を落として息を短く吸い込んだ時には手で払うようにして叩き落し、次々と向かってくる弾幕を最小限の動きで叩き潰していく。
後ろに逸らす事すらない。スペルカードの砲撃でもない弾道が数百発来ようと叩き落してのける。
「はぁぁぁッッ!!」
二合目のマジックミサイルが到達する前には、美鈴は弾幕の間隙を縫うようにして地面を蹴った。
地面に着弾して爆風を上げるミサイル群を異に解さず、踏み込んだ足の一足は何メートルもの距離を滑るようにして移動しながら跳躍する。
飛翔した美鈴に対してミサイルが追尾するように追ってくるも、美鈴は構わずに空を両足で蹴るようにして加速した。
蹴ったのは己の体内で練っていた気であり、蹴った拍子に後ろに虹色に輝くクナイの弾幕が飛び散りマジックミサイルとぶつかって相殺すれば、眼前に魔理沙の姿を捉える事が出来る。
その表情を見る前には拳を作っており、怒気に満ちた身体は舐めた真似をしてくれた魔法使いを叩き落すべく更なる加速を行うべく、練った気を身体の外側に噴出させた。
「―――星符!!」
だが、握った拳が到達する前に魔理沙の宣言が美鈴の耳を打つ。
「エスケープベロシティッ!」
跨っていた箒から降りるようにして片手で握り、箒の角度は上に向けられロケットが噴射するように空へと昇っていく。
「に、がしませんッ!!」
急浮上した加速に拳が空ぶるも、美鈴は魔理沙の後を追うように先程行ったように空を蹴るようにして気を爆発させて加速する。
「く、うぅぅッ……!」
それでも尚、魔理沙の加速の方が僅かに早くて距離が狭まない。
歯を食いしばりながら風を切り裂くようにして魔理沙の後を追う美鈴は、追いつけないと理解すると直ぐ様その身体を一回転させるようにして虚空へと蹴りを放った。
「彩、符ッ!!」
撃ちだされるは虹の弾幕。魔理沙の気を追うようにして放たれた弾幕は、螺旋を描くようにして魔理沙へと肉薄する。
「魔空ッ!」
撃ちだされた弾幕に対し、魔理沙の行動も早かった。
加速する箒を制止させ、八卦炉を持つ手で弧を描けば瞬く間に星を象る魔法陣が展開される。
展開された魔法陣から放たれる星の雨は彩光乱舞による弾幕とぶつかり相殺し合うと、白煙を広げながら美鈴と魔理沙との視界を遮断した。
「破ァァァッ!!」
白煙を見ながらも、美鈴は止まらない。
距離を取られてしまえば必殺になるものがなく、逆に遠距離は魔理沙の独壇場になってしまう。
故に距離を狭め、直接の打撃によって行動不能にさせる必要がある。
行動不能にしてからでもどうして攻撃してきたのか問い質せば何も問題はない。
白煙の中を突っ切り、アステロイドベルトの魔法陣を展開する前に制止した場所目掛け拳を振り上げれば―――上を取る形で魔理沙を見下ろす位置へと飛び出せた。
「―――光符」
「ッ!?」
しかし、拳を振り下ろすよりも早く。
「ルミネスストライクッッ!!」
箒に跨り、空の上でバク宙するような体勢に入っていた魔理沙から、自分よりも二回り程はある大きさの星の弾丸が放たれる。
「お、おおおおおッッ!!」
行動が読まれていたとしか思えないその弾丸に対し、回避するのは無理と悟るや振り上げたままの拳に気を練って向かってくる弾丸に叩き込んだ。
途端、弾丸にぶつけた拳から衝撃が走り、肩まで後方に弾け飛ぶが、半身を捻るようにしながら魔理沙の横顔目掛けてもう片方の拳を放つ。
「っと!?」
バク宙した体制でありながら魔理沙は顔だけどうにか仰け反らせ拳をかわすが―――その表情に笑みが張り付いているのを見て美鈴の怒りは更に膨れ上がった。
「何を―――」
身体毎一回転させて後方に弾けとんだ半身の衝撃と立て続けに放った拳の衝撃を緩和しながら魔理沙の眼前に飛べば、チャイナドレスの裾から伸びるように上げられていた片足が魔理沙の頭蓋を捉え、振り下ろされる。
「笑っているんですか!!」
鮮やかな踵落としの先にも気は練り上げられ、爆発的に加速したその一撃は今度こそ魔理沙を捉えた。
避ける事は無理だと、勝利を確信した自身の必殺に美鈴は激昂したまま決まるのを見ていた、が。
「ッ!?」
直撃する直前、美鈴は目を見開くようにして魔理沙を見る羽目になった。
魔理沙の手には八卦炉が握られており―――既に収束を終えていた光は、解放されるのを待つように輝いていた。
零距離によるマスタースパーク。
最初からそれが狙いだったのか、美鈴はどう足掻いても間に合わないのを感じながら、宣言すら無かった極光を浴びる羽目になる。
「―――」
咄嗟に両腕を交差させ、硬く目を瞑るようにして弾けた閃光による魔法の衝撃が身体に直撃するのを歯を食いしばって美鈴は待つが。
「―――?」
衝撃がいつまでも来ない事に違和感を感じ、閉じた目を恐る恐る開けた。
「―――美鈴、説明して貰えるかしら。どうして魔理沙と弾幕勝負を行っているの?」
目を開けると、広がった視界の横から馴染み深い声が聞こえてきて、バッと振り向いてしまう。
横にいたのは紅魔館のメイド長、十六夜咲夜であり―――その横顔が、いつになく険しい表情を象り、両手の指には挟むようにして幾重もの銀のナイフが握られていた。
咲夜の視線の先には再び距離を開けた魔理沙が箒に跨って空に佇んでおり、咲夜が出てきた為か、魔理沙の周囲には一人手に浮かぶ玉が六つ漂っている。
首根っこを咲夜に掴まれていた体勢から美鈴は姿勢を正しつつも、油断無く魔理沙を見据えながら再び拳を作り、構えを取った。
「……私にも良くわかりません。ただ、有無を言わさず弾いてきたのは事実です」
「……そう。つまりこちらの事情を知っていながら、喧嘩を売ってきたわけね? あの白黒は」
確認するように言葉を紡ぎ、咲夜は魔理沙を見据えていた瞳を閉じた。
「結構信頼していたのだけど、残念ね」
それが何を意味するか。
咲夜と対峙した者ならば誰もが知る能力だが、知った所で大抵どうにもならない。
「魔理沙―――貴女の時間を頂くわよッ!!」
瞳を開ければ、蒼く輝いていた瞳は鮮やかな鮮血を連想させる朱色に変化し、能力が行使される。
零距離で放たれたマスタースパークから美鈴を救出したように、自分以外の“時”を止め、魔理沙へと接近する。
両手に握る銀のナイフを上下左右、あらゆる方角から“零距離”で設置すれば、逃げる事も受け止める事も困難な弾幕へと変貌する。
時間が停止した世界を渡りながら設置し終えた咲夜は、魔理沙の横を通過しながら後ろへと回り、宣言するように時を動かした。
「そして、時は動き出す―――」
直後、咲夜はあり得ない物を見る羽目になる。
魔理沙の周囲に浮かんでいた玉が同時に輝き、コンマ1秒も与えず上下左右に設置した銀色に輝くナイフ全てを光線によって破壊する。
それは何処に設置してくるか、全て予想していたかのように放たれ。
「!? 咲夜さん!」
魔理沙の後ろを取った咲夜の頬を、一筋の光が掠めていった。
「!?」
「……チッ、“読みきれなかったぜ”」
薄皮一枚持っていかれた頬から血が零れるも、咲夜は拭う事もせずに魔理沙から発せられた言葉に耳を疑う。
魔理沙は、跨っていた箒に手を添えると、咲夜と美鈴から再び距離を取るようにして対峙する。
「何を驚いてるんだぜ? 咲夜。私がお前等を相手に何の対策も立てないまま勝負を仕掛けると思ったか?」
被る黒帽子を深く被り直し、いつものように陽気な口調で喋る魔理沙。
その態度に、咲夜は険しい表情のまま言葉を返した。
「……目的は、何かしら?」
「さぁ? 何だと思う?」
惚けた口調で笑う魔理沙に、新たに取り出したナイフを握る手は自然と力が篭る。
「妹様がどんな思いでお嬢様を待っているか……パチュリー様が、美鈴がどんな思いで紅魔館にいるか、知らないとは言わせないわよ?」
ドスの効いた低い声は、紛れも無く殺意が込められたものだった。
そんな咲夜の言葉に、魔理沙は困った顔をするように八卦炉を握る手で頭を掻けば、何処かネタ晴らしをするように言葉を返す。
「目的は単純だぜ。私は私なりの方法で、今回の件を解決する事にしただけだ。その為に咲夜と美鈴、お前等二人は私が“食い止める”って約束しちまったからな」
「……? 食い止める……?」
返された言葉に違和感を感じ、咲夜は首を傾げたが。
「……!! 咲夜さん! 反対側から屋敷に向かって何か来ます!」
美鈴が何かに気づいたように言葉を発したときには―――霧の湖畔に建つ屋敷に対して、何かが風を纏って突撃していた。
その風は屋敷の屋根へと直撃し、二階の大広間から白煙を上がらせる。
「……魔理沙、貴女……!!」
「事情を説明しても納得しないだろうから、向かってくるといいぜ? だけど覚悟しろよ」
いつの間にか、紅魔館を背にする形で咲夜と美鈴の二人と対峙する魔理沙は、空に漂う六つの玉に指示を飛ばし、周囲を高速で回転させながら八卦炉を持つ手で自身の懐を漁り、何かを取り出して口の中にほおりこんだ。
「お前等じゃ、今の私には絶対に勝てないぜ?」
口にほおりこんだ物が何か、咲夜は知る由もなかったが。
飲み込んだ直後、身体に這い寄った威圧に咲夜は驚きを隠せなかった。
「これって……!」
それは、美鈴も同様であった。
魔理沙から感じ取った物は、魔力の類ではない。
明らかに霊力の類であり―――高速に回転する六つの玉と、跨っていた箒から降り、肩に担ぐようにして空に制止するその様に、幻想郷で異変を起こした者ならばある人物を連想してしまう。
咲夜は驚きを隠せないまま魔理沙を見つめていたが、やがて覚悟を決めるように歯を食いしばり、吠えるように美鈴に指示を出した。
「美鈴! どうにかして魔理沙を墜として妹様の元に向かうわよ!!」
「は……はいッ! 了解です!!」
魔理沙のその姿に、撃ち落とせるイメージが湧かないまま咲夜は構えた銀のナイフを魔理沙に向ける。
「真似事もそこまで来れば大したものね……だけど“霊夢”のようにはいかないわよ、魔理沙ッ!!」
紅魔館を預かる身として、退くわけにはいかないと。
魔理沙を突破してフランドールの元に駆けつける為に、咲夜と美鈴は決して勝てない相手へと挑む。
□⑬
「けほっ、けほっ! ちょっと、もう少し丁寧に突撃出来なったのかしら?」
白煙に咳き込みながらも文句を言う私に対し、先陣切って紅魔館へと突撃を行った射命丸は周囲を警戒するように見渡しながらそんな無理を言わないで下さいと言った感じの顔をしながら言葉を発した。
「出来れば音も立てずに忍び込みたかったのが本音ですよ……というか、未だに何で私が一緒になって協力しているか、理解に苦しむ状態なのですが」
「真相を掴むまでは協力を惜しまないって言ったじゃないの」
「そんな事一言も言ってませんからね!? あぁ、もう……やっぱりはたても連れてくるべきだったわ……あの引き篭りにも働かせないと合同記事なんて割りに合わないわよ……」
ブツブツとこめかみを指で抑えながら首を横に振って独り言を呟く射命丸だが、私は気にせずに周囲を見渡した。
天井に穴を開ける形で侵入した場所は、パーティにでも使用するような大広間だ。
紅い絨毯が床に敷かれ、昼間の為か、テラスへと続く窓には大きな紅いカーテンが敷かれており、支える柱も、四方を囲む壁も赤いのを見れば、ここが紅魔館と呼ばれる所以が分かるというものだ。
「……外観だけかと思ったら中も真っ赤で目に毒ね。レミリアの妹は何処にいるのだったかしら?」
「普段ならこの屋敷の地下だと思いますが、魔理沙さんから聞いた話では今はレミリアさんの私室に居るって話ですから、この大広間から出れば廊下に出るので、その奥に―――」
と、急に言葉を切った射命丸が気になり、そちらへと顔を向ければ、ある方向を見て顔を青ざめさせていた。
「……? どうしたのよ―――」
射命丸が見る方向へと視線を移せば、穴を開けた天井から差し込む光に照らされるようにして、そこには誰かが立っていた。
「………こほっ。白黒の鼠だけかと思ったら、鴉と花の妖怪も出てくるなんて思わなかったわ」
陽光に照らされながら姿を現した者は、博麗神社で行われる宴会で見覚えのある容姿だった。
長い紫色の髪をリボンで纏め、薄紫の縦縞が入った服の上に更に着込むように薄紫のケープを羽織った出で立ち。
頭にはレミリアと同様のナイトキャップを被っていたが、デザインが若干違うのか。
こちらには三日月を象った飾りが付属していた。
背丈は魔理沙と同じぐらいで、傍から見れば不思議な少女の一言で済まされるような外見をしていたが。
「な、何でこんなに早く、貴女がここに……!?」
射命丸が慌てた声を上げている通り、普通の人間ではない。
七曜の魔女の異名を持つレミリアの友人、動かない大図書館事パチュリー・ノーレッジが、胡乱気な瞳と精気のない表情でこちらを睨む。
「……念の為魔理沙の迎撃を美鈴が始めた時点で地下から移動しておいたのよ。さっさと露払いする為に咲夜も行かせたのは失敗だったけど」
「悪いけれど、退いてもらえないかしら? 生憎魔女には用がないわ」
「目的は何よ」
「レミリアの妹、フランドール・スカーレットに言伝よ」
私の言葉にピクリと眉を上げたパチュリーだったが、懐から使い古した印象を見せる一冊の本を取り出すと、片手で握りしめながら構えを取った。
「レミィに会ったの?」
「ええ。妹の事で困っているようだったから、相談役になってあげたわ」
すらすらと事実と違う事を口にするが、まぁ間違ってはいない。
間違っているとすれば、これからフランドールに言おうとしている“言伝”だけだ。
「……レミィが妹様に何の言伝よ」
「貴女に言う必要があるとは思わないわね」
それを聞こうとしたパチュリーの言葉をばっさりと切り捨てれば、私は凄惨な笑みを象った。
「だってそうでしょう? レミリアが困っている時に何の助けにもならないような友人が聞く権利なんてあるのかしら?」
「………、」
「魔理沙から聞いたわ。貴女がレミリアの傍に居るのは盟友だからだって。……その盟友さんは、今まで何をしてたのかしら? 地下の図書室に引き篭もって本を漁る毎日を続けていたのかしら?」
クスクスクスクスと嘲笑うように笑ってやれば―――パチュリーの視線には、明らかに殺意が宿っていた。
勿論、目の前のパチュリーもレミリアが居なくなってから何をしていたか魔理沙から聞いているが、今回は私らしく、“悪役に徹してやらねば気が済まない”。
「……レミィの言伝を言いなさい」
「嫌だと言ったらどうするつもり?」
凄みのある声色で、脅すように口にするパチュリーをからかうように、私が答える気がない態度を取れば、魔女が取った行動は迅速だった。
「無理やり吐かせて殺してあげるわ、花の妖怪」
開いた本が一人手にページを捲り、パチュリーを中心に魔法陣が浮かぶ。
それを目にした時にはむんずと近くにいた射命丸の首根っこを掴み、パチュリーの前に突き出すように移動させた。
「へ?」
「さっきも言ったけれど、私は貴女に用がないの。代わりにこの天狗が相手をするわ」
にこりと笑って突入前に交わした作戦にない事を呟く私。
勿論そんな話を聞いていなかった射命丸は慌ててこちらへと首を振り向かせる。
「ゆ、幽香さん!? そんな話聞いてませんよ!?」
「ええ、言わなかったもの。というか貴女が言ったんじゃない。魔理沙が囮になって門番とメイド長を引き離せば、妹さんと一騎打ちにする事が出来るって」
「た、確かに言いましたが……! まさかこんなに早くパチュリーさんが出てくるのは私も想定外で!」
「ならその想定外を、突入の際に作戦を立案した貴女が対処するのは当然じゃなくて?」
いいから死んで来いと、にこやかな笑みを浮かべながら言う私に対し、射命丸はそれでも尚首をブンブンと横に振りながら私に言い返そうとするも。
「……そこの天狗には私にも用がないわ」
痺れを切らしたパチュリーの方が、口火を切る形で魔法を発動させる。
「ちょっ!?」
「大丈夫よ。痛くしないから」
「それって即死って事ですよねー!?」
発動した魔法は火球かと思ったが、そんな生易しいものではなかった。
射命丸が危惧した通り、パチュリーが展開する魔法陣を中心に火柱が何本も上がっていく。
上がる火柱は回転するように螺旋を描けば、大広間一帯に炎の雨を降らせた。
それがタダの雨ならばよかったのだが、生憎降りかかる火の粉の速度は全て魔力の付加が備わっているのか、音速を超えていた。
「あ、あやややややややーーーッッ!?」
「もう、これぐらいの事で喚いてないでさっさと反撃しなさいよ」
「出来ると思いますか!?」
バックステップを踏むように私はさっさと大広間の出入り口まで逃げたが、射命丸はその場で避けながら奇声を上げる。
しかし、まぁなんだ。
「出来るでしょうに。―――というか、いい加減弱いフリを続けたら、ゆうかりん怒っちゃうわよ♪」
迫る火の粉をすべてかわしながら会話をする余裕がある時点で、此奴が真面目にやってないのは明白なので見捨ててしまおう。
音速の弾丸となって地面を溶解させていく火の雨の中、私の言葉が聞こえたのか、ギョッとした表情をする射命丸が見えた気がするが、パタンと扉を閉めた。
「さて、と」
踵を返し、紅いカーテンで日光を遮られた薄闇の廊下を歩く足取りはそれなりに軽快だ。
脇腹に抱える痛みは消えていない。
服はいつもの物を着込み、日傘を持って来なかった代わりに色々と用意はしてきたが、何処まで通用するかも未知数だ。
「ようやく本番ね。レミリアに似てるって言っていたけれど、どんな感じかしら?」
それでもさっきから笑みが止まらなくなってきてるのが、楽しみにしている証拠だ。
これぐらいの役得がなければつまらない。“筋書き通り”だとしても、役を演じるならば楽しまなければ。
それが悲劇になろうと、喜劇になろうと、物語というのはそういう物だ。
「うふ。うふふふふふふ」
優雅な足取りは晩餐会に赴く淑女の如く。
歪な笑みは悪魔の如く。
大事な大事なお姫様を蹂躙する為に、悪い狼が馳せ参じよう。
「早く来なさい王子様―――」
じゃないと、バットエンドになってしまうわよ―――。
行間 Ⅳ
―――別に弱いフリをしてたわけじゃないんだけどなぁ。
廊下に消えて行った幽香を見送りつつ、苦笑いを浮かべながら射命丸は弾幕を弾くパチュリ―に言葉を投げかける。
「パチュリ―さん、パチュリ―さん! 私と貴女で争う理由は何もないと思うのですが!?」
もちろん、降りかかる炎の雨を“全弾”躱しながら。
伊達に記者として弾幕を掻い潜ってきたわけではない。
当たらない時はどれだけやっても当たらないし、当たる時はあっけなく被弾する。
混乱も焦燥も二の次だ。いちいち弾幕にビビッていたら、幻想郷の記者なんてやってられない。
それでも今パチュリ―と弾幕勝負をするのは誠に不本意だ。
そもそも射命丸の推測では、パチュリ―が地上に上がってくるのは全て事が終えてからだと判断していたのだが。
「……コホッ。残念だけど、退く理由もないわよ。さっさと焼き鳥になって頂戴。そうすればあの目障りな花も焼きに行けるから」
予想以上にさっきの煽りが効いているのか、じと目で睨んでくるパチュリ―の表情は可愛げ2割、怖さ8割と言った所だ。
(……うーん。図星だったかな? いつもなら目の前の魔女に相談してそうだし、肝心な所で頼られなくて、いじけてるのもあるのかしら?)
言葉には出さずそう推測するも、この状態から宥めるにはどうするべきか、うーむと悩みつつも射命丸は考えていると。
「……貴女は知っているの? レミィが屋敷から出て行った理由を」
「……! ええ、それは勿論。メイド長に頼まれましたからね。ここの所ずっと調査はしていましたよ?」
弾幕を弾きながらも、はっきりとこちらに聞こえる声でパチュリ―が問いかけてきたのに対し、射命丸はこれだと言わんばかりに思わせぶりな口調で返していた。
このままパチュリ―と勝負を続ければ、決定的なシャッターチャンスを逃してしまう。
ここまで来てそれだけは避けたい。最後の最後ではたてに実権を握られるなんてまっぴら御免だ。
理由を知りたいのか、パチュリ―はそう言うや否や、雨のように降らせていた炎をピタリと止めた。
動き続けていた射命丸は、高下駄を鳴らすように弾幕が止んだと同時に止まると、慎重に言葉を選びながら喋り始める。
「レミリアさんは御自身の在り方について悩んでおりました。以前記事にさせて頂いた時はフランドールさんの能力はお世辞にも制御出来ていたとは言い難かったですが、努力をなされたのでしょう。外へと興味を持つようになり、それに向けて努力なされているお姿を見て、レミリアさんはこのままではいけないと思われたようです」
悩んでいたという言葉にパチュリ―は眉を顰めるが、思い当たる節はあったのだろう。
黙ったまま耳を傾ける仕草を見て、饒舌に更に言葉を重ねていく。
「パチュリ―さんや咲夜さんに今回相談なされなかったのは、変わる事を願ったからでしょう。内側による変化だけでは最早足りません。幸い幻想郷には変わる事については幾多の可能性があります。レミリアさんは御自身の能力を駆使しながらそれを探し、フラワーマスターにその可能性を見出したわけです」
「……あの花の妖怪に、ですって?」
「はい。実際に幽香さんはレミリアさんの能力の影響を受けています。フランドールさんの元に向かわれましたが、傷つける事は出来たとしても殺す事は難しいでしょう」
むしろ、殺されるかもしれませんがねと、付け足すように口にする。
風見幽香は確かに強い。花の妖怪というカテゴリーにありながら、存在そのものがイレギュラーに思える程の強さを内包している。
それは能力によるものではなく、あの妖怪自身が持つ意志の強さ。
確固たる意志を以て能力を超える。そんなお伽噺のような物を内包していたからこそ、レミリアは風見幽香という存在に惹かれたのだ。
だが、そんな幽香でも今の状態では満足に戦えるかどうかも怪しい。
「幽香さんは現在、心に思った事を実行に移す事が出来ずにいます。殺したくても殺せない。そんな風に仰られていましたよ」
嘘は言っていない。危うく殺されかけたが、苛立ちを覚えるぐらいに幽香は虫も殺せないような優しさに縛られている。
「………そんな状態で何をする気なの? あの花の妖怪は」
「簡単な事です。“レミリアさんをヒーローに仕立てあげるのですよ”」
にっこりと。
端的にそう口にすれば、パチュリ―は一瞬間の抜けた顔をしたが。
「そして幽香さんはこうも言っていましたよ。姉というものは、傍に居てやって、肝心な所で妹を助けてやれる存在であればそれでいいじゃないと」
幽香が口にした事を言葉にすれば―――全てを察したように、パチュリーは瞳を閉じた。
「……成程。つまり貴女達は“悪役”になりにきたわけね」
「ええ。そうです」
「貴女はそれでいいの?」
「私は一向に構いません。勿論記事の見出しでネタ晴らしはさせて頂きますけどね」
それまでの辛抱ですよと、笑って口にしながら懐からカメラを取り出し、構えを取った。会心の出来で、言い包めたつもりだが。
「……そう」
残念ながら何か琴線に触れたのか―――魔女から立ち昇る魔力は先ほどよりも増大している。
三重に結ばれた魔法陣はパチュリ―を中心に描かれ、それが虚空にも浮かび上がるのを見て、冷や汗まで流れ始めた。
弱いフリをした覚えは全くない。
目の前の魔女は、まともに立ち向かってはならない相手である事は明らかなのだから。
「やっぱり許せないわ。それならそうと、もっと他にやり方があるでしょうに」
「それに関しては同意しますが、幽香さんですからね」
「賛同した時点で極刑よ」
「あやややや。容赦ないですね!?」
自分が出来る事はこのくらいと、射命丸はパチュリ―から放たれる魔法に身構える。
描かれる魔法陣は最早炎の雨だけでは済まされない。
「貴女を捉えるのには骨が折れそうだから、全力で行くわよ。今日は喘息の調子も良いし」
「あ、あははは……お手柔らかに頼みますよ……!!」
涙目で応える心情に嘘偽り無し。
嘆くのは、最高のシャッターチャンスがこれで撮れなくなるのが確定した事。
それだけが、射命丸にとって誠に不本意な事だった。
□⑭
確認しよう。
フランドール・スカーレットなる吸血鬼は、レミリア・スカーレットの妹であり、四百九十五年間もの間、屋敷の地下深くに幽閉されていた禁忌なる吸血鬼だ。
禁忌と呼ばれる所以は所有する能力にある。
生まれ持った吸血鬼としての性能に加え、森羅万象、あらゆる物を破壊できるその能力。
破壊を強いる能力でありながら、自身がそれを上手く制御出来ていない事から危険と判断された代物である。
実際に何度か弾幕戦闘を行った魔理沙や射命丸曰く、フランドールと弾く時は命懸けのお遊びである事を意識させられるというぐらいだ。
「御機嫌よう、初めまして。偉大なる吸血鬼の妹さん」
奥まった廊下の先の扉を開き、その先の部屋に入り軽い口上を述べるも、反応は鈍かった。
薄暗い闇の膜に包まれた一室。
天井には豪華なシャンデリアが釣る下げており、床は金の刺繍が施された紅い絨毯が敷かれている。
調度品の数々は絢爛豪華の名に相応しく、クローゼットからテーブルに至るまで高級品である事が窺える。
そんな部屋の一室に設置された天蓋付きのベッドに、彼女はいた。
「……誰?」
レミリアに似ていると、魔理沙や射命丸が口にした事に対して成程と頷く他ない。
金の髪をサイドテールに纏めたその頭にはレミリアと似たようなナイトキャップを被っている。
瞳の色は紅。服装は真紅を基調とした半袖とミニスカート。
暗闇の中で輝くその背に生やした虹色の結晶のような翼だけ姉であるレミリアの印象とかなり違うが、それ以外は双子かと思える程の瓜二つな容姿をしていた。
「私は風見幽香。花の妖怪であり、レミリアの“友人”よ」
友好的な笑みを浮かべ、そう答える私の瞳は油断なくフランドールを見ていた。
精神状態は良好とは言えない。身体を起き上がらせたフランドールの顔には泣き腫らした跡が残っており、それが何度も何度も涙を流した事により跡を残したものなのは明白だ。
私がレミリアの友人である事を名乗ると、フランドールは驚いた様子で声を上げた。
「お姉さまの友達……? お姉さまと会ったの!?」
ベッドから這い出ると、脱いであった紅い靴を履いて私の傍へと近寄ってくる。
あまりにも無防備に。疑いようもなく藁にも縋る思いで。
「ええ―――」
それに対し、私が取った行動は単純であり―――暴力の塊だ。
片腕を伸ばすように天井に向け、掌に瞬く間に魔力を掻き集める。
矛先がフランドールでないのならば。
「私は貴女に、レミリアからの言伝を伝えに来たのよ」
放つ一撃は、最大出力で天井を破壊してのける。
塵芥も残さず蒸発する絢爛豪華な一室の天井。
轟音と閃光が響く中、流石と言うべきか。
太陽の日差しに曝されるよりも早くフランドールは天蓋付きのベッドへと再び飛び込み、シーツを無理やりベッドから引き剥がしながら全身を包み込むように纏っていた。
「……………、」
薄暗い闇は燦々と照らされる太陽の下に霧消し、日の元に照らされる羽目になったフランドールは、瞬く間に私へと敵意を剥き出しにした。
私は向けられる敵意すら心地良いかのように笑みを絶やさず、ふくよかな自身の胸の中心に片手を添えるようにしながら言葉を続ける。
「レミリアは悩んでいたわ。貴女の“処遇”に。自分を悩ませる妹に」
「悩み、苦しみ、足掻き、もがき……どうするのが正しいのか、ずっとずっと、悩んでいたわ」
虚実を混ぜ込んだ、フランドールを追い詰める言葉を。
「……お姉さまが……悩んでいた……?」
「ええ。でもそれも今日でお終い。心優しいレミリアには、自分の妹を殺す事なんてきっと出来ないでしょう」
それが一番楽なのにと。
目を見開くフランドールに、私は高らかに宣言する。
「私は貴女を殺しに来たのよ。“レミリアがいらないと判断した、フランドール・スカーレットをね”」
「……!!」
「抵抗は御自由にお任せするわ。……尤も」
レミリアの代わりに、お前を殺しに来たと。
懐から取り出したるは向日葵の種。
両手一杯に持ち、ばら蒔くように両手を交差し、薙ぎ払えば。
「抵抗してくれないと私が楽しめないわッ!!」
容赦の欠片もない、“向日葵群による弾幕がフランドールへと襲い掛かる”。
濁流のように瞬く間に広がる鮮やかな黄色い花畑。
マスタースパークが十八番ならば、花の能力を駆使した弾幕は切り札の一つ。
床を破壊し、四方を囲んでいた紅い壁すら豆腐のように粉々にする濁流の中。
「…………」
フランドールは、何も抵抗しなかった。
飲み込まれる。呑みこまれる。
津波のように襲い掛かった向日葵の弾幕を見るも、反応は怠慢に等しい程に、何も出来ずに呑み込まれた。
ベッドも破壊し、フランドールを飲み込んだ向日葵の弾幕は部屋を粉々にしながら太陽の下空を駆けていく。
「………んん?」
その様子を、私は拍子抜けした顔で見送ってしまった。
花による弾幕は発動した。発動しない可能性も多少考えたが、それはないだろうとここに来る前に結論を出している。
何故ならば、私の今の状態は、“レミリアが変わろうとする運命によって影響を受けているのだ”。
強引で乱暴な方法だが、私がその運命を手助けする為にここに訪れ、力を解放出来ない理屈はないと踏んでいた。
(……それでもこれは予想外すぎるわ。まさか、防御も取ろうとしないだなんて)
綺麗さっぱり原型を最早留めていない部屋から津波のように広がった向日葵群の彼方を見るも、ようやく止まった時には、先端から白い煙が上がっていた。
太陽は吸血鬼の天敵。日の下に曝されてしまえば灰になって消えてしまうのも時間の問題だ。
「……まずいわね」
それは拙い。筋書き通りとはいかなくなる。
腰に手を当てて見守っていたが、床を蹴って跳躍し空へと昇りながら白い煙を上げ始める向日葵群の先端へと飛んでいく。
先端に辿りつくまで、一分も掛からない距離だった。
―――アハハハハハハ―――。
その一分の距離を詰める前に、笑い声が耳を打った。
―――アハハハハハハ―――。
それは楽しげに笑っているようであり。
―――アハハハハハハ―――。
悲しげに、鳴いているようにも聞こえた。
気怠い夏の空気が凍てついていく。
底知れぬ悪寒は、紛れもない強者を前に感じるもの。
徐々に大きくなっていく笑い声に、私は堪らなく、笑みを象ってしまう。
「……酷い嘘を吐くのねお姉さん」
笑い声がピタリと止まれば、空を駆けていた向日葵群は爆散し、白煙を立ち昇らせながらも愉快気にフランドールは姿を見せた。
纏ったシーツは破けて散り散りになり、陽光に曝し、全身を焦がしながらも私を捉える紅い瞳はギラギラと輝いている。
「お姉様がそんな事を言う筈ないじゃない。お姉様は必ず帰ってくるわ」
淀みなく発する言葉は信じるように紡がれ、その手には、曲線を描く黒い杖が握られていた。
「……あら、どうしてそう言い切れるのかしら?」
太陽に曝されながらも痛がる素振りすら見せないフランドールにゾクゾクしながらも言葉を返す。
予想外と思ったが、これは“予想以上”だ。
フランドールは躊躇いなくレミリアが帰ってくる理由を口にした。
「だって美鈴が私が泣き出す度に言ってくれたわ。お姉様はそんな人じゃないって。私を見捨てるような酷い人じゃないって。咲夜もパチュリ―も魔理沙もみんなみんな、言ってくれたもの」
根拠も何もない言葉を盲信するその様子は、それだけは真実であってほしいと願っているようで。
「だから私はお姉さんの言う事なんて信じない。お姉様の友達だろうと、私は、私の為に傍に居てくれた人の言葉を裏切ったりなんてしてやらない!!」
狂ったようにそう叫ぶ様に―――不覚にも、慈愛に満ちた笑みを向けてしまった。
その通りよと。
貴女が信じるお姉様は、誇り高き吸血鬼として私の前に立ち、変わろうとする妹に向き合う為に、変わる事を願ったのよと。
そう口にしてやれば、この娘はきっとそれを信じるだろう。
「……そう。なら足掻いてみなさい!!」
だが、そうはしてやらない。それは“風見幽香ではない”。
両掌から放たれる極光魔法。閃光は空を薙ぎ払い、真っ直ぐにフランドールへと向かっていく。
「禁忌ッ!!」
向かってくる閃光に、フランドールは焼き焦がれながらも握る黒い杖を横薙ぎに払って見せた。
杖の先端には魔力が集い、紅蓮の炎を形成しながら瞬く間に伸びていく。
「レーヴァテインッ!!」
紅蓮の炎はその呼び名の通り魔剣と化し、たやすく私から放たれた閃光を切り払って見せた。
「……!」
「いっけえええええ!!」
相殺も、拮抗すら発生しない。
払った魔剣の軌道はそのまま一回転すると、肩に担ぐようにして大上段に振り下ろされる。
(まともに受けるのは流石にないわね)
空を焼く一撃を避けるべく横っ飛びに回避すれば、触れたわけでもないのにじりじりと競り上がる魔力が全身を焼いていくような感触を覚えた。
触れればタダでは済まない。動く度に痛みを訴える脇腹に歯を食いしばりつつも、フランドールの視界から自分を隠すようにして再び周囲に向日葵群を形成していく。
「そんな、ものでぇッ!!」
だが、そんなものはフランドールの前では数秒の盾にもなりはしない。
前触れもなく弾け飛ぶ向日葵群。フランドールから立ち昇る魔力の痕跡はなく、まるで自ら暴発したような現象。
「……、」
再びフランドールの姿を視界に入れた時には、懐にまで入り込まれている。
「破ァァァァッ!!」
両腕で握られる横薙ぎからの魔剣の一撃。
焼かれながらも放たれたその一撃に首を飛ばされる事無く回避出来たのは日々の賜物であり。
「……なるほど」
あらゆるものを破壊する能力がどんな代物か―――看破すれば淀みなく、近づいてきていたフランドールの羽根を掴んでいた。
「!?」
「恐ろしいわね。知らなければ初見でほぼ即死じゃない」
虹色に輝くその羽根を、根本から躊躇いもなくへし折る。
痛覚あんのかしらこれ? と、へし折った瞬間にフランドールの様子を窺おうとするも―――私に向かって伸ばすように掌が広げられていた。
「おっと」
その掌が閉じる前にフランドールと私の間に小さな向日葵の弾幕を作り出せば、私の頭が弾け飛ぶ事はなく、代わりに向日葵が弾け飛んだ。
「え!?」
「やっぱり」
驚くフランドールを見ながらも攻撃の手は緩めない。
膝蹴りを腹部に放ち、九の字に曲がった背中にそっと手を添えて零距離によるマスタースパークを放つ。
防御をする事なんて出来ず、閃光によって空から叩き落されたフランドールは、屋敷の外周に作られた花壇まで派手に吹き飛んで行った。
「……制御が出来てない前はどうだったか知らないけれど、あらゆるものを破壊する能力だなんて御大層な名前付けてもそれじゃあね」
一手でも見誤れば致命傷だが、私はあくまで余裕気な態度で土煙を上げる地面の前に降り立つと、見えないフランドールに指摘するように言葉を投げかける。
「レミリアに比べて圧倒的に経験不足ね。どれだけ力が強くても、胡坐を掻いてるような戦い方をしていればたかが知れているわ。それで通用するのはお遊びの範疇よ?」
指摘しながらも地面にしゃがみ込むと、掌を地面に押し当てるようにして能力を行使。
途端、今度は向日葵ではなく、大きな茨が土煙をあげる地面を吹き飛ばすように何本もの蔓を形成しながら空に打ち上がった。
「が、あッ!?」
「霧となって逃れる事も出来ないのかしら? それとも太陽の下では力が出せない?」
打ち上げれば、ようやく悲鳴染みた苦渋の声が上がり、効いている事を認識する。
茨の蔓はフランドールを容赦なく取り込み、引き裂き、動く度に鮮血を溢れ出させ、その血が零れる前には太陽によって蒸発される。
「ぐ、ぅ……」
「残念ね。この程度? まだ一枚目よ? 妹さん」
「……!! カゴメカゴメェッ!!」
小馬鹿にするように鼻で笑ってやれば、ようやく新たな攻撃が私とフランドールを四方八方から取り囲んだ。
囲まれるよりも早く上に逃げるように飛翔するも、上からも同様の弾幕が近づいてきている事に気づけば再び向日葵の弾幕を形成して相殺を行う。
広がる爆風に紛れ込むように逃げ込むと、茨の蔓に捕まっていたフランドールの元に残りの弾幕は殺到し、戒めを爆散させた。
「禁忌ッ!」
攻撃の手は止まらない。戒めから解き放たれれば片手で虚空を引き裂くような挙動を行い、煙に逃げ込んだ私を捉えんと、青空に紅い果実を彩らせるような球体の弾幕をフランドールは出現させる。
「クランベリートラップ!」
三度目の宣言と共に、球体の弾幕は自ら弾け飛んだ。
「…ッ!
弾け飛べば、炸裂弾のように更に小さな球体となって周囲を覆い尽くすような弾幕に変化する。
十や二十所ではなかった。視界に入っただけでも、百以上はこちらに殺到してくる。
「ようやく、本気かしら!」
笑みを浮かべながらそれを見つつも、掌から再びマスタースパークを放てば、殺到してくる弾幕に穴を開けてフランドールに肉薄する。
「禁忌! レーヴァ―――」
「デュアルスパークッッ!!」
肉薄する私を見るや否や、再び片手に握る黒い杖に紅蓮の炎を形成しようとするが、先んじて私はマスタースパークを更に放った。
フランドールは折れた翼が再生出来ずにいるのか、そのまま動かず、先程同様魔剣による一撃で迫る閃光を薙ぎ払ったが。
「が、あッ!?」
薙ぎ払った直後、別の方角から数秒置いて放たれた分身の閃光に反応出来ずに焼かれていく。
着る服は最早見る影もない。血に塗れた先から蒸発し、太陽に焦がされ続ける身体は服ごと黒ずんでいき、閃光の衝撃に逆らえず、地面へと再び叩きつけられた時には泥だらけの有様だった。
「……ふぅ」
額から零れる汗を腕で拭いながら、地面へと叩き付けたフランドールの近くに私も再び降りる。
圧倒的に優位を保っているものの、まだフランドールのスペルカードを三つしか見ていない事に、精神的に神経が磨り減らされているのを感じていた。
(……デュアルスパークも無事放てたって事は、少なくともレミリアと同等か、それ以上の性能はあると判断しているって事よね。私の身体は)
未だ心と体の乖離は続いているものの、これじゃあきっと死なないだろうという私の判断に、今のところ影響なく弾幕を弾けるのは身体が納得している証拠でもある。
そう、これじゃあきっと死なない。
うつ伏せに倒れ、容赦なく浴びる陽光によって肉を焦がし、体力を奪われ続けるフランドールだが、それでも起き上がろうと腕に力を込め、荒い息を吐きながらこちらを睨む瞳は全く死んでいなかった。
「……ふふ。まだまだ戦れそうね?」
起き上がるのを待つように、両腕を組むようにしてフランドールの様子を見ていた私は、磨り減らされた神経を回復させる為に動こうとはしない。
勝負はここからだ。ここに来る前に魔理沙からいくつかフランドールの特徴を聞いたが、魔理沙の視点から、一つ重要な事を聞いていた。
「……禁、忌ッ」
それは恐らく、本人も気が付いていないと。
何処か羨望するように、魔理沙がフランドールとのこれまでの弾幕戦で掴んだ特徴。
―――“フランドールは戦うにつれ、尻上がりに魔力が増大する”―――。
「フォーオブアカインドッ!」
ボロボロになりながら、黒い杖を棒代わりに立ち上がったフランドールは、荒い息を吐きながらもまだ見ぬ四枚目のスペルカードを切った。
立ち上らせる魔力が分裂するように、陽炎に揺らめき、フランドールの周囲がぼやければ、四散した魔力は燃え上がるように分身を形成する。
「………へぇ?」
形成した分身は三体。泥に汚れず太陽に焼かれてもいない分身達は、八重歯を覗かせ私をみながら怒り、悲しみ、楽しむように手にする黒い杖を構えた。
一人辺りの魔力の密度は先程対峙してた時と同様かそれ以上。単純に四倍に膨れ上がった計算になる。
「四人に増えれば、どうにかなるとでも思ったのかしら?」
嫌な汗が背筋を伝っていくも、挑発するような笑みは変わらず、かかってきなさいと手招きする私。
幸い本体はどれなのか判断が付く。肩で息をしながら焦がされ続けるフランドールは頼りない足取りでありながらも、しっかりと私を睨みつけ、分身達と同様に構えを取っている。
(狙うのは分身の方ね。本当なら、本体を狙うべきなんでしょうけど)
何処でセーフティが勝手に働いてしまうかわからない今の状況では、動けなくなった所を分身に狙われる方のが致命傷に……?
「は?」
「「「「禁、弾ッ!!」」」」
手招きして、向かってきた所を仕留めようと思っていた私はフランドールの宣言に虚を突かれた。
四つに増えた魔力が一つずつ更に膨れ上がり、手にしていた黒い杖を水平に構えるフランドールの様子は、弓を引くような構えだった。
弦を魔力で形成し、煌く矢は虹色に光り、照らされる陽光の下輝きを強くしていく。
「~~~~~ッッ!!」
頭の中で警報が鳴り響く。
“アレ”はマズイと。防ぐ事は恐らく不可能だと。
尻上がり所か天井知らずの上昇を続けるフランドールの魔力で編まれた弾幕は、私が明確な行動に出る前に一斉に放たれた。
「「「「スターボウブレイク!!」」」」
四重奏からなる虹の弾幕。
放たれれば瞬く間に拡散し、辺り一帯を虹の濁流で飲み込もうとするその力は、触れるものすべてを破壊しようとする。
「ッ、のぉッ!!」
放たれた虹の弾幕に対抗するように、とっさに地面を蹴り上げれば土砂が舞い上がる。まともな回避では駄目だ。グレイズ出来る自信もなければ、私の速度では今から空に昇っても間に合わない。
土砂が舞い上がり、大きな穴を開けた地面へと頭から飛び込むように逃げ込めば―――虹の濁流は頭の上を通り過ぎていき、衝撃で大地が震え上がった。
「……はぁ……はぁ………はは……」
心臓の鼓動がいつもより高く鳴り響く。
泥に汚れながらも、命の危険に晒されながらも笑みを浮かべてしまうこの気持ちを理解出来るのはきっと誰一人としていやしないだろう。
「ハハハハ……アハハハハハハハッッ!! 本当に姉妹揃って楽しいわね! アンタ達は!!」
虹の弾幕が通り過ぎ、穴の中で高笑いをする私は蹴るように跳躍し地上へと飛び出ると、辺り一帯が白煙に包まれる中次弾に備える。
これで終わりではないだろう。あの魔力の高まりからして、ピークには至っていない筈だ。
無様な避け方で凌いだが、今度は真っ向から迎え撃つ。
さっきまではレミリアの事が頭にあったが、今の一撃を見てしまったら綺麗さっぱり消し飛んでしまった。
「さぁ、早く来なさいフランドール・スカーレット! まだまだ勝負は……」
ヒートアップしていく心と身体。
いつになく燃え上がり、白煙の中でも見逃すまいと鋭敏になっていく思考はフランドールを捉える為に集中していく。
「………?」
しかし、それまでだった。
白煙が広がるのを止め、気だるい夏の風が周囲を洗い流していけば―――地面にうつ伏せに倒れるフランドールを見つけてしまう。
「………はぁ………はぁ……」
うつ伏せに倒れたフランドールからは、先程までの天井知らずな魔力は感じられなかった。
それ所か、魔力は風前の灯の如く小さな物になり、容赦なく降り注ぐ太陽がフランドールの身体を蝕むようにその身体を灰燼に変えようとしていた。
「…………」
さっきのが、今放てる全力だったのだろう。
尻上がりに跳ね上がっていく魔力と魔理沙は口にしていたが、それはあくまで太陽に曝されていない時の話だ。
(……むしろ、太陽の下で良く戦った方、かしらね)
急激に気持ちが萎えていくのを感じながらも、浮かべていた笑みを引っ込め、ゆっくりとフランドールの下に歩み寄っていく。
「……は、ぁ……」
足音は、聞こえているのだろう。
だが立ち上がろうとする度に力を入れる腕は震え、身体を焼く痛みが立ち上がろうとする事を拒絶する。
「……く……ぅぅ……」
それでも立ち上がろうとする事を止め様としないフランドールに、私は冷めた表情で言葉を投げかけていた。
「きっと、貴女の信じるお姉様なら、ピンチに陥った妹の為に駆けつけに来てくれるのでしょうね」
「……、」
「でも、現実はこんなものよ。貴女はこのままだと太陽に焼かれて死ぬ。それでも貴女は、お姉様がまだ見捨てたわけじゃないって信じるのかしら?」
妹がこんな事になっているのに現れない薄情な姉。
このままでは、フランドールは太陽に焼かれて死んでしまうだろう。
それでも、まだ信じられるのかと。
投げかけた言葉に答えるように、フランドールはうつ伏せに倒れながらも顔をこちらに向けた。
「……ええ、信じるわ」
その瞳は諦めておらず、呼吸すらか細い物へと変わる中、フランドールは、泣き笑いを浮かべるような表情で私にはっきりと答えた。
「お姉様は、絶対に、私を見捨てたりはしない……」
冷めた表情でそれを聞けば、それ以上は近寄る事もしなかった。
―――否、近寄る必要がなくなったのだ。
役者は揃う。運命という言葉に手繰り寄せられて。
フランドールと私との間に、空から舞い降りるように“ソレ”は来た。
行間 Ⅴ ☆
「―――ようやく来たか」
フランドールと幽香の弾幕勝負の行く末を見守っていた魔理沙は、浮かぶ箒に腰掛けながら呟いた。
弾幕勝負はフランドールの自爆で決着が着いていた。
いつもならばあの状況から更に魔力が上昇し回避が難しくなるスペルカードを立て続けに使用してくる所だが、太陽の中あれだけの大技を放てば動けなくなるのは当然だろう。
来ないようならフランドールを助けに行くかと考えていた所だが、幽香の思惑通り、丁度良いタイミングで“ヒーロー”が駆けつけた。
「あとはこのままネタ晴らしして、めでたくハッピーエンドになるかどうかだがなぁ」
魔理沙はそうぼやきながらも、これで終わりにはならないだろうとも予想している。
経緯はどうあれ、フランドールを傷つけられたレミリアは矛を収める理由がなく。
フランドールと対峙し、不完全燃焼のまま決着を迎えた幽香がそれで納得する筈がない。となれば第二ラウンドの始まりだ。
損耗率はどっちもどっちだろう。幽香はフランドールとの戦闘で消耗し、レミリアはこの太陽の中急いで駆けつけた事で消耗している。
お互いに退けぬが勝負も長引く事はない。
それが魔理沙の見解であり―――珍しい好カードを見る分には、楽しめる行く末だ。
「お前はどう思う? 咲夜……」
先程まで、弾幕勝負を挑んでいた相手に気軽に魔理沙は問いかける。
だが、言葉は返って来ない。
魔理沙が居る場所は、紅魔館の門であった場所だった。
今は原型すらなくクレーターがいくつも出来ているような状態だが、地面に転がるように、意識を無くした咲夜と美鈴が倒れていた。
死んではいない。流石に霊夢のように全てが上手くはいかなかったが、空での攻防から地上まで押されながらもここでようやく倒す事が出来た。
先程まで身体は動けそうになかったが、意識はあった為事の成り行きを説明していたのだが、どうやらレミリアが現れたのを見て緊張の糸が切れ、意識を投げ出してしまったようだ。
「……ま、いいか」
魔理沙は眠る咲夜と美鈴を一瞥しながらも、鼻歌混じりに最後の成り行きに視線を戻す。能力に定められた幻想種最強の一角と、意思によって能力を開花させた幻想種最強の一角。
そのぶつかり合いを今か今かと楽しみにする魔法使いもまた―――人でありながら、人ならざる者を越えようとする者であった。
□⑮
“ソレ”は、地上へ舞い降りたかと思えば、私へと背を向け、うつ伏せに倒れるフランドールの前まで歩くと、しゃがみ込んで倒れるフランドールを抱き上げながら立ち上がった。
「……お姉様?」
「ごめんなさい、フラン。今、帰ったわ」
気高き夜の王。幼き紅い月。
心の底から謝るように、レミリアは短くも言葉に乗せれば、フランドールの瞳からはじわりと涙が浮かんでいた。
「ひぐっ……ぐすっ……お、お帰りなさいっ。ちゃ、ちゃんとお姉様が、お姉様が留守の間、屋敷を……」
「ええ、ええ……わかっているわ。本当に、ごめんなさい。もう二度と貴女の傍から離れないから……だまっていなくなったりしないから、後は私に任せてゆっくり休みなさい」
「うん……」
太陽に焼かれながらレミリアにそう言われれば、先程まで必死に繋ぎ止めていた意識をフランドールは簡単に手放し、その身体をレミリアに預けた。
重みが増した身体をレミリアはぎゅっと確かめるように抱きしめると、地面へと再び仰向けに降ろしながらいつぞやの日に見せた紅い鎖を、フランドールの頭上に展開する。
「………三日振りね。傷の具合はどう? 幽香」
鎖が塒を巻くようにして日陰を作るも、フランドールを日陰に置いて、レミリアは踵を返すようにしてこちらへと歩み寄った。
ここまで太陽の中を急いで飛んできたのだろう。
着るドレスはフランドールと同様に身体毎焼け焦げて黒ずんでおり、白煙を上げながら再生と破壊を繰り返している。
「おかげ様でまだ痛むわ。完治までもう何日か必要でしょうね」
「そう」
「アンタは、何処に行ってたのよ?」
「私は天界にちょっとね。あそこの桃は健康に良いから。貴女に持っていってやれば治りも早くなるかと思って」
でも、必要無かったわねと小さくレミリアが笑うと、私も釣られて笑みを象った。
何でこんな事をしたのかレミリアの事だ。察してはついてるだろう。
私はフランドールに対してレミリアが謝った言葉を聞いて、それを察したつもりだ。
「……ねぇ、レミリア」
「なにかしら?」
「わかってるでしょうけど。これで終わる筈がないわよね?」
だからこそ、これで終われる筈がない事もわかっている筈だ。
「私は一つの明確な“答え”を提示してあげたわ。その答えに貴女は辿り着いた。けれど……“それはそれ、これはこれよ”」
「……、」
「私を想って矛を収めてくれるのならそれはお門違いも良い所。……ねぇ、レミリア。アンタはきっと“良い奴”よ。私が保証してあげるわ」
月を見上げながら言ったレミリアの言葉を、私はにこやかな笑みを浮かべて返してやる。
拳を作り、魔力を立ち昇らせ―――今度こそ、殺すつもりで全力の魔力を形成していく。
「だからこそ! ちゃんとお姉さんとして向かってきなさい! 妹がこんな目に遭わせられて貴女は許せるかしら!? “自分の大切な者を傷つけられて貴女は許せるのかしら”!?」
高揚していく身体と心はようやく一致してくれる。
これならば、目の前のレミリアだけを意識し、強者を打倒せんが為に心血全てを注ぎ込める。
「……ええ、そうね」
牙を向ける私に対して、レミリアはゆっくりと瞳を閉じれば。
「許せないわ。何があっても。でも、これは単なる八つ当たりよ。一番許せないのは、他ならぬ私自身に違いないのだから」
紅き魔力は、太陽の下身体を焦がすレミリアの身体を再生させたまま、維持し始める。
それは夜の王に相応しい、太陽への反逆だった。
「あはッ! 八つ当たりでも結構よ!!」
大地を蹴り、飛翔を開始する。
二撃目を用意するつもりはない。
レミリアも同様に飛翔し、視線が交錯した時には、その両手には禍々しき紅き魔槍が二本、握られていた。
「“花符ッッ”!!」
私が取った行動は単純なものだ。
拳を作り、振りかぶるといった動きのみ。
立ち昇る魔力が、宣言を為すスペルカードが、私という存在を肥大化させる。
「幻想郷の開花ァッ!!」
虚空に咲き誇る花の群れ。向日葵であり、紫陽花であり、桔梗、不如帰、鈴蘭と、様々な花を空に咲き誇らせる。
腕から蔦が伸びるように、花という花達が魔力を灯らせ、私と連動するように目の前のレミリアを打倒せんと集い、大きな拳となって放たれた。
「神、槍ッッ!!」
対して、奇しくも同じ挙動でレミリアも振りかぶれば、その手に握られた魔槍を投擲するように、迫る拳へと宣言をしながら撃ち放った。
「スピア・ザ・グングニルッッ!!」
迫る拳の中心をたやすく貫き、紅き魔力は花の魔力を焼くように爆散した。
二撃目はない。放った時点で、私の“攻撃”からは逃れられない。
「……ッ!?」
拳を象る咲き誇った花が散れば、風に乗って更に虚空を浸食する。
苗床が何であろうとそれは関係ない。例え吸血鬼の身体だろうと、彼等彼女等は養分として花を咲かせる。
放った時点で私の攻撃は届いている。そのまま枯れ果てるまで養分を吸出し、吸血鬼を苗床にした花を咲かせれば、如何にレミリアだろうと耐えられない。
「………………ハッ」
だが、拳を振りぬいた体勢のまま、私は見た。
花に侵されながらも、今にも落ちそうな程魔力を花達に持っていかれながらも―――もう一つ、握られた魔槍を振りかぶるレミリアの姿を。
笑ってしまう。どうしようもなく、笑みを作ってしまう。
それが、負けると分かっていても。
「スピア・ザ………グングニルッッッ!!!」
振りぬかれた紅き魔槍の一撃は、立ちはだかる花達全てを焼き払いながら、今度こそ私を貫いた。
「―――」
不思議と痛みはない。貫かれたのは、胸の中心だというのに。
唯闇だけが、あっという間に私という存在を呑み込んでいく。
(……敵わない、か)
堕ちていく。何処までも、闇に引きずり込まれるように。
(………ま、しょうがないわね)
引きずり込まれながらも、私は最後まで笑って見せた。
何故ならば。
(“悪役”が“ヒーロー”に負けるのは、誰が演じても変わらないものね)
私の目的はレミリアがここに来た時点で、達成出来ていたのだから。
□ 後日談 Ⅰ
―――今日も今日とて日は昇る。
世界は素晴らしくも残酷に、私を中心に回ってはくれないからだ。
「――――ふむふむ。いやー、つまりは最後の最後で欲張った結果こうなったと」
そう話を締めくくってくれた天狗の頭を掴もうとしたが、二度も同じ手は通じないとでもいうのか。
身を捻り、紙一重でかわせばドヤ顔で手帳にペンを走らせる射命丸が一人。
「……アンタに改めて言われると、やっぱり納得出来なくなってきたわ。傷が治ったら先ずはリベンジかしら」
「あややや。その時は是非とも私を立ち会わせて下さいよ? 結局シャッターチャンスを逃してしまって、記事にするのが遅れに遅れてるのですから」
新鮮なネタの鮮度が落ちてしまいますよと、心底残念がる射命丸だが、傍らに立つ魔理沙は苦笑すると、また戦るのかとぼやく。
「パチュリ―がいなかったら流石に幽香でも死んでたぜ? 私の手持ちの薬と魔術じゃあ胸に大穴開けた奴の治療なんて出来なかったからな」
苦笑混じりなのは、多少は心配してくれている部分もあるからだろう。
それに対してにっこりと笑い、当然よと返しておく。
射命丸を捉えようと立ち上がった身体をベッドに戻し、着ていたパジャマの上から胸の中心をなぞるように手を添えた。
意識を失った後、どうやら私はあの魔女に助けられたらしい。
方法も、理由もまだ聞いていない。唯魔理沙曰く、友人を呼び戻してくれたお礼じゃないか? という話だった。
知らない所で借りは作りたくないので、この件についてはいつかちゃんと返そうと心の中に留めておく。
「ま、もう何日かはじっとしてた方がいいぜ。その間、向日葵畑の世話ぐらいは私がしてやるさ」
「悪いわね。今度何か手伝うわ」
「お、それなら今度宴会の幹事手伝ってくれると嬉しいぜ。人が増えて大変でさ」
見知った相手でも、あまり借りは作りたくなかったが、これもしょうがない。
何せ私は胸に大穴を開けてそれが完治するまで、どうしてか紅魔館に厄介になる事になったのだから。
(……ロクに動けないから厄介になるのはしょうがないのだけど)
私が今くつろいでいる場所も、屋敷で用意された客間の一つ。
レミリアとは、意識を取り戻した際に色々話もした。
内容はまぁ、終始謝るような、改めて決意するような告白ばかりで、私や他の連中の気持ちなんてまるで考えていないかのような、傲慢な内容だった。
傷が治るまで私を屋敷で預かる、なんて言いだしたのもそのせいだ。包帯を取り換えてくれるメイド長の刺々しい視線にも、三回も見れば慣れてしまったが。
(……まぁ、だからあんな風に言えるのでしょうけど)
ふと、レミリアが改めて言った台詞に、私はクスりと笑ってしまう。
「……? どうしましたか?」
「ん。ちょっと思い出した事があったのよ」
射命丸が目敏く私が急に笑うのを見て首を傾げるも、流石にこれは記事にされたくないので言ってはやらない。
(まさか……今度こそちゃんとした友人になりなさい、なんてね)
顔を真っ赤にして言うレミリアがあまりにも健気だったのを思い出し、私は暫くの間クスクスと射命丸には分からない笑みを浮かべ続けた―――。
■ 行間 Next
大義は、何処に在ろうか。
尸解仙と成ったのは何の為か。
多くの嘆きを喰ろうてきたのは何の為か。
民等の血を啜りながらも不老になる事を誓ったのは何の為か。
忘れてはならぬ。
違えてはならぬ。
太子の妨げになる者は全て焼き払え。
どれだけの血で汚泥を這うことになろうと。
どれだけの涙で嘆きを耳にしようと。
太子が世を正せば民等にとって幸せである事は間違いないのだから。
それだけが我の大義であり、大義の礎になる事に、迷い等ある筈もなし―――。
まんまだし。あんなんでも一応吸血鬼だから強いレミリア書きた
いのはいいけど・・・。私が幽香ファンだからってのもあるかもしれ
ないけど、なんだかねえ?
文章は好きなので続きに期待。
文も幽香も紅魔館の全員も格好よく描かれてた
ただどうしても魔理沙だけが好きになれなかった
今後どうやって持ち直していくか楽しみです
大山鳴動したわりには、あっけない終わり方だな、と思いました。
心情の変遷もあんまり見受けられず、どうにも感情移入できなかった部分が大きいです。
東方では、弾幕のランクを決定する根拠に強い曖昧性がある一方で、それが公的データとしてのメタな権力を持っているのが辛いところだと思っています。
バトルを限定的な状況下におくことで批判を避けようとしているように見えましたが、かえって違和感が増して、議論の俎上に乗ってしまったように思いました。
全体として、なんだか釈然としないなぁ、という印象を受けました。
え、弱体化してお人好しで終わりなのって。
紅魔組がただの当主依存に見えてしまった。こんなに弱いかな。
ちょっとしたイメージのズレが積み重なって来て厳しい。
それで短絡な文句言ってる人は何がしたいのかわかりません
なによりオチが読めてたなあ。