Coolier - 新生・東方創想話

月の涙の欠片 ~五日月~

2012/08/30 00:50:09
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「ふんふんふふ~ん♪」

姫様の機嫌は最高潮だった。
満面の笑顔から零れる鼻歌がそれを証明していた。

その笑顔を見ると私こと鈴仙・優曇華院・イナバの心も和やかとなっていく。
私は姫様が大好きだからだ。
姫様にはずっと笑顔でいてほしいと思う。
それこそ永遠に。

「姫様、御機嫌ですね」
「あらイナバ、わかる?」

姫様の円らな瞳が私の顔へと向けられる。

私は元々人付き合いというものは得意ではない。
どちらかというと臆病な性質だ。
しかし、それ故か他の人の情性には機敏な方であると自負している。
まあ、そうでなくても今の姫様が御機嫌じゃないと言う事はいとも簡単に察することは出来ただろうが。

「あと三時間でレミィと会う約束の時間になるのよ」
「さ、三時間ですか…?」

三時間。
長い。
いや、姫様はそれだけ楽しみにしているという事なのだ。
何もおかしい事ではないだろう。

「今日はレミリアさんの紅魔館に行くんでしたっけ?」
「そうよ、紅魔館でお茶会をやるのよ」

レミリア…レミリア・スカーレットとは、紅魔館の主であり、幻想郷のパワーバランスの一角である吸血鬼だ。
レミリアは他勢力の長でありながら、私から見ても比較的話がしやすい相手だ。

最近、姫様とレミリアの交流が進んでいることは私もよく知っている。
姫様に気の合う友人が出来ることは私にとっても非常に嬉しい事だ。
そういう意味では、私はレミリアに感謝しなければいけないだろう。

と、そこまで考えて思い出した。
今日は紅魔館へ置き薬の補充へ向かう日だった。
危なかった、忘れたらまた師匠に怒られるところだった。

「姫様、そう言えば私も紅魔館へ用事があるのです。同行させていただいても構いませんか?」
「勿論構わないわよ。失礼のないようにしてね」
「勿論です。では、準備してきますね」
「は~い。はやくレミィに会いたいな~♪」

姫様のご機嫌な鼻歌を背に、私はその場をそっと離れた。




「姫様凄く御機嫌ですね」
「…そうね」

ここは私の師匠である八意永琳の研究室だ。
私の仕事は専ら師匠の仕事の手伝いだ。
いつかは師匠のようになれるように…なるのは無理だとしても、少しでも近付きたいとは思っている。

それはそうとして、私は薬箱の確認を始める。
何か足りてない物は無いかな…っと。

「ねえウドンゲ、少し良いかしら?」
「はい?」

私は師匠の声に顔を上げる。
そこには何だろう、どこか哀しげな師匠の顔があった。
一体何があったというのだろう。

「貴方は『飛んで火に入る夏の虫』という諺を知ってる?」

確か、明るさにつられて飛んで来た夏の虫が、火で焼け死ぬ意味から、自分から進んで災いの中に飛び込むことのたとえ…だったっけ。
現代の用法に言い換えれば、自分から危険なところに身を投じ、災難を招くという意味だった筈だ。

「ええ、知ってます。それがどうかしましたか?」
「じゃあ、どうして虫がわざわざ光を求めるか分かる?」
「…え?」

それはあまり深く考えた事が無かった。
うーん…わからない。

「虫の習性…なんでしょうか?」
「習性と言うのは後天的に身に付けたものね。この場合は、虫の走性という生得的行動…言わば生まれつき備わっている行動なのよ」
「はあ…」

師匠が言っていることは何となくわかる。

「虫は本能的に光を求めるわ。それが自らの身を焦がす炎であっても」

けど、師匠が何を言いたいのかがわからない。

「そして、自らの身を焦がす炎に気付かないのは虫だけではないの」

師匠は私に何を伝えたいのか。

「私達のような人間も闇夜に囚われた時、光があれば迷わず手を伸ばすでしょう」

それをはっきりと言葉で聞ければ良かったのだろう。

「でも、あまりにも強い光は自らを傷つけかねないわ」

でも、私の唇は動かなかった。

「でもね、それに気付かない事も多いの。虫だけではなく私達だって」

師匠の言葉に圧倒されたからなのか。

「そして、その光に強く惹かれてしまった場合、どこまでもそれを求めてしまうでしょう」

私が回答を聞くのを恐れているからなのか。

「自らを傷つけながら…どこまでもね…」

私にもわからなかった。

「そして、最終的にはその光さえも…」

私は喉がゴクリと鳴るのがわかった。
そして、師匠が口を開いた。




「イナバ~。用意できたかしら~?」




「…姫様!?」
「姫!?」

私と師匠は突然の姫様の登場に驚いてしまう。
というか、師匠が驚くのって珍しい…。
師匠もこういう反応することがあるのね…と、聞きようによっては失礼なことまで考えてしまう。

「何か話してたの?」

姫様の頭の上にはクエスチョンマークが浮かんでいる。
勿論比喩だが。

「何でもありませんわ姫。少々立ち話をしていただけです」
「ふ~ん。それよりイナバ。用意できたかしら?」

姫様の視線が私へと向けられる。
しまった!
準備がまだ途中だった!

「す。すみません!今すぐ準備をします!」

私は慌てて薬箱の中身を検め始める。
え~っと、全部揃ってるわよね…。

「ねえ永琳。レミィに何かお土産を買っていきたいのよ」
「あらあら、それは良い考えですわね。お金はこれくらいあれば足りますかしら?」
「十分よ。ありがとね永琳」

笑顔で会話をする師匠と姫様。
微笑ましい会話だ。
まるで親子を想わせるような。
私はこの二人が大好きだ。
いつまでもこの笑顔を見ていたいと思う。

でも、先程の師匠の言葉は一体何なのか。
何か良からぬことが起きようとしている事を師匠は予見しているのか。
その疑問を口から出すことは出来なかった。

「イナバ、準備できたかしら」
「は、はい!準備できました!」
「よろしい」

ニコニコと笑う姫様。
私はこの笑顔を守れるならば何だってする。
そう、何だってだ。

「よし、じゃあまずは人里に行ってレミィへのお土産を買いに行くわよ」

輝くような姫様の笑顔。
この笑顔を見ていたら私はとても癒される。
ずっとこの笑顔を守っていきたい。
いや、私が守れるようになろう。
そう決意した私は姫様に付き添い永遠亭を後にした。







「ふぅ…」

私、八意永琳は永遠亭に背を向け歩いて行く姫とウドンゲを見送ると、一つ深い溜息をつく。
その溜息の原因は勿論姫の事だ。

レミリアと姫。
姫はレミリアに恋焦がれている事は間違いない。
そして、その想いは日増しに大きくなってしまっている。

今のままでは姫はいずれ火に入る虫になってしまうことだろう。
その光に魅入られて。
自らの想いに突き動かされて。

このままでは確実に取り返しのつかない事になる。
私はそれを確信していた。

しかし…

「レミリアを殺したら…姫は…」

私ならばレミリアを殺す事は造作もない事だろう。
しかし…レミリアを殺すと姫の笑顔はどうなるのだろうか。

姫の笑顔。
私の脳裏に思い浮かぶのは痛々しくも私に気を使ったような笑顔。
逃亡生活の中ではそのような笑顔しか私は見る事が出来なかった。

しかし、今はどうか。
あの日々では見られなかった輝かしい笑顔。
あのような姫の笑顔を見ることが出来るのは、もしかしたら私にとって生まれて初めてかもしれない。

そのことを考えただけ私はレミリアを殺せなくなる。
今は…もう少しだけそれを見ていたい。
もう少し…もう少しだけ…

一体そのもう少しはいつまで続いてくれるのか。
天才と呼ばれる私にもそれはわからなかった。
どうもお久しぶりです
現在リハビリ中です
ぼちぼち復活したいと思います
ツイッター始めました 
https://twitter.com/soraran123
エル
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コメント



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2.100Lily削除
永琳の、レミリアと輝夜の関係への思いがはっきりと出ていて、
今後の二人の関係が進むにつれての、永琳の動きが更に気になるようになるお話に思えました。
本編がますます気になり、更新が楽しみです。