麦酒にトマトジュースその他スパイスをぶっこみ、レッドアイカクテルを作って飲んだ。まあ、ぼちぼちうまい。橋姫特製なので、グリーンアイドレッドアイと名づけよう。
洞穴に吹く、残暑っぽさ全開の生ぬるい夜風が頬をなでる。適当なところに座って飲んでいると、それだけで無闇に心地よくなってくる。
「なんか気持ちいいなあー。歌でも歌っちゃおうかなあ」
私はとってもご機嫌だった。
さしずめ赤顔のジェラシーである。
「ねたましい~ねたましい~な~! あ~ああ~~~!」
「もうちょっとましな歌にしてほしいですね」
テンションは最高潮だぜぇ、といったところで通りがかりの誰かに茶々を入れられたので最低になった。
「何よ」
一応なんでもない振りをしたけど、内心かなり恥ずかしかった。
赤顔のハズカシーである。
出てきたのはさとりだった。
「そんな変な歌より、超絶的に可愛い妹への思いを歌う恋歌がいいです」
「なんで私があんたの歪みきった感情を解説しなきゃいけないのよ」
「だって、こいしって可愛いじゃないですか」
「まあ、あんたよりはね」
ただでさえ恋歌などこっ恥ずかしくて歌えないというのに。そんな歌は、恋で盲目になった奴だけが歌っていればいい。
私は一匹狼なんだ。
「それより今日はどうかした? まさか地上にでも行くつもりかしら」
強引に話を逸らした。
「いえ。ここに来れば面白いものが見れそうな気がして」
「……面白いもの?」
「パルスィが発狂したように大声で歌う姿はとても面白かったです」
うざ。
なんで英語の教科書みたいな言い方なんだ。
「帰ってくれる?」
「やだもーん。酔っ払ってみだらになったパルスィをもっと見るんですー」
「うるせえぶぶ漬けぶつけんぞ」
腹が立ったのでさとりの両頬を引っ張るとよく伸びた。
「いひゃいれふ」
「あんたのほっぺたが一番面白い」
「ほもひろふあいれふ」
「ホモ? 何言ってるかわかんないけど、反省してる?」
「あい」
頷くようなそぶりを見せる幼女。
「よし」
手を離すと、さとりの顔がぱちんと元に戻る。頬がほんのり赤くなってしまっていた。赤顔のコメイジーである。
「さてはそのだじゃれ、ちょっと気に入りましたね」
「えへ。うん」
答えて、くいっとカクテルをあおる。
他人が来ただけだというのに、なぜか味が変わってしまった気がした。
「この際あんたも飲みなさい。ほら」
飲みかけのグラスを差し出すと、露骨に嫌な顔をされた。
「……グラスがひとつしかないの」
「仕方ないですね」
さとりは小さい両手でグラスを傾けた。まるで子供みたいに見えたので、一抹の罪悪感を覚えなくもなかった。
「子供じゃないです」
「へえ」
いつも余裕ぶってるさとりがふくれっ面をする、随一の言葉が子供呼ばわりだった。
なおさら子供っぽいと思うのだが、そこがかわいいのでつい言ってしまう。
「んぐっ」
さとりはいきなり嗚咽を漏らした。
「どした?」
「……ぱ、パルスィ、『ならオトナなところを見せてみろよグヘヘ』って思いましたね?」
「思ってないよ!?」
「変態」
「おい待て。なに人の性的嗜好を勝手にでっち上げてんだ」
心を読めるさとりがそれをやるのは悪質すぎる。
「し、仕方ないですねえ。ちょっとだけですよ」
彼女はそう言うとグラスを置いた。
そして私の首元に腕を回して、抱きついてきた。
「えっ! ちょ、ちょちょちょいちょいちょい何してんの!?」
「オトナなことです」
「ままま待て待つんだ私が悪かったから」
悪くない。
「嫌ですか」
「い、嫌では……」
悪くない。
「じゃあ、おっけーね?」
「お、おおおっけーね!!」
あー。私は何を言っているんだろう。
錯乱してわけがわからなくなっていた。
そのまま、なんだかとても長い時間抱き締められていたような気がする。私はその間、めっちゃいい匂いがして妬ましい、ぐらいしか考えられなかった。
なんでこんなことをされているのか理解できない。昨日までのさとりは、ただのむかつく奴だった。なのにいきなりこんなことをされては、ちょっと気になるけどやっぱりむかつく奴ぐらいの存在になってしまう。
優しくされると好きになっちゃうからやめてほしい。
ようやく、さとりってば一体どうしたんだろう、と考えた。そんな私の心を読んでいるはずなのに、彼女は微動だにしなくなってしまった。
「あのー、古明地さん。もしもし」
こんなふうに、さとりが黙って甘えてくるなんて珍しい。もしかして、何か辛いことがあったのだろうか。旧都の心ない連中に乱暴を受けたのだろうか。
もし、彼女が助けを求めて私の元へ来たのだとしたら。
私は、この小さな子供を守ってやらねばならない。
彼女は意志が強かったり言動が捻くれていたり何気に美少女だったりするので大人びて見えるが、その実、心の中はただの子供である。他人の嘘を全て暴いて、辛い現実を直視してきた瞳は、どんな大人よりも、たくさんの涙を流したかもしれない。けれどそれでも、彼女は生まれてからまだ二百年だ。妖怪としての心は、まだまだ未熟すぎる。いまだ割り切れなさに涙を流していることもある、ってこいしちゃんが言ってた。
その幼い心に、今までどれだけの傷を受けてきたのか、私にはわからない。さらに、彼女に傷をつける輩はまだたくさん存在するのかもしれない。
弱い一妖怪の私に、できるだろうか。ひとりの少女を救うことなんて。
「Zzz」
まぁそんなことはなく彼女は寝ていただけだった。
酔うのが早すぎる。
ヨダレまで垂らされた。
「ちょっとー。おーい」
こういう状況はある意味で役得なのかもしれないが、起こすことにした。横腹を掴んで軽く揺さぶると、さとりは私の胸に顔を伏せたまま、
「ああ、すいません。夜勤明けなもので」
と言った。彼女も彼女で大変なようだ。
「そうだったんだ。おつかれ」
「どうも。ところでこれ、いい感じの枕ですね。低反発枕ですか?」
「私の胸だが」
「ほう。なかなかどうしてちょうどいい大きさ、柔らかさ。パルスィ、私の枕になってくださいよ」
乳房の間に顔をうずめているさとりは、どう見ても子供だった。
ついでとばかり両手で揉みだしのでとんだエロガキだった。
「ならない。っていうか揉むな。やめろ」
「いいじゃないですか。私とパルスィの仲でしょう」
「そんな仲になった憶えはないよ」
「……」
突然さとりの動きが止まった。
もしやこの短時間でまた眠ったのかと思ったが、
「じゃあ、今からそんな仲になりましょう」
と言ってもうひと揉みしやがった。
「……おい」
「はい」
相変わらず物好きな奴だった。私は橋姫だぞ。
めちゃくちゃ近い距離で見つめ合う。
恥ずかしかった。
思わず目を逸らしたら、さとりがクスっと笑った。
それがなんだか悔しかった。
「ちょろいですね」
うわ!
瞬間、悔しさがめちゃくちゃに膨れ上がった。
ジト目が強烈にウザかった。
悔しい。悔しいぞ! 酸いも甘いも噛み分けた橋姫が、こんな子供を相手に浮かれてしまうなんて、めちゃくちゃ悔しい。
何かやり返さないと、とても気が済みそうにない。
気が済まない!
きーがーすーまーなーいー!
私は爆発した。
たまに通りかかる傘の妖怪が久々に現れ、無駄に愛想よく挨拶してきたので少し雑談をした。
彼女は人をびっくりさせるのが生業だと、常日頃から豪語している。なので私は、びっくりさせたい奴がいるのだと相談してみた。
「それって、さとりさん?」
なぜか一瞬でバレた。なぜだ。
バカっぽい顔をしているくせに、意外と勘が鋭かった。
「ま、まぁね……」
「あのひとは難しいなあ」
なにせこっそり近づくことすらできないし、と彼女は呟く。
「だけど、そうだなあ、相手が誰であれ基本は変わらないよ。驚かすときは、思い立ったら迷わずガー! っていってズカーン! ってやってうらめしやー! だよ」
「……」
予想できていたこととはいえ、とってもわかりにくいアドバイスだった。
「思い立ったらガー、ね」
私はとりあえず反駁した。
「そうそう。ためらったら、その時点で敗北だよ。びっくりは一瞬の駆け引きなんだよ」
なんだかわかったふうだったが、こいつに驚かされた経験は特にない。
「もし相手が一瞬で心を読むのなら、こっちは一瞬未満レベルのガー! で勝負しないとね」
まあしかし、珍しくもっともなことを言っている気もする。少なくとも私に、思い立ったらガー、もとい決断力が足りないのは確かだった。
あれから、さとりは爆風に吹き飛ばされてどこかへ行ってしまった。橋姫は恥ずかしさが頂点に達すると爆発する仕組みになっているのである程度は仕方がないのだが、そのせいで話がうやむやになってしまったので困ってしまった。
どうせ爆発するなら、さとりに仕返しをしてからがよかった。
そういうわけで、私は爆発させられたことへの仕返しを考えているのである。
「でも、何でさとりさんを驚かせたいの?」
そう尋ねられた。
「あいつを驚かせば一人前になれる気がするのよ」
「まだ半人前なんだ」
「あっその言葉つらい」
何の気なしに人の心をえぐらないでほしかった。
行動するしかないのである。
何も考えずに行動すれば勝機はある。なにも子供相手にそんな意地張らなくても、と心の中の天使が囁いてくるがそんな奴はちゅっちゅで黙らせるのである。
脳内では強気だった。
とにかく、私はさとりにギャフンと言わせなくてはいけないのだ。あいつにドキドキさせられるだけの半自動赤面マシーンになど、なるものか。
決めた。
絶対に奴を赤面させてやる。
単に赤面させるだけなら、恥ずかしい過去とか妹との不純同姓交遊とかを周りにバラしたら早いのだが、さすがにそれは可哀想なのでもう少しマイルドに、美しく勝ちたいと思う。あくまで一対一で、正々堂々と恥ずかしい思いをさせてこその大勝利といえる。
それには思い立ったら即行動、の瞬発力が必要なのである。そう考えて私は旧都に繰り出した。
そこで出会った勇儀に、勇気の出そうなおまじないでもないかと持ちかけてみると「えっ?」って顔をされた。「えっお前なに生娘みたいこと言ってるのいいトシして?」って顔をされた。気がした。
「そんなときはこれさね」
勇儀はそう言って、ドぎつそうな酒瓶を差し出した。そして「えっお前なに生娘みたいこと言ってるのいいトシして?」って顔からカッコイイお姉さんの顔になった。
ということがあったので今、家には私の他にでかい酒瓶ちゃんがいる。
けっこう色んな人によくしてもらったので、私は今ちょっと気分がいい。なので早速ラッパ飲みしてみたら身体が一気に熱くなった。
おおっ。
まるで恋のようだ。
若かりしあの頃を思いだす。これなら勝てる。
さとりには矢文で招待状を送ってあるので、爆発したことに怒ってさえいなければもうすぐ来てくれるはずだ。胸が高鳴る。なにせ今の私には酒瓶ちゃんの大いなるパワーによって行動力が備わっているのだから最強である。
ちなみに招待状を送るだけでもけっこう勇気が必要だった。
私頑張った。
そして、これからの戦いにはもっと勇気が必要なのである。相手はあのさとりだ。お見通しアピールが物凄くウザいさとりだ。あいつが部屋に入った瞬間に速攻勝負をしかけ、先手を取って恥ずかしい思いをさせねばならない。
一瞬で勝負が決まると言っても過言ではないのだから、緊張だってするというもの。
深々と深呼吸をする。呼気が熱い。この熱さが私に力をくれる。気分はとても高揚している。今ならどんなことでもできちゃう気がする!
コンコン、とノックの音が二回した。
来た、奴が来た! 今こそ復讐のときである。覚悟はよいか! よいぞ! 自問自答!
「開いてるわよ」
扉を挟んだまま、声をかける。程なくしてドアノブが回った。緊張の一瞬である。次の瞬間に、私は飛び出しているはずだ。正直なところ具体的に何をするかとか全然考えていなかったが、とにかく何かするのだ。いいのだ、そういうのはその場のノリで。小傘も言っていた。言ってなかったかもしれないがいいのだ。
扉が開いていく。
街道にたくさん飾られているちょうちんの光が、家のなかに差した。
眩しい。
そういえば家の明かりを点けるのを忘れていた。
緊張してたしなあ。仕方ないね。
いやいかん。考えるな私。
一度頭を真っ白にする。
差し込んでくる光が、徐々に太くなっていく。
この向こうに、さとりがいる。
胸の高鳴りが大きくなる。身体じゅうが熱くなる。緊張だと思うのだが、もしかしたら恋かもしれない。
私、さとりのことを、知らないうちに好きになってたのでは?
まじか。
なんかそんな気がしてきた。
あの明かりの向こうにさとりがいると思うと、急に胸が高鳴るし。
まじか。
ここで、次の瞬間にやるべきことが決まった。
開いていく扉の陰から髪先あたりを確認した瞬間、私は彼女の手を掴んで強引に家のなかへと引き込んだ。
そして迷わず思いっきり唇を近づける。
当然のように相手の唇へと向かった。酔っ払いは後先考えないものなのだ。
すると引っぱたかれた。一瞬で心を読まれていた。
「ひどいです」
もっともだった。
「まだ、したことないんですよ。こいしとしか」
やっぱりあまりもっともじゃなかったかもしれない。
妹とやってるなら充分だよ。
「……ごめん。あんたのこと考えてたら、いてもたってもいられなくなって。とにかく勢いつけて告白したら、何とななるかもって思ったら、こんなことに」
私は素直な気持ちを伝えた。
「……こくはく?」
「好きなんだ。さとりのこと」
「えっ、なっ」
さとりは赤面した。
あ、勝った。
あっさり。
思えば遠回りばかりしてきた。
この地底に幼い妖怪姉妹が落ちてきたのは何年前だったか。一緒に笑うことも、喧嘩することもあった。だけど胸のうちにあったこの気持ちに、私は触れようとしてこなかった。橋姫の私なんかが、彼女を好きになってはいけないと思っていた。
確かにさとりは、決していい子ではない。はっきり言ってウザい。けれど私は、それでも彼女を年の離れた妹のような感覚でかわいがってきた。目に入れたって痛くない。
考えてみると、こんなにも愛しいのだったら別に求婚しちゃったって問題ないんじゃないかしらん。
そうだ。
いいんじゃね?
胸の奥で高ぶる愛しさに、自分で気がついていなかったのだ。
今、私はとっても結婚したかった。
「けっ、け、けっこん……!」
さとりは、あからさまにたじろいだ。
効いてる。
「さとり」
「あーっ! ちょっと待ってください今は下の名前で呼ばないで今はちょっとその今は」
めっちゃ照れてた。
かわいい。
「やーめーてーかわいいとかっ! やめて、今はだめですだめ」
「そんなこと言われてもね」
両手で顔を抑えて何やらあたふたしている。あたふたしすぎてイスに足をぶつけていた。
何こいつかわいい。
痛そうだったけど。
まさか私に仕返しされるなんて、彼女は夢にも思っていなかったに違いない。でないと人を低反発枕呼ばわりなんてするものか。人を低反発枕と呼んでいいのは、自分が低反発枕と呼ばれる覚悟がある奴だけだぜ、レディ。いや、ガール。
なのでお返しに私もさとりの低反発枕を試してみたいが、まだ我慢である。ぐへへ。
「だだだだだめです、そんなの! 許しません!」
真っ赤な顔で言っても説得力がなかった。ぐへへ。
「どうして。今更、私相手じゃ嫌だっていうの」
「そ、そうではないですけど……」
「嫌でもやるけどね。橋姫を惚れさせた業は深いよ」
「な、ななっ」
手をワキワキしてみせると、さとりはたじろぎすぎて扉に後頭部をぶつけた。派手な音がした。
涙目だった。
痛そう。
「大丈夫?」
私はそう言って、さとりの正面から後頭部を撫でた。必然的に抱き締めるような格好になる。
ついでとばかり、抱き寄せた。さとりは腕のなかでもんどりうったが気にせず抱き締めた。
こうしていると、なんとなく落ち着く。その気分がさとりにも伝わるようで、次第に彼女もじたばたしなくなってきた。やがて私は、
「キスしていい?」
と尋ねた。返事がなかったので勝手に受諾と受け取って、そっと唇を重ねた。
ふっくらしていて柔らかかった。チロっと彼女の唇に舌を這わすと、彼女はしばし固く唇をつぐんだ。それで戸惑っていったん唇を離すと、今度は彼女のほうから、控えめに唇を寄せ、チュウっと啜る音を立てた。
ちょっと何こいつめっちゃかわいいんだけど、なんて思うとさとりはまた恥ずかしがって引っ込んでしまうので、次はもう一度私から、食むように唇を重ねて、彼女が心を開いてくれるのを待つ。
しばらくはその繰り返しだった。
さとりが少し慣れてきたところで、一度だけ舌を絡めた。彼女は一瞬ピクっと肩をすくめたが、受け容れてくれた。メロンソーダ味だった。飲んできたなこいつ。
不覚にもおいしかった。
唇を離すと、目前にとろんとした表情のさとりがいた。うっわ何こいつめっちゃかわいい。
かわいい。
もう一回しちゃおうかな、と思うと引っぱたかれた。
「もう、いいです」
相変わらず真っ赤な顔だった。三つの目が全部私から逸らされる。
恥ずかしそうだった。
少しやりすぎただろうかと思ってみると、彼女は横目でチラっと見始めた。その表情もかわいいと思うとまた目を逸らされた。
「不躾です」
叱られた。
ノリノリだったくせに。
「酔っ払いだからさ」
「言い訳無用」
「はい。ごめんなさい」
ポーズだけしゅんとなってベッドに体育座りしてみたが、酔っ払いなので反省は全然していない。
酒の力とは恐ろしい。半ば本気で、自分が全知全能であるような気がしてくる。
もちろん実際にそうなるわけはないが、私の強すぎる自制心を取り払ってしまうには、酒はいささか便利すぎた。普段の私なら、こんなことは絶対にしない。重い枷が外されて、突然自由になった心が縦横無尽に飛び回って、あらぬところまでスカイハイなのでこの有り様である。
あらぬところとかいう言葉を突然思いついたものだから、さとりのあらぬところを想像してしまってスカイハイだった。
睨まれたのでやめる。
「酔っ払いすぎですよ。一体どれだけ飲んだんですか」
「酔ってないわよ。それの、減ったぶんだけよ」
酒瓶を指さして答えた。
見事にカラだった。
「いつの間に」
記憶にない。
私はびっくりした。
「……はぁ」
ため息をつかれた。
呆れたようなその音が、私のテンションを下げる。というか普通に傷つくから辛い。
「まぁ……いいです。パルスィの気持ちはわかりました。狼藉をはたらいた罪は不問にしてあげましょう」
「ははーっ」
私は土下座した。
ふざけたことをしてしまったと反省するが、酒酔いとは自制心を失った状態というだけだ。酔っぱらいのおかしな行動とは、普段やりたいと思っているけどできないことに過ぎないのである。さとりが好きだという気持ちは本心なのだ。私はさとりとキスしたかったんだ。悪いか。
そういう意味で、行動力をつけるのに酒ほど適したものもないのである。
「私もパルスィのこと、えと、その、好きですし」
下がったテンションが怒涛の勢いで回復した。
お酒のおかげで彼女ができました!
さすがの吟醸『幼女ころし』である!!
「……えへへ。うん」
嬉しくて恥ずかしくて、変な笑いが出た。
私はさとりを手招きした。「もう、しょうがない子ですね」とか言って渋々寄ってきた彼女を抱き締めて、もう一度キスをした。
早朝の橋は強風だった。
残暑のはずなのに、やたらに肌寒かった。
「……で」
こんな早くから、さとりと隣同士で座っている。今朝目が覚めると、なぜか隣でこいつが寝ていたので、連れてきたのだった。
「本当に、何も憶えてないんですか」
「だから何のことよ」
「別に」
なんだかわからないが凄く不機嫌だった。
鬼のかんばせである。
幼女なのでせいぜい子鬼だが。
頭が痛い。ゆうべ、酒を一気飲みしてからの記憶が全くない。さとりを家に招待したのは憶えているのだが、彼女が家に来た記憶がてんで見当たらないのである。
記憶がなくなるまで飲んだのは、ウン百年ぶりなんじゃなかろうか。うっかり一気飲みをしてしまうなんて、緊張していたにもほどがある。
もしかすると、そうとうひどい酔い方をしていたのではなかろうか。
「昨日はごめん。わざわざうちまで来てくれたのに。酔っぱらいの相手をするの、大変だったでしょ」
私は反省のつもりで、そう問いかけた。
「……記憶もないくせに。謝るぐらいなら、思い出す努力をしてほしいですね」
「うっ。そ、そう言われてもなあ」
たしなめられた。心に刺さる。
「そして思い出した瞬間に、顔から火が出て死ねばいいんです」
「えっ! 私そんな恥ずかしいことしたの!?」
「しました」
衝撃だった。
「ど、どんな……?」
「乙女の口から言わせるんですか」
「なにそれこわい」
冷や汗が垂れる。何があったかもわからないのに、既に恥ずかしい私がいた。
負けた。
さとりはそんな私の様子を見て何か悪巧みを思いついたようで、突然ニヤニヤしだした。
「ぬふふ。地底じゅうにバラされたくなければ、これから私の言うことを素直に聞くことです」
で、お決まりのパターンだった。さとりに弱みを握られるとこうなる。
色々させられる。
「や、やめて。スイッチひとつで微弱な電流の流れる服を着て街を出歩くのはもう嫌……」
思い出しただけで恥ずかしくなる。わかっていても「あふん」とかいう声が出るという恐ろしいものを装着されたあの日。
私はあの日を境に、羞恥で人が死ぬのだと知るのだった。
「今日は、そういうのじゃなくてですね」
「忘れた頃に突如として派手に輝き出すパンツを履くのも嫌だからね」
スカートの中からいきなりありがたい光が溢れるという恐ろしい状態を経験したかの日。
ほのかに温かくなるのがまた地味に嫌だった。
「そういうのでもなくて」
「地霊殿の壁に縛りつけられて一日中あんたら姉妹のキスシーン見せられ続けるのも勘弁だわよ」
妬ましすぎて心が折れるという恐ろしい刑を受けたいつかの日。
私には最後まで何もしてこないので切なかった。
「もう。今日は違うんですってば」
「じゃあ、何だっていうのよ」
さとりのやることなんて嫌がらせに決まっているというのに。
「ちょっと、その。行きたいお店があるんです」
……いたというのに。
意外にマイルドな頼みだった。
「やばい店?」
「やばくないですっ。ふつうの酒屋さんです」
彼女は急にモジモジし始めて、大層かわいく自分の膝を抱いた。
「パルスィと一緒に、その、あの」
「……また酒? 朝っぱらから?」
「あ、いえ、今のうちにお酒を買っておいて、今夜、一緒に飲もうかな……って、そのう」
さとりの声はだんだん小さくなっていった。
「ああ、仕切り直しね」
どうしたことか、飲みのお誘いだった。
超珍しかった。
何が彼女を変えたのか。
素直に受け取っていいのか一瞬迷ったが、また何か妙なことをされるのを疑っても仕方がないのだと思い直す。どうせ私に拒否権などなかった。
「いいね。飲みましょ」
すぐさま受け入れると、さとりは、ぱあっと笑顔になって私を見た。
悔しいが、この無邪気な笑顔を見ると、数々の嫌がらせも許せてしまうのだから私も甘い。
そう思ってみせると、彼女は心を読んで少し恥ずかしそうな顔をした。そして、私の手を引いて立ち上がり、
「じゃ、今すぐ行きましょう」
と言った。
私は遅れて立ち上がると、彼女の髪にぽんと手を置いた。
やれやれ。我侭なお嬢様だ。
そういうところが、かわいい。
「んぐっ」
さとりはいきなり嗚咽を漏らした。
「どした?」
「……何でもないです」
凄く変だった。
なぜか照れていた顔がかわいかったので、この際どうでもいいが。
「んごっ」
またか。
「何なのよ、さっきから」
「……べ、別に」
なんだかよくわからないが。
勝ったかも?
酒の力で攻め攻めのパルスィに、完全に押されまくる受け受けさとりとか、このシチュエーション最高っス・・。
ひたすらさとりが可愛くて悶絶しました。このSSのおかげでまた一つ、さとパル信者の階段を登ることができました。
ありがとうございました。
>>わかっていても「あふん」とかいう声が出るという恐ろしいものを装着されたあの日。
kwsk。
「地霊殿の壁に縛りつけられて一日中あんたら姉妹のキスシーン見せられ続けるのも勘弁だわよ」
kw(ry
全ての敗北は私がいただきます。
ふたりとも可愛ええ!パルスィちょれええ!さとりひでええ!
でもやっぱりふたりとも可愛い!!
二人とも可愛いわあ。
でも性能を引き出してくれてありがとうございます!
終始テンションの高かった、氏のパルスィを象徴する始まり方に笑みが漏れましたね。
グリーンアイレッドアイって、どっちやねん、と突っ込みたくなるくらいにテンション高い。
それだけで、この作品の方向性というか、明るさが好く表れていて楽しそうな予感がしました。
でも、ユーモアだけじゃなくて、さりげなくシリアスな面を挟んでくるところも素敵。
パルスィとさとりの過去を暗示する部分は、読んでいるこちらも背筋が伸びました。
さとりが甘えてくることは珍しい、ということは以前に一度くらいはあったのかもしれない。
その以前のことをチラっと書き留めたら、二人の歴史を具体的に感じられて好かったかも。
それはそうと、起承転結がしっかりしていますね。小傘と勇儀のアドバイスが、転で活かされて
繋がってゆくところが見物でした。ただ、このままだと、小傘と勇儀が只の便利屋に過ぎない
のではないか、と見る方もいるやもしれませぬ。エピローグ辺りで再登場させても好かったような
気がします。でも、それだと冗長ですかぬぇ。難しい。小傘ちゃんは可愛い。
行動するしかないのだ、からの二人の流れ、酔っぱらって更に調子が上がったパルスィの暴走。
そして全部を忘れちゃったパルスィ、引きずってて調子の出ないさとり。最後の「勝ったかも?」
読み終わった瞬間、こう思いました。「あ、さとパルも好いなぁ」と。本当に好いですね、この二人。
泥臭い地底なのに華やか、好いカップリングSSをありがとうございます!
ときめく!
これから毎日さとパルしようぜ?
それにしてもさとパル可愛いよさとパル
さとりは隣でにやにやしてそうですが。
あとパルスィがさとりに色々言うこと聞かされる場面についてkwsk。
イイものだ