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ゆかりさま
ゆかりさま
らんは大きくなったら仕事が出来る式になるです
なんでも出来る 式になるです
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何度も言うが私は紫様の式である。
式たる存在は主の為に動き、時に主の剣となり盾となり、使い魔を使役し、そして雑務を熟す。
完璧な式となる為に私は日々努力を欠かさないのである。
そんな私は現在里で買ってきた羊羹を切り分け、丁寧に皿に盛る作業を敢行していた。
幻想郷の賢者たる紫様は日々職務に追われて忙しい、そこでこの様な雑務も任されているのである。完璧な式たる者主が身辺の世話も重要な仕事、なんでも卒無く熟せなければならない。
そんな事をこの間博麗の巫女に言ったら「お前は執事か」と言われた、執事では無く式である。
ところでこの羊羹の入手については非常に涙ぐましいエピソードがあるのは内緒である。
人里で一番人気の和菓子とも評されるこの羊羹を手に入れる為に私は日課である油揚げを捨てねばならなかった、血涙ものである。
紫様と言えば突拍子も無い事を言う事に定評がある妖怪筆頭と言われているが、そりゃもう付き合っていると予想の斜め上の要求をしてくる事がざらで繊細にして柔軟な対応が普段から求められる。
「人里で人気の羊羹買って来てよ」とか突然言うのはまだ序の口であり、一時たりとも気を抜けない。
しかしこれは未だ不甲斐無い私に対する修業である、きっと。我が子を谷へと突き落す獅子よりは随分ましだと思う。
盆を抱えながら紫様の書斎へと足を向かせると縁側から涼しげな風が吹いてきた。
八雲亭には白玉楼ほどではないがやはり庭がある、私が手入れを欠かさないので中々の出来だとは思うが紫様は一向に褒めも貶しもしなくて寂しい、まあ瑣末後である。
そんな庭から見える木々は、夏の目に眩しい生い茂る緑からいつしか薄っすらと色彩に満ちた秋の姿に変わりつつある事が感じられる、紅葉の季節はまだまだといったところだろうが。
さてしも、夏も過ぎて初秋の香りが漂うこの季節は読書の季節。故に私の袖には常時数冊の本が収められている、何と便利な隙間収納術。
尻尾持ちにとってはむしむしと辛い夏は過ぎ去りやがて眼に楽しく穏やかな気候の秋が訪れる、私にとってこの時期は一年の中で最も好きな季節だ。
「そうね、私はどの季節も好きよ」
「紫様は尻尾が無いからそんな事が言えるんです」
「あら、貴方のそれって出したり仕舞ったり出来るんでしょ?」
「理論上はです、そんな事しませんよ」
「面倒くさいのね」
「誇りですから」
紫様は相変わらず尻尾の持つ重要性が理解できないらしい、夏なんか夜になると「暑苦しいから仕舞って頂戴、それ」なんて血も涙も無い事を言う。嫌なら一緒に寝なければいいのにと思うのは私だけでは無い筈だ。
その癖冬になると内外構わず抱き着いてくるし、「藍は誰にもあげませんわよ」なんて大人げない事を臆面無く言い張るしで…もうちょっと成長してもらいたい。
「ていっ」
「あいたっ」
「また失礼な事を考えていたでしょう」
「いえ、別に」
「顔に書いてあるわよ?」
「当然の事を考えていたまでです」
「つまらないわね」
「紫様に付き合っていると疲れてしまいます」
「寂しいわね、あの頃はいつも私に引っ付いてきたのに」
「あの頃はあの頃ですよ、今とは違います」
事もなげにそう言いかえすと、決まって紫様は少し寂しそうな表情をする。
あの頃はあの頃で、それは今の私と違うのだ。紫様が親の様に見えたあの頃の私は当の昔に居ない。
そう言い切りたいけど、そんな紫様を見ると私は決まって何も言えなくなる。昔から、紫様のそんな顔を見るのが嫌いだった。
違うのに
あの頃と違って、今の私はちゃんと一人で何でも出来るのに
少し戸惑った表情をすると、つぃと竹細工が施された小串が私の前に突き出された。
その奥には満面の笑みでこちらに羊羹を突きだしてくる紫様が居て、私は訳も無く場違いな安心をする。
「なんですか」
「美味しいわよ?これ」
「だから、なんですか」
「藍にも食べて貰いたいわ」
「何個か買っておいたので後で頂きますが…」
「私は今食べて貰いたいのよ
「はぁ…」
「ほら、あーん」
仕方がないので咥えると口の中に上品な甘さが広がる。甘すぎず、しかし緑茶とよく調和しそうな味…いかん、思わず飲みたくなってきた。
してやったりと嬉しそうに微笑む紫様の顔がなんだか癪だけれどまあ、美味しさに免じて納得しようと変な事を考える。
紫様は、時々突拍子も無い事を言う。
何を思って行動しているのか、どのような意味があるのか分からない。
それが堪らなくもどかしい。
ことんと、筆を置く音
少しの溜息
張りつめていた気の乱れ
僅かな時間を置いて、私がぼうっとしている間に今日の職務は終わったらしい。
少しばかりの疲労の表情の紫様を見て今日の夕餉は魚料理にしようと決めた。
「お疲れですか」
「ええ」
「布団を、用意いたしましょうか」
「まだそんな気分じゃないわね」
「それでは」
本が読みたいわ
なんとなく、そう言われた気がした。
虚空を見上げる紫様はどことなく笑っている気がした。
私はいつでも数冊の本を懐に忍ばせるのは、度々紫様がこう言うからなのだ。
決して本を自分では読まず私に朗読するよう頼むのは、果たしてものぐさの極みなのか。
私が今日選んだ話は、内容としては大したのこと無い童話だった
狐狩りの猟師が白狐を追いかけるうちに道に迷い、桔梗の花が咲き乱れる花畑に迷い込む。
そこにぽつりと建っていた染物屋で染めた指で作る窓は、もう二度と会えない人、懐かしい風景が見えることを知った猟師は自分の指を染めてもらう。
しかし家に帰った途端習慣で手を洗ってしまい、そのふしぎな窓の光景を二度と見る事はできなくなる。
そんな話だった。
どんなにゆっくりと話しても読み終わるのに十分ともかからず、それでも紫様はひとまず満足したらしかった。
「ありがとう」
「いえ、興味深かったので覚えていました」
「藍は、狐の窓を知らなかったのかしら」
「…恥ずかしながら」
誰かに聞く機会も、教わる機会も無かったのだと思う。
昔から私の傍に狐は居なかったし、多分将来も居ないのだろう。忌々しい狸は最近やって来たが。
昔から、私の傍には紫様ただ一人で。私の世界は私と、紫様だけで完結していたから。
それ以上は必要でなかったし、それ以上は不必要で、二人だけが完璧なように思えたから。
相も変わらず紫様は正面の障子戸から見える木々や、鳥や、それらを眼に射影していたし。その眼に映る僅かな憂いの理由すらも私は知る事が出来なかった。
ただ、私は昔からそんな紫様が嫌いだった。せめても彼女にはいつだって胡散臭い笑みを浮かべていてほしいものだと、そんな笑みを浮かべてからかわれながらも私は思っているから。
人を惑わし、妖怪を誑かし、自らを消して見せぬ彼女は時たま ほんの偶にだけれど本当に嬉しそうな表情を浮かべてくれるから。その為に彼女には笑っていて欲しかった。
不意に、ゆったりとした動作で紫様がこちらを向く。
障子の向こうに固定されていた視線がこちらに動くのを、私は何ともなしに感じる。
その指が静かに、複雑に絡み合い、形作られ、窓を作る。あれが狐の窓だと私は知った。
透明な窓越しに、妖しく光る瞳がこちらを見つめていた。
「藍、覚えておきなさい」
遠くの過去を見つめ、妖の正体を見破るその窓越しに見る私は果たしてどんな姿なのだろうか。
懐かしげな表情でこちらを見つめる紫様は、果たして何を見ているのだろうか。
「まー…昔の藍は本当に可愛いわね、ひよこみたいによちよち着いて来て」
「止めてくださいね!?」
幾らなんでもピンポイントで一番恥ずかしい頃の私を見なくてもいいじゃないか。
そもそも本当に過去を見ているとは思わなかった、伝承じゃないのかそれは。恐るべきスキマビジョン。
昔の私を見られるなぞ冗談じゃないのだと言った所で紫様が窓を除くのを止めることは無く、私はため息を吐くしか出来ず。
紫様が可愛い可愛いと破顔しながら見ているその私は、誰の式でも無いただの子狐に過ぎない。
ただ主の後をついて行く事しかできないし、何の術も、なんの力も持っていない私には価値は無かった。そんな過去は捨ててしまいたかった。
強くならなければ紫様の傍には居られないと、そう悟る前の私はさぞ呆けて見えるに違い無く。
そして何よりも、そんな愛おしげな眼をする紫様を私は見たくなかった。
夏は苦手だ
春や秋は好きだ
冬は嫌いだ
もうじき冬が来る事を、秋の到来は感じさせるから。
次第に斜陽を受ける机や部屋は、退廃的な美しさと言うものを感じさせる。
開かれた障子戸から見える景色は昔から変わらず、私は紫様がそこに何を見ているのか分からないままだった。
何も分からないのは嫌いだ
何も出来ないのは嫌いだ
不意に自分の体が傾くのを感じる
さしたる疑問も感じられないまま、気が付いたら私の隣に紫様が座っていた。否、私が紫様の隣に座らせられていた。
暮れ往く陽を、次第に色を失ってゆく世界を、一つの部屋から紫様を見つめていた。
「こうして、隣に座るのも久しぶりね」
「…ええ」
「昔は膝の上に置けるぐらい小さかったけど」
「ですね」
「今は大きくなっちゃって」
「まだ紫様には、全然追いついてません」
頭半個分ぐらいか、私は紫様より小さい。
時折その差は与えられる数値よりも遥かに大きく感じられる。
早く追いつきたいと言う急いた心は、その差を明確に突きつけるから。
「本当に大きくなっちゃって、憎たらしいわ」
「野菜が苦手な私はもういませんよ、それより昨日の夕餉のセロリを残さないで下さい」
「ばれてた?」
「ばれないとでも思ったんですか」
「しくじったわね」
「……はぁ」
まあ、こんな会話をしているとそんな焦りなんてちっぽけに思えてしまうけど。
「どうしてそんなに生き急ぐのかしらね、あなたは」
「紫様がセロリを残すからです、好き嫌いさせない様に私は強くならなければ」
「……そう」
あなたの力になりたいから
追いつきたいと思う自分が居て
あなたを追い続けていたいから
追いつきたくないと思う自分が居て
私はまだどちらが本心なのかを分からずにいる。
「藍」
不意に伸ばされた手は私の視界を奪った。
目を閉じると、自分を誰かが抱きしめている気がして。
暖かくて 懐かしい
「私からすれば昔も今も変わらないわよ、あなた」
「誉め言葉と受け取るべきでしょうか」
「ふふ、どっちでしょうね」
「可愛げのない対応だことで」
「あなたは昔から可愛い可愛い私の式よ?」
「お世辞を言っても今日の夕餉は鯵の干物です」
「けち」
「けちで結構」
そっと、頭を撫でられる
やわやわと梳く様な撫で方は彼女の癖で、私はそんな撫で方をする指が好きだった。
「紫様」
「うん?」
「干物は変わりないですが…お刺身を付けてあげます」
「ふふっ、ありがとう」
「べ、別に料理の腕が振るいたくなっただけですし」
いや、今も好きなのかもしれない。
成長したらこの指が好きじゃなくなるのだとしたら、成長しなくても良いかもしれないと誰かに抱きしめられながら僅かに思った。
「そろそろ寒くなって来るから藍の尻尾が良い抱き枕代わりね、楽しみだわ」
「別にいつでも一緒に寝てるじゃないですか、楽しみも無いでしょう」
「夏だとやろうと思っても暑苦しくて」
「そんなに尻尾が好きなんですか…」
そりゃ尻尾は確かに私の誇りではあるが、隙あらばそれに引っ付こうとする主に常時気を付けなければならない冬は嫌いだ。
冬眠しつつも隙間経由で頭わしわししてきたり尻尾でもごもごし始めるその行動には執念すら感じるのだが、真似はしたくは無い。
「これから湯浴みするけど…藍、背中流して」
「自分で出来るでしょう!」
「面倒くさいのよー、早く来て頂戴」
私は紫様の式である、何度も言うが。
だが式と言うのはこんな事の為に使役されるのだっけ、歩き出した紫様の後を付けながら時々そう思うのだ。
しかし、橙は大変そうだ……
と言う訳でこちらでコメ返信をば
(2012/9/18)
>>8さん
言われなくとも、って言ってました
>>奇声を発する程度の能力さん
素敵な話が欠けて幸せです
>>12さん
私の橙は大抵こういう扱いです
>>奇声を発する程度の能力さん
橙は最終的にゆからんに目覚めるので大丈夫です
>>21さん
橙はそこらへんで回ってます
>>24さん
橙大人気です どうしましょう橙
>>25さん
あの水っぽさと苦みが駄目って言ってました
それでは
かしこ
あとがきでやられました笑