Coolier - 新生・東方創想話

幽香とエリーの出会い 第二話

2012/08/24 05:10:40
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石が宙を飛んでいく。
こぶし大の石が、森の中をゆっくりと飛んでいく。
誰かが投げたのではない。
石は人が歩く程の速度で森の中を飛んでいくのだ。
木陰をくぐり、下生えをかすめ、森の奥へと飛んでいく。
石は飛び続け、木々が途切れ大きく開けた場所まで来た。
広場には目立つ物が二つあった。
一つは中心に空いた冥い穴。大人二人が両手を広げても落ちるくらいの大きさで、陽光の下で覗いても闇に飲み込まれてしまいそうな深い穴だ。
もう一つは石の山。
草に覆われ始めている、大小様々な大きさの石で出来た山だった。その高さは梢を越え、裾は広場の半ば近くまで広がっていた。
先程の石は、その小山を上り頂上に達すると飛ぶのをやめ、山の一部となった。
「森の中の石も殆んど集めてしまったわね。次は何をして暇を潰そうかしら」
独り言を吐いて、築山の麓に腰掛けていた少女が立ち上がった。
彼女の言葉を信じるなら、念じるだけで遠くの石を飛ばすことができる超常の力を持つ者ということになる。
魔女であろうか。
深呼吸して背伸びをする少女は、魔女には見えなかった。魔女というのは野暮ったいもので、ブツブツと呪文を唱えて体を震わせる程大げさな動きで魔法を使うが、せいぜいが火花を散らす程度だったりするものだ。
少女は森の奥深くにいるにしては身奇麗だった。
比べる者がいない森の中でも、背の高さがわかるようなシルエット。
起伏に富んだ体を深い紅のドレスに包み、肩口で巻いた金髪に鍔広帽をのせる。細いおもてに愁いと気品をまとい、魔女というよりは名のある貴族の令嬢を思わせた。
しかし、ほかの何よりも大きな徴が少女の傍らにあった。
少女が肩に担いだ金属塊。無慈悲な三日月型をしたその刃が、彼女の出自を本人以上に雄弁に物語っている。
生死を分かつ逆刃の大鎌。
少女の名はエリー。
死神の娘だ。

エリーは守護者の役を負っていた。
森の奥に口を開けた地獄の入口を守るようになって、すでに七百年が経つ。
だが、守護者とはいっても、特にすることがあるわけではなかった。
昼なお暗い広大な森には魔物が棲み、人間は全く近づかない。
魔物たちも地獄の入口と死神の組み合わせに近寄るほど愚かではなかった。
運搬役の死神はほぼ毎日やってくるが、死者を乗せた馬車はそのまま地獄に飛び込んでいく。稀に馬車から落ちる魂を地獄の入口に誘導するのが数少ない仕事だった。
酔狂な生者が地獄に入り込むのを阻んだこともあるが、それももう三百年以上昔の話だ。
父の鎌を譲られ、一人前と認められた時の喜びはいまだに覚えている。
しかし、いまや思い出は虚しさが勝る。
父が末の娘に譲った大鎌は真の金属で出来ている。死神の象徴であり、大いなる父祖から受け継いだ完全なる断絶をもたらす武器だ。何故エリーが受け継ぐことになったのか、父は真意を語らない。
閑職に似合わぬ大きすぎる鎌は、当然兄姉達に羨まれ疎まれる元となった。
ゆったりと湾曲し、刃と柄で大きく円を作るような形の鎌は、エリーと世界を断絶したのだった。

エリーが嘆くことさえ諦めてから、十万回目の夜がきた。
ほぼ丸くなった月が木々の間から登ってきた。
明日が満月だろう。銀の光が眩しい。
月が登ると森の闇が一層濃くなった。
広場は光に満ち、孤独な少女の姿を浮かび上がらせる。
「今夜の月はいつもより綺麗ね」
口にしてから、慌てて打ち消す。
秋の空気のせいで独り言が増えただけ。
何も変わらないいつもどおりの孤独な月だ。
魔物たちのざわめく気配が闇に満ちた頃、遠くから断末魔が聞こえた。
小さな声はもう聞き飽きたが、それなりの大きさの声は届く。
「こんな夜に、森への侵入者かしら」
浮かれた妖物かイカレた人間か、どちらにせよ森の餌食だ。
哀れとは思わない。
彼女は死神なのだから。
また月を見た。
冴え冴えと登り続ける月が心をざわつかせる。
葉が落ち始めた木々の枝、冬が近い夜だった。
エリーははっと気づく。破壊の気配が近づいてくる。
凶悪な妖気が無遠慮にばらまかれ、断末魔の合唱が聞こえるのだ。
どうやら侵入者はこの森で一方的な殺戮を行えるほど危険な存在のようだった。
逆刃の鎌を握りなおす。
緊張がエリーの中から戦いの感覚を呼び起こし、茫洋としていた瞳に力が宿る。
大きな波が森を飲み込もうとしているかのように強く爆発したかと思うと、引き潮のように静かに移動していく。
気配の移動は一直線。
おそらく目的地はここ。
死神の守護する地獄への縦穴。

月は中天にかかろうとしていた。
妖気の主は思ったよりゆっくりとやってきた。
森の闇の中に赤光が二つ。ゆらゆらと鬼火のように近づいてくる。
爛々と燃える凶眼の持ち主は悪魔か幽鬼か。
何をされても対処できるように、鎌の柄を真っ直ぐにして両手で持ち直す。
戦いとなれば三百年ぶりだ。体が動くだろうか。
冷たい汗が額を伝う。
闇の中からは丸見えのはずだが、まだ襲いかかってくる気配はない。
息が詰まる。
広場の中央、地獄への縦穴を背に待ち構えるエリーの前に、木々の間から白い傘が現れた。
林檎の花のように白く、滑らかな曲線を描く傘。
あまりに優美な傘にエリーは戸惑った。
「そこまでです! 止まりなさい」
誰何の声に傘の下の昏い影が歩を止めた。
赤光が薄れる。
「こんばんは。佳い月夜ね」
穏やかな少し低い声。
傘を傾けて月光の下に現れたのは、花も恥じらう乙女の姿。
赤いワンピースは、ブリテン島の氏族が使うのに似たチェック柄。
波打ち跳ねる長い緑の髪は月光をその先々に留め、猫のように大きな瞳は好奇心を隠そうともせずに光り、鼻は生意気な形をそなえ、柔らかそうな頬は薔薇色で、柘榴よりも赤い可憐な唇が小さく開く。
無防備な微笑みが月光を弾き、その眩しさにエリーは目をしばたいた。
「あなたは何者ですか? ここは地獄の入口。生者の来て良い所ではありません」
「まあ!? そうだったの。それは知らなかったわ。私は幻月と夢月の娘、幽香。東方から、あなたが想像するよりもずっと東方から来た妖怪よ」
「私は大神の裔冑、暗き空の娘エリー。この場所の守護者です」
クスクスと笑う幽香にエリーの緊張は高まった。しぐさの可愛らしさとまとう気配の違和感が大きすぎる。
「私ねギリシャ神話に興味があるの」
「? 神話?」
「そう。西方の成り立ち、神々の闘争。最初の頃のティタノマキアとかテュポーンとかの話がとくに好きなの」
「ゼウス神が苦労なされた頃の話ですね」
唐突な話題だったがエリーは引き込まれた。地中海の神話は懐かしい思い出だ。
「私は本で読んだのだけど、すごくおもしろかったわ。ティターン神族の強さ、巨人たちのデタラメさ、本気で憧れたものよ」
「そうですね。私もティタノマキアは印象深いです。クロノス様が次々と裏切られ力を奪われるくだりは、仕方のない流れとは言え涙なくしては聞けませんでした」
「ふふふふ。それでね、私ギリシャに行っていろんな場所をまわったの。アテナイ、テーベ、オリンポス山にも登ったわ。けれど、遅かったのね。どこにも神々はいなかったし、あの世の入口も見つけられなかったわ。あと、シチリア島にも行ったのよ。無駄足だったけど」
姿は少女だが、その身から溢れ出る妖気は、今や天を覆い月が揺らぐほど強大だ。
「なんて酔狂な。その果てにここまでやってきたというの!?」
「酔生夢死こそ最高の生き方だと思うわ」
「そんな考えの者は死ねば地獄に行けます。この地を乱す事は私が許しません」
「そんな意地悪なこと言わないでちょうだい。私ね、タルタロスに行ってみたいのよ。それがダメならペルセポネに会うだけでもいいわ。ちょっと通してもらえないかしら?」
「ふざけた事を! 直ちに立ち去れ! さもなくば・・・」
「どうするの?」
意地の悪い笑みで、幽香が傘を向けた。
青白い光線がエリーの胸に届く。
これは、照準?
エリーの背が粟立つ。
避けられるか?
迷い、考えてしまった。エリーはまだ戦いの勘を取り戻していなかったのだ。
次の瞬間、轟音が鳴り響き、回避できないほど広範囲を灼くレーザーが幽香から放たれた。
視界が灼かれ、空気が灼かれ、エリーも灼かれるだろう。
避けようがない、絶望するにも短い時間にエリーがとった行動は単純だった。
最も信頼する武器を振るう。
父から受け継いだ大鎌への信頼は、戦いの勘より速くエリーの体を動かした。
「ヤァアッ!!」
全てを断つアダマスの刃は、レーザーをも斬った。
決死の斬撃はレーザーの軌道を変えた。
左右に真っ二つに分かたれたレーザーは、エリーの肩口を焦がしながら森に突き刺さり、V字に炎を上げた。

「ねえ、あなた、何てことするのよ」
大きな瞳をさらに見開いて、震える声で幽香が言った。震える体を抑えるように両手で自分を抱きしめている。
「レーザーは、避けたり耐えたりするものでしょう。斬るだなんて、誰もしなかったわ。なんてことしてくれるのよ」
「私は死神。この手にあるは命絶つ大鎌。ならば斬るのは道理の上よ」
大鎌を振るったことで、エリーの血は氷点下で沸騰していた。
「あははは♪ 素敵よエリー。綺麗なだけのお嬢様と思って意地悪したら、天までイカした金剛の大鎌の使い手だったなんてね。おかげで地獄なんてどうでも良くなっちゃったわ」
幽香の震えは喜びのわななきだった。
「では、お引取りを。私ももう一度同じことができる自信はありませんので」
「つれないわね。クロノス=クロノスの末々。一曲踊ってちょうだいな」
傘をたたむと、右手に突きの構えで持ち半身を沈める。
二人の距離は50歩はあいていた。
幽香はその距離を一足飛びに詰め、エリーに迫る。
暴風となって飛び込んで来た幽香を冷静に見極め、雷光のように突き出される傘を鎌で受け流す。
「くっ」
盛大に火花が散る。強烈な突きを流しきれずにエリーはよろめいた。痺れるほどの衝撃だ。まともに食らったらその部分が消し飛ぶだろう。
「ほらほらほら♪」
突撃を受け流されても、幽香の攻撃は止まらない。
肘から先の返しだけで突きの連撃を放ち続ける。
大鎌を盾にしのぐエリーは、釘付けにされてしまった。
一突きごとに飛び散る火花。
ジリジリと後退を余儀なくされる重い突き。
少女の形で人食い鬼の膂力だ。
「さあ、後がないわよ?」
エリーは穴の淵に追い詰められた。
飛んで躱せるほど幽香の攻撃は甘くない。次の一撃も鎌でしのがなくては。
そこまで追い詰められて、エリーは気づいた。
幽香の攻撃が正確に同じ箇所を狙って撃ち込まれていたことを。
まず、エリーが頼りとする物を砕く。
それが幽香の狙いだった。
「これで終りよ!」
地を蹴り、体をバネにし、腕と傘を持つ手をただ一心に伸ばし、撃ち抜く、渾身の突き。
それをエリーは、大鎌で受けた。
火花と破裂音と金属同士の衝突音を残し、地獄の縦穴に死神の少女は落ちていった。
幽香さんはちょっと意地悪しただけ。
そうしたらエリーさんと戦いになってしまった。
不幸なすれ違いですね。

あとギリシャ神話がビックリするほどうろ覚えでした。
書いたあとにWikiとか見て、あれって二次創作だったのかな? とか混乱して頭を抱えましたw

第三話に続きます。
rayend
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