Coolier - 新生・東方創想話

歌声は空高く

2012/08/23 17:44:55
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 ◇

 時刻は丑三つ。漆黒の空に浮かぶ三日月を横目で眺めながら、私――ルナサ・プリズムリバーの手はペンを持ったまま固まっていた。
 日記――自分の身の上に起こったことをただ書き連ねるだけの簡単な作業……のはずなのだけど。
 書けない
 書けないのだ。
 書きたいことが無いわけではない。むしろその逆、書きたいことが多すぎて纏まらない。
 むぅと、何度目かの唸り声を発して私はペンをかろんと転がした。
 乾いたその音が消え切らないうちに、小さく愛器のストラディバリウスを爪弾く。
 戯れに単音を打ち出すだけだったそれは、そうあるべきだというような自然さでバラードへと変化していく。

 ――そうだ、最初から綺麗にまとめる必要なんか無かったんじゃないか。

 即興のバラードに身を委ねながら、私の意識は深層の波間へと落ちていく。

 ――確か、はじめはリリカからだったのよね。


 ―――――――――――――――


「姉ぇさん!! 歌よ! 歌を歌いましょう!」


 #1

 気だるい朝の日差し――も未だ差し込まない夜明け前。
 カーテンがかかって一層薄暗い私の部屋に、貴重な静寂をぶち破りながら縦回転で飛び込んでくる我が愛しの妹。そのまま華麗に頭で着地を決めると、彼女は何事もなかったかのようにハンドスプリングで起き上がって、私の眠るベッドへとにじり寄ってくる。
「姉さん! 姉さん姉さん姉さーん!」
 耳元で叫び続ける腹黒狸の大声に堪えきれず、渋々と薄目を開けてやる。
 尤も、元々糸目の私からすれば、視界の状況は大差ない。
「……リリカ」
「あ、ようやく起きたのね姉さん! さっきも言ったけれど、最高のアイディアを思い付いたのよ! それなのに姉さんたらなかなか起きな――」

「うるさいわ」

 ――メギッ

「めぎょるっ」

 ベッドに身体を横たえたままの姿勢から、耳元にあったリリカの頭部を掴む。
 機関銃のごとき速さで益体もないことをほざいていた末の妹の口は、悲鳴とも抗議ともつかない一言を吐き出した後に沈黙した。
 しかし、当の本人は未だ無駄な抵抗を続けている。ジタバタと振り回される手足がベッドを揺らして、鬱陶しい事この上無い。
 どうやら、痛みで口が聞けないだけらしい。まだ意識があるとは、流石は我が妹といった所か。何が流石なのかは知らないけれど。

「だけ……で、済まな――」

 もとい、口を利く余裕もあったようだ。

「……えい」

「みゅっ!」

 ごりぐりっと指に力を込めると、喉を絞められた夜雀のような鳴き声を上げて、諸悪の根元は深めの二度寝へと旅立った。
 さて、静かになったところで、私も暫し眠りにつくとしよう。
 ……え? リリカが永遠の眠りについている気がする? 大丈夫。私達騒霊はもう死んでいるもの。





 ――歌声は空高く――





「姉さんおはよう」
「……あぁ、おはよう」
 リリカの襲撃から約三時間後。
 半開きの目で階下へと降りると、くたっと机に伸びたメルランが気だるげな声を上げてきた。
「珍しいわね。いつもはもっと騒々しいのに」
「リリカのせいで寝不足なのよー」
 なるほど、どうやらリリカが私の部屋に来たのは、メルランの部屋に寄った後だったらしい。
 私の部屋に来た時点でも、太陽はその姿を完全に地平線に埋めていたのだから、メルランの部屋に侵入した時は恐らく真夜中だろう。
「ホルンで、静かにさせたんだけど、ふぁ……なんだか妙に目が冴えちゃって……」
 どうやら話を聞く限りでは、メルランも私と同じ様にリリカを黙らせたようだ。
 八割方寝ているようなその声を背中で聞きながら、習慣に任せて台所へと身体を運ぶ。
 あの子達が大人しいうちに朝御飯の支度をしておかないと、仕事が増えるだろうし。


 ――――――――


 サラダとトーストという簡素な食事を取り終え、ゆっくりと紅茶を味わう。
 数少ない平穏な朝だ。
 いつもなら、このあたりでリリカの悪戯が発覚して、食卓は平穏とはほど遠いものになるのだから。
 リリカと言えば――
「ねぇ、メルラン」
「うん?」
 未だとろんとした目のまま食事をするメルランにリリカの朝の様子を尋ねると、私の予想通り、リリカはあの提案をメルランにも持ちかけていたらしい。
 
 ――本筋とはまったく無関係だが、朝のメルランの寝ぼけ眼はとてもエロ……じゃなくていやらし……でもなくて色っぽい。リリカの寝ぼけ眼はこれまた愛らしいが、あちらは抱きしめたくなるのに対して、こちらは襲いたくな――

「姉さんどうしたの? ボーっとしちゃって」

 ……話を戻そう。
「それにしても……歌、ねぇ……」
 なんだってそんな気になったのだろう。
 確かに私達は演奏が本分だけれど、だからといって歌も上手いとは限らないはずで。
 そもそも、リリカがそんなに歌うことが好きだったとは思えない。
「また良からぬ事を考えてなきゃ良いんだけど……」
「無駄だと思うわよ~」
 メルランは相変わらずの寝ぼけ眼で紅茶にマーガリンを落としながら、そんな私の言葉をバッサリと切った。
 数秒後、世にも珍妙な液体を飲み、ドタバタと騒ぐメルランの姿が、そこにはあった。

 ……鬱だ。


 #2

「という訳で、プリズムリバー楽団合唱隊を発足します!! わーぱちぱちぱち!!」
「……」
「あれルナサ姉さん質問か何――てがぁぁたたいたいいたいやめてギブギブギブ頭割れちゃうから!」
 半刻程して、何事もなかったかのように姿を現した三女が、最初に放った言葉がこれである。
「ったぁ……何でいきなりアイアンクローなのよ!」
「私の安眠を妨害した罪は重いわ」
「そこまだ根に持ってたの!?」
 何を馬鹿な。他人の安眠を妨害するなんて、万死に値する程の大罪でしょうに。
「そ、それは置いといて! 我がプリズムリバー楽団は、次回コンサートより合唱を取り入れたいと思います!」
 痛みに顔を引きつらせながらも何とか笑みを浮かべながら、高らかに宣言をする我が妹。
 うん、その堂々としたプレゼンの姿勢は評価できるけどね。人前に立つ者として、胸を張って物事を伝えることは絶対条件だし。
 ……胸無いけど。
「ん、ルナサ姉さんどしたの?」
「……リリカ、質問」
「んー? 何?」
「何で急に歌なの?」
 その質問に、にやりと口角を上げ、待ってましたとばかりに口を開く。

「姉さん達、最近コンサートがマンネリ化していると思わない?」

 むっと、私は開きかけていた口を閉じた。
 確かに、最近のコンサートは目新しさに欠けていた面があるかもしれない。
 というのも、夏のこの時期には毎年、スケジュール帳が真っ黒に埋まるほどのコンサートの予定が入っているからだ。
 そうなってしまえば、無論新曲の製作などの時間は取れなくなってくる。
 だからといって、今まで私達がそれを甘受してきたかと言えば、無論のことそんな訳もなくて――
「……それは元はといえば、貴女が夏前に完成させるべき新曲を作らなかったから――」
「わー!! と、とにかく! 歌をやりましょうそうしましょうルナサ姉さんも反対って訳じゃないんだし!」
 一息にそう言い放つリリカに、またしても沈黙させられる。
 ……なんだか妹に上手く丸め込まれているようだが、これが常だからしかたない。
 それに、どうせ何を言ったところで、大概は暖簾に腕押し糠に釘。それなら、最初から相手にしない方が効率的だという訳。
「はぁ……まぁいいわ。今回はリリカの提案に乗ることにしましょう」
「さすが! ルナサ姉さん話が早い!」
 おだてても何も出ないわよなどと呟きつつ、思考は既に先――今回の場合、コンサートに歌を追加する場合にやらなければならない事柄――を考える。
 メルランなどに言わせれば、こういう所が心配性だということらしいのだが、性格なので仕方がないといつも聞き流している。
 というか、心配性って問題なのかしら? 躁病やら腹黒やらに比べたら、よっぽどましな気がするけれど……
「そんなんだから姉さんはモテないのよ~」
 ふざけた発言をする次女の額に手を伸ばすが、するりと避けられて掴むことは出来なかった。
 というか、ナチュラルに人の思考にツッコミを入れないで欲しい。そういえば朝のリリカもそうだったような気がしないでもないけど。いつから私の妹達は騒霊からさとり妖怪にジョブチェンジしたのかしら……
「それで、話の途中なんじゃないかしら、リリカ?」
 私の腕の間合いから抜け、用をなしていないシャンデリアの脇に浮かびながら、リリカを見下ろしてメルランが問いかける。
 頭上に位置取ったせいで、白いパンツが丸見えだ。
 純白のレースにカミツレをあしらった下着が、負けず劣らず白いメルランの太ももとその付け根を覆っている。うん、先ほどの発言は許すとしよう。
「……ほぇ?」
 自分の出番は終わったとばかりに椅子に腰掛け、サラダを口一杯に頬張っていたリリカは、メルランからのパスにきょとんとした表情を返した。
「わはひのははいはほわっはんはけろ」
 ――訳「私の話は終わったんだけど」
「……リリカ、口の中のものを食べてから喋りなさい」
 口に物を詰めたまま喋り始めたリリカに、さすがのメルランも苦笑ぎみでたしなめる。
「――んぐっ。……えっと、私はもう言うべき事は伝えたし、姉さん達も賛成してくれたんだから、これ以上特に話すことはないんだけど……?」
 無理矢理口の中のものを飲み下すと、不思議そうな顔のまま、リリカはそう問い返した。
「あら、有るでしょう? まだ言っていないことが」
 フフフッと、どこか余裕を滲ませた微笑を浮かべながら、尚も問いかけるメルラン。
 一体なんだというんだろう。見ている限り、分かっていないのは私だけではなく、リリカも同じのようだけど……
「歌をやりましょうって言い出したのはリリカなんだもの。歌いたい歌とか、案の一つや二つくらい持ってるんじゃない?」
 途端に、リリカの目が大きく見開かれた。
「メル姉、分かってたの?」
「何がー?」
「もう、はぐらかさないでよ。いつから知ってたの?」
「うふふ、本当に知らなかったわよ。でも、貴女が考えそうなことくらい大体分かるわ。大体、リリカが姉さんをそうやって呼ぶときはいつも――」
「……あちゃー、やっぱりメル姉には敵わないよー。ルナ姉は大丈夫だと思ったんだけどなぁ」
 あれ……?
 ちょっとまってなにこれなんでわたしだけおいてきぼりなの。
「それで、有るんでしょう? 歌いたい曲が」
「むぅ……なんか見透かされてるみたいで気に入らないけど」
 え、ちょっと……何この展開。
「これとか……あとはこれなんかが――」
「あらあら、良いじゃない。でも私はこれとか――」
 私の戸惑いを知ってか知らずか――あのニヤニヤ笑いを見る限り、確実に分かってやっていると思うけど――二人は机一杯に楽譜を広げて、意気揚々と曲の選定を始めた。
「姉さん、何呆然としてるのよ。姉さんも選ばないの?」
「あ、うん……行く、けど」

 結局、私はまた妹達にうまく丸め込まれてしまうらしい。


 #3

「……なんでよ」
「そうは言っても……この様子では致し方無いでしょう」
 むすっとした表情のままのリリカに、変わらぬ答えを返す。
 おそらくこれで6回目。
 用途を果たさぬまま積み上げられたコンサートのパンフレットが雑然とつくなされた机の上で、最近は毎日のように指を走らせていたキーボードを苛々とした様子で弄んでいる。
 ……といっても、全ての原因は私ではないし、私が干渉できるようなものでもないから、どうしようもないのだけど。
 つまり、どういう事かというと――

「雨、止まないかなぁ……」

 そう、雨。それも小雨程度ではない大粒の豪雨だ。
「無理みたいだわー。天狗の新聞にも書いてあるもの。『幻想郷で稀に見る集中豪雨! 霧の湖氾濫の危険性大! 妖怪の山では、数名の河童と白狼天狗が地滑りの被害に会う事件が発生! 当人は事故よりも将棋の結果に関心がある様子……山の地盤対策に大天狗様が乗り出し……今後の天気に対して、妖怪の賢者の見解は二面から……云々……』だって」
 投げ込まれていた新聞を広げていたメルランからも、トドメとばかりに合いの手が入る。
 並の雨天ならばともかく、天狗が新聞記事に取り上げるほどの異常気象の中、わざわざライブを聞きに来るような酔狂な客は、この奇人変人の巣窟幻想郷と言えどもそうは居まい。
 もっとも、例え居たとしても私達自身がまともに音を紡げないのだけど。

 ちなみに、この豪雨の中配達されたというのに、届けに来た天狗も新聞も全く濡れていなかったのは、もはや怪奇とか異変の類だと思う。
 本人にその話を振ったら、
「幻想郷最速の私のスピードの前では、落ちる雨粒なんて止まっているみたいなもんですよ! あっはっはっは!」
 と、ドヤ顔で返された。
 いやいや、早く飛んだら濡れる量が少なくなるなんて事はないでしょう。
 そもそも、雨粒がもし止まっていたとしても、その間を一滴も触れずに通り抜けること自体が不可能なんであって……

 ――失礼、また話がそれた。

「そういうことだし、まさかこの豪雨の中、コンサートをするわけにもいかないでしょう?」
 先程から、延々と無言を貫き始めたリリカを見やり、本日7度目を数える台詞を口に出す。
「……」
 私の問いかけには答えぬまま、末妹は眼前のモノクロトーンの板に指を叩きつけた。
 雨音に混じって溢れだしたデタラメな音の奔流が、静か過ぎた室内を瞬刻満す。
 その音の残響が消えるより早く、リリカは居間を後にした。
 やや遅れて聞こえてきた硬質な音から察するに、どうやらあの子は自室に戻ったらしい。
「うーん……何とかしてあげたいけどねー」
 シャンデリアに逆さまにぶら下がりながら、メルランは珍しく笑みの見えない表情で呟く。
 今回はスカートが捲れていない。残念だ。――じゃなくて、
「なんとかしてやりたいのは私も同じだけれど、いくら私達がやる気満々でも、この雨では観客は集まらない」
 分かり切っている筈のそれを言葉にする辺り、私も相当にやりきれない思いを抱えているわけだけれど。
 しかし、メルランは首を横に振り、私の呟きを否定した。
「問題はそういうことじゃないのよねー」
 彼女らしからぬ歯切れ悪い声。
 そういうことじゃないとはどういう事なのか。確かにリリカはコンサートをやりたかったのであろうし、大雨の中ではまともにコンサートを開けないことも間違ってはいないはず。
 いやそれ以前に二人は私に隠れて一体何を考えているんだ。
 元はと言えば、リリカが歌を歌いたいと言い出した時に、メルランが謎の微笑と共にあのよく分からない台詞を伝えた辺りから、何が何だか――
 姉さん、眉間がアコーディオンみたいになっちゃってるわよ、という妹の一言で、埋没させていた思考を浮上させる。
 どうやら、ずいぶんはっきりと顔に困惑が出ていたみたいだ。
 というか、一応姉である私の顔を捕まえて「アコーディオン」って言うのはどうかと思うのだけれど。
 あの蛇腹が特徴の楽器を乙女の顔に例えるなんて、まったくもって失礼千万である。
「やぁねぇ、そんな怖い顔で睨まなくてもきちんと話すわよ」
 片手をひらひらと振って、メルランは珍しく苦笑気味に微笑んだ。
 そうして彼女の口から紡がれる言葉を聞くうちに、私の目は無意識に見開かれていった。


 #4

 申し訳程度にあった明るさが姿を消し、辺りが夜の帳に包まれた頃。
 私は、岩屋の戸となったリリカの部屋の扉を、やや遠慮がちにノックした。
「リリカ、出てきなさい」
 応答は――なし。
 はぁ……と一つため息をつき、隣に佇む――もとい、壁から垂直に生えるもう一人の妹の方を振り返る。水平に笑う妹を一瞥し、無言で交代を促す。
 ニコニコ笑いながら、メルランは首を横に振ってくる。
 よせば良いのに、その目に真剣な光があることに気が付いてしまうから、私はそれ以上の逃げを打てなくなる。
 私のこういうところが良くないのかもしれない。そんなことを頭の片隅で考えつつ、再度無言の壁に言葉を投げ掛ける。
「リリカ、取り敢えず扉を開けて。話があるの」
 持ち主には不釣り合いな程に重厚な扉は、返答を拒むように微動だにしない。
 一旦言葉を切り、今度は助けを求めるようにメルランに視線を移す。
 端から見れば同じやり取りだけど、そこはそれ、百年以上一緒に過ごしてきた姉妹なのだし、これくらいのやり取りは造作もない。
 寸刻、困ったように首をかしげていたが、どうやら考えることを諦めたらしく、メルランはまたにっこりと微笑んできた。
 内心でため息をつきながら、先程より心持ち強めにノックをする。
「リリカ、出てきなさい。ライブの準備を始めるわよ」
 ガタッと、微かにだけれど物音がした。
 あまりに分かりやすい反応に、私もメルランも苦笑を禁じ得ない。
 ややあって、カタリと鍵が外されると、辛うじて片目が見える程度に細く扉が開いた。
「ライブ……?」
 雲に隠された天上から二つだけこぼれ落ちた星の輝きが、こちらをじっと見つめていた。
「そう、ライブよ。今日はプリズムリバー楽団合唱隊の初舞台でしょ?」
 変化は劇的だった。
 鈍く光っていた瞳に、いつもの流星のような輝きが戻る。
 が、次の瞬間にはその輝きは鳴りを潜め、代わって懐疑の色が瞳を染めた。
「ダメだよ。この雨じゃライブなんて出来ない」
 覇気の欠片も感じられない声で、そうぼそぼそと呟いている。まったく、そういうのは私の役目でしょうに。
 でもそれは事実だ。“普通なら”この酷い雨天時にコンサートなんてやらない。
 だから、リリカを納得させるためには――

「雨なら上がったわよー?」

 ……はっ?
「えっ?」
 メルランの思いがけない発言に、反射的に驚きの声を上げるリリカ――っていうか驚いたのは私も同じなんだけれど。
 え、何、雨上がったの?

「そーれー!」

 太陽のような明るい声で音頭を取りつつ、メルランは勢い良くカーテンを引いた。

「……え?」
 声を上げたのは私だった。
 確かに雨は上がっていた。
 でも雨は変わらずに降っていた。

 雨は、“私たちの洋館の周りだけ”止んでいた。
 何だこれ。

「何よこれ……一体どうなってるの?」
 リリカが小さく呟く。
 いつの間にやら、細く開けただけの扉も大きく開かれている。
「ちょっとある人に協力して貰ったのよ、可愛い妹の為にね」
 メルランはそう言って、いつもの通りににっこりと笑った。
 ――後から聞いた話だと、紅魔館の魔女に頼んだらしい。こんな異常気象の最中での訪問に不審がられもしたが、事情を話すと限定的な範囲でならという条件付で協力をしてくれたとか――
 さて――
「そういうことよ、リリカ。貴女も早く準備をして」
 平常心を装いつつ振り返ると、リリカは笑顔と泣き顔の中間のような顔で立ち尽くしていた。
「駄目だよ、姉さん。いくら雨が止んだって、今からじゃ観客が――」
 まだそんなことを言うのか。
 私は小さくため息をつくと、今にも涙を零しそうなリリカの頬を両手で包み込む。
 親指で静かに涙を拭い、柔らかい頬を包み込んだまま私はリリカに目線を合わせた。
「リリカが一番歌を聞かせたい相手は、ちゃんと待っててくれてるはずでしょう?」
 えっ、とリリカの息が詰まる。
 虚を突かれたその表情が可笑しくて可愛らしくて、私はリリカの頬を撫でながらクスクスと小さな笑い声を漏らした。
「メルランから聞いたわ。貴女が今日に拘った理由をね」
 未だ立ち尽くしているリリカの表情は、しかし先程の泣き出しそうなそれではなかった。
 私は自分より少しだけ低い彼女の頭にぽんと手を置き、一言。
「行きましょう、私達の大切なお客様が待ってるわ」

 ◆

“お盆”というものを知ったのは、確か去年の秋ごろだった。
 例年通り、月見に合わせて呼ばれた白玉楼にて、幽々子嬢が私達と妖夢に語ってくれた。
 曰く、日本のこの時期には、古くから祖先の霊が彼岸から此岸へと渡ってくるという。
「そうやって帰ってくるご先祖のために、優しい子孫たちはお供え物を用意して待ってるのよー。妖夢ー、お団子おかわりー」
 妖夢と共に台所に立った私は、その言葉より先の話を知らなかった。
 だが、リリカは熱心に幽々子嬢の話を聞き、そしてその可能性にたどり着いたのだろう。

 ――今日、この盆の夜なら、“彼女”にもう一度会うことが出来るかもしれないと。

 #5

 屋敷の裏庭には、私達姉妹みんなで作った小さな花壇がある。
 雨に打たれてすっかりぬかるんだその花壇の前で、リリカは足を止めた。
「ここにしよう」
 視線は花壇に向けたまま、小さいがはっきりとした声で呟く。
 誰からというでもなく各々の楽器を顕現させ、私達は天を仰いだ。
 丸く綺麗に切り取られた雲の奥に、開演を待つ無数の静かな観客が見える。
 私達の大切なお客様――“彼女”も、すぐそこまで来ているのかもしれない。

「さーて、本日初お披露目! プリズムリバー楽団合唱隊のライブの始まりだよー!!」

 唐突に、メルランが空へと声を張り上げる。
 しんと静まった夜空に、突き抜けるような声が広がっていく。

「本日は特別講演、貴女一人へ私達三人が精一杯歌うからねー!」

 釣られてリリカも夜空へと叫ぶ。
 跳ね回るような溌剌とした声は、流れ星のように通り抜けた。

「まだまだ未熟だけど、楽しんでいってね」
 私も、静かに夜空に呼びかける。
 あの子が道を間違えないように。
 きちんと、ここに帰ってこれるように。
 あの子が――レイラが生前に得意だった歌を、彼女の一番のお気に入りの楽曲に乗せて。

「じゃあ、始めようか」
 うずうずしているリリカに視線を合わせ、私達は小さく頷いた。

「「「プリズムリバー楽団合唱隊、記念すべき一曲目をレイラ、貴女に捧げます」」」

 慣れ親しんだピアノのソロ。ゆったりと流れるように始まったその音に、私のストラディバリウスの音色を乗せていく。
 中空でくるくると回りながら、メルランのトランペットが控えめにメロディラインを奏で始めた辺りで、私達三人はすっと息を吸い込んだ。
 漆黒のステージに広がる声。メルランのフォルテシモでスラーの聞いた歌声に、私の高音が混ざり合う。寄り添うように声を合わせるリリカの声調はタンドル。柔らかく、器用に私とメルランの声を纏めて ――あ、ちょっと声が掠れた。
 転調。リリカの歌い方が快活に変わる。スタッカート。
 跳ね回るような明るく騒がしい情景。
 跳ね上がるトランペットに合わせ、メルランも声を大にして歌う。
 引っ張られるように笑顔になる私達。お互いに顔を見合わせながら、満面の笑みでもって一度目のサビを終えた、その時――

 私は確かに見た。きっと二人にも見えていたのだと思う。

 三角形を形取るように立った私達の中心に立つ、懐かしく愛しい顔を。

 レイラは私達の顔を順々に眺め、囁くような小さな声で――

 ◇

 目に突き刺さる暴力的な白い閃光で、靄の掛かった私の意識は強制的に覚醒を促された。
 くしゃくしゃに乱れた金髪を手櫛で梳かしながら、終わりの数行を残して書き込んだ日記を眺める。記憶はだいぶ曖昧だったが、合唱の終盤までの記述は粗方終わっていた。うん、我ながらよく書けたと思う。終わりの方の数行はだいぶ文字が不明瞭だけど、まあ誰に見せるわけでもなし。
 内心で小さく言い訳をして、改めてペンを握る。
 ペン先が日記に触れる直前で、階下から耳に突き刺さる破砕音。続いて聞こえるリリカのものと思わしき怒鳴り声からするに、どうやら皿を割ったのはメルランのようだ。
 小さく嘆息して、私はまたペンをかろんと転がした。
 廊下から吹き抜けを通して居間を覗きこむと、案の定メルランが「やっちゃった」とでも言いたげな表情でこちらを見上げていた。

「ルナ姉さーん! メル姉がまたやらかしたー!」
「何よー! いつもリリカだってやってるじゃないのー!」

 リリカの声に反応して、メルランが私の視界から消える。
 二人の言い合いの言葉に乗って聞こえる、ガリガリ、バリィという不穏な音を聞く限り、可及的速やかにあの喧嘩を止める必要があるらしい。
「程々で止めておきなさい、二人共」
 無駄と分かっていながらも声を背後に投げ掛けつつ、最後の一言を書き留めて私はパタンと日記を閉じた。

 ――あの時、レイラが歌う私達に微笑みながら伝えた言葉。

 ――ありがとう。
 
 そして、

 ――ただいま。


「また来年も歌うからね。貴女が道に迷わず、ここに帰って来られるように」


 空に届くような歌声を。


 雲ひとつ無い青空の下、騒霊の館はいつもの通り騒がしかった。
一週間遅れでお盆ネタ。
リリカ可愛いよリリカ。
一番好きなプリズムリバーで、ようやく作品を上げることが出来ました。

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コメント



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良かったです。四姉妹が好きなので、こういうネタは大歓迎です。
2.80奇声を発する程度の能力削除
姉妹たちが可愛く良いお話でした
8.80名前が無い程度の能力削除
むう、ありがちとはいえいい話でした
ただもうちょっと伏線などを多く入れ、物語自体の濃度を上げた方がいいんじゃないかな、とも思いました
姉妹たちのやり取りは微笑ましくてよいのですが若干冗長で、物語の本筋、リリカのレイラへの想いの描写が若干薄くなってしまっている気が。そのせいでほのぼの感動ものとしてあまり機能してないと思いました
なんか偉そうになってしまいごめんなさい。んなこと知らねーよみたいな感じで受け流してくれればよいです
ごちそうさまでした
9.100名前が無い程度の能力削除
そっか、幻想郷のお盆だと本当にレイラが帰ってきているかもしれませんね
プリズムリバー四姉妹万歳!