※『「聖」人が過ごす、じぇら〜とな一日』の続編となっております。
そちらを先に読んでいただかなければ展開について行けないかと思いますので、
どうぞ、まだお読みではない方は先にそちらをお読みになってください。
「ふふん。流石は元、我の体。美しい輝きをしているぞ。
……っとと、うっかり割ってしまう前に片づけてしまおうか。いや、もう少し…。」
今、我が手に持つ「皿」は、我の体が、かつての物部の宝物と為ったもの。
うむ。この美しく綺麗に平たい形。至高の職人芸の様じゃ。平たいってところに少し自己嫌悪じゃが。
「布都!物部布都…!どこにいる!」
ん?蘇我屠自古が呼んでおる。亡霊のくせに生き生きと声を出す奴じゃな。
亡霊にしてしまったのは、その…我だが。
「屠自古?我はここじゃ!何用か?」
襖が開き、屠自古がバタバタと(足は無いが)入ってくる。なんじゃ、新聞?
「布都!これを見ろ。い、いいか?落ち着いて見るんだ。」
なんじゃ、なんじゃ。屠自古がここまで慌てるのも珍しい。
さては……、ふふん、わかったぞ。
我らが太子様、豊聡耳神子様がとうとう宿敵である(に違いない)あの寺を、征伐したニュースであろう!流石は神子様。
しかし、我にも一声かけて欲しかったのう、我の持つ物部の秘術と、道教の仙術があれば百人力じゃったのに。
「どれ、我にも見せてみい。」
お、どうじゃ!やはり神子様が、かの妖怪僧侶と仲睦まじくデートして………え?
* * *
まあ、私としてはデートでも良かったのですが、寺の皆の反応や、神子さんの様子を見る限りじゃあ、
やっぱり、そうじゃない方が良いみたい。
それに、あの天狗さんにキチンと一言申し上げなければいけませんでした。
ジュースは二人、一つずつだったって。
「白蓮?急がなくてもいいのかしら。たしか君はお留守番当番だったのでしょう?」
今、私たちは妖怪の山を下山し、里への道を歩いているところです。
「あぁ、いけません、うっかりしてました。急いで戻らないと。
……急ぐといえば、あの天狗さん。早く竹林の薬師様、八意永琳さんに診て頂かないと、その、危険なのでは?」
どうして神子さんは天狗さんをあんな目に…。教育と言ってましたし、きっと飛鳥時代流なのでしょう。
「大丈夫よ。妖怪なんだし。」
「う〜ん。そ、そうですね。妖怪ですし。」
…うん、きっと大丈夫。
「そういえば、君はどう思ったの?妖怪寺の住職、聖白蓮が聖徳王である私と…その、デートだなんて。」
もちろん。
「はい、とっても嬉しいと思いました。」
あら、神子さん。歩くスピードが速くなりました。頬も紅くなってる。
夏風邪かしら?紅茶嗽を教えてさしあげましょう。きっと耳も紅くなってるに違いないわ。
…?耳といえば。
「神子さん、貴女は大変耳がよろしいと、お聞きしております。
では、あの天狗さんのカメラのシャッター音は聞こえなかったのでしょうか。」
「へ?あ、あぁ、確かにね。でもしょうがないじゃない。あの日は君の声にしか集中してなかったんだから。」
…あら、私も体調が悪いのかしら。心の臓の鼓動が変に速くなってるもの。
寺の居間にて、冷えた麦茶を飲んでます。お留守番組なので。
花果子(かかし)念報を発刊されている、姫海棠はたてさんのお陰で、
あの号外からの誤解は既に解けました。
はたてさん曰く、
「いや〜、身内の暴走は身内で片づけないとね〜。文…あっ、あの天狗、射命丸文ね。
あの子、幻想郷最速を名乗るだけあって新しいニュースは迅速にってのがモットーなのよ。
ただ、そのせいで時々暴走しちゃうのよね〜。閻魔様にまた注意されそう。
…なんでここまでしてくれるのかって?今言った閻魔様ってのもあるけど、故意に真実を歪めて、
面白おかしく書くなんて嫌じゃない。人工的で味気ないわよ。それに私たちにも矜持ってのがあるの。
まあ、今回は文の寝不足暴走だけどね」
とのこと。
はたてさんを始め、天狗の皆さんが、誤報と断じられた新聞の回収と誤解の解消を為さっていただいたので、
こうして、いつもの日常に戻ることが出来ました。
とはいえ、私と神子さんが映った写真は事実。改めて寺の皆に説明したところです。
ついでに『じぇら〜と』の美味しさも。
私の方は解決することが出来ました。神子さんの方はどうでしょう?
* * *
芳しくないわね、私の状況。
師匠でもある霍青娥は未だに寝込んでる上、
彼女を診ているキョンシー、宮古芳香は話を理解してくれない。
屠自古は、えぇ、事情はわかりました。なんて言ってるけど、目。目が怖い。凄く。
彼女の十欲を聞く限りでは、どうやら、経緯や理由はともかく、
白蓮と二人きりで甘味を、仲良く味わった事が気に食わないらしい。むむむ。
そして一番の問題は布都。飛び出していったのだから探さないと。
あの子、普段から勘違い激しい上に、行動に抑制効かないのよね。
「屠自古…さん。布都がどこへ走って行ったか心当たりないでしょうか?」
安心して一緒にいることが出来た彼女。
今は一緒にいるだけなのに、涼しいはずの仙界、私の道場で、汗がこめかみを伝って落ちる。
「…そうですね。仙界の扉は、こと幻想郷全土に渡って開く事が出来ることはご存知ですよね。
彼女の足取りを予想するなら、普段修行の場所としている玄武の沢ではないでしょうか。
ああ、もしくは彼女の部屋に入って、手掛かりでも探すのもいいかも知れません。
なにやら大切に物を扱っていたので。」
それでは。と、慇懃に頭を下げた後。彼女はスーッと行ってしまった。
表情が無いってああいう事を言うのね。
どうやったら機嫌直してくれるのかしら。
「ふぅ…。ともかく、布都の部屋へ行ってみましょう。」
空いてる襖から奥をのぞくと、緊張が走った。
布都が修行に使う道具が散らばる中、一際豪華な箱が開いている。
あの箱は見間違うことはない。
布都の「元々の体」が入っていたのだから。そう、入っていた。
中を覗けば、
「…ない。」
布都はあの「皿」を持ったまま走り去ってしまったに違いない。
まずい。
彼女のあの性格、行動を考えると、割れやすい「皿」が非常に危険だ。
今、自分が身につけている「宝剣」に触れてみる。
既に身体はこの剣と入れ替わっている。
しかし、やはり元は自身の体なのだ。
もしも、壊れたり紛失したとなれば、例え自身に悪影響がなかろうとも……。
それだけは駄目だ。
「屠自古!…屠自古!!」
急いで探さなければいけない。部屋を見る限り、布都は今日も修行するつもりだったのだろう。
目指すは……玄武の沢!
* * *
この空気。残暑厳しい夏とは思えない程、清々しく透き通っており、しかし、爽やかな森の匂いで満たされておる。
沢の柔らかな水流に足をつければ、心地よく、体温を下げることが出来る。
走ってきたので、この温度が気持いい。
玄武の沢は今日も、その深く雄大な自然の片鱗を漂わせていた。
「………太子様。」
つい慌てて「皿」も持ってきてしまった…。
それに映る自身の顔を見る。長い時間泣いてしまったからであろう。
ひどい顔だ、目元が少し腫れている。顔を洗おう。
「皿」を柔布で包む。これで沢の岸に置いても傷などつかない。
泣いて、目元が腫れれば、濡らして冷やしたものだ。昔から。
幼いころから仏像が怖くて…まあ、今でも苦手だが。
涙を流せば、太子様が拭ってくれた。慰めてくれた。
油断すれば、そこかしらから命の危険が襲いかかってくるのにも関わらず、我を信頼してくれた。
政治、物部家、蘇我家、宗教戦争。
実際はどうでも良かったのかもしれない。太子様……神子様の近くに居ることが出来れば、それでよかった。
だから本当に嬉しかった。
共に尸解仙にならないか?と声をかけて頂いた時、それが屠自古と我のたった二人とわかった時、
そして、千四百年を経て、ようやく再開できた時。
……屠自古には本当に悪いことをしてしまったと思っている。
一族の恨み、本音だったのか建前だったのかは、もはや思い出せない。、
しかし、そこに付随した別の想い。そう、それは神子様への独占欲だったのかもしれない。
だから、焼いていない腐ってしまう壺と、屠自古の宝物を入れ替えてしまった。
再会できた時は…嬉しかった。謝ることが出来るのだから。
「神子様は、あの尼僧がよろしいのですか?
もう…我や屠自古は必要ではないのですか?」
沢の水流に映る自身の顔に問いかける。こう、言い返された気がする。
神子様は、尼僧よりお前を選ぶと思うのか?
ここ最近、良いところなんてなかった。宴会では我慢できずに暴れてしまったし、
人助け、喧嘩の仲裁をしようにも、あの稗田家の阿求というお嬢には「周りにトラブルが絶えない」など論じられた。
良いところを見せようとすれば空回りする。昔のように上手くはいかない。
必要とされてないのかもしれない。だから、あっちの寺へ…。
それでも…それでも我は……。
「あら、良い所じゃない。雰囲気も神秘的だし、気持ちよく涼めそうね。」
急いで隠れた。こんなところに来るのは大抵は妖怪なのだから。
木陰に隠れることが出来た。よし、ばれてはいないようだ。
って、あ……しまった!
「あれ?村紗さ〜ん!こっちに何かありますよ?」
確かあれは…山彦妖怪の幽谷響子に……。
「どれどれ。ありゃ〜、誰かの忘れものかね?
っとと響子、慎重に持ちなさいよ、それ割れ物っぽいじゃない。」
寺の船長(なんでだろう?船なんてないのに)である村紗水蜜だ。
なんということだ、よりにもよってあの寺の妖怪とは…。
と、ともかくなんとかしてあの「皿」を取り戻さなければならぬ。
でも、どうやって?
「どうしましょう。とりあえず寺へ持ち帰って聖様へお届けしましょうか?」
聖…白蓮……。
「そうね、とりあえず聖の居る寺へ…」
「待ちなさい!」
えっ!
「わ!っとと。ちょっと誰ですか?急に大声あげ…って、あわわわわ、貴女は。」
「なっ!なんであんたがこんな所に!」
神子様に屠自古…何故ここへ?
* * *
あぁ、良かった。「皿」が無事にここにあるって事は正解だったのね。
見れば、寺の妖怪たち、……誤解はちゃんと解けてるんでしょうね?白蓮。
「驚かせてしまって申し訳ないわ。でも、それは私の門徒、物部布都の大切なものです。
こちらへ返して欲しいのだけど。」
でも、肝心の布都が見当たらない。一体……って。
…ふむ。
「そうだったの、神子。あんたがこれを返してほしいってのはわかったわ。
…でも、返す代わりに一つ、聞きたいことがあるの。」
いつの間にか村紗が「皿」を持ってるわね。聞きたいこと?
「き、貴様!神子様が返せと言ってるのが分からないのか!」
「あ!屠自古いけない、喧嘩腰になっては…!」
あぁ、相手の欲が聞こえる。もう遅いか。
「ちょ、なによ!こっちはあんたたちの大切なものを拾ってあげたんでしょ?
一つぐらい質問したっていいじゃない!」
村紗に、
「えぇい!大切なものと分かっているならば早く寄越せ!」
屠自古…、相性悪いのかしら。同じ幽霊なのに。
…おや、山彦さんも狼狽えてるわね。
不味い、二人とも興奮している。
「あんた、屠自古でしょ?稗田の妖怪史料集に『ガラが悪い』だなんて書かれていたじゃない!
約束を守れるかなんて信じ切れないわね。」
う〜ん、あの稗田家のお嬢様は色々と、反省するべき部分が多いわね。
「ふ、ふん!貴様だって船を沈め、人を襲ってるそうではないか!人妖平等を謳う寺が聞いてあきれるわ!」
「ひ、人のライフ・スタイルにケチつけないでよ!
それに漁師さんや、あの死神とは仲良く話をしてるだけなんだから!」
いや、それもどうでしょう。白蓮、君も苦労しているわね。
* * *
神子様…屠自古…。
我と、我の「皿」の為に、探しに来てくれたのか。
けど、なおさら出ていけない、いつもいつも苦労を掛けて、こんな所まで。
いっそ、このまま消えてしまいたいぐらいじゃ。
…ん?なんじゃ、急に雰囲気が……!
村紗の周りに、暗く、深く、冷たい、言いようのない恐怖の気が高まっておる。
沢を流れる水が、ざわめき始めた。
「いい加減に黙らないと…あんた達、沈んでしまうわよ?」
屠自古の周りにも、静かに、しかし、圧倒的な霊力が渦巻いておる、
指をパチンと鳴らせば爆雷が降りそそぐであろう。
「亡霊を溺れさせると?…笑わせてくれるわ。やってみろ、三下幽霊。」
いや、屠自古?神子様は生きておられるぞ?
ともかく、このままでは不味い!我の所為で、このような無益な争いを起こしては!
…でも、怖い。神子様になんと言えばいいのだろう。
我にお任せを。とでも……?
また、失敗するかもしれないのに……?
…構わない、ここは行くしか!
「静まりなさい。」
……。
深く、清らかで、抗えない。静かなのに、はっきりと、神子様の声が辺りを包んだ。
高まっていた気が霧散する。
しばらく、自然の音と、自らの鼓動の音しか聞こえなかった。
「屠自古、私たちは何をしに来ましたか?」
「あ……えぇ、布都と『皿』を探しに…。」
「そう、争いに来たのではありません。」
神子様の目線に答えるように、静かに、屠自古が神子様の後ろに控えた。顔は俯いておる。
「村紗、もう一度言います。私たちは争いに来たのではなく、その『皿』を返してほしいだけ。
質問にはキチンとお答えします。」
「……。あの新聞、内容は嘘っぱちって天狗が言いに来たけど、
一緒に写真に写ってるのは事実よね。何が目的なの?」
嘘っぱち?や、しかし、あの写真は確かに。
「ちょっとした『事故』です。白蓮が私にお詫びにと、ジェラートをご馳走してくれたのです。
その後も一緒に里を周りました。あの新聞は天狗がそこを撮り、多大な脚色を加えた結果です。
目的なんてありません。彼女と一緒に居たことには。」
「…聖は、あんたを封印しようとしたわ。私たちを守るために。
あんたはその報復を考えてるんじゃ?」
「ありえません。」
……そうであったのか。我は、神子様を、ただ信じ切れなかっただけなのか。
「で、でも。そんなの信じ…」
「村紗、白蓮は君が思うほど弱くありませんよ。」
「えっ?」
「彼女は君が…いえ、以前の私が考えていた以上に、誠実に深く他者を想い、考え、理解しようとし、
危なっかしい部分も多く見られましたが…とても強い者でした。
報復の計画なんて建てたとしても、きっと、あっという間に看破しますよ。
…信じてください、私の言葉と、なにより君が心から慕っている白蓮を。」
「…………。」
村紗、後ろにいる幽谷もなにも答えない。
…なるほど、神子様にそこまで言わせるとは、聖白蓮。敵うわけがないのう。
うむ、そのような者なら、きっと我なぞ居なくても……。
「逆に、私は彼女より劣る部分が多いのでしょう。門徒や仲間の誤解も満足に解けやしない。
頼ってばっかりの結果で、情けないと自負しています。
……稗田家の妖怪史料集、読んだのでしたら知っているでしょう?
私は、仲間二人を巻き込んで、尸解仙として蘇りました。
理由は単純……怖かったからです。
未来へ転生すれば、右も左も知らない人ばかりで、
師匠の青娥はフラフラするばかり。将来そこに居るかも、わからなかった。
誰を護り、信頼し、共に歩めばいいか考えられなくなる弱い人間だったからです。
今でもそう、屠自古が居なければ、まともに生活もできません。
布都がいなければ、共に精進を喜ぶものが居らず、目的が霞んで消えてしまいます。
私は本当は弱い存在なのです。
だから、ねえ布都。自分は不必要だなんて言わないで。私は貴女に救われているの。
失敗を数えないで。頭の中で悪いことを繰り返さないで。自分を卑下しないで。
お願い、戻ってきて。」
神子様がこちらを見ておられる。既にばれていたか。
涙で前がよく見えない。でも足取りはしっかりと、歩いていける。
「神子様、我がどうしてここに居ると…?」
「ふふ、そんなに大きな欲を聞かされたら気がつかない訳ないじゃない。」
あぁ、うっかり忘れていた。音ならざる音も聞こえるお方であった。
「…どのような欲をお聞きになったか?」
「うん、屠自古のおやつが食べたい。
青娥にもう簡単に騙されたくない。
芳香との力比べに、いい加減勝ちたい。
私は…大丈夫。ずっと一緒よ?貴女がそのように望んでくれる限り。」
この気持ちは、言葉にできない。いろんな気持ちが混ざって、
言葉に起こすときっとどれとでも、意味が違い、どれとでも、その意味を含む。
ただ、確実に言えるのは…感謝じゃ。
* * *
「その…悪かったわよ。聖、本当に嬉しそうに笑ってたから、あっちに行っちゃうんじゃないかって。」
村紗が布都の「皿」を持って、こちらへと歩いてくる。もはや、争う気配は微塵もない。
あぁ、胸が布都の涙やらなんやらでめちゃめちゃ、まあ離さないけどね。
「村紗、私も言いすぎた。謝罪する、済まなかった。」
あら、『ガラの悪い』屠自古も素直に謝ったわね。
うん、反省し学ぶその姿勢は、生きていてもそうでなくても、きっと必要なこと。
不思議な話ね、死んでいるのに成長するなんて。
「さあ、布都。村紗から受け取って。」
以前から聞こえていた、布都からの成功を過剰に求める欲が、
今はほとんど聞こえない。消えかかってる。
稗田のお嬢様は史料を一部変更しないといけないわね。きっと彼女のトラブルはぐっと減るはずだから。
…あぁ、良かった。屠自古も、何故か私への怒気が消えている。
万事解決ね。さあ愛しの我が家である道場へ。
…待って、布都は今涙目、っていうか号泣目。
足元には村紗の気で舞い上がった水がたっぷり。
沢には苔が沢山。
手渡すもの?きっと、この世で一番多く割られた存在。
「ちょ!まっ…!」
布都が包みの広げる部分をチョコンと掴んでしまう。口は結ばれていない。
掴んだ布都の左足が滑った。良く見えない故、しっかり踏みしめた結果、濡れた苔に足をとられたのだ。
スローモーションの様に包みがはだける。綺麗な「皿」がゆっくり、本当にゆっくりと落ちていく。
自分でもわかる。白蓮にかわいい耳の様だと言われたこの髪の毛が、一斉に逆立ったのを。
* * *
「三日もすれば完治するわ。結構思いっきりいったのね、でも大丈夫。キチンと冷やせば直ぐに治るわ。
…ああ、あの天狗?凄いわよ?怪我に薬塗ったらお礼もそこそこ、あっという間に飛んで行ったわ。
もうちょっとやっちゃっても良かったんじゃないかしら。
……よし、これからも気をつけてね?お大事に。」
「はい、お世話になりました。ありがとうございます。」
「ありがとうございました〜…ってて。」
永琳さんに診てもらうまでもなかったみたい。
でも、頭におっきいコブを作って気絶した響子が運ばれてきたときは本当に驚いたわ。
なんでも、ナイスキャッチ?した時に玄武岩に頭をぶつけたとか。
でも、目の前の響子はどこかやりきった感じのあるドヤ顔です。心配なさそうですね。
「聖〜、響子〜、もう来れる〜?」
一輪の声が聞こえる。
「は〜い、今行きま〜す。さ、聖様。」
えぇ、行きましょう。
月が照らす寺の広い庭。そこには様々な種族の宴会騒ぎが広がっていました。
あら、永琳さんと待ってた助手さんも捕まっちゃったみたいね。
最初は仙界の道場、神子さんたちが、我が命蓮寺と仲直りとお礼にと、
お泊まり予定だった星とナズーリンも付き合うと言ってくれてました。(星は…お酒目的でしょうね。)
それに最近新しく入門した 古明地こいし さんの顔を久しぶりに見に来たという地底の方々だけでした。
でも、騒ぎに誘われたのか、霊夢さんや魔理沙さんを始め、吸血鬼の方々、幽界のお連れ様、
村紗さんと仲の良い死神さん、小町さんでしたね。
あら、神奈子さん、お久しぶりです。お連れの方もこんばんは。
他にも様々な場所から。本当に沢山、人妖の皆さんが集まりました。
騒霊のプリズムリバーの皆さんの演奏を見て、響子ウズウズしてるわね。
あらミスティアさんが演奏に乱入しました。
止めても無駄ですね。さぁ、響子。
「え、良いんですか?!はい!ソウルにディープに響くシャウトをぶっ放しに行きます!」
まあ、今日ぐらいはいいでしょう。
あら?あちらでは…。
「おろかものめが!水が雷に勝てぬのは基本であろう!」
「いや、なんの基本よ、それ!確かに最近の風潮はそんな感じだけど!
ふふん、でもこっちには入道使いの雲居一輪がいるのよ!雷なんてへっちゃらだわ!」
ふふ、水蜜も新しくお友達が出来たのね、たしか屠自古さん。仲良くなりそうね。
傍の一輪や布都さんも巻き込んで弾幕勝負かしら?怪我しなければいいけど。
あら、神子さん。
「ああ、白蓮。ここに居たのね。…あの子は大丈夫?」
「えぇ、あっちを見てください。あ、耳を塞いだ方がよろしいですよ?」
即興のライブ舞台に頭に包帯を巻いた響子が、今まさに歌いだしました。
「〜〜〜!!!びゃ、びゃくへん、あ、あっひへ、いきまひょう!」
「神子さん大丈夫ですか?」
「あの子に歌ってものの概念を教えてあげたいわ。」
月明かりが指す、庭の方とは逆の縁側。
既に全ての経緯は聞きました。
「尸解仙…ですか。」
「そう、物に魂を映し、体を作り、元々の体はその宝物へと成り替わり、転生する…。私は、この『宝剣』よ。」
神子さんが剣を、自身の膝の上に載せます。抜刀すると、その刀身は月明かりに照らされ、
この上なく、幻想的に煌めきました。
「分身…いいえ、自分の体そのもの。
例え布都の「皿」や、この「宝剣」が壊れても私たちの体に傷はつかない。
でも、それを想像すると、心にぽっかり大きな穴が開くのよ。」
自身の体そのもの。先程の話を聞いた内容の、屠自古さんの焦りはそこからだったのですね。
…そういえば、
「神子さんはどうして、剣を選んだのですか?」
なんだか、神子さんの様な方には似合わない気がしたからです。
「…私はまだ未熟よ。きっと一人になったら生きてはいけない。
人を支え、人に支えられて生きてきた。それがなくなれば、死んだも当然。」
それは、きっと神子さんという「神霊」そのものの特性でもあるんでしょう。
「だから…強く在ろうとしたからかしら。剣は、私の時代では力、強さそのものだったからね。
強くなければ、誰も救えなかった。強くなければ自身も護れなかった。
それでも…私はどうやら、心までは強くなれなかったみたいね。」
布都さんや屠自古さん達…。
私も、法界での時間は、とても、本当にとても寂しかった。
誰もいない。一緒に笑えない、悲しめない。…もう今となっては耐えられない。
でもそれは。
「当然ですよ。」
「…ん?」
「その弱さは、寂しさは無くならないものです。心があるんですもの。
それに、そもそも一人で生きてはいけるものの『独り』では生きてはいけないのです。
ですが、そんな弱さがあるからこそ、
私たちは手をつなぐことが出来るのだと、助け合えるのだと、私は信じています。
昨日食べた『じぇら〜と』だって、きっと、そんな助け合いから生まれたのです。」
「白蓮…。」
「神子さん、どうかそんな顔をしないでください。
大丈夫です。その弱さがある限り、私たちはこれからもずっと、強くなることが出来るはずです。
それに…本当に辛くなったら、私でよければ…。」
「…『貴女』は本当に強いのね。ありがとう、もう大丈夫よ。」
神子さんの『宝剣』に手を添えます。仄かに刀身が暖かいような気がしました。
そんな私の手に、神子さんの手が添えられます。
…なんででしょうか?鼓動が…早く………。
「はっはっは〜!今度こそ捉えましたよ!お二方!!決定的瞬間を!(カシャッ)
騒ぐ宴会を抜け出し、人気のない静かな場所で二人っきりの密会!(カシャッ)
初しくも手を添え合うその姿勢!(カシャッ)
フフフ、恥ずかしがる事はありません!聖人と妖怪僧侶の熱愛報道はきっと!
人妖をつなぐ架け橋に……!」
* * *
すご〜い。目で追えなかったわ。白蓮の動き。
幻想郷最速はきっとあの天狗、文でしょうけど、反射神経、反応速度、瞬発力。
これらはきっと白蓮の方が上ね。
飛んだわ飛んだ。
「永琳さんにも後で、また手間をおかけするようお願いしないといけませんね。」
笑顔が黒いわ、白蓮。
でも、飛んで行った方角は……うん、ここ一帯の干し草枯れ草を集め貯める場所ね。
あの天狗だからピンピンしてるでしょう。
あぁ、だから「カメラ」狙いだったのね。
「そういえば、神子さん。明日はどうしましょうか?」
こちらへ振り返る白蓮。
約束の日ね、もちろん覚えているわ。
「そうね、どこへ行きたい?」
先程とは打って変わって柔らかくほほ笑む白蓮。
私の体が剣から出来たのならば、
貴女の体は、そう、『優しさ』から出来ているのね。
でも、それは多くの人を救いもするけど、同時に多くの危険を含むもの。
優しさは決して善なるものを生むとは限らない。
私はそれを多く見てきた。
でも、大丈夫。貴女が私にそう言ったように、貴女もそう。大丈夫。
これからは私が貴女を見守ってあげましょう。
そちらを先に読んでいただかなければ展開について行けないかと思いますので、
どうぞ、まだお読みではない方は先にそちらをお読みになってください。
「ふふん。流石は元、我の体。美しい輝きをしているぞ。
……っとと、うっかり割ってしまう前に片づけてしまおうか。いや、もう少し…。」
今、我が手に持つ「皿」は、我の体が、かつての物部の宝物と為ったもの。
うむ。この美しく綺麗に平たい形。至高の職人芸の様じゃ。平たいってところに少し自己嫌悪じゃが。
「布都!物部布都…!どこにいる!」
ん?蘇我屠自古が呼んでおる。亡霊のくせに生き生きと声を出す奴じゃな。
亡霊にしてしまったのは、その…我だが。
「屠自古?我はここじゃ!何用か?」
襖が開き、屠自古がバタバタと(足は無いが)入ってくる。なんじゃ、新聞?
「布都!これを見ろ。い、いいか?落ち着いて見るんだ。」
なんじゃ、なんじゃ。屠自古がここまで慌てるのも珍しい。
さては……、ふふん、わかったぞ。
我らが太子様、豊聡耳神子様がとうとう宿敵である(に違いない)あの寺を、征伐したニュースであろう!流石は神子様。
しかし、我にも一声かけて欲しかったのう、我の持つ物部の秘術と、道教の仙術があれば百人力じゃったのに。
「どれ、我にも見せてみい。」
お、どうじゃ!やはり神子様が、かの妖怪僧侶と仲睦まじくデートして………え?
* * *
まあ、私としてはデートでも良かったのですが、寺の皆の反応や、神子さんの様子を見る限りじゃあ、
やっぱり、そうじゃない方が良いみたい。
それに、あの天狗さんにキチンと一言申し上げなければいけませんでした。
ジュースは二人、一つずつだったって。
「白蓮?急がなくてもいいのかしら。たしか君はお留守番当番だったのでしょう?」
今、私たちは妖怪の山を下山し、里への道を歩いているところです。
「あぁ、いけません、うっかりしてました。急いで戻らないと。
……急ぐといえば、あの天狗さん。早く竹林の薬師様、八意永琳さんに診て頂かないと、その、危険なのでは?」
どうして神子さんは天狗さんをあんな目に…。教育と言ってましたし、きっと飛鳥時代流なのでしょう。
「大丈夫よ。妖怪なんだし。」
「う〜ん。そ、そうですね。妖怪ですし。」
…うん、きっと大丈夫。
「そういえば、君はどう思ったの?妖怪寺の住職、聖白蓮が聖徳王である私と…その、デートだなんて。」
もちろん。
「はい、とっても嬉しいと思いました。」
あら、神子さん。歩くスピードが速くなりました。頬も紅くなってる。
夏風邪かしら?紅茶嗽を教えてさしあげましょう。きっと耳も紅くなってるに違いないわ。
…?耳といえば。
「神子さん、貴女は大変耳がよろしいと、お聞きしております。
では、あの天狗さんのカメラのシャッター音は聞こえなかったのでしょうか。」
「へ?あ、あぁ、確かにね。でもしょうがないじゃない。あの日は君の声にしか集中してなかったんだから。」
…あら、私も体調が悪いのかしら。心の臓の鼓動が変に速くなってるもの。
寺の居間にて、冷えた麦茶を飲んでます。お留守番組なので。
花果子(かかし)念報を発刊されている、姫海棠はたてさんのお陰で、
あの号外からの誤解は既に解けました。
はたてさん曰く、
「いや〜、身内の暴走は身内で片づけないとね〜。文…あっ、あの天狗、射命丸文ね。
あの子、幻想郷最速を名乗るだけあって新しいニュースは迅速にってのがモットーなのよ。
ただ、そのせいで時々暴走しちゃうのよね〜。閻魔様にまた注意されそう。
…なんでここまでしてくれるのかって?今言った閻魔様ってのもあるけど、故意に真実を歪めて、
面白おかしく書くなんて嫌じゃない。人工的で味気ないわよ。それに私たちにも矜持ってのがあるの。
まあ、今回は文の寝不足暴走だけどね」
とのこと。
はたてさんを始め、天狗の皆さんが、誤報と断じられた新聞の回収と誤解の解消を為さっていただいたので、
こうして、いつもの日常に戻ることが出来ました。
とはいえ、私と神子さんが映った写真は事実。改めて寺の皆に説明したところです。
ついでに『じぇら〜と』の美味しさも。
私の方は解決することが出来ました。神子さんの方はどうでしょう?
* * *
芳しくないわね、私の状況。
師匠でもある霍青娥は未だに寝込んでる上、
彼女を診ているキョンシー、宮古芳香は話を理解してくれない。
屠自古は、えぇ、事情はわかりました。なんて言ってるけど、目。目が怖い。凄く。
彼女の十欲を聞く限りでは、どうやら、経緯や理由はともかく、
白蓮と二人きりで甘味を、仲良く味わった事が気に食わないらしい。むむむ。
そして一番の問題は布都。飛び出していったのだから探さないと。
あの子、普段から勘違い激しい上に、行動に抑制効かないのよね。
「屠自古…さん。布都がどこへ走って行ったか心当たりないでしょうか?」
安心して一緒にいることが出来た彼女。
今は一緒にいるだけなのに、涼しいはずの仙界、私の道場で、汗がこめかみを伝って落ちる。
「…そうですね。仙界の扉は、こと幻想郷全土に渡って開く事が出来ることはご存知ですよね。
彼女の足取りを予想するなら、普段修行の場所としている玄武の沢ではないでしょうか。
ああ、もしくは彼女の部屋に入って、手掛かりでも探すのもいいかも知れません。
なにやら大切に物を扱っていたので。」
それでは。と、慇懃に頭を下げた後。彼女はスーッと行ってしまった。
表情が無いってああいう事を言うのね。
どうやったら機嫌直してくれるのかしら。
「ふぅ…。ともかく、布都の部屋へ行ってみましょう。」
空いてる襖から奥をのぞくと、緊張が走った。
布都が修行に使う道具が散らばる中、一際豪華な箱が開いている。
あの箱は見間違うことはない。
布都の「元々の体」が入っていたのだから。そう、入っていた。
中を覗けば、
「…ない。」
布都はあの「皿」を持ったまま走り去ってしまったに違いない。
まずい。
彼女のあの性格、行動を考えると、割れやすい「皿」が非常に危険だ。
今、自分が身につけている「宝剣」に触れてみる。
既に身体はこの剣と入れ替わっている。
しかし、やはり元は自身の体なのだ。
もしも、壊れたり紛失したとなれば、例え自身に悪影響がなかろうとも……。
それだけは駄目だ。
「屠自古!…屠自古!!」
急いで探さなければいけない。部屋を見る限り、布都は今日も修行するつもりだったのだろう。
目指すは……玄武の沢!
* * *
この空気。残暑厳しい夏とは思えない程、清々しく透き通っており、しかし、爽やかな森の匂いで満たされておる。
沢の柔らかな水流に足をつければ、心地よく、体温を下げることが出来る。
走ってきたので、この温度が気持いい。
玄武の沢は今日も、その深く雄大な自然の片鱗を漂わせていた。
「………太子様。」
つい慌てて「皿」も持ってきてしまった…。
それに映る自身の顔を見る。長い時間泣いてしまったからであろう。
ひどい顔だ、目元が少し腫れている。顔を洗おう。
「皿」を柔布で包む。これで沢の岸に置いても傷などつかない。
泣いて、目元が腫れれば、濡らして冷やしたものだ。昔から。
幼いころから仏像が怖くて…まあ、今でも苦手だが。
涙を流せば、太子様が拭ってくれた。慰めてくれた。
油断すれば、そこかしらから命の危険が襲いかかってくるのにも関わらず、我を信頼してくれた。
政治、物部家、蘇我家、宗教戦争。
実際はどうでも良かったのかもしれない。太子様……神子様の近くに居ることが出来れば、それでよかった。
だから本当に嬉しかった。
共に尸解仙にならないか?と声をかけて頂いた時、それが屠自古と我のたった二人とわかった時、
そして、千四百年を経て、ようやく再開できた時。
……屠自古には本当に悪いことをしてしまったと思っている。
一族の恨み、本音だったのか建前だったのかは、もはや思い出せない。、
しかし、そこに付随した別の想い。そう、それは神子様への独占欲だったのかもしれない。
だから、焼いていない腐ってしまう壺と、屠自古の宝物を入れ替えてしまった。
再会できた時は…嬉しかった。謝ることが出来るのだから。
「神子様は、あの尼僧がよろしいのですか?
もう…我や屠自古は必要ではないのですか?」
沢の水流に映る自身の顔に問いかける。こう、言い返された気がする。
神子様は、尼僧よりお前を選ぶと思うのか?
ここ最近、良いところなんてなかった。宴会では我慢できずに暴れてしまったし、
人助け、喧嘩の仲裁をしようにも、あの稗田家の阿求というお嬢には「周りにトラブルが絶えない」など論じられた。
良いところを見せようとすれば空回りする。昔のように上手くはいかない。
必要とされてないのかもしれない。だから、あっちの寺へ…。
それでも…それでも我は……。
「あら、良い所じゃない。雰囲気も神秘的だし、気持ちよく涼めそうね。」
急いで隠れた。こんなところに来るのは大抵は妖怪なのだから。
木陰に隠れることが出来た。よし、ばれてはいないようだ。
って、あ……しまった!
「あれ?村紗さ〜ん!こっちに何かありますよ?」
確かあれは…山彦妖怪の幽谷響子に……。
「どれどれ。ありゃ〜、誰かの忘れものかね?
っとと響子、慎重に持ちなさいよ、それ割れ物っぽいじゃない。」
寺の船長(なんでだろう?船なんてないのに)である村紗水蜜だ。
なんということだ、よりにもよってあの寺の妖怪とは…。
と、ともかくなんとかしてあの「皿」を取り戻さなければならぬ。
でも、どうやって?
「どうしましょう。とりあえず寺へ持ち帰って聖様へお届けしましょうか?」
聖…白蓮……。
「そうね、とりあえず聖の居る寺へ…」
「待ちなさい!」
えっ!
「わ!っとと。ちょっと誰ですか?急に大声あげ…って、あわわわわ、貴女は。」
「なっ!なんであんたがこんな所に!」
神子様に屠自古…何故ここへ?
* * *
あぁ、良かった。「皿」が無事にここにあるって事は正解だったのね。
見れば、寺の妖怪たち、……誤解はちゃんと解けてるんでしょうね?白蓮。
「驚かせてしまって申し訳ないわ。でも、それは私の門徒、物部布都の大切なものです。
こちらへ返して欲しいのだけど。」
でも、肝心の布都が見当たらない。一体……って。
…ふむ。
「そうだったの、神子。あんたがこれを返してほしいってのはわかったわ。
…でも、返す代わりに一つ、聞きたいことがあるの。」
いつの間にか村紗が「皿」を持ってるわね。聞きたいこと?
「き、貴様!神子様が返せと言ってるのが分からないのか!」
「あ!屠自古いけない、喧嘩腰になっては…!」
あぁ、相手の欲が聞こえる。もう遅いか。
「ちょ、なによ!こっちはあんたたちの大切なものを拾ってあげたんでしょ?
一つぐらい質問したっていいじゃない!」
村紗に、
「えぇい!大切なものと分かっているならば早く寄越せ!」
屠自古…、相性悪いのかしら。同じ幽霊なのに。
…おや、山彦さんも狼狽えてるわね。
不味い、二人とも興奮している。
「あんた、屠自古でしょ?稗田の妖怪史料集に『ガラが悪い』だなんて書かれていたじゃない!
約束を守れるかなんて信じ切れないわね。」
う〜ん、あの稗田家のお嬢様は色々と、反省するべき部分が多いわね。
「ふ、ふん!貴様だって船を沈め、人を襲ってるそうではないか!人妖平等を謳う寺が聞いてあきれるわ!」
「ひ、人のライフ・スタイルにケチつけないでよ!
それに漁師さんや、あの死神とは仲良く話をしてるだけなんだから!」
いや、それもどうでしょう。白蓮、君も苦労しているわね。
* * *
神子様…屠自古…。
我と、我の「皿」の為に、探しに来てくれたのか。
けど、なおさら出ていけない、いつもいつも苦労を掛けて、こんな所まで。
いっそ、このまま消えてしまいたいぐらいじゃ。
…ん?なんじゃ、急に雰囲気が……!
村紗の周りに、暗く、深く、冷たい、言いようのない恐怖の気が高まっておる。
沢を流れる水が、ざわめき始めた。
「いい加減に黙らないと…あんた達、沈んでしまうわよ?」
屠自古の周りにも、静かに、しかし、圧倒的な霊力が渦巻いておる、
指をパチンと鳴らせば爆雷が降りそそぐであろう。
「亡霊を溺れさせると?…笑わせてくれるわ。やってみろ、三下幽霊。」
いや、屠自古?神子様は生きておられるぞ?
ともかく、このままでは不味い!我の所為で、このような無益な争いを起こしては!
…でも、怖い。神子様になんと言えばいいのだろう。
我にお任せを。とでも……?
また、失敗するかもしれないのに……?
…構わない、ここは行くしか!
「静まりなさい。」
……。
深く、清らかで、抗えない。静かなのに、はっきりと、神子様の声が辺りを包んだ。
高まっていた気が霧散する。
しばらく、自然の音と、自らの鼓動の音しか聞こえなかった。
「屠自古、私たちは何をしに来ましたか?」
「あ……えぇ、布都と『皿』を探しに…。」
「そう、争いに来たのではありません。」
神子様の目線に答えるように、静かに、屠自古が神子様の後ろに控えた。顔は俯いておる。
「村紗、もう一度言います。私たちは争いに来たのではなく、その『皿』を返してほしいだけ。
質問にはキチンとお答えします。」
「……。あの新聞、内容は嘘っぱちって天狗が言いに来たけど、
一緒に写真に写ってるのは事実よね。何が目的なの?」
嘘っぱち?や、しかし、あの写真は確かに。
「ちょっとした『事故』です。白蓮が私にお詫びにと、ジェラートをご馳走してくれたのです。
その後も一緒に里を周りました。あの新聞は天狗がそこを撮り、多大な脚色を加えた結果です。
目的なんてありません。彼女と一緒に居たことには。」
「…聖は、あんたを封印しようとしたわ。私たちを守るために。
あんたはその報復を考えてるんじゃ?」
「ありえません。」
……そうであったのか。我は、神子様を、ただ信じ切れなかっただけなのか。
「で、でも。そんなの信じ…」
「村紗、白蓮は君が思うほど弱くありませんよ。」
「えっ?」
「彼女は君が…いえ、以前の私が考えていた以上に、誠実に深く他者を想い、考え、理解しようとし、
危なっかしい部分も多く見られましたが…とても強い者でした。
報復の計画なんて建てたとしても、きっと、あっという間に看破しますよ。
…信じてください、私の言葉と、なにより君が心から慕っている白蓮を。」
「…………。」
村紗、後ろにいる幽谷もなにも答えない。
…なるほど、神子様にそこまで言わせるとは、聖白蓮。敵うわけがないのう。
うむ、そのような者なら、きっと我なぞ居なくても……。
「逆に、私は彼女より劣る部分が多いのでしょう。門徒や仲間の誤解も満足に解けやしない。
頼ってばっかりの結果で、情けないと自負しています。
……稗田家の妖怪史料集、読んだのでしたら知っているでしょう?
私は、仲間二人を巻き込んで、尸解仙として蘇りました。
理由は単純……怖かったからです。
未来へ転生すれば、右も左も知らない人ばかりで、
師匠の青娥はフラフラするばかり。将来そこに居るかも、わからなかった。
誰を護り、信頼し、共に歩めばいいか考えられなくなる弱い人間だったからです。
今でもそう、屠自古が居なければ、まともに生活もできません。
布都がいなければ、共に精進を喜ぶものが居らず、目的が霞んで消えてしまいます。
私は本当は弱い存在なのです。
だから、ねえ布都。自分は不必要だなんて言わないで。私は貴女に救われているの。
失敗を数えないで。頭の中で悪いことを繰り返さないで。自分を卑下しないで。
お願い、戻ってきて。」
神子様がこちらを見ておられる。既にばれていたか。
涙で前がよく見えない。でも足取りはしっかりと、歩いていける。
「神子様、我がどうしてここに居ると…?」
「ふふ、そんなに大きな欲を聞かされたら気がつかない訳ないじゃない。」
あぁ、うっかり忘れていた。音ならざる音も聞こえるお方であった。
「…どのような欲をお聞きになったか?」
「うん、屠自古のおやつが食べたい。
青娥にもう簡単に騙されたくない。
芳香との力比べに、いい加減勝ちたい。
私は…大丈夫。ずっと一緒よ?貴女がそのように望んでくれる限り。」
この気持ちは、言葉にできない。いろんな気持ちが混ざって、
言葉に起こすときっとどれとでも、意味が違い、どれとでも、その意味を含む。
ただ、確実に言えるのは…感謝じゃ。
* * *
「その…悪かったわよ。聖、本当に嬉しそうに笑ってたから、あっちに行っちゃうんじゃないかって。」
村紗が布都の「皿」を持って、こちらへと歩いてくる。もはや、争う気配は微塵もない。
あぁ、胸が布都の涙やらなんやらでめちゃめちゃ、まあ離さないけどね。
「村紗、私も言いすぎた。謝罪する、済まなかった。」
あら、『ガラの悪い』屠自古も素直に謝ったわね。
うん、反省し学ぶその姿勢は、生きていてもそうでなくても、きっと必要なこと。
不思議な話ね、死んでいるのに成長するなんて。
「さあ、布都。村紗から受け取って。」
以前から聞こえていた、布都からの成功を過剰に求める欲が、
今はほとんど聞こえない。消えかかってる。
稗田のお嬢様は史料を一部変更しないといけないわね。きっと彼女のトラブルはぐっと減るはずだから。
…あぁ、良かった。屠自古も、何故か私への怒気が消えている。
万事解決ね。さあ愛しの我が家である道場へ。
…待って、布都は今涙目、っていうか号泣目。
足元には村紗の気で舞い上がった水がたっぷり。
沢には苔が沢山。
手渡すもの?きっと、この世で一番多く割られた存在。
「ちょ!まっ…!」
布都が包みの広げる部分をチョコンと掴んでしまう。口は結ばれていない。
掴んだ布都の左足が滑った。良く見えない故、しっかり踏みしめた結果、濡れた苔に足をとられたのだ。
スローモーションの様に包みがはだける。綺麗な「皿」がゆっくり、本当にゆっくりと落ちていく。
自分でもわかる。白蓮にかわいい耳の様だと言われたこの髪の毛が、一斉に逆立ったのを。
* * *
「三日もすれば完治するわ。結構思いっきりいったのね、でも大丈夫。キチンと冷やせば直ぐに治るわ。
…ああ、あの天狗?凄いわよ?怪我に薬塗ったらお礼もそこそこ、あっという間に飛んで行ったわ。
もうちょっとやっちゃっても良かったんじゃないかしら。
……よし、これからも気をつけてね?お大事に。」
「はい、お世話になりました。ありがとうございます。」
「ありがとうございました〜…ってて。」
永琳さんに診てもらうまでもなかったみたい。
でも、頭におっきいコブを作って気絶した響子が運ばれてきたときは本当に驚いたわ。
なんでも、ナイスキャッチ?した時に玄武岩に頭をぶつけたとか。
でも、目の前の響子はどこかやりきった感じのあるドヤ顔です。心配なさそうですね。
「聖〜、響子〜、もう来れる〜?」
一輪の声が聞こえる。
「は〜い、今行きま〜す。さ、聖様。」
えぇ、行きましょう。
月が照らす寺の広い庭。そこには様々な種族の宴会騒ぎが広がっていました。
あら、永琳さんと待ってた助手さんも捕まっちゃったみたいね。
最初は仙界の道場、神子さんたちが、我が命蓮寺と仲直りとお礼にと、
お泊まり予定だった星とナズーリンも付き合うと言ってくれてました。(星は…お酒目的でしょうね。)
それに最近新しく入門した 古明地こいし さんの顔を久しぶりに見に来たという地底の方々だけでした。
でも、騒ぎに誘われたのか、霊夢さんや魔理沙さんを始め、吸血鬼の方々、幽界のお連れ様、
村紗さんと仲の良い死神さん、小町さんでしたね。
あら、神奈子さん、お久しぶりです。お連れの方もこんばんは。
他にも様々な場所から。本当に沢山、人妖の皆さんが集まりました。
騒霊のプリズムリバーの皆さんの演奏を見て、響子ウズウズしてるわね。
あらミスティアさんが演奏に乱入しました。
止めても無駄ですね。さぁ、響子。
「え、良いんですか?!はい!ソウルにディープに響くシャウトをぶっ放しに行きます!」
まあ、今日ぐらいはいいでしょう。
あら?あちらでは…。
「おろかものめが!水が雷に勝てぬのは基本であろう!」
「いや、なんの基本よ、それ!確かに最近の風潮はそんな感じだけど!
ふふん、でもこっちには入道使いの雲居一輪がいるのよ!雷なんてへっちゃらだわ!」
ふふ、水蜜も新しくお友達が出来たのね、たしか屠自古さん。仲良くなりそうね。
傍の一輪や布都さんも巻き込んで弾幕勝負かしら?怪我しなければいいけど。
あら、神子さん。
「ああ、白蓮。ここに居たのね。…あの子は大丈夫?」
「えぇ、あっちを見てください。あ、耳を塞いだ方がよろしいですよ?」
即興のライブ舞台に頭に包帯を巻いた響子が、今まさに歌いだしました。
「〜〜〜!!!びゃ、びゃくへん、あ、あっひへ、いきまひょう!」
「神子さん大丈夫ですか?」
「あの子に歌ってものの概念を教えてあげたいわ。」
月明かりが指す、庭の方とは逆の縁側。
既に全ての経緯は聞きました。
「尸解仙…ですか。」
「そう、物に魂を映し、体を作り、元々の体はその宝物へと成り替わり、転生する…。私は、この『宝剣』よ。」
神子さんが剣を、自身の膝の上に載せます。抜刀すると、その刀身は月明かりに照らされ、
この上なく、幻想的に煌めきました。
「分身…いいえ、自分の体そのもの。
例え布都の「皿」や、この「宝剣」が壊れても私たちの体に傷はつかない。
でも、それを想像すると、心にぽっかり大きな穴が開くのよ。」
自身の体そのもの。先程の話を聞いた内容の、屠自古さんの焦りはそこからだったのですね。
…そういえば、
「神子さんはどうして、剣を選んだのですか?」
なんだか、神子さんの様な方には似合わない気がしたからです。
「…私はまだ未熟よ。きっと一人になったら生きてはいけない。
人を支え、人に支えられて生きてきた。それがなくなれば、死んだも当然。」
それは、きっと神子さんという「神霊」そのものの特性でもあるんでしょう。
「だから…強く在ろうとしたからかしら。剣は、私の時代では力、強さそのものだったからね。
強くなければ、誰も救えなかった。強くなければ自身も護れなかった。
それでも…私はどうやら、心までは強くなれなかったみたいね。」
布都さんや屠自古さん達…。
私も、法界での時間は、とても、本当にとても寂しかった。
誰もいない。一緒に笑えない、悲しめない。…もう今となっては耐えられない。
でもそれは。
「当然ですよ。」
「…ん?」
「その弱さは、寂しさは無くならないものです。心があるんですもの。
それに、そもそも一人で生きてはいけるものの『独り』では生きてはいけないのです。
ですが、そんな弱さがあるからこそ、
私たちは手をつなぐことが出来るのだと、助け合えるのだと、私は信じています。
昨日食べた『じぇら〜と』だって、きっと、そんな助け合いから生まれたのです。」
「白蓮…。」
「神子さん、どうかそんな顔をしないでください。
大丈夫です。その弱さがある限り、私たちはこれからもずっと、強くなることが出来るはずです。
それに…本当に辛くなったら、私でよければ…。」
「…『貴女』は本当に強いのね。ありがとう、もう大丈夫よ。」
神子さんの『宝剣』に手を添えます。仄かに刀身が暖かいような気がしました。
そんな私の手に、神子さんの手が添えられます。
…なんででしょうか?鼓動が…早く………。
「はっはっは〜!今度こそ捉えましたよ!お二方!!決定的瞬間を!(カシャッ)
騒ぐ宴会を抜け出し、人気のない静かな場所で二人っきりの密会!(カシャッ)
初しくも手を添え合うその姿勢!(カシャッ)
フフフ、恥ずかしがる事はありません!聖人と妖怪僧侶の熱愛報道はきっと!
人妖をつなぐ架け橋に……!」
* * *
すご〜い。目で追えなかったわ。白蓮の動き。
幻想郷最速はきっとあの天狗、文でしょうけど、反射神経、反応速度、瞬発力。
これらはきっと白蓮の方が上ね。
飛んだわ飛んだ。
「永琳さんにも後で、また手間をおかけするようお願いしないといけませんね。」
笑顔が黒いわ、白蓮。
でも、飛んで行った方角は……うん、ここ一帯の干し草枯れ草を集め貯める場所ね。
あの天狗だからピンピンしてるでしょう。
あぁ、だから「カメラ」狙いだったのね。
「そういえば、神子さん。明日はどうしましょうか?」
こちらへ振り返る白蓮。
約束の日ね、もちろん覚えているわ。
「そうね、どこへ行きたい?」
先程とは打って変わって柔らかくほほ笑む白蓮。
私の体が剣から出来たのならば、
貴女の体は、そう、『優しさ』から出来ているのね。
でも、それは多くの人を救いもするけど、同時に多くの危険を含むもの。
優しさは決して善なるものを生むとは限らない。
私はそれを多く見てきた。
でも、大丈夫。貴女が私にそう言ったように、貴女もそう。大丈夫。
これからは私が貴女を見守ってあげましょう。