猛暑日が三週間くらい続く中、空中庭園に風見幽香はいた。
昼頃、様々な夏の花を見たい衝動に駆られ、紅魔館へと飛び立った。日傘を差し、夏の風を受けて紅い館を目指した。
このようなことは、幽香は日常的にしていた。季節が変わるたびに幻想郷を回り、季節ごとの花を楽しむのだ。
春には桜を見るため白玉楼へ和を懐かしむ。
夏には太陽の畑で向日葵の様子を覗き込む。
秋には豊かな紅葉を見に妖怪の山へ足を運ぶ。
冬には雪を掻き分け芽吹きし蕾を励ます。
今は炎天下の真夏。紅魔館の空中庭園では、優雅な洋風のテラスに丁寧な手入れを施された花々が色とりどりに咲き誇っていた。
自慢の如雨露を片手に、頼まれたわけでもなく水を蒔く。
「早く大きくなぁれ」
パラパラと水を受けた花は、嬉しそうに何度も頷いた。幽香は人差し指で茎を整え、優しく微笑みかけて撫でた。
空中庭園は広かった。夏の花なら何でもござれ。
「きゃー! あのマリーゴールドとっても綺麗じゃない!」
敷き詰められた花壇の向こう側。オレンジ色や黄色、濃い朱色と黄色の混合など、様々なマリーゴールドが植えられていた。
「マリーちゃんはお水をたっぷり飲むのよね~」
再び手にした水の絶えない如雨露を傾け、子守唄を口遊むように花へメロディを奏でた。
花は生きている。歌を聴くと花も気持ち良くなり、育ちが良くなる。太陽の畑でも水やりは歌いながら行う。まるで子守をする母親のように。
幽香は他の花もまだまだ散策しようと、腰を上げた。
その時、背後で声がした。
「誰ですか。名乗って下さい」
幽香は振り返った。赤い中華風衣装を身にまとい、怪訝な顔を浮かべた紅魔館の門番。ただ不格好なのは、似合わない如雨露を提げていたことだ。
幽香は彼女の名前を知っていた。
「げっ、風見幽香」
「げっ、とは何よ失敬ね。こんなにも花が綺麗だから、水をやってるだけよ」
「いいえ! 例え私の空中庭園に美しい貢献をしても、不法侵入は不法侵入です」
「私はただ花が好きだから、ここを訪れただけなのよ」
「本当ですか~?」
美鈴は邪推深く、幽香を見据えた。じりじりと歩みを寄せてくる。間合いのとれた緊張感。
花壇を挟み、手を延ばせば届く位置に近づいた。
幽香はまだ笑顔だった。
「当然。夏の花が、一番好き」
向日葵のように凛々しい目つきに見惚れ、幽香は弾んだ口調で言った。
「とくにこのオレンジ色のマリーゴールドなんて、立派じゃないの。一輪くらい欲しいわね」
幽香は身を屈め、マリーゴールドの茎を撫でようとした。妖気が漂い始める。
「勝手に触らないで下さい!」
「何よぅ。もう。せっかくもっと美しくしてあげようと思ったのに」
「結構です。さあ、向日葵畑へ帰って下さい」
「あー! ハイビスカス!」
幽香は美鈴をてんで無視し、紅いハイビスカスへ走り抜けた。柵の手前、真紅の花壇は一際目立っていた。
何がなんでも花を観察したいと意地を張る。花を愛する純粋な心が、幽香を突き動かしていた。
美鈴も急いで追うが、戦闘の気がないことに違和感を覚えた。危険人物ではないと悟る。
「小っちゃいわね。ハイビスカスなら1メートルくらいあってもいいのに。でもこれはこれで可愛いかも」
「どうやら本当に花がお好きなだけのようですね」
「言ってるじゃない。そうだ。空中庭園の案内をしてよ」
美鈴は頷いた。敵対心はもうない。心を通わすものは、美しき花だった。
ガラスの円卓で一杯の紅茶を嗜みつつ、夏に咲く花々を矯めつ眇めつ。
――一輪の花は必ず一秒ごとに姿を変えるのよ。風、雨、角度、心によって左右される。それは生きている証。
「貴方は自分の畑を荒らされると問答無用で殺しに掛かるのに、他人の地域に足を踏み入れるのには何の躊躇いもないんですね」
「ケース・バイ・ケース」
空中庭園のほとんどを散歩し、様々な夏の花を目にした幽香は満足気だった。
太陽の畑には劣るが、どこを見ても花花花! 幽香は紅魔館の空中庭園を、秘密スポットにした。
毎年訪れては、花を眺めるのだ。
「これは定番ですが、アサガオです。藍色の大輪が一番好きで、この弦の最も長いアサガオは私の自慢のアサガオです」
「まあ。本当に立派。以前に人里で慧音に花の授業の教師をやらされたけど、ここまで大きなアサガオは育てたことないわね」
「花は心を込めれば、呼応して元気になると聞きました。いつか花で紅魔館を包んでやろうと目論んでもいるんですよ」
「素敵な夢ね。どう、今すぐにでも私なら叶えてあげられる」
美鈴は頭を振った。
別に幽香の能力を知っているわけではない。
「花は庭師を投影します。私なら自分の力で成長したいですし、花もそうだと思います。最低限の励ましを受けるだけで強くなれる。私の場合は紅魔館のみんなだし、アサガオの場合は私です」
「幸せね。私、貴方のこと、少しだけ好きになっちゃったみたい」
「それは、どういう……」
美鈴のあたふたする様子が楽しく、幽香は健気に笑った。
「あ、幽香さんも笑うんですね」
「花は庭師を投影するって言ったでしょ。太陽の畑では、大輪の向日葵が毎日笑っているわよ。私が笑っても、不思議じゃない」
「じゃあこのアサガオは、恥ずかしくて今にも顔を隠して萎れてしまいますよ」
幽香は美鈴の冗談が可笑しく、本当の笑いを見せた。
花に囲まれた中の談笑は、比較しようのない幸福感に包まれていた。
「巷では幽香さんは『アルティメットサディスティッククリーチャー』って呼ばれてますよ。でも今日の幽香さんを見ていると、そんなのが馬鹿馬鹿しくなるくらい、華々しく煌めく大輪の花のように美しいです」
「まあ失礼しちゃうわね。世界一可愛い幽香ちゃんなのにっ。サディストを否定はしないけど」
「ところでその日傘、いつも差してますけどお気に入りですか?」
「ん? これのこと?」
幽香は肩に銀色の骨を乗せ、クルクルと回し始める。
「幻想郷で唯一枯れない花よ」
「花……ですか?」
幽香は傘を畳むと、先っぽにポワンと一輪の花を咲かせた。
一輪のカーネーションだった。形の良い、赤い色。
それを美鈴の前に寄せた。
「赤いカーネーション一輪。万年その美しき花は咲き誇る。枯れぬ願掛けは、私の愛の証。どうぞ、受け取って下さる?」
「あ、ありがとうございます」
「花は見られることでその美しさをより増し、美しいと思われることでより一層咲き誇り、咲き誇ることでより見られる。枯れることのない、花の秘密のサイクル」
幽香は再び傘を差した。
「アサガオ。カーネーション。サルスベリ。ハイビスカス。そしてヒマワリ。どれも夏の代表的な花で美しいけど、慕われるのはそれぞれなの。特徴や個性がみんな違って、花を見定める者は好みの花を見つけてはそれを愛する。ちょうど片思いの人間のように。花はただ、咲いているだけではないの。その価値観を判定するのは――花に恋をした者だけなの」
美鈴は柵に手を掛けて、紅魔館の屋上から遠くを見つめていた。
屋上下の裏庭にも、色とりどりの花畑があることは、幽香は飛んできた時から知っている。
空中庭園の方が、ロマンチックだった。
「幽香さんの花は、何ですか。片思いの相手」
「そうねぇ……やっぱり向日葵かしらね。夏の暑さにも動じず堂々と成ってるのを見ると元気付けられるし、力強く美しい。花は人のように儚いものだけど、人よりも美しく、多くの人に愛されることができる」
「幽香さんらしいです。私は……一概にこれが好き! というものはないです。カーネーションもマリーゴールドも、もちろんお気に入りのアサガオだって、私の大事な花ですからね。片思いというそれがなんとなく、友達に優劣を付けているようで……」
「美鈴って、意外と優しい」
幽香は美鈴の頬に、甘い唇を当てた。一瞬のことだった。花を撫でるような、優しい目だった。
「ほっぺへのキスは挨拶がわり」
美鈴は戸惑いながらも、幽香のおでこへお返しをした。その時幽香は、美鈴がキスをする時は目を閉じないことに気が付いた。
「おでこへのキスは友情の証。幽香さんに会えて、良かったです」
幽香はお返しのお返しをしようとしたが、やめた。
続きはまた今度。
「――夏の間に、太陽の畑を訪れてもいいですか? 私、向日葵の育て方がわからないので」
「もちろん。その時はまたよろしくね。もちろん弾幕ゲームも……ね?」
「ええ。もちろんですとも!」
負けるわけないじゃない。
ホーム戦で、向日葵の応援があるもの。
昼頃、様々な夏の花を見たい衝動に駆られ、紅魔館へと飛び立った。日傘を差し、夏の風を受けて紅い館を目指した。
このようなことは、幽香は日常的にしていた。季節が変わるたびに幻想郷を回り、季節ごとの花を楽しむのだ。
春には桜を見るため白玉楼へ和を懐かしむ。
夏には太陽の畑で向日葵の様子を覗き込む。
秋には豊かな紅葉を見に妖怪の山へ足を運ぶ。
冬には雪を掻き分け芽吹きし蕾を励ます。
今は炎天下の真夏。紅魔館の空中庭園では、優雅な洋風のテラスに丁寧な手入れを施された花々が色とりどりに咲き誇っていた。
自慢の如雨露を片手に、頼まれたわけでもなく水を蒔く。
「早く大きくなぁれ」
パラパラと水を受けた花は、嬉しそうに何度も頷いた。幽香は人差し指で茎を整え、優しく微笑みかけて撫でた。
空中庭園は広かった。夏の花なら何でもござれ。
「きゃー! あのマリーゴールドとっても綺麗じゃない!」
敷き詰められた花壇の向こう側。オレンジ色や黄色、濃い朱色と黄色の混合など、様々なマリーゴールドが植えられていた。
「マリーちゃんはお水をたっぷり飲むのよね~」
再び手にした水の絶えない如雨露を傾け、子守唄を口遊むように花へメロディを奏でた。
花は生きている。歌を聴くと花も気持ち良くなり、育ちが良くなる。太陽の畑でも水やりは歌いながら行う。まるで子守をする母親のように。
幽香は他の花もまだまだ散策しようと、腰を上げた。
その時、背後で声がした。
「誰ですか。名乗って下さい」
幽香は振り返った。赤い中華風衣装を身にまとい、怪訝な顔を浮かべた紅魔館の門番。ただ不格好なのは、似合わない如雨露を提げていたことだ。
幽香は彼女の名前を知っていた。
「げっ、風見幽香」
「げっ、とは何よ失敬ね。こんなにも花が綺麗だから、水をやってるだけよ」
「いいえ! 例え私の空中庭園に美しい貢献をしても、不法侵入は不法侵入です」
「私はただ花が好きだから、ここを訪れただけなのよ」
「本当ですか~?」
美鈴は邪推深く、幽香を見据えた。じりじりと歩みを寄せてくる。間合いのとれた緊張感。
花壇を挟み、手を延ばせば届く位置に近づいた。
幽香はまだ笑顔だった。
「当然。夏の花が、一番好き」
向日葵のように凛々しい目つきに見惚れ、幽香は弾んだ口調で言った。
「とくにこのオレンジ色のマリーゴールドなんて、立派じゃないの。一輪くらい欲しいわね」
幽香は身を屈め、マリーゴールドの茎を撫でようとした。妖気が漂い始める。
「勝手に触らないで下さい!」
「何よぅ。もう。せっかくもっと美しくしてあげようと思ったのに」
「結構です。さあ、向日葵畑へ帰って下さい」
「あー! ハイビスカス!」
幽香は美鈴をてんで無視し、紅いハイビスカスへ走り抜けた。柵の手前、真紅の花壇は一際目立っていた。
何がなんでも花を観察したいと意地を張る。花を愛する純粋な心が、幽香を突き動かしていた。
美鈴も急いで追うが、戦闘の気がないことに違和感を覚えた。危険人物ではないと悟る。
「小っちゃいわね。ハイビスカスなら1メートルくらいあってもいいのに。でもこれはこれで可愛いかも」
「どうやら本当に花がお好きなだけのようですね」
「言ってるじゃない。そうだ。空中庭園の案内をしてよ」
美鈴は頷いた。敵対心はもうない。心を通わすものは、美しき花だった。
ガラスの円卓で一杯の紅茶を嗜みつつ、夏に咲く花々を矯めつ眇めつ。
――一輪の花は必ず一秒ごとに姿を変えるのよ。風、雨、角度、心によって左右される。それは生きている証。
「貴方は自分の畑を荒らされると問答無用で殺しに掛かるのに、他人の地域に足を踏み入れるのには何の躊躇いもないんですね」
「ケース・バイ・ケース」
空中庭園のほとんどを散歩し、様々な夏の花を目にした幽香は満足気だった。
太陽の畑には劣るが、どこを見ても花花花! 幽香は紅魔館の空中庭園を、秘密スポットにした。
毎年訪れては、花を眺めるのだ。
「これは定番ですが、アサガオです。藍色の大輪が一番好きで、この弦の最も長いアサガオは私の自慢のアサガオです」
「まあ。本当に立派。以前に人里で慧音に花の授業の教師をやらされたけど、ここまで大きなアサガオは育てたことないわね」
「花は心を込めれば、呼応して元気になると聞きました。いつか花で紅魔館を包んでやろうと目論んでもいるんですよ」
「素敵な夢ね。どう、今すぐにでも私なら叶えてあげられる」
美鈴は頭を振った。
別に幽香の能力を知っているわけではない。
「花は庭師を投影します。私なら自分の力で成長したいですし、花もそうだと思います。最低限の励ましを受けるだけで強くなれる。私の場合は紅魔館のみんなだし、アサガオの場合は私です」
「幸せね。私、貴方のこと、少しだけ好きになっちゃったみたい」
「それは、どういう……」
美鈴のあたふたする様子が楽しく、幽香は健気に笑った。
「あ、幽香さんも笑うんですね」
「花は庭師を投影するって言ったでしょ。太陽の畑では、大輪の向日葵が毎日笑っているわよ。私が笑っても、不思議じゃない」
「じゃあこのアサガオは、恥ずかしくて今にも顔を隠して萎れてしまいますよ」
幽香は美鈴の冗談が可笑しく、本当の笑いを見せた。
花に囲まれた中の談笑は、比較しようのない幸福感に包まれていた。
「巷では幽香さんは『アルティメットサディスティッククリーチャー』って呼ばれてますよ。でも今日の幽香さんを見ていると、そんなのが馬鹿馬鹿しくなるくらい、華々しく煌めく大輪の花のように美しいです」
「まあ失礼しちゃうわね。世界一可愛い幽香ちゃんなのにっ。サディストを否定はしないけど」
「ところでその日傘、いつも差してますけどお気に入りですか?」
「ん? これのこと?」
幽香は肩に銀色の骨を乗せ、クルクルと回し始める。
「幻想郷で唯一枯れない花よ」
「花……ですか?」
幽香は傘を畳むと、先っぽにポワンと一輪の花を咲かせた。
一輪のカーネーションだった。形の良い、赤い色。
それを美鈴の前に寄せた。
「赤いカーネーション一輪。万年その美しき花は咲き誇る。枯れぬ願掛けは、私の愛の証。どうぞ、受け取って下さる?」
「あ、ありがとうございます」
「花は見られることでその美しさをより増し、美しいと思われることでより一層咲き誇り、咲き誇ることでより見られる。枯れることのない、花の秘密のサイクル」
幽香は再び傘を差した。
「アサガオ。カーネーション。サルスベリ。ハイビスカス。そしてヒマワリ。どれも夏の代表的な花で美しいけど、慕われるのはそれぞれなの。特徴や個性がみんな違って、花を見定める者は好みの花を見つけてはそれを愛する。ちょうど片思いの人間のように。花はただ、咲いているだけではないの。その価値観を判定するのは――花に恋をした者だけなの」
美鈴は柵に手を掛けて、紅魔館の屋上から遠くを見つめていた。
屋上下の裏庭にも、色とりどりの花畑があることは、幽香は飛んできた時から知っている。
空中庭園の方が、ロマンチックだった。
「幽香さんの花は、何ですか。片思いの相手」
「そうねぇ……やっぱり向日葵かしらね。夏の暑さにも動じず堂々と成ってるのを見ると元気付けられるし、力強く美しい。花は人のように儚いものだけど、人よりも美しく、多くの人に愛されることができる」
「幽香さんらしいです。私は……一概にこれが好き! というものはないです。カーネーションもマリーゴールドも、もちろんお気に入りのアサガオだって、私の大事な花ですからね。片思いというそれがなんとなく、友達に優劣を付けているようで……」
「美鈴って、意外と優しい」
幽香は美鈴の頬に、甘い唇を当てた。一瞬のことだった。花を撫でるような、優しい目だった。
「ほっぺへのキスは挨拶がわり」
美鈴は戸惑いながらも、幽香のおでこへお返しをした。その時幽香は、美鈴がキスをする時は目を閉じないことに気が付いた。
「おでこへのキスは友情の証。幽香さんに会えて、良かったです」
幽香はお返しのお返しをしようとしたが、やめた。
続きはまた今度。
「――夏の間に、太陽の畑を訪れてもいいですか? 私、向日葵の育て方がわからないので」
「もちろん。その時はまたよろしくね。もちろん弾幕ゲームも……ね?」
「ええ。もちろんですとも!」
負けるわけないじゃない。
ホーム戦で、向日葵の応援があるもの。
ところで赤い中華風衣装の所は赤いと中華風衣装に単語が分かれているんです?
美鈴の衣装はいちおう緑っぽいですよ
すいません小さい指摘ですが報告しておきます。
しかし最後に美鈴にフラグが立ったなw
もっと甘くてもいいよ
素敵なかざみりんをありがとうございました