あなたの息抜きに、お好きなものを。
傾向:黒 【その味を知る】
傾向:白 【喋って! やっぱり黙って!】
傾向:黒 【阿求の教え】
傾向:黒 【醜男】
傾向:黒 【優れたサディスト】
傾向:白 【仲直りしましょ?】
傾向:黒 【嘔吐愛】
【その味を知る】
宮古芳香の博愛精神といえば、数ある妖怪の中でも抜きんでている。
彼女は、可憐な妖精であろうと、妖しげな霊であろうと、生意気な子どもであろうと、平等に愛している。どれも美味しいものとして。
芳香の主人である青娥は、好き嫌いがないことを喜ばしく思ってはいたが、見境なくなんでも食べる旺盛な芳香の食欲が周囲に悪影響を及ぼしていることには困っていた。
「でも、死体のすることですし。本人に悪気はありませんし。こんなに可愛いですし」
青娥はそう言ってしきりに唸ってみせたが、芳香に食事について言い聞かせることはなかった。
困っているという姿勢を見せるだけで、実際にはなんの対処もせずに放任しているところが、彼女が邪仙と呼ばれる所以である。
その芳香の食事は、実のところ周囲だけでなく、本人にも影響を及ぼしている。
芳香の腐った脳は、舌が読みとる食べ物の味にだまされ、食べたものそのものになりきることがある。これはちょうど、酒を飲めば酔ってしまうようなもので、芳香の持つ生理現象のひとつであった。
たとえば先日など、芳香が小腹のあてにしたものは、亡霊である蘇我屠自古の左脚であった。
「体がバチバチってうるさい! 青娥、とってー……あ? お、おお、すごい! 青娥の頭、すごいぞ! ぶわ、ぶわって!」
「それは静電気というのよ」
「よーし、もっとやってやんよー!」
「離れなさい」
雷を放つ威勢のいい芳香は、青娥の気に入るところではなかった。
このようにわかりやすく変わることもあれば、その逆の例もある。
青娥が普段通りの芳香を可愛がっていたときのこと。そこに、燐と名乗る火車がやってきて、自分の友人の妖精を返せと言ってきたのだ。
「うちのゾンビフェアリーをその子が食べたって目撃情報があってね」
「あらまあ。そうなの、芳香?」
「ゾンビでーす!」
「ああ! ほら、あんなにゾンビになりきってる!」
「あれ、普段通りなんですけど」
実際に、ゾンビフェアリーは芳香の腹の中にいた。消化前であったことが幸いして、燐は無事に友人を連れて帰ることができたのだった。
芳香の食事は、ときにこうした迷惑を振りまくものでもあったが、青娥はいろいろな芳香が見られるので楽しいと止めることはなかった。
そんなある日、青娥は芳香に、寝床を共にするよう言いつけた。
いつもなら喜んで飛びつくはずだった。しかし、この日の芳香は普段とは様子が違った。
「あらあら。どうしたの、芳香?」
「んー、ん。いっしょに寝るなら青娥じゃなくて、男がいいなー。たくましい人」
青娥の悲鳴があたりに響き渡った。
ちょうどその頃、白玉楼の庭師である魂魄妖夢は、主人の西行寺幽々子と話をしていた。
「あら、妖夢。そんなにあわただしくして、なにかあったの?」
「あ、幽々子様。申し訳ありません」
息を弾ませながら、妖夢は言った。
「あの、私の半霊、見かけませんでしたか。気づいたらいなくなっていて」
【喋って! やっぱり黙って!】
犬走椛はしたくなったからというだけで、突然キスをする。
がつがつと欲しがったりはしない。ただあっさりと、力強く文をわがものにした。
射命丸文にとって、それは魅力であり、同時になおしてあげたいところでもあった。
「ですからね。雰囲気というものがあなたには足りないんですよ」
長い沈黙のあと、椛は静かな声で言った。
「私はあなたのことが好きです」
「はひ!?」
「……とても」
「は、はい」
「それだけでは足りませんか」
椛の表情は先ほどと変わらない凛とした顔だったが、文はなんだか子犬を見ているような気分になった。
文は椛の手をやわらかく握った。途端に、子犬は自信を取り戻した。
愛おしさが、文の胸のうちにこみあげる。可愛い、可愛い、可愛い、と彼女は頭のなかで何度も叫んだ。
「いえ、足りないというわけではないんです、が……その、あると嬉しいなぁって」
椛は口元に手をやり、むぅむぅとしばらく唸った。
あまりにも熱心に考えこむ椛を見て、文はなんだか申し訳なくなった。
「でも、足りないときもありますけど、すごいときもありますし……」
「すごい?」
「え、えーと、あの……すごかった、ですよ」
視線をあちらこちらにやりながら、文は涼しい風と熱い吐息に肌をしめらせた夜のことを思い出した。
椛は雰囲気があったのはいつのことなのだろうと眉をひそめた。
「どういうことをすれば雰囲気がでるのです?」
硬い口調で椛はたずねた。
「そうですね。たとえば、なにか話をするとか」
「話……話……」
文の返答に、椛はすぐに頭をめぐらせた。
しばらく考えてから、ようやく椛は顔をあげた。そしてそのまま、文の顔に手をそえ、目蓋をちろりと舐めた。
「ひゃっ! も、椛……なにを」
文はかすかに身じろごうとしたが、ぴくりとも動けなかった。
椛は気にせず、ひどく真面目な声で言った。
「目元は皮膚が一番薄いのです」
「……はい?」
「だから拷問ではここを重点的に責めます」
言い終わって、椛は文を見つめた。その視線はどこか得意げだった。
文は遠慮なく言った。
「やっぱりあなたは黙っていてください」
「……なぜです。雰囲気、ありませんでしたか」
「ああもう! いいから、黙って! いや、黙らせます!」
不服そうな椛の口に、文はくちびるを押しあてた。
心地よい感触を味わいながら、雰囲気はいいのだろうかと椛は思った。
【阿求の教え】
大丈夫ですよ。この森を無事に抜ける方法は、ちゃんと知ってますから。
なにも難しいことはありません。ただ進むだけでいいのです。
妖怪に出くわしたところで、逃げてしまえばいいのですから。
それができれば苦労しない? なるほど、確かに。
行くときは出くわすこともありませんでしたが、それはただの幸運でしかありませんし、この帰り路でもそうなるとは限りません。
それに普通なら、腕に覚えのある方を何人か連れてくるべきでしょう。
ええ、もちろん、小間使いのあなた方にそんな役目を期待しているわけではありません。だからそんなに怖がらないでください。
ではどうやって? 安心なさい。対策は済んでいます。
特別に効果のあるお守りや札などなくとも、簡単に妖怪をやり過ごす方法はあるのです。
これくらいの大人数でいるだけ。
ただ、それだけで私には十分なのです。
わかりませんか。仕方のない方たちですね。
分別のつく妖怪なら、必ず事後のことを考えます。これだけの人数がいなくなったとなれば、里でも騒ぎになることは誰でもわかりますからね。そうなればすぐに、巫女なりなんなりに痛めつけられるでしょう。
ですから、好き好んで瀕死の目にあいたいような輩でもいない限りは、問題ないのです。
分別のつかない妖怪なら? それも問題ありません。
ええ、いっぺんに散り散りになって逃げるなどというものではないですから。
確かに何人かは逃げられるでしょうけれど、それでは確実ではありませんもの。
そんな方法よりも、もっと安全に逃げられるやり方が、ああっ!
落ち着きなさい!
あわてないで。こういった獣はすぐに飛びかかってくるわけではなく、どの獲物にしようかとまず考えるものです。
どうも分別のつきそうな妖怪ではないみたいですね。大丈夫です。私の言う通りにすれば、無事にこの森を抜けることができますから。
さあ、あなた方は固まって、ゆっくりと後ろに下がってください。
そうです。ゆっくりと。決して、走らないよう。そう、そうです。
私ですか?
私はこのままでいいのです。私のことは気にせず、あなた方だけ下がってなさい。
いやですね、べつにおとりになろうだなんて思ってませんよ。まったく、本当に仕方のない方たち。
最後に教えておきましょう。
分別のつかない獣でも、お肉とそうでないものの区別はつきます。それに、量だってどちらが多いかくらいわかるものです。
ところで、お腹をすかせたこの子がたくさんのお肉を放っておいて、小さいお肉から食べると思いますか。
ありがとう。やはりこの方法に間違いはありませんね。
これで、私は無事にこの森を抜けられます。
では。
【醜男】
ある集落に、三つ目の男がいた。
男は覚りでもなければ、妖怪でもない。ただの人間でありながら、人々の間ではそのように呼ばれていた。
理由は一つ。男の容姿がそうさせた。
「俺ほど不幸な男もいまい。どいつもこいつも、こんなどこにでもいそうな男をつかまえて三つ目だと言いやがる。ちょっとばかり、穴ができてるだけじゃないか」
男の額のすぐ上には、ぽっかりと丸い肌色の穴があった。硬そうな髪がそれを囲み、より穴を目立たせていた。
歳のせいだと言えるほど男は長く生きていないし、酒や煙草にも興味はなかった。それでも頭部の穴は痩せこけ、日照りの続いた畑のように枯れていた。
もちろん、その穴がたとえ遠くから見たとしても目の体裁を帯びるわけもない。結局、男の苛立ちは自尊心の傷つきであり、人々の見る目のなさを嘆くものだった。
「いまいましい禿頭め。この穴さえなけりゃ、俺だってそれなりに見えるだろうに」
「穴があるなら秘密を叫べばいいじゃない、とこいしちゃんは思うのだった」
「女もつれないし、ガキどもにも馬鹿にされる。全部、この穴があるせいだ!」
「お姉ちゃんは耳フェチーっ!」
「なんだぁ!」
男の目の前で衝撃的な告白がされた。
だが、男の驚きはその内容によるものではない。目前にいる少女が、彼にとって突然現れたかのように思えたからだ。
そんな男の様子を気にすることなく、少女は話を続けた。
「王様の耳は老婆の耳なんだってさ。自分勝手だからね、聞こえないフリをするのよ」
「あ、お前っ、いや、なんだお前は!」
「あなたこそ、なんなの?」
少女の声は雑音の波のように、男の耳の中で、高まったり低くなったりした。
男の意識は自然と、目の前の少女にむけられた。
少女の見た目は、奇妙なヒモを身にまとわせた童女にすぎなかったが、漂わせる香りは酒のように熟成されていた。
中身もおそらく酒のようなものなのだろう、と男は思った。付き合いの度がすぎればたちまち裏切られるが、上手に距離をとっておけばすばらしい高揚感に身をまかせられるだろう、と。
男の口中には、いつの間にか欲望の波が押し寄せていた。男は二度、三度、喉をならした。
男の都合のいいことに、少女も彼に興味を持っているようだった。ほとんど恍惚にちかい関心が向けられていることを実感しながら、男は言った。
「なあ、嬢ちゃん。俺を助けるつもりはないかね」
少女はにっこり笑って、うなずいた。
「うん。お友達にね、願いをかなえてくれる子がいるの」
「願いを? それはありがたいな。嬢ちゃんは天使の知り合いでもいるのかい」
「んーん、その逆」
逆とは、と男が聞き返そうとしたときには、少女の姿はどこにもなかった。
男はぐるりと辺りを見回した後、毒づいた。
「やっぱり妖怪かなにかだったか。俺も相手がいないからって、ちょっかい出すものじゃねえな」
数日後、男は寝床から起き上がり、それから歓喜の声をせまい室内に響かせた。何気なく頭に手をやると、ふさふさした感触を指先が味わったのだ。
男はその日、頭をぐっと上方にそらせ、得意げに表の通りを歩き回った。
すると、あのときの少女が現れた。近寄ってきたのでもなく、空から降ってきたのでもなく、薄まっていたインクから水分が抜け出ていったかのように、少女は男の前に浮かび上がった。
いつもの男なら驚いていただろう。しかし、今の彼は少女と同じように浮ついていた。
男は当たり前のように話しかけた。
「おう、嬢ちゃん。あんただろ? ありがとよ。おかげであのいまいましい穴は、跡形もなく埋まっちまった! どうだい、男前になっただろう?」
意気揚々と話す男は、次第に少女のおかしな様子に気がついた。
あのときの、男が三つ目であったときに向けられた、好奇にうるんだ瞳ではなかったのだ。少女の目つきは乾いた刃物のようで、男が目を合わせようとしても、その視線は彼のはるか後方に突き抜けていくようだった。
困惑する男をまったく見ようともせず、少女は通りを歩くさまざまな人々の顔を眺めた。それから、ようやく男の頭に目を向け、次にその顔をじっと見つめた。
少女は愛らしい笑みを浮かべて、言った。
「それでも、穴があるじゃない」
【優れたサディスト】
「紅魔館に? 馬鹿なことをいうものじゃない。あそこには悪魔しかいないんだ」
里の往来で、壮年の男はたしなめるように相手に言った。
その言葉に、若い男はすかさず言い返した。
「人間だっているだろう。俺の目当てはそいつだよ。あの銀髪の女にもう一度会ってみたいんだ」
若い男の興奮はちっとも静まらず、そのまま彼の歯の隙間からシュウシュウと噴き出た。
面倒なことになったな、と彼をたしなめた友人は思った。一目惚れとは厄介だ、この熱はちょっとやそっとでは冷めないぞ、と。
「確かに、彼女はあそこの勤め人だ。だが」
「よしてくれよ」
若い男は下唇を軽く噛んだ。
「あんたの心配性は今に始まったことじゃないけどな。なにをそんなに不安がるんだ。俺が聞きたいのはあそこまでの行き方だけで、説教じゃないんだよ」
心底うんざりした声で若い男は言った。
その態度を、壮年の男は黙って受け入れた。
「忍びこもうってわけじゃない。俺がしようとしているのは、正当な手続きをふまえた訪問だ。もちろん、断られたらまた別のやり方を考えるだけだがね」
「よし、いいだろう」
「わかってくれたか!」
若い男は機嫌よく言った。
しかし、壮年の男はその期待を無視するように、人気のない場所に若い男を連れていった。
これからなにが起こるのか、まるで見当のつかない様子の友人に、黙って聞くように壮年の男は目線で促した。
「お前にわからせてやろうと思ってね」
壮年の男は自分の着ている甚平の付け紐をゆるめながら、話を続けた。
「知り合いにお前と同じ目的で紅魔館にいった奴らがいてね。まあ、惚れた相手はそれぞれ違うんだが……とにかく、そいつらはそれぞれ目当ての女に会えたんだ」
「なんだよ。そんな簡単に会うことができたのか。それじゃあ」
「だがね、そいつらは相手のことも自分のことも知らなかったんだよ。それで知る羽目になった」
壮年の男は低い声で言った。
「あそこの当主に会った奴は、自分が実にちっぽけにできていることを知った。当主の妹に会った奴は、自分が実にもろくできていることを知った」
甚平を脱ぎ捨てて、全身のあちらこちらに巻かれた包帯を慎重に剥ぎながら、壮年の男は声を硬くさせた。
「そして、あの人間の従者に会った奴は、自分が実に丈夫にできていることを知ったんだ」
このとき、若い男はようやく知った。
壮年の男のむき出しになった四肢は、明らかな継ぎ目があり、なめらかな球体関節の作りものだった。
【仲直りしましょ?】
地下室はフランドールの最後の領地だった。
昔は違ったはずだ。領地の境目は扉のずっと先にあった。境界線の内側には、きらびやかな装飾品と、数え切れない召使と、血を分けたものがいた。
内側はあまりに広くて、居心地がよくて、温かかった。守ってくれるし、裏切らない。自分をいつまでも待ってくれる。
フランドールにはそう思えた。
いつからか、境界線はフランドールのそばにまで狭まっていた。壊したり、捨てたりすると、境目はこちらに近寄ってくる。
息苦しくなる。苛立つ。狭くなる。
我慢ができず、欲望のままこれを繰り返す。フランドールの境界線は、貪欲に彼女を求めた。
そして境界は今、この地下室で息づいている。
フランドールは領地を歩く。
みずみずしい血痕がそこらに散らばっている。姉と自分のどちらのものかと、フランドールは考えた。
「舐めれば、わかるかな」
「お腹、こわすわよ」
フランドールはさっと顔をあげた。
境界が、扉がひらかれていた。
レミリアはわずかに腫れあがった右の頬をさすりながら、言った。
「まだ痛むわ」
「私の領地に勝手に入った奴がわるい。もう片方も叩いてほしいの?」
「さあ? 鼻血流したままのあなたにできるのかしら」
フランドールが鼻の下を拭うと、乾いた血がぱらぱらと崩れていった。
レミリアはゆっくりとフランドールに歩み寄った。
とっさにフランドールは拳を硬くさせたが、レミリアはやんわりと彼女に向かって手をふった。
「吸血鬼同士でも姉妹でも、境界はあるわ」
レミリアの言葉に、フランドールの大きな目はさらにひと回り広がった。
「でも、それはこの部屋のことじゃないの。フランはフラン、私は私、そういうものよ」
「そんなの、わからない」
子どもっぽい不安げな落ち着かない表情でフランドールは、口の中からこぼれたようにそう言った。
レミリアはわずかばかり、しかし見ればそうとわかる程度にほほ笑んだ。
「教えてあげる。私たちの境界はね、ここにあるのよ」
レミリアは指を突きだし、フランドールの胸にそっと触れた。それから、彼女を腕の中に閉じ込めた。
「どこ?」
レミリアの胸に包まれながら、フランドールはくぐもった声で聞いた。
フランドールの鼻腔にレミリアの匂いが押し寄せる。彼女の脳裏にさまざまなものがよぎった。
血と乳の香り。抱かれて眠る安らぎ。そこにある体温。
突然、フランドールの目はちくちくと痛みだし、胸のうちに燃えるような思いがこみあげた。
胸がじんわりとしめっていくのを感じながら、レミリアは答えた。
「今はもうない」
【嘔吐愛】
八意永琳は、日に三度の嘔吐を習慣としている。
これはひとえに、食欲を味わってみたいという好奇心のためであった。
八意の肉体は一生をその頭脳のために費やすため、それ以外の欲求はほとんど未発達のままであることが多い。
しかし、歴代の八意をはるかに上回る頭脳を持ちえた永琳が、どうして知識以外にも目を向けないでいられるだろうか。そして彼女は、愛情やら睡眠やら食欲やらといった偉大なる欲求を、自分の体で味わおうとしたのである。
はじめに手をつけたのは食欲だった。
食欲の意味については、永琳も知っている。ただ、経験したことがないのだ。
空腹の意味を知っていても、実際にそのすらりとした腹部が、くぅ、と鳴いたことはなかった。
なにか食べようという気には一度もなったことがなく、実際に食べたとしても、しばらくすると胃から熱いものがこみあげ、なにもかも戻してしまうのであった。
永琳は、さまざまな食材と調理を組み合わせ、無限の味わいをその腹に押し込めたが、どれも結果は同じで、戻した後に自前の薬で栄養を補給する日々を続けた。
睡眠や愛情にしても同じことだった。
薬によって眠ることはできても、眠気の気だるさが永琳の頭上に降りてくることはなかった。
恋愛の苦悩や感情を口に出しても、それは他人の定義や経験から生まれたものであって、永琳自身の表現ではなかった。
永琳は食欲についても諦めたわけではなかったが、彼女の食事は、料理を準備し、食べ、そして戻すまでが一連の流れになってしまっていた。
頭蓋に横たわる脳髄の重さが、自分に吐き気をうながしている。永琳にはそう思えてならなかった。
月で考えられる、すべての種類の料理を味わい終わった永琳は、最早ここで得られるものはないと結論付けた。
そうなると、次は地上に行くべきだと彼女は考えた。
「ねえ、永琳。蓬莱の薬って知ってるわよね?」
都合のいいことにその頃、彼女が教育係をつとめる輝夜が、月の禁忌である蓬莱の薬に関心を見せていた。
禁忌に手を出せば、地上に追放されることは目に見えている。自分ひとりではどうにもならなかったが、月の姫の助けがあれば、禁忌にも手が届くだろう。
永琳はほほ笑み、輝夜の期待に応えた。
そして地上に逃れ、永琳は輝夜と共にあちらこちらへ隠れ住んだ。
「永琳。ごめんなさい。私なんかのために」
「姫と共にあるのが私の望みです」
輝夜はときどき思い出したように永琳に不安げな表情を見せた。
決まって、永琳も彼女を想った。永琳の頭脳は、教育係として常にそばにいた責任を取るということが必要だと知っていた。
しかし、ときおり永琳は胸の奥底が重くなるように感じていた。発作的に輝夜の髪の色を思い浮かべ、指の動きを想像し、目の大きさに思い出し、首の白さに息を詰まらせた。
これはなんなのだろうかと、永琳は困惑した。はじめての経験だった。それがいったいどの欲求につながるのか、彼女にはまるでわからなかった。
だが、嘔吐をするときのようになにか燃えるようなもので胸のうちが満たされていくような感覚に、彼女は幸福感を見出した。
輝夜、輝夜、とささやくだけで、体のなかのやわらかい部分がねじれるような苦しみが味わえ、永琳は口のなかが酸っぱくなるように感じた。
その日の三度目の嘔吐を終えた永琳は、地上の食材にあとどれだけの可能性が残されているか計算しながら寝床へ向かった。
寝床には輝夜がいた。
「永琳」
名を呼ばれ、永琳は喉をしめつけられるような息苦しさをおぼえた。
「永琳」
「輝夜」
ふたたび呼ばれ、今度はなんとか呼び返した。
永琳はそのまま音もなく近寄り、輝夜にそっともたれかかる。
肌の熱さがすぐにわかった。
「永琳。永琳。永琳」
自分を呼ぶくちびるを、永琳はやさしく触れた。
輝夜の赤い、花の茎のようになめらかな曲線は、しっとりとぬれていた。
喉が鳴る。知らず、永琳は自分のものを舐めた。
「輝夜。輝夜。輝夜」
「永琳」
そのとき、永琳はたしかに聞いた。
二人の名前の間を、ひとつの音が泳いだ。
くぅ
いやらしい胃液が食道を這いあがる。頭は中身をなくしてしまったかのように軽い。喉はぎりぎりとねじれたように痛む。胸のうちはいつの間にか煮えたぎった感情でいっぱいになっている。
だが永琳には、そんな肉体よりも導き出した解のことしか、考えられなかった。
ああ、そうだ。これだ。この音だ。
これはきっと、恋の音だ。
オチが理解できたと確信できるのは【その味を知る】と【阿求の教え】
【喋って! やっぱり黙って!】は普通の百合作品?
面白かったです
穴の話のオチがわからなかったけど…
あっきゅんがナチュラルに黒くて素敵w
醜男だけ分からん。
逆に阿求は分かり易かった。むしろどうやってオチまで持って行くかが見物だったけど……うーん。
腹を空かせたライオンもまずは子供を襲って腹拵えするみたいだしなぁ。
その回避方法は狩る側の気分次第、つまり運次第だからちょっとなぁ。
何かもう一歩、くどく無い範囲でちょっとした小手先のギミックが欲しかったかも。具体的に何かは考えて無いけど……。
しかし、男が分からん。
……目が節穴だってか? ははっ。
恐らく穴は十円?それとも前線?カッパ?
それが後ろにでも移動した?
でもそれだとこいし発言の説明がつかない…友達がネック?
そしてそのような発想が思い浮かんだ俺は…orz
醜男はよく意味がわからなかったけど…
穴があるってのは、口や鼻の穴のこと? 願いを叶えてくれる友人って誰?
こいしちゃんが言うと何か別の意味も隠されてるんじゃないかと深読みしてしまうんだけど
そんなよく分からない怖さもあってか醜男の話が一番印象に残りました
面白かったのは芳香ちゃんの話
個人的に阿求の話と咲夜さんの話が良かった。
ところでパチュリーに告白すれば新しい魔法の実験台にされ、小悪魔に告白したら魂を取られるのは予想できますが、美鈴に告白した場合はどうなるんでしょうね(激しく呼吸をしながら)。
穴は見た目の悪さ(欠点)のことを指して穴と言っているのか、それとも両の目のことなのか・・・謎。
構成というか、並びもいい。
できることなら「時間の噛みごたえ」を一つの作品として読んでみたいです。面白そう。