「セミってさ、自分の事を幸せ者と思っているのかしら?
それとも不幸だと嘆いているのかしら?」
夏のとある日の事である。
そろそろ秋に向けて準備を始めなければいけないと思いつつも、連日の暑さにだらけてしまい、かき氷をむしゃむしゃ食べていた昼下がりだった。
私はお姉ちゃんがついに暑さで頭がおかしくなったのでは、とちょっとだけ心配していた。
「ど、どうしたの、お姉ちゃん?」
「妹よ、よく聞きなさい」
聞きなさいと言うけれど、お姉ちゃんは口にスプーンを咥えながらしゃべっているので、正直聞きとりにくい。
「セミというのはおおよそ3年の間地中で生活するわ。
3年間も準備期間が存在するのに、成虫になって地上に出てくるのはたった1週間だけ。
これを不幸と言わずになんと言おうかしら」
「どうなのかな。
夢が叶って嬉しいままに生を終えるんだから幸せと言えるんじゃないのかな?」
きっと地上に1週間しかいられないのなら、地上の苦しみとか悲しみとか上司と部下との板挟みとか知らないままに死んでいくのだろうし。
「たしかにその妹の考えが正しければそうなのかもしれないわね。
だけど、確実に言える事が1つだけあるわ」
「それは?」
「セミは死に向かって生きている、と」
「真理だね」
極論と言えばそうなのかもしれないけど、生がある者全てに存在する理論である。
お姉ちゃんが他にどんな間違った事を並べ立てたとしても、それだけは認めなければいけない事実であろう。
「まぁ、でも別にこれはセミの事だから私たちには関係がない話になるんだけどね」
「盛大な前振りフラグをいとも簡単に折っちゃうんだね」
「でも、妹よ。このセミの話は実のところ、私たちに関係がなくもないとも言えるのよ」
「その表現って結局のところどっちなのか分かりづらいよね」
遠まわし的に説明を要求したのだが、それはあえなく却下された。
お姉ちゃんは、相変わらずスプーンを口に咥えてもごもごさせながら、宣言した。
『秋って結局のところ1年の4分の1でしかない事に気付いた穣子の苦悩』
「秋って結局のところ1年の4分の1でしかない事に気付いた穣子の苦悩!!」
「なんで2回言うの?」
「重要な事なので2回言いました」
「重要なんだ」
「重要なのです」
さりとて私の中では重要度のウエイトが低いのでこれ以上のコメントは控えておく。
でないと、お姉ちゃんがまた話を脱線させそうだからだ。
「それで、お姉ちゃん。さっき言ってたセミと私たちの共通点って何?」
「いいところに気付いたわ、妹よ。
というか、私はすでに2度ほど答えを言ってるのだけど、まだ気付かないのかしら?」
「2回っていうと、さっきのお姉ちゃんの宣言の事だよね」
『秋って結局のところ(略)』を思い出しながら考えてみる。
3秒で断念。
だいたいお姉ちゃんの頭の中は宇宙空間みたいなものなんだから、常識人の私が考えても答えが出るはずがない。
ここはさっさとお姉ちゃんを煽てて答えをもらう事にしよう。
「降参です」
「早いわね!? 具体的に言うと3秒くらいしか考えてないんじゃないの?」
ちっ、お姉ちゃんの分際で私の心の中を読むとは……。
「まぁ、いいわ。先に生きる者と書いて先生となるわけだし、私が教えてあげようかしら」
「待ってました、お姉ちゃん先生っ♪」
「上手い事乗せられているような気がするわ」
そんな事はございません。
物語を円滑に進めるために止む負えない事なのです。
具体的には暑いからさっさとぐだぐだな会話を終わらせてシャワーでも浴びたい。
「セミの一生と私たちの一生。それは似て非なるものなのだわ。
セミは3年の準備をして1週間を過ごす。
対して私たちは1年の4分の3を準備期間として、残り4分の1を過ごす。
これに共通点がないとは言わせないわよ」
ふぅむ、と私は相槌を打つ。
最近のお姉ちゃんはセミを見ながらそんな事を考えていたのか。
私はスイートポテトのレシピを新たに100種程考えながら過ごしていたというのに。
「秋に生き、秋のために死する。
これは全く問題ない事だわ。むしろ私自らが望んでしている事と置き換えてもいいわ。
ただし、その準備期間が長すぎるという事こそが問題なのよ」
「とってもネガティブなオータム・スピリチュアルだね」
「おーたむすぴちゅある?」
「秋思想とでも言いなおせばいいのかな。
秋をどう感じてどう生きるのか、その精神を綴った言葉だね。今、私が考えたんだけど」
「いいわね、そのおーたむすぷちゅある。
これから流行らせるべき単語だわ。秋の神様として!」
こうして話は脱線していく。
というか、たぶん私の言いたい事の2割も伝わっていない気がする。
「でも、お姉ちゃん。準備期間が長いのはいい事とも言えるんじゃないのかな?」
「ほぅ、してその心は?」
「例えば毎日毎日花火大会をしてたら、花火大会に何の魅力も感じなくなっちゃうよね。
それと同じで1年の4分の1しか秋が来ない事で、人々に秋の魅力を伝える事ができるんじゃないのかな?」
「ポジティブなおーたむすちゅぴあるだわ」
だんだんとスピリチュアルが言えなくなってきているお姉ちゃん。
でもなんだか言い方が可愛いので放っておくことにしよう。
「でも、妹よ。それはあくまでも秋のない4分の3において、人々が秋を忘れていないという前提の話だわ。
毎年人里に赴く時に、
「こんにちは~」
「はて、誰じゃったかの?」
「紅葉を司る神と豊穣を司る神です」
「お~っ、今年も来てくれたのじゃな。ワシ等人里の住民はあなた様を歓迎するよ」
っていう会話を毎回している私たちが言える話ではないわ」
「もう、そのお爺さんボケが始まってると思うんだけどなぁ……」
「自分の甘えを人のせいにするね。
妹はいつからそんな寂しい女の子に育ってしまったのかしら。お姉ちゃん悲しいわ。
その限りなく平らに近い胸には夢も希望もつまってないのね」
「AAのお姉ちゃんには言われたくないよ。
私はちゃんとAカップだもの」
この胸の話を守矢神社の早苗ちゃんが聞いたらどう思うのかな。
鼻で笑う姿しか想像できなくて殺意を覚えるね。
「でも、お姉ちゃん。たしかに私たちの出番は1年に4分の1だけで、準備期間が長すぎるのは分かったけど、結局どうするの?
宇宙にでも喧嘩を売らない限り秋って伸びないよね?」
「宇宙に喧嘩……。それはいい発想だわ、妹よ」
最近お姉ちゃんの中で私のセリフがブームになっているらしい。
「秋を司る神でしかない私達姉妹が宇宙に喧嘩を売る。
これは幻想郷始まって以来の大事件となるんじゃないのかしら」
「そうかな。負けるのは分かっているんだから、天狗ですら取材に来ないと思うんだけどな」
「そこはとっても現実主義なのね……」
「いや、だって宇宙相手とか戦い方すら分からないし」
「夢も希望も詰まっていない妹はさすがだわ。
私は頑張ってネガティブなお姉ちゃんを演じてきたけど、根っからのネガティブ妹には敵いもしなかったようね」
「ちょっ!? 人聞きの悪い言い方はやめてよ! 私はポジティブですぅ!!」
毒舌は心の中だけで言うから楽しいのに。
「しかし、アレね。
こうも姉妹でネガティブになってしまう理由は、やはり秋が短すぎるせいね」
「でも、お姉ちゃん。同じ4分の1しかない春の妖精は、とってもポジティブだと思うわ」
「あれは頭の中が春だからね」
「……納得」
春の陽気に当てられてしまったという事だろう。
あれは職業病みたいなものだ。きっともう治るまい。
「でも、春の妖精を持ち出してくるなんていいところに気付いたわね、妹よ」
「どういう意味?」
「秋それ自体がネガティブなのかもしれない、という事よ」
「つまり?」
「女心と秋の空。秋ナスは嫁に食わすな。秋の夜長に読書はいかが等々。
秋にはいつだってネガティブなイメージが付き纏っているのよ」
「うん、お姉ちゃんが挙げた例は全く関係がないよね」
私がブレーキをかけたところで、お姉ちゃんは止まる事を知らない。
「それだけじゃないわ。
春には桜祭り。夏には花火大会。冬には雪祭り、とポジティブなイベントが数多く存在しているのに、秋にはそれがないわ。
収穫祭? 紅葉狩り? お月見? 地味なものばかりじゃない。
お月見に花火は打ち上げられる? 紅葉狩りに屋台は出る?
秋のイベントはあくまで個人で楽しむ閉鎖的なものばかりだわ」
「風情を感じるという点では秋は断トツだと思うんだけどな」
「風情だけでは信仰は得られないわ。
人々が集まってイベントでお金を落としてくれるからこそ、信仰というのは得られるものだわ」
「信仰がお金と比例しているなんて、世知辛いものだね」
最終的にはお金に結びついてしまうのが世の中の常。
それは幻想郷とて例外ではない。
お金があれば人も神様も潤うのだ。
「でも、お姉ちゃん。秋は他の季節を彩らせるための縁の下の力持ちとも言えるわ」
「……残念ながら、縁の下の力持ちは貶し言葉ではないけど誉め言葉でもないのよ」
「なぜ?」
「目立たないからよ」
「なるほど……」
納得してしまう。
なぜなら私たち姉妹がそうであるから。
「たしかに収穫の時期に私たち秋の神様は重宝されるわ。
でも、冬になればその感謝を忘れて人々は年越しを祝い、春になれば秋ってなんだっけと言いそうな勢いで春の息吹を祝うの。
人々は祝う事のできる根本には秋の収穫がある事をすっかり忘れているわ」
「間違いないね。人って基本的に明日の暮らしだけを考えて生きているからね」
博麗の巫女は明日のご飯の心配を。
白黒の魔法使いは明日の研究の心配を。
吸血鬼のメイドは明日の主人の心配を。
そして早苗ちゃんは明日の信仰の心配を。
人はいつだって秋を忘れて生きているのだ。
その時に感謝はすれど、感謝を思い返す事は絶対ないと言い切ってもいい。
そういう意味では、秋というのは人々に大切な事を思い出せてくれる大事な季節なのでは?
――なんて思ったけど、これをお姉ちゃんに言ったところでいとも簡単に切り捨てられるのは目に見えている。
結局のところ、秋は他の季節と比べて目立たないのだ。
お姉ちゃんが言うように秋がもっと長くならない限り、それは不変なのだろう。
「でも、妹よ」
お姉ちゃんは遠い目でどこか見つめている。
それはまるで何か見えてはいけないものが見えてしまった様子にも取れる。
「それでも秋はなくならないわ」
「そうだね、お姉ちゃん。どれだけ見返りが少なく、私たちの生活がどれだけ貧困でも秋が続く限りは頑張らなきゃ、だね」
「いや、そんな個人の話ではなく」
せっかくいい話で締めようと思ったのにばっさり切り捨てるお姉ちゃん。
「妹よ、これは宇宙規模の話なのよ」
「え? 何の事?」
「単純に秋がなくなったら地球が滅びるじゃない。
宇宙の法則を乱さないために秋が存在するのよ」
宇宙規模の話と言われた時は、一瞬姉妹の縁を切ろうかと考えてしまったけれど、お姉ちゃんの話は意外と現実的だった。
「これこそが究極のおーたむ・すちゅーぴっどなのよ!!」
スピリチュアルがスチューピッドになってしまったお姉ちゃん。
でも、スチューピッドってたしか『馬鹿げている』って意味じゃなかったっけ?
結局、秋について議論する事自体が馬鹿げているんだろうね。
あぁ、私たち姉妹にはぴったりの言葉だ。
了。
それとも不幸だと嘆いているのかしら?」
夏のとある日の事である。
そろそろ秋に向けて準備を始めなければいけないと思いつつも、連日の暑さにだらけてしまい、かき氷をむしゃむしゃ食べていた昼下がりだった。
私はお姉ちゃんがついに暑さで頭がおかしくなったのでは、とちょっとだけ心配していた。
「ど、どうしたの、お姉ちゃん?」
「妹よ、よく聞きなさい」
聞きなさいと言うけれど、お姉ちゃんは口にスプーンを咥えながらしゃべっているので、正直聞きとりにくい。
「セミというのはおおよそ3年の間地中で生活するわ。
3年間も準備期間が存在するのに、成虫になって地上に出てくるのはたった1週間だけ。
これを不幸と言わずになんと言おうかしら」
「どうなのかな。
夢が叶って嬉しいままに生を終えるんだから幸せと言えるんじゃないのかな?」
きっと地上に1週間しかいられないのなら、地上の苦しみとか悲しみとか上司と部下との板挟みとか知らないままに死んでいくのだろうし。
「たしかにその妹の考えが正しければそうなのかもしれないわね。
だけど、確実に言える事が1つだけあるわ」
「それは?」
「セミは死に向かって生きている、と」
「真理だね」
極論と言えばそうなのかもしれないけど、生がある者全てに存在する理論である。
お姉ちゃんが他にどんな間違った事を並べ立てたとしても、それだけは認めなければいけない事実であろう。
「まぁ、でも別にこれはセミの事だから私たちには関係がない話になるんだけどね」
「盛大な前振りフラグをいとも簡単に折っちゃうんだね」
「でも、妹よ。このセミの話は実のところ、私たちに関係がなくもないとも言えるのよ」
「その表現って結局のところどっちなのか分かりづらいよね」
遠まわし的に説明を要求したのだが、それはあえなく却下された。
お姉ちゃんは、相変わらずスプーンを口に咥えてもごもごさせながら、宣言した。
『秋って結局のところ1年の4分の1でしかない事に気付いた穣子の苦悩』
「秋って結局のところ1年の4分の1でしかない事に気付いた穣子の苦悩!!」
「なんで2回言うの?」
「重要な事なので2回言いました」
「重要なんだ」
「重要なのです」
さりとて私の中では重要度のウエイトが低いのでこれ以上のコメントは控えておく。
でないと、お姉ちゃんがまた話を脱線させそうだからだ。
「それで、お姉ちゃん。さっき言ってたセミと私たちの共通点って何?」
「いいところに気付いたわ、妹よ。
というか、私はすでに2度ほど答えを言ってるのだけど、まだ気付かないのかしら?」
「2回っていうと、さっきのお姉ちゃんの宣言の事だよね」
『秋って結局のところ(略)』を思い出しながら考えてみる。
3秒で断念。
だいたいお姉ちゃんの頭の中は宇宙空間みたいなものなんだから、常識人の私が考えても答えが出るはずがない。
ここはさっさとお姉ちゃんを煽てて答えをもらう事にしよう。
「降参です」
「早いわね!? 具体的に言うと3秒くらいしか考えてないんじゃないの?」
ちっ、お姉ちゃんの分際で私の心の中を読むとは……。
「まぁ、いいわ。先に生きる者と書いて先生となるわけだし、私が教えてあげようかしら」
「待ってました、お姉ちゃん先生っ♪」
「上手い事乗せられているような気がするわ」
そんな事はございません。
物語を円滑に進めるために止む負えない事なのです。
具体的には暑いからさっさとぐだぐだな会話を終わらせてシャワーでも浴びたい。
「セミの一生と私たちの一生。それは似て非なるものなのだわ。
セミは3年の準備をして1週間を過ごす。
対して私たちは1年の4分の3を準備期間として、残り4分の1を過ごす。
これに共通点がないとは言わせないわよ」
ふぅむ、と私は相槌を打つ。
最近のお姉ちゃんはセミを見ながらそんな事を考えていたのか。
私はスイートポテトのレシピを新たに100種程考えながら過ごしていたというのに。
「秋に生き、秋のために死する。
これは全く問題ない事だわ。むしろ私自らが望んでしている事と置き換えてもいいわ。
ただし、その準備期間が長すぎるという事こそが問題なのよ」
「とってもネガティブなオータム・スピリチュアルだね」
「おーたむすぴちゅある?」
「秋思想とでも言いなおせばいいのかな。
秋をどう感じてどう生きるのか、その精神を綴った言葉だね。今、私が考えたんだけど」
「いいわね、そのおーたむすぷちゅある。
これから流行らせるべき単語だわ。秋の神様として!」
こうして話は脱線していく。
というか、たぶん私の言いたい事の2割も伝わっていない気がする。
「でも、お姉ちゃん。準備期間が長いのはいい事とも言えるんじゃないのかな?」
「ほぅ、してその心は?」
「例えば毎日毎日花火大会をしてたら、花火大会に何の魅力も感じなくなっちゃうよね。
それと同じで1年の4分の1しか秋が来ない事で、人々に秋の魅力を伝える事ができるんじゃないのかな?」
「ポジティブなおーたむすちゅぴあるだわ」
だんだんとスピリチュアルが言えなくなってきているお姉ちゃん。
でもなんだか言い方が可愛いので放っておくことにしよう。
「でも、妹よ。それはあくまでも秋のない4分の3において、人々が秋を忘れていないという前提の話だわ。
毎年人里に赴く時に、
「こんにちは~」
「はて、誰じゃったかの?」
「紅葉を司る神と豊穣を司る神です」
「お~っ、今年も来てくれたのじゃな。ワシ等人里の住民はあなた様を歓迎するよ」
っていう会話を毎回している私たちが言える話ではないわ」
「もう、そのお爺さんボケが始まってると思うんだけどなぁ……」
「自分の甘えを人のせいにするね。
妹はいつからそんな寂しい女の子に育ってしまったのかしら。お姉ちゃん悲しいわ。
その限りなく平らに近い胸には夢も希望もつまってないのね」
「AAのお姉ちゃんには言われたくないよ。
私はちゃんとAカップだもの」
この胸の話を守矢神社の早苗ちゃんが聞いたらどう思うのかな。
鼻で笑う姿しか想像できなくて殺意を覚えるね。
「でも、お姉ちゃん。たしかに私たちの出番は1年に4分の1だけで、準備期間が長すぎるのは分かったけど、結局どうするの?
宇宙にでも喧嘩を売らない限り秋って伸びないよね?」
「宇宙に喧嘩……。それはいい発想だわ、妹よ」
最近お姉ちゃんの中で私のセリフがブームになっているらしい。
「秋を司る神でしかない私達姉妹が宇宙に喧嘩を売る。
これは幻想郷始まって以来の大事件となるんじゃないのかしら」
「そうかな。負けるのは分かっているんだから、天狗ですら取材に来ないと思うんだけどな」
「そこはとっても現実主義なのね……」
「いや、だって宇宙相手とか戦い方すら分からないし」
「夢も希望も詰まっていない妹はさすがだわ。
私は頑張ってネガティブなお姉ちゃんを演じてきたけど、根っからのネガティブ妹には敵いもしなかったようね」
「ちょっ!? 人聞きの悪い言い方はやめてよ! 私はポジティブですぅ!!」
毒舌は心の中だけで言うから楽しいのに。
「しかし、アレね。
こうも姉妹でネガティブになってしまう理由は、やはり秋が短すぎるせいね」
「でも、お姉ちゃん。同じ4分の1しかない春の妖精は、とってもポジティブだと思うわ」
「あれは頭の中が春だからね」
「……納得」
春の陽気に当てられてしまったという事だろう。
あれは職業病みたいなものだ。きっともう治るまい。
「でも、春の妖精を持ち出してくるなんていいところに気付いたわね、妹よ」
「どういう意味?」
「秋それ自体がネガティブなのかもしれない、という事よ」
「つまり?」
「女心と秋の空。秋ナスは嫁に食わすな。秋の夜長に読書はいかが等々。
秋にはいつだってネガティブなイメージが付き纏っているのよ」
「うん、お姉ちゃんが挙げた例は全く関係がないよね」
私がブレーキをかけたところで、お姉ちゃんは止まる事を知らない。
「それだけじゃないわ。
春には桜祭り。夏には花火大会。冬には雪祭り、とポジティブなイベントが数多く存在しているのに、秋にはそれがないわ。
収穫祭? 紅葉狩り? お月見? 地味なものばかりじゃない。
お月見に花火は打ち上げられる? 紅葉狩りに屋台は出る?
秋のイベントはあくまで個人で楽しむ閉鎖的なものばかりだわ」
「風情を感じるという点では秋は断トツだと思うんだけどな」
「風情だけでは信仰は得られないわ。
人々が集まってイベントでお金を落としてくれるからこそ、信仰というのは得られるものだわ」
「信仰がお金と比例しているなんて、世知辛いものだね」
最終的にはお金に結びついてしまうのが世の中の常。
それは幻想郷とて例外ではない。
お金があれば人も神様も潤うのだ。
「でも、お姉ちゃん。秋は他の季節を彩らせるための縁の下の力持ちとも言えるわ」
「……残念ながら、縁の下の力持ちは貶し言葉ではないけど誉め言葉でもないのよ」
「なぜ?」
「目立たないからよ」
「なるほど……」
納得してしまう。
なぜなら私たち姉妹がそうであるから。
「たしかに収穫の時期に私たち秋の神様は重宝されるわ。
でも、冬になればその感謝を忘れて人々は年越しを祝い、春になれば秋ってなんだっけと言いそうな勢いで春の息吹を祝うの。
人々は祝う事のできる根本には秋の収穫がある事をすっかり忘れているわ」
「間違いないね。人って基本的に明日の暮らしだけを考えて生きているからね」
博麗の巫女は明日のご飯の心配を。
白黒の魔法使いは明日の研究の心配を。
吸血鬼のメイドは明日の主人の心配を。
そして早苗ちゃんは明日の信仰の心配を。
人はいつだって秋を忘れて生きているのだ。
その時に感謝はすれど、感謝を思い返す事は絶対ないと言い切ってもいい。
そういう意味では、秋というのは人々に大切な事を思い出せてくれる大事な季節なのでは?
――なんて思ったけど、これをお姉ちゃんに言ったところでいとも簡単に切り捨てられるのは目に見えている。
結局のところ、秋は他の季節と比べて目立たないのだ。
お姉ちゃんが言うように秋がもっと長くならない限り、それは不変なのだろう。
「でも、妹よ」
お姉ちゃんは遠い目でどこか見つめている。
それはまるで何か見えてはいけないものが見えてしまった様子にも取れる。
「それでも秋はなくならないわ」
「そうだね、お姉ちゃん。どれだけ見返りが少なく、私たちの生活がどれだけ貧困でも秋が続く限りは頑張らなきゃ、だね」
「いや、そんな個人の話ではなく」
せっかくいい話で締めようと思ったのにばっさり切り捨てるお姉ちゃん。
「妹よ、これは宇宙規模の話なのよ」
「え? 何の事?」
「単純に秋がなくなったら地球が滅びるじゃない。
宇宙の法則を乱さないために秋が存在するのよ」
宇宙規模の話と言われた時は、一瞬姉妹の縁を切ろうかと考えてしまったけれど、お姉ちゃんの話は意外と現実的だった。
「これこそが究極のおーたむ・すちゅーぴっどなのよ!!」
スピリチュアルがスチューピッドになってしまったお姉ちゃん。
でも、スチューピッドってたしか『馬鹿げている』って意味じゃなかったっけ?
結局、秋について議論する事自体が馬鹿げているんだろうね。
あぁ、私たち姉妹にはぴったりの言葉だ。
了。
どうしてもこの2人はこんなイメージですね
セミの話もなんかそれっぽいし