Coolier - 新生・東方創想話

そこにある幸運

2012/08/15 21:41:12
最終更新
サイズ
7.97KB
ページ数
1
閲覧数
2202
評価数
5/45
POINT
2330
Rate
10.24

分類タグ

 雪化粧がすっかりと消え、枝に息吹が宿り始めた頃。
 春が訪れた神社には、冬の間元気のなかった妖怪たちが出入りを開始する。

「おや?」

 そうなってくるともちろん、新しい話題を求めて鴉天狗も活性化。

「霊夢さん、こんな昼間から何を?」

 というわけで、取材モード口調で営業スマイルを貼り付けた文が神社にやってくるのは当然の流れであった。
 けれど当の取材対象である霊夢は、居間の中から動こうとせず。
 ぐつぐつという音に耳を傾けていた。仕方ないので文が少し大きめの声で『何してるんです?』と問いかけたところで、やっと反応し。

「このコたちとのお別れ会よ」

 誰が見てもはっきり鍋だと判断できるものを、掘りごたつの真ん中においていた。

「えっと、どのコ?」
「こたつと、土鍋。もう暖かくなるから必要なくなるでしょ?」
「あー、いや、しかし……」

 確かに春が来ればほとんど出番がなくなるものといっても過言ではない。
 美味しいお鍋を作ってくれてありがとう。
 寒い日に身体を暖めてくれてありがとう。
 そういった感謝の気持ちを込めるのは、悪くないであろう。
 ただ、両方をくっつけてもいいものだろうか。
 お別れ会とかそういうお祝いの雰囲気ではなく、二つの存在の冒涜にすら感じるのは文の気のせいであろうか。
 それ以上に、文には結構前から気になっているものがあるわけで……
 
「えっと、ところで霊夢さん。部屋の隅っこで手足縛られていらっしゃる、見覚えのある悪戯好きの妖怪兎さんは……」
「ああ、忘れてたわ」

 満面の笑みで中庭に立つ文を見つめて、

「お別れするコ、その3」

 食材とあっさり宣言されたてゐは、文に助けを求めるように暴れ続けたのだった。








「くすん、くすん、私は悪い妖怪兎じゃないよ?」
「賽銭泥棒がよく言うわ」
「違うよ! 今日は鈴仙が仕事で遊べなかったから、霊夢のところに遊びに来ただけだよ。ちゃんと階段から昇ってね。そうしたら、ちゃりんちゃりんってありえない音が神社の方から聞こえてきたの」
「あ、そういえばお賽銭が入ってたわね」

 文は思った。
 ありえない音って発言はアリなんだなと。
 とりあえず文の仲介もあって、一命を取り留めたてゐは嘘泣きしながら中庭へと跳ねる。そしてすぐさま文を盾にして、ひょこっと顔だけを出した。

「ほらみなさいよ! 私の幸運が霊夢に降りかかったんじゃない! それなのに、私を泥棒と勘違いしてぐるぐる巻きにするなんてひどい!」
「じゃあ聞くけど、なんで賽銭箱の隙間に手を入れようとしてたわけ?」

 問いただされたてゐは、何故か文を霊夢のほうにぐっと押し出す。

「ふふん、当然のことを聞かないでくれる? いつも空っぽの賽銭箱にいくら入ってるのか気にならないわけないじゃない!
 文も現場に居合わせてたら同じ行動を取ったはずよ!」
「あの、すみません。おもむろに私を共犯にしようとしないでいただけますか?」

 階段の途中でその賽銭を入れた人の影は見えたけど、いくら入れたかなんて聞けるはずもなく。
 それがどうしても気になったから、賽銭箱によじ登って手を伸ばしていた。
 というのがてゐの説明だった。

「客観的に見て、おもいっきり嘘っぽいような……」
「そうよね、普通に考えて。文の意見も私寄りみたいだけど?」

 いつも嘘をついているから大事なときに信用されない。
 嘘つきの悲しいサガである。
 二人から疑惑の視線で見つめられながらも、てゐは必死にばたばたと手足を動かした。

「違うよ、お賽銭箱に手を伸ばしたのは本当に偶然なの! ホントは霊夢のところで余ってるお守りをちょっと借りて、私の抜け毛をくっつけて、博麗神社お墨付き、幸運と妖怪避けの二重お守りとして売っちゃおうかなーって、そういう計画だったの。
 ほら、この袋の中に、私の冬毛が一杯入ってる!」

 どれどれと文が覗き込めば、確かに白い短い毛がてゐの持つ巾着袋の中に詰まっていた。これをお守りとくっつけようとしたらしい。

「どうやらお守りを作ろうとしたのは本当のようですね」
「へぇー、妙なことを考えるものね。それならそうと早く言えばいいのに」
「言う暇も与えてくれなかった癖に!」

 やっと信じてもらえたという安心感と、何で今まで信じてくれなかったのかという怒りでてゐが複雑な顔をしていると、霊夢がしれっとした顔で尋ねた。

「ところで、お守りの代金は?」

 と、その質問を受けて、さっきまでの影を帯びた態度とは一変。にこやかな笑みを浮かべつつ、ぴょんぴょんっと霊夢に近づいていく。

「やだなぁ、霊夢。もう支払ったじゃない」
「貰ってないわよ?」

 てゐのあまりにきっぱりとした物言いに、霊夢がハテナマークを頭の上に浮かべた。実際、てゐが神社にやってきてから即容疑者確保状態だったので、そういったものを貰った記憶がなかったからだ。
 それでもてゐは自信満々に

「私の幸運によるお賽銭が代金……、いたぁっ!」

 胸を張って言おうとした言葉を霊夢のでこピンに阻止される。

「馬鹿なこと言わないの、あれじゃあお守り1個分もないわよ」
「むぅ、お賽銭の価値は金額で決まらないって言うじゃない!」
「その金額が定まらないものを交渉に持ち出さないで、それにあんたの能力なんて関係なしに、普通に参拝客が来ただけかもしれないじゃない」

 人間にかなりの幸運を与えるという因幡の白兎の能力で、お守り一つ買えないお賽銭しか集まらないとか、そんな神社悲しすぎる。
 そんな事実を感じながら文は、静かに手帳に書き込んだ。
 人間寄り付き度:Eランク と。

「えーっと、じゃあさ。じゃあさ。私いまからちょっと頑張ってみる。霊夢がこうなったら幸せだなーっていうのいろいろ考えてみてよ。その中で一番のやつに幸運がいくようにするから。それが代金ってことじゃ、だめ?」
「ふーん……、なかなか面白そうじゃない。じゃあ、おまもり50個掛ける」

 てゐが常時周囲にばら撒いている幸運。
 それは人間に強く作用するというが、それを任意で強めた場合どうなるか。
 十分新聞の材料になると、文も興味津々で二人の様子を眺める。

「はいはーいまいどありー。じゃあいくよー!」

 霊夢の手からお守りの袋を受け取ったてゐは、尻尾をぶるんっと震わせた後。
 耳の先を霊夢に触れさせ、全身の毛という毛を逆立てた。
 まるで、文が下から小規模な竜巻を生み出したような、そんな勢い。
 それが数秒続いた後。

「よーし、これで成功したはずだよ」

 てゐの明るい声が作業の終了を告げた。
 そして霊夢の周りをきょろきょろと探り始め、

「何か変わった? ねえ、変わった?」

 とっとっとっと、とりあえず駆け出してどこかに行って、またすぐ戻ってくる。
 どうやら賽銭箱を見てきたようだが、首を振っているところを見ると何もなし。
 今度は茶ダンスを見て、お気に入りのお茶が増えていたりしないか。とか、美味しくなってないかを試す。
 最後にふよふよと、中庭に飛びあがってみて。

「よっと!」
 
 いきなり通常弾幕をばら撒いた。
 けれどちゃんと狙いはつけてあったようで、文にもてゐにも当たることはない。

「ねえ? 本当に成功したんでしょうね?」

 物が増えたりもしていないし。
 体の調子が上がったというわけでもない。
 また屋敷の中に戻った霊夢は疑惑の視線をてゐに向ける。しかし、てゐは慌てることもなく、びしっと霊夢を指さして。

「ご心配なくっ、私はちょっぴり嘘つくときあるけど、私の能力は裏切らないよ。でもでっかい効果だから、もうちょっと時間かかるんじゃないかな。一週間くらい楽しみにしてれば?」

 正直、胡散臭い話だった。
 それでも霊夢が素直にお守りを渡すところを見ると、何か感じることがあったのだろう。巫女の直感ほど厄介なものはないのだから。

「さてと、この射命丸文、ただいまの約束一字一句逃すことなく記録しました。私のスクープチャンスを無駄にする真似はなさらぬよう」
「まさか、毎日押しかけるつもりじゃないでしょうね」
「ええ、幸運が見て取れるまでですが」
「しょうがないわねぇ、じゃあてゐも」

 幸運を確認するまで、毎日来る?
 そう話しかけようとしたが、もう小さな影はその場から姿を消していて、苦笑する文だけが中庭で立っていた。

「これは、巫女の感の初敗北でしょうかね?」
「さあ、どうかしら」

 霊夢はどこか楽しそうに笑いながら、一度奥に引っ込むと、お茶道具を持って縁側まで出てくる。そして、ぽんぽんっと木の板の一枚を叩く。

「楽しみながら騙されるのは、悪くないと思うのよ?」

 嘘を楽しむのは、人間の特権。
 そう付け加えて、お茶を煎れた霊夢の側へ軽い足取りで文が近づき、腰を下ろした。


 それは、春の一幕。


 出会いと、別れが繰り返す季節。


 緩やかな変化が続く幻想の中で、霊夢が望んだ幸運。


 けれど、当事者である霊夢と文は、それを一番で見つけることができなかった。







『神霊が大量に生まれ出た』

 てゐの能力を掛けられてからちょうど一週間後、新たな異変が始まったのである。

「とりあえず原因でも調べますかっ」

 腐れ縁の魔法使いと一緒に神社を出ようとした、そんなとき。

「?」
「ん? どうしたんだ霊夢」
「いやね、どこかからあの兎詐欺さんの声が聞こえた気がしてね」
「そんなことはいいから、出発だぜ!」

 元気のよい掛け声とともに出かけていく、魔法使いを尻目に、
 霊夢はさっきの空耳を自分の言葉で呟いた。





『誰かに必要にされる、そう実感できるのはとても幸せなこと……』

 そのとき、屋根の上で小さな兎が笑っているのが見えた気がした。
 
 
 てゐの能力って解釈によってすっごい楽しめるような気がする。
 と、思いたい。
pys
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1850簡易評価
12.100もんてまん削除
良いですね。こういうの好きです。
15.100名前が無い程度の能力削除
きらいじゃないわ
21.80奇声を発する程度の能力削除
雰囲気が好みでした
24.100名前が無い程度の能力削除
良かったです。
45.100名前が無い程度の能力削除
てっきり文さんが毎日押しかけてくるのが幸運かと……(あやれいむ脳)