私の名前は豊聡耳神子。
十人の話を同時に聞き、十の欲を同時に理解する程度の聖人である。
生ける伝説の噂を聞きつけ、今夜も悩み多き民が私の元へと足を運ぶ。
土地や時代が変わっても、私が為すべき事は同じ。
聞いて、理解して、そして導く。すべてはより良き未来の為に。
「君の悩みはマイ・プレジャー。君のデザイア我が望み。全て話してフォー太子」
聖徳王“が”聞いてみよう
~~きけ、わたちるのの声~~
人里にある小洒落たショットバーは、最近の私のお気に入り。
寡黙ながら気の利くマスターと、礼節を弁えた客たち。俗世にこれほど寛げる場所があったとは驚きだ。
ところでショットバーって何かしら。棒を撃つ? いやいや、どっかの神様じゃあるまいし。
いつもの席でいつもの様にグラスを傾けていると、私の腋に何やらヒンヤリとした空気が流れ込んでくる。
振り向いてみると、そこには青い服を着た女の子が居て、なにやらバツの悪そうな表情を浮かべているではないか。
半透明の羽を見るに、おそらく妖精の一種だろう。悩みがありそうなタイプには見えないが、話があるのなら幾らでも聞きましょう。
「えーっと、あたい……じゃなくて、私こういうオトナの店は初めてで、それで……」
「大丈夫。私には全て分かっていますから。まあお座りなさい」
隣のスツールをポンと叩くと、妖精は不慣れな様子でその上に座り、キョロキョロと辺りを見回した。
緊張を解す為に、彼女の氷細工のような手をそっと握ってやる。うーん、スベスベ。
「さあ、君の話を聞かせて頂戴」
「じゃあ、まずは自己紹介からね。あた……私はチルノ! 見ての通りサイキョ……!?」
言い終えるより早く、カウンターの上を滑ってきたグラスがチルノの前で静止した。
グラスは白い液体で満たされている。ヨーグルト? いいえ、ケフィアです。
マスターの粋な心遣いに対し、心の中で軽く会釈。
「それで、君は何を悩んでいるのかしら?」
「あ、うん。私の友達の事なんだけど……名前は出した方がいい?」
「言い辛いのなら、仮名で構わないわ」
「大妖精っていうヤツなんだけど、そいつが……」
「ちょっと待って! それってひょっとして本名なのでは!?」
「違うよ! ……多分。誰もアイツの名前知らないんだ」
友達の名前すら定かならぬとは、随分と世知辛い世の中になったものです。
しかしこのチルノちゃん。どうやら件の大妖精とやらに特別な感情を抱いているみたいね。
私には分かるのだよ。どんな小さな欲望も、私の耳からは逃れられない。絶対に。いや多分。
「君と大妖精は、とっても仲がよろしいようね」
「うーん……まあ、ね……」
「そう、まるで姉妹のように……」
「終い!? ……あ、ああ姉妹ね」
「SOXフレンドのように……」
「ソックスフレンドって何よ!? あたい大ちゃんの靴下なんて求めてないもん!」
「靴下はいいぞ……カッコいいぞ……」
「なんなのよコイツは……今のあたいには理解できない」
ちなみに、ソックスのスペルはsocksよ。SOXでは何か別の物になってしまうから注意が必要ね。
そういえば、屠自古に履かせる靴下を探していたんだっけ。本人は嫌がってたけど、いつまでも裸足のままでは可哀相だわ。
おおっと、今はチルノの話に集中しなければ。チルノチルノチルノ。よーしバッチコーイ。
「君の悩みとはズバリ、大妖精との仲が上手くいっていない事なのでしょう?」
「上手くいってないっていうか、殺されかけたっていうか……」
「まあ……それは大変だったわね」
「殺されかけてるっていうか……」
「現在進行形!?」
なんということでしょう。
キャワワな妖精チャンたちの実態が、まさかこれほどまでに殺伐としたものであったとは。
本当は怖い幻想郷。本当に気が滅入るほど洒落にならない話in幻想郷リターンズ。略してホンメイリン。なんのこっちゃ。
「あれはそう……あた、私が対立する組織と決着をつけるべく、最終戦争の地へと赴いたときのこと……」
「ふええ……対立する組織だの最終戦争だの、どんどん話が物騒なものになっていくよう……」
「力強く行軍を続けるわた……あたいの前に、突如として現れた禍々しい影!」
「それが大妖精だった、と」
「あんなの大ちゃんじゃない……あたいの知ってる大ちゃんは、口から炎を吐き出したりはしないんだ……」
“大ちゃん!? 裏切ったのね……!”
“大妖精は既に死んだ。ここにいるのは、妖精大戦争ルートA二面中ボス……”
“中ボス……なに?”
“…………”
“ねえ、大ちゃん?”
“排除、排除、排除、排除、排除……”
“大ちゃんが壊れたぁ!?”
上記のやりとりはあくまで私の想像です。念のため。
しかしまあ、これに類するやりとりが行われたことは間違いないでしょうね。
「わたっ、あたっ、私は心を鬼にして、どうにか大ちゃんを撃退する事に成功したのだけど……」
「ちょっと待ちなさい。ここらで一人称を統一しておくべきだと思うわ。ボクなんてどうかしら?」
「ボクっ娘は幻想郷の住人にとって、前人未到の修羅の道じゃない! もー面倒臭いからあたいでいいわ! あーたーいー!」
あたいっ娘は何人も居るのに、ボクっ娘が一人も居ないとは。私がなっちゃおうかしらん。
そう考えると我っ娘である布都の存在は、幻想郷にとっていわば革新的なものなのではなかろうか。
一方その頃、命蓮寺では儂っ娘が幅をきかせていた。いずれ彼奴等とは決着をつけねばなるまい。はーるまーげどーん。
「終戦後しばらくして、再び大ちゃんがあたいの前に姿を現したの。でも今度は……」
「コンパニオンを引き連れていたのね」
「こ、こんぱろ……? 何それ?」
「スーパーコンパニオンを侍らせていたというのねッ!?」
「だから何なのよそれは!?」
ちっちっち。お嬢ちゃんにはまだ早すぎるってモンだぜい。
それにしても、さっきから話が脱線してばかりだねえ。一体全体誰の所為かしら?
“私だ”
“私だったのか”
“ふふふ”
“ふふふ”
“暇を持て余した”
“神子ちゃんの”
“遊び”
「お~い、帰ってこ~い?」
おっといけない。トリップは程々にしておくようにと青娥からキツく言われてたんだった。
下手すると帰ってこれなくなるからね。サンキューチルノ。後でシークヮーサーを奢ってやろう。無かったら芳香の滲出液で。
「今度は仲間と一緒だったのよ。あの忌々しい常春の馬鹿、リリーホワイトとね!」
「あらやだ。それってもしかして、俗にいう修羅場ってやつではなくて?」
「大ちゃん、完全に女(おンな)の貌(かお)してた。きっとアイツに陥落(おと)されてしまったんだわ……」
「その読み仮名は果たして必要なのかしら……」
「あたいに襲い掛かってきたのもきっと、昔の女が邪魔になったとかそういう理由なんだろうなあ……ううっ」
あーあ、チルノちゃんマジ泣きですわ。よっぽどショックだったんでしょうねえ。
悩みというものは、誰かに話すだけで楽になるといわれてるけど、このまま泣かせておくのも忍びないというもの。
よーし……ここはこの豊聡耳神子サマが、文字通り一肌脱ぐしかないみたいね。
「泣かないでチルノ。君に悲しい涙は相応しくないわ」
「ぐすん……やめてよね。今誰かに優しくされたりなんかしたら、あたい、あたい……!」
「妖精が遠慮するものではありません。さあ、私に甘えに来たまえ……」
「うっ……うわあああああああん!」
私の控えめな……慎ましやかな……ええいチクショウ! 節度ある胸の中で、傷心の幼子がむせび泣いている。
我々の会話は丸聞こえだったらしく、マスターや他の客たちも泣いていた。ええいああ君らも「もらい泣き」?
いいさ、皆で存分に泣こうじゃないか。涙の後には虹がかかるって十七条の憲法にあったし。無かったか? じゃあ咥えよう。もとい加えよう。
「チルノちゃん!? どうしてこんなところに……?」
今し方入店してきた二人組の片割れが、こちらを見ながらあんぐりと口を開いていらっしゃる。
ははーん。この子がウワサの大妖精ね? 私には分かってしまうのだよ。比類なき洞察力のおかげでね。
そんでもって、もう片方がリリーホワイトってワケか。なるほど、よくできたシチュエーションだわ。
「だ、大ちゃん……! アンタやっぱり、そいつとデキてたんだね……!?」
「ウェヒヒヒヒ! おめーの女(スケ)はリリーホワイト様がいただいたんですよー!」
「ごめんなさいチルノちゃん。大人になるって悲しいことなの……」
大妖精の切なげな言葉を受け、店内の各所で苦悶の声が上がった。
おそらく、何らかのトラウマが想起されてしまったのだろう。このリリーというやつ、チルノよりずっと早いみたいね。
「おめーはそこのチャラいチャンネーと、しっぽりジュッポリ宜しくヤッてるのがお似合いなんですよー!」
「テメーッ!」
「来いですよチルノ! ケフィアなんか捨ててかかってくるんですよー!」
激昂したチルノは、手付かずのまま放置されていたケフィアのグラスを掴み、リリーに向かって投げつけようとする。
だが、その動きを察知した何者かが彼女の手を掴み、そっとグラスを下ろさせた。誰かって? 私だ。私だったのか。それはもういい。
「ちょっと、邪魔しないでよ! アンタどっちの味方なの!?」
「勿論、私は君の味方です。味方だからこそ、この場で面倒を起こすのを止めたのですよ」
「妖精以外の発言は認めないんですよー! 部外者は大人しくマスターのケフィアでもしゃぶって……!?」
挑発的かつ冒涜的な春告精の表情が、歪んだ笑顔を貼り付けたまま凍り付く。
無理もないだろう。彼女はチルノや私だけでなく、店中のヘイトを荒稼ぎしてしまったのだから。
マスターが取り出した散弾銃をはじめとして、猟銃、拳銃、苦無、投げナイフ、そして人差し指……ありとあらゆる凶器がリリーに狙いを定めている。
無法者を待つのは手荒い歓迎。さながら荒野のウエスタンだ。
「やるなら外でおやりなさい。言うまでも無く、人里の外でね」
「ケッ! てめえらグッドラックですよー! チルノ! 表でケリつけるんですよー!」
「あっ……」
オロオロする大妖精を後に残し、リリーは踵を返して店を立ち去った。
同時に店内の緊張が解かれ、マスターや客たちも普段の佇まいに戻る。
ホッと一息つく私に、チルノが照れ臭そうな笑みを浮かべながらこう言った。
「その……アリガトね。アンタに話を聞いて貰ったおかげで、少しだけ楽になった気がするよ」
ちっぽけな妖精が口にした、ほんの小さな感謝の言葉。
それが何故、私の胸をこれ程までに熱くさせるのだろう。礼の言葉など厭きるほど聞いてきた筈なのに。
ああ、そうか。私はきっと嬉しいのだ。彼女の悩みを受け止めて、僅かながらでもその救いになれたことが。
思わず口元が綻んでしまう。いいさ、ここで体裁を取り繕っても仕方が無い。
「ふふっ、どういたしまして。それよりチルノ、あんなヤツに負けたら承知しないわよ?」
「まっかせっなさーい! なんてったってあたいは最強なんだから!」
先程までとは打って変わって、朗らかな表情を見せるチルノ。
この時代に復活できて本当によかった。歴史的には取るに足らない出来事だろうけど、今夜の私にはそれが何より嬉しかった。
「なーにグズグズしてやがるんですよー! いくら時間を稼ごうとユーキャンノットエスケープフロムデスよー!」
「うっさいわね! ギッタンギッタンにしてやるから覚悟しなさい!」
痺れを切らして戻ってきたリリーにチルノは力強く答え、二人揃って夜の闇へと消えて往く。
彼女の後姿に対し、店中の暖かい視線が注がれる。普段は無愛想なマスターも、この時ばかりは目を細めて頷いていた。
最高の客たちと、最高のひと時を共有する喜び。この店は今夜も私を魅了してやまない。
「あの……隣、座ってもよろしいでしょうか……?」
消え入りそうな声に振り向くと、そこには一人残された大妖精が居た。
頬を染めながら俯く彼女を見て、私は瞬時に全てを理解する。
彼女もまた、孤独(ひとり)のベッドじゃ眠れぬようなベイベーなのだという事を。
「大丈夫。私には全て分かっていますから。さあ行きましょう」
「えっ……? 行くって、何処へ……?」
「君のボディーはノーボディ。君のデザイア行き着く先は、数多星降る神霊廟……」
「ひゃっ……!?」
大妖精なる名とは裏腹に小さな身体を抱きかかえ、鼻と鼻が触れ合う距離にまで顔を近づける。
大きな瞳を潤ませていた彼女は、そっと目蓋を下ろして私に口づけを求めてきた。
最早疑いの余地は無い。この女、陥落(おち)たっ!
「マスター、今宵は随分と喧(かまびす)しい夜になってしまったね。ここは贖(あがな)いの意味も込めて、皆の飲み代を私が持たせてもらうとしましょう」
「はあ。しかしよろしいので? 奥様方が何と仰るか……」
「構いませんよ。それが我が運命(さだめ)ならば」
旧一万円札の束をカウンターに置くと、店中の客たちから歓びの声が上がった。
万感の思いが篭った拍手を全身に浴びつつ、私と大妖精は堂々と店を後にする。
今宵は君とオーヴァードライヴ。目指せ神霊大宇宙。そして世界にLOVE&PEACE……。
私の名前は豊聡耳神子。
聖人であり、尸解仙であり、そしてなによりロマンチストである。
君が悩める美少女ならば、迷わず私の元へ来るといい。
溢れんばかりの欲望を抱えて、ね……!
十人の話を同時に聞き、十の欲を同時に理解する程度の聖人である。
生ける伝説の噂を聞きつけ、今夜も悩み多き民が私の元へと足を運ぶ。
土地や時代が変わっても、私が為すべき事は同じ。
聞いて、理解して、そして導く。すべてはより良き未来の為に。
「君の悩みはマイ・プレジャー。君のデザイア我が望み。全て話してフォー太子」
聖徳王“が”聞いてみよう
~~きけ、わたちるのの声~~
人里にある小洒落たショットバーは、最近の私のお気に入り。
寡黙ながら気の利くマスターと、礼節を弁えた客たち。俗世にこれほど寛げる場所があったとは驚きだ。
ところでショットバーって何かしら。棒を撃つ? いやいや、どっかの神様じゃあるまいし。
いつもの席でいつもの様にグラスを傾けていると、私の腋に何やらヒンヤリとした空気が流れ込んでくる。
振り向いてみると、そこには青い服を着た女の子が居て、なにやらバツの悪そうな表情を浮かべているではないか。
半透明の羽を見るに、おそらく妖精の一種だろう。悩みがありそうなタイプには見えないが、話があるのなら幾らでも聞きましょう。
「えーっと、あたい……じゃなくて、私こういうオトナの店は初めてで、それで……」
「大丈夫。私には全て分かっていますから。まあお座りなさい」
隣のスツールをポンと叩くと、妖精は不慣れな様子でその上に座り、キョロキョロと辺りを見回した。
緊張を解す為に、彼女の氷細工のような手をそっと握ってやる。うーん、スベスベ。
「さあ、君の話を聞かせて頂戴」
「じゃあ、まずは自己紹介からね。あた……私はチルノ! 見ての通りサイキョ……!?」
言い終えるより早く、カウンターの上を滑ってきたグラスがチルノの前で静止した。
グラスは白い液体で満たされている。ヨーグルト? いいえ、ケフィアです。
マスターの粋な心遣いに対し、心の中で軽く会釈。
「それで、君は何を悩んでいるのかしら?」
「あ、うん。私の友達の事なんだけど……名前は出した方がいい?」
「言い辛いのなら、仮名で構わないわ」
「大妖精っていうヤツなんだけど、そいつが……」
「ちょっと待って! それってひょっとして本名なのでは!?」
「違うよ! ……多分。誰もアイツの名前知らないんだ」
友達の名前すら定かならぬとは、随分と世知辛い世の中になったものです。
しかしこのチルノちゃん。どうやら件の大妖精とやらに特別な感情を抱いているみたいね。
私には分かるのだよ。どんな小さな欲望も、私の耳からは逃れられない。絶対に。いや多分。
「君と大妖精は、とっても仲がよろしいようね」
「うーん……まあ、ね……」
「そう、まるで姉妹のように……」
「終い!? ……あ、ああ姉妹ね」
「SOXフレンドのように……」
「ソックスフレンドって何よ!? あたい大ちゃんの靴下なんて求めてないもん!」
「靴下はいいぞ……カッコいいぞ……」
「なんなのよコイツは……今のあたいには理解できない」
ちなみに、ソックスのスペルはsocksよ。SOXでは何か別の物になってしまうから注意が必要ね。
そういえば、屠自古に履かせる靴下を探していたんだっけ。本人は嫌がってたけど、いつまでも裸足のままでは可哀相だわ。
おおっと、今はチルノの話に集中しなければ。チルノチルノチルノ。よーしバッチコーイ。
「君の悩みとはズバリ、大妖精との仲が上手くいっていない事なのでしょう?」
「上手くいってないっていうか、殺されかけたっていうか……」
「まあ……それは大変だったわね」
「殺されかけてるっていうか……」
「現在進行形!?」
なんということでしょう。
キャワワな妖精チャンたちの実態が、まさかこれほどまでに殺伐としたものであったとは。
本当は怖い幻想郷。本当に気が滅入るほど洒落にならない話in幻想郷リターンズ。略してホンメイリン。なんのこっちゃ。
「あれはそう……あた、私が対立する組織と決着をつけるべく、最終戦争の地へと赴いたときのこと……」
「ふええ……対立する組織だの最終戦争だの、どんどん話が物騒なものになっていくよう……」
「力強く行軍を続けるわた……あたいの前に、突如として現れた禍々しい影!」
「それが大妖精だった、と」
「あんなの大ちゃんじゃない……あたいの知ってる大ちゃんは、口から炎を吐き出したりはしないんだ……」
“大ちゃん!? 裏切ったのね……!”
“大妖精は既に死んだ。ここにいるのは、妖精大戦争ルートA二面中ボス……”
“中ボス……なに?”
“…………”
“ねえ、大ちゃん?”
“排除、排除、排除、排除、排除……”
“大ちゃんが壊れたぁ!?”
上記のやりとりはあくまで私の想像です。念のため。
しかしまあ、これに類するやりとりが行われたことは間違いないでしょうね。
「わたっ、あたっ、私は心を鬼にして、どうにか大ちゃんを撃退する事に成功したのだけど……」
「ちょっと待ちなさい。ここらで一人称を統一しておくべきだと思うわ。ボクなんてどうかしら?」
「ボクっ娘は幻想郷の住人にとって、前人未到の修羅の道じゃない! もー面倒臭いからあたいでいいわ! あーたーいー!」
あたいっ娘は何人も居るのに、ボクっ娘が一人も居ないとは。私がなっちゃおうかしらん。
そう考えると我っ娘である布都の存在は、幻想郷にとっていわば革新的なものなのではなかろうか。
一方その頃、命蓮寺では儂っ娘が幅をきかせていた。いずれ彼奴等とは決着をつけねばなるまい。はーるまーげどーん。
「終戦後しばらくして、再び大ちゃんがあたいの前に姿を現したの。でも今度は……」
「コンパニオンを引き連れていたのね」
「こ、こんぱろ……? 何それ?」
「スーパーコンパニオンを侍らせていたというのねッ!?」
「だから何なのよそれは!?」
ちっちっち。お嬢ちゃんにはまだ早すぎるってモンだぜい。
それにしても、さっきから話が脱線してばかりだねえ。一体全体誰の所為かしら?
“私だ”
“私だったのか”
“ふふふ”
“ふふふ”
“暇を持て余した”
“神子ちゃんの”
“遊び”
「お~い、帰ってこ~い?」
おっといけない。トリップは程々にしておくようにと青娥からキツく言われてたんだった。
下手すると帰ってこれなくなるからね。サンキューチルノ。後でシークヮーサーを奢ってやろう。無かったら芳香の滲出液で。
「今度は仲間と一緒だったのよ。あの忌々しい常春の馬鹿、リリーホワイトとね!」
「あらやだ。それってもしかして、俗にいう修羅場ってやつではなくて?」
「大ちゃん、完全に女(おンな)の貌(かお)してた。きっとアイツに陥落(おと)されてしまったんだわ……」
「その読み仮名は果たして必要なのかしら……」
「あたいに襲い掛かってきたのもきっと、昔の女が邪魔になったとかそういう理由なんだろうなあ……ううっ」
あーあ、チルノちゃんマジ泣きですわ。よっぽどショックだったんでしょうねえ。
悩みというものは、誰かに話すだけで楽になるといわれてるけど、このまま泣かせておくのも忍びないというもの。
よーし……ここはこの豊聡耳神子サマが、文字通り一肌脱ぐしかないみたいね。
「泣かないでチルノ。君に悲しい涙は相応しくないわ」
「ぐすん……やめてよね。今誰かに優しくされたりなんかしたら、あたい、あたい……!」
「妖精が遠慮するものではありません。さあ、私に甘えに来たまえ……」
「うっ……うわあああああああん!」
私の控えめな……慎ましやかな……ええいチクショウ! 節度ある胸の中で、傷心の幼子がむせび泣いている。
我々の会話は丸聞こえだったらしく、マスターや他の客たちも泣いていた。ええいああ君らも「もらい泣き」?
いいさ、皆で存分に泣こうじゃないか。涙の後には虹がかかるって十七条の憲法にあったし。無かったか? じゃあ咥えよう。もとい加えよう。
「チルノちゃん!? どうしてこんなところに……?」
今し方入店してきた二人組の片割れが、こちらを見ながらあんぐりと口を開いていらっしゃる。
ははーん。この子がウワサの大妖精ね? 私には分かってしまうのだよ。比類なき洞察力のおかげでね。
そんでもって、もう片方がリリーホワイトってワケか。なるほど、よくできたシチュエーションだわ。
「だ、大ちゃん……! アンタやっぱり、そいつとデキてたんだね……!?」
「ウェヒヒヒヒ! おめーの女(スケ)はリリーホワイト様がいただいたんですよー!」
「ごめんなさいチルノちゃん。大人になるって悲しいことなの……」
大妖精の切なげな言葉を受け、店内の各所で苦悶の声が上がった。
おそらく、何らかのトラウマが想起されてしまったのだろう。このリリーというやつ、チルノよりずっと早いみたいね。
「おめーはそこのチャラいチャンネーと、しっぽりジュッポリ宜しくヤッてるのがお似合いなんですよー!」
「テメーッ!」
「来いですよチルノ! ケフィアなんか捨ててかかってくるんですよー!」
激昂したチルノは、手付かずのまま放置されていたケフィアのグラスを掴み、リリーに向かって投げつけようとする。
だが、その動きを察知した何者かが彼女の手を掴み、そっとグラスを下ろさせた。誰かって? 私だ。私だったのか。それはもういい。
「ちょっと、邪魔しないでよ! アンタどっちの味方なの!?」
「勿論、私は君の味方です。味方だからこそ、この場で面倒を起こすのを止めたのですよ」
「妖精以外の発言は認めないんですよー! 部外者は大人しくマスターのケフィアでもしゃぶって……!?」
挑発的かつ冒涜的な春告精の表情が、歪んだ笑顔を貼り付けたまま凍り付く。
無理もないだろう。彼女はチルノや私だけでなく、店中のヘイトを荒稼ぎしてしまったのだから。
マスターが取り出した散弾銃をはじめとして、猟銃、拳銃、苦無、投げナイフ、そして人差し指……ありとあらゆる凶器がリリーに狙いを定めている。
無法者を待つのは手荒い歓迎。さながら荒野のウエスタンだ。
「やるなら外でおやりなさい。言うまでも無く、人里の外でね」
「ケッ! てめえらグッドラックですよー! チルノ! 表でケリつけるんですよー!」
「あっ……」
オロオロする大妖精を後に残し、リリーは踵を返して店を立ち去った。
同時に店内の緊張が解かれ、マスターや客たちも普段の佇まいに戻る。
ホッと一息つく私に、チルノが照れ臭そうな笑みを浮かべながらこう言った。
「その……アリガトね。アンタに話を聞いて貰ったおかげで、少しだけ楽になった気がするよ」
ちっぽけな妖精が口にした、ほんの小さな感謝の言葉。
それが何故、私の胸をこれ程までに熱くさせるのだろう。礼の言葉など厭きるほど聞いてきた筈なのに。
ああ、そうか。私はきっと嬉しいのだ。彼女の悩みを受け止めて、僅かながらでもその救いになれたことが。
思わず口元が綻んでしまう。いいさ、ここで体裁を取り繕っても仕方が無い。
「ふふっ、どういたしまして。それよりチルノ、あんなヤツに負けたら承知しないわよ?」
「まっかせっなさーい! なんてったってあたいは最強なんだから!」
先程までとは打って変わって、朗らかな表情を見せるチルノ。
この時代に復活できて本当によかった。歴史的には取るに足らない出来事だろうけど、今夜の私にはそれが何より嬉しかった。
「なーにグズグズしてやがるんですよー! いくら時間を稼ごうとユーキャンノットエスケープフロムデスよー!」
「うっさいわね! ギッタンギッタンにしてやるから覚悟しなさい!」
痺れを切らして戻ってきたリリーにチルノは力強く答え、二人揃って夜の闇へと消えて往く。
彼女の後姿に対し、店中の暖かい視線が注がれる。普段は無愛想なマスターも、この時ばかりは目を細めて頷いていた。
最高の客たちと、最高のひと時を共有する喜び。この店は今夜も私を魅了してやまない。
「あの……隣、座ってもよろしいでしょうか……?」
消え入りそうな声に振り向くと、そこには一人残された大妖精が居た。
頬を染めながら俯く彼女を見て、私は瞬時に全てを理解する。
彼女もまた、孤独(ひとり)のベッドじゃ眠れぬようなベイベーなのだという事を。
「大丈夫。私には全て分かっていますから。さあ行きましょう」
「えっ……? 行くって、何処へ……?」
「君のボディーはノーボディ。君のデザイア行き着く先は、数多星降る神霊廟……」
「ひゃっ……!?」
大妖精なる名とは裏腹に小さな身体を抱きかかえ、鼻と鼻が触れ合う距離にまで顔を近づける。
大きな瞳を潤ませていた彼女は、そっと目蓋を下ろして私に口づけを求めてきた。
最早疑いの余地は無い。この女、陥落(おち)たっ!
「マスター、今宵は随分と喧(かまびす)しい夜になってしまったね。ここは贖(あがな)いの意味も込めて、皆の飲み代を私が持たせてもらうとしましょう」
「はあ。しかしよろしいので? 奥様方が何と仰るか……」
「構いませんよ。それが我が運命(さだめ)ならば」
旧一万円札の束をカウンターに置くと、店中の客たちから歓びの声が上がった。
万感の思いが篭った拍手を全身に浴びつつ、私と大妖精は堂々と店を後にする。
今宵は君とオーヴァードライヴ。目指せ神霊大宇宙。そして世界にLOVE&PEACE……。
私の名前は豊聡耳神子。
聖人であり、尸解仙であり、そしてなによりロマンチストである。
君が悩める美少女ならば、迷わず私の元へ来るといい。
溢れんばかりの欲望を抱えて、ね……!
やだこの神子様イケメェン…色々と残念ではあるけど。
あと「おンな」は自動的に小池一夫っぽくなる魔法の言葉ゆえ、付随して叶精作っぽくなったチルノを想像してしまったンだが…なンだろう、このキモチ…
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もっとやれ