「あぢぃ……」
畳の上に寝そべり、私の胸に顔を埋めて、霊夢さんが呻き声を上げる。
乱れ髪が張り付いてじっとりとした額から汗の滴が零れ落ち、私の襦袢の胸元に小さな染みを落としていった。
「あづいーあづいーあづくてしぬぜぇーうおーあっぢぃー」
どこぞの熱血賢者のような声を漏らしながら霊夢さんの頭がごろごろと転がりまわる。
霊夢さんの頭が動く度、ふにふにむにむにと胸を捏ね回されてとてもくすぐったい。
同時に身体の内外から熱が込み上げてきて、なんだか変な気分になってしまいそうになる。
「霊夢さん、あんまり動かないでください。暑いです」
しっとりとした溜息を吐きつつ、霊夢さんの頭をあやすように撫でる。
この暑さにもかかわらず、霊夢さんの髪はべたつくこともなくさらさらとした感触のまま。
同じ女の子として、すごくうらやましい。
「だってぇー、ちょーあついんだもん」
私の胸に顔を押し付けたままぐでっとなって、霊夢さんが溶けそうな声を上げる。
どうやら私の胸から顔を離す気はないみたいです。
私もたくさん汗をかいてしまっているので、そんな風に顔を押し付けられると恥ずかしいんですが。
「さなえーあづいー」
「暑いですねー」
「なづいー」
「夏ですもんねー」
普段からのんべんだらりとしていることの多い霊夢さんですが、今日はいつもに増してだれんとしています。
けれど、そうなってしまうのも無理もありません。今日はとにかく暑いのです。
縁側の向こうではぎらぎらと輝く夏の太陽が焼けつくような陽射しを投げかけ、地面を焦さんばかりの勢い。
ささやかな涼をもたらしてくれるはずの風も今は止んでしまい、軒下に吊るされた風鈴は音を立てる気配もありません。
時間が経つにつれてだんだんと動く気力が失われていくのを感じながら、私は博麗神社の居間で霊夢さんと一緒に寝転んでいるのでした。
「さなえー、わたし、もう限界。脱ぐわー」
「いけません霊夢さん。早まらないでください」
「なんでよー。暑いときは服を脱いで、寒いときは服を着る。人間として当然の行動じゃない」
「お願いですからこれ以上、乙女の尊厳を脱ぎ捨てないでください」
霊夢さんの今の格好はというと、上は晒、下はドロワーズだけという裸も同然な格好。
この状態でさらに脱いでしまったら、あとはわかりますね?
もしそんなことになったら色々な意味で大変なことになってしまうのは間違いありません。
主に私の理性だとか、溢れ出る霊夢さんへのラブだとかいったものが。
恥ずかしいからちゃんと服を着てくださいと何度もお願いしたのですが、霊夢さんはちっとも聞いてくれません。
いつもお風呂場と夜のお布団の中で見ているとはいえ、真っ昼間からだなんてそんなの良くないと思います。
すぐに襖を閉めてお布団の準備をしないと……え、違いますか?
「そもそもこんなに暑いのに、そんな格好している早苗がいけないのよ。私みたいに脱ぎなさい今すぐ」
「謹んでお断りさせていただきます」
「まったくこれだから今どきの若い娘は。これこそ幻想郷の夏における少女の正しい格好なのよ」
「それが幻想郷の常識だというのならそんな常識は私が打ち砕きます。あと、私の方が霊夢さんよりもお姉さんですよ」
色々とぎりぎりな格好の霊夢さんに対して、私はいつもの巫女装束姿。
さすがに袖は外していますが、襦袢と袴を脱いでしまうほど常識を捨てた覚えはありません。
霊夢さんも女の子なんですから、もう少し恥じらいというものを持ってほしいです。
「ああもう」
気怠げな声を上げながら霊夢さんがごろりと寝返りを打って仰向けになる。
さらりと流れる黒髪から運ばれてくるのは、大好きな霊夢さんの匂い。
同じシャンプーを使っているはずなのに、私のと全然違う香りになるのはどうしてなんでしょう。
ぼんやりとそんなことを考えながら、霊夢さんの髪にそっと顔を摺り寄せる。
……霊夢さんの匂い……はぁ、落ち着きます……。
「さなえーあづいーなんとかしてー」
「なんとかと言われましても、夏なんですからしょうがないですよ」
「そこは奇跡パワーでこう、ぶわぁーっと。夏を集めて春にするような感じで」
「もう、それじゃあ私が異変の主犯になっちゃうじゃないですか」
そもそも夏ってどうやって集めればいいんだろう。
いつぞやの異変で集めた春は桜の花びらだったそうですが。
それなら夏は向日葵の花を集めたり、虫捕りをすればいいんでしょうか。
なんだか幽香さんとリグルさんにものすごく怒られそうな気がします。うん、やめとこう。
「こうなったらチルノでも取っ捕まえてきて天井から吊るしてやろうかしら。きっと涼しくなるわよ」
「ちょ、いきなり物騒なこと言わないでください。それは犯罪ですよ」
「なによ、早苗だって異変のときは妖精だろうが妖怪だろうが笑顔で容赦なく撃ち落としてた癖に。なに今さら良い娘ちゃんぶってるのかしら?」
「そ、それは、初めての異変解決に興奮してしまったというかなんというか……」
封印してしまいたい過去をつつかれて思わずしどろもどろ。
違うんです。あのときは初めての異変解決と妖怪退治に興奮して、ついテンションが上がってしまっただけなんです。
ほら、アニメを観ているときについ主人公と一緒に必殺技の名前を叫んでしまうことってあるじゃないですか。
心の熱い昂りを身体全体で表現するのは誰にでもあることなんです。つまりは当たり前のことなんです。
断じて、爆風に巻き込まれて落ちていく方々を見下ろしながら「まるでゴミのようだ!」だなんて思ってませんからね。本当ですよ。
「まあとりあえずそれはそれとしてですね」
「あ、誤魔化した」
「そ、それに無理ですよ。チルノさんは今、大妖精さんと一緒に紅魔館に招待されているそうですから」
じとっとした霊夢さんの視線から目を逸らしつつ、傍に落ちていた文々。新聞を広げて見せる。
新聞の一面にはレミリアさん、フランドールさん姉妹と一緒にティータイムを楽しむチルノさんと大妖精さんの写真がでかでかと載っています。
『暑い夏、氷精が家にいる生活』という見出しがなんとも涼しげで素敵な響きですね。
記事によると、三食おやつ昼寝付きを条件に、夏の間中チルノさんに紅魔館に居てもらう約束を取り付けたんだとか。
チルノさんだけでなく彼女の親友兼保護者の大妖精さんも招待する心遣いはさすが咲夜さんだと感心します。
「ふふっ、みなさん楽しそうですね」
「うぎぎ……っ、人がこの暑さの中うーうー唸っているっていうのに……!」
満面の笑みを浮かべながら大きなパフェを口に運ぶチルノさんとフランドールさん。
お約束のように頬にくっついているクリームがご愛嬌です。
そんな二人をそれぞれ嬉しそうな表情と呆れたような表情で見守っているのは大妖精さんとレミリアさんです。
大妖精さんは甲斐甲斐しくチルノさんの頬をナプキンで拭いてあげていて、レミリアさんも表情こそ呆れてはいますがその瞳は優しく穏やかで。
なんとも微笑ましく、心温まる光景ですね。
「あーもお、あーもお、あーもおぉっ!」
ひとしきり不機嫌そうな唸り声を漏らした後、力尽きたかのように私の胸に突っ伏してしまう霊夢さん。
あまりの暑さにとうとう騒ぐ気力もなくなってしまったみたいです。
「こんなに暑いのに、あんまり興奮しちゃうからですよ」
火照った身体を優しく撫でると霊夢さんの表情がいくぶんか和らいで、そのまま私の胸にぎゅうぎゅうと顔を押し付けてくる。
そんなに暑いのならくっつかなければいいのではと思いつつ、霊夢さんが私から身体を離そうとしないことが嬉しい。
「さなえーみずー」
「はいはい、ちょっと待っててくださいね」
傍に置いてあった水差しから湯呑に水を入れて、霊夢さんの口元に持っていく。
「はい、霊夢さん、お水ですよ」
「のませてー」
「はい、どうぞ」
「んぅー」
幸せそうな表情でこくこくと水を飲む霊夢さんは、まるで赤ちゃんみたいでとても可愛らしいです。
ふと霊夢さんそっくりの子供を腕に抱く自分の姿を想像してしまって、思わず頬が熱くなってしまいます。
やだ、私ったら。いくらなんでも気が早すぎですね、うふふ。
「うー、なにか飲んでもすぐ暑くなっちゃうー」
水を飲み終えてほっとしたのも束の間。
身体中にまとわりつく暑さに、霊夢さんはまたすぐげんなりと顔を顰めてしまいました。
冷たいものって、食べたり飲んだりしているときは気持ち良いんですけど、飲み込んだ後に余計に暑さを感じてしまうんですよね。
あのもうなくなっちゃったという喪失感がさらに暑さを助長しているような気がしてなりません。
「水でも被れば少しは涼しくなるかしら」
水差しに残った水をじーっと見つめる霊夢さんの言葉にふと思い出す。
あるじゃないですか、夏ならではのてっとり早く涼しくなるための方法が。
この暑さに気を取られて、準備していたことをすっかり忘れていました。
「霊夢さん、それならいっそお風呂に入りませんか?」
「ふぇ、お風呂?」
きょとんとした顔を向ける霊夢さんにこくりと頷きを返す。
「はい。水浴びをして、水を張ったお風呂に入るんです。べたべたした汗を流すこともできるのできっと気持ちいいですよ」
「それよ早苗!」
叫び声を上げながら霊夢さんががばっと上体を起こす。
「行水!水風呂!夏の風物詩にして最後の切り札!あまりの暑さにすっかり忘れていたわ!」
先ほどまでの溶けた様子がまるで嘘のようにハイテンションな霊夢さん。
離れていってしまった温もりと感触をちょっぴり寂しく思いつつ、元気を取り戻した彼女の姿に私まで嬉しくなってしまいます。
「あ、でも今から準備していたら時間がかかるんじゃないかしら」
しゅんと萎んでいく霊夢さんの頬に手をあててにっこりと微笑む。
「大丈夫です。こんなこともあろうかと朝のうちに湯船に新しい水を入れておきましたから」
萎みかけた霊夢さんの表情に、再び笑顔の花が咲き乱れる。
「きゃー!早苗素敵!大好き!」
「私も霊夢さんが大好きです!」
とびっきりの笑顔と一緒に胸に飛び込んできた霊夢さんの身体をしっかりと抱きとめる。
ああんもう、やっぱり霊夢さんはとっても可愛いです。
お願いですから私以外にそんな可愛い表情を見せないでくださいね。
見せたら最後、悪い人妖の方々にお持ち帰りされちゃいますから。
まあ、そんなことしようとする不埒な輩はもれなく私が退治しちゃいますけどね、うふふ。
「よぉし、そうと決まれば早速入りに行くわよ!」
「きゃっ、霊夢さん!下着を脱ぐのは脱衣所に行ってからにしてください!」
すぐさま私の胸を飛び出し、残る下着を脱ぎ捨てながらお風呂場に駆け出す霊夢さんを私は慌てて追いかけるのでした。
「あー生き返るわー」
湯船に張られた水に浸かりながら、私の膝の上で霊夢さんがうきうきとした声を上げる。
肩越しに覗く艶やかな頬はほんのりと上気していて、とてもご機嫌そうです。
「やっぱり夏はこれに限るわねー。ほら、早苗も気持ちいいでしょ?」
「ええ、とっても」
お風呂場に響き渡る霊夢さんのはしゃぎ声にくすくすと笑みが零れる。
子供っぽさ全開の霊夢さんはとても可愛らしくて、ついつい母性本能を刺激されてしまいます。
「ほら、霊夢さん。もっと肩まで浸かった方が気持ち良いですよ」
霊夢さんの身体に手を添えて、深く腰かけられるように抱き寄せる。
すると彼女はそのまま私の胸の間に収まるように頭を預けてきた。
「おー!冷やっこくてやわらかくてちょー気持ち良いー!」
「もう、霊夢さんは大げさですね」
「大げさなんかじゃないわよ。まったく、わかってないわねえ」
やれやれといった様子で肩を竦めながら霊夢さんがこちらを振り返る。
「いいこと早苗。あんたの胸は最高なの。
絶妙な弾力とやわらかさを持ち合わせた至高の双丘。これぞまさしく奇跡の体現。
巫女である私にしか立ち入ることの許されない神の領域。
ああ、やっぱり早苗は私の神様だったのねー」
うっとりとした表情の霊夢さんに、嬉しいやら恥ずかしいやら、なんともくすぐったい気持ちです。
照れ隠しに霊夢さんの身体を抱きしめると、ふにふにとしたやわらかい感触が返ってきました。
私なんかより霊夢さんの方がよっぽどやわらかくて気持ち良いと思うんだけどなあ。
「あー、それにしても本当に気持ち良いわぁ。早苗、あんたまた大きくなったんじゃないの?」
「きゃあっ!ちょ、ちょっと霊夢さん!いきなりなにを!?」
ふにゅんと霊夢さんの頭に胸を押されて思わず悲鳴を上げてしまう。
けれども、彼女はそんなことはお構いなしに私の胸の感触を確かめるようにぐりぐりと頭を動かしてくる。
「ふぅむ、いったいどうしたらこんなに大きくなるのかしらねえ。まったく嫉ましいわぁ」
「そ、そんなこと言われても―――ひゃっ、れ、霊夢さん、やめてください!くすぐったいっ―――ひぁぁっ!」
ぐりぐりと動かされる霊夢さんの頭が敏感な部分に触れる度、自然と声が漏れてしまいます。
あうぅ、そうやっていつも霊夢さんが弄っているせいだからだなんてとても言えません。
もしもそんなことを言ってしまったら、ますます激しいことをされてしまうのは確実です。
「れ、霊夢さん、お願いですから、もう、やめてっ」
「やだー。早苗の声、すっごく可愛いんだもん。もっと聞かせてー」
意地悪く笑いながら霊夢さんはそのまま頭を動かし続けてきます。
こうなってしまうともう霊夢さんは止まりません。
自分の気が済むまで私を弄ろうとしてくるんですから。
これが霊夢さんの素直な愛情表現なんだっていうことは重々わかっています。
私だって霊夢さんのそういった行為は決して嫌なわけではないし、むしろすごく嬉しいんですが。
でも、せめてもう少し時間とか場所とか雰囲気とかそういったことを考えてほしいのです。
なんだか心の中で不満がむくむくと膨らんできました。
このままいつものようにされるがままでいいのでしょうか。
いいえ、このままでいいわけがありません。
霊夢さんにも私の気持ちを思い知っていただかないといけません。
ちょうど膝の上の霊夢さんは私の胸を弄るのに夢中ですっかり油断しているご様子。
お返しをするならチャンスは今しかありません。
大丈夫、今の私ならきっとできます!ふぁいとです、早苗!
「せいやー!」
「うひゃっ!ちょっ、早苗!いきなりなにすんのよ!」
覆いかぶさるように霊夢さんの身体を後ろからぎゅっと抱き寄せると、霊夢さんが驚いたような表情で振り返る。
ふふふ、今さら気がついてももう遅いのです。霊夢さんはすでに私の手の中なんですから。
「そう言う霊夢さんだって、この前より大きくなっているみたいじゃないですか」
「ひゃっ、ちょっ、早苗!どこ触って、ひゃぅっ!」
可愛らしい声を上げながら私の手から逃れようとして、霊夢さんがじたばたともがく。
けれども、後ろから私に抱きしめられた状態では身動きを取ることもままならないようです。
逃げようとしたって無駄ですよ。この体勢では私の方が絶対的に有利ですからね。
「霊夢さんの肌はすべすべでぷにぷにですねぇ」
「や、やめなさいっ!ちょ、くすぐったいってば、ひゃぁぁっ!」
「駄目です。霊夢さんの可愛い声、もっと聞きたいです」
囁きながら霊夢さんの真っ白で綺麗なうなじに唇を寄せると、彼女の身体がびくんと跳ねる。
唇から漏れる可愛らしい声に、思わずいけない感情をそそられてしまいます。
あはっ、これはすごく楽しいかもしれません。
「うぅっ、だ、だから、やめなさいって、ふぁぁっ!」
「あらあら、どうしたんですか?急におとなしくなっちゃいましたね。もっと霊夢さんの可愛い声、聞かせてくださいよ」
お返しとばかりに意地悪く微笑みながら、肩越しに霊夢さんの顔を覗き込む。
ぎゅっと目を瞑って、必死に声を押し殺そうとして身体を震わせる姿が正直たまりません。ぞくぞくしちゃいます。
こうして霊夢さんの可愛いらしい姿を眺めているとなんだかいけないものに目覚めてしまいそうです。
「ああ、もう、好き勝手やってくれちゃって。覚悟はできてるんでしょうねえ」
「うふふ、そんなに粋がっても無駄ですよ。今日は私が霊夢さんのことをたっぷり可愛がってあげますから、おとなしく可愛がられちゃってください」
「ふっ、そうやって余裕ぶっていられるのも―――ここまでよっ!」
言い終わるのと同時に、霊夢さんの身体が私の腕をすり抜けて湯船の中に消える。
一瞬の出来事に思考が追いつかない中、霊夢さんの身体が湯船から飛び上がり、そのまま正面から抱きつかれてしまう。
「形勢逆転ね、早苗」
「そ、そんな、いったいどうして!?」
「ふっふっふ、残念だったわね。あんたと違って貧相な私の身体はありとあらゆる隙間をすり抜ける。それに気づかなかったのがあんたの敗因よ」
困惑する私をよそに、霊夢さんの手が私の胸に触れる。
ひっ、と悲鳴を漏らしながら後ずさりしようとするも、狭い湯船の中に逃げ場があるはずもなく。
あっという間に湯船の縁に背中を押し付けられ、身体を組み敷かれてしまいました。
「ふふっ、その表情、良いわ。とっても可愛いわよ、早苗」
舌なめずりと一緒に妖しく輝く黒曜の瞳。
ま、まずいです。霊夢さんものすごく良い笑顔を浮かべていらっしゃいますが、目が完全に据わっちゃってます。
逃げようにもがっちりと身体を押さえ付けられてしまっている為、身動きを取ることもままなりません。
これはひょっとしなくても大ピンチですか私。
「れ、霊夢さん、落ち着いてください!話せばわかります!今の私たちに必要なのはお話しすることです!」
「言われなくたってたっぷりお話してあげるわよ。あんたの身体とね!」
必死の訴えを笑顔で一蹴されて、胸に顔を埋められてしまう。
ひゃぁっ、い、いけません、このままではいつものようにたくさん可愛がられてしまいます。
恥ずかしいことをいっぱい言わされて、意識が飛んでしまうまで優しく激しく弄られてしまって。
それだけでは飽き足らず、とても口では言えないようなあんなことやそんなことをされてしまったりして。
「それはそれで嬉しいですけど真っ昼間からだなんてやっぱりいけませーんっ!」
「わぷっ!?ちょ、早苗、まっ―――もがっ!?」
とっさに霊夢さんの頭を抱き寄せて、胸に顔をぎゅうぎゅうと押し付ける。
胸の中で霊夢さんがじたばたしてとてもくすぐったいけれど、身体を離したらおしまいです。
なんとかこのまま霊夢さんが根を上げてくれるまで持ちこたえるしかありません。もう一度ふぁいとです、早苗!
「ぐっ、こんのぉっ、その程度で、この私を止められると思うなぁぁぁぁっ!」
「ひぁぁっ!?れ、霊夢さん、そこはだめぇっ、やあぁぁっ!?」
がぶりと胸に噛みつかれて、堪らず髪を振り乱しながら身体を捩る。
思わず腕の力を緩めてしまいそうになるけれど、それでも必死に霊夢さんの頭を抱きしめ続ける。
互いの身体が重なり、もがき合う度、湯船の水がざぶざぶと波立って外に溢れ出ていった。
「ぐぅぅぅぅっ、いい加減諦めておとなしく可愛がられなさいよぉっ!」
「だめぇっ、だめですぅぅぅっ!」
お風呂場に反響する彼女の気勢と私の悲鳴。
誰かに訊かれたら誤解されるんじゃないかと心配する余裕もなくて。
胸のくすぐったさも恥ずかしさも全部抱きしめて、彼女がおとなしくなるまでひたすら耐え続けるしかないのでした。
「はぁ、はぁ、なんか、暑くなっちゃったし、そろそろやめましょうか」
「そ、そうですね、はぁ……」
湯船の水がだいぶ減ってきたところで、荒い息を吐きながら二人一緒にぐったりとなる。
この暑い中これだけ暴れれば、ばててしまうのも無理もありません。
せっかくさっぱりしたのに、またすっかり汗をかいてしまいました。
気怠げにもたれかかってくる霊夢さんの身体を支えて、先ほどと同じように膝の上まで抱き寄せる。
一瞬、くすぐったそうに霊夢さんが身体を捩ったけれど、そのままおとなしく体重を預けてくれた。
小さく笑みを零して、さっきよりもちょっと深めに座り直して水に浸かる。
火照った肌に触れる水の冷たさと霊夢さんの身体のやわらかな感触がとても心地良い。
ほうと溜息を吐いて、霊夢さんの肩口にそっと顔を埋める。
耳に届くのは霊夢さんの静かな息遣いと遠くに響く蝉たちの騒がしい大合唱。
見慣れたお風呂場の中は開き窓の隙間から漏れる夏の陽射しに照らされて赤く染まっていて。
その様子を眺めているうちになんだか懐かしい気分に包まれる。
「こうしていると、なんだか夏って感じねえ」
「そうですねえ」
霊夢さんの呟きに相槌を打ちながら、ぼんやりと考える。
そういえば、こうして水風呂に入るのは随分と久しぶりのような気がする。
準備をするのに手間がかかることもあって普段は水浴び程度で済ませてしまっているし。
最後に入ったのっていつだったっけ。
瞼を閉じて、おぼろげな記憶の糸を手繰り寄せる。
いつの日か見た、見覚えのある風景。
洗濯籠に脱ぎ捨てた汗だくのブラウスと紺のスカート。
頭から思いっきり被った冷たいシャワーの水。
水を張った湯船に浸かりながら眺めた夏の陽射し。
それはここではなく守矢神社の―――外の世界にいた頃の記憶。
ゆっくりと目を開けて、小さく息を吐く。
ああそうか、もうそんな季節なんだ。
「もう、夏休みなんですねえ」
「なつやすみ?なぁにそれ?」
知らず漏れてしまった私の呟きに、霊夢さんが振り返る。
そういえば、幻想郷には夏休みっていう概念がないんでしたっけ。
幻想郷の学校にあたる人里の寺子屋は規模も仕組みも外とはだいぶ違いますし。
「夏休みっていうのは、外の世界の学校―――こちらでいう寺子屋のもっと大きいところでですね、夏の間、勉強をしに行かなくてもいい期間のことです」
「夏の間って、じゃあなに、そのガッコウっていうところは休みのとき以外は毎日行かなくちゃならないの?」
「ええ、そうですね。夏休みの他にも春休みとか冬休みがあったり、普段の日も日曜日―――学校によっては土曜日も休みというところもありますが、基本的には毎日でした」
説明しながら、毎日歩いて学校に通っていた日々のことを思い出す。
毎朝、神奈子様と諏訪子様にご挨拶してから学校に行くのが当時の私の日課だったんですよね。
私の姿を見ると御二柱が嬉しそうに笑ってくれるのが嬉しくて、朝拝と境内の掃除を欠かせませんでした。
「うへぇ、毎日慧音のところに行ってつまらない話を聞かなきゃならないなんて冗談じゃないわ。絶対さぼる」
「もう、霊夢さんたら。慧音さんに失礼ですよ」
さも嫌そうに顔を歪ませる霊夢さんに思わず苦笑する。
もし慧音さんが聞いたら頭突きをされてしまいそうですね。
「まあでも、学校の授業が退屈だったということに関しては否定はしませんけどね」
「ほら見なさい。早苗だって私と同類じゃない」
「私は一応ちゃんと授業に出て勉強してましたよ。成績だってそこそこ良い方だったんですから」
「どうかしらね。早苗ってしっかりしてそうに見えて案外抜けてるから」
「むぅ、霊夢さん意地悪です」
澄まし顔で笑う霊夢さんにぷぅと頬を膨らませる。
実のところテストのときに解答欄を間違えて書いてしまって、見事に追試を受ける羽目になってしまったこともあったりするんですが。
恥ずかしいので絶対に言いませんけど。
「ほらほらそんなにむくれないの。それで、早苗はその夏休みにはなにをしてたの?」
「私は守矢神社で風祝の仕事をすることが多かったですけど、仲の良いお友達と出かけたりはしていましたね」
人付き合いがあまり上手くない私だったけれど、それでも仲の良い友達は何人かはいて。
普段の放課後よりも気持ち高めのテンションで色々なことをしたのを思い出します。
「甘味処に集まって一日中他愛のないおしゃべりをしたり、街中の色々なお店を冷やかしたり」
青春街道真っ只中の女子高生なのに誰一人として彼氏がいないとは何事かという話題でみんな盛り上がったんだっけ。
「早苗はモテるのに、なんでされる告白全部断るのよー」とみんなに噛みつかれて困ってしまったり。
「みんなで水着を選んで、プール―――泳げるくらいに大きい湯船、もしくは湖みたいなものでしょうか。そこに泳ぎに行ったり」
ちょっと恥ずかしかったけど、思い切って初めて選んでみたビキニ。
神奈子様に見せたら「そんな破廉恥な格好で泳ぎに行くなんて許しません!」って怒られてしまって。
諏訪子様がとりなしてくれて、その場はなんとか収まったのですが。
当日、こっそりついてきた神奈子様が私に近づく男性に御柱を落とそうとしたときは思わず血の気が引きそうになりました。
同じく神奈子様の跡をつけてきていた諏訪子様が、ケロちゃん・スーパーアッパーなる技で神奈子様を沈めてくれなければ危うく大惨事になるところでした。
「それから、夏休みの宿題を片付ける為に泊まり込みで勉強会をしたりもしましたね」
勉強会とは名ばかりのおしゃべり会及びパジャマパーティーになってしまうのはもちろん言うまでもありません。
勉強会って最初はみんな真面目にやるんですけど、途中で必ず脇道にそれてしまって、結局ほとんど勉強しないまま終わっちゃうんですよね。
まあ、むしろそれがすごく楽しくて、勉強会の醍醐味なわけなのですが。
そして、夏休みの終わり近くになって終わっていない宿題の山を前にして真っ青になるのはある意味お約束です。
「あとは、うちとは別の神社のお祭りに出かけて、みんなで花火を見に行ったり」
耳に響く祭囃子の音。
境内を照らす提灯の淡い光。
ただ浴衣を着ただけで自然と心が躍った夜。
みんなで並んで見上げた、夏の夜空に咲き乱れる色とりどりの花火の軌跡。
記憶の底にすっかりしまい込んでいた情景が、まるでそのときと同じように鮮やかな色を取り戻して映し出される。
「不思議ですね。まだほんの何年か前のことなのに。なんだかすごく懐かしいなあって思ってしまうんです」
思い出された記憶に思いを馳せるように、そっと目を細める。
結局、あの年の夏休みが私にとって外の世界で過ごす最後の夏だったのでした。
夏休みの最後の日に、神奈子様と諏訪子様に幻想郷へと移住することを告げられて、私も一緒に行くことを決めたのだから。
「みんな元気かなあ」
みんなは今頃どんな夏を過ごしているんでしょう。
あのときみたいにみんなで行きつけのお店に集まっておしゃべりをしたり、あちこち出かけたりしてるんでしょうか。
それとも、念願の彼氏ができて、思い切り青春を謳歌しているとか。
私のことは……もう、忘れられてしまっているかもしれませんね。
だって、私はもう幻想入りしてしまったわけですし。
「早苗」
ぐい、と頬を引き寄せられる。
目の前には透き通るように綺麗な黒曜の双眸。
いつの間にか身体の向きを入れ替えた霊夢さんが私の頬に手をあてて、まっすぐ私を見つめていた。
「早苗はさ、こっちに来たこと、後悔してる?」
「えっ?」
問いかけられて、唇から声が漏れる。
霊夢さんの言葉に思わず自分が息を呑むのがわかった。
困惑する私をよそに、霊夢さんは言葉を続ける。
「こっちに来るよりも、向こうにいたままの方が良かった?向こうの友達と一緒にいる方が楽しかった?なんにもない、こっちでの生活は辛いんじゃないの?」
見つめる表情と投げかけられる言葉はいつものように淡々としたもの。
けれども、そこには確かな彼女の強い感情が込められていて。
霊夢さんの問いかけに、私はとっさに言葉を返すことができない。
そんな私の沈黙を肯定と取ったのだろうか、ぎゅっと頬にあたる手の力が強まる。
「早苗は」
霊夢さんは一瞬瞳を伏せた後、また私をまっすぐ見上げた。
「早苗は、向こうの世界に、帰りたい?」
落とされた言葉に、自身の身体が小さく震えるのを感じた。
「……どうして、そう思うんですか?」
声が震えるの抑えながら返した言葉に、霊夢さんは、だって、と呟いて、小さくうつむいた。
「話している時の早苗、すごく寂しそうな顔してたから」
ぽつんと言葉を落として、それきり霊夢さんは黙ってしまった。
濡れそぼった長い黒髪に隠れて、霊夢さんの表情はよくわからないけれど。
頬に伝わる熱を感じながら彼女もまた震えていることに気づく。
さっきまで聞こえていたはずの蝉の声がやけに遠くに感じられる。
いつの間にか震えは止まっていて、私の心は不思議と落ち着いていた。
それはきっと、目の前の霊夢さんの方が寂しそうな表情をしていると思ったから。
「―――大丈夫ですよ」
霊夢さんの頬にそっと触れて、両手で優しく包み込む。
今度はすんなりと言葉を返すことができた。
「たしかに、さっきみたいにふと思い出してしまって、寂しい気持ちになることはあります」
生まれてから家族や友人たちとずっと一緒に過ごしてきた外の世界。
向こうに置いてきたものはたくさんありすぎて、忘れることなんてとてもできないけれど。
「でも、神奈子様たちと一緒に幻想郷に来ることを選んだのは、私自身ですから。後悔なんてありません」
それは誰に強制されたわけでもない。
それを選んだのは他でもない私自身の意思によるもの。
後悔なんてするくらいなら、最初から選んでなんていない。
「それに、こちらに来なければ、得ることのできなかったものがたくさんあるんですよ」
小さく顔を上げる霊夢さんの頬を撫でながら、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「こちらの世界で、神奈子様と諏訪子様は信仰を取り戻すことができました」
幻想郷に来てから失われた信仰を取り戻して、日々活き活きとしている御二柱。
そんな御二柱の姿を見ることができるのは私にとってとても嬉しいことで。
「こちらでは自由に空を飛んだり、風祝としての力を存分に示すことができます」
外の世界では人目を気にして使うことのできなかった私の力。
こちらでは私の持つ力は特別なものではなくなってしまったけれど。
その力を使って幻想郷の住人たちと競い合う日々はこちらの生活での新たな楽しみになりました。
「それから、個性的でおもしろい、色んな人妖の方々とお友達になることができました」
自由奔放な魔法使いに世話焼きの人形師、完全瀟洒でお茶目なメイドさんと可愛くて格好良い庭師さんに、苦労性な兎さんや調子の良い文屋天狗さん等々。
一緒にお茶を飲んだり、弾幕ごっこをしたり、宴会でお酒を飲まされて潰されたり、妙な事件に巻き込まれたりと毎日大変だけれど。
彼女たちと過ごす日々は本当に目が回るくらいに忙しくて楽しくて。
「それに」
霊夢さんを抱き寄せて、彼女の額に自分の額をこつんと合わせる。
「それに、この世界で私は、霊夢さんに出会うことができました」
見開かれる黒曜の瞳をまっすぐ覗き込んで、ふわりと微笑む。
「霊夢さんと一緒にいて、私は毎日がとっても楽しくて、とっても幸せなんです」
一緒に縁側でお茶を飲んで。
並んでご飯の支度をして、向かい合っていただきますとごちそうさまをして。
膝の上に霊夢さんを抱っこして、湯船の中で一緒に温まって。
一つだけ敷いたお布団の中で抱き合いながら眠って。
それらの一つ一つの全てが、私にとって何物にも代えがたい、大切な日常で。
「だから、私は、寂しくなんてありません」
言葉に確かな感情を込めて、私の想いを彼女に伝える。
「だって、私はこちらの世界で、一番大切な人を見つけることができたんですから」
霊夢さんはなにも言わずにただじっと私を見つめている。
頬を包む手に、震えはもう伝わってはこなかった。
「……そう。なら、いい」
ぽつりと呟いて、霊夢さんが身体を寄せてくる。
言葉はそっけなかったけれど、背中に回された手にぎゅっと込められた力が、彼女の本心を伝えてくれた。
「私はずっと、霊夢さんと一緒ですから」
ん、と小さく囁きを返して、霊夢さんは私の胸に顔を埋める。
伝わる熱と彼女の息遣いが、私にはどうしようもなく愛おしく感じられて。
やわらかな身体をしっかりと抱きしめて、小さな背中をあやすように優しく撫で続けた。
「あーさっぱりしたー」
濡れた髪を拭くのもそこそこに、霊夢さんが気持ちよさそうな声を上げながら畳の上に寝転がる。
さっきと違って今度はちゃんと巫女装束を着ているので私も一安心です。
「霊夢さん、ちゃんと髪を拭かないと駄目ですよ」
「へーき、へーき。どうせ夜にまた入るんだしさー」
ひらひらと手を振りながらけらけらと笑う霊夢さんに思わず嘆息する私。
こんないい加減なことをしていても、彼女の髪はいつも艶やかでまっすぐなんですから。
うらやましいを通り越して正直ちょっとずるいです。
「そんなことよりほら、早苗もこっち来なさいよ。風が気持ちいいわよ」
ぽんぽんと自分のすぐ傍の畳を叩く霊夢さんに、もう、と溜息をつきながら、言われた通り彼女の隣に身を横たえる。
彼女の言った通り涼しい風が身体を通り抜けて行って、とても気持ちが良い。
軒下に吊るされた風鈴も吹き抜ける風に揺らされて、涼しげな音を奏でていた。
「えへへ、さーなえっ」
「ひゃっ」
可愛らしい声を上げながら霊夢さんが私の胸に顔を押し付けてくる。
「おー、早苗の胸、すっごく冷やっこーい」
「もう、そんなことしてたらまた暑くなっちゃいますよ」
呆れたように呟きつつも、私の腕はしっかりと霊夢さんの背中に回されている。
水風呂上がりの霊夢さんの肌は冷やっとして温っとして、なんとも不思議な心地良さです。
「じゃあ、暑くなる前に昼寝でもしましょ。これも夏ならではよねー」
私の胸に頬ずりをしながら、霊夢さんはふにゃりと頬を緩める。
霊夢さんの場合、どの季節も関係なくお昼寝しているように思うんですが。
それはさておき、お昼寝するというのは名案ですね。
よく諏訪子様も「夏眠は良いものだよ」とおっしゃっていましたし。
夕方になればきっと暑さも和らいで、動くのも楽になりそうです。
「で、起きたら早速計画を立てるわよ」
「計画、ですか?」
きょとんと首を傾げる私に、霊夢さんが満面の笑みを浮かべる。
「そう、私たちの夏休みの計画よ」
さも当たり前のように言われて、一瞬思考が追い付かない。
遅れてその言葉を理解して、思わず呆けた顔で霊夢さんを見る。
「今日みたいにまた一緒に行水したり、人里で買い物をしたり、甘味を食べに行ったりして。
それから、こっちにはプールはないから代わりに湖に泳ぎに行って。
たしかお祭りと花火は命蓮寺でやるとか言ってたわね。
頭数が必要だったら魔理沙とかアリスとかを引っ張って行けばいいし。
あ、そうだ、夏の間はこっちに泊まっていきなさいよ。せっかくの夏休みなんだしさ」
指折り数えながら話す霊夢さんを見つめながら、彼女と一緒に過ごす夏の情景がくるくると頭に浮かんでいく。
夏の彩りを背景に微笑む霊夢さんの表情はとても可愛らしくて。
彼女を見つめる私もまた穏やかに頬を緩ませているのが鮮明に想像できてしまう。
それは掛け値なしにとても楽しそうで、まるで夢を見るかのようにきらきらしていて。
「ね、楽しそうでしょ?」
すぐ目の前で、上目遣いに私を見つめる霊夢さんの微笑みは、本当に素敵で可愛らしかった。
「……はい。とっても、楽しそうです」
自然零れる微笑み。
見つめる先の彼女もまた嬉しそうに笑みを深める。
「そういえば、宿題が抜けてませんでしたか?」
「幻想郷の巫女には宿題なんてないからいいのよ」
しれっと答える霊夢さんに私はまた笑みを零して。
お互いの身体をくっつけながら二人一緒に微笑み合った。
「よぉし、それじゃあ夕方起きたらすぐ始めるわよ。じゃ、おやすみー」
霊夢さんは満足げに頷くと、そのまま私の胸に顔を埋めて瞳を閉じる。
それからいくらもしないうちに静かな寝息が聞こえてきた。
抱きしめる手にほんの少しだけ力を込めて、零れる髪に指を通して優しく梳く。
しっとりとした黒髪はやわらかくて、ほんのりと温かい。
大好きな匂いがする黒の波に顔を埋めて、耳元に唇を寄せる。
「ありがとうございます、霊夢さん」
想ってくれる人の存在が、大切に想える人と過ごすこの時間が、ただひたすらに愛おしい。
やわらかな身体の温もりと心地良さにたまらなく幸せを感じながら、私もまた眠りの誘惑に落ちていく。
ともすれば薄れて消えてしまいそうな意識の中で、霊夢さんと一緒に過ごす夏に想いを馳せながら。
「おやすみなさい、霊夢さん」
胸の中で眠る霊夢さんの額に口づけを落として、私はそっと瞳を閉じた。
畳の上に寝そべり、私の胸に顔を埋めて、霊夢さんが呻き声を上げる。
乱れ髪が張り付いてじっとりとした額から汗の滴が零れ落ち、私の襦袢の胸元に小さな染みを落としていった。
「あづいーあづいーあづくてしぬぜぇーうおーあっぢぃー」
どこぞの熱血賢者のような声を漏らしながら霊夢さんの頭がごろごろと転がりまわる。
霊夢さんの頭が動く度、ふにふにむにむにと胸を捏ね回されてとてもくすぐったい。
同時に身体の内外から熱が込み上げてきて、なんだか変な気分になってしまいそうになる。
「霊夢さん、あんまり動かないでください。暑いです」
しっとりとした溜息を吐きつつ、霊夢さんの頭をあやすように撫でる。
この暑さにもかかわらず、霊夢さんの髪はべたつくこともなくさらさらとした感触のまま。
同じ女の子として、すごくうらやましい。
「だってぇー、ちょーあついんだもん」
私の胸に顔を押し付けたままぐでっとなって、霊夢さんが溶けそうな声を上げる。
どうやら私の胸から顔を離す気はないみたいです。
私もたくさん汗をかいてしまっているので、そんな風に顔を押し付けられると恥ずかしいんですが。
「さなえーあづいー」
「暑いですねー」
「なづいー」
「夏ですもんねー」
普段からのんべんだらりとしていることの多い霊夢さんですが、今日はいつもに増してだれんとしています。
けれど、そうなってしまうのも無理もありません。今日はとにかく暑いのです。
縁側の向こうではぎらぎらと輝く夏の太陽が焼けつくような陽射しを投げかけ、地面を焦さんばかりの勢い。
ささやかな涼をもたらしてくれるはずの風も今は止んでしまい、軒下に吊るされた風鈴は音を立てる気配もありません。
時間が経つにつれてだんだんと動く気力が失われていくのを感じながら、私は博麗神社の居間で霊夢さんと一緒に寝転んでいるのでした。
「さなえー、わたし、もう限界。脱ぐわー」
「いけません霊夢さん。早まらないでください」
「なんでよー。暑いときは服を脱いで、寒いときは服を着る。人間として当然の行動じゃない」
「お願いですからこれ以上、乙女の尊厳を脱ぎ捨てないでください」
霊夢さんの今の格好はというと、上は晒、下はドロワーズだけという裸も同然な格好。
この状態でさらに脱いでしまったら、あとはわかりますね?
もしそんなことになったら色々な意味で大変なことになってしまうのは間違いありません。
主に私の理性だとか、溢れ出る霊夢さんへのラブだとかいったものが。
恥ずかしいからちゃんと服を着てくださいと何度もお願いしたのですが、霊夢さんはちっとも聞いてくれません。
いつもお風呂場と夜のお布団の中で見ているとはいえ、真っ昼間からだなんてそんなの良くないと思います。
すぐに襖を閉めてお布団の準備をしないと……え、違いますか?
「そもそもこんなに暑いのに、そんな格好している早苗がいけないのよ。私みたいに脱ぎなさい今すぐ」
「謹んでお断りさせていただきます」
「まったくこれだから今どきの若い娘は。これこそ幻想郷の夏における少女の正しい格好なのよ」
「それが幻想郷の常識だというのならそんな常識は私が打ち砕きます。あと、私の方が霊夢さんよりもお姉さんですよ」
色々とぎりぎりな格好の霊夢さんに対して、私はいつもの巫女装束姿。
さすがに袖は外していますが、襦袢と袴を脱いでしまうほど常識を捨てた覚えはありません。
霊夢さんも女の子なんですから、もう少し恥じらいというものを持ってほしいです。
「ああもう」
気怠げな声を上げながら霊夢さんがごろりと寝返りを打って仰向けになる。
さらりと流れる黒髪から運ばれてくるのは、大好きな霊夢さんの匂い。
同じシャンプーを使っているはずなのに、私のと全然違う香りになるのはどうしてなんでしょう。
ぼんやりとそんなことを考えながら、霊夢さんの髪にそっと顔を摺り寄せる。
……霊夢さんの匂い……はぁ、落ち着きます……。
「さなえーあづいーなんとかしてー」
「なんとかと言われましても、夏なんですからしょうがないですよ」
「そこは奇跡パワーでこう、ぶわぁーっと。夏を集めて春にするような感じで」
「もう、それじゃあ私が異変の主犯になっちゃうじゃないですか」
そもそも夏ってどうやって集めればいいんだろう。
いつぞやの異変で集めた春は桜の花びらだったそうですが。
それなら夏は向日葵の花を集めたり、虫捕りをすればいいんでしょうか。
なんだか幽香さんとリグルさんにものすごく怒られそうな気がします。うん、やめとこう。
「こうなったらチルノでも取っ捕まえてきて天井から吊るしてやろうかしら。きっと涼しくなるわよ」
「ちょ、いきなり物騒なこと言わないでください。それは犯罪ですよ」
「なによ、早苗だって異変のときは妖精だろうが妖怪だろうが笑顔で容赦なく撃ち落としてた癖に。なに今さら良い娘ちゃんぶってるのかしら?」
「そ、それは、初めての異変解決に興奮してしまったというかなんというか……」
封印してしまいたい過去をつつかれて思わずしどろもどろ。
違うんです。あのときは初めての異変解決と妖怪退治に興奮して、ついテンションが上がってしまっただけなんです。
ほら、アニメを観ているときについ主人公と一緒に必殺技の名前を叫んでしまうことってあるじゃないですか。
心の熱い昂りを身体全体で表現するのは誰にでもあることなんです。つまりは当たり前のことなんです。
断じて、爆風に巻き込まれて落ちていく方々を見下ろしながら「まるでゴミのようだ!」だなんて思ってませんからね。本当ですよ。
「まあとりあえずそれはそれとしてですね」
「あ、誤魔化した」
「そ、それに無理ですよ。チルノさんは今、大妖精さんと一緒に紅魔館に招待されているそうですから」
じとっとした霊夢さんの視線から目を逸らしつつ、傍に落ちていた文々。新聞を広げて見せる。
新聞の一面にはレミリアさん、フランドールさん姉妹と一緒にティータイムを楽しむチルノさんと大妖精さんの写真がでかでかと載っています。
『暑い夏、氷精が家にいる生活』という見出しがなんとも涼しげで素敵な響きですね。
記事によると、三食おやつ昼寝付きを条件に、夏の間中チルノさんに紅魔館に居てもらう約束を取り付けたんだとか。
チルノさんだけでなく彼女の親友兼保護者の大妖精さんも招待する心遣いはさすが咲夜さんだと感心します。
「ふふっ、みなさん楽しそうですね」
「うぎぎ……っ、人がこの暑さの中うーうー唸っているっていうのに……!」
満面の笑みを浮かべながら大きなパフェを口に運ぶチルノさんとフランドールさん。
お約束のように頬にくっついているクリームがご愛嬌です。
そんな二人をそれぞれ嬉しそうな表情と呆れたような表情で見守っているのは大妖精さんとレミリアさんです。
大妖精さんは甲斐甲斐しくチルノさんの頬をナプキンで拭いてあげていて、レミリアさんも表情こそ呆れてはいますがその瞳は優しく穏やかで。
なんとも微笑ましく、心温まる光景ですね。
「あーもお、あーもお、あーもおぉっ!」
ひとしきり不機嫌そうな唸り声を漏らした後、力尽きたかのように私の胸に突っ伏してしまう霊夢さん。
あまりの暑さにとうとう騒ぐ気力もなくなってしまったみたいです。
「こんなに暑いのに、あんまり興奮しちゃうからですよ」
火照った身体を優しく撫でると霊夢さんの表情がいくぶんか和らいで、そのまま私の胸にぎゅうぎゅうと顔を押し付けてくる。
そんなに暑いのならくっつかなければいいのではと思いつつ、霊夢さんが私から身体を離そうとしないことが嬉しい。
「さなえーみずー」
「はいはい、ちょっと待っててくださいね」
傍に置いてあった水差しから湯呑に水を入れて、霊夢さんの口元に持っていく。
「はい、霊夢さん、お水ですよ」
「のませてー」
「はい、どうぞ」
「んぅー」
幸せそうな表情でこくこくと水を飲む霊夢さんは、まるで赤ちゃんみたいでとても可愛らしいです。
ふと霊夢さんそっくりの子供を腕に抱く自分の姿を想像してしまって、思わず頬が熱くなってしまいます。
やだ、私ったら。いくらなんでも気が早すぎですね、うふふ。
「うー、なにか飲んでもすぐ暑くなっちゃうー」
水を飲み終えてほっとしたのも束の間。
身体中にまとわりつく暑さに、霊夢さんはまたすぐげんなりと顔を顰めてしまいました。
冷たいものって、食べたり飲んだりしているときは気持ち良いんですけど、飲み込んだ後に余計に暑さを感じてしまうんですよね。
あのもうなくなっちゃったという喪失感がさらに暑さを助長しているような気がしてなりません。
「水でも被れば少しは涼しくなるかしら」
水差しに残った水をじーっと見つめる霊夢さんの言葉にふと思い出す。
あるじゃないですか、夏ならではのてっとり早く涼しくなるための方法が。
この暑さに気を取られて、準備していたことをすっかり忘れていました。
「霊夢さん、それならいっそお風呂に入りませんか?」
「ふぇ、お風呂?」
きょとんとした顔を向ける霊夢さんにこくりと頷きを返す。
「はい。水浴びをして、水を張ったお風呂に入るんです。べたべたした汗を流すこともできるのできっと気持ちいいですよ」
「それよ早苗!」
叫び声を上げながら霊夢さんががばっと上体を起こす。
「行水!水風呂!夏の風物詩にして最後の切り札!あまりの暑さにすっかり忘れていたわ!」
先ほどまでの溶けた様子がまるで嘘のようにハイテンションな霊夢さん。
離れていってしまった温もりと感触をちょっぴり寂しく思いつつ、元気を取り戻した彼女の姿に私まで嬉しくなってしまいます。
「あ、でも今から準備していたら時間がかかるんじゃないかしら」
しゅんと萎んでいく霊夢さんの頬に手をあててにっこりと微笑む。
「大丈夫です。こんなこともあろうかと朝のうちに湯船に新しい水を入れておきましたから」
萎みかけた霊夢さんの表情に、再び笑顔の花が咲き乱れる。
「きゃー!早苗素敵!大好き!」
「私も霊夢さんが大好きです!」
とびっきりの笑顔と一緒に胸に飛び込んできた霊夢さんの身体をしっかりと抱きとめる。
ああんもう、やっぱり霊夢さんはとっても可愛いです。
お願いですから私以外にそんな可愛い表情を見せないでくださいね。
見せたら最後、悪い人妖の方々にお持ち帰りされちゃいますから。
まあ、そんなことしようとする不埒な輩はもれなく私が退治しちゃいますけどね、うふふ。
「よぉし、そうと決まれば早速入りに行くわよ!」
「きゃっ、霊夢さん!下着を脱ぐのは脱衣所に行ってからにしてください!」
すぐさま私の胸を飛び出し、残る下着を脱ぎ捨てながらお風呂場に駆け出す霊夢さんを私は慌てて追いかけるのでした。
「あー生き返るわー」
湯船に張られた水に浸かりながら、私の膝の上で霊夢さんがうきうきとした声を上げる。
肩越しに覗く艶やかな頬はほんのりと上気していて、とてもご機嫌そうです。
「やっぱり夏はこれに限るわねー。ほら、早苗も気持ちいいでしょ?」
「ええ、とっても」
お風呂場に響き渡る霊夢さんのはしゃぎ声にくすくすと笑みが零れる。
子供っぽさ全開の霊夢さんはとても可愛らしくて、ついつい母性本能を刺激されてしまいます。
「ほら、霊夢さん。もっと肩まで浸かった方が気持ち良いですよ」
霊夢さんの身体に手を添えて、深く腰かけられるように抱き寄せる。
すると彼女はそのまま私の胸の間に収まるように頭を預けてきた。
「おー!冷やっこくてやわらかくてちょー気持ち良いー!」
「もう、霊夢さんは大げさですね」
「大げさなんかじゃないわよ。まったく、わかってないわねえ」
やれやれといった様子で肩を竦めながら霊夢さんがこちらを振り返る。
「いいこと早苗。あんたの胸は最高なの。
絶妙な弾力とやわらかさを持ち合わせた至高の双丘。これぞまさしく奇跡の体現。
巫女である私にしか立ち入ることの許されない神の領域。
ああ、やっぱり早苗は私の神様だったのねー」
うっとりとした表情の霊夢さんに、嬉しいやら恥ずかしいやら、なんともくすぐったい気持ちです。
照れ隠しに霊夢さんの身体を抱きしめると、ふにふにとしたやわらかい感触が返ってきました。
私なんかより霊夢さんの方がよっぽどやわらかくて気持ち良いと思うんだけどなあ。
「あー、それにしても本当に気持ち良いわぁ。早苗、あんたまた大きくなったんじゃないの?」
「きゃあっ!ちょ、ちょっと霊夢さん!いきなりなにを!?」
ふにゅんと霊夢さんの頭に胸を押されて思わず悲鳴を上げてしまう。
けれども、彼女はそんなことはお構いなしに私の胸の感触を確かめるようにぐりぐりと頭を動かしてくる。
「ふぅむ、いったいどうしたらこんなに大きくなるのかしらねえ。まったく嫉ましいわぁ」
「そ、そんなこと言われても―――ひゃっ、れ、霊夢さん、やめてください!くすぐったいっ―――ひぁぁっ!」
ぐりぐりと動かされる霊夢さんの頭が敏感な部分に触れる度、自然と声が漏れてしまいます。
あうぅ、そうやっていつも霊夢さんが弄っているせいだからだなんてとても言えません。
もしもそんなことを言ってしまったら、ますます激しいことをされてしまうのは確実です。
「れ、霊夢さん、お願いですから、もう、やめてっ」
「やだー。早苗の声、すっごく可愛いんだもん。もっと聞かせてー」
意地悪く笑いながら霊夢さんはそのまま頭を動かし続けてきます。
こうなってしまうともう霊夢さんは止まりません。
自分の気が済むまで私を弄ろうとしてくるんですから。
これが霊夢さんの素直な愛情表現なんだっていうことは重々わかっています。
私だって霊夢さんのそういった行為は決して嫌なわけではないし、むしろすごく嬉しいんですが。
でも、せめてもう少し時間とか場所とか雰囲気とかそういったことを考えてほしいのです。
なんだか心の中で不満がむくむくと膨らんできました。
このままいつものようにされるがままでいいのでしょうか。
いいえ、このままでいいわけがありません。
霊夢さんにも私の気持ちを思い知っていただかないといけません。
ちょうど膝の上の霊夢さんは私の胸を弄るのに夢中ですっかり油断しているご様子。
お返しをするならチャンスは今しかありません。
大丈夫、今の私ならきっとできます!ふぁいとです、早苗!
「せいやー!」
「うひゃっ!ちょっ、早苗!いきなりなにすんのよ!」
覆いかぶさるように霊夢さんの身体を後ろからぎゅっと抱き寄せると、霊夢さんが驚いたような表情で振り返る。
ふふふ、今さら気がついてももう遅いのです。霊夢さんはすでに私の手の中なんですから。
「そう言う霊夢さんだって、この前より大きくなっているみたいじゃないですか」
「ひゃっ、ちょっ、早苗!どこ触って、ひゃぅっ!」
可愛らしい声を上げながら私の手から逃れようとして、霊夢さんがじたばたともがく。
けれども、後ろから私に抱きしめられた状態では身動きを取ることもままならないようです。
逃げようとしたって無駄ですよ。この体勢では私の方が絶対的に有利ですからね。
「霊夢さんの肌はすべすべでぷにぷにですねぇ」
「や、やめなさいっ!ちょ、くすぐったいってば、ひゃぁぁっ!」
「駄目です。霊夢さんの可愛い声、もっと聞きたいです」
囁きながら霊夢さんの真っ白で綺麗なうなじに唇を寄せると、彼女の身体がびくんと跳ねる。
唇から漏れる可愛らしい声に、思わずいけない感情をそそられてしまいます。
あはっ、これはすごく楽しいかもしれません。
「うぅっ、だ、だから、やめなさいって、ふぁぁっ!」
「あらあら、どうしたんですか?急におとなしくなっちゃいましたね。もっと霊夢さんの可愛い声、聞かせてくださいよ」
お返しとばかりに意地悪く微笑みながら、肩越しに霊夢さんの顔を覗き込む。
ぎゅっと目を瞑って、必死に声を押し殺そうとして身体を震わせる姿が正直たまりません。ぞくぞくしちゃいます。
こうして霊夢さんの可愛いらしい姿を眺めているとなんだかいけないものに目覚めてしまいそうです。
「ああ、もう、好き勝手やってくれちゃって。覚悟はできてるんでしょうねえ」
「うふふ、そんなに粋がっても無駄ですよ。今日は私が霊夢さんのことをたっぷり可愛がってあげますから、おとなしく可愛がられちゃってください」
「ふっ、そうやって余裕ぶっていられるのも―――ここまでよっ!」
言い終わるのと同時に、霊夢さんの身体が私の腕をすり抜けて湯船の中に消える。
一瞬の出来事に思考が追いつかない中、霊夢さんの身体が湯船から飛び上がり、そのまま正面から抱きつかれてしまう。
「形勢逆転ね、早苗」
「そ、そんな、いったいどうして!?」
「ふっふっふ、残念だったわね。あんたと違って貧相な私の身体はありとあらゆる隙間をすり抜ける。それに気づかなかったのがあんたの敗因よ」
困惑する私をよそに、霊夢さんの手が私の胸に触れる。
ひっ、と悲鳴を漏らしながら後ずさりしようとするも、狭い湯船の中に逃げ場があるはずもなく。
あっという間に湯船の縁に背中を押し付けられ、身体を組み敷かれてしまいました。
「ふふっ、その表情、良いわ。とっても可愛いわよ、早苗」
舌なめずりと一緒に妖しく輝く黒曜の瞳。
ま、まずいです。霊夢さんものすごく良い笑顔を浮かべていらっしゃいますが、目が完全に据わっちゃってます。
逃げようにもがっちりと身体を押さえ付けられてしまっている為、身動きを取ることもままなりません。
これはひょっとしなくても大ピンチですか私。
「れ、霊夢さん、落ち着いてください!話せばわかります!今の私たちに必要なのはお話しすることです!」
「言われなくたってたっぷりお話してあげるわよ。あんたの身体とね!」
必死の訴えを笑顔で一蹴されて、胸に顔を埋められてしまう。
ひゃぁっ、い、いけません、このままではいつものようにたくさん可愛がられてしまいます。
恥ずかしいことをいっぱい言わされて、意識が飛んでしまうまで優しく激しく弄られてしまって。
それだけでは飽き足らず、とても口では言えないようなあんなことやそんなことをされてしまったりして。
「それはそれで嬉しいですけど真っ昼間からだなんてやっぱりいけませーんっ!」
「わぷっ!?ちょ、早苗、まっ―――もがっ!?」
とっさに霊夢さんの頭を抱き寄せて、胸に顔をぎゅうぎゅうと押し付ける。
胸の中で霊夢さんがじたばたしてとてもくすぐったいけれど、身体を離したらおしまいです。
なんとかこのまま霊夢さんが根を上げてくれるまで持ちこたえるしかありません。もう一度ふぁいとです、早苗!
「ぐっ、こんのぉっ、その程度で、この私を止められると思うなぁぁぁぁっ!」
「ひぁぁっ!?れ、霊夢さん、そこはだめぇっ、やあぁぁっ!?」
がぶりと胸に噛みつかれて、堪らず髪を振り乱しながら身体を捩る。
思わず腕の力を緩めてしまいそうになるけれど、それでも必死に霊夢さんの頭を抱きしめ続ける。
互いの身体が重なり、もがき合う度、湯船の水がざぶざぶと波立って外に溢れ出ていった。
「ぐぅぅぅぅっ、いい加減諦めておとなしく可愛がられなさいよぉっ!」
「だめぇっ、だめですぅぅぅっ!」
お風呂場に反響する彼女の気勢と私の悲鳴。
誰かに訊かれたら誤解されるんじゃないかと心配する余裕もなくて。
胸のくすぐったさも恥ずかしさも全部抱きしめて、彼女がおとなしくなるまでひたすら耐え続けるしかないのでした。
「はぁ、はぁ、なんか、暑くなっちゃったし、そろそろやめましょうか」
「そ、そうですね、はぁ……」
湯船の水がだいぶ減ってきたところで、荒い息を吐きながら二人一緒にぐったりとなる。
この暑い中これだけ暴れれば、ばててしまうのも無理もありません。
せっかくさっぱりしたのに、またすっかり汗をかいてしまいました。
気怠げにもたれかかってくる霊夢さんの身体を支えて、先ほどと同じように膝の上まで抱き寄せる。
一瞬、くすぐったそうに霊夢さんが身体を捩ったけれど、そのままおとなしく体重を預けてくれた。
小さく笑みを零して、さっきよりもちょっと深めに座り直して水に浸かる。
火照った肌に触れる水の冷たさと霊夢さんの身体のやわらかな感触がとても心地良い。
ほうと溜息を吐いて、霊夢さんの肩口にそっと顔を埋める。
耳に届くのは霊夢さんの静かな息遣いと遠くに響く蝉たちの騒がしい大合唱。
見慣れたお風呂場の中は開き窓の隙間から漏れる夏の陽射しに照らされて赤く染まっていて。
その様子を眺めているうちになんだか懐かしい気分に包まれる。
「こうしていると、なんだか夏って感じねえ」
「そうですねえ」
霊夢さんの呟きに相槌を打ちながら、ぼんやりと考える。
そういえば、こうして水風呂に入るのは随分と久しぶりのような気がする。
準備をするのに手間がかかることもあって普段は水浴び程度で済ませてしまっているし。
最後に入ったのっていつだったっけ。
瞼を閉じて、おぼろげな記憶の糸を手繰り寄せる。
いつの日か見た、見覚えのある風景。
洗濯籠に脱ぎ捨てた汗だくのブラウスと紺のスカート。
頭から思いっきり被った冷たいシャワーの水。
水を張った湯船に浸かりながら眺めた夏の陽射し。
それはここではなく守矢神社の―――外の世界にいた頃の記憶。
ゆっくりと目を開けて、小さく息を吐く。
ああそうか、もうそんな季節なんだ。
「もう、夏休みなんですねえ」
「なつやすみ?なぁにそれ?」
知らず漏れてしまった私の呟きに、霊夢さんが振り返る。
そういえば、幻想郷には夏休みっていう概念がないんでしたっけ。
幻想郷の学校にあたる人里の寺子屋は規模も仕組みも外とはだいぶ違いますし。
「夏休みっていうのは、外の世界の学校―――こちらでいう寺子屋のもっと大きいところでですね、夏の間、勉強をしに行かなくてもいい期間のことです」
「夏の間って、じゃあなに、そのガッコウっていうところは休みのとき以外は毎日行かなくちゃならないの?」
「ええ、そうですね。夏休みの他にも春休みとか冬休みがあったり、普段の日も日曜日―――学校によっては土曜日も休みというところもありますが、基本的には毎日でした」
説明しながら、毎日歩いて学校に通っていた日々のことを思い出す。
毎朝、神奈子様と諏訪子様にご挨拶してから学校に行くのが当時の私の日課だったんですよね。
私の姿を見ると御二柱が嬉しそうに笑ってくれるのが嬉しくて、朝拝と境内の掃除を欠かせませんでした。
「うへぇ、毎日慧音のところに行ってつまらない話を聞かなきゃならないなんて冗談じゃないわ。絶対さぼる」
「もう、霊夢さんたら。慧音さんに失礼ですよ」
さも嫌そうに顔を歪ませる霊夢さんに思わず苦笑する。
もし慧音さんが聞いたら頭突きをされてしまいそうですね。
「まあでも、学校の授業が退屈だったということに関しては否定はしませんけどね」
「ほら見なさい。早苗だって私と同類じゃない」
「私は一応ちゃんと授業に出て勉強してましたよ。成績だってそこそこ良い方だったんですから」
「どうかしらね。早苗ってしっかりしてそうに見えて案外抜けてるから」
「むぅ、霊夢さん意地悪です」
澄まし顔で笑う霊夢さんにぷぅと頬を膨らませる。
実のところテストのときに解答欄を間違えて書いてしまって、見事に追試を受ける羽目になってしまったこともあったりするんですが。
恥ずかしいので絶対に言いませんけど。
「ほらほらそんなにむくれないの。それで、早苗はその夏休みにはなにをしてたの?」
「私は守矢神社で風祝の仕事をすることが多かったですけど、仲の良いお友達と出かけたりはしていましたね」
人付き合いがあまり上手くない私だったけれど、それでも仲の良い友達は何人かはいて。
普段の放課後よりも気持ち高めのテンションで色々なことをしたのを思い出します。
「甘味処に集まって一日中他愛のないおしゃべりをしたり、街中の色々なお店を冷やかしたり」
青春街道真っ只中の女子高生なのに誰一人として彼氏がいないとは何事かという話題でみんな盛り上がったんだっけ。
「早苗はモテるのに、なんでされる告白全部断るのよー」とみんなに噛みつかれて困ってしまったり。
「みんなで水着を選んで、プール―――泳げるくらいに大きい湯船、もしくは湖みたいなものでしょうか。そこに泳ぎに行ったり」
ちょっと恥ずかしかったけど、思い切って初めて選んでみたビキニ。
神奈子様に見せたら「そんな破廉恥な格好で泳ぎに行くなんて許しません!」って怒られてしまって。
諏訪子様がとりなしてくれて、その場はなんとか収まったのですが。
当日、こっそりついてきた神奈子様が私に近づく男性に御柱を落とそうとしたときは思わず血の気が引きそうになりました。
同じく神奈子様の跡をつけてきていた諏訪子様が、ケロちゃん・スーパーアッパーなる技で神奈子様を沈めてくれなければ危うく大惨事になるところでした。
「それから、夏休みの宿題を片付ける為に泊まり込みで勉強会をしたりもしましたね」
勉強会とは名ばかりのおしゃべり会及びパジャマパーティーになってしまうのはもちろん言うまでもありません。
勉強会って最初はみんな真面目にやるんですけど、途中で必ず脇道にそれてしまって、結局ほとんど勉強しないまま終わっちゃうんですよね。
まあ、むしろそれがすごく楽しくて、勉強会の醍醐味なわけなのですが。
そして、夏休みの終わり近くになって終わっていない宿題の山を前にして真っ青になるのはある意味お約束です。
「あとは、うちとは別の神社のお祭りに出かけて、みんなで花火を見に行ったり」
耳に響く祭囃子の音。
境内を照らす提灯の淡い光。
ただ浴衣を着ただけで自然と心が躍った夜。
みんなで並んで見上げた、夏の夜空に咲き乱れる色とりどりの花火の軌跡。
記憶の底にすっかりしまい込んでいた情景が、まるでそのときと同じように鮮やかな色を取り戻して映し出される。
「不思議ですね。まだほんの何年か前のことなのに。なんだかすごく懐かしいなあって思ってしまうんです」
思い出された記憶に思いを馳せるように、そっと目を細める。
結局、あの年の夏休みが私にとって外の世界で過ごす最後の夏だったのでした。
夏休みの最後の日に、神奈子様と諏訪子様に幻想郷へと移住することを告げられて、私も一緒に行くことを決めたのだから。
「みんな元気かなあ」
みんなは今頃どんな夏を過ごしているんでしょう。
あのときみたいにみんなで行きつけのお店に集まっておしゃべりをしたり、あちこち出かけたりしてるんでしょうか。
それとも、念願の彼氏ができて、思い切り青春を謳歌しているとか。
私のことは……もう、忘れられてしまっているかもしれませんね。
だって、私はもう幻想入りしてしまったわけですし。
「早苗」
ぐい、と頬を引き寄せられる。
目の前には透き通るように綺麗な黒曜の双眸。
いつの間にか身体の向きを入れ替えた霊夢さんが私の頬に手をあてて、まっすぐ私を見つめていた。
「早苗はさ、こっちに来たこと、後悔してる?」
「えっ?」
問いかけられて、唇から声が漏れる。
霊夢さんの言葉に思わず自分が息を呑むのがわかった。
困惑する私をよそに、霊夢さんは言葉を続ける。
「こっちに来るよりも、向こうにいたままの方が良かった?向こうの友達と一緒にいる方が楽しかった?なんにもない、こっちでの生活は辛いんじゃないの?」
見つめる表情と投げかけられる言葉はいつものように淡々としたもの。
けれども、そこには確かな彼女の強い感情が込められていて。
霊夢さんの問いかけに、私はとっさに言葉を返すことができない。
そんな私の沈黙を肯定と取ったのだろうか、ぎゅっと頬にあたる手の力が強まる。
「早苗は」
霊夢さんは一瞬瞳を伏せた後、また私をまっすぐ見上げた。
「早苗は、向こうの世界に、帰りたい?」
落とされた言葉に、自身の身体が小さく震えるのを感じた。
「……どうして、そう思うんですか?」
声が震えるの抑えながら返した言葉に、霊夢さんは、だって、と呟いて、小さくうつむいた。
「話している時の早苗、すごく寂しそうな顔してたから」
ぽつんと言葉を落として、それきり霊夢さんは黙ってしまった。
濡れそぼった長い黒髪に隠れて、霊夢さんの表情はよくわからないけれど。
頬に伝わる熱を感じながら彼女もまた震えていることに気づく。
さっきまで聞こえていたはずの蝉の声がやけに遠くに感じられる。
いつの間にか震えは止まっていて、私の心は不思議と落ち着いていた。
それはきっと、目の前の霊夢さんの方が寂しそうな表情をしていると思ったから。
「―――大丈夫ですよ」
霊夢さんの頬にそっと触れて、両手で優しく包み込む。
今度はすんなりと言葉を返すことができた。
「たしかに、さっきみたいにふと思い出してしまって、寂しい気持ちになることはあります」
生まれてから家族や友人たちとずっと一緒に過ごしてきた外の世界。
向こうに置いてきたものはたくさんありすぎて、忘れることなんてとてもできないけれど。
「でも、神奈子様たちと一緒に幻想郷に来ることを選んだのは、私自身ですから。後悔なんてありません」
それは誰に強制されたわけでもない。
それを選んだのは他でもない私自身の意思によるもの。
後悔なんてするくらいなら、最初から選んでなんていない。
「それに、こちらに来なければ、得ることのできなかったものがたくさんあるんですよ」
小さく顔を上げる霊夢さんの頬を撫でながら、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「こちらの世界で、神奈子様と諏訪子様は信仰を取り戻すことができました」
幻想郷に来てから失われた信仰を取り戻して、日々活き活きとしている御二柱。
そんな御二柱の姿を見ることができるのは私にとってとても嬉しいことで。
「こちらでは自由に空を飛んだり、風祝としての力を存分に示すことができます」
外の世界では人目を気にして使うことのできなかった私の力。
こちらでは私の持つ力は特別なものではなくなってしまったけれど。
その力を使って幻想郷の住人たちと競い合う日々はこちらの生活での新たな楽しみになりました。
「それから、個性的でおもしろい、色んな人妖の方々とお友達になることができました」
自由奔放な魔法使いに世話焼きの人形師、完全瀟洒でお茶目なメイドさんと可愛くて格好良い庭師さんに、苦労性な兎さんや調子の良い文屋天狗さん等々。
一緒にお茶を飲んだり、弾幕ごっこをしたり、宴会でお酒を飲まされて潰されたり、妙な事件に巻き込まれたりと毎日大変だけれど。
彼女たちと過ごす日々は本当に目が回るくらいに忙しくて楽しくて。
「それに」
霊夢さんを抱き寄せて、彼女の額に自分の額をこつんと合わせる。
「それに、この世界で私は、霊夢さんに出会うことができました」
見開かれる黒曜の瞳をまっすぐ覗き込んで、ふわりと微笑む。
「霊夢さんと一緒にいて、私は毎日がとっても楽しくて、とっても幸せなんです」
一緒に縁側でお茶を飲んで。
並んでご飯の支度をして、向かい合っていただきますとごちそうさまをして。
膝の上に霊夢さんを抱っこして、湯船の中で一緒に温まって。
一つだけ敷いたお布団の中で抱き合いながら眠って。
それらの一つ一つの全てが、私にとって何物にも代えがたい、大切な日常で。
「だから、私は、寂しくなんてありません」
言葉に確かな感情を込めて、私の想いを彼女に伝える。
「だって、私はこちらの世界で、一番大切な人を見つけることができたんですから」
霊夢さんはなにも言わずにただじっと私を見つめている。
頬を包む手に、震えはもう伝わってはこなかった。
「……そう。なら、いい」
ぽつりと呟いて、霊夢さんが身体を寄せてくる。
言葉はそっけなかったけれど、背中に回された手にぎゅっと込められた力が、彼女の本心を伝えてくれた。
「私はずっと、霊夢さんと一緒ですから」
ん、と小さく囁きを返して、霊夢さんは私の胸に顔を埋める。
伝わる熱と彼女の息遣いが、私にはどうしようもなく愛おしく感じられて。
やわらかな身体をしっかりと抱きしめて、小さな背中をあやすように優しく撫で続けた。
「あーさっぱりしたー」
濡れた髪を拭くのもそこそこに、霊夢さんが気持ちよさそうな声を上げながら畳の上に寝転がる。
さっきと違って今度はちゃんと巫女装束を着ているので私も一安心です。
「霊夢さん、ちゃんと髪を拭かないと駄目ですよ」
「へーき、へーき。どうせ夜にまた入るんだしさー」
ひらひらと手を振りながらけらけらと笑う霊夢さんに思わず嘆息する私。
こんないい加減なことをしていても、彼女の髪はいつも艶やかでまっすぐなんですから。
うらやましいを通り越して正直ちょっとずるいです。
「そんなことよりほら、早苗もこっち来なさいよ。風が気持ちいいわよ」
ぽんぽんと自分のすぐ傍の畳を叩く霊夢さんに、もう、と溜息をつきながら、言われた通り彼女の隣に身を横たえる。
彼女の言った通り涼しい風が身体を通り抜けて行って、とても気持ちが良い。
軒下に吊るされた風鈴も吹き抜ける風に揺らされて、涼しげな音を奏でていた。
「えへへ、さーなえっ」
「ひゃっ」
可愛らしい声を上げながら霊夢さんが私の胸に顔を押し付けてくる。
「おー、早苗の胸、すっごく冷やっこーい」
「もう、そんなことしてたらまた暑くなっちゃいますよ」
呆れたように呟きつつも、私の腕はしっかりと霊夢さんの背中に回されている。
水風呂上がりの霊夢さんの肌は冷やっとして温っとして、なんとも不思議な心地良さです。
「じゃあ、暑くなる前に昼寝でもしましょ。これも夏ならではよねー」
私の胸に頬ずりをしながら、霊夢さんはふにゃりと頬を緩める。
霊夢さんの場合、どの季節も関係なくお昼寝しているように思うんですが。
それはさておき、お昼寝するというのは名案ですね。
よく諏訪子様も「夏眠は良いものだよ」とおっしゃっていましたし。
夕方になればきっと暑さも和らいで、動くのも楽になりそうです。
「で、起きたら早速計画を立てるわよ」
「計画、ですか?」
きょとんと首を傾げる私に、霊夢さんが満面の笑みを浮かべる。
「そう、私たちの夏休みの計画よ」
さも当たり前のように言われて、一瞬思考が追い付かない。
遅れてその言葉を理解して、思わず呆けた顔で霊夢さんを見る。
「今日みたいにまた一緒に行水したり、人里で買い物をしたり、甘味を食べに行ったりして。
それから、こっちにはプールはないから代わりに湖に泳ぎに行って。
たしかお祭りと花火は命蓮寺でやるとか言ってたわね。
頭数が必要だったら魔理沙とかアリスとかを引っ張って行けばいいし。
あ、そうだ、夏の間はこっちに泊まっていきなさいよ。せっかくの夏休みなんだしさ」
指折り数えながら話す霊夢さんを見つめながら、彼女と一緒に過ごす夏の情景がくるくると頭に浮かんでいく。
夏の彩りを背景に微笑む霊夢さんの表情はとても可愛らしくて。
彼女を見つめる私もまた穏やかに頬を緩ませているのが鮮明に想像できてしまう。
それは掛け値なしにとても楽しそうで、まるで夢を見るかのようにきらきらしていて。
「ね、楽しそうでしょ?」
すぐ目の前で、上目遣いに私を見つめる霊夢さんの微笑みは、本当に素敵で可愛らしかった。
「……はい。とっても、楽しそうです」
自然零れる微笑み。
見つめる先の彼女もまた嬉しそうに笑みを深める。
「そういえば、宿題が抜けてませんでしたか?」
「幻想郷の巫女には宿題なんてないからいいのよ」
しれっと答える霊夢さんに私はまた笑みを零して。
お互いの身体をくっつけながら二人一緒に微笑み合った。
「よぉし、それじゃあ夕方起きたらすぐ始めるわよ。じゃ、おやすみー」
霊夢さんは満足げに頷くと、そのまま私の胸に顔を埋めて瞳を閉じる。
それからいくらもしないうちに静かな寝息が聞こえてきた。
抱きしめる手にほんの少しだけ力を込めて、零れる髪に指を通して優しく梳く。
しっとりとした黒髪はやわらかくて、ほんのりと温かい。
大好きな匂いがする黒の波に顔を埋めて、耳元に唇を寄せる。
「ありがとうございます、霊夢さん」
想ってくれる人の存在が、大切に想える人と過ごすこの時間が、ただひたすらに愛おしい。
やわらかな身体の温もりと心地良さにたまらなく幸せを感じながら、私もまた眠りの誘惑に落ちていく。
ともすれば薄れて消えてしまいそうな意識の中で、霊夢さんと一緒に過ごす夏に想いを馳せながら。
「おやすみなさい、霊夢さん」
胸の中で眠る霊夢さんの額に口づけを落として、私はそっと瞳を閉じた。
中盤のお風呂のシーン、脳内でチャパチャパと水の音が聞こえたのでござる。
すごくいいレイサナ、ごちそうさまでした!
素敵です
何故なら、とても清々しい話だからだ。