「はーい真っ直ぐに並んで! ほらそこ、 押さない押さない!」
お盆なんて嫌いだ。
「それじゃあ舟に乗るときは一人ずつゆっくりと乗るんだよ? 河に落っこちても知らないからね!」
お盆なんて大嫌いだ。
「ほらほらちゃんと詰めて! 後がつかえてるんだから」
お盆なんて本当に大っ嫌いだ!
「ほーい今から出発するよ! じゃあ最後の注意事項。みんなぎゅうぎゅう詰めできついかもしれないけど、くれぐれも暴れないでおくれよ? もし暴れたら強制送還の上、閻魔さまからお説教だよ!」
あたいが声をはって伝えても、返事は一切ない。まあ相手は魂なんだからしょうがないんだけども。
そういうわけで、あたいこと三途の河の渡守、小野塚小町は櫂で桟橋を押して、普段ならありえないほどの数の魂であふれかえった舟を漕ぎ出す。
何でこんな事になっているのかと言えば、まあ、さっき言った通りなんだけれども。
「いや~みんなお盆で楽しい里帰りだね。だからってはしゃぎ過ぎて幽霊騒動なんか起こさないどくれよ? 処理に追われるのはこっちなんだからさ」
相変わらず返事は無い。それは置いといて。
そう、お盆。死者の里帰り。
というわけで三途の河の渡守を総動員。えっちらおっちらと舟を漕ぐわけさ。それも何往復も。
そりゃそうさ。元々里帰りする気のない魂とか、極悪すぎて帰すわけにはいかない魂を抜いたって、べらぼうに多い魂を送らなきゃいけないんだ。一人一往復で終わったら奇跡だよ。
「んん~、今回の渡はけっこう距離が短そうだねえ。みんな割と人徳があったのかねえ」
舟に乗る魂の生前の徳やら何やらで三途の河の距離は決まる。徳が高けりゃ高いほど距離は短くなるって寸法で。
普段のあたいなら長い距離をゆっくり漕ぐ方が好きなんだけども、今回ばかりはそうも言ってられない。この先まだ何往復も控えてるからね。
それに距離は短くっても問題ってのは起きるもんで……って、そら来た!
「こらそこ! 押し合っちゃ駄目だって言ってるじゃないかい! 狭いのはみんな同じなんだから我慢我慢」
一回舟を止めて、押し合ってる二つの魂に指差す。
一悶着が起きそうなときは急いで仲裁に入らないと、気が短い魂だとすぐに喧嘩するからね。
喧嘩が起きるとその魂は帰れなくなるわけだけど、そうなったら可哀そうだし、その手続きもまた面倒だし(どっちかって言うとこっちが本音かな)、大火事になる前に小さな火を消しとかないと。
「さっきも言ったけど、もし問題を起こしたら閻魔さまの怖ーいお説教だからね?」
返事は無いけど、魂たちがぷるぷると震えているのはよく分かった。
閻魔さまと言えばあたいの上司もそうだけど、あの方々の本気のお説教はきついからね。気持ちは痛いほど分かるよ。
「丸く収まった所で、出発しんこー!」
はあ、色々気を使わなくちゃいけないし、気を使っても問題は起きるし、本当にしんどい。
お盆休みなんて言えないのがサービス業のつらいところかねえ……
ああ、あたいのモットーはまったりとした仕事ライフなのに!
「はい、今回分は無事に送り届けたよ。送還は無しさ」
「お疲れ様。あとはこっちで引き受けるよ」
途中何度か喧嘩に発展しそうになったのをなだめて、なだめて、これまたなだめすかして、何とか対岸まで運ぶことができたよ。
ここまでくれば、あとは此岸で魂たちの見張りを担当する死神たちに引き渡して、ひとまずお役御免ってわけさ。
……って言いたいとこだったんだけども、どうやらそうも行ってくれないみたいだねえ。
「小町先輩!」
「はいはいどうしたどうした?」
あたいは別に古株ってわけじゃないんだけど、それなりに渡守もやってるから後輩もいて、何かあったら相談されるわけさね。
てなことで駆けてきたのは、別の舟で河を渡っていた後輩渡守。何やら困った顔をしてるね。まあ何に困ってるかくらい想像はつくけど。
「わたしの舟で運んでた魂たちが暴れ出して、他の人たちにも手伝ってもらってるんですけど数が多すぎて手に負えないんです! 助けてください~!」
「分かった分かった。だから泣かないで! そらいくよ!」
「あ、ありがとうございます!」
可愛い後輩に助けを求められて黙ってるわけにはいかないからね。
後輩の手を引いて騒ぎが起こってる所まで距離を飛ばしてポンッと!
「うあぁ…ひぃ、ふぅ、みぃ……駄目だ、数えたくない」
「最初はもっと少なかったんですけど、暴れてなかったはずの魂も感化されちゃたみたいで……」
「里帰りで浮かれてるんだろうねえ。迷惑な話だ」
本当に迷惑な話だよ。ざっと見回しても4、50は暴れてるじゃないか。
他の死神たちも応戦してるけど、こりゃあ骨が折れそうだね。嫌だなあ。
「仕方ない。しらみつぶしにいくよ!」
「はい!」
鎌をかまえて(洒落じゃないよ)臨戦態勢。
小野塚小町、後輩引き連れいざ戦場へ参る!
「あんたたちは暴れたから今年の里帰りは無しだよ。それと、閻魔さまからお説教」
ああ疲れた。結局あれから鎮圧に半刻はかかった。
拘束された魂たちはあたいの言葉にしょんぼりしてるけど、肩を落としたいのはこっちだよ。無駄な時間と体力を使っちゃったじゃないか。
「先輩、ありがとうございました」
「いいんだよこれくらい。それより、今度からは魂たちが暴れないようにしっかり見張りながら河を渡るんだよ?」
「はい、気をつけます!」
いい返事だね。勤勉で熱心な後輩だよ。
あ、別にあたいが怠け者ってわけじゃないよ。あたいはただゆったりとした時間を過ごしたいだけさ。
「そんじゃあこっちの魂はあたいが連れてくから、あんたは残りの魂を頼んだよ」
「分かりました」
本当なら彼岸への渡しでは誰も乗せないはずなんだけど、強制送還だから仕方が無い。
あとで閻魔さまにみっちりしごかれる予定の哀れな魂たちを乗せて、再び河をえっちらおっちら。
その途中で名簿を見た。これからまた渡す手筈になっている魂たちの名簿。
ああ、今日だけでまだこんなにあるのか……明日からもまだ……
「お盆なんて…お盆なんて……だぁいっきらいだぁ~~~!!!」
あたいの魂のこもった叫びは、舟に乗ってる魂たちからの反応も無く、結局三途の河の靄に消えた。
「小野塚小町、ただ今戻りました」
お盆なんて嫌いだ。
「いくらかは里帰りできず、こっちに戻ってくる事になりましたけど」
お盆なんて大嫌いだ。
「ともあれ今日の分の魂は全部送り終えました」
お盆なんて本当に大っ嫌いだ!
「お疲れさまでした小町。一騒動あったようで、大変でしたね」
「あ、いや、四季様の方が大変でしょう? あれの処理のためにまた書類をたくさん書かないと……」
「いえ、それでもわたしの方は事務仕事ですから。現場で武器をとらなければならない貴女たちの方が大変よ」
優しく微笑む四季様から労いの言葉をかけていただいて、今日の疲れも報われた気がするね。ありがたやありがたや。
まあとにかく、大嫌いなお盆の業務の報告を四季様にして、今日の所は全部お終い。
でも、明日からもまだしばらくお盆の仕事は続くし、やっぱりお盆は嫌いだねえ。
嫌いなんだけど、さ……
「わたしもそろそろ終わりますし、どうですか小町、この後一杯。奢りますよ」
「えっ、でも四季様だって明日からも仕事が……」
「だから一杯ひっかけるだけですよ。パァーっと飲むのはお盆が終わってからです。さぁ行きましょう!」
「は、はい!」
仕事終わりの格別に美味い酒を、それも四季様と一緒に飲む事ができる。
そんなありがたい渡し賃が貰えるんならやっぱりお盆も悪くないかな、なんて思うあたいはきっと現金な死神なんだろうねえ。
お盆なんて嫌いだ。
「それじゃあ舟に乗るときは一人ずつゆっくりと乗るんだよ? 河に落っこちても知らないからね!」
お盆なんて大嫌いだ。
「ほらほらちゃんと詰めて! 後がつかえてるんだから」
お盆なんて本当に大っ嫌いだ!
「ほーい今から出発するよ! じゃあ最後の注意事項。みんなぎゅうぎゅう詰めできついかもしれないけど、くれぐれも暴れないでおくれよ? もし暴れたら強制送還の上、閻魔さまからお説教だよ!」
あたいが声をはって伝えても、返事は一切ない。まあ相手は魂なんだからしょうがないんだけども。
そういうわけで、あたいこと三途の河の渡守、小野塚小町は櫂で桟橋を押して、普段ならありえないほどの数の魂であふれかえった舟を漕ぎ出す。
何でこんな事になっているのかと言えば、まあ、さっき言った通りなんだけれども。
「いや~みんなお盆で楽しい里帰りだね。だからってはしゃぎ過ぎて幽霊騒動なんか起こさないどくれよ? 処理に追われるのはこっちなんだからさ」
相変わらず返事は無い。それは置いといて。
そう、お盆。死者の里帰り。
というわけで三途の河の渡守を総動員。えっちらおっちらと舟を漕ぐわけさ。それも何往復も。
そりゃそうさ。元々里帰りする気のない魂とか、極悪すぎて帰すわけにはいかない魂を抜いたって、べらぼうに多い魂を送らなきゃいけないんだ。一人一往復で終わったら奇跡だよ。
「んん~、今回の渡はけっこう距離が短そうだねえ。みんな割と人徳があったのかねえ」
舟に乗る魂の生前の徳やら何やらで三途の河の距離は決まる。徳が高けりゃ高いほど距離は短くなるって寸法で。
普段のあたいなら長い距離をゆっくり漕ぐ方が好きなんだけども、今回ばかりはそうも言ってられない。この先まだ何往復も控えてるからね。
それに距離は短くっても問題ってのは起きるもんで……って、そら来た!
「こらそこ! 押し合っちゃ駄目だって言ってるじゃないかい! 狭いのはみんな同じなんだから我慢我慢」
一回舟を止めて、押し合ってる二つの魂に指差す。
一悶着が起きそうなときは急いで仲裁に入らないと、気が短い魂だとすぐに喧嘩するからね。
喧嘩が起きるとその魂は帰れなくなるわけだけど、そうなったら可哀そうだし、その手続きもまた面倒だし(どっちかって言うとこっちが本音かな)、大火事になる前に小さな火を消しとかないと。
「さっきも言ったけど、もし問題を起こしたら閻魔さまの怖ーいお説教だからね?」
返事は無いけど、魂たちがぷるぷると震えているのはよく分かった。
閻魔さまと言えばあたいの上司もそうだけど、あの方々の本気のお説教はきついからね。気持ちは痛いほど分かるよ。
「丸く収まった所で、出発しんこー!」
はあ、色々気を使わなくちゃいけないし、気を使っても問題は起きるし、本当にしんどい。
お盆休みなんて言えないのがサービス業のつらいところかねえ……
ああ、あたいのモットーはまったりとした仕事ライフなのに!
「はい、今回分は無事に送り届けたよ。送還は無しさ」
「お疲れ様。あとはこっちで引き受けるよ」
途中何度か喧嘩に発展しそうになったのをなだめて、なだめて、これまたなだめすかして、何とか対岸まで運ぶことができたよ。
ここまでくれば、あとは此岸で魂たちの見張りを担当する死神たちに引き渡して、ひとまずお役御免ってわけさ。
……って言いたいとこだったんだけども、どうやらそうも行ってくれないみたいだねえ。
「小町先輩!」
「はいはいどうしたどうした?」
あたいは別に古株ってわけじゃないんだけど、それなりに渡守もやってるから後輩もいて、何かあったら相談されるわけさね。
てなことで駆けてきたのは、別の舟で河を渡っていた後輩渡守。何やら困った顔をしてるね。まあ何に困ってるかくらい想像はつくけど。
「わたしの舟で運んでた魂たちが暴れ出して、他の人たちにも手伝ってもらってるんですけど数が多すぎて手に負えないんです! 助けてください~!」
「分かった分かった。だから泣かないで! そらいくよ!」
「あ、ありがとうございます!」
可愛い後輩に助けを求められて黙ってるわけにはいかないからね。
後輩の手を引いて騒ぎが起こってる所まで距離を飛ばしてポンッと!
「うあぁ…ひぃ、ふぅ、みぃ……駄目だ、数えたくない」
「最初はもっと少なかったんですけど、暴れてなかったはずの魂も感化されちゃたみたいで……」
「里帰りで浮かれてるんだろうねえ。迷惑な話だ」
本当に迷惑な話だよ。ざっと見回しても4、50は暴れてるじゃないか。
他の死神たちも応戦してるけど、こりゃあ骨が折れそうだね。嫌だなあ。
「仕方ない。しらみつぶしにいくよ!」
「はい!」
鎌をかまえて(洒落じゃないよ)臨戦態勢。
小野塚小町、後輩引き連れいざ戦場へ参る!
「あんたたちは暴れたから今年の里帰りは無しだよ。それと、閻魔さまからお説教」
ああ疲れた。結局あれから鎮圧に半刻はかかった。
拘束された魂たちはあたいの言葉にしょんぼりしてるけど、肩を落としたいのはこっちだよ。無駄な時間と体力を使っちゃったじゃないか。
「先輩、ありがとうございました」
「いいんだよこれくらい。それより、今度からは魂たちが暴れないようにしっかり見張りながら河を渡るんだよ?」
「はい、気をつけます!」
いい返事だね。勤勉で熱心な後輩だよ。
あ、別にあたいが怠け者ってわけじゃないよ。あたいはただゆったりとした時間を過ごしたいだけさ。
「そんじゃあこっちの魂はあたいが連れてくから、あんたは残りの魂を頼んだよ」
「分かりました」
本当なら彼岸への渡しでは誰も乗せないはずなんだけど、強制送還だから仕方が無い。
あとで閻魔さまにみっちりしごかれる予定の哀れな魂たちを乗せて、再び河をえっちらおっちら。
その途中で名簿を見た。これからまた渡す手筈になっている魂たちの名簿。
ああ、今日だけでまだこんなにあるのか……明日からもまだ……
「お盆なんて…お盆なんて……だぁいっきらいだぁ~~~!!!」
あたいの魂のこもった叫びは、舟に乗ってる魂たちからの反応も無く、結局三途の河の靄に消えた。
「小野塚小町、ただ今戻りました」
お盆なんて嫌いだ。
「いくらかは里帰りできず、こっちに戻ってくる事になりましたけど」
お盆なんて大嫌いだ。
「ともあれ今日の分の魂は全部送り終えました」
お盆なんて本当に大っ嫌いだ!
「お疲れさまでした小町。一騒動あったようで、大変でしたね」
「あ、いや、四季様の方が大変でしょう? あれの処理のためにまた書類をたくさん書かないと……」
「いえ、それでもわたしの方は事務仕事ですから。現場で武器をとらなければならない貴女たちの方が大変よ」
優しく微笑む四季様から労いの言葉をかけていただいて、今日の疲れも報われた気がするね。ありがたやありがたや。
まあとにかく、大嫌いなお盆の業務の報告を四季様にして、今日の所は全部お終い。
でも、明日からもまだしばらくお盆の仕事は続くし、やっぱりお盆は嫌いだねえ。
嫌いなんだけど、さ……
「わたしもそろそろ終わりますし、どうですか小町、この後一杯。奢りますよ」
「えっ、でも四季様だって明日からも仕事が……」
「だから一杯ひっかけるだけですよ。パァーっと飲むのはお盆が終わってからです。さぁ行きましょう!」
「は、はい!」
仕事終わりの格別に美味い酒を、それも四季様と一緒に飲む事ができる。
そんなありがたい渡し賃が貰えるんならやっぱりお盆も悪くないかな、なんて思うあたいはきっと現金な死神なんだろうねえ。
ただ投稿お盆後でもよかったんじゃないかと思う気持ち