Coolier - 新生・東方創想話

それはまぎれもなくヤツさ

2012/08/05 14:32:23
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  春が終わり、更に気温の上がり始めた幻想郷…
 ここ、命蓮寺にも、夏の気配が、じりじりと近づいて来ていた。

  快晴の空の下、寅丸星は童謡などを口ずさみつつ、朝の勤行に励んでいた。
 勤行と言っても境内の掃除であるが、真面目な寅丸は一切の手を抜くことなく、楽しげに箒を操り、石畳を掃き清めていく。

  「むぁーいにーっち、むぁーいにっち、ぼくらはてっぱんのぉ~」

  今年は梅雨明けが早く、湿度などはとうになりを潜めてしまっている。太陽はまだ朝だというのに、既にギラギラと輝き、幻想郷を遍く照らしていた。
 そして、夏は寅丸が一番好きな季節である。毎朝すっきりと目が覚め、前日の疲れなどまるでない。
 そんな彼女であるから、自然とテンションが上がってしまうようだ。
 箒をギターに見立て、激しくかき鳴らし、様々な歌、長唄、甚句、果ては経に至るまでを熱唱しつつ、境内を隅から隅まで掃除する様は、毘沙門天というよりは弁才天に近いかもしれない。

  「はんにゃ~は~ら~み~た~…」

  独特のリズムに乗った般若心経が、爽やかな風に乗って、辺りへと広がっていく…。



  「もうだめだよお姉ちゃん…念仏が聴こえてきたよう…昇天(エレクト)しちゃうのかなあ…」
 「しっかりなさいこいし、あれは念仏じゃなくて般若心経よ。それと、あなたが極楽浄土に行けると思う事自体おこがましいわ。でも大丈夫、私を背負ったままこの石段を昇りきれば、多分、ちくわとかには生まれ変われるわよ」
 「お前ほんっっっとに、クズな!」
 「あら何を言うの勇儀。姉妹のスキンシップをしつつ、百合のかほりを漂わせることに成功しているというのに。もう各方面では新連載にして大反響で全米ナンバーワンよ?」
 「うるせえな! うるせえよ! アフロヘアの女同士が絡む光景なんざ、誰が得するってんだ! ああ、くそ、お前と喋ってると疲れる! おらパル公、猫、もうちょっとだ!」
 「つか、何よこの石段…長ければいいってもんじゃないでしょ…妬ましいったらないわ…」
 
  寅丸の熱唱する般若心経が、最高潮を迎えようとする頃…
 古明地さとり、こいし姉妹と、星熊勇儀、水橋パルスィ、火焔猫燐の各名は、山の麓から命蓮寺へと続く石段を、ようやく登りきろうとしていた。
 荒く息をつく彼女らの服は煤にまみれ、ぼろぼろに破れている。
 それだけではない。彼女らの頭髪は例外なくアフロヘアと化しており、その服装と相まって、異常かつファンキーな雰囲気をかもし出していた。

  「ああ畜生、空が飛べりゃあこんな…」
 「爆発から身を守るのに、殆どの力を費やしちゃったからね…ったく、あの巨乳鴉、火力だけは一流なんだから…妬ましいったらありゃしないわ」
 「あんにゃろう、何処行ったか知らねえが、出てきたら羽根むしってしばらく飛べなくしてやる」
 「動物虐待は各所から抗議が来るわ、やめておいた方がいいと思うけど」
 「その動物さまに、こちとら蒸発させられそうになったんだがなァ!」

  肩に担いだパルスィと燐を振り落とさんばかりの勢いで、勇儀がその動物…巨乳鴉こと、霊烏路空の飼い主である、さとりに食って掛かる。
 しかし当のさとりは涼しい顔で、「きゃあ怖い」などと嘯きつつ、己を背負う、こいしの身体に強く抱きついた。
 首に腕を回され、こいしの顔色が見る見るうちに危険な色調へと変わっていくが、さとりはそんなものは知らぬとばかりに、古明地式チョークスリーパーを緩めることはなかった。

  「うぐぐ…オネエチャン…く、苦しい…ああ、トゥルー極楽浄土が見え…」
 「あら、着いたみたいよ…」

  そうこうしつつ石段を登る一行の視界が開け、立派な山門がその姿を現すと、さとりはそう言って、こいしの背中から飛び降りる。
 ふらふらと、足取りのおぼつかないこいしを何とか支えた勇儀も、いくらか相好を崩し、抱えていたパルスィと燐を地に下ろして、一息ついた。

  「だっはー…疲れたぜ…」
 「あら、私が重いってことを暗に仄めかしてるわけ?」
 「万全の状態なら、お前なんざ百人乗っても大丈夫だがよ。消耗してて、尚且つ、このクソガキの相手をしながらってのァ、予想以上にくるな…」
 
  早朝の、まだ熱が乗らない風を受け、たまらずその場に座り込む一行。地底とは違い、湿度の無い風は、火照った身体に心地よく、ともすれば、本当の極楽浄土であると勘違いしてしまう程だった。
 更に追い討ちをかけるように、耳に届くのは般若心経である。
 仰向けに寝転ぶこいしに至っては、恍惚とした表情を浮かべ、ダブルピースまでして、今にも昇天してしまいそうな勢いだ。

  「こーいーし! そのお下品な顔と、ダブルピースはやめなさい! ここはまだ此岸(しがん)なのよ!」
 「えへへ…もうシガンでもヒガンでもサガンでもいいよ…天国よ、こんにちは!」
 「神様の情事でも目撃しそうな遺言だわね…なかなかセンスあるわ、この子」
 「お前らが何を言っているのかわからねえが、こかァ寺だろ、経の一つや二つ聞こえても不思議じゃないんじゃねえの」 


  「ぎゃーてーぎゃーてーはらぎゃーてー…うん?」

  般若心経と掃除を組み合わせた全く新しい勤行を、極めてノリノリで行っていた寅丸であったが、山門の前でやいのやいのとやり合う気配を感じ、ライブを中断させる。
 命蓮寺がいくら盛況とは言え、こんな朝から、訪ねてくる者は少ない。寅丸は以前起こった、邪仙による襲撃を頭の片隅に思い出しながら、山門にゆっくりと近づいていく。

  「ああ、こいしの身体が透けていく! だ、ダメよこいし! まだ早いわ! あなたにはお小遣いを2万円ほど前貸ししているのだし、ルーベンスの絵も無いわ!」
 「おめー、今正に昇天せんとする妹に言うのがそれかよ」
 「て言うか、ただ単に無意識化しつつあるだけなんじゃないの」
 「ランランラー ランランラー ズィーングルジィング…」
 「あ、ああ、どこぞの犬まで見えているだなんて! こいし! カムバック! パトラッシュ! ゴーホーム!」  

  うっすらと天使的な何かをじゃれつかせる、半透明な帽子アフロ少女を抱きかかえたピンクアフロの少女と、それを見守る金アフロと角アフロ。ついでに地面に死体の如く転がる赤毛アフロ。
 それは寅丸の理解を遥かに超える、珍妙極まりない光景であった。
 この地に来て以来、様々なもの…常識に囚われぬあれやそれを見てきた寅丸ではあるが、今目の前で起きている事態は、過去に見たどんなものよりもシュールであった。
 まさに、理解の範疇を超える事象。寅丸は自分がまだ寝ていて、布団の中で夢を見ているのではないか? そう疑い始めていた。 
 しかしそれでも、帽子アフロの少女が正に今、臨終を迎えようとしているのは理解したらしく、箒を投げ捨て、慌ててその場に駆け寄る。

  「し、しっかり! 私、未熟ですが、一応僧職です! 何があったか判りませんが、ともかく、お気を確かに!」
 「あら、専門家が来たわよ。丁度いいわ、ここに墓立てちゃえば?」
 「ヤヤ、巨乳! こいし! ほら、しっかりなさい! あなたの好きなオッパイチャンが来てくれたわよ!」
 「ハ…オ…? パトラッシュ…? いや、おっぱい? …おっぱい!」
  
  その言葉を受け、今にも消えんとしていた帽子アフロ…古明地こいしがその実体を取り戻す。
 こいしはその場から跳ね起き、まとわりつく犬的なものや天使的なものを粉砕すると、地獄の亡者のような勢いで、寅丸にすがり付き、その豊満な毘沙門天ズバストに顔を埋めた。
 
  「フォオオオオ、おっぱいだァアアア! ふっかふかのオッパイだァアアア! お姉ちゃんの断崖絶壁とは何もかもが違う! カンチェンジュンガとポンポン山くらい違う! しかも勇儀お姉ちゃんみたく酒臭くない!」
 「んだとテメー! 人をアル中みてぇに言うんじゃねえよ!」 
 「あとポンポン山にも謝りなさい」 
 「わ、わあああ! な、なんなんですかあなた達!」
  
  己の胸に顔を押し付けてくる帽子アフロを引き剥がすか、あるいはそのままにさせるか迷いつつも、寅丸は残りのアフロ集団を見てそう叫んだ。
 危険な相手ではないように思えるが、まともであるとも、到底思えない。
 事実、そのアフロ達は、寅丸の問いには答えず、ただこちらの様子を伺っているだけだ。

  「いいの? あれ。あとで訴えられたりしない?」
 「見た感じ、真面目で優しそうな人だし…こいしのあざと…無邪気さを受け入れてくれるとは思うわ」
 「で、ですからあなた達、一体…」

  忘我状態で己の胸にすがりつくこいしをひょいと抱き上げ、寅丸がさとり達のもとに歩み寄る。
 まさか朝っぱらから、アフロの集団が訪ねてきて、あまつさえ胸を揉まれまくるという事態は、いかな毘沙門天と言えど、予想もしていなかったのだろう。寅丸は困惑と疑問で一杯になった表情で、言葉を待つ。
 しかし当のさとりは、余裕をかましていた態度を一変させ、寅丸から目を逸らしてぼそぼそと喋り始める。

  「…あ、あの?」
 「ええと、私達は…えーと…わたす、わたしは…」
 「(ウオオオこいつ人見知りしてやがる!)」
 「(地底に引きこもって私達以外の連中と喋らないんだもの、そりゃそうよね)」
 「えーと、わた、私達は…ち、地底からやってきた、説得力のある使者! そして私の名はアルバトロ・ナル・サトリ・コメイジ! 地上は狙われている!」
 「(ダメだァアアア!)」 

  コミュ障っぷりを発揮しつつ何とか口上を終えたさとりを、寅丸は真剣な眼差しで見守っていたが、やがて深く頷き、口を開いた。

  「なるほど…! つまりあなた方は、地底に現れた脅威から逃げつつ、この地上に警鐘を鳴らすためにやってきたのですね?」   
 「そ、そう! そういうこと! このアフロと破けた服はその証!」
 「わかりました…そういう事であれば、まずはこちらへどうぞ。詳しいお話を聞かせていただけませんか」
 「(受け入れたァアアア!)」
 「(やっぱ、巨乳は例外なく馬鹿ね。あんた然り、鴉しかり)」

  看破され叩き出されるかと身構えていた勇儀、パルスィであったが、寅丸はさとりの言葉を疑いもせず、真剣な顔つきで、一行を招き入れる。
 もはやお人よしだとか、そういうレベルの話ではない。モブキャラの様な男が、「俺の宝塔をあるべき場所で保管してくれー!」と言いつつ寅丸を押し倒しても、何やかんやで受け入れてしまうような状況が、いつの日かやってくるかもしれない。
 だがこの、頭の残念な僧のおかげで、とりあえず一息つくことは出来そうだ。勇儀とパルスィはお互いに目配せをすると、燐を引きずって、山門をくぐった。
  
  地霊殿と命蓮寺のファーストコンタクトは、こうして始まった。



  証言その1 古明地こいし

─まず名前から聞かせて貰おうかのう?

 「古明地こいしだよ。種族は元・さとり。身長体重は秘密。スリーサイズも秘密。好きな食べ物は甘いもの。好きなMH(モーターヘッド)はオージェ・アルスキュル。特技はスニーキングミッション。あと…」

 ─ああ、もうよい。わしはお主担当の二ツ岩マミゾウという。まあ、一対一なのはあまり気にせんでくれ。

 「うん」

 ─で…爆発したと? 何故じゃ?

 「もぐもぐ…何故爆発したか、と問われても困るけど…地底は火山性ガスとか、マグマとかが、地上よりフレンドリーな存在なので…むぐむぐ」

 ─つまり、それらの作用によって、お主らの家…地霊殿じゃったか。そこが爆発したと?

 「もぐもぐ。防火対策はしっかりしてたみたい。だから、いきなり発火するとは思えないけれど」

 ─他に要因があって、ガスなどに引火したという可能性があると。あと、食いながら喋るでない。

 「多分そうだと思うけどねー。ふふ、狸のお姉ちゃん、おばあちゃんみたい。それより、お饅頭、もう一つ食べていい?」

 ─誰がおばあちゃんじゃ! お姉さん、あるいはマミさんと呼べい! ま、まぁよい、茶も淹れ直してやるでな。

 「ありがとうマミおばあちゃん! あ、これもつぶあんだ…ミョーレンジにはつぶあんしかない…」

 

  証言その2 星熊勇儀

 「言っておくが、あたしのせいじゃないぞ。あたしやパルスィ…あっちのグリーン女はむしろ被害者だぜ。さとりの妹…あんたもさっき見たろ、こいしってんだが、あいつに連れられて地霊殿へ行って、DVDを見てて…すげぇ面白かったが、気づいたら爆発してた」

 ─気づいたら…ってあんた。

 「仕方ねえだろ、あたしも相当、へべれけだったからねえ…」

 ─ふーむ? じゃあ、原因はわからずってことか…

 「や、どうだかなァ。地底ってな、火焔地獄とか灼熱地獄とか、そういうのが、遊園地感覚で存在してやがるからよ。地霊殿の真下も、灼熱地獄の跡地なんだぜ」

 ─ふむ…つまり、その境目に滞留してた火山ガスに、何かの弾みで引火したと考えるのが妥当かね。あんたらの中で、発火能力、あるいはそれに準じる弾幕を張れる奴はいるのかい?

 「空の奴がそれにあたるかな…ああ、空ってのは、あのクソガキ…さとりのペットの事な。今はいねえけど…ていうか、爆発して皆で黒こげになって、最初に疑われたのは空だったんだが…不思議なことに、いなくなっちまってた。奴ぁ確か…何だっけ、カクユーゴー…だか何だかの能力を持ってたから、それで消し飛んじまったのかもな。ああ、それより喉渇いた。酒はねえの?」

 ─ここは居酒屋じゃないんだよ、茶で我慢しな!

 「お、おいおい、何でお前、チャクラムなんて持ってんの?」 



  証言その3 水橋パルスィ

 「冗談じゃないわよ! 見てよこの髪の毛! アフロよ!? 何だってこんな前衛的な髪型にならきゃいけないわけ!? それもこれもあの爆発のせいよ! 妬ましいっていうか、腹立たしいっていうか!」

 ─い、いや、結構似合ってるんじゃないかな…伝説巨神って感じで…

 「ハァ!? 何よそれ、地上の妖怪!? 銀河とか切り裂いちゃったりする系の妖怪!? デンセツキョジン…電、刹、虚、神とでも書くのかしら!? 何だかカッコイイじゃない! 妬ましいわね!」

 ─(何で私がこの人の担当なんだろう)

 「んで、何? あんた尋問官ってより船乗りって感じね? セーラー服なんて着ちゃってさ。しかも船長っぽいし。キャプテンとかそんなあだ名じゃない? イガラシとかそんな名前じゃない?」

 ─い、いえ…私は村紗水蜜っていって…ま、まあ、確かにキャプテンと呼ぶ人もいますけど。

 「ムラサミナミツ! 何よ、オシャレな名前じゃないの! イントネーションは紫式部と同じだし! 何か水橋パルスィって名前がありふれたものに感じるわ! ああ妬ましい!」

 ─(…ていうか、帰りたい…)



  証言その4 火焔猫燐

 「おーっと妙な動きはしないで貰おうか、虎魔流衝! 私一人では確かにお前に勝てんが、今ここには私の頼もし過ぎる下僕共がワンサカいるんでな! この手をポンポンと叩けばあら不思議、たちまちあふれるお前の悲鳴!」

 ─あ、あの燐さん…この前もそうでしたけど、あなた絶対、何か勘違いしてますよね…

 「やかましいわこのバター虎! あの鼠に妙なこと吹き込まれて、隙あらば私をハンバーグにするつもりなくせに! わかってる! わかってるんだからなー! それともアレかー! 私が気絶してる間、いやらしい写真を撮ったなー!? そしてそれをネタに強請る気かー! でも残念! 私猫ですからー! 人間じゃないから恥ずかしくないもんねー!」

 ─そんなことしませんってば…それより、あなた達の家が爆発してあなた達がアフロヘアになっちゃって、そしてここまで来た経緯を、もう少し詳しく聞かせて欲しいのですが…

 「ええい黙れこの黒と金! バンシィ気取りか! ともかくこの火焔猫燐、断固として黙秘権を行使する! 担当の弁護士が来るまで一言も喋らんぞ! 自白剤やらウソ発見器やらエロい拷問に代表される物理的手段を取るっていうなら、こちらにも凄くすごいモンスターことグラボイズ召還の用意がある!」

 ─グ、グラ…? と、とにかく、私はあなた達を歓迎しますし、家が直るまでの間、ここにいてくれても構いません。ですが、事情は聞いておきたいところなので…

 「何度も言わすなこのサガット! コブラ観タ! ヒューッ! 地霊殿爆発シタ! 私達クロコゲ! 全員アフロ! サトリ、コノ寺ノコトシッテタ! トリアエズ相談ニキタ! オマエ、オレサママルカジリ! オレサマ、サイゴマデタタカウ!」
 
 ─で、ですから何故爆発が…

 「知るかボケーッ! 地底じゃ爆発なんざ三度の飯と同じくらいフレンドリーに発生してんだ! 地上育ちの貴様にゃーわかるまいー!」
 


  証言その5 古明地さとり
 
 ─私はここの住職を務めております、聖白蓮と申します。ええと、あまり緊張なさらずに、楽にして下さいね。さて、では…まずは、あなたのお名前をお聞かせ下さいますか。

 「ア、アルバトロ・ナル・サトリ・コメイジ。まあ、長いのでさとりで結構です。名前から判ると思いますが、覚です。身長145cm、体重43kg。スリーサイズはええと…社外秘です。好きなものはチキンライス、嫌いなものは焚き火。好きなMHは破烈の人形とヴァイ・オ・ラかな」

 ─モ、モーター…? ああ、いえ。覚、ですか。本物を見るのは初めてです。その胸にある目で、心を見るのですね?

 「ええ、まあ、そうです。ですが今は電源が入っていないので、何も見えません。ご安心を」

 ─なるほど。で…あなた方の家、地霊殿が爆発したのは判りました。原因については、何か心当たりはあるのですか?

 「今はいませんが、私のペットに、霊烏路空という地獄鴉がいるのです。空は以前、列車に乗って機械の星へ行って帰ってきたと思ったら、核融合を操る力を手に入れてまして。全く、とんだギャラクシーエクスプレスですわハハハ」

 ─か、核融合、ですか…それはまた、剣呑な。

 「とは言え、空は野心も邪心も抱かぬ、頭からっぽ、かつ、馬鹿で巨乳な優良物件です。ま、他者から何かよからぬ事を吹き込まれればその限りではなく、かつてそれで一騒動起きましたが…今は大人しいものです」

 ─その霊烏路さんが、あなた方を亡き者にしようとした結果ではないと。
 
 「それはありませんね。私達を蒸発させたとして、彼女に新たな巣を作る甲斐性があるとは思えませんし」

 ─では、一体何が起きたのでしょうか。
 
 「昨夜の話ですが…私達は集まって、お酒を飲みながらDVDを鑑賞していたのです」

 ─でーぶいでー…とは?

 「簡単に説明すると、様々な物語を、映像として映し出すものです。外の世界の技術であるらしく、私も原理はよくわかりませんが…ともかく、暇つぶしにはもってこいの代物ですよ」

 ─それは楽しそうですね。で、昨夜…それを皆さんで観ていたと。

 「ええ。その時観ていたのは、『コブラ』というとてもスリリングかつ手に汗握る作品でした。そしたら、皆、異常なまでに盛り上がってしまいまして」

 ─仲がよろしいのですね。

 「あれを観ればおそらく、誰でもそうなるでしょう。酒の勢いもあってか、皆「ヒューッ!」しか言ってませんでしたけど…それで大体通じるのがコブラの魅力でもあります」

 ─は、はあ。

 「で、話も中盤に差し掛かった頃…時間はそう、午前3時くらいでしたか。興奮しすぎた空が、酒を一気に飲んで、『右手』をかざしたのです」

 ─右手、ですか。

 「空の右手には、飼い主である私にもよくわからない、大砲のようなものがはめられているのです。『第三の足』であると本人は言っていますが…で、先ほど言った『コブラ』の主人公…これもコブラという男なのですが、その男の左手は義手で、その中には強力な銃が仕込まれているのです」

 ─銃。それは不思議なこともあるのですね。

 「サイコ・ガンという代物で、精神エネルギーを弾丸として撃ち出す代物です。その弾丸は遮蔽物を避け、屈曲して相手に届きます…心で撃つものらしく…あ、ああ、ゴホン。それはまあさておいてですね。ともかくそんな見た目ですから、右手が大砲である空はきっと、己とコブラを重ねてしまい、酔った勢いもあってか…」

 ─大体、理解できました。あなた達がその…コブラ、を観ていたら、テンションの上がり過ぎた霊烏路さんが、力を解放…ガスか何かに引火、爆発した。そう考えてよろしいのですね?

 「そう、ですね、それが正解でしょう。空があそこまでコブラを気に入るとは思ってなかったのですけどね。まああれに惚れない女がそうそういるとは思えません…男性ですら魅了しますし」

 ─な、なるほど。それで…お話は変わりますが、地霊殿が直るのには、どれくらいの期間が必要なのでしょう?

 「知り合いに土蜘蛛がいたのが幸いでした。その土蜘蛛に頼んだので、ま、おそらく一週間かそこらでどうにかなるかと…その間、私と燐と妹を置いていただければ嬉しく思います。空はまあ、結構サバイバビリティ高いので、放っておいても平気でしょうしね」

 ─鬼の方と、緑の目の方は?

 「あの二人は、地霊殿に住んでいるわけではないので。一応、連れてきはしましたが、終わり次第地底に戻るでしょう。余計な騒ぎは起こらないと思いますよ」

 ─なるほど。あと、その…何故、この寺のことをご存知なのでしょうか?

 「以前、うちの燐…先ほど見たと思いますが、赤毛のアレが…ここの裏の墓地で死体をあさ…いや、墓地で朝練をしたことがあるそうで。それで、ついでに寺の様子をこっそり見たらしく、なかなかいい雰囲気のべっそ…ベッソン! 失礼、花粉症でして。いい雰囲気のお寺だと言っていたもので…なら、仏様の慈悲とやらに賭けてみようかな、と思いまして」

 ─わかりました。あなた方のその…アフロヘアを見れば、お困りであるというのはよくわかります。…この命蓮寺は、妖怪をも救済するのをモットーとしております故、受け入れるのも吝かではありませんよ。

 「ありがとうございます」

 ─とは言え、ここは宿屋ではなく、あくまで寺ですから…ある程度は、ここの規律に従ってもらうことになりますが、よろしいですか?

 「…それは、つまり、朝は日の出る前に起きて、夜はさっさと寝るとか、お酒はいけないとか、肉食は禁じるとか、そういった類のものですか?」

 ─はい。

 「…まあ、致し方なしということでしょう。しかし私や妹はともかく、燐はどうにも偏食気味でして…野菜怖い、饅頭怖い、一汁一菜怖いとか言い出して、地底怪獣トレマーズを召還してしまうやもしれません。食事についてだけは、こちらにお任せ頂けませんか? タマネギや長ネギの類を食べると、死ぬ可能性もありますので。猫ですし」

 ─…アレルギーか何かの話ですよね?

 「…! そう! アレルギーです! 命に関わります!」

 ─考慮しておきます。

 「ありがとうございます」



  命蓮寺、居間。
 万が一を考慮して行われた、一対一の事情聴取が済んだあと、地底よりの使者たちと、命蓮寺の面々は向き合って、茶をすすっていた。
 出された茶菓子をもりもりと食うこいし、寅丸を警戒して勇儀の後ろに陣取る燐、何をするでもなく佇むパルスィ、そしてさとり。
 突如として現れた、地底よりの使者ご一行を迎え、場は緊張しているか、と言えば、そうでもない。
 白蓮は相変わらずの笑顔で、寅丸もそれに倣うように、笑顔を浮かべている。

  「で、さとりさん」
 「はい」
 「ええと、どうしましょうか。とりあえず、昼食までにはまだ時間がありますし、お風呂に入られてはいかがです?」
 「お風呂ですか」 
 「ええ、その…頭髪の方も、湯で洗えば直るかもしれませんし。服も私たちが繕っておきますので」

  髪は女の命であると、白蓮は暗にそう言っているようだ。
 無論、さとりたちが風呂に入っている間、何かしらの話をするであろうことは想像に難くないが…それでも、背中どころか全身が煤けたさとり達に、その提案は有難かった。
 さとりは笑顔で頭を下げると、皆に目配せをし、案内を受けて立った寅丸の後について、部屋を出て行く。

  「聖、よろしいので?」
 
  さとり達がいなくなると、若干心配そうな面持ちで、一輪がそう尋ねた。
 白蓮の慈悲深さは誰もが認めるところではあるが、邪な考えを持つ者達が、そこを衝かないとも限らない。
 一輪はそれを危惧しているのだろう。

  「変わった方々ではありますが、邪心を抱いている様には見えません。もし、万が一、私に見る目がなく、寺やあなた達…そして私を害そうというのであれば、その時は私も、それなりの対応をするまでです」
 「ならば、よいのですが。もしそんな事になれば、この雲居一輪、容赦はしませんよ」
 「そうならない事を祈りましょう。さて、では、裁縫箱を用意してくれますか」
 「ああ、はい」


  「お、おお…広いな!」
 「ふふ、そうでしょうとも。5人でも特に問題無く入れるかと」

  誇らしげな顔で、寅丸が胸をはる。24時間いつでも入れるように設計された、自慢の風呂である。
 無論、寅丸が設計した訳ではなく、ドヤ顔をする道理も無いのであるが。

  「ようし、んじゃ折角だしお言葉に甘えさせてもらうとすっか!」

  酒と喧嘩の次に風呂が好きな勇儀が、ぼろぼろになった上下と下着をあっという間に脱ぎ捨て、寅丸の差し出したカゴに放り込む。
 パルスィやこいしもそれに続き、何のためらいも無く全裸になると、我先にと浴室へと突撃していく。
 温泉宿か何かと勘違いしているのかと、寅丸は苦笑するが、自分も風呂に入る時は大体こんな感じである、ということを思い出し、軽く咳払いをしたのち、残ったさとりと燐の方へと向き直る。
 しかし、その二人は、何をするでもなく、湯殿と寅丸を見比べては、何事かを考えているようであった。

  「…どうしました?」
 「ああ、いえ。皆で風呂に入る、というのは初めてなもので」
 
  さとりはそう呟くと、ゆっくりと衣服を脱ぎ、丁寧にたたんで、それをカゴに入れていく。
 燐は燐で、寅丸を警戒の目でにらみつつ、猫の姿へと戻り、さとりの足元に待機する。
 その様子に寅丸はまたも苦笑しつつ、燐の服を丁寧にカゴへ入れると、口を開いた。

  「きっと気持ちのいいものだと思いますよ。では、お洋服は預かります…下着は、どうしましょうね?」
 「ああ、見た感じ、下着は無事ですね…これは直して頂かなくともいいかと思います」
 「そう、ですね。では寺で着る作務衣などを用意しておきますので、ごゆっくり」

  寅丸はカゴから皆の下着を取り、丁寧にたたんで置くと、手ぬぐいで胸を隠すさとりに軽く会釈をして、外へ出て行った。
 それを見届けた燐が、再び人間の姿になり、さとりを見つめる。その表情は険しく、何か言いたげである。

  「どうしたの、燐」
 「いや…用心はしておくようにって、言おうとした」
 「いくらなんでも、私達を取って食ったりはしないでしょうよ。それにこちらには勇儀もいるし…」
 「だといいがな」
 「あなた、あの寅丸って人を警戒しているのだったわね」

  その言葉に、燐は傍にあった手ぬぐいを畳んで頭に乗せると、無言で頷く。
 思い込みというのは恐ろしいもので、燐は完全に、寅丸を悪の権化か何かと勘違いしているようだ。そしてその魔手が、主人にも及ぶかも…とも、考えているようだ。

  「大丈夫よ、いざって時は…彼女らのトラウマを呼び起こして、動けなくしてやるまで…あなたは心配せずともいいわ」
 「…ああ。アレは本当にダメだ。猫の遺伝子ってのは、虎相手に歯向かえるようには出来ていないらしい」
 「ふふ、まったく。さ、お風呂に入りましょう。いつもみたく、隅から隅まで洗ってあげるわよ」

  飼い主の心強い言葉に、いくらか安心したのか、燐は再度猫に戻ると、さとりについて、浴室へと入った。

 

  一方その頃…命蓮寺、境内。
 さとり達が命の洗濯をしている頃、眠そうな顔で山門を潜ってくる者がいた。
 
  「あァ、眠い…」

  灰色の頭をがりがりと掻きながら、ナズーリンが誰ともなしにそう呟く。彼女は寅丸に呼ばれでもしない限り、この命蓮寺を訪れることはあまりないのだが、今朝は若干様子が違う。
 手には様々な本を束ねて持ち、肩にかけたカバンもずっしりと膨らんでいる。おそらくは白蓮、あるいは寅丸から借りた本を返しにきたのであろう。

  「返したら二度寝だな…ふぁあ…あ…あ?」

  大きく反り返って欠伸をし、逆さまの視界に山門を捉えたナズーリンが、その姿勢のまま、数秒間固まる。
 そして姿勢を正して、180度、ターン。
 山門の上に、誰かが立っている。
 太陽を背にしている為、それが誰であるのかは判らない。判らないが、その人物は何か棒状のものを装着した右手を高く掲げ、左手でその手首の辺りを支えて、直立していた。
 あまりにも異様なその状況を、さすがの賢将も理解しかねているのか、呆然としたまま周囲を何度も見回す。
 
  「だ、誰だお前…!」
 
 初めはぬえあたりの悪戯かと思っていた様であるが、一言も発さぬその影に、得体の知れぬ恐怖と違和感を覚え、ナズーリンは語気を強めてそう問いかけた。
 しかしその人物は問いには答えず、姿勢を維持したまま動かない。

  「だ、誰だって訊いているんだ! 答えろ!」
  
  更に語気を強め、ナズーリンが問うが、相変わらず、答えはない。ややあって、どこからか、歌のようなものが流れ始めた。

  『まちをつつむ~(ワッツビローン)ミーナーホー(ミッナーィフォー) こどくぅ~なぁ~ シィールエ~ッ 動きだぁ~せぇ~ばぁ~』
 「な、何だ…何だこの歌は…」
 『それはぁ~ まぎれもなくぅ~ やぁ~つさぁ~』 

  聴いたこともない謎の歌。街を包むミッドナイトフォグの中にいる孤独な影が動き出したらそれは紛れも無くヤツだった。
 誰だ。誰なんだ。
 賢将はそこまで何とか考えたものの、とうとう、生来の臆病っぷりが頭をもたげたのか、一歩、また一歩と下がり、遂には背を向け、境内を走り抜けて、白蓮達がいるであろう本堂へと逃げ込んだ。

  『コ~ブラ~(ミショルトゥ-) コ~ブラ~』


  「…この歌は…!?」
  
  風に乗って聴こえてきたそのメロディに、さとりは身体を洗う手を止め、どこぞの調査官の如く、井上真樹夫のような声でそう呟く。
 しかし、それはすぐに、広い風呂にテンションの上がりまくったこいしの嬌声にかき消され、顔に大量の湯を浴びた勇儀の怒号で、完全に聴こえなくなってしまった。
 そのせいか、他の皆は、その歌には気づいていないようだ。さとりは若干辟易しつつも、手桶に湯を汲むと、手ぬぐいをそっと置いて、立ち上がる。 
  
  「ごめん、先にあがるわ。皆はゆっくりしてて」
 「うん? どした、のぼせたかい?」
 「ま、そんなところ。じゃ、後でね」

  さとりはそう言い残すと、身体についた泡を洗い流し、足早に湯殿を後にした。
 その顔には、何かの決意が見てとれたが、それが何であるかは、判らない。



  「た、たた、大変ドゥワアアアアア!」

  襖を勢いよく開け、転がる様にして、部屋へと飛び込んできたナズーリンに、裁縫をしていた白蓮、寅丸、一輪の三名が目を丸くする。
 もしや、と言わんばかりの勢いで、一輪が立ち上がるが、白蓮はそれを制し、荒く息をつくナズーリンの傍に寄る。

  「どうしたのです、ナズーリン」
 「街を包むミッドナイトフォグで孤独がシルエットで紛れも無く奴で…ああ、違う、そうじゃない! さ、山門! 山門の上に、変な奴がいるんだ!」
 「はあ?」
 「変な奴?」
 
  寅丸が差し出した水を一息に飲み干して、少し落ち着いたのか、ナズーリンは三人を見回し、改めて口を開く。
 妙なポーズを取り、右手に変なモノを装着し、太陽を背に、歌を伴って立つ影の存在…それを聞くと、白蓮はふむ、と、短く呟いて、立ち上がった。
 何か、思い当たる節があるようだ。しかし当然、寅丸と一輪にそれはない。早まるな、と言わんばかりに、二人はナズーリンに、矢継ぎ早に質問を浴びせかける。 
 
  「ぬえとかマミゾウの悪戯じゃあ、ないのかい?」
 「い、いや、そうかとも思ったが…あのシルエットは二人のもんじゃなかった。背の高さはご主人とあんまり差がなかったしな…」
 「八坂さんや小傘さんという可能性は…?」
 「あの二人のシルエットは特徴的すぎるだろう!」 
 「い、いや、判りませんよ…八坂さん背ぇ高いですし、背中の注連縄を外して、中をくり抜いた丸太を右手にはめているという可能性も…」
 「仮にも神霊であるアレが、商売敵の本拠地で、そんなユーモア溢れるパフォーマンスをするか! いや、しない! しない…はずだ」

  飛躍していく意見を一蹴し、ナズーリンはもう一杯、水を飲み干した。
 それを見て、話は済んだ、とばかりに、白蓮はスカートの裾を翻して、部屋を出て行く。その様を見て、一人で行かせる訳にもいくまいと、寅丸、一輪、そしてナズーリンは、慌ててその後を追う。
 無論、白蓮の戦闘能力を疑っている訳ではない。しかし、万が一ということもある。
 それを危惧する弟子達を気にもせず、ガンガン行く僧侶は、力強い歩みで、外へと出た。


  山門へと向かいながら、一行は思案を巡らせた。この命蓮寺の誰かが、そんな意味不明の悪戯をするとは思えない。
 と、なれば…外部の誰かか、あるいは今、風呂に入っている、かの面々の、どちらかだ。
 しかし何をするでもなく、ただポーズをキメるだけのその人物の目的など、わかる筈もない。寅丸は袖の中の宝塔を確認し、一輪に至っては既に臨戦態勢で、懐から取り出したチャクラムをくるくると指先で回している。

  そして四名は境内に出て、山門を確認する。

  『背中にぃ~ からみつくぅ~ か~げりはぁ~ おとこ~というなのぉ~ ものがぁーたぁーりぃー』

  「い、いた!」
  
  それは相変わらず太陽を背負っており、顔は判らない。しかし風に靡く長い髪の毛と、何かぴっちりとした服でも着ているのか、身体のラインははっきりと見て取れる。
 だが相変わらず、シルエットは微動だにせず、例のポーズのまま動かなかった。
 初夏の日差しと風と、僧たちと、シルエット。幻想郷が始まって以来の、シュールすぎる空間が完成する。
 
  「そこにいるのは…どなたです?」

  しかしいつまでも、その空間に留まる訳にもいかない。  
 しばしの逡巡ののち、白蓮は一歩進みでると、手で日光を遮り、それでも眩しそうに、声をかけた。
 誰であれ、素性をはっきりさせねばなるまい。然るべく対応せねばなるまい。それは、ここの責任者である白蓮の務めだ。
 ややあって、シルエットはその言葉に、例のポーズを解く。そして白蓮達を見回すようにしたのち、足のあたりから何かを取り出すと、口にくわえて、指先に火を灯す。

  「許されるぅ~ はずもない~ ピースアンラァーブゥー…ってかぁ! おっと、何だいなんだい、ヒューッ、かわいこちゃん達の歓迎たァー嬉しいねぇ! 地上ってなやぁ~っぱいい所じゃないの!」
 
  そして、その口をついて出たのは、意外な軽口であった。
 シルエットは鼻をひとこすりすると、山門から勢いよく飛び上がり、くるくると回転して着地した。
 正体を隠していた逆光から外れ、シルエットの正体が露になる。
 少しばかりクセのある黒の長髪、端正な顔立ち。女性ではあるが男らしさも備えた、美形である。
 そして、全身タイツの様な服のせいで、ありありと判る、グラマラスな体型。白蓮や寅丸にも劣らない、ダイナマイトなバディであった。

  「…女」
 「見りゃわかんだろ! てか、お前誰だ!?」
 「おっとォ、怒るなよ防災頭巾ちゃん! 可愛い顔が台無しだぜぇ~?」
 「ぼう…ッ!?」

  黙ったままの四人を代表するかの如く尋ねた一輪が、その言葉を受けて、途端に眉を吊り上げる。一輪のアイデンティティの一つとも言える頭巾を、その様に言われれば無理もない。
 気の短い一輪は、手にしたチャクラムを構え、一歩、また一歩と、謎の侵入者に近づいていく。雲山を呼ばないのは、自信の表れか、あるいは怒りか。
 しかしそんな一輪の前に、白蓮が立ちはだかった。
  
  「聖…!」
 「落ち着きなさい一輪。この方はおそらく…」
 「おいおい、どったのォ~? 怖い顔しちゃってさぁ~? ほらほらァ、機嫌直してさ、ね? ボクとくんずほぐれつしてみなぁい? ッハハー、ハーレムってな男の夢だぜぇ~!」
 
  男というが、どう見ても女なそれは、浮ついた軽口を叩きながら、大げさなリアクションを取りまくる。そんな人物に、この寺に現れた理由もわからぬまま、軽薄な態度で挑発されれば、例え一輪でなくとも、よい印象は抱かないだろう。
 しかし白蓮は、ぎりぎりと歯を鳴らす一輪を何とかなだめると、穏やかな顔つきで女に歩み寄っていく。
 その顔に敵意や警戒心はまるで見受けられない。菩薩、あるいは聖母といった表現が、これほど似合う人物も、そうはいまい。
 そして菩薩は、女の前、約3mという距離で立ち止まり、口を開いた。

  「あなた、もしや、霊烏路空さんでは?」
 「なに、レイウジウツホ~? 誰だいそいつぁ、俺ァあんたに会うのは初めてだし、俺のオフクロもきっと、レイウジウツホなんて奴のこた、知らないだろうぜ~」
 「その右腕の大砲のこと、あなたの飼い主…さとりさんから聞いていますよ」
 「おいおいよしてくれよォ、このサイコ・ガンは確かに有名っちゃ有名だがね、宇宙に一丁しかないってシロモンだ。俺以外に持ってる奴がいたとすりゃ、そりゃきっとニセモンだぜ?」

  かみ合っているのか、いないのか、寅丸たちにはまるで理解のできないやりとりであったが、白蓮は確信を持って、目の前の女を、霊烏路空であると断定しているらしい。
 そうなればもう、黙って見ている以外の選択肢はない。万一、霊烏路空が襲い掛かってきた場合のことだけを考え、弟子達は構えるのみだ。

  「では、霊烏路さんではないとして、一つお聞きしますが、何故ここにやってきたのですか?」
 「へへっ、ボクってば鼻がちょっくら良くってね。ここにとっ捕まえられた、可愛い子猫ちゃんたちを、颯爽と助けにきちゃったりしちゃったってワケよ。さっきアンタ、さとりの名を口にしたろ? ここにいるってな、間違いないみてぇだね」

  女はそう言うと、半ばまで灰になった葉巻をぷっと吹き上げ、指先から生じさせた炎で燃やし尽くす。
 捕まった子猫ちゃんたち、という言葉を受け、それが先ほど、地底から来た連中のことを指しているのだということを理解したのか、今まで黙っていた一輪が、再び怒りの表情を取り戻す。
 まるでこの命蓮寺が、そのようなかどわかしに手を染めたと言わんばかりの言い草と、そして何よりも、白蓮に対する不遜な物言いが、我慢ならないようだ。
 己の方に流れてきた、葉巻独特の香りを払うように手を振り、一輪は握り締めた拳を突きつけ、大きな声でまくし立てる。

  「黙って聞いてりゃ、ふざけたこと抜かすんじゃないよ! 子猫ちゃんってのが、あの地底からの連中の事だってんなら、自分たちからここにやってきたんだってえの! それが何だ、とっ捕まえただのと、濡れ衣もいいところだ! これ以上下らないこと喋るってんなら、その口に砂利詰め込んで、ニカワで接着してやるよ!」
 「おっほォ、怖い怖い。わーかったわかった、んじゃあそういうことにしておこうかね。んじゃ、連れてきてくれるかなァ? 今頃子猫ちゃんたち、怖くて震えてるだろうからさァ~」
 「こいつ…!」
  
  要領を得ず、のらりくらりと応じる女の態度は、白蓮と出会う前まで、伝説のレディースとして恐れられた彼女の逆鱗に、とうとう触れてしまったらしい。
 一輪はチャクラムを寅丸に預けると、それでも止めようとする白蓮を振り切り、女の前に詰め寄っていく。
 そして、己より少し高い位置にある、女の目をまっすぐに睨み付けた。

  だが、彼女が仕切っていたシマ(群馬)において、目が合えば血の雨降水確率180%(約二回降る計算)…とまで言われた一輪のガン付けを受けてもなお、女は平然としたまま、視線を外さない。
 にやにやと、軽薄な笑顔を浮かべたまま、一輪の顔を覗き込む。

  「…上等じゃないか」
 「あんたも近くで見ると、と~ってもプリティだぜェ~?」
 「砂噛んでからじゃあ喋れないからね、せいぜい吠えときな。遺言があるなら聞いてやるし、戒名ならサービスしてやるってもんさ」
 「よしなよォ、俺、防災頭巾被った女の子、好きなんだ」

  その言葉がきっかけとなって、一輪の拳が、稲妻の如きスピードで奔り、女の顔面を捉える。
 動体視力にさほど秀でない寅丸やナズーリンには少なくともその様に見え、二人は思わず、身を竦めた。
 しかし…

  「おっとォ」
 「何ッ…!」

  電光石火の右ストレートは、顔面に到達する前に、止まっていた。女の左手が、一輪の拳を完全に受け止めているのだ。
 衝突した力と力が、僅かではあるが、空気を軋ませて、消える。
 

  「ヒュ~ッ、大したスピードだい! アンタやるねェ、ボクサーにでもなってみたら? 俺、応援しにいっちゃうよォ?」
 「てめェ…」

  一輪は拳を戻そうと、腕を引くが、掴まれた拳は、固定されて動かない。
 万力のような握力で握られ、一輪の拳はみしみしと音を立て始める。並の人間の拳であれば、砕けてしまいそうな力であったが、そこは一輪にも意地がある。
 一輪は一歩、間合いを詰めると、すうっ、と息を吸い込み、首を後ろへと傾けた。  
 だがそれを見た女は、掴んだ一輪の拳ごと、彼女を押し返して、不敵な笑いを浮かべる。

  「や~めときなってェ、頭突きでもしようってんだろォ~? 女の子がそんな野蛮な技使うもんじゃないぜェ、ほら」

  石畳を踏みしめた一輪の動きが止まり、そこで女は一輪の拳を解き放った。
 怒りの表情は変わらぬままだが、どこか憮然とした表情にも見える一輪は、すぐさま次の攻撃に移るものかと思われたが、意外なことに、微動だにしない。
 
  「そうそう、ボクってば喧嘩はあんまり好きじゃないんだよね~」
 
  強さの指針の一つに、相手の力量を見誤らぬこと、というものがある。
 一輪には、それが正しく備わっているようだ。
 今己の目の前にいる相手は、少なくとも、自分より力のある存在で、例え全力で挑んだとしても、どうにかなるとは思えない。レディース時代、失う物など殆ど無かった頃の一輪ならば、相討ち上等で仕掛けたかもしれないが、今は違う。
 物事の分別は、その頃よりはつくようになっている。
   
  「申し訳ありません聖。少し、血の巡りが良くなりすぎた様です」 

  一輪はぎっ、と歯噛みをすると、心配そうに見守っていた白蓮のもとへと戻り、低い声で、謝罪の言葉を口にした。
 だが白蓮はそんな一輪を責めることなく、肩に手をやると、改めて女を見つめ、そして口を開く。
 
  「お話はわかりました。しかし彼女らは今、湯浴みをしているところです…すぐに呼びますので、少し待って頂けますか」
 「OKOK、男を待たせるのは、いい女の特権だからねぇ」
 「それと、不便がありますので…お名前を教えて頂ければ、幸いですが」
 
  葉巻を取り出し、火をつけようとしていた女が、その言葉を受けて、動作を止める。そして、己の胸の辺りを親指で指して、威勢よく、名乗りを上げた。

  「ああいいとも。俺の名はコブラ。見ての通りの快男児さ! お宝と美女さえいりゃあ、どこでも参上、待ったなし!」
 「やはり…」
 「コ、コブラ? 何か燐さんがそんなこと…」
 「お~れも有名になっちまったもんだねぇ、海賊ギルドに追われて、顔を変えたってのに、こ~んな可愛い子ちゃん達にまで知られてるたぁ、あ、こりゃ、喜んでいいのか悪いのか!」 
 
  その時である。
 白蓮達の後方から、凄まじい速度で、何者かが飛び出した。
 
  「ていっ」 
 
  突然…本当に、突然現れた古明地さとりの膝が、自称快男児ことコブラの横っ面に突き刺さった。
 衝撃が頭部に満遍なく伝わり、葉巻がぱっ、と散る。 
 ムエタイにおけるティー・カウ・コーン、あるいはテクノスジャパンにおける爆魔龍神脚と呼んでもいいが、ともかく、そんな必殺の威力を持った膝蹴りを叩き込まれたコブラが、小さく呻く。
 まったく、毛の先ほども予測していなかった事態に、周囲は唖然として、動きを止めるが、蒼い作務衣に身を包んださとりは何事も無かったかのように着地し、ついで、ふらふらとよろめいたコブラの腹に、腰の入ったボディブローを叩きこんだ。

  「お…ぶ」
 「ハハハ」

  どすんどすんという鈍い音と共に、コブラの身体が、何度も跳ねる。
 華奢な身体のどこに、そんな力があるのかというくらいに力強い、悶絶必至の古明地式腹パンである。

  「ス、スタ~ップ! スタ~ップ! 子猫ちゃん、スタァ~ップ!」
 「ハハハハ」

  突然の痛撃に、かましていた余裕など、すっかり消えうせたコブラが腹パンの停止を求めるが、さとりの手は止まらない。
 動物虐待などどこ吹く風、生類憐れみの令などぶっちぎれ、と言わんばかりの、鬼気迫る情景に、白蓮を除いた僧侶達は震え上がった。
 それは正に、戦慄のブルー…地底流の躾なのだろうか。

  「お、おぶ…こ、こね…」
 「『想起「EXAM」』…ダメでしょ、お空。私達にならともかく」

  どすんどすんどすんどすん。

  「…落ち着い…いや、マジで…オウフ…」
 「親切なここの方々にまで迷惑をかけて」

  どすどすどすどすどす。
 杭撃ち機(パイルバンカー)の如く繰り出される怒涛の腹パンは、既に40発を超え、一輪のマッハパンチすら軽くいなしたコブラの膝が崩れる。しかしさとりの左手は、コブラの襟首をしっかりと掴んでおり、倒れることもかなわない。
 そんなやりとりが数十秒続く。にこやかな笑顔…目は据わりきっているが…ともかくそんな表情で、D4C(いともたやすく行われるえげつない行為)を繰り出すさとりに、普段のような大人しい気質、態度は見られない。
 時間の経過と共に、衰えるはずの拳速は、落ちるどころか、ますます加速していく。鋼のような腹筋(であると思われる)を持つコブラはついにたまりかねたのか、さとりを強引に撥ね退け、間合いを取って、怒号を上げる。

  「や~めろってェ! やめろってんだよォ! 俺の腹はドラムじゃねえんだ! いくら子猫ちゃんでも、怒るよォ!?」
 
  がくがくと震える膝を地面につき、そう言い放ったコブラであったが、さとりは聞く耳持たず、といった風情で、コブラの間合いに踏み込んだ。
 そして、がつん、と鈍い音が響く。
 外の世界のレスラーが考案し、ファン達が名づけた技…相手の膝を踏み台にして跳び、膝を顔面に打ち付けるその技の名を、シャイニングウィザードという。

  「『想起「武藤敬司』…怒る? 怒ると言ったの? あなたが?」
 「んが…」
 「怒るのはこっちの方だわ。コブラに憧れるのはいいけれど、なりきって、家を吹っ飛ばせと言った覚えは無いのよ」

  さとりは前傾姿勢になったコブラの頭を小脇に抱きこみ、そのまま、体重をかけて後方へと倒れこむ。
 こちらはDDTという名称で広く親しまれる、有名な組み技である。ゴツン、と、石畳に頭を打ちつけ、コブラの身体がびくんと跳ねた。
   
  「『想起「ジェイク・ロバーツ」…天龍でもいいけど』
  「ア、アワワ…」

  その風貌からは、到底想像できない、さとりのスペシャルコンビネーションを目の当たりにし、寅丸とナズーリンは、心の底から、震えた。とは言え、さとりの様な、華奢で小さな少女が、見たことも聞いたことも無い殺人技の数々を、こうも容赦無く繰り出せば、大抵の者はそうなるはずだ。
 だが、その攻めは止むことなく、次いでさとりは、ダウンしたコブラの腹に、苛烈なストンピングを叩き込み始めた。
 あくまで無表情なさとり。されるがままのコブラ。
 
  「さぁお空、そろそろお終いよ。あなたのした事の重大さを、この技でとくと噛み締めなさい」

  さとりはストンピングを止め、ダウンしたコブラから一歩離れ、背筋を伸ばして敬礼をした。
 それは何ゆえの敬礼か。震え、抱き合っていた寅丸とナズーリンが首を傾げる。
 そして、その敬礼を見たコブラが、満足に動かぬ身体をばたばたと暴れさせ、大声で叫んだ。 

  「わ、わァアアアアア! さ、さと、さとり様ッッ! それは! それだけは勘弁して下さい!」
 「あら、おかしいわね…コブラがそんな弱音を吐くとは思えないけれど…」
 「い、いやだァアアア! それめっちゃ痛いからァアアアア!」
 「『想起「永田裕志」』…よいしょ、っと」
  
  脚と脚を交差させ、4の字の様に固める技と、同時に膝をも極める関節技。
 その二つを複合させる形で極められたコブラが、絶叫と共に震えた。

  「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいィイイイイイイ! もうしません! もうコブラの真似しませんからァアアアアアアアア!」
 「どうかしらね、半日もすれば忘れて、またやらかすんじゃないの。地底ならともかく、この地上でそんなことすれば、またあの紅白の巫女がすっ飛んでくるかもしれないわよ…」
 「アーーーーーーーーーー! ほんとに! 本当にもうしませんからーーーーーーーーー! お、折れるーーーーーーーーーー!」
 「私はねお空、家が爆発したのを怒っているんじゃないのよ。こいしや燐、勇儀やパルスィまでを危険な目に遭わせておいて、宇宙海賊気取っていなくなったことを怒っているの」
 「あがががが…ごめんなさ…い…許してください…」 
 「その場で謝っていれば、ここまで痛い思いをせずに済んだというのに…残念だわお空…私の躾がなってなかったのね…飼い主の責任はちゃんと、果たさないと」

  さとりの言い分は間違っていない。いかな妖怪であれ、ペットとして飼われている以上、他人に迷惑をかけた場合は、相応の罰を与えられねばならないだろう。
 少々、やり過ぎな感じもしないでもないが、家一軒爆発させ、なおかつ複数の人間を危険に晒したとあれば、それも致し方ないのかもしれない。  
 よって、コブラの必死の哀願も空しく、古明地式ナガタロックは緩まない。
 ギリギリと、足首が、膝が、悲鳴を上げ始める。 
 
  「う、うう…ごめんなざい…ゆるじでくだざい…さとり様…」 

  己のした事の後悔と、脚の激痛に、コブラ…空はとうとう、ぽろぽろと涙をこぼし、泣き声を上げ始める。大好きな主人が、ここまで怒るとは、予想していなかった、というのもあるのだろう。
 その様子を、流石に見かねたのか、白蓮がさとりの元に駆け寄り、肩を掴んだ。 

  「さとりさん、それ以上、いけない」
 「…は」

  白蓮のその言葉に、さとりは我に帰る。そして、極めていたナガタロックを解除した。
 激痛から解放されたコブラは、膝を抱くようにして寝転がり、ぶるぶると震えたまま、何度も何度も、小さな声で、ごめんなさいと、呟くばかりであった。
 
  恐るべきはその爆発力…たった今までのさとりなら、相手が泣くまで殴るのをやめなかっただろう。
 いや、もう泣いているが。



  日は傾き、暑さも大分、引いてきている。
 風鈴の音が、涼しげに響く客間に、地底からの使者たちと、僧侶達は集まっていた。

  「この度はとんだご迷惑を…」

  さとりは手をつき、深々と頭を下げる。普段、地底の仲間相手にはとる態度からは考えられない、謙虚な姿勢だ。
 残念すぎる性格の持ち主とはいえ、どうやら、社会的な常識までは失念していないようだ。
 白蓮はそんなさとりの手をとり、頭を上げるように、優しく言った。実際、何がしかの被害を被った訳ではないので、白蓮はさとり達を叱責するつもりは無いらしい。まあ、一輪のプライドについてはあとでなだめるとして、だが。

  「いえ、お気になさらず。アフロヘアも直ったみたいですし、霊烏路さんも無事で何よりです」

  無事と言うには若干語弊があるが、白蓮はあえて、膝を抱えて震えている空を見ず、そう言ってのける。
  
  「私の躾がなっていなかったせいです。今後、このような事が起こらぬよう、一層厳しくしていかないと」
 「ああ、いやいや…元気があるというのは、とても素晴らしいことだと思うので…どうか、やり過ぎぬように」
 「まあ、はい。よく覚えておきます」

 
  話は済み、地底よりの使者達は、僧侶達に見送られ、山門の前に立った。
 地霊殿が直るまで、古明地姉妹及び燐、空の4名は、勇儀のところに世話になるという。

  「では白蓮さん、お世話になりました」
 「いえ、とんでもない。落ち着いたら改めて、皆さんで遊びにいらして下さいね」
 「ああ、風呂はでっかくて気持ちいいしな!」
 「ま、気が向いたらそうするわ」
 「今度はつぶあん以外のお饅頭用意しておいてね、マミおばあちゃん!」
 「おばあちゃんでないと言うとろうが!」 

  口々に、別れの言葉を交し合うと、一行は夕焼けの空に飛び上がり、一路、風穴へと飛び去っていった。

 
  「…地底の方々というのは、ああも個性的なものなのでしょうか」
 「ど、どうでしょうね…それより聖、そろそろ夕飯の準備をしないと」
 「おお、そうだった。んじゃ星、買い物に付き合いな!」
 「こどくな~シ~ルエ~ッ…うごきだぁ~せぇ~ばぁ~…」
 「ナズーリン?」
 
  コブラ、いや、空の唄っていた歌が、口をついて出たのだろう。ナズーリンははっと我に帰ると、主人の尻をぱんと叩いて、そのまま本堂へと戻っていった。

  こうして、地霊殿と命蓮寺のファーストコンタクトは、終わりを告げたのだった。

  ○古明地さとり(5分12秒 ナガタロック)●コブラ
  (命蓮寺境内 観客4名)

  
 ・エピローグ  
 
  地底へと続く風穴を、一行は降りていく。
 飛べるだけの力は回復したらしく、勇儀、パルスィ、こいし、燐は、凄まじい速度で降下していた。
 一方、今回の騒ぎの犯人である空と、飼い主のさとりは、大分離れて、ゆっくりと飛んでいた。

  「どうしたのお空、早く戻ってご飯にしましょう」
 「…ごはん抜きでいい」
 「あら、どうして? お腹空いてないの?」
 「…皆に迷惑かけたから…」

  いつもは能天気な彼女が、しゅんとうなだれる様は、大変に珍しい。
 いかな鳥頭と言えど、己のしでかした事の重大さは、理解しているのだろう。加えて、さとりがあそこまで怒れば、そう言って反省するのも無理のないことと言えた。
 しかしさとりは、そんな空の頭を優しく撫でると、柔らかく、微笑んでみせた。

  「ちゃんと謝ったのだから、いいのよ。皆もわかってるわ」
 「でも…」
 「いいの。ね」
 「うん…」
 「よろしい。家が直ったら、またDVDを一緒に観ましょうね。円盤の方は金庫に入ってるから無事だし、機械の方も河童に頼んで直してもらうから」

  飼い主の優しい言葉に、沈んでいた表情を、喜びのそれへと変えた空が、満面の笑みで、頷く。
  
  「まだ観ていない、0083とか数字の入ったアニメがあったわね…あれが気になるわ。どんな話なのかしら…」
 「気になる!」
 
 
  そこで風穴は終わり、眼下に、旧都の明かりが、一面に広がっていた。
 湿気を含んだ風が、二人を包む。

  「ああ、何だか凄く久々に感じるわ…地底よ、私は帰ってきた! ってね」


  ~了~
    
 8作目になります。妙に長くなってしまいました…
 これは作品集170にある拙作「猫には向かない買い物」及び「鬼女だって恋したい」からの続編的なものとなっております。よろしかったらそちらもどうぞ。
 というか、ここにUPさせて頂いた作品は、何かしらリンクしているのですがw

 あと、いくつか好きな作家様の表現・場面をリスペクトさせていただいております。オリジナルには及ぶべくもありませんが…そこは一笑に付すのがよろしいかと。

 では、読んで頂いた全ての方に感謝を。何かありましたらコメントなどお待ちしております。
 次回作は神霊組の予定ですが…どうなるか。
ナイスガッツ寅造
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コメント



0.1030簡易評価
2.80名前が無い程度の能力削除
本当にコブラがきやがったwww
お燐が相変わらずキレてていいですね。
3.100名前が無い程度の能力削除
次はソロモンの悪夢に影響されて核をぶっぱなすんですね 分かります
5.100名前が無い程度の能力削除
一輪短気すぎwww空痛すぎwwwさとり強すぎwww
しかし一輪の短気さは珍しいレベル、Mに目覚めるくらい聖に折檻されそうwww
面白かったです、次も心待ちにしています。
8.100名前が無い程度の能力削除
寅ちゃんの可愛さとさとりんのステキさに全俺がヒュー!
泣いて素に戻ったお空も、やらかしたとは言え憎めないなぁ……だがまた核爆発する。ヌカ怖いでしょう。

ところでさとりん。
決め技はコブラツイストにしないの?
10.100名前が無い程度の能力削除
核爆発とか右手から発射とかのギミックがあるでーぶいでーは地霊殿には鬼門であるのか。
どいつもこいつもキレッキレで面白かったです。
11.80奇声を発する程度の能力削除
クセが満載で面白かったです
14.90名前が無い程度の能力削除
さりげなくソワカちゃん歌ってるじゃねぇかw
17.100名前が無い程度の能力削除
お燐相変わらずキレてやがるなw
程よい毒が味わい深かったです

僕の好きなMHは Aトールコブラちゃん! ヒューッ!
27.90名前が無い程度の能力削除
お燐の痛ましさがたまらなく愛おしい
ピッチピチなお空は黒いビニールのゴミ袋を連想させ、烏の趣をひしひしと感じさせます
31.80名前が無い程度の能力削除
お燐ちゃん
すっかりファーザーみたくなっちまって…
33.80名前が無い程度の能力削除
よし、幻想郷で観艦式をやりましょう。
35.90名前が無い程度の能力削除
さとりんコブラより強かったんすねぇ(違