うららかな午後の昼下がり。
地霊殿の主、古明地さとりは自室の安楽椅子に腰かけてゆったりとしていた。
その膝にはペットの燐が猫の姿で丸まってうたた寝中で、さとりは時折その頭を撫でていた。
いつまでも続くかと思われた平穏な時間。しかし、残酷にもそれは泡沫の夢であった。
20XX年、地霊殿は核の炎に包まれた……
「いや、何言ってるんですか?」
うおぉう!?
「何スットコな悲鳴をあげてるんです? それより貴方は誰ですか? それにどこに居るの? 姿くらい見せなさい」
え、もしかしてさとりさん、こちらの声が聞こえるんですか?
「ええ、はっきりと。まあ正確には第三の目で聞いているのだけれど。ともかく、隠れてないで出てきなさい。貴方は何者なの?」
ううん、えーっと……どこから説明したものか……
とりあえずさとりさん、貴女は読書は好まれますよね?
「まあ時々読むけど……それがどうしたというの?」
いいですかさとりさん。落ち着いて聞いてください。
本なんか読んでますと、誰かの台詞ではなく、登場人物の動きや心理を描写する文章がありますでしょ?
「所謂『地の文』ね……」
その通りです。
それで、ここが大事なんですけど、わたしの正体はその「地の文」なんです。だから姿なんてありません。
「………………は?」
ずいぶんと間を置かれましたね。それに意味不明だってそのお顔が物語っています。
まあ当然でしょう。わたし自身、いきなりこんなこと言っても理解されるとは思いません。
「そうね。わたしはどこかの妖怪がわたしをからかっているのだと考えたいわ」
至極まっとうなご意見です。
というわけで、わたしはこれからわたしが「地の文」であることを証明しようかなと思います。
「あら、どうやって?」
先ほども言いましたけど、「地の文」は登場人物の動きや心理を描写します。
つまりわたしは登場人物、ここではさとりさんの動きや心理を描写する鏡であり貴女の影なのです。
すなわち、わたしには貴女の考えていることが全てお見通しなわけです。
「それならわたしもできるのだけれど……」
まあとりあえず聞いてください。
いいですか。貴女は今、声の主があまりにも胡散臭くて、何とかして正体を暴こうと辺りを警戒している。
「その通りね」
図星でしょうに、ずいぶんと余裕そうな表情ですね。
ではこれでどうでしょう。貴女は正体を暴こうと必死に能力を駆使してわたしから情報を引き出そうとしている。
しかしそれと同時に困っている。嘘を見抜こうと心を読めば読むほど、嘘をついていないということが証明されてしまっている。ということは、本当に「地の文」なのではないかと焦っている。
「…………!?」
動揺が顔に浮き出始めましたね。
あ、ちなみにこういう描写だって「地の文」の仕事なんですよ。
「……認めざるを得ないようね。仮に貴方が覚り妖怪でわたしの心を読んでいたとしても、結局わたしにも心を読まれるから嘘のつきようもないし」
分かっていただけてありがたいです。
でもわたしだって最初から貴女なら理解してくれると信じてましたよ。だって、わたしは貴女の鏡で影なのですから。
「でもまだ分からないことだらけだから順を追って説明してくれないかしら? 予想外のこと過ぎて、貴方の心を読んでも整理がつかないの」
了解しました。ではもう少し具体的な説明を。
わたしたちは第三者の視点で登場する全てを書き表す、謂わば「神の視点」ともなる存在です。
そして登場人物たちは普通わたしたちを意識することはできません。神の姿を見ることは不可能なのですよ。
「それじゃあ、わたしたちは神の作った舞台の役者に過ぎないということなのかしら?」
いえ、それは分かりません。
「分からない? どうして?」
わたしたちは貴女達の鏡であり影。貴女達が何かを思い、行動するからこそ生まれる付随物です。
そのようなただの道具に過ぎないわたしたちも神の姿など見たことはありませんし、わたしたちが貴女達を描写する理由さえ知りません。そもそも神という言い方自体、単なる言葉の綾にすぎません。
ただ、わたしの立場から言えることは、主体はあくまで貴女達なのです。
「哲学的で難しいのね。これはとても解けそうにない。だから別の質問に移るわ。意志を持たず描写するだけの第三者、『神の視点』である貴方がどうしてわたしと会話しているのかしら? 貴方はただの道具なのでしょう?」
ごもっともです。
実はですね……
「実は?」
わたしたち「神の視点」はただひたすらに貴女達を描写するのが仕事なのですが、ある日ふと思ってしまったのです。
一度でいいから、ちょっとおふざけをしてみたいなあ、と。
「おふざけって?」
普段の描写の中に、わたしたちの手で色を加えてみたかったのです。
ただ描写するだけではない、それも突飛で支離滅裂とも言えそうなおふざけをぶち込む。
先ほどの「20XX年、地霊殿は核の炎に包まれた……」みたいな。
「……『神の視点』の考えることにはわたしの理解が及ばない」
心中お察しします。
というか、わたしには分かって当然ですね。
「貴方は鏡であり影だから、だったかしら?」
はい。ですので貴女のことはよく知っています。
生い立ちや今の生活から、好きな食べ物好きな景色、それに今日の下着の色から性感た……ハッ!?
「まさかとは思いますけど、それ以上言ったら貴方が『神の視点』であろうが何であろうがトラウマ掘り下げて殺しますよ? これからは第三の視点の代わりにわたしのモノローグをどうぞ」
も、勿論言いませんとも!
だからその殺気のこもった笑みとどす黒い感情を収めてください! ビクンビクンッ!
「……話が逸れてしまったわ。続きをお願い」
は、はい……
ゴホンッ! とまあ、そんな悪戯心をぼんやりと募らせていた所、協力者が現れましてね。
折角なので遊ばさせていただこうという次第ですよ。
「大体の把握はできたわ。理解はできそうにないけど。でもまだ答えてもらってないことがあるわね」
そうですね。どうしてわたしと貴女が会話できているのか。
これは普通に考えてありえません。わたしたちが少しふざけたくらいで貴女達が気付くはずもありません。姿も無く、声を発することも無いのですから。
だから考えたのですが、ひょっとしたら貴女の能力が関係しているのではないかと思います。
「わたしの能力?」
貴女の心を読む能力。それが、わたしの悪戯をしたいという意志を読み取ったのではないかと。
いつもならわたしたちは理由も意志も無くただ描写するだけ。貴女とて読むことは不可能でしょうが今は違う。
「なるほどね……」
まあ、憶測の域を出ないんですけどね。
でも実際こうやって会話しているわけですし、これはすごいことですよ。
「神の視点」との会話なんて、さとりさんネゴシエーターです。
「交渉人? どういう意味かしら?」
きゃすと いん ざ ねいむ おぶ ごっど いぇ のっと ぎるてぃ
「神の視点」の心を読む妖怪がいてもいい。自由とはそういうものです。
「ますます意味が分からないわ……」
心中お察しします。
何てったってわたしは……
「それはもういいわ。じゃあ次の質問。貴方さっきから『わたしたち』って言うけれど、それってもしかして……?」
貴女のお考えの通りなのです。
実はですね、全ての登場者にはもれなく一人ずつ「神の視点」がついているのです。
各々担当に分かれて描写してます。まあ結局同じ第三者視点なので違いなんて分かりゃしないんですけどね。
ともあれ「万物悉皆有仏性」ならぬ「万物悉皆有神視点」ということで。
「じゃあこの子……お燐にも?」
はい。
まあお燐さん担当の「神の視点」は、お燐さんが眠ってるから行動も心理もクソもない。だから何もやることがないってことで今は第三者として描写中です。貴女にも心は読めないでしょう。
「眠ることも立派な行為の一つだと思うのだけど。それに夢とか」
なんかそいつにはプライドがあるらしくてですね。
曰く「寝込みを襲うような真似、おれのジェントルマン精神が許さん!」とか。
「悪戯しようとしている時点でジェントルマン精神も何もない気がするわね」
考えたら負けです。もっと気楽に行きましょう。
「どうして貴方に諭されているのかしら……」
ああそんな頭を抱えないでください。
諭される覚り妖怪って、わたしは面白いダジャレだと思いましたよ!
「別に狙ってないわ」
あ、ごめんなさい。
「まあいいわ……それより心配なのだけれど、貴方達のお遊びで何か困ることはないの? 描写の変更がわたしたちに与える影響とか……」
それなら大丈夫ですよ。しつこいようですがわたしたちは鏡であり影。
鏡の装飾が変わった所で鏡に映るものは変わりませんし、影の形が変わってもそれは影の主に当たる光の角度が変わっただけ。
これも繰り返しですが、主体はあくまで貴女達なので、大した影響はありません。
「でも影響はあるのね……」
そんなにご不安なら他の担当の様子でもお聞きになりますか?
「できるの?」
わたしたち「神の視点」はつながっておりますので。
ちょちょいのちょいで他の担当者がどんな描写を行っているのか知ることができます。
「……嘘ではなさそうね。じゃあお願い」
かしこまりました~。
「……ずっと思ってるけど、貴方って恐ろしくノリが軽いのね」
はは、こうやって貴女とお話するのが楽しくてしょうがないもので。
会話ができるなんて夢にも思ってませんでしたから、他の担当者に自慢できますよ。
☆☆☆
博麗霊夢は縁側に座ってお茶を啜っていた。
何の変哲もない、平和な平和な日常の一ページ。
悲しむべくは、今啜っているこのお茶が節約のため出涸らしになった茶葉を無理に使っているものだということか。
「う~ん、お茶っぱ取り替えたばかりなのにやけに味が薄い……こともないか。気のせいかしらね」
☆☆☆
霧雨魔理沙は箒にまたがり、幻想郷の上空を飛びまわっていた。
高度はどんどん上がり、あの太陽にも届いてしまいそう。高度と一緒に気持ちも高まる。
きゃはは、うふふ、と笑みがこぼれた。
「あれ? 一定の高さで飛んでたはずだけど……別に高さは変わってないか。それより、一瞬だけど何か嫌なもん思い出しそうになった……のかな?」
☆☆☆
庭の手入れをしている最中、魂魄妖夢は西行妖を見上げ、ふと思いついた。
妖怪の鍛えた楼観剣に切れぬものなどあんまりない。ならばもしかして、西行妖の封印だってぶった切れるんじゃないか、と。
切って確かめろという祖父の言葉に習い、妖夢はそっと、刀の鞘に手を添えた。
「妖夢ー」
「ひゃああい!?」
「わっ、どうしたのよそんな大声出して? そんなことより、お香の蓄えが切れたんだけど買って来てくれないかしら?」
「は、はいただいま! ……さっきのは何だったんだろう。一瞬気が遠くなったような」
☆☆☆
天啓だった。これは確実に人々の信仰を集めることができる。
東風谷早苗は自分のすばらしき閃きに身を震わせ悶えた。
ずばり、諏訪子の使う鉄の輪を全部ドーナツにして人里の子どもたちに配れば信仰ウナギ登り間違いなし!
「諏訪子様! 今すごいこと思いついたんですが……って、あれ?」
「んー? どうしたの早苗?」
「あっれー? 確かに今何か思いついて諏訪子様にお話ししようとしたはずなんですが……」
「……もしかしてその年でボケ?」
☆☆☆
紅茶は英語でブラックティー。
レミリアのための紅茶を淹れている十六夜咲夜は、そんなことを考えながら手を動かしていた。
当時の英語圏の人々にはこれがブラックに見えたのだろうか。でも漢字圏では紅に見えていたわけで。認識の差だろうか。
黒、紅、黒、紅、黒、紅、黒、紅、黒紅黒紅黒紅黒紅黒紅黒紅……………………
「……熱っ! ああ、ぼーっとしていたらお嬢様の黒茶、じゃなくて紅茶が!」
☆☆☆
竹林を散歩していたら、藤原紅妹は偶然にも、同じく散歩していた輝夜に出くわした。
折角だから少し話でもするかと声をかけようとしたとき、妹紅の体が硬直した。
なんと声をかけるか、二通りの案が出てきて戸惑ってしまったのである。
一つ目はシンプルに「今夜の決闘はわたしが勝つからな!」というもの。
もう一つはフレンドリーに瞳をうるうるさせながら「ねえ輝夜ぁ。これから輝夜のこと『かぐたん』って呼んでもいい? わたしのことは『もこたん』って呼んでねっ☆」といった具合。
「…………!!?」
「ちょっと妹紅。さっきから何黙ってるのよ」
「あ、いや……一瞬だけ、本当に一瞬だけ、背筋の凍るようなことが頭に浮かんだ気がして……」
「何それ? そんなんじゃ今夜の勝ちは貰ったも同然……ってうわ、ひどい汗」
「ああ……精神的に何か大切なものを失ってしまいそうな、恐ろしい片鱗を味わった……」
☆☆☆
豊聡耳神子は少し悩み事をしていた。
何かといざこざのある聖白蓮には「いざ、南無三!」という集団の長としてかっこいいキャッチフレーズがある。
しかし同じく集団の長である自分にはそういった端的で特徴的なものが無い。そこが悩ましい。
考えに考え、悩みに悩み抜いて、神子は一つの答えを導き出した。
自分の能力は他人の欲望を知ることもできるのだ。欲望、執念を……
「……執念が足りんぞ」
「太子様、何かおっしゃいましたか?」
「ああ布都……え? わたし何か言いましたか?」
「いえ、こちらの聞き違いかも知れません。どうかお気になさらず」
「……確かに、自分でも何か言ったような気が」
☆☆☆
ものすごい発明である。守矢のエネルギー革命など比では無い。
この発明が幻想郷中に広まれば、それはいずれ幻想郷を根本から覆しかねない。
そんな大発明を、この谷河童の河城にとり、たった一人でやり遂げたのである。
「あれ!? 確かに世紀の大発明をした気がするのにちっとも思い出せない! ああ何だこれ!? 思い出せ! 思い出せ河城にとりいいぃ!!」
☆☆☆
…………ねっ、大した影響なんか無かったでしょう?
「今の微妙な間は、影響力が予想以上に大きかったことへの驚きと受け取っておくわ」
はい。完全に予想以上でした。
「女の子はみんな感受性豊かなのよ。些細な変化でも敏感なの。まあ、一部危うい内容はあったもののそれが現実になる兆候は見られなかったから良しとするわ」
恐縮です。いやあ、それにしてもみんなギャグ路線中心にはっちゃけてますね。驚愕ですよ。
「わたしは貴方も同じくらいはっちゃけてるように思うわ。まあそれは置いといて、次が最後の質問よ」
はいは~い。
「……この異変はいつになったら収まるのかしら?」
ああ、ついにそれ聞いちゃいますか。
来るぞ来るぞとは思っていたんですが、いざ本当に来ると怖いですねえ。
「起きた異変はいずれ収まるのが幻想郷のルール。そして今回のことも立派な異変。いつかは終わるだろうけど見当がつかない。一週間くらい?」
そんなにかかりません。担当ごとに誤差はありますが、今日中には全部消えてなくなります。そういう約束ですから。
かく言うわたし自身、もうそんなに長くないんですよ。あと数分くらい。
「これはまた突然ね」
ええ。ですから消えてしまう前に、最後に最高の「地の文」を作り上げたいですね。
お喋りに夢中になって、そのことをすっかり忘れてしまっていました。
「それはそれはごめんなさい。わたしのせいね」
いいんですよ。これはこれでとっても楽しかったんですよ。
どうもありがとうございましたわば!!?
「こ、今度は何!?」
慌てたさとりは、しかしながらその原因をすぐに理解した。
いつの間にやら開いていた扉の前に立っている少女の姿を見て。
「えへへ。お姉ちゃんただいま~」
「こいし!?」
一般の人間には意識することのできない「神の視点」たち。
しかし、意識などもとより関係ない少女がいたことを、実の妹ながらさとりは失念していた。
無意識を操る少女が無意識のうちに扉を開き、意識することのできないはず世界に介入して「神の視点」に扉を直撃させてしまったのだ。さとりはそう推測した。
というか「神の視点」は扉の辺りに居たのか。
「はいこれお土産。それじゃあまた遊んでくるね~」
「あ、ちょっと待ちなさい!」
さとりが大きな声を出しても、一瞬見えたのは妹の後姿だけ。廊下を曲がったのか、すぐに見失ってしまった。
ふと、手の中に何かの感触を覚えた。確か妹はお土産と言っていた。
「これは……」
手の中には、何とも可愛らしい髪飾り。
さとりは優しい笑みを浮かべながらその髪飾りを眺めた。
心を閉ざし、姉である自分さえときに理解できない妹。その妹を、さとりは心のどこかで恐れていた。
しかし
「こいし……」
優しい笑みを廊下の方へ向ける。妹の姿はとうにない。
それでもさとりは微笑みを浮かべ続けた。
心のどこかで恐れていた妹。その妹に対して同じくらい、いやそれ以上に、さとりは妹のことを愛していたのだ。
穏やかな心のまま、さとりは膝の上に眠る燐を柔らかく撫でた。
……ってな具合でどうです? 感動的な「地の文」じゃありませんでしたか?
「……最後の言葉が無ければ、満足のいくものだったわ」
あうう、これはどうにも手厳しい。でも貴女の顔が幸せそうなのは確かですね。
おっと、それじゃ、本当にもう時間なんで消えますね。これからはまた仕事に励みます。
楽しかったです。さようなら~。
「さようなら。こちらも楽しかったわ」
気休めばかりに手を振るさとりへの返事はもうなかった。
第三の目を通してずっと感じ続けてきた気配も、まるっきり消え去っていた。第三者として、意志を持たずに描写を続ける「神の視点」へと戻ったのだろう。
そのかわり、「神の視点」に気をとられるあまり先ほどまで感知しきれていなかった気配を、今度ははっきりと確認した。
「覗きですか? ずいぶんと趣味の悪いことをなさいますね。八雲紫さん?」
「心の中を覗く貴女よりは幾分かマシかと思いますわ」
「ドングリの背比べとは、こういうことを言うのかもしれませんね」
さとりが後ろに振り返ると、スキマから出てくる八雲紫の姿を見た。
その光景にさとりは眉ひとつ動かさず、冷静に話を続ける。
「まどろっこしいのは嫌なので本題に移ります。今回の騒動の原因は貴女ですね? 『神の視点』が言っていた『協力者』、『約束』という言葉。その言葉の裏に、貴女についての記憶がまとわりついてましたので」
「ピンポ~ン。当たりよ」
やることなすこと全てが胡散臭い。さとりは心の底からそう感じた。
正直に言って非常にめんどくさい。しかしこのようなめんどくさいことも、避けられないときはある。
さとりは軽く深呼吸して、覚悟を決める。
「この前ぶらりスキマ旅行をしていましたら、悩める『神の視点』に出会いましたわ。これは是非に協力したいと思いましたの。それでスキマを少し弄らせてもらいました」
「その見返りは?」
「そうねえ、どうお伝えしましょうか……」
八雲紫は、顎に手を当ててどう説明しようか考えた。
その姿はまさに妖怪の賢者と呼ぶにふさわしく、理知的で神々しい。
しかし、その少女の横顔はまさに硝子細工のように繊細で、触れれば壊れてしまいそうなほど儚い。
賢者の神々しさと少女の儚さを抱いたその姿は、何者をも魅了する不思議な色香をはなっていた。
「はいダウト」
「ええ!? 一体どういうことです?」
驚き慌てる八雲紫であったが、その中にあって持ち前の気品というものは一切失われていなかった。
むしろ驚きの表情が気品の中に一瞬のもろさを垣間見せることによって、八雲紫の魅力が一層引き立てられ……
「だから! さっきから貴女について回っている、貴女をおだてる気満々の『地の文』です! 貴女『神の視点』に協力する代わりに、自分担当の『地の文』は自分のことを賛美するように取引しましたね?」
「さあ何のことかしら?」
自分に対して嘘をついても無駄だと、さとりは語気を強める。
一方それに対し八雲紫は動じない。圧倒的不利な立場にあれどなお余裕の表情を崩さないところにこそ、妖怪の賢者としての彼女の器量が……
「いい加減にしなさい!」
「にゃあ~~ん」
主人と客人が騒がしくなってきたところで、お燐は大きな欠伸をしてようやく目を覚ました。
そして目を開いて最初に写ったものは、主人の怖い目つきと、客人の余裕しゃくしゃくの顔。
それらを見て、ああこれはめんどくさそうだと直感したお燐は、ひょいっと主人の膝から降りて、そそくさと退散した。
流石はお燐、わたしには到底できないことを平気でやってのける。そこに痺れる憧れる!
と、念願のお燐賛美を終えたところでわたしも失礼します。しめはお燐担当、ジェントルマン「神の視点」が務めさせていただきました。
地霊殿の主、古明地さとりは自室の安楽椅子に腰かけてゆったりとしていた。
その膝にはペットの燐が猫の姿で丸まってうたた寝中で、さとりは時折その頭を撫でていた。
いつまでも続くかと思われた平穏な時間。しかし、残酷にもそれは泡沫の夢であった。
20XX年、地霊殿は核の炎に包まれた……
「いや、何言ってるんですか?」
うおぉう!?
「何スットコな悲鳴をあげてるんです? それより貴方は誰ですか? それにどこに居るの? 姿くらい見せなさい」
え、もしかしてさとりさん、こちらの声が聞こえるんですか?
「ええ、はっきりと。まあ正確には第三の目で聞いているのだけれど。ともかく、隠れてないで出てきなさい。貴方は何者なの?」
ううん、えーっと……どこから説明したものか……
とりあえずさとりさん、貴女は読書は好まれますよね?
「まあ時々読むけど……それがどうしたというの?」
いいですかさとりさん。落ち着いて聞いてください。
本なんか読んでますと、誰かの台詞ではなく、登場人物の動きや心理を描写する文章がありますでしょ?
「所謂『地の文』ね……」
その通りです。
それで、ここが大事なんですけど、わたしの正体はその「地の文」なんです。だから姿なんてありません。
「………………は?」
ずいぶんと間を置かれましたね。それに意味不明だってそのお顔が物語っています。
まあ当然でしょう。わたし自身、いきなりこんなこと言っても理解されるとは思いません。
「そうね。わたしはどこかの妖怪がわたしをからかっているのだと考えたいわ」
至極まっとうなご意見です。
というわけで、わたしはこれからわたしが「地の文」であることを証明しようかなと思います。
「あら、どうやって?」
先ほども言いましたけど、「地の文」は登場人物の動きや心理を描写します。
つまりわたしは登場人物、ここではさとりさんの動きや心理を描写する鏡であり貴女の影なのです。
すなわち、わたしには貴女の考えていることが全てお見通しなわけです。
「それならわたしもできるのだけれど……」
まあとりあえず聞いてください。
いいですか。貴女は今、声の主があまりにも胡散臭くて、何とかして正体を暴こうと辺りを警戒している。
「その通りね」
図星でしょうに、ずいぶんと余裕そうな表情ですね。
ではこれでどうでしょう。貴女は正体を暴こうと必死に能力を駆使してわたしから情報を引き出そうとしている。
しかしそれと同時に困っている。嘘を見抜こうと心を読めば読むほど、嘘をついていないということが証明されてしまっている。ということは、本当に「地の文」なのではないかと焦っている。
「…………!?」
動揺が顔に浮き出始めましたね。
あ、ちなみにこういう描写だって「地の文」の仕事なんですよ。
「……認めざるを得ないようね。仮に貴方が覚り妖怪でわたしの心を読んでいたとしても、結局わたしにも心を読まれるから嘘のつきようもないし」
分かっていただけてありがたいです。
でもわたしだって最初から貴女なら理解してくれると信じてましたよ。だって、わたしは貴女の鏡で影なのですから。
「でもまだ分からないことだらけだから順を追って説明してくれないかしら? 予想外のこと過ぎて、貴方の心を読んでも整理がつかないの」
了解しました。ではもう少し具体的な説明を。
わたしたちは第三者の視点で登場する全てを書き表す、謂わば「神の視点」ともなる存在です。
そして登場人物たちは普通わたしたちを意識することはできません。神の姿を見ることは不可能なのですよ。
「それじゃあ、わたしたちは神の作った舞台の役者に過ぎないということなのかしら?」
いえ、それは分かりません。
「分からない? どうして?」
わたしたちは貴女達の鏡であり影。貴女達が何かを思い、行動するからこそ生まれる付随物です。
そのようなただの道具に過ぎないわたしたちも神の姿など見たことはありませんし、わたしたちが貴女達を描写する理由さえ知りません。そもそも神という言い方自体、単なる言葉の綾にすぎません。
ただ、わたしの立場から言えることは、主体はあくまで貴女達なのです。
「哲学的で難しいのね。これはとても解けそうにない。だから別の質問に移るわ。意志を持たず描写するだけの第三者、『神の視点』である貴方がどうしてわたしと会話しているのかしら? 貴方はただの道具なのでしょう?」
ごもっともです。
実はですね……
「実は?」
わたしたち「神の視点」はただひたすらに貴女達を描写するのが仕事なのですが、ある日ふと思ってしまったのです。
一度でいいから、ちょっとおふざけをしてみたいなあ、と。
「おふざけって?」
普段の描写の中に、わたしたちの手で色を加えてみたかったのです。
ただ描写するだけではない、それも突飛で支離滅裂とも言えそうなおふざけをぶち込む。
先ほどの「20XX年、地霊殿は核の炎に包まれた……」みたいな。
「……『神の視点』の考えることにはわたしの理解が及ばない」
心中お察しします。
というか、わたしには分かって当然ですね。
「貴方は鏡であり影だから、だったかしら?」
はい。ですので貴女のことはよく知っています。
生い立ちや今の生活から、好きな食べ物好きな景色、それに今日の下着の色から性感た……ハッ!?
「まさかとは思いますけど、それ以上言ったら貴方が『神の視点』であろうが何であろうがトラウマ掘り下げて殺しますよ? これからは第三の視点の代わりにわたしのモノローグをどうぞ」
も、勿論言いませんとも!
だからその殺気のこもった笑みとどす黒い感情を収めてください! ビクンビクンッ!
「……話が逸れてしまったわ。続きをお願い」
は、はい……
ゴホンッ! とまあ、そんな悪戯心をぼんやりと募らせていた所、協力者が現れましてね。
折角なので遊ばさせていただこうという次第ですよ。
「大体の把握はできたわ。理解はできそうにないけど。でもまだ答えてもらってないことがあるわね」
そうですね。どうしてわたしと貴女が会話できているのか。
これは普通に考えてありえません。わたしたちが少しふざけたくらいで貴女達が気付くはずもありません。姿も無く、声を発することも無いのですから。
だから考えたのですが、ひょっとしたら貴女の能力が関係しているのではないかと思います。
「わたしの能力?」
貴女の心を読む能力。それが、わたしの悪戯をしたいという意志を読み取ったのではないかと。
いつもならわたしたちは理由も意志も無くただ描写するだけ。貴女とて読むことは不可能でしょうが今は違う。
「なるほどね……」
まあ、憶測の域を出ないんですけどね。
でも実際こうやって会話しているわけですし、これはすごいことですよ。
「神の視点」との会話なんて、さとりさんネゴシエーターです。
「交渉人? どういう意味かしら?」
きゃすと いん ざ ねいむ おぶ ごっど いぇ のっと ぎるてぃ
「神の視点」の心を読む妖怪がいてもいい。自由とはそういうものです。
「ますます意味が分からないわ……」
心中お察しします。
何てったってわたしは……
「それはもういいわ。じゃあ次の質問。貴方さっきから『わたしたち』って言うけれど、それってもしかして……?」
貴女のお考えの通りなのです。
実はですね、全ての登場者にはもれなく一人ずつ「神の視点」がついているのです。
各々担当に分かれて描写してます。まあ結局同じ第三者視点なので違いなんて分かりゃしないんですけどね。
ともあれ「万物悉皆有仏性」ならぬ「万物悉皆有神視点」ということで。
「じゃあこの子……お燐にも?」
はい。
まあお燐さん担当の「神の視点」は、お燐さんが眠ってるから行動も心理もクソもない。だから何もやることがないってことで今は第三者として描写中です。貴女にも心は読めないでしょう。
「眠ることも立派な行為の一つだと思うのだけど。それに夢とか」
なんかそいつにはプライドがあるらしくてですね。
曰く「寝込みを襲うような真似、おれのジェントルマン精神が許さん!」とか。
「悪戯しようとしている時点でジェントルマン精神も何もない気がするわね」
考えたら負けです。もっと気楽に行きましょう。
「どうして貴方に諭されているのかしら……」
ああそんな頭を抱えないでください。
諭される覚り妖怪って、わたしは面白いダジャレだと思いましたよ!
「別に狙ってないわ」
あ、ごめんなさい。
「まあいいわ……それより心配なのだけれど、貴方達のお遊びで何か困ることはないの? 描写の変更がわたしたちに与える影響とか……」
それなら大丈夫ですよ。しつこいようですがわたしたちは鏡であり影。
鏡の装飾が変わった所で鏡に映るものは変わりませんし、影の形が変わってもそれは影の主に当たる光の角度が変わっただけ。
これも繰り返しですが、主体はあくまで貴女達なので、大した影響はありません。
「でも影響はあるのね……」
そんなにご不安なら他の担当の様子でもお聞きになりますか?
「できるの?」
わたしたち「神の視点」はつながっておりますので。
ちょちょいのちょいで他の担当者がどんな描写を行っているのか知ることができます。
「……嘘ではなさそうね。じゃあお願い」
かしこまりました~。
「……ずっと思ってるけど、貴方って恐ろしくノリが軽いのね」
はは、こうやって貴女とお話するのが楽しくてしょうがないもので。
会話ができるなんて夢にも思ってませんでしたから、他の担当者に自慢できますよ。
☆☆☆
博麗霊夢は縁側に座ってお茶を啜っていた。
何の変哲もない、平和な平和な日常の一ページ。
悲しむべくは、今啜っているこのお茶が節約のため出涸らしになった茶葉を無理に使っているものだということか。
「う~ん、お茶っぱ取り替えたばかりなのにやけに味が薄い……こともないか。気のせいかしらね」
☆☆☆
霧雨魔理沙は箒にまたがり、幻想郷の上空を飛びまわっていた。
高度はどんどん上がり、あの太陽にも届いてしまいそう。高度と一緒に気持ちも高まる。
きゃはは、うふふ、と笑みがこぼれた。
「あれ? 一定の高さで飛んでたはずだけど……別に高さは変わってないか。それより、一瞬だけど何か嫌なもん思い出しそうになった……のかな?」
☆☆☆
庭の手入れをしている最中、魂魄妖夢は西行妖を見上げ、ふと思いついた。
妖怪の鍛えた楼観剣に切れぬものなどあんまりない。ならばもしかして、西行妖の封印だってぶった切れるんじゃないか、と。
切って確かめろという祖父の言葉に習い、妖夢はそっと、刀の鞘に手を添えた。
「妖夢ー」
「ひゃああい!?」
「わっ、どうしたのよそんな大声出して? そんなことより、お香の蓄えが切れたんだけど買って来てくれないかしら?」
「は、はいただいま! ……さっきのは何だったんだろう。一瞬気が遠くなったような」
☆☆☆
天啓だった。これは確実に人々の信仰を集めることができる。
東風谷早苗は自分のすばらしき閃きに身を震わせ悶えた。
ずばり、諏訪子の使う鉄の輪を全部ドーナツにして人里の子どもたちに配れば信仰ウナギ登り間違いなし!
「諏訪子様! 今すごいこと思いついたんですが……って、あれ?」
「んー? どうしたの早苗?」
「あっれー? 確かに今何か思いついて諏訪子様にお話ししようとしたはずなんですが……」
「……もしかしてその年でボケ?」
☆☆☆
紅茶は英語でブラックティー。
レミリアのための紅茶を淹れている十六夜咲夜は、そんなことを考えながら手を動かしていた。
当時の英語圏の人々にはこれがブラックに見えたのだろうか。でも漢字圏では紅に見えていたわけで。認識の差だろうか。
黒、紅、黒、紅、黒、紅、黒、紅、黒紅黒紅黒紅黒紅黒紅黒紅……………………
「……熱っ! ああ、ぼーっとしていたらお嬢様の黒茶、じゃなくて紅茶が!」
☆☆☆
竹林を散歩していたら、藤原紅妹は偶然にも、同じく散歩していた輝夜に出くわした。
折角だから少し話でもするかと声をかけようとしたとき、妹紅の体が硬直した。
なんと声をかけるか、二通りの案が出てきて戸惑ってしまったのである。
一つ目はシンプルに「今夜の決闘はわたしが勝つからな!」というもの。
もう一つはフレンドリーに瞳をうるうるさせながら「ねえ輝夜ぁ。これから輝夜のこと『かぐたん』って呼んでもいい? わたしのことは『もこたん』って呼んでねっ☆」といった具合。
「…………!!?」
「ちょっと妹紅。さっきから何黙ってるのよ」
「あ、いや……一瞬だけ、本当に一瞬だけ、背筋の凍るようなことが頭に浮かんだ気がして……」
「何それ? そんなんじゃ今夜の勝ちは貰ったも同然……ってうわ、ひどい汗」
「ああ……精神的に何か大切なものを失ってしまいそうな、恐ろしい片鱗を味わった……」
☆☆☆
豊聡耳神子は少し悩み事をしていた。
何かといざこざのある聖白蓮には「いざ、南無三!」という集団の長としてかっこいいキャッチフレーズがある。
しかし同じく集団の長である自分にはそういった端的で特徴的なものが無い。そこが悩ましい。
考えに考え、悩みに悩み抜いて、神子は一つの答えを導き出した。
自分の能力は他人の欲望を知ることもできるのだ。欲望、執念を……
「……執念が足りんぞ」
「太子様、何かおっしゃいましたか?」
「ああ布都……え? わたし何か言いましたか?」
「いえ、こちらの聞き違いかも知れません。どうかお気になさらず」
「……確かに、自分でも何か言ったような気が」
☆☆☆
ものすごい発明である。守矢のエネルギー革命など比では無い。
この発明が幻想郷中に広まれば、それはいずれ幻想郷を根本から覆しかねない。
そんな大発明を、この谷河童の河城にとり、たった一人でやり遂げたのである。
「あれ!? 確かに世紀の大発明をした気がするのにちっとも思い出せない! ああ何だこれ!? 思い出せ! 思い出せ河城にとりいいぃ!!」
☆☆☆
…………ねっ、大した影響なんか無かったでしょう?
「今の微妙な間は、影響力が予想以上に大きかったことへの驚きと受け取っておくわ」
はい。完全に予想以上でした。
「女の子はみんな感受性豊かなのよ。些細な変化でも敏感なの。まあ、一部危うい内容はあったもののそれが現実になる兆候は見られなかったから良しとするわ」
恐縮です。いやあ、それにしてもみんなギャグ路線中心にはっちゃけてますね。驚愕ですよ。
「わたしは貴方も同じくらいはっちゃけてるように思うわ。まあそれは置いといて、次が最後の質問よ」
はいは~い。
「……この異変はいつになったら収まるのかしら?」
ああ、ついにそれ聞いちゃいますか。
来るぞ来るぞとは思っていたんですが、いざ本当に来ると怖いですねえ。
「起きた異変はいずれ収まるのが幻想郷のルール。そして今回のことも立派な異変。いつかは終わるだろうけど見当がつかない。一週間くらい?」
そんなにかかりません。担当ごとに誤差はありますが、今日中には全部消えてなくなります。そういう約束ですから。
かく言うわたし自身、もうそんなに長くないんですよ。あと数分くらい。
「これはまた突然ね」
ええ。ですから消えてしまう前に、最後に最高の「地の文」を作り上げたいですね。
お喋りに夢中になって、そのことをすっかり忘れてしまっていました。
「それはそれはごめんなさい。わたしのせいね」
いいんですよ。これはこれでとっても楽しかったんですよ。
どうもありがとうございましたわば!!?
「こ、今度は何!?」
慌てたさとりは、しかしながらその原因をすぐに理解した。
いつの間にやら開いていた扉の前に立っている少女の姿を見て。
「えへへ。お姉ちゃんただいま~」
「こいし!?」
一般の人間には意識することのできない「神の視点」たち。
しかし、意識などもとより関係ない少女がいたことを、実の妹ながらさとりは失念していた。
無意識を操る少女が無意識のうちに扉を開き、意識することのできないはず世界に介入して「神の視点」に扉を直撃させてしまったのだ。さとりはそう推測した。
というか「神の視点」は扉の辺りに居たのか。
「はいこれお土産。それじゃあまた遊んでくるね~」
「あ、ちょっと待ちなさい!」
さとりが大きな声を出しても、一瞬見えたのは妹の後姿だけ。廊下を曲がったのか、すぐに見失ってしまった。
ふと、手の中に何かの感触を覚えた。確か妹はお土産と言っていた。
「これは……」
手の中には、何とも可愛らしい髪飾り。
さとりは優しい笑みを浮かべながらその髪飾りを眺めた。
心を閉ざし、姉である自分さえときに理解できない妹。その妹を、さとりは心のどこかで恐れていた。
しかし
「こいし……」
優しい笑みを廊下の方へ向ける。妹の姿はとうにない。
それでもさとりは微笑みを浮かべ続けた。
心のどこかで恐れていた妹。その妹に対して同じくらい、いやそれ以上に、さとりは妹のことを愛していたのだ。
穏やかな心のまま、さとりは膝の上に眠る燐を柔らかく撫でた。
……ってな具合でどうです? 感動的な「地の文」じゃありませんでしたか?
「……最後の言葉が無ければ、満足のいくものだったわ」
あうう、これはどうにも手厳しい。でも貴女の顔が幸せそうなのは確かですね。
おっと、それじゃ、本当にもう時間なんで消えますね。これからはまた仕事に励みます。
楽しかったです。さようなら~。
「さようなら。こちらも楽しかったわ」
気休めばかりに手を振るさとりへの返事はもうなかった。
第三の目を通してずっと感じ続けてきた気配も、まるっきり消え去っていた。第三者として、意志を持たずに描写を続ける「神の視点」へと戻ったのだろう。
そのかわり、「神の視点」に気をとられるあまり先ほどまで感知しきれていなかった気配を、今度ははっきりと確認した。
「覗きですか? ずいぶんと趣味の悪いことをなさいますね。八雲紫さん?」
「心の中を覗く貴女よりは幾分かマシかと思いますわ」
「ドングリの背比べとは、こういうことを言うのかもしれませんね」
さとりが後ろに振り返ると、スキマから出てくる八雲紫の姿を見た。
その光景にさとりは眉ひとつ動かさず、冷静に話を続ける。
「まどろっこしいのは嫌なので本題に移ります。今回の騒動の原因は貴女ですね? 『神の視点』が言っていた『協力者』、『約束』という言葉。その言葉の裏に、貴女についての記憶がまとわりついてましたので」
「ピンポ~ン。当たりよ」
やることなすこと全てが胡散臭い。さとりは心の底からそう感じた。
正直に言って非常にめんどくさい。しかしこのようなめんどくさいことも、避けられないときはある。
さとりは軽く深呼吸して、覚悟を決める。
「この前ぶらりスキマ旅行をしていましたら、悩める『神の視点』に出会いましたわ。これは是非に協力したいと思いましたの。それでスキマを少し弄らせてもらいました」
「その見返りは?」
「そうねえ、どうお伝えしましょうか……」
八雲紫は、顎に手を当ててどう説明しようか考えた。
その姿はまさに妖怪の賢者と呼ぶにふさわしく、理知的で神々しい。
しかし、その少女の横顔はまさに硝子細工のように繊細で、触れれば壊れてしまいそうなほど儚い。
賢者の神々しさと少女の儚さを抱いたその姿は、何者をも魅了する不思議な色香をはなっていた。
「はいダウト」
「ええ!? 一体どういうことです?」
驚き慌てる八雲紫であったが、その中にあって持ち前の気品というものは一切失われていなかった。
むしろ驚きの表情が気品の中に一瞬のもろさを垣間見せることによって、八雲紫の魅力が一層引き立てられ……
「だから! さっきから貴女について回っている、貴女をおだてる気満々の『地の文』です! 貴女『神の視点』に協力する代わりに、自分担当の『地の文』は自分のことを賛美するように取引しましたね?」
「さあ何のことかしら?」
自分に対して嘘をついても無駄だと、さとりは語気を強める。
一方それに対し八雲紫は動じない。圧倒的不利な立場にあれどなお余裕の表情を崩さないところにこそ、妖怪の賢者としての彼女の器量が……
「いい加減にしなさい!」
「にゃあ~~ん」
主人と客人が騒がしくなってきたところで、お燐は大きな欠伸をしてようやく目を覚ました。
そして目を開いて最初に写ったものは、主人の怖い目つきと、客人の余裕しゃくしゃくの顔。
それらを見て、ああこれはめんどくさそうだと直感したお燐は、ひょいっと主人の膝から降りて、そそくさと退散した。
流石はお燐、わたしには到底できないことを平気でやってのける。そこに痺れる憧れる!
と、念願のお燐賛美を終えたところでわたしも失礼します。しめはお燐担当、ジェントルマン「神の視点」が務めさせていただきました。
メタは嫌いじゃないですが、書き手がメタについて完璧に把握していないと作品自体が意味不明になる危険を孕んでいますね。
冒頭で早々にネタばらしをせずに、この声は何者かみたいなサスペンス風にするとかやり方はいくらでもあるが、いずれにせよメタネタは扱いが難しい。
ですがただの一発芸、という感じも無きにしもあらずというか。そのうえお話の都合上仕方がないとはいえ多々テンポがわるくなって面白みが半減してる部分も。
面白かったです。誰がなんと言おうと面白かったんです。仕方ないじゃない
いつものトローロンクオリティが欲しかったです
だけどなんか面白さが足りない
こいし、紫と登場が唐突すぎて帳尻合わせの印象を受ける。伏線とかで物語の繋がりができてくると面白くなりそう