朝だ、というのに暑さでゆだる。そんな感覚の中、寅丸星ははっと目を開けた。
じっとりとした肌の感覚と共に、障子戸から照らされる日の光。見慣れた天井が目に入る。
ああ日常、まったくもって日常だ。
そんなどうでも良い感慨を抱きながら、星はいまだ布団の上、ごろりと体を右に向ける。
「おはようございます、星。今日も一日がんばりましょう」
すると目の前に、舟幽霊、村紗水蜜のにやけた笑顔が出現した。
――ああ日常、どうしようもないほどに、日常だ。
「おはようございます水蜜。聞きましょう、今日はどうしてここにいるのです?」
「星は命蓮寺において祀られる存在です。ならば朝のご奉仕にと馳せ参じるのが当然ではありませんか」
「なるほど、わかりました」
ならば日常を続行するしかあるまい。
「では失礼して」
そう決意して、寝巻きの裾に頭を突っ込んでこようとする水蜜を見下ろしながら、寅丸星は拳を握り締める。
どごす、と、今日も打撃音が命蓮寺の朝を告げた。
『みなみつ!~日常編~』
命蓮寺の住職、聖白蓮はいつもどおりの寺の様子を見て、満足げに本堂へと移動していた。
「今日も命蓮寺は平和です」
「姐さん事件です」
「えっ」
突如彼女の元に報告に現れたのは、入道使いの雲居一輪。
その様子に驚きながら、白蓮は一輪に子細を尋ねる。
「事件って、何ですか?」
「寅丸の下着が盗まれました」
「なんだ、いつもどおり平和ではありませんか」
「えっ」
「えっ」
*
「あっ……はぁん! んっ……はぁん!」
「なんて声出しながら水撒きしてるんですか……」
ばっしゃばっしゃと景気良く水をまく水蜜のあまりにあまりな掛け声に、星は慌てて注意しにやってきた。
「実は水を切らせておりまして。響子さんが汲みに行ってくれているのですが」
「水蜜なら別に水には困らないでしょうに」
星が不思議がると、水蜜はちちちと指を振る。
「私の専門は水難事故です。どんな場所でも水難事故は起こせますが、事故と結び付けられないと水は出せないのですよ」
「そうだったのですか。で、それとこの声と何の関係が」
「ですから、代わりに私が星を想う事によって生成される水分をですね」
「おいやめろ」
*
「くそっ、しかもこやつ、いつの間に私のサラシを!」
「すみません、この手が勝手に」
証拠を回収した星が説教すると、水蜜はあまり反省していないようなセリフを言いながら、しゅんとうなだれた。
「この手が……くっ、静まってください私の左腕……!」(もみもみ)
「ぎゃああああああああ!」
どごす
「お静まりになりましたか?」
「お静まりましたです」
ぷしゅーと煙を立ててたんこぶを膨らせながら、水蜜が震え畏まっていると、
「ただいま戻りましたー!」
水を汲みに行った響子がトテトテと戻ってきた。そして星を見るとぴたりと立ち止まる。
「あっ! 寅丸さん! あの……その、村紗さんから色々とお話をぉ……」
「なぜ赤くなる。何を話した。ねえ」
*
「ふふふ……」
皆がわいわいやっていると、不意に上方から不適な笑い声が聞こえた。
「ムラサ敗れたり!」
鳥居の上に立っているのは、奇怪な羽を持つ少女。
「お前は……………………えーっと、正体不明の人!」
「そう、私は正体不明の人!」
正体不明の人は得意げに、星が取り返したサラシを指差した。
「いつからそれが寅丸のサラシだと錯覚していた?」
「「なん……だと……!?」」
星と水蜜の目が驚愕に見開かれる。寅丸のサラシではないとしたら、一体これは何なのか。
「じゃじゃーん、わたしでしたー」
正体不明の種の効果が切れ、あらわになったその正体は。
「……響子?」
ヤマビコの少女、幽谷響子に相違なく。
「じゃあ、水を汲んできたのは……?」
星がいまだそこに桶を持って立っている響子を見やると、彼女はふふと微笑んで、両手の桶を置いて、右手を何かを剥がそうとするように顔にかける。
「儂じゃー!」
正体を現そうとする仕草と共に煙が立ち上り、そしてそこにいたのは化け狸、二ッ岩マミゾウ。
「「「ドッキリ大成功バンザイ!」」」
そうして三人は唱和すると一目散に二人の前から走り出して消えていなくなった。
「……なんだったの?」
しらない。
*
「ですから、いつもどおり平和ですよ」
そうして、白蓮は右腕に巻いてある細長い白い布のようなものをしゅるしゅると解き、一輪に突きつける。
その布のはしっこには確かに、『とらまる』と書き付けてあった。
「これが件の下着です。私のお洗濯物に紛れていましたよ」
「なんで装備したんですか」
「木下藤吉郎的な理由で、他意はありません」
「左腕の布は誰のなんですか」
「あなたのです」
「えっ」
「えっ」
「なんで装備したんですか」
「木下藤吉郎的な理由で、他意はありません」
「かえしてください」
「では、一輪さんの胸に巻いてある私の本来の左腕の布を返してください」
「なにそれこわい」
*
「私としたことが……星のサラシと響子さんを間違えるだなんて……」
なぜか星に殴られたときよりもダメージを負っている様子の水蜜。ガックシと四つんばいになって落ち込みを表現している。
「ま、まぁ、正体不明の種なら仕方ないですよ」
「……使う前で本当に良かった」
「何に使うつもりだったんですか何に」
「ともあれ、落ち込んでいても始まりませんし、こうして四つんばいで誘っても効果はないようですし、立ちましょうか」
「割といつもどおりで安心しました」
「ふふ、星に心配をかけるようではいけませんからね!」
そうして振り返った笑顔に、星が不覚にも心の揺らぎを感じた刹那、
「では今後は二度と間違えないように、星の胸に顔をうずめて眠ることと致します」
「やめてください」
「仕方ありません、では私の胸に星が顔をうずめる方向で……うずめ……うずめるほど、ない、か……」
「そこでへこむんですか!?」
ぺたぺたと自分の胸をなぜる水蜜に、無性にフォローしたり愛でたりしたい感覚を覚える星。なんだかんだで、いちいちツッコミに付き合う程度には、星も憎からず、まんざらでもないのだ。
しかし、ここでフォローするといいように持っていかれかねない。発言には慎重に慎重を期すべきであろう。
「水蜜」
「はい?」
「そのままでいてください」
星の言葉を聞き、水蜜はしばしその目を見つめ返すと、静かに答えた。
「はい」
*
今日もまた、暑さでゆだる夏の朝。
目に入るのは見慣れた天井。そして右には、見慣れた水蜜。
「おはようございます。今日も一日、がんばりましょう」
――ああ日常、今日もまたどうしようもないほどに、日常だ。
『みなみつ!~日常編~』――fin
やっぱり暑い夏には水星ですね
とても楽しく読ませて貰いました
はしゃぐマミさんが一番可愛かった感
なかなかいいものでした。
マミぬえ響子のドッキリ三唱和になぜかツボを突かれましたw
水星がいつもどおり仲良しで心癒されます~
今回も面白かったです