十七 三度の契り
私は真奈子がいるあの洞穴へと帰った。すると、私が帰るや否や、彼女は顔色を失った様子で、私を出迎えてこう言うのであった。
「あぁ、高嶺様……お帰りが遅く、心配しました。どうしたのですか? すっかり焦燥して。まさか、また森の奥へ……」
「……あぁ、その通りだ。今日、森の奥へと進み、森の怪と戦って来た」
「あぁ、なんてことを。真奈子との約束をお忘れになられ、こうして軽率なことをなされますのはどうしてですか。真奈子は悲しゅうございます。私が何か、高嶺様のお気に触ることを致しましたでしょうか。だから、私の想いをこうまで無碍になされるのでしょうか。それならば、そうと仰ってくださればよいのに」
「……」
「あぁ、ひどいお方です。何も仰ってくれないなんて。でも、真奈子はもう、これ以上はお聞きしません。ですからもう、森の奥へと進んではなりませんよ。かたく三度の契りを交わらせてください」
そう言い、身を摺り寄せてくる真奈子。
「高嶺様、約束の証をいただきとうございます」
「あぁ……」
そうして、夜の帳は落ちた。
十八 神剣「神威(カムイ)」
さて、話のはじめに、私は霊山立山に住まう、神獣にして荒神である「雷鳥」を討ったと言った。覚えているかな? 新しい聞き手も増えたみたいだから、あらためてここで説明しておくと、以前私は零落した国津神を殺めたために、彼らの憎しみを買ったのであった。また、このような行いは天津神の定めた法を破ることであるから、結局、八百万の神々の憤りを受け、日の国におられなくなったのだ。
さて、ところでこの神殺しの大罪だが、実は私の力によって成し遂げられたことではないのだ。これはむしろ、私の所持していた神剣の力によってなされた大事なのだ。
その神剣こそ、神が宿りし剣というところから、「神威(カムイ)」と名付けられた祭剣なのである。刃は殆ど無いが、神魔を払う効果がある。刃渡りは短い。脇差程度の長さの短剣で、どちらかというと鉈に近い。だから斬ろうと思っても、なかなか斬れない。これは先に言ったとおり、祭剣、つまり祈祷のための剣であって、殺めるための武器ではないからだ。
しかしこの「神威」。神魔に対する切れ味は抜群だ。もっとも、切れ味が鋭いというよりは、霊的な存在を霧散させるために、触れた先から消滅していくというのが正しい。この特異な性質によって、私は神殺しを成し遂げたのであった。
さて、また一年が経った。もっとも、僅か一月足らずの四季だが。
私は再度森へ行くことにした。
おそらく、あの怪奇は、私の推測によれば……そう、幻なのだ。あの怪奇が幻術を用いるのではない。あの怪奇そのものが幻術によって形作られたものなのだ。そう考えると、全て納得がいく。それを確かめるためにも、私は神剣を用いることにした。
中央の森を進むと、例の如く、あの怪奇が私の前に立ちふさがる。
どうやら奴さん、今回はやる気らしい。今までとは少し違う。なんとも言えぬ強い怒りの念を感じるのだ。
森の怪は、私と正面に対峙すると、手を口の前に添え、一息吹く。すると、たちまち陰炎が森を包み、生温かい風が梢を揺らし、血なまぐさい匂いが地の底から漂い立ってきた。もの凄まじい心地がして、狂気に身を焦がされる思いがする。常人ならばきっと正気を保てなかったであろう。そうして砂塵が舞い上がるので、私は腕で顔を覆い隠した。だがその一瞬の後には、大蛇・夜叉・大蛾の化物が、森の怪とともにうねり狂って、今にも襲い掛からんと身構えているのだ。あぁ、なんとも生きた心地がしない!! 見るにも恐ろしい化物よ……森の怪は口寄せの術を使ったのであった。
だが私は、既に奴の正体を見切っている。そう、この口寄せの術もまた、幻術に違いないのだ。
私は「神威」を抜き、眼前に剣の腹を置いた。そうして、神剣の刃に写る己の目を見つめる。神剣の厳かさは惑いや幻を絶つ。そうして剣を横たえ、怪物どもを見やれば、そこにはただ刃の一片が宙に浮くのみであった。私は「神威」を一閃し、これを砕いて奥へと進んだ。
一刻ほど歩くと、そこにはおどろおどろしい邪気に満ちた祠があった。そうして漂う匂いは、鮮血。うっと一瞬、私は顔を覆った。嗅ぎ慣れた、しかし忌々しいこの匂いに、自然と警戒の念は強くなる。慎重に、祠の中へと進む。祭壇は、苔むして磯臭く、ただ気味の悪いばかり。私は鼻を利かせた。あの血の匂いがどこから来ているのか……それを探るためだ。どうやらこの匂いは、祭壇の奥から来ているらしい。私は壁を丹念に調べた。すると、どうやら仕掛けがある。その仕掛けを作動させると、なんと地下への階段が現れたのだ。
私は息を飲んで、その階段を降りていった。
すると、三畳ほどの狭い地下室があった。その地下室には……なんと、壁一面に、血文字が描かれているのだった。そう、血の匂いはここから来ていたのだ。しかし、不思議なことに、この血の匂いは、まるで腐食した様子のない、新鮮な血の匂いなのだ。そうしてこれは……多少磯の香りがするが、人間の血に違いないのだ。
壁一面に描かれた血文字を私は読み解く。そうして、私はなんとも言えぬ気持ちになった。そこに描かれていたのは、人魚の親子を求め、殺し合う里の人間たちの記録であったのだ。
十八 海魔記
私が読んだ血文字の記録はこうだ。
まず、若い人魚の乙女と、若い人間の男子との出会い。
次第次第に、惹かれ合う二人。
岬にて一人笛を吹く男。
それに答え、岩に隠れて歌う人魚。
ある日、漁の最中、船が転覆し、溺れる男。それを助けてやる人魚。二人はいよいよ顔を合わせる。容貌を知らぬ二人であったが、一目見て互いの存在が察せられた。そうして、目を合わせた瞬間に恋に落ちた。
人魚は禁を破った咎で、二度と同胞のもとへは帰ることができなくなる。しかしそれも幸福であった。男は人魚を妻に娶った。里の人々も、村一番の勇士を救ったこの人魚の新妻を歓迎した。しばらくすると、一人娘を授かった。そうして、幸福に暮らす一家三人。穏やかな日々は過ぎ去った。
しかし人間の齢は限られている。男は年を取り死んでしまった。だが人魚の女は、いつまでも若く美しいままであった。その娘も、いつまでも幼く愛らしいままであった。
男が死んでから二十数年。里の中で、しばしば言い争いが行われるようになる。
あの若く美しい人魚の未亡人を、妻に娶りたいという男が何人もいたのだ。また、その娘を誰の妻とするのかということも問題になった。まだ少女であるといっても、とうの昔に女にはなっていたのだから。
人魚は悲しく思った。連れ添った夫のことを忘れて、新たに誰かの妻となり、身を差し出すようなことがどうしてできるだろうか。心苦しいこと、この上ない。また、娘の思いを無視して、誰かの妻とさせることにも、どうして賛同できるだろうか。人魚親子の気持ちを無視して、人間の勝手な論にしたがえというのは、酷い話ではないだろうか。
里の者の中でも、年寄り集は人魚たちに同情的であった。村一番の勇士と、村一番の美女。そうして二人が奏でる笛の音と歌声の妙なることは、どれほど麗しき思い出として彼らの心の中に強く残っていたことか。辛いときも、悲しいときも、この二人のことを思うと、生きる元気が出てきたものだ。
しかし若い男衆にはそれが分からない。女に飢えを覚えるのは、当然といえば当然である。浅ましく思えるかも知れないが、いつ死ぬかも分からぬ儚い生であるから、性の欲求は何より切実なものである。人魚のほうでも、それが理解できぬではない。また、人魚の女は、人魚の世界の掟を破り人間の世界に生きることを決めたのであるから、村の定めにしたがわざるをえないのも、詮無きことなのである。
人魚はそのように考えていることを、年寄り衆にそれとなく伝えた。その人魚の健気な考えを聞き、年寄り衆はせめてと思い、若い男の中から、容貌・知勇、ともに抜群の者を選び出して、夫にすることにしたのである。その心配りに、人魚も感謝して、運命を受け入れることに決めたのであった。
ところが、この決定に潔しと思わないものがあった。
若い女衆と、男衆の中でも、見目悪く人魚の夫に選ばれそうにない者たち。また、妻を亡くして独り身の中年男たちである。若い女衆は、意中の男を余所者の人魚に奪われることを憎く思い、見目悪い男衆をけしかけたのである。見目悪い男衆は、当然ながら抜群の美女を妻に娶りたいと思っていたし、あるいはここで名をあげれば、女衆の心をひけるかも知れぬと思ったし、またもっと純朴に、普段親しまれたり、頼られたりすることのない女たちからチヤホヤされることに有頂天になっていたのであった。また、鰥夫(やもめ)は、むしろ妻を失い、若い女が妻となりたがらぬ彼らにこそ、余所者の人魚とその子供をよこすべきだと言いよったのであった。
こうなると、事態は非常に複雑になる。
人魚に同情的な年寄り衆の中には、当然鰥夫の父母がいる。若い女衆の祖父母には、年寄り衆の中でも地位の高い者がいる。見目悪い男衆は蛮勇を奮う。見目麗しき男衆も、勇猛果敢で真っ向から対峙する。村の中が殺伐として、誰が味方で誰が敵か分からなくなる。人魚の親子は、心安らぐときのない、暗澹とした気持ちで毎日を過ごすことになるのだった。
そんな中で、亡き夫の弟子であった漁師が、数少ない心安き人としていてくれた。この人は酷い醜男であったから、誰も妻になりたいという者がいなかったのだが、心は優しく、また笛も非常に達者で、面倒見もよく働き者であるから、村の年寄り衆や子供たちからは非常に慕われている人であった。
ある日、娘を家において、人魚の女は用事で外に出ていた。そうして帰ってみると、そこには、嫌がる娘を無理矢理に己が者にしている、あの漁師がいるのであった。
女は悲鳴を上げた。すると、見目麗しい男衆がやって来て、この漁師を殺めてしまった。そこに、他の男衆がやって来る。すると、事が事であるから、険呑な雰囲気となり、争いはさらに広がってしまう。遂には、どこからか火の手が上がり、村全体を巻き込んだ凄まじい戦争にまで発展してしまうのであった。
人魚の親子は、隙を見て逃げた。
命からがら、森の中へと逃げ込んで、海神を祭る祠の中へと隠れ潜んだ。
母はそこで、海神に、親子を人魚の世界に戻してくれるように頼んだ。しかし海神は、人間との子供を産んで穢れてしまった女は人魚の世界に戻すわけにはいかぬと断った。ならばせめて、娘だけでもと懇願したが、海神は、娘もまた男の慰め者となって穢れてしまったから、その願いは聞き入れられぬと断った。
人魚の女は絶望した。そうしてこの世界の全てを恨んだ。恨み、恨み、恨み尽くして狂ったように嘆いていると、遠くから人間の声が聞こえた。女はハッとして、地下室に娘を隠した。そうして、決して外には出ぬように言い付けた。娘はもはや放心しており、からくり人形のようにコクコクと頭を縦に振るばかりであった。
そうしてすぐ後にやって来たのは、村の女衆であった。彼女たちは女を取り囲むと、次々に罵詈雑言を浴びせ掛けた。そうして、殴打を加えた。村が滅んだのは、人魚の女が村の男たちに色目を使ったためであるという。そうしてある女が、この人魚には罰を与えねばならぬと言い、腕よりも太い木の枝を森の中から拾って来たのであった。
しばらくして、若い男衆がやって来た。
陵辱の限りを尽くされた人魚の女を見て、ある男は唾を吐きかけた。もはや、慰み者にする価値もないと、笑い蔑むのである。あまりの悔しさと、人間の身勝手さ、理不尽さに腸が煮えくり返る思いの女であったが、隠した娘のことを思い、歯を食いしばって我慢した。
さらにしばらくすると、村の年寄り衆が集まって来た。しばし人間の生き残り同士で、談義していた。その後、一人の老人が女のところに来て、「娘をどこに隠した。言わぬと、どうなるか分かっておるだろうな。」と脅すのである。
女は笑って、逆にこう問うた。
「それよりも、良いことを教えてさしあげましょうか? 人魚が不老長寿の一族であることを、みなさんは既にお察しでしょう。ですが、人魚ならずとも、不老長寿になる方法があるのですよ」
老人は驚いた様子であったが、興味を引かれて、「どうすれば不老長寿となるのだ。」と問い返した。
女は、不気味に微笑んで答えた。
「それは、人魚の胆を喰らうことです」
それを聞いた瞬間、人間たちはざわめいた。
しかしすぐに、誰一人として、一言も発することがなくなった。
ただ女の笑い声だけは絶えなかった。
そうして翌朝、人間は一人として生き永らえていなかったのである。
女の怨嗟は、人間の愚かさを再度目の当たりにして、いっそう激しく燃え上がり、血潮は沸きあがり噴煙となってほとぼしり、ここにその証を刻み込むのである……。
その物語の末尾は、小刀で心臓を突き刺して息絶える人魚の女と、それを抱きかかえて泣く娘の血絵で締めくくられていた。
十九 真相
私は洞窟へと帰った。そうして真奈子と話をすることにした。話というよりは詰問と言ったほうが適切かも知れない。
「真奈子、お前に聞きたいことがある。いろいろ、聞きたいことがある。だからまず、一番、核心となることを聞きたいと思う。真奈子、お前が森の怪の正体だな」
「ハイ。その通りでございます」
「これが、幻術のよりしろだな」
そうして私は、打ち砕いた刃を差し出した。
「ハイ」
「……お前は、人魚の娘か。それとも、人魚の肝を喰らった人間か」
「その、両方でございます」
「両方?」
「ハイ。私は、人魚と人の間に生まれた子供でございます。そうして、母の死肉を啜った女であります」
「母親を、喰らった……だと?」
「ハイ。そうでございます……」
私は真奈子の正体に関しては、あの幻術を操っていたことだけは分かるのだが、果たして人魚の生き残りである娘なのか、人魚の肝を喰らった人間の生き残りなのであるのか、判然とはしなかった。おそらくは、人魚の娘なのだろうとは察せられた。だが、そうとも言い切れぬから、あらためて問うたのだ。しかし、その答えはやや予想外のものであった。
「あの血文字を、読まれたのですね。ならば、もうことの経緯についてはご説明申し上げるにはいたらないでしょう。ただ、あの記録の先のことを、私は申し上げねばなりません」
「語ってくれるか?」
「はい。もちろんでございます」
「辛い過去ではないか」
「もちろん、辛い過去でございます。ですが……私はあなた様を、何度となく害した者です。いまさら、どうして言い逃れをするような身勝手なことができましょうか。私は何事も、包み隠さず申し上げるつもりであります」
女だてらに健気である。殊勝な心意気は、天晴れと申すより他にない。「よろしい。申せ。」と言いつけると、「はい。」と恭しく応じるのだった。
そうして、坦々とことを語る真奈子の眼には、深い悲壮の念が宿っていた。あの瞳は……そう、あの瞳は!! 間違いない、重すぎる過去の重科と、長すぎる生とに疲れ果てた者の目だ。あぁ、間違いない。あれは、見飽きるほどに見てきた、私自身の目なのだ。この、蓬莱の宿業に焼かれきった私の目がそこにあったことに、私は胸を射られる苦しみを感じた。
「まず、難を逃れた後、母はすぐに私を迎えに来てくれました。あのとき私は、恐ろしさのあまり、声も出ず、祠の奥で震えるばかりでありました。そこへ、母が迎えに来てくださったのですから、嬉しさは尋常ではありません。しかし、なお尋常でなかったのは母の様子です。生気など欠片も感じられず、あたかも死人のようでありました。顔の色いと青ざめて、どろんとしただるい目つきは凄まじく、私を指したる手の青く細りたる恐ろしさ……私は思わず、あなやと叫んで倒れてしまいました。
倒れてすぐに、私は我が身を恥じました。きっと母は、恐ろしい目にあったに違いないのです。そうしてそれは、私の身代わりとなって受けた苦渋であったのです。それを怯え退くなどは、なんという惨い仕打ちで母に報いることでありましょうか。
私はすぐに、母に謝りました。その私を、母は、ただ呆然と、何の感慨もなく見下ろすばかりだったのです。そうして、お互い無言のまま、時間が過ぎ去りました。私は声を出せないでいます。何だか、機会を逸してしまって、声をかけられないのも事実です。しかしそれ以上に、えも言われぬ不気味さを、どうしたって母から感じてしまうのです。
そうして、私が何も言えないでいると、母が突然、ポツリと言うのです。
これから三日の後、この地下にまた起こしなさい、と。それと、決して我々人魚の死肉を、人間に渡してはなりません、と。
母はそれだけ言いつけて、私を外に出しました。
私は母が心配でしたし、母を地下に閉じ込めてしまうのはとても嫌な気がしました。また、人間が来ないかと心配でもありました。外に出たいとも思いました。しかし外に出ようとすると、凄まじい血肉の臭みが漂ってきて、私は到底出られませんでした。しかし祠の中も恐ろしくありました。私はどうしたら良いのか分かりませんでした。ただ半狂乱の状態で、頭を抱えて蹲っていました。すると次第に、意識がおぼろになってまいりました。夢なのか、現実なのか、何も分からない状態で、昼も夜もない意識の下、幾日かが経ちました。私は約束の三日が経ったのかどうか、よく分かりませんでした。しかし、ただ一途に母が恋しくて仕方ありませんでした。二人きりの肉親なのですもの……もう私には、母しか残されていないのです」
真奈子はあくまで、坦々と語った。
しかし私には、確かに彼女が溢す涙が見えたのであった。悲しい、悲しい涙の滴が、頬を伝って落ちるのが……。
「地下室の扉を開けると、私はあまりの生臭い匂いに、ギョッとしました。思わず顔を覆い隠しました。しかしそれが血の匂いであり、この地下室には母よりいないと気がついたとき、私は我武者羅になって駆け出しました。そうしてそこには、胸に刃を刺して絶命している母がいたのです。
私は母の死を知ると、生きて臓腑が腐り、血脈の先より裂き至るが如き苦しみと絶望に、泣くに涙なく、叫ぶに声なく、あまりの深い嘆きのあまり、遺骸を火に焼き、土に葬ることもせず、あたかも母が生きているかのように、額に額をよせ、手に手を取り組み、胸に頬を埋めて日々を戯れ過ごしました。
不老なる人魚の肉は、幾日を経ても腐ることなく、また深い苦しみのあまり、私も飢えや渇きを覚えませんでした。
そんなある日、ふと思ったのです。ならば、ならばですよ。それならば、これからずっと、大好きな母とともにいることができるということではありませんか。何という幸せでしょうか。そこは、ただ私一人のために、永遠の楽園があったのであります」
そこまで語ると、真奈子は肩を震わせ、いよいよ本当に涙を流しながら、こう言うのであった。
「ですが、母は遺言として、人魚の死肉を人間には絶対渡さないようにと言いつけました。その教えは守らなくてはなりません。しかし……しかし……私はどうしても、惜しい気がしたのです。火に焼いても、土に埋めても、惜しいと思ったのです。それどころか、このまま永遠に母の死体を守り戯れて生きるにしても、まだ惜しいと思ったのです。惜しくて、惜しくて、私は結局、母の肉を吸ひ、骨を舐めて、全てを喰らい尽くしてしまったのです。
だって、だってですよ、そうしたら、私はお母さんと、永遠に一つじゃありませんか……」
ただ真奈子は、一途に母と別れることを惜しんだが故に、その死肉を喰らったというのである。私は、もはや言葉がなかった。
「妹紅さん、私が恐ろしいですか? 恐ろしいですよね。そうして、浅ましく思し召しでしょう。
でも、でも、私もこうなりたくなんてなかった!!
あぁ!! 私にも、子供の無垢な夢がありました!!
強く優しき、雄さびしたお父様。笛巧みにして、その音は鳥獣を呼び慕わせ、悪人の心を覚ますと言われたほどです。
つつましくも凛然として、貞婦の操賢きお母様。歌声はどこまでも清く響き渡り、里の子供で母に憧れぬ者はなく、また里の老者で母を愛さない方はいないほどでありました。
そうして、何かあると、里の人々は、父母のことを讃え、誇らしげに語るのです。それが子供心に、どれほど嬉しくまた誇り高かったことでしょうか。
私も、そんな夫婦となって、慎ましやかでも幸福な家庭を持ちたい!! 父母に、子に、里の人々に、真の婦人として、認められる人生を歩みたい!! ただ、それより他には、何も望みなどはなかったというのに、それが、それが……」
おおおと崩れ落ちる真奈子の姿を見るに、私も涙を堪えることができなかった。
「私は、母の死肉を喰らいました。人魚一人、その骨肉臓腑から溢れるほどに充ち充ちた怨念を、私はこの身に宿したのです。何も、起こらないわけがありません。この島も、もともとは、穏やかな海と不思議に豊かな植生とに恵まれた島でありました。それがどうでしょう。今やすっかり、魔島と成り果て、ただかつての名残としては、万海の幸ばかりです。定かなるものはないこの世でありますが、それでも時の流ればかりは変わらぬものを、この島においては、一年が僅か一月あまり……私以外の生き物は、皆、滅び去ってしまいました。それでも、私は……生に飽きることもせず、死を求めることもせず、こうして生き永らえております」
真奈子は顔を上げ、私の目を見てこう言った。
「高嶺様、私が恐ろしゅうございますか? 気味悪うございますか? えぇ、そうでしょう。きっと、そう思し召しでございましょう」
そうすがるように言う悲しさよ。
私は、何も言葉を返すことができなかった。
二十 蓬莱の愛の形
私はその後も、おおよそ五年ほどの間、真奈子と同宿することになった。どのような過去があろうとも、もはやこの魔界において、人は我々二人しかおらぬのだから、離れて暮らすわけにもいかないのである。
確かに真奈子は私を襲った。だが、彼女に殺意があったとは、私には到底思えない。事実、彼女が私を殺す機会は、幾度となくあったではないか。私が不老不死であることを知らないのであれば、なおさらのこと、この肉体に刃を立てて命を奪えばよかったのである。
ではどうして、殺意なき真奈子が私を何度となく襲撃したのであろうか。それは、ただ彼女が、自己の神聖な領域に踏み込まれることを恐れたからであろう。むしろ、度重なる忠告を無視し、そこに幾度となく侵犯した私に咎があるとすらいえる。要するに、彼女は警告と威嚇とのために、私を襲撃しただけなのであった。
私は真奈子のことを考えると、どうにも「罪人」という言葉が頭に浮かんできてしまう。彼女は罪人であろうか。いや、罪人なのだろう。だからこそ、こうして魔界に一人生きねばならぬ罪を科せられているのだ。では、どのような罪で彼女は幽閉の憂き目にあっているのだろうか。やはり、母の死肉を喰らったという罪であろうか。だからこそ、この魔島で幽閉されることになったのだ。あるいは、人魚の血を引く女が、人魚の世界ではなく人間の世界で生活したという罪だろうか。なるほど、確かに掟破りは重い罪である。しかしそれらは、例え罪であるとしても、やむを得ぬ罪ではあるまいだろうか。
果たして、天が何を罪として何を功とするのか、地上人の我々には分からぬことだ。しかし、やむを得ぬ罪を罪として数えぬのが教えであろうと思う。また、天の配分は公平に違いない。だからやはり、真奈子にも何らかの、罪を問われるべき重い過失があったのである。
はて、とすればこの私はどうなるのだろうか。そもそも、人の罪を数えるのであれば、私こそを罪人と呼ぶべきである。人を殺め、不老不死の秘薬を盗み、それを飲むという行いは、明らかに天津神の法を犯す行為である。それに飽き足らず、零落した国津神を殺し、彼らを心底怒らせ、再度天津神の法を破ったのであるから、言語道断というより他にないではないか。そんな私には、必ずや重い罰がくだるに違いあるまい。
だがもし、一つの可能性として、真奈子には罪があっても罰がないということなのであれば、それは……逆に言えば、つまり、この私であっても、赦され得るということなのであろうか。
いや、そもそも、罰がないのであるから、罪がないということになるのだろうか。しかし、そうであろう。罰がないのに、罪とはいえまい。そうしてよくよく考えてみれば、私に何の罰があるだろうか。不老不死が罰なのだろうか。それはむしろ、考えようによっては、褒美ではなかろうか。ならば私には罪がなく、真奈子には罪があるということか……いや、そんなことはない。そんなことがあってよいハズがない。この哀れな少女に罪があり、私が罪がないということが、あってよいハズがないのだ。
そうだ、必ずこの娘は、天の公平な配分でもってして、その魂が救われるはずである。そうして、真奈子が救われるためには、因果応報の理を明らめねばならない。そのために、私は必ず、自業自得の罪を被らねばならない。私に罰があれば、私に罪がある。そうなるのだ。そうならば、罪のないはずの真奈子に罰があるということはあやまちとなって、いつか高天原の神々が、不公平に気がついて、彼女を救ってくださるに違いあるまい。
それはつまり、どういうことを意味するのか。なに。ただ、私が不幸であり続けるということであろう。ただ、それだけのことよ……。そんなことを、私は何度も何度も考え、日々を過ごしていた。
そんなある日、私は急な高熱を出してしまった。この身は不老不死であるが、それでも常人と同じように病にはかかるのである。そんなとき、真奈子は心底私を心配して、看取ってくれる。その愛情は、もはや疑い様がなかった。
そもそも、この少女を倶して、起臥の扶けとすることの、居心地の悪いわけがない。真奈子のかたちはみやびやかで、深い情愛を起こさせるのだ。そうして、何事につけてもよく気がつき、また愛嬌があって語るに嬉しく、言葉は尽きない。寒さ、暑さも、すっかり忘れることができるほどだ。
真奈子は私を慕っている。
私も、真奈子をかわいく思っている。
だが、しかし……そのような愛欲邪念の業障にひかれる形で、どうして彼女の真剣な想いに報いることができようか。またこの穢れた身で、どうして彼女に寄り添うことが許されるだろうか。
一人は寂しい。真奈子はかわいい。しかし私は、一人の性としての愛は、どうしても彼女に抱けなかったのだ。もちろん、そもそもが同じ女同士だから、互いの愛が成立し難いのも当然だ。しかし私も幼い頃、美しく年近い女性に対して、妙に恋焦がれるような、憧れの気持ちを抱いたことがあるから分かる。決して、同性であることが、愛の妨げにはならないのだ。
しかし、長すぎる孤独な生が、ただその死生観のみならず、私の性に対する感性をもまた、身勝手なものにしてしまっていた。それは、よくある形としての、快楽を貪欲に求めるという肉体的な身勝手さとは違うが、別の形として、心の空白を埋める存在としての伴侶を求めるという、精神的な身勝手さなのである。
そこには、ただ一途に誰かに想いをよせ、その傍にいるというだけで、その人のことを考えているというだけで、充ち充ちた生を実感できるという、あの幼くも愚かで、またそれ故に一途で純真な気持ちがないのである。
そう、分かりやすくいってしまうと、ただ誰でもよいから、自分に向けて一途な思いを傾けてくれる、そんな人がいて欲しいという思いが私にはあったのである。
私は、自分のそういう身勝手な願いを知っていた。
だからこそ、その身勝手な願いを完全に否定しない間に、彼女と恋仲になることはできなかったのだ。
さらに言えば、私は……どうしても、彼女に救われて欲しかったのである。だからそのためには、私は彼女と幸福な日々を送るわけにはいかなかったのだ。
そんな私でも、自らの名を明かし、「妹紅」と呼ぶように言ったことは、止むに止まれぬ我侭であったのだ。
二十一 真奈子
この五年、私はあまり真奈子に親しくはしてこなかった。どちらかというと、余所余所しい態度であった。私も、そう思われるように意図していた。それが伝わってのことだろう。真奈子のほうでも、何だか気の重たいような、悲しいような、そんな雰囲気を漂わせることが多くなった。そんな彼女の姿を見て、私は心が痛んでいた。だが、それがきっと、彼女のためにはしあわせだろうと思ったのだった。
ある日、ふと朝起きると、いつもと少し、真奈子の調子が違って見える。何だか前よりいっそう悲壮感がただよっているような、いや、むしろ、清々しいような、何ともいえない不思議な感じがした。そうして、常になく、馳走によりをかける。少し手間をしたり、珍しいものをあえて採って来たりするのだ。妙な気はするが、あるいは吹っ切れたのだろうかと思い、内心彼女のために喜び、私はいつも通りに振舞うことにした。
そうして、あるきれいな満月の夜、ぱらぱらと雨が降っていてほどよく涼しく、雲は月を隠さず、絶妙な按配であった。
ふと、真奈子が、「妹紅様。」と私の名を呼ぶのであった。私は「なんだ。」とそっけなく答えた。にも関わらず、真奈子は目をうるわせて、「せめて口付けだけでも」とせがって来る。私も、何だか焦がされる思いになったが、しかし、いかんと振り切って、そのままとなってしまった。シュンとして、諦めたような、いやに心残りする表情をされて、私はどうにも、心が痛んでしまった。
その後、所在なくて、私は先に寝てしまうことにした。
(どうしてこんな罪悪感を抱かねばならんのだ。私が悪事を働いたわけでもないのに)
そう思って悶々としているうちに、朝が来た。
そうして起きると、真奈子の姿がどこにも見当たらない。おや、とあやしく思った。なんだか妙に胸がさわぐ。どうも背を押される気持ちがして、あの祠へと私は急いだ。すると相変わらず、鮮血の匂いが漂ってくる。だが、その匂いが、妙に濃いのだ。私は瞬時にことを察して、地下へと急いだ。するとそこには、喉に刃をつきたてて、血を流し苦しむ真奈子の姿があった。
二十二 死者の咲顔
「真奈子、どうした」
そう言って、私はそばに駆け寄った。すると、真奈子は真っ青な顔の、両方の頬から顎にかけて血に染まったのを挙げて、私を見るのだ。どうにも物を言うことが難しいようで、息をするたびに、傷口がひゅうひゅうと音を立てる。
真奈子が何をしたのか。
もはや、一目瞭然である。
真奈子は自決をはかったのだ。
しかしその理由までは、問いただして見ねば分からなかった。
「真奈子、どうした。何を思って、そう死に急いだのだ」
私は真奈子のそばによって、右の腕で真奈子の背を抱き寄せた。そうして身体を起こさせると、喉の下のところから、黒い血の固まりがはみ出しているのが見えるのであった。私は袖を破って、すぐに真奈子の喉に当ててやった。すると、ようやく真奈子は物を言えるようになって、しずしずとこう語るのであった。
「妹紅様を、もとの世界にお返しするためです。私が生きている限り、この魔界はあなたをとどめて自由にはさせませぬ。ですから、いっそのこと死んで、あなた様を楽にさせてあげたいと思ったのです」
そうまで言うと、真奈子は苦しそうに目をぎゅっと瞑って、最後の力を振り絞った。
「妹紅様。一目お会いしたときから、お慕い申し上げておりました。人を恐れ、生に疲れ、それでも死を拒み、ただただ甲斐なき生にしがみついておりました私の前に、あなたはいらっしゃったのです。
桜の枝葉が水面に映ったかと思われるような薄い桜色にそまった秀貌、枝垂桜の連なり重なり春に雪を見るが如き麗しい長髪、あたかも春風の吹くような爽やかなお声立ち……それはもう、照闇揚輝の思いがいたしました。
長い遭難のために、すっかり疲れ果ててしまわれた貴方様が、人恋しそうにいらっしゃるのです。私の様なものでも、おそばによることを許されたような気持ちになりました」
そこまで言うと、真奈子は一呼吸置いて、私に問うた。
「ねぇ、妹紅様。真奈子の恋心を、果たして貴方様は気がついていらっしゃいましたか」
「あぁ、知っていたよ」
「どうして、私の気持ちに応えてくださいませんでしたの」
「お前の真心が、疑いようもなかったからだ。中途半端な気持ちじゃ、応えるわけにはいかなかったんだ」
「では、私のことを嫌ってらっしゃったわけではないのですね」
「どうしてお前のことを嫌いになることができるものか。ただ、私はお前の真実からの愛情を、何よりも大切にしたかったんだ」
「あぁ、うれしい……私の気持ちは、初心な乙女の一途な思い込みではなかったのですね」
そう言う真奈子を、私はただ抱きしめてやることしかできなかった。
「妹紅様。私は死ぬことなんて、もう少しも怖くはありません。だって、女の恋の幸せを知ったのですから。ただ、それでも一つだけ、心残りがありますの」
「なんだい? 言ってご覧」
「口付けをして欲しいのです」
「あぁ……分かったよ」
そうして私が静かにくちびるを重ねると、真奈子は咲顔を浮かべて露と消えた。残ったものはただ神剣「神威」があるのみ。剣の地に落ちて祠に鳴り渡る刹那の響きが、永遠の如き長さに渡って私の心にこだましたのであった。
二十三 崩壊
「神威」が地に落ちると同時に、右へ左へと凄まじく体が揺れ動く。地が震え、何事かと驚き、祠の外へと出る。どうやら、孤島が崩れ落ちようとしているらしい。
なるほど、この魔島は、真奈子の実に宿った凄まじい怨念、つまりは彼女の母親の怨嗟が作った異世界なのであるから、その主である真奈子が死ねば、その姿を止めぬのが道理である。
(く、しかし参ったぞ。このままでは、私も崩壊に巻き込まれてしまう!!)
そう思ったときには既に遅く、島のガラガラと崩れ落ちるのと同時に、私も崩壊に飲み込まれてしまった。そうして、その後の記憶はない。ただ薄暗い闇の中、一筋の光がすっと私のほうへと差し込んでくるのをみたような気がする。そうして、とおいとおい光の先で、親子三人が微笑み会っているのを見て、私は思わず、相好を崩したのであった。
二十四 帰還
気がつくと私は、砂浜に打ち上げられていた。果たしてどこか分からないが、とにもかくにも、日の国に戻ることができた安堵感に、深く胸を撫で下ろした。そうして、孤島での出来事が、卒然として脳裏に映し出され、一つ一つの光景が、あたかも眼前で繰り広げられているかのように、色彩鮮やかに思い出されるのだった。そうして最後、あの真奈子が咲顔を思い出す。果たしてあれほど、純真から出たほほ笑みが他にあろうか。その咲顔が死に際のものであったことを思うと、自然、頬を伝うものがあった。
真剣「神威」は、手元になかった。きっと、あの島とともに地底へと沈んだのだろう。しかし、それでよかったのだ。神を殺めた刃であるから、それを持つ限り、国津神は私を恨んで、国に帰ることを許さなかっただろう。あれは海府に封じておくのが、一番なのだ。
それから私は、近くの漁村を訪れた。そうして時を尋ねると、なんと日の国を発ってから、百年近い時が経過しているではないか。
あの孤島のでたらめぶりは、今更言うまでもないが、一年が十年も二十年もになるとは、いやはや。不老不死の私が、時の流れにぞっとさせられたのは、これが後にも先にもはじめてのことだよ。
跋 海魔考
さて、以上が私の遭遇した一番の災難だ。これは私が法も秩序も顧みず、虎狼が如く生きたから、天津神からは怒りを買い、国津神からは恨みを受け、天の捌きを受けて、百年の島流しに処されたわけで、君たちは決して、私みたいな生き方をしてはならないよ。必ずや兄弟に友に孝心を尽くし、真心のある誠実な人にならなくてはならない。分かったね。そのために、ちゃんと慧音の話を聞いて、一生懸命勉学に励まないとダメだぞ。
しかしながら、こう罪の多い私であったが、一つ良いことをしたために、どうにか罪が赦されて日の国に帰って来られた。やはり、天の配分は公平なものだね。こうして、私たちの振る舞いを、高天原から見ていらっしゃるのだから、決してそのことを忘れてはならない。悪いことをしては罰があるし、良いことしたらちゃんと報いてくださるのだ。
私のした良いことは、真奈子の魔を払ったことだ。それは、ただ哀れな人魚親子を弔ってやるだけではいけなかったのだと思う。
真奈子の恋を、かなえてやることはできなかった。だがそれでも、わずかな期間であったが、半ば私に仕えることで、女としての幸せを得られたのだった。その幸せを見て、きっと、真奈子の母も報われたのだと思う。結局、親の恨みも幸せも、その真髄は子にあるのだから。
そうして、その幸せは、私が真奈子の行為に対して、一時の気の迷いに惑わされずに、誠実であったからこそもたらされたものだと思う。例え、相手の好意を受け止めなくても、嘘偽りない真実の気持ちで報いることのほうが、ずっと相手の気持ちに真剣であることになるのだから。それが、何よりも相手を重んじるということになるのだ。
そういうわけで君たちも、軽薄なことはしてはならないよ。ついてよい嘘などという言葉もあるが、私はあまり信じない。そういう賢しらな考えは、あまりよくないと思う。あだなる契りをかこつては、むしろ恨みが残るのだからな。
私は真奈子がいるあの洞穴へと帰った。すると、私が帰るや否や、彼女は顔色を失った様子で、私を出迎えてこう言うのであった。
「あぁ、高嶺様……お帰りが遅く、心配しました。どうしたのですか? すっかり焦燥して。まさか、また森の奥へ……」
「……あぁ、その通りだ。今日、森の奥へと進み、森の怪と戦って来た」
「あぁ、なんてことを。真奈子との約束をお忘れになられ、こうして軽率なことをなされますのはどうしてですか。真奈子は悲しゅうございます。私が何か、高嶺様のお気に触ることを致しましたでしょうか。だから、私の想いをこうまで無碍になされるのでしょうか。それならば、そうと仰ってくださればよいのに」
「……」
「あぁ、ひどいお方です。何も仰ってくれないなんて。でも、真奈子はもう、これ以上はお聞きしません。ですからもう、森の奥へと進んではなりませんよ。かたく三度の契りを交わらせてください」
そう言い、身を摺り寄せてくる真奈子。
「高嶺様、約束の証をいただきとうございます」
「あぁ……」
そうして、夜の帳は落ちた。
十八 神剣「神威(カムイ)」
さて、話のはじめに、私は霊山立山に住まう、神獣にして荒神である「雷鳥」を討ったと言った。覚えているかな? 新しい聞き手も増えたみたいだから、あらためてここで説明しておくと、以前私は零落した国津神を殺めたために、彼らの憎しみを買ったのであった。また、このような行いは天津神の定めた法を破ることであるから、結局、八百万の神々の憤りを受け、日の国におられなくなったのだ。
さて、ところでこの神殺しの大罪だが、実は私の力によって成し遂げられたことではないのだ。これはむしろ、私の所持していた神剣の力によってなされた大事なのだ。
その神剣こそ、神が宿りし剣というところから、「神威(カムイ)」と名付けられた祭剣なのである。刃は殆ど無いが、神魔を払う効果がある。刃渡りは短い。脇差程度の長さの短剣で、どちらかというと鉈に近い。だから斬ろうと思っても、なかなか斬れない。これは先に言ったとおり、祭剣、つまり祈祷のための剣であって、殺めるための武器ではないからだ。
しかしこの「神威」。神魔に対する切れ味は抜群だ。もっとも、切れ味が鋭いというよりは、霊的な存在を霧散させるために、触れた先から消滅していくというのが正しい。この特異な性質によって、私は神殺しを成し遂げたのであった。
さて、また一年が経った。もっとも、僅か一月足らずの四季だが。
私は再度森へ行くことにした。
おそらく、あの怪奇は、私の推測によれば……そう、幻なのだ。あの怪奇が幻術を用いるのではない。あの怪奇そのものが幻術によって形作られたものなのだ。そう考えると、全て納得がいく。それを確かめるためにも、私は神剣を用いることにした。
中央の森を進むと、例の如く、あの怪奇が私の前に立ちふさがる。
どうやら奴さん、今回はやる気らしい。今までとは少し違う。なんとも言えぬ強い怒りの念を感じるのだ。
森の怪は、私と正面に対峙すると、手を口の前に添え、一息吹く。すると、たちまち陰炎が森を包み、生温かい風が梢を揺らし、血なまぐさい匂いが地の底から漂い立ってきた。もの凄まじい心地がして、狂気に身を焦がされる思いがする。常人ならばきっと正気を保てなかったであろう。そうして砂塵が舞い上がるので、私は腕で顔を覆い隠した。だがその一瞬の後には、大蛇・夜叉・大蛾の化物が、森の怪とともにうねり狂って、今にも襲い掛からんと身構えているのだ。あぁ、なんとも生きた心地がしない!! 見るにも恐ろしい化物よ……森の怪は口寄せの術を使ったのであった。
だが私は、既に奴の正体を見切っている。そう、この口寄せの術もまた、幻術に違いないのだ。
私は「神威」を抜き、眼前に剣の腹を置いた。そうして、神剣の刃に写る己の目を見つめる。神剣の厳かさは惑いや幻を絶つ。そうして剣を横たえ、怪物どもを見やれば、そこにはただ刃の一片が宙に浮くのみであった。私は「神威」を一閃し、これを砕いて奥へと進んだ。
一刻ほど歩くと、そこにはおどろおどろしい邪気に満ちた祠があった。そうして漂う匂いは、鮮血。うっと一瞬、私は顔を覆った。嗅ぎ慣れた、しかし忌々しいこの匂いに、自然と警戒の念は強くなる。慎重に、祠の中へと進む。祭壇は、苔むして磯臭く、ただ気味の悪いばかり。私は鼻を利かせた。あの血の匂いがどこから来ているのか……それを探るためだ。どうやらこの匂いは、祭壇の奥から来ているらしい。私は壁を丹念に調べた。すると、どうやら仕掛けがある。その仕掛けを作動させると、なんと地下への階段が現れたのだ。
私は息を飲んで、その階段を降りていった。
すると、三畳ほどの狭い地下室があった。その地下室には……なんと、壁一面に、血文字が描かれているのだった。そう、血の匂いはここから来ていたのだ。しかし、不思議なことに、この血の匂いは、まるで腐食した様子のない、新鮮な血の匂いなのだ。そうしてこれは……多少磯の香りがするが、人間の血に違いないのだ。
壁一面に描かれた血文字を私は読み解く。そうして、私はなんとも言えぬ気持ちになった。そこに描かれていたのは、人魚の親子を求め、殺し合う里の人間たちの記録であったのだ。
十八 海魔記
私が読んだ血文字の記録はこうだ。
まず、若い人魚の乙女と、若い人間の男子との出会い。
次第次第に、惹かれ合う二人。
岬にて一人笛を吹く男。
それに答え、岩に隠れて歌う人魚。
ある日、漁の最中、船が転覆し、溺れる男。それを助けてやる人魚。二人はいよいよ顔を合わせる。容貌を知らぬ二人であったが、一目見て互いの存在が察せられた。そうして、目を合わせた瞬間に恋に落ちた。
人魚は禁を破った咎で、二度と同胞のもとへは帰ることができなくなる。しかしそれも幸福であった。男は人魚を妻に娶った。里の人々も、村一番の勇士を救ったこの人魚の新妻を歓迎した。しばらくすると、一人娘を授かった。そうして、幸福に暮らす一家三人。穏やかな日々は過ぎ去った。
しかし人間の齢は限られている。男は年を取り死んでしまった。だが人魚の女は、いつまでも若く美しいままであった。その娘も、いつまでも幼く愛らしいままであった。
男が死んでから二十数年。里の中で、しばしば言い争いが行われるようになる。
あの若く美しい人魚の未亡人を、妻に娶りたいという男が何人もいたのだ。また、その娘を誰の妻とするのかということも問題になった。まだ少女であるといっても、とうの昔に女にはなっていたのだから。
人魚は悲しく思った。連れ添った夫のことを忘れて、新たに誰かの妻となり、身を差し出すようなことがどうしてできるだろうか。心苦しいこと、この上ない。また、娘の思いを無視して、誰かの妻とさせることにも、どうして賛同できるだろうか。人魚親子の気持ちを無視して、人間の勝手な論にしたがえというのは、酷い話ではないだろうか。
里の者の中でも、年寄り集は人魚たちに同情的であった。村一番の勇士と、村一番の美女。そうして二人が奏でる笛の音と歌声の妙なることは、どれほど麗しき思い出として彼らの心の中に強く残っていたことか。辛いときも、悲しいときも、この二人のことを思うと、生きる元気が出てきたものだ。
しかし若い男衆にはそれが分からない。女に飢えを覚えるのは、当然といえば当然である。浅ましく思えるかも知れないが、いつ死ぬかも分からぬ儚い生であるから、性の欲求は何より切実なものである。人魚のほうでも、それが理解できぬではない。また、人魚の女は、人魚の世界の掟を破り人間の世界に生きることを決めたのであるから、村の定めにしたがわざるをえないのも、詮無きことなのである。
人魚はそのように考えていることを、年寄り衆にそれとなく伝えた。その人魚の健気な考えを聞き、年寄り衆はせめてと思い、若い男の中から、容貌・知勇、ともに抜群の者を選び出して、夫にすることにしたのである。その心配りに、人魚も感謝して、運命を受け入れることに決めたのであった。
ところが、この決定に潔しと思わないものがあった。
若い女衆と、男衆の中でも、見目悪く人魚の夫に選ばれそうにない者たち。また、妻を亡くして独り身の中年男たちである。若い女衆は、意中の男を余所者の人魚に奪われることを憎く思い、見目悪い男衆をけしかけたのである。見目悪い男衆は、当然ながら抜群の美女を妻に娶りたいと思っていたし、あるいはここで名をあげれば、女衆の心をひけるかも知れぬと思ったし、またもっと純朴に、普段親しまれたり、頼られたりすることのない女たちからチヤホヤされることに有頂天になっていたのであった。また、鰥夫(やもめ)は、むしろ妻を失い、若い女が妻となりたがらぬ彼らにこそ、余所者の人魚とその子供をよこすべきだと言いよったのであった。
こうなると、事態は非常に複雑になる。
人魚に同情的な年寄り衆の中には、当然鰥夫の父母がいる。若い女衆の祖父母には、年寄り衆の中でも地位の高い者がいる。見目悪い男衆は蛮勇を奮う。見目麗しき男衆も、勇猛果敢で真っ向から対峙する。村の中が殺伐として、誰が味方で誰が敵か分からなくなる。人魚の親子は、心安らぐときのない、暗澹とした気持ちで毎日を過ごすことになるのだった。
そんな中で、亡き夫の弟子であった漁師が、数少ない心安き人としていてくれた。この人は酷い醜男であったから、誰も妻になりたいという者がいなかったのだが、心は優しく、また笛も非常に達者で、面倒見もよく働き者であるから、村の年寄り衆や子供たちからは非常に慕われている人であった。
ある日、娘を家において、人魚の女は用事で外に出ていた。そうして帰ってみると、そこには、嫌がる娘を無理矢理に己が者にしている、あの漁師がいるのであった。
女は悲鳴を上げた。すると、見目麗しい男衆がやって来て、この漁師を殺めてしまった。そこに、他の男衆がやって来る。すると、事が事であるから、険呑な雰囲気となり、争いはさらに広がってしまう。遂には、どこからか火の手が上がり、村全体を巻き込んだ凄まじい戦争にまで発展してしまうのであった。
人魚の親子は、隙を見て逃げた。
命からがら、森の中へと逃げ込んで、海神を祭る祠の中へと隠れ潜んだ。
母はそこで、海神に、親子を人魚の世界に戻してくれるように頼んだ。しかし海神は、人間との子供を産んで穢れてしまった女は人魚の世界に戻すわけにはいかぬと断った。ならばせめて、娘だけでもと懇願したが、海神は、娘もまた男の慰め者となって穢れてしまったから、その願いは聞き入れられぬと断った。
人魚の女は絶望した。そうしてこの世界の全てを恨んだ。恨み、恨み、恨み尽くして狂ったように嘆いていると、遠くから人間の声が聞こえた。女はハッとして、地下室に娘を隠した。そうして、決して外には出ぬように言い付けた。娘はもはや放心しており、からくり人形のようにコクコクと頭を縦に振るばかりであった。
そうしてすぐ後にやって来たのは、村の女衆であった。彼女たちは女を取り囲むと、次々に罵詈雑言を浴びせ掛けた。そうして、殴打を加えた。村が滅んだのは、人魚の女が村の男たちに色目を使ったためであるという。そうしてある女が、この人魚には罰を与えねばならぬと言い、腕よりも太い木の枝を森の中から拾って来たのであった。
しばらくして、若い男衆がやって来た。
陵辱の限りを尽くされた人魚の女を見て、ある男は唾を吐きかけた。もはや、慰み者にする価値もないと、笑い蔑むのである。あまりの悔しさと、人間の身勝手さ、理不尽さに腸が煮えくり返る思いの女であったが、隠した娘のことを思い、歯を食いしばって我慢した。
さらにしばらくすると、村の年寄り衆が集まって来た。しばし人間の生き残り同士で、談義していた。その後、一人の老人が女のところに来て、「娘をどこに隠した。言わぬと、どうなるか分かっておるだろうな。」と脅すのである。
女は笑って、逆にこう問うた。
「それよりも、良いことを教えてさしあげましょうか? 人魚が不老長寿の一族であることを、みなさんは既にお察しでしょう。ですが、人魚ならずとも、不老長寿になる方法があるのですよ」
老人は驚いた様子であったが、興味を引かれて、「どうすれば不老長寿となるのだ。」と問い返した。
女は、不気味に微笑んで答えた。
「それは、人魚の胆を喰らうことです」
それを聞いた瞬間、人間たちはざわめいた。
しかしすぐに、誰一人として、一言も発することがなくなった。
ただ女の笑い声だけは絶えなかった。
そうして翌朝、人間は一人として生き永らえていなかったのである。
女の怨嗟は、人間の愚かさを再度目の当たりにして、いっそう激しく燃え上がり、血潮は沸きあがり噴煙となってほとぼしり、ここにその証を刻み込むのである……。
その物語の末尾は、小刀で心臓を突き刺して息絶える人魚の女と、それを抱きかかえて泣く娘の血絵で締めくくられていた。
十九 真相
私は洞窟へと帰った。そうして真奈子と話をすることにした。話というよりは詰問と言ったほうが適切かも知れない。
「真奈子、お前に聞きたいことがある。いろいろ、聞きたいことがある。だからまず、一番、核心となることを聞きたいと思う。真奈子、お前が森の怪の正体だな」
「ハイ。その通りでございます」
「これが、幻術のよりしろだな」
そうして私は、打ち砕いた刃を差し出した。
「ハイ」
「……お前は、人魚の娘か。それとも、人魚の肝を喰らった人間か」
「その、両方でございます」
「両方?」
「ハイ。私は、人魚と人の間に生まれた子供でございます。そうして、母の死肉を啜った女であります」
「母親を、喰らった……だと?」
「ハイ。そうでございます……」
私は真奈子の正体に関しては、あの幻術を操っていたことだけは分かるのだが、果たして人魚の生き残りである娘なのか、人魚の肝を喰らった人間の生き残りなのであるのか、判然とはしなかった。おそらくは、人魚の娘なのだろうとは察せられた。だが、そうとも言い切れぬから、あらためて問うたのだ。しかし、その答えはやや予想外のものであった。
「あの血文字を、読まれたのですね。ならば、もうことの経緯についてはご説明申し上げるにはいたらないでしょう。ただ、あの記録の先のことを、私は申し上げねばなりません」
「語ってくれるか?」
「はい。もちろんでございます」
「辛い過去ではないか」
「もちろん、辛い過去でございます。ですが……私はあなた様を、何度となく害した者です。いまさら、どうして言い逃れをするような身勝手なことができましょうか。私は何事も、包み隠さず申し上げるつもりであります」
女だてらに健気である。殊勝な心意気は、天晴れと申すより他にない。「よろしい。申せ。」と言いつけると、「はい。」と恭しく応じるのだった。
そうして、坦々とことを語る真奈子の眼には、深い悲壮の念が宿っていた。あの瞳は……そう、あの瞳は!! 間違いない、重すぎる過去の重科と、長すぎる生とに疲れ果てた者の目だ。あぁ、間違いない。あれは、見飽きるほどに見てきた、私自身の目なのだ。この、蓬莱の宿業に焼かれきった私の目がそこにあったことに、私は胸を射られる苦しみを感じた。
「まず、難を逃れた後、母はすぐに私を迎えに来てくれました。あのとき私は、恐ろしさのあまり、声も出ず、祠の奥で震えるばかりでありました。そこへ、母が迎えに来てくださったのですから、嬉しさは尋常ではありません。しかし、なお尋常でなかったのは母の様子です。生気など欠片も感じられず、あたかも死人のようでありました。顔の色いと青ざめて、どろんとしただるい目つきは凄まじく、私を指したる手の青く細りたる恐ろしさ……私は思わず、あなやと叫んで倒れてしまいました。
倒れてすぐに、私は我が身を恥じました。きっと母は、恐ろしい目にあったに違いないのです。そうしてそれは、私の身代わりとなって受けた苦渋であったのです。それを怯え退くなどは、なんという惨い仕打ちで母に報いることでありましょうか。
私はすぐに、母に謝りました。その私を、母は、ただ呆然と、何の感慨もなく見下ろすばかりだったのです。そうして、お互い無言のまま、時間が過ぎ去りました。私は声を出せないでいます。何だか、機会を逸してしまって、声をかけられないのも事実です。しかしそれ以上に、えも言われぬ不気味さを、どうしたって母から感じてしまうのです。
そうして、私が何も言えないでいると、母が突然、ポツリと言うのです。
これから三日の後、この地下にまた起こしなさい、と。それと、決して我々人魚の死肉を、人間に渡してはなりません、と。
母はそれだけ言いつけて、私を外に出しました。
私は母が心配でしたし、母を地下に閉じ込めてしまうのはとても嫌な気がしました。また、人間が来ないかと心配でもありました。外に出たいとも思いました。しかし外に出ようとすると、凄まじい血肉の臭みが漂ってきて、私は到底出られませんでした。しかし祠の中も恐ろしくありました。私はどうしたら良いのか分かりませんでした。ただ半狂乱の状態で、頭を抱えて蹲っていました。すると次第に、意識がおぼろになってまいりました。夢なのか、現実なのか、何も分からない状態で、昼も夜もない意識の下、幾日かが経ちました。私は約束の三日が経ったのかどうか、よく分かりませんでした。しかし、ただ一途に母が恋しくて仕方ありませんでした。二人きりの肉親なのですもの……もう私には、母しか残されていないのです」
真奈子はあくまで、坦々と語った。
しかし私には、確かに彼女が溢す涙が見えたのであった。悲しい、悲しい涙の滴が、頬を伝って落ちるのが……。
「地下室の扉を開けると、私はあまりの生臭い匂いに、ギョッとしました。思わず顔を覆い隠しました。しかしそれが血の匂いであり、この地下室には母よりいないと気がついたとき、私は我武者羅になって駆け出しました。そうしてそこには、胸に刃を刺して絶命している母がいたのです。
私は母の死を知ると、生きて臓腑が腐り、血脈の先より裂き至るが如き苦しみと絶望に、泣くに涙なく、叫ぶに声なく、あまりの深い嘆きのあまり、遺骸を火に焼き、土に葬ることもせず、あたかも母が生きているかのように、額に額をよせ、手に手を取り組み、胸に頬を埋めて日々を戯れ過ごしました。
不老なる人魚の肉は、幾日を経ても腐ることなく、また深い苦しみのあまり、私も飢えや渇きを覚えませんでした。
そんなある日、ふと思ったのです。ならば、ならばですよ。それならば、これからずっと、大好きな母とともにいることができるということではありませんか。何という幸せでしょうか。そこは、ただ私一人のために、永遠の楽園があったのであります」
そこまで語ると、真奈子は肩を震わせ、いよいよ本当に涙を流しながら、こう言うのであった。
「ですが、母は遺言として、人魚の死肉を人間には絶対渡さないようにと言いつけました。その教えは守らなくてはなりません。しかし……しかし……私はどうしても、惜しい気がしたのです。火に焼いても、土に埋めても、惜しいと思ったのです。それどころか、このまま永遠に母の死体を守り戯れて生きるにしても、まだ惜しいと思ったのです。惜しくて、惜しくて、私は結局、母の肉を吸ひ、骨を舐めて、全てを喰らい尽くしてしまったのです。
だって、だってですよ、そうしたら、私はお母さんと、永遠に一つじゃありませんか……」
ただ真奈子は、一途に母と別れることを惜しんだが故に、その死肉を喰らったというのである。私は、もはや言葉がなかった。
「妹紅さん、私が恐ろしいですか? 恐ろしいですよね。そうして、浅ましく思し召しでしょう。
でも、でも、私もこうなりたくなんてなかった!!
あぁ!! 私にも、子供の無垢な夢がありました!!
強く優しき、雄さびしたお父様。笛巧みにして、その音は鳥獣を呼び慕わせ、悪人の心を覚ますと言われたほどです。
つつましくも凛然として、貞婦の操賢きお母様。歌声はどこまでも清く響き渡り、里の子供で母に憧れぬ者はなく、また里の老者で母を愛さない方はいないほどでありました。
そうして、何かあると、里の人々は、父母のことを讃え、誇らしげに語るのです。それが子供心に、どれほど嬉しくまた誇り高かったことでしょうか。
私も、そんな夫婦となって、慎ましやかでも幸福な家庭を持ちたい!! 父母に、子に、里の人々に、真の婦人として、認められる人生を歩みたい!! ただ、それより他には、何も望みなどはなかったというのに、それが、それが……」
おおおと崩れ落ちる真奈子の姿を見るに、私も涙を堪えることができなかった。
「私は、母の死肉を喰らいました。人魚一人、その骨肉臓腑から溢れるほどに充ち充ちた怨念を、私はこの身に宿したのです。何も、起こらないわけがありません。この島も、もともとは、穏やかな海と不思議に豊かな植生とに恵まれた島でありました。それがどうでしょう。今やすっかり、魔島と成り果て、ただかつての名残としては、万海の幸ばかりです。定かなるものはないこの世でありますが、それでも時の流ればかりは変わらぬものを、この島においては、一年が僅か一月あまり……私以外の生き物は、皆、滅び去ってしまいました。それでも、私は……生に飽きることもせず、死を求めることもせず、こうして生き永らえております」
真奈子は顔を上げ、私の目を見てこう言った。
「高嶺様、私が恐ろしゅうございますか? 気味悪うございますか? えぇ、そうでしょう。きっと、そう思し召しでございましょう」
そうすがるように言う悲しさよ。
私は、何も言葉を返すことができなかった。
二十 蓬莱の愛の形
私はその後も、おおよそ五年ほどの間、真奈子と同宿することになった。どのような過去があろうとも、もはやこの魔界において、人は我々二人しかおらぬのだから、離れて暮らすわけにもいかないのである。
確かに真奈子は私を襲った。だが、彼女に殺意があったとは、私には到底思えない。事実、彼女が私を殺す機会は、幾度となくあったではないか。私が不老不死であることを知らないのであれば、なおさらのこと、この肉体に刃を立てて命を奪えばよかったのである。
ではどうして、殺意なき真奈子が私を何度となく襲撃したのであろうか。それは、ただ彼女が、自己の神聖な領域に踏み込まれることを恐れたからであろう。むしろ、度重なる忠告を無視し、そこに幾度となく侵犯した私に咎があるとすらいえる。要するに、彼女は警告と威嚇とのために、私を襲撃しただけなのであった。
私は真奈子のことを考えると、どうにも「罪人」という言葉が頭に浮かんできてしまう。彼女は罪人であろうか。いや、罪人なのだろう。だからこそ、こうして魔界に一人生きねばならぬ罪を科せられているのだ。では、どのような罪で彼女は幽閉の憂き目にあっているのだろうか。やはり、母の死肉を喰らったという罪であろうか。だからこそ、この魔島で幽閉されることになったのだ。あるいは、人魚の血を引く女が、人魚の世界ではなく人間の世界で生活したという罪だろうか。なるほど、確かに掟破りは重い罪である。しかしそれらは、例え罪であるとしても、やむを得ぬ罪ではあるまいだろうか。
果たして、天が何を罪として何を功とするのか、地上人の我々には分からぬことだ。しかし、やむを得ぬ罪を罪として数えぬのが教えであろうと思う。また、天の配分は公平に違いない。だからやはり、真奈子にも何らかの、罪を問われるべき重い過失があったのである。
はて、とすればこの私はどうなるのだろうか。そもそも、人の罪を数えるのであれば、私こそを罪人と呼ぶべきである。人を殺め、不老不死の秘薬を盗み、それを飲むという行いは、明らかに天津神の法を犯す行為である。それに飽き足らず、零落した国津神を殺し、彼らを心底怒らせ、再度天津神の法を破ったのであるから、言語道断というより他にないではないか。そんな私には、必ずや重い罰がくだるに違いあるまい。
だがもし、一つの可能性として、真奈子には罪があっても罰がないということなのであれば、それは……逆に言えば、つまり、この私であっても、赦され得るということなのであろうか。
いや、そもそも、罰がないのであるから、罪がないということになるのだろうか。しかし、そうであろう。罰がないのに、罪とはいえまい。そうしてよくよく考えてみれば、私に何の罰があるだろうか。不老不死が罰なのだろうか。それはむしろ、考えようによっては、褒美ではなかろうか。ならば私には罪がなく、真奈子には罪があるということか……いや、そんなことはない。そんなことがあってよいハズがない。この哀れな少女に罪があり、私が罪がないということが、あってよいハズがないのだ。
そうだ、必ずこの娘は、天の公平な配分でもってして、その魂が救われるはずである。そうして、真奈子が救われるためには、因果応報の理を明らめねばならない。そのために、私は必ず、自業自得の罪を被らねばならない。私に罰があれば、私に罪がある。そうなるのだ。そうならば、罪のないはずの真奈子に罰があるということはあやまちとなって、いつか高天原の神々が、不公平に気がついて、彼女を救ってくださるに違いあるまい。
それはつまり、どういうことを意味するのか。なに。ただ、私が不幸であり続けるということであろう。ただ、それだけのことよ……。そんなことを、私は何度も何度も考え、日々を過ごしていた。
そんなある日、私は急な高熱を出してしまった。この身は不老不死であるが、それでも常人と同じように病にはかかるのである。そんなとき、真奈子は心底私を心配して、看取ってくれる。その愛情は、もはや疑い様がなかった。
そもそも、この少女を倶して、起臥の扶けとすることの、居心地の悪いわけがない。真奈子のかたちはみやびやかで、深い情愛を起こさせるのだ。そうして、何事につけてもよく気がつき、また愛嬌があって語るに嬉しく、言葉は尽きない。寒さ、暑さも、すっかり忘れることができるほどだ。
真奈子は私を慕っている。
私も、真奈子をかわいく思っている。
だが、しかし……そのような愛欲邪念の業障にひかれる形で、どうして彼女の真剣な想いに報いることができようか。またこの穢れた身で、どうして彼女に寄り添うことが許されるだろうか。
一人は寂しい。真奈子はかわいい。しかし私は、一人の性としての愛は、どうしても彼女に抱けなかったのだ。もちろん、そもそもが同じ女同士だから、互いの愛が成立し難いのも当然だ。しかし私も幼い頃、美しく年近い女性に対して、妙に恋焦がれるような、憧れの気持ちを抱いたことがあるから分かる。決して、同性であることが、愛の妨げにはならないのだ。
しかし、長すぎる孤独な生が、ただその死生観のみならず、私の性に対する感性をもまた、身勝手なものにしてしまっていた。それは、よくある形としての、快楽を貪欲に求めるという肉体的な身勝手さとは違うが、別の形として、心の空白を埋める存在としての伴侶を求めるという、精神的な身勝手さなのである。
そこには、ただ一途に誰かに想いをよせ、その傍にいるというだけで、その人のことを考えているというだけで、充ち充ちた生を実感できるという、あの幼くも愚かで、またそれ故に一途で純真な気持ちがないのである。
そう、分かりやすくいってしまうと、ただ誰でもよいから、自分に向けて一途な思いを傾けてくれる、そんな人がいて欲しいという思いが私にはあったのである。
私は、自分のそういう身勝手な願いを知っていた。
だからこそ、その身勝手な願いを完全に否定しない間に、彼女と恋仲になることはできなかったのだ。
さらに言えば、私は……どうしても、彼女に救われて欲しかったのである。だからそのためには、私は彼女と幸福な日々を送るわけにはいかなかったのだ。
そんな私でも、自らの名を明かし、「妹紅」と呼ぶように言ったことは、止むに止まれぬ我侭であったのだ。
二十一 真奈子
この五年、私はあまり真奈子に親しくはしてこなかった。どちらかというと、余所余所しい態度であった。私も、そう思われるように意図していた。それが伝わってのことだろう。真奈子のほうでも、何だか気の重たいような、悲しいような、そんな雰囲気を漂わせることが多くなった。そんな彼女の姿を見て、私は心が痛んでいた。だが、それがきっと、彼女のためにはしあわせだろうと思ったのだった。
ある日、ふと朝起きると、いつもと少し、真奈子の調子が違って見える。何だか前よりいっそう悲壮感がただよっているような、いや、むしろ、清々しいような、何ともいえない不思議な感じがした。そうして、常になく、馳走によりをかける。少し手間をしたり、珍しいものをあえて採って来たりするのだ。妙な気はするが、あるいは吹っ切れたのだろうかと思い、内心彼女のために喜び、私はいつも通りに振舞うことにした。
そうして、あるきれいな満月の夜、ぱらぱらと雨が降っていてほどよく涼しく、雲は月を隠さず、絶妙な按配であった。
ふと、真奈子が、「妹紅様。」と私の名を呼ぶのであった。私は「なんだ。」とそっけなく答えた。にも関わらず、真奈子は目をうるわせて、「せめて口付けだけでも」とせがって来る。私も、何だか焦がされる思いになったが、しかし、いかんと振り切って、そのままとなってしまった。シュンとして、諦めたような、いやに心残りする表情をされて、私はどうにも、心が痛んでしまった。
その後、所在なくて、私は先に寝てしまうことにした。
(どうしてこんな罪悪感を抱かねばならんのだ。私が悪事を働いたわけでもないのに)
そう思って悶々としているうちに、朝が来た。
そうして起きると、真奈子の姿がどこにも見当たらない。おや、とあやしく思った。なんだか妙に胸がさわぐ。どうも背を押される気持ちがして、あの祠へと私は急いだ。すると相変わらず、鮮血の匂いが漂ってくる。だが、その匂いが、妙に濃いのだ。私は瞬時にことを察して、地下へと急いだ。するとそこには、喉に刃をつきたてて、血を流し苦しむ真奈子の姿があった。
二十二 死者の咲顔
「真奈子、どうした」
そう言って、私はそばに駆け寄った。すると、真奈子は真っ青な顔の、両方の頬から顎にかけて血に染まったのを挙げて、私を見るのだ。どうにも物を言うことが難しいようで、息をするたびに、傷口がひゅうひゅうと音を立てる。
真奈子が何をしたのか。
もはや、一目瞭然である。
真奈子は自決をはかったのだ。
しかしその理由までは、問いただして見ねば分からなかった。
「真奈子、どうした。何を思って、そう死に急いだのだ」
私は真奈子のそばによって、右の腕で真奈子の背を抱き寄せた。そうして身体を起こさせると、喉の下のところから、黒い血の固まりがはみ出しているのが見えるのであった。私は袖を破って、すぐに真奈子の喉に当ててやった。すると、ようやく真奈子は物を言えるようになって、しずしずとこう語るのであった。
「妹紅様を、もとの世界にお返しするためです。私が生きている限り、この魔界はあなたをとどめて自由にはさせませぬ。ですから、いっそのこと死んで、あなた様を楽にさせてあげたいと思ったのです」
そうまで言うと、真奈子は苦しそうに目をぎゅっと瞑って、最後の力を振り絞った。
「妹紅様。一目お会いしたときから、お慕い申し上げておりました。人を恐れ、生に疲れ、それでも死を拒み、ただただ甲斐なき生にしがみついておりました私の前に、あなたはいらっしゃったのです。
桜の枝葉が水面に映ったかと思われるような薄い桜色にそまった秀貌、枝垂桜の連なり重なり春に雪を見るが如き麗しい長髪、あたかも春風の吹くような爽やかなお声立ち……それはもう、照闇揚輝の思いがいたしました。
長い遭難のために、すっかり疲れ果ててしまわれた貴方様が、人恋しそうにいらっしゃるのです。私の様なものでも、おそばによることを許されたような気持ちになりました」
そこまで言うと、真奈子は一呼吸置いて、私に問うた。
「ねぇ、妹紅様。真奈子の恋心を、果たして貴方様は気がついていらっしゃいましたか」
「あぁ、知っていたよ」
「どうして、私の気持ちに応えてくださいませんでしたの」
「お前の真心が、疑いようもなかったからだ。中途半端な気持ちじゃ、応えるわけにはいかなかったんだ」
「では、私のことを嫌ってらっしゃったわけではないのですね」
「どうしてお前のことを嫌いになることができるものか。ただ、私はお前の真実からの愛情を、何よりも大切にしたかったんだ」
「あぁ、うれしい……私の気持ちは、初心な乙女の一途な思い込みではなかったのですね」
そう言う真奈子を、私はただ抱きしめてやることしかできなかった。
「妹紅様。私は死ぬことなんて、もう少しも怖くはありません。だって、女の恋の幸せを知ったのですから。ただ、それでも一つだけ、心残りがありますの」
「なんだい? 言ってご覧」
「口付けをして欲しいのです」
「あぁ……分かったよ」
そうして私が静かにくちびるを重ねると、真奈子は咲顔を浮かべて露と消えた。残ったものはただ神剣「神威」があるのみ。剣の地に落ちて祠に鳴り渡る刹那の響きが、永遠の如き長さに渡って私の心にこだましたのであった。
二十三 崩壊
「神威」が地に落ちると同時に、右へ左へと凄まじく体が揺れ動く。地が震え、何事かと驚き、祠の外へと出る。どうやら、孤島が崩れ落ちようとしているらしい。
なるほど、この魔島は、真奈子の実に宿った凄まじい怨念、つまりは彼女の母親の怨嗟が作った異世界なのであるから、その主である真奈子が死ねば、その姿を止めぬのが道理である。
(く、しかし参ったぞ。このままでは、私も崩壊に巻き込まれてしまう!!)
そう思ったときには既に遅く、島のガラガラと崩れ落ちるのと同時に、私も崩壊に飲み込まれてしまった。そうして、その後の記憶はない。ただ薄暗い闇の中、一筋の光がすっと私のほうへと差し込んでくるのをみたような気がする。そうして、とおいとおい光の先で、親子三人が微笑み会っているのを見て、私は思わず、相好を崩したのであった。
二十四 帰還
気がつくと私は、砂浜に打ち上げられていた。果たしてどこか分からないが、とにもかくにも、日の国に戻ることができた安堵感に、深く胸を撫で下ろした。そうして、孤島での出来事が、卒然として脳裏に映し出され、一つ一つの光景が、あたかも眼前で繰り広げられているかのように、色彩鮮やかに思い出されるのだった。そうして最後、あの真奈子が咲顔を思い出す。果たしてあれほど、純真から出たほほ笑みが他にあろうか。その咲顔が死に際のものであったことを思うと、自然、頬を伝うものがあった。
真剣「神威」は、手元になかった。きっと、あの島とともに地底へと沈んだのだろう。しかし、それでよかったのだ。神を殺めた刃であるから、それを持つ限り、国津神は私を恨んで、国に帰ることを許さなかっただろう。あれは海府に封じておくのが、一番なのだ。
それから私は、近くの漁村を訪れた。そうして時を尋ねると、なんと日の国を発ってから、百年近い時が経過しているではないか。
あの孤島のでたらめぶりは、今更言うまでもないが、一年が十年も二十年もになるとは、いやはや。不老不死の私が、時の流れにぞっとさせられたのは、これが後にも先にもはじめてのことだよ。
跋 海魔考
さて、以上が私の遭遇した一番の災難だ。これは私が法も秩序も顧みず、虎狼が如く生きたから、天津神からは怒りを買い、国津神からは恨みを受け、天の捌きを受けて、百年の島流しに処されたわけで、君たちは決して、私みたいな生き方をしてはならないよ。必ずや兄弟に友に孝心を尽くし、真心のある誠実な人にならなくてはならない。分かったね。そのために、ちゃんと慧音の話を聞いて、一生懸命勉学に励まないとダメだぞ。
しかしながら、こう罪の多い私であったが、一つ良いことをしたために、どうにか罪が赦されて日の国に帰って来られた。やはり、天の配分は公平なものだね。こうして、私たちの振る舞いを、高天原から見ていらっしゃるのだから、決してそのことを忘れてはならない。悪いことをしては罰があるし、良いことしたらちゃんと報いてくださるのだ。
私のした良いことは、真奈子の魔を払ったことだ。それは、ただ哀れな人魚親子を弔ってやるだけではいけなかったのだと思う。
真奈子の恋を、かなえてやることはできなかった。だがそれでも、わずかな期間であったが、半ば私に仕えることで、女としての幸せを得られたのだった。その幸せを見て、きっと、真奈子の母も報われたのだと思う。結局、親の恨みも幸せも、その真髄は子にあるのだから。
そうして、その幸せは、私が真奈子の行為に対して、一時の気の迷いに惑わされずに、誠実であったからこそもたらされたものだと思う。例え、相手の好意を受け止めなくても、嘘偽りない真実の気持ちで報いることのほうが、ずっと相手の気持ちに真剣であることになるのだから。それが、何よりも相手を重んじるということになるのだ。
そういうわけで君たちも、軽薄なことはしてはならないよ。ついてよい嘘などという言葉もあるが、私はあまり信じない。そういう賢しらな考えは、あまりよくないと思う。あだなる契りをかこつては、むしろ恨みが残るのだからな。
>>4番さん
石井研堂の「少年魯敏遜」を、形式と着想の参考にしました。
これは、1900年『少年世界』に書かれた作品で、非常に古いものです。
ただ、世代的には、乱歩に影響を与えたもので、そのあたりが、何となく乱歩を思わせるに至ったのかなぁっと思います。
自分は乱歩の作品、読んだことないんですけどね。
あるいは、『高瀬舟』とか、『雨月物語』などの、当然乱歩が読んだであろう作品も参考にしていますから、そのあたりが理由かも知れません。
>>愚迂多良童子さん
真奈子という名前に関しては、確か『万葉集』で、真奈子とは女の意であるみたいな、そういう紹介をされているという記憶があって、つまりは、「女の子」=「真奈子」という形で、採用しました。
カレイの種類に、真子ガレイというのがありますが、これも「女ガレイ」という意味で、実際に真子ガレイは卵を持つカレイとして有名です。
人魚で真奈というのも、同じ意味で使ったのか、あるいはマナとか、そういうところから来ているのかちょっと分からないですが、あるいは女性のキャラクターで真奈を採用されている場合は、自分と同じで、ただ女性であることを意味したかったのかも知れませんね。
男で太郎だと、なんかちょっとカッコがつかないですが、女で真奈だと、普通にいい名前だから、採用率なんかも高いのかも……。
不老不死の薬として生きながら喰われるところがなんとなくデジャブ。