!キャラ崩壊注意!
キラキラと、月の光が湖に反射しているのがよく見えた。
やや風が強い夜であるから、湖面に映る月は形を保っておらず、辺りに小さな欠片を飛ばしているようであった。
風に打ち付けられ木々がザアザアと揺れているのを、ハエの羽音ほど耳障りだと、レミリアは両手を耳に強く押さえつけながら思った。
レミリアは部屋に備え付けられた机に向かっていた。仰々しいほどに大きなつくりのそれは、食卓にあってもおかしくないほどのものだった。
その一番角の席に、ランタンと、インクとペンと紙が置かれている。
そして、レミリアはそこから二席ぶん離れた場所に座り、頭を抱えるようにして集中していた。
ランタンの明かりが不規則に揺れる。それが作り出す陰が視界に入るのさえ鬱陶しく感じ、やがてレミリアは目を閉じた。目と、耳とを塞いで、レミリアの頭の中がいっそう華々しくなるかといえば、そうはならなかった。目を閉じても黒は見えるし、耳をふさぐと自分の体の音が聞こえてきて、ひどく不快であった。
本日何度目かのあくびをしたところで、張りに張った緊張が解けたのか、レミリアは机に突っ伏してしまった。形状的にやや斜めになった机は、ものを書くのにはちょうどいいつくりになっている。そして、まるで物書きに仕掛けられた罠であるかのように、このタイプの机は決まって寝心地がいいものになっていた。右腕を枕に、顔を左に向けるようにして、ゆったりと揺れるランタンの明かりを見ていた。右に左に揺れるそれは次第にレミリアの思考力を奪っていき、安定したリズムを刻む、まるで子守唄のような作用でレミリアのまぶたを徐々に重くしていった。
体がビクンッと跳ねるのと同時に目を覚ました。枕代わりの右腕に、少ししみができていた。それが自分の口から流れ出たものだと気づき、まるで何かの反動であるかのようにレミリアは上体を起こした。口元をぬぐい、そしてゆっくりと右腕にできたしみに鼻を近づけていった。幸い、歯を念入りに磨いたので、臭うものではなかった。しかし、実際に歯磨きのおかげなのかはわからない。が、とにかく謎の安心感を得ていた。時間を確認したところ、眠り始めてから30分程度しかたっていなかった。最後に時計を見た時間からなので、実際はもっと短いかもしれない。
ふう、と満足ではないため息を漏らしたあと、ようやく観念した、といった表情で椅子からゆっくりと立ち上がり、自分のテリトリーへと移動していく。このテリトリーとは、ランタン、ペンが置かれた席であり、レミリアは、勉強を強要されている子が教科書を読みたがらないように、その席に座るのを拒んでいた。が、ようやくあきらめも着いたといったところだろうか。不満たらたら、席についた。目の前に置かれている一枚の紙を、親の敵であるかのように睨んだ。もちろん、紙に威嚇は通じないので、逃げ出したりしない。いっそのこと逃げ出してくれたほうが楽なのだが、と落胆する。
紙に書かれている文字は、今のところ、たった一言だった。
「私は」
私は。私は。私はいったい何なのだろう。ああいらいらする。いつまでたってもその先が出て気やしない。たかだか500と1歳の誕生日を迎えるだけなのに、どうしてこう、スピーチの原稿ごときで苦労しなくちゃならないのかしら。そもそも、私を祝うためのパーティーなのだから、私が苦労するのはおかしいのだ。こういったものは得意なやつに任せるのが良いに決まっている。そのほうが、立派で、綺麗で、堂々としていられるというものだ。私のパーティーで、私の言葉を聞いて誰が喜ぶんだ。それなら、たくさんのいろんなやつらからささやかに祝ってもらうほうが、私としてもうれしいはずだ。私は。私は。まったく決まらない。嫌いなんだよこういうのは。
ドンッっと机を叩いた。アイデアの難産によってレミリアの頭の中のが少しはじけてしまった。机を叩く行為に意味はなかったが、レミリアの頭の中では、叩くぞ叩くぞ、といった己への期待があったために、少しの満足感があった。
机上のものが一瞬空中へ舞った。ランタンがぐるんぐるんと回転し、今にも机から落ちそうになっており、レミリアはそっと手を伸ばしたが、ランタンは徐々に回転のペースを速めていき、ついに元の位置に戻ったことで、事なきを得た。レミリアから安堵の息が漏れる。
一向に進まない原稿を、レミリアはぐしゃぐしゃっと丸めて、床に投げ捨てた。見ると、すでに何十もの紙が同じように捨ててあり、その紙の大半はインクの染みすらついていないかわいそうな存在だった。
最後の一枚であった紙を躊躇いもなく投げ捨てたレミリアは、ふんぞり返って、
「咲夜!もっと紙を頂戴!」
と、叫んだ。
「小鳥」
さらに風が強くなってきた。窓をタンタンと叩くように風が吹いている。雲の流れも速く、月明かりが連続して遮られるので、室内は壊れた電球でも備わっているかのように明るくなったり暗くなったりしていた。レミリアは窓に手を当てて、外の様子を眺めている。程よく、保つとも、壊すとも言えないその荒れ具合に、自身の頭の中身を投影しているかのようだった。
相変わらず、原稿の執筆は進んではいない。何かに凝っているわけでも、変に格式ばったものを作ろうという気はない。ただ言葉が出てこなかった。文字にするということは、心、或いは日常的に感じている慣習となった感性を相手に伝えるということ。複雑且つ表面的には単純化されている自身の思いに少しばかりフィクションを加えたものだ。それは時に理解されないばかりか、非難されてしまう。一度で、思いや、それにこめた感情、文字にはない迫力を伝えられる絵や音楽とは違うのだ。
レミリアは絵と音楽は好んだ。上質な絵に出合ったときは心を昂ぶらせた。伝えたいこと、訴えたいことが伝わってくるようで、一目見た瞬間から全身に圧力を感じるような作品だ。また、美しい旋律を聴いたときなどは、自身をさらけ出しているかのようだった。こんなにも広大で創造的な世界の拡大の仕方があるだろうかと、感情の爆発を抑えられなかった。いずれの出会いも、すばらしいもののはずなのに、レミリアは羞恥を感じざるを得なかった。こんなにもはっきりと、感情を表に出してしまえるなんて、まるで裸を見ているようだからだ。レミリアはこういうとき、いつも恋をしたように、顔を赤らめるのだという。
窓の外を眺めている。額を窓にくっつけて、その冷たさを感じる。少々温まってしまった頭をクールダウンさせるためだ。外は、相変わらずレミリアの頭の中のように荒れていた。ただぼおっとそれらを眺めていると、なにやら思考が詩的になってくるようだった。例えば、あそこの小鳥が……
「考えはまとまりましたかお嬢様」
音もなく近寄ってきては耳元で無機質で感情的でない声を発するのは彼女の得意技だった。しかしレミリアはいかにもそれに慣れているかのように動揺することなく振り向いた。見ると彼女の右手には辞書ほどの厚さの紙の束が抱えられている。主人を心配しているのか、小ばかにしているのかは今のところ定かではない。彼女、十六夜咲夜はそう言うと床に落ちている紙たちを拾い始めた。
「誤解しないで頂戴。私の頭の中ではとっくに完成されているんだ。ただ、それを表現するだけの言葉が存在しないのよ」
一瞬のうちに床に落ちていた数多くの紙はすべて片付けられた。ゴミ箱からあふれているそれらがレミリアの言葉を許さないかの様に今か今かと零れ落ちそうになっている。その横で咲夜は少し機嫌が悪そうな表情でレミリアを見ていた。
「何か?」
一声で部屋の雰囲気を変えるだけの十分なエネルギーをもった音の波が流れる。外でごろごろ雷が鳴っていてもおかしくないほどシリアスな空気にレミリアの背筋が若干伸びた。
「悪かった。正直に言うと何もできていないわ」
ゆっくりと机に向かって移動し、両手を小さくあげて降参のポーズをとりながらレミリアは席に着いた。
はぁ、とため息が聞こえた。レミリアは俯いた。
「明日が何の日かはお嬢様が一番ご存知でしょう。あれだけ楽しみにしていたのに」
声色は緩やかで、怒りを含むものではなかった。もっとも、呆れが大半を占めていたのかもしれないが。
「確かに誰よりも私が一番楽しみにしている。でもそれは祝福の声をもらったり、私の好みなど関係なく自己満足のプレゼントを渡されたり、この日ばかりは敵対していたあいつらと酒を飲み交わすといったことが楽しみなんだ。意味のない言葉を届けるような特殊な趣味は持っていないんだよ」
レミリアの見切り発車な言葉は自己の正当化には不十分な内容でしかなかった。わがままを撒き散らす幼い声が弱弱しく咲夜の耳をかすめた。
「主の務めです。この館がそれを望んでいるのです。お嬢様の言葉は私の言葉にもなり、妖精達一人ひとりの言葉にもなるのです」
咲夜の返答は早かった。まるで日ごろから慣れ親しんだやり取りであるように、決まった台詞をつぶやくように自然な言葉となってレミリアに届いた。いつしか雲は流れ去り、月明かりが遮るものなく室内を照らした。沈黙が続いた。沈黙の最中レミリアは月を見上げていた。美しい曲線が輝く。が、今のレミリアにとってはそのことはどうでも良かった。やがて、真実の光に照らされてかのようにレミリアは口を開いた。
「そういうのが嫌なんだよ。まるで責任みたいにこの館は私にのしかかって……」
レミリアは少し顔を下げ、咲夜の顔を見たり見なかったりしながら話し始めた。
「私は、日常でお前たちのことなんて考えていない。誰かと話しているときも、弾幕ごっこをしているときも、私は私でいっぱいだ。なのに紅魔館はそれを許してくれない。お前やパチュリーの存在が私を主として飾り立て、そして縛ってくる。向いてないんだよ……私は主にはなれないんだ。みんなが大きすぎる。私は私でいっぱいなんだ。これ以上の責任はつらいんだよ……」
徐々に小さくなっていくレミリアの声を咲夜は逃すことなく聞いていた。短い付き合いではないし、隠されてはいるが本当はこういった性格だということも知っていた。メイドとしては主のこういった姿を前にしたら叱咤なりなんなりでやる気を出させるのが通常なのだろう。しかし、痛々しい己の身のうちを、涙を浮かべ顔を赤く染めながら話すレミリアを前にした時、咲夜はそうはできなかった。
咲夜はレミリアに近づき、その前に膝を着いた。そして、視線を合わせ、やさしく語りかけた
。
「お嬢様は美しいお方です。ご自分を何より大切にし、穢れなきお心を持っております。どうか咲夜にその一部を見せていただけないでしょうか。お嬢様自身のお言葉でいいのです。館や私のことは無しにして、その美しさの一部をみんなに披露していただけないでしょうか」
やや困惑の表情を浮かべながらもレミリアは小さく頷き、うん、と言った。咲夜は笑顔を向けた。
夜はまだ続いていった。
「見たでしょう!所詮こんなもんなのよ!」
ばたばたと恥ずかしげもなく足音を鳴らしてレミリアは歩いていた。ドレス姿の彼女はドレスの端を摘むようにして持ち上げ、大またで廊下を進んでいく。
「お待ちください!お嬢様はご立派でございました!誰も文句をつけるはずもございません!お嬢様!」
その後ろを咲夜がなだめるような言葉を掛けながら追いかけていた。
レミリアは無事スピーチの原稿を書き終えた。何度も咲夜に助けを求めながらも、自分自身をさらけ出すような作品とも言うべきものを書き上げた。
そして、本番となる本日を迎えたわけなのだが……
「だって……あんなに反応も薄いし、みんなポカンとしちゃってた!その後の空気ったらありゃしないわよ!」
結果から言うと、レミリアは滑った。大勢の人妖を前にして語った赤裸々な文面はレミリアにのみ牙をむいたのだ。その後、パーティー会場を2、3週うろうろしたレミリアは今こうして屋敷内へと逃げてきたというわけだ。
レミリアはイライラしていた。どうにかこのイライラを解消できないかと当り散らせるものを探していた。しかし、強大な力を持つ吸血鬼であるレミリアの手にかかればこの屋敷であろうと瓦礫に還すことができる。レミリアは行き場のないイライラを溜め込み、結局自室にたどりついた。ドレスを乱雑に脱ぎ捨て、下着姿のままベッドに飛び込んだ。
「お嬢様……」
咲夜はレミリアに触れるわけにも行かずに、ただただベッドの周りをうろうろと歩き回るだけだった。まだまだパーティーは始まったばかりだった。これから料理を運び出し、酒を出さなくてはならない。いつまでもレミリアのそばにいることもできないのだが、咲夜はどうしてもその場を離れることができなかった。やがて、屋敷の外でいつもの宴会さながらドンちゃん騒ぎが聞こえてきたころ、レミリアがボソッとつぶやいた。
「咲夜、近くに来て」
「どうされましたか」
「来て」
ベッドのそばで問いかける咲夜に、レミリアは2、3度ベッドをぽんぽんと叩き入ってくるように命じた。むしろ、そのしゃがれた声から懇願のようにも感じることができた。
咲夜がベッドに入るや否や、レミリアは体を寄せてきた。まるでこの瞬間を待ちわびていたかのように、大きく息を吐いて、全身の緊張が取れていく様子が傍目にも見て取れた。
やがて咲夜も体勢を変え、レミリアに向き合い抱き合う形となった。遠い遠いところで騒ぎ声が聞こえる。しかし、この部屋を満たすのはその騒ぎ声ではなく、二人の息遣いとそれを囲うように存在する静寂だけだった。
眠ったのだろうか、と思うほどレミリアが動かなくなったころ、彼女はそっと口を開いた。
「もう疲れちゃった」
咲夜は一瞬、言葉に詰まった。この言葉をどう受け止めるか、考えてしまったのだ。そして、二人の短い会話が始まった。
「何にでございましょうか」
「この館に。主らしく振舞うことに」
「お嬢様はここの主でございます。振舞うようなものではございません」
「似合わないんだよ私には。主の真似事も上手にできないんだ」
「お嬢様は立派でございます」
「私の中にはいつも咲夜たちがいる。そのことにすら耐えられない小さな存在だよ私は」
「光栄でございます。お嬢様は美しい心をお持ちなのです」
「咲夜は……疲れたりしないのか?自分の立場に不安を覚えることはないのか?」
「いつも疲れております。毎晩後悔しております。でも私もまた私の中にお嬢様たちがおり、それが力となっているのです」
「そうか……。咲夜は強いな」
「そんなことはございません。お嬢様も……」
「咲夜、知ってるか?」
「はい。何でしょう」
「紅魔館の門のところに、大きな木があるだろう」
「はい」
「あそこに、2羽の小鳥が住んでいるんだ」
「……知りませんでしたわ」
「2羽は大きな木に小さな小さな巣を作って暮らしている。風の日は身を寄せ合って。雨の日は雄が盾となり雌を守って」
「なぜ今そのようなことを?」
「……羨ましいんだ。その子たちが」
「え?」
「私にはこんな大きな館はいらない。メイドもいらない。小さな家と、誰かとなりにいてくれればいいんだ。ちょうどあの小鳥達のように」
「……」
「そして、咲夜。隣にいる人は咲夜がいい。それ以外は私には大きすぎる」
「パチュリー様はどうされるのです。美鈴もいるのですよ」
「……友人達は数ヶ月に一度会えればいい。毎日顔を合わせるのは無粋だ」
「ここに住む妖精達は?彼女達は自然に還すには時間がかかります」
「ここに住み続ければいい。私が出て行ったこの館でな」
「……妹様は」
「……」
「妹様は、フランドール様はどうされるのですか?」
「……いらない」
「……」
「フランも、パチュリーも美鈴も、やっぱりみんないらない。咲夜が、咲夜だけがいればいい……」
「お嬢様……」
「あぁ……咲夜、咲夜。もうつらいよ。お前と二人で暮らしたい。なにも邪魔されないところで、何の責任もなく、自由な心で暮らしたい」
「もうお休みなさいませ。パーティーは私が何とかしておきますので」
「……咲夜…………」
それ以降、レミリアがパーティーに姿を現すことがなかった。
あくる日の夕方、やや日が沈みかけたところでレミリアは目を覚ました。
いつものように着替えを済ませ、いつものように夕食のメニューをメイドに聞いた。
そして、いつものように新聞を読もうとしたところ、新聞はなぜか無かった。
メイドに聞いても誰もどこにあるかは知らないようだった。しかたない、ということでレミリアは朝食の完成の知らせが来るまで部屋にいることにした。
目を閉じ、昨夜のことを思い浮かべていた。
しばらくして咲夜が知らせにやってきた。お互い顔には出さないがどこかぎこちなさを感じていた。
咲夜に先導されレミリアは朝食をとるために部屋に移動したところ、パチュリーに会った。やけに機嫌のよさそうな彼女は目が合った途端に話しかけてきた。
「やるじゃない。親友よ」
「……具合でも悪いのかしら」
ふっ、と唇に笑みを浮かべる彼女はまぁコレでも読みなさい、と新聞を差し出してきた。
見るとそこには昨日のパーティーの、スピーチのことがでかでかと掲載されていた。
レミリアは心臓がぎゅう、と収縮するような感覚と、冷や汗を流した。が、よく見るとそこには批判的内容はどこにも無かった。むしろ、コレでもかというぐらい褒めちぎっている。
新聞にはレミリアのスピーチの際の写真と、各方面からの絶賛のコメントと、ノーカット版の原稿が掲載されていた。正直やりすぎであると思う。
慌てふためいているレミリアに、パチュリーがもう一度口を開いた。
「改めて言うわ。やるじゃない。親友よ」
差し出された右手に一瞬の戸惑いを見せながらも、レミリアもまた手を差し伸べた。
「当たり前でしょ。……ありがとう親友よ」
硬い握手を交わす二人を咲夜は不思議そうに眺めていた。
「あ、お姉さま!」
食卓に着いたというところで、フランドールがレミリアに向けて駆け寄ってきた。キラキラと輝く瞳は以前ではまず見られなかったものだ。この光景を見て一番驚いたのはレミリアだった。
「あのねっ!あの……んーと」
なにやらもじもじとして、なかなか切り出そうとしない。ほんのり赤い頬を揺らしながら何かを言おうとしていた。
レミリアも向き直り、フランドールの言葉を待った。
「き、昨日の、スピーチ……かっこ、よかっ……た」
「……ありがとう。フランドール」
レミリアは驚いた表情を一瞬見せたが、フランと向き合い心優しい笑顔へと戻っていった。
「そ、それでね!私……お姉さまの、い、妹で、よかったなーなんて……おもっちゃったりして……キャー!」
見る見る真っ赤になっていったフランドールは、言葉を言い切る前にその真っ赤な顔を両手で隠しながら逃げていってしまった。
それを見てレミリアは愉快そうに笑っていた。
その様子を見ていた咲夜は不思議でしょうがなかった。
まるで、昨日のことが夢であるかの様に感じた。
あれは夢だったのだろうか
それとも本当の出来事だったのだろうか
夢ならば……夢ならばそれでいい。
どうしようもなく愚かな夢だったとあきらめられる。
でも現実だとどうだろう。
あれも、これも全部捨てて二人きりになりたいというのが、もしレミリアの本心にあるのだとしたら。
いま浮かべている笑顔も、偽者なのだろうか。
パチュリーとの握手もすべては隠された本心の上に成り立つものだろうか。
こうして過ぎ去っていく時間一秒一秒を、疎ましく思っているのだろうか。
あの晩、咲夜と交わした秘密の夜は、あれは果たして本心なのだろうか。
レミリアは、立場上かなわない夢を思い浮かべながら毎日を過ごしているのだろうか。
あの笑顔の裏にはどんな心が隠されているのか、結局咲夜にはわからなかった。
キラキラと、月の光が湖に反射しているのがよく見えた。
やや風が強い夜であるから、湖面に映る月は形を保っておらず、辺りに小さな欠片を飛ばしているようであった。
風に打ち付けられ木々がザアザアと揺れているのを、ハエの羽音ほど耳障りだと、レミリアは両手を耳に強く押さえつけながら思った。
レミリアは部屋に備え付けられた机に向かっていた。仰々しいほどに大きなつくりのそれは、食卓にあってもおかしくないほどのものだった。
その一番角の席に、ランタンと、インクとペンと紙が置かれている。
そして、レミリアはそこから二席ぶん離れた場所に座り、頭を抱えるようにして集中していた。
ランタンの明かりが不規則に揺れる。それが作り出す陰が視界に入るのさえ鬱陶しく感じ、やがてレミリアは目を閉じた。目と、耳とを塞いで、レミリアの頭の中がいっそう華々しくなるかといえば、そうはならなかった。目を閉じても黒は見えるし、耳をふさぐと自分の体の音が聞こえてきて、ひどく不快であった。
本日何度目かのあくびをしたところで、張りに張った緊張が解けたのか、レミリアは机に突っ伏してしまった。形状的にやや斜めになった机は、ものを書くのにはちょうどいいつくりになっている。そして、まるで物書きに仕掛けられた罠であるかのように、このタイプの机は決まって寝心地がいいものになっていた。右腕を枕に、顔を左に向けるようにして、ゆったりと揺れるランタンの明かりを見ていた。右に左に揺れるそれは次第にレミリアの思考力を奪っていき、安定したリズムを刻む、まるで子守唄のような作用でレミリアのまぶたを徐々に重くしていった。
体がビクンッと跳ねるのと同時に目を覚ました。枕代わりの右腕に、少ししみができていた。それが自分の口から流れ出たものだと気づき、まるで何かの反動であるかのようにレミリアは上体を起こした。口元をぬぐい、そしてゆっくりと右腕にできたしみに鼻を近づけていった。幸い、歯を念入りに磨いたので、臭うものではなかった。しかし、実際に歯磨きのおかげなのかはわからない。が、とにかく謎の安心感を得ていた。時間を確認したところ、眠り始めてから30分程度しかたっていなかった。最後に時計を見た時間からなので、実際はもっと短いかもしれない。
ふう、と満足ではないため息を漏らしたあと、ようやく観念した、といった表情で椅子からゆっくりと立ち上がり、自分のテリトリーへと移動していく。このテリトリーとは、ランタン、ペンが置かれた席であり、レミリアは、勉強を強要されている子が教科書を読みたがらないように、その席に座るのを拒んでいた。が、ようやくあきらめも着いたといったところだろうか。不満たらたら、席についた。目の前に置かれている一枚の紙を、親の敵であるかのように睨んだ。もちろん、紙に威嚇は通じないので、逃げ出したりしない。いっそのこと逃げ出してくれたほうが楽なのだが、と落胆する。
紙に書かれている文字は、今のところ、たった一言だった。
「私は」
私は。私は。私はいったい何なのだろう。ああいらいらする。いつまでたってもその先が出て気やしない。たかだか500と1歳の誕生日を迎えるだけなのに、どうしてこう、スピーチの原稿ごときで苦労しなくちゃならないのかしら。そもそも、私を祝うためのパーティーなのだから、私が苦労するのはおかしいのだ。こういったものは得意なやつに任せるのが良いに決まっている。そのほうが、立派で、綺麗で、堂々としていられるというものだ。私のパーティーで、私の言葉を聞いて誰が喜ぶんだ。それなら、たくさんのいろんなやつらからささやかに祝ってもらうほうが、私としてもうれしいはずだ。私は。私は。まったく決まらない。嫌いなんだよこういうのは。
ドンッっと机を叩いた。アイデアの難産によってレミリアの頭の中のが少しはじけてしまった。机を叩く行為に意味はなかったが、レミリアの頭の中では、叩くぞ叩くぞ、といった己への期待があったために、少しの満足感があった。
机上のものが一瞬空中へ舞った。ランタンがぐるんぐるんと回転し、今にも机から落ちそうになっており、レミリアはそっと手を伸ばしたが、ランタンは徐々に回転のペースを速めていき、ついに元の位置に戻ったことで、事なきを得た。レミリアから安堵の息が漏れる。
一向に進まない原稿を、レミリアはぐしゃぐしゃっと丸めて、床に投げ捨てた。見ると、すでに何十もの紙が同じように捨ててあり、その紙の大半はインクの染みすらついていないかわいそうな存在だった。
最後の一枚であった紙を躊躇いもなく投げ捨てたレミリアは、ふんぞり返って、
「咲夜!もっと紙を頂戴!」
と、叫んだ。
「小鳥」
さらに風が強くなってきた。窓をタンタンと叩くように風が吹いている。雲の流れも速く、月明かりが連続して遮られるので、室内は壊れた電球でも備わっているかのように明るくなったり暗くなったりしていた。レミリアは窓に手を当てて、外の様子を眺めている。程よく、保つとも、壊すとも言えないその荒れ具合に、自身の頭の中身を投影しているかのようだった。
相変わらず、原稿の執筆は進んではいない。何かに凝っているわけでも、変に格式ばったものを作ろうという気はない。ただ言葉が出てこなかった。文字にするということは、心、或いは日常的に感じている慣習となった感性を相手に伝えるということ。複雑且つ表面的には単純化されている自身の思いに少しばかりフィクションを加えたものだ。それは時に理解されないばかりか、非難されてしまう。一度で、思いや、それにこめた感情、文字にはない迫力を伝えられる絵や音楽とは違うのだ。
レミリアは絵と音楽は好んだ。上質な絵に出合ったときは心を昂ぶらせた。伝えたいこと、訴えたいことが伝わってくるようで、一目見た瞬間から全身に圧力を感じるような作品だ。また、美しい旋律を聴いたときなどは、自身をさらけ出しているかのようだった。こんなにも広大で創造的な世界の拡大の仕方があるだろうかと、感情の爆発を抑えられなかった。いずれの出会いも、すばらしいもののはずなのに、レミリアは羞恥を感じざるを得なかった。こんなにもはっきりと、感情を表に出してしまえるなんて、まるで裸を見ているようだからだ。レミリアはこういうとき、いつも恋をしたように、顔を赤らめるのだという。
窓の外を眺めている。額を窓にくっつけて、その冷たさを感じる。少々温まってしまった頭をクールダウンさせるためだ。外は、相変わらずレミリアの頭の中のように荒れていた。ただぼおっとそれらを眺めていると、なにやら思考が詩的になってくるようだった。例えば、あそこの小鳥が……
「考えはまとまりましたかお嬢様」
音もなく近寄ってきては耳元で無機質で感情的でない声を発するのは彼女の得意技だった。しかしレミリアはいかにもそれに慣れているかのように動揺することなく振り向いた。見ると彼女の右手には辞書ほどの厚さの紙の束が抱えられている。主人を心配しているのか、小ばかにしているのかは今のところ定かではない。彼女、十六夜咲夜はそう言うと床に落ちている紙たちを拾い始めた。
「誤解しないで頂戴。私の頭の中ではとっくに完成されているんだ。ただ、それを表現するだけの言葉が存在しないのよ」
一瞬のうちに床に落ちていた数多くの紙はすべて片付けられた。ゴミ箱からあふれているそれらがレミリアの言葉を許さないかの様に今か今かと零れ落ちそうになっている。その横で咲夜は少し機嫌が悪そうな表情でレミリアを見ていた。
「何か?」
一声で部屋の雰囲気を変えるだけの十分なエネルギーをもった音の波が流れる。外でごろごろ雷が鳴っていてもおかしくないほどシリアスな空気にレミリアの背筋が若干伸びた。
「悪かった。正直に言うと何もできていないわ」
ゆっくりと机に向かって移動し、両手を小さくあげて降参のポーズをとりながらレミリアは席に着いた。
はぁ、とため息が聞こえた。レミリアは俯いた。
「明日が何の日かはお嬢様が一番ご存知でしょう。あれだけ楽しみにしていたのに」
声色は緩やかで、怒りを含むものではなかった。もっとも、呆れが大半を占めていたのかもしれないが。
「確かに誰よりも私が一番楽しみにしている。でもそれは祝福の声をもらったり、私の好みなど関係なく自己満足のプレゼントを渡されたり、この日ばかりは敵対していたあいつらと酒を飲み交わすといったことが楽しみなんだ。意味のない言葉を届けるような特殊な趣味は持っていないんだよ」
レミリアの見切り発車な言葉は自己の正当化には不十分な内容でしかなかった。わがままを撒き散らす幼い声が弱弱しく咲夜の耳をかすめた。
「主の務めです。この館がそれを望んでいるのです。お嬢様の言葉は私の言葉にもなり、妖精達一人ひとりの言葉にもなるのです」
咲夜の返答は早かった。まるで日ごろから慣れ親しんだやり取りであるように、決まった台詞をつぶやくように自然な言葉となってレミリアに届いた。いつしか雲は流れ去り、月明かりが遮るものなく室内を照らした。沈黙が続いた。沈黙の最中レミリアは月を見上げていた。美しい曲線が輝く。が、今のレミリアにとってはそのことはどうでも良かった。やがて、真実の光に照らされてかのようにレミリアは口を開いた。
「そういうのが嫌なんだよ。まるで責任みたいにこの館は私にのしかかって……」
レミリアは少し顔を下げ、咲夜の顔を見たり見なかったりしながら話し始めた。
「私は、日常でお前たちのことなんて考えていない。誰かと話しているときも、弾幕ごっこをしているときも、私は私でいっぱいだ。なのに紅魔館はそれを許してくれない。お前やパチュリーの存在が私を主として飾り立て、そして縛ってくる。向いてないんだよ……私は主にはなれないんだ。みんなが大きすぎる。私は私でいっぱいなんだ。これ以上の責任はつらいんだよ……」
徐々に小さくなっていくレミリアの声を咲夜は逃すことなく聞いていた。短い付き合いではないし、隠されてはいるが本当はこういった性格だということも知っていた。メイドとしては主のこういった姿を前にしたら叱咤なりなんなりでやる気を出させるのが通常なのだろう。しかし、痛々しい己の身のうちを、涙を浮かべ顔を赤く染めながら話すレミリアを前にした時、咲夜はそうはできなかった。
咲夜はレミリアに近づき、その前に膝を着いた。そして、視線を合わせ、やさしく語りかけた
。
「お嬢様は美しいお方です。ご自分を何より大切にし、穢れなきお心を持っております。どうか咲夜にその一部を見せていただけないでしょうか。お嬢様自身のお言葉でいいのです。館や私のことは無しにして、その美しさの一部をみんなに披露していただけないでしょうか」
やや困惑の表情を浮かべながらもレミリアは小さく頷き、うん、と言った。咲夜は笑顔を向けた。
夜はまだ続いていった。
「見たでしょう!所詮こんなもんなのよ!」
ばたばたと恥ずかしげもなく足音を鳴らしてレミリアは歩いていた。ドレス姿の彼女はドレスの端を摘むようにして持ち上げ、大またで廊下を進んでいく。
「お待ちください!お嬢様はご立派でございました!誰も文句をつけるはずもございません!お嬢様!」
その後ろを咲夜がなだめるような言葉を掛けながら追いかけていた。
レミリアは無事スピーチの原稿を書き終えた。何度も咲夜に助けを求めながらも、自分自身をさらけ出すような作品とも言うべきものを書き上げた。
そして、本番となる本日を迎えたわけなのだが……
「だって……あんなに反応も薄いし、みんなポカンとしちゃってた!その後の空気ったらありゃしないわよ!」
結果から言うと、レミリアは滑った。大勢の人妖を前にして語った赤裸々な文面はレミリアにのみ牙をむいたのだ。その後、パーティー会場を2、3週うろうろしたレミリアは今こうして屋敷内へと逃げてきたというわけだ。
レミリアはイライラしていた。どうにかこのイライラを解消できないかと当り散らせるものを探していた。しかし、強大な力を持つ吸血鬼であるレミリアの手にかかればこの屋敷であろうと瓦礫に還すことができる。レミリアは行き場のないイライラを溜め込み、結局自室にたどりついた。ドレスを乱雑に脱ぎ捨て、下着姿のままベッドに飛び込んだ。
「お嬢様……」
咲夜はレミリアに触れるわけにも行かずに、ただただベッドの周りをうろうろと歩き回るだけだった。まだまだパーティーは始まったばかりだった。これから料理を運び出し、酒を出さなくてはならない。いつまでもレミリアのそばにいることもできないのだが、咲夜はどうしてもその場を離れることができなかった。やがて、屋敷の外でいつもの宴会さながらドンちゃん騒ぎが聞こえてきたころ、レミリアがボソッとつぶやいた。
「咲夜、近くに来て」
「どうされましたか」
「来て」
ベッドのそばで問いかける咲夜に、レミリアは2、3度ベッドをぽんぽんと叩き入ってくるように命じた。むしろ、そのしゃがれた声から懇願のようにも感じることができた。
咲夜がベッドに入るや否や、レミリアは体を寄せてきた。まるでこの瞬間を待ちわびていたかのように、大きく息を吐いて、全身の緊張が取れていく様子が傍目にも見て取れた。
やがて咲夜も体勢を変え、レミリアに向き合い抱き合う形となった。遠い遠いところで騒ぎ声が聞こえる。しかし、この部屋を満たすのはその騒ぎ声ではなく、二人の息遣いとそれを囲うように存在する静寂だけだった。
眠ったのだろうか、と思うほどレミリアが動かなくなったころ、彼女はそっと口を開いた。
「もう疲れちゃった」
咲夜は一瞬、言葉に詰まった。この言葉をどう受け止めるか、考えてしまったのだ。そして、二人の短い会話が始まった。
「何にでございましょうか」
「この館に。主らしく振舞うことに」
「お嬢様はここの主でございます。振舞うようなものではございません」
「似合わないんだよ私には。主の真似事も上手にできないんだ」
「お嬢様は立派でございます」
「私の中にはいつも咲夜たちがいる。そのことにすら耐えられない小さな存在だよ私は」
「光栄でございます。お嬢様は美しい心をお持ちなのです」
「咲夜は……疲れたりしないのか?自分の立場に不安を覚えることはないのか?」
「いつも疲れております。毎晩後悔しております。でも私もまた私の中にお嬢様たちがおり、それが力となっているのです」
「そうか……。咲夜は強いな」
「そんなことはございません。お嬢様も……」
「咲夜、知ってるか?」
「はい。何でしょう」
「紅魔館の門のところに、大きな木があるだろう」
「はい」
「あそこに、2羽の小鳥が住んでいるんだ」
「……知りませんでしたわ」
「2羽は大きな木に小さな小さな巣を作って暮らしている。風の日は身を寄せ合って。雨の日は雄が盾となり雌を守って」
「なぜ今そのようなことを?」
「……羨ましいんだ。その子たちが」
「え?」
「私にはこんな大きな館はいらない。メイドもいらない。小さな家と、誰かとなりにいてくれればいいんだ。ちょうどあの小鳥達のように」
「……」
「そして、咲夜。隣にいる人は咲夜がいい。それ以外は私には大きすぎる」
「パチュリー様はどうされるのです。美鈴もいるのですよ」
「……友人達は数ヶ月に一度会えればいい。毎日顔を合わせるのは無粋だ」
「ここに住む妖精達は?彼女達は自然に還すには時間がかかります」
「ここに住み続ければいい。私が出て行ったこの館でな」
「……妹様は」
「……」
「妹様は、フランドール様はどうされるのですか?」
「……いらない」
「……」
「フランも、パチュリーも美鈴も、やっぱりみんないらない。咲夜が、咲夜だけがいればいい……」
「お嬢様……」
「あぁ……咲夜、咲夜。もうつらいよ。お前と二人で暮らしたい。なにも邪魔されないところで、何の責任もなく、自由な心で暮らしたい」
「もうお休みなさいませ。パーティーは私が何とかしておきますので」
「……咲夜…………」
それ以降、レミリアがパーティーに姿を現すことがなかった。
あくる日の夕方、やや日が沈みかけたところでレミリアは目を覚ました。
いつものように着替えを済ませ、いつものように夕食のメニューをメイドに聞いた。
そして、いつものように新聞を読もうとしたところ、新聞はなぜか無かった。
メイドに聞いても誰もどこにあるかは知らないようだった。しかたない、ということでレミリアは朝食の完成の知らせが来るまで部屋にいることにした。
目を閉じ、昨夜のことを思い浮かべていた。
しばらくして咲夜が知らせにやってきた。お互い顔には出さないがどこかぎこちなさを感じていた。
咲夜に先導されレミリアは朝食をとるために部屋に移動したところ、パチュリーに会った。やけに機嫌のよさそうな彼女は目が合った途端に話しかけてきた。
「やるじゃない。親友よ」
「……具合でも悪いのかしら」
ふっ、と唇に笑みを浮かべる彼女はまぁコレでも読みなさい、と新聞を差し出してきた。
見るとそこには昨日のパーティーの、スピーチのことがでかでかと掲載されていた。
レミリアは心臓がぎゅう、と収縮するような感覚と、冷や汗を流した。が、よく見るとそこには批判的内容はどこにも無かった。むしろ、コレでもかというぐらい褒めちぎっている。
新聞にはレミリアのスピーチの際の写真と、各方面からの絶賛のコメントと、ノーカット版の原稿が掲載されていた。正直やりすぎであると思う。
慌てふためいているレミリアに、パチュリーがもう一度口を開いた。
「改めて言うわ。やるじゃない。親友よ」
差し出された右手に一瞬の戸惑いを見せながらも、レミリアもまた手を差し伸べた。
「当たり前でしょ。……ありがとう親友よ」
硬い握手を交わす二人を咲夜は不思議そうに眺めていた。
「あ、お姉さま!」
食卓に着いたというところで、フランドールがレミリアに向けて駆け寄ってきた。キラキラと輝く瞳は以前ではまず見られなかったものだ。この光景を見て一番驚いたのはレミリアだった。
「あのねっ!あの……んーと」
なにやらもじもじとして、なかなか切り出そうとしない。ほんのり赤い頬を揺らしながら何かを言おうとしていた。
レミリアも向き直り、フランドールの言葉を待った。
「き、昨日の、スピーチ……かっこ、よかっ……た」
「……ありがとう。フランドール」
レミリアは驚いた表情を一瞬見せたが、フランと向き合い心優しい笑顔へと戻っていった。
「そ、それでね!私……お姉さまの、い、妹で、よかったなーなんて……おもっちゃったりして……キャー!」
見る見る真っ赤になっていったフランドールは、言葉を言い切る前にその真っ赤な顔を両手で隠しながら逃げていってしまった。
それを見てレミリアは愉快そうに笑っていた。
その様子を見ていた咲夜は不思議でしょうがなかった。
まるで、昨日のことが夢であるかの様に感じた。
あれは夢だったのだろうか
それとも本当の出来事だったのだろうか
夢ならば……夢ならばそれでいい。
どうしようもなく愚かな夢だったとあきらめられる。
でも現実だとどうだろう。
あれも、これも全部捨てて二人きりになりたいというのが、もしレミリアの本心にあるのだとしたら。
いま浮かべている笑顔も、偽者なのだろうか。
パチュリーとの握手もすべては隠された本心の上に成り立つものだろうか。
こうして過ぎ去っていく時間一秒一秒を、疎ましく思っているのだろうか。
あの晩、咲夜と交わした秘密の夜は、あれは果たして本心なのだろうか。
レミリアは、立場上かなわない夢を思い浮かべながら毎日を過ごしているのだろうか。
あの笑顔の裏にはどんな心が隠されているのか、結局咲夜にはわからなかった。
スピーチの内容が知りたいです