Coolier - 新生・東方創想話

サトリアイタイ

2012/07/24 21:00:29
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 射命丸文のモットー。それは「ネタ探しは自分の足で」というものだ。
 今日も何か面白いことはないかと、山を飛び出し幻想郷を翔け回っていた。

「おっ、あれは――」

 早速、興味深いものを発見する。

「さとり妖怪……。あれが地底から出てくるなんて珍しい」

 古明地さとりは人の心を読む妖怪“さとり”である。
 彼女は嫌われ者たちが追いやられた地である“地底”に住んでいるはずで、こうして地上に出てくるのは極めて稀なことといえた。
 しかも――

「人間の男と、二人で歩いている……!?」

 これには流石の文も驚きを隠せなかった。
 よりにもよって、あの古明地さとりが人間の男と二人きりでいるなど。

「これは……もしや、新聞の発行部数を伸ばすのに最も適すると言われるネタ――熱愛スクープ!?」

 人の恋路を邪魔する者は馬に蹴られて死ぬ。文もジャーナリストとして、その事は重々承知である。今までにもそれで、何度か殺されかけたものだ。

「しかし、虎穴にいらずんば虎児を得ずです……!」

 久々の大スクープになりそうだと舌なめずりしながら、文はカメラのシャッターを切った。



   ◇   ◇   ◇



 一応、証拠の写真は撮った。
 だが、それだけで憶測のみの記事を書いては記者失格だ。
 ちゃんと取材をした上で、おもしろおかしく脚色しなければ。

「しかし相手はさとり妖怪。近づいた瞬間に私がよこしま……いや、熱いジャーナリズム精神を持っていると看破され、まともな取材などできないでしょう」

 こういう時にはどうするか。
 簡単だ。周りから攻め落としていけばよい。

「ただ、私は彼女のホームである地底への取材が不可能……」

 地底への干渉は避けるべきこととされているし、あまり顔を合わせたくない連中もいる。
 それなら逆に考えればよい。こちらから行くのではなく、向こうから出てきてもらう。
 つまり、さとりの関係者で頻繁に地上へ出てきているのを捕まえ――もとい取材申し込みをすればよいのだ。

「というわけで、突撃取材です」

 最初の取材対象は、火炎猫燐――通称お燐だ。
 彼女はさとりの数多くいるペットの内でも最も信頼されており、力のある一匹。
 そして地上へ遊びにくる地底の妖怪は、彼女くらいしかいない。
 人間の里の近くにある墓地。そこで日課の死体漁りをしているターゲットに、さっそく突撃インタビューを敢行する。

「いやぁ、お燐さん。こんにちは」

 まずは挨拶から。
 いきなり取材です、と押しかけても煙たがられるだけだ。最初はどうでもいい世間話で相手の懐に入るのが鉄則である。

「お、ブン屋のお姉さんじゃないか。取材か何かかい?」

 いきなり目的をズバリ言い当てられてしまった。だが文はそれをシカトして強引に世間話へと持っていく。
 これが射命丸文のスタイルであり、彼女の取材がいつも失敗する要因でもある。

「どうですか。死体は採れますか?」
「そんな野菜みたいに言わなくても。んまぁ、最近は人死にも少なくて困ったよ。商売あがったりさ」

 今回の取材対象は気さくな性格らしい。
 傍から見ると胡散臭すぎる文の世間話にも、快く付き合ってくれるようだ。

「十数年前なら、このくらいの時期には飢餓で人間が死んで、火車の皆さんも潤っていましたけどねぇ」
「あはは、そうだね。大飢饉の時なんか間引きに姥捨てで、新鮮な死体がざっくざくだった。でも近年じゃ豊作の神様が張り切ってるおかげか、そんなこともなくなっちまったけどね」
「スペルカードルールのせいで、人間たちが妖怪に襲われて死ぬことも少なくなりましたしね」
「まったく営業妨害も甚だしいよ」
「そうですねぇ」

 そこで、会話が途切れる。
 元々、文にとっては死体の収穫が良いか悪いかなんて、心底どうでもよい話だったのだ。
 付け焼刃の世間話はあっけなく轟沈した。

「えーと。あの。それで、取材をしたいんですが」
「ああ、結局そうなんだ。あたいに分かることなら答えてあげてもいいけど。一体何の用なんだい?」

 完全に無意味な世間話ではあったが、結果オーライ。
 お燐は文の取材に応じてくれるようだった。

「実はかくかくしかじか、でして」

 文は説明する。お燐の主であるさとりが、珍しく地上に出て、しかも人間の男と連れ立って歩いているのを偶然発見した経緯を。
 すると、取材に協力的であるように見えたお燐は、明らかに気分を害した風に目付きを鋭くした。

「いいかい、烏天狗。真実をおもしろおかしく人に伝えるのは別に構いやしないよ。ただね、言うに事欠いてさとり様が人間と二人で歩いていただって? そんなデマを広めるのは許せないね」
「デマ、とは心外です。私のこの瞳でしっかりと、その光景を目撃したのですから」
「あのねぇ。あんたなら、さとり様が今まで人間からどういう扱いを受けてきたか分かるだろう?」
「えぇ、もちろん。人間は、いや、我々も含めて心を持つ生き物は――己の心を暴かれるのを何よりも恐れる」

 腕力があるわけでも、妖力が高いわけでもない。貧弱なさとり妖怪は、しかし人間と妖怪から最も恐れられた種族。
 そして、それは自然に迫害へとつながる。

「さとり様は人間や妖怪から、一方的に嫌われて地底に追いやられた。だから、さとり様だって人間を避けてきたんだ」
「だから人間と二人きりでいるなんて、あり得ないと?」
「そうさ」
「ならば、これは一体どういう事なんでしょう」

 文が懐から出した写真を見せつけると、お燐は目を丸くした。
 そして苦々しい顔で「意地が悪い奴だねぇ」と吐き捨てる。

「いや、しかし。本当にさとり様が人間と二人で歩いているなんて……?」
「どうでしょう。この人間に何か心当たりはありませんか」
「いや、あたいには……」

 ない。と口走りかけたお燐は、一瞬身体の動きを止め、そして写真に映っている男を凝視した。

「この男……。もしや!」
「何か心当たりが?」
「いや、何者かは全く分からないんだけど、今朝にちょっと会ってね」
「ほう! その話、詳しくお聞かせ願えますかっ!」

 文はメモを取る手に力を込める。
 お燐は「別に面白い話でもないんだけど」と始めた。

「今朝、地上に上がってくる時のことだよ。地上への出口に、この男が立っていたんだ」

 地底と地上を繋ぐ大穴は、博麗神社の裏にぽっかりと空いている。
 普通の人間は近寄らない場所のはずである。

「もしかして飛び降りをするつもりなんじゃないかと思ってさ。――もし、お兄さん。死ぬんなら死体をあたいにくれないか? って話しかけたんだ」
「あの高さから飛び降りられると、バラバラになって回収しづらいでしょうからねぇ」
「そうしたら、この男。なんて言ったと思う?」
「なんて言ったんでしょう?」

 いいから早く言わんかい、と内心思いつつ、文は先を促し。
 お燐は男の声色を再現するように、低い声で唸るように話す。

「“自分を地底に連れて行ってくれ”だって」
「えーっと。自殺志願者か何か?」
「あたいもそう尋ねたよ。そしたら“会いたい者がいる”ってさ」
「会いたい者……。もしや、それが古明地さとり?」
「分からないよ。とりあえず、その男があんまりにも必死に頼み込んでくるもんでさ。ちょっと面白いな、と思って猫車に乗せて連れて行ったんだ」
「一瞬で妖怪に喰われるんじゃないでしょうか? 人間を地底に連れて行ったら」

 地底には、地上のような人間を保護するためのルールが一切ない。
 遊ぶ余裕のない下級な妖怪、妖獣に見つかれば即餌食である。

「まぁ、あたいもそう思ったけどさ。それでもいいって言うんだから、しょうがないじゃないか。それであたいは男を地底に送り届けて、そのまま地上に戻って来たんだ」
「その男がその後、どういう行動をとったかは分からないのですか?」
「あたいだって、目の前で無力な人間が喰い殺されるのを眺めるのは趣味じゃない。ただ、あの男がそう望んだから送ってみただけ。あとは知らないから、さっさと引き返したよ」

 肝心なところは分からないという事だ。
 文は舌打ちしそうになるのを堪えた。

「……その男が、古明地さとりさんと二人で歩いているということは、どう見ますか?」
「あの男の目的はさとり様だったらしい、って事しか分からないね。どうしてさとり様が一緒に行動しているのか分からないけど……」
「命を賭してまで、さとりさんに会おうとする男ですか。……これは本当に熱愛発覚かも知れませんねぇ」
「っ……! そんなわけないっ。さとり様が……人間と仲良くなんて」
「でも、その男が地底でどういう行動をとって、どうやってさとりさんを口説いて地上に上がってきたのか……それが分からないと、なんとも言えませんねぇ」

 文は僅かに口角を上げて、お燐をチラリと見やる。

「……そうだね。おくうに訊いてみたら分かるかも」

 おくう、とはさとりのペットである霊烏路空のニックネームである。

「空さんですか……」

 お燐から勧められたものの、霊烏路空への取材は気が進まなかった。
 何故なら、相手は妖精と同じかそれ以下の記憶力しか持たない、記者泣かせの猛者だからだ。

「彼女なら、男が地底でとった行動を知っていると?」
「多分ね。出勤前だから地霊殿にいたはずだし。ただ、早くしないとおくうの記憶がどんどん薄れていっちゃうからね。急いだ方がいいと思うよ」
「うーん。まぁ、それ以外に有力な証言者はいなさそうですね。では、彼女の勤め先に行ってみます。取材への協力、感謝です」
「あたいもこの件に関しては無関係じゃないし、真相が気になるからねぇ。さとり様が人間と一緒にいる理由が分かったら、あたいにも教えてよ」
「真相は“文々。新聞”の一面にてお知らせしますよ!」

 こうして文は次なる取材対象、霊烏路空の働いている間欠泉センターへと向かった。



   ◇   ◇   ◇



 霊烏路空は灼熱の釜の底にいた。

「あっぢ~。なんですか、ここは」

 間欠泉センターの管理者として働いている空を探しに来た文は、汗をハンケチで拭きながら辺りを見渡す。
 そこには管理者とは名ばかりの、警備ロボット係をさせられている空がいた。

「異物発見、異物発見」
「待て待て。私は新聞記者です」
「新聞記者はゴミだって何か偉そうな人が言ってた。ゴミは異物、排除!」
「何インプットしてやがんだあの柱ども」

 こめかみをヒクつかせながらも、文は保身の為に用件を伝える。

「古明地さとりについて、質問があります」
「おっ、さとり様について……?」

 物覚えの悪い健忘症カラスでも、流石に敬愛する主の名前には反応するようだ。

「ええ、実は……」

 経緯を説明しようとして、文はそれを止める。
 どうせ一から説明しても、話し終える頃には最初の七割は忘れられてしまうだろう。

「この写真の男を、今朝地霊殿で見ませんでしたか?」

 さとりと歩く人間の写真を見せ、直球で訊くことにした。
 すると空は写真をじっと見つめ、枯れ井戸の底から水を救い上げるかのように、やっとこさ記憶を引き出してきた。

「んーと。確かにこの人間、今朝うちで見た気がするよ」
「その男、さとりさんに会いに来たのではないですか?」
「どうだったかなー。えーっと。……ああ、確かにさとり様が“人間が侵入してきたようですね”って出迎えに行ったな」
「ふむ。するとやはり既知の間柄ではない……?」

 空の妖精並みの記憶力を信用するなら「侵入してきた」という彼女の主の言い方からして顔見知りではないのだろう。
 そもそも地上に出てくることすら稀なさとりに、人間の男と知り合う機会があるとは思えない。

「それで、さとりさんと男は何か会話を?」
「いやー。確か男と会うなり、さとり様は小さく頷いて……。それで、ああ、一緒に地霊殿から出ていっちゃったんだ」
「ふむ」

 さとりならば男と会った瞬間、何を考えているか、何の用事があって自分の目の前に立っているのかが理解できるはずだ。
 男と同行するのを了解したのは、それがさとりを納得させられるものであったからだろう。

「……んーむ。その理由が分からないとなると、意味がないですねぇ」
「あ、でもねぇ。その人間と一緒に出ていくとき、さとり様……ちょっと、嬉しそうだったな。あまり覚えてないけど、もしかしたら微笑んでたかも知れない」
「なんですって?」

 古明地さとりは笑わない。
 人の心を読めてしまうが故に、人の醜悪な部分が見えてしまう故に、人を常に見透かしたような、いけすかない表情で凝り固まった顔をしている。
 それが文の抱く、古明地さとりの印象。
 しかし、その人間と会った時に、彼女は嬉しそうに微笑んでいたという。

「うーむむ。これは……半分冗談だったのですが、もしかしたら本当に熱愛スクープかも知れませんね」
「熱愛……。熱を愛する……? そうか、もっと火力を上げればさとり様に愛してもらえるってことか」
「そうですね。それでは発電、頑張ってください」
「よし、頑張る! うぉぉぉおお!」

 適当にあしらいつつ、文は間欠泉センターを後にする。
 新聞記者としての経験から、さとりサイドからの情報がもう出ないであろうことは察せられた。だから次なる取材対象を探すことにしたのだ。

「本人たちに突撃取材をカマすには、まだ情報が足りていませんね。次はさとりさんではなく、男の方について調査をしましょうか」

 かといって、文には男が何者なのか、その名前すらも分かっていない。
 だが幻想郷に住む人間の九割以上は、人間の里に住んでいる。
 そして、そこに住む者についての調査は、とある知識人を頼れば事足りるのだ。

「しかし、あの堅物がこの私に易々と個人情報を漏らしてくれるとは思えない。少し準備が必要ですね」

 文はスクープ写真を焼き増しする為、一旦妖怪の山に戻るのだった。



   ◇   ◇   ◇



「それで、一体何の用なのだ? 私はこれでも史料の調査などをせねばならない忙しい身なのだが」

 上白沢慧音は明らかに非友好的な態度で、文へと茶を差し出してきた。
 おそらく元々ゴシップ記事を書く天狗たちを快く思っていないのに加えて、彼女自身も竹林に住む人間との関係を文にスクープされた経験がある為だろう。あの時の“文々。新聞”の反響は上々であった。
 そんな過去もあるので、まあ、邪険に扱われるのも無理はない。

「まぁまぁ、今回は興味本位の取材ではなく、真面目な話なんですよ」

 大嘘である。
 相手がさとりじゃなくてよかったと文は思う。

「あなた方が山の事以外で真面目な話をするなんて、私には信じられないが」
「これは貴方にも関係のある話ですからね、上白沢慧音さん。――妖怪の血をその身に注がれた者としては」

 慧音の視線が一層、厳しいものになる。
 上白沢慧音は後天的な半妖である。その事に少なからず思うところはあるはずだ。
 そこを刺激するならば、これは冗談では済まない。
 文も命がけで取材に来ているという事であり、決して興味本位の取材ではない。
 ――と思ってもらえるはずだ。

「実は私、ある人間の男性が“密会”をしているのを発見しましてね」
「くだらない色恋沙汰ならば、ここで話を打ち切ろう」
「いえいえ。その相手が問題なのです」
「……まさか?」

 半妖の話を振った上でのこの会話。
 その相手が何者かは、慧音にもすぐ察せられたことだろう。

「こちらのプライバシーの関係で伏せさせてもらいますが。“山に住む”とある妖怪と、この男性が密会をしていたわけです」

 また嘘をついた。
 慧音に少しでも信頼してもらう為には、男のお相手が“山の妖怪”である方が何かと好都合だ。
 山の妖怪が関わることならば、こちらもいわゆる“真面目モード”で話をしに来ていると信じてくれるだろうと文は踏んだのである。
 そして人間と妖怪の色恋沙汰となれば、半人半獣の慧音に相談にくるのも筋が通る。

「……ふむ。片方が黒く塗りつぶされているが……こちらは確かに妖怪なのだろうな?」
「人間と人間の逢引きなど、何が悲しくて取材しなければならないのですか」
「それもそうか。……いや、しかし」

 そこで慧音は首を捻る。
 嘘がバレたかと身構える文だったが、慧音は怒る様子もなく、ただ疑問を口にした。

「本当にこの男が、妖怪と二人で会っていたと?」
「……ええ」

 何か疑問点でもあるのかと首を傾げた文だったが、はたと慧音の言わんとしていることに思い当たる。

「確かに妖怪と逢引きをする人間など、精神状態を疑われてもおかしくはないですが……」

 さとり妖怪に限らず、わざわざ妖怪と、しかも二人きりで会ったり話したりしたいと思う人間は多くないはずだ。
 だが、その通常ではあり得ない「人間と妖怪の熱愛」だからこそ、発行部数を伸ばす特ダネになりうる。
 その理由なら文も知りたいところであったが、慧音は軽く首を横に振る。

「いや。そういう話とは少し事情が違うのだ」

 それを聞いて、文は心が躍る。
 これは何か面白い事実が明らかになりそうだ、と。
 だが笑みは零さないように我慢する。

「では、この男には特別な事情があるのでしょうか?」
「ふむ。あまり個人的なことを話すのも憚られるが……。この男、幼少の頃に妖怪に襲われた経験があるのだ。その際に己を庇った父を失い、自らも深い傷を負った」
「……なんと。痛ましい」

 これは意外な新事実である。
 まさか、さとりと二人でいた男に、そのような過去があったとは。

「この男が子供の頃……というと、まだ人間と妖怪が激しく争っていた時期の話ですね。スペルカードルールもなく、人間たちが生存の為に必死になっていた時代」
「ああ。だからこの男は妖怪を深く憎んでいるはずなのだ。間違っても妖怪と二人で仲良く歩いているわけがない」
「ふーむ……?」

 首を捻る文とは違い、慧音は表情を険しくした。

「何か嫌な予感がするな。今からその男の家へ調査に行こうか」
「……う」

 慧音についてこられては困る。
 嘘もバレるし、取材もできなくなってしまう。
 文は慌てて慧音を制した。

「あ、いえいえ。これは山の妖怪が関わることですから、私が穏便に処理しますよ。ええ、穏便にね。慧音さんは、史料の調査でお忙しいのでしょう? どうぞ、お仕事に専念してください。ここは私にお任せあれ。この男性の家がある場所さえ教えてもらえば、ささっと解決してきますから」

 流石に慧音も不審げな顔つきをしたものの、仕事があるというのは本当だったようで、文の言葉に頷いてくれた。
 そうして慧音の申し出を上手くかわした文は、男の家が何処にあるかを教えてもらう。

「よし、この地図に印をつけておいた。ここが彼の家だ」
「どうもどうも、ありがとうございます」
「それでは、大事にならないことを望む。別に半人半妖が生まれようとも問題はないが、山にも色々と制約はあるだろうし」
「ええ、それは此方としても同じです。後処理をお願いすることになるかも知れませんが、その時はまたよろしくお願いします」

 慧音の家を後にした文は、教えてもらった住所に急ぎ足で向かった。

「……妖怪に恨みを持つ男。それと行動を共にする、人間嫌いのハズのさとり妖怪……」

 文の胸は高鳴っていた。
 これは想像以上に面白い記事が出来るかも知れない。

「熱愛スクープじゃなくて、サスペンスになるかも知れませんがね」

 命を賭してまで地底に、さとりを求めて会いに行った男。――その目的は?
 もしや、幼い頃に男の父親を殺した妖怪が、古明地さとりなのか。
 だとしたら何故、その復讐の対象であるさとりは、男の目的を知りつつも大人しくついていったのか。

「これを基にミステリーを書いてみるのも面白そうです」

 とは思いつつも、自分は新聞記者である、と気を引き締めた。
 真実を白日の下にさらけ出し、興味を引く煽り見出しをつけ、フィクションとノンフィクションの境界に挑む脚色を施し、そして広く人々に知らせるのが使命なのだ。

「さて、それではいよいよ……本人に突撃インタビューですね!」



   ◇   ◇   ◇



「さとりさん! ご無事ですかぁー!」

 と威勢よく室内にダイナミックエントリーした文。
 目の前に広がるのはここでは描写できないような熱愛場面か、はたまた別の意味で描写できない血濡れの場面か。それらを求めて喜色満面の笑みのまま、文の右手人差し指はカメラのシャッターを高速連打した。
 だが嵐のようなシャッター音は、すぐに止んだ。

「なぁんだ」

 文は落胆した。
 そこに広がる光景は、彼女の求めていたものとはかけ離れていたのだ。
 物の少ない質素な部屋の中にあったのは、無表情なさとり妖怪と、その横で涙を流す男の姿。二人の前では、男の父親と見られる老人が床に臥せている。
 老人は虚ろな瞳で天井を見上げたまま、どこか苦しそうにも見える微かに歪んだ相貌でいた。まるで死体のようだが、喉の奥から漏れ出てくるような微かな呼吸音が、老人の生を示している。
 それは射命丸文にとっては、ひどく退屈でつまらなく、面白味に欠ける結末であった。

「っ……!?」

 飛び込んだ文に驚き固まっていた男が、ようやく我に返ったのか、ここで咄嗟に身構える。
 しかし、それをさとりが止めた。

「待ちなさい。このブン屋は人間のスキャンダルには興味がありません。狙いは私でしょう」

 そして男を手で制しながら、すっくと立ち上がり文と相対した。
 この時点で彼女には、文の目的も何もかも分かっているはずだ。
 だが嫌がる素振りを見せず、むしろこちらの方へ近づいてくる。

「念の為、話をつけてきます。――では、さようなら。もう会う事はないでしょう」

 さとりは男の方を見ずにそう言うと、文を無理やり引っ張って部屋の外に連れ出した。

「わわっ。どうしたのですか? 私はただ新聞記者としての仕事を――」
「……貴方が知りたいことは分かっています。特に秘密にすることでもないですし、面倒なことは早く終わらせたいのです」

 さとりはそのまま庭まで文を引きずり出すと、辺りを見回して人影のないことを確認してから、滔々と語り始めた。
 かくして文は真実を知ることになる。



   ◇   ◇   ◇



「ご存じの通り、この郷にある人間社会、つまり人里は……外の世界がすでに失ったものを有しています」

 さとりは両の目を閉じたまま静かに話す。
 その胸にある第三の目だけは、こちらをじっと見つめたままだ。
 文は今この瞬間にも心の内を読まれているのだな、と思いながら敢えて心に思ったのと別の答えを口にしてみた。

「んん、風情とか風流とか?」
「違います」

 幻想郷は外の世界から切り離され、文明のレベルが遅れている。
 だが遅れているのが必ずしも悪い事とは限らない。文明の進歩に伴い消え去っていったものを、まだ幻想郷はその懐に抱いているということなのだ。

「……しかし、それは外の世界が文明の進歩によって得たものを、まだ手に入れていないという事でもある」
「どういう事でしょう」

 文は薄々と分かっていながらも、さとりの言葉を待った。
 さとり妖怪とこうしてまともに“会話”ができるなんて貴重な機会だ。
 思う存分に語ってもらおうと文は思っていた。――という考えも、さとりに読まれてしまっているのだろうが。

「人間の里では長い間、間引きや姥捨てが行われていたと聞きます。外の世界では豊かさ故に失われた風習ですが、ここでは必要とされていた」
「ああ、妖怪との争いが激しかった――十数年前の話ですね。あの頃は確かに、人間たちは自分が生き残るのに必死だった」

 人間の里は今でこそ妖怪たちとも共存しつつ、穏やかに存在することを許されている。
 だが、それはつい最近になってからのことだ。
 昔はそれこそ猛獣の檻に放り込まれた、少数の生餌でしかなかった。
 人間という種族が生き残る為に、ありとあらゆる策を講じて人間の里は存続してきたのだ。
 さとりは淡々と続ける。

「まして妖怪に頭を打たれ、言葉はおろか身体の動きまでも失った者を養っていけるほど、人間の里は豊かではありませんでした」
「ふむ……。まあ、人間という種族の生き残りの為には仕方のないことだったでしょうねぇ」
「働けなくなった者を生かす事で、里全体を危機に陥らせるわけにはいかない。それは習慣というよりは法律のようなものだったらしいですね」

 慧音が「妖怪に襲われて父親を失った」と言ったのは、そういう意味だったのだ。
 妖怪に直接殺されたのではなく、重傷を負っただけだったとしても、結果として働けなくなった父親は里の法によって死を免れなかった。
 だが――

「アレを、彼は隠し通していたという事ですか」

 部屋の中で床に臥せていた老人。あれは男の父親に違いなかった。
 もう言葉を発することもできず、ただ床の上で生き永らえている。
 それを男は十数年もの間、献身的に看てきたというのだろうか。
 言葉にするのは簡単だが、実際の苦労となると並大抵のことではあるまい。
 物を食べさせるのも、糞尿を片付けるのも息子が一人で行ってきた。服を着替えさせ、身体を洗うというだけでも想像する以上に大変な事だろう。
 自分で身体を動かすことも、そして話すこともできない人間を、ずっと世話し続ける。毎日毎日。休むことなく。
 男は肉体と精神の全てを、父親の世話に充てた。
 そして人間の生は、他者にばかり費やせるほど長いものではない。文とて、そのくらいは承知している。

「……流石に、彼と近しい者は分かっていたようですが。情けというやつでしょうね。しかし、彼は悩み続けていたのですよ」

 自分を庇って妖怪に襲われた父。それを生かし続けているのは、弱かった自分への戒めに過ぎないのではないか。
 こうして父を生かし続けていることは、果たして正しいことなのだろうか。
 自分は、本当に父の為にやっているのだろうか。父の為になっているのだろうか。

「彼は葛藤していました。そして私は、その胸の内に渦巻くものを、この目でしかと見たのです」

 さとりは、彼の半生を心の瞳で見通した。
 臥せた父と幼い自分を養う為に無理をし、母親は若くして亡くなった。
 自分も一日中父親の世話をするため、家にいながらの仕事しかできずに貧しいまま。
 また、父のことを隠しているが故に嫁ももらえず、もういい年になった。

「そして彼は、何よりこう思うようになったのです」

 父自身は、どう思っているのだろう。

「なるほど。そういう事ですか。彼はそれを知る為に――」
「今の里ならば、彼の父親のような人間を一人、養うくらいは何とかなるでしょう。ただ、彼は自分の心に納得を求めた」

 結局のところ、彼の秘めた想いは熱愛や復讐などよりも、よっぽど深く激しいものだったのだ。
 父親の心を知りたい。
 こうして生きている自分を。自分を生かす息子をどう思っているのか。
 男はただ、それを知りたかった。なんとしても。
 そして、それが可能な妖怪が地底にいると知ったのだ。
 男は単身、地底へと向かった。執念だけで旧地獄を彷徨い、命を賭して地霊殿へと辿り着いた。そして、さとりを父の前に立たせるまでに至った。

「その結果、彼の父親が想起していた言葉は三つでした」
「それは?」

 さとりはその時のことを思い出すように、すっと目を閉じた。
 そして、噛みしめるようにゆっくりと、言葉を紡ぐ。

「“ありがとう”」

 感謝の言葉。

「“すまなかった”」

 謝罪の言葉。

「“もういい”」

 そして、息子へ贈る最後の言葉。
 文が部屋に突入した時に見た光景は、それらの言葉を男が伝え聞いた時だったのだ。

「……あの男は、それを聞いてどうするのでしょうかね?」

 文の言葉に、その答えを――男の心の内を知るさとりは、静かに瞳を開いた。

「また悩むのではないでしょうか。そして……きっと父親をこれからも生かし続けるのだと思いますよ」

 さとりの言葉に文は嘆息をつく。

「意味が分かりませんね。本人が殺して欲しいといっているのならば、そうすればよいのに」
「あるいは、彼自身が私と同じ“さとり妖怪”ならば、そうできたのかも知れませんが。――それができないのが人間ですよ」

 これで、この事件に関わる全ての事実が明らかになった。
 ただし文としては、まだ終わりではない。
 ペンを握る手に力を込め、意地の悪い笑みを浮かべる。

「それでは、さとりさん。最後に一つだけ訊かせてください」

 文は質問する。この騒動の発端となった疑問について。

「何故、貴方はあの男の願いを聞き入れたのですか? こんな里の中まで足を運んで」

 きっと、彼女はこの問いに答えないだろう。
 だから文は恐らく図星であろう、自らの予想を口にしようとした。
 だが、意外にもそれを遮ったのは、さとりの言葉だった。

「嬉しかったからですよ。――人間に必要とされたのが」

 彼女が自らの心の内を、こうもあっさりと話したのが意外で。
 何よりも彼女がそれを微笑みながら口にした事で、文は取材メモに走らせていたペンを止めた。

「……取材へのご協力、ありがとうございました」

 そして、そっとメモを破り捨てると、つむじ風に乗せてその破片を捨て去った。
 これで今日一日の苦労は水の泡だ。

「これはオフレコにしましょう。我が“文々。新聞”には人情話とか、人間の行動心理みたいな退屈な記事は必要ないですからね」

 さとりは、いつもの色の無い目線で文を見つめ、口元を歪ませた。

「最初から分かっていましたよ。そうでなければ、わざわざ貴方と口なんか聞きませんから」

 いつしか日は傾き、影も長く伸びていた。
 庭の木の枝先で、葉の一片が微かに震えている。
 それを見るともなしに見つめていた文は、やがて小さく首を振った。

「では、私はこれにて」
「ええ。……さようなら」

 素っ気ない別れの挨拶を交わす。
 そして二人の妖怪は人間の里を後にした。



 その後、人間の里に住む男と彼の父親がどうなったのか、それは誰も知らない。



<了>

・yunta
 「サトリアイタイ」をお読みくださりありがとうございます。如何だったでしょうか?
 今回の話は自分が古明地さとりというキャラクターに出会った時に思いつき、それから随分と長い間、お蔵の中に放り込んだままのものでした。
 自分一人の力では作り上げられなかった話も、今回初挑戦した合作という形式によって、ようやく形にすることが出来ました。
 そんな思い入れのある話なので是非、読後の感想を頂ければと思います。
 それではまた。――東方Projectに関わる全ての人と神主に乾杯!

・+α
 ZUNさんと、お読み下さった方々に感謝を。
yunta +α
簡易評価

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コメント



0.2600簡易評価
1.60名前が無い程度の能力削除
あっさりめですな。
2.100名前が無い程度の能力削除
伝記物の短編(菊池秀行テイスト)っぽい話の流れと終わり方がなんだか好きです
6.80名前が無い程度の能力削除
まず一言……文、お前バカだろ?
さとりの事は伏せておいて、今回の記事を載せれば、新聞の人気も日頃の信用も得られると言うのに……

しかし、さとりの能力も使い方次第って事ですね。
もっとこういった形で力を使っていたならば、きっと違う人生…この場合妖生かな?…になっていたと思います。

あっさりめでしたが、作品自体は面白かったです!
7.80奇声を発する程度の能力削除
流れが好みでした
13.100名前が無い程度の能力削除
最後のシーンが好きでした
素直に心中を晒すさとりも、あっさりと取材を断念する文も、どちらも格好良かった
15.100名前が無い程度の能力削除
はい
18.100名前が無い程度の能力削除
丁寧でとても良かったです。
妖怪と人の関わり合いが良い感じでした
21.70名前が無い程度の能力削除
まぁ確かに妖怪受けしなさそうな記事にしかならだろうなぁ。
22.100名前が無い程度の能力削除
最後のさりげない「さようなら」がとてもいい味出してますね。
あっさりといえば確かにあっさりですが、これを仰々しく書いてたらおそらくなーんか陳腐な話になってたんじゃないかと思うので、これでいいと思いました。
32.100名前が無い程度の能力削除
バッドエンドではなく、かといってハッピーエンドでもない
そこが良いですね
36.80直江正義削除
この話を書くのであれば、最もこの形式が相応しいのだと思います。
そうしてこの話が、創作者の書きたい話であったのだと思うから、100点なんじゃないか?
そう思うのですが、100点の作品なのかという疑問も生じてしまうという……。
やっぱり満点というのは、ただ減点がないだけでは届かないのだなぁっというのを実感しました。
もちろん、とても良い作品で、楽しませてもらいました。
43.80愚迂多良童子削除
さとりの有効活用。
トラウマ穿り返すだけが覚じゃない!
45.100名前が無い程度の能力削除
淡白ですが良い話でした
46.100名前が無い程度の能力削除
>>6
もしそういう使い方をしていたとしても、そのうち違う使い方をする者が現れ始めて、結局同じ結果になるんですよ。
フフフ…

まあ、だとしてもこの仕様の仕方は純粋に良いことだと思います。
あっさりですが、然し芯のある、いいSSでした。
51.60名前が無い程度の能力削除
とてもいい話でした
56.100名前が無い程度の能力削除
身近な人が亡くなった時の事を思い出して泣いた
息子を想っての言葉だとしても最後の一言を伝えられるのは辛い
58.100名前が無い程度の能力削除
とても読みやすかったです。
全体的に展開が速かったことと、少しずつ真相に近づいていく形式になっていてことの2点のおかげで一気に読めました。
最後に明かされる真相も予想を裏切るような物ではありませんでしたが、冒頭の謎に対する十分な回答になっているため読後感も良いです。
調査という形式により、テンポ良くさまざまな人物が登場することと徐々に真相に近づいていく感じが読んでいて楽しかったです。
61.100名前が無い程度の能力削除
良かった
62.80名前が無い程度の能力削除
お兄ちゃん感動したよ
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