「はは、は」
いえ、もう。
本当に笑うしかないわけでして。
早くも御開きとなった対談の参加者の背中を眺め、私は玄関前で溜息を吐くのです。大きく。
「……はぁ」
なんて風に。
まあ、溜息の理由は引っ掻き回された室内だとか、放置された新聞だとか、数十は頁を増やせそうな対談話が八割程度おじゃんになったからとかありますが、
もうひとつ、
「ミスティアさん。隠れてないで出てくる」
「はい、なんでしょう。私は悪い夜雀じゃないです」
「ミスティアさん」
「はい、いいえ。私は悪い夜雀じゃないです」
「正座しなさい、今、ここで」
割烹着に身を包んだミスティアを正座させて、私も座ることにしました。床に。
玄関入ってすぐの、床に。
「深夜、あなたはうなぎ屋さんを開けに出て行きますね、ここのところは毎日」
「八つ目うなぎです」
「聞いてません。開けると言って、出て行ってましたよね、」
「はい。ごめんなさい」
怒ってる理由を言ってないのに謝ってるということは、少しは悪いことをしたとわかってるのでしょうかね。
余計に質が悪い。
「ミスティアさん。あなたは今なんで怒られていて、私が怒っているか、わかりますか?」
「ええと、嘘吐いて深夜出歩いてたから」
「だけですか?」
「あっと、その、あとは、もしかして、ライブですか、阿求さん」
ええ、そうです。その二つですね。
「なにやってるんですか、あなたは。聞けば里にまで聞こえる音で、毎日毎日。私たちの部屋はそれなりに音が通りにくく作られてますからまだしも、他の家にどう謝ればいいやら……」
本当に。というかです。なんだか最近騒がしいと思ったら、ああ、本当、もう、ミスティアは!
「いや、まあ、その、阿求に心配とかかけたくないし、その、だから、内緒にしてたんだけどね、えっと」
「言い訳は聞きたくないです」
「言い訳じゃなくて」
「全部、言い訳です。全部」
私に内緒でしていたのには変わりがないんですから。
ええ、正直なところ、他の人の迷惑なんて、そこまで気にしてないんです。
内緒で、私に内緒で、そうやって。
お仕事ならまだ、いいですけど、せめて、教えてくれたなら。
なんて風に、ミスティアを束縛して、その一緒にいた誰かに嫉妬して、こうやって当たってしまって。
「そりゃあ、私は体も弱いですし、人間だから、そんな夜とかも危なっかしくて歩けないし、ミスティアと違って空だって飛べなくて」
「うん」
「もっといろいろしたいはずなのに、きっと私がいるから、なんもできないんだろうなぁって」
「うん」
でも、
「それでも、やっぱり出来るならそばにいてほしいですし」
「うん」
「あはは。なんでしょう。怒ってるはずなのに、気付いたら言い訳みたいで」
「いいよ。うん。ごめんね。うん、あ、えっと、そう。今で、あれは止めにするし、その、屋台開くときも、阿求が元気なときで、連れてける時だけにするから」
いつもみたいに、私のこんな我侭にミスティアは答えてくれて、ああ、なんで私は子供なんだろう。
もう、子供なんて言えない歳なのに、中身だけは成長しなくて。
「阿求はたくさん、たくさん我侭言っていいんだからね。いつもは、そんな言えないんだから。私ぐらいには」
「大人ぶる」
「阿求なんかより、ずっとお年寄りですから」
「ミスティアおばあちゃん」
「ごめんやめて、それ本気で泣きたくなる」
それなら、
「ミスティア、お姉さんですかね」
「お姉さん、や、お姉ちゃんとか」
「んー、いえ。やっぱり駄目ですね」
「お姉ちゃんとか、駄目?たまには大人なところ見せたいのに」
だって、私にとってミスティアは、
「姉みたいとか、そういうのではなく、ミスティアっていう、一人の大切な人ですから」
「ごめん。人じゃないから」
「良いこと言ったんですから、そういうこと言わないでくださいよ」
「でも人じゃないし、妖怪だから」
はいはい、そうですね。
「馬鹿ミスティおばあちゃん」
「はいはい、なんだい阿求ちゃん」
「もう一生おばあちゃんで通しますよ」
「はい、ごめんなさい。全部私がわるかったです」
本当は、私の方がわるいんですけどね、いろいろと。
「ミスティ」
「なにさ、あきゅ」
「今日は、連れてってくださいね。まだ、やめてないんですから、聴きにいきます」
「…………止めた方がいいかも。もしくは耳栓持って行くとか」
どんな騒音なんですか、それは。
「では、耳栓を持っていきましょう。それと、水筒とかですかね」
「その、辛くなったらすぐ教えてね。声は聞こえないだろうから、手を振るとか、こう、身振りで」
「手振りで」
「うん。本当に、教えなくちゃ駄目だからね」
本当、心配性。
「大丈夫ですから。ええ、しっかり教えますね。それじゃあ、少し仮眠を取りましょうか。たしか、深夜でしたし」
「うん。行くとき起こすから」
「お願いしますね」
「うん。おやすみ、あきゅ」
とてもうれしそうなミスティアの顔を見て、私は部屋に戻りました。
やっぱり、色々嫉妬しそうで、なんとも自分が恥ずかしい。
それで、行ってみたのです、が。
耳栓、つけるというのは冗談ではなかったようで。
残念なことに、びっくりして、気絶してしまって。
そんな、あの日の、話。
今度は、本当に耳栓、用意しましょうか。
いえ、もう。
本当に笑うしかないわけでして。
早くも御開きとなった対談の参加者の背中を眺め、私は玄関前で溜息を吐くのです。大きく。
「……はぁ」
なんて風に。
まあ、溜息の理由は引っ掻き回された室内だとか、放置された新聞だとか、数十は頁を増やせそうな対談話が八割程度おじゃんになったからとかありますが、
もうひとつ、
「ミスティアさん。隠れてないで出てくる」
「はい、なんでしょう。私は悪い夜雀じゃないです」
「ミスティアさん」
「はい、いいえ。私は悪い夜雀じゃないです」
「正座しなさい、今、ここで」
割烹着に身を包んだミスティアを正座させて、私も座ることにしました。床に。
玄関入ってすぐの、床に。
「深夜、あなたはうなぎ屋さんを開けに出て行きますね、ここのところは毎日」
「八つ目うなぎです」
「聞いてません。開けると言って、出て行ってましたよね、」
「はい。ごめんなさい」
怒ってる理由を言ってないのに謝ってるということは、少しは悪いことをしたとわかってるのでしょうかね。
余計に質が悪い。
「ミスティアさん。あなたは今なんで怒られていて、私が怒っているか、わかりますか?」
「ええと、嘘吐いて深夜出歩いてたから」
「だけですか?」
「あっと、その、あとは、もしかして、ライブですか、阿求さん」
ええ、そうです。その二つですね。
「なにやってるんですか、あなたは。聞けば里にまで聞こえる音で、毎日毎日。私たちの部屋はそれなりに音が通りにくく作られてますからまだしも、他の家にどう謝ればいいやら……」
本当に。というかです。なんだか最近騒がしいと思ったら、ああ、本当、もう、ミスティアは!
「いや、まあ、その、阿求に心配とかかけたくないし、その、だから、内緒にしてたんだけどね、えっと」
「言い訳は聞きたくないです」
「言い訳じゃなくて」
「全部、言い訳です。全部」
私に内緒でしていたのには変わりがないんですから。
ええ、正直なところ、他の人の迷惑なんて、そこまで気にしてないんです。
内緒で、私に内緒で、そうやって。
お仕事ならまだ、いいですけど、せめて、教えてくれたなら。
なんて風に、ミスティアを束縛して、その一緒にいた誰かに嫉妬して、こうやって当たってしまって。
「そりゃあ、私は体も弱いですし、人間だから、そんな夜とかも危なっかしくて歩けないし、ミスティアと違って空だって飛べなくて」
「うん」
「もっといろいろしたいはずなのに、きっと私がいるから、なんもできないんだろうなぁって」
「うん」
でも、
「それでも、やっぱり出来るならそばにいてほしいですし」
「うん」
「あはは。なんでしょう。怒ってるはずなのに、気付いたら言い訳みたいで」
「いいよ。うん。ごめんね。うん、あ、えっと、そう。今で、あれは止めにするし、その、屋台開くときも、阿求が元気なときで、連れてける時だけにするから」
いつもみたいに、私のこんな我侭にミスティアは答えてくれて、ああ、なんで私は子供なんだろう。
もう、子供なんて言えない歳なのに、中身だけは成長しなくて。
「阿求はたくさん、たくさん我侭言っていいんだからね。いつもは、そんな言えないんだから。私ぐらいには」
「大人ぶる」
「阿求なんかより、ずっとお年寄りですから」
「ミスティアおばあちゃん」
「ごめんやめて、それ本気で泣きたくなる」
それなら、
「ミスティア、お姉さんですかね」
「お姉さん、や、お姉ちゃんとか」
「んー、いえ。やっぱり駄目ですね」
「お姉ちゃんとか、駄目?たまには大人なところ見せたいのに」
だって、私にとってミスティアは、
「姉みたいとか、そういうのではなく、ミスティアっていう、一人の大切な人ですから」
「ごめん。人じゃないから」
「良いこと言ったんですから、そういうこと言わないでくださいよ」
「でも人じゃないし、妖怪だから」
はいはい、そうですね。
「馬鹿ミスティおばあちゃん」
「はいはい、なんだい阿求ちゃん」
「もう一生おばあちゃんで通しますよ」
「はい、ごめんなさい。全部私がわるかったです」
本当は、私の方がわるいんですけどね、いろいろと。
「ミスティ」
「なにさ、あきゅ」
「今日は、連れてってくださいね。まだ、やめてないんですから、聴きにいきます」
「…………止めた方がいいかも。もしくは耳栓持って行くとか」
どんな騒音なんですか、それは。
「では、耳栓を持っていきましょう。それと、水筒とかですかね」
「その、辛くなったらすぐ教えてね。声は聞こえないだろうから、手を振るとか、こう、身振りで」
「手振りで」
「うん。本当に、教えなくちゃ駄目だからね」
本当、心配性。
「大丈夫ですから。ええ、しっかり教えますね。それじゃあ、少し仮眠を取りましょうか。たしか、深夜でしたし」
「うん。行くとき起こすから」
「お願いしますね」
「うん。おやすみ、あきゅ」
とてもうれしそうなミスティアの顔を見て、私は部屋に戻りました。
やっぱり、色々嫉妬しそうで、なんとも自分が恥ずかしい。
それで、行ってみたのです、が。
耳栓、つけるというのは冗談ではなかったようで。
残念なことに、びっくりして、気絶してしまって。
そんな、あの日の、話。
今度は、本当に耳栓、用意しましょうか。