皆様は『好戦系女子』をご存知でしょうか。
好戦系というと、戦いが好きなイメージ、肉食的なイメージがあるかもしれません。
その先入観を是非とも取り払っていただきたいのです。
彼女たちはシビアな現代に生きる、『比較観と闘争心に燃える女子』であります。
すなわち、表面的には平静を取り繕って笑顔を浮かべているのですが、内心では「私のほうが……」とか「いや、まてよ……」と、勝手な憶測を心の中で働かす女子のことです。
過度な妄想を抱いて日々を生活する彼女たちの隠蔽的な真の日常は、幾度となく目に見えない戦争に齷齪しています。
この頃『なんとか系女子』というのが流行りのようですが、幻想郷は『好戦系女子』が熱い!
そんな今日この頃、私は決まって第三の目をフル活用して地上の幻想郷を漫ろ歩き、彼女たちの生活を昼ドラを見る気分で堪能しているのです。
しかし、ただ地上を歩いているだけだと博麗の巫女・博麗霊夢さんに不信感を抱かれてしまいます。通常の生活から逸脱した地底の妖怪ほど厄介なものはありませんからね。剰え観察対象である地上の好戦系女子にも疑われてしまいます。
そこで私は月の頭脳こと八意永琳さんより、月で仕入れたと直々に仰られた『透明マント』なるものを拝借したのです!
もちろん私がこのマントを凝視したところで原料は何なのかとか、仕組みはどうなっているのかだとかは一切わからないのですがね。
ただ、地底ではその効力を確認することができました。
少し冗長気味ですが申し訳ございません。一例を上げましょう。
夕飯のつまみ食いはもちろんのこと、鏡にも映らないし、他人を驚かすこともできます。
怖い仮面を被ってマントを首から下だけを覆うと、いかにも仮面が浮遊して徘徊しているように見えるという寸法です。
そんなこんなでたびたび地下の妖怪を脅し、新たな楽しみを得た私ですが、これでは本来の目的を施行するにあたってこの神物を拝借しました永琳さんに申し訳が立ちません。
私、一生の不覚。
そこで、より効率的に好戦系女子を観察するべく透明マントを背負いつつ、地上へと何回も足を運んで、時に笑い、時に(声に出さず脳内に語り掛けて)助言したりもしました。
そろそろお気づきでしょうか。この『好戦系女子』という幻想郷のブーム、実は心を読める私しか知らないのです!
それもそのはず、彼女たちは知らず知らずのうちに幻想郷の流行を内心で捉え、日々の生活で応用してしまっているのです。言わば『流行の飛沫感染』とでも称しておきましょうか。
サトリ妖怪以外、心を読めるはずがありませんからね。
不思議な話だとは思いませんか。幻想郷の少女たちは、共通の流行をーー共通の流行とはまた変な日本語を使ってしまいましたがーー声に出さずして皆が理解しているのです。
私しか知らない流行ですが、少女たちにとっては現代の常識であり、互いが互いにその同じ常識を持っていることを知らないどころか、話題にもしません。
はたしてこれに常識や流行という言葉を使ってよろしいのでしょうか。
恐るべし幻想郷……!
◆
さて、ここに一枚のフィルムがあります。最近始めた趣味で作成している『好戦系女子の日常』を私なりに字幕を踏まえて映像化したものです。
本日は特別に地底の上映会としてこのフィルムを皆様に公開したいと思うのです。
皆様は現代の地上世界を私と同じ目線で見ることができます。もちろん巫女に追われたり、好戦系女子に疑われたりなんてことはありません。映像ですからね。
地上は今、どのようなブームが巻き起こっているのか、地底に棲む皆様にも楽しんでいただけたらと思って用意したものです。私的なコレクションの公開でもあるのですがね。
理由はどうであれ、『好戦系女子』の誕生は私の地上への興味を絶大なものに至らしめた大きな要因でもあります。
地底には流行なんて滅多にありません。ええありませんとも。皆が皆、静かに独特の生活を営んでいるに過ぎません。
私のフィルム公開に向ける真意は、まさに皆様の様々なものへの好奇心を活発に掻き立てようとの自己満足的で独断専行な行動です。ですがそれ以上の何かを、観覧される皆々様方が発見できないかという期待感もあります。
ただ見るだけではなく、何か見つけるものがあってそれを取り入れる、それを私たちのものにしてしまう、革命的な映像公開になるやもしれないのです!
◆
……お恥ずかしい姿を晒してしまいました。私が両手を上げて叫んでしまうなんて。この刹那の恥晒し、皆様に忘却願います。
さて、今しがたお待ちください。まもなく上映です。
何か不審な行動をした方および上映中に他の方の迷惑になるような行動をされた方は、過去のトラウマを見せますので、その覚悟でよろしくお願い致します。
では、『好戦系女子の日常』を御緩りとご覧下さい。
花を咲かせし闘え少女
小川の冷水も清らかに映える陽光を受けて眩しそう。日光浴をする川の畔には百花繚乱、落英繽紛として春を感じさせるほっこりとした朝です。
地底に住む私が言うのも何ですが、陽も趣があるものですね。
地底は暗いです。そこはかとなく闇に覆われています。だからこそ感じる、新鮮な空気。
私はこの新境地で生まれ変わるのでしょうか。
玲瓏のように透き通る水は私の影を揺さぶります。そこにハラリと花が一枚、舞い降ります。ああ、美しきかな春の幻想郷。
鼻に花の馨しい匂いが流れてきました。桜でしょうか。ああ、春もすぐに開けてしまって夏に遷ると思うともの悲しいです。
春とは気持ちの良いものです。寒くもなく暑くもなく、ちょうど身内の抱擁を想起するたいへんノスタルジアな雰囲気のある季節だと私は主張します。
ですが春の花々が散り、また向日葵などの夏の風物詩が生まるる諸行無常。春だけに留まらず、抗わず順応した世界に組み込まれたそれぞれの趣向に私たちは目を向けるべきなのでしょう。
今はそれが、春の咲き乱れる花であると。春をさらさらと流るる清流であると。ただそれだけのこと。
違う趣があって、違う人に好かれ、止まることなく遷り変わる世界の育みの一部に私は存在します。
外の世界のとある先住民はこう言ったと聞きました。我々の世界は連続する円環である。過去、現在、そして未来、全てが結合した関係にあるーーと。
何か感じるものがありますね。季節にしても、散り逝く花々にしても。
私の春の概念はそのようなものでした。
儚くも美しい、ちょうど盛期を越えたゆらりゆらりと水面に浮かぶ桜の花のようであります。
私はそんな妖怪に過ぎません。
◆
さて、花を咲かせるのは春の木々だけではないようです。
小川の向こう岸の桜の木の下に立つ二人の少女、丁寧に髪飾りのように桜の花を髪に乗せた少女たちをご覧下さい。
夜目遠目笠の内、とは昔の人はよく言ったものです。なるほど、可愛らしい。花吹雪に映える少女は素晴らしい絵になります。
好戦系女子ーー彼女たちは年柄年中、休む間もなく話に花を咲かせます。
話の花は一種類しかないと思われがちですが、それは表面的なものです。
今日は違った花、すなわち内面的な花を皆様にご覧いただきましょう。
サトリの世界へようこそ。
◆
やって来ました、少女の花を観覧できる特等席です。
花の香りと少女の香り。漂うここ一帯はさながら天国のようであります。
美少女に挟まれた私はどうしてよいのかわかりません。彼女たちの会話に耳を傾けるしかないのでしょうか。
どうせなら、混ざりたい。でもそれは許されざること。
少女を紹介しましょう。偶然にも私の知っている人たちです。
一人は博麗霊夢さん。女の子らしいフリフリを蓄えた赤いリボンに、抜群のスタイルを大胆に表現するヘソ出しの巫女服。そして何と言っても腋! さすがの古明地さとりといえども、興奮して参りました。同性を刺激する露出度の高い霊夢さんはやはり胸にサラシを巻いています。春になると巫女さんは大胆になるのでしょうか。ええ結構ですとも。目が幸せです。
もう一人は十六夜咲夜さん。以前この方のご主人様である高貴なる吸血鬼、レミリア・スカーレットさんにご挨拶を申し上げに紅魔館へ足を運んだ際に、常に側近にいらっしゃいました瀟洒なメイドさんです。霊夢さんに負けず劣らず、むしろより一層の抜群のプロポーション。典型的なメイドとはまた違う服が一入に感じられます。凛々しい目付きと母親のような優しい口調。非の打ち所がありません。何を食べたらそこまで大きくなるのでしょうか……胸。
「最近お嬢様のワガママが酷くなる一方なんですよ」
「変わらないじゃない。むしろワガママじゃないレミリアは病気だと思うわよ」
「言えてます。ふふっ」
「そうよね。レミリアはワガママじゃないとね。可愛くないわね」
「あら、霊夢さんがレミリアお嬢様を可愛いと……。初めて聴きましたよ」
「何だかんだ可愛いわよ、アイツ。家族にはいてほしくないタイプだけどね」
「どうして?」
「自分の横で毎日犬が吠えてるのを想像すれば楽よ」
「……耐えられませんね」
「でしょ? アンタは毎日レミリアと一緒にいるから、ワガママの抗体を体内で作っちゃったのよ。私はそんなのないから気が滅入る」
「ふふっ。霊夢さんらしいです」
彼女たちの日常会話は些細なことから始まります。
身の回りで最近変わったこと、思い出話、マイブームなど。
ただ幻想郷の少女は互いが互いを褒め合うことはあまりしません。
特にこの霊夢さんはそんなことをするどころか、罵詈雑言を浴びせます。巷では『毒舌巫女』と呼ばれてたりもしている始末です。
そんな彼女も好戦系女子……というか筆頭格です。
表面ではツンツンしてる霊夢さんですが、内面はめっちゃ可愛いんですよ。しかしながら霊夢さんの好戦系女子タイプは私の経験上、少し変わっているんですよね……。それはおいおい会話の中で。
咲夜さんも含め、内面も覗いてみましょう。
◆
「咲夜。アンタここに桜の花びらが乗ってるわよ」
「あらほんとですわ。そういう霊夢さんこそ、ほら」
「私にも?」
《いや、待てよ。ここで桜の花を取ったとする。その動作の前に咲夜の表情を窺う。いかにも「可愛いですよ、霊夢さん」と言いたげな顔だ。するとこの桜の花を取り除くことは、すなわち過失的に美化された偶然の私を壊すことになるのでは? そんなことをしてしまえば咲夜の目は冷めてしまい、私はどうにもならない気持ちになるだろう。待て、待つんだ。すると取らなかった私を見た咲夜はこう言うだろう。「霊夢さん。もしかして可愛いの狙って敢えて取らないんですか?」って。もしこうなったら巫女の大義名分は魔理沙の流す噂とともに幻想郷を駆け巡り、腐ったリンゴのような扱いをされ……想像するだけで恐ろしい。私は今、人生の分岐点にいるのか!》
好戦系女子は毎日、このようなことを考えては会話を成り立たせています。ちなみにこの間、実に数秒。恐るべし幻想郷。
おや、霊夢さんが頭の桜の花びらを取りましたよ。どうやら巫女としての流儀、今後のことを踏まえての選択だったようです。
将来にまで辱めを受けるより、現在の容姿の劣化を選びました。
「ほんとだわ。桜もイタズラが過ぎるわね」
「まったく、その通りですわ」
さらに好戦系女子の恐ろしさの片鱗は、このように脳内で考えを巡らせた果てに究極の選択をしたのにも拘らず、表面的には表情が一切として変化しないということなのです。
これは恐ろしいですよね。普通ならストレスが溜まってもおかしくないような極限状態を毎日キープしているのです。
ご覧の通り、霊夢さんの表情は咲夜さんにお礼を言わんばかりの明るい笑顔です。
ああ、恐ろしきかな幻想郷。
「やっぱり霊夢さんは桜なんかを飾るより、ありのままが一番可愛いですわ」
「え?」
「桜を取ったでしょう。ふだん通りが一番です」
「え、ええ……」
《私は人生の分岐点を誤らなかった!》
つんでれいむ。私はたびたび見せる彼女の喜怒哀楽をそう呼びます。
これまで数々の霊夢さんを見て来ましたが、季節のようにひょいと変わる性格は第三者からすると楽しいです。
一人で劇を演じているような、ユーモラスな巫女さんだと観念が覆りました。
他に霊夢さんタイプの好戦系女子は私の見た限り知り得る人は……東風谷早苗さん。
彼女は……この件についてはまた今度話すことにしましょう。
◆
「もうすぐこの桜の麗らかなピンク色を見れないと思うと寂しいですわ」
《すぐ近くにある小さな桃色。散った果てに見せる表情がとっても楽しみ》
咲夜さんは案外ブラックな感じの好戦系女子タイプなのでしょうか。
桜の木の下で微笑みながら、季節の末の散り逝く桜に思いを馳せるメイドさん……素敵です。
精一杯の優美に彩られた桜も彼女たちに微笑んでいるように見えます。
気がつけば小川のチョロチョロと流るる優しさも、雰囲気を撫で上げる感じでそっと見守っています。
陽光も照り、そろそろ夏の兆しが垣間見えてきたかな幻想郷。
私は今、好戦系女子とともにいることに、この上ない喜びを感じています。
「夏は向日葵。私たちよりも背の高い植物の盛る暑い季節が巡ってくるわね」
「お嬢様もあの暑さには敵わないと毎年のようにボヤいてます」
「ったく。傘ひとつで夏の猛暑日の炎天下に涼しい顔でいられる幽香が羨ましくも妬ましい」
「向日葵畑の大妖怪、風見幽香さんですか?」
「ええ」
黙り込んでしまいましたね。話題が見つからないのでしょうか。
沈黙を支配するのは小川の流音。清い麗らかな音で長く聴いても飽きず、心を癒しの空間へといざなってくれます。
こういう時に限って好戦系女子は決まって様々なことを考えます。
ほら、心の囁きが聞こえてきますよ。
◆
《春の桜を見ながら晩春の花見でもお嬢様としましょうかな。夜がいいですわ。何かと日傘を持つのは疲れますし、初夏に近い日差しも私の肌を攻撃しますしね。満月もあると殊更最高ですわ。そうだ、桜を怪しく照らし出すために幽霊を借りてきましょう。にしても何故この時期になっても未だに桜があるのでしょうか?》
《幽香って胸大きいわよね。夏の向日葵も人間より背が高いし。何を食べたらああなるのかしら? 桜の枝の少しをプレゼントして、胡麻を摺りつつ幽香から聞き出しましょう。あわよくば力尽くででも判然とさせてやるわ》
桜を見上げるふたりの少女も春の美しさに喜んでいるようです。
……見事に価値観の歯車は噛み合ってませんが。
しかし好戦系女子の魅力はそこにあります。
皆それぞれが違う価値観と考え方でいろいろなことを思うのです。霊夢さんのようにちょっと常軌を逸した思考もあれば、咲夜さんのように綺麗で瀟洒な思考もあるのです。
《あの豊胸娘……未来からのエージェントなんじゃないの? あの極悪非道は現代の妖怪じゃないわ。マスタースパークも打てるし……何者なのよ。冷徹な笑顔で油断させておいて叩き潰すのよね。いつだったか、魔理沙が向日葵を折ってしまって殺されかけたとか言ってたし。そうよ! エージェントとして送り込まれたのだわ!》
それはさながらひとつの物語を見ているようです。
私もそろそろ別の好戦系女子を探しに行きましょうかな。
この桜の景色が見られないのは残念ですが、ずっと立っているのにも気苦労に耐えませんし。
今日の二人はいつもより緊張感があるようにも見えますし。
喧嘩でもしたのでしょうか。
会話が弾まないですね。
◆
《霊夢……気付いてるのかしら》
ええ霊夢さんは気付いていますとも。幽香さんは紛れもない未来からのエージェントです。
……いいえ違いますよ!
何か二人の関係に新たな発展が見られそうです。咲夜さん、霊夢さんを気にかけている様子でしょうか。
故にこれは……恋です!
好戦系女子はしばしば内心でもどかしくなる人が多いのです。
謝罪を述べる時、頬に虫が付いていてそれを相手に上手く伝えられない時、立ち話で急にトイレに行きたくなった時。
そして最もポピュラーなのが恋の悩み。それも目の前の話し相手が恋の対象であれば、それはもう好戦系女子の心の中は恥ずかしさともどかしさで溢れかえっています。
以前アリスさんと魔理沙さんの好戦系女子の会話を窺ったところ、アリスさんの心の中がもうドクンドクンと波打って、心臓が止まってしまうのではないかと思ってしまうほどもどかしさというか気まずい雰囲気でした。
幻想郷には多くの乙女がいます。恋の成就しない時を待つ少女。思い返せば私も心惹かれる時期がありました。
紅魔館の瀟洒なるメイド、十六夜咲夜さんなれど、恋のひとつやふたつ、あるのですね。
お嬢様一筋だと勘違いしていた私は遣る方ない気持ちです。
確かに霊夢さんはキツいところもありますが、不覚にも私も腋にそそられてしまったりと、女性的に非の打ち所がない女性です。咲夜さんの気持ちもたいへんわかります。
私も霊夢さん、好きになりそうです。幻想郷で最も可愛い好戦系女子なのですから!
《咲夜が気難しい表情ね。まるで私の様子を窺っているような……そうよ、私はまさしく危機に陥っているのだわ。傍らのナイフを見れば一目瞭然じゃないの。指を掛けて今まさに飛びかからんとしている。私がクルリと身を翻したところで……彼女は時間を止められるじゃないの! ここは私が先手を打って夢想封印をブチかまさないと服を破かれる……》
……妄想癖もありますがね。
山の上の神社の巫女さん、東風谷早苗さんによる影響だと自身が心の中で言っていました。
そうですね。次は早苗さんのところへ行きましょう。霊夢さんに次ぐ好戦系女子ですからね。
巫女の専売特許は過度な妄想と妖怪退治!
何か奥ゆかしい、幻想郷ならではの清々しい呼び声に「世も末ですね」と声が聞こえてきそうです。
◆
チャッとナイフを片手に咲夜さんが構えました。霊夢さんの妄想は現実のものになるのでしょうか。
しまった。カメラを忘れてしまいました。
服が破れる椿事なら、収めないわけにはいかないのです。無念。
「あの……ちょっとよろしいでしょうか?」
「……ッ! そうはさせないわよ十六夜咲夜!」
「いえ、霊夢さんではなく……」
視界が急に明るくなりました。
初夏に近い季節ですから、肌に当たる直射日光は日頃のケアから始めないといけません。
長く地底に住む私はとくに肌が敏感ですから、そうやすやすと肌をさらけ出して炎天下の幻想郷を闊歩することなどできませんからね。
海でもあれば日焼けくらいはしたって構わないのですがね。幻想郷に海はありませんし。
永琳さんから透明マントを拝借する以前は季節も季節でして、とくに日差しを気にすることはありませんでした。
初夏の兆しが見える今日この頃。少しは日光をシャットアウトしてくれる心強い透明マントは姿を消す以外にも様々な効力を発揮しています。
ところで何かふたりの視線が私に注がれていますね。
私の後ろに誰か来たのでしょうか。
「古明地さとりさん。貴方いつからここにいらしたの?」
どういうことでしょう。そういえば透明マントは咲夜さんの手に握られています。ヒラリと春の微風に揺れて桜を装飾している様子です。
昔どこかで聞きました。紅魔館のメイドは只者ではないと。
気でも操るのでしょうか。そうでもないと姿の見えない私を感じることはできないはず……。
その答えを自ら語ってくれました。
「風の動きが不自然だったんですよ。何か見えない力に遮られるようにしてね。路頭に迷う子羊のように、右往左往してました」
「へえ、凄いわねアンタ」
「それに……ほら」
咲夜さんは私の髪を撫でるように触れると、紅茶を淹れる艶やかな手付きで桜の花びらを拾い上げました。
私の顔の高さに合わせて膝を折る仕草が悔しいのですが、咲夜さんならいいやと事を切った私は自分を呪うに値します。
子どもの扱いには慣れているとでもいいたげです。私は断じて子どもではありませんがね。
「桜の花びらが頭についていました。宙に浮かぶ花びらなんてありませんから」
掌に花びらを乗せた咲夜さんは、ふうっと息を吹きかけて桜の散る景色にそれを塗しました。
おおう……婀娜っぽくて口元がエロい!
幻想郷の少女は卑怯だと私は常々思います。美しすぎます。
しかしここで私はこのふたりからどのような仕打ちを受けるのでしょうか。
美少女といえども、やはりお仕置きの程度はそこらへんの妖怪と何ら変わりありませんし、できるなら避けたいものです。
《さてと、さとり……どう調理してあげようかしら》
◆
逃げるが勝ち。
実は私、透明マントを使わずとも姿を消せるんです。
正確には『究極の意識空間をある一定の大きさで作り上げてそこに自分を閉じ込める』というものなのですがね。
つまり別次元の空間の意識状態を保って、感覚的には真っ白(実際には色などありませんが感覚的には白や黒と定義づけています)な空間を彷徨うことができるんです。
ですがそれだと相手もいませんから、好戦系女子を観察するのには手際良くありません。何しろ右も左も分からないどころか、色も存在もないのですから。
究極の意識は無意識に似たような……いえ、全然違うのですがね。
そこで永琳さんから透明マントを借りたというわけです。
あんまり使う機会がない特殊能力(意識能力の応用)ですが、まさかここで使うことになるとは思いもしませんでした。
妹のこいしはもっと簡単に別の『無意識』というもので擬似的に姿を消せるのですが、私はその逆です。
◆
さて、そうこう話しているうちにふたりの影すらも見えないところまで逃げてきました。
彼女たちは怒号を上げたりはしません。呆れたように私の背中を見るだけなのです。
霊夢さんも仕事疲れが甚だしいとボヤいていましたしね。
咲夜さんは言うまでもないでしょう。それに仏のような性格ですし。
殺されずに済みました。終わり良ければすべて良し。
次回は夏、東風谷早苗さんをできれば見たいなと思います。彼女もおもしろい人物ですからね。楽しみです。
ああ、無限に満ちた極楽浄土。春の幻想郷、ここに終止符。
語りは古明地さとり。字幕も古明地さとり。映像も古明地さとり。監督も古明地さとりでお送りしました。
長い間ご苦労様でした。
春の『好戦系女子の日常』は失敗に終わってしまいましたが、相手が悪かったです。霊夢さんならまだしも、かの有名な紅魔館のメイド長ですから。
私、一生の不覚。
地底の妖怪の皆様、何か見つけるものがあったでしょうか。……あるわけないですよね。私のせいでめちゃくちゃになってしまったのですからね。
しかし、何かしら得られるものがあったというのは事実ですし、この映像公開にあたって我々地底の妖怪が今後どのように発展できるかが勝負のポイントでしょう。
私も地上に赴き、様々なことを学びました。
自然の美しさ、春の趣の数々、侮れない咲夜さん、そして好戦系女子の実在の証明。
私が言わんとしていることは、残る季節である夏・秋・冬に隠されています。最初は失敗して当然です。もう一度言いますが、相手が悪かったです。
地底の新たな流行の発見も期待し、このフィルムは大切に保管しておきましょう。
ご覧下さりまして、本当に光栄です。不安定だった地底の一体化を目指し、私も次回に向けて頑張りますので。
3Dメガネは食べずに出口の箱へ入れて下さい。回収します。
◆
え? 透明マントはどうしたのかって?
……妹のこいしにでも頼んで取り返しに行って貰います。
好戦系というと、戦いが好きなイメージ、肉食的なイメージがあるかもしれません。
その先入観を是非とも取り払っていただきたいのです。
彼女たちはシビアな現代に生きる、『比較観と闘争心に燃える女子』であります。
すなわち、表面的には平静を取り繕って笑顔を浮かべているのですが、内心では「私のほうが……」とか「いや、まてよ……」と、勝手な憶測を心の中で働かす女子のことです。
過度な妄想を抱いて日々を生活する彼女たちの隠蔽的な真の日常は、幾度となく目に見えない戦争に齷齪しています。
この頃『なんとか系女子』というのが流行りのようですが、幻想郷は『好戦系女子』が熱い!
そんな今日この頃、私は決まって第三の目をフル活用して地上の幻想郷を漫ろ歩き、彼女たちの生活を昼ドラを見る気分で堪能しているのです。
しかし、ただ地上を歩いているだけだと博麗の巫女・博麗霊夢さんに不信感を抱かれてしまいます。通常の生活から逸脱した地底の妖怪ほど厄介なものはありませんからね。剰え観察対象である地上の好戦系女子にも疑われてしまいます。
そこで私は月の頭脳こと八意永琳さんより、月で仕入れたと直々に仰られた『透明マント』なるものを拝借したのです!
もちろん私がこのマントを凝視したところで原料は何なのかとか、仕組みはどうなっているのかだとかは一切わからないのですがね。
ただ、地底ではその効力を確認することができました。
少し冗長気味ですが申し訳ございません。一例を上げましょう。
夕飯のつまみ食いはもちろんのこと、鏡にも映らないし、他人を驚かすこともできます。
怖い仮面を被ってマントを首から下だけを覆うと、いかにも仮面が浮遊して徘徊しているように見えるという寸法です。
そんなこんなでたびたび地下の妖怪を脅し、新たな楽しみを得た私ですが、これでは本来の目的を施行するにあたってこの神物を拝借しました永琳さんに申し訳が立ちません。
私、一生の不覚。
そこで、より効率的に好戦系女子を観察するべく透明マントを背負いつつ、地上へと何回も足を運んで、時に笑い、時に(声に出さず脳内に語り掛けて)助言したりもしました。
そろそろお気づきでしょうか。この『好戦系女子』という幻想郷のブーム、実は心を読める私しか知らないのです!
それもそのはず、彼女たちは知らず知らずのうちに幻想郷の流行を内心で捉え、日々の生活で応用してしまっているのです。言わば『流行の飛沫感染』とでも称しておきましょうか。
サトリ妖怪以外、心を読めるはずがありませんからね。
不思議な話だとは思いませんか。幻想郷の少女たちは、共通の流行をーー共通の流行とはまた変な日本語を使ってしまいましたがーー声に出さずして皆が理解しているのです。
私しか知らない流行ですが、少女たちにとっては現代の常識であり、互いが互いにその同じ常識を持っていることを知らないどころか、話題にもしません。
はたしてこれに常識や流行という言葉を使ってよろしいのでしょうか。
恐るべし幻想郷……!
◆
さて、ここに一枚のフィルムがあります。最近始めた趣味で作成している『好戦系女子の日常』を私なりに字幕を踏まえて映像化したものです。
本日は特別に地底の上映会としてこのフィルムを皆様に公開したいと思うのです。
皆様は現代の地上世界を私と同じ目線で見ることができます。もちろん巫女に追われたり、好戦系女子に疑われたりなんてことはありません。映像ですからね。
地上は今、どのようなブームが巻き起こっているのか、地底に棲む皆様にも楽しんでいただけたらと思って用意したものです。私的なコレクションの公開でもあるのですがね。
理由はどうであれ、『好戦系女子』の誕生は私の地上への興味を絶大なものに至らしめた大きな要因でもあります。
地底には流行なんて滅多にありません。ええありませんとも。皆が皆、静かに独特の生活を営んでいるに過ぎません。
私のフィルム公開に向ける真意は、まさに皆様の様々なものへの好奇心を活発に掻き立てようとの自己満足的で独断専行な行動です。ですがそれ以上の何かを、観覧される皆々様方が発見できないかという期待感もあります。
ただ見るだけではなく、何か見つけるものがあってそれを取り入れる、それを私たちのものにしてしまう、革命的な映像公開になるやもしれないのです!
◆
……お恥ずかしい姿を晒してしまいました。私が両手を上げて叫んでしまうなんて。この刹那の恥晒し、皆様に忘却願います。
さて、今しがたお待ちください。まもなく上映です。
何か不審な行動をした方および上映中に他の方の迷惑になるような行動をされた方は、過去のトラウマを見せますので、その覚悟でよろしくお願い致します。
では、『好戦系女子の日常』を御緩りとご覧下さい。
花を咲かせし闘え少女
小川の冷水も清らかに映える陽光を受けて眩しそう。日光浴をする川の畔には百花繚乱、落英繽紛として春を感じさせるほっこりとした朝です。
地底に住む私が言うのも何ですが、陽も趣があるものですね。
地底は暗いです。そこはかとなく闇に覆われています。だからこそ感じる、新鮮な空気。
私はこの新境地で生まれ変わるのでしょうか。
玲瓏のように透き通る水は私の影を揺さぶります。そこにハラリと花が一枚、舞い降ります。ああ、美しきかな春の幻想郷。
鼻に花の馨しい匂いが流れてきました。桜でしょうか。ああ、春もすぐに開けてしまって夏に遷ると思うともの悲しいです。
春とは気持ちの良いものです。寒くもなく暑くもなく、ちょうど身内の抱擁を想起するたいへんノスタルジアな雰囲気のある季節だと私は主張します。
ですが春の花々が散り、また向日葵などの夏の風物詩が生まるる諸行無常。春だけに留まらず、抗わず順応した世界に組み込まれたそれぞれの趣向に私たちは目を向けるべきなのでしょう。
今はそれが、春の咲き乱れる花であると。春をさらさらと流るる清流であると。ただそれだけのこと。
違う趣があって、違う人に好かれ、止まることなく遷り変わる世界の育みの一部に私は存在します。
外の世界のとある先住民はこう言ったと聞きました。我々の世界は連続する円環である。過去、現在、そして未来、全てが結合した関係にあるーーと。
何か感じるものがありますね。季節にしても、散り逝く花々にしても。
私の春の概念はそのようなものでした。
儚くも美しい、ちょうど盛期を越えたゆらりゆらりと水面に浮かぶ桜の花のようであります。
私はそんな妖怪に過ぎません。
◆
さて、花を咲かせるのは春の木々だけではないようです。
小川の向こう岸の桜の木の下に立つ二人の少女、丁寧に髪飾りのように桜の花を髪に乗せた少女たちをご覧下さい。
夜目遠目笠の内、とは昔の人はよく言ったものです。なるほど、可愛らしい。花吹雪に映える少女は素晴らしい絵になります。
好戦系女子ーー彼女たちは年柄年中、休む間もなく話に花を咲かせます。
話の花は一種類しかないと思われがちですが、それは表面的なものです。
今日は違った花、すなわち内面的な花を皆様にご覧いただきましょう。
サトリの世界へようこそ。
◆
やって来ました、少女の花を観覧できる特等席です。
花の香りと少女の香り。漂うここ一帯はさながら天国のようであります。
美少女に挟まれた私はどうしてよいのかわかりません。彼女たちの会話に耳を傾けるしかないのでしょうか。
どうせなら、混ざりたい。でもそれは許されざること。
少女を紹介しましょう。偶然にも私の知っている人たちです。
一人は博麗霊夢さん。女の子らしいフリフリを蓄えた赤いリボンに、抜群のスタイルを大胆に表現するヘソ出しの巫女服。そして何と言っても腋! さすがの古明地さとりといえども、興奮して参りました。同性を刺激する露出度の高い霊夢さんはやはり胸にサラシを巻いています。春になると巫女さんは大胆になるのでしょうか。ええ結構ですとも。目が幸せです。
もう一人は十六夜咲夜さん。以前この方のご主人様である高貴なる吸血鬼、レミリア・スカーレットさんにご挨拶を申し上げに紅魔館へ足を運んだ際に、常に側近にいらっしゃいました瀟洒なメイドさんです。霊夢さんに負けず劣らず、むしろより一層の抜群のプロポーション。典型的なメイドとはまた違う服が一入に感じられます。凛々しい目付きと母親のような優しい口調。非の打ち所がありません。何を食べたらそこまで大きくなるのでしょうか……胸。
「最近お嬢様のワガママが酷くなる一方なんですよ」
「変わらないじゃない。むしろワガママじゃないレミリアは病気だと思うわよ」
「言えてます。ふふっ」
「そうよね。レミリアはワガママじゃないとね。可愛くないわね」
「あら、霊夢さんがレミリアお嬢様を可愛いと……。初めて聴きましたよ」
「何だかんだ可愛いわよ、アイツ。家族にはいてほしくないタイプだけどね」
「どうして?」
「自分の横で毎日犬が吠えてるのを想像すれば楽よ」
「……耐えられませんね」
「でしょ? アンタは毎日レミリアと一緒にいるから、ワガママの抗体を体内で作っちゃったのよ。私はそんなのないから気が滅入る」
「ふふっ。霊夢さんらしいです」
彼女たちの日常会話は些細なことから始まります。
身の回りで最近変わったこと、思い出話、マイブームなど。
ただ幻想郷の少女は互いが互いを褒め合うことはあまりしません。
特にこの霊夢さんはそんなことをするどころか、罵詈雑言を浴びせます。巷では『毒舌巫女』と呼ばれてたりもしている始末です。
そんな彼女も好戦系女子……というか筆頭格です。
表面ではツンツンしてる霊夢さんですが、内面はめっちゃ可愛いんですよ。しかしながら霊夢さんの好戦系女子タイプは私の経験上、少し変わっているんですよね……。それはおいおい会話の中で。
咲夜さんも含め、内面も覗いてみましょう。
◆
「咲夜。アンタここに桜の花びらが乗ってるわよ」
「あらほんとですわ。そういう霊夢さんこそ、ほら」
「私にも?」
《いや、待てよ。ここで桜の花を取ったとする。その動作の前に咲夜の表情を窺う。いかにも「可愛いですよ、霊夢さん」と言いたげな顔だ。するとこの桜の花を取り除くことは、すなわち過失的に美化された偶然の私を壊すことになるのでは? そんなことをしてしまえば咲夜の目は冷めてしまい、私はどうにもならない気持ちになるだろう。待て、待つんだ。すると取らなかった私を見た咲夜はこう言うだろう。「霊夢さん。もしかして可愛いの狙って敢えて取らないんですか?」って。もしこうなったら巫女の大義名分は魔理沙の流す噂とともに幻想郷を駆け巡り、腐ったリンゴのような扱いをされ……想像するだけで恐ろしい。私は今、人生の分岐点にいるのか!》
好戦系女子は毎日、このようなことを考えては会話を成り立たせています。ちなみにこの間、実に数秒。恐るべし幻想郷。
おや、霊夢さんが頭の桜の花びらを取りましたよ。どうやら巫女としての流儀、今後のことを踏まえての選択だったようです。
将来にまで辱めを受けるより、現在の容姿の劣化を選びました。
「ほんとだわ。桜もイタズラが過ぎるわね」
「まったく、その通りですわ」
さらに好戦系女子の恐ろしさの片鱗は、このように脳内で考えを巡らせた果てに究極の選択をしたのにも拘らず、表面的には表情が一切として変化しないということなのです。
これは恐ろしいですよね。普通ならストレスが溜まってもおかしくないような極限状態を毎日キープしているのです。
ご覧の通り、霊夢さんの表情は咲夜さんにお礼を言わんばかりの明るい笑顔です。
ああ、恐ろしきかな幻想郷。
「やっぱり霊夢さんは桜なんかを飾るより、ありのままが一番可愛いですわ」
「え?」
「桜を取ったでしょう。ふだん通りが一番です」
「え、ええ……」
《私は人生の分岐点を誤らなかった!》
つんでれいむ。私はたびたび見せる彼女の喜怒哀楽をそう呼びます。
これまで数々の霊夢さんを見て来ましたが、季節のようにひょいと変わる性格は第三者からすると楽しいです。
一人で劇を演じているような、ユーモラスな巫女さんだと観念が覆りました。
他に霊夢さんタイプの好戦系女子は私の見た限り知り得る人は……東風谷早苗さん。
彼女は……この件についてはまた今度話すことにしましょう。
◆
「もうすぐこの桜の麗らかなピンク色を見れないと思うと寂しいですわ」
《すぐ近くにある小さな桃色。散った果てに見せる表情がとっても楽しみ》
咲夜さんは案外ブラックな感じの好戦系女子タイプなのでしょうか。
桜の木の下で微笑みながら、季節の末の散り逝く桜に思いを馳せるメイドさん……素敵です。
精一杯の優美に彩られた桜も彼女たちに微笑んでいるように見えます。
気がつけば小川のチョロチョロと流るる優しさも、雰囲気を撫で上げる感じでそっと見守っています。
陽光も照り、そろそろ夏の兆しが垣間見えてきたかな幻想郷。
私は今、好戦系女子とともにいることに、この上ない喜びを感じています。
「夏は向日葵。私たちよりも背の高い植物の盛る暑い季節が巡ってくるわね」
「お嬢様もあの暑さには敵わないと毎年のようにボヤいてます」
「ったく。傘ひとつで夏の猛暑日の炎天下に涼しい顔でいられる幽香が羨ましくも妬ましい」
「向日葵畑の大妖怪、風見幽香さんですか?」
「ええ」
黙り込んでしまいましたね。話題が見つからないのでしょうか。
沈黙を支配するのは小川の流音。清い麗らかな音で長く聴いても飽きず、心を癒しの空間へといざなってくれます。
こういう時に限って好戦系女子は決まって様々なことを考えます。
ほら、心の囁きが聞こえてきますよ。
◆
《春の桜を見ながら晩春の花見でもお嬢様としましょうかな。夜がいいですわ。何かと日傘を持つのは疲れますし、初夏に近い日差しも私の肌を攻撃しますしね。満月もあると殊更最高ですわ。そうだ、桜を怪しく照らし出すために幽霊を借りてきましょう。にしても何故この時期になっても未だに桜があるのでしょうか?》
《幽香って胸大きいわよね。夏の向日葵も人間より背が高いし。何を食べたらああなるのかしら? 桜の枝の少しをプレゼントして、胡麻を摺りつつ幽香から聞き出しましょう。あわよくば力尽くででも判然とさせてやるわ》
桜を見上げるふたりの少女も春の美しさに喜んでいるようです。
……見事に価値観の歯車は噛み合ってませんが。
しかし好戦系女子の魅力はそこにあります。
皆それぞれが違う価値観と考え方でいろいろなことを思うのです。霊夢さんのようにちょっと常軌を逸した思考もあれば、咲夜さんのように綺麗で瀟洒な思考もあるのです。
《あの豊胸娘……未来からのエージェントなんじゃないの? あの極悪非道は現代の妖怪じゃないわ。マスタースパークも打てるし……何者なのよ。冷徹な笑顔で油断させておいて叩き潰すのよね。いつだったか、魔理沙が向日葵を折ってしまって殺されかけたとか言ってたし。そうよ! エージェントとして送り込まれたのだわ!》
それはさながらひとつの物語を見ているようです。
私もそろそろ別の好戦系女子を探しに行きましょうかな。
この桜の景色が見られないのは残念ですが、ずっと立っているのにも気苦労に耐えませんし。
今日の二人はいつもより緊張感があるようにも見えますし。
喧嘩でもしたのでしょうか。
会話が弾まないですね。
◆
《霊夢……気付いてるのかしら》
ええ霊夢さんは気付いていますとも。幽香さんは紛れもない未来からのエージェントです。
……いいえ違いますよ!
何か二人の関係に新たな発展が見られそうです。咲夜さん、霊夢さんを気にかけている様子でしょうか。
故にこれは……恋です!
好戦系女子はしばしば内心でもどかしくなる人が多いのです。
謝罪を述べる時、頬に虫が付いていてそれを相手に上手く伝えられない時、立ち話で急にトイレに行きたくなった時。
そして最もポピュラーなのが恋の悩み。それも目の前の話し相手が恋の対象であれば、それはもう好戦系女子の心の中は恥ずかしさともどかしさで溢れかえっています。
以前アリスさんと魔理沙さんの好戦系女子の会話を窺ったところ、アリスさんの心の中がもうドクンドクンと波打って、心臓が止まってしまうのではないかと思ってしまうほどもどかしさというか気まずい雰囲気でした。
幻想郷には多くの乙女がいます。恋の成就しない時を待つ少女。思い返せば私も心惹かれる時期がありました。
紅魔館の瀟洒なるメイド、十六夜咲夜さんなれど、恋のひとつやふたつ、あるのですね。
お嬢様一筋だと勘違いしていた私は遣る方ない気持ちです。
確かに霊夢さんはキツいところもありますが、不覚にも私も腋にそそられてしまったりと、女性的に非の打ち所がない女性です。咲夜さんの気持ちもたいへんわかります。
私も霊夢さん、好きになりそうです。幻想郷で最も可愛い好戦系女子なのですから!
《咲夜が気難しい表情ね。まるで私の様子を窺っているような……そうよ、私はまさしく危機に陥っているのだわ。傍らのナイフを見れば一目瞭然じゃないの。指を掛けて今まさに飛びかからんとしている。私がクルリと身を翻したところで……彼女は時間を止められるじゃないの! ここは私が先手を打って夢想封印をブチかまさないと服を破かれる……》
……妄想癖もありますがね。
山の上の神社の巫女さん、東風谷早苗さんによる影響だと自身が心の中で言っていました。
そうですね。次は早苗さんのところへ行きましょう。霊夢さんに次ぐ好戦系女子ですからね。
巫女の専売特許は過度な妄想と妖怪退治!
何か奥ゆかしい、幻想郷ならではの清々しい呼び声に「世も末ですね」と声が聞こえてきそうです。
◆
チャッとナイフを片手に咲夜さんが構えました。霊夢さんの妄想は現実のものになるのでしょうか。
しまった。カメラを忘れてしまいました。
服が破れる椿事なら、収めないわけにはいかないのです。無念。
「あの……ちょっとよろしいでしょうか?」
「……ッ! そうはさせないわよ十六夜咲夜!」
「いえ、霊夢さんではなく……」
視界が急に明るくなりました。
初夏に近い季節ですから、肌に当たる直射日光は日頃のケアから始めないといけません。
長く地底に住む私はとくに肌が敏感ですから、そうやすやすと肌をさらけ出して炎天下の幻想郷を闊歩することなどできませんからね。
海でもあれば日焼けくらいはしたって構わないのですがね。幻想郷に海はありませんし。
永琳さんから透明マントを拝借する以前は季節も季節でして、とくに日差しを気にすることはありませんでした。
初夏の兆しが見える今日この頃。少しは日光をシャットアウトしてくれる心強い透明マントは姿を消す以外にも様々な効力を発揮しています。
ところで何かふたりの視線が私に注がれていますね。
私の後ろに誰か来たのでしょうか。
「古明地さとりさん。貴方いつからここにいらしたの?」
どういうことでしょう。そういえば透明マントは咲夜さんの手に握られています。ヒラリと春の微風に揺れて桜を装飾している様子です。
昔どこかで聞きました。紅魔館のメイドは只者ではないと。
気でも操るのでしょうか。そうでもないと姿の見えない私を感じることはできないはず……。
その答えを自ら語ってくれました。
「風の動きが不自然だったんですよ。何か見えない力に遮られるようにしてね。路頭に迷う子羊のように、右往左往してました」
「へえ、凄いわねアンタ」
「それに……ほら」
咲夜さんは私の髪を撫でるように触れると、紅茶を淹れる艶やかな手付きで桜の花びらを拾い上げました。
私の顔の高さに合わせて膝を折る仕草が悔しいのですが、咲夜さんならいいやと事を切った私は自分を呪うに値します。
子どもの扱いには慣れているとでもいいたげです。私は断じて子どもではありませんがね。
「桜の花びらが頭についていました。宙に浮かぶ花びらなんてありませんから」
掌に花びらを乗せた咲夜さんは、ふうっと息を吹きかけて桜の散る景色にそれを塗しました。
おおう……婀娜っぽくて口元がエロい!
幻想郷の少女は卑怯だと私は常々思います。美しすぎます。
しかしここで私はこのふたりからどのような仕打ちを受けるのでしょうか。
美少女といえども、やはりお仕置きの程度はそこらへんの妖怪と何ら変わりありませんし、できるなら避けたいものです。
《さてと、さとり……どう調理してあげようかしら》
◆
逃げるが勝ち。
実は私、透明マントを使わずとも姿を消せるんです。
正確には『究極の意識空間をある一定の大きさで作り上げてそこに自分を閉じ込める』というものなのですがね。
つまり別次元の空間の意識状態を保って、感覚的には真っ白(実際には色などありませんが感覚的には白や黒と定義づけています)な空間を彷徨うことができるんです。
ですがそれだと相手もいませんから、好戦系女子を観察するのには手際良くありません。何しろ右も左も分からないどころか、色も存在もないのですから。
究極の意識は無意識に似たような……いえ、全然違うのですがね。
そこで永琳さんから透明マントを借りたというわけです。
あんまり使う機会がない特殊能力(意識能力の応用)ですが、まさかここで使うことになるとは思いもしませんでした。
妹のこいしはもっと簡単に別の『無意識』というもので擬似的に姿を消せるのですが、私はその逆です。
◆
さて、そうこう話しているうちにふたりの影すらも見えないところまで逃げてきました。
彼女たちは怒号を上げたりはしません。呆れたように私の背中を見るだけなのです。
霊夢さんも仕事疲れが甚だしいとボヤいていましたしね。
咲夜さんは言うまでもないでしょう。それに仏のような性格ですし。
殺されずに済みました。終わり良ければすべて良し。
次回は夏、東風谷早苗さんをできれば見たいなと思います。彼女もおもしろい人物ですからね。楽しみです。
ああ、無限に満ちた極楽浄土。春の幻想郷、ここに終止符。
語りは古明地さとり。字幕も古明地さとり。映像も古明地さとり。監督も古明地さとりでお送りしました。
長い間ご苦労様でした。
春の『好戦系女子の日常』は失敗に終わってしまいましたが、相手が悪かったです。霊夢さんならまだしも、かの有名な紅魔館のメイド長ですから。
私、一生の不覚。
地底の妖怪の皆様、何か見つけるものがあったでしょうか。……あるわけないですよね。私のせいでめちゃくちゃになってしまったのですからね。
しかし、何かしら得られるものがあったというのは事実ですし、この映像公開にあたって我々地底の妖怪が今後どのように発展できるかが勝負のポイントでしょう。
私も地上に赴き、様々なことを学びました。
自然の美しさ、春の趣の数々、侮れない咲夜さん、そして好戦系女子の実在の証明。
私が言わんとしていることは、残る季節である夏・秋・冬に隠されています。最初は失敗して当然です。もう一度言いますが、相手が悪かったです。
地底の新たな流行の発見も期待し、このフィルムは大切に保管しておきましょう。
ご覧下さりまして、本当に光栄です。不安定だった地底の一体化を目指し、私も次回に向けて頑張りますので。
3Dメガネは食べずに出口の箱へ入れて下さい。回収します。
◆
え? 透明マントはどうしたのかって?
……妹のこいしにでも頼んで取り返しに行って貰います。
夏もぜひ(チラッ