この作品は前作「猫には向かない買い物」と、この次UPする予定の作品の中間の話となります。良かったらそちらもどうぞ。ただし読まなくても判る様にはしたつもりです。
1 ナイトライダー
ここは地底、旧都。
どこぞの世紀末救世主漫画のような、力が全て…の世界ではないが、八割方は己の剛力…あるいは肉体言語が物を言う、極めてテリブルな場所である。
そんな旧都で、誰からも一目置かれ、恐れられている、一人の鬼がいた。
かつて地上で「山の四天王」の一角として恐れられ、この旧都に移り住んだ今でも、怪力乱神の渾名でもって畏怖される存在…それが星熊勇儀であった。
喧嘩と酒を好み、嘘を許さない性格に加え、並外れた腕力と度胸を持つ彼女に、面と向かって相対することの出来る者などは数えるほどしかおらず、それ以外の者は、誰も彼もが媚び、へつらうのが実状だ。
そんな星熊勇儀が今、橋の欄干に身体を寄りかからせ、ため息をついていた。
その吐息には酒の匂いは乗っておらず、素面であるということがわかる。
「はーあ」
「何よ、ため息なんてついちゃって…あとおっぱいでっかいのが妬ましいんで胸逸らせないでくれない?」
「おう、パル公か…」
その橋の傍に住み着き、嫉妬に明け暮れる毎日を送る妖怪…水橋パルスィが、ジェラシーを言葉に乗せ、勇儀の傍らに立つ。
パルスィは勇儀を恐れない、数少ない存在の一人で、勇儀もまた、嫉妬とは言え、思ったことを嘘偽りなく、オブラートに包まないで自分にぶつけてくるパルスィには、少なからず友情のようなものを持っていた。
「何よ、こんなところでメランコリッカー気取ってるわけ? 入水自殺したいってんなら、背中押してあげるけど」
「いや、そうじゃねえよ…ま、お前だから言うけどさ…どうやら、医者でも草津の湯でも治せない、あの病気に罹っちまったらしい」
「医者…草津…? 何、クラミジア? …じゃなくて、も、もしや、恋わずらいってやつ!? あんたが!? 生物学的には鬼でも、中身は雌マウンテンゴリラのあんたが!? 恋わずらい!?」
パルスィはここ最近で一番驚いたわー、という表情を見せ、勇儀の後ろを行ったり来たりしながら、大変失礼な言葉を浴びせかけた。
赤の他人がそんなことを言おうものならば、勇儀の鉄拳により爆散しかねないところであるが、その勇儀は身体を大きく逸らし、遥か上を仰いだまま動かない。
「ま、まぁ…ゴリラだって生きてる訳で、繁殖しようとはするわよね…つまりあれか、メスゴリラに訪れた春の香り…いわゆる発情期って奴? ああ、何かこう、ああ! スマートブックが捗りそうな感じで妬ま面白いじゃないの、コメディアンとしての才能があんたにもあったとは驚きだわね…」
「阿呆か。発情期とか言うんじゃねえよ…ヤりたくなりゃ、適当に男見繕って、勝手にやるさ。だけど今回のは、そういうのじゃ、ねえんだよ」
「マ、マー! 勇儀チャン何てこと言うの! 行きずりの男と出会って即おセックスだなんて、ゴルゴ13に出てくる硬そうなおっぱいの女モブキャラじゃないんだから! もう何か嫉妬する要素もヒマも無いわ、ああ妬ましい!」
顔を紅潮させたパルスィが、勇儀の肩をばんばんと叩きながらまくし立てる。
おばちゃんかお前は…そんな表情で彼女を見つめていた勇儀であったが、彼女はもともと、そっちの方にはかなり目ざといということを思い出し、深呼吸をしたのち、背筋を伸ばすと、パルスィの方へと向き直った。
「正直な話、一目ぼれって奴だ。ここでも、地上にいた頃も、そんなこたぁ無かったんだがね」
「ンマー! 何よなによ、どんな男よ!? オリ主!? 妖怪とか指先一つでダウンさせちゃって、なおかつ陰のあるイケメンで、一途で愛を取り戻しちゃって、感感俺俺で憎いあん畜生だっていうの!? きゃー、勇儀チャンも結構乙女ティカなところがあるのね!」
「んだよ、オリ主って。そんな男いてたまるか。ともかく、そんなんじゃねえよ…そうさな、この前さとりんトコで観た…ナイトライダーだったっけ? 車が喋るやつ。あれに出てきた奴とそっくりでさ」
あらぬ妄想…普段は剛毅な勇儀が、いざ事に臨む段になって、急にしおらしくなったり、角はダメ、角はらめなのぉ! 角ばっかり攻められると頭がフットーしてバンザイしながらNT-D発動しちゃうのぉ! ばんにゃい! ばんにゃい! ばんにゃいしてデストロイモードに変身ぃいいいん! アナタの30cm(サンチ)砲をジャックしてまずは焼夷榴弾でびびらせちゃうのおおおおん! などという極めて具体的な妄想に耽っていたパルスィが、その言葉に現実に戻ってくる。
彼女は少し前、皆で地霊殿を訪ねた際、酒を飲みつつDVDを鑑賞したことを思い出していた。
地上で手に入れてきたという珍しいものに、かつてない程、テンションを上げていたさとり以外の面々であったが、その映像群が全方位から醸し出す、あまりのつまらなさに、帰る時にはすっかりそのテンションは地に落ち、むしろ地底に埋まる勢いであった。
「えーと、なんだっけ…変な名前の俳優よね? ヒルドルブじゃなくて…えーと…デメジエール・ソンネン…いや違うか…ナイトライダー…秋山蓮…違う…」
その時観たのはイグルーでも仮面ライダー龍騎でもなく、「ドラゴンボールエヴォリューション」「実写版デビルマン」「超能力学園Z」「チアリーダー忍者」「ナイトライダー」の五本である。
酒が入り沸点が大幅に下がった面々ですら、それらの内容…特に前四本については口を閉ざし、最後の「ナイトライダー」が流れる頃には、さとりと勇儀、パルスィを除いて、皆他のことをするか、あるいは寝るかを選択していた。
しかし勇儀は、どういうわけか、その「ナイトライダー」をいたく気に入り、吹き替え版と字幕版の両方を見るという荒業をやってのけていた。
「名前は…デビットだかラビットだか、よく覚えてねえが、それだ。それにそっくりな奴を、たまたま昨日、盛り場で見かけてな…」
「な、なるほど…この地底も大分、多様化してきたわね…グローバルってのかしら。まあ私が言うのもなんだけど…ぷっ」
隔離されたとはいえ、幻想郷はもともと日本の一地域である。
地底、地上を問わず、目にする顔の大部分は日本人、あるいはそれに近い人種の人間であり、いわゆる西洋系の顔の者はそう多くない。もっとも、妖怪や妖精などはその限りではないが。
ともかく、そんな中を、彫りの深い欧米人が歩いているところを想像し、パルスィは小刻みに震えながら笑いを漏らしている。
「よりにもよって欧米か!」
「い、いいじゃねえかよ! あたしはナヨっとした優男なんざ好きじゃねえんだ、男はやっぱ、ワイルドさがねえとな!」
「い、いや、あんたの好みにケチつける気はないのよ…ほんと…でも、ねえ? ハリウッド? ああ、何て言ったかしら…その俳優…デビット…デビット…デビルガンダム…」
パルスィは顎に指を当て、しばらく橋を行ったり来たりを繰り返していたが、何往復かすると、突如として、凄まじい勢いで吹き出し、笑い声を上げ始めた。
「アーーーーー思い出した! デビット・ハッセルホフ! ハッセルホフだわ! ぶ、ハッセルは判るけど、な、何よホ、ホフ、ホファッ、ホフって…ハッセルホフ…ぷ…くくく…」
今度は勇儀の背中をばんばんと叩きながら、パルスィは一切の遠慮なく笑い続ける。
人様の名前や身体的特徴を笑うというのは、失礼というかもはやタブーの域に達している事柄であるが、そんなものはお構いなしとばかりに、パルスィは笑い転げている。
よほど、ツボに入ったのであろう。その有様に、さすがの勇儀もイラッときたのか、パルスィを押しのけると、若干寂しそうな表情で、その場を去ろうとする。
「あ、アハーハ、アー、ちょ、ちょっと待ちなさいな勇儀…あー、お腹痛い」
「お前に相談したあたしが馬鹿だったよ」
「いやいや、ハッセ…ぷ、ハッセルホフって名前、いいわよね。すごくいいわよね。すごく凄いストライクだわよ。でも笑ったのは謝るわ。で、そのお詫びってワケじゃないけれど、私が調べてきてあげようか? 何だったら、酒の席でもセッティングしてもいいし」
笑いすぎて引きつった表情筋を揉み解しつつ、そう提案したパルスィに、今正に去ろうとしていた勇儀の足が止まる。
恐れられてはいるものの、気さくで面倒見がよく、尚且つグラマラス美人である勇儀が色目で迫れば、大半の男たちは、まず断らないだろう。そして彼女の性格から言って、後腐れの無い一夜を過ごせるのも、間違いはない。
だが、一目惚れの相手…便宜上ハッセルホフと呼ぶが、ハッセルホフにそうやって迫った、という事実は、勇儀の口からは語られていない。
つまり勇儀は、ハッセルホフにハートを撃ち抜かれたにも関わらず、初心な少女のように、その姿を遠巻きに見ることしか出来ていないらしい。
パルスィは同じ女のカンでそれを察し、彼女にしては極めて珍しい、親切心でそう提案したのだろう。
友人が少なく、その友人にすら遠慮のない嫉妬をするパルスィであっても、他愛なく、忌憚もないガールズトークの出来る、星熊勇儀という存在は大事であった。
ガールズトークというにはお互い、スレすぎているという点はあるが。
「ま、マジか?」
「まぁね、いいわよそんくらい。出来るかどうかは別としてだけど。それと、これは予め聞いておくけれど、もし、ハッセルホフに恋人とか嫁とかいたら、アンタどうすんの?」
「それは…」
「この地底は力が物を言うわ…それは判ってる。略奪愛で失楽園、本番一発着床終了ってのも悪くないと思うけれど…正直、それはアンタのキャラじゃないわねえ」
期待に胸躍らせ、パルスィの言葉に食いついたはいいが、深い緑色の目で見据えられ、勇儀は珍しく、言葉に詰まった。
それは想定していなかった、と言わんばかりの勇儀の様子に、パルスィは肩をすくめる。
「他人の恋路に嫉妬してきた私…まぁハッセルホフは正直ボール球もいいとこなんで、嫉妬なんてしないけど、ともかくそんな私が言うのもなんだけどねぇ…アンタには、それなりに真っ当に生きて欲しいとは、思ってるわ」
「パルスィ…」
「で? どうするわけ? アンタが決めるんなら、私はこれ以上言うことはないわよ」
「…うーむ」
勇儀は腕を組み、息を吐いて、暫し、逡巡する。
一方のパルスィは、髪の毛を指先でくるくるといじりながら、勇儀の言葉を待つ。
そして、数分後、勇儀はゆっくりと、しかししっかりとした口調で、己の決意を口にした。
「もし、そうなら…その時は、綺麗さっぱり、忘れるさ。喧嘩も恋も、後腐れなくってのが、あたしの理想だぜ」
その真っ直ぐさは、彼女が秘めた心の暗部に触れ、嫉妬に値したが、パルスィはそれでも、ぱっと笑顔を見せ、勇儀に拳を差し出してみせた。
勇儀もまた、それを受けて笑顔を浮かべ、その拳に、己の拳を軽くぶつけて返す。
「OK、じゃあ何日か…そうね、三日ほど時間を頂戴」
「ああ、すまねぇが、頼む」
「もしダメだったら、まぁ、酒くらいには付き合うわよ。アンタのオゴリでね」
「ははっ、そうだな。んじゃ、三日後…この時間に、ここに来る」
「わかった、じゃあね」
2 ダークナイト
そして三日後。
勇儀はいつもの体操着…正確には違うが、体操着風の服ではなく、着物を大胆にアレンジした、セクシーな衣装を纏い、橋の欄干に身を預けていた。
普段はすっぴんな彼女であるが、今日は薄く化粧を乗せ、酒の匂いではなく、仄かな薔薇の香りを身にまとっている。
パルスィが失敗するとは露にも思っていないであろうその様子は、彼女を知るものが見たら、異様に映るかもしれない。
だが勇儀はそのような事を気にもせず、そわそわと落ち着かない様子で、パルスィを待つ。
「お待たせー…ってウォイ! 何その格好!」
「お、おお、待ったぜパルスィ…で、どうだ?」
「き、気合入ってるわねー…アンタ、私が失敗するとは思ってなかったワケ?」
「いやあ、まあ、な。勢いでな。で? ど、どうだったんだよ」
勇儀の派手な格好に面食らっていたパルスィであったが、やがて気を取り直し、懐から一体の藁人形を取り出した。
「ええと…酒の席のセッティングはちょっと無理だわね。何かこう、ハリウッダーオーラが出てて、近づくと笑っちゃうというか。でも彼、毎日同じ酒屋、同じ時間、同じ席で誰かと飲んでるわ。飲むのは大体麦酒が多いわね、つまみは乾き物が好きみたい。量は大体、平均して7~8杯。まぁ適量と言ってもいいんじゃないかしら。トイレに行くのは3時間いて平均2回、ちょっと近いわね。タバコは吸わないみたいだけど、嫌いでもないみたいよ。あとそれから、顎をしきりに撫でる癖があるみたいね、利き腕は右、身長はおよそ185cm、体重は推定75kg、結構マッチョねー…人の話を聞く時は、結構大げさなリアクションをするわ。オーウとかフームとかワッツハプンとか、ワケわからんこと言ってたわね。んで、仕事仲間なのか、友人なのかはわからないけど、必ず誰かと飲んでる。女一人で居酒屋なんて、あまり心地いいもんじゃないから、長居できずにぱぱっと調べただけだけどさ。ああ、あと…」
事細かにハッセルホフの様子を読み上げるパルスィ。
ぱっと調べただけと言うには細か過ぎるその内容を、勇儀ははじめ、静かに聞いていたが、服の模様やら身につけている小物やらの事にまで話が及ぶと、パルスィの話を遮って、彼女を制した。
この幻想郷において、嫉妬道(しっとどう)で並び立つ者無し、嫉妬王ジェラシックガオガイガーとまで称されたパルスィのことだ。放っておけば、ストーキングをしたよウフフ、とか言いはじめるかもしれない。
「い、いや、よくわかった。すげぇなお前。ところで…それ、メモ帳なの?」
「そうよ」
居酒屋でお一人様、しかも藁人形に熱心に何かを書き込むパルスィの姿を想像し、勇儀はこみ上げる笑いと、少しの恐ろしさを必死にかみ殺す。
彼女は彼女なりに、よく調べてきてくれたのだ…やり過ぎなくらいに。それをどうこう言うのは失礼だろう。
そうしているとパルスィはその藁人形をしまい、別の藁人形を取り出して眺める。
「まだあんの!?」
「仕事はきっちりこなすのがプロでしょう? 飲んだあとはその友人? と一緒にお帰りね…外れにある長屋に入っていって、そのままお休みって感じ。あそこに住んでるのかもしれないし、どっかよそから出稼ぎに来ているのかも」
「ほ、ほうほう」
「んで、朝は一人で出てきて、仕事に向かうみたい。でっかいカバン持ってね」
勇儀の心配した通り、結局自宅まで突き止めたパルスィのストーキングジェイダーっぷりに若干引きつつも、勇儀は次の言葉を待つ。
そしてパルスィはそれから四半刻ほど、調査内容を訥々と語った。
それが済み、パルスィが藁人形を懐に仕舞う頃には、勇儀は完全にドン引きもいいところな状態であったが、それでも彼女の肩をヤケクソ気味に叩くと、盛り場の方へと歩き出した。
強敵と戦う時に感じる、高揚感。それとはまた違った、初々しい感情の昂ぶり。
勇儀はその感情を両の足に込め、しっかりと地面を蹴って、パルスィが調べをつけた居酒屋の扉を開く。
まだ宵の口で、客の数はそう多くない。勇儀とパルスィを確認した店主が、威勢のいい声で二人を出迎えた。
「ヘラッシェ! お、こりゃ星熊の姐さんじゃねえですかい! おいサブ、個室空いてるかァ!?」
「ああ親父、今日はこっちでいい。とりあえず麦酒と…お前は?」
「セックス・オン・ザ・ビーチ。ミドリ濃い目で」
「ねぇよんなもん! 麦酒二つでいいか、親父。それと、あそこの席使わせてもらうぜ」
「へぇ、よござんす! おいサブ、生二つでぇ!」
「カーシコマリャシター!」
パルスィの調査で調べた、ハッセルホフの定位置の斜向かい、二人がけの席に、勇儀とパルスィは腰掛けた。
当のハッセルホフはまだ来ていないようで、周囲の客たちは、いつもと違う星熊勇儀の格好などについて、ひそひそと話し合うばかりだ。
しかしそんな雑音は気にせず、勇儀は出された枝豆を、皮ごと口に放り込む。
「…まず減点八点、ってところかしらね」
「は、ハ? え? 何が?」
「だまらっしゃい! 麦酒と枝豆って時点でもう乙女ティカとはかけ離れてるところに、掟破りの枝豆そのまま食い! 邪道だわ、邪道食いもいいところだわよ!」
「え、枝豆はこうやって食うのが一番だってさとりの奴が…!」
「そんなんウソに決まってるでしょうが! ウソじゃないにしてもあの性悪ムツゴロウの食事嗜好が、世間一般とかけ離れている事くらい気づきなさいな! あいつはホッピーのアテに、納豆にオクラと塩辛を混ぜたもんを食うのよ!? 見た目は少女、中身はおっさんよ!」
麦酒をうぐうぐと飲み干し、口の周りに白いヒゲを生やしてプハァと息をつくのが乙女かよ、それにオクラ納豆塩辛風味は割と普通だろ、と勇儀は思ったが、こと恋愛に関してはパルスィに一日の長がある。
ハッセルホフのハートを狙撃(シュートヒム)する為には、パルスィの援護が必要なのだ。今ここで、彼女の機嫌を損ねるのは得策ではなかった。
「じゃ、じゃあどうすりゃいいんだよ」
「そうね、次の飲み物はモスコミュールかカルーアミルクにしなさい。梅酒も可愛くていいわね。つまみは上品にサラダ系統がいいかしら。えーとメニューは…」
「モスコとかカルーアなんざ、酒じゃねえだろ、ジュースだジュース! あんなん最初に頼む野郎には、無条件で三歩必殺でもいいはずだ」
「やっかましい! あんたがもしハッセルホフだとして、近くのゴリラ系女子がテキーラとか泡盛とかウォッカとか工業用アルコールとかをガパガパ空けてるのを見たらどう!? 引くわよね!?」
「ひ、引くかァ…? そうかァ…?」
パルスィは手馴れた様子でオーダーをすると、椅子にふんぞり返って、勇儀を睨み付けた。
勇儀も酒や食の流儀作法、嗜好には一家言あるようだったが、そこは押し黙って、パルスィの言葉を待つ。
「いい? アンタは見た目も中身も、超のつく肉食系女子でしょ? それ自体はいいわ、でもね、全ての男がそういった女子を好むと思うのは間違いよ」
「野菜も食うぜ」
「シャーラップ! そういう話じゃないから! んで、ハッセルホフの好みのタイプがもし、アンタとは真逆の、おとなしくて清楚で優しい女だったらどうするワケ!?」
「…どうするかな」
運ばれてきた清酒を杯に注ぎ、パルスィはかっと一息でそれを飲み干す。
次いで、よく焼かれた焼き鳥を串から外し、地底では肉よりも価値のある、生野菜のサラダと一緒に、口に放り込んだ。
偉そうに語るその言葉とは裏腹に、乙女というには若干抵抗のある様子で飲み食いする様をじっと見守る勇儀。
その視線に気づいているのか、いないのか、あるいは気づいていて放置しているのかは判らないが、パルスィは二杯目の杯をタン、とテーブルに置くと、そこで再び語りだす。
「人は見た目じゃないって言うけれど、あんなん八割はウソだからね。何はともあれまず見た目、次いで会話の上手さ。性格の良さを初対面の相手に求める奴なんてのァ、アレよ、異性に幻想を持ちすぎた夢見るトゥルーシャバ僧(ぞう)だけで十分よ。わかって?」
「な、なるほど」
普段は強引なまでのイニシアチブを発揮する勇儀が、黙って己の話を聞いているだけなのが、パルスィを優越感に浸らせているのだろう。
酒は加速し、弁舌もっていよいよ盛ん。パルスィ、嫉妬王超説教の流法(モード)突入である。
そんな折、店の扉が開く。
勇儀は即座に反応し、平静を装い、絡んでくるパルスィをあしらいつつ、入り口に目を向けた。
「オーイエーハハハ…LV3セビ大ゴスショーリューセビメツーオーイェー…HAHAHA」(意訳)
「HAHAHAHA…ジョインジョイン…ジョインジョインキンシローウ」(意訳)
日本語とは異なるどこかの言語で談笑しつつ現れたのは、正にデビット・ハッセルホフ風のあの男であった。
ハリウッド風味の空気と共に入店したハッセルホフは友人を連れ、パルスィが調べた定位置の席に着く。
「お、おい来たぞ」
「ハアー? ワロスコンボの話してたっけ?」
「してねえよ! んだよワロスコンボって…それより、どうしよう?」
「私の役目はここまでだっつうの…勇儀とハッセルホフ、この二鬼の性能は互角…だが勇儀には一つ、欠けているものがある…乙女の性能を引き出す為のプログラムだ…勝てるかどうかは、ランナー次第だ」
酒と優越感でギアが入ったのか、パルスィも阪脩のような声で、意味の判らないことを呟く。勇儀は軽く舌打ちし、パルスィの相手をすることを放棄して、ハッセルホフ達の会話に耳を傾けた。
日本語ではなく英語でもない。音としての言葉はわかれど、意味はわからない。それを理解することは出来なかったが、身振りや仕草、表情などから、喜怒哀楽程度のことはわかる。
ハッセルホフはオーバーなリアクションで友人の話に相槌を打ちつつ、麦酒を豪快に飲み干していく。
その様は何と言うのか、そこらの男には無い野趣、ワイルドさが溢れている。それが勇儀にはたまらないのだ。
杯の清酒をなめつつ、ちらちらとハッセルホフを見る勇儀の表情には、いつもの豪快、奔放さは影を潜め、代わりに少女のような熱と輝きが顕れていた。
「アー? んで、どうよ勇儀ボーイ?」
「な、何言ってっかわかんねえけど…やっぱこう、来るもんがあるな」
「子宮に?」
「それは否定しねえよ」
「アハーハ…本当にZOKKONってワケねえ…んで、どうすんのよ。あ、すいませーん、冷や追加で。あと砂肝」
「カーシコマリャシター!」
どうするの、と言われ、勇儀は返答に窮した。
このまま遠巻きに見守っていて、何か進展があるわけではない。
だからといって、いきなり隣に座って、「アタイはアンタにZOKKON羅武なんだよォオ~ッ!」と迫れば、ドン引きどころか、勇儀の沽券に関わりかねないだろう。
まずは適当に様子を見て、何かきっかけを見つけ次第、仕掛けるのが妥当だろう。
しかし一目ぼれという、天然由来の熱病を初めて罹患した勇儀に、それは酷であった。
性欲を満たすだけの代替行為ならば、今まで何の気なしに行ってきたが、今回のそれは違う。
欲望とは違った、透き通った感情がもたらした、生まれて初めての熱。
その熱を、勢いだけの突撃で打ち消してしまう訳にはいかない。
勇儀はハッセルホフを何度も何度も、視界に入れては外しを繰り返し、踏み出せないでいた。
冷酒と砂肝で完全に一人酒宴の構えに入ったパルスィには期待できない。いや、むしろ、ここまでのお膳立てをしてくれたと考えれば、これ以上頼るのは気が引けた。
鬼の四天王、怪力乱神ともあろうものが、男一人相手に難儀する…これはもはや、伝説になるレベルの出来事かもしれなかった。
「アーーー飲んだわ…女飲みに飲んじゃったわ…んで勇儀、ホフどうなってる? 相変わらずホフってる?」
「何か、そろそろ帰りそうな感じだな…」
店に入ってから、一刻半が過ぎていた。
ハッセルホフ達は帰り支度を始めており、勇儀もそわそわと落ち着かない。
そんな勇儀を見て、パルスィが投げやりな感じで呟いた。
「今日はここらで引き上げたら? 何事も一朝一夕で出来るもんじゃないわよ」
「そ、そうかな…そう言われれば、そうかもしらん」
「愛しのハッセルホフの顔が見れて満足っしょ? あとはまぁ、足しげくここに通って、どうにかしてきっかけを掴みなさいな」
パルスィは大きく伸びをし、形勢は決まったとばかりに、出されたお冷をぐいと飲み干すと、伝票を持って立ち上がる。
それに追従するわけでもないが、ハッセルホフ達も立ち上がり、会計へと向かった。
勇儀はおどおどしながらパルスィ、ハッセルホフ、その友人の後を追う。
後ろから見るハッセルホフの背中は広く、服の下の背筋は、きっとたくましいのだと思える。
その背中に、寄りかかってみたい。身体を預けてみたい。
そう思うだけで、勇儀の心臓は高鳴り、えも言われぬ心地よさが、胸を支配する。
行きずりの相手と一夜を共にしても、そういった感覚を味わうことはなかった。
そんな感覚をずっと抱けるのであれば、一目ぼれというのも、そう悪くないな…勇儀は心からそう思って、視線を背中から腰、尻、足へと下げていく。
相変わらず意味のわからない会話をし、談笑するハッセルホフ達であったが、そこで勇儀は、ある一つの異常に気づいた。
へべれけになっていては、おそらく気づけないような、小さな異常だ。
ハッセルホフとその友人が、指と指を絡めるようにして、歩いているのだ。
「…?」
初めはただ単に、酔っ払った友人の手を引いて歩いているだけかと思った勇儀であったが、それにしては妙にねちっこい。
己と仲の良い、男友達連中と飲んで酔っ払っても、そうする男を見ることはなかった。
それはまるで、男女のような仕草である。
パルスィが会計をしている後ろで、勇儀はハッセルホフとその友人の一挙手一投足を、一瞬たりとも見逃さぬよう、凝視する。
人差し指が絡むだけだった指先はやがて、五本の指と指の絡みに発展していく。
酔っ払っているとはいえ、男同士で、そのような事をするものだろうか。
男には男の世界がある。女である勇儀が判らぬ、何かがあるのかもしれない。
生じた疑惑を振り払うように、勇儀はぶんぶんと首を振り、さっさと店を出て行ったパルスィを追って、外に出た。
「おい、ちょっと」
「ん、何よ。折半だからね」
「そうじゃねえ、ちょっと隠れるぞ」
「ん? 何で」
「いいから」
勇儀はパルスィを押し、店のすぐ隣の路地に入って、角から顔だけ出し、出てくるハッセルホフを待った。
「ストーカーでもするつもり? 私は嫌よ」
「違う…何かおかしい」
「吐きそうってこと?」
「違うよ、ハッセルホフの様子さ」
「何よ、あっちが吐きそうなの? ははぁ、それを介抱してやるって算段か。悪くないわね…でも連れがいるし…さて」
調査モードに切り替わったパルスィは顎に手を当て、口の端を歪めて笑う。そして、勇儀と共に角から顔を出し、ハッセルホフ達の様子を伺った。
ハッセルホフ達は陽気に笑いながらも、妙に近い距離で、つかず、離れず歩いていく。
少し距離を空け、それを追跡する勇儀とパルスィ。幸いにして人通りは少なく、怪しむものはいない。
「特に変わってるとは思えな…うん?」
「わかるか?」
「…手ぇ、繋いでるわね…? いや、そんな筈は…見間違い…いや、つないでる」
「そうだろ?」
男女であるなら別に珍しくも何ともない光景であるが、かの二人は共に男である。その様子をパルスィもさすがにおかしいと思ったのか、足音を殺し、気配すらも殺して、勇儀と共に成り行きを見守る。
そうこうして、5分ほど歩くと、二人は一軒の建物…宿屋であろうか、その前で止まった。
「自宅じゃないわね…連れの家? でも思いっきり宿屋だわね…ご休憩とかご宿泊とか書いてあるし」
「なぁ…」
「待った待った、言いたいことはわかるけども。まだ判らないわ」
お互いの頭に生じた、一つの答え。
それを言ってしまうことは、即ち、勇儀の恋の終焉…しかも飛び切り残酷な終わりを意味する。
それだけは避けたかったし、また信じたくもなかった。
何かの間違いであるなら、それでよかった。そうであって欲しかった。
だが現実とは、いつも非情である。
ハッセルホフと友人は、繋いだ手をそのままに、お互いに向き合った。
うっとりとした表情をする二人。
そして…
※大変お見苦しい場面の為、代わりに寅丸星の日常の一幕をお楽しみください。
「ナ、ナズーリン…ウソだと言ってください…」
「現実は非情だよ、ご主人。ほら、巻尺の目盛りは93を超えている…カップ数はDからEだ。まぁ、垂れてないだけいいんじゃないか。住吉三神も驚きのロケットおっぱいって奴だな」
「そ、そんなあ…何でですか! 毎日腕立て腹筋スクワットは欠かさずやってますよ!」
「知らん。私が思うに、得た信仰が、そのまま胸囲に加算されているんだろう。良かったな、聖は90のEだ、もうご主人を脅かせる存在は、あまりいない」
「重いんですよこれ! これのせいで体重も60近いんですよう! ナズーリンには判らないでしょうけど!」
「自分が気にするほど、他人は気にしないものさ。ご主人は身長もあるから大丈夫、大丈夫! さて、ウエストはどうかな…おお、太いな…私には確かに、わからんなあ」
「ア、アーーー! ウエストはちょっと! アーーーー!」
※以上、命蓮寺、脱衣場からお送りしました。
二人は幸せなキスをして宿屋へIN
勇儀、パルスィ連合軍、轟沈。
連合軍の間を、地底特有の生暖かい風が吹き抜けていく。
しばしの間、忘我状態となっていた説得力の無い連合軍であったが、やがて勇儀はぷるぷると震えだして、パルスィの襟を掴み、前後に揺さぶり始める。
「おいいいいいいいィイイイイ! てめぇパル公ォオオオオオ!」
「ちょ、ちょ、ちょ、待って! 待ちなさい!」
「どうなってんだアレはァアアアアア! あの二人、これ以上無くホモじゃねぇかァアアアア! ガチホモじゃねえかクルルァーーーーー! 家とか席とか調べる前にそっちを調べろってんだよォオオオオオオ!」
「いやいやいや、マジでそんな気配無かったのよ! ノンケの香りしかしなかったのよ! ほんとにほんとよ! こればっかりは信じて貰うしかないけど!」
「うぐぐぐぐぐ…」
慌てているのか激昂しているのか、あるいは錯乱しているのか、判断のつきかねる様子で、パルスィに食って掛かる勇儀であったが、酒をあまり飲んでいなかったせいで、それなりに冷静ではあるようだ。
必死に弁解するパルスィを物理的にどうこうする事なく、沈静化したのち、その襟を放し、そしてそのまま、地面にへたり込んだ。
「く…つまりあたしは、ホモに一目惚れしてたってワケかよ!」
「そ、そうなるかしらね…」
「四天王と呼ばれて! 三界に敵なしとまで言われた! そのあたしが! よりによって! いっこしかないあなをついたりつかれたりするせいへきのおとこを!」
「お、落ち着きなさい勇儀…私だって見た目じゃ判らなかったし、それに、外人はホモ多いっていうし…まぁ、うん…そういうこともある…わよ?」
乱れた服を直し、パルスィは勇儀の肩に手を置く。
さすがに、こうなってはどうしようもない。バイセクシャルならばまだ光明もあろうが、ハッセルホフが女性と連れ立っている所を、パルスィは目撃していないのだ。
アプローチした上で玉砕するのであれば、まだ勇儀も納得したであろう。
だがこれは、アプローチ以前の問題である。勇儀はかつてない程の落胆を見せ、ついにはその場に寝転んでしまった。
その目には、うっすらと涙さえ浮かべている。
「く…ハハ…ははは…何てこった…鬼の霍乱とはまぁ、よく言ったもんだ」
「若干意味が違わないでもないけど…この幻想郷、女同士で乳繰り合う輩も少なくないし…ホモを白眼視するのは良くないわ」
腕組みをし、宿屋と勇儀を何度も見比べていたパルスィが、とりあえずの慰めをしてみせた。
だが、その言葉も届いているのか、わからない。
勇儀は地面を拳で叩き、着物が汚れるのも厭わずに、ごろごろと転がりながら、吠える。
「あーーー畜生! あーーーーもう! ふざけんな! あたしの純情を返せオルァァアアア!」
「ボ、ボーイズラブなんて文化もあるっていうし、まぁ、何だ…野良犬に噛まれたと思って…いや噛まれもしてないか…」
適切な慰めの言葉が見つからないようで、パルスィもしどろもどろである。
きっちりと調べたつもりが、この結果では、いくら己に罪は無いとはいえ、申し訳が立たない。意外と義理堅いところのあるパルスィは、慰めるのを諦め、寝転んで呆然とする勇儀の手を取り、ぐいと引き起こした。
そして、静かな口調で、勇儀に語りかける。ヤケクソとも言う。
「…飲みなおしと行きましょうか…おごるわ」
「…気分じゃねえ」
「ほら、立ちなさい。負けてもないのに這い蹲るアンタなんて、見たくもない」
「負けてない…?」
「そうよ。相手がノンケで、あんたのぶちかまし…アプローチを受けて、そこから上手投げでゴメンナサイしたってんなら、純然たる負けだけれど…今回は戦ってすらいない。というか、同じ土俵にすら入れていない。水入り…ノーゲームよ。…違う?」
「…」
「私の好みとは違うけれど、ハッセルホフは確かにいい男だと思うわ。アンタに見る目が無かったわけじゃない…ただ、縁が無かっただけよ…こればっかりは、どうにもならないわ」
「…」
「一度土が着いたからって、あんたの価値が変わる訳じゃあない。そうでしょ? そう思わない? そう思うのなら、いつまでも寝てないで、立ちなさい」
「…けどよ…」
「立てと言った…立てッ! 星熊勇儀ッ!」
彼女が好む相撲に例えて、パルスィは静かに、勇儀を諭し、そして最後に、よく通る声で、喝を入れた。
判ったのか、判ってないのか、勇儀はじっと、パルスィの目を見つめていたが、やがてゆっくりと立ち上がり、裾をぱんぱんと叩くと、幾分据わった目つきで、宿屋の二階…たった今、明かりの灯った部屋を睨み付ける。
そして、すぐに踵を返すと、パルスィの肩に手を回し、その顔を見て、若干情けない表情をしつつも、こくりと頷く。
パルスィもその腕をどけることなく、彼女に従って、ゆっくりと歩き出した。
朝まで、付き合おう。愚痴でも何でも聞いてやろう。パルスィの緑の瞳には、そんな思いが見て取れる。
月明かりの一つでもあれば、とてもドラマチックな場面であっただろう。
「…ありがとな」
「なによ、キモいわね」
「キモいとか言うな」
「キモいもんはキモイわ。つい熱くなっちゃった私も含めてだけど」
その時である。
他愛の無いやりとりを交わしつつ、ゆっくりと歩く二人の目の前の空間に、突如として、波紋のようなものが広がる。
初めからそこにいたのか、あるいは偶然か…それは判らないが、波紋の中心から、湧き出る様にして、一人の少女が、その姿を現した。
「ボンソワール、お姉ちゃんたち」
閉じた恋の瞳。
その少女の名は古明地こいし。
かつて覚であったもの、薄暗闇に顕現す。
<後編へ続く>
おパルの語彙が多岐に渡りすぎじゃないですかねぇ
ホフはやっぱザンキやハッカン使ってんだろうな
しかしなぜハッセルホフをホモにしたのか…?これがわからない。
BLがあってもいいじゃないという理屈で彼らの勝率は最初から100%だった
橋姫も白眼視するのは良くないわと言ってますしな!
勇儀ェ…
デビットじゃなくてデヴィッドです。
David 。
鬼女ってぇからてっきりパル公のジェラシックラブかと思えば、マジもんの鬼さんが恋してたでござる。なにこれおもろい。薄暗闇の無意識ガールの登場で、このオチのついた状況にどんな埒が明くのか。
後半がべらぼう待ち遠しい。
ただ勇パルとこいしの絡みは書きたいので、いつか書くかも…。判りづらい構成でしたね、重ね重ねすいません。
それにしてもパルスィのせいでホフを意識しちゃってホファッブフォってなった。
色々我慢してたがここでふいた まけたww ひらがなとかwwww