Coolier - 新生・東方創想話

空に二つ目の太陽 (4/6)

2012/07/16 18:59:18
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八月六日 日中 紅魔館フランドールの部屋

「禁忌!フォーオブアカインド!」
四人に分身したフランが思い思いの弾幕を放ちながらこいしを追う。
床ギリギリを低空飛行してなんとか距離を開けようとするがフラン達は逃げるこいしにぴったりと追いすがる。
防戦一方のこいしは徐々に部屋の角に追い詰められていく。
「ちょっとそれズルいよー!」
完全に追い詰められたこいしが頬を膨らませて抗議する。
「ズルじゃないよー、ちゃんとルールの通りに登録してあるんだから。さぁ、今度も私の勝ちだね。」
四人のフランが一斉に、今度は揃って同じ真っ赤な弾幕を放つ。
こいしは破れかぶれで四人のフランの真ん中に低空飛行で突っ込みフラン達の囲みを強行突破した。
しかしフラン達もすぐに反応してこいしを逃さまいとその後を追う。
逃げるこいし、その前方には真っ赤なテーブルクロスが敷かれた一脚テーブルと椅子がある。
頭を下げて低空飛行のままテーブルの脚のすぐ際を通り抜けるこいし。
テーブルクロスが風になびく。
四人のフランもこいしと同じようにテーブルの下を潜り抜けようとスピードを上げる。
しかし一人が翼をテーブルと椅子の脚に引っ掻けてしまった。
テーブルが派手に転倒し、飾られていた花瓶が床に転げ落ちて大きな音と共に粉々になる。
まったく偶然の出来事であるがひらひらと降ってきたテーブルクロスが三人のフランを捕らえた。
捕らえられた三人は何が起こったのか理解できずにただジタバタともがいている。
辛うじて難を逃れた一人が助けようとするが、こいしはその隙を逃さなかった。
「表象!弾幕パラノイア!」
ようやくテーブルクロスを引き剥がした一人は危険を察して寸前で宙に逃れる。
やっと解放された三人はそのまま走って距離を取ろうとするが床に溢れた花瓶の水に足を取られ、折り重なるように転んでしまう。
三人はこいしの弾幕の餌食となり弾けるように消えてしまった。
「フォーオブアカインドを破るなんて、さすがは私が認めたライバルね。」
「えへへ、今度は私が勝つんだからね。勝負はこれからだよ。」
二人はほぼ同時に次のカードを取り出した。
「禁忌!恋の・・・」
「無意識、弾幕の・・・」
「お二人とも、おやめください!」
フランとこいしは同時に声がした方を向く。
そこにはおやつのロールケーキとティーセットを乗せたワゴン、その脇には腕を組んで厳しい顔をしているメイド長、十六夜咲夜がいた。
「(あ、やば・・・)」
フランは咲夜の怒り顔を見るや一瞬で自分の置かれた状況を理解した。
こいしは理解したのかしていないのか、いつものようにニコニコと笑っている。
「まったく妹様、ここで弾幕ごっこをするなら必ずテーブルを片付けてからにして下さいといつも言ってるじゃないですか。」
咲夜は文句を言いつつ箒とちり取りを持ってきて花瓶の破片を拾い集めるとワゴンの中に仕舞った。
「さあ、後はお二人でちゃんと元に戻してください、でないとおやつが食べられませんよ。」
フランはバタバタと部屋の外へ行って雑巾を二枚持ってきた。
一枚をこいしに渡して二人で床に溢れた水を拭く。
怒っているはずの咲夜だがその顔は自分でも気付かないうちに笑っていた。
「(こんなに妹様が楽しそうになさるなら多少の事には目をつぶるしかないわね。)」
二人が床を拭き終わりテーブルもテーブルクロスも椅子も割れてしまった花瓶以外はすべて元通りにしたのを確認して咲夜はワゴンにのせてきたロールケーキをテーブルに乗せ、二人分の紅茶をいれる。
「けんかしないで仲良く食べてくださいね。」
「はーい。」
咲夜はワゴンを押して戻っていった。
「うーん、今日のところは一勝一敗ね。」
ロールケーキを口いっぱいに頬張るフラン。
咲夜以外が訪れることのほとんどなかったフランの部屋に最近しばしば来客がある。
例の会議の時に仲良くなった古明寺こいしだ。
もともとフランの部屋は彼女が多少暴れたりしても平気なように咲夜の力で広く頑丈に作り替えられており、二人はほぼ毎日ここで飽きる事なく弾幕ごっこを楽しんでいる。
「でもフランちゃん怒られちゃったけどいいの?」
「大丈夫よ、咲夜はお姉様と違って優しいもん、それより明日はお姉様も咲夜もいなくなるから思いきり遊べるよ。」
「えー、そうなんだ!」
こいしはフランの言葉にワクワクしてきた、普段は入れないこのお屋敷の他の部屋にも入れるのかもしれない。
「あ、でも明日は私来られないんだ。フランちゃんごめんね。」
「えー残念、ん・・・こいしちゃん、明日はお姉様達と一緒に行くの?」
「そうだよ、お姉ちゃんのお手伝いもあるし、友達とも約束したから。」
「そっか、そうなんだ。」
フランは露骨に残念そうな表情を浮かべた。
「でもこいしちゃんも、お姉様に避けられてるんじゃなかったの?」
会議の時にフランがすぐにこいしと打ち解けたのは単に精神的な歳が近いというだけの理由でなく、こいしに姉の話を聞いた時に自分と同じだと思ったからだ。
今の話で近づいていたこいしとの距離が少し開いた気がした。
「うん、お姉ちゃんは全然遊んでくれないし私の事避けてるみたい、ペットに見張りさせたりしてるし。」
「そうでしょ?それでも一緒に行くの?」
「そうだよ、お姉ちゃんは私の家族だしおくうもお燐も家族だから、みんな大好きだもん。」
無意識で行動するこいしには裏と表は存在しない、すべて思ったことをストレートにぶつけてくる。
「フランちゃんはどうなの?お姉ちゃんの事嫌いなの?」
「わかんない、嫌いだと思ってたけどわかんなくなっちゃった。」
フランも少しづつではあるがこいしの影響を受け始めているようだった。
「じゃあフランちゃんも一緒に行こうよ、ね。」
「でもお姉様は私が外にでると怒るから・・・」
「そんなの聞いてみないとわかんないでしょ。」
フランはしばらく考え込んでいたが、こいしの後押しで気持ちが固まったようだ。
「わかった、私も今夜お姉様に頼んでみる。」


八月七日 黄昏時 紅魔館

こいしが帰った後、いつも自分の部屋で食事をするフランが珍しく食堂で一緒に食べたいと言い出した。
テーブルにはレミリアと咲夜、いつもは誰もいないレミリアの隣にフランが座った。
「見たことのない料理ね、これは何?魚?」
レミリアが皿に乗っている大きなフライのような物をフォークで突き中身を覗こうとする。
「お嬢様のお好きなお肉ですよ。由来は私にもわかりませんが東洋では大事な勝負の前にこのカトレットを食べるのだそうです。」
「へぇ、食べた料理で運命が変わるとでも思っているのかしら?本当人間は変わってるわね。これ美味しいからいいんだけど。」
フランも肉は大好きなはずだが最初の一口以外ほとんど手を付けていない。
「妹様?お口に合いませんか?」
「え、そんな事ないよ、これ美味しいよ。」
フランは慌てて二口目を口に押し込んだ。
その後もしばらくじっと黙っていたが意を決して口を開く。
「お姉様、私お願いがあるんだけど。」
レミリアが覚えている限り、フランが何かをお願いしてきたのは初めてだ。
フランが一緒にごはんを食べたいと言ってきた時には何か企んでいるだろうとは思ったが、予想外の用件にレミリアの頬が緩む。
「何?何でも聞いてあげるから言ってごらんなさい。」
「(お姉様すごくにこにこしてる、これなら連れてってくれるかも。)明日ね、私もお姉様のお手伝いがしたいの。だから一緒に連れてって。」
レミリアの表情が曇る、だが即決はしない、どうすべきか悩んでいるようだった 。
「外に行くのよ?貴方大丈夫?暴走しない?明日は大事な用事だから、貴方が暴走したら困るのよ。」
「うん・・・頑張る・・・」
正直なところフランにはそんな自信などなかった。
自信の無さは声に現れ、レミリアはそれを見抜いた。
「やっぱり明日はダメ、外に行きたいならまた今度つれていってあげるから。」
「違うの、私はお姉様のお手伝いかしたいの。」
「気持ちは嬉しいけど明日はダメ、留守番してなさい。 」
「なんでも聞いてくれるって言ったのに!お姉様の嘘つき!」
二人は次第にヒートアップしてくる。
「貴方の為に言ってるのよ!」
「お姉様のばか!もういいよ!」
おろおろする咲夜をよそにフランは不貞腐れて部屋に戻ってしまった。
レミリアがテーブルに肘をついてため息を漏らす。
「連れていってあげたらどうですか?妹様も最近は安定してますし問題ないと思いますが」
「でも万が一を考えたらやっぱり連れ出せないわ。もしそれで何か起こったら悲しむのはあの子だもの。」
「お嬢様が妹様を守りたいのと同じように妹様もお嬢様のお役に立ちたいとお考えなのですよ、きっと。」
自分の力を恐れで引き篭もりがちなフランが自分から外に出たいと自分に言ってきたくらいだからそれは汲んでやりたい、だが簡単に許可とも言えない。
フラン自身がもし自分の大切な物を破壊してしまったりでもしたら?あの子はもう二度と自分から外へ出たいなどと言わなくなってしまうかもしれない。
どうすればいいか、どうにも考えがまとまらないレミリアは頭を抱えて考え込んでしまった。


自分の部屋に戻ってきたフラン。
ごそごそとベッドの下に潜り込むと奥から大きな木の箱を取り出した。
彼女自信が宝箱と呼んでいる箱の中にはフランの言う宝物が無造作に納められている。
咲夜が買い物に行った時に買ってきてくれた色鮮やかなガラス玉、使い方はわからないがスペルカードよりもキラキラと輝く綺麗なカード。
一見ただの石ころのような物はレミリアの目を盗んで美鈴が外へ連れ出してくれた時に拾ったものだ。
フランはそれらを押し退けて一番奥にしまってある薄い金の板を取り出した。
彫られている文字の大半はもうかすれて読むことができないが、お世辞にも上手とは言えない字でFrandle Scarletと書かれているのがかろうじて読み取れる。
かなり前に咲夜から貰ったもので、なんでも昔レミリアが一人でまだ幼いフランを守っていた時にベッドに貼り付けていた物らしい。
当時いろいろあって行方がわからなくなっていたのだが、館の掃除中に偶然見つけた咲夜がフランに渡し、その由来を教えてくれたのだった。
フランは当然当時の事を覚えていないがこれを見ながら当時のレミリアを空想するのが好きだった。
「あら、懐かしい。フランが持っていたのねそれ。」
背後から突然話しかけらたフランは慌てて金板や床に散らばっているさまざまな宝物を箱に隠す。
「何よ、何か用なの?」
フランは振り向きもしない。
「いや、用ってわけでもないのだけど・・・」
「じゃあ出てって。」
ばつが悪そうにモジモジするレミリア。フランは相変わらずそんなレミリアの方を向こうともしない。
「・・・ついてきて。」
消え入りそうなほど小さな声立ったがフランにははっきりと聞こえた。
「えっ?」
驚いて声をあげたフランが思わず後ろを振り返る。
「だからついてきなさいって言ったの!来たいんでしょ!」
「うん、でもいいの?」
「もちろん、でもひとつだけ約束しなさい。絶対に怒ったり思いきり笑ったりしないこと、ちゃんと守れる?」
もちろんこれはフランが暴走しない為の条件だ。
フラン自身もこの約束が意味する事はわかっている、だが今度は力強く答えた。
「わかった、約束するよ。絶対おこんないから連れてって。」
「いいわ、じゃあ今夜は早く寝なさい。明日ね、日が沈んだらすぐに出発よ。」
フランはまだ何か言いたそうにレミリアの顔を見つめてモジモジしている。
「何?まだ何かあるの?」
「うん、あのね、お姉様・・・今日はお姉様と一緒に寝てもいい?」
「え、い、い、いきなり何を言い出すの?!」
レミリアは顔を真っ赤にして慌てふためく、確かにフランが目を覚ましてから一緒に寝たことは無いと記憶している。
「わかったわよ、じゃあ、待ってるから後で枕持っていらっしゃい。」
レミリアは逃げるようにフランの部屋を後にする。
すぐそこの廊下で咲夜とぶつかりそうになる。
「上手くいったみたいですね、お嬢様。」
ウインクする咲夜、どうやらここですべて盗み聞きしていたようだ。
「問題は明日よ、咲夜もお願いね。頼りにしてるわ。」
レミリアはそれだけ言い残して部屋に戻っていった。
短い言葉だが、そこに主人からの確かな信頼を感じた咲夜、明日どんな事があろうと二人は自分が守るとの決意を新たにした。


八月七日 黄昏時 紅魔館

「ちょっと、あんたそんなんで大丈夫なの?」
霊夢でなくてもそう思うのは当然だろう。
まだ腕には所々包帯が残っている。
右足はまだギプスで固定されたまま。
「大丈夫ですよ、足は飛んでしまえば平気ですし、先生の許可もいただきましたから。」
早苗の言う先生とは言うまでもなく永遠亭の八意永琳だ。
早苗を連れてきた彼女はパチュリーと最後の打ち合わせをしているようだ。
徐々にメンバーが揃いつつある。
今まで異変解決に際して誰かと協力するなど考えたこともなかった。
永遠亭や地底へ行った時のように利害が一致した妖怪と手を組む事はあっても今回のように多くの妖怪や人間と協力するなど考えたこともなかったら。
そんな事を考えながら集まったメンバーを見渡す、冥界人、月人、山の妖怪、地底の妖怪、鬼、麓の寺の住職と彼女を慕う妖怪、改めて見ると様々な異変の首謀者と関係者がほとんどを占めている。
これも何かの因縁なのか、霊夢は何やら感慨深いものを感じていた。


八月七日 黄昏時 八雲紫の屋敷

「ほら、藍。早くしなさい。」
すでに支度を済ませた紫がイライラしながら藍を待っている。
ようやく支度が整った藍がバタバタと廊下を走ってくる。
藍は紫と比べるまでもなく様々な面でしっかりしているのだが一緒に出掛けるとなると決まって藍が後になる事が多い。
どこへでも着の身着のままで行く紫に対して藍は周囲から見てもやりすぎではないかと思うくらいに身だしなみを欠かさない。
それはかつて自身の類い稀なる容姿を武器にいくつもの国を影で操ったような経験から、恵まれた容姿はいつでも自身の武器にできるようにと考えているのかもしれない。
もっとも紫に付き従うようになってからというもの、彼女の最大の武器は里で買い物をした際におまけの油揚げをもらう時くらいにしか生かされてはいないのだが。
「申し訳ありません、お待たせしました。」
今日もいつも通り完璧に仕上げてきた藍だが、玄関で待っている紫を見てハッとした。
「おや、紫様が正装なされるとは珍しいですね。」
「何よ、嫌味のつもり?」
「いえ、決してそんなつもりでは・・・」
藍が紫の道師服姿を見たのはいつぶりだったか、もうすっかり記憶には残っていない頃である。
「今回は私だって本気だから正装くらいするわよ、それより藍ちょっとこっちにいらっしゃい。」
紫は藍を呼び、右手の人差し指で藍の額に軽く触れた。
そのまま小声でなにやら唱えるが紫は怪訝な顔をする。
「貴方、封印解けているの?!」
「はい、でも完全に解けたわけではないみたいです。いつの頃からか覚えていませんが。」
珍しく血相を変えて焦る紫、藍に施した封印は式の契約でもあり同時に藍の強すぎる力を抑える為でもある。
今回限定的に解こうとは思ったものの、完全に封印が解けたとなると一大事だ。
また過去のような事件に繋がらないとも限らない。いや、藍がその気になればいつでもそれが可能と言う事なのだ。
「大丈夫ですよ、今の私はもう紫様の式でいる事が一番の楽しみですから。」
「貴方が大事にしてるのは私より橙じゃないのかしらね。」
「いやいや、そんな事ありませんよ。」
「ま、いいんだけど。それより今回は私にくっついていなくていいから、それよりもしっかり敵を倒してきなさい。」
いつも通りに紫の傍で警護するつもりだった藍はその言葉に戸惑う。
そんな藍の額を紫が軽く押すと、藍は頭の中から何かが抜けていくような妙な感覚がした。
「それでよろしいのですか?」
「構わないわよ、固まってたら無駄になると思うから、貴方は貴方で自分の判断で動くのよ」
「はい、でさそのようにさせて頂きます。」
藍はまだ納得できないような顔をしているが、それが紫の指示なら従う他ない。
「(これでよし、この子に折角の楽しいイベントを邪魔されたくないからね・・・ )」


八月七日 黄昏時 紅魔館

そしてここにも一人、特別な装束に身を包んで戦地へ向かわんとする者がいた。
レミリアはその姿を見て満足げにほくそ笑む。
「結局、そっちにしたのね咲夜?」
見た目には普段咲夜が着ているエプロンドレスとあまり変わりはない。
しかしこの服はいざという時のために咲夜が前々から用意していたものだ。
普段着ているものよりも生地が厚くそれでいて動きを妨げないように気を使った縫製がなされている。
ホルスターも大幅に増量されており大量のナイフを収納する事ができる。
「はい、私はあくまで紅魔館のメイド長として戦うつもりですから。」
「頼もしいわね、じゃあ私とフランの背中は貴方に預けるわ、しっかり守ってね。」
レミリアの言葉に咲夜は自身に与えられた使命の重さを改めて噛み締める。
フランはというとついさっき叩き起こされたせいかまだ眠たそうに目をこすっていた。
「ほら、フランもシャキッとしなさい。」
レミリアは斜めに曲がっているフランのネクタイを結びなおす。
「んー、お姉様ありがとー。」
明らかに寝ぼけているフランの声にレミリアが思わず溜め息を漏らす。
しかしレミリアの溜め息は表からの喧騒にかき消された。
嫌な予感がする、レミリアは完全に日が沈んだか確認するのも忘れて屋敷の外へ飛び出していった。


レミリアが中庭についた時、タイミングを合わせるように八雲紫と八雲藍が隙間から出てくるところだった。
他の者達は皆一様に空を見上げている。
レミリア、咲夜、紫、藍の四人は釣られるように上を見上げる、フランだけはまだ寝ぼけているようで何が起こっているのかよくわかっていないようだ。
何か巨大な物が上空から降りてくる、まだはっきりとその姿が見える距離ではない。
しかしその場にいた全員は同じ事を考えていた、その正体はもちろんアレしか考えられないと。
緊張感が支配した中庭で全員が戦闘態勢を取る。
落ちてくる物体は速度を増して一気に地上へ向かってきた。
気の早い者はすでにカードを取り出して攻撃態勢に入っている。
しかし聖輦船の甲板に降り立った物体の正体を目視で確認した全員の動きが止まった。
「あの・・・さとり様、これは撃った方がいいのでしょうか?」
空はすでに撃つ気満々に制御棒を前方に構えている。
「少し様子を見ましょう、あのおかしな物はともかく船に当ててしまっては困りますから。」
二本の足で聖輦船の甲板を掴み仁王立ちするそれ、身長は10mほどあるだろうか。背中からは大きな鳥のような二枚の白い翼とその下に小さな二枚の翼。
両腕は空の制御棒のように肘から先が細長い棒状になっているが空の物とは違い先端には穴のような物が見える。
服は空のような青を貴重としたエプロンドレスだが頭にはトレードマークの金色ロングヘアと赤い大きなリボン。
「なんだよアリスじゃないか、今はお前と遊んでるような場合じゃないんだぜ。勝負ならまた今度受けてやるから今日は帰れよ。」
「別に魔理沙と遊びに来たわけじゃないわよ。」
その場にいたほぼ全員が巨大な人形ではなくその人形を伴ってやってきたアリスに対して冷めた視線を送っている。
ただ一人、早苗だけは生き生きとした表情で巨大な人形に熱い視線を送っていた。
巨大な人形の肩から甲板に降りたアリスは一同の冷ややかな視線も気にせず胸を張る。
「試作段階とはいえやっと完成したのよ。あのおかしな太陽を撃ち落すための空戦用ゴリアテ人形が、二週間くらい付きっきりだったわ。」
アリスは感慨深そうに人形の足を撫でる、それを見つめる一同の視線はますます冷たいものに変わっていく。
「この大きさまで巨大化すると重量がありすぎて空を飛べない、そこで魔界に生えている氷雪綿花よ。手に入れるには苦労したけど従来のゴリアテの1/6まで軽量化に成功したわ。それでもまだ浮力が足りないから貴重な飛翔石の欠片を・・・」
「あ、いやそれはいいけどおまえ何しにきたんだ?」
魔理沙が一同の声を代弁した。
「何しに?貴方達があの偽者の太陽と戦うのに集まってるって聞いたから来たんじゃないの!」
「でもお前会議にもいなかったしなんでそれ知ってるんだよ?」
「え?!それは・・・その・・・わかるわよそのくらい!(上海に魔理沙の部屋を監視させてたなんて言えないわ・・・)」
「と・・・とにかく!私もこの戦いには参加させてもらうわよ。文句はないわよね?」
「そりゃまあ、問題ないと思うぜ・・・なぁ?」
魔理沙は助けを求めるように周囲に視線を泳がせる。
「そうね、戦力にはなりそうだし・・・お願いしようかしら。」
運悪く魔理沙と目が合ってしまった永琳が仕方なく応えた。
「じゃあ、予定外に一人増えたけど、改めて作戦の説明をさせて貰うわ。しっかり聞いておいてね。」
作戦とは言っても内容はごくシンプルだ。
船首に要となるメンバー、さとり、空、妹紅、パチュリー、早苗、文、指揮を執る永琳が待機して他のメンバーが周辺につき敵の攻撃から船を守る。
会議の時には無かったが四人が発する熱量を風を使い両脇で束ねてロスを減らすのが早苗と文の役目だ。
言葉にすれば簡単な話だが実際に行うとなるとそう簡単ではない事は誰もがわかっている。
「あと、当然ながら守矢の二柱が直接妨害に来る事も考えられるから。くれぐれも無理はしないように。」
「それに関しては心配しなくていいわ。あの二人が出てきたら私と幽々子で抑えるから。」
あまりにも軽く言う紫の言葉に永琳は驚くが、実力を考えれば確かにその組み合わせが一番上策に思える。
確認するように幽々子の顔を見るが何を言うでもなくいつもと同じようニコニコ笑っている、これはその作戦で問題ないという事なのだろう、ならばもう二人に任せるほか無い。
「では、いきましょう。今回は勝負でなく本物の戦いです、互いにサポートしあって絶対に死者などださぬように。」
永琳の言葉に全員が小さく頷く、そしてゆっくりと浮上を始める聖輦船について敵の待つ空へ向かっていった。


聖輦船はある程度の高度に上がると船首を守矢神社のへと向けた。
船首で待機するメンバーは甲板に、その他のメンバーは聖輦船の周辺を警戒する。
暗い上空、ほんのりと月や星とは明らかに違う光が見える。
そこが恐らくこの船の目的地なのだろう。
「それにしても暑いわねぇ、紫ちゃんとやってる?」
額に浮かぶ汗を拭う霊夢。
「もちろん、万が一私がいなくなっても大丈夫なようにしっかり仕込んであるわよ。境界に守られてるからこの程度の暑さで済んでいるの、そうでなければ今ごろ全員綺麗に蒸し上がってるわ。」
霊夢の他にも一人、この暑さに苛立っている者がいた。
「ちょっと魔理沙、この暑さはなんなのよ。」
「そりゃもちろん怨霊の出す熱だろ。」
「そうなの?なんでそんな大事な事教えてくれなかったのよ。」
「教えるもなにも会議で言ってたぜ?アリスがこなかったから知らないだけだ。」
「そんな事言ったってあの時はまだゴリアテの調整が忙しかったのよ。」
そのゴリアテはと言うと出発した時には悠々と聖輦船を先導するように飛んでいたのだが今は聖輦船よりかなり下を飛んでいる。
「あの人形に使ってる氷雪綿は熱に弱いのよ、熱を加えると硬化しちゃうから、ほら羽がもう硬化し始めて姿勢制御ができなくなってきてる。」
「じゃあもうただの木偶の坊って事か?もう邪魔にならないように置いていった方がいいと思うぜ。」
「何よ!失礼ね、私のゴリアテの力はこんなもんじゃないんだから!」
アリスはムキになってゴリアテに繋がる糸を思い切り頭上まで引っ張り上げた。
「おい、無茶すんなって。」
魔理沙の言葉にも耳を貸さず強引に糸を手繰り寄せるアリス。
アリスにも魔理沙にも聞こえてはいないがゴリアテの翼はすでにミシミシと異音を発し限界が近いことを訴えていた。
そんな事には気づいていないアリスが糸を操る手に力を込めた瞬間、負荷に耐えきれなくなったゴリアテは遂に崩壊を始めた。
「え?なんで?!」
アリスが慌てて糸を緩めるがもう後の祭りだ。
ゴリアテの四肢はバラバラに分解しながら地上へ落下、本体からの制御を失った大きな翼だけが飛翔石の力で何処かへ飛んでいってしまった。
「あぁ、貴重な飛翔石の欠片が・・・」
アリスは翼が消えていった空を呆然と見上げていた。
ふと、同じ方向から何かが向かってくるのが見える。
「ねぇ、魔理沙。あれなんだと思う?」
アリスが指差した先には見たことのある人型が、それも数えきれないほど大量に見えた。
「アリス、油断すんな。あれが敵だぜ!」
魔理沙の声にその場にいた全員が一斉にそちらを向く。
「思ったより早いお出迎えね。ではこちらも応えて差し上げましょうか。」
レミリアが手の中に現れたグングニルを握り締める。
それを合図に全員が戦闘の準備に入り、永琳の指示が飛ぶ。
「船首待機メンバーは力の温存、他のメンバーで迎撃、忘れないでね。あと相手は外の世界から来たモノだから幻想郷の常識は通用しないと思ってね!」


「よっしゃ、一番乗りだぜ!」
箒を最高速で疾らせながら魔理沙が群れている人型の一体に向かう。
そんな魔理沙を迎え撃つように数体の人型が向かってきた。
魔理沙はそれには気にせず本陣へ突っ込もうと速度を上げる、しかしその脇をアリスの人形が追い抜いていき、人型に張り付いた。
アリスが必死で魔理沙に追い縋ってきている、他のメンバーも追いつこうとするが付近の敵に阻害されて進めないようだった。
「一人で出るなんて不用心よ魔理沙!」
「なぁに、こいつらを潰すのは打撃が効果的らしいんだ、スペルより肉弾戦の方が早いぜ。」
なお突っ込もうとする魔理沙の目の前で人形と人型が弾けとんだ。
爆発の衝撃をモロに受けた魔理沙が煽られて空中で一回転しながらアリスの後ろまで押し込まれる。
「なんだよ、今の人形も爆弾付きか?だったら教えといてくれよ。」
「今のは違うわ、あいつが自爆したのよ・・・」
魔理沙のほうへ振り返って呆然とするアリスの後ろに敵が迫っているのが見えた魔理沙。
「おいアリス!油断するな!」
魔理沙が前方にかざしたミニ八卦炉から伸びた光はアリスの顔のすぐ脇を通って背後の敵を蒸発させた。
「ちょ!ちょっと危ないじゃないのよ!」
「敵がいるんだ。仕方ないだろ、それより下がったほうがいいぜ。」
アリスはまだぶつぶつ文句を言っているようだが言われた通り素直に魔理沙の隣まで下がった。
「二人して突出したせいで囲まれちまったな、どうしようか。」
「誰のせいだと思ってんのよ、これじゃ援護も期待できないしどうするの。」
アリスはやってきた方へ目をやる。
すでに後方でも本格的な戦闘が始まっているらしく散発的にスペルや爆発の光が発せられているのが見えた。
「まさに四面楚歌だな、わくわくしてくるぜ。」
「バカ!そんな事言ってる状況だと思ってるの?!何かいい方法考えないと!」
「大丈夫、作戦なら考えてある。」
「ほんとに?ちゃんとした作戦なんでしょうね?」
「ああ、このピンチを脱出して一気に敵の数も減らせる最高の作戦だぜ。」
二人が話している間にも包囲は徐々に狭くなっている、包囲している敵の数自体も増えているようだ。
「わかったわ、任せるけどどうすればいいの?」
「当たり前だがまずはこの包囲を突破するんだ。あの辺でいいな。」
魔理沙は敵の包囲が比較的薄い部分を探して指差した。
「あそこを突破する、後ろに乗ってレーザーでもなんでもいいからぶっ放してくれ。それを合図に突破するぜ。」
「その突破に困ってるのに簡単に言ってくれるわね・・・」
三体の敵が先んじて二人に迫ってきた。
「まだ作戦会議の途中だったのに気の早いやつもいたもんだ!」
魔理沙の手のひらからカラフルな星型の魔力が迸り迫ってきた敵を粉砕する。
「これ以上猶予はなさそうだ、アリス、やるぜ!」
「もう!わかったわ!信用してるからちゃんとやってよ!」
アリスは魔理沙の箒の後ろに足を揃えて上品に腰掛けた。
「おいおい、そんな乗り方じゃ振り落とされちまうぞ、最高速でぶっ飛ばすんだからしっかり捕まってないと危ないぜ。」
「いちいち注文が多いわねほんとに!」
仕方なくアリスも魔理沙と同じように箒に跨り右手で三体の上海人形を同時に操りながら左手で魔理沙の肩に捕まった。
軽々と行っているように見えるこの動作もよくよく考えればアリスの潜在能力の高さが伺える。
「よし、撃てアリス!」
上海人形が眩しく光り、その白い光は三本の筋となって人形の視線の方へ走る、目標はもちろんさきほど魔理沙が指差した辺りだ。
三本の光線は互いに交差して太い一本の光りとなって二人の道を拓いた。
「いくぜ!しっかり振り落とされんなよ!」
走り出しからトップスピードで飛ばす魔理沙。
想像したよりも早いスピードで本当に振り落とされそうになったアリスが思わず魔理沙の背中に抱きつく。
ほんの数瞬だったが二人は包囲を突破してかなり離れたところまで飛んできていた。
「おいアリス、いつまで抱きついてんだ。ここから反撃だぜ。」
「う、うるさいわね!あんなに早いとは思わなかったのよ!」
顔を真っ赤にしたアリスは慌てて箒から降りる。
二人を包囲していた敵は一直線に並んで二人を追って来ている。完全に、気持ちいいくらいに魔理沙の目論見通りだった。
「撃つぜ、しっかり合わせてくれよ。」
「撃つって言ったって何を撃てばいいのよ?」
「この状況見たらだいたいわかるだろ。ほらもう敵が迫ってきてるぜ。」
魔理沙の言うとおり、敵もかなりの速さで追ってきていた。
「ああもう!撃てばいいんでしょ!」
さらに左手側に四体の上海人形を追加して両手で合計四体の人形を操るアリス。
七体の人形が前方に翳した両手から七色のレーザーが発射される。
「お、いい具合じゃないか。じゃあ私も・・・!」
アリスのレーザーを追うように魔理沙がミサイルを撃つ、二人の攻撃は一直線に並んでいた敵の大半を出会い頭に粉砕した。
「な?私の言った通りうまくいっただろ?」
「たまたま上手く行ったけどもうちょっと慎重に行動しなさいよ。いつも思うけど仕舞いにはとんでもない事になるわよ。」
「ははは、胆に銘じておくぜ。それより戻って船を守らないとな。」
魔理沙はそういってさっさと聖輦船のほうへ戻ってしまった。
「あ!もう待ちなさいよ!」
そしてその後を半ば諦め顔のアリスが先ほどと同じように魔理沙を追って飛んでいった。


他のメンバーも気付き始めていた、会議の時に降ってきた物と見た目は同じようだが何か違う、この怨霊に知性があるのかはわからない、わからないがどんな方法を使っても本体へ聖輦船を近寄らせまいとする必死さを感じる。
護衛のメンバーを狙う者は多くなく、直接聖輦船に貼り付いて自爆するのが目的のようだ。
すでに何体かはその目的を果たしているが、幸いな事に聖輦船には目立った損傷はない。
「私の境界である程度までの攻撃は防げるけど、余りにも多いと抜かれるわよ。」
紫に言われるまでもなくそれは感じていた。
護衛のメンバーもかなりの数倒してはくれているが何しろ数が多い。
永琳も弓を取って応戦しているが、いかに弓の名手と言われる彼女といえども何重にもなって船に向かってくる怨霊を総て射抜く事は不可能だ。
「永琳、このままではジリ貧だ、私も行く。」
妹紅は我慢できずに飛び出そうとするが永琳がそれを制する。
「いけません、貴方はこの作戦の要の一人。もし何かあればその時点で皆の努力が水泡に帰する事になります。」
「それは、わかっているがこのままでは・・・」
「大丈夫です、皆を信じてここは耐えてください。」
「しかし・・・」
「そうよ、貴方はそこで指をくわえて私達の活躍を見ていなさい。」
妹紅の足元から聞き覚えのある、とても勘に障る声が聞こえた。
「え?!かぐ・・・姫?!」
聖輦船の下方から鈴仙とてゐを従えて上昇してきた輝夜を見て珍しく狼狽する永琳。
輝夜は永遠亭に隠れているはず、その為に鈴仙とてゐを護衛兼監視に置いてきたはず。
「すみませんお師匠様、姫様がどうしても自分も参加すると仰って・・・」
「わ、私はちゃあんと止めたウサよ。でも姫様がどうしてもって無理に連れて来たから仕方なく付いてくるしかなかったウサ。」
「いいでしょ永琳、私だって幻想郷の一員になったのだから幻想郷の為に働くわ。」
「言いたい事は色々ありますが、正直助かりました、三人で船の直衛をお願いします。鈴仙、てゐ、船と姫様の事、任せたわよ。」
「はい、お任せください。」
「そうこなくっちゃー!」


「まいったね、完全に振りほどかれちゃったよ。」
怨霊玉本体の傍ら、諏訪子と神奈子は呆然とその光景を眺めていた。
日が沈むとほぼ同時に抵抗が激しさを増し成す術なく一匹、また一匹とミシャグジが振りほどかれ大量の破片が落下するのを許してしまった。
「でもこいつ、本体は降下しないようね。」
「きっとここで早苗達を待ち受けるつもりじゃないかな?ほら。」
諏訪子が指差す方向に顔を向けた神奈子、その視界にはこの苦境を忘れそうな程に見事な満月が映っていた。
「なるほど、今日が七日なのね。こいつも自分の危機を感じてるのかしら。」
本体の脈動が激しくなり、破片がボロボロと零れ落ちる。
「こいつ、援軍出そうとしてるよ!」
「諏訪子、私たちも少し下へ降りて迎え撃ちましょう、少しでも早苗達の所へ行く数を減らさないと。」


「狂符!ビジョナリチューニング!」
鈴仙の力でに狂気を植え付けられた怨霊玉の破片は手近な味方を捕まえては自爆、さらに誘爆を引き起こし瞬く間に敵の数は減っていった。
もう聖輦船まで取り付いてくる破片はほぼいないといってもいい状況た。
この知性体なのかどうかすら疑わしい敵に鈴仙の狂気が通じるのか、本人ですら半信半疑だったが試してみれば効果は覿面であった。
確かに聖輦船まで取り付いてくる敵は少なくなった。しかし敵の数は相変わらず、いや寧ろ増加の一方だ。
船首でじっと本体がいるであろう方向を見つめていた空は、ふと隣に立つさとりの様子がおかしい事に気づく。
その顔色は悪く、細い肩が小刻みに震えている。
「さとり様、どうかされましたか?」
空に声を掛けられたさとりは驚いたように飛び上がる。
「大丈夫よ、心配しないで。」
「でも辛そうだよ?」
猫車で怨霊玉の破片を轢き倒したお燐も異変に気づいてさとりの側に降りてきた。
「お燐もありがとう、でも大丈夫だから貴方は戻りなさい。」
そうしている間にも聖輦船を包囲する敵は増え続ける。
「本体を叩かないときりがないわ、振り切れる敵は振り切って!」
「了解!」
永琳の指示を受けた村紗が船の速度を上げる。
たち塞がる敵の群れに向かって正面から突っ込み、バラバラになった敵を護衛のメンバーが潰していく。
しかしあまりにも敵の数が多く、敵陣に潜り込んだ聖輦船は360度を敵に囲まれる状態になってしまった。
周囲を取り囲む人型は少しずつ距離を縮めてきているようだ。
「この!どきなさい!」
包囲を解こうとレミリアが手に持ったグングニルを投げつける。
紅い光が一直線に敵を貫き包囲に穴を開けるがすぐに上空から新しい人型が落ちてきて穴を塞いでしまう。
「フオオオオオ・・・」
激しい咆哮というような物ではない、それよりも絶望的に深い悲しみを絞り出すような声。
怨霊達がそんな声を発すると同時にさとりはその場にしゃがみこんでしまった。
異変に気付いた永琳とお燐がさとりの元に駆けつける。
回りにいた空と妹紅もさとりの回りにあつまってきた。
「何?!攻撃された?!」
「さとり様!どうしたの?!」
さとりは甲板にしゃがみこんですすり泣いている。お燐と永琳の声も耳に届いていないようだ。
「お姉ちゃんは今あいつらの心を読んでしまっているの、きっとものすごく暗くて怖い心。」
「こいし様!」
永琳はこいしの存在に気付くのにやや時間が掛かったが、お燐はすぐに気付いたようだ。
「(なるほど、この子が例の無意識の妖怪なのね。)」
「でもそれだったら心を読むのやめたらいいんじゃないの?」
「駄目なの、覚か心を読むのは自分の意思じゃないの。自分の意思には関係無く第三の目が近くにいる誰かの心を流し込んでくるから。」
そう言ってこいしはさとりの前に自分もしゃがみこんでさとりの顔を覗き込んだ。
「お姉ちゃん、もう降参?」
「そうは・・・いかないわ・・・」
消え入りそうな声でさとりが答える。
「でも、そんなに頑張っても誰もお姉ちゃんを好きにはならないよ、それに地上が壊れたってお姉ちゃん達は地底で暮らせるじゃないの。」
「そうね、でも私も久しぶりに地上に出たけどやっぱりいいところよ。自然の風や地底には無い花も動物も。私が誰に嫌われようがどこで暮らすかなんて関係無い、こいしも地上で遊ぶのか好きなのでしょう?なら私はどうしても地上を守りたいの。」
「お姉ちゃんらしいね。」
気のせいだろうか、いつもニコニコしているこいしの表情に少し変化があったように思える。
「そこまで言うならお姉ちゃんに私の無意識を貸してあげるよ。」
こいし自身にもなぜそんな事が可能なのかはわからない、わからないが無意識のままこしいは自分の第三の目から伸びる神経をさとりのそれに絡めた。
「お姉ちゃんは何でも真面目に受け止めすぎるよ。もう少し気楽にしないとね。」
こいしの言葉通り、大きく目を見開いていたさとりの第三の目が少しだけ閉じられ半眼の相を現す。
これで悪意の奔流に押し流される寸前だったさとりの自我が辛うじて踏みとどまる事ができた。


「どう?落ち着いた?」
「はい、もう本当に大丈夫です。」
心配そうに見守る永琳の腕を借りて立ち上がるさとり。
自分とこいしの第三の目に繋がる神経が絡み合っている為になんとも居住まいの悪さを感じる。
さとりの危機はひとまず脱したようだが聖輦船は相変わらず周囲を取り囲まれている状態だ。
どこを見ても視界には怨霊の赤黒い色しか見えない。
「包囲をなんとかしないといけないわね。これじゃあ外の状況も見えないし。」
「正面だけでも開けてくれたら突破はできると思うんだけど。」
船倉の前に立ち聖輦船に意識を集中している村紗、聖輦船は基本的に自動運航できるが細かい動作や地図にない場所へ行く時などは村紗が妖力を使って操作しているのだ。
「じゃあ、私に任せて。熱くすればいいのよね?」
「こいし、出来るの?」
「うん、多分できるよ。今度は私にお姉ちゃんの力を貸して。」
こいしの第三の目、固く閉じられた瞼がほんの少しだけ動いたような気がした。
とは言え見た目には完全に閉じているように見える。
「お燐、ちょっと頭の中見せてね。」
何が始まるのかドキドキしながら見ていたお燐だったが、突然強烈な違和感を覚えて全身の毛が逆立ちそうになった、脳味噌に腕を突っ込んで中身を探られるような感覚。
「(こいし様がさとり様を通じてあたいの頭の中に入ってきてる?!)」
「あったあった、これこれ。」
こいしの声と一緒にお燐の頭の中にあった違和感も波が引くように消えていった。
こいしは聖輦船の前方に向かって立ち、足を肩幅くらいに開いて右腕を前につき出す。
「あ、これっておくうの!」
さとり、空、お燐の三人はこいしが何をしようとしているかすぐにわかった。
こいしの全身から立ち上る妖力が右腕と両足に集まっていく。
右腕に纏り付く妖力は六角柱を形作り右腕を覆う。
右足には象の足、左足には輝く光球。
「すごい!こいし様おくうみたい!」
「(私には高熱の再現までが限界だったけど、こいしは核融合反応そのものを再現できるの・・・?)」
最後にこいしの第三の目がぐにゃぐにゃと曲がり、球形に戻ると大きく見開かれた。
しかしそれは人間の目と言うよりも真っ赤に光る鳥のそれのようである、おくうの胸についている八咫烏の目と同じ物だ。
「いくよー!想起!テラフレア!」
こいしの掛け声に反応してその場にいる全員が衝撃に備える、しかしその予想に反して何も起こらない。
ここまで再現する力をもってしても失敗なのか?空がそんなことを考えた矢先、轟音と共に目の前で閃光が弾けた。
こいしが放った超高熱は始めはほんの小さな爆発だった。
しかしその小さな種火が一瞬で凄まじい回数の反応を繰り返し前方に立ち塞がる怨霊を融かし尽くす。
空いた穴を見逃すことなく村紗は船を疾らせた。
いくつかの怨霊に衝突して聖輦船が大きく揺さぶられるが気に留めてはいられない。
ようやく視界が開けた。
まだかなり先ではあるがすでに聖輦船うっすらと怨霊玉本体が見える位置にいた。
「この先は殲滅しつつ前進しましょう。」
永琳の指示を受けて聖輦船はゆっくりとだが、確実に敵本体に向けて進んでいった。


聖輦船が敵本体に近付くにつれ、敵の抵抗も激しさを増してくる。
船尾ではスカーレット姉妹と咲夜が追いすがる敵を抑えていた。
「禁忌ぃ!レーヴァテイーン!」
甲板からやや浮いた所にいるフランが手に持った槍から赤い光が導線のように伸びる。
先端が目視できないほど長く延びた光、フランの手元はぐにゃりと曲がっているが先端から伸びる光は一直線に地上を指している。
フランがオケの指揮でも取るように優雅に手を動かすと長く伸びた光が辺り一面の怨霊玉を容赦なく薙ぎ払う。
最後にニッコリと笑って少し気取ったポーズを決めるフラン、しかしその頭上にはフランの槍から逃れた怨霊玉が一体、フランの頭を狙って降下していた。
フランが頭上の存在に気付いて上を向くと同時に敵が弾け飛ぶ。
頭上に手を伸ばしたフランは敵を仕留めたナイフを受け取って咲夜に投げ返す。
恐ろしいスピードで飛んでくるナイフを最後尾の甲板に立つ咲夜は難なく受け取った。
「咲夜ぁ!ありがとぉ!」
フランが咲夜のほうを向いて大きく手を振る。
「ちょっとフラン!油断しないで!」
レミリアは文字通り目にも留まらない高速で飛び回りながら手に持ったグングニルで次々と怨霊玉を粉砕していく。
この光景を目にしても並の妖怪程度では目の前で次々と敵が消えていくだけで何が起こっているのか理解できないであろう。
だが敵はいくらでもキリ無く降って来る。
今度は大き目の人型が拳を振り下ろすようにフランの真上から勢いよく降下してきた。
「え?!あ!」
咄嗟にフランは手に持った槍を消しバンザイのような格好でそれを受け止める。
「あつい!あついあついあついー!」
フランの両手の平から白い煙が登る、火傷どころではない。
大量の怨霊が発する熱は紫が境界を操ることで緩和しているが直接接触した場合はその限りではない。
両手が塞がっては強力なスペルも使えない、フランの危機を察した咲夜が両手に一杯のナイフを投げる。
咲夜が放ったナイフはすべて人間であれば急所に当たる場所へ正確に命中するがさほどの効果は無いように見えた。
フランは何かを探して周囲をキョロキョロと見回すが、探していたものはすぐに見つかったようだ。
「お姉様!これお願い!」
フランは自身の数倍の体躯を誇る人型の怨霊玉をレミリアの方へブン投げる。
手の平はかなりの大火傷だったはずだが、手を放せば瞬く間に再生してしまう。
「へ?ちょっと!何よそれぇ?!」
フランが投げた怨霊玉は風圧のせいか人型からなんだかよくわからない球体に変形し、猛スピードでまっすぐレミリアの方へ飛んでくる。
咄嗟にレミリアはグングニルを両手で横に構えてその柄で受け止めた。
グングニルの柄に命中した怨霊玉はさらにぐにゃぐにゃと形を変えてそのままレミリアを飲み込もうとする。
レミリアは飲み込まれるより早く、ポケットからカードを取り出して怨霊玉に投げつけた。
「紅符!不夜城レッド!」
すばやくグングニルを振りかぶると目の前に迫った怨霊玉に突き立てる。
突き立てられたグングニルの穂先から四方に赤い光が勢い良く吹き上がり、内側から怨霊玉を弾き飛ばした。
「もう、フラン!気をつけなさいよ!」
レミリアもフランと同じように、怨霊玉に刺さっていたナイフを回収して咲夜に投げ返す。
「えへへ、ごめんなさい。」
ひとまず手近には敵がいなくなった。
しかし上を見ると相変わらず大量の怨霊玉が降下を続けている。
「お姉様、あれ。」
フランが上のほうを指差す。
レミリアはフランの隣に来てその指の先をじっと見つめる。
「大きいわね、今まででは一番かしら?しかも二匹。」
「あれはね、中ボスだよきっと。」
他と比べてかなり大き目な二体、球形と蛇のような細長い怨霊玉が船尾のほうへまっすぐ向かってくる。
どうもフランとレミリアを狙っているのは明らかなようだ。
「こっちに来るつもりみたいよ、フラン、どっちがいい?」
「んーと、じゃあ私あのボールみたいなほうにする。」
「わかった、そっちは任せるわよ。」


フランは再び曲がりくねった槍を手に取ると宣言した通り、大きな球形をした敵目掛けて一目散に襲いかかる。
槍を前方に構えて突進したフランは拍子抜けするほど簡単に敵を貫いた。
「へへん、どんなもんよ。」
フランは振り返り、自分が風穴を開けた相手を確認する。
そのままレミリアの方へ向かおうとするフラン。
「気をつけてください妹様、そいつはまだ生きています!」
「へ?」
咲夜の声にフランが再び怨霊玉の方を見る。
ドーナツ状になったそれはゆっくりとだが間違いなくフランに向かって来ていた。
「しゃらくさいね、禁弾スターボウブレイクゥ!」
フランが大きく広げた両手から色とりどりの弾幕が大量に降り注ぐ。
敵は巨体だし動作も鈍い、避けることは不可能だろう、普通ならそう考えるしフランもそう思っていた。
しかしフランが放った弾幕は敵を捕らえる事ができない、着弾の寸前、怨霊玉は自らの体を網目のように変形させてすべての弾幕を通過させてしまった。
再び球形に戻った怨霊玉がゆっくりとフランに向かってくる。
「もうっ!じゃあこれでどうよ!」
フランが手に持った槍から再び赤い光が伸びる。
余裕が無くなっているのか先ほどのような優雅な仕草ではない、両手で持った槍を真横一文字に薙ぎ払う。
「てぇい!」
フランの気合いと共に真っ二つになる怨霊玉、しかしフランの攻撃が命中したわけではない。
赤い光が自らの体を切り開く前に自ら変形してフランの攻撃をしのいでいたのだ。
「確かにこれは常識が通じない相手みたいだね。」
フランを助けに向かおうとする咲夜だが自身も周囲を別の敵に囲まれていた。
幸い敵の動きは遅いようですぐにフランに襲い掛かってくる様子は無い。
とにかく時間を稼げば自分の分を終わらせた姉が助けに来てくれるだろう、そう考えたフランはひとまず逃げながら時間稼ぎする事にした。


レミリアが戦っている怨霊玉は反対に恐ろしいスピードでレミリアを追う。
悠長にスペルを使う間はないと早々にスペルで仕留める事を諦めたレミリアは手に持ったグングニルで応戦していた。
蛇のように細長い怨霊玉がくねくねと動きながらレミリアに迫る。
敵の攻撃はすべて体当たりのみ、読みやすいが恐ろしく早いスピードで迫るのでさすがのレミリアも避けるのに一苦労だ。
逃げていてもキリがない、レミリアは忙しなく飛び回るのを止めて空中に仁王立ちした。
怨霊玉が水中を泳ぐ海蛇のようにレミリアに迫るがレミリアは動じない。
猛スピードで迫る敵が目の前に到達した瞬間、レミリアが動いた。
捻りを加えて勢いよくグングニルを突き出す。
敵はすばやく細いがレミリアの視力、身体能力を持ってすれば仕留められない相手ではないはずだ。
しかし敵の動きはレミリアの予想を超えていた。
螺旋状に変形したレギオンが真っ直ぐに伸ばされたレミリアの腕に巻きつこうとする。
敵の目的は恐らく自爆、それを考えれば絶対に捕まるわけにはいかない。
怨霊玉はレミリアの腕に巻きつく、しかしそこには巻きつくべきものが存在しなかった。
この得体の知れない敵に死角というものが存在するのかはわからない、わからないが兎に角無数の蝙蝠に変身したレミリアは怨霊玉の真下で実体化し、血の色をした楔の様な弾幕を放つ。
隙間無く並んだ楔が一斉に怨霊玉に襲い掛かるが、一箇所だけほんの少し包囲の甘い部分が残っていた。
もちろん敵がその隙間を見逃すはずは無い、細い体を生かして一番隙間の広い部分を易々と潜り抜ける。
当然ながらレミリアもそんな事に気付かないはずはない、この隙間は敵を誘導する為にレミリアが撒いた餌なのだ。
「もう逃げられないわよ!」
開いた隙間を塞ぐようにレミリアがグングニルを投げた、もはや完全に包囲された怨霊玉が逃げる隙はない。
眼前にグングニルが迫り反転するレギオン、勝ちを確信したレミリア。
しかしレミリアが見たのは信じられない光景だった。
細い糸のように変形した怨霊玉が狭い弾幕の隙間を悠々と通り抜ける、信じたくもない光景。
「こんな非常識な奴、どうやって倒せっていうのよ・・・」


船尾で三人が必死に戦っている中、船倉の屋根の上で一人優雅に佇んでいる人物がいた。
「ほら、妖夢。上から次が来てるわよ。」
今しがた幽々子の隣で敵を仕留めた妖夢はその場で刀を振りかざし、剣圧で幽々子の頭上に浮いている敵を仕留める。
「幽々子様も少しは戦ってくださいよ。」
最初に聖輦船と敵が接触してから幽々子はずっとこの調子である。
「だって~、私はこの後に大事な仕事があるんだからもう少し休ませて欲しいわ。ほら妖夢次が来るわよ。」
どうにも腑に落ちないが幽々子がこの調子では妖夢が戦う他は無い。
船倉の屋根を力強く蹴り一瞬で敵との距離を縮めると、その勢いのまま斬り捨てる。
「(妖夢も強くなったわね、でもこの子ならもっと、妖忌以上に強くなれるはずだけど。)」
「妖夢、ここはもう大丈夫だから。あそこのメイドさんを助けてあげなさい。」
幽々子が閉じた扇子で指した先では咲夜が大量の敵に囲まれて苦戦を強いられていた。
「しかし、ここは良いのですか?」
「大丈夫よ、私もいざとなったらちゃんとやるから。」
まあ当たり前の事だろうが、それを聞いて安心した妖夢は咲夜を助けに向かう。
当然妖夢がいなくなった後も敵は幽々子に向かってくる。
が、幽々子の近くまで来た怨霊玉は何故か動きを止め、ゆっくりと後退していく。
それはまるで野を自由に走り回っていた動物が思いがけず天敵に出会ってしまった時のように。
幽々子がそんな怨霊玉に手をかざすと忽ちの内に崩れ落ちていく。
「こんな素直な子ばっかりなら楽なのにね。」
近くに敵がいなくなった幽々子は咲夜と合流した妖夢の戦いぶりを満足そうにに見つめていた。



互いの背中を守るように立ち、それぞれ迫ってくる敵を倒し続けている咲夜と妖夢。
圧倒的な数と速さで二人に襲い掛かる鳥のような形状の怨霊玉、滝のように押し寄せる敵を捌ききれず次第に二人は劣勢になってくる。
「このまま戦い続けても押し負けますね。」
咲夜の声にも焦りの色が見える。
レミリアもフランもそれぞれの敵と戦っているが見たところ膠着状態が続いている、咲夜は早く助けに行きたくて必死なのだろう。
咲夜は何か策は無いものかと考えるがこんな状況を覆す方法などそう簡単に浮かぶものでもない。
一度思考をリセットして冷静に周囲を見回した妖夢は何かに気付いたようだ。
今までこの敵はとにかく数で押してくるだけの虫みたいな物だと思っていた。
しかし妖夢が見た先には一回り大きな人型の敵がいて、上空から降りてきた小さな塊は一度その近くに集まってから二人のところへ向かってくる。
確証は何もない、何もないがもうこの窮地を脱するには思いついた事はすべて試してみるほかなかった。
「咲夜さん、奥に一回り大きな人間型がいるのは見えますか?」
「確かに、鳥を落とすのに精一杯で気づかなかったわ。 」
「あれが鳥に指示を出しているような気がするのです、一か八かですが私はあの人間型を狙うので援護をお願いできますか?」
「わかりました、では私があの大物までの道を作りましょう。」
咲夜は妖夢より一歩前に出て一枚のカードを取りだし、妖夢は刀を鞘に納めて居合いの構えで咲夜のアクションに備える。
「幻幽!ジャック・ザ・ルビドレ!」
咲夜が投げたカードは雹のような氷の弾幕を伴って一直線に敵へ向かう。
時間停止、咲夜の力が発動し弾幕が空中で静止した。
自分だけが動く事を許された世界で咲夜が手持ちありったけのナイフを投げる。
「(今のは?)」
ナイフを投げる視界の端で何かが動いたように見えた。
しかしそんなはずがない、自分が停止した時間の中で動けるのは自分だけのはず、有り得ない事を考えるより目の前の敵を倒すことに集中しなければ。
咲夜以外の時間が動き始めると同時に前方の敵集団は一掃され、文字通りそこには道が拓かれた。
妖夢は咲夜が拓いた道を抜けて一気に敵に詰め寄る。
「奥義!西行春風斬!」
その場にいた咲夜の目には実際に何が起こったのか見ることが出来なかった。
咲夜に見えたのはただ、一瞬の内に斬り刻まれて消滅する怨霊玉とその周囲に舞う桜の花びらのような妖夢の気だけである。
のこった小さな怨霊玉はふわふわとどこかへ飛んでいってしまい攻撃してくる素振りは見せない。
「なんとかなったみたいですね。」
ホッとした咲夜、油断したつもりは無いが集中力が散漫になってしまったのは否めない、彼女の背後にまた別の怨霊が迫っている事に気付く事ができなかった。
もうすぐ触れられる所まで近寄られた咲夜はそこで初めて接近してきていた敵の気配に気付く。
ハッと振り向いた咲夜は目の前に大きな衝撃を感じ、そこにいたはずの敵は咲夜の目の前で木っ端微塵に碎け散った。
上空から咲夜の危機を察知したレミリアがグングニルを突き立てて咲夜を救ったのだ。
しかしこの行動はレミリア自身にとっては致命的だった。
咲夜を襲う敵を片付けたレミリア、その背後には自分を追い蛇のように細い体をくねらせたレギオンがぴったりとついてきている。
蛇を振り切ろうとレミリアは甲板を強く蹴って再び上空に向かう。
しかし咲夜を助ける為にほんの僅か減速したのが仇となる。
蛇は長い体を生かして上空に逃れようとするレミリアの左足を絡め捕った。
更にその場から動けなくなったレミリアの全身を完全に捕らえる為に巻き付こうとする。
しかしレミリアを捕らえようとした蛇は突然巻き付く相手を見失ってしまう。
小さな蝙蝠の群れが蛇から逃れるように上空に向かって飛んでいった。
しかし蛇はそれを見逃さず蝙蝠の群れを追う。
絡め捕られた足を抜くために分裂した事で更にスピードが落ちたレミリアは驚くほど簡単に追い付かれてしまった。
それでも何とか振り切ろうと垂直に上昇するが蛇は蝙蝠の編隊に割り込むように隙間へ身を滑り込ませる。
スピードを上げるため実体に戻るレミリア、しかし蛇はその瞬間を見逃さず事は無く今度は足だけでなく全身を絡め捕られてしまった。
怨霊が発する熱気にレミリアの表情が歪む。
「まずいわ・・・抜けないと・・・!」
もう一度蝙蝠になって抜けようとした矢先、閃光で目の前が真っ白に染まりレミリアはそのまま意識を失ってしまった。
フラン、咲夜、妖夢が見ている前で自爆を受けたレミリアは優雅に空を飛んでいる最中で突然猟師に撃たれた鳥のように真っ逆さまに地上へ落下していった。
「お姉様・・・?」
暗い夜闇の中に落ち込み、瞬きするくらいの短い間に姿が見えなくなるレミリア、そんな姉の姿が完全に視界から消えた瞬間にフランの視界が鮮血のような赤一面に染まりそのまま彼女も意識を失ってしまった。

呆然と空中に棒立ちしているフランの背後から先ほどまで戦っていた大きな怨霊玉が襲い掛かる。
大きな球状の体を風呂敷のように広げてフランを包み込んで捕らえようとしているようだ。
しかし怨霊玉はもう少しでフランを捕まえるというところで粉々に分解してしまう、フランが小さな右手をぐっと握り締めたと同時に。
ゆっくりと振り返ったフランと目が合った咲夜は息を飲んだ、フランの目は夜の闇の中で眩しいほど妖しい真っ赤な光を放っている。
咲夜はフランに起こっている事を瞬時に理解した。レミリアはどうなったかわからない上にフランは完全に暴走してしまっているようだ、すぐにこの場で自分が何をするべきかを考える。
まずはフランを止める、その上でレミリアを助けに行くしかない、レミリアの消息はもちろん気になるが今のフランを放置してしまえば聖輦船まで破壊してすべて台無しにしてしまいかねない。
咲夜のその嫌な予感はすぐに現実となった。
不気味に曲がりくねった槍を振りかざし、超高速で咲夜に向かってくるフラン。
自分が避ければフランはそのまま船を破壊してしまうかもしれない、しかし自分が持っているナイフ程度でフランの攻撃を止められるとは思えない。
ガキィン!と金属のぶつかる音が辺りに響き渡る。
結局咲夜はフランの突進に対して全く動けなかった、その咲夜の目の前で妖夢が二本の刀を交差させてフランの槍を受け止めていた。
「咲夜さん!これはどういう事です?!」
妖夢の声を無視してフランは剥き出しの狂気のままでに槍を振り回して妖夢を追い詰める。
白兵戦には自信がある妖夢もこれには防ぐので精一杯なようだ。
「妹様は今自我を失ってしまっています、とにかく元に戻って頂く方法を考えなければ・・・」
なんとかしなければ、とにかく少しでも早くフランを正気に戻す方法を考えるのだ、その為にまずは時間を稼ぐしかない。
なりふり構っている状況ではない、短期間に二度の時間停止は力を大量に消費してしまうがそんな事を気にしている状況ではなかった。
小さくジャンプして妖夢の頭上から槍を突き刺そうとするフラン、甲板の縁に押し込まれながらその槍を受け止めようとする妖夢。
フランの槍が妖夢の剣に触れる直前、そこで二人の動きが止まった。
とにかく時間を止めたはいいがこの先にどうするかはまだ考えていない、レミリアがいてくれればなんとかしれくれそうだがそれを考えても仕方がない。
「(とにかく何か妹様を止める方法を考え・・・え?!)」
さっきもこの違和感があった、自分しか動くことが許されないはずの世界で自分以外に動く物の存在。
この敵には幻想郷の常識は通用しない、最初に永琳が言っていた言葉だ。
船倉の影から飛び出してきた一体の怨霊玉に咲夜は痛いほどにそれを思い知らされた。
咲夜の世界で悠々と甲板を歩く人型の怨霊玉は信じられない出来事に呆然とする咲夜に見せつけるようにフランに抱きつき、自爆した。
それと同時に時間が再び動き始める。
爆発の衝撃を受けた妖夢とフランは揃って甲板の外へ放り出された。
フランは意識を失っているようだ、妖夢は必死でフランにてを伸ばすがすんでのところでフランの手を掴むことができず、レミリア同様にフランの姿が闇に溶けていくのを見送るしかなかった。
「そんな・・・私が不甲斐ないせいでお嬢様に続いて妹様が・・・」
全身から力が抜けた咲夜はその場にへたりこみ、溢れる涙を止めることができなかった。


幽々子と同じように優雅に戦う藍だったが自身の体と妖力が上手く噛み合わない事に戸惑っていた。
無理もない事だ、もうずっと八雲紫の式として慎ましくしていた藍はもう何年も天狐として力を振るう事がなかったのだから。
感触を試すように爪を伸ばした手をゆっくりと横へ薙ぐと、少し遅れて目の前の空間に大きな爪痕が顕れ集まってきた怨霊玉の集団を切り裂く。
「うーん、やはり何事も普段からの備えは必要、という事なのかな。」
難しい顔でどうにもしっくりこない自分の手の平を眺める藍。
その頭上に新しい敵が降下してきた事に気付いていないようだ。
「おねえさん、危ないよ!」
頭上から高い声が聞こえて藍はハッとなる。
見上げると猫のような少女のような姿の妖怪が猫車で勢いよく怨霊玉を撥ね飛ばす姿が見えた。
「橙?!」
「へ?」
「あ、ごめんなさい。ちょっと知り合いに似ていたので。」
「そっか、だからって余所見してたら危ないから気を付けてね。あ、でも綺麗なおねえさんの死体なら運んでみたいかも。」
「いや、それはまだしばらく遠慮しておきますよ。」
お燐の言葉に藍が苦笑いする。
お燐が去っていく後ろ姿を見送った藍。
「(猫車かぁ、橙にも似合いそうだし釣った魚を運ぶにもいいかな?今度買ってあげよう。)」
「ちょっと藍、いつまで余所見しているつもり?」
勢いよく飛び去ったお燐と入れ替わりで紫がやってきた。
「どうせまた橙のことでも考えていたんでしょ?」
「いやいや!そんな事はありませんよ!」
「なんでそんなにムキなるのよ。それよりさっきから見てたけど貴方らしくない冴えなさよね。」
「なにぶん本気で戦うのは久しぶりなので、力を上手く使えません。」
「バカね、本気で戦うからって無理に今の藍をやめなくてもいいのに。」
「え、それはどういう意味・・・」
「そろそろ私の敵が来るみたいよ、貴方も気を付けなさいね。」
紫は藍の言葉を遮って船の上空に向かった。
幽々子も紫が感じたのと同じ気配を察知してやってくる。
「漸くここまできたわね、後は必死で戦ってる子達に私達の八百長がバレないようにしないと。」
幽々子も紫と同じく空を見上げる、その視界に膨大な数の敵と戦っている二つの人影が写った。


船からもはっきりと二人が見える距離まで来ると、二人の方から船に近寄ってきた。
「この船は 、我らを力ずくで止めると言う意思の顕れか?」
腕を組んで船首のすぐ目の前に浮かんでいる神奈子が荘厳な物言いをする。
なるほど、すべて仕組まれた事だとわかってしまえば諏訪子のように笑ってしまうのも無理はない。
その諏訪子は真面目な顔をしてはいるが口元をピクピクと痙攣させている、やはり笑いを堪えているのだろう。
「今さら問答は必要ないでしょう?ここまできたらお互いにする事をするだけ。」
芝居っ気たっぷりな紫と幽々子が前に出る。
「そうね、そういう事でいいと思うわよ。それで貴方達が相手をしてくれるのかしら?」
神奈子と諏訪子、紫と幽々子、ここまで来て二人づつ離脱するのはすでに打ち合わせ済み。
あとは船の邪魔にならないよう無事に船を上空に送り出すのが四人の目的なのだ、もちろん他のメンバーに怪しまれないように。
紫が突然高速で神奈子に体当たりするとそのまま地上へ向かって連れ去る。
神奈子にだけ聞こえるように小声で話す紫。
「とりあえず邪魔が入らないところまで降りるわよ。」
瞬く間に紫と神奈子の姿は聖輦船から見えなくなってしまった。
「じゃあこっちも始めようか。」
諏訪子が両手に鉄の輪を構える、右手に持った輪を振りかざして幽々子に殴りかかるが幽々子はギリギリで回避する。
そのまま諏訪子の攻撃から逃れる体でさりげなく船の後方へ向かう幽々子、諏訪子もその後を追う。
ここまで比較的大人しかった怨霊玉が再び勢いよく聖輦船に群がってきたので他のメンバーは四人の動向に気を配るどころではなくなってしまった、計算外の出来事だが四人にとっては好都合である。
「どうする?神奈子達みたいにもっと遠くまで行く?」
「大丈夫、それには及ばないわよ。」
声が届かないほど聖輦船から離れた事を確認した諏訪子の提案を幽々子が拒否する。
同時に幽々子の持っている扇子が諏訪子の鳩尾にめり込み、諏訪子はそのまま気を失ってしまった。


諏訪子が目を覚ましたのは薄暗い小さな部屋だった。
木造の小さな部屋、机といくつかの椅子が部屋の隅に片付けられて諏訪子はその部屋の真ん中に寝かされている。
「あれ?ここどこ?」
上体だけ起こして辺りを見渡す諏訪子、すぐ隣に幽々子が座っていた。
「少しは休めたかしら?」
「あれ?私寝てたの?そう!怨霊は?!」
「まだ本体には到着しないわ、思いのほか護衛が多くて思うように進めていないわね。」
諏訪子は周囲を見渡すが幽々子しかいない事を確認して少しだけ安堵する。
「なんとかなるかな?」
「するしかないわ、その為に貴方達も今日まで二人で頑張ったんだしその努力無駄にはできないわ。」
幽々子は懐から大きめの桃を取り出して諏訪子に差し出した。
「どうぞ、お腹空いてるでしょう。」
最後に守矢神社を飛び立ってから何一つ水ですら口にしていない諏訪子はひったくるようにそれを受け取ると皮を剥くのもそこそこにかぶり付いた。
そんな諏訪子の様子を幽々子はニコニコしながら見守っている。
「食事しなくてもいいはずの神様でもやっぱりお腹は減るのかしらね。」
「そういえばなんでだろ?いつも早苗がご飯作ってくれるから何の疑問もなく食べてたけど。」
あっという間に食べ終わった諏訪子が首を傾げる。
「私もこんな体だし本当は食べる必要ないんだけどご飯を食べている時は『ああ、自分はここに生きているんだな。』って強く感じるの、特に美味しい物を食べた時はね。」
「うん、それは私もなんだかわかる気がするよ。」
「それが物凄く心地いいからつい食べすぎちゃうのよね。」
「(この人、ただの大食いってわけじゃなかったんだ・・・)」
諏訪子は幽々子を改めてじっと見つめた。
「あら?いくらジロジロ見たってもう食べ物はもってないわよ。」
「あ、そういうわけじゃないんだけどね。」
「で、ケロちゃんも大変だと思うけどまだ戦えるかしら?」
「(ケ・・・ケロちゃんって・・・?)うん、少し休んだし大丈夫。早苗達も頑張ってるし休んでいられないよ。でも私が出て戦っても大丈夫かな?」
「それは大丈夫よ、戦力は多いほうがいいし私がうまく言っておくから。それじゃ行きましょうか。」
二人が薄暗い船倉から出ると外は先ほどより少し明るくなっているようだった。
遠くの空が薄い光を放っているのが見えた、朝日にしては方向が不自然だし何よりまだ時間が早すぎる。
「怨霊の本体が近いみたいね、私と神奈子が抑えてた時より光も強いよ。相手も焦ってるのかな。」
そう言った諏訪子は突然船首に向かって猛然と走り出した。
「早苗!その足どうしたの?!腕も!大丈夫なの?!」
さっきは気付かなかったが早苗があちこちに包帯を巻いているのに気付いた諏訪子、それこそ怪我をした子供を前にした母親のような取り乱しようである。
「あ、諏訪子様。大丈夫ですよ、それより諏訪子様は・・・」
早苗の言葉が終わるより早く諏訪子の足元に光の矢が刺さる。
諏訪子は蛙のように大きく後ろに飛びのいてそれを避けた。
「洩矢神、早苗さんから離れなさい。」
険しい表情で弓を構える永琳、今この船にいる中で幽々子と諏訪子以外は真相を知らない。つまるところ諏訪子は間違いなく敵なのだ。
「待ってください、ケロちゃんは味方ですよー。」
のんびりと追いついてきた幽々子が永琳を止める。
「味方?どういう事ですか?」
「ケロちゃんはもう形勢が悪いからこっちに寝返るんだそうよ、だから手伝ってもらいましょう。」
「(ちょっとちょっと!、そんないい加減な説明で大丈夫なのー?)」
「わかりました、味方も足りないしそういうことであれば。ただし幽々子さんはなるべく洩矢神の傍についていてください、何があるかわかりませんから。」
「それでいいよ、じゃあちゃんとついて来てね大食い幽霊さん!」
諏訪子は両手に鉄の輪を握りしめて手近な敵に向かっていった。
永琳はまだ納得できないようで幽々子に視線を向ける。
幽々子は心配無いと云う風ににっこりと笑って頷くと諏訪子の後についていった。


聖輦船に集まったメンバーが上空で激戦を繰り広げている頃、地上では博麗神社付近の広場に多数の妖怪や妖精が集まっていた。
近頃ここでは満月の夜に恒例のパンクライブが行われている。
元々妖怪や妖精は陽気で歌や音楽を好む者が少なくない、満月の夜にはそんな者達が集まって朝まで騒ぎ明かすのである。
中でも一番人気は今ステージに立っているミスティア・ローレライと幽谷響子の二人である。
ミスティアはずっと以前から一人で歌っていてその頃から不動の人気ナンバーワンだったのだがどういう経緯なのかはわからないが響子とデュオを結成したようだった。
それからは鳥獣伎楽を名乗り、どこから手に入れてきたのか幻想郷では見た事の無いようなレザーの衣装に身を包みパンクロックを歌う事が多くなった。
パンクのテンションは意味をわからずとも騒ぐことが大好きな妖怪や妖精の心を鷲掴みにしたようで、二人の出番にはいつも盛り上がりが最高潮に達する。
しかし今回はいつにも増して盛り上がりを極めていた。
いつも以上に髪を振り乱し歌声を張り上げ爆音を鳴らす、そんな二人に呼応するように観客達もいつも以上に轟くような声援を送った。
彼女らは今、上空で何が行われているか知る由もない。
しかし魂の限りにシャウトを繰り返す彼女らの姿は時ならず仄かに光を放つ空に本能的な危機を感じ、危機に立ち向かう者達に力を送らんとしているようであった。


聖輦船の船尾では相変わらず妖夢が追い縋る敵を食い止める為に戦っていた。
しかし咲夜はまだ呆然と地上の方を眺めている。
「大丈夫ですよ咲夜さん、吸血鬼があれくらいで死ぬことは無いでしょう、再生が終わればまた戻ってきますよ。それにあれは貴方のせいではありません。」
目の前の三体を続けざまに斬り捨てた妖夢が咲夜を慰めようと言葉を投げる。
「でももし再生が終わる前に夜が明けてしまったら・・・もうお仕舞いです、私がもっとしっかりしていれば!」
妖夢に涙を見せるのも厭わずに取り乱す咲夜、珍しい事だが妖夢にもその気持ちは理解できる気がした。
もし自分のミスで幽々子の命を危険に曝すことがあれば果たして冷静でいられるだろうか。
「ならば咲夜さん、ここは私に任せてお二人を探しに戻ってください。」
「でもそれでは・・・」
「彼女の言う通り、今のおまえがここにいても足手まといになるだけだ。」
突然頭上から投げられた声に咲夜の言葉は遮られる。
咲夜と妖夢が声のした方を見ると一人の女性が放った渾身の鉄拳が怨霊玉に突き刺さるところだった。
腕を引いて拳を引き抜くと拳を開き手の平から発射された弾幕が怨霊玉を粉砕する。
咲夜も妖夢もどこかで彼女に会った事がある気はするのだがどうにも思い出す事ができない。
「どうしたそんな目をして?白澤がそんなに珍しいか?」
二人の疑問を察したかのようにどこかで聞いたことのあるように名乗ったのはもちろん上白沢慧音である。
「白澤・・・聞いた事があります、貴方ならお嬢様と妹様を助けて頂けるのでは?!」
藁にもすがりたい気持ちだった咲夜の前に、まさに藁と形容するには余りに豪勢な助けが現れたのだ。
しかし慧音はそんな咲夜の願いを鼻で笑い飛ばす。
「そうだな、私ならば簡単にお前の失態を無かった事に出来る、だがそれは私の役目では無い、その二人もおまえも運命の輪はまだ三つとも止まっていない。まだ運命の輪が回っている間は超常の力に頼るよりおまえ自らがベストを尽くすべきではないかな。」
取り乱しっぱなしだった咲夜は慧音の言葉に横っ面を張られたような衝撃を受けた、そのおかげでいつもの冷静さが少し戻ったようだ。
「そうですね、妖夢さん。申し訳ありませんがここはお願いします。」
「腹は決まったようだな、ならば私はおまえが戻るまでここで暴れるとしようか。」
「それは実にありがたい話だけれどその必要は無いわよ。」


咲夜はショックのあまり心臓が止まるのではないかと思った。
そこに聞こえるはずの無い声の主、レミリアはゆっくりと甲板に降り立つと大事そうに抱いていたフランを床に寝かせた。
「ええと、魂魄妖夢と上白沢慧音よね?うちの者が迷惑を掛けたみたいね。」
「迷惑だなどと言ってくれるな、おまえのようにここまで誰かに慕われるのは羨ましい限りだ。私は他へ行かせてもらうとしよう。まったくこんな重大な事を私に黙っているとは妹紅にはまたお仕置きしてやらねばいかんな。」
最後の方はもう慧音の独り言で本人以外の耳には届かなかった。
「参ったわよ、落ちたのが山の滝のすぐそばなんだから、滝に落ちていたらって考えたらゾッとするわ。」
「お嬢様、もう大丈夫なのですか?それに妹様も。」
「まだお腹の中は滅茶苦茶よ、なんなら見てみる?」
ニヤリとしながらとんでもない事を言うレミリアに戸惑う咲夜と妖夢。
「冗談よ、フランも気を失ってるけど大丈夫。じきに目を覚ますでしょう。」
「しかし妹様はお屋敷にお連れした方がよかったのではないでしょうか。」
咲夜はまだ目を覚まさないフランの額を軽く撫でた。
「この私の妹なのよ?あんな得体の知れない奴らにやられっ放しで引き下がるはずがないでしょうが。」
その時、フランの目がゆっくりと開いた。
その目からは鮮血を思わせる赤い光がすでに失われており、いつも通りのフランに戻っているようだった。
「あ、お姉様・・・」
フランはひょこっと立ち上がると傍に腕を組んで立っているレミリアの方を向いた。
「ごめんなさい、私お姉様との約束破って怒っちゃった、お姉様がやられちゃったかと思って・・・」
「バカね、あれくらいで私がやられるわけないのに。貴方の姉なのよ?」
フランは今にも泣き出しそうな顔をしているがレミリアはそんなフランを見てニヤリと笑う。
「でも今回は大目に見てあげる、だからさっさとあいつらをとっちめに行くわよ。」
レミリアがあごでフランに飛ぶよう促す。
「でもお姉様、私もうコンティニューできないよ、ほら。」
フランは顔だけレミリアに向けたまま背中を見せる。
そこにはいつもなら虹のように色とりどりの宝石を散りばめた美しい一対の翼があるはず、しかし根元から無残に千切られた右の翼はまだ再生されていなかった。
幻想郷には翼など持たずとも空を飛べる生き物は少なくないが吸血鬼の翼は伊達で生えているわけでもない。
もちろん鳥やコウモリのように翼に風を受けて飛ぶわけではないのだが翼は吸血鬼が空を飛ぶ為に風や重力を操る力の触媒となる。
さらに非常識な超高速で飛ぶ場合には翼を使って姿勢の制御を行っているのだ、片翼でも飛ぶだけならば問題ないが全力で飛ぶ戦闘となると到底無理である。
「仕方無いわね、私がワンコイン入れてあげるから少しじっとしてなさい。」
レミリアは自らの右手親指に牙を立てた。
たらりと垂れた赤い血をフランの千切れた翼のあとに塗りつけ、何やらぶつぶつと呪文のようなものを唱えている。
フランは言われた通り直立不動でじっとしているが、なんだか背中に妙な感触があるようだ。
「お姉様何したの?背中が熱いよ。それになんか気持ち悪い。」
皮膚の内側から熱と共に何か生き物が這い出るような奇妙な感触。
「もうすぐ終わるから我慢なさい。」
レミリアがそう言うと背中の傷口から本当に何かが這い出てきた。
黒く細長く、節くれ立ち捻れた棒のようなそれは全容を外気に晒すと自ずから捩れを解消するようにゆっくりと回転する。
黒い物が完全に本来の形態に変わる頃にはフランの感じていた熱気も気色悪さもなくなっていた。
「できたわ、どう?フラン飛べそう?」
フランが自分の肩越しに見た物は、レミリアのそれとよく似た上品な黒に赤を彩ったコウモリのような翼だった。
「あれ?これ私の羽?」
「片方だけそれだから少しバランスが悪いと思うけど我慢なさい、ちゃんと休んで再生ができればそれは抜けて本物の貴方の翼が生えてくるから。」
「えへへ、お姉様とお揃いだね。」
フランの表情にも明るさが戻ってきた。
「じゃあ行くわよフラン、私たちをコケにした報いを受けさせに。」
「うん、今度は負けない!」


姉妹は再び戦場となっている夜の空へ飛び立った。
上空には二人を待っていたかのように数多くの敵が宙を漂っている。
レミリアの三倍ほどありそうな大きさの人型が一体、それを無数の球形が取り囲んでいる。
二人が近寄ると球形は一斉に形を変えて鳥のような姿をとった。
「フラン。雑魚は全部任せるわ、いいわね?」
「いいよ、任せて。」
言うが早いかフランは敵の群れに飛び込んでいった。
「あは、お姉様がくれたこの羽。快調だね。」
フランは群れに飛び込み通り抜けつつ手に持った槍で数体の敵を片付ける。
群れを突き抜けるとくるりと180度方向を変えてもう一度突っ込んだ。
同じように数体の敵を片付けながら群れを通りすぎると、今度はレミリアの脇をすり抜けて飛んでいく。
「ちょっとフラン!危ないじゃないの!」
すでにフランはレミリアの声などとどかない距離まで離れてしまっている。
そのフラン当面の敵だと認識して追いかける怨霊の群れ。
無数の鳥のような姿の敵が波のようにレミリアに迫る。
レミリアはそれらを大きく避けて回避する、それらはフラン以外にはまったく興味を示さないようでそこにレミリアがいることに気づかないのかと思える。
フランを追う鳥の群れから少し遅れて大きな人型がその後を追う。
「なるほどね、フランったらなかなか上手くやるもんじゃないの。」
レミリアが群れからはぐれた人型に向けて両掌をかざす、掌からほんの少し 紅い霧が漏れたかと思うと霧の中から先端に楔がついた紅い鎖が勢いよく飛び出した。
鎖自体が意思を持った生き物のように人型に絡み付きその動きを止める。
レミリアがその体躯からは想像もつかない怪力で鎖を引っ張りあげると人型は一本釣りされた魚のようにレミリアの頭上を越えて飛んでいった。
レミリアの掌から切り離された鎖は花火のように根本から順繰りに小さな爆発を連鎖させていく。
最後に鎖の先端に飾られた楔が紅い煙を出しながら大きな爆発を起こすが、さほどのダメージでも無いようで鎖による拘束の解けた人型は悠々とレミリアに向かってくる。
しかしレミリアはまったく慌てる様子も無くグングニルを構えた。
「神槍!スピア・ザ・グングニル!」
レミリアのスペルに呼応してグングニルは紅い閃光を放ち始める。
輝きが少し落ち着いて紅い光が擬似的な実体を保つようになるとグングニルの長さはレミリアの身長の優に三倍以上にもなっていた。
大きく振りかぶり、人型の胸の辺りを狙って投げつける。
唸りを上げて飛んだグングニルは狙い通り人型の胸辺りに刺さり紅い火花を散らす。
だが貫通には至らない、人型は両手でグングニルの柄を掴んで威力を弱めていた。
「洒落臭いわ。」
それを見たレミリア自身が弾頭のように捻りを加えて突進し、石突に両足を掛けて思い切り押し込んだ。
紅い火花が一際大きく吹き出すと伴にグングニルが貫通した人型の胸に風穴が空く。
「思ったよりしぶといのね。」
レミリアは胸に大穴を開けられつつも未だ原型を保っている人型の胸の穴の縁を両手で掴んだ。
怨霊の熱さに掌の皮膚が焦げ紅い煙が上がるがレミリアはすました顔を崩さない。
そのまま力任せに左右に人型を引き千切るレミリア。
真っ二つに裂けた人型は散り散りの小さな破片になって崩壊し何処かへ飛び去っていった。
「ふふ、少しエレガントでなかったわね。でもこんなに綺麗な満月の夜なんだから気持ちも昂るってものよ。」
レミリアは両掌が再生したのを確認して咲夜のいる船尾に戻っていった。


フランは大量の敵を引き連れて聖輦船の周囲を飛び回る。
姉はバランスが悪いと言っていた左右別々の翼だが、フランにはむしろいつもより調子が良いとさえ感じられた。
先頭の敵集団とかなりの距離を離したフランは急ブレーキを掛けてその場に停止した。
敵集団は速度を落とさずフランめがけて突進してくる。
それに対してフランは更に速度を上げて正面から突っ込んでいく。
余りにも高速で飛ぶフランの姿はもう肉眼で捉えられる限界を優に超えていた。
青白い光に包まれた何かが同じように青白い弾幕を撒き散らしながら空を切る。
一瞬遅れて紅い煙と共にたくさんの小さな爆発が起こる。
爆発と煙が晴れた後には、そこにいたはずの怨霊玉はすべて姿を消し暗い空が残るだけだ。
「よーし、じゃあ次行くよー。」
姉の言いつけ通りにすべての雑魚を片付けたフランは青白い光を纏ったまま次の敵を探して飛んでいった。
四話目です、ここからは殺陣みたいなのが多くなってきます。
書くのが面白くてノリノリで書いていた部分なので自分でわからないけどおかしい部分が多いかも・・・
ぷっち
https://twitter.com/maripuchichi
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コメント



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3.100名前が無い程度の能力削除
この多対多のバトルシーンは状況の変化にスピード感があって面白かったです。
個人的には大人数での殺陣は、文章で表すのが一番向いている気がする
のでこういうのは大好きですw
あと、レミリア様はやっぱ苦戦奮闘されるのが一番似合うw