七月十日 深夜 守矢神社上空
「やー、こうしてここでアンタと飲むのもずいぶん久しぶりな気がするねー。」
巨木と言う形容が相応しい大きさの柱が何本も立ち並ぶ守矢神社の裏手、二つの人影が一番高い柱の上で酒盛りをしていた。
一人はあぐらをかき、母性的な笑みを浮かべながら山から人里を見下ろし、幼さの残る容貌をしたもう一人はちょこんと正座をして遠くを見つめている。
外の世界の常識ではそれ自体が異変と呼べる光景ではあるが、ここ幻想郷ではさほど珍しい光景でもない。
正座しているほうの人影が手に持った杯の中身を一気に飲み干し、小柄な少女が持つすでに空になった杯に酒を注ぎ足した。
「早苗に買ってきてもらったこの酒、あっちじゃこんな美味い酒は江戸時代以来飲んだ事がないね、やっぱり水と空気が違うと酒の味も変わるものなんだろうよ。」
そう言ったのはあぐらをかいているほうの人影、手に持った杯を口に運びながら下界を見下ろした。
「あっちも捨てたもんじゃなかったけど、こっちはやっぱり居心地がいいわ。信仰もいい具合に集まってるし。あっちじゃ私達は完全にいないもの扱いだったからね。」
「なんとかしたいもんだねぇ、私はこのままここが死の世界になるのを見るなんてゴメンだよ。」
諏訪子はまた杯の中身を飲み干すと今度は自分で酒瓶を漁りだしたが中身が残っている物は見つからないようだった。
「貴方が今飲んだのが最後の一杯よ、まったく久しぶりの酒盛りだってのに感傷に浸ってる間にほとんどあんたに飲まれちゃったわ。」
神奈子は文句こそ言っているがその表情は穏やかだった、これからこの二柱が行わんとする事にはおよそ似つかわしくない。
「あっちにいた頃はよく御神渡りの晩にこうやって二人で飲んだもんだけど、こっちに来てからまだ御神渡りを見た事がないわね。」
「アンタが気付いてないだけでちゃんと出てるんじゃないの?こっちじゃ御神渡りでいちいち騒いだりしないだろうし。」
「早苗が気にかけてはいるみたいだからそんな事はないわ、あったら知らせてくるはずよ。」
「どうだかねー、早苗もあれでなかなか抜けてるからねー、私の事もすっかり忘れちゃってたみたいだし。」
二柱の表情にやや陰りが浮かぶ、そして早苗が寝ているであろう神社をしばらくじっと眺めていた。
「早苗、大丈夫かな。やっぱり早苗もこっちに入れるほうがよかったんじゃないの?」
今回の発案も計画もすべて神奈子に任せてはいる。
祟りを一(はじめ)とした搦め手が得意な諏訪子に対して直接的に力で相手を討ち伏せる能力は神奈子の方が何枚も上手、それは諏訪子自信も身をもって知っている故。
しかし今回の早苗の扱いだけはまだ完全に納得がいかないようだった。
「早苗には早苗の重要な役割があるの、それにあの子はこの世界にきて私たちが考えている以上に成長してる、ちゃんと役割を果たしてくれるはずよ。」
そう言って神奈子は自分の後ろに隠していた最後の瓶を取り出して諏訪子に杯を出すように促した。
「今朝一番にとってきた湖の水、これで本当に最後よ。」
「やだよ水杯だなんて縁起が悪い、アンタはどうだか知らないけど私は負けるつもりなんか微塵もないよ。」
「私達みたいな神に縁起悪いも何もないでしょ。」
「だったら神が水杯なんて縁起担ぐ必要もないじゃん。」
少しの沈黙を置いてお互いに見つめあった二柱は大声で笑った、その様はこれから起こす事への不安を一掃しようとしているかのようであった。
「まあ、アンタがせっかく用意してくれたんだし酔い醒ましの代わりに一杯貰っとくわ。」
神奈子は二人分の杯に水を注ぐと懐にしまっていたもうひとつの杯を置き、水を注いだ。
「これは早苗の分ね、ここにはいないけど。」
二柱は静かに立ち上がり、黙って自分の杯の中身を空ける。
神奈子は早苗の分と言っていた三つ目の杯の中身を遥か眼下の神社に向けて振りまいた。
「じゃあ、そろそろ行くわよ。」
「早苗・・・しっかり幻想郷の現人神として務めを果たすんだよ。」
二柱が静かに飛び立った後には三十数本の酒瓶と三つの杯が置かれた巨大な柱、あとは沈黙が残されるだけだった。
そしてこの二柱の行動が幻想郷全体を巻き込む大事件に繋がっていく事になるのである。
七月二十四日 日中 博麗神社
「まったく毎日暑いわねぇ、二つ目の太陽の噂って都市伝説じゃなくて実際に起こってる異変なんじゃないの。」
うちわを片手に社務所で寝転がっているのは巫女であるところの博麗霊夢、連日の猛暑に当然ながら機嫌が悪かった。
「こんなに地上が暑いんだったら私も地底に篭もってればよかったよ、地底なら二つのお日様どころか一つのお日様の光も届かないからねぇ。」
同じく畳床にだらりと寝転がっているのは伊吹萃香、とある縁で博麗神社に住みつくようになった鬼である。
近頃、幻想郷の妖怪や人間の間で広まっている一つの噂。
それは天上にある太陽とは別にもう一つの太陽が生まれたという都市伝説と呼ぶにも滑稽すぎる内容だった。
二つ目の太陽は一つ目の太陽よりもドス黒く、大きさは本物と比べてとても小さいので遥か上空まで飛ばないとその姿を見る事はできない。
しかしこの二つ目の太陽は空よりさらに高いところ、月が浮かぶ暗い海からの侵略者で徐々に地上に降りてきていつか幻想郷を侵略しようとしているという。
そもそも最初にこの二つ目の太陽の存在を幻想郷に知らしめたのが空を自由に駆け回れる天狗の書いた新聞という事もあり、自分たちでは見ることのできない遥か上空の世界からの侵略者の存在に怯える者もいた。
しかし幻想郷の住人のほとんどはまた、天狗の新聞記事には魚本体よりもさらに巨大な尾ひれがつけられる事があるも充分知っていた。
だから実際にその噂を信じている者はごく少数、都市伝説として酒のつまみにされる笑い話のようになっていた。
「そういえば今日じゃなかったっけ?妖怪の山の巫女が言ってた日。」
「あぁ、早苗が二柱の神託を受けるとかいうアレ?嫌な予感しかしないイベントね、あの二柱が行方をくらませて何かするって悪巧みしか考えられないじゃない。」
守矢神社の二柱が行方不明になり早苗が血相を変えて相談しにきた事もあった。
暑さもあって正直めんどくさかったのだが守矢神社の捜索を手伝い書置きを見つけた霊夢、その内容は大事な用が出来たのでしばし姿をくらます、七月二十四日の昼に神託を行うので用意せよとの事だった。
しかも霊夢にとって更にめんどくさい事にその場所にはなぜか守矢神社ではなく博麗神社が指定されていたのだ。
「別に悪巧みだとは限らないんじゃないかしら?」
だらしなく寝転がる霊夢の頭上、何もない空間が割れて現れたのは八雲紫、寝転がっている二人とは対照的に涼しい顔でちゃぶ台の前に座ると卓上の饅頭に手を伸ばした。
「勝手に食べないでくれる、ただでさえ暑いのにこれ以上イライラしたくないんだから。」
「だいたい巫女が神託を授かるってのは重要な神事なのに、それを嫌な予感しかしないとは本当に貴方は巫女としての自覚が足りないわね。」
霊夢の言葉を無視して饅頭の山から茶色の味噌饅頭を選び出した紫は包装紙を剥がしながら冷たく言い放った。
とはいえこの二人、別に仲が悪いわけではなくほとんどいつもこんな調子なのである。
「だってあの二柱が幻想郷に来てからやってきた事を考えてみなさいよ、うちの神社侵略から始まって地霊殿の一件、白蓮の時もあいつらが原因だったし、まさに事件の陰に守矢ありじゃないの。」
「私は逆にそこまで酷い神様っての見てみたいけどねぇ、妖怪の山の天狗や河童を一つに纏めたってのも気になるし。」
萃香は本当に楽しみにしているようである、元々統率の取れている集団である天狗はともかく、河童や他の妖怪までも纏めた神というのがどのような存在なのか前々から興味があったようだ。
「で、紫は何しに来たのよ、まさかわざわざ饅頭を盗み食いに来たんじゃないんでしょ?」
「もちろんそんなに暇ではないわよ、守矢の二柱が託す言葉がどのような物か見極めて必要とあらば幻想郷に広く伝えなきゃいけないのだから。こう見えて貴方よりはちゃんと仕事しているのよ。」
「はいはい、だらけ巫女で悪かったわね、でもこう毎日暑くちゃだらけたくもなるってもんよ?あんたはどうせ自分だけすきまを悪用して涼んでるんでしょうけどね。」
「これもすきま妖怪の特権だから、それより来たみたいよ今日の主役。」
霊夢の悪口を軽く受け流した紫はじっと神社の外へ続く階段を見つめていたが、そこを上ってくる人影に気づいたようだった。
「こんにちわ。お待たせしてしまってごめんなさい、ちょっと準備に手間取ってしまいまして。」
何やら風呂敷に包まれた平べったい物を大事そうに抱えてきたのは東風谷早苗、今日神託の儀を執り行う守矢神社の巫女である。
「いっそ遅れすぎててそのまま来なくても良かったのに。」
寝転がったまま顔だけ早苗の方を向けた霊夢が悪態をつく。
「そういうわけにはいきませんよ、霊夢さんにも立ち会ってもらうようにと神奈子様の託(ことづけ)がありましたから。ちょっとここお借りしますね。」
早苗は紫の対面に座ると持ってきた風呂敷包みを広げだした。
「これは鏡?」
特に珍しい物ではないが早苗が持ってきた直径25センチほどの鏡を見た紫が鏡の中を覗き込む。
「はい、鏡を使うのでなるべく大きなものを用意しておくように言われまして。うちにはあまり大きな物が無かったので里の古道具屋さんで買ってきたんです。」
「せっかく買ってきたけどさすがにこれじゃあ少し小さいんじゃない?」
紫は珍しいものを見つけた子供のように鏡を指でつつきながら言った。
「もっと大きい物も売ってたんです、でも私ではここまで持ってこられないので仕方なくこの大きさに。」
早苗は懐からハンカチを取り出して紫が触ったところを拭いている。
紫は黙って立ち上がり、すっと指で空間をなぞった。
そして開いたすきまに腕を差し込むと中から自分の身長ほどある質素だが上品な装飾の施された姿見を取り出した。
「ほら、これを使いなさいな。神事を執り行う巫女がそういう妥協はよくないわ。」
「わぁ、ありがとうございます紫さん。」
早苗は紫が取り出した鏡の前に立ってじっと鏡の中を覗き込んだ。
鏡はもちろん、黒檀と思われるフレームも綺麗に磨き上げられており全体から上品な雰囲気が醸し出されている姿見だが、早苗は一つ気付いてはいけない物に気付いてしまったようだ。
「あの、紫さんこれ値札ついてるんですけど・・・一円って。」
「ちゃんと返しておいてよ、神社に盗品なんか置かれたらまた変な噂が立ってたまったもんじゃないわ。」
半身だけ起こして床に座り込んだまま文句を言う霊夢、紫はさほど気に留めてもいないようでクスクスと笑っていた。
「あははは・・・」
早苗の乾いた笑い、しかしすぐに真剣な顔に戻る。
「では、始めさせていただきます。」
さきほどまでと打って変わって神妙な顔つきになった早苗は御幣を構えて鏡に向かって何やらぶつぶつと唱え始めた。
紫は直立したまま、霊夢はちゃぶ台に肘をついて早苗の注視している。
二柱を見るのが楽しみだと言っていた萃香は酔いのせいか単に待ちくたびれたのか、いつの間にかすやすやと静かに寝息を立てていた。
早苗の姿を映していた鏡がぼんやりと淡い光を放ち始め、別の場所の姿を映し出した。
と、突然鏡が放つ光が強くなり部屋の隅に半透明な人影とおそらくその周辺と思しき風景を浮かび上がらせる。
雲海の中に立つ二柱、洩矢諏訪子と八坂神奈子である。
「ほー、こんな仕掛け見た事あるわ、河童のバザーだったかしらね。」
まったく乗り気でなかった霊夢も何もない空間に浮かぶ二柱の姿には少し興味を抱いたようだった。
「早苗ぇ、久しぶりーちゃんとやってるー?。」
「はい、お久しぶりです。毎日のお勤めは託の通りに。」
重要な神事、と言う割に緊張感が無い諏訪子とは対照的に神奈子は腕を組み威厳に満ちた態度を崩さなかった。
幻想郷の仲間内に見せる顔ではなく、神として信者と対峙する時の顔。
「早苗、ひとまずご苦労様。あと紫も。」
「いえ、私は何もたいした事はしておりませんので。」
紫もいつもの飄々とした態度は見せず、しおらしく二拝してみせた。
単純な力の格だけで考えたら二柱に勝るとも劣らない紫だが、こういう場合の作法に関しては周囲が驚くほど弁えた姿勢を見せる時がある。
「では、これから巫女、東風谷早苗に我が詞を授けます。」
後ろでニコニコしていた諏訪子も真面目な顔つきになり、霊夢も一応ちゃぶ台に肘をつくのをやめて神奈子の影を見つめていた。
「今、幻想郷には様々な方向への信仰が溢れています、それ自体は健全な状態でありその事を今、我が問うつもりはありません。
ですが、幻想郷に蔓延している信仰は果たして本物なのでしょうか?
我や諏訪子を信仰する者達は純粋です、それは彼らの信仰をこの身に受けている我ら二柱が一番知るところ。
「しかし他の神を信仰する者はどうでしょう?そこな巫女のように神職を仰せ付かった身でありながら神への敬意をまったく見失ってしまっている者もいる有様。」
「なっ?!」
突然話の矛先を向けられた霊夢が勢いよく立ち上がった、ちゃぶ台に膝をぶつけた痛みも感じないほど動転しているようだった。
「別に私の神社はあんた達を奉ってるんじゃないし私は関係ないでしょ!」
「確かに、分社が置かれているとはいえ博麗神社本殿と我らが直接関わるわけではない、しかし問題はそこではありません。貴方は自分の神社でどんな神が奉られているか知らないのでしょう?」
「む、妙にシリアスだと思ったら痛い所を突いてきたわね。」
「霊夢さん、まずはおとなしく神奈子様の宣り言を賜りましょう。」
早苗は御幣をぎゅっと抱きしめてオロオロしていた、こんな一触即発の光景を目の当たりにしたら早苗でなくとも当然だろう。
「では、少々横道にそれてしまったので本題に戻します。現在幻想郷において組織だって行動している勢力は少数派です、そしてこれまで数々の異変が幻想郷に降りかかってきましたね。
我も幻想郷へ移り住む以前の異変などいろいろ見聞しましたが毎回個人の力で解決に至っているようです、仮に個人では解決できぬほど巨大な異変が起こった場合にはどのようにするのでしょう?」
「仰る事はよくわかりました、しかしお言葉ですがまったく幻想郷の住人がまったく協力しようとしないというわけではありません。私も過去に様々な異変を見たり恥ずかしながら自身も妖怪の力を集めて月侵略に乗り出した事もあります。」
いきり立つ霊夢、オロオロする早苗とは違って紫は冷静に受け答えをこなしている。
「月に攻め込んだって一勝一敗でしょ?しかも勝ったってもせこい内容だし、そんな調子で逆に月が攻めてきたりしたらどうすんのさ、間違いなく勝てるの?」
諏訪子も口調だけはいつもの調子だが何か普段とは違う、霊夢でなくとも絶対に嫌な予感しかしない展開である。
しかし続く神奈子の詞(ことば)は本当に嫌な予感どころの騒ぎでは済まないものであった。
「今後、今までに起こった規模の無い異変が起こった場合に立ち向かう力が存在しない事は非常に危惧するべき事であります、そして我も幻想郷を心より愛する者の一員として何をすべきか考えました。」
「じゃあ偉い軍神様は外の神話みたいに幻想郷を力で統一支配しようっていうのかしら?」
すでに我慢の限界を超えた霊夢は震える声で最大限の嫌味を言ったつもりだった。
ここに実体が無いのがわかっているからその程度で済んでいるがそうでなければとっくに掴み掛かっているであろう。
「そう、軍神として我が行える最上の策はそれです、そして今回は諏訪子も協力してくれる事になりましたす。」
霊夢の精一杯の嫌味などまったく意に介さない様子の神奈子、その脇で静かに頷く諏訪子。
「これを見てください。」
立体映像なのだが自身の背後を振り返った神奈子の視線の先に赤黒い塊が映し出された。
「この球体が近頃幻想郷で様々に噂されている第二の太陽です。」
球体と言われなければ形状がわからないほど巨大なそれは赤黒く禍々しい光を放ち、規則的に光の明滅と生物の鼓動を思わせる脈動を繰り返している。
噂には聞いていたが実在するとは思ってもいなかったそれ、しかも見たこともない不気味なその姿に紫も霊夢も釘付けになった。
「このような物を使うのは本意ではありません、これは現在も徐々に地上に向かっており約二週間後には地上に影響を与える距離まで近づくでしょう。これに対し貴方がたが取れる行動は二つあります。」
「なんとなくわかりますが、念のためお伺い致しましょうか。」
ここにきてもまだ紫は平静を保っている、霊夢は今にも鏡を叩き割りそうな勢いだし早苗に至っては今にも泣き出しそうに肩を震わせてじっと俯いている。
「一つ目は幻想郷の住人すべてが我々への信仰、心服随従を誓い来る危機に備える事。もう一つは・・・」
「幻想郷住人みんなで力を合わせて私達を止めてごらんなさい!」
突然諏訪子が霊夢達がいるほうを指差してポーズを決めつつ話に割って入ってきたので神奈子もやや面食らったようだった、一瞬だけ普段霊夢達に見せるフランクな顔に戻ってしまっていた。
諏訪子は一仕事やり終えたような満足げな笑顔を浮かべているがずっとこのチャンスを狙っていたのだろうか、神奈子は気を取り直しまたすぐに威厳に満ちた態度に戻る。
「そういう事です、もし我々を止める事が出来たのなら貴方がたが強い力を集めることができたと認め引き下がりましょう。では、考える時間はあまり与えられませんが賢明な判断を期待します。」
その神奈子の言葉を最後に二柱と巨大な球体の姿は博麗神社の空気に溶け込むように掻き消えた。
「もうなんなのよあいつら!好き勝手な事ばっかり言ってまた今回もやっぱり悪巧みしてたんじゃないの!」
霊夢が怒りに任せて足元の座布団を蹴り飛ばす。
そのとばっちりの座布団を顔面に受けた萃香が目をこすりながら起きだした。
「あれ?もう終わっちゃった?」
のん気な事を言っているが霊夢と早苗の様子を見て何かただならぬ事が起きたのを感じ取ったようだ。
「霊夢、行っても無駄よ。いくらなんでも貴方一人で勝てる相手じゃないわ。」
勘の鋭い紫でなくとも霊夢が考えている事はすぐにわかるだろう、実際に霊夢は今にも神社を飛び出して二柱を張り倒しにいくつもりだった。
「じゃあどうするの?!あいつらに従うの?!」
怒りをぶつけるべき相手がいない霊夢が紫に食ってかかるが紫はそれでも冷静だ。
「一人では無理って言ってるの、少し落ち着きなさい。一対一のスペルカード勝負でもやっと勝った相手と今度は本気で戦うのよ、しかもあの球体の正体もまだわからないし。」
「うぎぎ・・・」
「お疲れ様、今日は疲れたでしょうからもう帰って休みなさいな。今後の事は後日、改めて話し合いましょう。」
ずっと御幣を抱きしめたまま震えていた早苗は紫に声をかけられて持っていた御幣を投げ出し紫に抱きついて泣き出してしまった。
紫は意に介せず早苗の背中をやさしく撫でる。
「心配しなくても大丈夫、きっと私達でなんとかするから。」
一向に泣き止まない早苗の肩を抱いた紫が萃香に目配せを送る。
「私はこの子を送って守矢神社まで行ってくるわ、少し時間が掛かると思うから、壁の影に隠れてる覗き魔からフィルムを没収しといて頂戴。重要な資料になると思うから。」
「その必要はありませんよ。」
恥ずかしげに物陰から現れたのは射命丸文、おそらく幻想郷で一番最初に二つ目の太陽を発見した妖怪であり新聞記者である。
「うーん、やっぱりバレてましたか、やっぱり紫さんにはかないませんねえ。アレを見つけた時はタダ事ではないと記者の血が騒いであちこち嗅ぎ回っていたんですが、さすがにこれほどの事態ではいい加減な記事にしてばら撒くわけにはいきませんね。」
まるで自分の新聞がいい加減な物だと自ら認めているかのような口ぶりである。
「写真はすぐに現像して終わったら屋敷にお届けしますよ、それより早く早苗さんを送っていってさしあげてください。」
「ありがとう、よろしく頼むわね。特にあの球体の写真は念入りにお願いするわ、正体がわからないと対策の立て様もないしね。」
「お任せください!仕事の速さには自信がありますよ。伊達に幻想郷最速を名乗ってはおりませんので!」
言い終わるが早いか外へ飛び出していった文を見送り早苗の肩を抱いた紫もすきまに消え、後にはイライラ霊夢と居辛い萃香が残された。
「悔しいけど紫の言う通りね、さすがに今回は一人で解決できる気がしないわ。」
「ふーん、結局神託ってどんな内容だったの?」
霊夢は萃香がずっと寝ていた事に今まで気付いていなかった、呆れつつも大雑把に内容を教えてやる。
もちろん二柱への罵詈雑言をふんだんに鏤(ちりば)めた上でだが。
「確かに幻想郷の住人が一致団結って感じはしないね、あんたも毎回一人で突っ走るし。妖怪も鬼も享楽的だからねぇ、明日世界が滅びるって言われても酒盛りやってそうだよ。」
「でも魔理沙とは毎回一緒になるし早苗やレミリアと一緒になった事もあるわよ。」
「それはたまたま目的も行き先も一緒になっただけで最初から協力したわけじゃないじゃない?」
「それはそうだけど・・・あいつら仮にも神様なんだからこんな方法使う必要ないじゃない、普通にみんな仲良くしなさいって神託じゃダメだっての?」
「それじゃダメだって事でこうなったんじゃない?確かにあまりにも乱暴な気はするけど。」
「あんたあいつらの肩持つの?!」
今度は明確に怒りの矛先が萃香に向けられた。
「ちょっと落ち着きなって、今は誰の肩を持つとかそんな次元の話してる場合じゃないでしょ。」
萃香は床から腰をあげて手に持っていた瓢箪の中身を煽った。
「とにかく、紫には考えがあるみたいだし、今は素直に待つしかないよ。」
これ以上ここに留まるのは得策ではないと思ったようで、萃香はそそくさと出て行ってしまった。
この日、霊夢は当然のようにイライラで眠れない夜を過ごす事になったが実はそんな夜が三日も続く事になるのであった。
七月二十五日 日中 地霊殿古明地さとりの執務室
落ち着いた雰囲気で纏められた部屋、その机で一人の少女が目の前に積まれた書類の束に目を通していた。
地霊殿の管理者、古明地さとりである。
書類と言ってもペット達に任せている地霊殿での仕事報告、その内容は信じられないほど簡素なものから思わず笑ってしまうような場違いな物まで様々である。
今彼女が手に持っている紙は外の世界ではA4サイズと呼ばれるくらいの大きさに一言「いじょうありませんにゃ」と大きな太い文字で書かれていた。
実際のところお空の一件以外では地霊殿や旧地獄でトラブルが起こる事などこれまで皆無だったのだ。
報告書もはっきり言えば必要ない物なのだが、彼女のペット達がどこで覚えてきたのか進んでさとりに提出するようになった物である。
まじめでペット思いのさとりはそんなペット達の行いがうれしくてさしたる意味は無くともすべての書類に目を通すのが日課となっていた。
もっと言えばそれ以外に彼女の仕事というようなものはさほど無いというのが実情なのであるが。
今日もペット達が一生懸命に書いたと思われる書類を見ながらさとりは嬉しそうな笑みを浮かべている。
そこに茶色と白の小さな影が飛び込んできた。
地霊殿ではたくさんのペットが様々な仕事を任されているがお燐やお空のように人間のような姿を取れる者ばかりではない、むしろそれは少数派だ。
だから地霊殿にある部屋の多くはどんなペットでも自由に出入りできるように常時扉が開け放たれている場所がほとんどで、さとりの執務室も例外ではない。
飛び込んできたのは外ではゴールデンハムスターと呼ばれている動物、もちろん彼もさとりのペット達の一員である。
彼は器用に机の脚をよじ登ると銜えてきた手紙をさとりの目の前に置き、後ろ足で立ち上がって小さな前足をばたばたと振って何かをアピールしている。
「そう、こいしは人里の子供達と仲良くしてるのね、いつもありがとう。」
さとりは人差し指と中指で彼の頭を優しく撫でた、心なしかテレたようにも見えたハムスターは机から飛び降り扉の外へ走っていった。
「あ、待って。」
さとりに呼び止められた彼は廊下で踵を返し、また勢いよく机の上に戻ってきた。
「お燐とおくうを呼んできて、仕事は他の子に任せていいから急いで来てって言ってね。」
大きく頷いたハムスターはまた勢いよく廊下を走っていった。
「何かの間違いならいいと思ってたのに、やっぱり本当だったのね。」
手紙の差出人は八雲紫。
幻想郷に住み、ある程度の知性を持つ妖怪で彼女の名を知らない者は皆無だろう。もちろんそれは情報が隔絶されがちな地底においても例外ではない。
さとりは昨日博麗神社で起こった事についてある程度まで知っていた、だから手紙を開けるまでもなく用件についても見当はついたのだ。
昨日はちょうど非番だったお燐と空が地上に遊びに行っていた。
地上で温泉につかり博麗神社で冷たいお茶をせびるのが二匹の夏の非番の過ごし方では定番化しつつある。
昨日もいつもと同じように温泉に浸かり、博麗神社に遊びに行ったのだが異様な雰囲気だったので外から様子を伺い、そのまま姿を見せずに帰って来てうろ覚えの内容はさとりに報告していたのだ。
地底のレアメタルで作られた薄い蒼銀色のペーパーナイフを使って丁寧に封筒を開けるさとり。
さとりが使う道具などもペットがさとりの為にと作ってくれた物が多い、これもその一つで硬質的な発色が美しいさとりのお気に入りの道具だ。
手紙に書かれていた内容を読み、自分の想像とほぼ同じだった事を確認すると思わず小さなため息をついてしまった。
「失礼します、さとり様。」
今度は人間のような姿をしたペットが二人、執務室にやってきた。
さとりがもっとも信頼する二匹、火焔猫燐と霊烏路空である。
「二人の昨日の話、やっぱり本当だったみたい、紫さんから依頼が来たわ。地霊殿からも戦力を出して欲しいそうよ。」
「二つ目の太陽だなんて、また今度もおくうが絡んでるんじゃない?」
猫のような耳をピクピクと動かしてお燐が隣に立つ空をからかう。
「私はもう地上に手を出そうなんて思ってません、冗談でもそういうのはやめて!」
「え、あ・・・ごめん。」
ちょっとした冗談のつもりだったが思いのほか強い調子で反撃されたお燐は身を竦ませ、助けを求めるようにさとりに目を向けた。
「おくうは関わってないはずよね、毎日地底でちゃんと仕事してくれてるんだから。」
空の心を読むまでも無く、さとりにはわかっていた。
周囲の者が考えている以上に空は過去の愚考を悔い、失った信頼を取り戻すために前以上しっかりと自分の仕事に打ち込んでいる事をよく知っているのだから。
「地霊殿からは私とおくうお燐を派遣する事にします、明後日の朝から対策を話し合うとの事なので二人は明後日からそちらに集中できるようにシフトを変更しておきます。仕事の引継ぎをしておいてね。」
「本当はこいしも連れていきたいんだけど・・・」
さとり小さくため息をついて独り言のように呟いた。
「こいし様、最近まったくお姿を見かけませんが大丈夫なのでしょうか。」
他者に対して心を閉ざしてしまったさとりの妹古明地こいし、名前のごとく彼女は自分の存在を路傍の小石のようにしてしまった。
彼女の姿が見えないわけではない、目の前にいれば普通に感じることも会話をする事もできる、しかし相手は彼女を別れた途端にさっきまで話していた事自体も忘れてしまう。
これは自分の生まれ持った覚としての能力を忌み嫌い、否定し、心を閉ざしてしまった事で彼女が得たいわばネガティブな能力、それが強まってしまったのだとしたら悪い傾向である、空はそれを危惧していた。
「ありがとう、大丈夫。最近は人里の子供と仲良くなってそちらに遊びに行く事が多いから留守がちにしてるだけみたい。」
さとりはペットが妹の事をいつも気にかけてくれているのが嬉しかった。
彼女は覚の力で傍にいる者の心を読むことができる、しかし残念ながらさとりが覗く他者の心は今目の前にいる二匹のように綺麗なものばかりではない。
むしろ他者の醜い心を読まされてしまう場合のほうが多い事も、妹がこの力を手放したがった理由のひとつなのではないかと思うのは当然だった。
「では、仕事に戻ります。」
「あたいも戻りますね。」
部屋から出て行く二匹の背中を見つめるさとりは、何か得体の知れない不安に駆られていた。
二匹の心を読んでもなんの不安要素も見つからない、不安の種はもっと別の場所にあるのかもしれない。
さとりがそれを感じたのは大事なペットを危険な作戦に派遣しなければいけない罪悪感からか、それとももっとオカルトで原始的な、古い妖怪としての勘だったのか。
兎に角にもさとりは今回の件で何か身内に恐ろしいことが起こる予感を感じていた。
床にはところどころ美しい文様のステンドグラスが貼られている静かな廊下、早足で仕事場に戻る二匹の足音だけがその空間に響いている。
「あの、おくう・・・」
「ん?」
前を歩いていた空が呼ばれて足を止める。お燐は恐る恐る振り返った空と目を合わせる。
「えと、さっきはごめんね。」
親に怒られている子供のようにびくびくしながら空の反応を伺うお燐、空はそんなお燐の考えがわかったかのように優しく笑った。
「いいよ、気にしないで。私がやった事は事実なんだから。」
「でも未遂に終わったんだし!今はもうそんな事考えてないんなら気にしなくてもいいじゃない!」
「たまたま霊夢達が止めてくれたから未遂に終わったけど、実際地上を焼き尽くそうと思ってたのは事実。それは今後も受け止めて生きていかないと。でも正直、だからどうすればいいのかはわからない。」
「おくうはおくうのお仕事を頑張ればいいんじゃない?さとり様も喜んでくれてるし。」
「そう、だね。じゃあ早く仕事に戻ろうか。」
空はまだすっきりしないようだったがそのまま持ち場へ戻って行った。
七月二十七日 早朝 旧都
「遅いですね、このままでは定刻通り紅魔館につけなくなってしまいそうです。」
おくうは少しだけ苛立った様子だが待っている相手が相手だけに慎重に言葉を選んでいるようだ。
さとり、空、お燐の三人は旧都のとある茶店で待ち合わせの相手を待っていた。
普段は店員や他の客に気を使ってこういった店に入ることのないさとりだが今は早朝で他の客はいない分、少しは気が楽であった。
空はテーブルに肩肘をついて窓から外の景色を眺めていた。
地底には日の光が届かない為、地上のように時間帯で明るさが変わるわけではない。
もちろん妖怪も夜になれば睡眠は取るのでそれぞれの住処は暗くするのだが旧都の中心部はいつでも煌々と光りを湛えている。
旧都を実行支配している鬼達は全員漏れなく陽気な者達ばかり、彼らはいつ寝ているのかと他の妖怪が訝しがるほど年柄年中朝昼晩と酒宴を開いているのだ。
そんな地底の景色を眺めながら空は初めて地上に出た時の事を思い出していた。
地底では見た事のない本物の太陽の光に目が眩みそうになる。
体に触れる風は地底のジメっとした風とは違って心地のいい物だった。
土の香りも地底のそれとはまったく違う、そこはまさに楽園と呼ぶに相応しい大地。
手に入れた巨大な力に飲み込まれ溺れ、こんな素晴らしい楽園を焼き尽くそうなどと考えた自分の浅はかさにしばらく涙が止まらなかった。
一方お燐は待ちくたびれたのかテーブルの上に三人分の芋虫ストロー袋を並べて水を掛けては遊んでいる。
と、空は窓の外によく知っている人物がいるのを見つけた。
「さとり様、こいし様ですよ。」
空が言うより早くさとりは店の外に出て地上へ向かうこいしを捕まえて店に戻ってきた。
「お姉ちゃん達は地上へいくの?」
自分の前に運ばれてきた紅茶を一口飲んだこいしはお燐の作った芋虫を見つけて興味深そうに自分のストローでつついている。
「そうよ、しばらく戻ってこられないかもしれないからいい子にしててね。」
「私もいくよ、太陽と悪い神様をやっつけに行くんでしょ?」
こいしの言葉はまったく予想していなかった。
さとりも元々はこいしも連れて行く予定だったが結局手紙を受け取ってから一度もこいしに会う事がなかったので諦めていたのだ。
「こいし、どこでその話を聞いたの?」
当然な疑問、さとりに対して隠し事を出来るのは実の妹であるこいしだけだろう、さとりは普段からこいしの事を気にかけているだけにそれが非常に歯痒く感じる事も多い。
「里の子たちと約束したの、怖い太陽は私がやっつけるって。」
まったく予想していなかったこいしの言葉に思わず三人がこいしに向き直った。
「(そういえば最近人里の子供の所に遊びに行ってるみたいだったけど、やっぱりいい方向に働いてくれたのかしら。)」
「いやぁ、なかなか酒盛りから抜け出せなくて遅れてしまった。ほんとすまないねえ。」
店の玄関から店内中に響くような大声で呼びかけたのが待ち合わせの相手、星熊勇儀だった。
「お姉さん遅いよー、あたいもう待ちくたびれちゃって。」
「気にしない気にしない、じゃあ早速出発しようか。道案内よろしく頼むよ。」
そそくさと会計を済ませたさとりに続いて皆が店を出る、入店したときに三人だったグループは五人になっていた。
地底を実効支配している鬼とはいえもうずっと地上へは出ていないし出ようとも思った事もない。
地上への道は地底が地獄だった頃と比べて簡素化されたとはいえ通った事のない者が適当に進んで目的地へつけるような簡単な物ではないのだ。
その点、空とお燐は最近非番ごとに地上へ遊びに行くので一番近い道も熟知していた。
それを見込んだ勇儀が道案内を頼んだというわけだ。
「地上にはお友達がいらっしゃるのですね、久しぶりにお会いするのですか、楽しみですね。」
勇儀は「えっ?」というような表情を浮かべたがすぐに理解した。
「ああ、あんたが噂の古明地さとりだね、相手の心が読めるって。」
「あ、ごめんなさい、つい・・・・」
心を読んだとしてもそれを口に出さなければ相手にはバレないのだがつい口に出してしまう、さとり自身も悪い癖だとの自覚はあるのだがやってしまうのだ。
「あははは、気にしなくていいさ、こちとら読まれて困るような汚い心は持ってないつもりだからね。」
何気ない勇儀の一言がさとりにはとても心地よく気が楽になった。
コミュニケーションに言葉を必要としないさとりに懐いてくる動物は多いが地霊殿に来るような動物は長くそこで暮らすうちに空やお燐のように人の姿、意識を持つに至る。
そしてそうなったペット達が次第にさとりと距離を置くようになるのも必然といえた。
中には空やお燐のような人の姿を取れるまでに強い妖怪になってもさとりを慕ってくれるペットもいる、しかしさとりは実際のところ幾度と無くそういった悲しい別れを味わってきたのだ。
それだけに自分の能力の事を知ってもまったく意に介さない勇儀のような者との出会いがとても嬉しかった。
空とお燐が見つけたという近道は快適で予定よりもかなり早く地上へ到達することができた。
確かめる術もないが、ひょっとしたら守矢の二柱が地底へ赴くのに拵えた通り道なのかもしれない。
眩しい地上の風景、さとりと勇儀以外はちょくちょく地上へ遊びに来ているので慣れた風景だが二人には新鮮だった。
しかし残念ながら今日は観光目的ではない、一行は地上の景色を楽しむ暇もなく会議が行われる場所へ向かって飛んでいった。
七月二十七日 朝 紅魔館
地底からの一行はすぐに館内に通された。
館内は外から見たよりもかなり広く感じるが装飾品などは地霊殿の物とよく似ているので初めて来た場所なのだが勇儀以外は不思議な既視感を覚える。
ただし地霊殿は地下の溶岩から明かりをとるので足元から明るい光が漏れていたがこの館にはそういう明かりが一切存在しないようで、ただ壁に据え付けられた燭台だけが淡い光を放って照明を担っていた。
もちろんそれはこの館に住む当主への配慮であり、地上へ出る事のないさとりも彼女の噂には聞いた事があった。
どれくらい長い廊下を歩いただろう。
外から見た紅魔館は地霊殿よりもこじんまりとした印象だったが実際に中に入るとその広さに驚かされる。
狭い廊下なので全員行列のように一列で進む。
先頭には燭台を持った案内役の妖精メイド、その後をさとりと空が静かに歩く。
紅魔館で働く妖精メイドは能力や体躯もさまざまだが客人の対応など重要な仕事は当然知能も高い者が任される。
もっとも知能が高いと言ってもそこは妖精の中で、の話である。
一行を案内している妖精メイドは体格はさとりと同じくらい、妖精独特の羽が無ければ見た目には普通のメイドと変わらない。
こいしと勇儀はどこまでも変化しない風景をキョロキョロと眺めながらさとりの後に続き、玄関ロビーから廊下にある部屋数を数えていたお燐はいつまでも変わらない風景に飽きてしまったようで最後尾をトボトボとついてきている。
と、突然こいしが前を歩く空の背中に倒れ掛かる。
驚いた空が同じく前を歩くさとりに倒れこみそうになるのをなんとか踏ん張ってこらえた。
「こいし様、大丈夫ですか?」
「うん、おくうありがと。」
「いやぁ、すまないね。なんだか急におまえさんの姿を見失っちまって。」
犯人は勇儀だった。
長い廊下を歩くうちに退屈し、余所事を考え始めたら前を歩くこいしの存在を知覚できなくなってしまったようだ。
「こいし、こっちにいらっしゃい。」
さとりは狭い廊下の端によって隣にこいしを歩かせた、見失ってしまわないようにしっかりと手を繋ぐ。
「しかしなんで急に見えなくなったんだろう、今はしっかり見えるんだが。」
「それがこしいの能力です、見えてはいても注意を払わないと存在を感じることができない。道端に落ちている小石は視界に入っても気に留める人がほとんどいないでしょう?」
「ああ、確かに。でも人間の子供とか道端に落ちてる何の変哲もない小石を拾ってきて遊んだりするだろ?」
「はい、だから子供や特に好奇心の強い大人にはこいしの存在を感じる事が多いみたいです。あと顔見知りだったりすれば感知しやすいみたいですね。」
「なるほど、便利だが不便な能力だねえ。普段は使わないでいればいいのに。」
「残念ですがそうはいかないのですよ、こいしの能力も元々覚の能力が変異したものなのでスイッチのようにオンオフはできないのですよ。」
「じゃああんたの心を読む能力も?私がしゃべる前に本当は何を言おうとしてるかわかってるのかい?」
さとりは顔だけ勇儀のほうを向けてにっこりと笑った。
「ええ、でも人とお話をするのは嫌いではありませんよ。」
「食えない妖怪だねぇまったく。」
そんなやり取りの後、またさらにしばらく廊下を進むとようやく景色が変わった。
行き止まりに大きな観音開きの扉があり、扉の存在感を示すように周囲のものと比べて大きく豪華な燭台が両側に二つ。
扉の上にはこの奥に広がる部屋の名前らしきものが煤けた金属のプレートで知らされているが暗さと煤でほとんど読めなかった。
かろうじて最後の【図書館】と書かれている部分だけが判読できる。
妖精メイドが静かに大扉を開け、一行に中に入るよう促した。
さとりは軽く会釈をして中に入る。一行が皆、中へ入ると背後の大扉が音も無く閉められた。
鼻につくカビの臭い、相変わらずというか廊下よりもさらに薄暗い照明、年中ジメジメした地底に住んでいる一行だがこれは気になるところだ。
次に気になったのはこの図書館の広さである。
ここにつくまでに歩いてきた廊下も無限に続くのではないかと思われたがこの図書館、右を見ても左を見ても前を見ても先が霞んでいてどこまで続いているのか窺い知れない。
中に入ればすぐに目的地は見えると思っていた一行にとってこれは予想外だった、しかもここまで案内してきた妖精メイドはもういない。
「ここからどこへいけばいいのかしら。」
途方にくれたさとりが誰にというわけでもなく呟く。
繋いでいるこいしの手にやや力が篭もったのは無自覚ながら不安を感じているのであろう、そう考えたら姉の自分があまりオロオロするのもいけない。
落ち着いて周りを見渡すがやはり目印になるようなものはない、背後の大扉以外どっちを向いても延々と本棚が続いているだけだ。
「少し先に行って様子を見てきましょうか?」
空が列を離れて歩き出そうとしたが、すぐ先に黒い人影が現れた。
ずっとそこにいたのかそれともどこからか現れたのか、現れた人影は恭しく一行に頭を下げた。
「お待たせして申し訳ありませんでした。地底からのお客様ですね、ここからは私がご案内させていただきます。」
「いえ、こちらこそ遅くなってごめんなさいね。急いで向かわせていただきます。」
案内に現れた人影、小悪魔はやってきた客人の言葉になんとも形容のしがたい違和感を覚えた。
「ごめんなさい、パチュリー様が待ってるから急いでって貴方の心の声が聞こえてしまったので。」
「あ、なるほど。そういうことですか。」
今日は珍しく大勢の人間やら妖怪やらがここを訪れる事になっている。
迷路と違い整然としている図書館ではあるがあまりの広さに初めて来た者が迷子にる事は珍しくない。
だからそういった客人の案内は小悪魔が任されるのだが今日の客人は何しろ普段と比べて数が多いのでそれぞれがどんな相手なのかなど知らされてはいなかった。
「お客様は心が読めるのですね、噂には聞いた事があります。確か・・・」
「古明地さとりです、よろしくお願いしますね。」
「はい、ではパチュリー様の所へご案内させていただきます。離れないようについてきてください。」
先ほどの廊下と同じようにひたすら長い図書館を歩く。
「でも小悪魔っておかしな名前ねー。」
突然のこいしの発言にドキッとしたのは隣にいるさとりだ。
空は聞こえていないのか聞こえていないフリをしているのか、勇儀とお燐はまったくだと言わんばかりに頷いている。
「なるほど、悪魔は他人に自分の本当の名前を知られてしまう事が問題になると。」
小悪魔の言葉を待たずにさとりが考えている事を読み当てる。
「ええ、私達の本当の名前は自ら主人に足ると認めた相手にのみ明かすのです。」
「それが契約の証だと、ずっと昔に本で読んだ事はあるけどデマの類だと思っていたわ。」
「ひょっとしたら本当にデマかもしれません。でも確かめるためにやってみようってわけにはいきませんからね。」
小悪魔はクスクスと笑いながら言った。
なるほど、確かに軽はずみに試すような事ではないのは間違いない。
「パチュリー様にはもちろん私の本当の名前は伝えてあります。が、今私がパチュリー様のお傍に仕えているのは契約だけが理由ではありませんので真相はわからないのですよ。」
そんな話をしていると空気の流れが少し変わった。
開けた空間に大きなテーブルが置かれておりテーブルを取り囲むようにたくさんの椅子が置いてある。
図書館には似つかわしくない豪華な装飾のテーブルと椅子は本棚と違って埃が溜まっていない、それどころか毎日磨き上げられているようにピカピカだった。
床を見ると本棚をずらしたような埃の跡が残っている。
どうやらこの空間は今日のためにわざわざ用意されたもののようだ。
さとりは漸く目的についたのだと理解し、案内役の小悪魔に軽く会釈した。
「案内ありがとうございます、えと・・・」
「こあ、と呼んでください。みなさんそう呼ばれますから。」
「ありがとうございます、こあさん。」
「どういたしまして。」
さとりは改めて急ごしらえの会議室を見渡した。
用意された椅子は8割方すでに埋まっている、やはり自分達は最後だったようだ。
奥に向かって長手方向に置かれたテーブルの向こうに一人両肘をついて顔の前で軽く指を絡ませている人物、幼く見えるがおそらく今回の主役かこの館の主のどちらかなのだろう。
その人物の向かって右側に一人、部屋の暗がりのせいかわからないがあまり顔色のよくない人物、さきほど案内してくれたこあが彼女の隣やや後ろに立っている。
こあが言っていたパチュリー様というのはこの人物なのだろうか。
反対の隣には上品なエプロンドレスを着た女性が直立不動で控えていた。
図書館の薄暗がりに白い肌と銀髪が映える、先ほど廊下で一緒になった妖精メイドと似た服装だが彼女が纏う気配から妖精とはまったく格の違う人物だという事は容易に推測できる。
テーブルの左右に座っているのはおそらくゲストなのだろう、さとりが知っている顔も何人か混じっているのが確認できた。
地霊殿で勝負した博麗の巫女や魔法使い、天狗、河童、狐、猫、亡霊等々。
八雲紫から届いた手紙には現在幻想郷で集めうる戦力を可能な限り集めたいと書かれていた、それを鑑みるにここにいる誰もが強い力を持った存在なのだろう。
「地底からの皆様ですわね、どうぞ空いているお席にお掛けくださいな。」
奥に座っている人物が口を開いた。
この場に集まった中でもっとも小柄と思われる少女だが威厳と不可思議な魅力に満ちた声と仕草、さとりは彼女がこの館の主だと確信した。
レミリア・スカーレット、彼女の名前はその恐ろしい力と共に地霊殿まで届いていた。
強大な力を持つ吸血鬼であるが故、協定によってその力を振るう事を禁止されている人物。
彼女の起こした紅霧異変の事も知っている。
その時に強大過ぎる吸血鬼と妖怪が対等に勝負するために現在のスペルカードルールが取り入れられたという事も。
「ウフフ、噂の吸血鬼がこんなお子様だったから面食らってるのかしら?」
さとりはギョっとして思わずキョロキョロと周囲を見渡した。
「心配しないで、私には貴方にように心を読む力なんてないわ、今のは貴方の顔に書いてあったのをそのまま読んだだけよ。」
相手の心を読むことができるさとりだからこそ、自分の考えを見透かされた事による動揺は非常に大きい。
初対面、それも合って10秒ほどの間だけでさとりはレミリアには絶対に勝てない事を思い知らされた。
レミリアはこんな風に相手と立ち会った時に精神的優位に立つ方法を熟知している。
そうする事で無用な争いから自身を遠ざけることができる、強大な力を持つからといって無用にそれを振るうのはスカーレット家の当主として無粋だと教育を受けているのだ。
すでにさとり以外の地底組はめいめい空いている椅子に座っていた。
さとりもこいしの隣に空いている椅子を見つけてそこに腰掛ける。
「では、まだ一人足りないけれど時間なので始めさせてもらいます、本来であればお客様は迎賓室でお出迎えするべきなのですが、諸々の事情もあり失礼な扱いをしてしまった事をまず当主としてお詫びいたします。今後の進行はパチェと紫にお願いするので質問などは彼女に。」
右隣に座っている女性が軽く会釈した、先ほど聞いた名前は少し違って聞こえたがやはり彼女がパチュリーなのだろう。
「彼女は少し体が弱いからね、説明は私がするわ。」
右側の一番奥に座っていた女性が口を開いた。
彼女はレミリアのような得体の知れない強さではなく純粋に妖怪として凄まじい力を持っているのを感じる。
「お初にお目に掛かる方もいるわね、私は八雲紫。今回の仕切りに関してはパチュリーと私、あと私の向かいに座っている八意永琳の三人で行わせて頂きますので。」
紫の向かいに座っている女性が立ち上がり礼をした。
「月人としては私一人の参加ですが、よろしくお願いします。」
こあがパチュリーに何か耳打ちしてその場を去っていった。
「最後の一人がついたそうです、ここに来るまで少し時間がかかると思うので軽く進めてしまいましょう。」
「ひとつだけ、最初にいいかしら。」
パチュリーの後で紫が口を開いた。
「まず最初に確認しておきたい事があります、今回はいわゆるスペルカードルールを用いた勝負から完全に逸脱した、いわば戦争になる可能性があります。」
紫の言葉に場の雰囲気が変わった。
お互い隣にいる者と何か話しあったり一人で考え込んでいる者もいる。
「ともすれば命を落とす事にもなりかねない戦いです、なので抜けるというのであれば止めないし責める事もしません。抜けたい方はこの場から立ち去りここでの事は忘れて頂いて結構です。」
紫は周囲を見渡したレミリアは一人だけ不敵に笑みを浮かべているが、他は一様に不安そうな顔をしている、だが結局ここから出て行く者は一人もいなかった。
「ありがとう、もちろん絶対に勝てる方法を考えるつもりですので。では例の写真を。」
咲夜が机に積まれていた紙の束を抱えて配って回る、その紙にはあの二つ目の太陽の写真が何枚か印刷されていた。
「今お配りしたのが最近巷で話題になっている二つ目の太陽と呼ばれているものの写真です。」
ドス黒い赤色の球体、表面は波うち黒点のようなものがシミを作っている。
写真からも禍々しさが十分に伝わってくるがそれだからこそさとりは一つの疑問を抱いた。
「(確かこれは守矢の二柱が作った物だという事だったけど、悪神でもない守矢の神がこんな禍々しいものを作るものなにかしら。)」
「天狗の新聞記者と河童の無人偵察機で撮影してもらった物です、もう少し近くで撮りたかったのですがこれが限界だという事ですので、この写真を見て現段階で出せる仮説をこれから説明させて頂きます。」
「あの、一つ、よろしいでしょうか。」
さとりの発言に場の視線がさとりを注視する。
「何か疑問かしら?どうぞ言ってみて。」
「初めに聞いた話ではこの球体を作ったのは守矢の二柱だという事でしたが、本当なのでしょうか?うちのペットも関わった事がありますがこんなものを作るとは思えないのです。」
紫は少し考えこんだ、そして言葉を選ぶように答える。
「疑問に感じるのはわかります、二柱が作ったという証拠はありませんが何らかの関わりがあるのは二柱自身が名言しているので間違いないでしょう。」
「そうよ、だからその証拠に早苗もここに来ていないんじゃない!」
ヒステリックな霊夢の声で場の空気が一気にピリピリしたムードになった。
異様な雰囲気に自分が悪いわけでもないのだがさとりは縮こまってしまう。
しばらく会話も無く重苦しい沈黙が場を支配する、その沈黙を破ったのが最後に来た一人、東風谷早苗だった。
「すいません、遅くなりました。」
七月二十七日 日中 紅魔館内魔法図書館
たった今、遅れてやってきた早苗がこのピリピリした空気の理由を知るはずもない。
「ご苦労様、いろいろ大変だとは思うけど来てくれて嬉しいわ。」
レミリアは早苗と会うのは初めてだが、それでも明らかに早苗が疲労困憊なのを見て取った。
ここに呼ぶメンバーは紫とパチュリー、レミリアが話し合って最終的に決めたものだ。
紫以外は直接の面識が無いが今回の黒幕である二柱と早苗の関係も耳にしている、普通ならばここへ呼ぶなと有り得無い。
しかし紫の話と山の妖怪達の評判などを総合的に判断し、早苗は信用できると考えたのだ。
「どこでも、空いているところに座ってちょうだい。」
空いているのは部屋の隅の奥と机に近い場所、早苗は机に近い場所、霊夢の斜め前の椅子に腰掛けた。
いつもの陽気でポジティブな姿は影を潜め、心なしか頬も痩けているように見える。
自分の席を決めた早苗に咲夜が他の者が持ってるのと同じ写真を渡す。
早苗は渡された写真を食い入るように見つめている。
早苗は当然知らないが実は最悪のタイミングでやってきていた事を他の者は知っていた。
選んで座った場所も悪すぎる、斜め後ろに座っている霊夢は爆発寸前のイライラを辛うじて押さえ込んでいる事だろう。
「では、これで全員揃ったので続けます。」
パチュリーの隣に立った紫が再び説明を始める。
「一見すると色のおかしい太陽のように見えますが、これは非常に多くの魂が融合した物体だろうというのが現在の見立てです。」
「あー、だからお顔があるんだねーこれ。」
場に不似合いな緊張感がまったく感じられない声は一同を驚かせた。が、一番胆を冷やしたのは隣に座っているさとりだろう。
「ほらこことここ、ここは手と足が見えてるね。」
「ちょっとこいし、静かにして。」
姉の注意もまったく気にせず写真の顔探しを続けるこいしの背中に小さな影が忍び寄っていた。
「ほらあとこことここも・・・あははははは!」
突然笑い出したこいし、その原因となる背後からこいしのわき腹を掴んで擽っている者がいた。
「面白そうな子、見つけた。」
こいしの背後にいたのはレミリア・スカーレットの妹、フランドール・スカーレットだった。
「ね、一緒に遊ぼう。私退屈なの。」
子供同士というのは初対面でも古くからの友達のように仲良くなれる事がある、この二人もそんなようだった。
「美鈴、お願い。」
レミリアは呆れたように溜め息をついたが、顔は怒っていない。どちらかというとひょっとしたら妹にいい友達が出来るのではないかと期待するような眼差しをこいしに送っていた。
レミリアの指示を受けた美鈴が二人のところにきた。
「妹様こいしちゃん、あっちで一緒に遊びましょう。おやつを用意しますので。」
「月餅ある?私は栗が入ってるやつね。」
「はいはい、ちゃんとありますよ、こいしちゃんの分も用意しますからね。」
保母さんが子供を連れて行くように美鈴が二人の手を引いてどこかへ連れて行った。
その様子を見たさとりもレミリアと同じように溜め息をついたが顔はやはり怒っていない、きっと同じ複雑な事情のある妹を持つ姉としてレミリアと同じような気持ちだったのだろう。
「じゃあ、続けます。」
改めて説明を始める紫はこの役目をパチュリーか永琳に譲らなかったことを少し後悔し始めていた、とにかくややこしい話なのである。
「先ほど触れたようにこの球体は多くの魂、それも怨霊が集合した物だろうと思われます。本来であれば死んだ者の魂は彼岸へ向かうのですが恨みの念をもって怨霊となった魂は三途の川を渡れずに現世に残る場合がありそういった怨霊が融合した物です。」
紫の説明にきょとんとする一同。それもそうだろう、幻想郷の住人とはいえそうそう魂だの怨霊だのについて考える機会はない。
普段旧地獄の怨霊に触れる機会が多い地底の妖怪達でさえ、そもそも怨霊の本質がどういうものか完全に理解しているわけではないのだ。
「えー、その・・・だから怨霊が合体してこうなってるの。」
ここまで妖怪の賢者として威厳を保とうとしていたがどうやらここまでが限界のようだ。
そんな紫の様子を見て一人だけクスクスと可笑しそうに笑っている者がいた。
紫はその少女に目配せを送る、まるで早く助けてくれとでも言いたげだった。
「では、紫が上手く説明できないようなのでここは私が変わらせていただきますね。」
さとりの場所から向かって左、ちょうど机の中ほどに座っていた少女が立ち上がった。
ちょっとした椅子から立ち上がるだけの動作だったのだが、その優雅と呼ぶに相応しい立ち居振る舞いに一同の目が釘付けになる。
「白玉楼の主、西行寺幽々子です。皆さんお見知りおきを。」
少し首をかしげてにっこりと笑った幽々子の姿は確かに優雅なのだがその実、何か背筋にゾッとする恐ろしい物を感じる。
その理由はすぐに明らかとなった。
「私はこう見えて亡霊なので、霊に関しては詳しいのよ。」
そう言って周囲を見渡した幽々子は自分の言葉に対する周囲の反応を楽しんでいるようだった。
「紫がさっき言ってたけど、本来死んだ者の魂は幽霊となって三途の川を渡って彼岸へ向かいます。彼岸には死んだ者の魂を引き付ける引力のようなものがあるの、本来は何もしなくても幽霊は彼岸へ行って気質によって閻魔様が行き先を決める。」
「これは普通の幽霊の場合、怨霊というのは例えば誰かに殺されたりして強い恨みを持っている幽霊ね、彼らは恨みを晴らしたい一心から彼岸へ行くのを拒否するわ。彼岸へ行って裁きを受けて次の舞台に移ったら今の自分ではなくなってしまう、そうなったら恨みを晴らすどころじゃなくなっちゃうものね。」
「輪廻を拒否して現世に留まろうとする魂、という認識でよろしいのでしょうか。」
ちょうど幽々子とテーブルを挟んで真向かい近くに座っている、幽々子とは異質の優雅さを備えた女性が確認するように口を開いた。
「そうそう、さすがお坊さんね。飲み込みが早いわぁ。」
幽々子は胸の前で小さく拍手して見せた、本当雲のようにつかみどころのない女性である。
距離がやや離れているせいなのか、さとりにも彼女の心ははっきりと読めなかった。
「彼岸へ行った幽霊は裁きを受けて、罪人であれば地獄へ送られて贖罪を果たしたら元の舞台に戻されるの、逆にいい行いをした幽霊は天界に招かれて天人になるわ、もっとも一番多いのは善悪どちらにも偏りが無くて浄化を受けたらすぐ元の舞台に戻される子達なんだけどね。」
「幽々子、その話はいいから今は怨霊の話をお願い。」
自分でも脱線していることに気づいていなさそうな幽々子に紫が怨霊の説明を促す。
「あら、ごめんなさいね。」
この場にいる誰もが単なる脱線話だと聞き流していたがただ一人だけ、この話に興味を持った者がいた。
「贖罪・・・。」
空の小さな呟きは幽々子のクスクスという笑いにかき消され誰の耳にも届くことは無かった。
「怨霊は冷たい幽霊と違って熱を持っているの、恨みの炎なんて比喩が使われるのはこれが元になってるんじゃないかしらね。」
「だからこれほどの数の怨霊が集まれば相当な熱量があるはずよ、本物の太陽ほどではないと思うけど地上に近づいたら大変な事になるんじゃないかしら。」
「大きさ的には約3000kmってのはわかったのだけど、具体的にどれくらいの数の怨霊なのかはわかる?」
紫はパチュリー永琳とこの二つ目の太陽の大きさを計算で求める事はできたが実際どれほどの数の怨霊が集合しているのかまではわからなかった。
「写真を見ただけでは正確にわからないわ、実物にもうちょっと近づいて近くに感じる事ができればわかると思うけど。でもざっと計算した感じ1000万はくだらないわね、ひょっとしたら桁が一つ違うかも。」
「一億人って・・・そんな膨大な数の人が亡くなれば大騒ぎになるはずじゃないかしら。」
永琳の疑問はもっともだ。
「そうとも限らないわ、幽霊や怨霊にとっては境界を超えるのはごく普通の事だもの、外の世界で何かが起こったのかもしれないわね。」
「最近まで外にいた早苗さんやたまに外に買い物にいく河童のお嬢さんは何か心当たりがないかしら?」
「私は・・・ごめんなさい、わからないです。」
消え入りそうな弱々しい声で早苗が答える。
「私はちょっと心当たりがないとも言えないね・・・」
部屋の隅に座っているにとりが早苗よりも弱々しい、震えるような声を搾り出した。
「こないだもちょっと仕入れに行ったんだけど妙な噂を聞いたんだよ、外の人間がものすごい爆弾を作って戦争しようとしてるって。」
「ものすごい爆弾?まさか・・・」
早苗の顔がさらに青ざめる、どうやらにとりの言おうとしている物が何なのか理解できたようだ。
「核の力を使った爆弾らしい、使い方によっては国が一つ消し飛んでしまうくらいの威力だって話だ。」
「やっぱりね、あの二柱が絡んでるんだからきっとそれが原因なんでしょ。だいたいその爆弾だって神奈子が作らせたもんじゃないの?」
「神奈子様がそんな事をなさるはずがありません!」
早苗の声は広い図書館中に響き渡りそうなほどだった、しかし霊夢も負けてはいない。
「わかんないでしょそんなの!旧地獄の時だってあんたはあの二柱にハブられてたんだし、今回はそうじゃないっていうの?!」
「あれは幻想郷のエネルギー問題を考えて行った事じゃないですか!」
「今回だって口では幻想郷の為だって言ってたわよ!口だけはね!実際はどうなんだか、旧地獄の時も本当は別の企みがあったのかもしれないわよ、その爆弾の実験でもしてたんじゃない?!」
「そんな事・・・神奈子様はそんな恐ろしいことをなさるはずがありません!」
「死間の計っていうのがあるけど今の早苗がそうじゃないの?味方だと思わせておいて・・・」
「霊夢、八つ当たりはそこまでにしておきなさい。」
口を挟んだのは紫だった、妖怪の賢者としていやそれ以上に厳しい顔つきになっていた。
その声には誰にも逆らう事を許さない威厳が満ちていた。
精神力の弱いものであればこの声を聞いただけで腰を抜かしてしまうかもしれない、そのくらいの迫力だった。
霊夢はふてくされたように椅子を早苗と別のほうへ向けて座りなおした。
「いろいろ遠回りしちゃったけど、これが怨霊の塊だって事は理解してもらえたかしら?」
幽々子の優雅な笑顔と仕草はたった今の修羅場をまったくなかった事にしてしまうほどの存在感がある。
「それで、実際の対策なんだけどこの怨霊をバラバラにすればいいの、一塊を6体以下まで分解することができれば後は彼岸の引力に引かれて勝手に彼岸へ向かってくれるはずだから。」
「バラバラにするだけで後は何もしなくても大丈夫なのですか?」
中性的な声、それでいて人間や並みの妖怪なら男女問わず聞いた者の魂を鷲掴みにして連れ去ってしまうような恐ろしげな魅力に満ちた声だ。
その声に驚いたさとりは思わず声の主を探す、彼女は先ほどまでこいしが座っていた椅子の一つ向こうにいた。
「(なるほど、彼女が噂の九尾なのね。道理で。)」
「七人同行や七人童子って知ってる?今回みたいに一度に命を落とした怨霊が集まる現象なんだけど、ここで重要なのは必ず七体以上の怨霊の塊だという事。何度か話に出てるけど彼岸には引力があって幽霊や怨霊を引き寄せるの。
引力といっても実際に力で幽霊を引っ張るのではなくて幽霊や怨霊の本質が彼岸へ向かうようになっているの、夜の虫が光に集まるようにね。でも彼岸の引力に逆らう幽霊も存在する、一つは生前に強い力を持った人間や妖怪だった幽霊。
生前に輪廻を拒否して自らの運命を自らで切り開くほどの強い力を持っていた場合がこうなるわ。
そしてもう一つの場合、それが今回のようにたくさんの怨霊が結合した場合ね。ごく普通の力しかない弱い怨霊が輪廻を拒否するほどの力を持つには最低でも七体以上の結合が必要になるの。」
「ありがとう幽々子、今の説明でまずあの球体の結合を崩すのが目的だというのは理解してもらえたと思います。」
再び紫が進行役に戻る。
「さっきの幽々子の説明に七人同行って名前が出たけど今回のあの塊は実は西洋妖怪で名前が・・・ん・・・ラジオ・・・?」
「レギオン。」
紫の隣にいるパチュリーがボソっと助け船を出した。
「そう、レギオンです。西洋妖怪に関してはパチュリーのほうが詳しいので対策の説明をお願いします。」
「その前にこあ、この本を持ってきて。」
パチュリーはメモに何やら書いて後ろに控えていたこあに渡す。
闇に消えたこあはすぐに戻ってきた。
「パチュリー様、さきほどの本ですが貸し出し中のようです。貸し出し帳がありました。」
パチュリーは傍に座っている黒ずくめの服を着た少女には疑いのまなざしを向けた。
「おいおい、私を疑ってるのか?自慢じゃないが私は本を持っていくのに貸し出し帳なんていちいち書いた事は一度もないぜ。」
「そんな事自慢しないでよまったく・・・借りたのは、東風谷早苗ね。」
「あ、先日神奈子様に頼まれてお借りした本ですね。」
「今持ってる・・・わけないわよね。」
「はい、ここでお借りしてすぐに神奈子様に渡してしまいましたので、今どこにあるのかもわかりません。ごめんなさい。」
「黒幕が持ってるんでしょ?返してもらってきたらいいじゃないの、黒幕の一味なんだし。」
「霊夢!」
紫が注意するより早く、走り去ろうとする早苗はちょうど本棚の影から現れた美鈴にぶつかってしまった。
「早苗、今日はもういいから帰ってゆっくり休みなさい、どうせちゃんと寝てないのでしょう。美鈴、早苗を送ってあげてちょうだい。」
「あ、はい。かしこまりましたお嬢様。あと妹様とこいしちゃんは貴賓室でお休みですので。」
「じゃあこあ、こっちの本を持ってきて。こっちはあまり正確ではないけど仕方ないわ。」
パチュリーは小さな紙になにやらすらすらと書いて小悪魔に渡す。
「ではここで10分ほど休憩にしましょうか、続きは皆でその本を検証しながらにしましょう。」
永琳の言葉で場がざわつき始めた。
いつもの仲間で集まって話しているもの、久しぶりに会った仲間と旧交を暖めあうもの、腕を組んで一人ふてくされているもの。
まだまだ場の心が一つになっているとはお世辞にもいえない状態だった。
「やー、こうしてここでアンタと飲むのもずいぶん久しぶりな気がするねー。」
巨木と言う形容が相応しい大きさの柱が何本も立ち並ぶ守矢神社の裏手、二つの人影が一番高い柱の上で酒盛りをしていた。
一人はあぐらをかき、母性的な笑みを浮かべながら山から人里を見下ろし、幼さの残る容貌をしたもう一人はちょこんと正座をして遠くを見つめている。
外の世界の常識ではそれ自体が異変と呼べる光景ではあるが、ここ幻想郷ではさほど珍しい光景でもない。
正座しているほうの人影が手に持った杯の中身を一気に飲み干し、小柄な少女が持つすでに空になった杯に酒を注ぎ足した。
「早苗に買ってきてもらったこの酒、あっちじゃこんな美味い酒は江戸時代以来飲んだ事がないね、やっぱり水と空気が違うと酒の味も変わるものなんだろうよ。」
そう言ったのはあぐらをかいているほうの人影、手に持った杯を口に運びながら下界を見下ろした。
「あっちも捨てたもんじゃなかったけど、こっちはやっぱり居心地がいいわ。信仰もいい具合に集まってるし。あっちじゃ私達は完全にいないもの扱いだったからね。」
「なんとかしたいもんだねぇ、私はこのままここが死の世界になるのを見るなんてゴメンだよ。」
諏訪子はまた杯の中身を飲み干すと今度は自分で酒瓶を漁りだしたが中身が残っている物は見つからないようだった。
「貴方が今飲んだのが最後の一杯よ、まったく久しぶりの酒盛りだってのに感傷に浸ってる間にほとんどあんたに飲まれちゃったわ。」
神奈子は文句こそ言っているがその表情は穏やかだった、これからこの二柱が行わんとする事にはおよそ似つかわしくない。
「あっちにいた頃はよく御神渡りの晩にこうやって二人で飲んだもんだけど、こっちに来てからまだ御神渡りを見た事がないわね。」
「アンタが気付いてないだけでちゃんと出てるんじゃないの?こっちじゃ御神渡りでいちいち騒いだりしないだろうし。」
「早苗が気にかけてはいるみたいだからそんな事はないわ、あったら知らせてくるはずよ。」
「どうだかねー、早苗もあれでなかなか抜けてるからねー、私の事もすっかり忘れちゃってたみたいだし。」
二柱の表情にやや陰りが浮かぶ、そして早苗が寝ているであろう神社をしばらくじっと眺めていた。
「早苗、大丈夫かな。やっぱり早苗もこっちに入れるほうがよかったんじゃないの?」
今回の発案も計画もすべて神奈子に任せてはいる。
祟りを一(はじめ)とした搦め手が得意な諏訪子に対して直接的に力で相手を討ち伏せる能力は神奈子の方が何枚も上手、それは諏訪子自信も身をもって知っている故。
しかし今回の早苗の扱いだけはまだ完全に納得がいかないようだった。
「早苗には早苗の重要な役割があるの、それにあの子はこの世界にきて私たちが考えている以上に成長してる、ちゃんと役割を果たしてくれるはずよ。」
そう言って神奈子は自分の後ろに隠していた最後の瓶を取り出して諏訪子に杯を出すように促した。
「今朝一番にとってきた湖の水、これで本当に最後よ。」
「やだよ水杯だなんて縁起が悪い、アンタはどうだか知らないけど私は負けるつもりなんか微塵もないよ。」
「私達みたいな神に縁起悪いも何もないでしょ。」
「だったら神が水杯なんて縁起担ぐ必要もないじゃん。」
少しの沈黙を置いてお互いに見つめあった二柱は大声で笑った、その様はこれから起こす事への不安を一掃しようとしているかのようであった。
「まあ、アンタがせっかく用意してくれたんだし酔い醒ましの代わりに一杯貰っとくわ。」
神奈子は二人分の杯に水を注ぐと懐にしまっていたもうひとつの杯を置き、水を注いだ。
「これは早苗の分ね、ここにはいないけど。」
二柱は静かに立ち上がり、黙って自分の杯の中身を空ける。
神奈子は早苗の分と言っていた三つ目の杯の中身を遥か眼下の神社に向けて振りまいた。
「じゃあ、そろそろ行くわよ。」
「早苗・・・しっかり幻想郷の現人神として務めを果たすんだよ。」
二柱が静かに飛び立った後には三十数本の酒瓶と三つの杯が置かれた巨大な柱、あとは沈黙が残されるだけだった。
そしてこの二柱の行動が幻想郷全体を巻き込む大事件に繋がっていく事になるのである。
七月二十四日 日中 博麗神社
「まったく毎日暑いわねぇ、二つ目の太陽の噂って都市伝説じゃなくて実際に起こってる異変なんじゃないの。」
うちわを片手に社務所で寝転がっているのは巫女であるところの博麗霊夢、連日の猛暑に当然ながら機嫌が悪かった。
「こんなに地上が暑いんだったら私も地底に篭もってればよかったよ、地底なら二つのお日様どころか一つのお日様の光も届かないからねぇ。」
同じく畳床にだらりと寝転がっているのは伊吹萃香、とある縁で博麗神社に住みつくようになった鬼である。
近頃、幻想郷の妖怪や人間の間で広まっている一つの噂。
それは天上にある太陽とは別にもう一つの太陽が生まれたという都市伝説と呼ぶにも滑稽すぎる内容だった。
二つ目の太陽は一つ目の太陽よりもドス黒く、大きさは本物と比べてとても小さいので遥か上空まで飛ばないとその姿を見る事はできない。
しかしこの二つ目の太陽は空よりさらに高いところ、月が浮かぶ暗い海からの侵略者で徐々に地上に降りてきていつか幻想郷を侵略しようとしているという。
そもそも最初にこの二つ目の太陽の存在を幻想郷に知らしめたのが空を自由に駆け回れる天狗の書いた新聞という事もあり、自分たちでは見ることのできない遥か上空の世界からの侵略者の存在に怯える者もいた。
しかし幻想郷の住人のほとんどはまた、天狗の新聞記事には魚本体よりもさらに巨大な尾ひれがつけられる事があるも充分知っていた。
だから実際にその噂を信じている者はごく少数、都市伝説として酒のつまみにされる笑い話のようになっていた。
「そういえば今日じゃなかったっけ?妖怪の山の巫女が言ってた日。」
「あぁ、早苗が二柱の神託を受けるとかいうアレ?嫌な予感しかしないイベントね、あの二柱が行方をくらませて何かするって悪巧みしか考えられないじゃない。」
守矢神社の二柱が行方不明になり早苗が血相を変えて相談しにきた事もあった。
暑さもあって正直めんどくさかったのだが守矢神社の捜索を手伝い書置きを見つけた霊夢、その内容は大事な用が出来たのでしばし姿をくらます、七月二十四日の昼に神託を行うので用意せよとの事だった。
しかも霊夢にとって更にめんどくさい事にその場所にはなぜか守矢神社ではなく博麗神社が指定されていたのだ。
「別に悪巧みだとは限らないんじゃないかしら?」
だらしなく寝転がる霊夢の頭上、何もない空間が割れて現れたのは八雲紫、寝転がっている二人とは対照的に涼しい顔でちゃぶ台の前に座ると卓上の饅頭に手を伸ばした。
「勝手に食べないでくれる、ただでさえ暑いのにこれ以上イライラしたくないんだから。」
「だいたい巫女が神託を授かるってのは重要な神事なのに、それを嫌な予感しかしないとは本当に貴方は巫女としての自覚が足りないわね。」
霊夢の言葉を無視して饅頭の山から茶色の味噌饅頭を選び出した紫は包装紙を剥がしながら冷たく言い放った。
とはいえこの二人、別に仲が悪いわけではなくほとんどいつもこんな調子なのである。
「だってあの二柱が幻想郷に来てからやってきた事を考えてみなさいよ、うちの神社侵略から始まって地霊殿の一件、白蓮の時もあいつらが原因だったし、まさに事件の陰に守矢ありじゃないの。」
「私は逆にそこまで酷い神様っての見てみたいけどねぇ、妖怪の山の天狗や河童を一つに纏めたってのも気になるし。」
萃香は本当に楽しみにしているようである、元々統率の取れている集団である天狗はともかく、河童や他の妖怪までも纏めた神というのがどのような存在なのか前々から興味があったようだ。
「で、紫は何しに来たのよ、まさかわざわざ饅頭を盗み食いに来たんじゃないんでしょ?」
「もちろんそんなに暇ではないわよ、守矢の二柱が託す言葉がどのような物か見極めて必要とあらば幻想郷に広く伝えなきゃいけないのだから。こう見えて貴方よりはちゃんと仕事しているのよ。」
「はいはい、だらけ巫女で悪かったわね、でもこう毎日暑くちゃだらけたくもなるってもんよ?あんたはどうせ自分だけすきまを悪用して涼んでるんでしょうけどね。」
「これもすきま妖怪の特権だから、それより来たみたいよ今日の主役。」
霊夢の悪口を軽く受け流した紫はじっと神社の外へ続く階段を見つめていたが、そこを上ってくる人影に気づいたようだった。
「こんにちわ。お待たせしてしまってごめんなさい、ちょっと準備に手間取ってしまいまして。」
何やら風呂敷に包まれた平べったい物を大事そうに抱えてきたのは東風谷早苗、今日神託の儀を執り行う守矢神社の巫女である。
「いっそ遅れすぎててそのまま来なくても良かったのに。」
寝転がったまま顔だけ早苗の方を向けた霊夢が悪態をつく。
「そういうわけにはいきませんよ、霊夢さんにも立ち会ってもらうようにと神奈子様の託(ことづけ)がありましたから。ちょっとここお借りしますね。」
早苗は紫の対面に座ると持ってきた風呂敷包みを広げだした。
「これは鏡?」
特に珍しい物ではないが早苗が持ってきた直径25センチほどの鏡を見た紫が鏡の中を覗き込む。
「はい、鏡を使うのでなるべく大きなものを用意しておくように言われまして。うちにはあまり大きな物が無かったので里の古道具屋さんで買ってきたんです。」
「せっかく買ってきたけどさすがにこれじゃあ少し小さいんじゃない?」
紫は珍しいものを見つけた子供のように鏡を指でつつきながら言った。
「もっと大きい物も売ってたんです、でも私ではここまで持ってこられないので仕方なくこの大きさに。」
早苗は懐からハンカチを取り出して紫が触ったところを拭いている。
紫は黙って立ち上がり、すっと指で空間をなぞった。
そして開いたすきまに腕を差し込むと中から自分の身長ほどある質素だが上品な装飾の施された姿見を取り出した。
「ほら、これを使いなさいな。神事を執り行う巫女がそういう妥協はよくないわ。」
「わぁ、ありがとうございます紫さん。」
早苗は紫が取り出した鏡の前に立ってじっと鏡の中を覗き込んだ。
鏡はもちろん、黒檀と思われるフレームも綺麗に磨き上げられており全体から上品な雰囲気が醸し出されている姿見だが、早苗は一つ気付いてはいけない物に気付いてしまったようだ。
「あの、紫さんこれ値札ついてるんですけど・・・一円って。」
「ちゃんと返しておいてよ、神社に盗品なんか置かれたらまた変な噂が立ってたまったもんじゃないわ。」
半身だけ起こして床に座り込んだまま文句を言う霊夢、紫はさほど気に留めてもいないようでクスクスと笑っていた。
「あははは・・・」
早苗の乾いた笑い、しかしすぐに真剣な顔に戻る。
「では、始めさせていただきます。」
さきほどまでと打って変わって神妙な顔つきになった早苗は御幣を構えて鏡に向かって何やらぶつぶつと唱え始めた。
紫は直立したまま、霊夢はちゃぶ台に肘をついて早苗の注視している。
二柱を見るのが楽しみだと言っていた萃香は酔いのせいか単に待ちくたびれたのか、いつの間にかすやすやと静かに寝息を立てていた。
早苗の姿を映していた鏡がぼんやりと淡い光を放ち始め、別の場所の姿を映し出した。
と、突然鏡が放つ光が強くなり部屋の隅に半透明な人影とおそらくその周辺と思しき風景を浮かび上がらせる。
雲海の中に立つ二柱、洩矢諏訪子と八坂神奈子である。
「ほー、こんな仕掛け見た事あるわ、河童のバザーだったかしらね。」
まったく乗り気でなかった霊夢も何もない空間に浮かぶ二柱の姿には少し興味を抱いたようだった。
「早苗ぇ、久しぶりーちゃんとやってるー?。」
「はい、お久しぶりです。毎日のお勤めは託の通りに。」
重要な神事、と言う割に緊張感が無い諏訪子とは対照的に神奈子は腕を組み威厳に満ちた態度を崩さなかった。
幻想郷の仲間内に見せる顔ではなく、神として信者と対峙する時の顔。
「早苗、ひとまずご苦労様。あと紫も。」
「いえ、私は何もたいした事はしておりませんので。」
紫もいつもの飄々とした態度は見せず、しおらしく二拝してみせた。
単純な力の格だけで考えたら二柱に勝るとも劣らない紫だが、こういう場合の作法に関しては周囲が驚くほど弁えた姿勢を見せる時がある。
「では、これから巫女、東風谷早苗に我が詞を授けます。」
後ろでニコニコしていた諏訪子も真面目な顔つきになり、霊夢も一応ちゃぶ台に肘をつくのをやめて神奈子の影を見つめていた。
「今、幻想郷には様々な方向への信仰が溢れています、それ自体は健全な状態でありその事を今、我が問うつもりはありません。
ですが、幻想郷に蔓延している信仰は果たして本物なのでしょうか?
我や諏訪子を信仰する者達は純粋です、それは彼らの信仰をこの身に受けている我ら二柱が一番知るところ。
「しかし他の神を信仰する者はどうでしょう?そこな巫女のように神職を仰せ付かった身でありながら神への敬意をまったく見失ってしまっている者もいる有様。」
「なっ?!」
突然話の矛先を向けられた霊夢が勢いよく立ち上がった、ちゃぶ台に膝をぶつけた痛みも感じないほど動転しているようだった。
「別に私の神社はあんた達を奉ってるんじゃないし私は関係ないでしょ!」
「確かに、分社が置かれているとはいえ博麗神社本殿と我らが直接関わるわけではない、しかし問題はそこではありません。貴方は自分の神社でどんな神が奉られているか知らないのでしょう?」
「む、妙にシリアスだと思ったら痛い所を突いてきたわね。」
「霊夢さん、まずはおとなしく神奈子様の宣り言を賜りましょう。」
早苗は御幣をぎゅっと抱きしめてオロオロしていた、こんな一触即発の光景を目の当たりにしたら早苗でなくとも当然だろう。
「では、少々横道にそれてしまったので本題に戻します。現在幻想郷において組織だって行動している勢力は少数派です、そしてこれまで数々の異変が幻想郷に降りかかってきましたね。
我も幻想郷へ移り住む以前の異変などいろいろ見聞しましたが毎回個人の力で解決に至っているようです、仮に個人では解決できぬほど巨大な異変が起こった場合にはどのようにするのでしょう?」
「仰る事はよくわかりました、しかしお言葉ですがまったく幻想郷の住人がまったく協力しようとしないというわけではありません。私も過去に様々な異変を見たり恥ずかしながら自身も妖怪の力を集めて月侵略に乗り出した事もあります。」
いきり立つ霊夢、オロオロする早苗とは違って紫は冷静に受け答えをこなしている。
「月に攻め込んだって一勝一敗でしょ?しかも勝ったってもせこい内容だし、そんな調子で逆に月が攻めてきたりしたらどうすんのさ、間違いなく勝てるの?」
諏訪子も口調だけはいつもの調子だが何か普段とは違う、霊夢でなくとも絶対に嫌な予感しかしない展開である。
しかし続く神奈子の詞(ことば)は本当に嫌な予感どころの騒ぎでは済まないものであった。
「今後、今までに起こった規模の無い異変が起こった場合に立ち向かう力が存在しない事は非常に危惧するべき事であります、そして我も幻想郷を心より愛する者の一員として何をすべきか考えました。」
「じゃあ偉い軍神様は外の神話みたいに幻想郷を力で統一支配しようっていうのかしら?」
すでに我慢の限界を超えた霊夢は震える声で最大限の嫌味を言ったつもりだった。
ここに実体が無いのがわかっているからその程度で済んでいるがそうでなければとっくに掴み掛かっているであろう。
「そう、軍神として我が行える最上の策はそれです、そして今回は諏訪子も協力してくれる事になりましたす。」
霊夢の精一杯の嫌味などまったく意に介さない様子の神奈子、その脇で静かに頷く諏訪子。
「これを見てください。」
立体映像なのだが自身の背後を振り返った神奈子の視線の先に赤黒い塊が映し出された。
「この球体が近頃幻想郷で様々に噂されている第二の太陽です。」
球体と言われなければ形状がわからないほど巨大なそれは赤黒く禍々しい光を放ち、規則的に光の明滅と生物の鼓動を思わせる脈動を繰り返している。
噂には聞いていたが実在するとは思ってもいなかったそれ、しかも見たこともない不気味なその姿に紫も霊夢も釘付けになった。
「このような物を使うのは本意ではありません、これは現在も徐々に地上に向かっており約二週間後には地上に影響を与える距離まで近づくでしょう。これに対し貴方がたが取れる行動は二つあります。」
「なんとなくわかりますが、念のためお伺い致しましょうか。」
ここにきてもまだ紫は平静を保っている、霊夢は今にも鏡を叩き割りそうな勢いだし早苗に至っては今にも泣き出しそうに肩を震わせてじっと俯いている。
「一つ目は幻想郷の住人すべてが我々への信仰、心服随従を誓い来る危機に備える事。もう一つは・・・」
「幻想郷住人みんなで力を合わせて私達を止めてごらんなさい!」
突然諏訪子が霊夢達がいるほうを指差してポーズを決めつつ話に割って入ってきたので神奈子もやや面食らったようだった、一瞬だけ普段霊夢達に見せるフランクな顔に戻ってしまっていた。
諏訪子は一仕事やり終えたような満足げな笑顔を浮かべているがずっとこのチャンスを狙っていたのだろうか、神奈子は気を取り直しまたすぐに威厳に満ちた態度に戻る。
「そういう事です、もし我々を止める事が出来たのなら貴方がたが強い力を集めることができたと認め引き下がりましょう。では、考える時間はあまり与えられませんが賢明な判断を期待します。」
その神奈子の言葉を最後に二柱と巨大な球体の姿は博麗神社の空気に溶け込むように掻き消えた。
「もうなんなのよあいつら!好き勝手な事ばっかり言ってまた今回もやっぱり悪巧みしてたんじゃないの!」
霊夢が怒りに任せて足元の座布団を蹴り飛ばす。
そのとばっちりの座布団を顔面に受けた萃香が目をこすりながら起きだした。
「あれ?もう終わっちゃった?」
のん気な事を言っているが霊夢と早苗の様子を見て何かただならぬ事が起きたのを感じ取ったようだ。
「霊夢、行っても無駄よ。いくらなんでも貴方一人で勝てる相手じゃないわ。」
勘の鋭い紫でなくとも霊夢が考えている事はすぐにわかるだろう、実際に霊夢は今にも神社を飛び出して二柱を張り倒しにいくつもりだった。
「じゃあどうするの?!あいつらに従うの?!」
怒りをぶつけるべき相手がいない霊夢が紫に食ってかかるが紫はそれでも冷静だ。
「一人では無理って言ってるの、少し落ち着きなさい。一対一のスペルカード勝負でもやっと勝った相手と今度は本気で戦うのよ、しかもあの球体の正体もまだわからないし。」
「うぎぎ・・・」
「お疲れ様、今日は疲れたでしょうからもう帰って休みなさいな。今後の事は後日、改めて話し合いましょう。」
ずっと御幣を抱きしめたまま震えていた早苗は紫に声をかけられて持っていた御幣を投げ出し紫に抱きついて泣き出してしまった。
紫は意に介せず早苗の背中をやさしく撫でる。
「心配しなくても大丈夫、きっと私達でなんとかするから。」
一向に泣き止まない早苗の肩を抱いた紫が萃香に目配せを送る。
「私はこの子を送って守矢神社まで行ってくるわ、少し時間が掛かると思うから、壁の影に隠れてる覗き魔からフィルムを没収しといて頂戴。重要な資料になると思うから。」
「その必要はありませんよ。」
恥ずかしげに物陰から現れたのは射命丸文、おそらく幻想郷で一番最初に二つ目の太陽を発見した妖怪であり新聞記者である。
「うーん、やっぱりバレてましたか、やっぱり紫さんにはかないませんねえ。アレを見つけた時はタダ事ではないと記者の血が騒いであちこち嗅ぎ回っていたんですが、さすがにこれほどの事態ではいい加減な記事にしてばら撒くわけにはいきませんね。」
まるで自分の新聞がいい加減な物だと自ら認めているかのような口ぶりである。
「写真はすぐに現像して終わったら屋敷にお届けしますよ、それより早く早苗さんを送っていってさしあげてください。」
「ありがとう、よろしく頼むわね。特にあの球体の写真は念入りにお願いするわ、正体がわからないと対策の立て様もないしね。」
「お任せください!仕事の速さには自信がありますよ。伊達に幻想郷最速を名乗ってはおりませんので!」
言い終わるが早いか外へ飛び出していった文を見送り早苗の肩を抱いた紫もすきまに消え、後にはイライラ霊夢と居辛い萃香が残された。
「悔しいけど紫の言う通りね、さすがに今回は一人で解決できる気がしないわ。」
「ふーん、結局神託ってどんな内容だったの?」
霊夢は萃香がずっと寝ていた事に今まで気付いていなかった、呆れつつも大雑把に内容を教えてやる。
もちろん二柱への罵詈雑言をふんだんに鏤(ちりば)めた上でだが。
「確かに幻想郷の住人が一致団結って感じはしないね、あんたも毎回一人で突っ走るし。妖怪も鬼も享楽的だからねぇ、明日世界が滅びるって言われても酒盛りやってそうだよ。」
「でも魔理沙とは毎回一緒になるし早苗やレミリアと一緒になった事もあるわよ。」
「それはたまたま目的も行き先も一緒になっただけで最初から協力したわけじゃないじゃない?」
「それはそうだけど・・・あいつら仮にも神様なんだからこんな方法使う必要ないじゃない、普通にみんな仲良くしなさいって神託じゃダメだっての?」
「それじゃダメだって事でこうなったんじゃない?確かにあまりにも乱暴な気はするけど。」
「あんたあいつらの肩持つの?!」
今度は明確に怒りの矛先が萃香に向けられた。
「ちょっと落ち着きなって、今は誰の肩を持つとかそんな次元の話してる場合じゃないでしょ。」
萃香は床から腰をあげて手に持っていた瓢箪の中身を煽った。
「とにかく、紫には考えがあるみたいだし、今は素直に待つしかないよ。」
これ以上ここに留まるのは得策ではないと思ったようで、萃香はそそくさと出て行ってしまった。
この日、霊夢は当然のようにイライラで眠れない夜を過ごす事になったが実はそんな夜が三日も続く事になるのであった。
七月二十五日 日中 地霊殿古明地さとりの執務室
落ち着いた雰囲気で纏められた部屋、その机で一人の少女が目の前に積まれた書類の束に目を通していた。
地霊殿の管理者、古明地さとりである。
書類と言ってもペット達に任せている地霊殿での仕事報告、その内容は信じられないほど簡素なものから思わず笑ってしまうような場違いな物まで様々である。
今彼女が手に持っている紙は外の世界ではA4サイズと呼ばれるくらいの大きさに一言「いじょうありませんにゃ」と大きな太い文字で書かれていた。
実際のところお空の一件以外では地霊殿や旧地獄でトラブルが起こる事などこれまで皆無だったのだ。
報告書もはっきり言えば必要ない物なのだが、彼女のペット達がどこで覚えてきたのか進んでさとりに提出するようになった物である。
まじめでペット思いのさとりはそんなペット達の行いがうれしくてさしたる意味は無くともすべての書類に目を通すのが日課となっていた。
もっと言えばそれ以外に彼女の仕事というようなものはさほど無いというのが実情なのであるが。
今日もペット達が一生懸命に書いたと思われる書類を見ながらさとりは嬉しそうな笑みを浮かべている。
そこに茶色と白の小さな影が飛び込んできた。
地霊殿ではたくさんのペットが様々な仕事を任されているがお燐やお空のように人間のような姿を取れる者ばかりではない、むしろそれは少数派だ。
だから地霊殿にある部屋の多くはどんなペットでも自由に出入りできるように常時扉が開け放たれている場所がほとんどで、さとりの執務室も例外ではない。
飛び込んできたのは外ではゴールデンハムスターと呼ばれている動物、もちろん彼もさとりのペット達の一員である。
彼は器用に机の脚をよじ登ると銜えてきた手紙をさとりの目の前に置き、後ろ足で立ち上がって小さな前足をばたばたと振って何かをアピールしている。
「そう、こいしは人里の子供達と仲良くしてるのね、いつもありがとう。」
さとりは人差し指と中指で彼の頭を優しく撫でた、心なしかテレたようにも見えたハムスターは机から飛び降り扉の外へ走っていった。
「あ、待って。」
さとりに呼び止められた彼は廊下で踵を返し、また勢いよく机の上に戻ってきた。
「お燐とおくうを呼んできて、仕事は他の子に任せていいから急いで来てって言ってね。」
大きく頷いたハムスターはまた勢いよく廊下を走っていった。
「何かの間違いならいいと思ってたのに、やっぱり本当だったのね。」
手紙の差出人は八雲紫。
幻想郷に住み、ある程度の知性を持つ妖怪で彼女の名を知らない者は皆無だろう。もちろんそれは情報が隔絶されがちな地底においても例外ではない。
さとりは昨日博麗神社で起こった事についてある程度まで知っていた、だから手紙を開けるまでもなく用件についても見当はついたのだ。
昨日はちょうど非番だったお燐と空が地上に遊びに行っていた。
地上で温泉につかり博麗神社で冷たいお茶をせびるのが二匹の夏の非番の過ごし方では定番化しつつある。
昨日もいつもと同じように温泉に浸かり、博麗神社に遊びに行ったのだが異様な雰囲気だったので外から様子を伺い、そのまま姿を見せずに帰って来てうろ覚えの内容はさとりに報告していたのだ。
地底のレアメタルで作られた薄い蒼銀色のペーパーナイフを使って丁寧に封筒を開けるさとり。
さとりが使う道具などもペットがさとりの為にと作ってくれた物が多い、これもその一つで硬質的な発色が美しいさとりのお気に入りの道具だ。
手紙に書かれていた内容を読み、自分の想像とほぼ同じだった事を確認すると思わず小さなため息をついてしまった。
「失礼します、さとり様。」
今度は人間のような姿をしたペットが二人、執務室にやってきた。
さとりがもっとも信頼する二匹、火焔猫燐と霊烏路空である。
「二人の昨日の話、やっぱり本当だったみたい、紫さんから依頼が来たわ。地霊殿からも戦力を出して欲しいそうよ。」
「二つ目の太陽だなんて、また今度もおくうが絡んでるんじゃない?」
猫のような耳をピクピクと動かしてお燐が隣に立つ空をからかう。
「私はもう地上に手を出そうなんて思ってません、冗談でもそういうのはやめて!」
「え、あ・・・ごめん。」
ちょっとした冗談のつもりだったが思いのほか強い調子で反撃されたお燐は身を竦ませ、助けを求めるようにさとりに目を向けた。
「おくうは関わってないはずよね、毎日地底でちゃんと仕事してくれてるんだから。」
空の心を読むまでも無く、さとりにはわかっていた。
周囲の者が考えている以上に空は過去の愚考を悔い、失った信頼を取り戻すために前以上しっかりと自分の仕事に打ち込んでいる事をよく知っているのだから。
「地霊殿からは私とおくうお燐を派遣する事にします、明後日の朝から対策を話し合うとの事なので二人は明後日からそちらに集中できるようにシフトを変更しておきます。仕事の引継ぎをしておいてね。」
「本当はこいしも連れていきたいんだけど・・・」
さとり小さくため息をついて独り言のように呟いた。
「こいし様、最近まったくお姿を見かけませんが大丈夫なのでしょうか。」
他者に対して心を閉ざしてしまったさとりの妹古明地こいし、名前のごとく彼女は自分の存在を路傍の小石のようにしてしまった。
彼女の姿が見えないわけではない、目の前にいれば普通に感じることも会話をする事もできる、しかし相手は彼女を別れた途端にさっきまで話していた事自体も忘れてしまう。
これは自分の生まれ持った覚としての能力を忌み嫌い、否定し、心を閉ざしてしまった事で彼女が得たいわばネガティブな能力、それが強まってしまったのだとしたら悪い傾向である、空はそれを危惧していた。
「ありがとう、大丈夫。最近は人里の子供と仲良くなってそちらに遊びに行く事が多いから留守がちにしてるだけみたい。」
さとりはペットが妹の事をいつも気にかけてくれているのが嬉しかった。
彼女は覚の力で傍にいる者の心を読むことができる、しかし残念ながらさとりが覗く他者の心は今目の前にいる二匹のように綺麗なものばかりではない。
むしろ他者の醜い心を読まされてしまう場合のほうが多い事も、妹がこの力を手放したがった理由のひとつなのではないかと思うのは当然だった。
「では、仕事に戻ります。」
「あたいも戻りますね。」
部屋から出て行く二匹の背中を見つめるさとりは、何か得体の知れない不安に駆られていた。
二匹の心を読んでもなんの不安要素も見つからない、不安の種はもっと別の場所にあるのかもしれない。
さとりがそれを感じたのは大事なペットを危険な作戦に派遣しなければいけない罪悪感からか、それとももっとオカルトで原始的な、古い妖怪としての勘だったのか。
兎に角にもさとりは今回の件で何か身内に恐ろしいことが起こる予感を感じていた。
床にはところどころ美しい文様のステンドグラスが貼られている静かな廊下、早足で仕事場に戻る二匹の足音だけがその空間に響いている。
「あの、おくう・・・」
「ん?」
前を歩いていた空が呼ばれて足を止める。お燐は恐る恐る振り返った空と目を合わせる。
「えと、さっきはごめんね。」
親に怒られている子供のようにびくびくしながら空の反応を伺うお燐、空はそんなお燐の考えがわかったかのように優しく笑った。
「いいよ、気にしないで。私がやった事は事実なんだから。」
「でも未遂に終わったんだし!今はもうそんな事考えてないんなら気にしなくてもいいじゃない!」
「たまたま霊夢達が止めてくれたから未遂に終わったけど、実際地上を焼き尽くそうと思ってたのは事実。それは今後も受け止めて生きていかないと。でも正直、だからどうすればいいのかはわからない。」
「おくうはおくうのお仕事を頑張ればいいんじゃない?さとり様も喜んでくれてるし。」
「そう、だね。じゃあ早く仕事に戻ろうか。」
空はまだすっきりしないようだったがそのまま持ち場へ戻って行った。
七月二十七日 早朝 旧都
「遅いですね、このままでは定刻通り紅魔館につけなくなってしまいそうです。」
おくうは少しだけ苛立った様子だが待っている相手が相手だけに慎重に言葉を選んでいるようだ。
さとり、空、お燐の三人は旧都のとある茶店で待ち合わせの相手を待っていた。
普段は店員や他の客に気を使ってこういった店に入ることのないさとりだが今は早朝で他の客はいない分、少しは気が楽であった。
空はテーブルに肩肘をついて窓から外の景色を眺めていた。
地底には日の光が届かない為、地上のように時間帯で明るさが変わるわけではない。
もちろん妖怪も夜になれば睡眠は取るのでそれぞれの住処は暗くするのだが旧都の中心部はいつでも煌々と光りを湛えている。
旧都を実行支配している鬼達は全員漏れなく陽気な者達ばかり、彼らはいつ寝ているのかと他の妖怪が訝しがるほど年柄年中朝昼晩と酒宴を開いているのだ。
そんな地底の景色を眺めながら空は初めて地上に出た時の事を思い出していた。
地底では見た事のない本物の太陽の光に目が眩みそうになる。
体に触れる風は地底のジメっとした風とは違って心地のいい物だった。
土の香りも地底のそれとはまったく違う、そこはまさに楽園と呼ぶに相応しい大地。
手に入れた巨大な力に飲み込まれ溺れ、こんな素晴らしい楽園を焼き尽くそうなどと考えた自分の浅はかさにしばらく涙が止まらなかった。
一方お燐は待ちくたびれたのかテーブルの上に三人分の芋虫ストロー袋を並べて水を掛けては遊んでいる。
と、空は窓の外によく知っている人物がいるのを見つけた。
「さとり様、こいし様ですよ。」
空が言うより早くさとりは店の外に出て地上へ向かうこいしを捕まえて店に戻ってきた。
「お姉ちゃん達は地上へいくの?」
自分の前に運ばれてきた紅茶を一口飲んだこいしはお燐の作った芋虫を見つけて興味深そうに自分のストローでつついている。
「そうよ、しばらく戻ってこられないかもしれないからいい子にしててね。」
「私もいくよ、太陽と悪い神様をやっつけに行くんでしょ?」
こいしの言葉はまったく予想していなかった。
さとりも元々はこいしも連れて行く予定だったが結局手紙を受け取ってから一度もこいしに会う事がなかったので諦めていたのだ。
「こいし、どこでその話を聞いたの?」
当然な疑問、さとりに対して隠し事を出来るのは実の妹であるこいしだけだろう、さとりは普段からこいしの事を気にかけているだけにそれが非常に歯痒く感じる事も多い。
「里の子たちと約束したの、怖い太陽は私がやっつけるって。」
まったく予想していなかったこいしの言葉に思わず三人がこいしに向き直った。
「(そういえば最近人里の子供の所に遊びに行ってるみたいだったけど、やっぱりいい方向に働いてくれたのかしら。)」
「いやぁ、なかなか酒盛りから抜け出せなくて遅れてしまった。ほんとすまないねえ。」
店の玄関から店内中に響くような大声で呼びかけたのが待ち合わせの相手、星熊勇儀だった。
「お姉さん遅いよー、あたいもう待ちくたびれちゃって。」
「気にしない気にしない、じゃあ早速出発しようか。道案内よろしく頼むよ。」
そそくさと会計を済ませたさとりに続いて皆が店を出る、入店したときに三人だったグループは五人になっていた。
地底を実効支配している鬼とはいえもうずっと地上へは出ていないし出ようとも思った事もない。
地上への道は地底が地獄だった頃と比べて簡素化されたとはいえ通った事のない者が適当に進んで目的地へつけるような簡単な物ではないのだ。
その点、空とお燐は最近非番ごとに地上へ遊びに行くので一番近い道も熟知していた。
それを見込んだ勇儀が道案内を頼んだというわけだ。
「地上にはお友達がいらっしゃるのですね、久しぶりにお会いするのですか、楽しみですね。」
勇儀は「えっ?」というような表情を浮かべたがすぐに理解した。
「ああ、あんたが噂の古明地さとりだね、相手の心が読めるって。」
「あ、ごめんなさい、つい・・・・」
心を読んだとしてもそれを口に出さなければ相手にはバレないのだがつい口に出してしまう、さとり自身も悪い癖だとの自覚はあるのだがやってしまうのだ。
「あははは、気にしなくていいさ、こちとら読まれて困るような汚い心は持ってないつもりだからね。」
何気ない勇儀の一言がさとりにはとても心地よく気が楽になった。
コミュニケーションに言葉を必要としないさとりに懐いてくる動物は多いが地霊殿に来るような動物は長くそこで暮らすうちに空やお燐のように人の姿、意識を持つに至る。
そしてそうなったペット達が次第にさとりと距離を置くようになるのも必然といえた。
中には空やお燐のような人の姿を取れるまでに強い妖怪になってもさとりを慕ってくれるペットもいる、しかしさとりは実際のところ幾度と無くそういった悲しい別れを味わってきたのだ。
それだけに自分の能力の事を知ってもまったく意に介さない勇儀のような者との出会いがとても嬉しかった。
空とお燐が見つけたという近道は快適で予定よりもかなり早く地上へ到達することができた。
確かめる術もないが、ひょっとしたら守矢の二柱が地底へ赴くのに拵えた通り道なのかもしれない。
眩しい地上の風景、さとりと勇儀以外はちょくちょく地上へ遊びに来ているので慣れた風景だが二人には新鮮だった。
しかし残念ながら今日は観光目的ではない、一行は地上の景色を楽しむ暇もなく会議が行われる場所へ向かって飛んでいった。
七月二十七日 朝 紅魔館
地底からの一行はすぐに館内に通された。
館内は外から見たよりもかなり広く感じるが装飾品などは地霊殿の物とよく似ているので初めて来た場所なのだが勇儀以外は不思議な既視感を覚える。
ただし地霊殿は地下の溶岩から明かりをとるので足元から明るい光が漏れていたがこの館にはそういう明かりが一切存在しないようで、ただ壁に据え付けられた燭台だけが淡い光を放って照明を担っていた。
もちろんそれはこの館に住む当主への配慮であり、地上へ出る事のないさとりも彼女の噂には聞いた事があった。
どれくらい長い廊下を歩いただろう。
外から見た紅魔館は地霊殿よりもこじんまりとした印象だったが実際に中に入るとその広さに驚かされる。
狭い廊下なので全員行列のように一列で進む。
先頭には燭台を持った案内役の妖精メイド、その後をさとりと空が静かに歩く。
紅魔館で働く妖精メイドは能力や体躯もさまざまだが客人の対応など重要な仕事は当然知能も高い者が任される。
もっとも知能が高いと言ってもそこは妖精の中で、の話である。
一行を案内している妖精メイドは体格はさとりと同じくらい、妖精独特の羽が無ければ見た目には普通のメイドと変わらない。
こいしと勇儀はどこまでも変化しない風景をキョロキョロと眺めながらさとりの後に続き、玄関ロビーから廊下にある部屋数を数えていたお燐はいつまでも変わらない風景に飽きてしまったようで最後尾をトボトボとついてきている。
と、突然こいしが前を歩く空の背中に倒れ掛かる。
驚いた空が同じく前を歩くさとりに倒れこみそうになるのをなんとか踏ん張ってこらえた。
「こいし様、大丈夫ですか?」
「うん、おくうありがと。」
「いやぁ、すまないね。なんだか急におまえさんの姿を見失っちまって。」
犯人は勇儀だった。
長い廊下を歩くうちに退屈し、余所事を考え始めたら前を歩くこいしの存在を知覚できなくなってしまったようだ。
「こいし、こっちにいらっしゃい。」
さとりは狭い廊下の端によって隣にこいしを歩かせた、見失ってしまわないようにしっかりと手を繋ぐ。
「しかしなんで急に見えなくなったんだろう、今はしっかり見えるんだが。」
「それがこしいの能力です、見えてはいても注意を払わないと存在を感じることができない。道端に落ちている小石は視界に入っても気に留める人がほとんどいないでしょう?」
「ああ、確かに。でも人間の子供とか道端に落ちてる何の変哲もない小石を拾ってきて遊んだりするだろ?」
「はい、だから子供や特に好奇心の強い大人にはこいしの存在を感じる事が多いみたいです。あと顔見知りだったりすれば感知しやすいみたいですね。」
「なるほど、便利だが不便な能力だねえ。普段は使わないでいればいいのに。」
「残念ですがそうはいかないのですよ、こいしの能力も元々覚の能力が変異したものなのでスイッチのようにオンオフはできないのですよ。」
「じゃああんたの心を読む能力も?私がしゃべる前に本当は何を言おうとしてるかわかってるのかい?」
さとりは顔だけ勇儀のほうを向けてにっこりと笑った。
「ええ、でも人とお話をするのは嫌いではありませんよ。」
「食えない妖怪だねぇまったく。」
そんなやり取りの後、またさらにしばらく廊下を進むとようやく景色が変わった。
行き止まりに大きな観音開きの扉があり、扉の存在感を示すように周囲のものと比べて大きく豪華な燭台が両側に二つ。
扉の上にはこの奥に広がる部屋の名前らしきものが煤けた金属のプレートで知らされているが暗さと煤でほとんど読めなかった。
かろうじて最後の【図書館】と書かれている部分だけが判読できる。
妖精メイドが静かに大扉を開け、一行に中に入るよう促した。
さとりは軽く会釈をして中に入る。一行が皆、中へ入ると背後の大扉が音も無く閉められた。
鼻につくカビの臭い、相変わらずというか廊下よりもさらに薄暗い照明、年中ジメジメした地底に住んでいる一行だがこれは気になるところだ。
次に気になったのはこの図書館の広さである。
ここにつくまでに歩いてきた廊下も無限に続くのではないかと思われたがこの図書館、右を見ても左を見ても前を見ても先が霞んでいてどこまで続いているのか窺い知れない。
中に入ればすぐに目的地は見えると思っていた一行にとってこれは予想外だった、しかもここまで案内してきた妖精メイドはもういない。
「ここからどこへいけばいいのかしら。」
途方にくれたさとりが誰にというわけでもなく呟く。
繋いでいるこいしの手にやや力が篭もったのは無自覚ながら不安を感じているのであろう、そう考えたら姉の自分があまりオロオロするのもいけない。
落ち着いて周りを見渡すがやはり目印になるようなものはない、背後の大扉以外どっちを向いても延々と本棚が続いているだけだ。
「少し先に行って様子を見てきましょうか?」
空が列を離れて歩き出そうとしたが、すぐ先に黒い人影が現れた。
ずっとそこにいたのかそれともどこからか現れたのか、現れた人影は恭しく一行に頭を下げた。
「お待たせして申し訳ありませんでした。地底からのお客様ですね、ここからは私がご案内させていただきます。」
「いえ、こちらこそ遅くなってごめんなさいね。急いで向かわせていただきます。」
案内に現れた人影、小悪魔はやってきた客人の言葉になんとも形容のしがたい違和感を覚えた。
「ごめんなさい、パチュリー様が待ってるから急いでって貴方の心の声が聞こえてしまったので。」
「あ、なるほど。そういうことですか。」
今日は珍しく大勢の人間やら妖怪やらがここを訪れる事になっている。
迷路と違い整然としている図書館ではあるがあまりの広さに初めて来た者が迷子にる事は珍しくない。
だからそういった客人の案内は小悪魔が任されるのだが今日の客人は何しろ普段と比べて数が多いのでそれぞれがどんな相手なのかなど知らされてはいなかった。
「お客様は心が読めるのですね、噂には聞いた事があります。確か・・・」
「古明地さとりです、よろしくお願いしますね。」
「はい、ではパチュリー様の所へご案内させていただきます。離れないようについてきてください。」
先ほどの廊下と同じようにひたすら長い図書館を歩く。
「でも小悪魔っておかしな名前ねー。」
突然のこいしの発言にドキッとしたのは隣にいるさとりだ。
空は聞こえていないのか聞こえていないフリをしているのか、勇儀とお燐はまったくだと言わんばかりに頷いている。
「なるほど、悪魔は他人に自分の本当の名前を知られてしまう事が問題になると。」
小悪魔の言葉を待たずにさとりが考えている事を読み当てる。
「ええ、私達の本当の名前は自ら主人に足ると認めた相手にのみ明かすのです。」
「それが契約の証だと、ずっと昔に本で読んだ事はあるけどデマの類だと思っていたわ。」
「ひょっとしたら本当にデマかもしれません。でも確かめるためにやってみようってわけにはいきませんからね。」
小悪魔はクスクスと笑いながら言った。
なるほど、確かに軽はずみに試すような事ではないのは間違いない。
「パチュリー様にはもちろん私の本当の名前は伝えてあります。が、今私がパチュリー様のお傍に仕えているのは契約だけが理由ではありませんので真相はわからないのですよ。」
そんな話をしていると空気の流れが少し変わった。
開けた空間に大きなテーブルが置かれておりテーブルを取り囲むようにたくさんの椅子が置いてある。
図書館には似つかわしくない豪華な装飾のテーブルと椅子は本棚と違って埃が溜まっていない、それどころか毎日磨き上げられているようにピカピカだった。
床を見ると本棚をずらしたような埃の跡が残っている。
どうやらこの空間は今日のためにわざわざ用意されたもののようだ。
さとりは漸く目的についたのだと理解し、案内役の小悪魔に軽く会釈した。
「案内ありがとうございます、えと・・・」
「こあ、と呼んでください。みなさんそう呼ばれますから。」
「ありがとうございます、こあさん。」
「どういたしまして。」
さとりは改めて急ごしらえの会議室を見渡した。
用意された椅子は8割方すでに埋まっている、やはり自分達は最後だったようだ。
奥に向かって長手方向に置かれたテーブルの向こうに一人両肘をついて顔の前で軽く指を絡ませている人物、幼く見えるがおそらく今回の主役かこの館の主のどちらかなのだろう。
その人物の向かって右側に一人、部屋の暗がりのせいかわからないがあまり顔色のよくない人物、さきほど案内してくれたこあが彼女の隣やや後ろに立っている。
こあが言っていたパチュリー様というのはこの人物なのだろうか。
反対の隣には上品なエプロンドレスを着た女性が直立不動で控えていた。
図書館の薄暗がりに白い肌と銀髪が映える、先ほど廊下で一緒になった妖精メイドと似た服装だが彼女が纏う気配から妖精とはまったく格の違う人物だという事は容易に推測できる。
テーブルの左右に座っているのはおそらくゲストなのだろう、さとりが知っている顔も何人か混じっているのが確認できた。
地霊殿で勝負した博麗の巫女や魔法使い、天狗、河童、狐、猫、亡霊等々。
八雲紫から届いた手紙には現在幻想郷で集めうる戦力を可能な限り集めたいと書かれていた、それを鑑みるにここにいる誰もが強い力を持った存在なのだろう。
「地底からの皆様ですわね、どうぞ空いているお席にお掛けくださいな。」
奥に座っている人物が口を開いた。
この場に集まった中でもっとも小柄と思われる少女だが威厳と不可思議な魅力に満ちた声と仕草、さとりは彼女がこの館の主だと確信した。
レミリア・スカーレット、彼女の名前はその恐ろしい力と共に地霊殿まで届いていた。
強大な力を持つ吸血鬼であるが故、協定によってその力を振るう事を禁止されている人物。
彼女の起こした紅霧異変の事も知っている。
その時に強大過ぎる吸血鬼と妖怪が対等に勝負するために現在のスペルカードルールが取り入れられたという事も。
「ウフフ、噂の吸血鬼がこんなお子様だったから面食らってるのかしら?」
さとりはギョっとして思わずキョロキョロと周囲を見渡した。
「心配しないで、私には貴方にように心を読む力なんてないわ、今のは貴方の顔に書いてあったのをそのまま読んだだけよ。」
相手の心を読むことができるさとりだからこそ、自分の考えを見透かされた事による動揺は非常に大きい。
初対面、それも合って10秒ほどの間だけでさとりはレミリアには絶対に勝てない事を思い知らされた。
レミリアはこんな風に相手と立ち会った時に精神的優位に立つ方法を熟知している。
そうする事で無用な争いから自身を遠ざけることができる、強大な力を持つからといって無用にそれを振るうのはスカーレット家の当主として無粋だと教育を受けているのだ。
すでにさとり以外の地底組はめいめい空いている椅子に座っていた。
さとりもこいしの隣に空いている椅子を見つけてそこに腰掛ける。
「では、まだ一人足りないけれど時間なので始めさせてもらいます、本来であればお客様は迎賓室でお出迎えするべきなのですが、諸々の事情もあり失礼な扱いをしてしまった事をまず当主としてお詫びいたします。今後の進行はパチェと紫にお願いするので質問などは彼女に。」
右隣に座っている女性が軽く会釈した、先ほど聞いた名前は少し違って聞こえたがやはり彼女がパチュリーなのだろう。
「彼女は少し体が弱いからね、説明は私がするわ。」
右側の一番奥に座っていた女性が口を開いた。
彼女はレミリアのような得体の知れない強さではなく純粋に妖怪として凄まじい力を持っているのを感じる。
「お初にお目に掛かる方もいるわね、私は八雲紫。今回の仕切りに関してはパチュリーと私、あと私の向かいに座っている八意永琳の三人で行わせて頂きますので。」
紫の向かいに座っている女性が立ち上がり礼をした。
「月人としては私一人の参加ですが、よろしくお願いします。」
こあがパチュリーに何か耳打ちしてその場を去っていった。
「最後の一人がついたそうです、ここに来るまで少し時間がかかると思うので軽く進めてしまいましょう。」
「ひとつだけ、最初にいいかしら。」
パチュリーの後で紫が口を開いた。
「まず最初に確認しておきたい事があります、今回はいわゆるスペルカードルールを用いた勝負から完全に逸脱した、いわば戦争になる可能性があります。」
紫の言葉に場の雰囲気が変わった。
お互い隣にいる者と何か話しあったり一人で考え込んでいる者もいる。
「ともすれば命を落とす事にもなりかねない戦いです、なので抜けるというのであれば止めないし責める事もしません。抜けたい方はこの場から立ち去りここでの事は忘れて頂いて結構です。」
紫は周囲を見渡したレミリアは一人だけ不敵に笑みを浮かべているが、他は一様に不安そうな顔をしている、だが結局ここから出て行く者は一人もいなかった。
「ありがとう、もちろん絶対に勝てる方法を考えるつもりですので。では例の写真を。」
咲夜が机に積まれていた紙の束を抱えて配って回る、その紙にはあの二つ目の太陽の写真が何枚か印刷されていた。
「今お配りしたのが最近巷で話題になっている二つ目の太陽と呼ばれているものの写真です。」
ドス黒い赤色の球体、表面は波うち黒点のようなものがシミを作っている。
写真からも禍々しさが十分に伝わってくるがそれだからこそさとりは一つの疑問を抱いた。
「(確かこれは守矢の二柱が作った物だという事だったけど、悪神でもない守矢の神がこんな禍々しいものを作るものなにかしら。)」
「天狗の新聞記者と河童の無人偵察機で撮影してもらった物です、もう少し近くで撮りたかったのですがこれが限界だという事ですので、この写真を見て現段階で出せる仮説をこれから説明させて頂きます。」
「あの、一つ、よろしいでしょうか。」
さとりの発言に場の視線がさとりを注視する。
「何か疑問かしら?どうぞ言ってみて。」
「初めに聞いた話ではこの球体を作ったのは守矢の二柱だという事でしたが、本当なのでしょうか?うちのペットも関わった事がありますがこんなものを作るとは思えないのです。」
紫は少し考えこんだ、そして言葉を選ぶように答える。
「疑問に感じるのはわかります、二柱が作ったという証拠はありませんが何らかの関わりがあるのは二柱自身が名言しているので間違いないでしょう。」
「そうよ、だからその証拠に早苗もここに来ていないんじゃない!」
ヒステリックな霊夢の声で場の空気が一気にピリピリしたムードになった。
異様な雰囲気に自分が悪いわけでもないのだがさとりは縮こまってしまう。
しばらく会話も無く重苦しい沈黙が場を支配する、その沈黙を破ったのが最後に来た一人、東風谷早苗だった。
「すいません、遅くなりました。」
七月二十七日 日中 紅魔館内魔法図書館
たった今、遅れてやってきた早苗がこのピリピリした空気の理由を知るはずもない。
「ご苦労様、いろいろ大変だとは思うけど来てくれて嬉しいわ。」
レミリアは早苗と会うのは初めてだが、それでも明らかに早苗が疲労困憊なのを見て取った。
ここに呼ぶメンバーは紫とパチュリー、レミリアが話し合って最終的に決めたものだ。
紫以外は直接の面識が無いが今回の黒幕である二柱と早苗の関係も耳にしている、普通ならばここへ呼ぶなと有り得無い。
しかし紫の話と山の妖怪達の評判などを総合的に判断し、早苗は信用できると考えたのだ。
「どこでも、空いているところに座ってちょうだい。」
空いているのは部屋の隅の奥と机に近い場所、早苗は机に近い場所、霊夢の斜め前の椅子に腰掛けた。
いつもの陽気でポジティブな姿は影を潜め、心なしか頬も痩けているように見える。
自分の席を決めた早苗に咲夜が他の者が持ってるのと同じ写真を渡す。
早苗は渡された写真を食い入るように見つめている。
早苗は当然知らないが実は最悪のタイミングでやってきていた事を他の者は知っていた。
選んで座った場所も悪すぎる、斜め後ろに座っている霊夢は爆発寸前のイライラを辛うじて押さえ込んでいる事だろう。
「では、これで全員揃ったので続けます。」
パチュリーの隣に立った紫が再び説明を始める。
「一見すると色のおかしい太陽のように見えますが、これは非常に多くの魂が融合した物体だろうというのが現在の見立てです。」
「あー、だからお顔があるんだねーこれ。」
場に不似合いな緊張感がまったく感じられない声は一同を驚かせた。が、一番胆を冷やしたのは隣に座っているさとりだろう。
「ほらこことここ、ここは手と足が見えてるね。」
「ちょっとこいし、静かにして。」
姉の注意もまったく気にせず写真の顔探しを続けるこいしの背中に小さな影が忍び寄っていた。
「ほらあとこことここも・・・あははははは!」
突然笑い出したこいし、その原因となる背後からこいしのわき腹を掴んで擽っている者がいた。
「面白そうな子、見つけた。」
こいしの背後にいたのはレミリア・スカーレットの妹、フランドール・スカーレットだった。
「ね、一緒に遊ぼう。私退屈なの。」
子供同士というのは初対面でも古くからの友達のように仲良くなれる事がある、この二人もそんなようだった。
「美鈴、お願い。」
レミリアは呆れたように溜め息をついたが、顔は怒っていない。どちらかというとひょっとしたら妹にいい友達が出来るのではないかと期待するような眼差しをこいしに送っていた。
レミリアの指示を受けた美鈴が二人のところにきた。
「妹様こいしちゃん、あっちで一緒に遊びましょう。おやつを用意しますので。」
「月餅ある?私は栗が入ってるやつね。」
「はいはい、ちゃんとありますよ、こいしちゃんの分も用意しますからね。」
保母さんが子供を連れて行くように美鈴が二人の手を引いてどこかへ連れて行った。
その様子を見たさとりもレミリアと同じように溜め息をついたが顔はやはり怒っていない、きっと同じ複雑な事情のある妹を持つ姉としてレミリアと同じような気持ちだったのだろう。
「じゃあ、続けます。」
改めて説明を始める紫はこの役目をパチュリーか永琳に譲らなかったことを少し後悔し始めていた、とにかくややこしい話なのである。
「先ほど触れたようにこの球体は多くの魂、それも怨霊が集合した物だろうと思われます。本来であれば死んだ者の魂は彼岸へ向かうのですが恨みの念をもって怨霊となった魂は三途の川を渡れずに現世に残る場合がありそういった怨霊が融合した物です。」
紫の説明にきょとんとする一同。それもそうだろう、幻想郷の住人とはいえそうそう魂だの怨霊だのについて考える機会はない。
普段旧地獄の怨霊に触れる機会が多い地底の妖怪達でさえ、そもそも怨霊の本質がどういうものか完全に理解しているわけではないのだ。
「えー、その・・・だから怨霊が合体してこうなってるの。」
ここまで妖怪の賢者として威厳を保とうとしていたがどうやらここまでが限界のようだ。
そんな紫の様子を見て一人だけクスクスと可笑しそうに笑っている者がいた。
紫はその少女に目配せを送る、まるで早く助けてくれとでも言いたげだった。
「では、紫が上手く説明できないようなのでここは私が変わらせていただきますね。」
さとりの場所から向かって左、ちょうど机の中ほどに座っていた少女が立ち上がった。
ちょっとした椅子から立ち上がるだけの動作だったのだが、その優雅と呼ぶに相応しい立ち居振る舞いに一同の目が釘付けになる。
「白玉楼の主、西行寺幽々子です。皆さんお見知りおきを。」
少し首をかしげてにっこりと笑った幽々子の姿は確かに優雅なのだがその実、何か背筋にゾッとする恐ろしい物を感じる。
その理由はすぐに明らかとなった。
「私はこう見えて亡霊なので、霊に関しては詳しいのよ。」
そう言って周囲を見渡した幽々子は自分の言葉に対する周囲の反応を楽しんでいるようだった。
「紫がさっき言ってたけど、本来死んだ者の魂は幽霊となって三途の川を渡って彼岸へ向かいます。彼岸には死んだ者の魂を引き付ける引力のようなものがあるの、本来は何もしなくても幽霊は彼岸へ行って気質によって閻魔様が行き先を決める。」
「これは普通の幽霊の場合、怨霊というのは例えば誰かに殺されたりして強い恨みを持っている幽霊ね、彼らは恨みを晴らしたい一心から彼岸へ行くのを拒否するわ。彼岸へ行って裁きを受けて次の舞台に移ったら今の自分ではなくなってしまう、そうなったら恨みを晴らすどころじゃなくなっちゃうものね。」
「輪廻を拒否して現世に留まろうとする魂、という認識でよろしいのでしょうか。」
ちょうど幽々子とテーブルを挟んで真向かい近くに座っている、幽々子とは異質の優雅さを備えた女性が確認するように口を開いた。
「そうそう、さすがお坊さんね。飲み込みが早いわぁ。」
幽々子は胸の前で小さく拍手して見せた、本当雲のようにつかみどころのない女性である。
距離がやや離れているせいなのか、さとりにも彼女の心ははっきりと読めなかった。
「彼岸へ行った幽霊は裁きを受けて、罪人であれば地獄へ送られて贖罪を果たしたら元の舞台に戻されるの、逆にいい行いをした幽霊は天界に招かれて天人になるわ、もっとも一番多いのは善悪どちらにも偏りが無くて浄化を受けたらすぐ元の舞台に戻される子達なんだけどね。」
「幽々子、その話はいいから今は怨霊の話をお願い。」
自分でも脱線していることに気づいていなさそうな幽々子に紫が怨霊の説明を促す。
「あら、ごめんなさいね。」
この場にいる誰もが単なる脱線話だと聞き流していたがただ一人だけ、この話に興味を持った者がいた。
「贖罪・・・。」
空の小さな呟きは幽々子のクスクスという笑いにかき消され誰の耳にも届くことは無かった。
「怨霊は冷たい幽霊と違って熱を持っているの、恨みの炎なんて比喩が使われるのはこれが元になってるんじゃないかしらね。」
「だからこれほどの数の怨霊が集まれば相当な熱量があるはずよ、本物の太陽ほどではないと思うけど地上に近づいたら大変な事になるんじゃないかしら。」
「大きさ的には約3000kmってのはわかったのだけど、具体的にどれくらいの数の怨霊なのかはわかる?」
紫はパチュリー永琳とこの二つ目の太陽の大きさを計算で求める事はできたが実際どれほどの数の怨霊が集合しているのかまではわからなかった。
「写真を見ただけでは正確にわからないわ、実物にもうちょっと近づいて近くに感じる事ができればわかると思うけど。でもざっと計算した感じ1000万はくだらないわね、ひょっとしたら桁が一つ違うかも。」
「一億人って・・・そんな膨大な数の人が亡くなれば大騒ぎになるはずじゃないかしら。」
永琳の疑問はもっともだ。
「そうとも限らないわ、幽霊や怨霊にとっては境界を超えるのはごく普通の事だもの、外の世界で何かが起こったのかもしれないわね。」
「最近まで外にいた早苗さんやたまに外に買い物にいく河童のお嬢さんは何か心当たりがないかしら?」
「私は・・・ごめんなさい、わからないです。」
消え入りそうな弱々しい声で早苗が答える。
「私はちょっと心当たりがないとも言えないね・・・」
部屋の隅に座っているにとりが早苗よりも弱々しい、震えるような声を搾り出した。
「こないだもちょっと仕入れに行ったんだけど妙な噂を聞いたんだよ、外の人間がものすごい爆弾を作って戦争しようとしてるって。」
「ものすごい爆弾?まさか・・・」
早苗の顔がさらに青ざめる、どうやらにとりの言おうとしている物が何なのか理解できたようだ。
「核の力を使った爆弾らしい、使い方によっては国が一つ消し飛んでしまうくらいの威力だって話だ。」
「やっぱりね、あの二柱が絡んでるんだからきっとそれが原因なんでしょ。だいたいその爆弾だって神奈子が作らせたもんじゃないの?」
「神奈子様がそんな事をなさるはずがありません!」
早苗の声は広い図書館中に響き渡りそうなほどだった、しかし霊夢も負けてはいない。
「わかんないでしょそんなの!旧地獄の時だってあんたはあの二柱にハブられてたんだし、今回はそうじゃないっていうの?!」
「あれは幻想郷のエネルギー問題を考えて行った事じゃないですか!」
「今回だって口では幻想郷の為だって言ってたわよ!口だけはね!実際はどうなんだか、旧地獄の時も本当は別の企みがあったのかもしれないわよ、その爆弾の実験でもしてたんじゃない?!」
「そんな事・・・神奈子様はそんな恐ろしいことをなさるはずがありません!」
「死間の計っていうのがあるけど今の早苗がそうじゃないの?味方だと思わせておいて・・・」
「霊夢、八つ当たりはそこまでにしておきなさい。」
口を挟んだのは紫だった、妖怪の賢者としていやそれ以上に厳しい顔つきになっていた。
その声には誰にも逆らう事を許さない威厳が満ちていた。
精神力の弱いものであればこの声を聞いただけで腰を抜かしてしまうかもしれない、そのくらいの迫力だった。
霊夢はふてくされたように椅子を早苗と別のほうへ向けて座りなおした。
「いろいろ遠回りしちゃったけど、これが怨霊の塊だって事は理解してもらえたかしら?」
幽々子の優雅な笑顔と仕草はたった今の修羅場をまったくなかった事にしてしまうほどの存在感がある。
「それで、実際の対策なんだけどこの怨霊をバラバラにすればいいの、一塊を6体以下まで分解することができれば後は彼岸の引力に引かれて勝手に彼岸へ向かってくれるはずだから。」
「バラバラにするだけで後は何もしなくても大丈夫なのですか?」
中性的な声、それでいて人間や並みの妖怪なら男女問わず聞いた者の魂を鷲掴みにして連れ去ってしまうような恐ろしげな魅力に満ちた声だ。
その声に驚いたさとりは思わず声の主を探す、彼女は先ほどまでこいしが座っていた椅子の一つ向こうにいた。
「(なるほど、彼女が噂の九尾なのね。道理で。)」
「七人同行や七人童子って知ってる?今回みたいに一度に命を落とした怨霊が集まる現象なんだけど、ここで重要なのは必ず七体以上の怨霊の塊だという事。何度か話に出てるけど彼岸には引力があって幽霊や怨霊を引き寄せるの。
引力といっても実際に力で幽霊を引っ張るのではなくて幽霊や怨霊の本質が彼岸へ向かうようになっているの、夜の虫が光に集まるようにね。でも彼岸の引力に逆らう幽霊も存在する、一つは生前に強い力を持った人間や妖怪だった幽霊。
生前に輪廻を拒否して自らの運命を自らで切り開くほどの強い力を持っていた場合がこうなるわ。
そしてもう一つの場合、それが今回のようにたくさんの怨霊が結合した場合ね。ごく普通の力しかない弱い怨霊が輪廻を拒否するほどの力を持つには最低でも七体以上の結合が必要になるの。」
「ありがとう幽々子、今の説明でまずあの球体の結合を崩すのが目的だというのは理解してもらえたと思います。」
再び紫が進行役に戻る。
「さっきの幽々子の説明に七人同行って名前が出たけど今回のあの塊は実は西洋妖怪で名前が・・・ん・・・ラジオ・・・?」
「レギオン。」
紫の隣にいるパチュリーがボソっと助け船を出した。
「そう、レギオンです。西洋妖怪に関してはパチュリーのほうが詳しいので対策の説明をお願いします。」
「その前にこあ、この本を持ってきて。」
パチュリーはメモに何やら書いて後ろに控えていたこあに渡す。
闇に消えたこあはすぐに戻ってきた。
「パチュリー様、さきほどの本ですが貸し出し中のようです。貸し出し帳がありました。」
パチュリーは傍に座っている黒ずくめの服を着た少女には疑いのまなざしを向けた。
「おいおい、私を疑ってるのか?自慢じゃないが私は本を持っていくのに貸し出し帳なんていちいち書いた事は一度もないぜ。」
「そんな事自慢しないでよまったく・・・借りたのは、東風谷早苗ね。」
「あ、先日神奈子様に頼まれてお借りした本ですね。」
「今持ってる・・・わけないわよね。」
「はい、ここでお借りしてすぐに神奈子様に渡してしまいましたので、今どこにあるのかもわかりません。ごめんなさい。」
「黒幕が持ってるんでしょ?返してもらってきたらいいじゃないの、黒幕の一味なんだし。」
「霊夢!」
紫が注意するより早く、走り去ろうとする早苗はちょうど本棚の影から現れた美鈴にぶつかってしまった。
「早苗、今日はもういいから帰ってゆっくり休みなさい、どうせちゃんと寝てないのでしょう。美鈴、早苗を送ってあげてちょうだい。」
「あ、はい。かしこまりましたお嬢様。あと妹様とこいしちゃんは貴賓室でお休みですので。」
「じゃあこあ、こっちの本を持ってきて。こっちはあまり正確ではないけど仕方ないわ。」
パチュリーは小さな紙になにやらすらすらと書いて小悪魔に渡す。
「ではここで10分ほど休憩にしましょうか、続きは皆でその本を検証しながらにしましょう。」
永琳の言葉で場がざわつき始めた。
いつもの仲間で集まって話しているもの、久しぶりに会った仲間と旧交を暖めあうもの、腕を組んで一人ふてくされているもの。
まだまだ場の心が一つになっているとはお世辞にもいえない状態だった。
慣れなくてちょっと読みにくいかな……。
とりあえず続き見てきます。