茶を汲んで、戻った縁側。落ちかけの斜陽になぞられた影一つ。白い有翼の異形。
「はぅろー」
珍客、もとい振り返った顔は──懐かしい。
ぐっぱぐっぱ、と手の平を閉じたり開いたり見せるのは挨拶なんだろか。
真似して返すも何処かぎこちなく、見たようにはいかない。それでもしゃらりと金髪を揺らして微笑みを返してくれる。
「お久しー」
「そうね、おしさし」
「お久しだってば」
久しさを感じる程の縁があったかと思い起こせば、いやそんなことは全くないんだけど。
爛々と期待を差し向ける赤い瞳は、私に一つの言葉しか求めていない。
「ええもちろん──特に覚えてないわよ」
「そっかぁ嬉しいなー覚えてくれてぇない!」
いやま、名前忘れただけなんだけどね。
滝のように嘘くさい涙を撒き散らしながら、背後へきりもみ。ちょっと、あんたの加減だと畳とかぶつかった卓がかわいそう。
よろよろと起き上がる。ぶちまけられた煎餅が一枚、その頭で難を逃れていた。
「よよ、よ……あんなに激しく極まっちゃうくらい打ち合わせたのに。鬼みたいないけずが居るわ」
「嘘ばっかり、激しいのはあんた一人だけ。息つく暇もなければ、終わるまでお互いの目すら見ていなかったじゃない」
「そぉんなことはないわよ。どうにも当って欲しい所に当らないから目を見て、あ、こいつ平気そうだからもうちょっと、って」
せめて焦るフリでもしておけば……と後悔が走るけど、まぁ終わったことだし。
散乱した煎餅を指差してどうにかしろと目で訴えてみる。了解したのか、各所に敷設された醤油煎餅を拾ってはばりばりと二口で処理し始めた。
違うんだけども。いやま、別にいいっちゃいいんだけどさ。
「んで何しに来たの」
「うん、夢月も来てるよ」
「そっちは聞いてない」
「エリーが提案したの」
「そっちは後々」
「くるみはやっぱり幽香に会いたくないって湖に身投げしちゃった」
「そっちはどうにかして」
また騒ぎが起きるから、もう。
むしろ元保護者を連れてくるのが手っ取り早いか。起きてるかなーあれ。
「あーあー、あーー」
「うわ、何。何が起こった」
腰を掴まれる、どころか藁でも抱える容易さでその腕に納まってしまった。
え、なに。まさかの上下が泣き別れ?
「駄目、幽香を呼んだらだめですー」
「いやそんなつもりは全然」
「うっそー、面倒くさがり屋は一番解決の早い方法を思いつくもの」
ごめん正解。
実際の所間違っていないので、脇下から覗いてにこにことねめつける瞳からだんまりしつつ、明後日の方を見やる。
あり、もうそろそろ日が沈むじゃない。まだ風呂も夕餉の支度も手つかずなのに。
そも、と。
幽香と面識。不思議な所で縁が──いやま別におかしくはないか。妖怪やら悪魔の繋がりって人間よりも密接そうだし。
この小さい悪魔にも、その繋がりを辿るような気まぐれが起きたのか。
腰を解放して隣に落ち着いてはくれたけど、さり気なく対象の移された腕が戦慄。
なるべく動揺は出さないよう心がけているけど、微かに粟立った肌をからかう手つきで撫でられるとそれも無意味なんだと諦めた。
「──懐古」
「んあ?」
片側が捕らわれているので、少し不便な勝手をしながら茶を注ぐ動作を二回ほど繰り返せば、唐突に。
「゛ここ゛に来た理由とやらを分かり易くするなら、そう言うのもあるわ」
「……そりゃちょっと思い出が無さ過ぎなんじゃない」
「しょうがない。だって場所が場所だもの。印象深い、ってヤツ」
……まぁ、変化を例えるなら花が枯れたか咲いたかだけのささやかさで動いていそうな所だったし。
゛昔を懐かしむ゛行為があるとすれば。私らが引っかき回した出来事のそれが唯一だってのも、頷けなくはない。
「夢月はねーすごいセメント顔しながら、姉さんが決めて、とか金剛石みたいな声音でねー。見てて面白いから即決で行きましょう、って言ったら、もう、けっ、ふふ、うふふふふふふふ」
何やら一人でゴキゲンな様子。
前髪がかかっているので、にたにた微笑む口元しか見えなくて非常にえげつない。
夢月だかも普段から負いきれぬ苦労してるんだろなと。
「その、゛カワイイソウ゛な妹をほっぽって一人で私の所に来たのは、どう言うアレよ」
「面白い言葉ねそれ。ああ、うん。ただの挨拶だよ?」
夢月は来ないって、いつもの三割増しのセメントで譲らなかったからエリーに付いて行かせちゃったのよ、と。
「一番の夢月を差し置いたら、ね。幽香かあんたと言う訳でめでたく」
「喜べないからね、とっても」
「私が許すから存分にー」
「躊躇してる訳でないっての」
もーおぉー、とかやたら可愛く無いぶりっ子加減で腕を前後に弄ばれる。子供って人の腕を振り子と勘違いしてるわよね。
うんいいのよ、まだそっちの方にはちゃんと間接が曲がるから。
「さっきの、幽香を呼ぶのは駄目ってのは」
「幽香怒るからね」
「はぁ?」
「うん、正確じゃないけどそれが一番合ってると思う。容赦してこないし」
「それで、どうして」
「いやいや、私も殴られたら黙っているほど温厚でないよ」
「……ああそう。それは確かに、おいそれと顔合わせする訳にもいかないかね」
この手のやつは見境のない振る舞いが基礎なんだと思ったけど、そう短絡な話しなだけではないらしい。
そう見直した事を伝えてやれば、
「タダでさえ無理やりしてきたから。ここでぐだんぐだになったら遠くの夢月ちゃんが浮かばれないわ……」
「妹をごく自然の体で亡き者にしなさんな……」
当然のごとく、身内関連。そろそろすんなり落胆させらるのにも感慨がなくなってきた。
滅亡単位の喧嘩も、出来るのならヨソの世界でやって欲しいものなので、内訳はさて置き全力で評価したい。
異変は仕事でも、異形同士のナシの付け合いまで面倒見てられない。
「いや待った……それじゃあいつの三下が会いに行ったのは」
「んー、夢月も行ったからそこまでじゃあないとは、ね。けどくるみちゃんはどっちが安らかなのか分かってたんだろーねー」
はっは、ええ予想していたわよ。うん、そうよねー。珍しい顔ぶれに会ったらこう言う事態はもう必然よねーちくしょー。
かっく、とうな垂れた私の懸念が理解出来るのか。よしよしと存外に柔い手つきで頭を撫でられた。あ、なんか悔しい。
と言うよりいい加減、その金髪に冠した狐色の醤油煎餅をどうにかしろと。
「……そもさ、その幽香がここにいる事とか考えなかったの?」
「あれ、ひょっとしてそれとなく仲が良い? 」
「考えてなかったか……いや、特に関わる訳でもないけど、たまにね。あんた以上に顔見知りなのは確かだから」
ふぅんー、とどこか実の入っていない声音が間延びする。
何か分からないが、別の場所に興味が移ったようだ。
私もそろそろ夕餉の支度を考えたい。呼んでも居ないやつが来るかも分からないし──
「よっ、とぉ」
立ち上がるような気軽さで。
そんな声を聞いた時には私よりも一回り小さい体躯が、茜空へ舞っている。
体積の数倍は包み込めてもおかしくない腰翼が空間を打てば、白い羽毛が僅かに散った。
とん、と石畳を軽やかに鳴らすヒールの音。不敵に見つめてくる赤い瞳に捉われて、ようやくソレに気安さを許してはいけない事を思い出す。
「やっぱり、行ってくるね。あの子らだけにってのも悪いし、決めたのは私だったからってのも」
「……まぁ、止めはしないけど。出来るだけ穏便を念頭にしてくれるだけで、気苦労の多いどこかの巫女が安心出来るらしいわよ」
「ふふ、そう言われちゃあしょうがない。幽香のドギツイ一発だけでも我慢してみようかな。──体が修復出来なくなった時に、どこかの巫女とやらが労ってくれるなら」
……けど、まぁ。縁に連れられて来たのは物騒な過去とは言えど、
「ええ、大破壊と並べたら──安いもんよ」
意思を持って肩を叩きに来たのなら、苦い顔でよければ相手してやるのも、悪くないだろうか。
「よし、ちゃーんと聞いたからね?」
そう満足に笑みを浮かべると、羽に混じってふわりと落ちてきた煎餅を見ずに一掴み。
ばりっ、と景気良くならした音は、約束を守らなかった私の体から聞こえるのかも知れない。
全てを快活な笑みの元でしているのだから、余計に空恐ろしい。
言葉では信用がなさそうなので、肩の上まで腕を上げてみる。万歳をしている訳ではない。
「ああそうだ。──ね、あんた名前。なんて言うんだっけ」
今にも境内を飛び出そうとした身が翻り、そんな事を問う。
名前一つ聞くのに随分と楽しそうな顔をしているもんだ。
「あれ、言ってなかった?」
「ん、多分聞いてなかった」
それじゃあ仕方がない。私も記憶にないから、お互い様というモノだ。
「──霊夢。博麗の巫女で、なし崩し的にあんたみたいな知り合いが増える、騒がしい役目の貧乏くじ、ってどう?」
「おおう、いいねその口上。次の時までに私も何か編み出そう」
「……次もあるの?」
「あるの、必ず」
「あ、そ。……じゃあね、ええと」
「ふふぅ、幻月お姉様って呼んでも」
「あんまり妹に迷惑かけないのよ幻月」
「むあぁーうん……ぐぐ、ちゃんと、めんこい夢月ちゃんも、連れてくるからねー!」
出来ればその夢月が、幻月の決定を仰いだ時のように不機嫌でなければいいんだけど──
夕闇に飲まれていった白い翼を見送って。
結局は手つかずの冷えた茶を二人分、眉根をしかめて啜る羽目になったのは言うまでもない。
────
後日。
幻月と良く似た顔立ちの少女が一人、酷く虫の居所が悪そうな顔で何かを小脇に境内に現れた
近くに来れば、何やら壮絶な笑顔で気絶しているボロボロの、幻月──まぁ随分とぞんざいな扱いで。
私がこうしてのんびり茶を飲んでいられると言うことは、つまりそういうことになったのだろう。
たまには甘い顔をしてやれと、何処かの神様が零したのかもしれない。
それはそれとして────腰に手を当て私を睨むとても゛カワイイソウ゛な視線に、とりあえずねぎらいの気持ちで、一杯を。
────
「はぅろー」
珍客、もとい振り返った顔は──懐かしい。
ぐっぱぐっぱ、と手の平を閉じたり開いたり見せるのは挨拶なんだろか。
真似して返すも何処かぎこちなく、見たようにはいかない。それでもしゃらりと金髪を揺らして微笑みを返してくれる。
「お久しー」
「そうね、おしさし」
「お久しだってば」
久しさを感じる程の縁があったかと思い起こせば、いやそんなことは全くないんだけど。
爛々と期待を差し向ける赤い瞳は、私に一つの言葉しか求めていない。
「ええもちろん──特に覚えてないわよ」
「そっかぁ嬉しいなー覚えてくれてぇない!」
いやま、名前忘れただけなんだけどね。
滝のように嘘くさい涙を撒き散らしながら、背後へきりもみ。ちょっと、あんたの加減だと畳とかぶつかった卓がかわいそう。
よろよろと起き上がる。ぶちまけられた煎餅が一枚、その頭で難を逃れていた。
「よよ、よ……あんなに激しく極まっちゃうくらい打ち合わせたのに。鬼みたいないけずが居るわ」
「嘘ばっかり、激しいのはあんた一人だけ。息つく暇もなければ、終わるまでお互いの目すら見ていなかったじゃない」
「そぉんなことはないわよ。どうにも当って欲しい所に当らないから目を見て、あ、こいつ平気そうだからもうちょっと、って」
せめて焦るフリでもしておけば……と後悔が走るけど、まぁ終わったことだし。
散乱した煎餅を指差してどうにかしろと目で訴えてみる。了解したのか、各所に敷設された醤油煎餅を拾ってはばりばりと二口で処理し始めた。
違うんだけども。いやま、別にいいっちゃいいんだけどさ。
「んで何しに来たの」
「うん、夢月も来てるよ」
「そっちは聞いてない」
「エリーが提案したの」
「そっちは後々」
「くるみはやっぱり幽香に会いたくないって湖に身投げしちゃった」
「そっちはどうにかして」
また騒ぎが起きるから、もう。
むしろ元保護者を連れてくるのが手っ取り早いか。起きてるかなーあれ。
「あーあー、あーー」
「うわ、何。何が起こった」
腰を掴まれる、どころか藁でも抱える容易さでその腕に納まってしまった。
え、なに。まさかの上下が泣き別れ?
「駄目、幽香を呼んだらだめですー」
「いやそんなつもりは全然」
「うっそー、面倒くさがり屋は一番解決の早い方法を思いつくもの」
ごめん正解。
実際の所間違っていないので、脇下から覗いてにこにことねめつける瞳からだんまりしつつ、明後日の方を見やる。
あり、もうそろそろ日が沈むじゃない。まだ風呂も夕餉の支度も手つかずなのに。
そも、と。
幽香と面識。不思議な所で縁が──いやま別におかしくはないか。妖怪やら悪魔の繋がりって人間よりも密接そうだし。
この小さい悪魔にも、その繋がりを辿るような気まぐれが起きたのか。
腰を解放して隣に落ち着いてはくれたけど、さり気なく対象の移された腕が戦慄。
なるべく動揺は出さないよう心がけているけど、微かに粟立った肌をからかう手つきで撫でられるとそれも無意味なんだと諦めた。
「──懐古」
「んあ?」
片側が捕らわれているので、少し不便な勝手をしながら茶を注ぐ動作を二回ほど繰り返せば、唐突に。
「゛ここ゛に来た理由とやらを分かり易くするなら、そう言うのもあるわ」
「……そりゃちょっと思い出が無さ過ぎなんじゃない」
「しょうがない。だって場所が場所だもの。印象深い、ってヤツ」
……まぁ、変化を例えるなら花が枯れたか咲いたかだけのささやかさで動いていそうな所だったし。
゛昔を懐かしむ゛行為があるとすれば。私らが引っかき回した出来事のそれが唯一だってのも、頷けなくはない。
「夢月はねーすごいセメント顔しながら、姉さんが決めて、とか金剛石みたいな声音でねー。見てて面白いから即決で行きましょう、って言ったら、もう、けっ、ふふ、うふふふふふふふ」
何やら一人でゴキゲンな様子。
前髪がかかっているので、にたにた微笑む口元しか見えなくて非常にえげつない。
夢月だかも普段から負いきれぬ苦労してるんだろなと。
「その、゛カワイイソウ゛な妹をほっぽって一人で私の所に来たのは、どう言うアレよ」
「面白い言葉ねそれ。ああ、うん。ただの挨拶だよ?」
夢月は来ないって、いつもの三割増しのセメントで譲らなかったからエリーに付いて行かせちゃったのよ、と。
「一番の夢月を差し置いたら、ね。幽香かあんたと言う訳でめでたく」
「喜べないからね、とっても」
「私が許すから存分にー」
「躊躇してる訳でないっての」
もーおぉー、とかやたら可愛く無いぶりっ子加減で腕を前後に弄ばれる。子供って人の腕を振り子と勘違いしてるわよね。
うんいいのよ、まだそっちの方にはちゃんと間接が曲がるから。
「さっきの、幽香を呼ぶのは駄目ってのは」
「幽香怒るからね」
「はぁ?」
「うん、正確じゃないけどそれが一番合ってると思う。容赦してこないし」
「それで、どうして」
「いやいや、私も殴られたら黙っているほど温厚でないよ」
「……ああそう。それは確かに、おいそれと顔合わせする訳にもいかないかね」
この手のやつは見境のない振る舞いが基礎なんだと思ったけど、そう短絡な話しなだけではないらしい。
そう見直した事を伝えてやれば、
「タダでさえ無理やりしてきたから。ここでぐだんぐだになったら遠くの夢月ちゃんが浮かばれないわ……」
「妹をごく自然の体で亡き者にしなさんな……」
当然のごとく、身内関連。そろそろすんなり落胆させらるのにも感慨がなくなってきた。
滅亡単位の喧嘩も、出来るのならヨソの世界でやって欲しいものなので、内訳はさて置き全力で評価したい。
異変は仕事でも、異形同士のナシの付け合いまで面倒見てられない。
「いや待った……それじゃあいつの三下が会いに行ったのは」
「んー、夢月も行ったからそこまでじゃあないとは、ね。けどくるみちゃんはどっちが安らかなのか分かってたんだろーねー」
はっは、ええ予想していたわよ。うん、そうよねー。珍しい顔ぶれに会ったらこう言う事態はもう必然よねーちくしょー。
かっく、とうな垂れた私の懸念が理解出来るのか。よしよしと存外に柔い手つきで頭を撫でられた。あ、なんか悔しい。
と言うよりいい加減、その金髪に冠した狐色の醤油煎餅をどうにかしろと。
「……そもさ、その幽香がここにいる事とか考えなかったの?」
「あれ、ひょっとしてそれとなく仲が良い? 」
「考えてなかったか……いや、特に関わる訳でもないけど、たまにね。あんた以上に顔見知りなのは確かだから」
ふぅんー、とどこか実の入っていない声音が間延びする。
何か分からないが、別の場所に興味が移ったようだ。
私もそろそろ夕餉の支度を考えたい。呼んでも居ないやつが来るかも分からないし──
「よっ、とぉ」
立ち上がるような気軽さで。
そんな声を聞いた時には私よりも一回り小さい体躯が、茜空へ舞っている。
体積の数倍は包み込めてもおかしくない腰翼が空間を打てば、白い羽毛が僅かに散った。
とん、と石畳を軽やかに鳴らすヒールの音。不敵に見つめてくる赤い瞳に捉われて、ようやくソレに気安さを許してはいけない事を思い出す。
「やっぱり、行ってくるね。あの子らだけにってのも悪いし、決めたのは私だったからってのも」
「……まぁ、止めはしないけど。出来るだけ穏便を念頭にしてくれるだけで、気苦労の多いどこかの巫女が安心出来るらしいわよ」
「ふふ、そう言われちゃあしょうがない。幽香のドギツイ一発だけでも我慢してみようかな。──体が修復出来なくなった時に、どこかの巫女とやらが労ってくれるなら」
……けど、まぁ。縁に連れられて来たのは物騒な過去とは言えど、
「ええ、大破壊と並べたら──安いもんよ」
意思を持って肩を叩きに来たのなら、苦い顔でよければ相手してやるのも、悪くないだろうか。
「よし、ちゃーんと聞いたからね?」
そう満足に笑みを浮かべると、羽に混じってふわりと落ちてきた煎餅を見ずに一掴み。
ばりっ、と景気良くならした音は、約束を守らなかった私の体から聞こえるのかも知れない。
全てを快活な笑みの元でしているのだから、余計に空恐ろしい。
言葉では信用がなさそうなので、肩の上まで腕を上げてみる。万歳をしている訳ではない。
「ああそうだ。──ね、あんた名前。なんて言うんだっけ」
今にも境内を飛び出そうとした身が翻り、そんな事を問う。
名前一つ聞くのに随分と楽しそうな顔をしているもんだ。
「あれ、言ってなかった?」
「ん、多分聞いてなかった」
それじゃあ仕方がない。私も記憶にないから、お互い様というモノだ。
「──霊夢。博麗の巫女で、なし崩し的にあんたみたいな知り合いが増える、騒がしい役目の貧乏くじ、ってどう?」
「おおう、いいねその口上。次の時までに私も何か編み出そう」
「……次もあるの?」
「あるの、必ず」
「あ、そ。……じゃあね、ええと」
「ふふぅ、幻月お姉様って呼んでも」
「あんまり妹に迷惑かけないのよ幻月」
「むあぁーうん……ぐぐ、ちゃんと、めんこい夢月ちゃんも、連れてくるからねー!」
出来ればその夢月が、幻月の決定を仰いだ時のように不機嫌でなければいいんだけど──
夕闇に飲まれていった白い翼を見送って。
結局は手つかずの冷えた茶を二人分、眉根をしかめて啜る羽目になったのは言うまでもない。
────
後日。
幻月と良く似た顔立ちの少女が一人、酷く虫の居所が悪そうな顔で何かを小脇に境内に現れた
近くに来れば、何やら壮絶な笑顔で気絶しているボロボロの、幻月──まぁ随分とぞんざいな扱いで。
私がこうしてのんびり茶を飲んでいられると言うことは、つまりそういうことになったのだろう。
たまには甘い顔をしてやれと、何処かの神様が零したのかもしれない。
それはそれとして────腰に手を当て私を睨むとても゛カワイイソウ゛な視線に、とりあえずねぎらいの気持ちで、一杯を。
────
ただ一つ、何で幽香に会うと殴られるのかが曖昧なままということが気になりました。
ある程度、読者に自由を与えた形なのか、あるいは単に自分に読解力が無いだけかもしれませんが。
いずれにせよ、幻月好きな私にはとても楽しく読ませていただきました。感謝。