それは、胸と言うにはあまりに小さかった。小さく、貧く、軽く、そして神々しかった。それはまさに貧乳だった。
「ああ、君は……早苗とか言ったね」
スカートより生まれた聖人、豊聡耳神子は、穏やかに、にこやかに言った。全裸で。
裸にこそ究極の美があることは、改めて述べるまでもあるまい。ミロのヴィーナス然り。ベルヴェデーレのアポロ像然り。芸術とは裸である。古代ギリシャの昔より、美は裸体と共にあった。
「は、はい……お久しぶりです」
全裸と聖人の徳が合わさり最強に見える。救世観音がこの世に顕現したのか、と錯覚するような神々しさである。神子が放つ後光は、黄金の煌めきは、グスタフ・クリムトの裸婦画すら霞ませる神々しさだ。まさに、日出ずる国の天子であった。
この神々しさと美しさを精緻に描写すると、おおよそ二万字ほど必要なのだが、残念ながら余白が足りない。何かと問題が有りそうな部分は救世観音の後背光に隠れて見えないから問題は無い、とだけ明記しておこう。
「さて……布都! 布都! 目を覚ましなさい!」
神子に先立ってスカートより生まれ出でた布都は、後方で気を失っていた。早苗の脳裏に苦い記憶が蘇る。
――我はお主が欲しいのだ!
スカートの中を散々まさぐっては、その言葉と共に生まれ落ちた布都。狂乱した早苗は、机上に有った広辞苑で幾たびも頭蓋を殴りつけた。その衝撃によって首が後ろ向きへと180°回転したが、なおも命脈を保ち、エクソシストに出てくるような背面ブリッジのポーズで襲いかかってきた――そんな悪夢が。
「ん……ハッ! 太子様! いかがなされましたか!」
タイガー・ドライバー'91を決め、ようやく動きを止め――同時に四天王プロレスの偉大さを示した――のだが、聖人の声一つで蘇った。げに恐ろしきはタオの秘術である。
「貴方の悲鳴が聞こえたので駆けつけてきたのですよ……でも良かった。無事ですね。首が逆ですが」
「我が尸解仙で無ければ即死でしたが、問題有りません。やはりタオを学んでいて良かった。早苗も学ぼう。今なら入会金無料キャンペーンも……」
「だから結構ですと」
早苗は「はあ」と溜息を付きつつ答えた。背中越しに、逆さまの首で話す布都と、全裸の聖人を前にしても、溜息程度の反応。布都を広辞苑で散々殴って混乱を収めたのも有ったのだろうが、それ以上に、常識を捨てることが出来てきたのだろう。スカートの中から全裸の聖人が現れることくらい、幻想郷ではよくあることだ。
「しかし……」
いや、よくよく考えてみれば、やはりスカートの中から全裸が出てくるのは幻想郷とはいえ異常な状況なのだが、神子の泰然とした様や、神々しさを見ていると、どうも全裸こそ自然に思えてくる。
もう二歩くらい間違うと、服を捨てよ、街に出よう。となるのだが、幸い、そこまでは常識を捨てられていなかった。
「何故全裸なのですか?」
全裸と言えども、淫猥な感じはない。荼吉尼天の像が半裸だからと言っても、邪な想像には結びつかないように、神々しさだけがある。まあ、世の中には弁才天可愛いよ弁才天的な仏像萌えもあるのかもしれないが、そこまでアグレッシブな趣味は例外としたい。
「早苗は太子様の偉大さをまだ理解しきれぬとみえる」
神子より早く答えては、タオの神秘を示すが如く、ガキガキバコボコという音と共に首を半回転。表向きへ。
「タオの業を極めし身には、服などなくともよいのだ。夏に照りつける陽射しは凍土に吹き荒れる寒風の如く。真冬の水は灼熱地獄の如く、例え火の中水の中でも、タオさえあれば問題ない――」
それはそれで、常に凍土や灼熱地獄の中にいるように思える。絶対にご免だ、と早苗は改めて思った。
「――太子様はそれを体現していらっしゃるのだ。うむ、我も最初は『ついに気が狂った』とも思ったが、考えてみれば太子様には常に遠大で深遠なお考えがあるのだ。よし、我も負けてはおれぬ。全裸に……」
布都の場合は神々しさが足りない。グゼフラッシュでは隠しきれても、桜井寺炎上では力不足だ。あわや全裸から自主規制かと思われたが、
「おや、いけませんね。湯殿から来たのですが、慌てていたので服を着るのを忘れていました。失礼――」
全裸の神子がスカートに頭をぶち込んで、
「屠自古! いますか! 召し物を下さい!」
「は!」
待つこと暫し。
「ちょ! そこは触ったら駄目です! らm……」
「騒ぐな。愚か者めが……太子様。お召し物です」
スカートからにゅっと上半身だけをだして、屠自古は服を手渡す。
「ありがとう。屠自古」
「ああ……悔しい! でも!」
無事に、聖人は衣服を纏った。布都も、太ももが露わになっただけだ。めでたしめでたし。
「ではこれで、布都よ、あまり太子様に迷惑をかけるな……」
「わかっておる。しかし太子様。痛み入ります。わざわざ我如きのために」
「いえ。ですが布都。なんのために仙界からここまで?」
「それにはかくかくしかじかの事情がありまして――」
簡潔に言えば、早苗の勧誘に来たのである。「早苗にこそタオを学ぶ素質がある」と布都は見ているのだ。
そして、神子達の世界、仙界はスキマの中に広がる、無限の広さを持った世界だ。同時に何処のスキマとでも繋がっている。そう、山の上でも、スカートの中でも。
「でしたら何故スカートの中に……」
早苗は些かの怒気を孕んでいった。都合三回、スカートの中をまさぐられているのである。羨ましい、もとい、けしからん事に。
「仙界からの門は何処にでも開けられるのだが、あれは存外に扱いが難しくてな」
「そうですね。私が麓の神社に行ったときも、石畳の下に開いてしまいました」
「他意はないと?」
「他意とはなんだ」
早苗のような純真な少女にとって、口に出すのは憚られた。
「……なるほど。早苗、君の欲……あるいは恐れが伝わってくるよ。それは――」
「良いです。言わないで良いです。いったら殺すまであります。そして絶対に解釈は誤っています」
「そうかな?」
神子は釈然としない様子でもあったが、言うなと言われたら言わない。「押すなよ! 絶対に押すなよ!」と言われても押さないのが聖人である以上、当然の事だ。
「しかし布都、無理な勧誘は良くない。そもそも、人に教える暇が有れば己の修行を優先するのが我々仙人でもあります」
「無理にとは思っておりませんが……いえ、ですが太子様の言葉、胸に刻んでおきます」
「才の有る者を小間使い――もとい、弟子にすることも、修行の一つではあるのでしょうけどね」
ともあれ、これで無理な勧誘も、スカートの中から新種爆誕する恐れも無くなった、と早苗は胸をなで下ろした。
「まあ、わかったら帰って下さい。あと仙界の門とやらを付け直して下さい」
「それは無理ですね」
「無理だな」
「無理……どちらにかかっているんですか!?」
「門ですよ。ここからでは無理です。帰らないと」
早苗はまた溜息を付いたが、この際スカートは犠牲にしてしまおう、と思い、別の部屋へと着替えに向かわんとした。
「ううむ。ですが、考えてみれば人が出入りすればスカートもボロボロですね」
「多少は、いや、かなり痛んでるんじゃないですか? でも、これで縁を切れると――」
「こんなこともあろうかと」
こんなこともあろうかと。声に出して読みたい日本語とはこのようなものである。頼もしく、凛々しい。なんとも力強い響きが、布都の口から漏れた。
「早苗用の胴着を準備してあるのです」
「ふむ。気が利きますね。布都」
「太子様から言われるとは……光栄の至り」
得意げな顔の布都であるが、早苗は「お前は何を言っているんだ」という思いに包まれつつ、
「代用品は必要ですね。よろしい、それを提供しましょう。こちらに不備があった以上、当然の事です」
神子を見やっては、類は友を呼ぶ、という言葉を改めて思い浮かべた。聖人だのなんだの言うが、発想がおかしい。いや、そもそも全裸でスカートから現れている時点でおかしいのだ。
「失礼、借りますよ」
キャー! と叫んだり、顔を赤らめる暇も無く、早苗のスカートは外され、聖人の手の中にあった。
「そうだ、早苗も来て下さい。歓迎しますよ。せっかくだ。仙界と修行を知るといい。タオを学ぶにしてもそうでないにしても、知識は必要ですからね」
「は? え、いや、それ以前にスカート……」
「よし! 善は急げだ! 行くぞ、早苗!」
「ちょっと、待って、ああ……洩矢様! 八坂様!」
そして、三人は消えて、後にはスカートだけが残された。
「ごっはん! ごっはん! ごーはーんをーつーくーるー!」
と歌いながら諏訪子が訪れたときには、
「早苗ー! 一人でプラモと一年戦争ごっこしてキャーキャー叫ぶのもいいけど、ご飯を作らないと……あれ?」
既に、早苗はこの世界の存在ではなかった。スカートだけが、幻想郷に残されていた。
◇
――ポケットの中には空が広がり、ポケットの中にも雲が広がる。
と、二十二世紀より来訪した猫型ロボットは言った。
そして、スカートの中にも空は広がり、道士がいる。
「――粗茶ですが」
喉元まで「スカート」と出かけたが、やめた。虚しかった。汚れちまった悲しみがスカートをはぎ取られた早苗を包み込んでいた。
ハイライトの消えた目でお茶を飲んだ。無言のままに。
粗茶という言葉とは裏腹に、実に上等なお茶であった。ブルジョワジーの香りがした。
「布都はまだ来ないか。君も寒いだろう。よくよく考えてみれば申し訳ないことをした」
神子は神妙な顔をしていった。そういう気持ちが有るなら、そもそもスカートを剥ぐな、と早苗は思うが、神子は聖人故に恥じらいなどの概念は些か少ないらしい。
致し方ない。ビーナスが全裸でも、そこには美が溢れすぎていて恥じらいが無いような物だ。
「太子様。失礼いたします。……早苗、待たせたな」
やっとのことで、布都の姿が見えた。ともあれ、着替えは到着したのだ。
「ではお借りします」
「何、遠慮はいらぬ。借りるなどと言わず取っておくと良い」
早苗は胴着とやらに着替えんとする。それは一見したところ巫女服のように見えた。
「なんだか、霊夢さんの服に似てますね」
「それもそうだろう。あの巫女の力とタオには深い関連がある」
明確に違うのは、腰に暖簾が付いていて、そこに陰陽玉が描かれている事だろうか。
「あの陰陽の力はまさにタオだ。それについて話すと長くなるが、どうしても聞きたいなら……」
「じゃあいいです」
冥界の庭師ばりにばっさりと切り捨てた、が、そこでめげるようではタオは学べぬ。布都は聞き流しつつ口を開き、
「ふうむ。どこから話すべきかな。そうだな、あれは飛鳥の世。まだ我が尸解仙ではなかった頃の話だが――」
千年を超える悠久の時を経ての武勇伝が始められたが、早苗にはどうでもよかった。
気になるのは、胸に付いた「さなえ」の文字。
「なんで名前がデフォで装着されてるんですか?」
「早苗専用胴着だからに決まっておろう」
~専用と聞くと、大概はわくわくするのがガノタと言う物で、早苗も例に漏れない。
シャア専用カップヌードル。シャア専用ウエハース。シャア専用豆腐。シャア専用ザクタンク。シャア専用セイラさん。これだけで胸が高鳴る。通常の三倍の高まりが生まれる。
「なんでこんなにぴったりなんですか?」
「早苗専用胴着だからに決まっておろう」
ガンプラを自分専用のパーソナルカラーに塗装するのもよくあることだ。
早苗の私室にも、東風谷早苗専用高機動型ザクⅡ後期型が鎮座している。
ちなみにMS-06R2こと高機動型ザクⅡ後期型とはザクの皮を被ったゲルググとして知られ、性能は良好だった物のコストの面で問題が(中略)とりあえずあしがすごくかっこいいざく。
それは家宝だが、だからといって、自分の預かりしれぬ所で作られた胴着が、オーダーメイドで誂えたかのようにぴったりなのは不気味である。
「なんで私の体格を知っているんですか?」
「観察していたからに決まっている」
ぞっとしない気分になる。背筋が寒くなる。
彼女の悩みは……服を買っても、どうも型が合わないというか、魅力的でないというか、まあ、要するに胸の部分が余りがちだったりすると言うことである。
しかし、早苗用に仕立てられた早苗専用胴着はそんな吊しの服とは違うのだ。平らな部分に、美しくフィットしているのだ。
早苗は思わず頭を抱えた。「変態! 変態! 変態!」と罵倒してやろうかと思ったが、
「タオを学ぶのは容易な事ではない。中には危険な物もある……例えば尸解仙となる修行。ですね、太子様」
「……ええ」
いつになく神妙な布都の面構えに押されて、飲み込んだ。神子もまた、悲しそうに、あるいは寂しそうに見える表情を浮かべていた。
「我は良いのです。太子様のためならこの命投げ捨てて惜しくはない。ただ、実験台にするなら我で、とは常々思っています。そのことだけはどうかご承知戴きたい」
「あるいは、私ですかね」
二人の会話の意味が、過去を――布都を尸解仙の実験台にしたという――知らない早苗にはよくわからない。
それでも、布都なりの気遣いがあるのだろうとは理解できたから、変態という言葉を飲み込んだのだ。
「……まあ、タオとは万人が学べる物では無い。それは仏の教えとやらに任せておけばいい。我には関係のないことだ」
布都は、幾らか苦々しい顔をしていった。
「だがな、タオを学ぶ才の有る者はしっかりと見守り、大切に育ててやりたい、そう思っている」
それから、その顔に苦笑が浮かんだ。大概の事がなんとなくいい話風に聞こえてくるような表情であり、
「そう、早苗のような者はな。……一緒に学んでいこう。タオの神秘を。風祝とタオのハイブリッド。これは無敵だぞ」
「は――」
一瞬、早苗も「はい。よろしくお願いします」と言いかけた。
「いや、改宗はしません。私は神ですし……」
あわやの所であった。布都の天然ジゴロぶりがあと幾らか強いか、早苗が常識をもう少し捨てていれば、の所であった。
だが、ここで布都に秘策有り。
「しかし、早苗はその胴着に不満か」
「うーん……どちらかというと……」
「ふうむ。まあいい。ならば我にいい考えがある。待っておれ。当世風の流行を学んだ甲斐があった」
と言って、布都は一旦部屋を後にした。何故か、早苗の脳裏に崖から落ちる布都の姿が過ぎった。
「そうか、貴方は神ですか」
「はあ、一応」
「私も神です。外の世界には私を祀る神社もありましてね……」
神と神の語り合い。これこそが八百万の神の住まいし国である。
「でも……別の胴着ってどんなのなんでしょう?」
「私も見たことはありませんが……『ナウなヤングにバカウケ』と布都は言っておりましたね」
ツイッターで「諏訪大社なう」などと言うのも死語になったこのご時世だ。
「ローディングなう」と妖精が待ち時間に呟くほど幻想入りした今、ナウでありヤングでありバカウケである。ギロッポンでシースーが食べたくなる響き。待ちわびたポケベルを叩いてみれば文明開化の音がする。
お前は何時の時代の人間だ、と言いかけて、飛鳥時代かと思い直す。テンテンリアルタイムという現代っ子の現人神と、遠き飛鳥の偉人であり神との対談。幻想的な風景であった。
そうしていると、駆け足の音が聞こえて、布都が戻ってきた。片手に箱を抱えている。
「待たせたな!」
待たせたな! これも口に出して読みたい日本語ランキングでは常に上位を占めている。ただ、(CV,大塚明夫)の場合のように、はまると格好良いのだが、
「いえ、あんまり待ってないです」
などと、けんもほろろに言われると悲しみを覚える諸刃の剣でもある。素人にはお勧めできない。
実際、嫌な予感しかしなかったのであまり待ってはいなかったのだが、
「まあそういうな。見てみればきっと気に入るはずだ。入念な調査もしたからな。我は反省したのだ。中途半端に過去の遺物を引きずったせいで、ナウなヤングには対応できていなかったと。それを踏まえつつ若人が好む今様とは何かを求め――」
と言われて、ともかくも箱を空ける。
「――辿り着いたのだ。甲乙付けがたい品だけに、どちらを選ぶか迷うところが唯一の難点だろうか」
修行の傍ら、布都はナウな少女、つまりモガに受ける衣服を探し回っていた。いや、衣服のみならず、当世で受ける物をだ。「今は神様もフランクな方が受ける」と言っていた神奈子しかり、そういった時代に合わせることも、信仰やカリスマの獲得には重要である。
神子が大復活するにあたって現代風の姿形を取ったのもそこに理由があった。そして、
「変態! 変態! 変態!」
その苦労の結晶は、布都に投げつけられた。彼女の視界は胴着二号機ことブルマーで埋め尽くされる。
「そんなに、奇矯なのでしょうか……今の感覚自体我々にはまだ掴みかねているようですね」
神子は胴着Mk-3であるスクール水着を見やりつつ、怪訝な顔だけを浮かべていた。
◇
「ふうむ。比較的に露出が少ない、かつ機能的。『変態』と叫ぶものでもないと思いますが……」
と、神子は言った。件のスク水を纏いつつ。スク水越しにも板とわかる胸には「6-1 こちや」と書かれていた。
――少々、自分を見つめ直して参ります。
言い残し、布都は修行場に消えた。体操着と紅白帽子を纏っては、肩を落としつつ。自信作であった胴着Ver,2と3を変態と言われ投げられたのがショックだったようだ。
早苗も、少し落ち着くと、邪なフェティッシュからではなくて、千五百年分のジェネレーションギャップが生み出した不幸なすれ違いだと思えた。とりあえずの代用品としてブルマを履こうと思える程度には。だが、
「いや、でも変態でしょう……それは……」
言葉に出来ないもどかしさに包まれる。
露出の多い水着よりも、スク水の方が背徳的かつ魅力的、そして嫌悪感があるというのは、直感ではわかるのだ。
それは、極めて日本的な感覚である。秘すれば花、陰翳礼讃。垣間見とよばひの美学。
セルビーしたマラベがむくむくと大きくなり、ソニアはもうベバリンだとなり、ポンセからはベタンコートとローズが迸るというものを生み出す根源。
だが、その隠された物こそが美であり美しい、という日本的な価値観(全裸を至高とするギリシャとは対極にある)を言葉にするには、まだ早苗は経験不足であった。
そこで聖人である。
「……なるほど。そうか、そうですね。君の恥ずかしいと思う気持ちはわかりますよ。……やはり全ての人間に学ぶべき所が有る。また、一つ知れました。よくよく考えてみればそれこそがこの国の価値観だった」
さっと欲を、心の声を聞き、把握するのだ。
「……君には恥ずかしい思いをさせていたようだ。虚心に声を聞いてみると、スカートから現れたり、脱がしたり、その辺りも良くなかった。詫びねばなりませんね」
そして、過ちを過ちと認め、頭を下げる。一万円札でしか知らなかった聖人がだ。これはもう破壊力がある。こういう態度が、妖怪をも恐れさせる聖人の力の源でもある。のみならず、
「何か詫びがしたいが、何が良いか……そうだ! 君の願いを聞いてあげよう。やはり、それが私の得意だしね」
「本当ですか!?」
「勿論、なんでもいい。言ってみなさい」
さらに一歩先を行く気遣い。これが聖人である。願いを聞いてあげる。と言われれば、早苗に迷う余地はなかった。
「ロボットが欲しいんですよ。もちろん、大きくて人型で私が乗れる奴。贅沢はあんまり言いませんけど……ファンネルが付いてて、フルサイコフレームにマグネットコーティング……光の翼もこの際……月光蝶機能も付けましょう。変形も出来た方がいいですよね。合体は……使わないかな。でもドリルは欲しいな。動力は当然ミノフスキー=イヨネスコ型核融合炉がベースとしても、余裕が欲しいから不連続超振動ゲージ場縮退炉も載せましょう。この際、無限力とオーラ力もハイブリッドにして――」
わたしのかんがえたさいきょうのモビルスーツ。あるいはオーラバトラーか巨神を蕩々と語る早苗。
その一言一句を逃さぬよう、神子は心を、欲を、じっと見つめる。もっとも、十人相手にこれを行っていたのが彼女であり、それが聖人なのだ。朝飯前だ。
「なるほど、ちなみにサイコフレームとは何かな?」
「ええと、サイコミュを織り込んだフレーム……つまり精神派に感応して……要は人の心を、悲しみを感じるためにあるんですよ。あと小惑星くらい持ち上げられます。ガンダムは伊達じゃないんです」
「ああ、君の欲と合わせればわかった。で、マグネットコーティングとは――」
常人なら「精神派に感応する」この辺りでどこがつまりだ、日本語を話せとなるところだが、幻想と現実、フィクションとノンフィクション、飛鳥時代と宇宙世紀。その境界を埋めるだけの知恵がある。それが聖人だ。
天元突破しては地球をパンチ一発で壊せるような最強ロボの話をしっかりと理解して、
「ふむ。君の願いはよくわかった。実現するには並々ならぬ苦労が必要だろうが、君は現人神。信仰有る限り存在することが出来るわけだ。だから努力を重ねればきっと実現できる。人の想像することは全て実現できると古人も――」
「……」
ロボットが現れる気配は無い。
「困ったら相談してくれれば、私が力になれることなら協力しますよ。さて、他に願いは――」
有るはずもない。
「は?」
「は? とはなんでしょう? 申し訳ない。まだ目覚めて間も無い故、今風の言葉には不慣れで……君の欲に怒りが混じってるのはわかる。きっとストレスが溜まっているんだろう。だったら口に出すと良いと思いますよ。それが精神衛生上もいい。何でも聞くから」
「……聞いて下さるんですか」
「遠慮は要らない。慣れているからね。聞くことには」
心中でアホかと、馬鹿かと。お前はこの橋渡るべからずと言われたら真ん中を歩く人間かと叫んだ。流石に、口に出すのは憚られた。
別段、神子に悪気があるとは思えなかったからだ。ただ、一休さんを見たらイラッときそうな気分になっただけだ。
ここで薄汚れた心根を持っていると――自主規制――な欲を投げかけ、反応を楽しむという高等テクもあったのだが、東風谷さんは純真だった。
別に相手が悪くないけどむしゃくしゃすると言う理不尽な気分を満喫して、ひっひっふーとラマーズ式で深呼吸。殺意の波動を抑える。
「……もうないです」
「そうかな? 君の欲からはまだ殺意やストレスが聞こえていますが……」
瞬極殺をかましてやりたくなったけど、
――山の風祝、聖人を殺害! 「むしゃくしゃしてやった。今は反省している」等と意味不明な供述を繰り返しており……
と言う見出しは見たくない。
「いえ、ありがとうございました」
「そうか。君の助けになれたならば何よりですよ」
「ええ、それはもう。ではそろそろお暇しようかと――」
ともあれ、早苗が帰ろうと思ったときだ。
――ぎゃおー! たーべちゃうぞー!
――助けてー! みこえもーん!
仙界に声が響いた。助けを求める声だ。
「おや、私を呼ぶ声が……助けに参りますかね」
神子がそう言って立ち上がると、同様に助けを求める声を聞いていたのだろう。布都がもの凄い勢いで駆けつけた。
「太子様! 我もお供を!」
「いえ、それには及びません……早苗。失礼。少々席を外させていただきます」
「太子様お待ち――」
布都が呼びかけるより早く、神子は何処かへと消えた。布都は溜息を付いて、椅子に腰を降ろした。
二人は残されて、どうにも重い空気が漂った。その空気を味わい、早苗は思わず帰りたくなったけれど、仙界からのドアは他所に繋がってしまった。いや、そうでなくてもやはり残っただろう。
「はあ……」
重々しく息を吐く布都を残すというのも、どうにも憚られた。ただ、布都が気落ちしているのはわかる。その原因も、まあ幾らかはわかる。タオを学ぶことを断ったとか、変態呼ばわりとかそういうことは。
わかっても、なんと声をかけるべきかはよくわからなかった。しばしの間、部屋に沈黙が広がった。
「早苗よ」
「はい?」
沈黙を破ったのは布都だった。
「我は役立たずなんだろうなあ。我の周りには無用な争いばかりが生まれる……」
広辞苑で散々殴りつけた事を思い出せば、それはそうだろうと思える。
「この郷にも、今の時代にも馴染めん」
ブルマを着用するイメージなプレイを求められたのを思えば、否定は出来なかった。
早苗とすれば、向こうから口を開いてくれたのはありがたかったけれど、なんと答えるかは迷った。
時代錯誤か、と言う問いに、率直に言えばそれはそうだろう、となる。阿礼乙女が書き記したように。口調も行動も、何もかもが古い。
だからといって、口に出すのも出来かねた。こうも憔悴してれば尚更だ。そう思いつつ答えあぐねていると、
「……即答できていない。つまり馴染めていないのだろう。ならばはっきりと言ってくれた方が有りがたいな」
「まあ……そうでしょうね。あれだけの間寝ていたんだから仕方ないですよ」
「太子様は早速対応しているというのに……情けない」
神子も神子でどうにもずれているし、対応したと言いきれない気もしたけれど、相対的に見ればそうかもしれない。少なくとも、布都がそれを原因に気落ちしているのは間違いない。
「早苗が羨ましいよ」
「私が、ですか?」
「うむ。お前もまた、外界からこの幻想郷に渡ってきた者と聞く」
「そうですね」
「……まあ、我は確かに飛鳥の世から眠り続けていた身ではあるが……早苗がこうも幻想郷に馴染んでいるというのに、我は場違いなままだ」
と言って、布都はまた溜息を付いた。
「それでも良いのだ。太子様のお役に立てれば。しかし我は何の役にも立っておらん。太子様への崇敬を掴むことは出来ず、弟子の一人も取れず……今もそうだ。太子様が人間を救わんと出向かれたが、我は役立たずだと」
「気にしすぎですよ。布都さんの手を煩わせるまでも無い些事なんでしょう?」
「どうかな……」
すっかり、物事をマイナスに考えている癖が付いてしまっているようだ。
そこまで言うと、覇気もなく肩を落とし、
「……すまんな。つまらない話をしてしまった。我は部屋に戻る。……太子様を待つ間、青娥とでも話しているといい。あいつは面白いし要領が良いよ。誰からも好かれる質だ」
遠い目を浮かべつつ、
「まあ、友人だと思い始めた頃にはもう飽きていて見捨てるのが奴の流儀だが、それをわかってれば話していて面白いし、役にも立つ」
部屋から去っていった。それを見ながら早苗は思った。
――君は僕に似ている、と。
それを思うと同時に、幻想入りした今、ガンダムseedHDリマスターを見られぬ悲しみを感じたが、それも忘れて、布都の後を追った。
◇
布都の部屋は、予想以上に飾りっ気がなかった。
「修行以外にはあまり興味が無いのでな……」
机と椅子に修行用の――サンドバッグ代わりの――人形、壁には胴着と勧誘用の変態衣装。物はその程度だろうか。
――バ、バカニサレテルダケナンダナ
布都が人形を動かそうとすると、口を開いた。衝撃に反応しての簡単な会話機能付きという優れものなのだ。タオ脅威のメカニズムである。毒舌を放つ人形君は、孤独な修行を、より苦しくイラッとする物に変えてくれている。
「座ると良い」
「では、お言葉に甘えて」
早苗は部屋に一つだけの椅子を勧められた。悪いようにも思えたけど、断っても譲り合いだとストイックな部屋を見て思ったから、素直に座った。
「私も、昔は悩んでいました」
素直なまま、単刀直入に早苗は言った。
「幻想郷……いや、自分と違う世界ってのは、自分の常識が通用しないんですよね」
「ふむ……」
「かといって、常識に囚われてはいけない、となるとまたおかしな事をしてしまうものです……」
早苗は視線を天井に向けた。それから壁に目をやった。平均的な――外の世界にも多いような作りの和室だと思った。
「この部屋って、布都さんが生きて? 生きてでいいのかな?」
「つまりは尸解仙になる前だろう」
「そう言う事です。こんな部屋に住んでましたか?」
「いいや。全く違うな。部屋も、言葉遣いも、食べるものも違った……この家の造りは太子様の見た現代風だ。……今でも時折思うよ、異国に来たようだと。ここもまた日の出づる国だとはわかっているが」
「私もそうです。テレビもネットも無い。コンビニも無いし、ガンプラも売ってない。そんな世界は、やっぱり自分が住んでいたのと同じ国と思えなかったりします」
「テレビ? ネット?」
布都は言葉の意味もわからないようで、意味のわからぬ単語を言い返した。
「いや、その言葉は何でもいいんです。……ええと、何が言いたいのかな。そうそう、だから、あれなわけですよ。私だって案外馴染めてないって事です。少なくとも阿求さんが言うほどには」
「そうかな……早苗は我より随分と」
「それは時間分の優位がありますから。変に思われたりはしないようにも出来るわけです……スク水を着せようとしたり、スカートから現れたりは。そりゃあ私は布都さんより千何百は年下なわけですが、ここじゃ私が先輩ですからね」
「先輩か」
と言って、布都は苦笑した。
「我は後輩か。あれだけ弟子にしようとした者の」
「ええ。で、私は思うわけです。無理に同化しなくていいんじゃないかなー、って。私達は別の世界を知ってるわけです。それが根っこなんですよ。そういう異世界で生まれて、育ってきたんですから」
「ふうむ……」
「私達は、ここで生まれ育ってきた人たちとは違うことを知ってるわけですし、その個性を活かす方がよいようなそんな気がしてるんです。最近は。そうそう、阿求さんも書いてましたよ? 布都さんは順応出来てないけど、それが持ち味だって」
それを聞いて、少し考えて、布都はカラカラと笑って、
「全く。太子様の言うとおりかもしれんな。学ぶところが無い人間などいないと。……そうだな。我は太子様や青娥ほど器用でも、屠自古ほど物事を受け入れぬ事も出来ん。芳香よりは物事を難しく考えてしまう」
「でも、だから私達とは違う味があるんだと思うんです」
早苗も笑った。いいはなしだなー。という空気が部屋に漂った。タイガー・ドライバー'91を決めたことも、広辞苑で殴ったことも、ブルマを投げつけたことも、スカートの中から豪族乱舞されたことも忘れていた。そのように切り替えを早くすることがストレスを無くし、健康を維持するコツとてゐが言ってた。言ってたんじゃないかな。たぶん言ってた。ま、ちょっとは覚悟しておけ。
「ここに来たからには、常識に囚われてはいけない……そんな風に思っていた時期が、私にもありました」
今は昔の事だけど。あれは第百二十三季の事だったろうか。時は流れて、やはり早苗は少女だ、未だ変わりなく、幽幻道士を見ていた時から、ずっとずっと、いつまでもいつまでも少女だ。ドント・トラスト・オーバー・サーティーと言えなくなっても。だって、四百九十五歳児だって、少女なんだから。
「黒歴史もありました……」
黒歴史は封印されなくてはならない。早苗は遠い目を浮かべただけだった。ボクシングには蹴り技などないと思っていたあの時。被ったダンボールにGUNDAMと書けばガンダムになれると思ったあの頃、将来の夢はνガンダムと星に願ったあの日。早苗の心の中でだけ瞬く思い出だ。
「そういう経験を重ねて、オンリーワンの私がいるんです」
早苗は窓から外を見た。カラフルな色合いが見えた。花が咲いている。
「ほら、そこに咲く花のようにみんな別々の綺麗な顔を――」
言いかけて、咲いているのはラフレシアとウツボカズラだと言うことに気がついた。その日見た花の名前を私は永遠に知らないということにして、
「いや、花はどうでもいいんですが、とにかくみんな違ってみんないいと言うことです」
独演をまとめて、私良いこと言った。と心中で呟いた。
「そして洩矢は誰でもウエルカム。是非貴方も信仰しましょう」
しかし無意識で布教の文句を続けてしまった。やっちまったと言う思いに包まれる。
「だが断る」
「失礼、癖が出ました。職業病です……」
「わかるぞ。我もタオと太子様を考えるあまり、つい場違いな事を付け加えてしまうのだ」
布都はポン、と早苗の肩を叩いた。
「なんだ、こういうのは我だけではなかったのだな」
「夢中になって打ち込めるものがある人間は、みんなそうですよ」
その顔には笑みが浮かんでいた。照れ隠しのようでもあり、同時に心底から嬉しそうにも見えた。早苗も釣られて笑みを漏らしたけれど、「ぐー」という腹時計が笑みを切り裂いた。
「今のは無かったことに……」
「それも断る。いいゆすりの種になりそうだな。己の腹も制御できぬ若輩者の弟子にはやはりなれんよ」
得意げに笑う布都を見て、早苗は赤面していた。だけれど、心の中は妙に清々しかった。
「しかし、思えばとっくに夕食時だな。致し方ないか」
「あ、そうですよ。食事の準備もしてないし……お二人もお腹すかせてるかな。帰らないと」
「神は掃いて捨てるほどにいるが、餓死したという話は聞いたことがない、案ずるな」
「私も神ですがお腹は空きますよ。でも、神子さん待ちか。人助けならしょうがないですけどね。そうだ、せっかくだから布都さんもどうです? 今風の食事をご馳走しますよ」
言われて、布都は少し考え込む仕草を見せた。それから残念そうな表情で首を振る。
「有りがたいが……太子様達の事もあるからな、我一人邪魔するわけにもいくまい」
「いいですよ。行ってきなさい」
その時である。神子の声が響いた。門を抜け、布都の部屋に現れる。測ったかのようなベストタイミング。天人の使い並みの空気を読んだ登場。これが聖人である。
「貴方方の欲を聞けば、おおよそはわかります。特に布都、貴方の爽やかな声を聞けばね」
「太子様……ありがとうございます」
「ありがとう、なら早苗にですね。このように晴れた気分の布都は久々に見ました」
「い――」
早苗は「いえ、私は何も感謝されるほどの事はしていませんよ」と答えようとしたが、
「なに、謙遜する必要はありません。些細な事でも、人間随分と気が楽になるものです。友人が出来たとなれば言うまでもないことでしょう」
聖人の前ではそのような言葉は不要なのである。これについてじっくり考えるとそれはそれで覚り並みに恐ろしくもなるが、
「友人ですと? 我は常にタオを極めんと歩む身。友人などと言う甘ったれたものは必要ありません。まあ、我にも小間使いの一人くらいは欲しい所ですので、弟子の一人程度はいてもやぶさかではありませんが」
テンプレートなツンを見せる布都と、心の声を聞きつつ、生暖かい目で見守る神子に心を温められ、どうにか考えずに済んだ。
「そうなれば善は急げです。お腹がぺこぺこですよ。行きましょ? 布都さん」
「そこまでいうなら仕方有るまい。いいだろう。有りがたく思うのだな」
「はいはい」
「はいは一度で良いぞ。場所は……山でいいんだな?」
「ええ、神社に」
そして、布都はタオの神秘により新たな門を開く。それは山へ続く扉であり、また、新たな関係への扉でもあった。
ブルマ姿の早苗は門を潜る、友の手を掴みながら。
淡々とした文と濃いネタがあわさり最強に見えるとはこのことか…
ガノタな早苗さん最高や!
…ネタの詰め過ぎですよう!
いやはやまいったまいったマイケルジャクソン
最後のオチで台無しになっていますがね!
あとパネルが欲しいです
布都ちゃん可愛いよ布都ちゃん