Coolier - 新生・東方創想話

何事もない一日のお話

2012/07/10 11:12:35
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「驚けーっ!!」

 春の陽気が麗らかな午後の事、神社の境内で茄子色の不気味な傘を持った少女は、開口一番にそう言った。内容とは裏腹に、驚かそうとする気概が全く感じられない発言である。とてもそうは思えないが、驚かそうとされたのであろう緑髪の少女は、うんざりした様に口を開く。

「また貴女ですか小傘さん。よく飽きませんね、幸せそうで何よりです。頭が。」
「そうさ。私の頭はいつだって幸せ一杯夢一杯なのだよ。早苗は違うの?」

 どうやら、傘を持った少女は小傘、緑髪の少女は早苗という名前らしい。鬱陶しそうな早苗と違い、小傘は笑顔を振りまいている。

「そうですね。貴女の様にダサい傘を振り回して平気なほど能天気であれたなら、きっと幸せだったでしょう。」
「とってもいい場所があってね。そこなら人間たちが驚いてくれるんだよ。おかげで私お腹一杯。」
「それはすごいですね。お帰りはあちらです。」
「了解したよ、神社はそっちだね。おじゃましまーす。」
「退治しますよ。」
「さでずむはんたーい。」

 これ以上の会話は無意味と判断したのか、早苗はその手に持った大幣を構え、何やら呪文を唱える。突如、早苗の周囲に風が渦巻き始め、呼応するように数多の光弾が浮かび上がる。早苗は大幣を小傘に向かって突出し、それを合図に光弾が小傘に襲い掛かろうとして─

 ちゃりん

 ─直前で、その動きを停止した。

「はい、お賽銭入れたよ。これで私は参拝客だね。この神社は参拝客に弾幕をぶつけるの?」
「…まさか。ここは由緒ある八坂のお社、信ずる者を無碍に扱う訳が御座いません。」

 早苗が苦虫を噛み潰した面持ちでその手を下げると、小傘の周囲の光弾は霧散し、早苗の周囲の風も元の穏やかなものに戻った。小傘はお腹を押さえてけらけらと笑っている。

「全く、どこでそんな入れ知恵をつけてきたんですか。」
「人里のお寺で。弾幕ごっこは楽しいけど、いつも負けるのも癪だし。」
「人間が妖怪を退治するのが幻想郷の決まり事でしょう?」
「じゃあその前に驚いてよ。」
「嫌です。」
「私も嫌だね。」

 そんな他愛のないやり取りをしながら、早苗は奥にある社務所へと向かっていく。小傘は勝手知ったる様子で神社の縁側に腰掛けた。手に持った傘を暇そうにクルクルと回しながら、何かを待っているようだ。

 数分の後、二人分の湯飲みと急須、茶菓子を乗せたお盆を手に、早苗が縁側に姿を現した。それに気づいたのか小傘は、持っていた傘を脇に置いて自分の隣をポンポンと叩く。小傘が叩いていた場所にお盆を下ろし、その横に早苗は腰かける。お茶を一口飲み、二人は一息をついた。

「しばれるねぇ…。」
「何か婆臭い事言い出しましたよこの傘。」
「わちきはこう見えてお婆ちゃん傘なんじゃよ。」
「成程、だから傘の色も古臭いのね。」
「現代っ子が老人に優しく出来ないのってホントなんじゃな…わちき悲しい。」
「その妙なキャラ作りをやめたら考えましょう。考えるだけだけど。」
「言っとくけど、紫は昔、高貴な色として珍重されたんだよ? つまり私は貴族の傘! 敬え諂え!」
「飼い犬にすら劣る捨て傘が何を言ってるのやら。私は神様なのでもっと偉いですし。」
「私も神様だよ。付喪神。」
「九十九如きで八百万に立ち向かおうとは、笑止千万。」
「八百万もいるから、玉石混淆なんじゃないかと思うんだけど。」
「風に流されないだけ、忘れ傘よりも道端の石ころのがマシです。」
「雨風に晒されて風化していくだけの命は何を思うのかな。」
「雨風に晒されて朽ちていくだけの命は何を思ったんです?」
「寂しかったよ。ただそれだけ。」
「そうですか。」

 その言葉を最後に、しばしの静寂が訪れる。ただお茶を啜る音だけが響く、その空間で二人は何を思うのか。

「おせんべ貰っていい?」
「ダメと言っても食べるのでしょう?」
「疑問を疑問で返すと、テストじゃ零点だって言ってたよね。」
「なら、ダメです。」
「そう。いただきます。」

 お茶を啜り、煎餅を噛み砕く。ただただ何事もない時間だけが過ぎていく。

「小傘さんは。」
「可愛いって? いやぁ、照れちゃうなぁ。」
「寝言は寝てる時に言うものですよ。」
「ぐーぐー。」
「おやすみなさい。起きなくていいですよ、ちゃんと埋葬はしてあげますから。」
「化けて出てやる。」
「もう化けて出てるでしょ。話の腰折らないでよ。」
「自分勝手な人間め。」
「自分勝手な妖怪め。じゃなくて、なんで態々ここに来るのかと聞きたいんですよ。」
「来ちゃダメなの?」
「貴女は退治されたくてここに来るんですね。よく分かりました。その望み叶えてあげましょう。」
「参拝客に暴力を振るう非常識な巫女がいた。」
「この幻想郷では常識に囚われてはいけません。後、巫女ではなくて風祝です。」
「私思うんだ。常識に囚われないのと非常識は違うって。」
「概ね同意しますが、私にとってこの世界の常識は非常識もいい所です。」
「幻想郷良いとこ一度はおいで。」
「帰りの保証は致せませんが。いい加減話逸らすの止めません?」
「シリアルって美味しいよね。また食べさせてくれない?」

 その発言を合図に、二人の体は空に飛びあがった。とても自然に発生したとは思えない暴風が境内を包み込み、恐ろしい量の雨粒が地を叩きつけんばかりの勢いで降り荒ぶ。その中で星々が光瞬き、水滴によって乱反射する。場所によって色彩を変えるその虹色の光は、たとえようもないほどに幻想的な光景であった。惜しむらくは、その光を見るものが誰一人としていない事か。

 光が収まった後には、傷ついた小傘が力無く伏していた。無傷の早苗が空から舞い降り、小傘を抱き上げ縁側へと運んでいく。どうやら、両者の力の差は歴然であったようで、若干やつれてくたびれた様子の小傘に対し、早苗は艶めいて見えるほど生き生きしている。まるで精気でも吸い取ったかの様な差が生まれていた。

「…妖力を吸い取るなんて卑怯だぁ…。」
「これも妖怪退治の一環なのです。」

 かの様な、ではなく本当に吸っていたらしい。縁側に運ばれた小傘はそのまま伏しているが、それを気にも留めずに早苗は座る。

「さぁさぁ、答えて貰いますよ。なんでウチに来るんです?」
「早苗の顔を見に?」

 小傘の全身から、虹色の奔流が溢れだし、うねりを描いて早苗の体へと消えていく。心なしか小傘の顔が更にやつれ、早苗の顔の艶めきが増したように見える。

「もう一度聞くわ。なんでウチへ?」
「居心地がいいからです。後、私もご利益に与れないかなって。」
「話が見えません。」
「いやさ、私って捨てられちゃってからもう長いもんでね。何となく仲間が分かるようになったのさ。」
「貴女の仲間と言いますと…捨てられたものですか?」
「そそ。だからここは、特に早苗の傍は居心地がいいんだよ。」
「…私たちも貴女の仲間だから、とでもいうおつもりで?」
「分かってることを態々聞くの?」
「その有様でよく喧嘩が売れるな、と。感心を通り越して哀れみしか出ませんね。」
「本心だから仕方ないじゃん。それに私、間違ったこと言ってるつもりないよ。」
「そうですか。なら思いの丈を全て話しなさい。そして精々、それが最期の言葉にならない事を神に祈るのですね。」
「神様に殺されるってのに、そんな馬鹿げたことはしないよ。」

 伏したままであった小傘は起き上がり、早苗と向き合う。話の流れから言って、後が無いのは小傘の方に思える。しかしながら、余裕が無いのは誰がどう見ても早苗の方であった。言葉とは裏腹に殺意は感じられず、唯話題から逃げようとする必死さだけがその表情からは見て取れた。

「聞くけどさ、なんで早苗たちは幻想郷に来たの?」
「外の世界で信仰が得られなくなった為だ、と以前お話しした筈ですが。」
「それってさ、外の世界から忘れ去られたせいだよね。捨てられたことと何が違うの?」
「全く持って違いますね。神奈子様も諏訪子様も貴女みたいな古臭い茄子とは違います。」
「あれ? 私ダサいから捨てられたことになってる?」
「それ以外に何があるってんですか。」
「他の何かがあるから用済みになったとか。」

 早苗は目を背け、沈黙する。しかし、小傘は逃がす気は無い様だ。

「外の世界はすごいんだってね。神様に頼らなくても何でも出来るって聞いたよ。早苗に。」
「そうですね。…ええ、そうでした。」
「分かってたんだよね。」
「思いたくなかっただけなんでしょうね。」
「ま、気持ちはわかるよ? 私も信じられなかったもん。」
「こっちから捨ててやる位の気持ちだったんですけど。」
「人間なんて、必要がなくなれば捨てる。そんな自分勝手な生物でしょ。」
「所詮は私も人間だったってことですかねー。」
「ま、それでも私は人間が好きだけどね。」
「それはそれは、物好きな事で。」
「なんだっけ、あいでんててー? それが私の生きる道ってやつ。」
「アイデンティティーとでも?」
「そうそうそれそれ。捨てられても忘れられても化けて出ても、それでもやっぱり私は傘だからね。」
「傘だからって、人間に使われる筋合いもないでしょうに。」
「傘だから、人間に使われたいんだよ。」

 別に大したことでもないと言わんばかりに、小傘は言ってのけた。対する早苗は、どこか沈痛とした面持をしている。

「神様は信仰されるから神様なんです。信仰されなくなれば神様ではなくなってしまいます。」
「傘は人に差されるから傘だね。でも、人に差されなくなっても私は傘だよ。」
「滑稽ですね。曾ての栄華に未だに縋り付くなんて。」
「妖怪の時間は人間と違って遅いのよ。昨日の事も忘れちゃえって?」
「叶わぬ夢なら忘れてしまった方が幸せでしょう。」
「夢見る事をやめたら、そこには何も残らないと思うの。」
「悲しみや苦しみだけが残るのよりはマシだわ。」
「痛みを伴わない教訓はないって、お寺で言ってた。」
「意味わかってます?」
「いんや。言ってみただけ。」
「貴女、本当に脳味噌あるの?」
「傘のどこに脳味噌があると思ってるのかしら。」
「骨と皮と片足しかないんですね。」
「傘だからね。」
「傘なんですか。」
「そう、私は傘。」

 少しの間、静寂がこの場を支配する。二人とも思考に耽っているのか、或いは言葉を探せないでいるのか。

「だけどさ」

 静寂は小傘によって切り裂かれた。

「私は私が傘であるために、なーんにもしてこなかったんだ。使って貰えるようなこと、何にも。早苗たちは、神様であるために幻想郷にまでやってきて、色々頑張ってるっていうのにね。」

 そういうと、小傘は空を見上げる。

「だから、私から人間に歩み寄ってみようと思うんだ。こっちから役に立つようなことしていけば、また傘として使って貰えるかもしれないし。」
「そんなに都合よくいくものでしょうか?」
「捨てる神あれば拾う神ありってね。いつか拾ってくれる神様を見つけてみせるよ、早苗みたいにさ。」
「─え?」

 早苗の瞳が、驚愕に見開かれた。

「驚いた?」

 小傘はお腹を押さえ、満足そうにけらけらと笑う。

「…驚きました。誰にも言ったことが無い筈なんですが。」
「言ったでしょ? 何となくわかるって。詳しくは分からないけど、早苗が何かに捨てられて、神様に拾われたって事位はわかるよ。」
「はっ!? まさか私の日記を!?」
「神様を欺いて盗み見れるほどすごかったんだね、私って。」
「あり得ませんね。」
「あり得ないね。」
「まぁ、その言葉を聞いて大体わかりましたよ。」
「何がさ。」
「貴女は、私の中に拾われた自分の姿を見ていたんでしょう?」
「別にそんなことはないけど。」
「強がっちゃって、可愛いですね。」
「照れるぜ。」
「あらあらうふふ。」
「お寺の尼さんみたいな笑い方だね。頭巾被ってない方の。」
「あらあらうふふ。」
「早苗がやると気持ち悪いなぁ。」
「失敬な。」
「ところで話がズレにズレてるけど、別にいいの?」
「よくはないですね。で、なんの話でしたっけ?」
「早苗が私の持ち主になってくれるって話。」
「嘘おっしゃい。」
「私が何を思ってたかだっけ。まぁ、早苗の事が羨ましかったのは認めるかな。」
「そのまま信仰して下さってもいいんですよ。」
「二柱が早苗を大事にしてるのはよく分かったしさ。ちょっと妬んだ。」
「お二方は少しばかり過保護すぎる気もしますけどね。」

 そういうと早苗は少し微笑んで、お盆を手に取り立ち上がる。
小傘は不思議そうに首を傾げる。

「急にどうしたのさ? お茶はまだ残ってるでしょ。」
「弾幕ごっこを挟んだせいで、すっかり冷めてしまいましたから。」
「やった、明日は雨だね。」
「貴女が真面目に話してくれそうなので、こちらも礼節を持ってお迎えするだけです。」
「それならさ、私が傘らしくして来れば、傘としての持ち主になってくれるの?」
「まずはその茄子みたいな色を何とかすることをお勧めしますね。」
「いぢわる。」

 早苗は社務所へと消え、暫くして戻ってきた。先ほどと同じようにお盆を置き、お茶を手に小傘の話を聞く体勢に入る。

「それでどうして、妬ましい私の所に足しげく通うんです?」
「それは居心地がいいからって、さっき言わなかったっけ。」
「その理由を聞いているのですが。」
「まぁ分かってた。早苗たちも私と同じように捨てられた存在でしょ? でもさ、腐るわけでも、復讐するでもなく、自分たちが認められる場所にまで赴いて、自分たちが認められる努力をしたじゃん。」
「色々苦労はありましたけどね。」
「でも、諦めなかったんでしょ?」
「そうですね。諦めなかったから、今の私たちがあるんです。」
「そういうの聞いたりしてるとさ、私これでいいのかなって思ってたんだ。傘であることを捨てられないのに、人に差されることを諦めて、人を脅かせるだけで満足して。」
「満足に驚かせていたようには見えませんでしたけど?」
「うるさいなぁ。思ったから、変わろうとしてるんだよ。」
「さっきの話ですね。人に歩み寄るとかどうとか。」
「そそ、早苗たちを見習ってみる事にしたんだ。偉いでしょ。」
「それが信仰心に繋がったのであれば褒めてあげたのですが。」
「持ち主になってくれるなら信仰するよ。」
「そんな傘を持ったら逆に信仰心が下がりそうですね。」
「いやいや、可哀そうな妖怪を保護するって感じでアピールすれば!」
「自分で言いますか。そんな命蓮寺と同じ有様になりそうな宣伝は御免です。」
「既に手遅れだと思うよ。そもそもここ妖怪の山だし。」
「分社にはそれなりに人も参拝に来てくれてますよ。」
「ここまでくる人間は?」
「三人ですね。霊夢さんと魔理沙さん、時折咲夜さんも来てくれます。」
「言い方が足りなかったね。人間の参拝客は?」
「黙秘権を行使します。」

 二人はお茶を啜り、一息つく。

「一つだけ、言いたいことがあります。」
「何さ。」
「私たちが努力して自分の居場所を作ったって話です。」
「ありゃ、どこか間違ってた?」
「大いに間違ってるわ。大事な部分が抜け落ちてます。」
「あちゃ~、やっぱ又聞きじゃあダメだね。」
「あれ、実は霊夢さんに山の妖怪と執り成して貰ったんですよ。他にも魔理沙さんや、色んな方々に助けて頂いて今があるんです。」
「え? そのことなら知ってるよ。早苗たちが頑張ったことには変わりないよね。」
「分かりません?」
「分からないよ。」
「一人で頑張らなくてもいいってことですよ。」

 ぽかんとする小傘の手を取って、早苗は言葉を紡ぐ。

「一人で頑張る必要はないんですよ。必ず分かってくれる人はいます。その人たちの手を借りて、自分がなりたいものを目指せばいいんです。」
「いまいちピンと来ないかな。」
「妖怪の方々は個人主義のようですから、そうかも知れませんけど。でも小傘さんは人間に歩み寄るんでしょう? だったら大事な事です。」
「だけどさ、私の事分かってくれる人なんて、今はいないよ。だったら一人で頑張るしかないんじゃないの。」
「あら、酷い傘だこと。」

 そういって、早苗は小傘とつないだ手を上げる。

「貴女のこの手はなんですか?」
「私の手は私の手だよ。」
「うわ、ここまで言って気づきやがりませんか、このにぶちん傘。」
「はっきり言ってくれなきゃ分からないよ。」

 未だに訝しげな様子の小傘に、ため息をつく早苗。この傘には直接言わないと絶対に伝わりそうもない。そう悟ったのか、早苗は意を決した様子で口を開いた。

「私がいるって言いたいんですよ。」

その言葉を聞いた小傘は、少し呆気にとられたような様子で、こう答えた。

「…明日は台風かな。雨は好きだけど、飛ばされるのは嫌だなぁ。」
「貴女にとって私はなんなんですか!?」
「さでずむ巫女?」
「こんな春の陽気が麗らかな日には、きっと死神も転寝していることでしょう。」
「竹林の案内人の気持ちが分かる日が来るなんて、思ってもみなかったの。」
「よかったですね、二度と無い様な貴重な体験が出来て。」
「出来れば一生したくなかったかな。…まさかと思うけど、本気じゃないよ、ね?」
「さぁどうでしょう? 小傘さんのさっきの言葉と一緒じゃないですかね?」
「ごめんさい冗談です出来心だったんです許してくださいお願いします。」

 鬼神の如き気迫を纏った早苗を前にして、小傘の土下座はそれはそれは見事なものであった。

「全く、乙女心を踏みにじった罪は重いのですよ。」
「早苗がそう言ってくれたのは嬉しかったよ? ただ、私が早苗の手を借りたくなかっただけ。」
「それこそどうしてですか。納得がいきませんね。私は友達ですらないってんですか。」
「早苗は友達、いやそれ以上かもしれないと思ってるよ。私はね。」
「説明を要求します。」
「世話の焼ける友達を持つと大変だなぁ。」
「それはこっちの台詞です。」
「どっちの台詞でもおかしくはないと思うんだけど。」
「はぐらかさないでください。こっちは真剣なんです。」
「こっちも真剣だよ。乙女心を知れというなら、こっちの乙女心も知ってほしいかな。」
「知ったこっちゃないです。答えてください。」
「こっちも知ったこっちゃないよ。なんでそんな聞きたがるの?」

 早苗は返さない。ただ小傘の事を睨む様に見つめ続けるだけ。

 小傘は答えない。早苗の視線を受けながら、飄々とした態度を崩さない。

 二人の根気比べは続いた。長い、長い時間が経ち、すでに日も傾き始めた頃。漸くになって折れたのは、小傘の方であった。

「はぁ、早苗がこんなに頑固だなんて思ってなかったよ。人里だと、外来人は軟弱者が多いって話なのに。」
「御多聞に漏れてすみませんね。ですが、譲れませんので。」
「それで? 頑固な人間に私は何を答えればいいのかな。」
「分かってる事を態々聞くのかしら?」
「思った以上に頑固者なんだな、と。感嘆を通り越して呆れしか出ないよ。」
「性格ですから仕方ありませんね。それに、譲るつもりはありませんよ。」
「そう。なら全部話すけどさ。精々、答えだけ聞いて逃げられないことを祈ってるよ。」
「こちらから聞いているのに、そんな馬鹿げたことはしませんよ。」

 小傘は、すっかり冷めきっているであろうお茶を飲み干すと、大きく息を吐いた。息を吐ききると、今度は息を吸い込んで、ポツリポツリと語りだす。

「早苗はさ、人間で、神様なんだよね。」
「現人神ですからね。」
「別に、だからって訳じゃないんだけど。早苗がなってくれたらいいなって思うんだ、私にとっての拾う神に。」
「それは貴女次第じゃない?」
「うん。だからさ、早苗が力になってくれるっていうのは嬉しかったけど、それじゃ駄目だとも思ったの。」
「どうして?」
「私が人に求められるような存在になれば、早苗も私の事求めてくれるようになるんじゃないかなって。」
「さぁ、それはどうですかねー。」
「いぢわる。だから、それまでは早苗には待ってて欲しいと思ったんだ。早苗に私の事求めてほしいから。」
「それが理由ですか。」
「それが理由だよ。」
「馬鹿げてますね。」
「馬鹿げてるよね。こんな夢みたいなこと言っちゃって。」
「それを夢みたいだと思ってることが馬鹿げているのよ。」

 小傘が驚いたような顔をする。その顔を見た早苗は、にやりとほくそ笑んだ。

「そうですねー。そんな古臭い傘でも、急に雨に降られたときに手元に来てくれるなら、差しちゃうかもしれませんね。」
「こんな傘なら誘われても濡れて帰るって言ってたくせに。」
「そんな昔の事は忘れてしまいましたよ。」
「随分と都合のいい頭してるんだね。」
「人間ってのは自分勝手な生物なんです。」
「まぁ、だから退屈しなくていいんだけど。」
「それはまた、都合のいい解釈ですね。」
「妖怪ってのは自分勝手な生物だもの。」

 二人して微笑みあう。ひとしきり笑った後、小傘が立ち上がった。

「それじゃ、そろそろお暇するよ。お茶ごちそう様。」
「お粗末さまで。いつも通りの時間ですね。」
「この時間帯に離れると、丁度いい時間にお墓につくからね。これからディナーなのだよ。」
「そうなのですか。ああそれと、ここから先は独り言なのですが。」
「ん?」
「八坂様がおっしゃるには、明日は午後から晩まで雨だそうです。ですが、私は午前中から夕方にかけて、人里にて用事があるのですよ。どうも、明日はずぶ濡れになるのを覚悟しなければならないみたいで。」
「へぇ、そうなんだ。」
「あ、もちろんこれは独り言ですので、小傘さんは気になさらなくて結構ですよ。」
「随分独り言が大きいんだね。」
「癖なんですよ。はしたないので直せと言われているのですが。」
「別に直さなくたって良いと思うよ。それじゃ、また明日。」
「はい、また明日。」

 小傘が空に飛びあがり、夕日の中に消えていく。それを見届けた早苗は、夕餉の支度をするべく社務所へと引き換えしていった。

 何事もない一日は、今日もこうして過ぎ去っていくのである。
 幻想郷的な気の置けない仲ってこんなんだと思うのです。
 皮肉めいた言い合いの仲で、時折素顔を覗かせるみたいな。

 何が言いたいかっていうとこがさなちゅっちゅ。
もちょ
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コメント



0.1020簡易評価
1.30名前が無い程度の能力削除
勢いに30点
10.80名前が無い程度の能力削除
最初異変でもないのに殺伐とし過ぎだなと思ったけど、読んで行くうちに受け入れることができました。
思っていたより良い雰囲気で良かったです。
ただ、会話だけじゃなくもう少し地の文での描写が読みたかったですかね。
ちょっと勿体ない気がしました。
11.100名前が無い程度の能力削除
イイネ
15.100紅川寅丸削除
会話のテンポが秀逸でした。
冒頭の表現が良い雰囲気でしたから、この流れ(地の文)を織り交ぜたら大変お洒落なお話になるかなーと。
捉えどころの無い小傘、いちいち反応してしまう早苗、素敵な組み合わせですね。
16.100名前が無い程度の能力削除
会話のテンポがよく、とても読みやすかったです。
18.100名前が無い程度の能力削除
仲良しこがさなもいいですけどこういう憎まれ口を叩きあうような関係もいいですね
口では色々言いつつも少しづつ分かり合っていく二人がとても素敵でした
30.100名前が無い程度の能力削除
よくこんな軽快な会話が思い付くなぁ。
そしてこがさなちゅっちゆ!
33.100名前が無い程度の能力削除
良い