「ああ、暇だわ。暇で閑でヒマで死んでしまいそうだわ、お燐」
「ナーオ(うるせえよ、ヒマで死んだ奴なんているか。世迷言ほざいてる閑あんならさっさと飯作れよ)」
「あなたのそういう正直なところ、好きよ。けどどうしようもないのよ、暇すぎて。どれももうお腹一杯だわ…執筆、一人オセロ、一人将棋、一人エッ」
「ナー!(やめろォ!)」
ここは地霊殿。
ゴイスーかつデンジャーなアンダーグラウンドにひっそりと建つ、嫌われ者の棲家だ。
私の名前は燐。出自はわりとどうでもいいので放っておく。
そして私を膝の上に乗せ、ヒマだぜヒマだぜ暇すぎ死ぬぜ、とブラッディなウルフもかくや、という感じで世迷言を垂れ流しているのが、飼い主のさとり。
こんな地の果て…いや、底か。ともかくこんな地底に引きこもって、生産性のまるでない生活を送るだけの、世間様に対して申し訳の立たないイキモノだ。
まぁ、それはどうでもいい。
他人の心が読めるという能力の利便、不便、葛藤、苦悩については、これから先、一度死んでさとりに生まれ変わらない限り判らないし、生まれ変わったとしても、こんな末成りになるのだったら、永遠に死んでいた方がまだマシというものだ。
「あら、随分な言い草ね」
「ナーオ(独白を読むんじゃねえよ。空気を読め空気を)」
「仕方ないじゃない、頭に流れ込んでくるものは」
「ナーオ(ああもう、めんどくせえな。で? 私と話してりゃヒマは解消できんのかよ)」
「そうねえ。貴女とも長い付き合いだし、もう、完全にパターンが出来上がっちゃってて、それほどでもないのよね。こう言えばああ言う、ああ言えばこう思う。たまには違った思考をしてみようとは思わないの?」
ああもう、めんどくせえ。
そんな事を言われて、はいかしこまりました、と、すぐに突拍子もない事を考えつくほど、私の脳はよく出来ちゃいないんだ。
というか、例え頭がよくとも、こいつに対してそんなことが出来る奴など、いるはずもない。
こいつの正体が、心を読む妖怪…さとりであると露見した時点で、誰も彼もが嫌悪感を露にして、去っていく。
露見させなきゃいいじゃないか、とも思うだろうが、こいつはいつも一言余計だ。
相手が例え、下世話なことを考えていて、それが読めてしまおうと、黙って受け流していればいいものを、『私のショーツの色は水色です』なんてことを、わざわざ相手に教えてやるのだから始末に負えない。
口は災いのもとというが、こいつは正に、それを地でいく大馬鹿野郎だ。
「今日はショーツじゃなくてドロワーズよ」
「フー!(うるせえな! うるせえよ! そんな情報、心の底からどうでもいいわ!)」
「そうよね。ああ、ヒマ」
さとりは伸びを一つし、傍らにあった紅茶を一すすりする。
カップを置いて、ふぅ、とため息をひとつ。
物憂げな表情は、それなりに絵になる。黙ってさえいれば、男の一人や二人、くわえ込むのも造作ないことだろう。
読まれていようが何だろうが、私がそう考えていると、さとりは突然、ポンと手を叩いて、私を抱き上げた。
「ああそうだ、お燐、良い事を思いついたわよ。地上に行って、何か珍しいものを拾ってきたらいいわ」
おや、珍しい。
私がたまに、地上から死体以外のもの…例えばネズミの死骸、スズメの死骸、マタタビなどを持ち帰ると、大概のものはすぐ焼却させるくせに。
だがまぁ、それほど暇なのだろう。
そう言うのであれば、地上へ出向いて、何か持って帰ってやらないでもない。
「この前持ってきた、絵の出る円盤がいいわね。でーぶいでーというのだったかしら。絵を出す機械の方はちゃんと動くみたいだし、お空にも触らせていないから大丈夫よ」
「ナーオ(そんな都合よくあるわきゃあ、ねえだろ。だがまあ、あのリンノスケとかいう奴の店も訪ねてみるか)」
「そうね、じゃあ、お金も持っていくといいわ」
「ナーオ(随分と気前がいいな。だからって、あんま期待されても困るけど)」
私はさとりの腕から逃れると、人の姿をとる。
猫のままでは、こいつ以外の者との会話がままならないからだが、正直、この姿はあまり好きではない。
狭いところに入るのにも、トイレに行くのにも、飯を食うのにも、気を使う。
私はこう見えて結構、繊さ…
「繊細よね」
「読むんじゃねえっつってんだろ!」
「ウフーフ、ごめんなさいね。はい、じゃあこれお財布。落としたらダメよ」
私は差し出された財布をひったくるように奪うと、ポケットにねじこんで、部屋の外に出た。
私がいない間、こいつが退屈のあまり発狂しなければいいが。
まぁ、空の奴もいるし、そこは大丈夫だろう。
私は風穴を抜け、地上へと出た。
途中、ゴリラオブゴリラこと勇儀やらジェラシックパークの使徒パルスィやらアウトブレイカー・ヤマメやらに声を掛けられたが、適当にスルーしてきた。
こいつらはこいつらで、話すと長くなる。
何処どこで喧嘩があっただの、誰それが妬ましいだの、もやもや病患者を一度食べてみたいだの、猫にとって何の得にもならない話を、延々と聞かされるのは苦痛以外の何物でもない。
こいつらと絡むくらいなら、さとりの膝で寝ている方がまだいい。
いけ好かないことこの上ない飼い主だが、奴の作る飯はうまいし、膝の上は丁度いい寝床だし、付き合いが長いせいもあって、私の好きな場所を的確に撫でてくるしで。
まぁ、今はそれはどうでもいいか。
私が知る限り、この地上に於いて、外からの漂流物を入手できる可能性がある場所はふたつある。
一つは無縁塚とかいう、地底の外れ並に寂れたところ。
もう一つはリンノスケとかいう、いけ好かない勘違い眼鏡ガイ、通称勘ちガイが経営してる店だ。店の名前は忘れたが、コマンドーとかそんな感じの名前だった気がする。
他にもあるのかもしれないが、私の行動範囲には見当たらない。
新規開発はいずれしてもいいが、結局は燃やされるかもしれないので、そこは要検証だろう。
ともかく私は、風穴から遠い方…リンノスケの店へと向かった。
ゴミ捨て場や川原にエロ本を探しにいく中学生のように、期待に胸膨らませているわけではなかったが、さとりや空、ゴリラ以外の奴と話すのも、そう悪いものではない。
「よう勘ちガイ、相変わらず眼鏡だな。その中途半端にモテそうな顔で、やってきた客の女を食ってんのか? 性的な意味で」
「…突然やってきて、その言い草は酷いな」
「お前からはそういう性犯罪の臭いがしないでもない。もげればいい。まぁいいや、アレはあるのか、アレは」
リンノスケは気障な動作で眼鏡をくいっと直しつつ、そこかしこを覗いて回る私を、目で追う。
そして、客のニーズを確かめるでもなく、後ろの棚から透明な箱を下ろして、その蓋を開けてみせた。
「DVDのことかな。いくつか新しいものが入ったけど」
「それだ、それ。さっさと出せばいいんだよ」
「いやなに、猫の食べる缶詰とか、猫がじゃれる玩具とかも、あるよ」
「ナメてんのか、私がそんなん…」
言いかけて、私はリンノスケが手にした、鼠の形をした玩具に目をやる。
一目で作り物だと判る、チープなデザインだ。
猫だましもいい所だ。こいつには一度、物理的な手段で、私がそこらの猫とは違うということを、判らせてやる必要があるのかもしれない。
「そんなん…で」
しかし机に置かれたそれは、どうなっているのか、机の上を、ジグザグ、縦横無尽に走り回るではないか。
「凄いだろ、段差とか壁とかに引っかかると、方向転換して進むんだ」
「ま、まぁ、そういうのもあるんじゃないのか、外の世界には」
「そうだね。DVDを買ってくれるのなら、オマケとしてつけてあげよう」
「馬鹿言うな。んな猫ダマシもいいところなガラクタ、頼まれてもいらねえよ。そういうワケだか…ら…」
DVDとやらを箱ごと取ろうとしたところ、走り回っていた猫ダマシが、不意にチュウ、と鳴いた。
私は思わず動きを止め、それの動向を伺う。
動くだけでなく、鳴きもする。それはもう、何と言うか、ネズミそのものじゃあないか。
「たまにこうやって声を出すみたいなんだよね」
「ほ、ほォ…」
いかん、何かわからんが、いかん。
猫としての本性が、このチープなブツを強烈に欲していた。
動いてるところを見計らって、叩いて、噛んで、投げ捨てて、また動き出したら叩く。
何とまあ、楽しそうなおりんりんランドだろうか。
だが私にも、プライドというものはある。こんなもんに釣られて、DVDを買ったと思われるのは癪に障る。
私はあくまで、ろくでもない飼い主の無聊を紛らわせるためにやってきたのであって、こんな普通の猫用の玩具になど、興味はないのだ。
ないのだよ。
「更に、と」
私が本能を理性で押さえ込もうとしていると、リンノスケは、机の中から、猫ダマシの色違いを取り出して、私に見せてきた。
それの尻尾の部分をカリカリと回し、机の上に置くと、猫ダマシ2号は、凄い勢いで走り出す。
「こっちも付けちゃおうか」
「ば、ば~~~~~~~っかじゃねえの!? 何、こんなん取っておいて、他の客に売りつけるつもりだったって事か?」
「いや、特に。猫っぽいお客がきたら、あげようかなって取っておいただけさ。で、どうする?」
うう、いかん。
チュウチュウと走り回る1号2号は、目によろしくない。
というか、私の、猫としての本能…ゴーストが囁く。
『もらっておけ。きっと愉快だ。プライドなんて捨ててしまえ。
どの道DVDは買って帰るんだ、ついでだ、ついで』
そ、そうだな。それもそうだよ。
第一こんなもんを、他の誰かに売りつけて、あの店は阿漕だ、ダメな店だ、という悪評でも立って、それがきっかけで潰れでもしたら、DVDの入手経路が一つ減ってしまうじゃないか。
これは人助けなのだ。
ノブレス・オブ何とかなのだ。
『グッド』
ゴーストX9(エックスナイン)先生ーッ!
満足そうな声で許可を出してくれたゴーストX9先生に心の中で敬礼しつつ、私は財布を机に叩きつけて、怒鳴った。
「ああもう、チューチューうるさくてかなわん。貰ってやるからDVDを売れ!」
「毎度あり。じゃあこれを持っていくといいよ。ああついでに、これもサービスだ」
私が箱と猫ダマシを引ったくり、言われた通りの金額を払うと、リンノスケは棚から、短い金属の棒のようなものを取り、私に寄越した。
単3、と書かれたそれは、さとりの部屋にある、円盤から絵を出す機械に入れるものだという。
「河童たちと八坂女史のおかげで、モニタは普及しつつあるみたいだがね。そのDVDを再生する機械…プレイヤーと言うんだが、それにあった電源はまだ、確立、普及していないのが実情だ。途中で見れなくなっても困るだろうし、とりあえず持っていくといいよ」
「お前の話は大体わからん。アレか? 難しいこと言っとけばカッコイイとか思っちゃう痛々しいお年頃か? そういうのは中学生までで卒業しような?」
「む、難しい事を言ってるつもりはないんだがな。まあいい、とにかく…君の飼い主さんに渡せばわかるさ。さて、他には何かあるかな?」
「ねえよ眼鏡。じゃあな眼鏡、せいぜい儲けな眼鏡」
私は奴の眼鏡に指を押し当て、指紋をべったりとつけてやる。
インテリぶってる奴には、これくらいの仕置きが相応しいぞ。ざまあみろ。
「オウフ…ひどいな。でも、毎度あり。また来るといい」
「あ、領収書よこせ」
「あ、ああ」
リンノスケの店から出ると、空はどんよりと曇っていた。
雨はまだ降りそうにないが、あまり長居をしたい雰囲気でもない。梅雨なんてもんは不便なだけで、その点、雨の降らない地底はいい。
地上から来た奴は口を揃えて「暑い」とかほざくが、猫にとっては天国のような場所だ。
私はさっと飛び上がると、第二の目的地である、無縁塚へと向かった。
無縁塚。
一年程前まで、ここには本当に何も無かったのだが、今は違う。
どっからか湧いて出てきた、ナズーリンとかいう、口だけは達者なネズミが、掘っ立て小屋を建てて住み着き、無縁塚に漂着する物品を集めているのだ。
だが、猫である私が、ネズミに遠慮する理由など無い。
事実そのネズミは、ちょっと強気に出れば、すぐびびって逃げてしまう小心者で、これまで何度か、そうやって色々な物品をくすねてきた。
もし奴がいて、DVDを所有していれば、また脅かして、奪えばいい。
いなければ適当に家捜しして、奪えばいい。
万一抵抗してこようものなら、トムとジェリーごっこ(物理)の威力で以って、奪えばいいのだ。
弱肉強食とは絶対にして不動の法則…D・V・D! D・V・D! と雄たけびかまして、アニメからポルノまで、何でも揃えてみせるぜ。
…何だか服を脱ぐシーンがどっからともなくリフレインしたが、気にすることはあるまい。
ちょろいもんだ。
私は掘っ立て小屋のドアを開けようと、くすんだ色のノブを回す。
だが生意気にも鍵がかかっているらしく、ドアは開かない。
「オラーネズ公、いるかァー! 無意識アドバイザーの古明地こいしでぇーす! 無意識のススメがあって参りましたァーッ! 開けろーッ! 節分じゃねえがネズミはOUT、猫はINだァーッ!」
なめるなよげっ歯類が…私はノブをがちゃがちゃと回し、奴を油断させるべく、適当な偽名を名乗って声をかけた。
しばし間をおいて、鍵の外れる音がし、ドアが開く。
「はーい、どちらさまですか?」
そこには、黒と金の、趣味の悪い色をした頭髪の女がいた。少なくとも、あのネズミではない。
身につけている物はそれなりに地味だが、腰布っぽいそれには、虎模様があしらわれており、そこだけが妙に浮いて見える。どんなセンスだ。
「む…」
「ええと、無意識がどうとか…?」
金髪の女は屈託の無い笑顔で、私にそう尋ねてきた。
背は高く、胸もアホみたくでかい。空の奴といい勝負だ。きっと頭も良くないだろう。
愛想笑いをしつつ、部屋の中を覗き込むと、ネズミの奴は生意気にも茶など飲みつつ、こちらをじっと見ていた。
私はネズミが妙なことを言い出さないように睨み付けながら、適当に考えた嘘を、淀みなく口にする。
「私は古明地こいし、無意識ングネームを火焔猫燐という。何、そこのナズーリン君とはちょっとした知り合いでね。貸していたものを返してもらいに、訪ねてきたのさ」
「ああ、そうだったのですか! 私は寅丸星と言いまして、この者の主人です。しかしナズーリン、お友達がいたのですね、私は嬉しいですよ!」
「こいつはまぁ…うん、まぁ…そんなところだご主人」
主人と言うが、ネズミの奴はタメ口をきいている。
私とさとりの様な関係なのだろうか? まぁ、それはどうでもいい。
何をしていたのかは知らんし興味もないので、DVDだけを手に入れて、さっさと帰ろう。
「何を貸りていたっけかな」
「DVDだろ、あの光る円盤。カラスも好きそうなアレだ」
「ああ、あれですか。キラキラ光って綺麗ですよね」
なんだこいつ、黙ってろ。
しかしそう思う私を他所に、トラマルはドアから離れて戻り、そして急須から湯のみに茶を注ぎ、机の上に置いて、私に手招きしてみせた。
「まぁ、せっかく来たのですから、お茶でもどうぞ。ああ、お饅頭もありますよ!」
「は? あ、ああ、いや…」
何を言い出すんだこいつは。嘘をついておいて何だが、ちっとは怪しむのが筋ってもんじゃあないのか。
だがトラマルはまるでそのような素振りすら見せず、再び立ち上がると、私の背に手を添え、ドアを閉める。
「!?」
その時、奴に触れられた瞬間、私の本能が、強烈な警報を発した。
こいつは、やばい。
トラマルショウ、おそらく虎魔流衝とでも書くのだろうが、その名前から察するべきだった。
触れられた今、判った。こいつは虎の妖怪だ。それも相当に強力な、神性すら備えた、まるで何か…そう、例えるなら、神とか仏とかのレベルである。
…迂闊。
見た目からは、とてもじゃないが、判断出来なかった。
猫の上位互換とも言える生物、虎。
長い進化の過程と、人に愛玩されてきた歴史において、殆どの猫が失ってしまった、野生としての力を、色濃く残す生物だ。
爪や牙はは無論のこと、敏捷性や膂力に至るまで、猫のそれとは比べものにならない。私が勝てるところがあるとすれば、自他共に認める愛らしさくらいのものだが、そんなものは何の役にも立たない。
そんな虎のテリトリーに、私はまんまと誘い込まれてしまったわけだ。
ここで、ネズミの奴がこれまでの意趣返しとばかりに、私のことをあれこれ脚色し、悪く言えば、この虎は激昂し、襲い掛かってくるかもしれない。
逃げる算段が無いわけでもないが、妖怪としての格も、私とは桁が違う。
下手に動けば、たちまち組み伏せられて、引き裂かれる可能性もある。
背中を伝う汗が、じっとりと服を濡らしていた。
虎魔流はそんな私の様子に気づくはずも無く、にこにこと笑いながら、饅頭を懐紙に乗せて、茶の横に置く。
いきなり襲い掛かってはこないところを見るに、ネズミの奴は私の過去の仕打ちを、話してはいないようだ。あるいは知っていて、饅頭を最後の甘味として勧めているのかもしれないが…ともかく、臨戦態勢というわけではない。
それならばまだ、逃げる目はある。
私は深呼吸をすると、ドアに近い方に座って、ポケットに手を突っ込み、先ほど貰った猫ダマシ1号2号の尻尾をカリカリと回していく。
まさかこれが、こんな早くに役立つことになるとは思わなかった。おりんりんランド建国はフイになったが、それは仕方あるまい。
「さ、どうぞ。美味しいですよー、お饅頭とは古代アステカで、イケニエの心臓の代わりに神に捧げられていたという、ウォマンジュというお菓子が発祥だとか」
目の前にいる金髪巨乳虎妖怪が、クソどうでもいい知識を披露してくる。どうやらこちらを油断させる腹積もりらしいが、その手に乗ってやるつもりはない。
族長(オサ)! 族長! のオーディエンスをバックに、血は命ナリー! とか言って飛び掛られない内に、行動に移さねばなるまい。
「そ、それは知らなかったな…すごいね、アステカ。私の知ってる饅頭の起源とは大分違うようだ」
「正にアステカンテクノロジーですよねえ。でも燐さん、アステカって具体的に何処のことなんでしょうね?」
「…群馬とかじゃないか、多分。知らんけど」
「グンマ? なるほど、確かにグンマっぽいですね、アステカ。時にナズーリン、グンマって何処でしたっけ?」
「…アステカじゃないのか」
「なるほど…何だかよくわからなくなってきました! まぁ、いいです。さ、どうぞどうぞ。こしあんは全部食べちゃって、つぶあんしかありませんけど…でもおいしいですよ」
今だ。
私は猫ダマシ1号2号を取り出し、そっと床に落とす。
着地した頼もしくも愉快な切り札は、チュウチュウと鳴きながら、そこらを走り回り始めた。
「ネズミ? ナズーリンの使い魔でしょうか?」
「いや、違うな。なんだろ…あ!」
二人が1号2号に気を取られた隙に、私はさっと立ち上がり、DVDの箱を取って、ドアへと走る。未来への逃走。姉ちゃん、明日って、今さ!
だが丁度、膝のあたりにあった、地蔵だかモアイだかわからないような石像に箱がぶつかり、その弾みで中身がばらばらと飛び散った。
「!!」
私の脳のクロック数が跳ね上がり、0.012秒にも満たない時間で、二つの選択肢を導き出した。
1 DVDを捨て、そのまま逃走する。
2 DVDを回収し、改めて逃走の機会を伺う。
生命の安全を優先するのなら、迷うことなく前者であるが、そうなると、お使いは失敗となる。
事情を話せば判ってくれるかもしれないが、さとりの信頼を裏切るというのは、何故か、いつでも、本能が拒否する。いけ好かない飼い主ではあるが、私に対する信頼や愛情というものに、裏表はまるでない。
わが身可愛さとはいえ、そんなさとりを裏切るのは気が引けた。
では後者。
今の、明らかにおかしい私の動きで、虎魔流も警戒を強めるだろう。
どう動こうと、即座に捕獲できる様に、備えるはずだ。
そこを口八丁手八丁で乗り越えて、逃走することが出来るだろうか? しかも、相手は二人…ネズミ単品ならば物の数になるまいが、主人との連携を意識して仕掛けてくるのであれば事情は違ってくる。
どちらにせよ、限りなく、やばい状況だ。
将棋やチェスでいうところの「詰み(チェックメイト)」にハマりかけている。
こんな時、私のゴーストは、どう囁いてくれるのか…! 一縷の望みをかけ、脳内から、意識を全身に拡散させていく。
『リミッター解除すれば万事解決?』
ゴーストX9先生ーーーーーッ!
以前、さとりと一緒に見たDVDに出てきた無人戦闘機は、にこやかな笑顔でそう言い放った。顔があるのかとか、何故疑問系なのか、とかはこの際置いておく。
そうか、そうだな。
腐っても猫、立てば猫、座れば猫、歩く姿はやっぱ猫!
今ここで、リミッターカットし、ありったけの猫力(ねこちから)を解放、マッハでDVDを回収、そのまま逃走…これが第三の選択肢、そして勝利への鍵だッ!
覚悟とは、苦痛を回避しようとする、生物の本能を凌駕する魂のことである!
ってどっかに書いてあった!
あれ、だが待てよ…リミッターを解除した青い戦闘機は…あの後どうなった?
座禅組んで操縦してたパイロットはどうなった?
そこで、意識が現実に引き戻される。
目の前には、散らばったDVDを拾い集め、まとめている虎魔流の姿があった。
「ゲーッ!?」
クロックアップとか言った奴出て来い! 今までの思考が1秒にも満たない時間の間のことだと思ってた奴出て来い!
わ た し で す
3 この場でアウト
「ああ、大丈夫ですか? 随分沢山持ってたんですね、でも全部拾いましたよ」
虎魔流はニゴォ…と笑って、DVDの入った箱を私に差し出してきた。手にした瞬間、私はきっとバラバラにされるだろう。
肉と内臓は美味しくいただいて、皮は三味線に、骨はDVDと一緒に埋めてやるから安心しろ、そんな笑みだ。
今まで、妖怪としての本分に則り、命が終わったモノを、幾度となく運んできたが、いよいよもって、私の番らしい。
脳裏に、空、ゴリラ、嫉妬、アウトブレイク、桶入り娘、気さくで明るいメントスの卒業生のような怨霊たち、無意識妹、そしてさとりの顔がよぎる。
「ウフフお燐、あなたは本当にネギが大好きねえ…あら、イカも食べちゃうの? どっちも猫にはダメなのに」
「ウフフお燐、これはチキンライスといって、チキンラーメンにごはんを入れてぐちゃぐちゃに混ぜたものなのよ。とても美味しいわね」
「ウフフお燐、あなた逃亡者(のがれもの)になりなさいな。ドラマになるわよ」
「ウフフお燐、24のアイキャッチの真似が出来るようになったわよ。聞いて頂戴、ディッドゥン! ディッドゥン!」
「ウフフお燐、あなたの猫車、ピックアップトラックに改造してもらったのね。地上でやってる最高にエキサイティングなG-1グランプリというのがあってね…」
「うふ、うふ、うふふふふふ…」
…ろくでもない。
ろくでもない上に別の誰かが混じっているが、それでも…
大切な思い出だ…
涙が溢れてくる。胸が苦しい。
だが見苦しい真似はすまい。
大人しく、捕食されよう。弱肉強食とは真理であり絶対である。ならば、私はせめて、私を食ったものの血となり肉となって、生き続けよう。
そして、もし…もし生まれ変われたなら、さとりという種族になってみたい。
私は大の字に寝転び、逃げも隠れもしないということをアピールする。
「え、あ…燐さん?」
「オラーーーさっさと食えやァーーーーー! とーっれとっれぴーっちぴっち、猫料理ーーーーー! 食うんなら残さず食えよやァーーーーーー! でも生き造りとかは絵的にアレなんでハンバーグとかにしてくださーいー!」
「何を言ってるんだ君は…?」
「るせーーーーーげっ歯類ーーーー! テメーなんぞ天敵であるお猫様が美味しく調理されるところを動画にして世界に配信して、生類憐れみの令強化月間である今月、総叩きに遭えばいいんじゃボーケーーーーー!」
「あ、あのう燐さん、食べるって、そんな…お饅頭でお腹一杯ですし、そもそも、何であなたを食べるって話になるんでしょう」
「ハーーーーーやかましいわこの究極タイガー! さっさとそのごっついタイガーバズーガで私をひき肉にしてみろォーーーーー! 逃げも隠れもガードもしねえぞクソッタレーーーーー!」
「…何だかよくわからんが、見苦しいしうるさいぞ。ご主人、こいつはきっとアレだ、病気か何かなんだろう、心の」
ネズミの奴めが好き勝手ほざく。言うに事欠いて見苦しいとは何事だ。
だがそれも勝者の権利だろう。敗者はただ消え去るのみだ。
私は床をごろごろと転がり、私の美味しさを満遍なくアピールしていく。
「どうしたタイガー&ベニー・ユキーデーー! お前らアレかァーッ! 切り身に加工された魚が川を泳いでるとか思っちゃう現代っ子かァーッ!? でも残念、そんなん嘘だからァー! グレートハンティングとか見てしばらく肉食えなくなってきさらせやァーーーーッ!」
「わ、私たちは仏教徒なので…その、殺生や肉食は禁じられていまして…」
「しかもあの映画はやらせだぞ」
「え、マジで? と、とにかく何がブッカーTだこらァアアアア! シャープシューターで美味しく調理する気かァーーーーー!」
「これはもうダメだな。ご主人、外に捨てよう。あとシャープシューターはロック様の技だ」
「え、で、でも…」
「いいから」
ネズミはそう言って私の足首を掴むと、ずるずると引きずっていく。血で床を汚したくないらしい。合理的な判断だ。
そうしてネズミはドアを開け、私を外へと投げ捨てると、私の目を見ないように呟いた。
「何だかよくわからんが、まぁ何だ…お大事にな」
「はァ!? 何それ、何を表してるの? 怒り? 悲しみ? 同情? 喜怒哀楽?」
その問いには答えず、ネズミはDVDの入った箱を地面に置くと、最後に何か哀れなモノを見るような目で、私を一瞥したのち、掘っ立て小屋へと戻っていった。
がちゃり、と、鍵のかかる音がして、辺りは静けさに包まれる。
「フ…フフフ…フハハハハ!」
馬鹿な奴らだ。
折角のチャンスをむざむざ見逃すとは。
敵を倒すには早いほどいいってね、その言葉を知らぬとはな!
だがそのお陰で、窮地を逃れることが出来た。
全て計算ずく…これこそ、あえて狂ったように装い、哀れみにより見逃される、火焔猫流最終奥義よ!
古典的ゆえ、その効果は抜群…何か色々失っちゃったような気もするが、それは些細なこと!
戦場に於いては最終的に生きていたものが勝者! たかが虎、何するものか! お前は屏風にでも入ってクソ生意気な屁理屈坊主とでも戦ってやがれ!
私が勝利の愉悦に浸っていると、後方でドアの開く音がした。
瞬間、私の全ては、逃走という選択肢を、最大のレスポンスで実行する。
飛び去る際に、虎魔流の声が聴こえたような気がしたが、きっと気のせいだろう。
「あ…ネズミの玩具…忘れてますよ…って速い!」
風穴へと入り、地底へと向かう。
とんだお使いになってしまったが、それでも失敗はしていないから、さとりにどやされることもないだろう。
私はDVDの詰まった箱を落とさぬよう、慎重に飛び、出てくる時と同じようにヤマメやパルスィや勇儀をスルーして、地霊殿へと急ぐ。
たかがDVDに死闘を繰り広げてきたのを読まれるのはちと癪だが、まぁ仕方あるまい。
これもきっと「ウフフお燐、摩訶不思議アドベンチャーが体験できてよかったわね!」とか何とか言われて、さとりの暇つぶしの助けになるだろう。
ああ、地霊殿の入り口だ…何もかもが懐かしい。
さとりはきっと、私を膝に乗せ、撫で、飯を食わせてくれる。その後は一緒にDVDを鑑賞するんだ。
きっと、退屈とは、しばらく無縁になりそうだ。
私はガラにもなく浮き足立って、さとりの部屋の扉を開く。
ほんの数時間会ってなかっただけの、いけ好かない飼い主でも、今は無性に顔が見たい。
「おかえり、お燐」
ぱっ、と、明るい表情を見せ、私の元に走り寄るさとり。
私はできるだけ冷静を装い、DVDの箱を掲げて見せるのが精一杯だった。
彼女に対する思いは、言わずとも、読まれているのだから、照れることもあるまいが…ともかく、私は、それでも万感の思いを込めて。
「ただいま」
了…
いや
To be continued...
4.トレマーズ
で一つ。
星さんも存外カーチャンだったんですね。
を希望します
と言うわけで、『4.コマンドー』を挙げましょうか。理由は作品中に名前が出ちゃったから。
おりんりんもいいけど、ナズーリンも可愛いなぁ……。
普段も似たようなテンションのおりんりんを、似たような感じであしらってるんだろうな。
寅ちゃんマジお母さん。
地底で鳴らしたあたいら特攻部隊は、性悪ムツゴロウにつかまりペットとして飼われることになったが、今日はファッキン飼い主様の命令でおつかいのために、地上にのぼることになった。
しかし、暇すぎてチーズ蒸しパンになりたがってるさとりの期待を裏切るようなあたいらじゃあない。
金さえくれれば気分次第でなんでもやってのける命知らず、不可能を可能にし地霊殿と家族を守る、あたいら、特攻猫おりんりんチーム!
あたいは、リーダーの火焔猫燐。通称お燐。
生存戦略とハッタリの名人。
あたいのような天才タクシードライバー(死体専門)でなければ百戦錬磨のエリートキャットどものリーダーは務まんないよ。
あたいは火焔猫燐。通称要素つめこみすぎ。
自慢の三つ編み赤毛猫耳ゴスロリルックスに、オス猫はみんなイチコロさ。
得意の話術かまして、DVDからつぶあん饅頭まで、何でもそろえてみせるよ。
やあ、お待ちかね。あたいこそ火焔猫燐。通称マタタビ健康促進説信者。
罵倒と嫌がらせの腕は天下一品!
変人の飼い主いるけどだから何?
火焔猫燐。通称見た目はトム、頭脳はジェリー。
ネズミ狩りの天才さ。ミニマム賢将から電気ネズミまでどんなネズミもオモチャにしてやるよ。
でも虎魔流とかいう木の周りをぐるぐるまわってバターになるのがお似合いの奴と夢の国在住のアイツだけはかんべんな。
あたいらは、言動が残念すぎる飼い主にそれでも仕え続ける。
頼りになる神出鬼没の、特攻猫おりんりんチーム!
魚と死体の処理に困ったときは、いつでも言っておくれよ。
まで読んだ。
賑やかで面白かったです
迷う選択肢だけどイケメンお空に ヒューッ! って言いたいから1のコブラで
アンケートはもちろんコブラで。
アンケートはもちろん4のイノセンスで。
理由?俺のゴーストが囁くんだよ。
お燐と周囲の温度差が心地よいくらいです
フェイスマンの口上を使ってしまったので4の「特攻野郎Aチーム」しかありませんね
3>>幻想郷住人の多くは空を飛べるのでトレマーズ如きでは役不足だが、トレマーズの腹を何事も無かったようにぶち破って出てくる勇儀姐さんには痺れる憧れる
5>>「未婚で処女なんですけども!」とちょっと照れつつ怒る星くんとモブ男がエロいことしてる画像ください
7>>コブラ 一票 ありがとうございます
10>>コマンドーはラピュタと並ぶ落とし神(サーバー的な意味で)ゆえ他の作家さんたちが既にパロっている可能性が微レ存…?
11>>その面白さに今回一番肝を冷やした感想。アンタこんなんぱぱっと思いつくなら何で投稿しないのか。いや、もうしている…!? とりあえずAチーム 一票
12>>いつだってそう、ハイテンション それしか無いともいえる(虚ろな目)
13>>欝とかシリアスが書けない底の浅さ でもウルトラハッピーな未来を目指す。前回のプリキュアは重過ぎたよ(無関係)
15>>キャラのイメージを大切にする読者さんから、いつか刺されるかもしれない
16>>膨大な量がある過去の作品をあまり読まないので、どっかで知らない内に被っているかもしれない。それだけが怖い。そしてコブラ 二票
17>>3はストパンだろいい加減にしろ! ちなみにジョジョは2、4部が好きです。 コブラ 三票
19>>し、知ってたわ! 地霊殿難しくてクリアしてないけど知ってたわ! マジレスすると口調から性格から捻じ曲げて書いたので、一人称も捻じ曲げようと思いました。 コブラ 四票
24>>刺されない程度にひどくしたい…それが僕の願いです。 イノセンスは十代の頃見ましたがよくわかりませんでした(率直) イノセンス 一票
25>>それでも80点入れて下さるアナタの優しさが五臓六腑に染み渡るでぇ…
26>>作者も熱心なファンに喧嘩売ってるように思えてきた。とりあえず無名ゆえ見逃されていると思いたいところ。
そして一行だけしかないAチームネタなのにしっかりバレててアセム・アスノ(スーパーパイロット) Aチーム 二票
総評>コブラの人気に嫉妬したが言い出したことはやり切るのが礼儀。そういうワケなんで、コブラのBD-BOXを今再び見る作業が始まる… とか言いつつ無節操にトレマーズやコマンドーやらAチームやらイノセンスやらのネタをブラッシュアップ(言いたかっただけ)するナイスガッツであった。
皆さんありがとうございます!
なんかネタ考えようとしたけどやっぱりコブラごっこでお空が手のアレで乱射して地霊殿壊滅?
あとさとり様男をくわえ込んじゃいけませんww