買い物から博麗神社に戻ってくると、お茶とお煎餅が用意されていた。
「あんた達はなにしてんのよ」
「わたしはお茶を」
縁側に腰掛けて、ぼんやりと丸い太陽を眺めながら、美鈴が悪びれもなく答える。
「わたしは、薬物所持者の現行犯逮捕を。このお茶は、その謝礼ということで」
同じく縁側に腰掛けている妹紅が、悪びれもなく言った。その膝の上には、手足を縛られ、猿ぐつわまでされているパチュリーがのっかっている。
パチュリーはなんとか逃れようともがいているが、もともとの体力の差がありすぎるのか、妹紅に抱えられたままだった。
「へぇー。ま、とりあえずお茶は頂くわ」
霊夢は、まだ湯気を立てているお茶を手に取って、美鈴と妹紅の間に腰掛ける。
一口飲むと、柔らかな甘みと苦みが、口の中に広がった。どちらが入れたかしらないが、なかなか上手な淹れ方だ。
「それで、薬物所持者っていうのは?」
霊夢は湯呑みを置きながら尋ねた。
「美鈴、例のブツを」
「了解です。妹紅さん」
美鈴が敬礼をしてから液体の入った小瓶を取り出す。なんだ、そのよくわからないノリは。
いい歳をした妖怪のやることじゃないだろう。
一人は人間だが、蓬莱人だし。
「こいつは、この薬を急須に仕込もうとしていたんだ」
妹紅が軽くパチュリーの頭を叩きながら言った。
「それで一応パチュリー様をひっつかまえて、縛って、なにが入っていたか確認しようとしたのですが……」
「なかなか、こいつが口を割らなくてな。そんなことをしている間に、霊夢が帰ってきたというわけだ」
なるほどなるほど。
というか、美鈴は、一応客品相手にいいのだろうか?
そもそも、この二人も勝手に不法侵入しているわけで。薬を混ぜるよりはマシだが、十分に夢想封印をするだけの理由はある気がする。
「それで、霊夢さんはどう思いますか?」
「どう……って言われても」
ロクな薬でないことは確かだが、未遂で終わっているならどうでもいい。あとで聞き出す方法なんて、いくらだってあるし。
そんなことより、今はお茶が美味しい。
「なるほど。霊夢はパチュリーよりも、お茶が美味しいと」
「こら、そこの蓬莱人。勝手に人の心を読むな。どこの悟り妖怪よ」
「今の霊夢さんの顔を見ていたら、誰でも思いますよ。それよりも妹紅さん。霊夢さんが、パチュリー様よりもお茶を取るなんてあり得ないですよ?」
「ん? なんの話?」
「お茶とパチュリー様。どっちが美味しいかという話ですよ。パチュリー様は、霊夢さんの大切な大切な恋人なんですから」
美鈴がニヤニヤと笑いながら言った。
「ほーっ。霊夢、恋人が捕まっているのはいいのか?」
妹紅が目を細めながら、質問をする。
「別に。勝手に薬を混ぜようとする奴のことなんて、知らないわよ」
霊夢はなるべく平静を保ちながら答えた。
間違いなくこの二人は、からかうことを目的としている。ムキになったら、こちらの負けだ。
「だってさ、パチュリー」
「霊夢さん、結構冷たいんですね。泊まるたびにパチュリー様を美味しく召し上がっているのに」
「ばっ、バカじゃないの! なに言ってるのよ!」
「あれ? 小悪魔さんが、『霊夢さんが泊まるたびにシーツを洗濯しないといけない』って嘆いていましたが」
「最近の若い連中は、随分お盛んなんだな」
「妹紅さんから見たら、みなさん若い連中ですよ。わたしも含めて」
「それもそうか」
そう言って、妹紅は膝の上に乗せていたパチュリーを隣に下ろした。縛ったままで。
病的なほどに軽いパチュリーだが、さすがにずっと乗せているのは面倒だったらしい。
「こうやって見てると、あんたもただの人間なんだけどね」
「わたしのことか?」
「ほかにだれがいるのよ」
霊夢は呆れたように言った。
妹紅が縁側に座ってお茶を飲んでいる姿は、まさに幻想郷の人間という感じだ。
少女とまではいかないが、若々しい容姿。特に綺麗な瞳が、好奇心旺盛に動いている。
その瞳は、今までに数え切れないほどの出来事を見てきているのだろうが。
老いることも死ぬこともない人間が。まともな生活を送れてきたとは思えない。
「わたしが不幸そうに見えるかい?」
妹紅が意地悪な目つきで言った。
このやろう。こいつは何で人の考えが読めるんだ。
「わたしのそばにいる人間は、みんなそういう目つきをするからね」
「なんとなくね。で、実際はどうなのよ? 不幸なの?」
「ん? そうだな。博麗の巫女よりは幸せかもね」
「別に私は不幸じゃないわよ」
「そう? こっちから見れば、生まれてからずっと巫女で、異変は解決しなくちゃいけなくて。修行とかもあるんだろう? そんなに幸せには見えないが」
「別に修行は日課だし、異変もそんなにないから楽よ。むしろ、修行と掃除が終われば、ほとんどのんびりできるし」
「そんなものでしょう? だから、わたしの方も似たようなものさ」
「どうも、あんたのしゃべり方はわかりにくい」
「のんびりしてるのに、せっかちな巫女だなぁ。霊夢から見たわたしは、不老不死だから辛い思いをしている不幸な人間でしょう?」
「まぁ……。いろいろありそうだし」
「でも、そうじゃないんだな。これが」
煎餅を半分に割りながら、妹紅が言った。
妹紅は半分に割った煎餅を、さらに三等分にしていく。
「でも、けっこういろいろあったでしょう? 同じところに住めないとか」
「まぁ、それくらいわね。こっちに来てからは、関係ないけど」
「それって、かなり大変じゃない」
「慣れれば大したことないさ。霊夢だって、妖怪とばっかりいるから、人里でよく思わない人間もいるだろう?」
「全員に好かれるなんて無理よ」
「わたしから見れば、十分不幸だけどね。その人間は霊夢に守られてるのに」
「そんなもんでしょう。でも、それ以上にのんびりできてるし」
「私もそんなもんさ。ちょっと言い過ぎたわね。ごめん」
「え? いきなり謝られても困るんだけど」
「そこまで割り切れるのは、少し羨ましいわ」
そう言って妹紅は、縁側に横になった。
どうやら、この話はもうおしまいということらしい。
いつの間にか隣にいた美鈴もパチュリーも眠っている。
無論パチュリーは縛られたまま。
眠気というものは伝染するのか、霊夢も急に眠くなってきた気がした。
手に持っていた湯呑みを置き、座ったまま目を閉じる。
五分後には、縁側で眠る四人を、太陽が見ていた。
☆☆☆
「さて、それではパチュリー様への尋問を再開したいと思いまーす!」
「イェーイ!!!」
「ちょっと美鈴! いい加減にしなさいよ! それに妹紅。あんたのそのテンションは、いったい何?」
居間ではパチュリーに対する尋問が再開されていた。
「では、改めてパチュリー様にお尋ねします。あの薬には、何が入っていたのですか?」
背中に抱きつくようにパチュリーを捕らえている美鈴が言った。
「言わないわよ」
パチュリーが得意のジト目で言う。
「その目つき、そそるなぁ」
パチュリーの前に延ばされた膝に、またがるように座っている妹紅が怪しい目つきで笑った。
パチュリーは、手足も縛れたままなので、完全に動けない体勢である。
「さて、パチュリー様。本当は、このようなことはしたくないのですが」
「それ、そんなキラキラした笑顔で言うことかしら?」
「いえいえ。私はとてもとても胸を痛めていますよ? では、少し尋問させていただきます」
そう言うと、美鈴は両手でパチュリーの腰のあたりを軽くくすぐった。
美鈴の指が、パチュリーの細い腰の上で飛び跳ねる。
「ひゃうっ!」
「あら? 七曜の魔女も、こんな可愛い声を出せるんですね」
「何すんのよ! くっ、くひゅぐったいじゃない!」
「それはくすぐってますから」
「それじゃあ、私も、っと」
妹紅がパチュリーの体と腕の隙間に手を滑り込ませて、わきの下をくすぐる。
「うみゃぁあああ!」
妹紅がわきの下をくすぐった瞬間、パチュリーの体が大きく跳ねた。
どうやら、わきの下が弱点だったらしい。
「妹紅さんくすぐりお上手ですねー。わたしも頑張らなくちゃ」
「たまたま弱いところをみつけたからね。ほれ、こちょこちょー」
妹紅と美鈴は、思うままにパチュリーをくすぐっていく。
二人が手を動かすたびに、パチュリーは面白いように声をあげていった。
「まったく、いい歳をした妖怪が何をやってんだか」
縁側で一人お茶を飲んでいた霊夢はつぶやいた。
パチュリーが何を混ぜようとしていたのかは、だいたい察しがついている。前の経験から推測すれば、どうせ媚薬でも盛ろうとしたのだろう。
あの魔法使いも大概だ。自分から言う気がないのなら、くすぐられ続けてしまえばいい。
「きゃはは! あ、足の裏はやめてー!」
「美鈴、足の裏も弱いみたいよ」
「首筋を筆でくすぐっても面白いですけどねー」
それと、この妖怪共は、人の神社をなんだろうと思っているのか?
もし、まだ十分使える筆でくすぐっていたら、今度こそ夢想封印だ。
「神社も随分にぎやかになったわねぇ」
にぎやかになりはじめたのは、紅霧異変よりも後だろうか?
あの異変で今の恋人であるパチュリーと出会い、変わった門番やメイド、吸血鬼の姉妹とも出会った。
随分吸血鬼の姉にも好かれた気がするが、わたしは魔法使いの方を選んだ。
理由は、なんとなく。
なんとなくだけど、パチュリーの方に引きつけられたのだ。
レミリアの方になんとなく引きつけられるということはなかった。
魔理沙は「そんな基準で恋愛するのか?」なんて言ってたが、おそらくあいつも、自分がアリスに引きつけられる理由を答えられたりはしないだろう。
恋愛なんてそんなものだ。
そういえば、魔理沙がこの神社に来る前には、自分は何をしていただろうか?
頬に手を当てて、珍しく真剣に考えてみる。
「パチュリー様、そろそろ限界ですかー?」
「うみゃー!! そ、そこくしゅぐんないで!」
「そこって、ここの肋骨の間ですか? ならもっとくすぐらないとダメですね」
「パチュリー、『くしゅぐんないで』だって」
「妹紅さん、似てないですよ」
「さすがに無理」
いろいろ考えたが、朝の修行と、掃除、それにたまに来る参拝客の相手しか浮かばなかった。あとは、縁側でお茶。
別にそのことが不幸だったとは思わない。
毎日のんびりしていたし、参拝客の相手も、いろいろな話ができて楽しかった。
お金に関しても、特に不自由をした記憶はない。
ただ……、少しだけ寂しかった気がする。
でも、今になって思えば、悪い気はしない。
人は「悪いことはいつまでも覚えている」と言われるが、「喉元過ぎれば熱さ忘れる」とも言う。
どうやら、私は後者の方が強いらしい。
これだからお気楽巫女なんていわれるのだろうか?
「ま、そんなものよね」
霊夢はそこでぐるぐる回り続ける思考を止めた。
こんなことを真面目に考えてたら、お茶が美味しくなくなる。
我ながらいい加減な思考だ。
「もしかしたら、妹紅もこんな感じなのかもね」
霊夢のつぶやきは、お茶の湯気と一緒に幻想郷の空へと上っていた。
☆☆☆
「何?」
体に誰かがのしかかるのを感じて、霊夢が目を開けると、パチュリーの顔が目の前にあった。
時刻は夜の十一時を過ぎた頃だろうか?
襖を隔てた隣の部屋では、妹紅と美鈴が眠っている。
「媚薬、キャラメルミルクに混ぜたでしょ?」
「あ、そろそろ効いてきたの?」
「えぇ、とっても」
パチュリーが暗闇の中でもわかるくらい、顔を赤らめて答える。
霊夢は確かに、パチュリーが隠し持っていた媚薬を、パチュリーのマグカップに混ぜた。
でも、それは決してパチュリーと夜を楽しむためではない。
霊夢はニヤリと口の端をつり上げて言う。
「パチュリー、今日は隣で妹紅と美鈴が泊まっているのよ?」
霊夢の目的は、欲情するパチュリーを放置すること。
もし、このまま事に及べば、間違いなく「昨晩はお楽しみでしたね」になる。
さすがにこの状態では、パチュリーも自重するしかないだろう。
「ねぇ、霊夢?」
「何?」
霊夢は余裕たっぷりに答える。
「今なら選ばせてあげる。このまま私に襲われるか、明日くすぐりの刑を三時間か」
「ちょっと! 意味わからないから!」
「だって、霊夢が媚薬いれたんじゃない」
「そもそも、パチュリーだって私のお茶に媚薬を入れようとしてたんでしょう?」
「わたしは未遂よ。でも霊夢は犯行に及んだじゃない」
「そもそも、あんたが媚薬を持ってくるのが悪いんでしょうが」
あれ? いつの間にか形勢が悪くなっている。
どこでおかしくなった?
「それに、わたしはちゃんと罰を受けたわよ? でも霊夢は罰を受けてないじゃない」
「あれは、目撃されて捕まったあんたが悪いんでしょう」
「あら? じゃあ縛ればいいの? 魔法使っていつでも縛れるけど?」
これは、マズイ。
パチュリーは確実にやる。
この状態のパチュリーに縛られたら、何をされるかわかったもんじゃない。
「で、どうする?」
パチュリーが小さく首を傾ける。
いつもなら可愛らしい仕草だが、今はただの悪魔だ。
霊夢は小さくため息をつく。
「好きにしなさい」
霊夢はぶっきらぼうに言った。
もっとも、この言葉は翌日大きな意味を持つ。
霊夢は襲われるとも、くすぐられるとも言わず、パチュリーに任せた。
狡猾な魔女が、こんな単純なことを逃すはずもない。
翌日、大の字に縛られ、パチュリーにくすぐられる霊夢の姿があったという。
☆☆☆
美鈴は妙な声を聞いて、目を覚ました。
時刻は夜の十二時前といったところだろうか?
隣の部屋からは、霊夢の甲高い声が聞こえてくる。
「あーあ、やっぱりそうなりましたか」
「ん? いつもこうなの?」
「あ、妹紅さんも起きていらっしゃったのですか?」
「あんな声を聞いて、寝られるわけないでしょう」
「それもそうですけどね」
まったく、あのバカ巫女とバカ魔女は。
霊夢はパチュリーのキャラメルミルクに媚薬を仕込み、パチュリーは我慢できなかった。
「それは霊夢が誘ってるようなものじゃない」
うん。わたしもそう思う。
だから霊夢はバカだ。もちろん、隣に人がいるのに我慢できないパチュリーも。
「ま、でも二人とも幸せそうならいいじゃない」
「たしかにそうですけどね。霊夢さんも、本当に嫌なら夢想封印が飛んでいるでしょうし」
「霊夢、昔は寂しかっただろうからね」
「わかるものですか? わたしも詳しいことは知りませんが」
「勘だけどね。なんとなく、わたしと似ている気がするし」
そこで美鈴は一瞬声を詰まらせた。
霊夢が、妹紅はちょっと話にくいと言っていたのが、わかる気がした。
なんというか、霊夢以上に割り切りすぎている。
美鈴は、適当なことを言って誤魔化すことにした。
「紅白の服とか?」
「わたしの服は、普通だけどね。ま、今は霊夢もわたしも幻想郷を楽しんでいるし、何も問題は無いんじゃないかな?」
「そんないい加減でいいんですか?」
「ま、そんなものだからね」
そう言って、妹紅は笑った。
その笑顔に曇りはない。
美鈴は、これ以上気にしないことにした。
本人が気にしていないことを、他人が気にしても仕方がない。
それにしても。
「これ、どうしますかねー」
相変わらず、隣の部屋からは、霊夢とパチュリーの声が聞こえてくる。
「いつもどれくらいで終わるの?」
「さすがにそこまでは、わたしも」
「ま、仕方がないからお茶でも飲むしかないかしらね? お酒でもいいけど」
「お酒飲むと、霊夢さんに怒られそうですから、お茶にしておきません?」
「じゃあ、わたしが淹れてくるわ」
そう言って、妹紅は部屋を出て行った。
美鈴も布団から抜け出し、縁側に腰掛ける。
ふと空を見上げると、丸い満月が輝いていた。
「あんた達はなにしてんのよ」
「わたしはお茶を」
縁側に腰掛けて、ぼんやりと丸い太陽を眺めながら、美鈴が悪びれもなく答える。
「わたしは、薬物所持者の現行犯逮捕を。このお茶は、その謝礼ということで」
同じく縁側に腰掛けている妹紅が、悪びれもなく言った。その膝の上には、手足を縛られ、猿ぐつわまでされているパチュリーがのっかっている。
パチュリーはなんとか逃れようともがいているが、もともとの体力の差がありすぎるのか、妹紅に抱えられたままだった。
「へぇー。ま、とりあえずお茶は頂くわ」
霊夢は、まだ湯気を立てているお茶を手に取って、美鈴と妹紅の間に腰掛ける。
一口飲むと、柔らかな甘みと苦みが、口の中に広がった。どちらが入れたかしらないが、なかなか上手な淹れ方だ。
「それで、薬物所持者っていうのは?」
霊夢は湯呑みを置きながら尋ねた。
「美鈴、例のブツを」
「了解です。妹紅さん」
美鈴が敬礼をしてから液体の入った小瓶を取り出す。なんだ、そのよくわからないノリは。
いい歳をした妖怪のやることじゃないだろう。
一人は人間だが、蓬莱人だし。
「こいつは、この薬を急須に仕込もうとしていたんだ」
妹紅が軽くパチュリーの頭を叩きながら言った。
「それで一応パチュリー様をひっつかまえて、縛って、なにが入っていたか確認しようとしたのですが……」
「なかなか、こいつが口を割らなくてな。そんなことをしている間に、霊夢が帰ってきたというわけだ」
なるほどなるほど。
というか、美鈴は、一応客品相手にいいのだろうか?
そもそも、この二人も勝手に不法侵入しているわけで。薬を混ぜるよりはマシだが、十分に夢想封印をするだけの理由はある気がする。
「それで、霊夢さんはどう思いますか?」
「どう……って言われても」
ロクな薬でないことは確かだが、未遂で終わっているならどうでもいい。あとで聞き出す方法なんて、いくらだってあるし。
そんなことより、今はお茶が美味しい。
「なるほど。霊夢はパチュリーよりも、お茶が美味しいと」
「こら、そこの蓬莱人。勝手に人の心を読むな。どこの悟り妖怪よ」
「今の霊夢さんの顔を見ていたら、誰でも思いますよ。それよりも妹紅さん。霊夢さんが、パチュリー様よりもお茶を取るなんてあり得ないですよ?」
「ん? なんの話?」
「お茶とパチュリー様。どっちが美味しいかという話ですよ。パチュリー様は、霊夢さんの大切な大切な恋人なんですから」
美鈴がニヤニヤと笑いながら言った。
「ほーっ。霊夢、恋人が捕まっているのはいいのか?」
妹紅が目を細めながら、質問をする。
「別に。勝手に薬を混ぜようとする奴のことなんて、知らないわよ」
霊夢はなるべく平静を保ちながら答えた。
間違いなくこの二人は、からかうことを目的としている。ムキになったら、こちらの負けだ。
「だってさ、パチュリー」
「霊夢さん、結構冷たいんですね。泊まるたびにパチュリー様を美味しく召し上がっているのに」
「ばっ、バカじゃないの! なに言ってるのよ!」
「あれ? 小悪魔さんが、『霊夢さんが泊まるたびにシーツを洗濯しないといけない』って嘆いていましたが」
「最近の若い連中は、随分お盛んなんだな」
「妹紅さんから見たら、みなさん若い連中ですよ。わたしも含めて」
「それもそうか」
そう言って、妹紅は膝の上に乗せていたパチュリーを隣に下ろした。縛ったままで。
病的なほどに軽いパチュリーだが、さすがにずっと乗せているのは面倒だったらしい。
「こうやって見てると、あんたもただの人間なんだけどね」
「わたしのことか?」
「ほかにだれがいるのよ」
霊夢は呆れたように言った。
妹紅が縁側に座ってお茶を飲んでいる姿は、まさに幻想郷の人間という感じだ。
少女とまではいかないが、若々しい容姿。特に綺麗な瞳が、好奇心旺盛に動いている。
その瞳は、今までに数え切れないほどの出来事を見てきているのだろうが。
老いることも死ぬこともない人間が。まともな生活を送れてきたとは思えない。
「わたしが不幸そうに見えるかい?」
妹紅が意地悪な目つきで言った。
このやろう。こいつは何で人の考えが読めるんだ。
「わたしのそばにいる人間は、みんなそういう目つきをするからね」
「なんとなくね。で、実際はどうなのよ? 不幸なの?」
「ん? そうだな。博麗の巫女よりは幸せかもね」
「別に私は不幸じゃないわよ」
「そう? こっちから見れば、生まれてからずっと巫女で、異変は解決しなくちゃいけなくて。修行とかもあるんだろう? そんなに幸せには見えないが」
「別に修行は日課だし、異変もそんなにないから楽よ。むしろ、修行と掃除が終われば、ほとんどのんびりできるし」
「そんなものでしょう? だから、わたしの方も似たようなものさ」
「どうも、あんたのしゃべり方はわかりにくい」
「のんびりしてるのに、せっかちな巫女だなぁ。霊夢から見たわたしは、不老不死だから辛い思いをしている不幸な人間でしょう?」
「まぁ……。いろいろありそうだし」
「でも、そうじゃないんだな。これが」
煎餅を半分に割りながら、妹紅が言った。
妹紅は半分に割った煎餅を、さらに三等分にしていく。
「でも、けっこういろいろあったでしょう? 同じところに住めないとか」
「まぁ、それくらいわね。こっちに来てからは、関係ないけど」
「それって、かなり大変じゃない」
「慣れれば大したことないさ。霊夢だって、妖怪とばっかりいるから、人里でよく思わない人間もいるだろう?」
「全員に好かれるなんて無理よ」
「わたしから見れば、十分不幸だけどね。その人間は霊夢に守られてるのに」
「そんなもんでしょう。でも、それ以上にのんびりできてるし」
「私もそんなもんさ。ちょっと言い過ぎたわね。ごめん」
「え? いきなり謝られても困るんだけど」
「そこまで割り切れるのは、少し羨ましいわ」
そう言って妹紅は、縁側に横になった。
どうやら、この話はもうおしまいということらしい。
いつの間にか隣にいた美鈴もパチュリーも眠っている。
無論パチュリーは縛られたまま。
眠気というものは伝染するのか、霊夢も急に眠くなってきた気がした。
手に持っていた湯呑みを置き、座ったまま目を閉じる。
五分後には、縁側で眠る四人を、太陽が見ていた。
☆☆☆
「さて、それではパチュリー様への尋問を再開したいと思いまーす!」
「イェーイ!!!」
「ちょっと美鈴! いい加減にしなさいよ! それに妹紅。あんたのそのテンションは、いったい何?」
居間ではパチュリーに対する尋問が再開されていた。
「では、改めてパチュリー様にお尋ねします。あの薬には、何が入っていたのですか?」
背中に抱きつくようにパチュリーを捕らえている美鈴が言った。
「言わないわよ」
パチュリーが得意のジト目で言う。
「その目つき、そそるなぁ」
パチュリーの前に延ばされた膝に、またがるように座っている妹紅が怪しい目つきで笑った。
パチュリーは、手足も縛れたままなので、完全に動けない体勢である。
「さて、パチュリー様。本当は、このようなことはしたくないのですが」
「それ、そんなキラキラした笑顔で言うことかしら?」
「いえいえ。私はとてもとても胸を痛めていますよ? では、少し尋問させていただきます」
そう言うと、美鈴は両手でパチュリーの腰のあたりを軽くくすぐった。
美鈴の指が、パチュリーの細い腰の上で飛び跳ねる。
「ひゃうっ!」
「あら? 七曜の魔女も、こんな可愛い声を出せるんですね」
「何すんのよ! くっ、くひゅぐったいじゃない!」
「それはくすぐってますから」
「それじゃあ、私も、っと」
妹紅がパチュリーの体と腕の隙間に手を滑り込ませて、わきの下をくすぐる。
「うみゃぁあああ!」
妹紅がわきの下をくすぐった瞬間、パチュリーの体が大きく跳ねた。
どうやら、わきの下が弱点だったらしい。
「妹紅さんくすぐりお上手ですねー。わたしも頑張らなくちゃ」
「たまたま弱いところをみつけたからね。ほれ、こちょこちょー」
妹紅と美鈴は、思うままにパチュリーをくすぐっていく。
二人が手を動かすたびに、パチュリーは面白いように声をあげていった。
「まったく、いい歳をした妖怪が何をやってんだか」
縁側で一人お茶を飲んでいた霊夢はつぶやいた。
パチュリーが何を混ぜようとしていたのかは、だいたい察しがついている。前の経験から推測すれば、どうせ媚薬でも盛ろうとしたのだろう。
あの魔法使いも大概だ。自分から言う気がないのなら、くすぐられ続けてしまえばいい。
「きゃはは! あ、足の裏はやめてー!」
「美鈴、足の裏も弱いみたいよ」
「首筋を筆でくすぐっても面白いですけどねー」
それと、この妖怪共は、人の神社をなんだろうと思っているのか?
もし、まだ十分使える筆でくすぐっていたら、今度こそ夢想封印だ。
「神社も随分にぎやかになったわねぇ」
にぎやかになりはじめたのは、紅霧異変よりも後だろうか?
あの異変で今の恋人であるパチュリーと出会い、変わった門番やメイド、吸血鬼の姉妹とも出会った。
随分吸血鬼の姉にも好かれた気がするが、わたしは魔法使いの方を選んだ。
理由は、なんとなく。
なんとなくだけど、パチュリーの方に引きつけられたのだ。
レミリアの方になんとなく引きつけられるということはなかった。
魔理沙は「そんな基準で恋愛するのか?」なんて言ってたが、おそらくあいつも、自分がアリスに引きつけられる理由を答えられたりはしないだろう。
恋愛なんてそんなものだ。
そういえば、魔理沙がこの神社に来る前には、自分は何をしていただろうか?
頬に手を当てて、珍しく真剣に考えてみる。
「パチュリー様、そろそろ限界ですかー?」
「うみゃー!! そ、そこくしゅぐんないで!」
「そこって、ここの肋骨の間ですか? ならもっとくすぐらないとダメですね」
「パチュリー、『くしゅぐんないで』だって」
「妹紅さん、似てないですよ」
「さすがに無理」
いろいろ考えたが、朝の修行と、掃除、それにたまに来る参拝客の相手しか浮かばなかった。あとは、縁側でお茶。
別にそのことが不幸だったとは思わない。
毎日のんびりしていたし、参拝客の相手も、いろいろな話ができて楽しかった。
お金に関しても、特に不自由をした記憶はない。
ただ……、少しだけ寂しかった気がする。
でも、今になって思えば、悪い気はしない。
人は「悪いことはいつまでも覚えている」と言われるが、「喉元過ぎれば熱さ忘れる」とも言う。
どうやら、私は後者の方が強いらしい。
これだからお気楽巫女なんていわれるのだろうか?
「ま、そんなものよね」
霊夢はそこでぐるぐる回り続ける思考を止めた。
こんなことを真面目に考えてたら、お茶が美味しくなくなる。
我ながらいい加減な思考だ。
「もしかしたら、妹紅もこんな感じなのかもね」
霊夢のつぶやきは、お茶の湯気と一緒に幻想郷の空へと上っていた。
☆☆☆
「何?」
体に誰かがのしかかるのを感じて、霊夢が目を開けると、パチュリーの顔が目の前にあった。
時刻は夜の十一時を過ぎた頃だろうか?
襖を隔てた隣の部屋では、妹紅と美鈴が眠っている。
「媚薬、キャラメルミルクに混ぜたでしょ?」
「あ、そろそろ効いてきたの?」
「えぇ、とっても」
パチュリーが暗闇の中でもわかるくらい、顔を赤らめて答える。
霊夢は確かに、パチュリーが隠し持っていた媚薬を、パチュリーのマグカップに混ぜた。
でも、それは決してパチュリーと夜を楽しむためではない。
霊夢はニヤリと口の端をつり上げて言う。
「パチュリー、今日は隣で妹紅と美鈴が泊まっているのよ?」
霊夢の目的は、欲情するパチュリーを放置すること。
もし、このまま事に及べば、間違いなく「昨晩はお楽しみでしたね」になる。
さすがにこの状態では、パチュリーも自重するしかないだろう。
「ねぇ、霊夢?」
「何?」
霊夢は余裕たっぷりに答える。
「今なら選ばせてあげる。このまま私に襲われるか、明日くすぐりの刑を三時間か」
「ちょっと! 意味わからないから!」
「だって、霊夢が媚薬いれたんじゃない」
「そもそも、パチュリーだって私のお茶に媚薬を入れようとしてたんでしょう?」
「わたしは未遂よ。でも霊夢は犯行に及んだじゃない」
「そもそも、あんたが媚薬を持ってくるのが悪いんでしょうが」
あれ? いつの間にか形勢が悪くなっている。
どこでおかしくなった?
「それに、わたしはちゃんと罰を受けたわよ? でも霊夢は罰を受けてないじゃない」
「あれは、目撃されて捕まったあんたが悪いんでしょう」
「あら? じゃあ縛ればいいの? 魔法使っていつでも縛れるけど?」
これは、マズイ。
パチュリーは確実にやる。
この状態のパチュリーに縛られたら、何をされるかわかったもんじゃない。
「で、どうする?」
パチュリーが小さく首を傾ける。
いつもなら可愛らしい仕草だが、今はただの悪魔だ。
霊夢は小さくため息をつく。
「好きにしなさい」
霊夢はぶっきらぼうに言った。
もっとも、この言葉は翌日大きな意味を持つ。
霊夢は襲われるとも、くすぐられるとも言わず、パチュリーに任せた。
狡猾な魔女が、こんな単純なことを逃すはずもない。
翌日、大の字に縛られ、パチュリーにくすぐられる霊夢の姿があったという。
☆☆☆
美鈴は妙な声を聞いて、目を覚ました。
時刻は夜の十二時前といったところだろうか?
隣の部屋からは、霊夢の甲高い声が聞こえてくる。
「あーあ、やっぱりそうなりましたか」
「ん? いつもこうなの?」
「あ、妹紅さんも起きていらっしゃったのですか?」
「あんな声を聞いて、寝られるわけないでしょう」
「それもそうですけどね」
まったく、あのバカ巫女とバカ魔女は。
霊夢はパチュリーのキャラメルミルクに媚薬を仕込み、パチュリーは我慢できなかった。
「それは霊夢が誘ってるようなものじゃない」
うん。わたしもそう思う。
だから霊夢はバカだ。もちろん、隣に人がいるのに我慢できないパチュリーも。
「ま、でも二人とも幸せそうならいいじゃない」
「たしかにそうですけどね。霊夢さんも、本当に嫌なら夢想封印が飛んでいるでしょうし」
「霊夢、昔は寂しかっただろうからね」
「わかるものですか? わたしも詳しいことは知りませんが」
「勘だけどね。なんとなく、わたしと似ている気がするし」
そこで美鈴は一瞬声を詰まらせた。
霊夢が、妹紅はちょっと話にくいと言っていたのが、わかる気がした。
なんというか、霊夢以上に割り切りすぎている。
美鈴は、適当なことを言って誤魔化すことにした。
「紅白の服とか?」
「わたしの服は、普通だけどね。ま、今は霊夢もわたしも幻想郷を楽しんでいるし、何も問題は無いんじゃないかな?」
「そんないい加減でいいんですか?」
「ま、そんなものだからね」
そう言って、妹紅は笑った。
その笑顔に曇りはない。
美鈴は、これ以上気にしないことにした。
本人が気にしていないことを、他人が気にしても仕方がない。
それにしても。
「これ、どうしますかねー」
相変わらず、隣の部屋からは、霊夢とパチュリーの声が聞こえてくる。
「いつもどれくらいで終わるの?」
「さすがにそこまでは、わたしも」
「ま、仕方がないからお茶でも飲むしかないかしらね? お酒でもいいけど」
「お酒飲むと、霊夢さんに怒られそうですから、お茶にしておきません?」
「じゃあ、わたしが淹れてくるわ」
そう言って、妹紅は部屋を出て行った。
美鈴も布団から抜け出し、縁側に腰掛ける。
ふと空を見上げると、丸い満月が輝いていた。
霊パチュが好きになってしまった
言われてみれば妹紅と霊夢は共通点があるかも。しかし、今が幸せで何より