写真には、狭い部屋に一人の女らしき者が居る様子が撮影されていた。
その姿は筆舌に尽くしがたい。きっと、この者は人の形をしていたのだろう。そう理解することがやっとに見える状態であった。
髪の毛は、頭皮ごと大部分を損失しており、残っている部分も、元の色を把握することは難しいほどに色あせている。脱色剤になり得るほど強力な酸をかけられたか、はたまた単に燃やされたのか。
眼孔に、目は存在していない。恐らく視神経ではないかと思われる細い糸の束が、片方からだけ垂れ下がっていて、もう片方には目の周りを保護しているはずの骨すら見当たらず、前頭から頬の辺りまで肉がへこんで見えた。
服を着ている様子はない。胴の部分にはぼかしがかけられている。見る者への配慮だろうか。ただ、服を着ている様子ではないというのに、そのモザイクの下に見える色は、全体に赤だったり、黄色味を帯びた白であった。
そして、四肢は。
左足を残すのみとなっており、その左足でさえも関節が、決してそう曲がるはずのない方向にねじ曲げられていたり、ぼかしの先に見える赤色の中に、白無垢のラインが見えたりしていた。
人間なら生きているはずがないだろう。
そしてこれが妖怪であっても、こうなってしまってはもう、先が短いだろう。
そう思わせるに充分の写真だった。女らしき者の少し後ろに、茄子色の唐傘が転がっていた。705
だが、次の写真で女――少女は驚くべき回復を見せていた。
まず何より写り主が女だと、それも少女だということが分かるほど。ぼかしが掛かっていた体は肌色に包まれ、胸にある二つの膨らみが、水色の下着で包まれていた。
四肢は相変わらず左足しかなかったが、その足は人として正しい方向につま先を伸ばしてあった。
頭にはしっかりと頭皮がついていた。しかしまだ髪は不揃いで、髪色も抜けているままだ。
目はまぶたで閉ざされている。
だが、まぶたの上からでも普通は分かる、眼球の丸い膨らみは、確認出来なかった。630
更に続く写真だと、少女はまたも順調に回復していた。なんと、四肢が生え揃っているのである。
二枚目の写真では確かに存在していなかった右腕が、左腕が、右足が。縫い合わせた継ぎ目もなく、元通りになっていた。
まだ治りかけなのだろうか、その三つの手足には添え木がしてあり、ぴんと真っ直ぐしたまま動かすことが出来ないようにしてある。
ついには女の命とも言える髪の毛も、一枚前のそれに比べると圧倒的だった。美しいアクアマリンの色をした髪の毛。それがしっかりとした長さで、たっぷりと蓄えられていたのである。人の手を加えて、植毛でもしなければ、これほどまでに劇的な変化は遂げない。
そして目元はまるで今治療中だとでも言うかのように、黒いアイマスクで覆われていた。622
それがどうだろう、四枚目の写真。
其処には、一枚目の状態からは想像もつかない、一人の少女の元気な姿が映されていた。
カメラの被写体に選ばれたことを誇らしげにしているような、挑発的に決められた自信満々のポーズと、その表情。
目線はレンズに向けられている。その瞳は、サファイアとルビーをそれぞれの瞳に埋め込んだような、輝かしいオッドアイだった。
顔は生気で満ち溢れており、一時は欠損状態となっていた四肢も、躍動感に満ち溢れたポージングを取れるほどに回復しているのだ。
太陽の光を受けて、髪に浮かぶのはエンジェルリング。美しい頭髪の象徴でもあるようなそれ。
写真の中の少女は茄子色の傘を持って、本当に幸せそうな顔をしていた。505
「どうですか、この奇跡の写真! 死にかけの妖怪を保護して、これほどまでに元気な状態まで回復させることが出来る、神の奇跡。その奇跡の神を住まわす社、守矢神社! これで宣伝すれば、きっと信仰が増えるはずです!」
そう、東風谷早苗は自信たっぷりに言ってのけた。
写真を見せられた洩矢諏訪子は、うーんと少しだけ唸ってから、隣に居る八坂神奈子へ意見を求める。
「どう思う?」
「いや、いいんじゃないか? 分かりやすい媒体で残された神の奇跡だ。これなら信仰も集めやすいと思うんだが、諏訪子はそう思ってないのか」
「うぅん、私もそう思うよ。そうだね。じゃあこれを採用して、守矢神社をますます発展させていこうかね」
二柱からの太鼓判を聞いて、早苗はその表情に喜びを映し出す。
「やった! 頑張ったかいがあった!」
「まあ、公衆へ出す前に、少しだけ修正させて貰うけどいいね? そんなに大きくは変えないよ。被写体の情報をもっと隠すとか、そんなところ」
「はい。ではその辺りはお任せ致します! よかった、久しぶりに私も、守矢神社の役に立てたみたいで」
そっと胸を撫で下ろす早苗を見て、神奈子も嬉しそうに笑う。
「あっはは、早苗は私たちと共に居てくれるだけでも、本当に充分なんだ」
「いえいえ。それではただの居候になってしまいますよ。もっと、目に見える形で役に立っておきたかったんで……あっ、いけない。そろそろお夕飯の時間ですね。支度をして参ります。今日は気分もいいので、うんと豪華に作りますね」
言葉尻にハートの形が見えるかというくらいの上機嫌で、早苗は台所のほうへと消えていく。
神奈子が感心したような頷きを見せてから言った。
「いやぁ、早苗も神として随分成長したみたいね。こんな奇跡を起こせるなんて」
その言葉を聞いて、諏訪子が鼻で笑ったような息を漏らす。
早苗を小馬鹿にした様子にも見えて、神奈子が少し眉をひそめた。
「何、我が子の成長みたいなものよ? もう少し喜んでいいと思うんだが」
「成長、ね。まあ確かに成長かもしれない。でもこれは、奇跡じゃなくてただの現実さ、ほら、此処を見て」
諏訪子が示すのは写真の右下。其処にはそれぞれ、三桁の数字が刻んであった。
神奈子はそれを見ても、何のことやらと首を傾げる。
「この数字が、何だと?」
「うん。まあ私もカメラにはそんなに詳しくないから、断定じゃないんだけど。この数字は恐らく――」
『日付』だよ。
そう言って、一息置いて。諏訪子は写真の数字を、若い順に並べ直しながら続けた。
この写真は、神の奇跡による少女の回復日記じゃない。
「これは単なる、妖怪虐殺連続写真さ」
確かに私には似てきたね。
諏訪子はそう言って、肩を竦めた。
最後の諏訪子の台詞は好みだったので。
なんてこった、早苗さんは、サ?コパスだったのかー!
ただもう純粋に恐かったです。こんなぞっとする話久々に読んだ・・・!
正直こっち向きなのか少し疑問なのでこの点数で
あっさり