「てゐ、何も言わずにこれを着てちょうだい」
私の部屋の障子をすり抜けて入ってきた鈴仙が、何の前置きも無しに何か言ってきやがった。
こちとらとっくの昔に風呂を済ませ、湯冷めしない内に床に就いたばかりだというのに。
渋々起き上がって奴の姿を注視してみる。何かの衣装らしきものを広げているが、今大事なのはそんな事じゃない。
「鈴仙! あんたどうして血塗れなの!?」
「パンクよ」
「何の説明にもなってない! それに着替えるべきはオマエの方だろ!」
「私だとサイズが合わなくて……」
「その服を着ろとは言ってない!」
「試してはみたんだけどねぇ」
「知らん!」
どうにもズレまくったこの反応と、息をする度に上下する肩。この血はコイツ自身のものと見て間違いなさそうだ。
最近流行のパンクバンド「鳥獣伎楽」のライブに行くとか言ってたはずの鈴仙が、なぜこのような無様な姿に成り果てているのやら。
それにこの衣装、どこかで見た様な気が……。
「スー……ハー……ああ落ち着くわー」
「こら、嗅ぐな嗅ぐな!」
「てゐにもお裾分け、どうぞ」
「うわっ、臭っ! すっごい汗臭っ!」
奴がブン投げてきたこの衣装。汗でジットリと濡れている上に、そこはかとなく獣臭い。
兎でも玉兎でもない獣の臭い……おいおいちょっと待て、まさか!?
「ご明察。それは鳥獣伎楽の山彦、幽谷響子のステージ衣装よ」
「道理で臭いと思っ……待て。なにゆえキサマがこれを持っている」
「それは勿論、ライブが終わって油断しているところを」
「襲ったの!?」
「そんな野蛮な事はしません。彼女たちの生着替えをこっそり堪能した後、隙を見てギッてきたのよ」
「犯罪じゃないか!」
「ええ、これでまた一歩地獄に近づいてしまったわね。クックックッ……」
この駄目兎、どこまで堕ちれば気が済むのだろうか。
兎角同盟だなんだと言って活動していた頃とは大違いだ。今のコイツからは、向上心のカケラも見て取れやしない。
「まあ衣装の事は置いておくとして、その血は一体どうしたのさ?」
「逃げようとしたまさにその瞬間、ミスティアに見つかってしまってね……」
「うっわ、ダサッ!」
「引っ掻かれたり啄ばまれたり引き裂かれたりyahooされたりしながらも、この衣装だけは守り通してここまで逃げて来たってワケよ」
「なんか立派な事をやり遂げたみたいに言ってるけど、全然カッコよくないからね?」
「逃げる事に関しては、人後に落ちないと自負しております」
「“キリッ”を忘れてるぞ。この変質者め」
後ろ向き過ぎる。マジ救われん。
今頃鳥獣伎楽の二人は、血眼になってこのアホンダラを捜し回っている事だろう。
連中が永遠亭に辿り着けるとも思えんが、いざという時は鈴仙をふん縛って、熨斗付けて差し出すとしよう。
「そんな事より、早くこれに着替えてよ」
「嫌だ。さっき風呂に入ったばっかなのに、どうしてそんな汗臭い衣装に着替えなきゃならんのさ」
「その方が興奮するでしょ?」
「しないよ! ……っていうか鈴仙、私にその服着せてどうするつもり?」
「やーだもうてゐったらー。する事なんて一つしか無いでしょ?」
うわー、聞きたくない聞きたくない。
聞くまでも無く分かりきってる事だけど、それでもやっぱり聞きたくなーい。
「私のネヴァーマインドエクスプロージョンを、てゐのユーテロにインするのよ」
「全ッ然わからん! 頼むから日本語で喋って!?」
「いいからこれを着てレイプミーと叫びなさい。そうしたら涅槃に連れて行ってあげるから」
何故だろう。何故だか分からないけど、鈴仙はあの世で誰かに詫び続けなければならない気がしてきた。
とりあえず涅槃には一人で行って欲しい。銃でも何でも使っていいから、とっとと自決すべきだろう。
「どうして私を手篭めにしようとするのさ!? そんなにその服が気に入ってるのなら幽谷響子と、その……すればよかったじゃない!」
「他所の子にカムアウトスウィンギンするのは、流石にマズイと思って……」
「私ならいいっていうの!? っていうかさっきから横文字使い過ぎ!」
「プリティーてゐフォーザ鈴仙……それが私のオールアイウォント」
「だから意味が分からないっつーの!」
理解しようとしたって無駄だな。こいつの考えてる事なんて分かる筈が無い。
まあ、やろうとしている事は一目瞭然なんだけどさ。
「言っておくけど、私にその気は無いからね! 私には心に決めた御方が居るんだからっ!」
「ああ、あんたが昔世話になったっていう土着神だっけ? そんなMOTAボーイなんてフォルサム刑務所にでもブチ込んで、私とチェンジザワールドしましょう?」
「てめーダイコク様ディスってんのかメーン!」
「ディスイズ単なるパンク! ロック! ソング!」
「うわっ、よせっ! 来るなっ!」
血染めの鈴仙は私のワンピースに手をかけ、一気に捲り上げてきた。
抵抗しようにも、腕力に差がありすぎてとても敵わない。
月の都でやんごとなき脳筋にさんざんシゴかれ、地上で天才による魔改造を受けている玉兎の相手など、一介の兎には荷が重過ぎる。
あっという間にドロワーズ一枚にされてしまった私を見て、鈴仙は恍惚の表情を浮かべながらこうのたまった。
「最後の一枚は自分で脱ぎなさい。もっとも、お望みとあらば私が脱がせてあげるけどね」
「ううっ、ヒドいよ鈴仙……どうしてこんなことするの?」
「今更カワイ子ぶったってムダよ。私の良心回路は、とうの昔にパンクの炎で焼き切れてしまったのだから」
「じゃあ、せめて後ろ向いててよ。着替えを見られたくないの……」
「ええ、構わないわ。光の波長をチョイと弄くれば、360度見渡せるからね私は。変な事したら即お仕置きよ?」
「……ああそーですかっ! 分かったよ! 大人しく着替えればいいんだろ着替えればっ!」
はいはい、後ろからブン殴ろうと思った私が馬鹿でした。
この分だと大声で助けを呼ぶ事も出来なそうだな。音の波長がどうとか言って掻き消されるに決まってら。
ただ、このまま言いなりになるのも癪に障る。よって私は先に衣装を羽織った上で、ドロワーズを脱ぐという方法を選ぶことにした。せめてもの抵抗だ。
「あーもう、汗臭いったらありゃしない……さあ! これで満足でしょっ!?」
「よく出来ました……と言いたいところだけど、まだ最後の仕上げが残っているわ」
私のドロワーズを興味無さ気に投げ捨てた鈴仙は、自分が履いていたニーソックスを脱ぎ、私の首に引っ掛けた。
何の呪いだか知らないが、これほど腹立たしい気分になったのは生まれて初めてかもしれない。
「それを履きなさい。響子のじゃないのが残念だけど、この際贅沢は言ってられないわ」
「変なところで妥協してないで、今からでも盗ってくればいいじゃん」
「履き終わったら、このサングラスをかけなさい」
「無視かよ」
鈴仙の血と汗と、その他諸々の液体が染み込んだニーソックス……履き辛いったらありゃしない。
私が悪戦苦闘している間、奴は何をしてくるでもなく、神妙な面持ちでこちらをじっと見つめている。
性欲を持て余しているのかと思ったが、まだその程度の理性は残っていたのかな?
などと考えてる内にニーソックスを履き終え、手渡されたサングラスをかける。夜中にサングラスをかける奴なんて、馬鹿じゃなければ変態だね。
「ほら、終わったよ鈴仙」
「素晴らしい……やはり私の眼に狂いはなかった……!」
「狂気の瞳の持ち主が、一体何を言っているのかと」
「もう我慢できない! アーイウォントゥビーザマイ乗ぉーりてゐ!」
「ぎゃあ来るなあっ!?」
来るなと言って止まるような鈴仙ではなく、私は布団の上に組み伏されてしまう。
折角着てやった衣装も、奴の手によって乱暴にはだけさせられる。それじゃ着せた意味ないじゃん、と言ってやりたい。無意味だろうけど。
「ワンライト! ワンマインド! 不埒インザダーク!」
「やめろ馬鹿! 私に何するつもりだ!」
「ファックエムオール!」
「何がファックだおいよせ口を近づけるなっ!?」
「そこまでよ~♪」
鈴仙の汗や涎で滲む視界の隅で、私の部屋の障子が派手に開け放たれる。
そこにはギターを構えたミスティア・ローレライと、口元に両手を添えた幽谷響子が、月を背にして並び立っていた。
なんだろう。助けが来たのに素直に喜べない。猛烈にイヤな予感がする。
「こんばんは! 死ね!」
響子の殺意に満ちた夜の挨拶が、衝撃波となって私と鈴仙を反対側の壁に叩きつけた。
その勢いで私の服は完全に脱げてしまい、剥き出しになった私の尻を、鈴仙が未練がましく撫でている。
もう駄目かなこの兎。とりあえず顔面に蹴りをぶち込んでおく。
「この淫乱GIRLZめ! 性春を駆け抜けるのもいい加減にしなさいよ!」
「ぐぶぅっ……あなたたち、どうやって此処へ……?」
「血痕頼りにあなたの後ろをつけてみたんだよ~♪」
「そう……血痕ね。ケッコン、けっこん……ご結婚おめでとうございます。ンフフ……」
ありゃりゃ、本格的に駄目だなこの兎。
まあコイツはどうなっても構わないとして、私まで共犯者扱いされるのは心外だ。
ここはひとつ、正直に全てを打ち明けるとしよう。信じてもらえるかどうかは分からないけど。
「やあやあお二人サン、お蔭で助かったよ。もう少しで取り返しのつかない事に……」
「いいからアンタは服を着なさい! 当局の取調べを受けたいのっ!?」
「当局って……まあいいや。そこに転がってる私の服とドロワーズを取ってくれない?」
「ちょっと待った、響子の服と交換よ~♪」
仰せのままに彼女の衣装とサングラスを手渡し、代わりに私の服とドロワを受け取る。世界一嫌なユニフォーム交換だ。
ついでにニーソックスも押し付けてしまおうと思ったが、そちらは受け取りを拒否された。まあ当然か。
しかしミスティアの奴、口を開く度にギターを掻き鳴らすのはやめてほしい。普通に喋れんのかコイツは。
「……で? 何だって私の服を盗ませたりしたワケ?」
「ちょっ、ちょっと待って! 私は全然関係ないし、むしろ被害者だよ!?」
「あいきゃんびーりーぶ、でぃすはっぷんとぅゆー♪」
「でぃすはっぷんとぅゆー♪」
「輪唱するな鬱陶しい! 大体その英語、今の状況に合ってるのかよ!?」
すっかり忘れていたよ。こいつらは馬鹿で、しかもパンクだって事を。
このままじゃ鈴仙の巻き添えを喰らって、地獄の歌声に潰されてしまうことは必至だ。
どうにか私だけでも切り抜けられないものか……。
「二人とも待ちなさい。てゐはこの件とは本当に無関係よ」
顔から何から血に染まった鈴仙が、箪笥にもたれかかりながら口を開く。
助け舟を出してくれたのは有り難いんだけど、元を辿れば大体コイツの所為なんだよね。いやむしろ性か。
「もっとも私と彼女が肉体関係にある事は、否定し難い事実なのだけど……」
「こらこらこら! どさくさに紛れて何を言ってるんだ! どう見ても未遂だったろ未遂!」
「呼んだ~?」
「呼んでねえし! 大体ミスティアをミスィなんて略す奴見たことねーよあーもう何なんだよお前ら帰れよパンクなら他所でやってくれ他所で!」
「てゐ、おちつキツイって」
「あーはいはい落ち着いてって言いたかったんでしょ鈴仙ちゃんったらもー。全然言えてないし何か別の意味を含んでしまってまあ大変死ねッ死ねッ死ねーッ!」
どうやら久々にキレちまったらしく、気が付くと私は無我夢中で鈴仙に対しストンピングの嵐を叩き込んでいた。
まあ仕方ないね。私の波長は短いってこの馬鹿も言ってたし。いつの事だかは忘れたけれど。
「もうやめて兎さん! 兎さんのライフはとっくにゼロよ!」
「は・な・せ! この変態を肉団子にして、次の例月祭で月に捧げてやるんだっ!」
「ステージで殺せばパフォーマーだけど、ここで殺したら犯罪者よ~♪」
そういうものだろうか?
などと自問する心の余裕が生まれたので、改めて満身創痍となった鈴仙の姿を眺めてみる。
流石に無駄口を叩ける状態では無さそうだが、どこか満足気な笑みを浮かべてやがるのが癪に障る。
「てゐ、話は終わっ……たみたいね」
おおっと、お師匠様までやって来るとは。
鳥獣伎楽の二人に会釈しているところを見るに、大体の事情は把握しているみたいだね。
そして、この部屋で何が行われたのかも。鈴仙へのお仕置きが楽しみだ。軽く見積もって三週間コースかな。
「ごめんなさいね。うちの兎たちが迷惑を掛けたみたいで……」
「ホントよ! 今度こんな事があったら、ウチの寺の全員でFight Itするからね!」
「うぃがったふぁい! とぅでい!」
兎たちって……私まで数に入れないで欲しいなあ。
しかし流石のお師匠様も、パンクな面子が相手だと少々押され気味だね。
月の都にはこういった手合いは居なかったのだろうか? 居るわけないか。
さっきからうんともすんとも言わないこの馬鹿を除いては。
「お詫びというわけではないのだけど、よかったらお茶でも飲んでいかない? ウチの姫様が鳥獣伎楽とお話したいって言っててね……」
「えー? お茶ぁ? 私たちパンクだからお酒がいいなぁ~」
「酒! 酒! 酒!」
「そ、そう。じゃあお酒も用意するわね」
「タダ酒が飲めるよ! やったねミスティア!」
「イエー! イエー!」
「それじゃあてゐ、後はよろしくね」
ノリノリの馬鹿パンク二人を引き連れて、お師匠様は去って行ってしまった。
よろしく、と言われてもねえ……こっちの馬鹿はおネンネしたままだし、私もこのままオヤスミできるような気分じゃないよ。
「……どうやら、全て終わったみたいね」
うおっ、起きてたのかよ。
って事は今までのは狸寝入りってワケかい。わたしゃてっきりお逝きになってしまったのかと思ったよ。
「私を倒したかったら、三寸級のスペースデブリでも持ってくることね」
よく分からんが、とにかく自分はタフだと言いたいのだろう。
ヘタレの分際でスペックだけは無駄に高いから困る。
「それも一つや二つではない……全部だ!」
「うるさいよ。それより鈴仙、あんたまた私に乱暴するつもりじゃないだろうね?」
「フッ……今日はもうパンクイズオーバーよ。悲しいけれど……」
ホントだ。パンクじゃなくて別の何かになってる。バラードか?
とりあえず、これで私の身の安全は確保できたようだね。釈然としないが。
「それにしても、どうしてパンクになんかなったりしたのさ?」
「羨ましかったのよ。あの二人……鳥獣伎楽の二人が」
「あいつらが? ただの馬鹿じゃん」
「そう、私は馬鹿になりたかったのよ。誰に憚る事無く、大声で好き勝手喚き散らす彼女たちのように……」
好き勝手やった結果が今回のアレとはね。こっちの身にもなって欲しいもんだよ、まったく。
まあ、コイツも色々と溜まってるのかもしれないな。ストレスとか、リビドーとか、あと邪念とか。
「これからは私が想うがまま、私が望むがままに邪悪でありたいものだわ」
「まるっきり悪役のセリフじゃんか」
「どうよてゐ。今日の私ってサイッコーにパンクだったと思わない?」
屈託の無い笑顔を向けてくるヤツに対して、私はどのような返答をすべきなのだろうか。
パンクの何たるかなど私は知らないし、下手に調子付かせてしまうのもよろしくない。
ならば、私から言えることはただ一つだ。出来る限りの笑顔を添えて、私は鈴仙にこう答えてやった。
「いいえ、ただの馬鹿です」
私の部屋の障子をすり抜けて入ってきた鈴仙が、何の前置きも無しに何か言ってきやがった。
こちとらとっくの昔に風呂を済ませ、湯冷めしない内に床に就いたばかりだというのに。
渋々起き上がって奴の姿を注視してみる。何かの衣装らしきものを広げているが、今大事なのはそんな事じゃない。
「鈴仙! あんたどうして血塗れなの!?」
「パンクよ」
「何の説明にもなってない! それに着替えるべきはオマエの方だろ!」
「私だとサイズが合わなくて……」
「その服を着ろとは言ってない!」
「試してはみたんだけどねぇ」
「知らん!」
どうにもズレまくったこの反応と、息をする度に上下する肩。この血はコイツ自身のものと見て間違いなさそうだ。
最近流行のパンクバンド「鳥獣伎楽」のライブに行くとか言ってたはずの鈴仙が、なぜこのような無様な姿に成り果てているのやら。
それにこの衣装、どこかで見た様な気が……。
「スー……ハー……ああ落ち着くわー」
「こら、嗅ぐな嗅ぐな!」
「てゐにもお裾分け、どうぞ」
「うわっ、臭っ! すっごい汗臭っ!」
奴がブン投げてきたこの衣装。汗でジットリと濡れている上に、そこはかとなく獣臭い。
兎でも玉兎でもない獣の臭い……おいおいちょっと待て、まさか!?
「ご明察。それは鳥獣伎楽の山彦、幽谷響子のステージ衣装よ」
「道理で臭いと思っ……待て。なにゆえキサマがこれを持っている」
「それは勿論、ライブが終わって油断しているところを」
「襲ったの!?」
「そんな野蛮な事はしません。彼女たちの生着替えをこっそり堪能した後、隙を見てギッてきたのよ」
「犯罪じゃないか!」
「ええ、これでまた一歩地獄に近づいてしまったわね。クックックッ……」
この駄目兎、どこまで堕ちれば気が済むのだろうか。
兎角同盟だなんだと言って活動していた頃とは大違いだ。今のコイツからは、向上心のカケラも見て取れやしない。
「まあ衣装の事は置いておくとして、その血は一体どうしたのさ?」
「逃げようとしたまさにその瞬間、ミスティアに見つかってしまってね……」
「うっわ、ダサッ!」
「引っ掻かれたり啄ばまれたり引き裂かれたりyahooされたりしながらも、この衣装だけは守り通してここまで逃げて来たってワケよ」
「なんか立派な事をやり遂げたみたいに言ってるけど、全然カッコよくないからね?」
「逃げる事に関しては、人後に落ちないと自負しております」
「“キリッ”を忘れてるぞ。この変質者め」
後ろ向き過ぎる。マジ救われん。
今頃鳥獣伎楽の二人は、血眼になってこのアホンダラを捜し回っている事だろう。
連中が永遠亭に辿り着けるとも思えんが、いざという時は鈴仙をふん縛って、熨斗付けて差し出すとしよう。
「そんな事より、早くこれに着替えてよ」
「嫌だ。さっき風呂に入ったばっかなのに、どうしてそんな汗臭い衣装に着替えなきゃならんのさ」
「その方が興奮するでしょ?」
「しないよ! ……っていうか鈴仙、私にその服着せてどうするつもり?」
「やーだもうてゐったらー。する事なんて一つしか無いでしょ?」
うわー、聞きたくない聞きたくない。
聞くまでも無く分かりきってる事だけど、それでもやっぱり聞きたくなーい。
「私のネヴァーマインドエクスプロージョンを、てゐのユーテロにインするのよ」
「全ッ然わからん! 頼むから日本語で喋って!?」
「いいからこれを着てレイプミーと叫びなさい。そうしたら涅槃に連れて行ってあげるから」
何故だろう。何故だか分からないけど、鈴仙はあの世で誰かに詫び続けなければならない気がしてきた。
とりあえず涅槃には一人で行って欲しい。銃でも何でも使っていいから、とっとと自決すべきだろう。
「どうして私を手篭めにしようとするのさ!? そんなにその服が気に入ってるのなら幽谷響子と、その……すればよかったじゃない!」
「他所の子にカムアウトスウィンギンするのは、流石にマズイと思って……」
「私ならいいっていうの!? っていうかさっきから横文字使い過ぎ!」
「プリティーてゐフォーザ鈴仙……それが私のオールアイウォント」
「だから意味が分からないっつーの!」
理解しようとしたって無駄だな。こいつの考えてる事なんて分かる筈が無い。
まあ、やろうとしている事は一目瞭然なんだけどさ。
「言っておくけど、私にその気は無いからね! 私には心に決めた御方が居るんだからっ!」
「ああ、あんたが昔世話になったっていう土着神だっけ? そんなMOTAボーイなんてフォルサム刑務所にでもブチ込んで、私とチェンジザワールドしましょう?」
「てめーダイコク様ディスってんのかメーン!」
「ディスイズ単なるパンク! ロック! ソング!」
「うわっ、よせっ! 来るなっ!」
血染めの鈴仙は私のワンピースに手をかけ、一気に捲り上げてきた。
抵抗しようにも、腕力に差がありすぎてとても敵わない。
月の都でやんごとなき脳筋にさんざんシゴかれ、地上で天才による魔改造を受けている玉兎の相手など、一介の兎には荷が重過ぎる。
あっという間にドロワーズ一枚にされてしまった私を見て、鈴仙は恍惚の表情を浮かべながらこうのたまった。
「最後の一枚は自分で脱ぎなさい。もっとも、お望みとあらば私が脱がせてあげるけどね」
「ううっ、ヒドいよ鈴仙……どうしてこんなことするの?」
「今更カワイ子ぶったってムダよ。私の良心回路は、とうの昔にパンクの炎で焼き切れてしまったのだから」
「じゃあ、せめて後ろ向いててよ。着替えを見られたくないの……」
「ええ、構わないわ。光の波長をチョイと弄くれば、360度見渡せるからね私は。変な事したら即お仕置きよ?」
「……ああそーですかっ! 分かったよ! 大人しく着替えればいいんだろ着替えればっ!」
はいはい、後ろからブン殴ろうと思った私が馬鹿でした。
この分だと大声で助けを呼ぶ事も出来なそうだな。音の波長がどうとか言って掻き消されるに決まってら。
ただ、このまま言いなりになるのも癪に障る。よって私は先に衣装を羽織った上で、ドロワーズを脱ぐという方法を選ぶことにした。せめてもの抵抗だ。
「あーもう、汗臭いったらありゃしない……さあ! これで満足でしょっ!?」
「よく出来ました……と言いたいところだけど、まだ最後の仕上げが残っているわ」
私のドロワーズを興味無さ気に投げ捨てた鈴仙は、自分が履いていたニーソックスを脱ぎ、私の首に引っ掛けた。
何の呪いだか知らないが、これほど腹立たしい気分になったのは生まれて初めてかもしれない。
「それを履きなさい。響子のじゃないのが残念だけど、この際贅沢は言ってられないわ」
「変なところで妥協してないで、今からでも盗ってくればいいじゃん」
「履き終わったら、このサングラスをかけなさい」
「無視かよ」
鈴仙の血と汗と、その他諸々の液体が染み込んだニーソックス……履き辛いったらありゃしない。
私が悪戦苦闘している間、奴は何をしてくるでもなく、神妙な面持ちでこちらをじっと見つめている。
性欲を持て余しているのかと思ったが、まだその程度の理性は残っていたのかな?
などと考えてる内にニーソックスを履き終え、手渡されたサングラスをかける。夜中にサングラスをかける奴なんて、馬鹿じゃなければ変態だね。
「ほら、終わったよ鈴仙」
「素晴らしい……やはり私の眼に狂いはなかった……!」
「狂気の瞳の持ち主が、一体何を言っているのかと」
「もう我慢できない! アーイウォントゥビーザマイ乗ぉーりてゐ!」
「ぎゃあ来るなあっ!?」
来るなと言って止まるような鈴仙ではなく、私は布団の上に組み伏されてしまう。
折角着てやった衣装も、奴の手によって乱暴にはだけさせられる。それじゃ着せた意味ないじゃん、と言ってやりたい。無意味だろうけど。
「ワンライト! ワンマインド! 不埒インザダーク!」
「やめろ馬鹿! 私に何するつもりだ!」
「ファックエムオール!」
「何がファックだおいよせ口を近づけるなっ!?」
「そこまでよ~♪」
鈴仙の汗や涎で滲む視界の隅で、私の部屋の障子が派手に開け放たれる。
そこにはギターを構えたミスティア・ローレライと、口元に両手を添えた幽谷響子が、月を背にして並び立っていた。
なんだろう。助けが来たのに素直に喜べない。猛烈にイヤな予感がする。
「こんばんは! 死ね!」
響子の殺意に満ちた夜の挨拶が、衝撃波となって私と鈴仙を反対側の壁に叩きつけた。
その勢いで私の服は完全に脱げてしまい、剥き出しになった私の尻を、鈴仙が未練がましく撫でている。
もう駄目かなこの兎。とりあえず顔面に蹴りをぶち込んでおく。
「この淫乱GIRLZめ! 性春を駆け抜けるのもいい加減にしなさいよ!」
「ぐぶぅっ……あなたたち、どうやって此処へ……?」
「血痕頼りにあなたの後ろをつけてみたんだよ~♪」
「そう……血痕ね。ケッコン、けっこん……ご結婚おめでとうございます。ンフフ……」
ありゃりゃ、本格的に駄目だなこの兎。
まあコイツはどうなっても構わないとして、私まで共犯者扱いされるのは心外だ。
ここはひとつ、正直に全てを打ち明けるとしよう。信じてもらえるかどうかは分からないけど。
「やあやあお二人サン、お蔭で助かったよ。もう少しで取り返しのつかない事に……」
「いいからアンタは服を着なさい! 当局の取調べを受けたいのっ!?」
「当局って……まあいいや。そこに転がってる私の服とドロワーズを取ってくれない?」
「ちょっと待った、響子の服と交換よ~♪」
仰せのままに彼女の衣装とサングラスを手渡し、代わりに私の服とドロワを受け取る。世界一嫌なユニフォーム交換だ。
ついでにニーソックスも押し付けてしまおうと思ったが、そちらは受け取りを拒否された。まあ当然か。
しかしミスティアの奴、口を開く度にギターを掻き鳴らすのはやめてほしい。普通に喋れんのかコイツは。
「……で? 何だって私の服を盗ませたりしたワケ?」
「ちょっ、ちょっと待って! 私は全然関係ないし、むしろ被害者だよ!?」
「あいきゃんびーりーぶ、でぃすはっぷんとぅゆー♪」
「でぃすはっぷんとぅゆー♪」
「輪唱するな鬱陶しい! 大体その英語、今の状況に合ってるのかよ!?」
すっかり忘れていたよ。こいつらは馬鹿で、しかもパンクだって事を。
このままじゃ鈴仙の巻き添えを喰らって、地獄の歌声に潰されてしまうことは必至だ。
どうにか私だけでも切り抜けられないものか……。
「二人とも待ちなさい。てゐはこの件とは本当に無関係よ」
顔から何から血に染まった鈴仙が、箪笥にもたれかかりながら口を開く。
助け舟を出してくれたのは有り難いんだけど、元を辿れば大体コイツの所為なんだよね。いやむしろ性か。
「もっとも私と彼女が肉体関係にある事は、否定し難い事実なのだけど……」
「こらこらこら! どさくさに紛れて何を言ってるんだ! どう見ても未遂だったろ未遂!」
「呼んだ~?」
「呼んでねえし! 大体ミスティアをミスィなんて略す奴見たことねーよあーもう何なんだよお前ら帰れよパンクなら他所でやってくれ他所で!」
「てゐ、おちつキツイって」
「あーはいはい落ち着いてって言いたかったんでしょ鈴仙ちゃんったらもー。全然言えてないし何か別の意味を含んでしまってまあ大変死ねッ死ねッ死ねーッ!」
どうやら久々にキレちまったらしく、気が付くと私は無我夢中で鈴仙に対しストンピングの嵐を叩き込んでいた。
まあ仕方ないね。私の波長は短いってこの馬鹿も言ってたし。いつの事だかは忘れたけれど。
「もうやめて兎さん! 兎さんのライフはとっくにゼロよ!」
「は・な・せ! この変態を肉団子にして、次の例月祭で月に捧げてやるんだっ!」
「ステージで殺せばパフォーマーだけど、ここで殺したら犯罪者よ~♪」
そういうものだろうか?
などと自問する心の余裕が生まれたので、改めて満身創痍となった鈴仙の姿を眺めてみる。
流石に無駄口を叩ける状態では無さそうだが、どこか満足気な笑みを浮かべてやがるのが癪に障る。
「てゐ、話は終わっ……たみたいね」
おおっと、お師匠様までやって来るとは。
鳥獣伎楽の二人に会釈しているところを見るに、大体の事情は把握しているみたいだね。
そして、この部屋で何が行われたのかも。鈴仙へのお仕置きが楽しみだ。軽く見積もって三週間コースかな。
「ごめんなさいね。うちの兎たちが迷惑を掛けたみたいで……」
「ホントよ! 今度こんな事があったら、ウチの寺の全員でFight Itするからね!」
「うぃがったふぁい! とぅでい!」
兎たちって……私まで数に入れないで欲しいなあ。
しかし流石のお師匠様も、パンクな面子が相手だと少々押され気味だね。
月の都にはこういった手合いは居なかったのだろうか? 居るわけないか。
さっきからうんともすんとも言わないこの馬鹿を除いては。
「お詫びというわけではないのだけど、よかったらお茶でも飲んでいかない? ウチの姫様が鳥獣伎楽とお話したいって言っててね……」
「えー? お茶ぁ? 私たちパンクだからお酒がいいなぁ~」
「酒! 酒! 酒!」
「そ、そう。じゃあお酒も用意するわね」
「タダ酒が飲めるよ! やったねミスティア!」
「イエー! イエー!」
「それじゃあてゐ、後はよろしくね」
ノリノリの馬鹿パンク二人を引き連れて、お師匠様は去って行ってしまった。
よろしく、と言われてもねえ……こっちの馬鹿はおネンネしたままだし、私もこのままオヤスミできるような気分じゃないよ。
「……どうやら、全て終わったみたいね」
うおっ、起きてたのかよ。
って事は今までのは狸寝入りってワケかい。わたしゃてっきりお逝きになってしまったのかと思ったよ。
「私を倒したかったら、三寸級のスペースデブリでも持ってくることね」
よく分からんが、とにかく自分はタフだと言いたいのだろう。
ヘタレの分際でスペックだけは無駄に高いから困る。
「それも一つや二つではない……全部だ!」
「うるさいよ。それより鈴仙、あんたまた私に乱暴するつもりじゃないだろうね?」
「フッ……今日はもうパンクイズオーバーよ。悲しいけれど……」
ホントだ。パンクじゃなくて別の何かになってる。バラードか?
とりあえず、これで私の身の安全は確保できたようだね。釈然としないが。
「それにしても、どうしてパンクになんかなったりしたのさ?」
「羨ましかったのよ。あの二人……鳥獣伎楽の二人が」
「あいつらが? ただの馬鹿じゃん」
「そう、私は馬鹿になりたかったのよ。誰に憚る事無く、大声で好き勝手喚き散らす彼女たちのように……」
好き勝手やった結果が今回のアレとはね。こっちの身にもなって欲しいもんだよ、まったく。
まあ、コイツも色々と溜まってるのかもしれないな。ストレスとか、リビドーとか、あと邪念とか。
「これからは私が想うがまま、私が望むがままに邪悪でありたいものだわ」
「まるっきり悪役のセリフじゃんか」
「どうよてゐ。今日の私ってサイッコーにパンクだったと思わない?」
屈託の無い笑顔を向けてくるヤツに対して、私はどのような返答をすべきなのだろうか。
パンクの何たるかなど私は知らないし、下手に調子付かせてしまうのもよろしくない。
ならば、私から言えることはただ一つだ。出来る限りの笑顔を添えて、私は鈴仙にこう答えてやった。
「いいえ、ただの馬鹿です」
支援も含めて100点で
良いテンションだったw
BR様がご光臨なされている段階で、グレッグ教授至高派として悔しいことだが点数は高くつけるほかない。
それでも、社長復帰後とエピタフ時代=レキシコン・パンクスの頂点だと思うので、グレイレース楽曲がメインなのは点数に引ける。
また、パンクパロディとしてラインナップがちょっと偏っているように思う。全部把握出来ていないと思うが
ニルヴァーナ・オフスプリング・BR様・NOFX?・みどりの日・メタリカ初期?・ダフトパンク?
という次第で、至極メリケンのそれもメロコアの初期ロット。エピタフ勢の栄光の90年台初頭中心。
ニルヴァーナやメタリカ初期?をオルタナ・グランジ・メタルでなくパンク定義なのはイズムとしては面白いが、ちょっとこのラインだと逆にパンクロックに疎い印象を与えてしまうのではなかろうか。
少なくとも、UK原理主義共の反応はカット・ザ・クラップ。ロンドンの風を感じない。これは致死に至る。恐らく匿名点数の中にはそうした理由のものも多いことであろう。
メリケンにしてもデッド・ケネディーズや黒旗、ラモーンズやテレヴィジョンなどの初期USA、ブレインズやマイナースレットやモーターヘッドにナパームデス、メロコアでもスナッフやペニワイやランシドがないのもどうだろうか?
組みされているオフスプなどに関しても、もう少し深く掘り下げて欲しかった感はある。
モッシュするには少し女の子のラインナップ。
勝手にしやがれ!とは思いつつもパンクなのでクソコメディアンのジョニーの如く能書きを垂れておく。
終始ニヤニヤしながら読んでたんですが、淫乱GIRLZで辛抱堪らなくなって吹きました。
なかなか新譜出しませんね、彼ら。
しかしニルヴァーナは果たしてパンクなのでしょうか。