拙作は、作品集114、116、117、119、129にのせた「サニーミルクBlack」の続きです。原作を知らない方でも理解できると思われます。
特撮ヒーロー物になぞらえた1話限りのネタとして読んでいただいても大丈夫です。
これまでのサニーミルクBlackは
レミリアが月と星の妖精の力を吸収し、かつてない気合いを入れて起こした怪異、大規模紅霧異変。
巫女と魔法使いも歯が立たず、八雲紫や風見幽香と言った妖怪ですら手出しできない怪異。だがそれに立ち向かう者がいた。
地獄へ落ちながらも奇跡的に復活を遂げた太陽の妖精、『サニーミルクBlack』が
レミリアに、紅魔館に戦いを挑む。
二人の妖精を救い、ついでにレミリアのはた迷惑な所業を食い止めるために。
もう夏に差しかかっているのにも関わらず、その日の幻想郷はまだ涼しかった。
太陽は薄い紅霧に覆われている。レミリア=スカーレットの仕業である。
ただその影響で力が弱まる妖精や妖怪もいるが、存在そのものが消える事はなかった。
だが例外を除いて、基本的にこの世の物理法則で暮らしている人間は、食糧が生産できなければ大打撃を受ける。
にもかかわらず、レミリアの異変に負けんとばかりに、稲や野菜、果物が低温に負けず順調に育っていた。
「いやあ、穣子様のおかげで、太陽光が減っても何とかなるな」
「今、幻想郷で一番信仰されてる神だなあ」
人々の称賛と信仰の中、里の中心に作られた社には、多くの供物と博麗神社以上の参拝者が訪れている。
祭神は豊穣の女神である秋穣子。信仰する者が増えれば、それだけ力も強くなる。そうなればさらに信者が増す。
レミリアの所業が、かえって彼女の力を増す正のフィードバックを生む事になる。
妖精サニーミルクもまた、姿を消して、そんな人々の明るい表情を見守っていた。
(うんうん、みんな幸せで豊かになれば、妖精がお供え物を盗んだり、いろいろ悪戯しても大目に見てくれるってものよね)
腕を組んでうなずくサニー、彼女も人知れず定期的に空に上がっては紅霧を吹き飛ばし、
里上空だけでも青空を維持しているのだ。
しかし、人々は忘れていた。自分達が別の神をないがしろにしている事を。
その神が悲しんでいる事を。
人々に自らの存在を誇示し、畏怖させたいと望むレミリアがそれに気づかないはずがなかった。
「人間達は自分に利益をもたらす神しか敬わず、そうでない神はないがしろにする。忘れ去られた女神に復讐の機会を与えよう」
レミリアが怪しい笑みを浮かべ、計画の全容をわざとらしく話す。
「嫉妬の橋姫によって女神の嫉妬心を増幅させ、人間どもを懲らしめる、さすがレミリア様、カリスマあふれる作戦ですね」
小悪魔もわざとらしく追従笑いを浮かべた。
レミリアは自らがスカウトした妖怪、水橋パルスィに対し命じた。
「ゆけい橋怪人、思いあがった人間どもに罰を与えるのだ」
「パルスィって呼んでよ」
レミリア声色が元に戻る。
「んもう、せっかく悪の首領ムードでやってたのに」
ふくれっ面の悪の首領であった。
里のどこかから人々の騒ぐ声が聞こえてくる。サニーは最初、祭り囃子か何かだと思ったが、それらしい準備はまだなく、騒ぎの声は明らかに驚きや不安の色を含んでいた。
喧騒が聞こえるにつれて、サニーの近くにいた人々も、みな表情を曇らせてゆく。
「ひゃあっ、さ、作物があああ」
声のした方に向かうと、誰かの畑が見えた。
畑の一角で穣子の加護を受けた作物が枯れ始め、そこから同心円状に田畑に荒廃が広がっていく。まるで巨大なアメーバが周囲を飲み込んでいくかのように。
一人の男が真っ青な顔で、駆けつけた穣子に尋ねた。
「穣子さま、これは一体?」
「分からないわ、どうして?」
「ああっ、あれを見て下さい」
男が指差した方を見ると、立ち枯れの中心に、一人の少女が両手を水平に広げて立っていた。
穣子はその姿に見覚えがある。
赤を基調とした服、金色の髪。間違い無い、姉の静葉だ。
「姉さん、やめて、どうしてこんな事を」
「うるさい、あんただけ人間にちやほやされやがって、ああ妬ましい妬ましい」
静葉から負の情念が放出され、作物の立ち枯れがさらに広がって行く。
穣子は説得を試みるが、静葉は耳を貸さない。
「姉さん、嫉妬なんてみっともないわ。
それに、姉さんにだって綺麗な紅葉を見せる力があるじゃない」
だが静葉は妹の声に耳を貸さない。
「多くの信仰を得て、残機もボムもいっぱいになって、
あまつさえ肌のつやもそんなに綺麗になって、妬ましいったらありゃしない」
サニーは姿を現し、立ち枯れの中心に向けて走る。
誰かが指差し、あっ、あの妖精だ、と声をあげた。
「変身!」
サニーの体が光に包まれ、服装が変化する。
以前は服の形は同じで色が変わっただけだったが、スカートが膝まで伸びた半ズボンの形になり、かなり動きやすくなった。
妖精は体も服も幻想の力が具現化したもの、サニーがそういう形になるよう念じたのだ。
「私はサニーミルクBlack!」
「あの時、太陽の光で助けてくれた妖精だ」
里の誰かが声を上げる。
「当たり判定フラッシュ!」
サニーミルクBlackの太陽の光と、当たり判定のエネルギーが静葉を包みこむ。
「お前が例の妖精。邪魔をするな」
「人間に悪戯すんなら、餓死しない程度にとどめておくのよ、でないと私達妖精の悪戯相手がいなくなっちゃうじゃない」
サニーから出る太陽のエネルギーが、作物の立ち枯れを食い止めた。
「あっ、意外と枯れていくのが防げた」
サニー自身も自分の能力に驚く。
「意外と、って適当に技を出したの?」
穣子の突っ込みを聞かなかった事にして、サニーミルクBlackは静葉に走り寄り、ジャンプしながらチョップをかます。
「とう!」
だが静葉はそれをギリギリでかわし、サニーはまだ枯れていない作物をなぎ倒してしまった。
「コラーどっちの見方だ」里人が叫ぶ。
「す、すいません」
声がした方に向けて謝り、再び静葉と向き合うと、彼女の姿はかき消えていた。
同時にサニーが肌でびりびり感じていた負の情念も失せ、作物の立ち枯れも止まった。
サニーも服を元の状態に戻す。
「あの時の妖精さん、助かりました」穣子が礼を言う。
「サニーでいいわ、それにしても、あの神様、穣子さんと似ていましたね」
穣子は首をかしげ、不可解さに悩む顔で続けた。
「確かに、あれは姉の静葉です。でもどうして? 姉さんは紅葉を作る能力があって、それはそれは綺麗で、みんなに愛されていて、たびたび私にも自慢していたんです、それがどうしてあんなに嫉妬に狂うようになったのか」
「普段からあんな嫉妬深いわけではなかったの?」
「ええ、あの姉さんの目、神なのに何かに取り憑かれてでもいたみたい」
サニーは遠くを見る様な目つきで、異変の黒幕について思いを巡らせる。
(取り憑かれて……、まさか紅魔の仕業か?)
「ちょっと、どこへ行くんですか」
サニーは何かを予感し、走り出していった。
(恵みをもたらすからって、どうして穣子ばかり)
話は少しさかのぼる。
秋静葉は悩んでいた。
彼女は妹の穣子と違い、作物の成長を助ける神力はない。
妹が人々の自分への信仰を自慢げに話すのが悔しくて仕方がなかった。
静葉自身への信仰が薄いため、彼女の存在も希薄になっているように感じる。
このままでは人気が無いだけでなく、消滅の危険すらある。
そんな嫉妬と焦燥感に駆られた彼女の元に、尖った耳を持った一人の妖怪が話を持ちかけたのだ。
「秋の女神さま、ずいぶんと妬ましいようね」
「あなたは?」
「私は水橋パルスィ、嫉妬心の妖怪よ。ねえ、一緒に神を敬わない人間達を懲らしめてみない」
「でも妹が人間に慕われているし」
「人間にぺこぺこしている妹も含めてお仕置きしてやるのよ、見なさい、これらの作物を台無しにすれば、人間達もあなたの力を畏怖するに違いないわ」
静葉は日頃のうっぷん晴らしと存在維持のため、パルスィの誘いに乗った。
そして、この度の異変を引き起こしたのだ。
サニーミルクは嫉妬に狂う秋の神を止めるべく、彼女を探し求める。
里や湖、森を妖精用バイクのサニーホッパーで何の当てもなく走りまわった。
河城にとりの工房で整備されたバイクは、よくサニーの技量を補ってくれている。
しかしいくら走り回っても静葉の気配は感じない。
「こんなとき、ルナとスターがいれば、少なくとも寂しくはなかったのに」
今日はもう帰って休もうかと思った時、頭の中に声が響いてくるのを感じた。
(妬ましい……妬ましい……)
「この声は何処から?」
サニーがあたりを見回し、妖怪の山を見上げた時、彼女は驚いた。
妖怪の山だけ紅葉に染まっている!
「こんな季節に?」
さらに良く見ると、木々の一部が紅葉を通り越して枯れかけている。
そして、枯れた部分が次第に山全体に広がり、やがては里にもくるだろうと思われた。
(妬ましい、人々に好かれる妹が妬ましい。妬ましい、人々に頼りにされる妖精が妬ましい)
山は血のように真っ赤に染まり、山全体が嫉妬心に燃えているかのようだ。
そして燃え尽きた後、幻想郷全体が不毛の地になってしまうのだろうか。
「この負の情念、嫌い。すぐ止めなきゃ」
サニーはバイクを走らせ、妖怪の山へ向かった。
妖怪の山のふもと、とある洞窟の中にパルスィと秋静葉はいた。
パルスィの指から透明なチューブ状の管が伸び、静葉の体に接続されている、
静葉に送り込まれた嫉妬のエネルギーが彼女の嫉妬心を煽り、
眠っていた力を呼び起こし、恐るべき祟り神と化しつつあった。
「パルパルパル、そうよ、もっともっと妬みエネルギーを増幅させなさい、
誰もあなたを止められやしないわ」
照明は見当たらないが、ほのかに明るいその洞窟内に、足音も無くレミリアが現れる。
「首尾は上々ね、橋姫さん」
「あら、ごきげんよう、紅魔の吸血鬼さん」
「この祟り神と化した秋の女神を暴れさせれば、どれくらいの被害になるかしら」
「きっと地上は壊滅状態、そうなれば生き残った連中はこいつを操作できる私達に従うしかないわね」
パルスィは静葉を指差す。
とそのとき、遠くからエンジン音が聞こえ、次第に音が大きくなり、洞窟じゅうにこだまする。
「来たわね、妖精。ちょうど良いわ、橋怪人、こいつを倒しなさい」
レミリアはそう命じると、無数の蝙蝠となって洞窟を去ろうとする。
出ていく途中で、サニーとすれ違う。
「あっ、あれはレミリアの蝙蝠、待ちなさい」
「また今度、貴方と遊んであげる」
レミリアを追いかけようとも思ったが、このむせかえる負の情念、今はそれどころではない。
「これをなんとかしなきゃ」
洞窟の奥にたどり着き、バイクから降り、パルスィと対峙する。そこはいつもの採石場。
「その神様を元に戻しなさい」
「あら、私はこの子にもともとあった嫉妬心を増幅させただけよ。全てはこの子の意志」
「だったらあなたの干渉をやめるのよ」
「嫌よ、ついでに一回休みしてもらうわ。『妬符 グリーンアイドモンスター』」
パルスィの指先から、緑色の泡状の弾幕があふれ出し、サニーを追尾する。
サニーは羽を使い、上下左右に回避するが、弾幕は執拗に彼女を追いかけてくる。
「ここにいては不利ね」
サニーは飛んで洞窟を脱出。弾幕が拡散して消えたかわりに、パルスィが静葉を連れて追いかけて来た。
「さあ、あなたの力を見せてみなさい」
パルスィが静葉に送り込む嫉妬エネルギーをさらに増大させる。
静葉の目が緑色に染まり、狂気の表情と共に雄たけびを上げた。
可愛らしい容姿の面影はそこにはない。
「アキーーーーー」
間一髪で避けた弾幕が岩を砕く。
(このままでは不利だ、何か弱点は……)
「さあ、もっと妬みなさいパルパルパル~」
「アキーーッ」
パルスィが叫ぶ。弾幕の渦がさらに激しくなる。
体内の霊石『当たり判定』のおかげで、そこに直撃しない限り大した衝撃は無いが、それでも確実にサニーの体力が削られていく。
(このままではやられる。あれが秋の神様に力を与えているのね、ならば)
「サニーホッパー!」
洞窟で待機していたサニーホッパーが声に応じ、瞬く間に彼女の元へ走って来る。羽を使って大きく跳躍し、空中で一回転して座席に飛び乗ると、パルスィと静葉の間めがけてハンドルを切った。
そのまま二人を繋ぐチューブを断ち切る作戦だったが、チューブが頑丈過ぎて、力任せに二人を地面に引きずる格好になってしまう。
「ちょっ、やめなさい、いてててて」
「アキキキキッ」
サニーホッパーは二人を砂利だらけの地面で引きずり、数十メートル走ってようやくチューブが切れた。
こうなると、ヒーローの戦い方と言うより一種の拷問である。
「これであの嫉妬妖怪はダメージを追ったはず、今だ!」
ついでに静葉もダメージを負ったのだが……。
顔面で地面を耕す羽目になり、擦り傷だらけのパルスィはようやく体を起こして立ちあがったものの、すでに目の前には助走をたっぷりつけたサニーが迫っていた。
「神様を傷つけるなんて、このバチ当たり者め!」
「それはあんたの……」 パルスィが反論しかけるが、
「口封じサニーキック!」 時すでに遅し。
両足を使った蹴りがパルスィの胸の中央に命中、その反動でサニーは空中で一回転し、彼女に背を向けて着地。
「パル~っ」
なんかカエデの葉のようなエネルギーの塊をまき散らし、橋姫は爆発した。
「死んでない、よね?」
冷や汗を流しながらパルスィの爆炎を見届けた後、サニーは静葉に駆け寄り、彼女を助け起こした。
「大丈夫ですか?」
やがて静葉はゆっくりと目を開く。その瞳にはもう嫉妬の色はない。
「うーん、何だか悪い夢を見ていたみたい」
「良かった、妹さんが帰りを待ってますよ」
「でも、私が暴走していたのは分かる。皆に謝らなくては」
だがサニーはこう擁護した。
「でも妹さんばかり崇拝していた人間も悪いですよ、自分勝手じゃないですか」
「そうだけど、なんで妹ばかりっていう嫉妬心は確かに私の中にあったのよ、それは事実。あの妖怪はそれを増幅させただけ」
「あなたがそう言うのなら……」
「ありがとう助けてくれて、私は人里に戻ります」
その後、白旗を掲げたつるべ桶の妖怪が飛んできた。
つるべ桶の底にワイヤーで吊られた金属製の手があって、これで外界のクレーンゲームの要領で気絶していた橋姫を掴み、二人に一礼して飛び去ってゆく。
「なんか、お友達が回収にきたみたい」
採石場の崖の上で、その様を見ていたレミリアが捨てゼリフを吐く。
「おのれサニーミルクBlack。覚えておれ」
無数の蝙蝠の姿をとり、やはりその場から消え去った。
採石場に静けさが戻る。
収穫が住み、村祭りの準備に余念がない里の人々。
社には穣子と並んで、静葉も祭られるようになった。
妹だけでなく、姉の神も大事にしなければと反省したのだ。
ご神体代わりに、穣子と静葉の帽子のスペアが社に納められている。
社に来た霊夢が、何やら文句を言っている。陰陽玉をとりだして一色即発の気配だったが、これはこれで幻想郷の日常風景。
その様子を見守っていたサニーは、静かにその場を離れ、誰も待つ者がいないミズナラの木の家に戻って行った。
サニーは家のドアを開ける。
「ただいま」 おかえり、と応じる声はない。
あの日以来、この家の時間が止まってしまったように思える。
サニーが膝を抱えて椅子に座っていると、今にもルナとスターが戻ってくるような感じがしたが、2人は帰って来ない。現実の重さに涙が出そうになると、家の外で音がした。
不思議に思い外に出ると、止めてあったサニーホッパーがひとりでに音を鳴らし、ハンドルを左右に振っていた。
まるで自分がついている、元気を出せと言っているみたいだ。
「サニーホッパー。ありがとうね」
彼女は車体をいとおしそうに撫で、それから一人と一台で気晴らしに散歩に出かけた。
サニーミルクBlackの活躍により、人々と神々の調和が戻った。
しかし、サニー自身に救いはあるのだろうか。
平穏な日々が戻る事を信じ、彼女は戦い続ける。
特撮ヒーロー物になぞらえた1話限りのネタとして読んでいただいても大丈夫です。
これまでのサニーミルクBlackは
レミリアが月と星の妖精の力を吸収し、かつてない気合いを入れて起こした怪異、大規模紅霧異変。
巫女と魔法使いも歯が立たず、八雲紫や風見幽香と言った妖怪ですら手出しできない怪異。だがそれに立ち向かう者がいた。
地獄へ落ちながらも奇跡的に復活を遂げた太陽の妖精、『サニーミルクBlack』が
レミリアに、紅魔館に戦いを挑む。
二人の妖精を救い、ついでにレミリアのはた迷惑な所業を食い止めるために。
もう夏に差しかかっているのにも関わらず、その日の幻想郷はまだ涼しかった。
太陽は薄い紅霧に覆われている。レミリア=スカーレットの仕業である。
ただその影響で力が弱まる妖精や妖怪もいるが、存在そのものが消える事はなかった。
だが例外を除いて、基本的にこの世の物理法則で暮らしている人間は、食糧が生産できなければ大打撃を受ける。
にもかかわらず、レミリアの異変に負けんとばかりに、稲や野菜、果物が低温に負けず順調に育っていた。
「いやあ、穣子様のおかげで、太陽光が減っても何とかなるな」
「今、幻想郷で一番信仰されてる神だなあ」
人々の称賛と信仰の中、里の中心に作られた社には、多くの供物と博麗神社以上の参拝者が訪れている。
祭神は豊穣の女神である秋穣子。信仰する者が増えれば、それだけ力も強くなる。そうなればさらに信者が増す。
レミリアの所業が、かえって彼女の力を増す正のフィードバックを生む事になる。
妖精サニーミルクもまた、姿を消して、そんな人々の明るい表情を見守っていた。
(うんうん、みんな幸せで豊かになれば、妖精がお供え物を盗んだり、いろいろ悪戯しても大目に見てくれるってものよね)
腕を組んでうなずくサニー、彼女も人知れず定期的に空に上がっては紅霧を吹き飛ばし、
里上空だけでも青空を維持しているのだ。
しかし、人々は忘れていた。自分達が別の神をないがしろにしている事を。
その神が悲しんでいる事を。
人々に自らの存在を誇示し、畏怖させたいと望むレミリアがそれに気づかないはずがなかった。
「人間達は自分に利益をもたらす神しか敬わず、そうでない神はないがしろにする。忘れ去られた女神に復讐の機会を与えよう」
レミリアが怪しい笑みを浮かべ、計画の全容をわざとらしく話す。
「嫉妬の橋姫によって女神の嫉妬心を増幅させ、人間どもを懲らしめる、さすがレミリア様、カリスマあふれる作戦ですね」
小悪魔もわざとらしく追従笑いを浮かべた。
レミリアは自らがスカウトした妖怪、水橋パルスィに対し命じた。
「ゆけい橋怪人、思いあがった人間どもに罰を与えるのだ」
「パルスィって呼んでよ」
レミリア声色が元に戻る。
「んもう、せっかく悪の首領ムードでやってたのに」
ふくれっ面の悪の首領であった。
里のどこかから人々の騒ぐ声が聞こえてくる。サニーは最初、祭り囃子か何かだと思ったが、それらしい準備はまだなく、騒ぎの声は明らかに驚きや不安の色を含んでいた。
喧騒が聞こえるにつれて、サニーの近くにいた人々も、みな表情を曇らせてゆく。
「ひゃあっ、さ、作物があああ」
声のした方に向かうと、誰かの畑が見えた。
畑の一角で穣子の加護を受けた作物が枯れ始め、そこから同心円状に田畑に荒廃が広がっていく。まるで巨大なアメーバが周囲を飲み込んでいくかのように。
一人の男が真っ青な顔で、駆けつけた穣子に尋ねた。
「穣子さま、これは一体?」
「分からないわ、どうして?」
「ああっ、あれを見て下さい」
男が指差した方を見ると、立ち枯れの中心に、一人の少女が両手を水平に広げて立っていた。
穣子はその姿に見覚えがある。
赤を基調とした服、金色の髪。間違い無い、姉の静葉だ。
「姉さん、やめて、どうしてこんな事を」
「うるさい、あんただけ人間にちやほやされやがって、ああ妬ましい妬ましい」
静葉から負の情念が放出され、作物の立ち枯れがさらに広がって行く。
穣子は説得を試みるが、静葉は耳を貸さない。
「姉さん、嫉妬なんてみっともないわ。
それに、姉さんにだって綺麗な紅葉を見せる力があるじゃない」
だが静葉は妹の声に耳を貸さない。
「多くの信仰を得て、残機もボムもいっぱいになって、
あまつさえ肌のつやもそんなに綺麗になって、妬ましいったらありゃしない」
サニーは姿を現し、立ち枯れの中心に向けて走る。
誰かが指差し、あっ、あの妖精だ、と声をあげた。
「変身!」
サニーの体が光に包まれ、服装が変化する。
以前は服の形は同じで色が変わっただけだったが、スカートが膝まで伸びた半ズボンの形になり、かなり動きやすくなった。
妖精は体も服も幻想の力が具現化したもの、サニーがそういう形になるよう念じたのだ。
「私はサニーミルクBlack!」
「あの時、太陽の光で助けてくれた妖精だ」
里の誰かが声を上げる。
「当たり判定フラッシュ!」
サニーミルクBlackの太陽の光と、当たり判定のエネルギーが静葉を包みこむ。
「お前が例の妖精。邪魔をするな」
「人間に悪戯すんなら、餓死しない程度にとどめておくのよ、でないと私達妖精の悪戯相手がいなくなっちゃうじゃない」
サニーから出る太陽のエネルギーが、作物の立ち枯れを食い止めた。
「あっ、意外と枯れていくのが防げた」
サニー自身も自分の能力に驚く。
「意外と、って適当に技を出したの?」
穣子の突っ込みを聞かなかった事にして、サニーミルクBlackは静葉に走り寄り、ジャンプしながらチョップをかます。
「とう!」
だが静葉はそれをギリギリでかわし、サニーはまだ枯れていない作物をなぎ倒してしまった。
「コラーどっちの見方だ」里人が叫ぶ。
「す、すいません」
声がした方に向けて謝り、再び静葉と向き合うと、彼女の姿はかき消えていた。
同時にサニーが肌でびりびり感じていた負の情念も失せ、作物の立ち枯れも止まった。
サニーも服を元の状態に戻す。
「あの時の妖精さん、助かりました」穣子が礼を言う。
「サニーでいいわ、それにしても、あの神様、穣子さんと似ていましたね」
穣子は首をかしげ、不可解さに悩む顔で続けた。
「確かに、あれは姉の静葉です。でもどうして? 姉さんは紅葉を作る能力があって、それはそれは綺麗で、みんなに愛されていて、たびたび私にも自慢していたんです、それがどうしてあんなに嫉妬に狂うようになったのか」
「普段からあんな嫉妬深いわけではなかったの?」
「ええ、あの姉さんの目、神なのに何かに取り憑かれてでもいたみたい」
サニーは遠くを見る様な目つきで、異変の黒幕について思いを巡らせる。
(取り憑かれて……、まさか紅魔の仕業か?)
「ちょっと、どこへ行くんですか」
サニーは何かを予感し、走り出していった。
(恵みをもたらすからって、どうして穣子ばかり)
話は少しさかのぼる。
秋静葉は悩んでいた。
彼女は妹の穣子と違い、作物の成長を助ける神力はない。
妹が人々の自分への信仰を自慢げに話すのが悔しくて仕方がなかった。
静葉自身への信仰が薄いため、彼女の存在も希薄になっているように感じる。
このままでは人気が無いだけでなく、消滅の危険すらある。
そんな嫉妬と焦燥感に駆られた彼女の元に、尖った耳を持った一人の妖怪が話を持ちかけたのだ。
「秋の女神さま、ずいぶんと妬ましいようね」
「あなたは?」
「私は水橋パルスィ、嫉妬心の妖怪よ。ねえ、一緒に神を敬わない人間達を懲らしめてみない」
「でも妹が人間に慕われているし」
「人間にぺこぺこしている妹も含めてお仕置きしてやるのよ、見なさい、これらの作物を台無しにすれば、人間達もあなたの力を畏怖するに違いないわ」
静葉は日頃のうっぷん晴らしと存在維持のため、パルスィの誘いに乗った。
そして、この度の異変を引き起こしたのだ。
サニーミルクは嫉妬に狂う秋の神を止めるべく、彼女を探し求める。
里や湖、森を妖精用バイクのサニーホッパーで何の当てもなく走りまわった。
河城にとりの工房で整備されたバイクは、よくサニーの技量を補ってくれている。
しかしいくら走り回っても静葉の気配は感じない。
「こんなとき、ルナとスターがいれば、少なくとも寂しくはなかったのに」
今日はもう帰って休もうかと思った時、頭の中に声が響いてくるのを感じた。
(妬ましい……妬ましい……)
「この声は何処から?」
サニーがあたりを見回し、妖怪の山を見上げた時、彼女は驚いた。
妖怪の山だけ紅葉に染まっている!
「こんな季節に?」
さらに良く見ると、木々の一部が紅葉を通り越して枯れかけている。
そして、枯れた部分が次第に山全体に広がり、やがては里にもくるだろうと思われた。
(妬ましい、人々に好かれる妹が妬ましい。妬ましい、人々に頼りにされる妖精が妬ましい)
山は血のように真っ赤に染まり、山全体が嫉妬心に燃えているかのようだ。
そして燃え尽きた後、幻想郷全体が不毛の地になってしまうのだろうか。
「この負の情念、嫌い。すぐ止めなきゃ」
サニーはバイクを走らせ、妖怪の山へ向かった。
妖怪の山のふもと、とある洞窟の中にパルスィと秋静葉はいた。
パルスィの指から透明なチューブ状の管が伸び、静葉の体に接続されている、
静葉に送り込まれた嫉妬のエネルギーが彼女の嫉妬心を煽り、
眠っていた力を呼び起こし、恐るべき祟り神と化しつつあった。
「パルパルパル、そうよ、もっともっと妬みエネルギーを増幅させなさい、
誰もあなたを止められやしないわ」
照明は見当たらないが、ほのかに明るいその洞窟内に、足音も無くレミリアが現れる。
「首尾は上々ね、橋姫さん」
「あら、ごきげんよう、紅魔の吸血鬼さん」
「この祟り神と化した秋の女神を暴れさせれば、どれくらいの被害になるかしら」
「きっと地上は壊滅状態、そうなれば生き残った連中はこいつを操作できる私達に従うしかないわね」
パルスィは静葉を指差す。
とそのとき、遠くからエンジン音が聞こえ、次第に音が大きくなり、洞窟じゅうにこだまする。
「来たわね、妖精。ちょうど良いわ、橋怪人、こいつを倒しなさい」
レミリアはそう命じると、無数の蝙蝠となって洞窟を去ろうとする。
出ていく途中で、サニーとすれ違う。
「あっ、あれはレミリアの蝙蝠、待ちなさい」
「また今度、貴方と遊んであげる」
レミリアを追いかけようとも思ったが、このむせかえる負の情念、今はそれどころではない。
「これをなんとかしなきゃ」
洞窟の奥にたどり着き、バイクから降り、パルスィと対峙する。そこはいつもの採石場。
「その神様を元に戻しなさい」
「あら、私はこの子にもともとあった嫉妬心を増幅させただけよ。全てはこの子の意志」
「だったらあなたの干渉をやめるのよ」
「嫌よ、ついでに一回休みしてもらうわ。『妬符 グリーンアイドモンスター』」
パルスィの指先から、緑色の泡状の弾幕があふれ出し、サニーを追尾する。
サニーは羽を使い、上下左右に回避するが、弾幕は執拗に彼女を追いかけてくる。
「ここにいては不利ね」
サニーは飛んで洞窟を脱出。弾幕が拡散して消えたかわりに、パルスィが静葉を連れて追いかけて来た。
「さあ、あなたの力を見せてみなさい」
パルスィが静葉に送り込む嫉妬エネルギーをさらに増大させる。
静葉の目が緑色に染まり、狂気の表情と共に雄たけびを上げた。
可愛らしい容姿の面影はそこにはない。
「アキーーーーー」
間一髪で避けた弾幕が岩を砕く。
(このままでは不利だ、何か弱点は……)
「さあ、もっと妬みなさいパルパルパル~」
「アキーーッ」
パルスィが叫ぶ。弾幕の渦がさらに激しくなる。
体内の霊石『当たり判定』のおかげで、そこに直撃しない限り大した衝撃は無いが、それでも確実にサニーの体力が削られていく。
(このままではやられる。あれが秋の神様に力を与えているのね、ならば)
「サニーホッパー!」
洞窟で待機していたサニーホッパーが声に応じ、瞬く間に彼女の元へ走って来る。羽を使って大きく跳躍し、空中で一回転して座席に飛び乗ると、パルスィと静葉の間めがけてハンドルを切った。
そのまま二人を繋ぐチューブを断ち切る作戦だったが、チューブが頑丈過ぎて、力任せに二人を地面に引きずる格好になってしまう。
「ちょっ、やめなさい、いてててて」
「アキキキキッ」
サニーホッパーは二人を砂利だらけの地面で引きずり、数十メートル走ってようやくチューブが切れた。
こうなると、ヒーローの戦い方と言うより一種の拷問である。
「これであの嫉妬妖怪はダメージを追ったはず、今だ!」
ついでに静葉もダメージを負ったのだが……。
顔面で地面を耕す羽目になり、擦り傷だらけのパルスィはようやく体を起こして立ちあがったものの、すでに目の前には助走をたっぷりつけたサニーが迫っていた。
「神様を傷つけるなんて、このバチ当たり者め!」
「それはあんたの……」 パルスィが反論しかけるが、
「口封じサニーキック!」 時すでに遅し。
両足を使った蹴りがパルスィの胸の中央に命中、その反動でサニーは空中で一回転し、彼女に背を向けて着地。
「パル~っ」
なんかカエデの葉のようなエネルギーの塊をまき散らし、橋姫は爆発した。
「死んでない、よね?」
冷や汗を流しながらパルスィの爆炎を見届けた後、サニーは静葉に駆け寄り、彼女を助け起こした。
「大丈夫ですか?」
やがて静葉はゆっくりと目を開く。その瞳にはもう嫉妬の色はない。
「うーん、何だか悪い夢を見ていたみたい」
「良かった、妹さんが帰りを待ってますよ」
「でも、私が暴走していたのは分かる。皆に謝らなくては」
だがサニーはこう擁護した。
「でも妹さんばかり崇拝していた人間も悪いですよ、自分勝手じゃないですか」
「そうだけど、なんで妹ばかりっていう嫉妬心は確かに私の中にあったのよ、それは事実。あの妖怪はそれを増幅させただけ」
「あなたがそう言うのなら……」
「ありがとう助けてくれて、私は人里に戻ります」
その後、白旗を掲げたつるべ桶の妖怪が飛んできた。
つるべ桶の底にワイヤーで吊られた金属製の手があって、これで外界のクレーンゲームの要領で気絶していた橋姫を掴み、二人に一礼して飛び去ってゆく。
「なんか、お友達が回収にきたみたい」
採石場の崖の上で、その様を見ていたレミリアが捨てゼリフを吐く。
「おのれサニーミルクBlack。覚えておれ」
無数の蝙蝠の姿をとり、やはりその場から消え去った。
採石場に静けさが戻る。
収穫が住み、村祭りの準備に余念がない里の人々。
社には穣子と並んで、静葉も祭られるようになった。
妹だけでなく、姉の神も大事にしなければと反省したのだ。
ご神体代わりに、穣子と静葉の帽子のスペアが社に納められている。
社に来た霊夢が、何やら文句を言っている。陰陽玉をとりだして一色即発の気配だったが、これはこれで幻想郷の日常風景。
その様子を見守っていたサニーは、静かにその場を離れ、誰も待つ者がいないミズナラの木の家に戻って行った。
サニーは家のドアを開ける。
「ただいま」 おかえり、と応じる声はない。
あの日以来、この家の時間が止まってしまったように思える。
サニーが膝を抱えて椅子に座っていると、今にもルナとスターが戻ってくるような感じがしたが、2人は帰って来ない。現実の重さに涙が出そうになると、家の外で音がした。
不思議に思い外に出ると、止めてあったサニーホッパーがひとりでに音を鳴らし、ハンドルを左右に振っていた。
まるで自分がついている、元気を出せと言っているみたいだ。
「サニーホッパー。ありがとうね」
彼女は車体をいとおしそうに撫で、それから一人と一台で気晴らしに散歩に出かけた。
サニーミルクBlackの活躍により、人々と神々の調和が戻った。
しかし、サニー自身に救いはあるのだろうか。
平穏な日々が戻る事を信じ、彼女は戦い続ける。
ここの論理展開の飛躍っぷりが原作らしくて笑えました。
パルパルパル、とかアキーーーーーッ!とかもいかにも小物怪人っぷりが上手く
表現できていて楽しかった。
仮面ライダー特有の超展開や決め台詞をとてもよく再現できていたと思いました。