「なぁ、咲夜。死にたいって思った事はあるか?」
それは不意に投げかけられた問いかけ。
戯れなのだろうか。傍らに控えていた私は、はて、と思案する。
「無いとは申せませんわ。お嬢様に出会うまでは」
「それは…嬉しいかな」
嬉しい、と主は告げる。だが、その表情はどこか憂いを帯びていて純粋に喜んでくれているとは言い難い。
「……お嬢様は」
「…ん?」
「……あるのでしょうか。死にたいと思う時が」
何故私はこの問いを投げかけたのか、後で思い返す事となる。
不意に生まれた疑問は声となって紡がれ、そして主の耳へと。
主の口から漏れ出すような吐息。どこか苦みを帯びた笑みを主は浮かべた。
「さぁ? 私には――死というものがよくわからない」
あぁ、どうしてだろう。
主が笑っているその顔がどうしようもなく歪に見えてしまったのか。
私には、よくわからない。
* * *
「なぁ、美鈴。死にたいって思ったことはあるか?」
それは昼下がり、一人で傘を差してやってきたお嬢様は傘をくるくると回しながら私に問うてきた。
また妙な戯れが始まった、と私は思う。あまり良い傾向ではない事だと私は知っている。
「死にたくない、なら何度も思いましたね。あぁ、恥ずかしくて死んでしまいたい、と思った事なら何度か。ただ純粋に死にたいなぁ、って思った事はないですね」
「充実してるんだねぇ、美鈴は」
「そこそこ良い人生送ってきてるんで。特にここに来てからは」
「…そうか。ここはそんなに良い所か」
うん、と頷く主の顔はどこか満足げで、あぁ、どこか危うく感じる。
その笑顔は眩しいばかりに輝いているのに、まるで実体がないように頼り気がない。
「お嬢様は思いませんか? ここが良いところだと」
「…んー? 良いんじゃないかい? 少なくとも、お前が居心地が良いという程度には」
「……お嬢様の基準で聞いているんですよ」
その問いかけに、お嬢様はどこか吃驚したような顔をした後、ただ、どこか苦みを帯びたような笑みを浮かべて笑うだけだ。
あぁ、はぐらかされた。幾度となく見てきた主の顔に私は吐息を零さずはいられなかった。
* * *
「なぁ、パチュリー。死にたいと思った事はあるか?」
「ないに決まってるでしょ」
「即答か」
「えぇ、問われる事自体ナンセンスよ、私の事はよくわかってるでしょ、親友」
「………怒ってる?」
「えぇ、貴方を磔にして日光に晒したり、雨の中に放置したいと思うぐらいには」
怒っていると親友は私を称した。
あぁ、その通りだとも。よりにもよって私にそれを問うか私の親友。
私がそう返すのも貴方は折り込み済みだろう。私が親友と呼ぶぐらい、貴方を理解しているし、私を貴方は理解しているだろう。
故に、怒る。その問いが何を意味しているのか私は知っている。
「…それは、ご遠慮願うよ」
「えぇ、願いなさい。私にそんな事をして欲しくなければ」
「…ああ、すまないパチュリー。…所で小悪魔? お前はどうだい? 死にたいと思ったことはあるか?」
「ちょっと」
「良いじゃないか、ちょっとぐらい」
小悪魔が私達のやりとりにちょっと困惑している。誤魔化したなこいつ。
少し重い溜息。本当に此奴という奴は、と呆れてしまう。
あぁ、呆れてしまうとも。
* * *
「フランは死にたいと思ったことはあるか?」
イラッ、と。
思わず能力を使いそうになるぐらいにそれは私の神経を逆撫でする言葉だった。
「ない、と思う?」
「思わない」
「じゃ、聞かないで。苛々する」
「うん、させたわ。ごめん」
「謝るぐらいなら聞かないで」
かちゃん、と少し危ない音を立ててティーカップが机へと置かれる。いけないいけない、ちょっと力の制御が危うい。壊したら咲夜に怒られる。
あぁ、それぐらいに苛々とした。本当に分かってる癖して問いかけてくるなんて本当に性質が悪い。
「本当さ、キモチワルイよ、お姉様のそういう所」
「………」
「こうしてお茶を飲んでるし、大人しく地下にいるじゃない」
「……うん」
「最近はモノも壊さなくなったし、友達も出来たよ。生きて、動いてる。傷つけてない」
「……うん」
「死にたいなんてもう思わないから。むしろ、これから楽しくなるよ、きっと」
楽しくなるよ。お姉様。私の周りには友達が増えているから。ずっと、ずっと幸せ。
「…幸せだよ。私は今がすっごい幸せ」
「……そう」
「そうだよ」
そうなんだよ、お姉様。私は幸せだよ。幸せなんだよ。すっごく、すっごく。
幸せなんだよ……?
* * *
お話をしましょう。
とあるお話です。
ある一人の吸血鬼がいました。
吸血鬼には家族がいます。
それはそれはとても仲の良い家族でした。
だが、ある日の事です――――。
* * *
「―――――あ、れ?」
それはまるで何が起こったのかわからない、そんな疑問の声だった。
「え、やだ、うそ、なんで」
声がする。それはまるで現実を把握していないそんな声。
認めたくない、認めたくないと、まるでそれは叫んでいるかのように聞こえる。
「やだ、うそ、うそだよ、こんな、私、ちがう」
崩れ落ちていく。力が抜けるように、足下が崩れていくように。
その手は、触れる。触れた手は赤に滲む。赤く、赤く、赤く。
赤は滴り落ちてまるで汚すかのように広がっていく。広がって、染みていく。
「ちがうの、ちがうの、ちがうの、こんなの、のぞんでない、やだ、だれか、だれか」
掻き抱いた。それによって赤が染みていく。手だけではなく、その髪に、肌に、服に、彼女の全てを染め上げてしまうかのように。
「―――お嬢、様?」
「―――ッ、しっかりしなさい! 馬鹿!!」
「―――誰か、永遠邸に連絡を、早くッ!!」
あぁ―――――声が―――――遠く―――――。
* * *
そんな、お話。
* * *
「…そう、そんな、お話」
瞳を閉じる。閉じた瞳は瞼に隠され闇を映し出す。
「私には死がわからない」
だって。
「私は、”今”、生きているのだろうか?」
なぁ。
「咲夜、お前は老衰で死ぬだろう。いいや、私が殺すだろう。いいや、フランが殺すだろう。いいや、事故で死ぬだろう」
だって。
「美鈴、お前は老衰で死ぬね。いやいや、私が殺すね。いやいや、フランが殺すね。いいや、事故で死ぬだろうね」
あぁ。
「パチュリー、お前は老衰で死ぬだろうな。おっと、私が殺すかもな。おっとっと、フランが殺すかもな。おっとっと、事故で死ぬかもな」
私は。
「フラン、お前は私が殺す。私が、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も私がお前を殺す。殺すんだ、何度も何度も何度も何度も、私が、私が…」
見えてしまうから。
幾多の分岐点。
数多の可能性。
無数の未来。
AとBの選択肢は2つの世界を生み、2つの世界はまたAとBによって四つに増える。
時にはCとDまで加わり世界は更に増え、ABCDEFG、これでまた世界は増えていく。
増え、増え、増え、けれどどれもあり得ない。だってそれはただの可能性である。
だが、故に私にとってそれは有り得ているものだ。
「あぁ、狂っていると誰だ、フランを称したのは」
狂っているのは、―――――紛れもない。
「なぁ、諸君。”レミリア・スカーレット”とは、どんな奴だ?」
さぁ、定義せよ。
解答をしよう。おや、答えは違うな? うむ。それが正解だ。
何故か? 何故なら”咲夜が見た私”と”美鈴が見た私”は完全なイコールたり得ない。
何故なら咲夜が知る私と美鈴が知る私は、互いにしか見せない、互いの見方があって完全にイコールとは為り得ない。
それは個性故に、それは個人故に、それは別個として存在し、私も存在して、互いにいたりいなかったりするからまぁ仕様がない。
さて、私という定義の答えはいくつ集まったかな?
さて? 解答の数はいくつだろうか。これに答えてくれるものは果たしてどれだけ? いいや答えるまでもない。答えなどなくても”私”を認識しているだけでも意味がある。
その”数”だけ”私”がいるのだ。
さて、私は何人いるかな?
運命とは命が動き、その辿る道筋を描くもの。私はそれの操り手にして観測者。
さぁ、”私”はどれだけ生きていて、そして”私”はどれだけ死んでいくのだろうか。
見続ける。私は、私を、私を含めた世界を、いつまでも、いつまでも。
問いましょう。
”レミリア・スカーレット”とは生きているのでしょうか。死んでいるのでしょうか。殺されているのでしょうか。生かされているのでしょうか。
「だから私は、自分が生きているのか死んでいるのかもわからない」
私は”レミリア・スカーレット”。でも、――――私は、だぁれ?
これに続編があって、レミリア自身、もしくは作者様自身が明確な解に辿り着くのであれば、
また違った評価を得られると思いますが……
作者様としては、フラン=レミリアを推しているのでしょうかね。
よって他者が多数いれば自分も多数いる事になり、どれが自分なのか分からなくなる。
自分とは何か? その質問に一番分かりやすく答えるのならば、
『我想う、ゆえに我はあり』
自分がこの場所にいるのだけは確かなのだから、それが一番の自分の証明方法。
点数は匿名でつけてしまったのでフリーレスにて失礼。
でもペロペロしたらぶっ殺されるじゃないですか。やだー!
多分、この程度でいい筈。
定義? 知るかバカ! そんな事よりペロペロだ!
運命操作をし過ぎて厨二をこじらせたおぜうネタは可愛いですね。
しばらくは治らないので、ご家族の方々は気長に帰ってくるのを待ってあげましょう。
選択肢は多くても、現実は一つなのですから。
かつ、分岐してるのを全部体験していくうちに現実と曖昧になって狂った、としたいんだろうか?
無駄に厨二っぼい言い回しがわざとかは知らないが、どっちにしろ起承結みたいでだから何?って感じ。
面白かったです。これからも頑張って下さい!
「―――誰か、永遠邸に連絡を、早くッ!!」がツボでした。レミリア一人称はなにをしても愛らしくいらっしゃることがまた一つ証明されてしまったようです。
「よくある展開だからよくない」「テーマがいいor悪い」「厨二うんぬん」
こういったレビューは基本参考にならないので聞き流した方がいいですよ。
何一つとして展開がない。
アイデンティティの危機的状況を描いただけの、静止した絵画みたいなもの。
ここの人達は皆さん目が肥えていらっしゃる。
それゆえ、「こんな解釈をしました」というだけでは、そそわのスタンダードからすれば低評価になるでしょう。
解釈、テーマ、メッセージ、それらは飽くまでも素材に過ぎません。
「話になっていない」ので、評価もしにくい。
高級な素材なので、これをストーリーに落とし込むのはかなり難しいと思います。
だからこそ、そこで料理人の腕前が知れるのです。
現時点では、半人前、と言わざるをえません。
とりあえず、終幕がない、解答がない、だからこれを否定する。
そうは私はしません。例え物語としての型にはまる必要はありませんからね。第一、それだけが文学ではありませんし。
そんなわけで私は、この作品を否定しません。
ただ与えられた文章を受け取る、それだけでは文学はきっと2割とか3割とかしか嗜めないのでしょうね。そんな私はまだ5割ぐらいかな?
文章を読むなら、記されている直接的なものだけを受け取るのではなく、そこからもっと思考を巡らしていくべきだと思います。文章から読み取れる状況は何か、その状況下で、誰の意思が、行動が、どう影響しているのか。誰かの意思は、何が為なのか。「この文章は、何を表している?」
読むだけでなく、考えることも必要です。というのが私の考えで(という感じの文をあとこの倍ぐらい書きたい
とりあえず肯定派・否定派両方を汲んで、中間の50点をとらせていただきます。
長文(すぎる)申し訳ありません。でもこれが私のできる限りの省略です。多分。
とか、後書きの来訪者の数だけレミリアは存在するというのは、
別にレミリアだけに限らず皆そうなんじゃないかって思った。
そういうのもあって、レミリア視点で書かれているがレミリア自身の定義ってところまで話が到達していない感じを受けた。