―1―
幻想郷中のありとあらゆる建造物を物部のアホが燃やして一週間がすぎた。
そこらじゅうに神やら妖怪やら亡霊が、藪から棒にウロウロしてると知ったアホは生前と変わらず見境無くアホなので
「こわいのうこわいのう」
と、ひたすらに拠点を焼いて焼いて焼きまくってキャンプファイヤーを世界規模でやってのけたのだ。
お前の方がこえーよ。
こんなんがいる一族、蘇我家総出で潰すべきだったと今でも思う。
だから、私はバンド鳥獣伎楽に対抗したパンクな歌詞を思いつくままにノートに書きなぐり特保マークのついたコーラをグビグビと飲みながら、テレビの芸能人格付けクイズ番組をあぐらかいて見ている比那名居天子と事実上同居している。
まっこと遺憾である。
格調高き天人の娘様は、クイズの内容をことごとく自慢げに私に聞こえるように答えては見事に外していた。
書道の問題以外はすっからかんのようだ。
二時間スペシャルを全部見せてやる道理も摂理もないので無理やり声をかけた。
「おい、今日は何食べる?」
「さっき、この番組で刺身の見分け方がやってたでしょ。今の私なら、鮮度バッチリ100%だから」
「そうか。では、シーチキンにしよう。どれ買っても同じだ」
「え、刺身だってばとじこさんって耳腐ってるの? マグロよマグロ! 白いのと赤いののバランスがいいのが一番なんだってー」
はいはい、それ私の金で購入するんだぞ。
食いたいものなんて、聞いてやるんじゃなかった。
よいしょ、といいながら車椅子の自走用取っ手を動かしていると、天子がトテトテ音を立てながらやってきて背後の取っ手をがっちり掴んでくる。
私が操作しますよって合図だ。
同居生活中、このクソ天人様がお覚えになった最も業の深き行為である。
その上、耳元に顔を近づけて
「マ・グ・ロ! マ・グ・ロ!」
などと……馬になりたい。念仏をも通り抜ける馬だ。ついでにこの娘を踏み潰せるサイズで。
そう思っても馬にはなれないので、私は腕をラーメン職人の如く組んで発信をうながす。
「出発しんこー!」
「昨日みたいに100メートル5秒フラットで走るのはヤメロよ。わざわざ車椅子使う意味なくなるから」
「うん」
「ギャグじゃなくて、マジで言ってるんだからね」
「はーい」
「やめろよ……」
「とりあえず東武デパートいけばマグロも売ってるわよね」
「赤札堂でタイムセールやるころだから。近いし安いしそっち」
「えー、全力で走ればあっという間につくってばー」
「だから走るな言ってるだろ! アホに買ってやる魚はねーよ?」
「ちぇっ、固いんだから」
広間から玄関に行くまでで、この調子だから全くたまったもんじゃない。
整った顔立ちに青みがかったロングヘアの清純系とは、180度反対に座位して寝てそうなビッチさんである。
そして、ビッチは言った。
「ねぇ、マグロってどんな魚かな。一頭ちゃんと買えるの?」
ふぁっきん!
―2―
中途半端に霊体になったせいか、夜の肌寒さを感じる。
上半身は殆ど実体と変わらないぐらいで、気を張れば一般人にも見えるし人間味を感じられるのはとても助かる。
池袋というこの町の住宅街は、洋式の住宅と古めかしいアパートや怪しい店が立ち並んでいる。
都心のアンダーグラウンドだなんてこの辺りは言われているそうだが、明らかに技術は革新しているしコンビニは既に5件も通り過ぎているわけで、奢りにも程があると私は思う。
幻想郷にコンビニが現れる事はないであろう。便利。
治安の悪さも今のところ気にならない。外来人が多いのも最初は驚いたが即日慣れてしまった。
電灯の明かりも空が見えない程度には点在しているから、私達の世代がやっていた暗殺も出来ないだろうし。
「電灯のチカチカした明かりって、あんまり好きじゃないわ」
と、比那名居天子は始めて会った日に、挨拶の次にそういった。
「そりゃ、なんで?」
「私より光ってるから。無意味に」
このお嬢ちゃんは目下勉強中のパンクロックでいう『シャブをキめてるシド&ナンシーばりのマザファッカー』なんか?
最初はそう思ったが、今ではこいつの言いたい意味もなんとなくわかる。
この困ったちゃんは自分が特別目立ってないと気がすまないのだ。
舗装された道を、私を乗せた車椅子は少しの振動と共に止まる事なく進む。
天子はご機嫌で鼻歌混じりに信号を無視して進んでいく。
牛車が闊歩してたころや馬全盛期のころと違って、車は不自由なく我々の横を高速で通り過ぎていった。人間の底力を感じる。
そういえば物部が燃やした際に、神社はどこもかしこも良くボゥボウと火をあげていた。
池袋というこの地域の神社も燃え盛ったら酷い被害が出るのだろうか?
我々の住処は数秒で燃え尽きそうだが。
私と比那名居天子は、神子の空間操作術を使って幻想郷を抜け出してアパートに住んでいる。
ライオンズコーポという。獅子の如き野蛮さがある訳ではない。
因みに電気代は電力会社に払っていない。
自家発電最高!
我が力ながら、なんと優れたことか。
そろそろエレキギターを買いたい。アンプはマーシャルとやらが歴史があっていいと勉強した。
本来私はスーパー神子ちゃんワールド(神子称)で暮らしているのだが、今は大量の女の匂いが蔓延していることだろう。
広さだけは道力で拡張できるので、新たに部屋を作り衝立を設置して物部のボケに家屋を燃やされた連中が避難していた。
幻想郷の建物を八雲や河童が忠実に元通りにするまで、量も質もたっぷりありすぎて一日で直しきれるレベルではなかったのだ。
その間、女性達を野宿させるわけにもいかない。そういえば何故か男性は1人も神子ちゃんワールドにいなかった。
元摂政の神子様としても、身内の責任は清算する必要があると考えて道力フル活用。
雑魚部屋に連中を集めたのは得策であろう、奴らは一人にしておくと
「事件の犯人を探さなくちゃ!」
なんて騒ぐ連中なのだから。
探偵小説の読みすぎだ。
何はともあれ、幻想郷は現在墨で塗ったようになっている。
比那名居天子は会ってすぐに博霊神社をぶっつぶしたというパンク武勇伝を私に語り己のビッチぶりをアピールしたが、物部の幻想郷大炎上は更にスラッシュメタルしちゃってるという訳だった。
世界を業火で焼き尽くせだなんて、本気でやるやつがあるか。
物部の犯行である事が今だバレていないらしいのが本当に救いである。
バレてたら全力で我々は食われてしまうだろうマジ危ない。
だが、肝心の犯人様は今は神子と一緒に保護している連中の世話をしている。
「ああ、大変じゃ大変じゃー」
などと危機感0で給餌しているので、世界はやさしい。
私はやつらの世話など真っ平御免被るし、美少女集めてギュッギュッギュな、こちらの世界でいう女子会の空気は腹が痛くなる。
「こんな場所にいられるか! 私は外に出るぞ!」
このようにフラグを立てたところ、神子様は外界に住まわせてくれるとあっさり言ってのけた。
お札にもなっただけの事がある我が君。財力がどこから出たのかは不明だが、ともかく外界に住めることとなった。
私も初日は快適な生活をする事が出来た。
ライオンズコーポは都心で月10万円程度の借家、最低限の営みは用意されており、この時代の下位クラスのようだが我らの時代の最高級より更に上だ。
スラッシュメタル物部のおかげで私は足が大根みたいになっていて変形出来ず、これでは外を出歩けないと車椅子という器具を注文したら即日届くのだから驚く。
「幻想郷の連中は住居の乱雑さにあまり関心がないようで、食っちゃ寝て宴会やってますよ(笑)」
と神子様から電話もあった。これもスゴイ便利。
しかも心の声とやらが電波を通してだと聞こえてこないから気が楽だなぁと神子様大喜び。
一日三回ぐらい電話をかけてくる。
そんなに気に入ったなら全ての民と電話でやりとりすればいいのに、って話をするぐらいだった。
なにはともあれ折角現代にいる訳で世の移り代わりを堪能しながら我が君といつかやってやりたいパンクバンドの歌詞でもひとつ……出来れば良かったんだがな!
次の日早朝に突然電話で、一人困ったちゃんがいるから面倒みてください(笑)と言われて預かったのが、比那名居天子ちゃん。
「こんなところにいたら、息がつまって死んじゃう! もう私ここにいたくないの!」
天子ちゃんは、天使みたいに言ったんだそうだ。
見た目に騙された。
こいつは喘息で息がつまって死ぬんじゃなくて、走れなくて息がつまって死んじゃうおてんばマグロビッチだった。
今だったら、間違いなく拒否する。その為に戦争をおこす勢いで。
現在進行形で車椅子をフェラーリより早いスピードで押したくてたまらない! って顔をしてるこんな娘おいてられっか。
「あ、赤札堂見えてきたー。この辺りの連中って働き者よね夜までオツカレーって感じ」
「天女様にはわからないだろうが、仕事するってのはこの国では、生活の全てを捧げろって事なんだよ」
「知ってるわよそのぐらい。私だったらグルメリポーターになるのにな。大食い選手!」
「一生食ってろよこのメス豚……」
「なんか言った?」
「今日は豚肉が安いから買い貯めするよ」
駐車場を素通りして入り口に首輪でくくりつけられていたプルプル震えるダックスフンドをひとしきり撫でてから、白蛍光灯が煌びやかな野菜コーナーを無視して魚介臭漂うパックの山まで一直線でやってきた。
私は緑のブラウスを着て籠を抱えて持っているから、傍目にはカートそのものに見られているやもしれない。
海鮮類の匂いが立ち込め魚市場なんてのぼりがナンセンスな魚介コーナーで急ブレーキ。
必死になって天子は鮭を吟味しはじめた。
あれーテレビで見たのと色がちがうなぁってアホか!
「それ鮭だから。鮪じゃないから」
「そりゃ知ってるけどねぇ。サケってこんな嘘くさいオレンジ色だったっけ? テレビでは銀色の肌して泳いでたよ」
「ああん? お前自分の皮ひっぺがしてみないと理解できないのか?」
「とじこさんってさ、そんなんじゃ合コン行っても嫌われるよ」
「いかねーわ。今更、蘇我家再興とか興味ないしな」
「そうなんだ。昔の人って政略結婚までさせられて大変だったんでしょ」
「そんなこたない。お前といるよりは苦労しなかった」
「えー、なによそれー」
私は少しだけ嘘を言った。
天子はサーモンを籠の中にいれると、タイのパックをもって天界の教育係が見せるという『タイやヒラメのダンス』を踊ったがこれが私にもわかるぐらい古いダンスで、口元がぐにょりとなってしまう。
お客様それ商品ですから、と止めに入った若いパートアルバイトのあんちゃんも微妙にぐにょり。
ようやくマグロのコーナーを見始めた。
右手に赤身、左手にすじこをもって目利きしてらっしゃる。
おいおい、これ突っ込み待ちにしても無視しようか迷うレベルだよ。
しまいには
「ねぇ、どっちのがおいしそうかな」
なんて結局私任せな辺りがお嬢様だ。
いくら海のない幻想郷にいるからって、ここまで魚に精通してないのもどうかと思う。
よっぽど天界では桃ばっかり食わされているのだろうか。魚介禁令でもあるのかもしれない。
食べさせて良いものか一瞬躊躇する。
アウトだった場合、腐っても天人な比那名居家から抗議される。それは避けなければならないだろう。
「左のが安いから。飯のつまみにいいし。さ、籠いれて」
「じゃ、右」
「あん?」
「えっと、後は豚が安いんだっけ。ぶーぶーぶっひっひー」
「ちょ、おま、走るなよ!?」
私が車椅子で来ているから、天子が押しながら駈け出しても人々は自然にスペースを作ってくれて衝突事故は起こらない。
おばちゃんもおっさんも、ガキんちょ達も私を見て気の毒そうに避ける。
地位とか名誉とかはすっかり無くなってしまったが、それでもこうして道を開けられるとは。
寂しいものだな。
「この豚肉美味しそうだと思って手に取ると、色が変わっちゃってしょぼく見えるんだよね」
天子は手に取った商品をボクサーの如く赤いライトに向けて、かざすべし! かざすべし! かざすべし!
こいつ定番の『テレビの中に人が入ってる』ネタはやらなかった癖に、スーパーでの大はしゃぎはなんなんだ?
「あのな、そうやって旨そうに見えるように工作してんの。以上」
「ライトを使って綺麗に見せるって賢いよね。私も近づけたら美味しいそうに見えるのかな」
そういって赤いライトに鼻をタッチさせる。無理やり腰を曲げて首だけあげてるのがお間抜けだが、心底楽しそうな笑顔だった。
「あー、美味しそうですね。切り身にして売り飛ばすか」
「きゃー、こわいー、食べられちゃうー」
「お望みならやってやんよ」
「もう、ホンット固いなぁ。それじゃ鳥獣伎楽の連中に対抗できないよ。合コンいったら全力無視だよー」
「さっきから合コン合コンってしつこいな。私はいかない。そんな尻軽じゃないんだよ。比那名居家はお見合いも出来ないぐらい切羽つまってるのか」
「詰まってるかもねー。ほら、私って不良扱いだし」
「それでもな、合コンってこっちの若い盛った連中やカワゥィーネーとか見境なく叫ぶ金だけもったお笑い芸人のやるもんだってテレビで見たぞ。破廉恥極まるんよ」
「え、ああ、言ってなかったっけ。とじこさんも明日行くんだよ合コン」
「お前何いってんの?」
「西口公園集合で午後5時からね。私、友達連れてくっていっちゃってるもん、決定事項」
あぁん!? なんなんよこの援交展開っ!?
「昨日私さ、出かけてたでしょ。幻想郷に池袋をテーマにしたカッコイー小説が最近入ってきたの知ってる?」
「ああ、『IWGP』な」
「そそ。単純明快で面白くって。折角滅多にこれない外の世界だからさ、記念に夜の西口公園は一人で行っておこうと思って」
天子は聖地巡礼の素晴らしい様子を語りながら、肉を籠に投げつける。無差別に。
手当たり次第に投げられたのを片っ端から戻す。
「そしたらナンパされちゃったのね。流石にヤバイなぁと思って、今度友達連れてくるからーって別れたの」
「お前危ないにも程があるだろ!? 親父さん泣くよ、娘が外の世界で貞操ブレイクかましてきたら」
「別にいーもん」
いやいや、保護者状態の私がぶっ殺されること間違いないんだよ。
あ、違う私死んでるんだ、ぶっ浄化されるんだ。
どうでもいい違いだが、殺すよりは簡単に南無阿弥陀仏されるだろう。
ともかく、このお嬢さんの操が守られてなかったら天人数十人と地獄の落としあいは避けられない。
この阿婆擦れビッチのせいで、抹消されるなんぞ真っ平ごめんだ!
「口約束なんだから、守る必要ないだろ」
「だって楽しそうじゃない! 幻想郷で自慢できるわ。いいよそれなら、私一人で行くから。行くの止めたら能力使うから」
「洒落になってねーよ。自慢どころか笑われるぞ」
「止めたきゃ力づくでどーぞ。地震と雷ならいい勝負になりそうだわ」
こいつなら本気でボカンボカンやりかねない。実際神社をぶっ壊したアナーキーの一人だ。
幻想郷と外の世界のモラル差や能力差を考えない攻撃をしでかすだろう。
全く、自分が車椅子にまでのって誤魔化してるのすら馬鹿馬鹿しくなってくる。
お手上げのポーズ。
「……わかった。私も行く」
「さんきゅー!」
「で、そいつら少しはまともなんだろうな」
「うん大丈夫。皆、同じ赤いジャンパー着てたから顔の区別あんまできてないけど」
おぃ!?
それカラーギャングって奴じゃねーかサノバビッチ!!
良くわからんけどマザファッカーの集まりなのは間違いないだろ、猛牛に突撃されたいアピール込みだなんて。
ついでに言うとこいつが憧れた小説、『IWGP』には濡れ場が無駄に存在してるんだが、そういうお望みはないよな!?
こんなに明けて欲しくない夜は、初めてかもしれない。
どうしたものか考えているうちに、レジに並んでいた。
気が付くとお菓子の山が籠の中にいつの間にか入ってる。
パーティー用のジャンボサイズポテチやポップコーンに、ドライフルーツ系のあれそれ。
そんなに食うのかこいつ。
「お菓子は買わないぞ、全部戻してきなさい」
「ええー、でもぉ」
「問答無用。戻さないなら合コンも行けないぞ。物理的に金がなくなる」
「うーん、それじゃドライマンゴーだけでいいや。とじこさんも一緒に食べるのよ」
嫌に素直に戻しにいった。お菓子を抱えてよたよたと歩く様はお転婆ぶりを感じさせないのだが。
それにしても、一点残すのが徳用のジャンボサイズドライマンゴーとは、桃ばっかり食べてるだけにフルーツには安心感でもあるのか。
レジ打ちのおばちゃんがお次のお客様ー、なんて呼ぶので籠を差し出す。
「松坂牛ステーキがいってんー、イベリコ豚ロースがいってんー、本マグロブロックがいってんー……」
まるでお経だな。
「しめてお会計14点、1万8千257円になりまーす。ビニール袋使いますか?」
あのクソビッチ、つくづく高そうな品物しか選んでねぇ!
面倒くさがらずに値札ちゃんと見ればよかった。
その上、私が動きづらいの知っててお菓子片付けるのを口実に逃げやがったな。
後ろに並んでる人もあって、しぶしぶお金を出す。
ビニール袋はいりません。やったよ、2円引き!
……ふぁっきんっ!!!
―3―
「お、君がてんしちゃんの友達ぃ? かわぅぃーねー」
「それ流行んねっすよ、タクさん。てんしちゃんとトモダチドン引きっしょ」
「マジてんしちゃんパネェよ。今度もっとトモダチ呼んでよ、ね」
「ヨー」
「えへへ、照れるなぁー。ほら、とじこさんも何か言ってよ」
「……あ、ども」
「とじこっつぅの。名前変わってんねー」
「照れてんのもかわぅいー!」
「ぅぃー!」
「チェケヨー」
なんなんだこいつら。
なんなんだこいつら。
池袋の西口公園近くのスポーツ量販店前で待ってたら、赤いジャンパーを着た4人組みに囲まれた。
こいつらが今日のお相手様な訳か……
わざわざ公園内ではなく店の近くに立ったのは、驚くべき理由だが天子がやったら公園にいる連中にジロジロ見られるからだ。
「後ろから見られるのが空前絶後に不愉快!」
と天子が緋想の剣を取り出しそうになったので、壁を背にする為に移動したのだ。
天子は幻想郷にいるときとあまり変わらない、白と黒を基調としたシャツに虹色飾りのついたスカートを着ている。
帽子につけている桃だけは外してあった。
化粧も殆どしていない。眉毛を少しかきたした程度で、外界で流行のアイプチやらつけ睫やらは一切行わない。
それでも目立つようで、視線の全方向集中砲火一斉射撃はまるで物理的打撃を受けたかのように感じた。
どうやらこいつは男目線だと相当に可愛いらしい。
それとも、天人ならではの人徳でも備わっているのだろうか? そうは見えないが……
さておき、それに対して全くつりあった印象のないこの赤いジャンパーバカルテットをどうにかせねばなるまい。
どうやら如何にもチャラそうなタクと呼ばれた男がリーダーのようだ。
冴え無そうな二人に、服装だけは似合いな黒人交じりが一人。
こいつらどーみても大きな組織力も何も無い、外界の法律では酒を飲めない年齢だろう。
アホはアホでも、物部のように畏れから建造物を燃やしまくってみたり、宮古のように脳が腐ってる訳でもない。
このタクとかいう坊主が、建物を燃やしたら面白そうだと言ったらノリで火をつけちゃったりするけど、すぐ消火しちゃうような性質だ。
もう何でもいいから、雷ぶち落とそうかな。
私は凄く無粋でつまらない顔をしているだろうが、奴らはなんの遠慮もなく今日のプランを考えているようだ。
「私、カラオケって行った事ないんだけど、皆良く行くんでしょ?」
「てんこちゃんカラオケ行った事ねぇーって、パネェ。どんだけ箱入りだったんだよ」
「ォゥ、ナイスデース?」
「田舎どこ? 俺ら、この辺りなんだけどさ」
「それは言わないでおきましょう」
「んじゃ、方言しゃべってよ。なんかあるっしょ」
「方言ねぇ……『なんとかですわ』って良くいうかな。カラオケに行きたいですわ」
「パネェお嬢様っぷりなんすけどー」
「イッツクーゥ」
「なぁなぁ、そんじゃとじこちゃんもさぁ、同じなん?」
ぬっと顔を近づけてくる。うわ、このむせるような煙たい感じ……煙草か。
私は咳払いをして、
「煙草くさい顔を我に近づけるんじゃないですわ」
と言ってやる。すると
「なんかとじこちゃんが言うとオタクっぽいな」
「あれか、文学処女だっけか?」
「クーゥジャペェーン」
ワハハハハ。
よっしゃ、ここはひとつ赤いジャンパーを黒に染め直すか、と思っていたら
「そんじゃ、カラ鉄いくかカードあっから安いべ」
「バカかおめぇ、カラ鉄階段だらけじゃん。カラ館にすんぞ。エレベーターあんだろ」
「オゥケェ」
「あ、そーだな。フリー俺らで広部屋ワリカン」
「私達お金払わなくていいよね!」
「勿論スよ」
などと話していて、ちょっと感電刑に処するのは待つ事にする。
……まぁ、私もカラオケというのは始めてだし興味はある。
鳥獣伎楽に対抗したい私としては、歌いあうのはためになるかもしれない。
天子は私に近寄るとこっそり
「ね、博識ではないけど、慇懃無礼でもないでしょ?」
と言った。
まだ会った段階でこれだけクソ砕けた接し方されて、こう言えるのだから雲の上に住む人間というのはわからん。
カラオケ店のロビーは気の抜けた店員と案外汚れの目立つソファーや良くわからないゲームをするらしい機械が置いてあり一番下っ端らしい少年が台帳記載をする。
その間も、天子は他の面々と喋りっぱなし。
天子の顔は笑顔そのものなのだが、本当に楽しいのかどうかはわからなかった。
天人というのは、笑顔が張り付きっぱなしなもので不良っ子の彼女でも同じだったに違いない。
女性は顔だけで判断出来ない。異性は勿論同姓であっても。
「そんじゃ、ボブ頼んだぞ」
「おめぇ、力いれすぎて取っ手まげんなよ」
「とじこさん、302号室だからねー」
と、エレベーターに乗って私とボブ(怪しい英語の黒人)以外は先に行ってしまった。
エレベーターに車椅子だと後ろに一人乗るのがやっとだったからだ。
力仕事はこの外来人が担当しているようだ。わかりやすい構図だこと。
黙っていても退屈極まるので、少し説教を垂れてやろう。
「ボブといったか。お主、こきつかわれてるんじゃないか?」
「ワッザァ?」
「ああ、そうか。古風すぎる日本語はわからないのか」
さて困った。外来語はこっちに来てから覚えた『パンクロック向けの言葉』や日常語程度しかわからん。
「えーと、合コン・ふぁっきん・のーさんきゅう」
「オゥ、トジコサーンセクシャルハラスメェンツ、ワォ、オオゥ……」
「もう何言ってるかわからんよ。とにかくだ、友達は対等でなくちゃならない。普段どうだか知らんが、使われるのではなくお互い利用しあうぐらいの器量を持たねば、友好関係とは言えぬのだ。何時までも指図されてばかりは良くないぞ」
「イェー、フレンズ?ウィーアートモダチトジコサァンオゥライ?」
「だからわからん」
エレベーターの上についたランプが点滅している。ようやく降りてきたようだ。
開くと同時に私がヤバそうだと思ったのは、エレベーター内の連中が青いパーカーを一同頭から被ったこれまたクズ極まってそうな連中で、ボブがぼそりと
「ジーザス」
と呟いたから。
ああ、それは知ってるよボブ。君達が危機的状況に陥った時の言葉だ。
日本語で言うなら、仏よお助けくれたもう。
青いパーカー軍団は私達を取り囲みながらボブを殴り倒して私の車椅子を掴んだと思うと、泡ふいて気絶したボブを放置して一気に走る。
舗装されてるハズの白い床の上も、道路に飛び出てからもガタガタガタガタと揺れて前に転げ落ちそうに何度もなる。
一般乗用車より少し大きそうな車の後ろの荷台に車椅子ごと投げられた。
フレームの曲がる音。
空中に浮いて逃げようと思えばいくらでも出来るが……人目もあるし、天子を置いてきてしまっているから派手な真似はしがたい。
亡霊バレしたら幻想郷にすんなり戻れるか怪しい。
特に、八雲紫は激怒必至だ。秩序の崩れは幻想郷結界の崩壊に繋がるらしいから。
窓ガラスに黒いシートを張った車は動き出す。
いやぁ、この時代になって拉致されるなどとは思いもよらなかった。
ふぁっきん!!
―4―
「おう、タク、おめぇんところの黒人ぶん殴ったぞ。あと車イスのった女拉致ったから。おう。さっさとこいや。こいつレイプすっからよ。うっせ、金もってこい。親の金もな。んじゃ」
運転しながら電話しているらしい。随分と危ない行動をしているし、言動もぶっきらぼうで山賊のようだ。
車は一度停車して、機材のようなもの……恐らくビデオカメラだろう。そのほか揃えて数点買ってきてそれから5分ほど走っている。
窓ガラスの黒いシート越しにでかいビルが見える。水族館という文字も見えた。
私はどうやら車椅子のりだったからか、何も出来ないと判断されたようで手も口も縛られなかった。
足がなければ逃げ切れない、という五体満足な発想だ。
先ほどから
「早いところビデオよろしくヤっちまおうぜ」
って目を血走らせている数名の野蛮な目つきときたら、逆に若すぎて同情してしまいたくなる程だ。
とはいえ私の足の大根っぷりをみたら、こいつら車を捨てて逃げるんだろうがな。
「なぁ、殺したりしないんだからよ、とっととしちまおうぜ」
「おいクソガキ、しちまうって何をするんだ?」
「ようやく喋ったと思ったら、お前立場わかってんのかよ、あぁ?」
「質問に答えろクソガキ。貴殿らのような凡俗が、私に対してこれほどの無礼の他に何をするのか説明してみせろ。猿並の知識に合わせて黙ってきいてやるから、せめて理解できる日本語を使うんだ。恥ずかしがらず抽象的にしないで遠慮せずに言ってみろ」
「ああ!? 女でもぶっ殺すぞ」
「もう我慢できねぇ、こいつ黙らすわ」
カチャカチャカチャ。
何故殺人を犯したり黙らせるのにベルトを外してズボンを下ろそうとしているのか。
猿よりもアホだ。侮辱されても欲が勝つとは、これが現代と我々が生きた時代の感覚差だろうか?
我慢出来ないのは私の方なんよ!
雷を落とした。
車の前方、距離にして1メートル先の街路樹に向けて。
わかりやすい程の雷鳴と地鳴り、一瞬のネオンライトを超える光源。黒シートの張られた窓ガラス越しにも、車内全員が落雷だと理解したようだ。
そして猿以下でもわかる異常さ。
「おい、雨ふってるか?」
「今日天気予報100%晴れだったぞ、どうなってんだ」
「雷じゃなかったんじゃね。なんかわかんねぇけど」
「わかんねぇ方が危険だろ。やべぇんじゃね」
「まだ窓開けるなよ、女の口塞いでからな」
口塞ぐ前に君らはさっさと逃げるべきなんだがな。
威嚇効果はあったようだが、私がやったものだとバレていないようだ。
そりゃ、道術なんて概念は外の世界にはないのだろう。
いそいそとガムテープを取り出し始めた。ベタベタするのが肌につくのは嫌だな。
こいつらの生死なんぞ、どうせ安いもんだろう。
車に直接雷を叩きつけるか。車の通りも少ないし、先の落雷に歩道の人間はこの辺りから逃げているようだ。
この車に直接、雷を落とす。
おそらく車は爆発するだろうから、爆散物を打ち落とす雷の準備も怠らない。
中の面々は全員息絶えるだろう。感電死か焼死か、その違いだ。
もしも生き残ったら、新しい怪談として語り継いでくれるかもしれない。
病院で。
ドンッ!
強い振動がして、車の天井がメキョッと音を立ててへこんだ。
……私、まだ雷落としてないんだけどな?
一同唖然とへっこみを見ていたらフロントガラスの方から叩く音がする。
コツコツと2回。ドアをノックする回数だ。
――目があった。
「おっはー」
天子だ。天子が空から降ってきたんだ。
「とじこさんみーつけた!これから車内の人間全員懲罰しまーす」
ガラスを蹴飛ばして車内に滑り込んできたと思ったら、馬乗りになりつつ運転席の男の顔面をぶん殴った。
一発目で泡を吹いていたが、更に肘うちを左頬にかまして骨の形を変えた。
鼻血が墨汁を振りまいたように点描をつくり、青いパーカーに赤い水玉模様がついた。
意味不明な奇声と共に助手席の男がナイフを取り出したが、天子の華奢で陶器の如き美しさの足が素早く胸に当たる。
ブーツの先端が見えなくなるほどに食い込んだ。
助手席の男は失禁して口をパクパクさせながら白目を剥いてナイフをとりこぼす。
「私の美しさに気絶しちゃったんだね!」
ニッコリ爽やかに後部席の三人と私に向けて、高らかに宣言しよった。
米英の活劇も驚きの無敵ぶり。第三次世界大戦を単身生き残るおつもりだ。
これだけやらかしておいて、天子の服には一切汚れがついていない。
天然で計算したかのような鮮やかな殺戮……いや、死なない程度にしてるんだろうけど。
「はいはいそうですねてんしちゃんすごいすごい」
と、私が棒読みした辺りで後部席の青パーカー達は別々の行動をとる。
一人は車を開けて逃走を。
一人は私の首を持って人質にとった気分。
一人は喚き散らしながら天子に殴りかかろうとした。
そこからは詳しく見ていたくない殺伐トゥナイトが続く。
殴りかかった男は手首をとられたかと思うと、そのまま天子の側に引っ張られる。
聞いたことも無いような肉が千切れる音。擬音にするには生々しい音。
引かれた反動でもっていかれた頭を可愛らしい見るからにすべすべした柔らかそうな左手に鷲づかみにされ、掴んだまま天子は外に出ると、100メートルほど逃げた男にむかってスローイング。
昨日の格付けチェッククイズに出ていた元野球投手を真似たサイドスローだ。
結構良く似ていた。ボールじゃなくて人間なのが不気味なだけで。
まさにレーザービームの如く飛んでった男の頭突きが、ギャグみたいに逃げた男の腰に突き刺さる。
派手にゴロゴロゴロっと転がってた男達の体がもう一度空中に浮く。
1ステップで跳躍したてんこが、追い討ちの如く蹴り飛ばした。
これはサッカー選手の真似とは言いがたいお嬢様キックだったが、受け止めたゴールキーパーごと押し込んでしまうような破壊力だった。
Uターンするように私が乗っている車のバックボードに直撃。
あっという間に二人の若造はボロ雑巾という表現がお似合いになってしまった。
天子は手を三回払ってから、満面の笑みで私にピースサインをおくる。
ダブルピース。
脊髄反射で中指を突き立ててしまった。ふぁっきゅーのサインだ。
ヘッドロックかけられてなかったら、もう少し格好良く出来るんだけどな。
「う、うわ、うあああ、うう……」
動くなという単語も言えないほど、必死になって私にヘッドロックをかけつづける少年。
天子は何も言わずに歩いてくる。無言の圧力か。こいつ結構上手だな。
まぁ、あんまり殺伐としているのもちょっと胸ヤケを起こしそうなんで、この少年にはサックリと退場してもらおうかな。
「おい少年、私の足を見てみ?」
「え、あれ、あ? ん?」
ついついヘッドロックを外しちゃっても私が浮いている、という状況にまるで何もわからぬ赤子のような反応だった。
あー、幼児退行というやつかなコレ。
少年のおでこに手を当てて、
「おやすみ、ベイビー」
と私。
彼はそのままぶっ倒れた。体中丸ごと電気コード状態になったらショートしない人間はいない。
これは明日の新聞やワイドショーを飾ってしまうんじゃないだろうか。
派手な立ち回りすぎる。映画バリだ。それもこの時代の米国製。
CGじゃない本物120%なのが売りになるだろう。
カツカツと無言でやってきた天子は私の事を、お姫様だっこと呼ばれる格好で抱きかかえた。
「もう、あんまり浮いてると流石に怖いよ」
そうだよな、思いっきり幽霊だってバレちゃうもんな。
でも特別浮いているのは、この状況で傷ひとつ無く颯爽と立ち去ろうとしている私達で、周囲はヘコんだ車と血まみれでもはや黒装束に見える少年達といつの間にか集まり始めたギャラリーの皆様方だ。
何人かは特撮だと勘違いしているようだけど、誰か一人ぐらいはうっかり救急車を呼んでくれるだろう。
見渡したところ、カメラをもったやつはいない。一部に携帯式電話を取り出したやつらもいたが、その動画程度では鮮明さに欠けるし嘘くさすぎて報道出来る仕上がりにはならないハズだ。
最悪の場合、放送局にはちょっとトラブルにあってもらうとしよう。
「それにしても、良く居場所がわかったな」
「星が見えるのに、雷なんて明らかじゃない。手当たりしだい見て回るつもりだったけど、1回でわかってよかったー」
「おいおいおい、あの辺りの車全部ヘコませるつもりだったの」
「うん」
簡単に仰る。ここまで来るとクレイジーすぎてパンクライブでも出禁になること間違いない。
私はため息をついたが天子はひとしきり暴れられたのがストレス発散にでもなったのか機嫌が良かった。
「どうせ私の身なりじゃ犯行不能に見えるもの。ありえなさすぎて捕まらないなら、やれるだけやっとかないとね」
「飛鳥時代だったら我々は退魔されていたところだな」
「そういう見方なら、今回は盗賊退治だもん!」
「ああ、全くその通りだ」
もうバカバカしすぎて笑うしかない。
サンシャイン通りまでやってくると、私達とは反対方向に進む野次馬の群れと何度もぶつかりそうになった。
張本人のてんこは、何事もなげに歩いていく。
丁度通りの終わりにあるロッテリアとかいうハンバーガーショップの付近に赤い連中が見えた。
ちゃっかりボブ君もいる。回復早いな。
「でもね、とじこさん。一個だけ問題があるの」
急にシリアスな口調になって、天子はこういった。
「おやすみベイビーってキメセリフは、とってもダサいわ」
ふぁっきん!!!!
―5―
湯船に浸かるとき、足が無いという事実を痛烈に感じる。
昔は行水するにも足から入ったものだ。
それでも肩の力を落とすには良い習慣には違いない。霊になっても、人間であったのだから。
例え入浴する場所がラブホテルであっても。
――池袋で私達は初めての幻想郷外で暴れまわった後、初めてのカラオケを大いに楽しんだ。
天子は私の事をカラオケまで抱いたまま何事もなかったように振る舞い、どうして無事だったか尋ねられても
「天上天下唯我独尊。私の実力よ」
と意味不明な返答をして有耶無耶にした。
本当の事を話しても、私達の服装の汚れていなさや被害者のハズである私の落着きっぷりでまるで信用されえなかったとは思うが。
カラオケでの時間はそれなりに面白かったというのが正直な感想だった。
こっちの世界で必至に覚えたパンクロックソングを歌ったら
「なんでそんなに田舎くさいんだろうなぁ」
と笑われたのは恥ずかしかったが、楽しんでもらっていたようだし奴ら赤服達の歌うヒップホップとミックスチャーやらはパンクロックに対抗できるネタになるかもしれない。
一番驚いたのはボブ君が演歌を入れてそれがまたヘタクソだったことだ。ラップは良くわからんが上手らしかったのに。
ボブ君からは外国語のスラング(専門用語)を結構教わった。若い外来人から私が言葉を教わる、などとはまさに摩訶不思議だ――
「とーじーこーさーん!」
回想終了。
人の入浴中に入ってくるとか、すべからくアナーキーだな。
日出国にアナーキーな天人あり。
全裸で腰に手を当てて平ペッタイ胸を突き出して我が物顔をしている。
「なんよ、入ってくるなよな」
「えー、ここって本当は二人で入るところらしいよ? いいじゃない、背中みせてよ」
「いやもう洗ったし」
「変な椅子とか、端っこにマットがあるし。なんか安っぽい」
私と天子は二人でラブホテルに入った。
カラオケから出ると、私が足が不自由だから家まで帰るのが面倒、と理由をつけてラブホテル前で別れる事になったのだ。
ここで勢いで一緒に入ってこない辺り、赤服軍団のチキンボーイぶりというかプレイボーイでない田舎物ぶりが明らかになる。
ここらであんな一連托生の格好をするなんていうのは、大抵が都外の粋がりたい連中なのだそうだ。
昨日のうちにネットカフェで調べたので間違いない。
「見てよとじこさん! 噂に名高いローションってやつだわ!!」
定番品の如く、当たり前においてあるヘンテコアイテムの数々。
それらを取り除いてしまえば、ちょっと薄汚い洗い場が広めの浴室なんだが。
天子はしばらくペペとかかれたトロみがかった液体のボトルを眺めていたと思ったら、頭からぶっかけ始めた。
そして
「うわー、ねばねばする! 気持ち悪い」
自業自得のきわみだ。ざまーみるがよい。
が、そのまま丁度二人分ギリギリ入れそうな浴槽に入ってくる!
おいおいまた洗い流さなきゃなんないよ!!
「洗い流してから入れよ!」
「今更同じよ。ゆっくり浸からせてよね。誰かさんが重たいから疲れちゃったの」
「なんか湯船に浮き始めたぞふぁっきん!」
「ぬるぬる風呂よ。自宅じゃ体験できないもんね、掃除大変で」
「そういう問題じゃなくってだな」
「いいじゃない、銭湯だって誰が何ついてるのかわからないんだからさ。ローションぐらいパンクだっけ? その人達ならヨユーでしょう」
筋が通ってないけど、なんとなく納得してしまいそうになる。
湯船に二人で入ると、改めて体格差やこいつ自体の質量というものを感じて少し羨ましくなってしまう。
なのでローションまみれの髪の毛をワサワサと触ってやる。きゃーきゃー言う声。
そんなどうでも言いことを繰り返し触る場所を変えて行った。
どうしようも無い事が異様に楽しかったりする。
「ねぇ、とじこさんってさ、どうしてあの五月蝿いパンクバンドもどきに対抗しようとなんてしてるの?」
「鳥獣伎楽は、確かにうるさいばっかりだよね。ヒップホップに変えようかな」
「どっちでもいいけど、復活した貴方がバンドやりたいって思ってふぁっくだか何だか言い始めたのが良くわかんないのよ」
「そうかもね。命蓮寺への対抗って意味もあるんだけど……我々が元々生きていた時代にはなかったものなんよ」
「私が生きてた幻想郷でもなかったわよ」
「あんなバカを屏風に描いた連中がさ、音楽だなんていって暴れまわるなんて考えもしなかった。けれど、私達を頂点にいて統治しようとしていた時代より遥かに人間味があって自由だと思った」
「あいつら人間じゃないよ」
「そこも驚きなんよ。それなら、私達もやってみる価値があるんじゃないかとね。庶民の事がわからないと、政治はいつか土台から崩されてしまうから。今回外界に出るのを望んだのも、そういうものだ」
「ほんとにそんな理由?」
「いや、楽しそうだからってのが一番強いけどな」
私は少しだけ本当のところを言った。
天子はそれなら私もパンクなんとかに参加させなさいよ、などと言うのでぜひともカスタネットをやってほしいと言ったら、トライアングルにしますとニッコリする。
我が君がボーカルで、アナーキークイーン物部がドラム、私がエレキギターで霍青娥と宮古芳香がベースを予定している。
そしてトライアングルをならす天人。
なんとおふぁっくなものでございましょう。
―6―
その夜。
自室に戻るとてんしは何時もならバラエティ番組を見ている時間だろうに、すぐに眠ってしまった。
テレビをつけたがどうやら我々の大立ち回りは、謎のの落雷で車内が爆発って小さな話題として扱われているようだ。
乗っていた少年達に命に別状はないが、免許証を誰ももっていない未成年だらけで車内の積荷も怪しく事情聴取されるとのこと。
この調子なら、我々が捜査線上には出ないだろう。指紋だって登録されてはいない。
超人すぎて認められないという天子の説は正しそうだ。
車椅子もないので、適当に浮きながら神子様に電話をする。
昨日既に電話していたので、事情は知っているだろうに第一声が
「寂しかったですよ。もっと早く電話なさい」
だった。近代文化ジャンキーになりそうで、逆にこっちの世界に我が君は連れてこれないなぁと思った。
来たら何しでかすかわからない。ヘタに政権とっちゃったりしそうだし。
「それで、合コンというやつは楽しめましたか(笑)」
「大変楽しめましたよ、車を一台ぶっ壊したりいたしました」
今日一日の顛末を話すと、電話越しでも腹を抱えてるのが解るほど大笑いをされた。
事の深刻さがわかっていないのだろうか。
「そこまでやってのけるとは、貴方達をセットにしてよかった」
「こんなん紫に知られたら、どうすんのよ?」
「あのスキマ妖怪も今はテンヤワンヤなのです。こっちにまで目を向けている暇はないでしょう」
「そうならいいけどねぇ……ところで、相変わらず修復が終わりそうにないの?」
「ええと、それがですね。まだまだ時間がかかりそうなんですよ」
「あん? 一週間目安でしたよね」
「でしたね」
言葉の含み方が怪しい。
イントネーションが一気に下がった。
「なんよ、早く話して」
「怒らないでくださいね?」
「それ、怒るような出来事が起こったって事なんだけれど」
「実は、また燃やしちゃいまして」
「……なんて?」
「振り出しに戻されたわけです。五行の力ってすごいですね。申し訳ないですが、あと数週間は二人でそっちにいてください」
「ああああああああああああん!?」
絶叫した。デスボイスで絶叫デス。
なにやってんだ物部は! アホ可愛いってレベルじゃすまないぞ!!
セカンドアルバム発売か!!! 一人プロモーションビデオか!!!!
アホの物部!!!!!
ボブ君から教わった言葉を使うのは今だ!!!!!!
「シット!」
「え、なんですかとじこ声大きすぎますよ耳いたいんですが」
「シィィィィィィイット!!」
「嫉妬? まさか貴方まで寺を燃やしたかったなんていうんじゃないでしょうね……鼓膜破れるんで叫ばないで」
私は咳が出るまでグルゥゥゥオオオオ! とかヤーヤーヤーヤーヤ! とかテンプラ! とか知っている限りのパンク用語や雄たけびをあげて、アングリーフィストをかかげながら電話をきった。
気が狂ったと思われたかも。
このふつふつと湧き上がるもの、激しい世界への怒り。
これがパンクロックか!
などと、私が興奮していると、天子が眠たそうにこの世界で買ったらしい白いネグリジェを着ながら歩いてきた。
「あんまり叫んでると近所迷惑で追い出されちゃうよ」
「そ、それもそうな」
「でも、面白そうだから今度は私も参加させてね。幻想郷に戻る前に一緒にやろうよ」
「それなんだが、どうやらまだまだ幻想郷復元に時間がかかるようだ」
「大変なのね。切磋琢磨やってるなら文句言わないでおくけど」
「別に雑魚部屋でいいならいつだって帰れるんだが。どうする? もう向こうに戻るか?」
我ながら聞くまでもない質問をしてしまったと思う。
天子はネグリジェ姿に似合わない、カリスマ溢れる指差しをして言った。
「決まってるわ! まだまだ遊び足りないじゃない!! とじこさんだってそうでしょ!!!」
まったく、どうしようもない。
ふぁっきん!!!!!!!!
―NO END NEVER PUNK LIFE! ARUGAAA!!―
たいへん楽しませていただきました
っていうか誰か布都叱れよwww
新しいけどイイネ
とりあえずこの二人にはアイ・フォウト・ザ・ロウでも歌ってもらおうか。
屠自古はクラッシュ版、天子はグリーン・デイ版で。
前半はちょいとクスリを決めすぎだと思ったけれど、カラオケの辺りからいい塩梅のテンションに。
さっすががいすとさん、面白かった。
あるいは拡張現実って奴なのでしょうか・・・
池袋って余り行った事がないのですが、一度行ってみたいものです。
がいすとさんの成長っぷり、というかこんなネタに挑戦することに敬意を払うぜ。
絵を思い浮かべると笑いが込み上げてくる。
ボブは絶対良い奴。むちゃくちゃ良い奴。
そして天子かわいいです。
東方キャラのありえそうな生活感の出し方が凄く上手くて感心いたしました
てんとじという組み合わせもけっこういいものですね
そう仕上げた作者さんの力量なのかもしれませんが
パンクはNOFXが好きです
いいなぁいいなぁ自分もこういう雰囲気の話で書いてみたいなぁ
あと自分の中で曖昧だった屠自古のイメージがすっかり固まりました。いいキャラしてますね!
もちろん屠自古もベリークールです
しかしながら誰ぞ布都を止める者はおらんのか!
天子が破天荒でバカなことばかり言っていても人を見る目があったり
何のかんの言って現代をエンジョイしてる屠自古だったり
とても良いSSでした。ごちそうさまです!
屠自古と天子のコンビも可愛くてグッド
面白いですね。
付き合ってみると彼らにもいいところはあって
それをおもしろいと思ったのを思い出した