生まれ生まれ生まれ生まれて生のはじめに暗く、死に死に死に死んで死の終わりに冥し。
久しぶりに人間を食べた。真夜中に人里の外れにある葦の原を彷徨っていた子供だ。外の世界の人間だろうと私は推測した。条約の適応外。おまけにその子供にとっては不運な事だが、丁度私は空腹だった。
私にとっての幸運は、その子供にとっての不運だったという事だ。同じ事象の側面も、立場が変われば運命は逆転する。私の満足はその子供にとっての絶望だった。私の生における過程は、子供の死という結果を齎した。
子供は少女だった。壊れた蓄音器よろしく、何度も何度も何かの名前を呼んでいた。恐らくは母親か何かなのだろうと私は思った。思っただけで、特に同情もしなかった。
葦の隙間から顔を覗かせた私を見て、その少女は涙を浮かべていた顔を綻ばせた。孤独な徘徊の連れが出来た、と思ったに違いなかった。寂寥に張り詰めていた心が、安堵に緩んだのを私の鼻が嗅ぎ取った。警戒心などまるでなかったその獲物を、喰わない事は無礼であろうと私は思った。
本能とは即ち、生命にとって抗う事の叶わない真理だ。如何な事情があれ、如何な哲学があれ、本能を拒絶する生物に未来は無い。草を喰わぬ兎は死ぬ。兎を喰わぬ隼も死ぬ。食事を怠る生物に生を謳歌する資格など、無い。普く生物は食事によって世界に居場所を作る。他者の命を奪う事で、彼らは真理の一員たる資格を得るのだ。
だから、私は喰った。何も知らぬ少女を喰った。恐怖に歪む目を見据え、痛みに叫ぶ声を傾聴し、柔らかな肉を咀嚼した。温かな血を啜った。
やがて少女は死んだ。後には肉が残った。少女の悲痛な死が私の生に変わった。少女も私も輪廻の一員と成り、理の構成物へと昇華した。
生まれ生まれ生まれ生まれて生のはじめに暗く、死に死に死に死んで死の終わりに冥し。
葦の原に吹く風以外に、音を立てる物は無い。
私は少女の肉の傍らに腰を降ろす。僅かの間天を仰ぎ、星を眺めた。人里の明かりは遠く、星々の小さな瞬きを掻き消す無粋な人間の手の光も無い。
頭上に煌めく天の川の粒が、懸命に私を照らし出そうとしているようだった。今日は新月だ。天蓋を埋め尽くす星々以外の輝きは無い。ふと思い立って私は自らの手を眺める。未だ、ぬるりとした少女の生の残滓がこびり付いているのが、夜目にも窺えた。
新月に私は能力を行使する事が叶わない。暗闇を操る程度の能力を、しかし使う必要など無かった。能力の使えない今日でも何かに見咎められる事も無く、私は狩りを遂行できた。それに、私の生み出す程度の暗闇が、月の無い夜の冥さに敵う筈もない。
夏宵の空気は、一年で一番好きだ。昼日中の熱気は鳴りを潜め、風は少し冷たいくらい。食事を終えたばかりという事も相まって、私の胸中は満たされていた。
名も知らぬ少女は、私の糧と成る為に生れて来たのだろうか。
違うというのならば、何故少女が名前を呼び続けていた相手は、少女を助けには来なかったのか。
私はチラリと傍らを見やる。大部分の肉はまだ残っていた。放っておいても獣が片付けてしまうだろうと思う。腹は満ちている。このまま打っ棄って寝床を探しに行っても構わない気はする。だが私の脳内の何かが、少女の肉を残す事を禁じている気がした。
まだ終わってない、と。私の中の声は、そう告げていたのだ。
生まれ生まれ生まれ生まれて生のはじめに暗く、死に死に死に死んで死の終わりに冥し。
私は肉の山に手を伸ばす。生命の根幹とは、どこだろう。確実に命を終わらせるという事。少女の死を、私の生へと完璧に還元し得る部位はどこだろう。それを喰ってしまわない限り、私は少女の傍から離れる訳には行かないと思った。
少女は死んだ。既に死は、私の生へと昇華した。命を後世へと伝えていくことこそが生物の役割ならば、彼女の命はその役目を全うしたと言える。子を成す事の出来なかった無念こそあろうが、それは世界の要素としては、まぁ、良くある無念だ。それを悼む位ならば、最初から殺さなければいい。喰わなければいい。だから私は、泣き叫びながら死んだ少女を悼まない。
少女の肋骨の隙間に手を差し込んだ。目的の部位は果たしてそこにあった。生命の要と言えば、月並みかもしれないが心臓以外に思い浮かばなかった。魂の座するに相応しい場所として、最も納得できるだろうと私は思った。
生まれ生まれ生まれ生まれて生のはじめに暗く、死に死に死に死んで死の終わりに冥し。
私はその部位に、ぞぶりと歯を突き立てた。柔らかだった少女の肉とは比べる事も出来ない程の弾力があった。美味しいとも不味いとも思わなかった。しかし、咀嚼を続ける私の気分は妙に高揚していた。少女の魂を真理へと導いている様な、そんな興奮だった。
きっと自己満足だろう。少女は私に感謝をしないだろう。真理へ至るよりも、母親の元へと帰りたかっただろう。そんな考えが私に自省を促す事も無いし、私の心を痛める事も無い。食事という真っ当な行為に理由づけをした所で、過程も結果も変化したりはしない。私がどんな感情で少女を喰らったとしても、少女の魂は彼岸へと渡り、また何か別の生き物へと転生するのだから。
咀嚼を終えた肉片を、私は嚥下した。食道を通過した肉は、胃袋へと到着した途端に私の肉体のどこへ行ってしまったのか判らなくなった。私は満足して唇の端に笑みを携えた。何とはなしに再度空を仰ぐ。
すると上空を流れる天の川の内側から、すぅと箒星が弧を描くのがハッキリと窺えた。
数えきれないほど瞬く星屑の一つが、天蓋に落ちてしまったのだ。
私は、そう思った。
星が一つ無くなったとて、空は何も変わりはしなかった。景色に差異は生まれなかった。確かに変わっている筈ではあるが、その違いは私にも判らないし、私以外の者ならば尚更だろう。
劇的に変化してしまったのは落ちた箒星と、それに寄り添って瞬いていた幾つかの小さな小さな星屑のみに違いない。
生まれ生まれ生まれ生まれて生のはじめに暗く、死に死に死に死んで死の終わりに冥し。
「――そーなのかぁ……」
誰が聞いている訳でもないのに、私は呟かずには居られなかった。
もう、儀式は終わったという確信が、静かに私の胸中で揺蕩っていた。
まだ少女の肉は大分残っている。しかしもうそれは、ただ余っただけの肉であって、少女ではない。彼女の生命は私の中へと消えて無くなった。後は、腹をすかせた獣にでもくれてやろう。
私は立ち上がり、今夜の寝床を探す為に徘徊する事にした。
もしも――。
私は少女だった物に背を向けながら、自らの死後についてちょっとだけ考えた。
もしも私がいずれ死んだとて、高位の妖怪に捕食されたとて、箒星は落ちないだろう。
何故なら私は宵闇なのだから。
星に纏わりつき、落ちて弧を描く箒星を飲み込む側のモノなのだから。
そしてそれはきっと私だけでなく、妖怪ならば皆そうなのだろう。自覚の有る無しに関わらず、妖怪とはその生命に意味を持たされているモノなのだから。
生まれ生まれ生まれ生まれて生のはじめに暗く、死に死に死に死んで死の終わりに冥し。
私は何故かほんの少しだけ、何も判らないままに死んだ人間の少女が羨ましくなってしまった。
久しぶりに人間を食べた。真夜中に人里の外れにある葦の原を彷徨っていた子供だ。外の世界の人間だろうと私は推測した。条約の適応外。おまけにその子供にとっては不運な事だが、丁度私は空腹だった。
私にとっての幸運は、その子供にとっての不運だったという事だ。同じ事象の側面も、立場が変われば運命は逆転する。私の満足はその子供にとっての絶望だった。私の生における過程は、子供の死という結果を齎した。
子供は少女だった。壊れた蓄音器よろしく、何度も何度も何かの名前を呼んでいた。恐らくは母親か何かなのだろうと私は思った。思っただけで、特に同情もしなかった。
葦の隙間から顔を覗かせた私を見て、その少女は涙を浮かべていた顔を綻ばせた。孤独な徘徊の連れが出来た、と思ったに違いなかった。寂寥に張り詰めていた心が、安堵に緩んだのを私の鼻が嗅ぎ取った。警戒心などまるでなかったその獲物を、喰わない事は無礼であろうと私は思った。
本能とは即ち、生命にとって抗う事の叶わない真理だ。如何な事情があれ、如何な哲学があれ、本能を拒絶する生物に未来は無い。草を喰わぬ兎は死ぬ。兎を喰わぬ隼も死ぬ。食事を怠る生物に生を謳歌する資格など、無い。普く生物は食事によって世界に居場所を作る。他者の命を奪う事で、彼らは真理の一員たる資格を得るのだ。
だから、私は喰った。何も知らぬ少女を喰った。恐怖に歪む目を見据え、痛みに叫ぶ声を傾聴し、柔らかな肉を咀嚼した。温かな血を啜った。
やがて少女は死んだ。後には肉が残った。少女の悲痛な死が私の生に変わった。少女も私も輪廻の一員と成り、理の構成物へと昇華した。
生まれ生まれ生まれ生まれて生のはじめに暗く、死に死に死に死んで死の終わりに冥し。
葦の原に吹く風以外に、音を立てる物は無い。
私は少女の肉の傍らに腰を降ろす。僅かの間天を仰ぎ、星を眺めた。人里の明かりは遠く、星々の小さな瞬きを掻き消す無粋な人間の手の光も無い。
頭上に煌めく天の川の粒が、懸命に私を照らし出そうとしているようだった。今日は新月だ。天蓋を埋め尽くす星々以外の輝きは無い。ふと思い立って私は自らの手を眺める。未だ、ぬるりとした少女の生の残滓がこびり付いているのが、夜目にも窺えた。
新月に私は能力を行使する事が叶わない。暗闇を操る程度の能力を、しかし使う必要など無かった。能力の使えない今日でも何かに見咎められる事も無く、私は狩りを遂行できた。それに、私の生み出す程度の暗闇が、月の無い夜の冥さに敵う筈もない。
夏宵の空気は、一年で一番好きだ。昼日中の熱気は鳴りを潜め、風は少し冷たいくらい。食事を終えたばかりという事も相まって、私の胸中は満たされていた。
名も知らぬ少女は、私の糧と成る為に生れて来たのだろうか。
違うというのならば、何故少女が名前を呼び続けていた相手は、少女を助けには来なかったのか。
私はチラリと傍らを見やる。大部分の肉はまだ残っていた。放っておいても獣が片付けてしまうだろうと思う。腹は満ちている。このまま打っ棄って寝床を探しに行っても構わない気はする。だが私の脳内の何かが、少女の肉を残す事を禁じている気がした。
まだ終わってない、と。私の中の声は、そう告げていたのだ。
生まれ生まれ生まれ生まれて生のはじめに暗く、死に死に死に死んで死の終わりに冥し。
私は肉の山に手を伸ばす。生命の根幹とは、どこだろう。確実に命を終わらせるという事。少女の死を、私の生へと完璧に還元し得る部位はどこだろう。それを喰ってしまわない限り、私は少女の傍から離れる訳には行かないと思った。
少女は死んだ。既に死は、私の生へと昇華した。命を後世へと伝えていくことこそが生物の役割ならば、彼女の命はその役目を全うしたと言える。子を成す事の出来なかった無念こそあろうが、それは世界の要素としては、まぁ、良くある無念だ。それを悼む位ならば、最初から殺さなければいい。喰わなければいい。だから私は、泣き叫びながら死んだ少女を悼まない。
少女の肋骨の隙間に手を差し込んだ。目的の部位は果たしてそこにあった。生命の要と言えば、月並みかもしれないが心臓以外に思い浮かばなかった。魂の座するに相応しい場所として、最も納得できるだろうと私は思った。
生まれ生まれ生まれ生まれて生のはじめに暗く、死に死に死に死んで死の終わりに冥し。
私はその部位に、ぞぶりと歯を突き立てた。柔らかだった少女の肉とは比べる事も出来ない程の弾力があった。美味しいとも不味いとも思わなかった。しかし、咀嚼を続ける私の気分は妙に高揚していた。少女の魂を真理へと導いている様な、そんな興奮だった。
きっと自己満足だろう。少女は私に感謝をしないだろう。真理へ至るよりも、母親の元へと帰りたかっただろう。そんな考えが私に自省を促す事も無いし、私の心を痛める事も無い。食事という真っ当な行為に理由づけをした所で、過程も結果も変化したりはしない。私がどんな感情で少女を喰らったとしても、少女の魂は彼岸へと渡り、また何か別の生き物へと転生するのだから。
咀嚼を終えた肉片を、私は嚥下した。食道を通過した肉は、胃袋へと到着した途端に私の肉体のどこへ行ってしまったのか判らなくなった。私は満足して唇の端に笑みを携えた。何とはなしに再度空を仰ぐ。
すると上空を流れる天の川の内側から、すぅと箒星が弧を描くのがハッキリと窺えた。
数えきれないほど瞬く星屑の一つが、天蓋に落ちてしまったのだ。
私は、そう思った。
星が一つ無くなったとて、空は何も変わりはしなかった。景色に差異は生まれなかった。確かに変わっている筈ではあるが、その違いは私にも判らないし、私以外の者ならば尚更だろう。
劇的に変化してしまったのは落ちた箒星と、それに寄り添って瞬いていた幾つかの小さな小さな星屑のみに違いない。
生まれ生まれ生まれ生まれて生のはじめに暗く、死に死に死に死んで死の終わりに冥し。
「――そーなのかぁ……」
誰が聞いている訳でもないのに、私は呟かずには居られなかった。
もう、儀式は終わったという確信が、静かに私の胸中で揺蕩っていた。
まだ少女の肉は大分残っている。しかしもうそれは、ただ余っただけの肉であって、少女ではない。彼女の生命は私の中へと消えて無くなった。後は、腹をすかせた獣にでもくれてやろう。
私は立ち上がり、今夜の寝床を探す為に徘徊する事にした。
もしも――。
私は少女だった物に背を向けながら、自らの死後についてちょっとだけ考えた。
もしも私がいずれ死んだとて、高位の妖怪に捕食されたとて、箒星は落ちないだろう。
何故なら私は宵闇なのだから。
星に纏わりつき、落ちて弧を描く箒星を飲み込む側のモノなのだから。
そしてそれはきっと私だけでなく、妖怪ならば皆そうなのだろう。自覚の有る無しに関わらず、妖怪とはその生命に意味を持たされているモノなのだから。
生まれ生まれ生まれ生まれて生のはじめに暗く、死に死に死に死んで死の終わりに冥し。
私は何故かほんの少しだけ、何も判らないままに死んだ人間の少女が羨ましくなってしまった。
哲学的なことなんか考えていない思います。
ですが、語り部にルーミアを選んだのは安易過ぎたのではないかと。
人食いというイメージでルーミアを語り部に選定したのでしょうが、こんなに深い思考を巡らせる彼女を、失礼ながら私は想像できませんw
お札のリボンを貼られる前、というのならまだ納得できたのですが、そうした描写も特に語られず、違和感だけが残ります……。
雰囲気は好きなだけに、何とも惜しい作品だと思います。
文章に味がある分、やはり違和感を覚えてしまいました
特に、流れ星を見て自分は闇だと思うあたりはルーミアじゃなきゃ出てこない発想じゃないかと。
ルーミアといえば頭の弱い子、というイメージがかなり強いですが、
こんなルーミアも十分アリだと思います。
東方の二次創作には神主がお好きにおやんなさいよと仰るように自由があります。どのキャラクターも書き手がいかような解釈を加えどのようにも描いてもいいのです。
が、どのキャラクターにも既存のイメージが存在します。それが正確な一次設定ないしは浸透してしまった二次設定だとしても、大多数に共通して認識されているキャラクター像が存在します。
感想を正直に言ってしまえば、作者が単に思い浮かんだ自分の考えを披露したいが為、面倒な文脈あるいはバックグウンドを省いて核心の部分だけを持ち込んできた、という印象です。それを分かっているから普段使っているペンネームではない名前を使って投稿した、などと邪推も働いてしまいます(本当に邪推ですが)。
確かにどのようも描く自由はありますが、キャラクターはオリジナルの存在ではないのです。【ある程度】の説得力は絶対に必要です。読者を納得させようとする努力が無ければただの怠慢です。
まぁ、ポケーっとした表情で「そーなのかー」と嘯く彼女がもしそんな事を考えていたら………と思うとグッとくるってのは、よく分かりますがね
イメージに合わせて書くなんて言ってしまったら、原作の口調や設定に限りなく準拠した作品ほどあなたの言う説得力の無い作品になってはしまわないか
基本的に東方キャラは掴みどころないの多いですし、
東方二次の良さの一つはこんな感じでキャラや設定に幅があることだと思います
イメージに捕らわれてもいいことなんてないや