Coolier - 新生・東方創想話

約束 ミスティア・ローレライ

2012/06/29 03:02:02
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・この作品には、モブキャラが出てきます。

・また、以前に書いた作品と、世界観を共有しています。単品でも読めるように配慮しましたが、もし興味を持っていただけたなら、以前の作品も読んでいただけると、嬉しいです。







貴女の絵を、描かせてくれませんか。

何でだろうね。初めて会った時は、もっと色々話したはずなのに。今はもう、その言葉しか思い出せないの。

君が笑顔でその言葉を言ったことは憶えているのだけれど、君の笑顔が思い出せないの。

なんでだろうね。偶に思い出すと、ちょっとだけ私の顔が綻んで、だけど、胸の奥がきゅってなるの。

ねえ。

貴方は今でも、約束、憶えてくれいるのかな。







「どうしたんだ、女将」

「え、はい。注文ですか」

「違う違う。注文じゃないよ。ただ、なんか、普段と雰囲気が違ったからね」


慧音の言葉が、静かな屋台に響く。客は慧音と、その隣で酔いつぶれている魔理沙だけだった。

確かに今日はいつもよりぼうっとしていると、ミスティア・ローレライは自覚していた。働いていればきっとそんなことも無くなるだろうと思って、普段よりも早めに屋台を引いたのだが、効果は無かったらしい。

魔理沙はカウンターに額をつけて、遂には寝息を立て始めていた。慧音がミスティアにすまないと謝るが、ミスティアは気にしていないと首を横に振る。

なんでそう思ったの。ミスティアの言葉に、慧音はあやふやな笑顔を浮かべる。なんだか、いつもより大人びて見えたのだとそう言って、グラスに残っていた焼酎を飲み干した。

洗い物を終え、暖簾を外すと、今日はもう店じまいとミスティアは笑った。そう言って、慧音の空いたグラスに酒を注ぐ。魔理沙を見て、しばらく起きないでしょと慧音に言うと、慧音は苦く笑った。


「何か、あったの」

「ううん、ちょっとね。昔のことを思い出してたの」

「そうか。聞いて、いい話なのかな」

「そのつもりで店を閉めたから、気にしないで。なんか、聞いてもらいたい気分だから。いや、違うのかな」

「うん?」

「多分、話さないと忘れちゃうから。だから、センセイに聞いて欲しいんだと思う。嫌なら、別に構わないから、気にしないで」

「構わないよ。今日は色々あったし、明日は寺子屋も休みだからね。嫌らしく聞こえるかもしれないが、人の昔話には興味があるよ」


ありがとうと言って、慧音の隣に座る。酒で口を湿らせて、ミスティアは口を開いた。







結構前の話になるかな。もう、半分も思い出せない。私、あまり記憶力良くないから。

夜だった。満月が綺麗だったのは憶えてる。それを見て、私は歌を歌っていたの。好きなだけ歌って、ちょっと疲れたから、木の枝に座って休んでいたらね、人間を見つけたの。まだ、ほんの子どもだった。

人里の子だったけれど、こんな時間に外に出ているのが悪いと思って、鳥目にしてやろうと思った。

だけど、いきなり視界を奪っても、味気ないじゃない。だから、わざとその子の前に現れたの。そして、思いっきり怖がらせてから。食べようとしたのか、そのままその姿を見て笑おうとしたのか。忘れちゃった。

何を言ったかも、もう憶えていない。ただ、なんか、こう、お前をこれから鳥目にしてやるぞー。どうだーこわいだろー。みたいな感じで言ったの。そうしたらね、その子、いきなりこう言ったのよ。

貴女の絵を描かせてください、てね。

何を言っているんだ、こいつは。って最初は頭がこんがらがったの。今みたいにスペルカードも無かったし。

だけど、なんか毒気を抜かれちゃって。鳥目にする気も失せちゃった、だと思う。ただ、その子に何もしなかった。それからね、時々私のところに来るようになったの。里の外には妖怪もいるし、今よりも危険な時代だったのに、ね。







「……それで、どうなったんだい」

「そいつ、絵が描きたいとか言ってたのに、素人の私がみても分かるくらいに下手だったの。最初に描いた絵を見て私、大笑いしたもの」


魔理沙が、むにゃむにゃと寝言を呟いているのを聞いて、ミスティアは薄く笑う。その様子は、とても普段の彼女から想像できるものではなく、慧音は久しく感じなかった老成した妖怪の片鱗を、隣に座るミスティアから感じていた。







どれくらいだったかなあ。五年、十年だったかもしれない。段々と、絵が上手くなってきてね、ちょっとだけ私も嬉しくなったの。やっぱり、綺麗に描かれると、気分がいいじゃない。

ある時、そいつがいったの。歌っている姿を描きたいって。だけどね、そんなことは無理だった。だって、私が歌うと、鳥目になってしまうんだもの。

何度も言ったの、やめとけって。だけどね、そいつは言うことを聞かなかった。絶対に描くんだーって。目が見えないのに、何度も私の姿を描こうとした。また下手糞に逆戻り。

だけどね、ちょっとだけ期待してた。私が歌ってる姿って、どんな風に見えるのかなって。見てみたかったんだけどね。

私の胸くらいの背丈だったのに。その頃には、もう私を追い越して。声も、随分と低くなってた。

ある日、そいつがまったく来なくなった。妖怪に食べられたのか、それとも飽きたのかな。その時は、いい暇つぶしになったとしか思わなかった。

だけどね、今でもひょっこり現れて、また下手糞な絵を見せてくれる。そんなことを、たまあに、思い出すの。







「……そんなお話。山も無ければ落ちも無い。そんな話よ」

「そう、か」

「聞いてくれてありがとう。私、ちょっと残りの片付けしてくるから」

「いや、いい話だったよ、ありがとう。勘定は、ここに置いておくよ」

「また来てくださいねえ」


ミスティアの言葉を背に受けて、慧音は魔理沙を担いで屋台を後にした。夜空には、沢山の星と下弦の月が輝いている。


「いい加減、降りてくれないか」

「……気付いてたのか」

「あんな下手な芝居じゃあな。女将にも気付かれてたかもしれん」

「起きるタイミングが無くてなっ、と」


掛け声と共に、魔理沙は慧音の背から飛び降りる。その足取りは、思いのほかしっかりしていた。夜空の下を、ゆっくりと歩く。

今日は、慧音の頼みで人里の害虫駆除をしていた。ただ酒が飲めるという条件で請け負ったのだが、疲れがたまっていたのか、少し飲んだら寝てしまったのだ。本当はミスティアが話している途中で起きたのだが、なんとも入りづらい雰囲気だったため、寝たふりをしていたのである。


「しっかし、私にはわからんね」

「何がだ」

「あいつの気持ちさ」


あいつ、とはミスティアのことだろう。ほう、と漏らして、慧音は続きを促す。まだ酒が残っているのだろう、少しばかり上気した魔理沙の頬を見て、慧音はくすりと頬を緩めた。


「最初の部分は聞いてなかったが、あいつはその男、なんだろうな。話を聞いててそう思うけど。とにかく、何かしら思っていたんだろう?」

「そうだろうな。じゃあなかったら、あの時代に人間と、しかも里の外で過ごすことなどしないさ」

「なんつうか、その……好き、だったんじゃないか。その男のこと」

「さあ。私には分からんよ」

「いいや、そうに違いないね」


のらりくらりとかわす慧音の態度がカチンと来たのか、魔理沙の目が据わる。その様子を、横目でちらりと流し見た。


「だから、なんで、何もしなかったんだよ。好きなら好きって言っちまえばいい。私はそう思う。人間だとか、自分が妖怪だとか、そんなこと気にしないでさ。そんなに長い間、そんな気持ちを持っているなんて、なんつうか、その」

「なあ、魔理沙」

「何だよ」

「誰かを、好きになったことはあるか?」

「そりゃあ……あるさ。馬鹿にするなよ」

「ははっ、すまんすまん。そういう意味で言ったわけじゃないんだ。私だって誰かのことを好きになったことはあるしな」


歩くのが面倒になったのか、持っていた箒を浮かせると、そこに魔理沙は跨った。


「里の住人は好きだ。勿論、子ども達も好きだ。妹紅も好きだぞ。それに魔理沙、お前のことも好きだ」

「なあにを言ってらっしゃる」

「本当さ。私は、色々あってこの身になった。その時は自分のことを憎んだりもしたし、その気持ちを他人に向けそうになったことだってあった。だけど、今は感謝している」


無言で、魔理沙は耳を傾ける。普段は我の強さが前面に出ているが、それでも無為にそうしようとはしない。魔理沙の根っこの優しさを、少しは理解していると慧音は思っている。魔理沙のそんなところが、慧音は好きになったのだ。


「ミスティアの感情は、多分、言葉に出来ない感情なんだと、私は思うよ」

「言葉に出来ない、か」

「恋とか、愛とか、多分そういうのじゃあないんだ。きっと」

「ふうん。わからんが、まあ納得だけはしておくさ」

「魔理沙にも、きっと分かる日が来るさ」

「大人ぶっちゃってさ。そういうのは結構だぜ」


慧音は笑いながら、月を見上げた。どうやら自分も酔いが回っているらしい。だが、この感覚が、心地よかった。

里の入り口が見える。今日は気持ちよく眠れそうだが、その前にやっておかなくてはいけないことがある。帰るぜと言った魔理沙を呼び止め、慧音は口を開いた。

魔理沙は渋々と言った顔で慧音の言葉に頷くと、箒から星の魔法を出して帰っていった。世話焼きだなあ、私。そうひとりごちて、慧音はもう一度月を見上げて笑った。







いら……いらっしゃい。お一人様ですか?此方の席へどうぞ。

注文は……目が。そうですか。じゃあ、こちらで作りますね。何か嫌いなものは?無い?それは良かった。

ですけど、おじいさん。よくお一人でここまで来れましたね。ああ、近くにお連れがいらっしゃるんですか。その人も一緒に来ればいいのに。

はい、当店自慢の八目鰻の蒲焼です。是非……って目が不自由なんですよね。だいじょ、ああ、大丈夫ですか。なら良かったです。

他のお客様ですか。いや、今はいませんよ。今日はおじいさんだけの貸切です!なんちゃって。

目は、若い頃に……そうですか。

え?歌?構いませんけど。ははあ、さては慧音センセイ辺りに聞きましたか。こう見えても、って、見えないんですよね。すいません。

わかりました。では、お聞かせしましょう!ミスティア・ローレライの歌声を。




……ありがとうございました。




随分、歳をとっちゃったね。そっか、もうそんなに昔のことかあ。

ん、いいよ。気にしてない……なんてね。ちょっと気にしてた。早く絵を届けに来いって。

初恋?私が?ははあん、そんなこと考えてたんだ、助平小僧め……嘘だよ。確かに、そんな気がしてたかも。ごめんね、もう大分抜け落ちてて。

君のこと?ううん、どうだったかなあ。勿論、嫌いじゃあなかったよ。好きか嫌いかで言われたら、好きだった。

ただ、なんていうかね。言葉に、出来ないの。ごめんね。

これを私に?

……へったくそ。

だけど、嬉しい。

そっか、こんな風に見えるんだ。歌ってるときの私。

私は変わらないよ。ちょっと悲しいね。

今度は、奥さんでも連れてきなよ。馴れ初めとかさ、聞いてみたいな。あ、子どもでも孫でもいいな。将来うちの常連になってくれるように、なんてね。

うん、うん。約束だよ。

足元、気をつけてね。

ありがとうございました。







ある日の夕暮れ、ミスティアが屋台の準備をしていると、知り合いがやってきた。リグルとルーミアである。何の用だと尋ねると、ルーミアがおもむろに手に持っていた風呂敷をカウンターの上で広げてみせた。


「どうしたの、こんなに沢山の八目鰻」

「ルーミアと遊んでたら偶々見つけてね。せっかくだからみすちーのお店で調理してもらおうかなって」

「おねがい、みすちー」


はいはいと返事をしながら、ミスティアは早速準備に取り掛かる。ルーミアが頭を左右に揺らしながら八目鰻の歌を歌っていると、何かに気がついた。

屋台の天井に、何かが飾られている。それがミスティアの絵だと気付くのに、ルーミアは少しばかりの時間を要した。


「みすちー、この絵、どうしたの?」

「絵?どれどれって、本当だ。どうしたのよみすちー」

「ん、ちょっと前に約束しててね。それが届いたの」

「汚れちゃうんじゃないの?煙とかで」

「紅魔館のメイドに頼んでね、時間を止めてもらったの」

「そーなのかー」


しっかし、上手ねえ。

リグルが呟いた言葉を聞いて、ミスティアは頬を緩めた。

二匹の前に、八目鰻の蒲焼が出される。いただきますの声とほぼ同時に、リグルたちは箸を持った。

天井を見上げる。歌っている自分の姿を見る。今でも、少し胸の奥が切なくなる。だけど、それよりも嬉しくて、ミスティアは微笑んだ。
  

老人を家に送り届けて、魔理沙は大きく息を吐いた。


「ご苦労様」

「まったくだ。人使いの荒い先生と知り合いになれて私は幸せ者だよ」

「まあまあ。その様子じゃ、大方木陰にでも隠れてたんだろう?最近いい店が出来たんだけど、流石に一人じゃ入りづらくてね。報酬はそれでどうだ?」

「ふう、まあそれで手を打とうじゃないか」

「じゃ、行くとするか」

「ただ、まあ」

「ん、どうした」

「嫌いじゃないな。こういうの」

「……やっぱり私は魔理沙のことが好きだ」

「はあ、なあにを言ってんだか」


二人は、夜の人里に消えていった。






初めて、ミスティア主役で書きました。少しでも『らしさ』が出ているといいなあ。そんなことを思って。
モブ
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コメント



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6.100名前が無い程度の能力削除
うんうん。読んで良かった。
7.90名前が無い程度の能力削除
うまく言えないけど、なんか良かった
13.100名前が無い程度の能力削除
あー、蒲焼食べたい
14.100名前が無い程度の能力削除
いい話だ
20.70名前が無い程度の能力削除
こんなミスティアもいいなと、思う。