Coolier - 新生・東方創想話

東方月光歌~No sorrow lasts forever~(後編)

2005/07/24 11:44:18
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    『東方月光歌~No sorrow lasts forever~』

           『後編』





 すっかり日は落ちて。
 輝夜たちの見知らぬ月が幻想郷を照らしている。その月光は何故か懐かしさを
彷彿とさせた。

 博麗神社を出て、三人は白玉楼に顔を出した。そして日が落ちる頃に紅魔館へ
と向かったのである。白玉楼では八雲紫、紅魔館では霧雨魔理沙、アリス=マーガトロイドと
出会う事が出来て、概ね顔を見せようと思っていた者達とそうする事が出来た。
 「・・・・すっかり遅くなってしまいましたね」
 「そうねぇ」
 二人は月を眺めながら、ゆっくりと飛行している。その後ろをいまだ俯いたままの
鈴仙が付いて行く。少しだけ距離が開いていた。しかし輝夜と永琳は気にする様子も無い。
 「・・・しかし、私ってばとことん評判が悪いわねぇ。食いしん坊幽霊にスキマ妖怪、
極めつけは吸血鬼のお嬢ちゃんにまで『勝手な奴』って思われてたなんて」
 「フフッ、何を今更」
 「失礼ね永琳。私があの三人よりわがままだって言うの?」
 永琳は腕を組んで少々考えて、
 「良い勝負ですよ」
 と答えた。
 「まぁ、言ってくれるわねぇ」
 しかし特に気分を害した様子も無く。むしろ機嫌良く、輝夜と永琳は笑いあった。
 鈴仙には理解出来ない。どうしてあんな風に笑っていられるのか。自分達がこれから
何をしてどうなるか、それを誰よりも一番解っているはずなのに。何故、どうして・・・・・、
自分がこれほど悲しんでいるのに、二人は笑っていられるのだろうか。
 闇夜を照らす優しい月光の下、先を行く二人の背中を見つめた。・・・まだ見える、手を
伸ばせば届く背中を。



 「あら」
 不意に輝夜が声をあげた。その進みを止める。何事かと鈴仙が目を向けた。

 そこには激しく燃え上がる炎を纏った不死鳥が居た。月光が優しい光なら、その炎が生む
光は怒りそのもの。照らすのではなく暴き出す。どんな闇も強引に。

 「こんばんわ、藤原妹紅」

 今朝別れたばかりの妹紅が、三人を邪魔する形で立ち塞がる。その全身から噴出す炎は、
加減を間違えば自らの身をも焼き尽くす。フェニックスが『自らを焼く者』の意味を持つ
理由。そして不死人への最大の皮肉。フェニックスは転生し天に昇り、妹紅は再生し
今に繋ぎ止められる。
 「・・・・・・・」
 無言。しかし強い意志を感じる目。敵意、怒り。それと読みきれない複雑な気持ち。その
表情は無表情ではなく、様々な思いが絡み合ってうまく表現できないといったもの。だが
鈴仙には今にも泣き出してしまいそうな儚いものにも見えた。
 「ふふ、今日もまた殺し合う?そうね、もう記憶も曖昧になるほどの時間、あなたと私は
そうしてきたのですものね」

 ゴオォォォ・・・・、輝夜の言葉以外で、静寂を破るのは激しく燃える炎だけ。

 「・・・でも妹紅。私が消えればあなたはただの人間に戻れる・・・・、今朝説明したでしょう?」
 「え・・・・?」
 声を上げたのは鈴仙だった。永琳の背中に隠れるようにして、少し離れた場所から二人を
見守っていた。会話は良く聞こえる。
 「あなたが服用したのは、私が父上と母上の為に・・・・・ああ、この場合は私が地上に
落ちたとき育ててくれた二人の事だけど。彼等の為に少し改良した蓬莱の薬。・・・その効力は
私の命有る限り働く限定的なもの。完全な不死人を作る訳にはいかなかったから」
 「・・・・・・・」
 「・・・・この千年を超える時の中、あなたは知ったはずだわ。・・・永遠という命が
どれほどの苦痛を生むか、を」
 「・・・・・・・・・」
 「憎い私が消えて、あなたも元の人間に戻れる・・・・他に何を望むの?」

 ・・・それとも。
 輝夜は着物の袖で口元を隠す。その目が微笑んでいる事を教えた。

 「・・・・それとも、あなたは手放したくないの?永遠の命を」

 ゴゥッ!!
 一瞬激しく燃える炎。狂気とも思える怒気を含んだ妹紅の目。

 「・・・気に入らない。蓬莱山輝夜。全てが――――千年以上前にあの薬で不死人になった
あの日から今日までが、お前の気まぐれで成り立っていたという事実が気に入らない!」

 「・・・・・気まぐれ?違うわ藤原妹紅。全ては運命。あなたも私もただ飲まれ流されていくだけ。
例え力の限りを尽くし流れを変えたとしても、そこにあるのはまた別の運命。それが望んだ流れか
望まぬ流れか、飲まれてみなけりゃ解りはしない」

 「私が流された運命は、お前が作った河川の水。そうと気付かず今日まで流れて、お前は私を
笑っていたんだろう」

 「私が流れを作る?それこそ逆恨みよ。私はただの月の民。神でもないこの身が、運命を作る
事など出来やしない」

 「ならば今日までの殺し合いは何だった!?」

 「知れた事」
 袖が降りる。輝夜の狂気を露わに歪んだ口元が、月光の下に晒された。

 「不死人が人で在り続ける為の儀式。無限の時間という闇に心を食われて畜生に成り下がる
事への抑止力。恨み恨まれ、殺し殺され、心と体に痛みを与える事で人で在り続けられた。
狂う事で人で在り続けられた。―――感謝しなさい藤原妹紅。あなたの愛も怒りも
今日まで保てたのは、今あなたが視界に捕らえる愛しき伴侶あればこそ、よ」

 ゴオオォォッ!!
 不死鳥の羽ばたき。炎の波が輝夜目掛けて襲い掛かる。

 「『神宝』サラマンダーシールド!!」
 輝夜はスペルカードを宣言した。輝夜の周囲に魔方陣が生まれ、そこから妹紅に劣らぬ炎が
生まれる。ぶつかる炎と炎。勢いは相殺。燃える燃料が無くなった炎は夜空に消えた。

 「かぁぁぁぁぁぁぁぐぅやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 ゴオォッ!!
 妹紅が急接近する。右手に滾る炎。その手で輝夜の胸倉を掴む。輝夜の黒く艶やかで、長く
美しい髪が燃えていく。鈴仙の居る場所までやってくる肉の焼ける臭い。思わず口元を押さえた。
 「あはははははははははは」
 輝夜は笑う。炎に包まれて笑った。
 「素敵よ妹紅!これよ、この痛みこそ私が生きていると実感させてくれる!ねぇ、あなたも
そうなんでしょ?生きているって・・・・・素晴らしいわよねぇ!?」
 渾身の力を込めた右手の一閃。魔力も込めたそれは、輝夜を燃やしていた妹紅の右腕を
吹き飛ばした。漆黒の闇にも見える森へと落ちていく千切れた右腕。淡い月光に踊る赤い曲線。
 「・・・・!」
 妹紅は痛みに顔を歪めて体を引く。輝夜はまだ燻る火の粉も払わず、再びスペルカードを
取り出した。
 「『神宝』ライフスプリングインフィニティ!!」
 宣言。輝夜から発せられる無数の光。敵を焼き切るレーザー光線。妹紅を狙って、あるいは
妹紅の周囲を囲って、細いスジが光速で走っていく。
 パシッ!パシッ!光に体のあちこちを貫通される。飛ぶ血飛沫。だが妹紅は動く為に
重要な器官だけを防御しながら、血反吐を吐いてスペルを宣言した。
 「『不死』!火の鳥・・・鳳翼天翔!!」
 妹紅から吹き上がる炎が、今一度不死鳥を形作る。それは妹紅が翳した左手の先に居る
輝夜に向かって羽ばたいた。その火の粉一つでも低級な妖怪や妖精なら焼き殺してしまう
圧倒的な火力。命の源たるエネルギー。それが、
 「ぐあっ!!ああああああッ!!」
 直撃し輝夜の体を焼く。無意識に魔力が放出され消火や回復をしようとするが、不死鳥の
炎はそんな戯れ事など許さない。
 「ああああ!愛してる!愛してるわ妹紅!」
 「ならば抱いてやるよ!その身が炭になり灰になるまで不死鳥が抱いてやる!」
 妹紅が飛ぶ。猛スピードで輝夜に接近する。その手にはスペルカード、パゼストバイ
フェニックス。自らの体を不死鳥と完全に一体化、実体の無い炎そのものとなって敵に
絡みつく奥義。不死人の妹紅だからこそ可能な奥義。

 「・・・・・!!」

 発動しない。妹紅は迂闊にも輝夜の結界内に入ってしまったのだ。その空間内では
スペルカードの有効時間が過ぎるまで一切の攻撃を封印する。輝夜を焼く炎もキャンセル
されていた。
 全ての力を使い果たして発動する究極のスペルカード・・・、ラストスペル、輝夜の永夜返し。
 その結界内に。
 「愛しき妹紅。私を抱いてくれると言った妹紅。ならばこの夜を明けて見せて。そして
その熱くて痛くて素敵な炎で私を殺して」

 第一の夜、待宵、発動。圧倒的な数の弾幕。それは目の前の輝夜が
隠れてしまうほど濃い。

 ガガガガガガガガッ!!
 回避しきれない。妹紅は弾幕の嵐に晒されて奇妙に踊った。
 バシッ!!バシッ!!・・・グシャッ!
 被弾する音に交じって骨が砕ける音がする。肉が潰れる音がする。

 「ガァッ!?ア、ウァッ!?」
 その度に聞こえる妹紅の悲鳴。

 第二の夜、子の四つ。
 「あははッ!綺麗よ妹紅!とっても綺麗!」
 バンッ!!バシィッ!!・・・グチャッ!

 第三の夜、丑の四つ。
 ドドドドドド・・・・!!
 「ガハッ!!か・・・輝夜ぁぁぁぁぁ・・・!!」

 第四の夜、寅の四つ。
 「ほら、もう少しよ頑張って頂戴!」
 
 「・・・・・・・・ぁ」
 血まみれの妹紅が睨む。
 火傷だらけの輝夜が微笑む。

 そして、
 狂気の夜、最後の弾幕。



 ――――永夜返し・世明け―――――
 「あああああああああああッ!!」



 ボロ雑巾のようだった妹紅、穴だらけの妹紅が、

 スペル終了の時を狙って、

 輝夜に飛びかかった。

 襲い来る最後の弾幕なぞ、目にもくれず。

 それが最後に残った頭と左手に当たらなければ構わないと、

 かろうじて残る肉を吹き飛ばされながら・・・・・・・



 「うわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
 最後の力を込めた炎の一突き。










 「・・・・妹紅」
 輝夜が微笑んだ。














 「本当に『―――――――』」










 「・・・・!!」


 妹紅の突き出す左手に、

 輝夜は体を差し出した。













 バシュッ!!
 最大限まで高められた熱量は、輝夜の胸から下、それと両腕を一瞬の内に全て
灰にした。輝夜は闇の森へ落ちていく。真っ逆様に。

 「ウドンゲ」
 全てを見守っていた永琳が、後ろで震えていた鈴仙を呼ぶ。
 「姫をお願い」
 鈴仙は一瞬思考が止まる。・・・だが瞬時に立ち直って、
 「は、はいっ!」
 輝夜の落ちた地点へと急降下していった。

 「・・・藤原妹紅。・・・これ以上戦うと言うなら、今度は私がお相手するわ」
 輝夜にトドメをさしたままの格好で止まっている妹紅に、永琳は弓を
構えながら言った。
 ・・・だが、妹紅は動かない。その長い髪が顔にかかって、表情を窺い知る
事は出来なかった。
 「・・・・・いや・・・・」
 そのまま、妹紅が言う。
 「・・・・もう・・・いい。もう・・・・・終わった・・・」
 呟くような、小さな小さな声。
 やっと姿勢を戻す。だが妹紅の肉体は欠損が酷く、辛うじて背筋を張っている
事ぐらいが解るような姿だった。
 「・・・・八意、永琳」
 「・・・・なに?」
 弓を降ろさず、永琳は返事をする。
 「輝夜が最後に何と言ったか、聞こえた?」
 「・・・いいえ」
 「・・・・・・・・・そう」

 妹紅は月を見上げた。
 風が吹く。妹紅の長い髪を揺らす。
 その頬に涙が一筋。月光を反射してキラキラ輝いた。

 それを見て、永琳は構えていた弓を降ろした。



 「ひめーッ!どこですかーッ!?」
 がさがさ、鈴仙は生い茂る雑草を除けながら輝夜を探した。
 「ひめーッ!姫様ぁーッ!」
 「・・・はー、い・・・ここよぉー・・・・」
 近くでか細い声が聞こえた。ハッと反応する鈴仙。その近辺の雑草を取り払う。
 「・・・!姫・・・!」
 「ヒュー、ヒュー・・・あっはっは、ハァ、・・・負け、ハァ、ちゃった・・・」
 胸より上だけ、しかもあちこち火傷だらけの輝夜が落ちていた。しかしその顔
は笑っている。悔しいなどという感情は見てとれなかった。
 「もー・・・も、ハァ、妹紅ってば、ハッ、加減てものを・・・知らないんだから・・・ガハッ!」
 そう笑っている内、喉から逆流した血が輝夜の口から吐き出された。

 ―――今なら。
 鈴仙はそんな輝夜を見ている内に、一つの考えを湧き上がらせた。
 ―――師匠も居ない、姫もこんな状態なら。私でも、力ずくで―――

 「・・・・・・・姫」
 「・・・ん?なぁ・・・に?イナバ・・・」
 ゆらり、鈴仙はゆっくりと輝夜に近付く。
 「・・・お願いです。・・・逝かないで下さい」
 「・・・今更ねイナバ・・・」
 「・・・お願いします・・・逝かないで・・・」
 「嫌よ」
 鈴仙は右手を突き出し、再生が始まった輝夜の臓器を強く握り締めた。
 「ぃあ!?あああッ!ああッ!」
 激しい痛みに輝夜が悲鳴をあげる。
 「お願いします・・・姫、姫ぇ・・・逝かないで下さいよぉ・・・!」
 鈴仙は泣いていた。その涙の粒が間近に迫った輝夜の顔に落ちる。
 「・・・・・・・・・」
 拒否の意思を持つ目。
 ギチギチギチッ!
 「うああッ!イッ!あっ!ぁうぁぁぁッ!!」
 口から多量の血が吐かれた。輝夜は目を見開き、歯を食いしばって痛みに耐える。
 「どうしてですッ!?どうしてこんな意地悪するんですか!?私が、お二人が居なく
なって悲しむ様を見て、そんなに楽しいんですかッ!?」
 ギチギチッ!痛みを与える鈴仙の右手に、さらに力がこもる。

 その時。

 ・・・ふわり。

 手。
 再生したばかりの輝夜の右手が、鈴仙の濡れた頬を優しく撫でた。
 「・・・・れ、い、せん・・・」
 「・・・・・・!!」
 鈴仙の右手から力が抜けた。
 微笑む輝夜の顔を見つめる。


 「・・・・好き、よ・・・・」


 ――――――ああ、
 ――――――解った。

 輝夜が逝こうと考えるに至った思いを―――――

 輝夜は、
 今自分のまわりに居る者達を、
 心から好いている。
 霊夢や魔理沙たち、妹紅・・・そして、鈴仙も。
 そんな彼女達が生きている内に逝きたい。
 孤独でない内に逝きたい。
 悲しんでほしい。
 大好きだから。全て失われ孤独になってから人知れず逝くのではなく、看取られて
逝きたいのだ。
 それは狂気の不死人、蓬莱山輝夜の思いでは決して無い。いくら狂気で誤魔化そう
とも心の奥で燻り続けていた、人として当たり前の部分。弱い弱い箇所。

 ・・・孤独に対する恐怖。

 ――――勝手ね――――
 霊夢が言った言葉。魔理沙もレミリアも幽々子も、そして妹紅も、みんな、みんな、
みんなが言った言葉。
 そう、勝手だ。勝手過ぎる。残された者の事など考えてもいない。だけど・・・

 「そうよ鈴仙・・・私を誰だと思っているの・・・?」

 「・・・蓬莱山、輝夜様・・・この世で、最も、わがままな、私の主です・・・!」

 生きるも死ぬも、それすら我が道を行く。
 それが、蓬莱山、輝夜。なよ竹の輝夜姫。

 「・・・・ウドンゲ」
 後ろから永琳が呼びかけた。
 振り向く鈴仙。その顔は涙でぐしゃぐしゃになっている。
 「・・・これから一ヶ月の間で、あなたには私の持つ知識と技術の全てを受け継いで
もらうわ。・・・拒否なんてさせないから覚悟なさい?」
 強い口調で、しかし優しく微笑んで、永琳はそう言った。
 「・・・はい・・・!」
 鈴仙は小さく、しかし確実に頷いて見せた。

























 明けない夜は無い。

 覚めない狂気は無い。


 千年以上続いた狂気の夜は、

 今宵この時をもって、終わりを告げた。


 永遠をも受け入れる幻想郷。
 狂気をも優しく包む愛しき世界。
 そして残された人々は歌を歌う。
 永遠の夜に囚われた少女の、狂気と孤独と、愛の歌。

 ――――永夜の月光歌を。





 


















 夏は過ぎても、未だ暑さは居残り続け。
 人はそれを『残暑』と言った。なるほど、夏が忘れていった熱気とはよほど
風流を理解する者が名付けたのだろうなぁ。
 ぼんやりと霊夢はそう思った。昼間は暑かったのだ。だが日が落ちてくると
途端に涼しくなるのが、夏自体はもう過ぎていったのだろうと思わせる。
 話によると今夜らしい。
 千年に一度の月、『神ノ月』が見られる夜は。
 そんな訳で霊夢は、縁側にちゃぶ台を出してお茶と団子を用意していた。

 「よっ」
 そんな霊夢の前、博麗神社の庭に降り立つ黒い影。
 「来ると思ってたわ」
 夏の日差しの中でも黒い衣装を変えなかった普通の魔法使い、霧雨魔理沙。箒を
壁に立てかけると、ちゃぶ台を挟んで霊夢の隣に腰掛けた。何の断りも無しに
団子を一つ、口に放りやる。
 「無遠慮ねぇ」
 「勝手知ったるナントヤラ、だぜ」
 「親しき仲にも礼儀あり、よ」
 そう言いながらも、霊夢は魔理沙にお茶を炒れてやる。本当に予想していたらしく
魔理沙用の湯飲みは最初から用意されていた。
 「・・・なぁ、霊夢」
 お茶を受け取りながら魔理沙が言う。
 「なに?」
 「輝夜達と初めて出会った時を覚えているか?」
 「そんなに昔の事じゃないでしょ」
 偽りの月が幻想郷を照らし、いつまでも夜が明けなかった。それを解決する為、
霊夢と魔理沙はそれぞれで行動し、二人とも永遠亭に辿り着いた。そして月の姫と
出会ったのである。敵味方に別れた、割と最悪の出会いだったが。
 「・・・あの後、輝夜に騙されて竹林の奥へ行って、妹紅に出会ったんだよな」
 「そこで初めて騙されたって解ったんだけどね」
 二人はお茶を飲む。同時に息を一つはいた。
 「―――今思えば、輝夜は私達と妹紅をただ会わせたかっただけなのかもな」
 「・・・・・・・・」
 「普通の人間じゃ輝夜達は相容れない。かと言って妖怪じゃ敵だ。・・・孤独の
辛さは二人とも良く知ってる。だから、そんなもの気にしない私達を、輝夜は
紹介したかったんじゃな・・・・・」
 「魔理沙」
 霊夢が呼ぶ。少しだけ語調が荒かった。
 「・・・・詮無い事だわ」
 たったそれだけ言って、霊夢は黙った。お茶を口に運ぶ。
 その顔をじっと魔理沙は見つめる。・・・しばらくして視線を東の空へ戻し、
 「・・・そうだな」
 ぽつりと呟いた。


 「あ」
 「あ」
 異口同音。二人は同じ空を見つめた。
 月が昇ってきたのだ。ゆっくりと山間からその顔を覗かせる。
 「・・・大きいわね」
 「それだけだぜ。何が神ノ月だ、地味過ぎるぜ」
 その月はいつもより確かに大きかった。燦々と輝き、普段以上に幻想郷の夜を
照らしてはいるが、心底驚くような代物でもなかった。
 ・・・・・・が。
 「・・・・・・・・」
 「・・・・・・・おいおい」
 しばらくして様子がおかしい事に気付く。
 月は少しずつ昇る。そして上昇する度に月は巨大になっていく。しばらくして山間
から完全に足を離すころには、普段の二倍近い大きさにまでなっていた。
 「・・・・これが神ノ月?」
 「・・・はは、こりゃ凄ぇや・・・!」
 月はまだまだ昇る。そして巨大化していく。
 「確か、正子(夜十二時)に最も輝くって言ってたわ」
 その時まで、まだ幾許か時間がある。
 魔理沙はお茶を一口。
 「・・・霊夢」
 「なに?」
 湯飲みを置いて、魔理沙は呼びかけたにも関わらず黙った。霊夢は気にする様子も無く
一口、またお茶を飲んだ。

 今夜が特別な夜だからだろうか。虫達が音一つ立てないのは。

 「何人・・・泣いてるんだろうな」
 呟くように言った。

 「悲しい?魔理沙」
 「・・・ろくでもない奴等だよ。わがままで迷惑な事しか考えてない」
 「あんたに言われちゃ光栄ってものだわ」
 「・・・あはは、そうか。・・・そうだな」
 魔理沙は視線を月から離した。俯く。
 「・・・・でも」
 ほんの少し、その声は震えていた。
 「・・・・でも、友達だった」


 ポワッ・・・・
 小さな光の粒が一つ。魔理沙のスカートの上に落ちた。
 「・・・・・あ?」
 「こ・・・これ・・・・」

 神ノ月が最も輝く。

 まるで夜空を支配する神。巨大な月。丸い丸い光源。
 そこから生まれる光の粒。月の屑。雨のように降り注ぐ。無数に限りなく。

 光の粒を一つ、魔理沙は手に取ってみる。それは触れた瞬間消えて無くなった。
 「・・・こりゃ魔力だ。月の魔力。あまりに幻想郷へ近付きすぎた月の魔力が結晶化
して落ちてる。結晶化してるから人間にも無害だぜ、飲み込んだりしなきゃ。
・・・レミリアとフランドールは今夜、興奮して収まらないだろうなぁ」
 魔理沙が説明した。流れる涙の事など忘れて。
 「・・・魔理沙」
 「悲しいな・・・・ああ、悲しいぜ。一緒に宴会やって一緒に笑ったんだ。私は、誰か
一人だって居なくなったら悲しいぜ」

 月を見上げる。
 流れ落ちた涙は光の粒と共に大地に消えた。





 その夜。
 あらゆる命がそれを見上げた。
 儚い命も長き命も。季節を一つも越せない命も、五百を数えまたこの先も数える命も、
そして既に命を失った者も。
 この時、永遠の命が消滅した事を知る命達は、涙を流し、あるいは流さず、泣いた。
 ―――その命達は永遠と友達だったから。





 光はやがて消えて。
 神ノ月は沈む時、逆に小さくなっていった。
 次の夜からはまた、いつもの月が昇って沈む。
 月が沈めば太陽が昇る。明けない夜は無い。

 幻想郷はいつもと、何ら変わる事は無かった。



















 風が冷たくなる頃。
 山々は一番着飾る時期を過ぎて、その反動か寂しくも見える。また来年は
赤も黄色も映えるのだから、この寂しさは一時の事。
 ・・・それよりも庭に積もる落ち葉の山、これこそが霊夢の一番悩みどころ
であった。掃いても掃いてもまた積もる。
 風情だと言う。風情とは心の余裕の事だ。何でもないモノに何かしらの
意味を見出し、味わう。究極の暇つぶし。故に毎日掃除で大変な思いをしている
霊夢は、この庭を見て「風情だ」などと言う相手を殴れる権利がある、と確信
している。それが昨日に魔理沙を殴った理由である。

 「大変そうね」
 後ろから声をかけられた。不意ではあったが霊夢は驚かない。声に聞き覚えが
あったからである。
 「久しぶりね。夏以来かしら?参拝ならそこに素敵な賽銭箱があるわよ」
 クスクス、背中越しの相手は笑った。
 「相変わらずね、霊夢」
 「元気そうね、鈴仙」
 やっと霊夢は相手の顔を見た。
 そこに居た鈴仙は、少しだけ印象を変えていた。
 「その髪型・・・」
 「あは、やっぱり変かな?・・・師匠の真似がしたかったんだけど」
 長い髪を大きな三つ編みで纏めている。
 「・・・別に、似合うんじゃない?長さが足りない気もするけど」
 「んー、それは我慢。もう少し経てば伸びるから」
 「・・・鈴仙」
 「霊夢、別にまだ落ち込んでる訳じゃないの。私ね、今は永遠亭を出て、
慧音さんの里で薬剤師をしてるのよ」
 鈴仙が微笑む。
 「まだまだ師匠の足元にも及ばないけど・・・、少しでもその力にあやかりたくて
ね。・・・・一人でも多く助けられたらって」
 「・・・それで永琳の真似をするのは間違いじゃない?」
 「え?」
 霊夢は肩を竦めて言った。
 「だってアイツ、輝夜と自分の為以外に尽力なんてしないでしょ?」
 「あ・・・・・・はは、あははは!そうね!師匠は世の為人の為なんてお人じゃなかったわ」
 鈴仙は笑った。本当に楽しそうに。
 「その様子じゃ、大丈夫みたいね」
 「うん。・・・御本人達が此れで良しと逝ったのだから、残った者がいつまでも悲しむ
事はないわ。それに・・・・」
 「ん?」
 「いつまでも姫様の策略に嵌りっぱなし、ていうのも、面白くない」
 「あはは、アイツも良い性格の従者を持ったもんだわ!」
 二人で笑った。本当に楽しそうに。

 「そうだ霊夢。今日は妹紅さんから頼み事を預かって来たの」
 「妹紅から?・・・面倒なのはパス」
 笑って、鈴仙は懐から小さな水晶玉を取り出した。
 狂気を操る目に、勝るとも劣らぬ真紅の水晶。鈴仙から受け取る霊夢。
 「これ・・・・妹紅の」
 「宿していた不死鳥。妹紅さんから切り離して封印してあるわ」
 「あいつが望んで?」
 「不死身じゃなくなったから、もう使えないでしょ?自分の体も焼く炎なんて」
 「何で私に?」
 「一応、危険なものだからね。それに心無い者の手に渡る心配もあるし」
 「随分評価してくれてるわね」
 「霊夢なら大丈夫」
 「解ったわ鈴仙。妹紅に伝えて。魔理沙なんかに渡さないって」

 晴れ渡った青空に、少女の無邪気な笑い声が響いた。

 縁側に座って、二人はお茶を飲んだ。
 鈴仙から話を聞く。永遠亭は今はてゐを中心として、地上の兎達の家になっている
事。妹紅は毎日ブラブラしていて、その度に慧音に咎められている事。

 途中で魔理沙がやって来た。彼女もお茶を飲んだ。
 不死鳥を封じた水晶を知ると、目を輝かせて見せろ触らせろつーかクレと騒ぐ。
 お払い棒で黙らせる霊夢。叩いたのではなく突いたあたり容赦無い。魔理沙の額に
アザが出来た。


 「・・・じゃあ、私はそろそろお邪魔するわ」
 そう言って鈴仙は立ち上がった。
 「そう?ゆっくりしていけばいいのに」
 「こう見えて、実は人気者なのよ」
 「良い座薬作りとしてか」
 「座薬って言うな」
 鈴仙は魔理沙のアザをぎゅうぎゅうと押した。
 「あだだだだだッ!?まて鈴仙本気で痛いぞッ!?」
 「一応女の子の顔だもの、大事にしなきゃ駄目よ?薬塗ってあげてるんだから大人しく
しなさい」
 「一応って何だよあだだだだッ!!鈴仙もうちょっと優しくしてくれよぉ」
 大事にって件は霊夢に言ってくれ、という台詞は痛みに悶えながらも飲み込んだ。もう
一つもアザなんぞ作られたくなかったからである。
 その当事者は知らん顔でお茶を飲んでいた。

 「それじゃ。霊夢、魔理沙、何かあったら遠慮なく来て?師匠直伝の薬で治してあげるわ」
 「信用できないわね」
 「永琳だからな」
 別れ際にまた笑い。笑顔で鈴仙は去っていった。
 その背中が見えなくなるまで、二人は見送り続けた。

 「・・・その立ち直りの早さも師匠譲り、か」
 「それはどっちかって言うと、主人の方じゃない?」
 「立ち直ると言わないぜそれは。気にもしないって言うんだ」

 太陽は静かに沈んでいく。今日もまた平和な一日が終わろうとしていた。






 ―――ねぇ、永琳。

 ―――何です?姫。

 ―――千年以上前から私のわがままにずっと付き合ってくれて、ありがとう。

 ―――今更何を仰いますか。

 ―――後悔していないかなぁ、て思って。

 ―――していませんよ。お陰であの子達にも出会えたのですから。

 ―――そうね。私も幸せだったわ。特にこの数年間は。

 ―――逝きましょうか、輝夜姫。

 ―――逝きましょう、永琳。







 残された人々は歌を歌う。
 永遠の夜に囚われた少女の、狂気と孤独と、愛の歌。

 ――――永夜の月光歌を。
 その最後に記される言葉はただ一つ。

 Happy-End
 ・・・と、いうわけで。長々続いた駄文、失礼致しました。
 東方において禁句に近いモノをたらふく詰め込んだ作品です(泣)

 不死身、と聞いた瞬間にむくむくと湧いた話です。
 これでもうちょっと文章構成力が高ければなぁ、と思うばかり。
 でも、気持ちよく書けた作品ではありましたw

 ここまで勝手すれば、そろそろお叱りもあるだろうと、
部屋の隅でガタガタ震えて命乞いをする準備はOKです。少佐。

 もう本当に、本当に・・・・・
 お目汚し失礼致しましたぁぁぁ・・・・
豆蔵
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コメント



0.3070簡易評価
7.60名前が無い程度の能力削除
非常に美味しいが、その分惜しい。
それはこの作品が起承転結の起と結のみで構成されている事。(それも同化してるかも、故意?)
東方の世界では必ずしも転が必要な訳では無いが、結果として少々インパクトが足りない感アリ。
もう少しレイセンとか永琳とかでタメを作ると物凄い作品になったかも…とちょっと残念。
しかしポテンシャルは凄まじい、次回作にも期待しております。
12.無評価七死削除
本当に不老不死になったら、こういう考えに至るのだろうか?
死んだ事ないから、不老不死の事は解らない。
でもこの話のこの輝夜は凄い凄い好きだった。 だから・・・。

私は人が死ぬ話が嫌いだ。 なにより、人の死が、嫌いだ。
18.80春雨削除
輝夜がちゃんと鈴仙と呼ぶシーンがもう、ああ。
幸せな内に死ねたのだから悲しむべきではないんでしょうが、
胸を打たれ、撃たれた気分です。読めて良かった、感謝です。
30.80床間たろひ削除
もし自分が永遠の命を持ったなら、千年の時を生きたなら……
多分『飽きる』だろうと思った。思ってしまった。
恋愛も友愛も惰性に変わる。意味も意義も無為へと変わる。
そんな自分が嫌だった。
きっと輝夜も永琳も同じだと思っていた。
でもこの作品の二人は千年以上の人生に意義を見出し、そして
それを守るために逝ったのだと思う。鈴仙に託して……
心に響く良い作品です。ありがとうございました。
36.90てーる削除
人は物事には過程より結果を求めるが、死という結果だけは否定して生という過程を望む。

輝夜や永琳は不死ってことで過程とおもわれがちだが、私は結果そのものだと思う。
永遠の過程は停滞だが結果の停滞とは違うのだろう。
46.無評価豆蔵削除
ご意見、ご感想、本当にありがとうございます!
皆様のレス内容のおかげで、自分で書いた話で自分が感動出来ました。

今読み返すと、ああ、確かに一気に本筋だけをストンと
書いてしまったなぁと、自分の下手加減にちょっと凹んだり。
うーん、やっぱり要精進。これも肥やしにして頑張ります。
って、貴様、人様に肥やしなんぞ読ませたのか!?
いやいやこの時点では僕の限界を込めたつもりです。

>七死さん
お嫌いなジャンルながら読んでいただいて、ありがとうございます。
拒絶しないで評価していただいた事も、感謝です。
63.100名前が無い程度の能力削除
人が死ぬ話というのは涙なしには読めないですね。
そこに至るまでの経緯に感服。