(ご注意のお願い)
今まで私が投稿したどの作品よりも、勝手な設定が入っています。
さらに、『死』という概念も入っています。
加えて後編にはグロ描写もあります。
以上の点で一つでも嫌悪なさる方は、申し訳ないのですがご遠慮して下さい。
『東方月光歌~No sorrow lasts forever~』
『前編』
今日もいつもと変わらぬ朝・・・・・
障子から差し込む淡い光で、鈴仙・優曇華院・イナバは心地よく目覚める
事が出来た。一つあくびをした後、ン、と背を伸ばす。
快眠、快食、これ健康の秘訣なり。健康の申し子てゐが言っていた・・・けど
彼女のラストワードは『エンシェントデューパー』古の詐欺師。どこまで信用
できるのやら。
人が入れば必ず迷う程奥深い竹林。そこにひっそりと佇む屋敷、永遠亭。
そこには妖怪化した兎が多数、月からやってきた兎が一人、そして同じく
月からやってきた不死人が二人、毎日を勝手気ままに生きていた。
そんな訳で、特に早寝早起きする理由など無いのだが、自然にそうしてしまう
あたりが鈴仙の真面目さを良く物語っている。布団から起き上がると、寝巻きを
脱いでお気に入りのブレザーとスカートを身に付ける。そして布団をたたむと、
優しく光を調節してくれていた障子をガラリと開いた。
ちゅん、ちゅん、ちちちちち・・・・・・
―――ん、今日も静かで良い朝だ。
静かで良い朝・・・ん?
鈴仙は少しだけ引っかかった。夕べ彼女は何かを危惧していたはず。何だったか
・・・・その場で腕を組み、思い出す。
そんな時であった。
「・・・ふざけるなっ!!勝手も程があるっ!!」
離れた座敷から大声が聞こえた。
・・・この声は。
ああそうだ、と思い出した。夕べ輝夜が客を招いていたのだった。それも、普段
なら憎みあい、殺しあう仲だったはずの藤原妹紅と、その友人上白沢慧音を。
ここに入った妹紅の顔は、まさに一触即発のそれだった。輝夜の顔を見ただけで
襲い掛かりそうなほど怒気に満ちていた。・・・そして実際にそうなった。
しかし輝夜はまったく応戦しなかったのである。妹紅が放った業火に身を甘んじ、
体の半分以上が炭化しても動かなかった。そして横に居た鈴仙の師、八意永琳も、
普段ならその身を挺しても主を守る彼女も、まったく動かなかった。
そんな異常な事態に、妹紅も慌てて放った炎を消した。
辛うじて無事な上半身。輝夜が微笑む。
「お二人、今日は茶席を設けたのよ」
「茶席?この後に及んで私に毒でも盛るつもりか?」
「だったら茶を前にするだけでも良いわ。どうかご一緒して下さらないかしら」
妹紅は隣に居た慧音と顔を見合わせた。慧音が頷くと、妹紅は渋々承諾した。
永琳が、動けない輝夜を抱いて奥の間に向かう。その後ろを付いていく客人二人。
そして鈴仙がその後ろに付いて行こうとすると、
「ウドンゲ、あなたは席を外して頂戴」
永琳が振り返りもせずに言った。
「え・・・・?」
そこで鈴仙の足が止まる。永琳は構わず進み続け、妹紅と慧音はそんな鈴仙に目を
やりながらも、遅れないように前へ進んでいった。
しばらくその場で呆然と立ち尽くして。通りかかったてゐに心配された。
それから鈴仙が自室に戻り、あれやこれや考えを廻らせて、やがて眠りに落ちるまで
妹紅たちは帰る素振りを見せなかった。
朝まで茶会を開いていたなんて、本当は酒でも飲んでいたんじゃないだろうか。などと
勘繰ってみるが、夕べの意味深な永琳の背中が、何故か鈴仙に言い知れぬ不安を覚え
させていた。
声が聞こえた部屋に近付く。席を外せと言われた手前、こうして声が聞こえるまで
近付くのは無礼であろうかとも思ったが。先程の怒声が気になってしかたない。
そして鈴仙が部屋のある廊下に差し掛かった時、
ガララッ!
勢い良く障子を開けて妹紅が出てきた。やはり怒っている。怒気に満ちた目が廊下を
挟んで対峙する鈴仙を捉えた。
「お、おはようございます」
輝夜以外とはそれほど確執めいたものなど無いのだが、やはり怒気に気圧されて、
鈴仙は少しだけ身を引いた。
しかし。そんな鈴仙を見た妹紅は、
「・・・・・・・」
「・・・・・え・・・?」
何故か酷く悲しい顔をしていた。
「あ、あの・・・・?」
「・・・・・・!」
何も言わず。妹紅は顔を下に向けたまま、鈴仙の横を走り抜けて玄関へと向かった。
見間違いか、鈴仙は一瞬そう思った。妹紅が、泣いていたような気がしたのである。
「・・・ああ、鈴仙」
後ろから慧音が出てきた。彼女の顔色もあまり良いとは言えない。だが妹紅よりは
落ち着いている。
「朝から騒がしくして済まないな」
まさしく苦笑い。そんな笑顔で慧音が言った。
「いえ・・・、それより、何かあったんですか?」
というより、鈴仙としては昨夜から続いているこの変事の詳細を説明して欲しかった。
慧音は一度後ろ、自分が出てきた部屋の中に目をやった。おそらくそこには輝夜と
永琳が居るはずである。
ややあって再び視線を鈴仙に戻す。
「私は殆ど部外者だからね、何も言えない。聞きたければ本人達に尋ねてくれ」
そう言うと慧音もまた玄関を目指し、鈴仙の横を通り過ぎていく。
「鈴仙」
慧音が立ち止まり、その名を呼んだ。
「はい?」
「・・・・何かあったら、私の所に遠慮なく来てくれ。出来る限り力になる」
「え・・・・?そ、それってどういう・・・・・」
「覚えておいてくれ」
それだけ言って、今度こそ慧音は姿を消した。
・・・どういう意味だろうか。妹紅と違い慧音は永遠亭に執念など持っていない。鈴仙が
たまに人里に下りると、そこを守る慧音と出会う事もあった。そんな時は軽く挨拶し
少なくも会話したり、たまにお呼ばれして茶などをご馳走になる事もあった。言ってみれ
ば、鈴仙と慧音は仲が良い。いやそこまで言わなくとも、ただの知り合い以上は付き合っ
ている。・・・だとしてもさっきの言葉は異常だ。まるで鈴仙を気遣っている口調だった。
「・・・・ウドンゲ、居るのね?」
堂々考えを廻らせていた鈴仙を、部屋の中から永琳が呼ぶ。
「は、はい」
「丁度良かったわ、入って」
昨夜と違い、今度は鈴仙を受け入れる。
「・・・・・はい」
不安が消えなかった。聞きなれた永琳の声が何故か異質に感じられた。しかし進まねば
ならず確かめねばならず。鈴仙は重い足取りで部屋へと入っていった。
畳張りの座敷、一段上がった主の席。そこに昨夜の怪我など見事に消えた輝夜が座って
いる。隣には永琳が控えている。いつもの光景。しかし・・・・・
「なんで・・・・・・!?」
鈴仙が聞かされた話は、そんな「いつも」を打ち破った。幻想郷の『日常』という
幻想を粉々に砕いた。
「どうして・・・・、どうして、その様な事を・・・?」
「どうして?さっき説明したじゃない、駄目よイナバ主の話はちゃんと聞かなきゃ」
クスクス笑う輝夜。背が小さく童顔で、本当に童のような笑顔。
「もー、今度はちゃんと聞いておきなさいよ?いい?まず幻想郷の満月がね・・・」
「そういう事を聞いているんじゃありません!!」
堪らず、鈴仙は大声を出した。初めてである。彼女が主と師に向かって怒声を放ったのは。
「ウドンゲ、控えなさい。姫に対し無礼ですよ」
冷たく言い放つ永琳。普段は微笑みを絶やさない師、姉のような存在、母のような存在。
しかし必要とあらばその弓は鈴仙の心臓を平気で撃ち抜く。
「・・・師匠・・・!」
無表情の師を鈴仙は見つめた。
「師匠!これは冗談ですよね!?また私をからかってるんですよね!?」
笑えませんよ・・・!鈴仙の目からぽろぽろと大粒の涙がこぼれた。
「・・・永琳、許すわ」
「・・・ありがとうございます」
永琳が輝夜に一礼。立ち上がると、鈴仙の近くまで歩み寄った。そして・・・
ぎゅっ・・・
「あっ・・・!」
下を向いて泣く鈴仙の頭を、優しく胸に抱いた。・・・温かかった。
「ごめんなさい、ウドンゲ。・・・私達の為に泣いてくれてありがとう」
「師匠・・・・・・、ぅ・・やだ・・・やですよ師匠ぉ・・・・う、うぐ、ううぅぅぅぅ・・・!」
永琳の胸で、ひたすら拒否を繰り返す。・・・だが永琳は何も言わない。優しく鈴仙の
頭を撫でるだけ。・・・それは、鈴仙の願いを聞き届けないという意思表示。
しばらくして。
どうしようもないと悟ったか、ただ疲れたか。鈴仙は永琳の胸から顔を離した。そして
自分の師を見上げる。母親が子を慈しむような、慈愛に満ちた笑顔。また涙が流れてくる。
「イナバ」
輝夜が呼ぶ。
「・・・そういうわけで、これからあちこち挨拶でもしに行こうと思うの」
永琳と一緒に供をなさい、そう言った。
鈴仙はしばらくしてから、小さく、はい、と答えた。
「まずはここから」
輝夜達が向かったのは、宴会で幾度か訪れた事がある博麗神社。ここは来客が多く、
見知った顔が良く居るので、あわよくば寄る箇所が減るかもしれないとの考えだった。
しかし偶然、今日に限っては神社を預かる巫女一人。輝夜はやれやれとため息を一つ。
「なに?唯でさえ寂れた場所なのに、この静けさったらもう」
「いきなり来て言う事はそれ?用はひやかしな訳?」
庭先を掃除する紅白の巫女、霊夢。輝夜の顔を見た瞬間「またやっかいなのが来たなぁ」
という考えがバレバレな表情になった。
「宴会話なら、会場はアンタん家にしてよ。お邪魔はするから」
相変わらずの愛想の無さ。霊夢は箒を動かす手も止めず。
「んーそうね、近々考えない事もないわ。・・・でも今日は別の用事」
「何よ。厄介事でしょまた」
「ちょっと長い話になるの。時間が無いならまた後ほど寄らせてもらうわ」
輝夜らしくない物言いだった。自分の我を押し通すのが彼女のスタイルだ。それが時間を
配慮し相手の都合まで考える。・・・・・霊夢の勘は事の重大さを察知した。
「・・・・仕方ないわね。上がりなさいよ、お茶でも炒れるから」
「あらお構いなく。ふふ、でも霊夢、あなたのそんな所、嫌いじゃないわ」
「こりゃ光栄ですこと」
まるで感慨無く。霊夢は箒を手頃な壁に立てかけて、輝夜達を神社の中へ招き入れた。
縁側に卓を出し、そこに湯飲みを四つ。お茶請けは無し。
一言も無く、鈴仙を除く三人は一口ずつお茶を飲んだ。
「・・・・・で、話って何よ」
霊夢がぶっきらぼうに訊ねた。
「私が話すわ、霊夢」
永琳が申し出る。
「蓬莱の薬・・・は、もう知ってるわよね」
輝夜の力を用いて、永琳が作り上げた秘薬。服用者を不死人にする。例え肉体を滅ぼされても
魂のある場所へ復元する。歳を経ても老化せず。輝夜と永琳はこの薬をもって不死人となり、
長い時間を生きていた。そして薬を奪い服用した藤原妹紅も。
「そう、それによって私達は死なない体を得た。・・・死ねなくなったとも言うわね」
フフッと、月の天才薬師は笑った。
「蓬莱の薬は、月の魔力を用いて作るの。月が在る限りは作れるのよ」
「それが何なのよ。月、毎夜に空で燦々と輝いてるじゃない」
「輝いてるわね。でもあれは私達の月じゃないわ」
永琳も、長い言葉の喉休め。お茶を一口飲んだ。
「でも月なのよ。別物だけど月。・・・どういう事か解るかしら?」
「さっぱりだわ」
「月と言う事は、魔力を放っている。・・・紅魔のお嬢さんが満月の夜に無敵になる理屈ね」
「ワーハクタクの頭に角が生える理屈ね」
そうそう、言って永琳は笑う。その笑顔を見るたび鈴仙の表情が曇るのを、霊夢は見逃さな
かった。
「・・・・別の魔力を放つ月。しかし月の魔力である以上、姫の力を持って操る事が出来るわ」
「そして永琳がこの月の魔力で、別の性質を持つ蓬莱の薬を作れるの」
輝夜が言った。
「『蓬莱の薬を無効化』する蓬莱の薬をね」
「・・・・・・えっ?」
流石の霊夢も驚きを隠せない。
「魂をも保護する蓬莱の薬の力そのものを、消滅させる事が出来るの。凄いでしょ?」
「・・・その代わり、薬が守っていた魂そのものも消滅させてしまいますがね」
二人は自然として会話を続ける。驚く霊夢と下を向いたままの鈴仙だけが、話の内容の
重さに固まっていた。
「・・・でもね霊夢。それを作れる夜は一時だけ。千年に一度訪れるかという月齢・・・・・・
『神ノ月(かみのつき)』の夜、しかもそれがもっとも輝く正子(夜の12時)だけなのよ」
何を言いたいのか。霊夢の勘は少しずつ、話の確信を掴み始めていた。
「・・・へぇ、それは凄いわねぇ。少なくともアンタ等三人には凄い話だわ」
「・・・・フフ、霊夢はイナバと違って、話の飲み込みが早いわねぇ」
チラリ、輝夜は一度だけ鈴仙に視線を向けた。相変わらず俯いたまま、出されたお茶を
飲む事もしない。そんな様子にやれやれとため息を一つ。
「千年に一度の『神ノ月』の夜だっけ?そんな月があったなんて知らなかったわ」
その視線に促されて、霊夢も鈴仙を見る。・・・辛そうだった。
「それは当然。永琳が計算して判明した月齢に、勝手に名前を付けただけですもの」
「あっそう。それで、その月ってのは私が生きてる間に見れるのかしら」
「見れるわよ。だってその月齢の夜は・・・・・・」
輝夜が右手の人差し指を立てる。
「一ヵ月後なんだから」
微笑みながらそう告げた。
「・・・・・!」
「きっと今まで見上げたどの月よりも美しいんでしょうねぇ」
霊夢の表情が険しくなる。しかし輝夜は表情を変えない。
「・・・じゃあ、その『神ノ月』ってのを肴に、月見酒で宴会ってのも良いわね」
「フフフ、霊夢は意地悪ねぇ。・・・それじゃ私も永琳も参加できないわ。ねぇ永琳?」
言われて、永琳がそうですねと答えた。
・・・・輝夜が何用で博麗神社を訪れたのか、それを霊夢は理解した。同時に鈴仙が
必死に堪えている苦しみの正体も。
湯飲みを置いて、霊夢はまっすぐ輝夜の目を見つめた。
「・・・・何で今、なの?」
「ん?だって千年に一度の夜よ?逃したら次が何時になる事やら」
「関係無いじゃない、アンタ等は千年でも二千年でも生きられるんだから」
「まぁそうね。私達には問題じゃないわ・・・・でも」
「・・・・でも?」
「・・・あなた達が居る間は、今回限りでしょ?」
それが、全ての答えだった。
沈黙。誰も動かない。
しばらくして、ため息。霊夢は再び湯飲みを手に取った。
「・・・・勝手ね。今までアンタの事わがまま姫だとは思っていたけど、ここまで自分勝手
だとは思わなかったわ」
残りのお茶を飲み干す。霊夢は未だかつて無い後味の悪さを覚えた。今までは普通に
毎日飲んでいたお茶の筈なのに。
「ウフフ、褒め言葉と取っておくわ」
「絶対褒めてなんかいないわよ」
輝夜も、残り少なかったお茶を飲み干す。主のそれを見て永琳も合わせた。・・・鈴仙
だけは一口も飲まなかった。
「ご馳走様でした」
そう言って、輝夜達は表に出た。夏の日差しは丁度真上、眩しさに霊夢は右手で
額の上に傘を作った。そして出来た影の向こう、輝夜と永琳が歩いていく。
「さて、じゃ次は紅魔館かしら。あそこも黒いのとか人形師だとかが良く出入りして
いるって聞いたしね」
「しかし姫、あそこの主はこの時間ですと眠っているんじゃないでしょうか」
「あー、あ、そういえばそうねぇ。じゃ先に白玉楼かしら」
「そうですね」
「じゃ、行くわね霊夢・・・って、ほらイナバ置いて行っちゃうわよ~?」
鳥居の前まで歩いて、ようやく二人は鈴仙が付いてきていない事に気が付いた。玄関先で
見送っている霊夢と対峙したまま動かない。
「・・・・・・あんたの主人が呼んでるわよ」
手傘のまま鈴仙を見る。
「・・・・・・・・・霊夢」
やっと。初めて。ここへ来て初めて鈴仙は声を出した。
「・・・知恵を貸して。・・・どうしたらお二人を思い留まらせる事が出来る?」
「・・・・知らないわよ、そんなの」
ギリッ・・・、鈴仙は歯を食いしばる。
「・・・・あんたは・・・姫や師匠より強い。ねぇ、弾幕で力ずくで説き伏せて」
「お断りよ、面倒だわ」
バンッ!バンッ!!
・・・鈴仙の右手、人差し指を銃の砲身に見立て、そこから撃ち出される彼女の弾幕。微動だに
しない霊夢の周囲の土に幾つもの穴を空けた。
「・・・私はお二人を失いたくない・・・・・!お願いよ、博麗霊夢」
その人差し指を、今度こそ霊夢の顔面に向ける。しかし霊夢は微動だにせず。ただその表情は
これ以上無いほど不機嫌に染まっていた。
「鈴仙・・・・、しつこいわよ」
バンッ!一発の弾が放たれた。それはまっすぐ霊夢の眉間に向けて飛ぶ。
パシィッ!!・・・・どこからか取り出したお払い棒。それの一閃で弾は弾かれ、霊夢の足元に
また一つ穴を空けた。
「・・・・・・!」
「・・・こんな弾幕じゃ徒労に終わる。そんなのもう知ってるでしょ」
紅魔、亡霊の姫、スキマ妖怪・・・・、幻想郷でも屈指の実力者を退けてきた博麗霊夢。人という
実力の限界なぞ感じさせない『規格外』の人間。・・・そんな彼女に、鈴仙の持つ力はあまりに
貧弱すぎた。彼女の持つ『狂気を操る程度の能力』すらも霊夢には通じない。
「・・・それでも・・・・・!」
鈴仙は手を降ろさなかった。
「これ以上弾幕るって言うなら、私も容赦しないわよ?」
霊夢がお払い棒を振る。シャンという音が鳴った。
「たとえ殺されても痛い目を見てもらう・・・!そしてお二人を止めてもらう!!」
鈴仙の狂気を生む真紅の瞳が見開かれる。ポケットからスペルカードを取り出して掲げた。
「『波符』!!赤眼催眠(マインドシェイカー)!!」
視力と平衡感覚を狂わせ、続いて撃ち出される弾幕を回避困難にする鈴仙の得意技。どれほど
弾幕慣れした歴戦の戦士も、感覚を狂わされては戦う事が出来ない。まさに必殺。
・・・しかし。以前に戦った時もそうだったように、霊夢に月の狂気は効かない。『無重力の巫女』は
狂気すら跳ね除ける。そして感覚さえ狂わなければ、鈴仙の形成する弾幕はそれほど密度の高くない、
難易度の低い攻撃。
霊夢は軽く小さく動き、迫る弾幕を苦も無く避けていった。時折後ろの玄関に直撃しそうな弾は
お払い棒で弾くまで余裕がある。霊夢の周囲に小さなクレーターが次々と出来上がった。
・・・・・茶番ね。霊夢はそう思った。
今の鈴仙は集中力を乱している。心此処に在らず。・・・やりきれない思いを霊夢に八つ当たって
いるだけ。
それにやられてやるなど―――そこまで私はお人好しじゃない。
袖から数枚の攻撃用御札を取り出し、鈴仙に向けて放った。ほんの数枚の直線的な攻撃。弾幕と
呼べる代物では無い。・・・しかし冷静さを欠いた鈴仙はこれにうまく対処する事が出来なかった。
ドンッ!!
「あうッ!!」
直撃。威力は控えているものの、御札は鈴仙の華奢な体を一瞬宙に浮かせた。
ドサッ!、という音と共に背中から地面に落ちる。
牽制、霊夢は再び袖から御札を取り出す―――
「・・・・!」
一瞬の殺気。霊夢は顔を上げた。
永琳が弓を構えている。まっすぐ霊夢を狙って。
「・・・・もう勘弁してあげてくれないかしら」
「・・・そっちにヤル気が無いなら、私もこんな面倒な事しないわ」
霊夢は持っていた御札を捨てた。永琳もにっこり笑って、弓を収めた。
「もー、何をやってるのよイナバは~」
倒れた鈴仙に近付く輝夜。やれやれと言った感じで微笑んでいる。
「ひ、姫・・・!」
鈴仙は輝夜の顔を直視出来なかった。思わず目を逸らしてしまう。
「これからあっちこっち行かなきゃいけないのに、こんなに汚しちゃって」
しかし輝夜は気にせず、「ほら」と手を引いて立ち上がらせる。あちこちに付いた土や埃を
パンパンと叩いて払ってやった。
「もー、自慢の顔も酷い有様よぉ?」
そっぽを向いた鈴仙の顔を強引に寄せる。
「あ、姫・・・お召し物が・・・」
自らの着物の袖で鈴仙の顔を拭く。鈴仙は慌てて止めようと試みるが、
「汚れた従者を従えてる方が、よっぽどみすぼらしいわ」
汚れがきちんと落ちるまで輝夜は手を止めなかった。
「・・・玄関先、汚してごめんなさい」
穴だらけの玄関を見て、永琳が謝罪した。
「弟子の無礼は師の責任だわ」
・・・じろり、そんな永琳を睨む霊夢。
「そんなに怒らないで?後ほど家の兎達に掃除させるから・・・」
「そんな事、どうでも良いわよ」
クレーターの一つを踏み潰しながら霊夢が言う。
「・・・あんな鈴仙も置いて逝っちゃう気なの?」
「・・・・・・・・・・姫はその気だわ」
「あんたはどうなのよ」
「私は姫に従うだけ」
霊夢が不機嫌そうに頭を掻いた。
「・・・・・これだから従者ってヤツは、頭でっかちばかりで困るわ」
永琳に対し背を向ける。
「・・・フフッ」
その背に向かって、永琳が微笑みかけた。
「あなたもありがとう。私達の為にそんな顔をしてくれて」
「そんな顔なんてしてないわよ」
背を向けたまま霊夢は答えた。ポンポン、お払い棒で自分の肩を軽く叩く。
「・・・じゃあ、さようなら。博麗霊夢」
「・・・・・・・・・・・さようなら」
三人が宙に浮く音が聞こえた。しかし霊夢は背を向けたままだった。
霊夢は傍観者である。
幻想郷に災厄をもたらすモノ以外には、第三者を決め込む。
自分が関わる事で誰かが不遇になる事を嫌う。その事後処理を面倒だと思う。
個人の事となれば、尚更口など出さない。
―――それでも。
二度と会えない者を思い俯く様は、例え博麗の巫女であろうとも、普通の
人の子と同じであるように見えた。
(続く)
今まで私が投稿したどの作品よりも、勝手な設定が入っています。
さらに、『死』という概念も入っています。
加えて後編にはグロ描写もあります。
以上の点で一つでも嫌悪なさる方は、申し訳ないのですがご遠慮して下さい。
『東方月光歌~No sorrow lasts forever~』
『前編』
今日もいつもと変わらぬ朝・・・・・
障子から差し込む淡い光で、鈴仙・優曇華院・イナバは心地よく目覚める
事が出来た。一つあくびをした後、ン、と背を伸ばす。
快眠、快食、これ健康の秘訣なり。健康の申し子てゐが言っていた・・・けど
彼女のラストワードは『エンシェントデューパー』古の詐欺師。どこまで信用
できるのやら。
人が入れば必ず迷う程奥深い竹林。そこにひっそりと佇む屋敷、永遠亭。
そこには妖怪化した兎が多数、月からやってきた兎が一人、そして同じく
月からやってきた不死人が二人、毎日を勝手気ままに生きていた。
そんな訳で、特に早寝早起きする理由など無いのだが、自然にそうしてしまう
あたりが鈴仙の真面目さを良く物語っている。布団から起き上がると、寝巻きを
脱いでお気に入りのブレザーとスカートを身に付ける。そして布団をたたむと、
優しく光を調節してくれていた障子をガラリと開いた。
ちゅん、ちゅん、ちちちちち・・・・・・
―――ん、今日も静かで良い朝だ。
静かで良い朝・・・ん?
鈴仙は少しだけ引っかかった。夕べ彼女は何かを危惧していたはず。何だったか
・・・・その場で腕を組み、思い出す。
そんな時であった。
「・・・ふざけるなっ!!勝手も程があるっ!!」
離れた座敷から大声が聞こえた。
・・・この声は。
ああそうだ、と思い出した。夕べ輝夜が客を招いていたのだった。それも、普段
なら憎みあい、殺しあう仲だったはずの藤原妹紅と、その友人上白沢慧音を。
ここに入った妹紅の顔は、まさに一触即発のそれだった。輝夜の顔を見ただけで
襲い掛かりそうなほど怒気に満ちていた。・・・そして実際にそうなった。
しかし輝夜はまったく応戦しなかったのである。妹紅が放った業火に身を甘んじ、
体の半分以上が炭化しても動かなかった。そして横に居た鈴仙の師、八意永琳も、
普段ならその身を挺しても主を守る彼女も、まったく動かなかった。
そんな異常な事態に、妹紅も慌てて放った炎を消した。
辛うじて無事な上半身。輝夜が微笑む。
「お二人、今日は茶席を設けたのよ」
「茶席?この後に及んで私に毒でも盛るつもりか?」
「だったら茶を前にするだけでも良いわ。どうかご一緒して下さらないかしら」
妹紅は隣に居た慧音と顔を見合わせた。慧音が頷くと、妹紅は渋々承諾した。
永琳が、動けない輝夜を抱いて奥の間に向かう。その後ろを付いていく客人二人。
そして鈴仙がその後ろに付いて行こうとすると、
「ウドンゲ、あなたは席を外して頂戴」
永琳が振り返りもせずに言った。
「え・・・・?」
そこで鈴仙の足が止まる。永琳は構わず進み続け、妹紅と慧音はそんな鈴仙に目を
やりながらも、遅れないように前へ進んでいった。
しばらくその場で呆然と立ち尽くして。通りかかったてゐに心配された。
それから鈴仙が自室に戻り、あれやこれや考えを廻らせて、やがて眠りに落ちるまで
妹紅たちは帰る素振りを見せなかった。
朝まで茶会を開いていたなんて、本当は酒でも飲んでいたんじゃないだろうか。などと
勘繰ってみるが、夕べの意味深な永琳の背中が、何故か鈴仙に言い知れぬ不安を覚え
させていた。
声が聞こえた部屋に近付く。席を外せと言われた手前、こうして声が聞こえるまで
近付くのは無礼であろうかとも思ったが。先程の怒声が気になってしかたない。
そして鈴仙が部屋のある廊下に差し掛かった時、
ガララッ!
勢い良く障子を開けて妹紅が出てきた。やはり怒っている。怒気に満ちた目が廊下を
挟んで対峙する鈴仙を捉えた。
「お、おはようございます」
輝夜以外とはそれほど確執めいたものなど無いのだが、やはり怒気に気圧されて、
鈴仙は少しだけ身を引いた。
しかし。そんな鈴仙を見た妹紅は、
「・・・・・・・」
「・・・・・え・・・?」
何故か酷く悲しい顔をしていた。
「あ、あの・・・・?」
「・・・・・・!」
何も言わず。妹紅は顔を下に向けたまま、鈴仙の横を走り抜けて玄関へと向かった。
見間違いか、鈴仙は一瞬そう思った。妹紅が、泣いていたような気がしたのである。
「・・・ああ、鈴仙」
後ろから慧音が出てきた。彼女の顔色もあまり良いとは言えない。だが妹紅よりは
落ち着いている。
「朝から騒がしくして済まないな」
まさしく苦笑い。そんな笑顔で慧音が言った。
「いえ・・・、それより、何かあったんですか?」
というより、鈴仙としては昨夜から続いているこの変事の詳細を説明して欲しかった。
慧音は一度後ろ、自分が出てきた部屋の中に目をやった。おそらくそこには輝夜と
永琳が居るはずである。
ややあって再び視線を鈴仙に戻す。
「私は殆ど部外者だからね、何も言えない。聞きたければ本人達に尋ねてくれ」
そう言うと慧音もまた玄関を目指し、鈴仙の横を通り過ぎていく。
「鈴仙」
慧音が立ち止まり、その名を呼んだ。
「はい?」
「・・・・何かあったら、私の所に遠慮なく来てくれ。出来る限り力になる」
「え・・・・?そ、それってどういう・・・・・」
「覚えておいてくれ」
それだけ言って、今度こそ慧音は姿を消した。
・・・どういう意味だろうか。妹紅と違い慧音は永遠亭に執念など持っていない。鈴仙が
たまに人里に下りると、そこを守る慧音と出会う事もあった。そんな時は軽く挨拶し
少なくも会話したり、たまにお呼ばれして茶などをご馳走になる事もあった。言ってみれ
ば、鈴仙と慧音は仲が良い。いやそこまで言わなくとも、ただの知り合い以上は付き合っ
ている。・・・だとしてもさっきの言葉は異常だ。まるで鈴仙を気遣っている口調だった。
「・・・・ウドンゲ、居るのね?」
堂々考えを廻らせていた鈴仙を、部屋の中から永琳が呼ぶ。
「は、はい」
「丁度良かったわ、入って」
昨夜と違い、今度は鈴仙を受け入れる。
「・・・・・はい」
不安が消えなかった。聞きなれた永琳の声が何故か異質に感じられた。しかし進まねば
ならず確かめねばならず。鈴仙は重い足取りで部屋へと入っていった。
畳張りの座敷、一段上がった主の席。そこに昨夜の怪我など見事に消えた輝夜が座って
いる。隣には永琳が控えている。いつもの光景。しかし・・・・・
「なんで・・・・・・!?」
鈴仙が聞かされた話は、そんな「いつも」を打ち破った。幻想郷の『日常』という
幻想を粉々に砕いた。
「どうして・・・・、どうして、その様な事を・・・?」
「どうして?さっき説明したじゃない、駄目よイナバ主の話はちゃんと聞かなきゃ」
クスクス笑う輝夜。背が小さく童顔で、本当に童のような笑顔。
「もー、今度はちゃんと聞いておきなさいよ?いい?まず幻想郷の満月がね・・・」
「そういう事を聞いているんじゃありません!!」
堪らず、鈴仙は大声を出した。初めてである。彼女が主と師に向かって怒声を放ったのは。
「ウドンゲ、控えなさい。姫に対し無礼ですよ」
冷たく言い放つ永琳。普段は微笑みを絶やさない師、姉のような存在、母のような存在。
しかし必要とあらばその弓は鈴仙の心臓を平気で撃ち抜く。
「・・・師匠・・・!」
無表情の師を鈴仙は見つめた。
「師匠!これは冗談ですよね!?また私をからかってるんですよね!?」
笑えませんよ・・・!鈴仙の目からぽろぽろと大粒の涙がこぼれた。
「・・・永琳、許すわ」
「・・・ありがとうございます」
永琳が輝夜に一礼。立ち上がると、鈴仙の近くまで歩み寄った。そして・・・
ぎゅっ・・・
「あっ・・・!」
下を向いて泣く鈴仙の頭を、優しく胸に抱いた。・・・温かかった。
「ごめんなさい、ウドンゲ。・・・私達の為に泣いてくれてありがとう」
「師匠・・・・・・、ぅ・・やだ・・・やですよ師匠ぉ・・・・う、うぐ、ううぅぅぅぅ・・・!」
永琳の胸で、ひたすら拒否を繰り返す。・・・だが永琳は何も言わない。優しく鈴仙の
頭を撫でるだけ。・・・それは、鈴仙の願いを聞き届けないという意思表示。
しばらくして。
どうしようもないと悟ったか、ただ疲れたか。鈴仙は永琳の胸から顔を離した。そして
自分の師を見上げる。母親が子を慈しむような、慈愛に満ちた笑顔。また涙が流れてくる。
「イナバ」
輝夜が呼ぶ。
「・・・そういうわけで、これからあちこち挨拶でもしに行こうと思うの」
永琳と一緒に供をなさい、そう言った。
鈴仙はしばらくしてから、小さく、はい、と答えた。
「まずはここから」
輝夜達が向かったのは、宴会で幾度か訪れた事がある博麗神社。ここは来客が多く、
見知った顔が良く居るので、あわよくば寄る箇所が減るかもしれないとの考えだった。
しかし偶然、今日に限っては神社を預かる巫女一人。輝夜はやれやれとため息を一つ。
「なに?唯でさえ寂れた場所なのに、この静けさったらもう」
「いきなり来て言う事はそれ?用はひやかしな訳?」
庭先を掃除する紅白の巫女、霊夢。輝夜の顔を見た瞬間「またやっかいなのが来たなぁ」
という考えがバレバレな表情になった。
「宴会話なら、会場はアンタん家にしてよ。お邪魔はするから」
相変わらずの愛想の無さ。霊夢は箒を動かす手も止めず。
「んーそうね、近々考えない事もないわ。・・・でも今日は別の用事」
「何よ。厄介事でしょまた」
「ちょっと長い話になるの。時間が無いならまた後ほど寄らせてもらうわ」
輝夜らしくない物言いだった。自分の我を押し通すのが彼女のスタイルだ。それが時間を
配慮し相手の都合まで考える。・・・・・霊夢の勘は事の重大さを察知した。
「・・・・仕方ないわね。上がりなさいよ、お茶でも炒れるから」
「あらお構いなく。ふふ、でも霊夢、あなたのそんな所、嫌いじゃないわ」
「こりゃ光栄ですこと」
まるで感慨無く。霊夢は箒を手頃な壁に立てかけて、輝夜達を神社の中へ招き入れた。
縁側に卓を出し、そこに湯飲みを四つ。お茶請けは無し。
一言も無く、鈴仙を除く三人は一口ずつお茶を飲んだ。
「・・・・・で、話って何よ」
霊夢がぶっきらぼうに訊ねた。
「私が話すわ、霊夢」
永琳が申し出る。
「蓬莱の薬・・・は、もう知ってるわよね」
輝夜の力を用いて、永琳が作り上げた秘薬。服用者を不死人にする。例え肉体を滅ぼされても
魂のある場所へ復元する。歳を経ても老化せず。輝夜と永琳はこの薬をもって不死人となり、
長い時間を生きていた。そして薬を奪い服用した藤原妹紅も。
「そう、それによって私達は死なない体を得た。・・・死ねなくなったとも言うわね」
フフッと、月の天才薬師は笑った。
「蓬莱の薬は、月の魔力を用いて作るの。月が在る限りは作れるのよ」
「それが何なのよ。月、毎夜に空で燦々と輝いてるじゃない」
「輝いてるわね。でもあれは私達の月じゃないわ」
永琳も、長い言葉の喉休め。お茶を一口飲んだ。
「でも月なのよ。別物だけど月。・・・どういう事か解るかしら?」
「さっぱりだわ」
「月と言う事は、魔力を放っている。・・・紅魔のお嬢さんが満月の夜に無敵になる理屈ね」
「ワーハクタクの頭に角が生える理屈ね」
そうそう、言って永琳は笑う。その笑顔を見るたび鈴仙の表情が曇るのを、霊夢は見逃さな
かった。
「・・・・別の魔力を放つ月。しかし月の魔力である以上、姫の力を持って操る事が出来るわ」
「そして永琳がこの月の魔力で、別の性質を持つ蓬莱の薬を作れるの」
輝夜が言った。
「『蓬莱の薬を無効化』する蓬莱の薬をね」
「・・・・・・えっ?」
流石の霊夢も驚きを隠せない。
「魂をも保護する蓬莱の薬の力そのものを、消滅させる事が出来るの。凄いでしょ?」
「・・・その代わり、薬が守っていた魂そのものも消滅させてしまいますがね」
二人は自然として会話を続ける。驚く霊夢と下を向いたままの鈴仙だけが、話の内容の
重さに固まっていた。
「・・・でもね霊夢。それを作れる夜は一時だけ。千年に一度訪れるかという月齢・・・・・・
『神ノ月(かみのつき)』の夜、しかもそれがもっとも輝く正子(夜の12時)だけなのよ」
何を言いたいのか。霊夢の勘は少しずつ、話の確信を掴み始めていた。
「・・・へぇ、それは凄いわねぇ。少なくともアンタ等三人には凄い話だわ」
「・・・・フフ、霊夢はイナバと違って、話の飲み込みが早いわねぇ」
チラリ、輝夜は一度だけ鈴仙に視線を向けた。相変わらず俯いたまま、出されたお茶を
飲む事もしない。そんな様子にやれやれとため息を一つ。
「千年に一度の『神ノ月』の夜だっけ?そんな月があったなんて知らなかったわ」
その視線に促されて、霊夢も鈴仙を見る。・・・辛そうだった。
「それは当然。永琳が計算して判明した月齢に、勝手に名前を付けただけですもの」
「あっそう。それで、その月ってのは私が生きてる間に見れるのかしら」
「見れるわよ。だってその月齢の夜は・・・・・・」
輝夜が右手の人差し指を立てる。
「一ヵ月後なんだから」
微笑みながらそう告げた。
「・・・・・!」
「きっと今まで見上げたどの月よりも美しいんでしょうねぇ」
霊夢の表情が険しくなる。しかし輝夜は表情を変えない。
「・・・じゃあ、その『神ノ月』ってのを肴に、月見酒で宴会ってのも良いわね」
「フフフ、霊夢は意地悪ねぇ。・・・それじゃ私も永琳も参加できないわ。ねぇ永琳?」
言われて、永琳がそうですねと答えた。
・・・・輝夜が何用で博麗神社を訪れたのか、それを霊夢は理解した。同時に鈴仙が
必死に堪えている苦しみの正体も。
湯飲みを置いて、霊夢はまっすぐ輝夜の目を見つめた。
「・・・・何で今、なの?」
「ん?だって千年に一度の夜よ?逃したら次が何時になる事やら」
「関係無いじゃない、アンタ等は千年でも二千年でも生きられるんだから」
「まぁそうね。私達には問題じゃないわ・・・・でも」
「・・・・でも?」
「・・・あなた達が居る間は、今回限りでしょ?」
それが、全ての答えだった。
沈黙。誰も動かない。
しばらくして、ため息。霊夢は再び湯飲みを手に取った。
「・・・・勝手ね。今までアンタの事わがまま姫だとは思っていたけど、ここまで自分勝手
だとは思わなかったわ」
残りのお茶を飲み干す。霊夢は未だかつて無い後味の悪さを覚えた。今までは普通に
毎日飲んでいたお茶の筈なのに。
「ウフフ、褒め言葉と取っておくわ」
「絶対褒めてなんかいないわよ」
輝夜も、残り少なかったお茶を飲み干す。主のそれを見て永琳も合わせた。・・・鈴仙
だけは一口も飲まなかった。
「ご馳走様でした」
そう言って、輝夜達は表に出た。夏の日差しは丁度真上、眩しさに霊夢は右手で
額の上に傘を作った。そして出来た影の向こう、輝夜と永琳が歩いていく。
「さて、じゃ次は紅魔館かしら。あそこも黒いのとか人形師だとかが良く出入りして
いるって聞いたしね」
「しかし姫、あそこの主はこの時間ですと眠っているんじゃないでしょうか」
「あー、あ、そういえばそうねぇ。じゃ先に白玉楼かしら」
「そうですね」
「じゃ、行くわね霊夢・・・って、ほらイナバ置いて行っちゃうわよ~?」
鳥居の前まで歩いて、ようやく二人は鈴仙が付いてきていない事に気が付いた。玄関先で
見送っている霊夢と対峙したまま動かない。
「・・・・・・あんたの主人が呼んでるわよ」
手傘のまま鈴仙を見る。
「・・・・・・・・・霊夢」
やっと。初めて。ここへ来て初めて鈴仙は声を出した。
「・・・知恵を貸して。・・・どうしたらお二人を思い留まらせる事が出来る?」
「・・・・知らないわよ、そんなの」
ギリッ・・・、鈴仙は歯を食いしばる。
「・・・・あんたは・・・姫や師匠より強い。ねぇ、弾幕で力ずくで説き伏せて」
「お断りよ、面倒だわ」
バンッ!バンッ!!
・・・鈴仙の右手、人差し指を銃の砲身に見立て、そこから撃ち出される彼女の弾幕。微動だに
しない霊夢の周囲の土に幾つもの穴を空けた。
「・・・私はお二人を失いたくない・・・・・!お願いよ、博麗霊夢」
その人差し指を、今度こそ霊夢の顔面に向ける。しかし霊夢は微動だにせず。ただその表情は
これ以上無いほど不機嫌に染まっていた。
「鈴仙・・・・、しつこいわよ」
バンッ!一発の弾が放たれた。それはまっすぐ霊夢の眉間に向けて飛ぶ。
パシィッ!!・・・・どこからか取り出したお払い棒。それの一閃で弾は弾かれ、霊夢の足元に
また一つ穴を空けた。
「・・・・・・!」
「・・・こんな弾幕じゃ徒労に終わる。そんなのもう知ってるでしょ」
紅魔、亡霊の姫、スキマ妖怪・・・・、幻想郷でも屈指の実力者を退けてきた博麗霊夢。人という
実力の限界なぞ感じさせない『規格外』の人間。・・・そんな彼女に、鈴仙の持つ力はあまりに
貧弱すぎた。彼女の持つ『狂気を操る程度の能力』すらも霊夢には通じない。
「・・・それでも・・・・・!」
鈴仙は手を降ろさなかった。
「これ以上弾幕るって言うなら、私も容赦しないわよ?」
霊夢がお払い棒を振る。シャンという音が鳴った。
「たとえ殺されても痛い目を見てもらう・・・!そしてお二人を止めてもらう!!」
鈴仙の狂気を生む真紅の瞳が見開かれる。ポケットからスペルカードを取り出して掲げた。
「『波符』!!赤眼催眠(マインドシェイカー)!!」
視力と平衡感覚を狂わせ、続いて撃ち出される弾幕を回避困難にする鈴仙の得意技。どれほど
弾幕慣れした歴戦の戦士も、感覚を狂わされては戦う事が出来ない。まさに必殺。
・・・しかし。以前に戦った時もそうだったように、霊夢に月の狂気は効かない。『無重力の巫女』は
狂気すら跳ね除ける。そして感覚さえ狂わなければ、鈴仙の形成する弾幕はそれほど密度の高くない、
難易度の低い攻撃。
霊夢は軽く小さく動き、迫る弾幕を苦も無く避けていった。時折後ろの玄関に直撃しそうな弾は
お払い棒で弾くまで余裕がある。霊夢の周囲に小さなクレーターが次々と出来上がった。
・・・・・茶番ね。霊夢はそう思った。
今の鈴仙は集中力を乱している。心此処に在らず。・・・やりきれない思いを霊夢に八つ当たって
いるだけ。
それにやられてやるなど―――そこまで私はお人好しじゃない。
袖から数枚の攻撃用御札を取り出し、鈴仙に向けて放った。ほんの数枚の直線的な攻撃。弾幕と
呼べる代物では無い。・・・しかし冷静さを欠いた鈴仙はこれにうまく対処する事が出来なかった。
ドンッ!!
「あうッ!!」
直撃。威力は控えているものの、御札は鈴仙の華奢な体を一瞬宙に浮かせた。
ドサッ!、という音と共に背中から地面に落ちる。
牽制、霊夢は再び袖から御札を取り出す―――
「・・・・!」
一瞬の殺気。霊夢は顔を上げた。
永琳が弓を構えている。まっすぐ霊夢を狙って。
「・・・・もう勘弁してあげてくれないかしら」
「・・・そっちにヤル気が無いなら、私もこんな面倒な事しないわ」
霊夢は持っていた御札を捨てた。永琳もにっこり笑って、弓を収めた。
「もー、何をやってるのよイナバは~」
倒れた鈴仙に近付く輝夜。やれやれと言った感じで微笑んでいる。
「ひ、姫・・・!」
鈴仙は輝夜の顔を直視出来なかった。思わず目を逸らしてしまう。
「これからあっちこっち行かなきゃいけないのに、こんなに汚しちゃって」
しかし輝夜は気にせず、「ほら」と手を引いて立ち上がらせる。あちこちに付いた土や埃を
パンパンと叩いて払ってやった。
「もー、自慢の顔も酷い有様よぉ?」
そっぽを向いた鈴仙の顔を強引に寄せる。
「あ、姫・・・お召し物が・・・」
自らの着物の袖で鈴仙の顔を拭く。鈴仙は慌てて止めようと試みるが、
「汚れた従者を従えてる方が、よっぽどみすぼらしいわ」
汚れがきちんと落ちるまで輝夜は手を止めなかった。
「・・・玄関先、汚してごめんなさい」
穴だらけの玄関を見て、永琳が謝罪した。
「弟子の無礼は師の責任だわ」
・・・じろり、そんな永琳を睨む霊夢。
「そんなに怒らないで?後ほど家の兎達に掃除させるから・・・」
「そんな事、どうでも良いわよ」
クレーターの一つを踏み潰しながら霊夢が言う。
「・・・あんな鈴仙も置いて逝っちゃう気なの?」
「・・・・・・・・・・姫はその気だわ」
「あんたはどうなのよ」
「私は姫に従うだけ」
霊夢が不機嫌そうに頭を掻いた。
「・・・・・これだから従者ってヤツは、頭でっかちばかりで困るわ」
永琳に対し背を向ける。
「・・・フフッ」
その背に向かって、永琳が微笑みかけた。
「あなたもありがとう。私達の為にそんな顔をしてくれて」
「そんな顔なんてしてないわよ」
背を向けたまま霊夢は答えた。ポンポン、お払い棒で自分の肩を軽く叩く。
「・・・じゃあ、さようなら。博麗霊夢」
「・・・・・・・・・・・さようなら」
三人が宙に浮く音が聞こえた。しかし霊夢は背を向けたままだった。
霊夢は傍観者である。
幻想郷に災厄をもたらすモノ以外には、第三者を決め込む。
自分が関わる事で誰かが不遇になる事を嫌う。その事後処理を面倒だと思う。
個人の事となれば、尚更口など出さない。
―――それでも。
二度と会えない者を思い俯く様は、例え博麗の巫女であろうとも、普通の
人の子と同じであるように見えた。
(続く)