※この作品は『ネロと愉快な幻想郷その壱』の続きです。前作を見ないと話が解らないと思います。
またこの作品は月姫のネロが主役です。月姫?なにそれという方には全く理解できないと思います。
ご注意ください。
【弐:混沌と歴史】
私はネロ。体内に666の因子を持つ混沌である。外の世界では10位の吸血種であった。私は1000年もの月日を生きてきた。
しかし私は青白い顔をした殺人鬼に滅ぼされてしまっている。その後のことはあまり覚えていない。気が付いたらこの幻想郷に居たのだ。
その時に八雲紫とかいう妖怪が『貴方は消してしまうには惜し過ぎる』などと言っていた。
後に知った彼女の能力なら私をここに存在させることも可能であろう。
どうやら私が外でもかなり特殊な存在、いや異端か、異端であったからこの世界に居られるようだ。
私は殆ど幻想種に成りかかっていたそうだ。
夜になった。混沌が一人空を往く。外と違ってこの世界には大きいビルも電飾も無い。あるのは闇と明るい月のみである。
姫が幻想郷に居たら無敵であろうなと思いながら人間の里へ向かって飛ぶ。
すると、前方に濃い闇が拡がっていた。私は闇でも関係なく見えるので目を凝らす。
金髪の少女が居た。
両手を十字に広げている。肩までの金髪には赤いリボンが結んである。
「貴方は食べられる人類?」
「…」
そんな挨拶を受けたのは生まれて始めてだった。
「ねえねえ。貴方は食べられるの?この前、夜に行動する人は取って食べて良いって紅白が言ってたよ」
…あの巫女め、後で叱ってやろう。しかしこの状況は如何したものか。此処に来てから驚いてばかりだが、まさかこのような挨拶を受けるとは。
どうするべきか…。
「私は取って喰らう元人類だ」
取り敢えず言ってみた。
「ふ~ん。私はルーミアっていうの!勝負よっ!」
…勝負を挑まれた。
……まて、何故?何故だ?私の返答が拙かったのか?理解できん。全く理解できん!私は解らない事があると苛々するのだ!
「まぁ良い。貴様を倒せというのであろう。いいだろう、新たな開幕に絶望は必須条件だ」
むぅ、自分でも何を言っているかさっぱり解らん。これも幻想郷の力なのか!…なのか?
などと自問自答していると宵闇はお構い無しに弾幕を張ってくる。
ふん、問答無用か、いやさっきのあれはひょっとして問答なのか?
「喰らえ」
取り敢えず弾幕をコートの下に吸収しつつ、鴉を20匹ほど放出した。
そしたら当たった。
…呆気ない。あまりに呆気なさ過ぎる。何だったのだ一体。
では往こうかと思い、進もうとすると、急に力を感じた。
「夜符:ナイトバード」
宵闇がそう宣言すると周りがいっそう暗くなり、さっきとは比べ物にならないほどの弾幕が押し寄せてくる。
そうか、これがスペルカードというものかっ!巫女や英雄から聞いてはいたが是程までとは!
詠唱も儀式も必要としない魔術など殆ど反則ではないか。数に限りがあるとはいえ、全て相手をするでは効率が悪い。
何より私は急いでいる。…如何したものか。宵闇のように自然霊が具象化したようなものには姫の空想具現化がよく効くのだが…。
ん?思いついた。試してみる価値はあるな。
「喰らえ」
まずはナイトバードとやらを破る。これは鴉をを50匹ほど出したら破れた。
いまだ!
666の因子で我が身を覆う。すると一切の無駄が無い完全な美しい一匹の獣が現れる。これぞ武装666。
「ひぃ(汗)」
もう一押しだ。口を大きく開け、咆哮する。ついでに両手を鮫に変え、同じく口を開けさせ宵闇に近づける。
「喰ぅぅぅぅぅっちぃまうぅぞぉぉぉぉぉ!!」
私のキャラではないが仕方が無い。こうした方が効果的なのだ。
「ひぃぃぃぃ!た、助けてぇー!お母さーん!」
宵闇が一目散に逃げて行く。…母がいたのか?まぁいい、狙い通りだ。私は勝った。
…ふぅ。しかしこの込上げる虚しさは一体何だ?
やっと目的地付近に到達した。付近というのは里がないからだ。
…ん?ないだと?滅ぼされてしまったのか?
などと一人で突っ込んでいても仕方が無い。辺りを散策しよう。
『混沌放出・鴉』四方に使い魔を送る。
「!」
使い魔がとんでもないモノを発見した。
それは、圧倒的な質量を誇る巨大な蛇であった。
それに立ち向かう少女が一人。上白沢慧音である。
ネロは急いで現場へ向かう。
到着すると慧音と大蛇は睨み合いをしていた。
「巫女の紹介で来た。動物博士のネロだ」
「あぁ。最近来たあの混沌か。
…見ての通りだ。私にあれは滅ぼせない。こうして歴史を喰って里を隠し、奴を追い返すだけで手一杯だ」
見れば白沢はかなり汗をかいている。傍目にも辛そうだ。
「でかいな」
「ああ、でかい」
「奴の歴史は?」
「もう読んだ。オピーオーンという名らしい」
「オピーオーン!?それは最高位の魔獣だぞ」
「そんなにすごい奴なのか?」
「ふむ、外のことはあまりよく知らないようだな。
オピーオーンとは古代ギリシャの宇宙蛇だ。ギリシャ神話によると世界は唯一つの卵だけがあり、
その卵から巨大な蛇オピーオーンが誕生したと言う。その後、オピーオーンの体から『闇』や『大地』や『愛』や
その他の神々が生まれたと言う。まあ、よくある神話の一つだ。こいつがそのものだとは思わんが、かなりの神秘レベルであろう」
「成る程。神クラスか。…勝てるか?神に」
「勝とう」
私は言う。立ち塞がるならば、それが神と呼ばれるモノであっても。
「そうか。なら私は後ろに下がらせてもらおう」
白沢が去っていった。
再び宇宙蛇を眺めてみる。
「しかしでかいな。山のようにと言うがまさに山のようだ。細かくしなければ喰らい切れん」
宇宙蛇は私を見ると口を大きく開け、頬(?)を吊り上げた。どうやら笑っているようだ。…蛇の癖に。
「ゆけ」
小手調べとして鴉を放ってみた。
尻尾の一振りで全滅してしまう。さらに宇宙蛇は口から毒液を放ってくる。
やはり奴は巨体ゆえに動きが鈍い。そこに付け入る隙がありそうだ。
毒液を避け、そのまま宇宙蛇の懐へ入る。そして混沌開放!
「ハァ!」
鮫の牙で宇宙蛇の体を喰い千切る。しかし直ぐに再生してしまう。だめだ、巨大すぎる、全然効いていない。…ならば!
「オォォォォォォ!!」
200もの因子で巨大な人狼を作り上げた。人狼はその両の手と長い爪で一気に宇宙蛇を真っ二つ!
「オォォォォォン!」
さらに咆哮しながら頭を細切れにしていく。すると、大地が揺れるような音とドッゴォォォンという音が聞こえた。
「なんと…。まさに化け物だな」
宇宙蛇の尻尾が飛び跳ねて人狼の背を強く打ったのであった。油断していたか。これ位は予測できたはずだ。蛇は三代祟るというし。
しかし、まあ良い。最後の力だったのか、尻尾はぴくりとも動かない。人狼も戦闘不能だが消滅はしていない。
…蛇、か。
蛇と呼ばれた友のことを思う。
「(友から授かった術、今こそ使おう!)喰らえぇい!」
人狼を戻し、使う。666の因子のうち、500を使うネロの反則技。
細切れになった蛇の身体を次々と取り込んでいく。
「我が『創世の土』に喰らえぬものなど無い!」
後は尻尾を残すのみ。
「な、何なィ!?」
驚くべき事になっていた。なんとさっきまで停止していた尻尾がいつの間にか形態を変え、遥か彼方へ飛んでいくではないか。
「頭を潰しても再生するとは、なんという化け物だ。しかも翼を生やし、飛行能力まで得るとは」
「おーい。まずい事になったな」
今頃になってあの白沢がやって来た。…観てただけか。
「ああ。どうも形態を変えたようだ。小回りもきくし、速度も上がっている。我々にとっては厄介なモノに成った」
「どの方角へ行った?」
私は無言で奴が飛んでいった方を指差す。すると白沢は少し考え、やがて相好を崩した。
…?心底良かったという顔をしている。訳が分からない。
「大丈夫だ。あっちには紅魔館がある。
ん?知らないのか。なら行って見れば良いだろう」
往くことにした。
【参:混沌とメイド】
広大な湖を越えると紅い館が見えてくる。
なるほど紅い。これが紅魔間という館か。なにやら複数の異能を感じるが…。
到着した。
ミニスカートのメイドがたくさん居た。
……。
見なかった事にした。
「ぐはっ!?」
踵を返し、飛び立とうとしたら、後方から何かに体当たりされる。
中国っぽい少女であった。
中国っぽい少女は体当たりをしてきたのではなく、宇宙蛇の元尻尾に吹き飛ばされたようだ。
今でも門の前で大量のメイドと宇宙蛇…いや、もうどちらかと言うと竜に近い、が戦っている。
しかしメイドか…。あんな大量のメイドは久しく見ていなかったな。メイドも幻想の産物というわけか。
中国は気絶しているようだ。よほど疲れが溜まっていたらしく、すやすやと寝息を立てている。
…少し不憫に思った。
気を取り直して門に近づく。メイド達の幾人かが私に気が付き、睨み合いに発展する。
メイドと睨み合いとは。…変な気持ちになってきた。
「どいて」
メイド達の中からナイフを持った銀髪の、これまたメイドが出てくる。周りの対応から彼女がそれなりの地位にいる事が解る。
「貴方は誰?」
射抜かれるような視線だ。精神が貧弱なものなら重圧に耐え切れないであろう。
「私はネロ。新参者の動物学者だ。巫女の紹介でその化け物を狩っている」
あからさまな敵意は消え、替わりに値踏みされるよな視線を感じる。
この娘、人を殺しているな。
私はかつて自身が人を食料にしていた経験から、この娘が発する気配を敏感に感じ取っていた。
それに、私を滅ぼしたあの殺人鬼にどこか雰囲気が似ている。
もちろん格好は言うに及ばず、顔つきも違う。
しかし、はっきりと私には、彼女が人殺鬼に、見えた。
「ここは紅魔館の敷地内。つまりここのモノは全て主人であるお嬢様のモノ。貴方のものは何一つ無いわ」
宇宙蛇改め宇宙竜がメイド達を蹴散らし、こっちに向かって来ている。
「どうやら話をしている場合では無さそうだぞ」
「ええそのようね」
宇宙蛇がすぐ其処まで迫ってきているのに人殺鬼は余裕の笑みを浮かべている。
いかん、間に合わん!
私は人殺鬼を庇おうと手を伸ばす。
しかし其処には、何者も居なかった。
「なにぃぃぐっはぁ!!」
虚しく伸ばした手を嘲笑うかのように、宇宙竜のぶちかましをもろにくらう。
うーむ、この程度どうという事も無いが、さすがに足元が多少ふらつく。
人殺鬼は宇宙竜の背後に浮かんでいる。絶好の位置だ。
「ふふふ。私の手品のお味はいかがでした?」
「土の味がした」
「…。幻符『殺人ドール』!!」
冗談を無視された。
人殺鬼の周りから大量のナイフが出現、宇宙竜を切り刻む。しかしすぐに再生してしまう。再生能力は変わらずか、厄介なものだ。
「私の秘技が効かない!?」
「無駄だ。あやつの再生能力は尋常ではない。そんな小さいナイフではいくらやっても無意味だ」
「うるさい!くらえ、幻葬『夜霧の幻影殺人鬼』!!」
さっきよりも大量のナイフが出現、宇宙竜に向かっていく。しかしなんて数だ。一体あれだけのナイフをどこにしまっているのであろうか?
「シギャァァァァァァ!!」
宇宙竜が爬虫類っぽい悲鳴をあげる。なんと驚くべき事に次々に刺さるナイフに再生能力が追いつかず、寸断されてしまったようだ。
まあいい。好都合だ。
「喰らえ」
小さい方を鮫で丸呑みにする。うん、美味だ。
「ちょっと貴方!何お嬢様のものを食べてるの!」
人殺鬼が言う。しかし彼女はさっきの符で体力をかなり消耗しているようだ。瀟洒な態度は崩さないが隠し切れない疲労の色が見える。
「まあ、待て。お前の主人には後で私が詫びよう」
人殺鬼は納得はしていないようだが、それで渋々引き下がった。後は私の独壇場だ。
残りは我が愛犬の餌となった。では、紅魔の主に謁見と参ろうか。
【肆:混沌と紅魔】
咲夜と名乗ったメイド長に連れられ、紅魔館のロビーへ。聞けば客人がいきなり主の部屋へ呼ばれることはまず無いそうだ。
主人を呼んでくると言ったメイド長を見送り、辺りを観察する。
紅色が多いのを除けばまるで中世ヨーロッパ貴族の館だ。調度品も高そうな物ばかりである。
先ほどメイド長が言っていたが、ここの主は例によって少女なのであろう。
私は特に少女が苦手という訳ではないが、ここまで多いと些か居心地が悪い。
と、いうよりさっきからメイド達がじろじろとこちらを観ている。
…早く来てくれ。
「待たせたわね」
奥の間からメイド長がやって来た。
「我らが主、紅魔の主、永遠に幼い紅い月、レミリア・スカーレット様がお会いになると」
そう言って奥へ戻って行く。私はその後について行った。
主の間へ案内される。メイド長はただ一言、失礼の無いようにとだけ言った。
部屋に入る。
紅い悪魔がそこに居た。
第一印象は『幼い』であった。予想よりも更に幼く、まるでどこぞのお嬢様のようだ。
表情からは我侭そうな性格を読み取れる。メイド達を苦労させていそうだ。
そして明らかに吸血種であった。この世界に来て吸血種と出会ったの始めてだ。しかし人殺鬼に吸血鬼、皮肉だ。
少女は遠慮無く私を観察している。自己紹介を済ませた後。まず侘びから入ることにした。
「私が取り逃がしてしまった獲物がここに迷惑を掛けてしまった。謝罪しよう」
「あぁ、そんなことは如何でもいいわ。それより、私は貴方に興味があるの。
ねぇ、貴方は誰?」
紅い眼が更に赤い朱に。魅了の魔眼か?
「私は運命を操る程度の能力を持っている。でも貴方の運命は見えないわ」
繰り返し少女は聞いた。
―――ねぇ、貴方は誰?
「…」
目の前の少女は既に我侭なお嬢様ではなくなった。
それは女王。夜の王にて、不死の王。
吸血鬼幻想と呼ぶべき存在がそこにあった。
だが、だがしかし私は臆さない。
私は臆さず、恐れず、怯えず、逃げず、慄かない。
私はネロ・カオス。千年の時を生きた混沌。目の前のソレは500年しか生きていない。
「私は外では吸血鬼と呼ばれる存在であった」
「ふぅん。私と同じ?」
私は高らかに宣言した。
「同じだと?いっしょにするな、小娘。成って500年しか経っていない若造が偉そうな口をきくな」
悪魔は心底嬉しそうであった。
「へぇ、私に喧嘩を売るなんて、いいわ、貴方。私の物になりなさい」
「断る。従わせたいのなら力ずくでこい」
瞬間、悪魔の体が爆ぜた。
いやそう見えただけで、実際は座ったまま跳躍し、ものすごい速度で身体をひねりながら突進してきたのだ。
「バッドレディスクランブル!!」
私は避けなかった。ただ私は体に大穴をあけた。
突然のことでまだ慣性を殺しきれないでいる悪魔の首をねじ切る。
悪魔は首がねじ切れたまま私の身体を両断した。しかしすぐにくっつく。悪魔の首も治っている。
それからも不毛な戦いであった。
壊し、壊され、再生。四肢を失っても復元。首が切れても、再生。使い魔がいくら殺されようと復元。
「楽しいけれどきりが無いわね」
「お互いにな」
「ではこれでもくらいなさい!『ヘルカタストロフィ』!!」
悪魔が宙に浮き、周りに物凄い弾幕を生成する。回避も防御も不可能!ならば!
666の混沌を身に纏う。
「いくぞ!『武装666』!!」
オォォオン!という咆哮を轟かせ、一匹の獣が駆けた。目指すは幼き悪魔。
紅い閃光が辺りを包んでいく。
部屋は惨憺たる有様であった。
窓は割れ、調度品や装飾品はもはやガラクタに過ぎない。壁も崩れかけている。
その中に二つの影。
黒の混沌と紅い悪魔である。
「いいかげん疲れたわ。部屋が壊れそうだし、次で最後にしないかしら」
「望むところ。これ以上の戦闘は無意味だ」
「本当に楽しかったわ。ありがとう」
悪魔の手に紅い槍が出現する。どこまでも紅く、美しい、無駄の無い一本の直線。
それは相手を穿つ為にのみ存在する神の槍。
「じゃあね。神槍『スピア・ザ・グングニル』」
それを防ぐことは不可能。何人も神の槍から逃れる事は出来ない。
直撃。紅い悪魔は勝利を確信し、微笑む。
―――しかしその笑みは驚きに変わる。
我が混沌を槍が穿つ。その威力はまさに神域。どんな者でも耐えることは不可能。
しかし私は混沌。世界の原初。我が体は原初の海。私は世界そのもの。
世界を破壊し得る概念でなければ私を滅ぼしきることは不可能!
我が混沌に意識を移す。混沌と私の集合的無意識。阿頼耶識を反転させる。
反転、そして武装。
『武装999』
紅い神槍を砕く。そして突進、めざすは紅魔。他は何も考えられない。
しかし何の前触れも予備動作もなく悪魔は消えた。私は壁を突き破って外へ。武装が解ける。
「大丈夫ですか?お嬢様」
メイド長の『手品』であった。
彼女は敵意のこもった眼でこちらを見ている。
「よくもお嬢様を!」
「待って、咲夜。彼は吸血鬼よ。日光を浴びたら消えるわ」
壁を突き破って外へ。外はまだ夕暮れ時。大抵の吸血種は日光に弱い。この程度の光でも蒸発してしまうであろう。
しかし私は。
「日光は既に克服した。でなければ、己のテリトリーから出るべきでない。
そうか、お前はまだ日光も克服していないのか」
悪魔は驚き、従者は激昂した。
「お嬢様に対する度重なる無礼!許さん!」
そして宣言した。
「時符『プライベートスクウェア』!」
その瞬間、咲夜の世界が形成される。ここは咲夜の世界。彼女のための密室。
そしてネロはぴくりとも動かずに、
咲夜を見ていた。
「…え?」
咲夜は茫然自失している。無理もない、ここまで完璧な結界はそうそうない。私も数えるほどしか見たことがない。
「なるほど。固有結界のようなものか。準備も詠唱もなしとは反則技だな」
さすがにすぐ立ち直って、油断なく聞いてくる。
「何で貴方の時間は止まっていないの?」
「いや、体はぴくりとも動かん。
しかし私の体も固有結界で出来ている。私の内部だけは支配できないようだな。
それにしても固有結界とは術者の心象世界が現れるのだが…。時が止まった世界に独房、どんな人生を歩んできたか大体解るな」
「っく!動けないことに替わりはない!行くぞ!」
「止めなさい咲夜。もういいわ」
「しかし!」
「いいのよ。私達は殺し合いをしてるわけじゃないの。命がけで遊んでいただけよ。
そりゃ、失礼なことは言われたけど、彼大先輩みたいだし。666の運命に守られている者なんて貴重よ」
「はぁ、そうですか」
その軽口に毒気を抜かれる。ネロは変わらず、
「うむ、私は詫びにいって、それから請われて一戦したまで。そこに遺恨はない」
先駆者は後輩のために厳しく在らねばなるまい。
「ではさらばだ、また会おう、吸血鬼幻想に人殺鬼よ」
「えぇ、また遊びましょうね、獣王」
二度と御免こうむる。私はそう残して去った。
【終:混沌と幻想郷】
私は報告のため博麗神社に立ち寄った。
そこには巫女と原初の蜘蛛の名を持つ大妖怪、八雲紫がいた。
幻想郷を代表する二人が何かを話している。
二人は私を見て、いいところに来たと言った。
「どうした、私に関係する話なのか」
「ええ。あなたと幻想郷についてよ」
紫が言った。
「この幻想郷にはあなたのいうアラヤもガイアも無いわ。
…まぁ、博麗は似たようなモノだけどね」
つまり、審判の刻が来たのだ。この私が幻想郷にいられるか。
「まぁこの幻想郷は大抵の矛盾も幻想も存在も受け入れるわ。外の世界とは大違いね」
私はどうであろうか。この混沌は、存在を許されるのであろうか。
「でもさすがに世界を危うくするものは排除するわ」
私は。
「まあ、ようするにあなたはどうしたいのってことよ」
それまで無言だった巫女が始めて口を開いた。
その言葉は、突き放すようで、どうでもいいようで、無情のようで、ただ、やさしかった。
「私は」
その一言で楽になった。そして思い出す。若かりし日のことを、まだ人間だった時のことを。
「あのまま外にいれば、数百年で自我の無いただの渾沌に成っていただろう。またそう成りたいと思っていた」
巫女と紫が目を細める。
「しかしこの世界に来て思い知った。我々が忘れていた理想。自然と対立していく人間には見えない遠き理想郷。
そんなに難しいことではなかったのだ。ただ見えなかっただけだ」
「そう、何を知ったの?」
そうして、男は自分の在りようを宣言する。
「私は生きている。生きているから、生きていたいと思う。生きることは、楽しいこと。私はそれに気づいた」
それを聞いた紫は嬉しそうであった。巫女は当たり前じゃないという顔をしていた。
「そう、良かったわね、ネロ。ここは生を謳歌するものを拒まないわ」
幻想を代表する妖怪が言った。
「ま、別に良いんじゃない?ここにいても。私と人間に迷惑かけなければ」
幻想を代表する人間が言った。
「ふむ、礼を言おう。それと」
男は始めて名乗った。
「私の名はフォアブロ・ロワイン。かつて彷徨海の鬼子と呼ばれた人間だ」
幻想郷は、彼を受け入れた。
魔法の森のどこかにその家はある。動物学者で、動物園経営者。無愛想だが何故か子供に人気がある。
――フォアブロ・ロワイン。これは彼の物語。
またこの作品は月姫のネロが主役です。月姫?なにそれという方には全く理解できないと思います。
ご注意ください。
【弐:混沌と歴史】
私はネロ。体内に666の因子を持つ混沌である。外の世界では10位の吸血種であった。私は1000年もの月日を生きてきた。
しかし私は青白い顔をした殺人鬼に滅ぼされてしまっている。その後のことはあまり覚えていない。気が付いたらこの幻想郷に居たのだ。
その時に八雲紫とかいう妖怪が『貴方は消してしまうには惜し過ぎる』などと言っていた。
後に知った彼女の能力なら私をここに存在させることも可能であろう。
どうやら私が外でもかなり特殊な存在、いや異端か、異端であったからこの世界に居られるようだ。
私は殆ど幻想種に成りかかっていたそうだ。
夜になった。混沌が一人空を往く。外と違ってこの世界には大きいビルも電飾も無い。あるのは闇と明るい月のみである。
姫が幻想郷に居たら無敵であろうなと思いながら人間の里へ向かって飛ぶ。
すると、前方に濃い闇が拡がっていた。私は闇でも関係なく見えるので目を凝らす。
金髪の少女が居た。
両手を十字に広げている。肩までの金髪には赤いリボンが結んである。
「貴方は食べられる人類?」
「…」
そんな挨拶を受けたのは生まれて始めてだった。
「ねえねえ。貴方は食べられるの?この前、夜に行動する人は取って食べて良いって紅白が言ってたよ」
…あの巫女め、後で叱ってやろう。しかしこの状況は如何したものか。此処に来てから驚いてばかりだが、まさかこのような挨拶を受けるとは。
どうするべきか…。
「私は取って喰らう元人類だ」
取り敢えず言ってみた。
「ふ~ん。私はルーミアっていうの!勝負よっ!」
…勝負を挑まれた。
……まて、何故?何故だ?私の返答が拙かったのか?理解できん。全く理解できん!私は解らない事があると苛々するのだ!
「まぁ良い。貴様を倒せというのであろう。いいだろう、新たな開幕に絶望は必須条件だ」
むぅ、自分でも何を言っているかさっぱり解らん。これも幻想郷の力なのか!…なのか?
などと自問自答していると宵闇はお構い無しに弾幕を張ってくる。
ふん、問答無用か、いやさっきのあれはひょっとして問答なのか?
「喰らえ」
取り敢えず弾幕をコートの下に吸収しつつ、鴉を20匹ほど放出した。
そしたら当たった。
…呆気ない。あまりに呆気なさ過ぎる。何だったのだ一体。
では往こうかと思い、進もうとすると、急に力を感じた。
「夜符:ナイトバード」
宵闇がそう宣言すると周りがいっそう暗くなり、さっきとは比べ物にならないほどの弾幕が押し寄せてくる。
そうか、これがスペルカードというものかっ!巫女や英雄から聞いてはいたが是程までとは!
詠唱も儀式も必要としない魔術など殆ど反則ではないか。数に限りがあるとはいえ、全て相手をするでは効率が悪い。
何より私は急いでいる。…如何したものか。宵闇のように自然霊が具象化したようなものには姫の空想具現化がよく効くのだが…。
ん?思いついた。試してみる価値はあるな。
「喰らえ」
まずはナイトバードとやらを破る。これは鴉をを50匹ほど出したら破れた。
いまだ!
666の因子で我が身を覆う。すると一切の無駄が無い完全な美しい一匹の獣が現れる。これぞ武装666。
「ひぃ(汗)」
もう一押しだ。口を大きく開け、咆哮する。ついでに両手を鮫に変え、同じく口を開けさせ宵闇に近づける。
「喰ぅぅぅぅぅっちぃまうぅぞぉぉぉぉぉ!!」
私のキャラではないが仕方が無い。こうした方が効果的なのだ。
「ひぃぃぃぃ!た、助けてぇー!お母さーん!」
宵闇が一目散に逃げて行く。…母がいたのか?まぁいい、狙い通りだ。私は勝った。
…ふぅ。しかしこの込上げる虚しさは一体何だ?
やっと目的地付近に到達した。付近というのは里がないからだ。
…ん?ないだと?滅ぼされてしまったのか?
などと一人で突っ込んでいても仕方が無い。辺りを散策しよう。
『混沌放出・鴉』四方に使い魔を送る。
「!」
使い魔がとんでもないモノを発見した。
それは、圧倒的な質量を誇る巨大な蛇であった。
それに立ち向かう少女が一人。上白沢慧音である。
ネロは急いで現場へ向かう。
到着すると慧音と大蛇は睨み合いをしていた。
「巫女の紹介で来た。動物博士のネロだ」
「あぁ。最近来たあの混沌か。
…見ての通りだ。私にあれは滅ぼせない。こうして歴史を喰って里を隠し、奴を追い返すだけで手一杯だ」
見れば白沢はかなり汗をかいている。傍目にも辛そうだ。
「でかいな」
「ああ、でかい」
「奴の歴史は?」
「もう読んだ。オピーオーンという名らしい」
「オピーオーン!?それは最高位の魔獣だぞ」
「そんなにすごい奴なのか?」
「ふむ、外のことはあまりよく知らないようだな。
オピーオーンとは古代ギリシャの宇宙蛇だ。ギリシャ神話によると世界は唯一つの卵だけがあり、
その卵から巨大な蛇オピーオーンが誕生したと言う。その後、オピーオーンの体から『闇』や『大地』や『愛』や
その他の神々が生まれたと言う。まあ、よくある神話の一つだ。こいつがそのものだとは思わんが、かなりの神秘レベルであろう」
「成る程。神クラスか。…勝てるか?神に」
「勝とう」
私は言う。立ち塞がるならば、それが神と呼ばれるモノであっても。
「そうか。なら私は後ろに下がらせてもらおう」
白沢が去っていった。
再び宇宙蛇を眺めてみる。
「しかしでかいな。山のようにと言うがまさに山のようだ。細かくしなければ喰らい切れん」
宇宙蛇は私を見ると口を大きく開け、頬(?)を吊り上げた。どうやら笑っているようだ。…蛇の癖に。
「ゆけ」
小手調べとして鴉を放ってみた。
尻尾の一振りで全滅してしまう。さらに宇宙蛇は口から毒液を放ってくる。
やはり奴は巨体ゆえに動きが鈍い。そこに付け入る隙がありそうだ。
毒液を避け、そのまま宇宙蛇の懐へ入る。そして混沌開放!
「ハァ!」
鮫の牙で宇宙蛇の体を喰い千切る。しかし直ぐに再生してしまう。だめだ、巨大すぎる、全然効いていない。…ならば!
「オォォォォォォ!!」
200もの因子で巨大な人狼を作り上げた。人狼はその両の手と長い爪で一気に宇宙蛇を真っ二つ!
「オォォォォォン!」
さらに咆哮しながら頭を細切れにしていく。すると、大地が揺れるような音とドッゴォォォンという音が聞こえた。
「なんと…。まさに化け物だな」
宇宙蛇の尻尾が飛び跳ねて人狼の背を強く打ったのであった。油断していたか。これ位は予測できたはずだ。蛇は三代祟るというし。
しかし、まあ良い。最後の力だったのか、尻尾はぴくりとも動かない。人狼も戦闘不能だが消滅はしていない。
…蛇、か。
蛇と呼ばれた友のことを思う。
「(友から授かった術、今こそ使おう!)喰らえぇい!」
人狼を戻し、使う。666の因子のうち、500を使うネロの反則技。
細切れになった蛇の身体を次々と取り込んでいく。
「我が『創世の土』に喰らえぬものなど無い!」
後は尻尾を残すのみ。
「な、何なィ!?」
驚くべき事になっていた。なんとさっきまで停止していた尻尾がいつの間にか形態を変え、遥か彼方へ飛んでいくではないか。
「頭を潰しても再生するとは、なんという化け物だ。しかも翼を生やし、飛行能力まで得るとは」
「おーい。まずい事になったな」
今頃になってあの白沢がやって来た。…観てただけか。
「ああ。どうも形態を変えたようだ。小回りもきくし、速度も上がっている。我々にとっては厄介なモノに成った」
「どの方角へ行った?」
私は無言で奴が飛んでいった方を指差す。すると白沢は少し考え、やがて相好を崩した。
…?心底良かったという顔をしている。訳が分からない。
「大丈夫だ。あっちには紅魔館がある。
ん?知らないのか。なら行って見れば良いだろう」
往くことにした。
【参:混沌とメイド】
広大な湖を越えると紅い館が見えてくる。
なるほど紅い。これが紅魔間という館か。なにやら複数の異能を感じるが…。
到着した。
ミニスカートのメイドがたくさん居た。
……。
見なかった事にした。
「ぐはっ!?」
踵を返し、飛び立とうとしたら、後方から何かに体当たりされる。
中国っぽい少女であった。
中国っぽい少女は体当たりをしてきたのではなく、宇宙蛇の元尻尾に吹き飛ばされたようだ。
今でも門の前で大量のメイドと宇宙蛇…いや、もうどちらかと言うと竜に近い、が戦っている。
しかしメイドか…。あんな大量のメイドは久しく見ていなかったな。メイドも幻想の産物というわけか。
中国は気絶しているようだ。よほど疲れが溜まっていたらしく、すやすやと寝息を立てている。
…少し不憫に思った。
気を取り直して門に近づく。メイド達の幾人かが私に気が付き、睨み合いに発展する。
メイドと睨み合いとは。…変な気持ちになってきた。
「どいて」
メイド達の中からナイフを持った銀髪の、これまたメイドが出てくる。周りの対応から彼女がそれなりの地位にいる事が解る。
「貴方は誰?」
射抜かれるような視線だ。精神が貧弱なものなら重圧に耐え切れないであろう。
「私はネロ。新参者の動物学者だ。巫女の紹介でその化け物を狩っている」
あからさまな敵意は消え、替わりに値踏みされるよな視線を感じる。
この娘、人を殺しているな。
私はかつて自身が人を食料にしていた経験から、この娘が発する気配を敏感に感じ取っていた。
それに、私を滅ぼしたあの殺人鬼にどこか雰囲気が似ている。
もちろん格好は言うに及ばず、顔つきも違う。
しかし、はっきりと私には、彼女が人殺鬼に、見えた。
「ここは紅魔館の敷地内。つまりここのモノは全て主人であるお嬢様のモノ。貴方のものは何一つ無いわ」
宇宙蛇改め宇宙竜がメイド達を蹴散らし、こっちに向かって来ている。
「どうやら話をしている場合では無さそうだぞ」
「ええそのようね」
宇宙蛇がすぐ其処まで迫ってきているのに人殺鬼は余裕の笑みを浮かべている。
いかん、間に合わん!
私は人殺鬼を庇おうと手を伸ばす。
しかし其処には、何者も居なかった。
「なにぃぃぐっはぁ!!」
虚しく伸ばした手を嘲笑うかのように、宇宙竜のぶちかましをもろにくらう。
うーむ、この程度どうという事も無いが、さすがに足元が多少ふらつく。
人殺鬼は宇宙竜の背後に浮かんでいる。絶好の位置だ。
「ふふふ。私の手品のお味はいかがでした?」
「土の味がした」
「…。幻符『殺人ドール』!!」
冗談を無視された。
人殺鬼の周りから大量のナイフが出現、宇宙竜を切り刻む。しかしすぐに再生してしまう。再生能力は変わらずか、厄介なものだ。
「私の秘技が効かない!?」
「無駄だ。あやつの再生能力は尋常ではない。そんな小さいナイフではいくらやっても無意味だ」
「うるさい!くらえ、幻葬『夜霧の幻影殺人鬼』!!」
さっきよりも大量のナイフが出現、宇宙竜に向かっていく。しかしなんて数だ。一体あれだけのナイフをどこにしまっているのであろうか?
「シギャァァァァァァ!!」
宇宙竜が爬虫類っぽい悲鳴をあげる。なんと驚くべき事に次々に刺さるナイフに再生能力が追いつかず、寸断されてしまったようだ。
まあいい。好都合だ。
「喰らえ」
小さい方を鮫で丸呑みにする。うん、美味だ。
「ちょっと貴方!何お嬢様のものを食べてるの!」
人殺鬼が言う。しかし彼女はさっきの符で体力をかなり消耗しているようだ。瀟洒な態度は崩さないが隠し切れない疲労の色が見える。
「まあ、待て。お前の主人には後で私が詫びよう」
人殺鬼は納得はしていないようだが、それで渋々引き下がった。後は私の独壇場だ。
残りは我が愛犬の餌となった。では、紅魔の主に謁見と参ろうか。
【肆:混沌と紅魔】
咲夜と名乗ったメイド長に連れられ、紅魔館のロビーへ。聞けば客人がいきなり主の部屋へ呼ばれることはまず無いそうだ。
主人を呼んでくると言ったメイド長を見送り、辺りを観察する。
紅色が多いのを除けばまるで中世ヨーロッパ貴族の館だ。調度品も高そうな物ばかりである。
先ほどメイド長が言っていたが、ここの主は例によって少女なのであろう。
私は特に少女が苦手という訳ではないが、ここまで多いと些か居心地が悪い。
と、いうよりさっきからメイド達がじろじろとこちらを観ている。
…早く来てくれ。
「待たせたわね」
奥の間からメイド長がやって来た。
「我らが主、紅魔の主、永遠に幼い紅い月、レミリア・スカーレット様がお会いになると」
そう言って奥へ戻って行く。私はその後について行った。
主の間へ案内される。メイド長はただ一言、失礼の無いようにとだけ言った。
部屋に入る。
紅い悪魔がそこに居た。
第一印象は『幼い』であった。予想よりも更に幼く、まるでどこぞのお嬢様のようだ。
表情からは我侭そうな性格を読み取れる。メイド達を苦労させていそうだ。
そして明らかに吸血種であった。この世界に来て吸血種と出会ったの始めてだ。しかし人殺鬼に吸血鬼、皮肉だ。
少女は遠慮無く私を観察している。自己紹介を済ませた後。まず侘びから入ることにした。
「私が取り逃がしてしまった獲物がここに迷惑を掛けてしまった。謝罪しよう」
「あぁ、そんなことは如何でもいいわ。それより、私は貴方に興味があるの。
ねぇ、貴方は誰?」
紅い眼が更に赤い朱に。魅了の魔眼か?
「私は運命を操る程度の能力を持っている。でも貴方の運命は見えないわ」
繰り返し少女は聞いた。
―――ねぇ、貴方は誰?
「…」
目の前の少女は既に我侭なお嬢様ではなくなった。
それは女王。夜の王にて、不死の王。
吸血鬼幻想と呼ぶべき存在がそこにあった。
だが、だがしかし私は臆さない。
私は臆さず、恐れず、怯えず、逃げず、慄かない。
私はネロ・カオス。千年の時を生きた混沌。目の前のソレは500年しか生きていない。
「私は外では吸血鬼と呼ばれる存在であった」
「ふぅん。私と同じ?」
私は高らかに宣言した。
「同じだと?いっしょにするな、小娘。成って500年しか経っていない若造が偉そうな口をきくな」
悪魔は心底嬉しそうであった。
「へぇ、私に喧嘩を売るなんて、いいわ、貴方。私の物になりなさい」
「断る。従わせたいのなら力ずくでこい」
瞬間、悪魔の体が爆ぜた。
いやそう見えただけで、実際は座ったまま跳躍し、ものすごい速度で身体をひねりながら突進してきたのだ。
「バッドレディスクランブル!!」
私は避けなかった。ただ私は体に大穴をあけた。
突然のことでまだ慣性を殺しきれないでいる悪魔の首をねじ切る。
悪魔は首がねじ切れたまま私の身体を両断した。しかしすぐにくっつく。悪魔の首も治っている。
それからも不毛な戦いであった。
壊し、壊され、再生。四肢を失っても復元。首が切れても、再生。使い魔がいくら殺されようと復元。
「楽しいけれどきりが無いわね」
「お互いにな」
「ではこれでもくらいなさい!『ヘルカタストロフィ』!!」
悪魔が宙に浮き、周りに物凄い弾幕を生成する。回避も防御も不可能!ならば!
666の混沌を身に纏う。
「いくぞ!『武装666』!!」
オォォオン!という咆哮を轟かせ、一匹の獣が駆けた。目指すは幼き悪魔。
紅い閃光が辺りを包んでいく。
部屋は惨憺たる有様であった。
窓は割れ、調度品や装飾品はもはやガラクタに過ぎない。壁も崩れかけている。
その中に二つの影。
黒の混沌と紅い悪魔である。
「いいかげん疲れたわ。部屋が壊れそうだし、次で最後にしないかしら」
「望むところ。これ以上の戦闘は無意味だ」
「本当に楽しかったわ。ありがとう」
悪魔の手に紅い槍が出現する。どこまでも紅く、美しい、無駄の無い一本の直線。
それは相手を穿つ為にのみ存在する神の槍。
「じゃあね。神槍『スピア・ザ・グングニル』」
それを防ぐことは不可能。何人も神の槍から逃れる事は出来ない。
直撃。紅い悪魔は勝利を確信し、微笑む。
―――しかしその笑みは驚きに変わる。
我が混沌を槍が穿つ。その威力はまさに神域。どんな者でも耐えることは不可能。
しかし私は混沌。世界の原初。我が体は原初の海。私は世界そのもの。
世界を破壊し得る概念でなければ私を滅ぼしきることは不可能!
我が混沌に意識を移す。混沌と私の集合的無意識。阿頼耶識を反転させる。
反転、そして武装。
『武装999』
紅い神槍を砕く。そして突進、めざすは紅魔。他は何も考えられない。
しかし何の前触れも予備動作もなく悪魔は消えた。私は壁を突き破って外へ。武装が解ける。
「大丈夫ですか?お嬢様」
メイド長の『手品』であった。
彼女は敵意のこもった眼でこちらを見ている。
「よくもお嬢様を!」
「待って、咲夜。彼は吸血鬼よ。日光を浴びたら消えるわ」
壁を突き破って外へ。外はまだ夕暮れ時。大抵の吸血種は日光に弱い。この程度の光でも蒸発してしまうであろう。
しかし私は。
「日光は既に克服した。でなければ、己のテリトリーから出るべきでない。
そうか、お前はまだ日光も克服していないのか」
悪魔は驚き、従者は激昂した。
「お嬢様に対する度重なる無礼!許さん!」
そして宣言した。
「時符『プライベートスクウェア』!」
その瞬間、咲夜の世界が形成される。ここは咲夜の世界。彼女のための密室。
そしてネロはぴくりとも動かずに、
咲夜を見ていた。
「…え?」
咲夜は茫然自失している。無理もない、ここまで完璧な結界はそうそうない。私も数えるほどしか見たことがない。
「なるほど。固有結界のようなものか。準備も詠唱もなしとは反則技だな」
さすがにすぐ立ち直って、油断なく聞いてくる。
「何で貴方の時間は止まっていないの?」
「いや、体はぴくりとも動かん。
しかし私の体も固有結界で出来ている。私の内部だけは支配できないようだな。
それにしても固有結界とは術者の心象世界が現れるのだが…。時が止まった世界に独房、どんな人生を歩んできたか大体解るな」
「っく!動けないことに替わりはない!行くぞ!」
「止めなさい咲夜。もういいわ」
「しかし!」
「いいのよ。私達は殺し合いをしてるわけじゃないの。命がけで遊んでいただけよ。
そりゃ、失礼なことは言われたけど、彼大先輩みたいだし。666の運命に守られている者なんて貴重よ」
「はぁ、そうですか」
その軽口に毒気を抜かれる。ネロは変わらず、
「うむ、私は詫びにいって、それから請われて一戦したまで。そこに遺恨はない」
先駆者は後輩のために厳しく在らねばなるまい。
「ではさらばだ、また会おう、吸血鬼幻想に人殺鬼よ」
「えぇ、また遊びましょうね、獣王」
二度と御免こうむる。私はそう残して去った。
【終:混沌と幻想郷】
私は報告のため博麗神社に立ち寄った。
そこには巫女と原初の蜘蛛の名を持つ大妖怪、八雲紫がいた。
幻想郷を代表する二人が何かを話している。
二人は私を見て、いいところに来たと言った。
「どうした、私に関係する話なのか」
「ええ。あなたと幻想郷についてよ」
紫が言った。
「この幻想郷にはあなたのいうアラヤもガイアも無いわ。
…まぁ、博麗は似たようなモノだけどね」
つまり、審判の刻が来たのだ。この私が幻想郷にいられるか。
「まぁこの幻想郷は大抵の矛盾も幻想も存在も受け入れるわ。外の世界とは大違いね」
私はどうであろうか。この混沌は、存在を許されるのであろうか。
「でもさすがに世界を危うくするものは排除するわ」
私は。
「まあ、ようするにあなたはどうしたいのってことよ」
それまで無言だった巫女が始めて口を開いた。
その言葉は、突き放すようで、どうでもいいようで、無情のようで、ただ、やさしかった。
「私は」
その一言で楽になった。そして思い出す。若かりし日のことを、まだ人間だった時のことを。
「あのまま外にいれば、数百年で自我の無いただの渾沌に成っていただろう。またそう成りたいと思っていた」
巫女と紫が目を細める。
「しかしこの世界に来て思い知った。我々が忘れていた理想。自然と対立していく人間には見えない遠き理想郷。
そんなに難しいことではなかったのだ。ただ見えなかっただけだ」
「そう、何を知ったの?」
そうして、男は自分の在りようを宣言する。
「私は生きている。生きているから、生きていたいと思う。生きることは、楽しいこと。私はそれに気づいた」
それを聞いた紫は嬉しそうであった。巫女は当たり前じゃないという顔をしていた。
「そう、良かったわね、ネロ。ここは生を謳歌するものを拒まないわ」
幻想を代表する妖怪が言った。
「ま、別に良いんじゃない?ここにいても。私と人間に迷惑かけなければ」
幻想を代表する人間が言った。
「ふむ、礼を言おう。それと」
男は始めて名乗った。
「私の名はフォアブロ・ロワイン。かつて彷徨海の鬼子と呼ばれた人間だ」
幻想郷は、彼を受け入れた。
魔法の森のどこかにその家はある。動物学者で、動物園経営者。無愛想だが何故か子供に人気がある。
――フォアブロ・ロワイン。これは彼の物語。
次は是非正道にてお願いします。 とかなんとか勝手に期待してみる。
あのネロが幻想郷で居場所を見つけられた事を嬉しく思います。
子供に人気の動物園経営者、萌えるなぁ。
あれは絶賛され、あなたはいくらかの批判を受けた。
その境界線がどこにあったのか、少し考えてみる事を薦める。
問題の本質は、たぶん、あなたが思っているのとは違う所にあるはずだ。
批判が多いのは事実であろう、ただ私のように好感も持った者も居る。
ここに記された批判、激励を共に事実として受け止め、新たな創作に励んでいただきたい。
あと、出来れば削除はしないで頂きたい、自分で生み出したものを自分の手で削除するという行為は如何なる理由でも悲しい事だから…。