(注)↓この先、色んな意味で救い様の無い話が始まります。ご了承下さい。
冷ややかな上弦の月の光の下、静かな風が嵐の前触れを告げる。
幻想郷の中の、ある湖の中心。
幼く紅い悪魔の住む、古びた館の更に奥深くに、それはあった。
『ヴワル大図書館』
喘息持ちの上、日頃の運動不足に不摂生。
面白い本があれば寝食を忘れむさぼり読み、久しぶりに人前に出てくれば、病気持ちの出目金の様な顔をして一心不乱に親友である館の主に無駄な知識を教え込み、その結果として鬼のメイド長からキツイお仕置きを受ける。ある意味不幸な魔女が主人を務める巨大な空間。
空間を操るメイド長の力で広げられた室内は、黒く高くそびえ立つ書架が林立し、棚には何時、何処から来たのかも分からない書物が肩を並べていた。
ろくすっぽ『動かない』主の代わりに甲斐甲斐しく司書の仕事を努め続ける小悪魔のおかげで、書物達は種類、用途、保存処理等を行われ理路整然と書棚に再び鎮座する事になる。
その為、どこかの黒白の魔法使いの部屋の中の様な、混沌の海になる事は避けられているのだが。
その図書館の中の一角に奇妙な、場にそぐわない『区画』があった。
何かの部屋だったのだろうか、木の扉は外から頑丈に、これでもかと言わんばかりに分厚い板で封じられ、部屋の名前を刻んだプレートも根こそぎ削られて跡が残るのみである。
更に奇妙な事は、図書館の主である魔女を含め、紅魔館内に住まう者達はその『区画』に興味を持つ者も、関心を持つ者もいなかった。
唯一人を除いて。
真相を知る、というか思い出したくない、できれば怪獣墓場にその記憶を打ち上げてやりたいと嘆いている、当の本人は小さなため息をつく。
あの部屋に関する全ての記憶を、歴史食いの力を借りて皆から消去したものの、『区画』自体は自分の力を持ってしても消去する事は出来なかった。たぶん、『区画』の中から結界か何かが働いているか、または出鱈目な『発明品』がまだ生きているのかもしれない。
まんべん無く止めを刺したはずの、その品々の名前が脳裏に浮かぶ。
『紅魔褌』は、カリスマ溢れる館を地獄の底へと突き落としかねなかった。
『ここ掘れワンワン君』は危うく自分の主人の臀部に穴を増やす所だった。
『肩こり一発解消君シリーズ』は門番隊長を含め悶絶死寸前多数の犠牲者を出した。
『精霊振動波ブレード』は冥界との争いの種を作る所だった。あれ以来、記憶を消したはずの庭師の自分を見る視線が、妙に熱いのは気のせいだろう。そう思え自分。
そしてあろう事か、自分の意識を操られ、部下に不可抗力とはいえ息の根を止めかねない事までしてしまった。
スッキリしたけど。
その他諸々の『発明品』を唯一つを除いて、残り少ない銀のナイフで抉り壊したはずなのに、何故。
何故、あの『研究室』を消す事が出来ない。
理解しがたい現状、小さな不安を胸に秘めながら、メイド長である十六夜咲夜は、館の中の夜の巡回を再開した。
だが物陰から、その姿を気付かれない様に見つめる紅い瞳があった。
そして、それは瞬時に消え失せる。
場面は変わり、図書館の中にある魔女の自室。
普段着なのか寝間着なのか、本人も分からなくなっているネグリジェを着て、『驚異・火サスタイトル大全集』という本を枕に、紫の魔女はベッドで眠りについていた。
すやすやと眠りにつく魔女の口から「魔理沙の美味しい食べ方は・・・・・・ 」とか「うふふっ、こっちよー」とか寝言が聞こえた様な気がする。
きっと幸せな夢を見ているのだろう。
そんな夢の中の彼女にゆっくりと語りかける者がいた。
「パチュリー・ノウレッジ、良い夢を見ている途中で邪魔して悪いけど私の話を聞いてくれるかしら? 」
夢の中、青く晴れた砂浜を魔理沙と追いかけっこを楽しんでいた彼女は瞬時に我に返り問い返す。
視界が、夢の世界が漆黒の闇に塗り潰されていく。
「貴方は、誰?」
「私は、貴方よ」
目の前には自分が立っていた。
否、違う。
『それ』は紫色の人の頭骨を模した様な仮面と鉄兜を被っていた。兜の隙間から紫色の豊かな髪が流れ、仮面の奥の瞳が紅く光る。
「隠れているのも飽きたから、こうして会いに来たのよ」
隠れていた? 飽きた? どういう意味か簡潔に答えを述べなさい。と思った矢先に相手から返事が発せられる。
「言葉通りよ、あのメイド長が油断し始めた。機は熟したわ。今こそ復讐の時よ」
復讐?別にそんな事考えて・・・・・・。
『それ』が意味不明の言葉をつぶやく。
「月旅行の為の『科学の研究』、全てはそこから始まったわ」
ずきん。
「プライベートスクエアの中で逆さ吊り」
ずきん。
「十六夜卍キック」
ずきん。
「豊胸手術の訓練の為のサブリミナル効果」
ずきん。
「逆切れしたメイド長のれみりゃ・インパクト」
ずきん。
「散々邪魔をしてきたのは誰かしら? ねぇ」
頭が内側から破裂しそうな不快感が走る。
不快。
不快。
不快。
吐き気がする。
「思い出しなさい、枷を引き千切りなさい、そうすれば楽になれる。そう貴方は」
『それ』が最後の言葉を吐き出した。
「Dr・パチュ。貴方が忘れていた物、私は貴方に作られた半身よ」
痛い。
痛い。
痛い。
頭が割れる様に。
でも。
「受け入れたら私はどうなるの。どうなってしまうの? 」
脂汗を流しながらパチュリーは『それ』に問いかける。心の中は混濁と泥濘の渦が巻き、失神しそうになる。
「魔女、魔導士は己が思うままに振る舞えばいい。簡単な事よ、さあ早速始めましょう。楽しい夜が始まるわぁ」
『それ』は強引にパチュリーの手を握りしめつぶやいた。
パチュリーは目を覚まし身を起こす。目に見えるのは、いつもの部屋。目の前に夢に出てきた仮面が浮かんでいるなんて事は・・・・・・。
顔に手を触れる。仮面はすでに自分の顔に密着していた。
剥がす事が出来ない。
そして、脳の中に否応無しに過去の記憶が濁流の様に流れ込む。
消された記憶が全て。
数分が経過し魔女はベッドから立ち上がる。口元には淫靡な歪みが浮かんでいた。
「うふ、うふぅ。そうね、私は魔女よ。生け贄の羊が待っているわ。行きましょう」
そして彼女の姿はかき消えた。
長い廊下を一人歩くメイド長は、聞き知った声に問いかけられた。
「貴方の一番の物はなあに。それは主への忠誠心、悪魔の狗と呼ばれても揺るがず折れず、唯ひたすらに盾となる。良いわ、い、良いわ実に良すぎて涙が出そう、ねぇ狗。何か鳴いてみなさい」
咲夜は声の主を振り返る。
酔ってでもいるのかと思った先に立っていたのは、紫に輝く鉄仮面を被った紅い瞳の魔女。
見覚えのある仮面、どれだけ探しても見つからなかった唯一つの物。まさか、あれがまだ残っていたとは。
『パチュリー様まさか』と彼女は答えようとした。
しようとした。だが。
声が出ない。それに頭がクラクラする。目がかすみ視界が朦朧とする。身体から精気が失われていく様な不快感。何故?
魔女がたずねる。
「鳴きなさい、鳴けない狗は用無しよ、無様ね」
自尊心を傷つけられた怒りが、メイド長を立ち上がらせた。
「後悔しても遅いですわ」
魔女を時の止まった監獄に放り込む、後はあの仮面をはぎ取る。多少荒療治になるのは仕方がない。
咲夜は、すかさず己の力を解放しようとした。
なのに。
彼女は力尽き倒れ込んでしまった。魔女の声が耳に響く。
「頑張りすぎなのよ貴方。だから私が無詠唱で貴方の周囲の酸素を減少させた事に気付かない。この仮面には術者の能力を底上げする力が有るのよ」
朦朧とする咲夜の耳に最後の言葉が聞こえた。
「安心して、殺しはしないわ。少しばかり休暇を取りなさい。そんな身体に作り変えてあげるから」
翌日の紅魔館、紫の魔女は『手土産』を持って館の主人の元を訪れた。もちろん仮面は外している。
主であるレミリアは、咲夜が急に休暇を取って居なくなってしまったと愚痴をこぼしていたが、魔女の持つ『手土産』に興味を引かれた。
パタパタと背中の翼をはためかせ、幼い悪魔は魔女にたずねる。
「それは何? 」
「咲夜がいなくなってレミィが寂しいんじゃないかと、咲夜の人形を作ってみたのよ。どう、似てるかしら? 」
球体間接をもつ人形は本人を模倣したにしては、とても酷似していた。
「これ、くれるの」
魔女は微笑み答える。
「ええ、その為に作ったんですもの。大事にしてあげてね」
咲夜を模した人形を抱きしめ、クルクルと嬉しそうに回るレミリアを見ながら、魔女は気づかれない様ニヤリと笑みを浮かべる。
人形のガラスの瞳から、悲しみか、喜びか分からない涙がこぼれ落ちた。
「終」
しかし、主人の友人(咲夜より立場は上)に対してお仕置きを何度も行ってきたと言うことは・・・・・・・・・・・・やっぱりあんた引きこもってなさい(笑。
>名前が無い程度の能力様
ネタばれになりますが、冒頭ジヴラシアを見る視線。ダパルプスの髑髏とその過去の記憶、魔女が酸欠の呪文で黒龍を倒す所とか。まだまだ未熟なのでこれからもツッコミお願いします。
>K-999様
プチで書いたろくでもないパチュリーの後日談な訳ですが、いかがでしたでしょうか。咲夜さんは主人と妹様以外には容赦がないのです。いつか従者の思いも主に届いて元に戻ります、たぶん。
でもパチェってこーゆー方が本来のイメージかも。
箱庭霊園で本物の怨霊を使うくらいだし・・・
>名前が無い程度の能力様
魔の女と書くから、おっかないと思いますよ。色々と。パチュリーも、バチカンあたりの魔女裁判から幻想郷へ逃げてきたと考えたら一つ話が作れそう。
>豆蔵様
裏の顔は凄い黒かったりして。魔理沙に持って行かれる本も実は呪いの触媒で、何か良からぬ悪だくみをしているかもしれないですよ。おお怖い。
ところでこのパチュリーと前作「魔理沙の図書館」のパチュリーは
同一人物? だとしたらもっと怖いんですけど。
ご感想有り難うございます。紅魔郷の一戦後、自分の弱点をカバーするアイテムとか実際作ってそうだと思ったのと、以前書いた作品に感想をくれた方のご意見を元に、今回の話が出来ました。同一人物かどうかですが、それは魔女様のみが知ると言う事で。
紫の魔女はよく分からない暗黒面に落ちた、みたいな。マスクド・ウイッチとして復讐しまくるパッチュさんの話も書きたいなと思う今日この頃。ご感想有り難うございました。